説明

真菌増殖促進用組成物

【課題】真菌増殖促進用組成物およびそれを含む培地、真菌の増殖を促進する方法を提供すること。
【解決手段】アスペルギルス属、キャンディダ属等真菌類の増殖促進用組成物としてカードラン、ラミナリン、カルボキシメチル化カードラン、低分子のカードラン(カードランのβー1,3−グルカナーゼ加水分解物)等のβ−グルカン及びその誘導体を培地に含有させることにより、これら真菌の増殖促進に高い効果を示すことを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真菌増殖促進用組成物およびそれを含有する培地、ならびに真菌の増殖を促進する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真菌は、環境中に広く存在し、人類は古くから食品に利用してきた一方、真菌による有害な影響も受けてきた。例えば、真菌は日和見感染症を引き起こし、しばしば臨床上の問題となっている。
【0003】
これまで多くの研究者によって、真菌についての研究、特に真菌細胞壁主要構成成分の一つであるβ−グルカンに注目した様々な研究が行われてきた。例えば、β−1,3−グルカンはechinocandin系抗真菌薬のターゲットとして注目されている(非特許文献1)。また、Candida症、トリコスポロン症、Carinii肺炎などムコール症、クリプトコッカス症を除く大部分の深在性真菌症患者血中でβ−グルカンの陽性反応を示すことが報告されており、カブトガニ血球の(1,3)−β−glucan−sensitive factor Gを用いた検出系が真菌感染症全般のスクリーニングに有用とされる(非特許文献2)。また、グルカン自体が補体系活性化、ロイコトリエンやTNF−αなどの炎症性メディエーター産生などの生物活性を有することが明らかとされた(非特許文献3、4)。さらに、β−グルカンに対する受容体なども明らかになってきており(非特許文献5、6)、β−グルカンは真菌PAMP(pathogen-associated molecular pattern)の一つとして考えられている。
【0004】
そのような多くのβ−グルカンの研究の中で、生体ではなく真菌に対する作用を検討したものは少ない。最近、クオラムセンシングなど真菌自らが産生する物質が真菌細胞に作用し、増殖などに影響を与えていることが報告されている(非特許文献7)。真菌の増殖機構を明らかにすること、制御することは、真菌の有効利用、バイオハザードの面から重要であり、そのような真菌の研究、真菌の有効利用のためにも、真菌の増殖促進を可能にする組成物や培地の開発が望まれる。
【0005】
【非特許文献1】Denning DW. Echinocandin antifungal drugs. Lancet. 362(9390), 1142-51, 2003
【非特許文献2】Obayashi T., Yoshida M., Mori T., Goto H., Yasuoka A., Iwasaki H., Teshima H., Kohono S., Horiuchi A., Ito A., et al.: Plasma (1→3)-β-D-glucan measurement in diagnosis of invasive deep mycosis and fungal febrile episodes. Lancet, 345, 17-20, 1995
【非特許文献3】大野尚仁:真菌β−1,3−グルカン類の構造と宿主応答性,ドージンニュース,114,1-10,2004,http://www.dpkomdp/co.jp/news/index/html
【非特許文献4】宿前利郎:真菌β−1,3−グルカンの構造と活性,薬学雑誌,120(5),413-431,2000
【非特許文献5】Ross GD, Cain JA, Myones BL, Newman SL, Lachmann PJ. Specificity of membrane complement receptor type three (CR3) for beta-glucans. Complement. 4(2):61-74, 1987
【非特許文献6】Brown GD, Gordon S. Immune recognition. A new receptor for beta-glucans. Nature. 413(6851):36-7, 2001
【非特許文献7】Nickerson KW, Atkin AL, Hornby JM. Quorum sensing in dimorphic fungi: farnesol and beyond. Appl Environ Microbiol. 72(6), 3805-13, 2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、真菌増殖促進用組成物およびそれを含む培地、真菌の増殖を促進する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、β−グルカンが真菌増殖に対してどのような影響を及ぼすかについて検討した結果、β−グルカンが真菌の増殖促進に高い効果を有することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明の特徴は要約すると以下の通りである。
[1]β−グルカンを有効成分として含有する真菌増殖促進用組成物。
[2]β−グルカンがカードランまたはラミナリンである、[1]に記載の組成物。
[3][1]または[2]に記載の真菌増殖促進用組成物を含有する培地。
[4]β−グルカンを培地に添加し、該培地で真菌を培養することを含む、真菌の増殖を促進する方法。
[5]β−グルカンがカードランまたはラミナリンである、[4]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の真菌増殖促進用組成物の有効成分であるβ−グルカンが真菌の増殖を促進する。該組成物を培地に含めることにより、効率よく真菌を培養することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の真菌増殖促進用組成物は、β−グルカンを有効成分として含有することを特徴とする。
【0011】
β−グルカンは、β型ブドウ糖がβ結合で結合した多糖類をいう。β−グルカンの具体例として、カードラン(curdlan、CRD)、ラミナリン(laminarinまたはlaminaran(ラミナラン)の2つの表記があるが、本明細書ではラミナリン(laminarin、LAM)と表記する)、ソニフィラン(sonifilan、SPG)、グリフォラン(grifolan、GRN)、Sclerotinia sclerotiorum由来のグルカン(SSG)、Ompharia lapidescence由来のグルカン(OL−2)、カンジダ細胞壁β−グルカンの可溶化物(solubilized candida cell wall b-glucan、CSBG)、ザイモサン(zymosan、ZYM)、ザイモセル(zymocel、ZYC)、Sparassis crispa由来のグルカン(SCG)、Agaricus blazei由来のグルカン(AGG)、Peziza vesiculosa由来のグルカン(PVG)、これらの誘導体または低分子化したもの(好ましくは平均分子量2000〜3000ダルトン)などが挙げられる。これらのβ−グルカンは、単糖の結合がβ−(1,3)グルコシド結合、β−(1,6)グルコシド結合からなるものが多く、カードランはβ−(1,3)からなる。ラミナリン、SPG、GRN、SSG、OL−2、SCG、PVGは、主鎖をβ−(1,3)とし、分岐度はそれぞれ異なるがβ−(1,6)も持つ。AGGは主鎖をβ−(1,6)とし、β−(1,3)も持つ。またCSBGは両方の構造を併せ持つような基本構造を有する。ZYM、ZYCはβ−(1,3)とβ−(1,6)を併せ持つ。本発明で用いられるβ−グルカンは上記のものに特に限定されず、また可溶性・不溶性も問わないが、カードラン、ラミナリンが好ましく用いられる。また、カードラン、ラミナリンの誘導体(カルボキシメチル化カードランなど)、低分子のもの(カードラン−オリゴなど)も好ましい。
【0012】
カードランは、微生物、例えば、アルカリゲネス属またはアグロバクテリウム属の微生物によって生産される多糖類であり、加熱凝固性を有する。カードランとして、具体的には、アルカリゲネス・フェカリス・バール・ミクソゲネス菌株10C3Kにより生産されるカードラン(アグリカルチュラル・バイオロジカル・ケミストリー(Agricultural Biological Chemistry)Vol.30, p.196 (1966))、アルカリゲネス・フェカリス・バール・ミクソゲネス菌株10C3Kの変異株NTK−u(IFO13140)により生産されるカードラン(特公昭48−32673号)、アグロバクテリウム・ラジオバクター(IFO13127)およびその変異株U−19(IFO13126)により生産される多糖類(特公昭48−32674号)が挙げられる。また、カードランは和光純薬工業株式会社、キリンフードテック株式会社等から販売されている。
【0013】
低分子カードラン(カードラン−オリゴ)は、例えば上記カードランをβ−1,3−グルカナーゼにより分解したり、ギ酸、酢酸等の有機酸や塩酸、硫酸等の無機酸で酸加水分解して調製できる。例えばカードランをアセトンに懸濁し、HClで酸性とし、約50℃で5〜6時間還流加熱することで調製できる。具体的には、図1−1および図1−2のスキームで調製することができる(図1−1の「*」は、図1−2の「*」に続くことを示す)。この方法よれば、平均分子量約2000〜3000ダルトンのカードラン−オリゴが得られる。図1−1および図1−2のスキームに従って調製された低分子カードランの分析結果を表1に示す。図1−1、図1−2および表1に示す(1)〜(4)の画分のカードランのいずれも本発明に用い得るが、図1−2および表1の(3)精製低分子CRD−FD(凍結乾燥されたカードラン−オリゴ)、(4)精製低分子CRD−SD(噴霧乾燥されたカードラン−オリゴ)が好ましい。
【0014】
【表1】

【0015】
ラミナリンは、コンブ科褐藻のEisenia arboreaなどから抽出され、東京化成工業株式会社等から販売されている。
【0016】
本発明の真菌増殖促進用組成物のβ−グルカンの含有量は、特に限定されないが、例えば100重量%、99重量%、98重量%、95重量%、90重量%、80重量%、70重量%、60重量%、50重量%である。β−グルカンは、上記に挙げた多糖類1種類のみを組成物に含有させてもよいし、また複数の多糖類を適宜組合わせて、例えばカードランおよびラミナリンを組成物に含有させてもよい。本発明の組成物には、β−グルカン以外の成分、例えば緩衝剤、安定化剤、色素、他の多糖、真菌用培地の成分等を含有させて、本発明の組成物を含む培地を調製する際に、培地調製が容易になるような形態にしてもよい。
【0017】
本発明の真菌増殖促進用組成物は、真菌であれば特に限定されることなく使用可能であるが、例えばアスペルギルス属(Aspergillus fumigatusAspergillus oryzae等)、キャンディダ属(Candida utilis等)等の真菌の増殖に好適である。
【0018】
本発明の培地は、上記真菌増殖促進用組成物を含有することを特徴とする。
培地への真菌増殖促進用組成物の含有量は特に限定されず、増殖対象の真菌の種類、培養条件、培養サイズ、培養方法、培地などにより適宜調整可能であるが、培地に含有されるβ−グルカン濃度として、例えば好ましくは0.01〜1重量%、より好ましくは0.2〜0.5重量%である。
【0019】
また、培地のカードラン以外の組成は、増殖対象の真菌に好適であればよく、例えば炭素源としてグルコース、フルクトースなどの単糖類、スクロース、マルトースなどの二糖類、乳糖など、窒素源としてアンモニア、硝酸塩、亜硝酸塩などの無機窒素、アミノ酸などの有機窒素、無機塩類としてFe、Ca、Mg、K、Na、Cl、Mn、Zn、Cu、B、Mo、I、Sr、Pなど、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、パントテン酸、ニコチン酸、ビオチン、葉酸、パラアミノ安息香酸、ビタミンB12、プリン・ピリミジン塩基類等の生育因子、ペプトン、トリプトンなどのタンパク消化物、肉エキス、酵母抽出物などのエキス類、血液、血清などの体液や植物浸出物、抗菌剤、色素などを含めてもよい。
【0020】
pH等についても、真菌に好適になるように適宜調整可能である。培地は、寒天やゼラチンで固化した固体培地、低濃度の寒天等を加えた半流動培地、液体培地等のいずれでもよい。また培地は、培養対象(真菌)に生育環境を提供するものであればよく、例えば清酒、味噌、醤油、納豆、チーズ、鰹節等を製造するための、真菌を接種・増殖させる飲食品原料も培地に含まれる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものではない。
(1)β−グルカンの真菌増殖に与える影響
β−グルカンの真菌増殖に与える影響を検討するため、完全合成培地C-limiting mediumを用い、炭素源(通常、スクロース10g/L)の50%を、カードラン(curdlan (CRD)、和光純薬工業株式会社)、ラミナリン(laminarin (LAM)、東京化成工業株式会社)とした。培地の組成を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
Aspergillus fumigatusならびにAspergillus oryzaeについて、27℃、坂口フラスコ(200ml)にて、振とう培養を行った。
【0024】
培養開始1日目からカードランを添加した場合において、非添加と比較し、増殖の肉眼的な観察においても差がみられ、5日間培養後には顕著な増殖促進が観察された(図2)。カードランほど顕著ではないがラミナリン添加群においても、増殖の促進が観察された。
【0025】
さらに、定量的に評価するため、上記培地を用いて菌液の希釈系列を作製し、培養プレートを用い検討を行った(図3)。培養プレートの検討では、スタンダードなスクロース添加では原液でコロニーが観察されたのに対し、カードラン添加においては4000倍希釈した菌液においてもコロニーが観察された。ラミナリン、カードラン−オリゴ(図1−1および図1−2に従って調製した(3)精製低分子CRD−FDおよび(4)精製低分子CRD−SDを使用、カードラン等と同様に培地を調製)添加においても4倍、16倍希釈した菌液において、コロニーが観察された。カードラン、ラミナリンなどのβ−グルカンを添加することにより、真菌の増殖が促進されることが定量的に示された。
【0026】
次に、寒天固形培地(上記培地に寒天1.5重量%を添加)における増殖も同様に検討した。液体培養と同様に、カルボキシメチル化カードラン(CM−CRD、和光純薬工業株式会社、カードラン等と同様に培地を調製)、ラミナリン添加群においては、ジャイアントコロニーの直径の大きさが非添加群と比較し大きく(図4)、特に増殖初期においてコロニーの増殖が促進されていた。固形培養においても増殖が促進されていることが示唆された。
【0027】
(2)β−グルカンの真菌増殖形態変化に与える影響
完全合成培地C-limiting mediumを用い、炭素源の50%としてラミナリン、カードラン、カードラン−オリゴ、デキストラン(和光純薬工業株式会社)、スクロース、グルコース(和光純薬工業株式会社)をそれぞれ含有した培地を調製した。培地を24ウエルプレートに添加し、Aspergillus fumigatusを植菌し、37℃、5%CO2下でOver night培養した。培養後、真菌の形態的変化を顕微鏡にて観察した(図5)。スクロース、グルコース、デキストランを添加し調製した培地においては、枝分かれの多い、放射線状の菌糸の形態をとった。一方、カードラン、カードラン−オリゴ、ラミナリン添加培地においては、枝分かれの少ない、長い菌糸の形態が見られた。20倍率の観察で分かるように、カードラン、カードラン−オリゴ、ラミナリンを添加した場合においては真菌増殖、菌糸成長が促進されている様子が観察された。β−グルカンの真菌培養系への添加により、真菌増殖の形態を変化させることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0028】
真菌はヒトに感染を起こす一方で、発酵など食品として重要な位置を占めることから、本発明は、真菌の研究等の他、真菌の食品利用などにも寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1−1】低分子カードラン作製フローを示す。
【図1−2】低分子カードラン作製フローを示す。
【図2】真菌増殖におけるβ−グルカンの添加の効果(5日目)を示す。パネルa)はA. fumigatus NBRC 30870株、 パネルb)はA. oryzae NBRC 30103株を示す。
【図3】真菌増殖におけるβ−グルカンの添加の効果を示す。
【図4】A. fumigatus寒天平板培養のコロニー直径の経時的変化を示す。
【図5】A. fumigatus培養の形態変化へのβ−グルカンの影響を示す。パネルa)、g)は スクロース、パネルb)は グルコース、パネルc)、h)はラミナリン、パネルd)はカードラン、パネルe)はカードラン−オリゴ、パネルf)はデキストランを示す。パネルa)〜f)は20倍率、パネルg)およびh)は4倍率である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−グルカンを有効成分として含有する真菌増殖促進用組成物。
【請求項2】
β−グルカンがカードランまたはラミナリンである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の真菌増殖促進用組成物を含有する培地。
【請求項4】
β−グルカンを培地に添加し、該培地で真菌を培養することを含む、真菌の増殖を促進する方法。
【請求項5】
β−グルカンがカードランまたはラミナリンである、請求項4に記載の方法。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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