説明

磁場観察装置及び磁場観察方法

【課題】磁性体試料の表面近傍において高分解能で磁気力を計測でき、該磁性体試料表面の磁極の極性検出も可能な磁場観察装置及び磁場観察方法を提供する。
【解決手段】磁性体試料からの漏洩磁場を観察する磁場観察装置であって、磁性体試料より磁化反転し易い探針と、探針を励振させる励振機構と、探針及び磁性体試料を相対的に移動させて探針に磁性体試料上を走査させる走査機構と、探針を周期的に磁化反転させることができ、かつ磁性体試料を磁化反転させない大きさの交流磁場を探針に印加する交流磁場発生機構と、探針の磁化と磁性体試料の磁化との間の磁気的相互作用による交番力が探針に加える周期的に強度が変化する力によって周期的に変化する探針の見かけ上のバネ定数に起因する、探針の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により、又は周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により、計測することができる変調計測機構と、を備える磁場観察装置、及び該装置を用いて行える磁場観察方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁場観察装置及び磁場観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡の一形態として、非接触原子間力顕微鏡(試料からの力の場を、該試料の表面に触れずに計測できる顕微鏡)がある。原子間力等の近距離力が支配的となる試料表面近傍においては、従来の非接触原子間力顕微鏡では磁気力等の遠距離力を計測することが困難であった。遠距離力を計測するには、遠距離力が支配的となる距離まで顕微鏡の探針を試料から遠ざける必要があるが、探針と試料とを離すことによって、空間分解能が原子分解能と比較して大幅に劣化することが問題であった。
【0003】
一方、近年、高密度磁気ストレージデバイスの主要部品である磁気記録媒体の高密度化・大容量化について、各メーカーの激しい技術競争により、磁気記録媒体の高密度化が指数関数的に進んでいる。このような磁気記録媒体の研究開発には、磁気記録媒体の微細磁区構造を観察する手法が必須であり、磁気力を計測できる非接触型原子間力顕微鏡(磁気力顕微鏡(MFM))が用いられている。磁気力顕微鏡(MFM)として用いることができるものとしては、例えば、特許文献1にその一例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2009/101991号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高密度磁気ストレージデバイスの主要部品である磁気記録媒体においては、記録ビットの境界の磁化遷移が信号となり、その空間的不均一性がノイズ源となる。このため、記録ビット境界部分の磁区観察が特に重要になり、磁気記録媒体を構成する結晶粒の粒径以下の高い空間分解能が求められている。しかしながら、従来のMFMでは、上記の用途としては空間分解能が不十分であった。また、従来のMFMでは、磁気力を計測する際に、近距離で働く強い引力である表面力の重畳により、磁気力のゼロ点が定まらず、磁気力単独での引力及び斥力を識別することが困難であった。すなわち、記録ビットの境界部分を観察する場合、従来のMFMでは、近距離で働く強い引力である表面力の重畳により、磁気記録媒体表面の磁極の極性(N極、S極)を識別することが困難であり、明確に記録ビットの境界を識別できないという問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、磁性体試料の表面近傍において高い空間分解能で磁気力を計測でき、該磁性体試料表面の磁極の極性検出も可能な磁場観察装置及び磁場観察方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、本発明について説明する。
【0008】
本発明の第1の態様は、磁性体試料からの漏洩磁場を観察する磁場観察装置であって、磁性体試料より磁化反転し易い磁気モーメントを有する探針と、探針を励振させる励振機構と、探針及び磁性体試料を相対的に移動させて探針に磁性体試料上を走査させる走査機構と、探針を周期的に磁化反転させることができ、かつ磁性体試料を磁化反転させない大きさの交流磁場を探針に印加する交流磁場発生機構と、探針の磁化と磁性体試料の磁化との間の磁気的相互作用によって探針に加えられる交番力を原因として見かけ上のバネ定数が変化することで発生する、探針の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により、又は周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により計測することができる変調計測機構と、を備える磁場観察装置である。
【0009】
ここに、「交番力」とは、探針の磁化と磁性体試料の磁化との間の磁気的相互作用によって周期的に強度が変化する探針に加えられる力を意味する。また、「磁性体試料を磁化反転させない」とは、磁性体試料のうち、少なくとも観察対象となる部分については磁化反転させないことを意味する。例えば、磁性体試料に垂直磁気記録媒体を用いて、該垂直磁気記録媒体の記録層を観察する場合、少なくとも当該記録層の磁化は反転させないことを意味する。
【0010】
上記本発明の磁場観察装置は、漏洩磁場が直流磁場である場合に好適に用いることができる。
【0011】
探針の磁気モーメントは、探針の先端に磁極を発生させる。探針先端の磁極の強度は探針長手方向の磁気モーメント成分の大きさに比例して変化する。
上記本発明の磁場観察装置において、交流磁場発生機構から交流磁場を印加しても変化しない探針の先端の残留磁極の強度と、交流磁場発生機構から探針に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、交流磁場発生機構から交流磁場を印加することにより変化する探針の先端の磁極の強度と、磁性体試料から探針に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さいことが好ましい。また、当該交流磁場発生機構は、磁性体試料と探針との間の計測空間に、一様な大きさの交流磁場を印加する機構であることが好ましい。さらに、当該交流磁場発生機構が、磁性体試料の観察面に対して垂直方向の交流磁場を印加する機構であることが好ましい。
【0012】
上記本発明の磁場観察装置において、探針はソフト磁性体を含むことが好ましい。
【0013】
上記本発明の磁場観察装置は、磁性体試料が磁気記録媒体である場合に好適に用いることができる。
【0014】
上記本発明の磁場観察装置は、変調計測機構により計測された周波数変調の程度に基づいて、上記交番力の振幅と、交流磁場発生機構から発生する交流磁場に対する位相遅れとを観測し、それにより、磁性体試料から発生する磁場の大きさの程度と方向を画像化する磁場画像化機構を備えていることが好ましい。
【0015】
本発明の第2の態様は、磁性体試料からの漏洩磁場を観察する磁場観察方法であって、磁性体試料より磁化反転し易い探針を磁性体試料上に配置し、探針を励振させると同時に、探針の磁気モーメントを周期的に磁化反転させることができ、かつ磁性体試料を磁化反転させない程度の大きさの交流磁場を探針に印加しながら、探針で磁性体試料の表面を走査する走査工程と、探針の磁化と磁性体試料の磁化との間の磁気的相互作用による交番力によって周期的に強度が変化する力を探針に加え、該周期的な力によって探針の見かけ上のバネ定数を周期的に変化させ、該バネ定数の周期的変化に起因する探針の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により、又は周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により計測する変調計測工程と、を有する磁場観察方法である。
【0016】
上記本発明の磁場観察方法は、漏洩磁場が直流磁場である場合に好適に用いることができる。
【0017】
上記本発明の磁場観察方法は、走査工程において、交流磁場発生機構から交流磁場を印加しても変化しない探針先端の残留磁極の強度と、交流磁場発生機構から探針に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、交流磁場発生機構から交流磁場を印加することにより変化する探針の先端の磁極の強度と、磁性体試料から探針に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さくなるようにすることが好ましい。
【0018】
上記本発明の磁場観察方法は、さらに、変調計測工程により計測された周波数変調の程度に基づいて、上記交番力の振幅と、交流磁場発生機構から発生する交流磁場に対する位相遅れとを計測し、それにより、磁性体試料から発生する磁場の大きさの程度と方向を画像化する磁場画像化工程を備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、磁性体試料の表面近傍において高分解能で磁気力を計測でき、該磁性体試料表面の磁極の極性検出も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】一つの実施形態にかかる本発明の磁場観察装置の構成を概略的に示す図である。
【図2】本発明の磁場観察装置による計測原理を説明するための図である。
【図3】本発明の磁場観察装置による、垂直磁気記録媒体の表面近傍での観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.磁場観察装置
<構成>
図1は、一つの実施形態にかかる本発明の磁場観察装置100の構成を概略的に示す図である。磁場観察装置100は、磁性体試料1からの漏洩磁場を観察する装置である。磁場観察装置100は、観察対象の漏洩磁場が直流磁場である場合に好適に用いることができる。
【0022】
図1に示すように、磁場観察装置100は、探針10、励振機構20、交流磁場発生機構30、及び変調計測機構40を備えている。また、磁場観察装置100は、図示していないが、探針10及び磁性体試料1を相対的に移動させて探針10に磁性体試料1の観察面上を走査させる走査機構を備えている。さらに、磁場観察装置100は後に説明する磁場画像化機構を備えていることが好ましい。以下に、これらの構成要素について説明する。
【0023】
(磁性体試料1)
磁場観察装置100の計測対象である磁性体試料1には、探針10より磁化反転し難い磁性材料を用いる。磁性体試料1の具体例としては、磁気記録媒体等を挙げることができる。磁性体試料1に磁気記録媒体を用いた場合、後に説明するように、磁気記録ビットの境界の検出を高い空間分解能で行うことができる。
【0024】
(探針10)
探針10には、磁性を有しており、磁性体試料1より磁化反転し易いものを用いる。探針10は、磁性体試料1上に配置されることによって、磁性体試料1から発生する漏洩磁場の影響を受ける。また、後に詳述するように、交流磁場発生機構30から発生する交流磁場によって、探針10の磁化は周期的に磁化反転させられる。このとき、探針10の磁化と磁性体試料1の磁化との間の磁気的相互作用による交番力が探針10に周期的に強度が変化する力を加え、探針10の見かけ上のバネ定数が周期的に変化する。この探針10の振動の周期的な周波数変調の程度を、後に説明する変調計測機構40によって計測する。
【0025】
探針10には残留磁気モーメントが小さいものを用いることが好ましい。具体的には、探針10の交流磁場発生機構30から交流磁場を印加しても変化しない探針10の先端の残留磁極の強度と、交流磁場発生機構30から探針10に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、交流磁場発生機構30から交流磁場を印加することにより変化する探針10の先端の磁極の強度と、磁性体試料1から探針10に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さいことが好ましい。探針10の残留磁極の強度を小さくするには、探針10にソフト磁性材料を用いることが考えられる。
【0026】
従来のMFMによる磁性体試料の観察では、ソフト磁性材料を用いた探針の場合には、磁性体試料1からの漏洩磁場により、探針の磁気モーメントの方向が変化し、計測する磁場方向が測定場所により変化する問題があるので、ハード磁性材料を用いた探針が必須であった。一方、磁場観察装置100は、上述したように探針10にソフト磁性材料を用いることができる。探針10にソフト磁性材料を用いることによって、従来のMFMのCoCr系探針と比較して、検出感度を高くできる飽和磁化の大きなFeCo合金等の磁性材料を選択できるメリットがある。検出感度の高い飽和磁化が大きな磁性材料を用いることで、探針10を構成する磁性体薄膜の膜厚を5nm以下に低減できるので、磁場観察装置100の飛躍的な空間分解能の向上が望める。
【0027】
(励振機構20)
上記探針10はカンチレバー11の一方の端部(自由端)近傍に備えられており、該カンチレバー11の他方の端部(固定端)は固定されている。このようなカンチレバー11を励振機構20によって任意の周波数で励振させることにより、探針10を任意の周波数で励振させることができる。
【0028】
探針10を任意の周波数で励振させることができる機構であれば、励振機構20の構成は特に限定されない。励振機構20は、例えば、カンチレバー11の固定端近傍に取り付けられた励振用アクチュエータと、該励振用アクチュエータに接続された交流電圧電源とによって構成することができる。
【0029】
(交流磁場発生機構30)
交流磁場発生機構30は、探針10を周期的に磁化反転させることができ、かつ磁性体試料1を磁化反転させない大きさの交流磁場を探針10に印加する機構である。このような交流磁場発生機構30は、例えば、図1に示したように、探針10を囲むコイル32と該コイル32に交流電流を供給する交流電流電源31とによって構成することができる。
【0030】
交流磁場発生機構30から発生させる交流磁場は、空間変化が小さいことが好ましい。具体的には、探針10の先端の残留磁極の強度と、交流磁場発生機構30から探針10に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、交流磁場発生機構30から交流磁場を印加することにより変化する探針10の先端の磁極の強度と、磁性体試料1から探針10に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さいことが好ましい。交流磁場の空間変化勾配を小さくするには、磁性体試料1と探針10との間の計測空間に、一様な大きさの交流磁場を印加することが考えられる。
【0031】
また、交流磁場発生機構30は、磁性体試料1の観察面に対して垂直方向の交流磁場を印加する機構であることが好ましい。
【0032】
さらに、交流磁場発生機構30から発生させる交流磁場の周波数は、探針10に用いる磁性材料に合わせて、探針10の磁化反転が効率的に行われる周波数に最適化することが好ましい。
【0033】
交流磁場発生機構30を構成する要素の設置位置は特に限定されないが、探針10の周りの空間が狭い従来の汎用型のMFMに交流磁場発生機構30を組み込むためには、交流磁場を発生するポットコア等をMFMの試料設置台の下に設置することが考えられる。しかしながら、この場合、磁性体試料に垂直磁気記録媒体を用いると、以下のような問題を生じる虞がある。すなわち、垂直磁気記録媒体は、観察面側の表面にハード磁性を有する数十nmの膜厚の記録層を有し、該記録層の下部にソフト磁性を有する数μmの膜厚の下地層を有しているので、ポットコアからの交流磁場の強度が、このソフト磁性下地層の磁場シールド効果によって減衰する虞がある。したがって、交流磁場発生機構30は、垂直磁気記録媒体(磁性体試料1)を通さずに探針10に交流磁場を印加できる機構であることが好ましい。具体的には、探針10の周りの空間を広くして、磁性体試料1よりも探針10側から探針10に交流磁場を印加できるように、交流磁場発生機構30を設置することが好ましい。
【0034】
(変調計測機構40)
探針10の磁化と磁性体試料1の磁化との間の磁気的相互作用による交番力が、周期的に強度が変化する力を探針10に加える。この周期的に強度が変化する力が、探針10の見かけ上のバネ定数を周期的に変化させる。このようにして探針10の見かけ上のバネ定数が周期的に変化することによって、探針10の振動の周波数が周期的に変調する。変調計測機構40は、この探針10の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により又は周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により、計測することができる機構である。
【0035】
図1に示した形態の変調計測機構40は、カンチレバー11の自由端側の先端にレーザー光を照射する光源41と、カンチレバー11に反射された該レーザー光を検知する光学変位センサー42と、復調装置としてアナログ回路で構成したFM復調器43と、強度計測装置としてのロックインアンプ44とを有している。なお、変調計測機構40は、従来の磁気力顕微鏡の機能である位相検出回路や振幅検出回路を備えていてもよい。
【0036】
光源41から照射されてカンチレバー11の自由端側の先端で反射したレーザー光を光学変位センサー42で検知することにより、探針10の変位を出力として取り出すことができる。下記走査機構によって、探針10で磁性体試料1の観察面を走査しながら検知した光学変位センサー42からの出力は、FM復調器43に入力される。また、FM復調器43の出力端子は、ロックインアンプ44の入力信号端子に接続されており、ロックインアンプ44の参照信号端子には交流磁場発生機構30に備えられた交流電流電源31の電圧信号を接続している。光学変位センサー42とFM復調器43との間にアンプを設け、該アンプを介して光学変位センサー42からの信号がFM復調器43に入力されるようにしてもよい。FM復調器43によって復調された周波数復調信号の振幅及び位相は、ロックインアンプ44で計測することができる。FM復調器43としては、PLL回路(位相同期ループ回路)を用いることができる。
【0037】
(走査機構)
走査機構は、探針10と磁性体試料1との位置を相対的に変化させることができる機構である。走査機構としては、例えば、磁性体試料1が載置される試料設置台を駆動装置によって動かすことにより、試料設置台の位置を探針10に対して相対的に変化させることによって、探針10と磁性体試料1との位置を相対的に変化させることができる機構とすることができる。
【0038】
しかしながら、磁場観察装置100に備えられる走査機構は、上記形態に限定されず、探針10又は磁性体試料1の移動を制御して、探針10と磁性体試料1との位置を相対的に変化させることができる機構であれば良い。走査機構としては、従来の走査型プローブ顕微鏡などに用いられている公知の機構(例えば、ピエゾ素子など。)を用いることができる。
【0039】
(磁場画像化機構)
磁場画像化機構は、変調計測機構40により計測された周波数変調の程度に基づいて、探針10の磁化と磁性体試料1の磁化との間の磁気的相互作用による交番力の振幅と、交流磁場発生機構30から発生する交流磁場に対する位相遅れとを観測し、それにより、磁性体試料1から発生する直流磁場の大きさの程度と方向を画像化する機構である。
【0040】
磁場画像化機構は、上記のようにして変調計測機構40による計測結果を画像化できるものであれば特に限定されない。磁場画像化機構としては、例えば、従来の走査型顕微鏡に備えられるような、外部入力信号を画像化できる表示装置を用いることができる。
【0041】
<計測原理>
本発明の磁場観察装置100を用いて磁性体材料1の表面近傍において高分解能で磁気力を計測でき、磁性体試料1表面の磁極の極性検出も可能である原理について、以下に説明する。
【0042】
上述したように、探針10の磁化と磁性体試料1の磁化との間の磁気的相互作用による交番力に起因して、探針10の振動の周波数が周期的に変調する。その理論モデルを図2に示した。図2(a)は、一定周波数で加振している探針10に、探針10の共振周波数と異なる周波数の交流磁場を印加した様子を概略的に示している。図2(b)は、このような探針10の運動を先端におもりmが取り付けられたバネに例えたモデルを概略的に示している。
【0043】
探針10の振動における交番力を変調源とする周波数変調現象は、図2に示すようなバネ定数が交番力により周期的に変化する調和振動子の運動(下記(1)式)を考えることで導出される。
【0044】
【数1】

(m:探針10の有効質量、t:時間、z:探針10の振幅、γ:減衰係数、k:探針10に交番力を加える前のカンチレバー11のバネ定数、Δk:探針10に交番力を加えたことによるカンチレバー11の実効的なバネ定数の変化量、 ω:加振角周波数、F:加振力の振幅、ω:探針10の共振角周波数)
【0045】
ここでは、探針10をその共振周波数ωで励振させる場合を考える。
Δkcos(ωt)=keffは交番力による実効的なバネ定数の変化であり、この解は、Δk<<kの場合、下記(2)式のようになる。
【0046】
【数2】

【0047】
上記(2)式より、交番力を発生源として、探針10の振動に周波数変調が発生することがわかる。ここで、探針10にソフト磁性材料を用い、磁性体試料1の磁化状態を乱さない範囲で角周波数ωの交流磁場を探針10に印加することにより、探針10の磁化を周期的に反転させることを考える。磁性体試料1の観察面に垂直方向の直流磁場Hdcを受けている探針10の先端の磁極が、磁性体試料1の観察面に垂直方向の交流磁場Haccos(ωt)により下記(3)式のように変化すると、探針10の実効的なバネ定数の変化keffは下記(4)式で与えられる。ここで、探針10の先端の磁極の強度は、探針10の磁気モーメントの試料面に垂直方向成分の大きさに比例して変化している。
【0048】
【数3】

【0049】
【数4】

(H:探針10に加わる探針10の変位方向の磁場成分。探針10の変位方向は、図2(a)に示すように、試料面に垂直なz方向である。)
【0050】
探針10の先端の残留磁極の強度と探針10に印加する交流磁場の空間変化の積を小さくして下記(5)式が満たされるようにすることで、(4)式の第2項は下記(6)式のようになる。
【0051】
【数5】

【0052】
【数6】

【0053】
したがって、これらの条件下で交流磁場印加により発生する探針10の振動の周波数変調信号を周波数復調した後に、上記周波数復調信号を、ロックインアンプ44を用いて、交流磁場発生機構30に備えられた交流電流電源31への出力を参照信号として、交流電流電源31の角周波数ωでロックイン検出することで、磁性体試料1からの垂直磁場Hdcの磁場勾配(∂Hdc/∂z)の計測が試料表面近傍で可能になることがわかる。
【0054】
ここで、Hdcの符号(上向き、下向きの極性)は、磁性体試料1の表面磁極の極性(N極、S極)を反映し、符号が反転した場合、実効的なバネ定数の変化keffは下記(7)式のように変化し、位相が180°変化する。
【0055】
【数7】

【0056】
したがって、磁性体試料1の表面磁極の極性(N極、S極)を反映したHdcの符号(上向き、下向きの極性)を直接検出することも可能になる。
【0057】
上記(5)式では、左辺が必要な信号であり、右辺が不要な信号であるのでノイズに対応する。したがって、例えば信号ノイズ比を9:1にするには、下記(8)式を満たす必要がある。
【0058】
【数8】

【0059】
上記(8)式において、(∂Hdc/∂z)は磁性体試料1の磁気的不均一性を反映するので、測定場所に対してナノスケールで変化するのに対して、(∂Hac/∂z)はコイル32のサイズを反映して、測定場所に対してミリサイズで変化するので、微細磁区構造に及ぼすノイズの影響は通常は小さい。
【0060】
このように、本発明の磁場観察装置によれば、直流磁場を発生する磁気記録媒体等のハード磁性を有する磁性体試料の微細磁区構造を観察することができる。ハード磁性を示す磁性体は、ソフト磁性を示す磁性体と比較して微細な磁区構造を示す特徴がある。したがって、ハード磁性を有する磁性体試料の微細磁区構造を観察できる本発明の磁場観察装置は、広い汎用性を有する。また、本発明の磁場観察装置によれば、大気中における計測でも真空中における計測と同様に高い計測感度を得られる。
【0061】
2.磁場観察方法
次に、本発明の磁場観察方法について説明する。
【0062】
本発明の磁場観察方法は、磁性体試料からの漏洩磁場を観察する方法であり、以下に説明する走査工程と変調計測工程とを有する。また、本発明の磁場観察方法は、例えば、上記した本発明の磁場観察装置100を用いて行うことができる。図1を参照しつつ、走査工程及び変調計測工程について説明する。
【0063】
(走査工程)
走査工程は、磁性体試料1より磁化反転し易い探針10を磁性体試料1上に配置し、探針10を励振させると同時に、探針10を周期的に磁化反転させることができ、かつ磁性体試料1を磁化反転させない大きさの交流磁場を探針10に印加しながら、探針10で磁性体試料1の表面を走査する工程である。探針10の励振は、上記励振機構20によって行うことができる。また、探針10への交流磁場の印加は、上記交流磁場発生機構30によって行うことができる。さらに、探針10での磁性体試料1の表面の走査は、上記走査機構によって行うことができる。
【0064】
(変調計測工程)
変調計測工程は、探針10の磁化と磁性体試料1の磁化との間の磁気的相互作用による交番力によって周期的に強度が変化する力を探針10に加え、該周期的な引力及び斥力によって探針10の見かけ上のバネ定数を周期的に変化させ、該バネ定数の周期的変化に起因する探針10の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により又は周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により計測する工程である。当該計測は、上記変調計測機構40によって行うことができる。
【0065】
本発明の磁場観察方法は、直流磁場の観察に好適に用いることができる。また、走査工程において、探針10の先端の残留磁極の強度と、交流磁場発生機構30から探針10に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、交流磁場発生機構30から交流磁場を印加することにより変化する探針10の先端の磁極の強度と、磁性体試料1から探針10に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さくすることが好ましい。さらに、変調計測工程により計測された周波数変調の程度に基づいて、探針10の磁化と磁性体試料1の磁化との間の磁気的相互作用による交番力の振幅と、交流磁場発生機構から発生する交流磁場に対する位相遅れとを計測し、それにより、磁性体試料1から発生する磁場の大きさの程度と方向を画像化する磁場画像化工程を備えることが好ましい。
【実施例】
【0066】
以下に、実施例にて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0067】
本発明の磁場観察装置を用いて磁性体試料からの漏洩磁場を観察した。磁性体試料には、CoCrPt−SiO系垂直磁気記録媒体を用いた。本発明の磁場観察装置は、市販のMFM(日本電子株式会社製走査型プローブ顕微鏡、JSPM−5400)をベースとし、交流磁場発生機構として、ソフト磁性フェライトで作製したポットコア及び該ポットコアに電力を供給する交流電圧電源を加え、さらに変調計測機構の一部としてFM復調器(ナノサーフ社製、easyPLL)を追加して構成した。なお、ポットコアはMFMの試料設置台の下に設置した。ポットコアから発生させた交流磁場の振幅は50Oe程度、周波数は100Hzであった。また、探針には、Si探針の表面にパーマロイ薄膜を20nm程度の厚さで成膜したソフト磁性探針を用いた。当該ソフト磁性探針の保持力は5Oe程度であった。観察時における探針と磁性体試料の観察面との距離は10nmであった。
【0068】
ポットコアからの交流磁場によって、垂直磁気記録媒体の記録層の磁気モーメントは変化させずに、ソフト磁性探針の磁気モーメントを周期的に反転させた。Tapping−Lift modeを用いて、磁性体試料の観察面(記録層側の面)の表面形状像を取得後、交流磁場を印加することによって発生した探針振動の周波数変調信号を、FM復調器を用いて周波数復調し、ポットコアに接続した交流電圧電源を参照信号としてロックイン検出し、交番磁気力の振幅像及び位相像より、垂直磁気記録媒体の記録層の静磁場情報を得た。
【0069】
図3に、垂直磁気記録媒体の表面近傍での観察結果を示した。図3(a)は垂直磁気記録媒体からの垂直磁場(観察面に垂直な磁場)の強度を、図3(b)はポットコアに接続した交流電圧電源に対する交番力の位相差を画像化したものである。図3(c)は図3(a)の像のラインプロファイルを示しており、図3(d)は、図3(b)の像のラインプロファイルを示している。なお、通常のMFMの観察モードでは試料表面近傍のため、磁場を検出できなかった。
【0070】
図3(b)は明暗コントラストからなる2値画像になっており、その位相差が180°であることから、垂直磁気記録媒体から発生している垂直磁場の方向が上向き・下向きと逆方向であることを示している。すなわち、磁場を発生する垂直磁気記録媒体表面のN極・S極が明瞭に識別できたことを示している。この結果は、MFMで初めて磁性体試料の表面磁極を直接検出するのに成功したものである。記録部分ではこれらの明暗コントラストの境界が記録ビットの境界となり、その位置を明瞭に観察できることがわかる。このように、本発明によれば、従来は困難であった表面磁極の極性を直接観察することが可能である。
【0071】
図3(a)の垂直磁場強度像を図3(b)の磁場位相像と比較すると、磁場位相像の明暗コントラストの境界で磁場強度がゼロ値となる暗コントラストを示すことがわかる。これより磁場強度像においても記録ビットの境界を明瞭に観察できていることがわかる。
【0072】
さらに、図3(a)の垂直磁場強度像では、磁場強度が粒状で変化しており、ノイズの主因となる磁気的に結合した複数の結晶粒からなる磁気クラスターが起因と推察される磁気的不均一性が明瞭に観察されている。
【0073】
以上のように、本発明によれば、磁性体試料の観察面近傍の磁気力も検出可能であることから、空間分解能の向上を期待できる。また、磁気記録媒体の研究開発に重要となる媒体の磁気的不均一性を明瞭に画像化できる。
【0074】
以上、現時点において最も実践的であり、かつ好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う磁場観察装置及び磁場観察方法も本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の磁場観察装置及び磁場観察方法は、例えば、磁気記録媒体の製造過程において用いることができる。
【符号の説明】
【0076】
1 磁性体試料
10 探針
11 カンチレバー
20 励振機構
30 交流磁場発生機構
31 交流電流電源
32 コイル
40 変調計測機構
41 光源
42 光学変位センサー
43 FM復調器
44 ロックインアンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体試料からの漏洩磁場を観察する磁場観察装置であって、
前記磁性体試料より磁化反転し易い磁気モーメントを有する探針と、
前記探針を励振させる励振機構と、
前記探針及び前記磁性体試料を相対的に移動させて前記探針に前記磁性体試料上を走査させる走査機構と、
前記探針を周期的に磁化反転させることができ、かつ前記磁性体試料を磁化反転させない大きさの交流磁場を前記探針に印加する交流磁場発生機構と、
前記探針の磁化と前記磁性体試料の磁化との間の磁気的相互作用によって前記探針に加えられる交番力を原因として見かけ上のバネ定数が変化することで発生する、前記探針の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により、又は前記周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により計測することができる変調計測機構と、
を備える磁場観察装置。
【請求項2】
前記漏洩磁場が直流磁場である、請求項1に記載の磁場観察装置。
【請求項3】
前記交流磁場発生機構から交流磁場を印加しても変化しない前記探針の先端の残留磁極の強度と、前記交流磁場発生機構から前記探針に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、前記交流磁場発生機構から交流磁場を印加することにより変化する前記探針の先端の磁極の強度と、前記磁性体試料から前記探針に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さい、請求項1又は2に記載の磁場観察装置。
【請求項4】
前記交流磁場発生機構が、前記磁性体試料と前記探針との間の計測空間に、一様な大きさの交流磁場を印加する機構である、請求項3に記載の磁場観察装置。
【請求項5】
前記交流磁場発生機構が、前記磁性体試料の観察面に対して垂直方向の交流磁場を印加する機構である、請求項3又は4に記載の磁場観察装置。
【請求項6】
前記探針がソフト磁性体を含む、請求項1〜5のいずれかに記載の磁場観察装置。
【請求項7】
前記磁性体試料が磁気記録媒体である、請求項1〜6のいずれかに記載の磁場観察装置。
【請求項8】
前記変調計測機構により計測された周波数変調の程度に基づいて、前記交番力の振幅と、前記交流磁場発生機構から発生する前記交流磁場に対する位相遅れとを観測し、それにより、前記磁性体試料から発生する直流磁場の大きさの程度と方向を画像化する磁場画像化機構を備えた、請求項2〜7のいずれかに記載の磁場観察装置。
【請求項9】
磁性体試料からの漏洩磁場を観察する磁場観察方法であって、
前記磁性体試料より磁化反転し易い探針を前記磁性体試料上に配置し、前記探針を励振させると同時に、前記探針の磁気モーメントを周期的に磁化反転させることができ、かつ前記磁性体試料を磁化反転させない程度の大きさの交流磁場を前記探針に印加しながら、前記探針で前記磁性体試料の表面を走査する走査工程と、
前記探針の磁化と前記磁性体試料の磁化との間の磁気的相互作用による交番力によって周期的に強度が変化する力を前記探針に加え、該周期的な力によって前記探針の見かけ上のバネ定数を周期的に変化させ、該バネ定数の周期的変化に起因する前記探針の振動の周期的な周波数変調の程度を、周波数復調により、又は前記周波数変調により発生する側帯波スペクトルのうちの1つの側帯波スペクトルの強度の計測により計測する変調計測工程と、
を有する磁場観察方法。
【請求項10】
前記漏洩磁場が直流磁場である、請求項9に記載の磁場観察方法。
【請求項11】
前記走査工程において、前記交流磁場発生機構から交流磁場を印加しても変化しない前記探針の先端の残留磁極の強度と、前記交流磁場発生機構から前記探針に印加する交流磁場の空間変化勾配との積が、前記交流磁場発生機構から交流磁場を印加することにより変化する前記探針の先端の磁極の強度と、前記磁性体試料から前記探針に印加される磁場の空間変化勾配との積より小さくなるようにする、請求項9又は10に記載の磁場観察方法。
【請求項12】
さらに、前記変調計測工程により計測された周波数変調の程度に基づいて、前記交番力の振幅と、前記交流磁場発生機構から発生する前記交流磁場に対する位相遅れとを計測し、それにより、前記磁性体試料から発生する磁場の大きさの程度と方向を画像化する磁場画像化工程を備えた、請求項9〜11のいずれかに記載の磁場観察方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−53020(P2012−53020A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198054(P2010−198054)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【特許番号】特許第4769918号(P4769918)
【特許公報発行日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)