説明

眼鏡レンズの製造方法

【課題】優れた耐久性を有する眼鏡レンズを製造可能な眼鏡レンズ製造材料を簡便に決定するための手段を提供すること。
【解決手段】所定の材料決定方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズの製造方法に関するものであり、詳しくは、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを提供可能な眼鏡レンズの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズに所望の性能を付与するために、ハードコート膜、反射防止膜等の各種機能性膜をレンズ基材上に形成することが広く行われている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−311702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
眼鏡レンズに求められる特性の一つとして、様々な環境下に置かれたとしても劣化することのない優れた耐久性を有することが挙げられる。例えば、眼鏡レンズは入浴中に装用されたり夏場に自動車内に放置されたり、更には屋外で長時間活動する使用者に装用されることがあるため、そのような高温高湿下や紫外線照射下に置かれた場合にもひび割れ(クラック)や機能性膜の剥離などを起こすことなく良好な品質を維持することが望まれる。図6に模式図で示すようにクラックが発生した眼鏡レンズは、クラックに起因して透明性が低下し、外観および装用感に劣るものとなるためである。また、眼鏡レンズにおけるクラックは、図6に示すようにレンズ幾何中心付近に多く発生する傾向があるため、装用者の視界を妨げる原因ともなる。
【0005】
上記事情に鑑み、近年眼鏡レンズの評価方法として、オーブン加熱による耐熱性評価やQUV促進耐候性試験による評価(以下、「QUV試験」ともいう)などの耐久性試験が採用されている。QUV試験は、被検サンプルに対して紫外線照射と結露発生のサイクルを繰り返す耐候性試験であり、被検サンプルは高温での紫外線照射と暗所での結露により劣化が促進される。オーブン加熱や上記QUV試験後にもクラックや機能性膜の剥離が観察されない眼鏡レンズであれば、実使用時にも長時間にわたり劣化を起こすことなく優れた耐久性を示すことができる。
【0006】
上記耐久性試験は、長期にわたり優れた耐久性を示す眼鏡レンズを高い信頼性をもって提供するために必要不可欠なものとなってきているものの、現状では耐久性試験をパスする眼鏡レンズを製造するためには、製品眼鏡レンズを製造するための候補材料(レンズ基材材料および機能性膜材料)を決定し、決定した材料を用いて眼鏡レンズを作製し、作製した眼鏡レンズに対してQUV試験やオーブン加熱による耐久性試験を行い、評価基準を満たさない場合には改めて候補材料の選択からの一連の工程を繰り返すという試行錯誤を経なければならなかった。
【0007】
そこで本発明の目的は、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを製造可能な眼鏡レンズ製造材料を簡便に決定するための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、以下の新たな知見を得た。
本発明者らが、プラスチックレンズ基材上に有機系ハードコート膜と無機系反射防止膜をこの順に有する眼鏡レンズの中で、QUV試験後にレンズ全体に曇りが見られる眼鏡レンズについてQUV試験中の形状変化を経時的に観察したところ、ハードコート膜と反射防止膜の界面ではなく、ハードコート膜のレンズ基材との界面付近を起点としてクラックが発生することが曇りの原因となっていることが判明した。
従来、上記構成の眼鏡レンズにおけるクラック発生は、有機物からなるハードコート膜と無機物からなる反射防止膜との熱膨張率の違いにより、これらの膜の界面で発生すると考えられていたため(特開2006−259507号公報参照)、ハードコート膜と同じく有機物であるプラスチックレンズ基材の界面近傍がクラック発生の起点となるという上記現象は驚くべきことであった。この点について本発明者らは、QUV試験中に有機系ハードコートの脱水縮合反応とレンズ基材変形に伴いハードコート膜とレンズ基材界面で歪が蓄積されることが、ハードコート膜がクラック発生の起点となった理由であると推察している。つまり、製品レンズの状態での成膜材料の熱膨張や収縮の挙動は、下層に位置するレンズ基材や他の機能性膜の影響も受けるため、成膜材料固有の熱膨張収縮特性とは異なるものとなるため、成膜材料固有の熱膨張収縮特性のみに着目してもクラック発生を効果的に抑制できないことになる。
本発明者らは以上の知見に基づき更に検討を重ねた結果、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを製造するために、製品レンズと同様の層構成のサンプルの熱膨張収縮特性に基づきレンズ基材および成膜材料を決定することを見出すに至り、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明の一態様は、
レンズ基材および機能性膜の候補材料を選択すること、
レンズ基材の候補材料からなる基材サンプルと、該基材サンプル上に機能性膜の候補材料を成膜したレンズサンプルとの熱膨張収縮特性の違いを求めること、
熱膨張収縮特性の違いが予め定めた基準以下となる組み合わせの候補材料を実製造に使用する材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法(以下、「材料決定方法1」または「方法1」という);および、
レンズ基材、第一機能性膜、および第二機能性膜の候補材料を選択すること、
レンズ基材の候補材料からなる基材サンプル、基材サンプル上に第一機能性膜の候補材料を成膜した第一レンズサンプル、および第一レンズサンプル上に第二機能性膜の候補材料を成膜した第二レンズサンプル、のうちの少なくとも2つのサンプル間の熱膨張収縮特性の違いを求めること、
熱膨張収縮特性の違いが予め定めた基準以下となる組み合わせの候補材料を実製造に使用する材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に少なくとも第一機能性膜と第二機能性膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法(以下、「材料決定方法2」または「方法2」という)、
の少なくとも1つの方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、
決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、
を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法、
に関する。
【0010】
また、レンズ基材上に三層以上の機能性膜が積層された構成の眼鏡レンズでは、2枚の機能性膜の間に中間層として存在する機能性膜は、上下に位置する隣接する機能性膜との間で互いにストレスを与え合う。したがって、中間層として存在する機能性膜の材料を、上下の機能性膜の材料との適切な組み合わせで選択しなければ、当該中間層を起点として劣化が生じたり、または当該中間層から与えられたストレスにより隣接する機能性膜が劣化の起点となってしまう。レンズ基材と機能性膜との間に存在する中間層についても、同様のことが当てはまる。
以上のことから本発明者らは、中間層以外の材料は所望の物性に応じて決定したうえで、中間層の材料を上下に存在するレンズ基材や機能性膜の材料に応じて適切に選択すれば、中間層が劣化を引き起こす原因となることを回避できるため、眼鏡レンズの劣化を効果的に防止できるのではないかと考えるに至った。先に説明したように、本発明者らが新たに得た知見によれば、製品レンズの状態での成膜材料の熱膨張や収縮の挙動は、下層に位置するレンズ基材や他の機能性膜の影響も受けるため、成膜材料固有の熱膨張収縮特性とは異なるものとなるため、成膜材料固有の熱膨張収縮特性のみに着目してもクラック発生を効果的に抑制できないことになる。
そこで本発明者らは以上の知見に基づき更に検討を重ねた結果、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを製造するために、製品レンズと同様の層構成のサンプルの熱膨張収縮特性に基づき中間層材料を決定することを見出すに至り、本発明を完成した。
【0011】
即ち、本発明の更なる態様は、
実製造に使用するレンズ基材材料および第二機能性膜材料を決定すること、
第一機能性膜の候補材料を決定すること、
前記レンズ基材材料からなる基材サンプル、基材サンプル上に前記候補材料を成膜した第一レンズサンプル、および第一レンズサンプル上に前記第二機能性膜材料を成膜した第二レンズサンプル、を作製すること、
作製したサンプルの熱膨張収縮特性を求めること、
第一レンズサンプルの熱膨張収縮特性が、基材サンプルおよび第二レンズサンプルの熱膨張収縮特性と、予め定めた基準範囲内で近似している候補材料を、実製造に使用する第一機能性膜材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に第一機能性膜と第二機能性膜とをこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法(以下、「材料決定方法3」または「方法3」という);および、
実製造に使用する第一機能性膜材料および第三機能性膜材料を決定すること、
第二機能性膜の候補材料を決定すること、
基材サンプル上に前記第一機能性膜材料を成膜した第一レンズサンプル、第一レンズサンプル上に前記候補材料を成膜した第二レンズサンプル、および第二レンズサンプル上に前記第三機能性膜材料を成膜した第三レンズサンプル、を作製すること、
作製したサンプルの熱膨張収縮特性を求めること、
第二レンズサンプルの熱膨張収縮特性が、第一レンズサンプルおよび第三レンズサンプルの熱膨張収縮特性と、予め定めた基準範囲内で近似している候補材料を、実製造に使用する第二機能性膜材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に第一機能性膜、第二機能性膜、および第三機能性膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法(以下、「材料決定方法4」または「方法4」という)、
の少なくとも1つの方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、
決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、
を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法、
に関する。
【0012】
方法1〜4におけるレンズサンプルは、柱状の基材サンプルの側面に機能性膜の候補材料を成膜してなるサンプルであることができる。
【0013】
方法1〜4における熱膨張収縮特性は、熱機械分析(TMA)により求められた変位量から算出される熱膨張係率あることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば長期間過酷な環境下に置かれたとしてもクラックや機能性膜の剥がれといった劣化を起こすことのない、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】方法1、2における基材サンプルおよびレンズサンプルの概略断面図である。
【図2】サンプルを設置したTMA装置の概略図である。
【図3】方法3、4における基材サンプルおよびレンズサンプルの概略断面図である。
【図4】方法3、4を実施することによる眼鏡レンズ製造用材料の決定を含む本発明の製造方法により得られる眼鏡レンズの層構成の具体例を示す。
【図5】基材サンプルおよびレンズサンプルの熱膨張曲線の具体例を示す。
【図6】クラックが発生した眼鏡レンズの模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一態様は、材料決定方法1および材料決定方法2の少なくとも1つの方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法に関する。
前述のように、材料決定方法1は、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法であって、
レンズ基材および機能性膜の候補材料を選択すること、
レンズ基材の候補材料からなる基材サンプルと、該基材サンプル上に機能性膜の候補材料を成膜したレンズサンプルとの熱膨張収縮特性の違いを求めること、
熱膨張収縮特性の違いが予め定めた基準以下となる組み合わせの候補材料を実製造に使用する材料として決定すること、
を含む。
材料決定方法2は、レンズ基材上に少なくとも第一機能性膜と第二機能性膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法であって、
レンズ基材、第一機能性膜、および第二機能性膜の候補材料を選択すること、
レンズ基材の候補材料からなる基材サンプル、基材サンプル上に第一機能性膜の候補材料を成膜した第一レンズサンプル、および第一レンズサンプル上に第二機能性膜の候補材料を成膜した第二レンズサンプル、のうちの少なくとも2つのサンプル間の熱膨張収縮特性の違いを求めること、
熱膨張収縮特性の違いが予め定めた基準以下となる組み合わせの候補材料を実製造に使用する材料として決定すること、
を含む。
材料決定方法1は、「基材サンプル」と「レンズサンプル」との熱膨張収縮特性の違いに基づき候補材料を選択する点で、「レンズサンプル同士」の熱膨張収縮特性の違いに基づき候補材料を選択する態様も含む材料決定方法2と相違するものであるが、材料決定方法1、材料決定方法2は成膜材料固有の熱膨張収縮特性によらず、製品レンズと同様の構成に積層されたサンプルの熱膨張収縮特性に基づき眼鏡レンズ製造用材料を決定する点で共通するものである。
以下、材料決定方法1、2について、更に詳細に説明する。
【0017】
方法1、2において、製造用の材料が決定される眼鏡レンズは、レンズ基材上に少なくとも一層の機能性膜を有するものであり、レンズ基材上に二層、三層、更には四層以上の機能性膜を有するものであってもよい。方法2では、目的の眼鏡レンズの層構成に応じて、2つ、3つ、4つまたはそれ以上のレンズサンプルを作製し熱膨張収縮特性を評価することも、もちろん可能である。
【0018】
レンズ基材の候補材料は、プラスチック、無機ガラス等の通常のレンズ基材を構成する材料から選択される。
【0019】
機能性膜としては、ハードコート膜、反射防止膜、プライマー、偏光膜、撥水膜、潤滑剤膜、紫外線吸収膜、赤外線吸収膜、フォトクロミック膜、帯電防止膜等の眼鏡レンズに所望の性能を付与するために通常設けられる各種の機能性膜を挙げることができる。本発明では製品レンズの層構成を決定したうえで、該層構成に含まれる機能性膜を形成する候補材料を、公知の材料から選択する。
【0020】
方法1では、選択したレンズ基材の候補材料からなる基材サンプルと、該基材サンプル上に、選択した機能性膜の候補材料を成膜したレンズサンプルとの熱膨張収縮特性の違いを求める。例えばレンズ基材の候補材料として一種の材料を選択し、機能性膜の候補材料として二種以上の材料を選択したうえで、レンズ基材と機能性膜の候補材料を組み合わせて複数のサンプルを作製することができ、またはその逆に、機能性膜の候補材料として一種の材料を選択し、レンズ基材の候補材料を2種以上選択したうえで、レンズ基材と機能性膜の候補材料を組み合わせて複数のサンプルを作製することもできる。更には、レンズ基材および機能性膜それぞれについて候補材料を2種以上選択したうえで、レンズ基材と機能性膜の候補材料を組み合わせて複数のサンプルを作製することもできる。
【0021】
方法2では、サンプル間の熱膨張収縮特性の違いを、基材サンプルと第一および/または第二レンズサンプルとの間で求めてもよく、第一レンズサンプルと第二レンズサンプルとの間で求めてもよい。方法2においても、レンズ基材の候補材料、各機能性膜の候補材料は、一種でも二種以上でもよい。
【0022】
本発明において材料決定の指標とする熱膨張収縮特性は、例えば熱膨張率(線膨張率または体積膨張率)や加熱時変形量(変位量)、熱膨張率や加熱時変形量を縦軸に、測定温度を横軸にとった熱膨張曲線の積分値や熱膨張曲線の形状等であることができる。これらの熱膨張収縮特性は、公知の熱膨張率測定装置によって求めることができ、中でも測定の簡便性の観点から、熱機械分析(TMA)により求めることが好ましい。
【0023】
TMAでは加熱下で試験片に荷重を加えた際の変位量(変位長さ)を求め、この変位量から公知の算出式により熱膨張率を求める。上記TMA測定のためには、柱状(円柱状または角柱状)の試験片を準備することが好ましい。そのための基材サンプルおよびレンズサンプルの作製方法としては、以下の方法を挙げることができる。
サンプル作製方法の一例
(1)レンズ基材の候補材料からなる板状体を準備する。その後、板状体の一部を切り出すことで角柱状の基材サンプルを得る。基材サンプルは、射出成形、注型重合、その他公知の成形方法により作製することができる。
(2)残りの板状体に対して機能性膜の候補材料を用いて成膜処理を行う。評価の信頼性を高めるためには眼鏡レンズにおける機能性膜と同様の状態を作り出すことが好ましいため、目的の機能性膜の成膜方法と同様の方法で成膜を行うことが好ましい。
(3)方法2においては、上記(2)において第一機能性膜の候補材料を用いて成膜処理を行った後、一部を切り出して第一レンズサンプルを得たうえで、残りの板状体の上に第二機能性膜の候補材料を用いて成膜処理を行い第二レンズサンプルを作製する。
【0024】
上記では一枚の板状体から必要部分を切り出し順次サンプルを得る例を説明したが、後述の実施例に示すように、工程(1)において複数枚の板状体を作製して、1枚を基材サンプル作製用として使用し、その他の板状体を工程(2)、(3)に付すこともできる。
上記の例により得られる基材サンプルおよびレンズサンプルの概略断面図を、図1に示す。機能性膜の候補材料は、角柱の基材サンプルの一側面のみに成膜してもよいが、片面のみに成膜すると形成した膜の収縮や膨張により基材部分に歪が生じてサンプル間の比較結果に影響を及ぼす可能性がある。この点からは、機能性膜の候補材料からなる層は、図1に示すように対向する一対の側面に設けることが好ましい。なお四角柱状のサンプルにおいて対向する一対の側面は互いに平行または略平行の関係にある。レンズサンプルの上下面については、機能性膜の候補材料が成膜されていてもよく、成膜されていなくてもよい。
【0025】
TMAによる熱膨張収縮特性の測定では、作製した柱状のサンプル(基材サンプルないしレンズサンプル)をTMA装置のヒーター内に設置し、サンプル上面からプローブを介して荷重を掛ける。この状態のTMA装置の概略図を図2に示す。一定速度で測定温度を変化させると、温度変化に対応して膨張ないし収縮(熱膨張/収縮)に伴うサンプルの変形が起こる。この変形によるプローブの位置変化量を、変位検出部で計測することで加熱による変位量を求めることができ、求められた結果から公知の算出式により熱膨張率を求めることができる。
なお、上記ではTMAによる熱膨張収縮特性測定について説明したが、本発明はTMAにより測定を行う態様に限定されるものではない。熱膨張収縮特性の測定を行う温度範囲は、製品レンズが晒される温度を考慮して決定することが好ましく、30〜150℃の温度域(好ましくは30〜100℃の温度域)が含まれる範囲とすることが好適である。
【0026】
上記のように測定される熱膨張収縮特性の違いがサンプル間で大きいほど、眼鏡レンズとした際に、違いの大きい部分でクラックが生じやすいことが本発明者らの鋭意検討の結果、新たに見出された。本発明は、かかる新たな知見に基づき完成されたものである。例えば、基材サンプル、第一レンズサンプル、第二レンズサンプルの熱膨張率を測定した際、基材サンプルと第一レンズサンプルとの熱膨張率の違いが、第一レンズサンプルと第二レンズサンプルとの熱膨張率の違いと比べて顕著に大きな場合には、サンプル作製に使用した材料を用いて眼鏡レンズを製造すると、QUV試験後に、第一機能性膜においてレンズ基材との界面近傍を起点として発生したクラックが、経時的に第一機能性膜全体に広がり膜が破断する現象が見られた(この破断によって第一機能性膜上に形成された第二機能性膜が剥がれる現象も観察された)。したがって基材サンプルとレンズサンプルとの間の熱膨張収縮特性の違い、レンズサンプル間の熱膨張収縮特性の違い、がそれぞれ小さくなる組み合わせで材料を選択することにより、QUV試験後にクラックや膜剥がれの観察されないほど高い耐久性を有する眼鏡レンズを提供することが可能となる。
なお、例えばレンズ基材と第一機能性膜の材料が既に決定されている場合には、第一レンズサンプルと第二レンズサンプルとの熱膨張収縮特性の測定のみを行い基材サンプルについては測定を行わず、レンズサンプル間の熱膨張収縮特性の違いから、両機能性膜の材料を決定することもできる。
【0027】
前述のように方法2では、目的の眼鏡レンズの層構成に応じて、2つ、3つ、4つまたはそれ以上のレンズサンプルを作製し熱膨張収縮特性を評価することも可能である。また、熱膨張収縮特性を評価する第一レンズサンプルは、目的の眼鏡レンズにおいてレンズ基材上に直接設けられる機能性膜の候補材料から形成されるものに限定されるものではない。例えば、レンズ基材上にプライマーを介してハードコート膜と反射防止膜を有する眼鏡レンズの材料決定のために、ハードコート膜の候補材料から第一レンズサンプルを作製し、反射防止膜の候補材料から第二レンズサンプルを作製することも可能である。また、熱膨張収縮特性に大きな影響を与えない範囲内であれば、候補材料からなる層の上または下に、他の層(例えば潤滑剤層)を設けることもできる。
【0028】
実製造に使用する材料を決定する際の基準とする熱膨張収縮特性の違いは、目的とする眼鏡レンズに想定される使用環境に応じて決定すればよく、特に限定されるものではない。決定に際しては、予備実験を行い基準値をデータベース化することもできる。例えば、予備実験として、いくつかのテスト用眼鏡レンズについてオーブン加熱やQUV試験を行うとともに、これらテスト用眼鏡レンズを構成する材料を用いて基材サンプルやレンズサンプルの作製および熱膨張収縮特性の測定を行う。そのうえで、テスト用眼鏡レンズにおいてオーブン加熱やQUV試験後に耐久性劣化(例えばクラック発生や膜剥がれ、これに伴う曇り)が観察されたサンプル間の熱膨張収縮特性の違いを閾値(限界値)として決定する。実製造に使用する材料は、この限界値以下の組み合わせとなるように候補材料から選択すればよい。上記予備試験に使用する試験装置(オーブンやQUV促進耐候性試験装置)および試験条件としては、製品レンズの評価に使用される装置および条件を用いることが好ましい。
こうして方法1、2によれば、実際に眼鏡レンズを作製しオーブン加熱やQUV試験による耐久性試験を行い、評価基準を満たさない場合には改めて候補材料の選択からの一連の工程を繰り返すという試行錯誤を行うことなく、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを製造可能な材料を決定することができる。また、従来は困難であった材料の選択基準の定量化が可能となる点も、方法1、2の利点の一つである。こうして方法1、2により、オーブン加熱やQUV試験による耐久性試験をパスするほど高い耐久性を有する眼鏡レンズを製造可能な材料を候補材料から選択し決定することができる。したがって方法1、2の少なくとも1つの方法を実施することによる眼鏡レンズ製造用材料の決定を含む本発明の眼鏡レンズの製造方法によれば、耐久性試験後にもクラックの発生や膜剥がれ等の劣化のない、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを提供することができる。眼鏡レンズは、注型重合、射出成形等の所定の成形方法で成形したレンズ基材上に、ディップ法、スピンコート法、蒸着法等の成膜方法により機能性膜を順次積層することにより作製することができる。上記成形方法および成膜方法は、いずれも公知である。
【0029】
以上、本発明の一態様にかかる眼鏡レンズの製造方法について説明したが、本発明によれば、材料決定方法3および材料決定方法4の少なくとも1つの方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法も提供される。
前述のように、材料決定方法3は、レンズ基材上に第一機能性膜と第二機能性膜とをこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法であって、
実製造に使用するレンズ基材材料および第二機能性膜材料を決定すること、
第一機能性膜の候補材料を決定すること、
前記レンズ基材材料からなる基材サンプル、基材サンプル上に前記候補材料を成膜した第一レンズサンプル、および第一レンズサンプル上に前記第二機能性膜材料を成膜した第二レンズサンプル、を作製すること、
作製したサンプルの熱膨張収縮特性を求めること、
第一レンズサンプルの熱膨張収縮特性が、基材サンプルおよび第二レンズサンプルの熱膨張収縮特性と、予め定めた基準範囲内で近似している候補材料を、実製造に使用する第一機能性膜材料として決定すること、
を含む。
材料決定方法4は、レンズ基材上に第一機能性膜、第二機能性膜、および第三機能性膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法であって、
実製造に使用する第一機能性膜材料および第三機能性膜材料を決定すること、
第二機能性膜の候補材料を決定すること、
基材サンプル上に前記第一機能性膜材料を成膜した第一レンズサンプル、第一レンズサンプル上に前記候補材料を成膜した第二レンズサンプル、および第二レンズサンプル上に前記第三機能性膜材料を成膜した第三レンズサンプル、を作製すること、
作製したサンプルの熱膨張収縮特性を求めること、
第二レンズサンプルの熱膨張収縮特性が、第一レンズサンプルおよび第三レンズサンプルの熱膨張収縮特性と、予め定めた基準範囲内で近似している候補材料を、実製造に使用する第二機能性膜材料として決定すること、
を含む。
材料決定方法3、方法4はいずれも、中間層(方法3ではレンズ基材と第二機能性膜との間に位置する第一機能性膜、方法4では2つの機能性膜の間に位置する第二機能性膜)の成膜材料を、成膜材料固有の熱膨張収縮特性によらず、製品レンズと同様の構成に積層されたサンプルの熱膨張収縮特性に基づき決定する点で共通するものである。両方法とも、中間層の上下に位置するレンズ基材や機能性膜の材料は所望の特性に基づき決定することができ、決定した材料との組み合わせに基づき適切な中間層の材料を選択することにより、眼鏡レンズにおける劣化の発生を抑制することができる。
以下、材料決定方法3、4について、更に詳細に説明する。
【0030】
方法3、4において、製造用の材料が決定される眼鏡レンズは、レンズ基材上に機能性膜を有するものであり、方法3の対象はレンズ基材上に二層以上の機能性膜が積層されてなる眼鏡レンズであり、方法4の対象はレンズ基材上に三層以上の機能性膜が積層されてなる眼鏡レンズである。
【0031】
実製造に使用するレンズ基材の材料としては、プラスチック、無機ガラス等の通常のレンズ基材を構成する材料から所望の光学特性に基づき適切な材料を選択する。
【0032】
機能性膜の具体例は先に説明した通りである。方法3、4では製品レンズの層構成を決定したうえで、実製造において該層構成に含まれる中間層以外の機能性膜を形成する材料として、各機能性膜に求められる特性に応じて、公知の材料から適切なものを選択する。中間層材料としては、当該機能性膜に求められる特性に応じて公知の材料から候補材料を選択したうえで、以下の方法により実製造に使用する材料を決定する。
【0033】
すなわち方法3、4では、中間層の上下に位置するレンズ基材や機能性膜の材料は、上記の通り所望の特性に基づき決定することができる。そして決定された材料との組み合わせにおいて、上下のレンズ基材や機能性膜との間で大きなストレスを与え合い劣化を引き起こすことのない中間層材料を、以下に説明する方法により選択する。方法3、4によれば、ストレス(応力)緩和層として機能し得る中間層を形成可能な材料を、従来のように実際に眼鏡レンズを製造し評価を行う工程を繰り返すという試行錯誤を経ることなく決定することができる。
【0034】
方法3では、
・決定したレンズ基材材料からなる基材サンプル、
・基材サンプル上に、選択した第一機能性膜の候補材料を成膜した第一レンズサンプル、
・第一レンズサンプル上に決定した第二機能性膜材料を成膜した第二レンズサンプル、
を作製し、それらの熱膨張収縮特性を求める。
【0035】
方法4では、
・基材サンプル上に決定した第一機能性膜材料を成膜した第一レンズサンプル、
・第一レンズサンプル上に、選択した第二機能性膜の候補材料を成膜した第二レンズサンプル、
・第二レンズサンプル上に決定した第三機能性膜材料を成膜した第三レンズサンプル、
を作製し、それらの熱膨張収縮特性を求める。方法4における基材サンプルは、実製造に使用するレンズ基材材料から作製してもよく、その他材料から作製してもよい。評価の信頼性を高めるためには、サンプルにおいて目的の眼鏡レンズと同様の状態を作り出すことが好ましいため、実製造に使用するレンズ基材材料から作製した基材サンプルを用いることが望ましい。
【0036】
方法3、4において中間層材料決定の指標とする熱膨張収縮特性の詳細は、先に方法1、2について説明した通りである。熱膨張収縮特性は、公知の熱膨張率測定装置によって求めることができ、中でも測定の簡便性の観点から、熱機械分析(TMA)により求めることが好ましい。TMAの詳細は、前述の通りである。方法3、4のための基材サンプルおよびレンズサンプルの作製方法としては、以下の方法を挙げることができる。
サンプル作製方法の一例
(1)レンズ基材材料からなる板状体を準備する。その後、板状体の一部を切り出し角柱状の基材サンプルを得る。基材サンプルは、射出成形、注型重合、その他公知の成形方法により作製することができる。
(2)残りの板状体に対して第一機能性膜材料(方法3では候補材料)を用いて成膜処理を行う。評価の信頼性を高めるためには眼鏡レンズにおける機能性膜と同様の状態を作り出すことが好ましいため、サンプル作製に際しては、目的の機能性膜の成膜方法と同様の方法で成膜を行うことが好ましい。
(3)上記(2)において第一機能性膜材料を用いて成膜処理を行った後、一部を切り出して第一レンズサンプルを得たうえで、残りの板状体の上に第二機能性膜材料(方法4では候補材料)を用いて成膜処理を行い第二レンズサンプルを作製する。
(4)方法4においては、上記(3)における成膜処理後、一部を切り出して第二レンズサンプルを得たうえで、残りの板状体の上に第三機能性膜材料を用いて成膜処理を行い第三レンズサンプルを作製する。
【0037】
上記では一枚の板状体から必要部分を切り出し順次サンプルを得る例を説明したが、後述の実施例に示すように、工程(1)において複数枚の板状体を作製して、1枚を基材サンプル作製用として使用し、その他の板状体を工程(2)〜(4)に付すこともできる。
上記の例により得られる基材サンプルおよびレンズサンプルの概略断面図を、図3に示す。機能性膜材料は、角柱の基材サンプルの一側面のみに成膜してもよいが、前記した理由から、機能性膜材料からなる層は、図3に示すように対向する一対の側面に設けることが好ましい。方法3、4におけるサンプルおよび測定方法に関するその他詳細については、先に方法1、2について説明した通りである。
【0038】
上記のように測定される熱膨張収縮特性の違いがサンプル間で大きいほど、眼鏡レンズとした際に、違いの大きい部分でクラックが生じやすいことが本発明者らの鋭意検討の結果、新たに見出された。本発明は、かかる新たな知見に基づき完成されたものである。例えば、基材サンプル、第一レンズサンプル、第二レンズサンプルの熱膨張率を測定した際、基材サンプルと第一レンズサンプルとの熱膨張率の違いが、第一レンズサンプルと第二レンズサンプルとの熱膨張率の違いと比べて顕著に大きな場合には、サンプル作製に使用した材料を用いて眼鏡レンズを製造すると、QUV試験後に、第一機能性膜においてレンズ基材との界面近傍を起点として発生したクラックが、経時的に第一機能性膜全体に広がり膜が破断する現象が見られた(この破断によって第一機能性膜上に形成された第二機能性膜が剥がれる現象も観察された)。したがって、方法3においては基材サンプルとレンズサンプルとの間の熱膨張収縮特性の違いが、方法4においてはレンズサンプル間の熱膨張収縮特性の違いが、それぞれ小さくなるように中間層材料を選択することにより、QUV試験後にクラックや膜剥がれの観察されないほど高い耐久性を有する眼鏡レンズを提供することが可能となる。
【0039】
方法4における第一レンズサンプルは、目的の眼鏡レンズにおいてレンズ基材上に直接設けられる機能性膜材料から形成されるものに限定されるものではない。例えば、レンズ基材上にプライマー、フォトクロミック膜、ハードコート膜および反射防止膜をこの順に有する眼鏡レンズのハードコート膜(中間層)材料決定のために、実製造用として決定したフォトクロミック膜材料から第一レンズサンプルを作製し、ハードコート膜の候補材料から第二レンズサンプルを作製し、実製造用として決定した反射防止膜材料から第三レンズサンプルを作製することも可能である。このように第一機能性膜とレンズ基材との間に他の機能性膜が介在する眼鏡レンズを製造対象とする場合には、目的の眼鏡レンズと同様の層構成をレンズサンプルに再現することが、評価の信頼性の点では好ましい。例えば、上記の場合には、基材サンプル上にプライマー材料からなる層を形成したうえにフォトクロミック膜材料を成膜して第一レンズサンプルを作製することが好ましい。また、熱膨張収縮特性に大きな影響を与えない範囲内であれば、各サンプルにおいて実製造用として決定した材料や候補材料からなる層の上または下に、他の層(例えば潤滑剤層)を設けることもできる。
【0040】
実製造に使用する中間層材料を決定する際の基準とする熱膨張収縮特性の違いは、目的とする眼鏡レンズに想定される使用環境に応じて決定すればよく、特に限定されるものではない。決定に際しては、予備実験を行い基準値をデータベース化することもできる。例えば、予備実験として、いくつかのテスト用眼鏡レンズについてオーブン加熱やQUV試験を行うとともに、これらテスト用眼鏡レンズを構成する材料を用いて基材サンプルやレンズサンプルの作製および熱膨張収縮特性の測定を行う。そのうえで、テスト用眼鏡レンズにおいてオーブン加熱やQUV試験後に耐久性劣化(例えばクラック発生や膜剥がれ、これに伴う曇り)が観察されたサンプル間の熱膨張収縮特性の違いを閾値(限界値)として決定する。実製造に使用する中間層材料は、この限界値以下の組み合わせとなるように候補材料から選択すればよい。上記予備試験に使用する試験装置(オーブンやQUV促進耐候性試験装置)および試験条件としては、製品レンズの評価に使用される装置および条件を用いることが好ましい。
こうして方法3、4によれば、実際に眼鏡レンズを作製しオーブン加熱やQUV試験による耐久性試験を行い、評価基準を満たさない場合には改めて候補材料の選択からの一連の工程を繰り返すという試行錯誤を行うことなく、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを製造可能な材料を決定することができる。また、従来は困難であった材料の選択基準の定量化が可能となる点も、方法3、4の利点の一つである。こうして方法3、4により、オーブン加熱やQUV試験による耐久性試験をパスするほど高い耐久性を有する眼鏡レンズを製造可能な中間層材料を候補材料から選択し決定することができる。したがって、方法3、4の少なくとも1つの方法を実施することによる眼鏡レンズ製造用材料の決定を含む本発明の眼鏡レンズの製造方法によれば、耐久性試験後にもクラックの発生や膜剥がれ等の劣化のない、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを提供することができる。上記製造方法により得られる眼鏡レンズの層構成の具体例を、図4に示す。前述の通り、眼鏡レンズは、注型重合、射出成形等の所定の成形方法で成形したレンズ基材上に、ディップ法、スピンコート法、蒸着法等の成膜方法により機能性膜を順次積層することにより作製することができる。上記成形方法および成膜方法は、いずれも公知である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例に基づき説明する。ただし本発明は、実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0042】
[実施例1]
1−1.候補材料の選択
レンズ基材上にハードコート膜と反射防止膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するためのレンズ基材の候補材料として、素材や屈折率の異なる6種の樹脂材料を選択した。
ハードコート膜材料としては有機系ハードコート液、反射防止膜材料としては多層反射防止膜形成用の無機蒸着材料を選択した。
【0043】
1−2.基材サンプルおよびレンズサンプルの作製
レンズ基材の候補材料からなるプラスチック板を、各候補材料について合計3枚準備した。1枚は未成膜とし、残り2枚については上記有機系ハードコート液をディップコートした後に熱処理(硬化処理)を施しハードコート膜を形成した。そのうちの1枚については、超音波洗浄後に上記無機蒸着材料を真空蒸着し多層反射防止膜を形成した。
各プラスチック板から、四角柱(サイズ:5mm×5mm×20mm)を切り出し、基材サンプル、第一レンズサンプル(対向する一対の側面にハードコート膜付、その他の側面および上下面は未成膜)、第二レンズサンプル(対向する一対の側面にハードコート膜と多層反射防止膜付、その他の側面および上下面は未成膜)を得た。
【0044】
1−3.TMA測定
各サンプルを図2に概略を示すようにTMA装置(リガク製TMA8310)に配置し温度30〜150℃の範囲で一定の昇温速度で変位量の測定を行い、得られた結果から公知の算出式により線膨張率を求めた。
【0045】
1−4.眼鏡レンズサンプルのQUV試験
上記1−1.で選択した各レンズ基材の候補材料を用いて射出成形により両面平面の平板状のレンズ基材を作製した。なお、本実施例ではレンズ基材を射出成形により作製したが、注型重合等のその他公知の成形方法により作製することも、もちろん可能である。
作製したレンズ基材上に上記1−1.で選択した成膜材料を用いて上記1−2.と同様の方法でハードコート膜および多層反射防止膜を順次成膜することで、眼鏡レンズサンプルを得た。
各眼鏡レンズサンプルを、Q−Lab社製QUV紫外線蛍光管式促進耐候試験機において下記表1に示すステップ1、ステップ2からなる紫外線照射と暗所での結露発生のサイクルを所定時間繰り返した後、蛍光灯にかざしてクラックに起因する曇りの有無および程度を5段階で評価した。結果を下記表2に示す。曇りが確認されなかったものを「○」、曇りが確認されたものは、「×」が多いほど曇りが重度に発生していたことを意味する。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
表2に示すように、最も重度の曇りが発生した眼鏡レンズサンプル11について、QUV試験後のサンプルを走査型電子顕微鏡(SEM)により断面観察したところ、試験を80時間行ったサンプルではハードコート膜の収縮が見られ、160時間行ったサンプルではハードコート膜にクラックが発生し、320時間後にはハードコート膜が完全に破断したことにより反射防止膜が剥離していた。この結果から、表2に示す雲りの発生原因は、ハードコート膜におけるクラックであることが判明した。
眼鏡レンズサンプル11と同様の材料を用いて作製した基材サンプル、第一レンズサンプル、および第二レンズサンプルの線膨張率を縦軸に、測定温度を横軸にとった熱膨張曲線を図5に示す。図5に示すように、第一レンズサンプルと第二レンズサンプルの熱膨張曲線の形状がほぼ一致しているのに対し、基材サンプルの熱膨張曲線の形状は第一レンズサンプルおよび第二レンズサンプルと大きく異なっていた。眼鏡レンズサンプル12についても、図5に示すほどの違いはなかったが、基材サンプルの熱膨張曲線の形状は第一レンズサンプルおよび第二レンズサンプルと異なっていた。
これに対し、表2に示すようにQUV試験後に曇りが観察されなかった眼鏡レンズサンプル13〜16については、同様の材料を用いて作製した基材サンプル、第一レンズサンプル、および第二レンズサンプルの熱膨張曲線はほぼ一致した形状であった。
以上の結果から、サンプル間の熱膨張曲線の形状がほぼ一致する組み合わせでレンズ基材材料および機能性膜の成膜材料を決定することにより、QUV試験後にもクラックや膜の剥がれのない、優れた耐久性を有する眼鏡レンズが得られることが示された。
上記では、熱膨張曲線の形状とクラック発生との関係について実証したが、例えば所定温度における熱膨張率や平均熱膨張率、熱膨張曲線の積分値の違いを指標とすれば、眼鏡レンズ製造用材料の選択基準を定量化することができる。
また、上記では、機能性膜(ハードコート膜、反射防止膜)の成膜材料を各一種としたうえで、レンズ基材材料を複数の候補材料から決定したが、複数の成膜材料を候補材料としたうえで、同様の方法で熱膨張収縮特性の違いに基づき製品レンズを製造する成膜材料を決定することも、もちろん可能である。
【0049】
[実施例2]
2−1.レンズ基材材料の決定
素材や屈折率の異なる6種の樹脂材料を、レンズ基材上にハードコート膜と反射防止膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するためのレンズ基材材料として決定した。
ハードコート膜材料としては有機系ハードコート液を候補材料として決定し、反射防止膜材料としては多層反射防止膜形成用の無機蒸着材料を実製造用の材料として決定した。
【0050】
2−2.基材サンプルおよびレンズサンプルの作製
レンズ基材材料からなるプラスチック板を、各レンズ基材材料について合計3枚準備した。1枚は未成膜とし、残り2枚については上記有機系ハードコート液をディップコートした後に熱処理(硬化処理)を施しハードコート膜を形成した。そのうちの1枚については、超音波洗浄後に上記無機蒸着材料を真空蒸着し多層反射防止膜を形成した。
各プラスチック板から、四角柱(サイズ:5mm×5mm×20mm)を切り出し、基材サンプル、第一レンズサンプル(対向する一対の側面にハードコート膜付、その他の側面および上下面は未成膜)、第二レンズサンプル(対向する一対の側面にハードコート膜と多層反射防止膜付、その他の側面および上下面は未成膜)を得た。
【0051】
2−3.TMA測定
各サンプルを図2に概略を示すようにTMA装置(リガク製TMA8310)に配置し温度30〜150℃の範囲で一定の昇温速度で変位量の測定を行い、得られた結果から公知の算出式により線膨張率を求めた。
【0052】
2−4.眼鏡レンズサンプルのQUV試験
上記2−1.で決定した各レンズ基材材料を用いて射出成形により両面平面の平板状のレンズ基材を作製した。なお、本実施例ではレンズ基材を射出成形により作製したが、注型重合等のその他公知の成形方法により作製することも、もちろん可能である。
作製したレンズ基材上に上記2−1.で決定した実製造用の反射防止膜材料およびハードコート膜の候補材料を用いて上記2−2.と同様の方法でハードコート膜および多層反射防止膜を順次成膜することで、眼鏡レンズサンプルを得た。
各眼鏡レンズサンプルを、Q−Lab社製QUV紫外線蛍光管式促進耐候試験機において前記表1に示すステップ1、ステップ2からなる紫外線照射と暗所での結露発生のサイクルを所定時間繰り返した後、蛍光灯にかざしてクラックに起因する曇りの有無および程度を5段階で評価した。結果を下記表3に示す。曇りが確認されなかったものを「○」、曇りが確認されたものは、「×」が多いほど曇りが重度に発生していたことを意味する。
【0053】
【表3】

【0054】
表3に示すように、最も重度の曇りが発生した眼鏡レンズサンプル21について、QUV試験後のサンプルを走査型電子顕微鏡(SEM)により断面観察したところ、試験を80時間行ったサンプルではハードコート膜の収縮が見られ、160時間行ったサンプルではハードコート膜にクラックが発生し、320時間後にはハードコート膜が完全に破断したことにより反射防止膜が剥離していた。この結果から、表3に示す雲りの発生原因は、ハードコート膜におけるクラックであることが判明した。
眼鏡レンズサンプル21と同様の材料を用いて作製した基材サンプル、第一レンズサンプル、および第二レンズサンプルの線膨張率を縦軸に、測定温度を横軸にとった熱膨張曲線は、図5と同様に、第一レンズサンプルの熱膨張曲線は、第二レンズサンプルの熱膨張曲線とは形状がほぼ一致していたが、基材サンプルの熱膨張曲線の形状とは大きく異なっていた。眼鏡レンズサンプル22についても、図5に示すほどの違いはなかったが、第一レンズサンプルの熱膨張曲線の形状は基材サンプルの熱膨張曲線の形状と異なっていた。
これに対し、表3に示すようにQUV試験後に曇りが観察されなかった眼鏡レンズサンプル23〜26については、同様の材料を用いて作製した基材サンプル、第一レンズサンプル、および第二レンズサンプルの熱膨張曲線はほぼ一致した形状であった。
以上の結果から、上記において候補材料としたハードコート膜材料は、眼鏡レンズサンプル23〜26で使用したレンズ基材材料および反射防止膜材料を使用する場合に実製造用材料とすることで、QUV試験後にもクラックや膜の剥がれのない、優れた耐久性を有する眼鏡レンズを提供し得る材料であることが示された。
上記では、熱膨張曲線の形状とクラック発生との関係について実証したが、例えば所定温度における熱膨張率や平均熱膨張率、熱膨張曲線の積分値の違いを指標とすれば、眼鏡レンズ製造用材料の選択基準を定量化することができる。
また、上記では、方法3について実施例を示して具体的に説明したが、方法4についても同様に実施可能であることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、眼鏡レンズの製造分野において有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基材および機能性膜の候補材料を選択すること、
レンズ基材の候補材料からなる基材サンプルと、該基材サンプル上に機能性膜の候補材料を成膜したレンズサンプルとの熱膨張収縮特性の違いを求めること、
熱膨張収縮特性の違いが予め定めた基準以下となる組み合わせの候補材料を実製造に使用する材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法;および、
レンズ基材、第一機能性膜、および第二機能性膜の候補材料を選択すること、
レンズ基材の候補材料からなる基材サンプル、基材サンプル上に第一機能性膜の候補材料を成膜した第一レンズサンプル、および第一レンズサンプル上に第二機能性膜の候補材料を成膜した第二レンズサンプル、のうちの少なくとも2つのサンプル間の熱膨張収縮特性の違いを求めること、
熱膨張収縮特性の違いが予め定めた基準以下となる組み合わせの候補材料を実製造に使用する材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に少なくとも第一機能性膜と第二機能性膜をこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法、
の少なくとも1つの方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、
決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、
を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法。
【請求項2】
前記レンズサンプルは、柱状の基材サンプルの側面に機能性膜の候補材料を成膜してなるサンプルである請求項1に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項3】
前記熱膨張収縮特性は、熱機械分析(TMA)により求められた変位量から算出される熱膨張係率ある請求項1または2に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項4】
実製造に使用するレンズ基材材料および第二機能性膜材料を決定すること、
第一機能性膜の候補材料を決定すること、
前記レンズ基材材料からなる基材サンプル、基材サンプル上に前記候補材料を成膜した第一レンズサンプル、および第一レンズサンプル上に前記第二機能性膜材料を成膜した第二レンズサンプル、を作製すること、
作製したサンプルの熱膨張収縮特性を求めること、
第一レンズサンプルの熱膨張収縮特性が、基材サンプルおよび第二レンズサンプルの熱膨張収縮特性と、予め定めた基準範囲内で近似している候補材料を、実製造に使用する第一機能性膜材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に第一機能性膜と第二機能性膜とをこの順に有する眼鏡レンズを製造するための材料決定方法;および、
実製造に使用する第一機能性膜材料および第三機能性膜材料を決定すること、
第二機能性膜の候補材料を決定すること、
基材サンプル上に前記第一機能性膜材料を成膜した第一レンズサンプル、第一レンズサンプル上に前記候補材料を成膜した第二レンズサンプル、および第二レンズサンプル上に前記第三機能性膜材料を成膜した第三レンズサンプル、を作製すること、
作製したサンプルの熱膨張収縮特性を求めること、
第二レンズサンプルの熱膨張収縮特性が、第一レンズサンプルおよび第三レンズサンプルの熱膨張収縮特性と、予め定めた基準範囲内で近似している候補材料を、実製造に使用する第二機能性膜材料として決定すること、
を含む、レンズ基材上に第一機能性膜、第二機能性膜、および第三機能性膜をこの順に有する
眼鏡レンズを製造するための材料決定方法、
の少なくとも1つの方法を実施することにより眼鏡レンズ製造用材料を決定すること、
決定された材料を用いて眼鏡レンズを製造すること、
を含む、レンズ基材上に機能性膜を有する眼鏡レンズの製造方法。
【請求項5】
前記レンズサンプルは、柱状の基材サンプルの側面に機能性膜材料または候補材料を成膜してなるサンプルである請求項4に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項6】
前記熱膨張収縮特性は、熱機械分析(TMA)により求められた変位量から算出される熱膨張係率ある請求項4または5に記載の眼鏡レンズの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−88698(P2012−88698A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−206841(P2011−206841)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(509333807)ホヤ レンズ タイランド リミテッド (25)
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
【Fターム(参考)】