説明

硝化抑制剤及びそれを含有する土壌改良剤並びに肥料

【課題】 熱帯から温帯にかけての広い地域で利用でき、かつ、天然由来の材料から容易に得られる、硝化抑制剤及びそれを含有する土壌改良剤並びに肥料を提供する。
【解決手段】 リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物を主成分とし、土壌の硝化を抑制する硝化抑制剤である。この硝化抑制剤を土壌改良剤や肥料に含有させることにより、土壌の硝化を効果的に抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌の硝化を抑えることができる、硝化抑制剤及びそれを含有する土壌改良剤並びに肥料に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌微生物の働きにより起きるアンモニアの酸化反応、即ち硝化は、農業や園芸などの生産に用いる窒素肥料の大幅な損失を引き起こし、土壌環境汚染の原因ともなっている。このような土壌の硝化を抑制するため、従来、主にニトラピリン(2−クロロ−6−トリクロロメチルピリジン)及びジシアンジアミド等の合成薬剤が用いられてきた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
合成薬剤のうち、ニトラピリンは揮発性が高く、地温が20℃以上の条件ではほとんど効果がないため、北米の冬季作等、限られた環境でのみ使用可能であった。
【0004】
一方、ジシアンジアミドは、ニトラピリンに比較して高い温度でも有効であるが、使用濃度が高く、かつ、高価であることから農業生産コストに大きく影響するため、利用されている地域は限られている。このような背景から、熱帯から温帯にかけての広い地域で利用しうる、経済的な硝化抑制方法の開発が求められている。
【0005】
非特許文献1及び2においては、熱帯イネ科牧草であるクリーピングシグナルグラス(Brachiaria humidicola)が生育する土壌において硝化が抑制される現象が報告されている。
【0006】
【特許文献1】特開平11−278973号公報
【非特許文献1】CIAT 1983 annual report, p.224
【非特許文献2】CIAT 1985 annual report, pp.210-211
【非特許文献3】米国食品医薬品局 21CFR573.640
【非特許文献4】Iizumi et al. Appl. Environment. Microbiol., vol. 64, p. 3656-3662, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
農地用や園芸用の土壌の硝化を抑制するため、従来、上記の合成薬剤などが用いられてきたが、各合成薬剤にはそれぞれ固有の欠点があり、利用される地域や対象作物は限られているという課題がある。
【0008】
このような背景から、熱帯から温帯にかけての広い地域で利用し得る経済的な硝化抑制剤が得られていないという課題がある。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑み、熱帯から温帯にかけての広い地域で利用でき、かつ、天然由来の材料から容易に得られる、硝化抑制剤及びそれを含有する土壌改良剤並びに肥料を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、熱帯イネ科牧草であるクリーピングシグナルグラスが生育する土壌において硝化が抑制されるという現象に基づき、同植物組織内に硝化抑制物質が存在するものと予想し、鋭意研究を重ねた結果、硝化抑制物質を単離取得し、硝化抑制物質の本体が2種の不飽和脂肪酸、即ちリノール酸及びα−リノレン酸であることを見出し、さらに、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルエステルの硝化抑制効果も確認して、本発明を完成するに至った。
【0011】
上記目的を達成するため、本発明による硝化抑制剤は、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物を主成分とし、土壌の硝化を抑制することを特徴とする。
上記構成によれば、各種植物油に含まれる中性脂質を分解することにより容易に製造することができるリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れかを用い、土壌の硝化作用を阻害する硝化抑制剤を提供することができる。本発明の硝化抑制剤は、従来から用いられてきた硝化抑制物質と同等又はそれ以上の優れた硝化抑制効果を示す。
【0012】
本発明の土壌改良剤は、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物からなる硝化抑制剤を含むことを特徴とする。
この構成によれば、各種植物油に含まれる中性脂質を分解することにより容易に製造することができるリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れかによる低コストの硝化抑制剤を含有する土壌改良剤を提供することができる。この土壌改良剤は硝化抑制剤を含有しているので、窒素成分の硝化を抑制し、土壌環境の劣化を防止することができる。
【0013】
本発明の肥料は、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物からなる硝化抑制剤を含むことを特徴とする。
上記構成によれば、各種植物油に含まれる中性脂質を分解することにより容易に製造することができるリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れかによる低コストの硝化抑制剤を含有する肥料を提供することができる。肥料は硝化抑制剤を含有しているので、窒素成分の硝化を抑制し、肥料の節約と、土壌環境の劣化を防止することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、土壌中の有効窒素成分を保全し、土壌環境の劣化を防止する硝化抑制剤、及び上記硝化抑制剤を含有する肥料、または土壌改良剤を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を、図面に基づいて詳細に説明する。
先ず、本発明の硝化抑制剤について説明する。
本発明の硝化抑制剤は、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物を主成分とし、土壌におけるアンモニアの酸化反応である硝化を抑制する作用を有している。
上記リノール酸(C1731COOH)、α−リノレン酸(C1729COOH)、γ−リノレン酸(C1728COOH)、及びリノール酸メチル(C1731COOCH3 )の各化学構造式を、下記の化学式(1)〜(4)に示す。
式(1)
CH3 (CH2 4 CH=CHCH2 CH=CH(CH2 7 COOH
式(2)
CH3 CH2 CH=CHCH2 CH=CHCH2 CH=CH(CH2 7 COOH
式(3)
CH3 (CH2 4 CH=CHCH2 CH=CHCH2 CH=(CH2 4 COOH
式(4)
CH3 (CH2 4 CH=CHCH2 CH=CH(CH2 7 COOCH3
【0016】
上記硝化抑制剤は、何れもが天然油脂由来の化合物であって、公知の方法すなわち、各種植物油に含まれる中性脂質を分解することにより容易に製造することが可能である。本発明に係る硝化抑制剤であるリノール酸及びα−リノレン酸は、クリーピングシグナルグラスからも、抽出することができる。
【0017】
本発明の硝化抑制剤であるリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルは、硝化能を有するニトロソモナス菌を用いた試験及び土壌を用いた試験において硝化作用を強く阻害する。この硝化抑制作用は、従来から用いられてきた硝化抑制物質と同等、又はそれ以上の優れた効果を示す。
【0018】
本発明の硝化抑制剤は、不揮発性である。このため、土壌に散布、又は混合した場合、長期間にわたり土壌中で硝化抑制作用を持続させることが可能である。
【0019】
本発明の硝化抑制剤に用いるリノール酸、α−リノレン酸及びγ−リノレン酸は多くの食品に含まれている栄養成分であるので、安全性はきわめて高い。また、リノール酸メチルも、通常の使用範囲においては人体に無害であることから(非特許文献3参照)、安全性はきわめて高い。
【0020】
次に、本発明の硝化抑制剤を含有する土壌改良剤について説明する。
本発明の硝化抑制剤を含有する土壌改良剤は、硝化抑制剤が、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物を含んで構成されている。本発明の土壌改良剤は硝化抑制剤の他に、石灰のような無機素材や、黒ボク土のような肥沃土などを含んで構成することができる。さらには、園芸用の土壌改良剤としては、肥料を含ませた培養土としてもよい。土壌改良剤に添加する本発明の硝化抑制剤の好ましい含有量は、0.1〜1重量%程度である。硝化抑制剤の含有量としては、1重量%で十分に硝化抑制ができるので、これ以上の添加をする必要はない。逆に、硝化抑制剤の含有量が0.1重量%以下では、硝化抑制の効果が小さく好ましくない。
【0021】
本発明の硝化抑制剤を含有する土壌改良剤は、硝化抑制剤を含有しているので、窒素成分の硝化を抑制し、土壌環境の劣化を防止することができる。硝化抑制剤に用いるリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルは、各種植物油に含まれる中性脂質を分解することにより容易に製造することができる。このため、本発明の硝化抑制剤を含有する土壌改良剤は、低コストで製造することができる。
【0022】
次に、本発明の硝化抑制剤を含有する肥料について説明する。
本発明の硝化抑制剤を含有する肥料は、肥料に、さらに、硝化抑制剤が、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物を含んで構成されている。
ここで、肥料としては、無機肥料や有機肥料が挙げられ、これらの混合肥料でもよい。このような無機肥料としては、尿素、硫安、塩安などの窒素質肥料、過リン酸石灰などのリン酸肥料、硫酸カリウム、塩化カリウムなどのカリ肥料を用いることができる。また、有機肥料としては、骨粉、たい肥などを用いることができる。肥料に添加する本発明の硝化抑制剤の好ましい含有量は、0.1〜1重量%程度である。硝化抑制剤の含有量としては、1重量%で十分に硝化抑制ができるので、これ以上の添加をする必要はない。逆に、硝化抑制剤の含有量が0.1重量%以下では、硝化抑制の効果が小さく好ましくない。
【0023】
本発明の硝化抑制剤を含有する肥料は、肥料成分と共に硝化抑制剤を含有しているので、窒素成分の硝化を抑制し、肥料の節約と土壌環境の劣化を防止することができる。
【実施例1】
【0024】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
実施例1として、クリーピングシグナルグラスからの硝化抑制作用物質の抽出を行なった。
最初に、凍結乾燥させたクリーピングシグナルグラス植物体の地上部100gを、2000cm3 の80%メタノールと共に均一化し、3時間室温で浸漬し、メタノール抽出液を得た。
次に、メタノール抽出液を、ロータリーエバポレータを用いて濃縮した。この濃縮液を、ジエチルエーテル:水=5:2により分配した。活性はジエチルエーテル層に検出された。ジエチルエーテル層を濃縮し、少量のメタノールに溶解させ、これを逆相カラムクロマトグラフィー(和光純薬工業製、Wakogel40C18)により分画し、活性画分を得た。この活性画分を、カラム(東ソー社製、TSKgel Super ODS)を接続した高速液体クロマトグラフィーにより更に分画した。最終的に2つの活性物質を精製した。
【0025】
得られた二つの化合物について質量分析ならびにプロトン及びカーボン核磁気共鳴分析により化学構造を決定した。これら二つの化合物は、それぞれ、リノール酸及びα−リノレン酸と同一のスペクトルを示し、リノール酸及びα−リノレン酸であると同定した。
【実施例2】
【0026】
実施例2の硝化抑制剤として、リノール酸を以下の方法で製造した。
アマニ油1リットル(1000cm3 )に、0.1%の水酸化ナトリウムを適量加熱しながら加え、加水分解した後、塩酸により中和し、水と分離した油分を得た。この油分を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製し、リノール酸を製造した。
【実施例3】
【0027】
実施例3の硝化抑制剤として、α−リノレン酸を以下の方法で製造した。
アマニ油1リットルに、0.1%の水酸化ナトリウムを適量加熱しながら加え、加水分解した後、塩酸により中和し、水と分離した油分を得た。この油分を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製し、α−リノレン酸を製造した。
【実施例4】
【0028】
実施例4の硝化抑制剤として、γ−リノレン酸を以下の方法で製造した。
サクラソウ種子から圧搾して得られた油0.1リットルに、0.1%の水酸化ナトリウムを適量加熱しながら加え、加水分解した後、塩酸により中和し、水と分離した油分を得た。この油分を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製し、γ−リノレン酸を製造した。
【実施例5】
【0029】
実施例5の硝化抑制剤として、リノール酸メチルを以下の方法で製造した。
アマニ油1リットルへ0.2リットルのメタノールを加えたものに、0.1%の水酸化ナトリウムを適量加熱しながら加え、加水分解した後、塩酸により中和し、水と分離した油分を得た。この油分を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製し、リノール酸メチルを製造した。
【0030】
(比較例1〜7)
脂肪酸の比較例として、市販のステアリン酸(比較例1)、オレイン酸(比較例2)、バクセン酸(比較例3)、アラキドン酸(比較例4)を用意した。
また、脂肪酸メチルエステル又は脂肪酸エチルエステル(以下、適宜、脂肪酸メエステルと呼ぶ)として、何れも市販の、オレイン酸メチル(比較例5)、α−リノレン酸メチル(比較例6)、リノール酸エチル(比較例7)を用意した。
【0031】
次に、上記実施例及び比較例の脂肪酸及び脂肪酸エステルの硝化抑制作用について説明する。
測定は、試験管内の硝化細菌を用いて行った。最初に、測定に用いた硝化細菌の懸濁液の調製について説明する。
細菌由来のルシフェラーゼ遺伝子(luxAB )を導入した硝化細菌(Nitrosomonas europaea IFO14298 、非特許文献4参照)を、カナマイシン25mg/1000cm3 を含むP培地中で、30℃において好気的に7〜9日間培養し、洗浄後、新鮮なP培地に懸濁して、硝化細菌懸濁液を調製した。この硝化細菌懸濁液は、実験前に30分以上暗所に静置した。
ここで、P培地の組成は、(NH4 2 SO4 2.5g、KH2 PO4 0.7g、Na2 HPO4 13.5g、NaHCO3 0.5g、MgSO4 −7H2 O100mg、CaCl2 −2H2 O5mg、Fe−EDTA1mg、水1000cm3 からなり、そのpHは8.0であった。
【0032】
硝化作用は、上記の硝化細菌懸濁液0.25cm3 と水0.2cm3 からなる硝化細菌懸濁液の水溶液と、各実施例及び比較例の試料溶液0.01cm3 と、を試験管内で混合した後で、15℃で30分間培養する間における、硝化反応に伴う生物発光量を、ルミノメータ(ターナー・デザインズ社製、型名TD20/20)を用いて測定することにより評価した。硝化反応に伴う生物発光量は、各実施例及び比較例の試料溶液に、硝化抑制作用物質が存在すれば、発光量が減少する。このため、硝化細菌懸濁液の水溶液に各実施例及び比較例の試料溶液を添加した場合の発光量を、各実施例及び比較例の試料溶液を加えないで、菌体懸濁液の水溶液だけの場合の発光量で割った値を硝化抑制率とした。
【0033】
図1は、実施例及び比較例の各種脂肪酸及び脂肪酸エステルの硝化抑制率を示す表である。この場合の各実施例及び比較例の試料溶液の濃度は20ppmである。
図から明らかなように、脂肪酸として、実施例1及び2のリノール酸、実施例1及び3のα−リノレン酸、及び実施例4のγ−リノレン酸の硝化抑制率は95%であることが分かった。脂肪酸エステルとして、実施例5のリノール酸メチルの硝化抑制率は95%であることが分かった。
実施例に対して、比較例1〜4の脂肪酸であるステアリン酸、オレイン酸、バクセン酸、アラキドン酸及び脂肪酸エステルである比較例5〜7のオレイン酸メチル、α−リノレン酸メチル、リノール酸エチルの何れも、硝化反応を抑制しないことが判明した。
【0034】
次に、硝化抑制剤であることが判明した、実施例1〜5のリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルの硝化抑制率に対する濃度依存性を調べた。測定は、硝化細菌懸濁液の水溶液に対する各実施例及び比較例の試料溶液の濃度を、0〜20ppmまで変化させて上記と同様に行なった。
【0035】
図2は、実施例の硝化抑制剤による硝化抑制率の濃度依存性を示す図である。図2において、横軸は各実施例及び比較例の試料溶液の濃度(ppm)を示し、縦軸は硝化抑制率(%)を示している。
図から明らかなように、実施例1及び2のリノール酸の硝化抑制率は、リノール酸濃度を8ppm,12ppm,16ppm,20ppmと変化させたときに、それぞれ、40%,65%,90%,95%となることが分かった。
実施例1及び3のα−リノレン酸の硝化抑制率は、α−リノレン酸濃度を8ppm,12ppm,16ppm,20ppmと変化させたときに、それぞれ、40%,80%,90%,95%となることが分かった。
実施例4のγ−リノレン酸の硝化抑制率は、γ−リノレン酸の濃度を8ppm,12ppm,16ppm,20ppmと変化させたときに、それぞれ、30%,72%,90%,95%となることが分かった。
実施例5のリノール酸メチルの硝化抑制率は、リノール酸メチル濃度を8ppm,12ppm,16ppm,20ppmと変化させたときに、それぞれ、80%,90%,92%,95%となることが分かった。
上記結果から、実施例のリノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルの何れの物質も、その濃度が上昇すると共に、硝化抑制率が増加することが判明した。そして、各物質の硝化抑制率が80%となる濃度(以下、適宜に、80%抑制濃度と呼ぶ)は、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸及びリノール酸メチルにおいて、それぞれ、約16、12、約16、8ppmであった。これから、80%抑制濃度は、リノール酸、γ−リノレン酸、α−リノレン酸、リノール酸メチルの順に低下し、リノール酸メチルが最も低い濃度となることが判明した。
【0036】
従来の合成薬剤からなる硝化抑制剤の80%抑制濃度は、ニトラピリンで4ppmであり、ジシアンジアミドで185ppmである。
これにより、実施例1〜5の硝化抑制剤における80%抑制濃度は、ニトラピリンに匹敵し、ジシアンジアミドよりも、はるかに低濃度でも十分な硝化作用が得られることが判明した。実施例のこれら脂肪酸及び脂肪酸エステルによる硝化細菌の硝化反応を阻害するという事実は、新規の知見である。
【実施例6】
【0037】
実施例6として、肥料成分として硫酸アンモニウムと、硝化抑制剤としてリノール酸メチルと、黒ボク土と、からなる肥料組成物を製造した。
黒ボク土は、茨城県つくば市八幡台にある独立行政法人国際農林水産業研究センター試験圃場の深さ0〜15cmの表土から採取し、粘土54.8%、シルト26.3%、砂18.9%より構成され、全炭素含量は30g/kg、全窒素含量は2.64g/kgであった。この黒ボク土を風乾して、2mmのふるいを用いて均一にして、乾燥した黒ボク土(以下、適宜、乾土と呼ぶ)とした。
乾土あたりの窒素添加量が200ppmである硫酸アンモニウムと、乾土あたりの添加量が1000ppmのリノール酸メチルと、を乳鉢を用いて、均一に乾土と混ぜ合わせて、実施例6の肥料を得た。
【実施例7】
【0038】
硝化抑制剤を実施例1のリノール酸メチルの代わりにα−リノレン酸とした以外は、実施例1と同様にして、実施例7の肥料を得た。
【実施例8】
【0039】
硝化抑制剤を実施例1のリノール酸メチルの代わりにリノール酸とした以外は、実施例1と同様にして、実施例8の肥料を得た。
【0040】
(比較例8)
硝化抑制剤を添加しない以外は、実施例1と同様にして比較例8の肥料を得た。
【0041】
次に、実施例6〜8及び比較例8の肥料の硝化抑制効果について測定した。
測定は、実施例6〜8及び比較例8の肥料を、ガラス容器中に入れ、針穴を開けた樹脂製のフィルム、例えばパラフィルム(商品名)で蓋をして、恒温恒湿装置に設置した。そして、温度が20℃、肥料の土壌孔隙の水分飽和度が60%となるように制御した。
一定時間後に、肥料2gを取り出し、20cm3 の2M(モル)塩化カリウムを加え、2時間振とうし、肥料中の硝酸を抽出し、ろ過した。このろ液に含まれる硝酸イオンを自動イオン分析装置(Brant+Luebbe社製、型番AAII)により定量した。
【0042】
図3は、実施例6〜8及び比較例8の肥料における30日後及び60日後の硝酸濃度の測定結果を示す表である。
図から明らかなように、実施例6のリノール酸メチルを1000ppm含む肥料においては、30日後及び60日後の硝酸濃度は、何れも10ppmNであった。ここで、ppmNは、土壌中の窒素含有量である。
実施例7のα−リノレン酸を1000ppm含む肥料においては、30日後及び60日後の硝酸濃度は、それぞれ、18ppmN,16ppmNであった。
実施例8のリノール酸を1000ppm含む肥料においては、30日後及び60日後の硝酸濃度は、それぞれ、19ppmN,62ppmNであった。
これに対して、比較例8の硝化抑制剤を添加していない肥料の場合には、30日後及び60日後の硝酸濃度は、それぞれ、101ppmN,209ppmNとなった。この比較例8の30日後の硝酸濃度は、実施例6〜8の硝化抑制剤を含む肥料の硝酸濃度の数倍から10倍の大きい値である。さらに、比較例の60日後の硝酸濃度は30日後の硝酸濃度の約2倍となり、保管日数に比例して増加した。
【0043】
次に、実施例6〜8の肥料の50%作用濃度、即ち、硝化に対して50%の阻害を与える硝化抑制剤の濃度を調べた。具体的には、実施例6〜8の肥料において、硝化抑制剤の濃度を変えた肥料を調製し、上記と同様に恒温恒湿装置に30日間保管した。その結果、30日間の保管後の実施例6〜8の各硝化抑制剤の50%作用濃度は、それぞれ、330ppm、200ppm及び330ppmであった。
これから、実施例6〜8の肥料における硝化抑制効果が顕著であることが判明し、特に、リノール酸メチルは土壌中でも効果的に硝化を抑制した。
【0044】
上記実施例から分かるように、実施例の硝化抑制剤は、従来の合成薬剤からなる硝化抑制剤のニトラピリンに匹敵する硝化抑制効果を有している。また、実施例の硝化抑制剤を含有させた肥料においても、効果的に硝化抑制ができることが判明した。
【0045】
本発明は、上記実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。例えば、本発明の硝化抑制剤を含む土壌改良剤や肥料の組成は、栽培する農産物や花木類に応じて適宜に設計すればよく、上記実施例に限らないことはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例及び比較例の各種脂肪酸及び脂肪酸エステルの硝化抑制率を示す表である。
【図2】実施例の硝化抑制剤による硝化抑制率の濃度依存性を示す図である。
【図3】実施例6〜8及び比較例8の肥料における30日後及び60後の硝酸濃度の測定結果を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物を主成分とし、土壌の硝化を抑制することを特徴とする、硝化抑制剤。
【請求項2】
リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物からなる硝化抑制剤を含むことを特徴とする、硝化抑制剤を含有する土壌改良剤。
【請求項3】
リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、及びリノール酸メチルの何れか1種または2種以上の混合物からなる硝化抑制剤を含むことを特徴とする、硝化抑制剤を含有する肥料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−45887(P2007−45887A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−230091(P2005−230091)
【出願日】平成17年8月8日(2005.8.8)
【出願人】(501174550)独立行政法人国際農林水産業研究センター (22)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(505298733)セントロ インターナショナル デ アグリカルツュラ トロピカル (1)
【氏名又は名称原語表記】Centro Internacional de Agricultura Tropical
【住所又は居所原語表記】Apartado Aereo 6713,Cali ,COLOMBIA
【Fターム(参考)】