説明

真空蒸着における膜厚制御方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は金属の蒸着に関し、さらに詳しくは蒸着膜厚の自動制御に関する。
【0002】
【従来の技術】真空室内において、電子銃から電子ビームを発生させ、これをレンズにより絞ってスポットとし、るつぼ内に収容された蒸発すべき金属に衝突させれを溶融させ、溶融した高温度金属から金属蒸気を蒸発させて基体に蒸着させる方法が行われている。このような技術は特公平3−41897号、特公平3−38340号、特開昭59−178626、特開平3−126823号等に記載されている。
【0003】このような電子銃を使用する真空蒸着装置では、電子銃から出た高エネルギー電子ビームをるつぼに向けて直進させる。るつぼは通常基体の幅方向に細長く延びた長方形をしており、電子ビームはるつぼの金属表面をほぼ均一に加熱する目的で偏向磁界または電界の作用下にるつぼの長さ方向に走査される。例えば、斜め配向型の蒸着金属磁気記録媒体を製造する場合には、CoまたはCo合金金属を高純度マグネシア(MgO)製のるつぼ(ボート)に収容し、電子銃から最大30kV程度の加速電圧で電子ビームをるつぼに向けて直進させて金属に衝突させる。その際に、電子ビームをるつぼの長さ方向に(場合により更に幅方向にも)走査させて金属を均一に加熱する(特公平3−38340号)。
【0004】上記の従来の蒸着方法では、蒸着金属の基体への十分な接着強度が確保できず、十分な耐久性のある蒸着膜を提供できない。その原因は、電子ビームの電力を約120〜150kW(30kVで4〜5A程度)以上にすると、溶融金属表面から金属蒸気と共に飛び出す電子と電子銃からの電子が互いに反発して電子の収束ができず、実効電力を約100kW以上には出来ず、蒸気速度を十分に向上させることができなかったからである。なおここに実効電力とは蒸発速度が電子銃の電力に依存して変化する範囲の電力である(例えば、100〜150kW加えても蒸発速度が変化しない場合、最大実効電力は100kWである)
【0005】電子銃の実効電力は、電子銃が放出する電子ビームの軸線を前記長方形るつぼの中心と前記開口の中心を結ぶ軸線とをほぼ直角に交差して配置し、前記電子ビームを磁界によりほぼ直角に偏向して前記るつぼ内に結像させるとことにより大幅に増大できることがわかった。
【0006】このような装置は、より具体的には、蒸発すべき金属を収容する細長い長方形るつぼ、前記るつぼ内に指向する電子ビームを発生させるための電子銃、前記るつぼに対向して設けられた回転ドラム、前記回転ドラムの面に沿ってプラスチック基体を送るための供給及び巻取り手段、前記回転ドラムの面に沿って設けられ一部が前記るつぼに対向した開口を有するマスク、及び前記マスクを開閉するためのシャッタ部材よりなる真空蒸着装置において実現できる。このような蒸着装置は、例えばCoまたはCo合金をポリエステル(PET等)に斜め蒸着して斜めの異方性を有する磁気記録媒体を製造するのに使用できる。その際に、磁気特性を調整する目的で蒸着中に酸素、二酸化炭素、窒素、アンモニア、スチレン等のガス、特に酸素を導入することが行われている(特公3−41897号)。すなわち、ガスはスリット状の出口を有する供給ノズルから放出される。放出されるガスの流量分布を一定に保持するためにガス供給源とノズルの間に均圧タンクを使用することもある。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】例えばCo及びCo合金の磁性膜等の様に、蒸着膜の膜厚が変動するとその磁気特性等の特性が大きく変わる。したがって一旦設定した蒸着膜の膜厚は変動しない様に極力制御する必要がある。蒸着膜の厚さを一定に制御する方法には基体フィルムの送り速度の調整、シャッターの開口度の調整、及び溶融金属の蒸発速度の調整が考えられる。しかし、送り速度の制御はフィルム走行の安定性が失われるなどの点で不都合であり、またシャッターの調整は最小入射角が変動することによって磁気特性が変化してしまう点で不都合である。したがって蒸発速度を電子ビームの電力で調整することにより変化させて蒸着膜の変動を補正することが望ましい。
【0008】このような制御にはフィードバックが一般的である。すなわち、実時間で膜厚を測定して基準値と比較し、得られた誤差をフィードバックして電子ビームの駆動エネルギーを加減する。しかし、このようなフィードバックでは制御に慣性があるので補正の行き過ぎ(オーバーシュート)を生じ、蒸着膜厚が振動して膜厚を目標範囲内の設定値に迅速に調整することができない。
【0009】したがって、本発明の目的は蒸着厚さの変動の少ない蒸着膜を提供するための膜厚制御方法を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】本発明は、るつぼに収容した金属または合金を電子ビームで溶融させ、一定速度で供給されている基体フィルムに、前記溶融した金属または合金から蒸発した金属蒸気を蒸着させ、得られた蒸着金属の厚さtを間欠的または連続的に測定し、その値を設定厚さt0と比較して誤差信号Δt=t−t0を算出し、フィードバック率20%よりも大きく50%以下で負帰還して目標範囲に蒸着膜厚を制御することを特徴とする。これにより、適度な減衰抵抗が導入されて設定値への迅速な調整が可能となり、オーバーシュートの問題が解決される。ただしフィードバック率が20%以下になると、減衰抵抗が大き過ぎて設定値への修正に時間がかかり過ぎる。フィードバック率が50%を超えると、オーバーシュートが大きくなる。
【0011】この場合に、算出した誤差Δtが目標範囲の30〜70%を外れた時に負帰還をかける。これにより、目標範囲から膜厚が外れるおそれがなくなる。30〜70%の範囲で負帰還をかけるとオーバーシュートが発生する
【0012】また、算出した誤差Δtの平均値の負帰還を10〜30秒間隔で行う。この方法によると、膜厚の瞬間的な変動には不感となり正しい制御が比較的早く達成される。これより間隔が狭いと、オーバーシュートが発生する機会が増える。これより間隔が広いと制御が遅れ目標範囲からはずれることがある
【0013】
【実施例】以下図面を参照して本発明の実施例を詳しく説明する。図1は本発明の蒸着装置1を示す。ただし図示の部分は図示しない真空チャンバーに収容されており、所定の排気装置を有するものとする。3は矢印の方向(またはその逆方向)に回転する回転ドラムで、蒸着基体を構成するポリエステル等の基体フィルム5がその周りにかけ通され、繰り出しロール9ら回転ドラム3の周面を通って巻き取りロール7に巻き取られる。回転ドラム3に近接して一部が開口したマスク11が設けてあり、蒸着金属が所定の角度以外ではフィルム5に蒸着しないようにしている。マスク11の外面(または内面)に沿ってシャッタ13が設けてあり、蒸着の初期及び終期に矢印の方向にスライドしてマスク11の開口を遮蔽することにより不要な蒸着を防止する。マスク11の開口の寸法は、回転ドラム3の軸線方向にはフィルム5上に所定の蒸着幅が得られるように、回転ドラムの周方向にはフィルム上に所定の蒸着角度θが得られるように選択する。酸素等のガスを導入するためにガス供給ノズル25をシャッタの13とマスク11の間に配置する。
【0014】マスク11の開口に対向して高純度マグネシア(MgO)製等のるつぼ15が配置され、その内部に蒸着すべき原料金属17が装入されている。るつぼ15は必要な蒸着幅を得るのに十分なだけ回転ドラム3の軸線方向に細長く伸びている。るつぼ15は所定の蒸着角度θ(マスクの開口内の位置により若干変動する)が得られるように配置される。るつぼ15に装入した原料金属17は電子銃19から放出される電子ビーム21により加熱される。本発明では電子銃19の電子ビーム21の放出方向はるつぼ15とマスク11の開口を結ぶ線に対してほぼ90度をなす方向に電子ビーム21を放出する。この電子ビームは図示しない適当なコンデンサレンズ、収束レンズ、及び偏向コイルによる磁界23の作用により約90度曲げられると同時に小スポット状に収束されて原料金属17に衝突する。実験によると、図1の鎖線位置に配置された従来の直進型電子銃19’に比較して、大幅な電力増大が達成できることが分かった。
【0015】最小入射角度θminは用途により最適角度は異なるが、特に磁気記録媒体としてCo、またはCo−Ni合金をポリエチレンテレフタレート等のポリエステル等の基体フィルムに斜め蒸着して、磁化容易方向を基体に対して斜めにしたい場合には、最小入射角θminを10゜〜60゜、好ましくは20゜〜50゜とする。Co合金としては特公平3−41897号等に記載されたものがある。
【0016】図1の装置の具体的な動作例を挙げると次の通りである。平均の最小入射角θminを30度、るつぼの液面と回転ドラム3の蒸着面の平均距離を約300mm、マスクの開口幅を500mmとし、真空チャンバーを1×10−5Torrに排気し、厚さ7μmのポリエチレンテレフタレートフィルム(PET)を100〜250m/minで走行させ、Co−Ni合金(80:20)のペレットをるつぼ15に間欠供給しながら、電子銃19の駆動電力40kV×(3〜5A)=120〜200kWで溶融し、蒸着を行う。電子銃電力を一定に保ちながらフィルム搬送速度を調整して蒸着膜厚を約1800Åとする。また蒸着時にガス供給ノズル25から導入する酸素主成分のガスも適宜調整して同等の磁気特性が得られるように成膜する。
【0017】次に、図2を参照する。蒸着膜の厚さは図1R>1の光センサ27により、蒸着膜の透過率を用いて測定する。測定された厚さtは設定厚さt0と比較して誤差Δt=t−t0を算出する。このような計算は例えばサンプリング間隔1秒ごとに行う。その誤差値をそのまま負帰還すると曲線Aのようにオーバーシュートを生じるので、本発明にしたがってフィードバック率20%より大きく50%以下で負帰還する。負帰還信号は制御器25により電子銃19の電流調整または電圧調整することにより電子ビームのエネルギーを加減する。こうして、目標範囲に蒸着膜厚を規制することができる。フィードバック率50%以下ではオーバーシュートが抑制されて図2の曲線Bのような制御が得られる例えば、上に挙げた具体的な蒸着条件において、目標範囲は1800ű7%であり、フィードバック率50%では、オーバーシュートは生じなかった。
【0018】図3を参照する。この例では、誤差Δt=t−t0 は目標範囲の30〜70%を外れた時に誤差Δtを負帰還して電子ビームのエネルギーを制御する。この方法によると、前例に比して目標範囲を越えるおそれは実質的になくなる。例えば、上に挙げた具体的な蒸着条件において、目標範囲は1800ű7%であり、±2.1%をはずれた瞬間に負帰還をかけると常に目標範囲に維持できた。また、フィードバック率50%では、オーバーシュートは生じなかった。
【0019】図4を参照する。この例では、誤差Δtの負帰還は10〜30秒ごとに行い、電子ビームのエネルギーを制御する。例えばサンプリングを1秒ごとに行い誤差をただちに負帰還したのでは、測定誤差によるオーバーシュートが生じる場合があるので、例えば所定数のサンプル値を平均し、設定値とこの平均値の平均誤差を算出し、これを負帰還して制御に使用する。この例によると、オーバーシュートは回避でき、より安定な制御が可能となる。例えば、上に挙げた具体的な蒸着条件において、目標範囲は1800ű7%であり、例えば10回のサンプル値を平均し、10秒ごとに設定値と平均値の平均誤差を算出し、負帰還をかけて電子銃の電力を調整したところ、オーバーシュートを生じなかった。なお、±2.1%をはずれない場合には負帰還をかけなくて良い。また、フィードバック率を20%より大きく50%以下にする
【0020】以上について、具体的な例を表1に挙げる。なお、判定の項目で二重丸は安定が非常に高いもの、丸は安定度が良く支障のないもの、三角は発生がたまにあり望ましくないもの、×印は安定性が良くないものである。
【0021】
【表1】


【0022】
【発明の効果】以上のように、本発明はフィルム基体を一定速度で供給しながら、膜厚の変動を抑制する優れた方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法が適用される真空蒸着装置の概略図である。
【図2】本発明の実施例による蒸着膜厚の制御を示す図である。
【図3】本発明による他の実施例の蒸着膜厚の制御を示す図である。
【図4】本発明による更に他の実施例の蒸着膜厚の制御を示す図である。
【符号の説明】
1 蒸着装置
3 回転ドラム
5 基体フィルム
7 巻き取りロール
9 繰り出しロール
11 マスク
13 シャッタ
15 るつぼ
17 原料金属
19 電子銃
21 電子ビーム
23 偏向磁界
25 ガス供給ノズル
26 制御器
27 膜厚センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】 るつぼに収容した金属または合金を電子ビームで溶融させ、一定速度で供給されている基体フィルムに、前記溶融した金属または合金から蒸発した金属蒸気を蒸着させ、得られた蒸着金属の厚さtを間欠的または連続的に測定し、その値を設定厚さt0と比較して誤差Δt=t−t0を算出し、その値を負帰還して電子ビームのエネルギーを制御し目標範囲に蒸着膜厚保を規制する真空蒸着における膜厚制御方法において、20%より大きく50%以下のフィードバック率で、算出した誤差Δtが目標範囲の30〜70%を外れたときの誤差Δtの平均値を、10〜30秒ごとに負帰還させることを特徴とする真空蒸着における膜厚制御方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【特許番号】特許第3091577号(P3091577)
【登録日】平成12年7月21日(2000.7.21)
【発行日】平成12年9月25日(2000.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−201869
【出願日】平成4年7月7日(1992.7.7)
【公開番号】特開平6−25849
【公開日】平成6年2月1日(1994.2.1)
【審査請求日】平成9年12月2日(1997.12.2)
【出願人】(000003067)ティーディーケイ株式会社 (7,238)
【参考文献】
【文献】特開 平3−138357(JP,A)
【文献】特開 平1−212762(JP,A)
【文献】実公 昭53−36987(JP,Y1)