説明

磁場源推定装置

【課題】磁場源数を予め指定することなく、高い時間分解能で磁場源を推定する。
【解決手段】所定の観測位置において観測された脳の磁場である観測磁場を取得する取得部201と、N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置する配置部202と、配置部202によりN個の電流双極子が配置された脳モデルデータの観測位置と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出する計算磁場算出部203と、観測磁場と、計算磁場との差を評価する評価値を算出する評価値算出部204と、評価値算出部204で算出される評価値の、Nの増加前後の変化値が第1の閾値未満となるまでNを増加させ、変化値が第1の閾値未満となった時点において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子にそれぞれ対応するN個の磁場源を特定する磁場源数増加部205とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳内の磁場源を推定する磁場源推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
脳磁図分析は脳機能イメージング技術の一つであり、脳の活動部位の決定を目的とする技術である(例えば、非特許文献1参照)。脳が活動すると局所的な微小電流が脳内に生じ、その微小電流によって磁場(脳磁場)が誘発される。観測面における脳磁場の等高線図を脳磁図と呼ぶ。脳磁図分析では超伝導量子干渉計(SQUID)によって観測された脳磁場を用いて磁場源の探索を行う。ここで、磁場とは、磁束密度のことを指す。
【0003】
分析に磁場を用いる脳磁図分析は、脳波を用いる脳電図分析と比べて時空間分解能が高いという特徴がある。SQUIDによると、脳磁場は非侵襲で測定することができる。このため、生体に対するリスクが少ない。脳磁図分析は大脳生理学等の基礎研究や脳神経外科・内科等の医療に活用されている。
【0004】
一方、脳磁図分析では、解の一意性が無いという問題がある。そのため解、すなわち磁場源の推定結果に対して、なんらかの制限を与える必要がある。一般的には磁場源を有限個の電流双極子で近似する双極子仮説が適用され、解の探索が行われる。ここで、電流双極子とは微小電流の広がりを0とした極限であり、数学的にはデルタ関数とベクトルとの積によって表現される。
【0005】
双極子仮説に基づく脳磁図分析において、一般的に磁場源の個数は未知である。しかしながら、磁場源の推定を行う前に客観的に磁場源の個数を求めるのは困難である。このため、従来の一般的な手法では先験的知識や脳磁図の視診によって双極子数(磁場源数と双極子数とは同じ数である。)を予め指定した上で、磁場源の推定を行う。この手法では分析に主観が入り込む問題があり、複雑かつ未知の脳磁図データについてはそもそも扱うことができない。これに対して、時系列の脳磁図データを用いて客観的に磁場源数を定める手法が知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】鈴木貴,脳磁図分析,「数学の楽しみ」,pp88〜103,日本評論社,東京,2007.
【非特許文献2】Mosher,J.C., Leahy, R.M.,“Recursive MUSIC: a framework for EEG and MEG source localization”,IEEE Trans. Biomed. Eng. 45(1998)1342−1354.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2に記載されている手法では、ある一時刻の磁場源を推定するために、複数の時刻における脳磁図データが必要とされる。このため、脳磁図分析における時間分解能の高さを活かすことができないという問題がある。
【0008】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、磁場源数を予め指定することなく、高い時間分解能で磁場源を推定することができる磁場源推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明のある局面に係る磁場源推定装置は、生体の脳内の磁場源を推定する磁場源推定装置であって、所定の観測位置において観測された脳の磁場である観測磁場を取得する取得部と、N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置する配置部と、前記配置部により前記N個の電流双極子が配置された前記脳モデルデータの前記観測位置と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出する計算磁場算出部と、前記取得部で取得された前記観測磁場と、前記計算磁場算出部で算出された前記計算磁場との差を評価する評価値を算出する評価値算出部と、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、前記Nの増加前後の変化値が第1の閾値未満となるまで前記Nを増加させ、前記変化値が前記第1の閾値未満となった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子にそれぞれ対応する前記N個の磁場源を特定する磁場源数増加部とを備える。
【0010】
この構成によると、磁場源数を徐々に増加させることにより、磁場源数を推定している。このため、磁場源数を予め指定することなく、高い時間分解能で磁場源を推定することができる。
【0011】
また、観測磁場と計算磁場との差を評価する評価値の変化値に基づいて、磁場源を特定している。評価値は、磁場に存在するノイズの大きさによる影響を受けやすいため、評価値そのものを用いて磁場源の推定を行うのが困難である。しかし、評価値の変化値は、ノイズの影響を受けにくく、磁場源数が大きくなるにつれ、一定の値以下となる性質がある。このため、この性質を利用することにより、ノイズを含む観測磁場においても、正確に磁場源を推定することができる。
【0012】
好ましくは、上述の磁場源推定装置は、さらに、前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子の中から、前記計算磁場に与える削除の影響が最も少ない電流双極子を削除候補として選択する選択部と、前記磁場源数増加部で最終的に特定された前記N個の電流双極子の中から、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、前記Nの減少前後の変化値が第2の閾値よりも大きくなるまで、前記選択部で選択された削除候補の前記電流双極子を削除することにより前記Nを減少させ、前記変化値が前記第2の閾値よりも大きくなった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子にそれぞれ対応する前記N個の磁場源を特定する磁場源数減少部とを備える。
【0013】
この構成によると、一旦増加させた磁場源数を、減少させ、正確な磁場源数を推定している。これにより、磁場源数を大きく増加させすぎた場合であっても、正確な磁場源を推定することができる。
【0014】
さらに好ましくは、前記選択部は、前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子の中から、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、削除前後の変化値が最も小さい電流双極子を削除候補として選択する。
【0015】
このような削除候補を選択することにより、急激に計算磁場が変化することを防ぐことができ、安定した磁場源数の削除を行うことができる。
【0016】
さらに好ましくは、前記磁場源数減少部は、さらに、前記選択部で選択された削除候補の前記電流双極子を削除した後に、前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のすべてのモーメントの大きさが第3の閾値以下となる場合にのみ、前記選択部で選択された削除候補の前記電流双極子を削除することにより前記Nを減少させる。
【0017】
これにより、削除候補の電流双極子の電流双極子のモーメントの中に異常な大きさのモーメントがない場合にのみ、削除候補の電流双極子を削除することができる。
【0018】
さらに好ましくは、前記磁場源数増加部は、さらに、前記変化値が前記第1の閾値未満となった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のいずれかのモーメントの大きさが第4の閾値よりも大きい場合には、前記Nを増加させる。
【0019】
これにより、現在の電流双極子のモーメントの中に異常な大きさのモーメントがない場合にのみ、電流双極子の数を増加させることができる。
【0020】
さらに好ましくは、上述の磁場源推定装置は、さらに、前記配置部において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のうち、互いの距離が所定の距離以下となる複数の電流双極子を結合する結合部を備える。
【0021】
近距離に位置する電流双極子同士を結合することにより、異常に大きなモーメントを有する電流双極子を減少させることが可能となる。
【0022】
さらに好ましくは、上述の磁場源推定装置は、さらに、前記配置部において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のうち、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、削除前後の変化値が所定の変化値閾値未満となる電流双極子を削除する削除部を備える。
【0023】
このような双極子を削除することにより、計算磁場に対する影響度の小さい双極子モーメントを削除することができる。
【0024】
なお、本発明は、このような特徴的な処理部を備える磁場源推定装置として実現することができるだけでなく、磁場源推定装置に含まれる特徴的な処理部をステップとする磁場源推定方法として実現することができる。また、磁場源推定方法に含まれる特徴的なステップをコンピュータに実行させるプログラムとして実現することもできる。そして、そのようなプログラムを、CD−ROM(Compact Disc−Read Only Memory)等のコンピュータ読取可能な記録媒体やインターネット等の通信ネットワークを介して流通させることができるのは、言うまでもない。
【発明の効果】
【0025】
本発明によると、磁場源数を予め指定することなく、高い時間分解能で磁場源を推定することができる磁場源推定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】脳磁図の一例を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る磁場源推定装置の構成を示すブロック図である。
【図3】磁場源推定装置が実行する処理のフローチャートである。
【図4】磁場源数増加処理(図3のS1)の詳細なフローチャートである。
【図5】磁場源数減少処理(図3のS2)の詳細なフローチャートである。
【図6A】脳モデルデータに配置された10個の電流双極子を矢印で示した脳磁図である。
【図6B】脳モデルデータに配置された10個の電流双極子を矢印で示した脳磁図である。
【図7A】磁場源の推定に成功した際の脳磁図の例である。
【図7B】磁場源の推定に成功した際の脳磁図の例である。
【図8A】磁場源の推定に成功した際の脳磁図の例である。
【図8B】磁場源の推定に成功した際の脳磁図の例である。
【図9A】50%のノイズを加えた場合の脳磁図の例である。
【図9B】50%のノイズを加えた場合の脳磁図の例である。
【図10A】図9A及び図9Bに示す脳磁図から磁場源を推定した結果の一例を示す図である。
【図10B】図9A及び図9Bに示す脳磁図から磁場源を推定した結果の一例を示す図である。
【図11A】聴性誘発磁場の実データに対して実験を行った結果の脳磁図の例である。
【図11B】聴性誘発磁場の実データに対して実験を行った結果の脳磁図の例である。
【図12】磁場源推定装置の外観図である。
【図13】磁場源推定装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態に係る磁場源推定装置について説明する。
磁場源推定装置を説明するにあたり、脳磁図について説明する。図1は、脳磁図の一例を示す図である。
【0028】
図1に示す脳磁図では、観測面を3次元的な半球で表している。脳の表面(実際には、頭皮)に、磁場の観測位置101が予め定められている。また、矢印で磁場源の電流双極子102を表している。また、今回、数値実験で用いた球形の脳モデルデータに対して、公知のSarvasの式を用いて磁場を計算した際の磁場の湧出位置103と磁場の流入位置104とを濃い色で示している。なお、磁場源が複数存在する場合には、計算結果の磁場は、それぞれの磁場源によって生じる磁場が観測位置ごとに加算されたものとなる。また、脳磁図には、磁場の等高線105も示されている。
【0029】
図2は、本発明の実施の形態に係る磁場源推定装置の構成を示すブロック図である。
磁場源推定装置200は、脳内の磁場源を推定する装置であって、取得部201と、配置部202と、計算磁場算出部203と、評価値算出部204と、磁場源数増加部205と、選択部206と、磁場源数減少部207と、結合部208と、削除部209とを含む。
【0030】
取得部201は、所定の観測位置101において観測された脳の磁場である観測磁場を取得する。
【0031】
配置部202は、N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置する。
【0032】
計算磁場算出部203は、配置部202によりN個の電流双極子が配置された脳モデルデータの観測位置101と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出する。
【0033】
評価値算出部204は、取得部201で取得された観測磁場と、計算磁場算出部203で算出された計算磁場との差を評価する評価値を算出する。評価値の一例としては、後述する観測磁場と計算磁場との二乗誤差が用いられる。
【0034】
磁場源数増加部205は、評価値算出部204で算出される評価値の、Nの増加前後の変化値が第1の閾値未満となるまでNを増加させ、変化値が第1の閾値未満となった時点において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子にそれぞれ対応するN個の磁場源を特定する。
【0035】
選択部206は、脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子の中から、計算磁場に与える削除の影響が最も少ない電流双極子を削除候補として選択する。
【0036】
磁場源数減少部207は、磁場源数増加部205で最終的に特定されたN個の電流双極子の中から、評価値算出部204で算出される評価値の、Nの減少前後の変化値が第2の閾値よりも大きくなるまで、選択部206で選択された削除候補の電流双極子を削除することによりNを減少させ、変化値が第2の閾値よりも大きくなった時点において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子にそれぞれ対応するN個の磁場源を特定する。
【0037】
結合部208は、配置部202において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子のうち、互いの距離が所定の距離以下となる複数の電流双極子を結合する。
【0038】
削除部209は、配置部202において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子のうち、評価値算出部204で算出される評価値の、削除前後の変化値が所定の変化値閾値未満となる電流双極子を削除する。
【0039】
磁場源推定装置200は、双極子仮説に基づいて、脳磁図を分析することにより磁場源を推定する。磁場源推定装置200によると、時系列の脳磁図データを用いることなく、時間ステップごとに磁場源を推定することが可能である。また、磁場源推定装置200によると、磁場源数を予め指定することなく磁場源を推定することができる。
【0040】
磁場源推定装置200は、磁場源に対応する電流双極子(以下、単に「双極子」とも言う。)の数を自動的に変更し、各双極子数に対して、最小二乗法による双極子の推定を行うことにより、推定結果として最も妥当な双極子数と双極子の位置及びモーメントとを推定する。すなわち、双極子数の変更とその双極子数に対する最小二乗法とが交互に行われることになる。一連の流れは単一時間ステップごとに行われる。なお、最小二乗法に関しては既存の技術を用いる。このため、その詳細な説明は省略する。
【0041】
図3は、磁場源推定装置200が実行する処理のフローチャートである。
磁場源推定装置200は、双極子数を増加させながら最適な双極子数と双極子の位置及びモーメントとを推定する(S1)。磁場源推定の開始時には双極子数は未知である。そこで、まず双極子数の初期値を1として順に双極子数を増加させていくことにより、観測磁場を十分に表現できる双極子数を求める。
【0042】
磁場源推定装置200は、磁場源数増加処理(S1)で求められた双極子数を減少させながら、最適な双極子数と双極子の位置及びモーメントとを推定する(S2)。
【0043】
磁場源数増加処理(S1)及び磁場源数減少処理(S2)の詳細について以下に説明する。
【0044】
図4は、磁場源数増加処理(図3のS1)の詳細なフローチャートである。
配置部202は、N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置する(S10)。電流双極子は、双極子数Nごとに独立かつランダムに配置される。その際、できるだけ後述する最小二乗法で求められる二乗誤差が局所最小値に陥ることを防ぐために、配置部202は、ランダムに電流双極子の配置を複数回行い、その中で、二乗誤差(後述するGoF)が最も小さくなる電流双極子の配置を、N個の電流双極子の初期位置として決定する。なお、Nの初期値は1である。
【0045】
取得部201は、所定の観測位置101において観測された磁場である観測磁場を、SQUIDより取得する(S11)。
【0046】
配置部202、計算磁場算出部203及び評価値算出部204は、最小二乗法を用いて、取得部201で取得された観測磁場を十分に表現することができる電流双極子の配置を決定する(S12)。
【0047】
具体的には、計算磁場算出部203が、S10の処理で、配置部202によりN個の電流双極子が配置された脳モデルデータの観測位置101と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出する。算出の方法は本願の主眼ではなく、公知の技術を用いることができる。このため、その詳細な説明はここでは繰り返さない。
【0048】
次に、評価値算出部204は、取得部201で取得された観測磁場と計算磁場算出部203により算出された計算磁場との差を評価する評価値を算出する。評価値として、Goodness of Fit(GoF)と呼ばれる二乗誤差の大きさを表す指標が求められる。GoFは、次式(1)により算出されるものであり、磁場の大きさに依らずに、直感的な二乗誤差の大きさを示すことができる。
【0049】
【数1】

【0050】
つまり、観測磁場と計算磁場との二乗誤差が0であれば(すなわち観測磁場と計算磁場の間に誤差が無ければ)、GoFの値は1となり、二乗誤差が大きくなればなるほど小さい値となる(負値も取りうる。)。
【0051】
双極子数を固定して考えると、磁場源の推定は観測磁場と計算磁場の差の二乗和(二乗誤差)が最小となる電流双極子のパラメータ(位置とモーメント)を求める最小二乗法に他ならない。ただし、計算磁場は、一般に非線形なデータである。このため、容易に二乗誤差を最小とするパラメータを求めることができない。そこで、配置部202がパラメータに対する微小な摂動を行い、計算磁場算出部203が、摂動後の電流双極子に基づいて計算磁場を算出する。評価値算出部204は、摂動後の電流双極子に対するGoFを計算し、GoFが大きくなればその摂動を採択し、大きくならなければ、配置部202が摂動し直すという作業を十分な回数繰り返す。これにより、二乗誤差が最小となるパラメータを探索する。
【0052】
ところで磁場を求める計算式は電流双極子のモーメントに限っては線形である。すなわち電流双極子の位置を固定して考えると、二乗誤差が最小となるモーメントは行列を使った最小二乗法を適用することにより容易に求められる。そこで、パラメータとして位置も含めた最小二乗法においては、位置のみの摂動を考え、モーメントについては位置の摂動が行われる毎に最適なものを行列を用いて求めることにする。
【0053】
S12の処理の後、結合部208は、配置部202において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子のうち、互いの距離が所定の距離以下となり、かつ、評価値算出部204で算出されるGoFの、結合後から結合前への変化値が所定の結合閾値未満となる複数の電流双極子が存在するか否かを判断する(S13)。つまり、結合部208は、例えば、脳モデルの半径を110とした場合に、電流双極子間の距離が30以下となる複数の電流双極子を選択する。次に、計算磁場算出部203が、選択された複数の電流双極子を仮に結合した場合の計算磁場を算出し、評価値算出部204がGoFを算出する。結合部208は、結合後から結合前へのGoFの変化値が、所定の結合閾値未満となる複数の電流双極子が存在するか否かを判断する。なお、結合閾値は、後述するS17の処理で用いられる閾値Th1と同じであってもよい。
【0054】
結合することによりGoFの変化値が所定の結合閾値未満となる複数の電流双極子が存在する場合には(S13でYES)、結合部208は、それら複数の電流双極子を結合し(S14)、S12の処理に戻る。近距離に位置する電流双極子同士を結合することにより、異常に大きなモーメントを有する電流双極子を減少させることが可能となる。
【0055】
結合すべき電流双極子がなくなると(S13でNO)、削除部209は、配置部202において脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子のうち、評価値算出部204で算出される評価値の、削除後から削除前への変化値の最小値が所定の変化値閾値未満となる電流双極子が存在するか否かを判断する(S15)。つまり、削除部209は、電流双極子の削除とモーメントの最適化とをすべての電流双極子に対して試みる。より具体的には、削除部209は、配置部202に電流双極子の削除を仮に指示する。計算磁場算出部203は、電流双極子が削除されたときの計算磁場を算出し、評価値算出部204が、電流双極子を削除した場合にGoFが最大となるモーメントを求める。削除部209は、削除後から削除前へのGoFの変化値が最小の電流双極子を選択し、変化値の最小値が所定の変化値閾値未満となるか否かを判断する。なお、変化値閾値は、後述するS17の処理で用いられる閾値Th1と同じであってもよい。なお、ここでは変化値が最小の電流双極子を削除対象としたが、変化値が所定の変化値閾値未満となっていれば、削除対象とするようにしてもよい。
【0056】
S15の基準を満たす電流双極子が存在する場合には(S15でYES)、削除部209は、その電流双極子を削除し(S16)、S12の処理に戻る。このような電流双極子を削除することにより、計算磁場に対する影響度の小さい双極子モーメントを削除することができる。
【0057】
S15の基準を満たす電流双極子が存在しない場合には(S15でNO)、磁場源数増加部205は、現在の双極子数Nの電流双極子の配置におけるGoFから、1つ前のS10〜S19の処理の繰り返しでの電流双極子の配置におけるGoFを引いた値をGoFの変化値として算出する。磁場源数増加部205は、算出した変化値が所定の閾値Th1未満か否かを判断する(S17)。
【0058】
算出した変化値が所定の閾値Th1以上の場合には(S17でNO)、双極子数Nを増加させることにより、計算磁場による観測磁場の表現の改善が見込まれると判断し、磁場源数増加部205は、双極子数Nを1つ増加させる(S19)。その後、S10以降の処理が繰り返される。なお、Nが1の場合には、GoFの変化値を算出することができないため、この場合にも、双極子数Nを1つ増加させ、S10以降の処理を繰り返すものとする。
【0059】
算出した変化値が所定の閾値Th1未満の場合には(S17でYES)、現在の双極子数Nで観測磁場を十分に表現できていると判断することができる。このため、磁場源数増加部205は、さらに、現在の電流双極子のモーメントの中に異常な大きさのモーメントがないか否かを確かめる。脳磁図分析では生体誘発磁場を取り扱うので、モーメントの大きさが生体に生じる電流として想定されるものに対して大きすぎると推定結果として妥当ではない。そこで、GoFによる判断に加えて、各双極子のモーメントが予め定めたモーメントの大きさの最大値を超えないことを条件として、推定結果が妥当であるか否かの判断を行う。
【0060】
具体的には、磁場源数増加部205は、脳モデルデータに配置された全ての電流双極子のモーメントの大きさが所定の閾値Th4未満か否かを判断する(S18)。すべてのモーメントの大きさが所定の閾値Th4未満の場合には(S18でYES)、すべてのモーメントの大きさが正常値であると判断し、処理を終了する。所定の閾値Th4とは、例えば、生体の電流双極子のモーメントがとり得る値の2倍である。このときの双極子数Nが、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)により決定された双極子数である。
【0061】
一方、モーメントの大きさが所定の閾値Th4以上となる電流双極子が存在する場合には(S18でNO)、現在の双極子数Nでは観測磁場を十分に表現し切れていないと判断し、双極子数Nを1つ増加させた後(S19)、S10以降の処理を繰り返し実行する。
【0062】
以上説明したように、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)においては、双極子数が増加すると観測磁場の説明変数が増加する。このため、計算磁場による観測磁場の表現は次第によくなり二乗誤差は小さくなる。すなわちGoFは双極子数の増加と共に大きくなり、下から1へと近づいていく。
【0063】
観測磁場はノイズを含むため基本的に二乗誤差が0となることはなく、磁場源の推定結果としては妥当であってもGoFは1より小さい値となる。さらに、観測磁場に対するノイズが大きくなるに従い、妥当な推定結果に対するGoFは小さくなっていくことになる。そのため単純にGoFに閾値を設けてその値以上となった双極子数で妥当と判断する方法を採用すると、ノイズが想定より大きかった場合に妥当な推定結果がその閾値を満足できずに推定に失敗することになる。
【0064】
このため、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)においては、双極子数の変化に応じたGoFの変化に着目し、1つ前のS10〜S19の処理の繰り返しでの双極子数に対するGoFと現在の双極子数に対するGoFとの差に対して、閾値を設けた。最小二乗法は、推定パラメータよりも観測パラメータの方が多い過剰決定系で用いられる手法であり、磁場源推定装置200が実行する処理もそれに則ったものであるが、観測磁場を十分に表現できる双極子数に対しては、本質的には不足決定系に近い状況となる。そのため二乗誤差ならびにGoFは観測磁場を十分に表現できる双極子数以上では、それ以前と比べてほとんど変化しない特徴がある。そこで、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)においては、GoFの増分が一定値より小さくなった時点で観測磁場を十分に表現できていると判断している。
【0065】
次に、磁場源数減少処理(図3のS2)の詳細について説明する。
磁場源数増加処理(図3のS1、図4)では観測磁場を十分に表現することのできる双極子数を求めることができるが、その双極子数が推定結果として最も適当であるとは限らずもっと少ない電流双極子で観測磁場を表現できる可能性もある。これは磁場源数増加処理(図3のS1、図4)における二乗誤差の初期位置決定のランダム試行に限度があるためである。
【0066】
磁場源数減少処理(図3のS2)では、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)で決定された双極子数は、最も妥当な双極子数と等しいかそれより多い双極子数であることを想定している。このため、磁場源減少処理を実行することにより、磁場源数を大きく増加させすぎた場合であっても、正確な磁場源を推定することができる。
【0067】
図5は、磁場源数減少処理(図3のS2)の詳細なフローチャートである。
選択部206は、脳モデルデータに配置されたN個の電流双極子の中から、計算磁場に与える削除の影響が最も少ない電流双極子を削除候補として選択する(S20)。つまり、選択部206は、削除した際に、GoFの減少が最も小さい電流双極子を削除候補として選択する。この際、選択部206は、電流双極子の削除後の計算磁場の算出を計算磁場算出部203に指示するとともに、GoFの変化値の算出を評価値算出部204に指示する。このように削除候補を選択することにより、急激に計算磁場が変化することを防ぐことができ、安定した磁場源数の削除を行うことができる。
【0068】
取得部201は、所定の観測位置101において観測された磁場である観測磁場を、SQUIDより取得する(S21)。
【0069】
配置部202、計算磁場算出部203及び評価値算出部204は、最小二乗法を用いて、取得部201で取得された観測磁場を十分に表現することができる電流双極子の配置を決定する(S22)。この処理は、図4のS12の処理と同様である。このため、その詳細な説明はここでは繰り返さない。
【0070】
S22の処理の後、電流双極子の結合の判定処理(S23)、電流双極子の結合処理(S24)、電流双極子の削除の判定処理(S25)及び電流双極子の削除処理(S26)を実行する。これらの処理は、図4を用いて説明した電流双極子の結合の判定処理(S13)、電流双極子の結合処理(S14)、電流双極子の削除の判定処理(S15)及び電流双極子の削除処理(S16)とそれぞれ同様である。このため、その詳細な説明はここでは繰り返さない。
【0071】
S15の基準を満たす電流双極子が存在しない場合には(S25でNO)、磁場源数減少部207は、1つ前のS20〜S29の処理の繰り返しでの電流双極子の配置におけるGoFから、現在の双極子数Nの電流双極子の配置におけるGoFを引いた値をGoFの変化値として算出する。磁場源数減少部207は、算出した変化値が所定の閾値Th2未満か否かを判断する(S27)。
【0072】
算出した変化値が所定の閾値Th2以上の場合には(S27でNO)、双極子数Nを減少させたとしても、計算磁場による観測磁場の表現の改善が見込まれないと判断し、処理を終了する。このため、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)においては、1つ前のS20〜S29の処理の繰り返しにおける双極子数を、最終的な双極子数であると決定する。
【0073】
算出した変化値が所定の閾値Th2未満の場合には(S27でYES)、双極子数Nを減少させることにより、計算磁場による観測磁場の表現の改善が見込まれると判断することができる。このため、磁場源数減少部207は、さらに、削除候補の電流双極子削除後の電流双極子のモーメントの中に異常な大きさのモーメントがないか否かを確かめる。脳磁図分析では生体誘発磁場を取り扱うので、モーメントの大きさが生体に生じる電流として想定されるものに対して大きすぎると推定結果として妥当ではない。そこで、GoFによる判断に加えて、各双極子のモーメントが予め定めたモーメントの大きさの最大値を超えないことを条件として、推定結果が妥当であるか否かの判断を行う。
【0074】
具体的には、磁場源数減少部207は、脳モデルデータに配置された電流双極子のうち、削除候補の電流双極子を除くすべての電流双極子のモーメントの大きさが所定の閾値Th3未満か否かを判断する(S28)。これらすべてのモーメントの大きさが所定の閾値Th3未満の場合には(S28でYES)、削除候補を削除した後のすべてのモーメントの大きさが正常値であると判断し、削除候補の電流双極子を削除する(S29)。その後、S20以降の処理が繰り返し実行される。ここで、所定の閾値Th3とは、例えば、生体の電流双極子のモーメントがとり得る値の2倍である。なお、閾値Th3は、上述の図4のS18の処理で用いた閾値Th4と同じ値であってもよい。
【0075】
一方、削除候補の電流双極子を除く電流双極子の中に、モーメントの大きさが所定の閾値Th3以上の電流双極子が存在する場合には(S28でNO)、削除候補の電流双極子を削除したとしても、異常な電流双極子が残ることになる。このため、追加の削除候補の電流双極子を選択しなおすために、S20以降の処理を繰り返す。
【0076】
なお、初回のS27の判断においては、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)で決定された電流双極子の配置におけるGoFから、現在の双極子数Nの電流双極子の配置におけるGoFを引いた値をGoFの変化値として例外的に用いる。
【0077】
以上説明したように、磁場源減少処理(図3のS2、図5)においては、最小二乗法によって得られる電流双極子を削除したと仮定した場合の磁場源推定結果が、妥当性の基準を満たすならば、その電流双極子の削除を採択し、再度別の電流双極子の削除を試みる。この操作を妥当性の基準が満たされなくなるまで実施することにより、基準を満たす磁場源推定結果のうち最も双極子数の小さい推定結果を得ることができる。
【0078】
なお妥当性の基準には、磁場源数増加処理(図3のS1、図4)と同様、GoFの変化値と電流双極子のモーメントの大きさとが用いられる。その際、磁場源数減少処理(図3のS2)は、双極子数が減少していくプロセスである。このため、GoFの減少量(GoFの変化値)が閾値Th2以上となった時点で、磁場源推定結果が妥当でなくなったと判断される。モーメントの大きさについても閾値Th3以上となることをもって、磁場源推定結果が妥当でなくなったと判断する。
【0079】
次に、磁場源の推定実験の結果について説明する。
以下の説明では、何らかの磁場源を想定して磁場を計算し、必要に応じてノイズを加えたデータを観測磁場として扱い、観測磁場に対する分析を行う。このことを数値実験と言う。数値実験では正しい磁場源を知ることができるため、性能を調査する上では欠かせない。その上でSQUIDを用いて実際に観測を行って得た観測磁場を実データとし実データに対する分析を行う。
【0080】
ここでは磁場源推定装置による磁場源推定方法の性能を調査し、従来の磁場源推定方法
に対する優位性を確認する。また、ノイズが本実施の形態に係る磁場源推定装置を用いた磁場源推定に及ぼす影響についても調査し、推定結果の妥当性判断にGoFの変化値を用いることの意味と、磁場源数を推定前に定めないことの有用性とを再確認する。また、本実施の形態に係る磁場源推定装置による磁場源推定に要する時間についてまとめる。さらに、実データに対して本実施の形態に係る磁場源推定装置による磁場源推定を行った実験結果について説明する。
【0081】
<磁場源推定>
まず、本実施の形態に係る磁場源推定装置を用いて、磁場源の推定実験を行う。磁場の観測面からの距離が等しい10個の電流双極子をほぼ等間隔に配置し、その電流双極子から計算される磁場を観測磁場として扱う。分析では電流双極子の個数を未知とし、先述の通り、磁場源数増加処理の初期双極子数を1として磁場源推定を行う。
【0082】
なお、MUSICのような、従来の磁場源推定方法の分析結果として挙げられている電流双極子の個数は5個程度までであり、10個の電流双極子の推定が可能になることは大きな進歩である。
【0083】
まず計算磁場にノイズを加えない場合の推定結果を以下に示す。
図6A及び図6Bは、脳モデルデータに配置された10個の電流双極子102を矢印で示した脳磁図である。また、今回、数値実験で用いた球形の脳モデルデータに対して、公知のSarvasの式を用いて磁場を計算した際の磁場の湧出位置103と磁場の流入位置104とを濃い色で示している。また、図6Aは、脳を斜めから、図6Bは、脳を真上から見た脳磁図である。
【0084】
磁場源の推定実験は10回行った。その結果、10回中5回推定に成功し、想定した電流双極子とまったく同じ電流双極子を推定することができた。図7A及び図7Bは、磁場源の推定に成功した際の脳磁図の例である。図の見方は、図6A及び図6Bに示した脳磁図と同じである。なお、双極子数、電流双極子の位置及びモーメントが想定していたものと同じ場合に、推定に成功したと判断する。なお、電流双極子の位置及びモーメントについては、若干の誤差は認めるものとする。
【0085】
ノイズの無い観測磁場に対して推定が成功する場合と失敗する場合があるのは、磁場源推定方法の処理内部に乱数が用いられているためである。例えば、電流双極子配置処理(S10)では、電流双極子がランダムに配置されるが、この際、乱数が用いられる。
【0086】
次に、同じ磁場源による計算磁場にノイズを加えたものを観測磁場とした数値実験を行った。ノイズはガウシアンノイズとし、観測磁場として扱う計算磁場に、観測位置毎に独立にノイズを加える。最大観測磁場に対する、ガウシアンノイズの標準偏差の割合によって、ノイズの大きさを定める。ここでは割合が5%のノイズを考え、ノイズを変化させて先程と同様に10回の推定実験を行った。その結果、10回中5回推定に成功した。図8A及び図8Bは、磁場源の推定に成功した際の脳磁図の例である。図の見方は、図6A及び図6Bに示した脳磁図と同じである。与えたノイズの影響により、図7A及び図7Bに示した脳磁図と比べ、電流双極子に変化が見られ、推定された電流双極子の位置及び大きさに若干の誤差が生じている。
【0087】
想定している双極子数が増加するに従って、推定が成功する確率は低くなる。しかし、今回の数値実験から10個の電流双極子に対しても50%の推定成功が見込まれ、磁場源推定装置としての性能を十分に有することが確認できる。
【0088】
<ノイズの大きさに依らない推定>
次に、推定結果の妥当性を判定する際にGoFの変化値を用いたことにより、どの程度ノイズの大きさに依らない推定が可能となったかを調べる。聴性誘発磁場(聴覚刺激に対する脳磁場)を想定した2個の電流双極子を磁場源として設定し、10%から50%のノイズに対して各100回ずつノイズを変化させて実験を行う。他のパラメータはすべて同一とする。双極子数、電流双極子の位置及びモーメントが想定したものと異なっている場合を推定失敗と位置づけ、その回数を数える。なお、位置及びモーメントについてはノイズによる若干の誤差は認めるものとする。表1は、ノイズの大きさ毎に、推定失敗の回数をまとめた表である。50%以下のノイズに対しては、ほぼロバストに磁場源の推定結果を得ることができることがわかる。
【0089】
【表1】

【0090】
GoFを見ると、ノイズの大きさが10%の場合は0.9から0.95程度、25%の場合では0.6から0.7程度、50%では0.25から0.45程度となっている。このことからノイズの大きさによってGoFの大きさがかなり異なり、さらにノイズが大きいと同じノイズの大きさでもGoFに大きな幅が存在することが分かる。すなわちGoFそのものに閾値を設けていてはノイズの変化に対応できないことになる。しかし、GoFの変化値は、ノイズの影響を受けにくく、磁場源数が大きくなるにつれ、一定の値以下となる性質がある。このため、GoFの変化値に対して閾値を設けることにより、ノイズを含む観測磁場においても、正確に磁場源を推定することができる。
【0091】
ここで、図9A及び図9Bに、50%のノイズを加えた場合の脳磁図の例を示し、図10A及び図10Bに、その脳磁図から磁場源を推定した結果の一例を示す。これらの図の見方は、図6A及び図6Bに示した脳磁図と同じである。図9A及び図9Bに示す脳磁図の視診では双極子数を推測することができないほどノイズの影響が大きい。しかし、図10A及び図10Bに示す脳磁図の推定結果から、想定した磁場源と同様の電流双極子を正しく推定できていることが分かる。すなわち双極子数を事前に定めないことの有用性が確認できる。
【0092】
なお、この結果は特に2個の電流双極子を推定するためにパラメータを設定したわけではない。参考のため、パラメータを変えずに3個の電流双極子を想定して行った同様の数値実験の結果を表2に示す。2個の電流双極子の場合と同様に高い確率で推定に成功していることが確認できる。
【0093】
【表2】

【0094】
<計算時間>
次に、磁場源推定装置による磁場源推定に要する時間について考察する。1個から5個の電流双極子を想定し、双極子数ごとに、10回ずつ数値実験を行って計算時間を計測した。結果は表3の通りである。なお、計算時間は10回の計測時間の平均値である。ここで、ノイズの大きさは5%とした。なお、実験に用いた計算機のCPUはIntel(登録商標) Xeon(登録商標) processor E5472である。双極子数が増加するに従い計算時間も増加する。この結果を別の複数磁場源推定アルゴリズムであるClustering(非特許文献1参照)と比べると、飛躍的に計算時間が短縮されている。
【0095】
【表3】

【0096】
<実データ分析>
聴性誘発磁場の実データに対して本実施の形態に係る磁場源推定装置による磁場源推定を行った結果を以下に示す。分析に用いた聴性誘発磁場の実データは健常者を被験者としたデータであり、左耳刺激トーンバーストで繰り返し100回の刺激を与え、加算平均を行ってノイズの削減を行ったものである。
【0097】
聴性誘発磁場では一般に、脳の左右半球に大きな反応が現れる。そのため双極子仮説に基づく一般的な脳磁図分析においては、脳の左右に1つずつ計2つの電流双極子を予め想定し、磁場源の推定を行う。しかしながら本実施の形態に係る磁場源推定装置による実データ分析では、先述の数値実験と同様に電流双極子の個数を未知とし、磁場源数増加処理の初期双極子数を1として磁場源の推定を行う。
【0098】
図11A及び図11Bは、刺激に対する初期応答の1時刻に対して磁場源の推定を行った際の脳磁図の例である。図11Aは、脳を斜めから、図11Bは、脳を真上から見た脳磁図である。図11Bにおいて右側が脳の前側にあたり、脳の左右に1つずつ計2つの電流双極子102が推定されていることが分かる。すなわち従来の磁場源推定方法で得られている分析結果が再現され、本実施の形態に係る磁場源推定装置による磁場源推定結果の信頼性が高いことが確認された。
【0099】
<実用性>
脳科学では単一の刺激に対しては基本的に単一双極子が推定されることが知られている。複数の刺激を同時に与えた場合の脳の挙動についてはそれぞれの刺激に対する活動の足し合わせになることが予想されるが、単純な足し合わせではなく全く別の複合的な活動が生じる可能性があるとも考えられる。さらに、刺激に対する初期応答以降の脳の活動には個人差があり、その活動のパターンには既知のパターンを当てはめることができない。このような未知の脳の活動に対し、磁場源数を予め定める必要がない本実施の形態に係る磁場源推定装置が解明に向けての道筋を示す可能性がある。
【0100】
また、本実施の形態に係る磁場源推定装置は、時系列の観測磁場に依存せずに、一時刻における観測磁場から最も妥当な双極子数を定めることができる。このため、脳磁図分析の高い時間分解能を生かしつつ、時系列で見た電流双極子の移動、結合、生成、消滅をイメージングすることができる。これは、磁場源数を固定したり、時系列の観測磁場を推定に利用したりする、従来の方法ではなし得なかったことである。
【0101】
さらに、本実施の形態に係る磁場源推定装置は、ノイズに対する高いロバスト性を持つ。刺激を被験者に与えて脳の活動を測定する場合には加算平均によってノイズを軽減できるが、てんかんスパイクのように観測者が脳の活動のタイミングを事前に知ることができない場合には加算平均によるノイズの削減を行うことができない。本実施の形態に係る磁場源推定装置のノイズに対するロバスト性は、ノイズの大きさが固定されたデータに対しても有効なことが示された。このため、観測者が刺激を与えるような実験についても、その刺激回数を減らすことができるため、被験者の負担を減らすことができるという利点がある。
【0102】
また、反復刺激と加算平均とを行う基礎研究では、リアルタイムで分析結果を表示する必要がない。このため、それほど高性能な計算機を導入する必要はない。また、本実施の形態に係る磁場源推定装置による処理のアルゴリズムは簡潔である。このため、アルゴリズムの実装が容易である。このため、脳磁図分析が行われている研究機関、又は医療機関での幅広いニーズが期待される。
【0103】
以上説明したように、本実施の形態に係る磁場源推定装置によると、磁場源数を徐々に増加及び減少を行うことにより、磁場源数を推定している。このため、磁場源数を予め指定することなく、高い時間分解能で磁場源を推定することができる。
【0104】
なお、パラメータの摂動を用いた非線形最小二乗法では局所最小の問題がある。すなわち解が局所的に二乗誤差の小さいパラメータに陥り、大域的に最小なパラメータに辿りつかない可能性がある。磁場源推定においてもそれは同様であるが、本実施の形態では、双極子数の変更に増加と減少とを取り入れたことにより、局所最小を避けることができる。
【0105】
なお、本実施の形態に係る磁場源推定装置で用いられる各種閾値は、いずれも実験的に求められるものである。
【0106】
なお、実施の形態で説明した磁場源推定装置は、コンピュータにより実現することが可能である。図12を参照して、磁場源推定装置200は、コンピュータ34と、コンピュータ34に指示を与えるためのキーボード36およびマウス38と、コンピュータ34により演算された結果等を表示するためのディスプレイ32とを含む。コンピュータ34が実行するプログラムを読取るためのCD−ROM(Compact Disc−Read Only Memory)装置40および通信モデム(図示せず)とを含む。
【0107】
磁場源推定処理のプログラムは、コンピュータ34で読取可能な記録媒体であるCD−ROMに記録され、CD−ROM装置40で読取られる。または、通信回線を介して通信モデムで読取られる。
【0108】
図13は、磁場源推定装置200のハードウェア構成を示すブロック図である。コンピュータ34は、CPU(Central Processing Unit)44と、ROM(Read Only Memory)46と、RAM(Random Access Memory)48と、ハードディスク50と、通信モデム52と、バス54とを含む。
【0109】
CPU44は、CD−ROM装置40または通信モデム52を介して読取られたプログラムを実行する。ROM46は、コンピュータ34の動作に必要なプログラムやデータを記憶する。RAM48は、プログラム実行時のパラメータなどのデータを記憶する。ハードディスク50は、プログラムやデータなどを記憶する。通信モデム52は、コンピュータネットワークを介して他のコンピュータとの通信を行なう。バス54は、CPU44、ROM46、RAM48、ハードディスク50、通信モデム52、ディスプレイ32、キーボード36、マウス38およびCD−ROM装置40を相互に接続する。
【0110】
以上、本発明の実施の形態に係る磁場源推定装置について説明したが、本発明は、この実施の形態に限定されるものではない。
【0111】
例えば、上記の磁場源推定装置を構成する構成要素の一部または全部は、1個のシステムLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)から構成されているとしても良い。システムLSIは、複数の構成部を1個のチップ上に集積して製造された超多機能LSIであり、具体的には、マイクロプロセッサ、ROM、RAMなどを含んで構成されるコンピュータシステムである。RAMには、コンピュータプログラムが記憶されている。マイクロプロセッサが、コンピュータプログラムに従って動作することにより、システムLSIは、その機能を達成する。
【0112】
さらにまた、上記の磁場源推定装置を構成する構成要素の一部または全部は、磁場源推定装置に脱着可能なICカードまたは単体のモジュールから構成されているとしても良い。ICカードまたはモジュールは、マイクロプロセッサ、ROM、RAMなどから構成されるコンピュータシステムである。ICカードまたはモジュールは、上記の超多機能LSIを含むとしても良い。マイクロプロセッサが、コンピュータプログラムに従って動作することにより、ICカードまたはモジュールは、その機能を達成する。このICカードまたはこのモジュールは、耐タンパ性を有するとしても良い。
【0113】
また、本発明は、上記に示す方法であるとしても良い。また、これらの方法をコンピュータにより実現するコンピュータプログラムであるとしても良いし、前記コンピュータプログラムからなるデジタル信号であるとしても良い。
【0114】
さらに、本発明は、上記コンピュータプログラムまたは上記デジタル信号をコンピュータ読取可能な記録媒体、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、CD−ROM、MO、DVD、DVD−ROM、DVD−RAM、BD(Blu−ray Disc(登録商標))、半導体メモリなどに記録したものとしても良い。また、これらの記録媒体に記録されている上記デジタル信号であるとしても良い。
【0115】
また、本発明は、上記コンピュータプログラムまたは上記デジタル信号を、電気通信回線、無線または有線通信回線、インターネットを代表とするネットワーク、データ放送等を経由して伝送するものとしても良い。
【0116】
また、上記プログラムまたは上記デジタル信号を上記記録媒体に記録して移送することにより、または上記プログラムまたは上記デジタル信号を上記ネットワーク等を経由して移送することにより、独立した他のコンピュータシステムにより実施するとしても良い。
【0117】
さらに、上記実施の形態及び上記変形例をそれぞれ組み合わせるとしても良い。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明は、脳磁図を用いて磁場源を推定する磁場源推定装置に適用できる。
【符号の説明】
【0119】
32 ディスプレイ
34 コンピュータ
36 キーボード
38 マウス
40 CD−ROM装置
50 ハードディスク
52 通信モデム
54 バス
101 観測位置
102 電流双極子
103 湧出位置
104 流入位置
105 等高線
200 磁場源推定装置
201 取得部
202 配置部
203 計算磁場算出部
204 評価値算出部
205 磁場源数増加部
206 選択部
207 磁場源数減少部
208 結合部
209 削除部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の脳内の磁場源を推定する磁場源推定装置であって、
所定の観測位置において観測された脳の磁場である観測磁場を取得する取得部と、
N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置する配置部と、
前記配置部により前記N個の電流双極子が配置された前記脳モデルデータの前記観測位置と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出する計算磁場算出部と、
前記取得部で取得された前記観測磁場と、前記計算磁場算出部で算出された前記計算磁場との差を評価する評価値を算出する評価値算出部と、
前記評価値算出部で算出される前記評価値の、前記Nの増加前後の変化値が第1の閾値未満となるまで前記Nを増加させ、前記変化値が前記第1の閾値未満となった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子にそれぞれ対応する前記N個の磁場源を特定する磁場源数増加部と
を備える磁場源推定装置。
【請求項2】
さらに、
前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子の中から、前記計算磁場に与える削除の影響が最も少ない電流双極子を削除候補として選択する選択部と、
前記磁場源数増加部で最終的に特定された前記N個の電流双極子の中から、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、前記Nの減少前後の変化値が第2の閾値よりも大きくなるまで、前記選択部で選択された削除候補の前記電流双極子を削除することにより前記Nを減少させ、前記変化値が前記第2の閾値よりも大きくなった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子にそれぞれ対応する前記N個の磁場源を特定する磁場源数減少部と
を備える請求項1記載の磁場源推定装置。
【請求項3】
前記選択部は、前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子の中から、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、削除前後の変化値が最も小さい電流双極子を削除候補として選択する
請求項2記載の磁場源推定装置。
【請求項4】
前記磁場源数減少部は、さらに、前記選択部で選択された削除候補の前記電流双極子を削除した後に、前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のすべてのモーメントの大きさが第3の閾値以下となる場合にのみ、前記選択部で選択された削除候補の前記電流双極子を削除することにより前記Nを減少させる
請求項2又は3記載の磁場源推定装置。
【請求項5】
前記磁場源数増加部は、さらに、前記変化値が前記第1の閾値未満となった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のいずれかのモーメントの大きさが第4の閾値よりも大きい場合には、前記Nを増加させる
請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁場源推定装置。
【請求項6】
さらに、
前記配置部において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のうち、互いの距離が所定の距離以下となる複数の電流双極子を結合する結合部を備える
請求項1〜5のいずれか1項に記載の磁場源推定装置。
【請求項7】
前記結合部は、前記配置部において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のうち、互いの距離が所定の距離以下となり、かつ、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、結合前後の変化値が所定の結合閾値未満となる複数の電流双極子を結合する
請求項6記載の磁場源推定装置。
【請求項8】
さらに、
前記配置部において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子のうち、前記評価値算出部で算出される前記評価値の、削除前後の変化値が所定の変化値閾値未満となる電流双極子を削除する削除部を備える
請求項1〜7のいずれか1項に記載の磁場源推定装置。
【請求項9】
生体の脳内の磁場源を推定する磁場源推定方法であって、
所定の観測位置において観測された脳の磁場である観測磁場を取得し、
N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置し、
前記N個の電流双極子が配置された前記脳モデルデータの前記観測位置と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出し、
取得された前記観測磁場と、算出された前記計算磁場との差を評価する評価値を算出し、
算出される前記評価値の、前記Nの増加前後の変化値が第1の閾値未満となるまで前記Nを増加させ、前記変化値が前記第1の閾値未満となった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子にそれぞれ対応する前記N個の磁場源を特定する
磁場源推定方法。
【請求項10】
生体の脳内の磁場源を推定するプログラムであって、
所定の観測位置において観測された脳の磁場である観測磁場を取得するステップと、
N個(Nは自然数)の磁場源にそれぞれ対応するN個の電流双極子を、脳モデルデータに配置するステップと、
前記N個の電流双極子が配置された前記脳モデルデータの前記観測位置と同位置において、観測される磁場である計算磁場を算出するステップと、
取得された前記観測磁場と、算出された前記計算磁場との差を評価する評価値を算出するステップと、
算出される前記評価値の、前記Nの増加前後の変化値が第1の閾値未満となるまで前記Nを増加させ、前記変化値が前記第1の閾値未満となった時点において前記脳モデルデータに配置された前記N個の電流双極子にそれぞれ対応する前記N個の磁場源を特定するステップと
をコンピュータに実行させるためのプログラム。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図1】
image rotate

【図6A】
image rotate

【図6B】
image rotate

【図7A】
image rotate

【図7B】
image rotate

【図8A】
image rotate

【図8B】
image rotate

【図9A】
image rotate

【図9B】
image rotate

【図10A】
image rotate

【図10B】
image rotate

【図11A】
image rotate

【図11B】
image rotate


【公開番号】特開2011−120846(P2011−120846A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−283426(P2009−283426)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】