説明

硬化型水系塗膜保護用組成物、これを用いた硬化型水系塗膜保護剤及び水系塗膜保護膜

【課題】環境にやさしく且つ塗膜保護性、易除去性に優れる硬化型水系塗膜保護用組成物、これを用いた硬化型水系塗膜保護剤及び水系塗膜保護膜を提供すること。
【解決手段】環状分子と直鎖状分子と封鎖基とを有し、直鎖状分子や環状分子が親水性の修飾基を有する親水性ポリロタキサンから成る硬化型水系塗膜保護膜用組成物。環状分子の包接量は0.06〜0.61である。直鎖状分子の分子量は1,000〜60,000である。
硬化型水系塗膜保護用組成物を含有する硬化型水系塗膜保護剤である。含有量が質量比で50〜90%である。
硬化型水系塗膜保護剤を固化して成る水系塗膜保護膜である。膜厚が100〜1000μmである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬化型水系塗膜保護用組成物、これを用いた硬化型水系塗膜保護剤及び水系塗膜保護膜に係り、更に詳細には、酸性雨や鳥糞等の大気降下物から塗膜の保護が可能となる硬化型水系塗膜保護用組成物、これを用いた硬化型水系塗膜保護剤及び水系塗膜保護膜に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の大型商品は、消費者の手に届くまでの期間中に、風雨、湿気、日光、空気、鉄粉、鳥糞、煤煙などの大気中の汚染物質に曝され、塗装面が汚染され易い。
このため、従来から自動車等の塗装面の上に更に塗膜保護剤を塗布しておき、消費者に渡る直前にその塗膜保護剤を除去することで、塗装面の汚染を防止し商品価値を維持することが行なわれている。
【0003】
上述の塗膜保護剤は、その用途から明らかなように、風雨や湿気等によっては簡単に除去されないような耐久性と、除去が必要となった時には有機溶剤や水または手拭きなどによって簡単に除去できるという易除去性を兼ねそなえる必要がある。
【0004】
従来の塗膜保護剤としては、例えば、ワックス溶剤分散型、手拭き除去が可能なワックス−固体粉末溶剤分散型、ワックスを乳化分散した水性乳液型などがある(例えば、特許文献1参照。)。
このような塗膜保護剤のうち、塗布乾燥の際に有機溶剤が揮発する塗膜保護剤や、除去の際には有機溶剤が必要な塗膜保護剤は、特に公害問題の点、その他資源の浪費、経済性、安全性などの点で近年問題視されている。
【特許文献1】特開平5−112776号公報
【0005】
そこで、有機溶剤の揮発が無く、且つアルカリ性の水で容易に除去できるという利点を有する、アクリル系ポリマーエマルジョン型塗膜保護剤が注目されてきた(例えば、特許文献2参照。)。
この塗膜保護剤は、金属面の防錆や傷防止などの保護作用の点でも優れている。
【特許文献2】特開平10−110122号公報
【0006】
また、最近では不用になったときに剥ぎ取ることができるストリッパブルフィルム型が検討され始めており、一部では採用されている部品もある(例えば、特許文献3参照。)。
【特許文献3】特開平7−80399号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のアクリル系ポリマーエマルジョン型塗膜保護剤においては、まだその特性において総合的には十分とはいえなかった。
例えば、アクリル系樹脂中に含まれる可塑剤や界面活性剤が本来は保護すべき塗装面を侵してしまったり、夏季の炎天下の太陽光線(紫外線)に曝されたときは保護効果が不十分な場合があった。
【0008】
また、ストリッパブルフィルム型では、大気降下物を保護する点では問題ないが、剥がす際にフィルムが切れ、部品に小片が残る等のために部品に傷が付いたり、傷が付かないよう慎重になる等のために多くの工数が必要になる等の欠点があり、拡大されるまでには至っていない。
【0009】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、環境にやさしく且つ塗膜保護性、易除去性に優れる硬化型水系塗膜保護用組成物、これを用いた硬化型水系塗膜保護剤及び水系塗膜保護膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を解決すべく鋭意検討を繰り返した結果、直鎖状分子や環状分子の全部又は一部が親水性の修飾基で修飾された親水性ポリロタキサンを使用することによって、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0011】
即ち、本発明の硬化型水系塗膜保護用組成物は、環状分子と、この環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、この直鎖状分子の両末端に配置され上記環状分子の脱離を防止する封鎖基とを有し、該直鎖状分子及び/又は該環状分子が親水性の修飾基を有する親水性ポリロタキサンから成ることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の硬化型水系塗膜保護用組成物の好適形態は、上記直鎖状分子の分子量が1,000〜60,000であることを特徴とする。
【0013】
更に、本発明の硬化型水系塗膜保護剤は、上記硬化型水系塗膜保護用組成物を含有することを特徴とする。
【0014】
更にまた、本発明の水系塗膜保護膜は、上記硬化型水系塗膜保護剤を固化して成ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、直鎖状分子や環状分子の全部又は一部が親水性の修飾基で修飾された親水性ポリロタキサンを使用することとしたため、環境にやさしく且つ塗膜保護性、易除去性に優れる塗料保護膜を形成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の硬化型水系塗膜保護用組成物について詳細に説明する。なお、本明細書において、「%」は特記しない限り質量百分率を意味するものとする。
【0017】
上述のように、本発明の硬化型水系塗膜保護用組成物は、水に溶解する硬化型に変性された親水性ポリロタキサンから成るものである。
【0018】
図1は、親水性修飾ポリロタキサンを概念的に示す模式図である。
同図において、この親水性修飾ポリロタキサン5は、直鎖状分子6と、環状分子であるシクロデキストリン7と、直鎖状分子6の両末端に配置された封鎖基8を有し、直鎖状分子6は環状分子7の開口部を貫通して環状分子7を包接している。
そして、シクロデキストリン7は、親水性修飾基7aを有している。
【0019】
本発明においては、上記環状分子7及び直鎖状分子6のいずれか一方又は双方が親水性を有し、全体として親水性を示す親水性ポリロタキサン、代表的には環状分子2が水酸基を有し、これら環状分子の水酸基の全部又は一部が親水性の修飾基で修飾された親水性ポリロタキサンを使用するようにしており、当該ポリロタキサンは、水や後述する水系溶剤に可溶なものとなり、水系塗膜保護剤の成分として配合することができるようになる。
【0020】
上記親水性の修飾基としては、例えば、カルボキシル基、スルホン酸基、硫酸エステル基、りん酸エステル基、第1〜第3アミノ基、第四級アンモニウム塩基、ヒドロキシルアルキル基などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
また、本発明に用いる親水性ポリロタキサンとしては、全体として親水性を示す限り、環状分子の水酸基が部分的に疎水性修飾基によって修飾されていても差し支えはない。このような疎水性を示す修飾基として、例えば、アルキル基、ベンジル基(ベンゼン環)及びベンゼン誘導体含有基、アシル基、シリル基、トリチル基、硝酸エステル基、トシル基などを挙げることができる。
【0022】
上記親水性ポリロタキサンにおける環状分子としては、上述の如き直鎖状分子に包接されて滑車効果を奏するものである限り、特に限定されるものではなく、種々の環状物質を挙げることができる。
また、環状分子は実質的に環状であれば十分であって、「C」字状のように、必ずしも完全な閉環である必要はない。
【0023】
更に、上記環状分子は、反応基を有するものが好ましく、これにより、他のポリマーとの架橋及び修飾基との結合が行い易くなる。
かかる反応基は、適宜変更することができるが、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基及びアルデヒド基などを例示できる。
また、反応基としては、後述する封鎖基を形成する(ブロック化反応)際に、この封鎖基と反応しない基が好ましい。
【0024】
また、本発明に用いる上記親水性ポリロタキサンにおける上記環状分子の親水性修飾基による修飾度については、環状分子の有する水酸基が修飾され得る最大数を1とするとき、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましく、0.5以上であることが特に好ましい。
上記修飾度が0.1未満であると、水や水系溶剤への溶解性が十分なものとならず、不溶性ブツが生成することがある。
【0025】
なお、環状分子の水酸基が修飾され得る最大数とは、修飾する前に環状分子が有していた全水酸基数を意味する。また、修飾度とは、換言すれば、修飾された水酸基数の全水酸基数に対する比のことである。
また、上記ポリロタキサンが多数の環状分子を有する場合、これら環状分子それぞれの水酸基の全部又は一部が親水性修飾基によって修飾されている必要はない。言い換えると、ポリロタキサン全体として親水性を示す限り、親水性修飾基によって修飾されていない水酸基を有する環状分子が部分的に存在したとしても何ら差し支えない。
【0026】
ここで、ポリロタキサンの環状分子への親水性修飾基の導入方法としては、以下の方法を採用できる。
例えば、上記環状分子としてシクロデキストリンを用いた場合には、該シクロデキストリンの水酸基をプロピレンオキシドを用いてヒドロキシプロピル化することが例示でき、このときプロピレンオキシドの添加量を変更することによって、上記ヒドロキシアルキル基による修飾度を制御することができる。
【0027】
上記親水性ポリロタキサンにおいて、直鎖状分子に包接される環状分子の個数(包接量)については、直鎖状分子が環状分子を包接し得る最大包接量を1とするとき、0.06〜0.61が好ましく、0.11〜0.48がより好ましく、0.24〜0.41が特に好ましい。
即ち、この比が0.06未満では滑車効果が不十分となって塗膜の伸び率が低下し、耐傷付き性が不十分となることがある。0.61を超えると、環状分子が密に配置され過ぎて環状分子の可動性が低下し、同様に塗膜の伸び率が不十分となって耐傷付き性が不十分となる傾向がある。
【0028】
なお、環状分子の包接量は、以下のようにして制御することができる。
例えば、DMF(ジメチルホルムアミド)に、BOP試薬(ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロフォスフェート)、HOBt(1−ヒドロキシベンゾトリアゾール)、アダマンタンアミン、ジイソプロピルエチルアミンをこの順番に溶解させた溶液に、ジメチルホルムアミドとジメチルスルホキシド(DMSO)の混合溶媒に、環状分子が直鎖状分子に串刺し状態となった包接錯体をあらかじめ分散させた分散液を添加することによってポリロタキサンを合成する際に、上記混合溶液の混合比率を変更することによって制御することができ、DMF/DMSO比を高くするほど環状分子の包接量を大きくすることができる。
【0029】
上記環状分子の具体例としては、種々のシクロデキストリン類、例えばα−シクロデキストリン(グルコース数:6個)、β−シクロデキストリン(グルコース数:7個)、γ−シクロデキストリン(グルコース数:8個)、ジメチルシクロデキストリン、グルコシルシクロデキストリン及びこれらの誘導体又は変性体、並びにクラウンエーテル類、ベンゾクラウン類、ジベンゾクラウン類、ジシクロヘキサノクラウン類及びこれらの誘導体又は変性体を挙げることができる。
【0030】
上述のシクロデキストリン等の環状分子は、その1種を単独、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
なお、上記した種々の環状分子の中では、特にα−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリンが良好であり、とりわけ、被包接性の観点からはα−シクロデキストリンを使用することが好ましい。
【0031】
一方、直鎖状分子は、実質的に直鎖であればよく、回転子である環状分子が回動可能で滑車効果を発揮できるように包接できる限り、分岐鎖を有していてもよい。
また、環状分子の大きさにも影響を受けるが、その長さについても、環状分子が滑車効果を発揮できる限り特に限定されない。
【0032】
なお、直鎖状分子としては、その両末端に反応基を有するものが好ましく、これにより、上記封鎖基と容易に反応させることができるようになる。
かかる反応基としては、採用する封鎖基の種類などに応じて適宜変更することができるが、水酸基、アミノ基、カルボキシル基及びチオール基などを例示することができる。
【0033】
このような直鎖状分子としては、特に限定されるものではなく、ポリアルキレン類、ポリカプロラクトンなどのポリエステル類、ポリエチレングリコールなどのポリエーテル類、ポリアミド類、ポリアクリル類及びベンゼン環を有する直鎖状分子を挙げることができる。
これら直鎖状分子のうち、特にポリエチレングリコール、ポリカプロラクトンが良好であり、水や水系溶剤への溶解性の観点からはポリエチレングリコールを用いることが好ましい。
【0034】
また、上記直鎖状分子の分子量としては、1,000〜60,000とすることが好ましい。より好ましくは10,000〜50,000、特に好ましくは30,000〜50,000のであることがよい。
直鎖状分子の分子量が1,000未満では、水分等の浸透が容易になりが低下し、また滑車効果が低下して耐擦傷性が不十分となることがある。分子量が60,000を超えると、塗装の際の作業性が低下し、均一な保護膜が形成できず保護効果が低下する傾向がある。
【0035】
他方、封鎖基は、上記のような直鎖状分子の両末端に配置されて、環状分子が直鎖状分子によって串刺し状に貫通された状態を保持できる基でさえあれば、どのような基であっても差し支えない。
このような基としては、「嵩高さ」を有する基又は「イオン性」を有する基などを挙げることができる。なお、ここで「基」とは、分子基及び高分子基を含む種々の基を意味する。
【0036】
「嵩高さ」を有する基としては、球形をなすものや、側壁状の基を例示することができる。
また、「イオン性」を有する基のイオン性と、環状分子の有するイオン性とが相互に影響を及ぼし合い、例えば反発し合うことにより、環状分子が直鎖状分子に串刺しにされた状態を保持することができる。
【0037】
このような封鎖基の具体例としては、2,4−ジニトロフェニル基、3,5−ジニトロフェニル基などのジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類及びピレン類、並びにこれらの誘導体又は変性体を挙げることができる。
【0038】
ここで、本発明に用いる親水性ポリロタキサンの製造方法について説明する。
上述の如き、親水性ポリロタキサンは、例えば、
(1)環状分子と直鎖状分子とを混合し、環状分子の開口部を直鎖状分子で串刺し状に貫通して直鎖状分子に環状分子を包接させる工程と、
(2)得られた擬ポリロタキサンの両末端(直鎖状分子の両末端)を封鎖基で封鎖して、環状分子が串刺し状態から脱離しないように調製する工程と、
(3)得られたポリロタキサンの環状分子の水酸基を親水性修飾基で修飾する工程、
によって処理することにより得られる。
【0039】
なお、上記(1)工程において、環状分子が有する水酸基をあらかじめ親水性修飾基で修飾したものを用いることによっても、親水性ポリロタキサンを得ることができ、その場合には、上記(3)工程を省略することができる。
【0040】
以上のような製造方法によって、上述の如く水や水系溶剤への溶解性に優れた親水性ポリロタキサンが得られる。
【0041】
上記水系溶剤とは、水との間で相互作用し合い、水との親和力が強い性質をもつ溶剤のことを意味し、具体的には、例えば、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、エチレングリコールなどのようなアルコール類、セロソルブアセテート、ブチルセロソロブアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルなどのようなエーテルエステル類、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテルなどのようなグリコールエーテル類などを挙げることができ、本発明の親水性修飾ポリロタキサンは、これらの2種以上を混合した溶剤についても良好な溶解性を示す。
これらのうち、より好適なものとしてアルコール類、更に好適なものとしてグリコールエーテル類を挙げることができる。なお、トルエンのような有機溶剤が若干含まれていても、全体として水との親和力が強い性質を有すれば、水系溶剤としてよい。
【0042】
なお、本発明においては、水系溶剤に可溶である限りにおいて親水性ポリロタキサンが架橋しているものであってもよく、かかる親水性架橋ポリロタキサンを、非架橋の親水性ポリロタキサンの代わりに又はこれに混合して用いることができる。
このような親水性架橋ポリロタキサンとしては、比較的低分子量のポリマー、代表的には分子量が数千程度のポリマーと架橋した親水性ポリロタキサンを挙げることができる。
【0043】
次に、本発明の硬化型水系塗膜保護剤及び水系塗膜保護膜について詳細に説明する。
本発明の硬化型水系塗膜保護剤は、上述の硬化型水系塗膜保護用組成物、即ち上述した親水性ポリロタキサンを含有して成る。また、本発明の水系塗膜保護膜は、当該硬化型水系塗膜保護剤を固化して成る。
【0044】
これにより、保護膜形成時は、硬化型水系塗膜保護剤が有する親水性の修飾基や他の官能基が、保護膜形成成分と反応し、架橋ポリロタキサンを形成することにより、耐擦傷性、耐酸性、耐鳥糞性、付着性等にも優れるようになる。
【0045】
なお、架橋ポリロタキサンは、上述した硬化型水系塗膜保護剤に含まれるポリロタキサンが、保護膜形成成分(ポリマーなど)と架橋して成るものである。この保護膜形成成分は、ポリロタキサンの環状分子を介してポリロタキサンと結合している。
【0046】
以下、架橋ポリロタキサンについて説明する。
図2に、架橋ポリロタキサンを概念的に示す。
同図において、この架橋ポリロタキサン1は、ポリマー3と上記親水性ポリロタキサン5を有する。そして、このポリロタキサン5は、環状分子7を介して架橋点9によってポリマー3及びポリマー3’と結合している。
【0047】
このような構成を有する架橋ポリロタキサン1に対し、図2(A)の矢印X−X’方向の変形応力が負荷されると、架橋ポリロタキサン1は、図2(B)に示すように変形してこの応力を吸収することができる。
即ち、図2(B)に示すように、環状分子7は滑車効果によって直鎖状分子6に沿って移動可能であるため、上記応力をその内部で吸収可能である。
【0048】
このように、架橋ポリロタキサンは、図示したような滑車効果を有するものであり、従来のゲル状物などに比し優れた伸縮性や粘弾性、機械的強度を有するものである。
また、この架橋ポリロタキサンの前駆体である親水性ポリロタキサンは、上述の如く水系溶剤への溶解性が改善されており、水系溶剤中での架橋などが容易である。
【0049】
よって、架橋ポリロタキサンは、水系溶剤が存在する条件下で容易に得ることができ、特に、親水性ポリロタキサンと水系溶剤可溶性の保護膜形成成分とを架橋させることにより、容易に製造することができる。
【0050】
また別の観点からは、架橋ポリロタキサンは、親水性ポリロタキサンの架橋対象である保護膜形成成分の物性を損なうことなく、当該保護膜形成成分と当該ポリロタキサンとを複合体化したものである。
従って、以下に説明する架橋ポリロタキサンの形成方法によれば、上記保護膜形成成分の物性と親水性ポリロタキサン自体の物性を併有する材料が得られるのみならず、ポリマー種などを選択することにより、所望の機械的強度などを有する保護膜を得ることができる。また、架橋の度合を調節することで塗膜保護膜の易除去性も制御できる。
【0051】
ここで、架橋ポリロタキサンの形成方法について説明する。
架橋ポリロタキサンは、代表的には、(a)硬化型水剤系塗膜保護用組成物(親水性ポリロタキサン)を他の保護膜形成成分と混合し、(b)当該保護膜形成成分の少なくとも一部を物理的及び/又は化学的に架橋させ、(c)当該保護膜形成成分の少なくとも一部と親水性ポリロタキサンとを環状分子を介して結合させる(硬化反応)、ことにより形成できる。
なお、親水性ポリロタキサンは、水系溶剤に可溶であるため、(a)工程〜(c)工程を水系溶剤中で円滑に行うことができる。また、これらの工程は硬化剤を用いることでより円滑に行うことができる。
【0052】
(b)、(c)工程においては、化学架橋することが好ましく、例えば、これは上述の如き親水性ポリロタキサンの環状分子が有する水酸基と、保護膜形成成分の一例であるメラミン樹脂とが、ウレタン結合を繰返し形成することによって、架橋ポリロタキサンが得られる。また、(b)工程と(c)工程はほぼ同時に実施してもよい。
【0053】
(a)工程の混合工程は、用いる保護膜形成成分に依存するが、溶媒無しで又は溶媒中で行うことができる。また、溶媒は保護膜形成時に加熱処理などで除去できる。
【0054】
また、本発明の硬化型水系塗膜保護剤において、親水性ポリロタキサンの含有量としては、保護膜形成成分(樹脂固形分)に対する質量比で50〜90%の範囲とすることができる。より好ましくは60〜90%の範囲、特に好ましくは70〜90%の範囲とすることができる。
親水性ポリロタキサンの保護膜形成成分に対する含有量が50%に満たない場合には、ポリロタキサンの滑車効果が十分に得られず、塗膜の伸び率が低下し耐傷付き性が得られなくなることがある。90%を超えると、塗膜の付着性が低下することがある。
【0055】
なお、本発明の硬化型水系塗膜保護剤は、上記硬化型水系塗膜保護用組成物、即ち親水性ポリロタキサンに、既存の樹脂成分、添加剤、顔料、光輝剤又は溶媒、及びこれらを任意に組合わせたものを常法に基づいて配合し、混合して得ることができる。
【0056】
ここで、上記樹脂成分としては、例えばウレタン樹脂、セルロース樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂などが挙げることができる。
上記添加剤としては、例えば、紫外線吸収剤、光安定化剤、表面調整剤、沸き防止剤などを挙げることができる。
上記顔料としては、例えば、アゾ系顔料、フタロシアン系顔料、ペリレン系顔料などの有機系着色顔料や、カーボンブラック、二酸化チタン、ベンガラなどの無機系着色顔料を用いることができる。
上記光輝剤としては、例えば、アルミ顔料やマイカ顔料を挙げることができる。
上記溶媒としては、例えば、水と共に、上記した水系溶媒、例えばアルコール類やグリコールエーテル類を挙げることができる。
【0057】
なお、上記した各種保護剤原料に、親水性ポリロタキサンを混合するに際しては、親水性を付与した状態のポリロタキサンをそのまま配合しても良いが、当該親水性ポリロタキサンをあらかじめ水や水性溶剤などの溶媒に溶解させて希釈した状態で配合することが望ましい。このようなポリロタキサン溶液は、塗料製造時に調製しても、塗料製造に先立って、調製しておいてもよい。
【0058】
また、本発明の硬化型水系塗膜保護剤は、例えば、スプレーガン、刷毛などを用いる既知の塗布方法を採用して、従来の塗料と同等の作業性の下で塗布できる。
更に、塗布後は、常温乾燥又は加熱乾燥して水分を蒸発させ、固化することによって、水系塗膜保護膜を形成することができる。
更にまた、水系塗膜保護膜は、液状の当該保護剤を被保護面に塗布して形成することに限られず、あらかじめフィルム状に形成したものを被保護面に被覆してもよい。
【0059】
上記水系塗膜保護膜の厚さとしては、特に限定されるものではないが、100〜1000μm程度となるように塗装することが好ましい。より好ましくは500〜1000μm、特に好ましくは800〜1000μmであることがよい。
100μm未満では、保護効果が低減しやすい。1000μmを超えると、水分の蒸発に時間がかかり、作業性が低下する。
【0060】
なお、水系塗膜保護膜は、塗膜を保護する機能の他、優れた易除去性を示すことが望ましい。
【0061】
また、本発明の水系塗膜保護膜の保護対象となる塗膜は、例えば、アクリルメラミン系塗膜、ウレタン系塗膜などのクリヤー系塗膜、エナメル塗膜などが挙げられる。
【0062】
図3に、本発明の水系塗膜保護膜の一実施形態を示す。
図3では、図示しない被塗物表面に、下塗り塗膜10とエナメル塗膜11とから成る積層塗膜が形成されており、当該積層塗膜を保護するために水系塗膜保護膜12が更に被覆されている。
【実施例】
【0063】
以下、本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。
【0064】
(実施例1)
1.ヒドロキシプロピル化ポリロタキサンの調製
ポリロタキサン約500mgを1M NaOH水溶液50mlに溶解し、プロピレンオキシド3.83g(66mmol)を加え、アルゴン雰囲気下室温で一晩撹拌した。
1M HClで中和して透析した後、凍結乾燥で回収した。収量は505mgであった。
【0065】
2.修飾ポリロタキサンを含む塗膜保護剤の調製
修飾基を有するポリロタキサンを蒸留水を用いて10%になるように溶解した。
このポリロタキサン溶液に、水溶性アルキッド樹脂(不揮発分=42%、水酸基価=100KOHmg/g、酸価=14KOHmg/g)を撹拌しながら添加した。
次いで、水溶性アルキッド樹脂とイソシアネート(HDI系、NCO%=8.2)との割合が133/2.17になるように、HDI系イソシアネートを添加して、塗膜保護剤を得た。
【0066】
3.塗膜保護膜の形成
リン酸亜鉛処理した厚み0.8mm、70mm×150mmのダル鋼板に、カチオン電着塗料(商品名「パワートップU600M」、日本ペイント社製カチオン型電着塗料)を、乾燥膜厚が20μmとなるように電着塗装した後、160℃で30分間焼き付けた。
その後、ポリロタキサン含有下塗りを30μm塗装し、140℃で30分間焼き付けた。
次に、エナメルを30μm塗装し、140℃で30分間焼き付けた。
得られた積層塗膜上に、工程2で得た塗膜保護剤をスプレーで塗布した後、60℃で30分間焼き付け、塗膜保護膜を形成した。
【0067】
(実施例2〜11、比較例1〜3)
表1に示す仕様とした以外は、実施例1と同様の操作を繰返して、塗膜保護膜を形成した。
【0068】
得られた塗膜保護膜について、以下の(1)〜(4)の評価を行った。
【0069】
(1)耐酸性
1%の硫酸を塗膜保護剤上に2mL滴下し、40℃の恒温槽に24時間放置した。その後、塗膜保護剤を剥がし、塗膜表面の外観を目視評価した。
〇:異常なし
△:若干のしみ有り
×:明らかなしみ有り
【0070】
(2)耐鳥糞性
10%のアルブミン水溶液を塗膜保護剤上に2mL滴下し、40℃の恒温槽に24時間放置した。その後、塗膜保護剤を剥がし、塗膜表面の外観を目視評価した。
〇:異常なし
△:若干のしみ有り
×:明らかなしみ有り
【0071】
(3)耐擦傷性
磨耗試験機の摺動子にダストネル(摩擦布)を両面テープで貼り付け、0.22g/cmの荷重下、塗膜保護膜上を50回往復させ、傷の有無を評価した。
○:20%超
△:7〜20%
×:7%未満
【0072】
(4)耐付着性
塗膜保護剤を塗布した試験片を、日産自動車(株)の屋上に3ヶ月暴露し、剥がれの程度を目視評価した。
〇:剥がれなし
△:端面が少し剥がれている
×:殆どが剥がれている
【0073】
【表1】

【0074】
表1の結果から明らかなように、本発明に従う実施例1〜8の塗膜保護剤としての機能を示している。
また、実施例9のように、直鎖状分子の分子量が1000未満では、耐擦傷性が低下することがわかる。更に、実施例10のように、70000超では、耐鳥糞性、耐付着性が低下することがわかる。
更に、実施例11のように、親水性ポリロタキサンの塗料への添加量が90%超では、耐酸性、耐鳥糞性、耐付着性が低下することがわかる。
【0075】
一方、比較例1〜3のように、親水性ポリロタキサンを添加しないときは、耐擦傷性の効果が得られず、塗膜保護膜として機能しないことがわかる。
【0076】
以上のように、本発明に従えば、特に規定された狭い塗布条件に限定されることなく通常の塗布と同様の作業性で、目的の酸性雨や鳥糞等の大気降下物からの塗膜保護が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】親水性修飾ポリロタキサンを概念的に示す模式図である。
【図2】架橋ポリロタキサンを概念的に示す模式図である。
【図3】本発明の塗膜保護膜の構造例を示す概略断面図である。
【符号の説明】
【0078】
1 架橋ポリロタキサン
3、3’ポリマー
5 親水性修飾ポリロタキサン
6 直鎖状分子
7 環状分子(シクロデキストリン)
7a 親水性修飾基
8 封鎖基
9 架橋点
10 下塗り塗膜
11 エナメル塗膜
12 塗膜保護膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状分子と、この環状分子を串刺し状に包接する直鎖状分子と、この直鎖状分子の両末端に配置され上記環状分子の脱離を防止する封鎖基とを有し、該直鎖状分子及び/又は該環状分子が親水性の修飾基を有する親水性ポリロタキサンから成ることを特徴とする硬化型水系塗膜保護膜用組成物。
【請求項2】
上記環状分子が水酸基を有し、該水酸基の全部又は一部を親水性の修飾基で修飾したことを特徴とする請求項1に記載の硬化型水系塗膜保護用組成物。
【請求項3】
上記環状分子の水酸基が修飾され得る最大数を1とするとき、環状分子の親水性修飾基による修飾度が0.1以上であること特徴とする請求項2に記載の硬化型水系塗膜保護用組成物。
【請求項4】
上記環状分子の包接量は、上記直鎖状分子が環状分子を包接する最大量である最大包接量を1とすると、0.06〜0.61であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の硬化型水系塗膜保護膜用組成物。
【請求項5】
上記直鎖状分子の分子量が1,000〜60,000であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載の硬化型水系塗膜保護膜用組成物。
【請求項6】
上記環状分子が、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン及びγ−シクロデキストリンから成る群より選ばれた少なくとも1種のシクロデキストリンであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載の硬化型水系塗膜保護膜用組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1つの項に記載の硬化型水系塗膜保護用組成物を含有することを特徴とする硬化型水系塗膜保護剤。
【請求項8】
塗膜形成成分に対する上記硬化型水系塗膜保護用組成物の含有量が質量比で50〜90%であることを特徴とする請求項7に記載の硬化型水系塗膜保護剤。
【請求項9】
請求項8又は9に記載の硬化型水系塗膜保護剤を固化して成ることを特徴とする水系塗膜保護膜。
【請求項10】
膜厚が100〜1000μmであることを特徴とする請求項9に記載の水系塗膜保護膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−106867(P2007−106867A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−298574(P2005−298574)
【出願日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】