説明

直接的な細胞障害性活性を有する抗CD20モノクローナル抗体

【課題】既存の抗CD20モノクローナル抗体治療薬とは区別し得る生物学的機能を有するヒト化抗CD20モノクローナル抗体を提供する。
【解決手段】CD20陽性細胞に特異的に結合し、直接的なアポトーシスを誘導し且つ強い細胞障害性を有するヒト化モノクローナル抗体を特定することにより、既存の治療薬に対して無反応又は再発のB細胞又はB細胞が産生する抗体が関与する疾患に対して効果的な治療薬を開発する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既知の治療用抗CD20モノクローナル抗体との比較において明らかに強い細胞障害性活性を有し、かつクロスリンクを必要とすることなくアポトーシスを誘導する能力を有するヒト化抗CD20モノクローナル抗体に関する。さらにはこれを有効成分として含むB細胞性腫瘍または免疫系疾患に対する治療薬に関する。細胞障害性活性には、補体依存性細胞障害性(CDC)と抗体依存性細胞障害性(ADCC)を含む。
【背景技術】
【0002】
キメラ抗CD20モノクローナル抗体であるRituximab (IDEC Pharmaceuticals Corporation, USA)は1997年に非ホジキンリンパ腫(NHL)の治療を目的として米国で認可され、その後は慢性リンパ性白血病(CLL) や慢性関節リウマチの治療薬としても広く用いられている。抗CD20モノクローナル抗体は、B細胞またはB細胞が産生するイムノグロブリンが関与する腫瘍や免疫系疾患に対して有効とされ、前述の疾患の他にホジキンリンパ腫、急性リンパ性白血病、全身性エリテマトーデス、自己免疫溶血性貧血症、特発性血小板減少性紫斑病、多発性硬化症などの自己免疫疾患や炎症性疾患に対して治療効果が確認されている(非特許文献1, 非特許文献2, 非特許文献3, 非特許文献4)。ヒト抗CD20モノクローナル抗体であるOfatumumabも同様の疾患群に対して臨床試験が進められており効果が認められている(Genmab A/S, Germany)(非特許文献5, 非特許文献6)。
【0003】
CD20はBリンパ細胞表面に発現している分子であり、末梢血、脾臓、扁桃、骨髄中の正常B細胞およびほとんどのB細胞系の悪性腫瘍細胞に発現が認められる。この分子は297アミノ酸よりなり、細胞膜を4回貫通しC末端、N末端の両方を細胞内に有し、3回目と4回目膜貫通ドメイン間に糖鎖不含の43アミノ酸残基よりなる細胞外に露出したループをもつ(非特許文献7)。CD20分子は通常4量体として存在し、さらに他のマイナーな成分とヘテロな複合体を形成しているものと考えられている (非特許文献8)。
【0004】
CD20に結合する抗体はさまざまに異なる生物学的応答に介在する。例えば、B細胞レセプターのダウンレギュレーション、MHCクラスII抗原や接着分子の発現増加、ハイパークロスリンク抗体存在下でのCa2+放出活性化、リンパ細胞の機能関連のantigen 1非依存性同型接着の阻害、アポトーシス誘導またはその逆の細胞増殖促進などの活性が報告されている (非特許文献9, 非特許文献10, 非特許文献11, 非特許文献12, 非特許文献13, 非特許文献14, 非特許文献15, 非特許文献16, 非特許文献17, 非特許文献18)。しかしながら、抗体の種類によってその特性及び生物学的機能は異なっており、CD20に結合するモノクローナル抗体というだけではその生物学的性質を特定し得ない (非特許文献19)。
【0005】
Rituximabの単独投与での再発低悪性度NHLに対する臨床上の奏効率は50%未満であり、Rituximabが効かないかまたは効きの悪い患者が50%以上いることを示している(非特許文献20,非特許文献21)。中悪性度NHLの場合の奏効率はさらに低く30%程度に過ぎない(非特許文献22)。B細胞系悪性腫瘍治療において、RituximabとOfatumumabの間で治療効果に大きな差は認められていない(非特許文献23)。従って、B細胞系悪性腫瘍治療において既知の治療用抗体だけでは不充分であり、これらの抗体による治療に対して無反応あるいは再発した患者に対してより優れた効果を有するモノクローナル抗体の開発が望まれる。
【0006】
また、治療用に開発されている抗体の中には、二次抗体非存在下でアポトーシス誘導をするものがないことが報告されている(非特許文献24)。
【0007】
特許文献1には、キメラ抗CD20モノクローナル抗体及びヒト化抗CD20モノクローナル抗体、又はこのいずれかを有効成分とするB細胞性腫瘍または免疫疾患に対する治療薬が記載されている。
【非特許文献1】Coiffier B et al., Blood 1998; 92: 1927-32
【非特許文献2】Edward JC et al., Rheumatology (Oxford) 2001; 40: 205-11
【非特許文献3】Zaja F et al., Heamatologica 2002; 87: 189-95
【非特許文献4】Perrotta S et al., Br J Haematol 2002; 116:465-7
【非特許文献5】Coiffier B et al., Blood 2008; 111:1094-100
【非特許文献6】Hagenbeek A et al, Blood 2008, prepublished online Apr 4, 2008
【非特許文献7】Leukocyte Fact Book 2nd Edition, Academic Press
【非特許文献8】Polyak MJ et al., Blood 2002; 99:3256-62
【非特許文献9】Shan D et al., Blood 1998; 91: 1644-52
【非特許文献10】Flieger D et al., Cell Immunol 2000; 204: 55-63
【非特許文献11】Mathas S et al., Cancer Res 2000; 60: 7170-6
【非特許文献12】Cardarelli PM et al., Cancer Immunol Immunother 2002; 51: 15-24,
【非特許文献13】Pedersen IM et al., Blood 2002; 99: 1314-9
【非特許文献14】Deans JP et al., Immunol 2002; 107: 176-82
【非特許文献15】Golay JT et al., J Immunol 1992; 149: 300-8
【非特許文献16】Bourget I et al., Eur J Immunol 1993; 23: 768-71
【非特許文献17】White MW et al., J Immunol 1991; 146: 846-53
【非特許文献18】Shan D et al., Cancer Immunol Immnother 2000; 48: 673-83
【非特許文献19】Deans JP et al., Immunol 2002; 107: 176-82
【非特許文献20】Davis TA et al., J Clin Oncol 1999; 17: 1851-7
【非特許文献21】Boye J et al., Annals of Oncology 2003; 14: 520-35
【非特許文献22】Coiffier B et al., Blood 1998; 92: 1927-32
【非特許文献23】Hagenbeek A et al, Blood 2008; prepublished online Apr 4, 2008
【非特許文献24】Stein R et al.., Clin Cancer Res 2004; 10:2868-78
【特許文献1】WO 2006/106959 A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、既知の抗CD20モノクローナル抗体治療薬(認可済又は臨床試験後期にあるもの)との比較においてCD20陽性細胞に対してより強い細胞障害性活性(CDC及びADCC)を有し、かつ該細胞に対してクロスリンク抗体が存在しなくても直接的なアポトーシスを誘導することができるヒト化モノクローナル抗体を提供することである。これにより、B細胞系腫瘍やB細胞が関与する免疫疾患及び炎症性疾患に対してより効果的な治療剤および治療法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
マウス抗CD20モノクローナル抗体1K1791を起源として抗体のヒト化法(Padlan EA et al., FASEB 1995; 9:133-39, Wu TT et al., Mol Immunol 1992; 29:1141-46)によりヒト化された抗体のうち、L鎖V領域sdrL1791(WO 2066/106959 A1: 配列番号25)とH鎖V領域abbH1791(WO 2066/106959 A1: 配列番号19)を有するヒト化抗CD20モノクローナル抗体(以下BM-ca)およびL鎖V領域sdrL1791(WO 2066/106959 A1: 配列番号25)とH鎖V領域fraH1791(WO 2066/106959 A1: 配列番号20)を有するヒト化抗CD20モノクローナル抗体(以
下BM-cb)には、CD20陽性細胞に対して既知の治療用抗CD20モノクローナル抗体とは区別し得る特徴的なアポトーシス誘導能があることが見出された。すなわち、CD20陽性細胞(B細胞)に対してBM-caおよびBM-cbは二次抗体が存在しなくても直接的にアポトーシスを誘導することが判明した。これに対して、既知の治療用抗CD20モノクローナル抗体であるRituximab及びOfatumumabではクロスリンク抗体存在下で僅かにアポトーシス誘導が観察されたが、非存在下では観察されなかった。IMMU-106(Leung SO et al, Hybridoma, 13:
469-76, 1994)においても基本的に同様であったが、唯一細胞表面のCD20分子発現量が多いSU-DHL6細胞においてのみクロスリンク抗体非存在下でもアポトーシス誘導現象が認められた(Clin Can Res 10: 2868-78, 2004)。しかし、これに関してはCD20抗原が他のCD20発現細胞株に較べて高密度であるため抗体の結合がクロスリンクと同様な状況が生じた可能性が示唆される。これにより、BM-caおよびBM-cbは、B細胞上のCD20受容体を介しての直接的なアポトーシスシグナル伝達経路を刺激していることを意味し、クロスリンク抗体の助けを借りなければアポトーシスを誘導し得ない既知の治療用抗体とは明らかに性質を異にするものであった。さらに、BM-caおよびBM-cbには、B細胞系の腫瘍細胞に対して強いCDC及びADCC活性があることが見出され、かつそれらはRituximabおよびOfatumumabとの比較においてより強力であった。また、より低濃度の抗体で効果を有した。また、BM-caおよびBM-cbは、Rituximabに対して抵抗性を示す大細胞型である組織球性リンパ腫RC-K8に対しても有効であり、既知の治療用抗CD20モノクローナル抗体とは明らかに区別し得るものであった。
【0010】
以上のように、本発明者らは、既知の治療用抗CD20モノクローナル抗体との比較において明らかに強い細胞障害性活性(CDC及びADCC)を有し、かつクロスリンクを必要とすることなくアポトーシスを誘導する能力を有するヒト化抗CD20モノクローナル抗体を見出し、この知見に基づき、本発明を完成したものである。
【0011】
本発明は以下のものを提供する。
(1)細胞膜表面のCD20分子に結合することにより、クロスリンクを必要とすることなく該細胞に対してアポトーシスを誘導するヒトイムノグロブリンFc領域を有するモノクローナル抗体。
(2)キメラ抗CD20モノクローナル抗体Rituximabまたはヒト抗CD20モノクローナル抗体Ofatumumabとの比較において、CD20陽性細胞に対して強い補体依存性細胞障害性及び抗体依存性細胞障害性を有する(1)のモノクローナル抗体。
(3)マウス生殖細胞系列Vκ19/28ファミリー遺伝子を由来とするL鎖可変領域を由来としてヒト化された(1)または(2)のモノクローナル抗体。
(4)"SDR-transfer" 法を適用してヒト化したL鎖可変領域を有する(3)のモノクローナル抗体。
(5)L鎖V領域のCDR1領域にGln-Ser-Asn-Ser-Asn(配列番号1)からなるアミノ酸列を含む(3)または(4)のモノクローナル抗体。
(6)マウス生殖細胞系列VH9ファミリー遺伝子を由来とするH鎖可変領域を由来としてヒト化された(1)〜(5)のいずれかのモノクローナル抗体。
(7)"Grafting of abbreviated CDRs" 法又は異なったヒト可変領域から得られた最もホモローガスなセグメントから構築された合成フレームワークにCDR全体を移植する方法を適用してヒト化したH鎖可変領域を有する(6)のモノクローナル抗体。
(8)H鎖V領域のFR1領域にSer-Phe-Leu-Lys-Lys-Pro-Gly-Phe-Tyr-Val-Lys-Val(配列番号2)からなるアミノ酸配列を含む(6)または(7)のモノクローナル抗体。
(9)(1)〜(8)のいずれかのモノクローナル抗体を有効成分とするB細胞系腫瘍に対する治療薬または再発予防薬。
(10)(1)〜(8)のいずれかのモノクローナル抗体を有効成分とするB細胞またはイムノグロブリンが関与する自己免疫疾患または炎症性疾患の治療薬。
【0012】
なお、これらに規定されるモノクローナル抗体とは、代表的にはヒト化モノクローナル抗体を指すが、キメラ抗体をも含有する。また、(1)〜(2)および(9)〜(10)に関しては、ヒト抗体もこのモノクローナル抗体として使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のモノクローナル抗体は、細胞膜表面のCD20分子に結合することにより、クロスリンクを必要とすることなく該細胞に対してアポトーシスを誘導するヒトイムノグロブリンFc領域を有する。すなわち、CD20陽性細胞の膜上のヒトCD20分子に対して特異的に結合し、クロスリンク抗体を必要とすることなく該細胞に対して直接的にアポトーシスを誘導する。
【0014】
キメラ抗CD20モノクローナル抗体Rituximabやヒト抗CD20モノクローナル抗体Ofatumumabがクロスリンク抗体が存在しない状態ではアポトーシスを示さず、存在下でのみ低水準のアポトーシス誘導を示すのに対し、本発明の抗体は、非存在下でもアポトーシス誘導を示し、存在下でその誘導は増強される。
【0015】
本発明の好ましい態様の抗体は、CD20陽性細胞の膜上のヒトCD20分子に対して特異的に結合し、クロスリンク抗体を必要とすることなく該細胞に対して直接的にアポトーシスを誘導し、且つ該細胞に対して強い補体依存性細胞障害性及び抗体依存性細胞障害性を有するモノクローナル抗体である。本発明の好ましい態様の抗体は、補体存在下のCD20陽性細胞に対してRituximabやOfatumumabよりも効果的なCDCを誘導し、またエフェクター細胞(末梢血単核細胞またはNK細胞)存在下でより顕著なADCCを誘導する。その差は低濃度において顕著である。
【0016】
本発明の抗体がアポトーシスを誘導するCD20陽性細胞には正常B細胞および腫瘍B細胞が含まれる。
【0017】
アポトーシス誘導能はフローサイトメトリー(Annexin V/ PI staining)を用いた試験法により測定できる(例えば、Shan D et al., Cancer Immunol Immunother 2000; 48: 673-83, Annexin V/FITCアポトーシス測定キット、BD Biosciences)。
【0018】
CDC及びADCCの試験は一般的な方法を参照できる(Gazzano-Santoro H et al., J Immunol Methods 1997; 202: 163-71, Idusogie EE et al., J Immunol 2000; 164: 4178-84, Rose al., Blood 2002; 100: 1765-73)。本発明の抗体は、RituximabまたはOfatumumabとの比較において、CD20陽性細胞に対して強いCDCおよびADCCを有することが好ましい。
【0019】
本発明の抗体は、好ましくは、マウス生殖細胞系列Vκ19/28ファミリー遺伝子を由来とするL鎖可変領域を由来としてヒト化されたものである。さらに好ましくは、”SDR-transfer” 法を適用してヒト化したものである。”SDR-transfer”法は、L鎖V領域に対して、抗原と直接的にコンタクトする残基だけを最もホモローガスなヒト可変領域配列に移行させる方法である(FASEB J 9: 133-9, 1995)。
【0020】
本発明の抗体は、好ましくは、マウス生殖細胞系列VH9ファミリー遺伝子を由来とするH鎖可変領域を由来としてヒト化されたものである。さらに好ましくは、“Grafting of abbreviated CDRs” 法又は異なったヒト可変領域から得られた最もホモローガスなセグメントから構築された合成フレームワークにCDR全体を移植する方法を適用してヒト化したものである。“Grafting of abbreviated CDRs” 法は、既知の立体構造を有する抗原と抗体の複合体において抗原がコンタクトする残基を含むCDRの一部だけが最もホモローガスなヒト可変領域配列に移植される方法である(FASEB J 9: 133-9, 1995)。
【0021】
本発明の抗体は、さらに好ましくは、L鎖V領域のCDR1領域にGln-Ser-Asn-Ser-Asn(配列番号1)からなるアミノ酸列を含むか、H鎖V領域のFR1領域にSer-Phe-Leu-Lys-Lys-Pro-Gly-Phe-Tyr-Val-Lys-Val(配列番号2)からなるアミノ酸配列を含むか、その両方である。このような抗体の具体例としてはL鎖可変領域が配列番号3(WO 2006/106959 A1におけるsdrL1791)でH鎖可変領域が配列番号4(WO 2006/106959 A1におけるabbH1791)であるBM-ca、L鎖可変領域が配列番号3(WO 2006/106959 A1におけるsdrL1791)でH鎖可変領域が配列番号5(WO 2006/106959 A1におけるfraH1791)であるBM-cbが挙げられる。
【0022】
本発明の抗体は、マウス抗CD20モノクローナル抗体1K1791を起源としてキメラ化やヒト化した抗体から選抜することによって得ることができる。マウス抗CD20モノクローナル抗体1K1791は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(あて名:郵便番号305-8566 日本国茨城県つくば市東一丁目1番地1 中央第6)に2006年3月28日にブタペスト条約に基づく国際寄託がなされ、受託番号FERM BP-10591が付与されている。あるいは、本明細書に記載されたアミノ酸配列に基づき、遺伝子工学的手法により目的の抗体をコードする遺伝子を作成し、これを発現させることよっても得ることができる。本発明の抗体は、医薬用途において常用される抗体の改変方法による改変を受けていてもよい。
【0023】
本発明の態様の抗体として記載するヒト化抗CD20モノクローナル抗体は、B細胞性悪性腫瘍、及びB細胞又はB細胞が産生するイムノグロブリンが関与する免疫疾患及び炎症性疾患に対する治療薬として優れた効果をもつことが期待でき、非ホジキンリンパ腫、ホジキンリンパ腫、慢性リンパ性白血病、急性リンパ性白血病、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、自己免疫溶血性貧血症、特発性血小板減少症紫斑病、多発性硬化症、自己免疫溶血性貧血症、抗リン脂質抗体症候群、シェーグレン症候群、クローン病、強皮症、I型糖尿病などが挙げられる。特に、既存の抗CD20モノクローナル抗体治療薬(臨床試験後期のものを含む)であるRituximabやOfatumumabで治療効果の得られなかったか又は治療効果の低かった患者に対して、又は再発の患者に対して有効な治療薬となり得る。
【0024】
本発明の治療薬(再発予防薬を含む)の投与経路、投与量、剤形などは、従来の抗CD20モノクローナル抗体を有効成分とする治療剤と同様でよい。
【実施例1】
【0025】
本態様の抗CD20モノクローナル抗体の優れた特性である直接的なアポトーシス誘導能、及び細胞障害性(CDC及びADCC)に関して、既存の抗体であるRituximab及びOfatumumabと比較した試験を実施例に基づいて説明する。
【0026】
(1)標的細胞と被験抗体の準備
Raji細胞(バーキットリンパ腫) はJCRB(理研)、SU-DHL4細胞(瀰漫性大細胞性B-NHL) はDSMZ GmbH(独)、RC-K8細胞(組織球性リンパ腫)は高知医科大学から入手した。Rituximabは全薬工業株式会社、Infliximab(キメラ抗TNF-αモノクローナル抗体)は田辺製薬株式会社から購入した。BM-caおよびBM-cbは、合成されたL鎖可変領域DNA及びH鎖可変領域DNAを発現ベクターに組み込み、CHO DG44 (Urlaub G et al., Somat Cell Mol Genet
1986; 12: 555-66) 細胞にトランスフェクトすることにより発現させた(WO 2006/106959 A1)。Ofatumumabは米国出願公開(US 2004/0167319 A1)のクローン2F2として記載のDNAを合成し、同様にCHO DG44細胞で発現させた。
【0027】
(2)アポトーシス試験
アポトーシス誘導能は、Annexin V/FITCとヨウ化Propidium(PI)染色法を用いてフローサイトメトリーにより測定された(Annexin-V/FITCアポトーシス検出キット,BD Biosciences社)。この方法では、生細胞の測定(Annexin-/PI-)、初期段階のアポトーシス (Annexin+/PI-)、後期アポトーシス(Annexin+/PI+) 及び細胞壊死(Annexin-/PI+) を測定
することができる。被験抗体は、BM-caおよびBM-cb、比較対象となる抗CD20モノクローナル抗体にはRituximabとOfatumumab、陰性コントロールにはInfliximabが用いられた。抗体の使用量はいずれも10μg/mlとされた。標的細胞としてのRC-K8細胞の培養にはRPMI-1640に15%のFBSを添加した培地が用いられ、Raji細胞の培養にはRPMI-1640に10%のFBSを添加した培地が用いられた。各細胞は、アポトーシス試験の前に5x105 cells/mlで2日間サブカルチャーされた。アポトーシス試験は、クロスリンクのための二次抗体(10μg/ml)を添加した条件、又は添加しない条件で行われた。24時間インキュベートした後、一旦ペレットにした後FACS染色バッファーに鹸濁し、Annexin V/FITCとPIと共に染色された。FACS Calibur2でフローサイトメトリーによる試験を行い、CellQuestソフトウェアで結果が分析された(BD Biosciences社)。比較試験の結果を図1に示す。
【0028】
(3)CDC試験
補体依存性の細胞障害性活性が試験された(Gazzano-Santoro H et al., J Immunol Methods 1997; 202: 163-71)。被験抗体はBM-caおよびBM-cb、比較対象となる抗CD20モノクローナル抗体にはRituximabとOfatumumab、陰性コントロールにはInfliximabが用いられ、いずれもヒト補体(Quidel社)を添加することにより実験が行われた。標的細胞としてのRC-K8細胞及びSU-DHL4細胞の培養にはRHB (基礎培地: RPMI-1640, 添加物: 0.1% BSA, 20mM HEPES (pH 7.2) , 2 mMグルタミン, 100μg/mlゲンタマイシン)を調整し用いた。Triton X-100が細胞溶解の最大値を決定するために用いられた。標的細胞は、RHBで洗浄後、106 cells/mlになるように再懸濁した。被験キメラ抗体及びRituximabのそれぞれについて濃度の異なる溶液50μlを用意し、ヒト補体希釈溶液50μl、及び5×104 cells/ウェルの細胞懸濁液を平底の96穴組織培養用プレートに加えた。抗体の濃度設定は、0.01μg/ml,0.1μg/ml,1μg/ml,10μg/mlとした。補体介在性細胞溶解を促進するために37℃, 5% CO2条件で2時間インキュベートした。 50μlのAlamer blue (未希釈, Accumed Internationalの処方) を添加し、さらに同条件で一晩培養した。プレートはシェーカー上で、室温で10分間冷却した。96ウェル蛍光光度計を用いて、530 nm励起及び590nm発光で蛍光を読み取り、その結果が蛍光強度 (RFU) で示された。被験抗体の各濃度に対して、4パラメータ曲線適合プログラム(Kaleida Graph)を使用してRFUをプロットした。サンプル濃度は標準曲線から計算され、rituximabを含む全ての被験抗体濃度は、Alamar blueを添加する前のウェル中の最終濃度が参照された。比較試験の結果を図2に示す。
【0029】
(4)ADCC試験
抗体依存性の細胞障害性が試験された(Rose al., Blood 2002; 100: 1765-73)。被験抗体はBM-caおよびBM-cb、比較対象となる抗CD20モノクローナル抗体にはRituximabとOfatumumab、陰性コントロールにはInfliximabが用いられた。標的細胞には、RC-K8細胞とSU-DHL4細胞が用いられた。3人の健常人ドナー (A、B、C) の血液から、Ficoll-Hypaque分離法 (GE Health care/Amersham BioSciences社) によって末梢血単核細胞(PBMC)がエフェクター細胞として分離された。PBMCは、血小板を除去するためにハンクス緩衝塩溶液を用いて二度洗浄後、不活発にされた10%牛胎児血清 (HIBS) (5x106 cells/ml) と抗生物質を加えたRPMI培地中に懸濁された。 ETレシオ(標的細胞に対するエフェクター細胞の割合)は 50:1を用いた。標的細胞は、1mCiの51Cr (GE Amersham社)で1時間標識され、抗体存在下で37℃で2時間PBMCと共にインキュベートされた。 細胞は二度洗浄され、37℃で15分間インキュベートした後、再び洗浄された。細胞数のカウントの後、1 x105 cells/mlの細胞が 15% HIBSを含むPBMC中に再懸濁された。 51Crで標識された標的細胞(100μl)が100μlのサンプル抗体溶液(30μg/ml)と共に各ウエル(1x104 cells/ml)に加えられた。サンプル抗体の最終的濃度は10μg/mlとした。上清が51Cr放出定量化のために取り除かれた。抗体を含有しない状態の(標的細胞とPBMC)のコントロールを測定することにより、個別のアッセイに対する自然発生的な51Cr放出レベルが決定された。Triton(5%)添加することにより完全な細胞融解の目安が設定された。Rituximab及びOfatumumabに較べて、BM-caおよびBM-cbのADCCはRC-K8細胞及びSU-DHL4細胞のいずれに対してもより強力
であった。
【0030】
(5)遺伝子ファミリー解析
ヒト化抗CD20モノクローナル抗体の起源となったマウス抗CD20モノクローナル抗体、バイオメディクス社が開発した他マウス抗CD20モノクローナル抗体(Nishida M et al.., Int J Oncl 2007)及び公知のマウス抗CD20モノクローナル抗体の全23種類について、そのLκ鎖可変領域配列(Vκ)とH鎖可変領域(VH)のジャームライン遺伝子(生殖細胞性遺伝子)の由来を調べた(GenBank, Johnston CM et al., J Immunol 2006; 176: 4221-34,
Thiebe R et al, Eur Immunol 1999; 29: 2072-81, Brekke KM et al., Immunogenetics 2004; 56: 490-505)。表1に示すように、数多くのVκファミリーの中で21/23にVκ4/5ファミリー遺伝子が使用されており(ハイブリッドタイプ1例を含む)、例外はVκ23が1抗体とVκ19/28が1抗体のみであった。VHファミリーの中では、22/23にVH1ファミリー遺伝子が使用されており、例外はVH9ファミリーが1抗体だけであった。これらのVH1ファミリー及びVκ4/5ファミリーを使用した抗体遺伝子は驚くほど変異が少なく、ほとんどの場合起源となるジャームライン遺伝子がほほそのまま使用されていた。対照的にVH9ファミリーを由来とする抗体には多くの変異を含んでおり、抗体が機能的役割を果たすようになるための成熟過程を経たものである可能性が示唆された。VH1ファミリーを由来とする抗体遺伝子は数多く(22例)見つかったもののそのような変異を含むものは見つからなかった。VH1ファミリー(VH9.12)及びVκ19/28ファミリー(19-32)に属するジャームライン遺伝子からなる1K1791はヒト化抗体を作製するための起源として有望であり、それから発生したヒト化抗CD20モノクローナル抗体のうちで、BM-caおよびBM-cbには既知の治療用抗CD20モノクローナル抗体との比較において、クロスリンク抗体が存在しない状態でも直接的にアポトーシスを誘導することが出来、且つ有意に強いCDC及びADCCの細胞障害活性を有することが判明した。
【0031】
表1に示す本出願者らが確立したマウス抗CD20モノクローナル抗体のみならず、公に知られている抗CD20モノクローナル抗体の遺伝子ファミリーをも解析したところ表2の結果が得られた。出願時点で既に認可済の抗体であるRituximab (起源2B8) および臨床開発が進んでいるIMMU-106 (別称: hA20)、Ocrelizumab (起源:2H7)の起源はいずれも、VH1ファミリー、Vκ4/5ファミリーに属するものであり、これらにはクロスリンク抗体非存在下でアポトーシスを誘導する能力は認められなかった(図3、Blood 91:1644-52, 1998, Blood Cells Mol Dis 26:133-43, 2000, Clin Can Res 10: 2868-78, 2004)。Ofatumumabについてはヒト遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウスに免疫して得られた抗体であるため単純な比較はできないが、図1〜3でも明らかなように抗体の生物学的特性はRituximabに類似している。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
(6)二次抗体非存在下でアポトーシス誘導能を保持するためのヒト化の方法
1K1791を由来とするヒト化抗体であってもほとんど二次抗体非存在下ではアポトーシス誘導を起こさなかった。具体的にはL鎖V領域とH鎖V領域の組み合わせが(abb, fra),
(abb, sdr), (abb, ven), (fra, abb), (fra, fra), (fra/sdr), (fra, ven), (ven, sdr)などは全く起こさず、(abb, abb)において弱い誘導が認められるにとどまった(組合せを示す記号については、WO 2006/106959 A1を参照)。従って、二次抗体非存在下でアポトーシスを誘導するためには、特異的なヒト化の技術が適用されなければならなかった。具体的には、L鎖V領域に対して、抗原と直接的にコンタクトする残基だけを最もホモローガスなヒト可変領域配列に移行させる"SDR-transfer"法(FASEB J 9: 133-9, 1995)によってヒト化されたL鎖V領域配列を有する抗体のみがクロスリンク抗体非存在下の直接的なアポトーシスを誘導した。この配列の特徴はCDR1領域にGln-Ser-Asn-Ser-Asn(配列番号1)からなるアミノ酸列を含むもので、特にSer-Asn-Serは重要であった。
【0035】
また、H鎖V領域に対して、既知の立体構造を有する抗原と抗体の複合体において抗原がコンタクトする残基を含むCDRの一部だけが最もホモローガスなヒト可変領域配列に移植される"grafting of abbreviated CDRs"法 (FASEB J 9: 133-9, 1995)が適用されたH鎖V領域配列、又は異なったヒト可変領域から得られた最もホモローガスなセグメントから構
築された合成フレームワークにCDR全体を移植する方法 (Mol Immunol 29: 1141-46, 1992) が適用されたH鎖V領域配列がアポトーシス誘導能を保持するために寄与することが明らかにされた。この配列のFR1領域にはSer-Phe-Leu-Lys-Lys-Pro-Gly-Phe-Tyr-Val-Lys-Val(配列番号2)からなるアミノ酸配列を有する他、幾つかの立体構造上幾つかの重要な特徴があったが、これらはL鎖ほど厳格なものではなく代替し得るアミノ酸も存在した。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】アポトーシス試験結果(RC-K8細胞、Raji細胞)
【図2】CDC試験結果(RC-K8細胞、SU-DHL4細胞)
【図3】ADCC試験結果(RC-K8細胞、SU-DHL4細胞)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞膜表面のCD20分子に結合することにより、クロスリンクを必要とすることなく該細胞に対してアポトーシスを誘導するヒトイムノグロブリンFc領域を有するモノクローナル抗体。
【請求項2】
キメラ抗CD20モノクローナル抗体Rituximabまたはヒト抗CD20モノクローナル抗体Ofatumumabとの比較において、CD20陽性細胞に対して強い補体依存性細胞障害性及び抗体依存性細胞障害性を有する請求項1記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
マウス生殖細胞系列Vκ19/28ファミリー遺伝子を由来とするL鎖可変領域を由来としてヒト化された請求項1または2記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
"SDR-transfer" 法を適用してヒト化したL鎖可変領域を有する請求項3記載のモノクローナル抗体。
【請求項5】
L鎖V領域のCDR1領域にGln-Ser-Asn-Ser-Asn(配列番号1)からなるアミノ酸列を含む請求項3または4記載のモノクローナル抗体。
【請求項6】
マウス生殖細胞系列VH9ファミリー遺伝子を由来とするH鎖可変領域を由来としてヒト化された請求項1〜5のいずれか1項に記載のモノクローナル抗体。
【請求項7】
"Grafting of abbreviated CDRs" 法又は異なったヒト可変領域から得られた最もホモローガスなセグメントから構築された合成フレームワークにCDR全体を移植する方法を適用してヒト化したH鎖可変領域を有する請求項6記載のモノクローナル抗体。
【請求項8】
H鎖V領域のFR1領域にSer-Phe-Leu-Lys-Lys-Pro-Gly-Phe-Tyr-Val-Lys-Val(配列番号2)からなるアミノ酸配列を含む請求項6または7に記載のモノクローナル抗体。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のモノクローナル抗体を有効成分とするB細胞系腫瘍に対する治療薬または再発予防薬。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のモノクローナル抗体を有効成分とするB細胞またはイムノグロブリンが関与する自己免疫疾患または炎症性疾患の治療薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−286719(P2009−286719A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−139975(P2008−139975)
【出願日】平成20年5月28日(2008.5.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り International Journal of Oncology 2008−June,Volume 32 number 6 掲載日 2008年5月26日 掲載アドレス http://www.spandidos−publications.com/ijo/articles.jsp?issue_id=ijo_32_6&full=yes
【出願人】(505117641)バイオメディクス株式会社 (2)
【出願人】(508159204)
【Fターム(参考)】