説明

硫化反応工程の反応制御方法

【課題】 ニッケル回収率を低下させることなく、反応容器や配管等の内壁への付着物の生成を低減し、従来技術に比較して内壁の付着物を除去する作業頻度を低減させることが可能な硫化反応工程の反応制御方法を提供する。
【解決手段】 少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に硫化水素ガスを吹き込み、ニッケルを含む硫化物と貧液を生成する硫化反応工程の反応制御方法において、硫化反応の反応温度を60〜70℃に制御するとともに、該硫化反応の反応容器内の圧力を200〜300kPaGに制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化反応工程の反応制御方法に関し、より詳しくは、少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に、硫化水素ガスを吹きこみ、ニッケルを含む硫化物と貧液を形成する硫化反応工程において、反応容器内面への生成硫化物の付着を抑制する技術に関する。特に、ニッケル酸化鉱石からニッケルを回収する高温加圧浸出に基づく湿式製錬方法において、少なくともニッケルを含む硫酸水溶液の硫化反応工程の反応制御方法として用いられる。
【背景技術】
【0002】
近年、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法として、硫酸を用いた高温加圧酸浸出法(High Pressure Acid Leach)が注目されている。この方法は、従来の一般的なニッケル酸化鉱石の製錬方法である乾式製錬法と異なり、還元及び乾燥工程等の乾式工程を含まず、一貫した湿式工程からなるので、エネルギー的及びコスト的に有利であるとともに、ニッケル品位を50重量%程度まで向上させたニッケル硫化物を得ることができるという利点を有している。このニッケル硫化物は、通常、浸出液を浄液した後、硫化水素ガスを吹き込むことにより、沈殿生成される。
【0003】
少なくともニッケルを含む硫酸浴の溶液に硫化水素ガスを吹き込み、ニッケルを含む硫化物を得る工程(以下、「硫化反応工程」とする。)においては、従来、硫化反応温度を100℃前後かそれ以上に設定することにより、反応速度を大きくして反応効率の向上を図っていた。
【0004】
この方法では、反応速度は大きくなるものの、反応容器内壁や配管内壁(以下適宜、双方合わせて単に「内壁」ともいう。)で硫化反応が進行しやすいため、内壁に反応生成物が付着してしまう。これにより、反応容器内の容量が減少することとなり、少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液の反応容器内における滞留時間が低下し、さらに配管閉塞による流量負荷が低下して、反応効率の低下を引き起こす。また、内壁の付着物を除去する作業が必要となり、この作業の間は基本的に操業を止めなければならならず、稼働率が低下するといった問題が発生する。
【0005】
ところが、この問題に対して内壁に付着する硫化物の生成を抑制させるために、硫化水素ガスの吹き込み量を減少させた場合、硫化反応の反応効率は低下し、反応後に得られる貧液中のニッケル濃度が上昇するため、ニッケル回収率の低下につながる。したがって、より高稼働率で操業するためには、他の手段で反応初期の反応速度を抑えることによって、内壁に付着する硫化物の生成を抑制する必要がある。
【0006】
この点に関して、例えば特許文献1(特開2008−231470号公報)には、反応生成物を硫化反応の種晶として反応容器に循環させて使用することで、ニッケル回収率を低下させることなく、従来の温度条件より低温の70〜90℃で硫化反応を操業する技術が提案されている。この技術を用いることにより、内壁への硫化物の付着を効果的に低減させることができ、例えば内壁の付着物を除去する作業の頻度が、従来では2〜3ヶ月に1回必要だったのに対し、半年に1回に済ませることが可能になった。
【0007】
しかしながら、この反応容器に付着した硫化物の除去作業は、上述したように反応容器の内壁だけでなく配管の内壁に対しても行う必要があるため、非常に時間と労力を要する作業であり、より一層に除去作業の頻度を低下させることが要請されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−231470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、ニッケル回収率を低下させることなく、反応容器や配管等の内壁への付着物の生成を抑制し、従来技術と比較して内壁の付着物を除去する作業頻度を低減させることが可能な硫化反応工程の反応制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に硫化水素ガスを使用してニッケル硫化物を生成する反応工程について鋭意研究を重ねた。その結果、より低温の反応温度と所定の圧力下で硫化反応を進行させることにより、従来と同等のニッケル回収率を維持したまま、反応容器の内壁への付着物の生成を抑制し、付着物の除去作業頻度を低減させることが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明に係る硫化反応工程の反応制御方法は、少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に硫化水素ガスを吹き込み、ニッケルを含む硫化物と貧液を生成する硫化反応工程の反応制御方法において、硫化反応の反応温度を60〜70℃に制御するとともに、該硫化反応の反応容器内の圧力を200〜300kPaGに制御することを特徴とする。
【0012】
ここで、上記ニッケルを含む硫酸塩溶液は、ニッケル酸化鉱石からニッケルを回収する高温加圧酸浸出に基づく湿式製錬方法において、浸出工程、固液分離工程、及び中和工程を経て回収される母液であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る硫化反応工程の反応制御方法によれば、ニッケル回収率を低下させることなく、反応容器や配管等の内壁への付着物の生成を抑制し、内壁の付着物を除去する作業頻度を低減することができ、その工業的価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ニッケル酸化鉱石の高温加圧酸浸出法の実施態様の一例を示す工程図である。
【図2】硫化反応工程の設備配置の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る硫化反応工程の反応制御方法は、少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に硫化水素ガスを吹き込み、ニッケルを含む硫化物と貧液を生成する硫化反応工程の反応制御方法である。以下、ニッケル酸化鉱石の湿式製錬方法である高温加圧酸浸出法において、本発明に係る硫化反応工程の反応制御方法を用いた場合について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0016】
図1は、ニッケル酸化鉱石の高温加圧酸浸出法の実施態様の一例を表す製錬工程図である。図1に示すように、ニッケル酸化鉱石の高温加圧酸浸出法は、まず、ニッケル酸化鉱石11に硫酸を添加して高温加圧酸浸出させて浸出スラリー12を得る浸出工程S1と、浸出工程S1で得られた浸出スラリー12を多段洗浄して、ニッケル及びコバルトを含む浸出液13と浸出残渣14とに分離する固液分離工程S2と、分離された浸出液13に含まれるフリー硫酸、及び鉄やアルミニウム等の不純物を中和し、3価の鉄水酸化物を含む中和澱物スラリー15とニッケル回収用の母液16とを生成する中和工程S3と、母液16に硫化水素ガスを添加して、ニッケル及びコバルトを含む硫化物17とニッケル等が除去された貧液18とを生成する硫化反応工程S4とを有する。なお、硫化反応工程S4にて生成された硫化物17は、硫化反応工程S4に循環させて使用する。詳しくは後述する。以下に、さらに詳細に高温加圧酸浸出法の各工程について説明する。
【0017】
(1)浸出工程
浸出工程S1では、ニッケル酸化鉱石11のスラリーに硫酸を添加し、220〜280℃の温度下で撹拌処理して、浸出残渣と浸出液からなる浸出スラリー12を生成する。この浸出工程では、例えば高温加圧容器(オートクレーブ)が用いられる。
【0018】
浸出工程S1で用いるニッケル酸化鉱石11としては、主としてリモナイト鉱及びサプロライト鉱等のいわゆるラテライト鉱が挙げられる。ラテライト鉱のニッケル含有量は、通常、0.8〜2.5重量%であり、水酸化物又はケイ苦土(ケイ酸マグネシウム)鉱物として含有される。また、鉄の含有量は、10〜50重量%であり、主として3価の水酸化物(ゲーサイト)の形態であるが、一部2価の鉄がケイ苦土鉱物に含有される。
【0019】
浸出工程S1においては、下記の式(I)〜(V)で表される浸出反応と高温熱加水分解反応によって、ニッケル、コバルト等を含有する硫酸塩としての浸出と、浸出された硫酸鉄のヘマタイトとしての固定化が行われる。なお、鉄イオンの固定化は、完全には進行しないので、得られる浸出スラリーの液部分には、ニッケル、コバルト等のほか2価と3価の鉄イオンが含まれる。
【0020】
<浸出反応>
MO+HSO ⇒ MSO+HO ・・・(I)
(式中Mは、Ni、Co、Fe、Zn、Cu、Mg、Cr、Mn等を表す。)
2Fe(OH)+3HSO ⇒ Fe(SO+6HO ・・・(II)
FeO+HSO ⇒ FeSO+HO ・・・(III)
<高温熱加水分解反応>
2FeSO+HSO+1/2O ⇒ Fe(SO+HO・・・(IV)
Fe(SO+3HO ⇒ Fe+3HSO ・・・(V)
浸出工程S1におけるスラリー濃度は、特に限定されるものではないが、浸出スラリー12のスラリー濃度が15〜45重量%になるように調製することが好ましい。
【0021】
浸出工程S1で用いる硫酸量は、特に限定されるものではなく、ニッケル酸化鉱石11中の鉄が浸出されるような過剰量が用いられるが、例えば鉱石1トン当り200〜400kgであり、鉱石1トン当りの硫酸添加量が400kgを超えると、硫酸コストが大きくなり好ましくない。
【0022】
(2)固液分離工程
固液分離工程S2では、上述した浸出工程S1で形成される浸出スラリー12を多段洗浄して、ニッケル及びコバルトを含む浸出液13と浸出残渣14とを得る。
【0023】
固液分離工程S2では、浸出スラリー12を洗浄液と混合した後、シックナーで固液分離を行う。具体的には、先ず、浸出スラリー12を洗浄液により希釈及び洗浄し、次に浸出残渣14をシックナーの沈降物として濃縮して浸出残渣14に付着するニッケル分をその希釈の度合に応じて減少させる。実操業では、このような機能を持つシックナーを多段に連結させて用いる。なお、洗浄液は、後述する硫化工程でニッケルやコバルトを回収した後の貧液18が好適に利用される。
【0024】
固液分離工程S2における多段洗浄としては、特に限定されるものではないが、ニッケルを含まない洗浄液で向流に接触させる連続交流洗浄法(CCD法:Counter Current Decantation)を用いるのが好ましい。これによって、系内に新たに導入する洗浄液を削減するとともに、ニッケル及びコバルトの回収率を95%以上とすることができる。
【0025】
(3)中和工程
中和工程S3では、上述した固液分離工程S2にて得られた浸出液13の酸化を抑制しながら、pHが4以下となるように炭酸カルシウムを添加し、3価の鉄を含む中和澱物スラリー15とニッケル回収用母液16とを生成する。これによって、高温高圧酸浸出による浸出工程S1で用いた過剰の酸の中和を行うとともに、溶液中に残留する3価の鉄イオンやアルミニウムイオン等を除去する。
【0026】
中和工程S3におけるpH条件は、4以下とすることが好ましく、3.2〜3.8とすることがより好ましい。pHが4を超えると、ニッケルの水酸化物の発生が多くなる。
【0027】
中和工程S3においては、溶液中に残留する3価の鉄イオンの除去に際し、溶液中に2価として存在する鉄イオンを酸化させないことが好ましく、空気の吹込み、溶液の酸化を極力防止することが好ましい。これによって、2価の鉄の除去に伴う炭酸カルシウム消費量と中和澱物スラリー15の生成量の増加を抑制することができる。すなわち、中和澱物スラリー15量の増加による澱物へのニッケルロスの増加を抑えることができる。
【0028】
中和工程S3における温度条件は、50〜80℃とすることが好ましい。温度条件を50℃未満とした場合では、澱物が微細となり固液分離工程S2に悪影響を及ぼす。一方、温度条件を80℃より高くした場合では、装置材料の耐食性の低下や加熱のためのエネルギーコストの増大を招く。
【0029】
(4)硫化反応工程
硫化反応工程S4では、中和工程S3にて生成されたニッケル回収用の母液16に硫化水素ガスを吹きこみ、ニッケル及びコバルトを含む硫化物17と貧液18とを生成する。
【0030】
ここで、この硫化反応工程S4では、種晶として、母液16に含まれるニッケル量に対し、4〜6倍、好ましくは4〜5倍の硫化物を循環使用する。これによって、反応容器の内面への硫化物の付着を抑制するとともに、貧液18中のニッケル濃度をこれまで以上に低い水準で安定させることができる。
【0031】
すなわち、硫化反応工程S4に循環された硫化物は、新規に発生する硫化物17の発生の核となるので、反応速度が遅い比較的低温の温度条件であっても、充分な硫化物17の発生速度を維持することができる。また、硫化物17発生の核が存在することにより、生成する硫化物17の粒子は比較的大きな粒子となるため、反応容器内における滞留時間が短くなるとともに、反応容器内に付着することもなくなる。
【0032】
種晶として循環させる硫化物17の使用量が4倍未満の場合では、貧液18中のニッケル濃度が上昇し、ニッケル回収率が低下する。一方、循環させる硫化物17の使用量が6倍より多い場合では、それ以上の効果は期待できない。
【0033】
図2は、硫化反応工程における設備配置の一例を示す概略図である。この図2に示すように、撹拌硫化反応槽(容器)30において、ニッケル及びコバルトを含む硫酸塩溶液からなる母液16(反応始液)中に、循環硫化物スラリーからなる種晶17’を添加し、さらに硫化水素ガス19を吹き込みながら、硫化反応を行う。
【0034】
反応後のスラリーは、シックナー等の沈降槽31へ流送され、ニッケルを含む硫化物17は沈降槽31の底部から濃縮物スラリー20として分離される。分離された濃縮物スラリー20は、中継槽32を経て所定の割合で分配され、撹拌硫化反応槽30へ循環される。一方、中継槽32からは、回収される硫化物17が抜き出されて次工程で処理される。ここで、硫化反応工程S4への始液流量を測定、調整し、それが変動した場合には、シックナーより得られる濃縮物スラリー20の流量を調節する。これにより、貧液18のニッケル濃度を維持するように制御する。
【0035】
母液16中に亜鉛が含まれる場合には、ニッケル及びコバルトを硫化物17として分離する工程に先立ち、亜鉛を硫化物として選択的に分離する工程を用いることができる。具体的には、硫化反応に際して、反応条件を弱めて硫化反応の速度を抑制させることにより、亜鉛と比較して高濃度に共存するニッケルの共沈を抑制して亜鉛を優先的に選択除去する。
【0036】
母液16としては、例えばpHが3.2〜4.0で、ニッケル濃度が2.0〜5.0g/L、コバルト濃度が0.10〜1.0g/Lであり、不純物成分として鉄、マグネシウム、マンガン等を含むものを用いることができる。これら不純物成分は、浸出の酸化還元電位、オートクレーブの操業条件及び鉱石品位により大きく変化するが、一般的に、鉄、マグネシウム、マンガンが数g/L程度含まれている。ここで、不純物成分は、回収するニッケル及びコバルトに対して比較的多く存在するが、硫化物としての安定性が低く、鉄、マンガン、アルカリ金属、及びマグネシウムなどのアルカリ土類金属は生成する硫化物に含有されない。
【0037】
この硫化反応工程S4によって、不純物含有量の少ないニッケル及びコバルトを含む硫化物17とニッケル濃度を低い水準で安定させた貧液18が得られる。貧液18は、pHが1.0〜3.0程度であり、硫化されずに含まれる鉄、マグネシウム、マンガン等の不純物元素を含んでいる。また、回収ロスになるニッケル及びコバルトは、僅かであり、例えばニッケル及びコバルトの含有量はそれぞれ40mg/L以下、5mg/L以下である。この貧液18は、ニッケルをほとんど含まず、かつpHが低いので、固液分離工程S2で洗浄液として使用しても水酸化物の生成を引き起こさない。さらに、固液分離工程S2で洗浄液として使用することで、工業用水の使用量を削減できる。
【0038】
本実施の形態に係る反応制御方法は、上述した、少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に硫化水素ガスを吹き込み、ニッケルを含む硫化物17と貧液18とを生成する硫化反応工程S4において、硫化反応の反応温度を60〜70℃に制御するとともに、反応容器内の圧力を200〜300kPaGに制御する。
【0039】
硫化反応工程における硫化反応温度を60〜70℃に制御することにより、反応容器の内壁で生じる硫化反応よりも、優先的に種晶を核とした硫化反応を進行させることができる。すなわち、硫化反応温度を60〜70℃に制御することによって、硫化反応速度を低下させることができ、これによって、反応容器や配管の内壁に付着する硫化物の生成を抑制させ、付着量を低減させることができる。
【0040】
反応温度が60℃より低い場合には、硫化反応の反応速度が低下し過ぎてしまい操業効率を悪化させる。一方、反応温度が70℃より高い場合には、反応速度が増加することに伴って反応容器や配管の内壁に付着する硫化物の生成を促進し、付着量を増加させてしまう。
【0041】
従来に比べて反応温度を60〜70℃に低下させることで、反応容器内に添加する硫化水素ガスとニッケルを含有する硫酸塩溶液からなる母液16との気液接触反応による反応速度は低下する。しかしながら、本実施の形態のように、温度を低下させることによって、添加する硫化水素ガスの母液16中への溶解度を上昇させることができるので、母液16中への硫化水素ガスの溶存量を増加させることができる。
【0042】
これにより、母液16中に溶存する硫化水素と母液16中のニッケルとの間における反応は気相と接触せずとも進行するため、反応終点における貧液18中のニッケル濃度は、従来のように約100℃の反応温度条件で行った場合と同様に低く抑えることができ、高いニッケル回収率を維持することができる。
【0043】
換言すると、従来に比して反応温度を60〜70℃に低下させることによって、反応初期の気液接触反応の反応速度を低下させると同時に、母液16中への溶存硫化水素濃度を上昇させることによって、母液16内での硫化反応を促進させて、硫化反応全体の反応効率を維持させる。
【0044】
そしてさらに、本実施の形態に係る硫化反応工程の反応制御方法では、硫化反応の反応温度を60〜70℃に制御するとともに、その硫化反応の反応容器内の圧力を200〜300kPaG、より好ましくは250〜300kPaGに制御するようにしている。
【0045】
上述のように、従来に比して硫化反応の反応温度を低下させることにより反応速度は低下するものの、反応容器内の圧力を200〜300kPaGに制御することにより、より一層に硫化水素ガスの母液16中への溶解度を向上させ、硫化水素ガスの溶存量を増加させる。これにより、母液16中の溶存硫化水素とニッケルとの間における硫化反応を進行させて、温度低下による気液接触反応の反応速度の低下及びそれに伴うニッケル回収率の低下を補完することができる。
【0046】
硫化反応容器内の圧力を200kPaG未満とした場合には、硫化剤である硫化水素ガスの溶存濃度が不足する。一方で、圧力を300kPaGより高くした場合には、それ以上の効果が期待できない。また、より確実に硫化水素の溶存濃度を確保させる観点から、250kPaG以上とすることが好ましく、圧力を250kPaG以上とすることによりニッケル回収率をさらに向上させることができる。
【0047】
以上のように、本実施の形態に係る硫化反応工程の反応制御方法は、従来と比べて硫化反応温度を60〜70℃に低下させることによって、硫化反応初期における気液接触反応の反応速度を低下させ、反応容器の内壁への硫化物(反応生成物)の付着を効率的に抑制させるとともに、母液16中の溶存硫化水素濃度を増加させることができる。
【0048】
さらに、硫化反応容器内の圧力を200〜300kPaGに制御することにより、より一層に、添加した硫化水素ガスの母液16中への溶解を促進させて溶存量を増やすことができ、母液16中における硫化反応を進行させることができる。
【0049】
これにより、高いニッケル回収率を維持したまま、反応容器の内壁に付着する硫化物の生成を抑制させて付着量を低減することができ、付着物除去作業の頻度を低減することができる。具体的に、付着物除去作業の頻度は、1回/年と、従来技術に比べて半分の頻度に低減することができる。
【0050】
また、従来に比して反応温度を低くすることができるので、熱源(スチーム)量も減少させることが可能となり、効率的に、硫化物の反応容器内壁への付着を抑制しながら高いニッケル回収率を実現する操業を行うことができる。
【0051】
以下、本発明の具体的な実施例について説明する。なお、下記のいずれかの実施例に本発明の範囲が限定されるものではない。
【実施例】
【0052】
本実施例では、ニッケル硫化物生成反応において、母液としてニッケル濃度3.0〜4.5g/l、コバルト濃度0.10〜0.25g/lのニッケル・コバルト混合硫酸塩溶液を用いた。この母液16は、ニッケル酸化鉱石からニッケルを回収する高温加圧酸浸出に基づく湿式製錬方法において、浸出工程、固液分離工程、及び中和工程を経て回収されたニッケルを含む硫酸塩溶液からなるものである。
【0053】
母液16及び硫化反応終了後の液(貧液18)中のニッケル濃度は、ICP発光分析法又は原子吸光法により測定した。ニッケル回収率は、母液16中のニッケル濃度に対する貧液18中のニッケル濃度の百分率とした。
【0054】
種晶17’としては、母液16中に含まれるニッケル量に対して5倍量のニッケル量に当たる硫化物(反応生成物)を循環使用した。
【0055】
(実施例1)
母液の温度を66℃、反応容器内の圧力を226kPaGとし、通常の操業を行った。
【0056】
その結果、ニッケル回収率は98.8%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、1回/年であった。
【0057】
(実施例2)
母液の温度を63℃とした以外は、実施例1と同じ条件で通常の操業を行った。
【0058】
その結果、ニッケル回収率は98.7%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、1回/年であった。
【0059】
(実施例3)
反応容器内の圧力を251kPaGとした以外は、実施例2と同じ条件で通常の操業を行った。
【0060】
その結果、ニッケル回収率は99.0%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、1回/年であった。
【0061】
(実施例4)
反応容器内の圧力を290kPaGとした以外は、実施例2と同じ条件で通常の操業を行った。
【0062】
その結果、ニッケル回収率は99.0%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、1回/年であった。
【0063】
(比較例1)
母液温度を58℃とした以外は、実施例1と同じ条件で通常の操業を行った。
【0064】
その結果、ニッケル回収率は96.8%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、1回/年であった。
【0065】
(比較例2)
反応容器内の圧力を190kPaGとした以外は、実施例1と同じ条件で通常の操業を行った。
【0066】
その結果、ニッケル回収率は96.6%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、1回/年であった。
【0067】
(比較例3)
母液の温度を72℃とした以外は、実施例1と同じ条件で通常の操業を行った。
【0068】
その結果、ニッケル回収率は98.6%であった。また、反応容器の内壁の付着物除去作業の頻度は、2回/年であった。
【0069】
以下の表1に、各実施例及び比較例の条件、並びにニッケル回収率及び付着物除去作業頻度の結果をまとめる。
【0070】
【表1】

【0071】
以上の結果に示されるように、硫化反応の反応温度を60〜70℃に制御し、また反応容器内の圧力を200kPaG以上に制御した実施例1〜4では、98.7%以上の高いニッケル回収率とすることができた。特に、反応容器内の圧力を250kPaG以上に制御した実施例3及び4では、99.0%以上もの高いニッケル回収率となった。
【0072】
また、実施例1〜4では、反応容器の内壁に付着した硫化物からなる付着物の除去作業を1回/年の頻度に抑えることができ、従来に比べて大幅にて低減させることができた。すなわち、高いニッケル回収率を維持しながら、反応容器や配管の内壁に付着する硫化物の生成を抑制させ、付着物量を低減させることができた。
【0073】
このような実施例1〜4では、従来に比して硫化反応温度の低下させることにより、硫化水素ガスと母液16中のニッケルとの気液接触反応による硫化反応の反応速度を抑制して反応容器内壁での硫化物の生成を抑制することができ、付着物を低減させることができたと考えられる。
【0074】
また、硫化反応温度を低下させるとともに、反応容器内の圧力を上述した所定の値に上昇させることにより、添加した硫化水素ガスの母液16中への溶解度を大きくし、溶存硫化水素濃度を上昇させることができたと考えられる。これにより、母液16中での硫化反応を効率的に進行させることができ、付着物の生成を抑制させながら、高いニッケル回収率を維持することができたと考えられる。
【0075】
一方、反応温度を58℃とし、圧力を226kPaGとした比較例1では、反応容器の内壁の付着物除去作業は1回/年の頻度と、従来に比べて回数を抑えることができたものの、ニッケル回収率は96.8%となってしまった。このことは、反応温度を60℃未満としたことにより、硫化反応速度が低下し過ぎたため、硫化反応全体の反応効率が低下したためであると考えられる。
【0076】
また、反応温度を66℃とし、圧力を190kPaGとした比較例2においても、ニッケル回収率は96.6%となってしまった。このことは、圧力を200kPaG未満としたことにより、硫化水素ガスの母液への溶解を促進させることができず、溶存硫化水素濃度が低かったために、反応温度の低下に伴う硫化反応効率の低下を補完することができなかったためと考えられる。
【0077】
また、比較例3においては、反応温度を72℃と高めに制御したことにより、ニッケル回収率を98.6%と比較的高くすることができたものの、反応容器の内壁の付着物除去作業は2回/年も必要となってしまった。このことは、反応温度を高く設定したことにより硫化反応速度が高まって付着物の生成を促進させてしまった結果、付着量が増加したものと考えられる。
【符号の説明】
【0078】
11 ニッケル酸化鉱石、12 浸出スラリー、13 浸出液、14 浸出残渣、15 中和澱物スラリー、16 母液、17 硫化物、17’ 種晶、18 貧液、19 硫化水素ガス、20 濃縮物スラリー、30 撹拌硫化反応槽、31 沈降槽、32 中継槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともニッケルを含む硫酸塩溶液に硫化水素ガスを吹き込み、ニッケルを含む硫化物と貧液を生成する硫化反応工程の反応制御方法において、
硫化反応の反応温度を60〜70℃に制御するとともに、該硫化反応の反応容器内の圧力を200〜300kPaGに制御することを特徴とする硫化反応工程の反応制御方法。
【請求項2】
上記反応容器内の圧力を250〜300kPaGに制御することを特徴とする請求項1記載の硫化反応工程の反応制御方法。
【請求項3】
種晶として、上記硫酸塩溶液に含まれるニッケル量に対して、4〜6倍のニッケル量に当たる上記硫化物を循環使用することを特徴とする請求項1又は2記載の硫化反応工程の反応制御方法。
【請求項4】
上記ニッケルを含む硫酸塩溶液は、ニッケル酸化鉱石からニッケルを回収する高温加圧酸浸出に基づく湿式製錬方法において、浸出工程、固液分離工程、及び中和工程を経て回収される母液であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項記載の硫化反応工程の反応制御方法。

【図1】
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【図2】
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