説明

磁性シートの製造方法及び磁性シート

【課題】磁場配向を利用した簡便な方法でありながら、磁気特性を向上させることができる磁性シートの製造方法を提供する。
【解決手段】磁性シートを製造するにあたっては、少なくとも扁平形状の軟磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して作製された磁性組成物を所定の基材上に塗布する塗布工程と、この塗布工程にて基材上に塗布した磁性組成物に流動性のある時間内に、磁性粉末が塗工物の面に対して垂直方向に起立するように当該塗工物に磁場を印加する磁場印加工程と、この磁場印加工程にて磁場が印加された塗工物を、実質的に無磁場の状態で、少なくとも垂直方向に起立した磁性粉末が当該塗工物の面と平行な水平方向に倒れるまでの所定時間だけ静置させる磁場解除工程と、塗工物を静置させた所定時間経過後に磁性組成物を乾燥して磁性シートを形成する乾燥工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも扁平形状の磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して作製された磁性組成物を主材料とした磁性シートの製造方法、及びこの製造方法によって製造された磁性シートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、いわゆるRFID(Radio Frequency IDentification)と称される個体管理を行うシステムが各種業界で導入されつつある。このRFIDシステムは、トランスポンダと称される各種データを読み出し及び/又は書き込み可能に記憶するとともに通信機能を有する小型の非接触型集積回路(Integrated Circuit;以下、ICという。)デバイスと所定のリーダ/ライタとの間で無線通信を行うことにより、トランスポンダに対して非接触でデータの読み出し及び/又は書き込みを行う技術である。具体的には、RFIDシステムにおいては、電磁誘導の原理に基づいて、リーダ/ライタ側のループアンテナから磁束が放出されるのに応じて、放出された磁束が誘導結合によってトランスポンダ側のループアンテナと磁気的結合し、トランスポンダとリーダ/ライタとの間で通信が行われる。このRFIDシステムは、例えば、トランスポンダをICタグとして構成し、このICタグを商品に取り付けることによって生産・物流管理を行う用途の他、トランスポンダをICカードとして構成し、交通機関の料金徴収や建物への入退室に用いる身分証明書としての用途、さらには、トランスポンダを携帯電話機等に搭載することによって商品の購入に供する電子マネーとしての用途等、様々な用途への適用が期待されている。
【0003】
このようなRFIDシステムは、従来の接触型ICカードシステムのように、リーダ/ライタに対してICカードを装填したり、金属接点を接触させたりする手間が省け、簡易且つ高速にデータの書き込みや読み出しを行うことができる。また、RFIDシステムは、電磁誘導によってリーダ/ライタからトランスポンダに対して必要な電力の供給が行われるため、トランスポンダ内に電池等の電源を内蔵する必要がなく、簡易な構成且つ低価格で信頼性の高いトランスポンダを提供することができるという利点も有する。
【0004】
ただし、RFIDシステムにおいては、トランスポンダの周囲に他の金属体がある場合には、その影響を受けて通信に支障が生じる場合がある。例えば携帯電話機をはじめとする携帯通信機器にトランスポンダを搭載するにあたっては、当該トランスポンダが当該携帯通信機器の金属筐体や電池パック等の影響を受けることによって通信距離の短縮化の問題が発生する。これは、電磁誘導方式においては、金属体がトランスポンダの周囲に存在すると、その影響を受けてインダクタンスが変化することによる共振周波数のずれや磁束変化等が生じ、電力確保ができなくなるためである。したがって、RFIDシステムにおいては、トランスポンダとリーダ/ライタとの十分な通信可能範囲を確保するために、ある程度の磁界強度を持った電磁場を放射することができるループアンテナをトランスポンダ側に設ける必要がある。
【0005】
この場合、空間配置以外の方法によって金属体によるループアンテナへの影響を低減するためには、例えば磁性材料を用いることが有効であり、これによって金属体による影響を低減し、通信距離を大きくすることができる。また、近年の通信機器や電子機器においては、クロック周波数が高周波数化するのにともない、ノイズ電磁波の放射頻度が高まり、外部又は内部干渉による機器それ自体の誤動作や周辺機器への悪影響等が発生しているが、このような電磁波障害の発生を防止するためにも磁性材料が有効である。このような状況から、例えば適量の扁平形状の軟磁性粉末をゴムやプラスチックス等の結合剤に分散・混合してなる各種の複合磁性シート(軟磁性シート)が提案されている。
【0006】
このような磁性シートにおいては、軟磁性粉末を高密度に充填して磁気特性を向上させるために、軟磁性粉末をシート面と水平方向に配向させることが重要である。
【0007】
このような配向方法としては、軟磁性粉末と結合剤とを混合して作製された磁性組成物を所定の基材上に塗布した塗工物を、ローラーやプレス機等を用いて熱圧縮する機械配向が知られている。しかしながら、かかる機械配向は、シート面内をムラなく圧縮する必要があり、配向効率が悪い。また、この問題を解消すべく、高温・高圧環境下での加工も行われるが、このような加工は、完成した磁性シートの磁気歪みの増加や保存特性の悪化を招来する。
【0008】
そこで、ソレノイドコイル等の電磁石を用いて磁場を作り、その磁場内に塗工物を晒すことにより、軟磁性粉末をシート面と水平方向に配向させる磁場配向も行われている(例えば、特許文献1及び特許文献2等参照。)。このような磁場配向は、磁気テープの分野等においては一般的に行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−307209号公報
【特許文献2】特開2000−244171号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、磁場配向は、磁場が印加された状態で塗工物を乾燥・固化する必要あるため、設備が複雑で高価となるという問題がある。また、磁場配向は、通常、軟磁性粉末を水平方向に配向させるためにシート面と水平方向に磁場を印加するが、使用するソレノイドコイル内の位置によっては磁場の向きや強さが異なることから、必ずしも均一な向きに軟磁性粉末を配向させることができず、完成品の品質にばらつきが生じる場合があった。
【0011】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、磁場配向を利用した簡便な方法でありながら、磁気特性を向上させることができる磁性シートの製造方法及び磁性シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、磁場を印加したときの磁性粉末の挙動について鋭意研究を重ねた結果、磁場の印加方向と乾燥のタイミングとを制御することにより、軟磁性粉末を均一な向きに配向させることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、上述した目的を達成する本発明にかかる磁性シートの製造方法は、少なくとも扁平形状の磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して作製された磁性組成物を所定の基材上に塗布する塗布工程と、上記塗布工程にて上記基材上に塗布した上記磁性組成物に流動性のある時間内に、上記磁性粉末が塗工物の面に対して垂直方向に起立するように当該塗工物に磁場を印加する磁場印加工程と、上記磁場印加工程にて磁場が印加された上記塗工物を、実質的に無磁場の状態で、少なくとも垂直方向に起立した上記磁性粉末が当該塗工物の面と平行な水平方向に倒れるまで少なくとも5秒以上の所定時間だけ静置させる磁場解除工程と、上記所定時間経過後に上記磁性組成物を乾燥して磁性シートを形成する乾燥工程とを備えることを特徴としている。
【0014】
また、上述した目的を達成する本発明にかかる磁性シートは、少なくとも扁平形状の磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して作製された磁性組成物からなり、所定の基材上に塗布した上記磁性組成物に流動性のある時間内に、上記磁性粉末が塗工物の面に対して垂直方向に起立するように当該塗工物に磁場を印加した後、実質的に無磁場の状態で、少なくとも垂直方向に起立した上記磁性粉末が当該塗工物の面と平行な水平方向に倒れるまでの所定時間だけ当該塗工物を静置させてから上記磁性組成物を乾燥して得られたことを特徴としている。
【0015】
このような本発明においては、磁性組成物を所定の基材上に塗布した後に磁場を印加して磁性粉末を垂直方向に配向させた後に、所定時間だけ静置することにより、垂直方向に起立した磁性粉末が水平方向に倒れ、その水平方向に磁性粉末を均一に配向させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、磁場配向を利用した簡便な方法でありながら、磁性粉末が高密度に充填されて磁気特性を向上させた磁性シートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態として示す磁性シートの製造方法において、磁性シートを製造するまでの一連の工程を説明するフローチャートである。
【図2】本発明の実施の形態として示す磁性シートの製造方法に適用される製造ラインの概略構成を説明する図である。
【図3(A)】基材の下側に磁石を設けた様子を説明する図である。
【図3(B)】基材の上側に磁石を設けた様子を説明する図である。
【図3(C)】基材の両側に磁石を設けた様子を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0019】
この実施の形態は、いわゆるRFID(Radio Frequency IDentification)システムにおいて用いられるIC(Integrated Circuit)カードやICタグ等に用いて好適な磁性シートの製造方法である。特に、この磁性シートの製造方法は、軟磁性粉末の磁場配向を行う際に、磁場の印加方向をシート面に対して垂直方向とするとともに、磁場印加後に無磁場の状態を作り出すことにより、軟磁性粉末を均一な向きに配向させることができるものである。
【0020】
図1に磁性シートを製造するまでの一連の工程を示し、図2に磁性シートを製造するための製造ラインの概略構成を示す。
【0021】
まず、磁性シートを製造するにあたっては、図1中ステップS1において、少なくとも扁平形状の軟磁性粉末と溶媒に溶解した高分子結合剤(バインダー)とを混合して磁性組成物10を作製する。そして、磁性シートを製造するにあたっては、製造ライン上に設置されたバーコーター等の塗布機12を用いて、所定の塗布厚みとなるようにギャップを調整し、磁性組成物10を所定の基材11上に塗布する。
【0022】
ここで、扁平形状の軟磁性粉末を構成する磁性材料としては、任意の軟磁性材料を用いることができるが、例えば、磁性ステンレス(Fe−Cr−Al−Si系合金)、センダスト(Fe−Si−Al系合金)、パーマロイ(Fe−Ni系合金)、ケイ素銅(Fe−Cu−Si系合金)、Fe−Si系合金、Fe−Si−B(−Cu−Nb)系合金、Fe−Ni−Cr−Si系合金、Fe−Si−Cr系合金、Fe−Si−Al−Ni−Cr系合金等が好適である。これらの軟磁性材料からなる軟磁性粉末を用いて作製した磁性シートは、軟磁性粉末が軟磁気特性に優れることから、RFIDシステムの用途や電波吸収体として好適に用いることができる。
【0023】
また、扁平形状の軟磁性粉末としては、長径が1μm〜200μmであり、扁平度が10〜50のものを用いるのが望ましい。扁平形状の軟磁性粉末の大きさを揃えるためには、必要に応じて、ふるい等を使用して分級すればよい。
【0024】
さらに、軟磁性粉末としては、例えばシランカップリング剤等のカップリング剤を用いてカップリン4グ処理した軟磁性粉末を用いるようにしてもよい。カップリング処理した軟磁性粉末を用いることにより、扁平形状の軟磁性粉末と高分子結合剤界面との補強効果を高め、比重や耐食性を向上させることができる。カップリング剤としては、例えば、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン等を用いることができる。なお、カップリング処理は、予め軟磁性粉末に対して施しておいてもよいし、軟磁性粉末とバインダーとを混合する際に同時に混合し、その結果、カップリング処理が行われるようにしてもよい。
【0025】
一方、バインダー(高分子結合剤)としては、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂、これらの共重合体を用いることができる。特に、バインダーとしては、加工性が良好で、扁平形状の軟磁性粉末を高密度に配向させることが可能な樹脂であるポリエステル系樹脂を用いることができる。また、バインダーとして用いるポリエステル系樹脂として、リン酸残基を有するリン内添ポリエステル系樹脂を用いてもよい。磁性シートは、このリン内添ポリエステル系樹脂を用いることにより、難燃性が付与されたものとすることができる。
【0026】
さらに、磁性組成物10には、バインダーを構成する樹脂に相溶せずに分散される分散粒子を添加するようにしてもよい。磁性シートは、この分散粒子により、表面が平滑となり、後の工程で圧縮する際に樹脂中の空気の噴出跡が残らないような良好な外観とすることができる。ここで、分散粒子は、絶縁性のものが望ましい。さらに、分散粒子が難燃剤であれば磁性シートに難燃性を付与することができる。
【0027】
難燃剤としては、任意のものを使用できるが、例えば亜鉛系難燃剤、窒素系難燃剤又は水酸化物系難燃剤が挙げられる。さらに、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム等も挙げることができる。亜鉛系難燃剤としては、炭酸亜鉛、酸化亜鉛又はホウ酸亜鉛等が挙げられ、中でも炭酸亜鉛が望ましい。窒素系難燃剤としては、例えばメラミン(シアヌル酸トリアミド)、アムメリン(シアヌル酸ジアミド)、アムメリド(シアヌル酸モノアミド)、メラム、メラミンシアヌレート、ベンゾグアナミン等のメラミン誘導体を用いることができる。なお、ポリエステル系樹脂への分散性、混合性の観点から、メラミンシアヌレートを用いることが望ましい。また、難燃剤の代わりに、カーボンブラック、酸化チタン、窒化ホウ素窒化アルミニウム、アルミナ等を添加してもよい。
【0028】
また、磁性シートは、軟磁性粉末とバインダーとの他に、架橋剤を含有していてもよい。架橋剤としては、例えばブロックイソシアネートが挙げられる。ブロックイソシアネートは、イソシアネート基(−NCO)が室温で反応しないように加熱によって解離(脱保護)できる保護基で保護されたイソシアネート化合物である。このブロックイソシアネートは、室温ではバインダーを構成する樹脂を架橋しないが、保護基の解離温度以上に加熱されることにより、保護基が解離し、イソシアネート基が活性化し、樹脂が架橋される。
【0029】
なお、ブロックイソシアネートとしては、保護基の解離温度が120℃〜160℃の範囲のものを使用することが望ましい。この解離温度を120℃よりも高くすることで、基材11上に塗布される磁性組成物10の粘度を調整するために使用するメチルエチルケトンやトルエンを蒸発させ、形成される磁性シートを乾燥させることができる。一方、解離温度が120℃よりも低い温度である場合には、磁性組成物10を基材11上に塗布して、メチルエチルケトンやトルエンの沸点以上の温度で乾燥させるときに、ブロックイソシアネートの保護基が解離されて樹脂の架橋が進行してしまうおそれがある。また、基材11としてPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムを使用する場合には、そのフィルムの耐熱温度が160℃以下であるため、解離温度は160℃以下であることが望ましい。樹脂を架橋する反応は、室温でもゆっくり進行するため、加熱終了後に全体を室温まで冷却し、長時間放置することにより、樹脂が完全に架橋し、バインダーが完全に固化することになる。
【0030】
また、ブロックイソシアネートは、バインダーを構成する樹脂に対して0.5重量%以上配合することが望ましい。これによって十分な効果を得ることができる。ブロックイソシアネートの配合量が0.5重量%未満であると、架橋が不十分となり、高温環境下又は高湿環境下において、磁性シートの厚みの変化が大きくなってしまうおそれがある。
【0031】
さらに、保護されていないイソシアネートを用いた場合には、磁性組成物10を基材11上に塗布して溶剤を乾燥してシート化する際に、樹脂の架橋が進行してしまうため、圧縮しても良好な磁気特性を得ることができない。また、硬化が進んだものを圧縮するため、磁性シートの厚みが厚くなるような変化が大きくなる。
【0032】
ここで、扁平形状の軟磁性粉末をバインダーと混合し、高密度に充填することは容易なことではない。扁平形状の軟磁性粉末をバインダーと混合する場合には、混合中の負荷によって扁平形状の軟磁性粉末が粉砕されて小さくなったり、大きな歪みを受けて透磁率μ'を低下させたりする原因となるからである。そのため、扁平形状の軟磁性粉末とバインダーの混合には、溶媒に溶解させた高分子結合剤を使用し、扁平形状の軟磁性粉末に極力負荷を与えないように混合して磁性組成物10とし、これを基材11上に塗布して磁性シートを製造することが望ましい。
【0033】
また、後述する配向を容易に行うためにも、バインダーは流動性の高いものにすることが望ましく、バインダーを溶媒に溶解させ、所定の粘度の磁性組成物10とすることが望ましい。磁性組成物10の粘度の調整には、各種溶媒を用いることができ、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素化合物、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、メチルイソブチルケトン等を用いることができる。さらに、磁性組成物10の塗布形状を調整するために、ジアセトンアルコール等の高沸点溶媒を5%以下の少量だけ添加してもよい。
【0034】
磁性組成物10の粘度は、コーターやドクターブレード法等を用いて塗布できること、当該磁性組成物10に流動性のある必要があること、軟磁性粉末が過度に沈降してしまわないこと等を条件として調整すればよく、この観点から、10000mPa・s〜200000mPa・sとするのが望ましい。ただし、過度に粘度を低くしすぎるとバインダー成分が多くなるために、軟磁性粉末が過度に沈降するとともに、シート化した際に比重が小さくなってしまうという問題がある。一方、粘度を高くしすぎると、後述する磁場印加工程にて磁場を印加したときの軟磁性粉末の挙動が悪くなって磁場の効果が低くなるとともに、後述する磁場解除工程にて軟磁性粉末が水平方向に倒れる前に樹脂の架橋や磁性組成物10の乾燥が始まってしまう可能性がある。このことから、磁性組成物10の粘度は、10000mPa・s〜30000mPa・sとするのが最適である。また、固形分についても、バインダーの種類との兼ね合いで、磁性組成物10の粘度を上述した適正な範囲とすることができるように調整すればよく、例えば50%〜70%の範囲とすることが望ましい。固形分が70%以上で粘度が大きい場合には、塗布できなかったり、塗布する際にシートに筋が入ったりするという不都合が生ずる可能性がある。固形分を50%以下にすると、離型剤が塗布された剥離基材として基材11を用いる場合には、磁性組成物10を当該基材11上に塗布する際に離型剤によるはじき等の問題が生じる。
【0035】
本発明の実施の形態として示す磁性シートは、このような構成からなる磁性組成物10を主材料とし、これを基材11上に塗布することによって製造される。なお、基材11としては、フィルム状のものを用いることができ、例えばポリエチレンテレフタレートフィルム、ポリエチレンナフタレートフィルム、ポリイミドフィルム、ポリフェニレンスルフィドフィルム、ポリプロピレノキサイドフィルム、ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム、ポリアミドフィルム等を挙げることができる。また、その厚みは適宜選択することができ、例えば数μm〜数百μmとすることができる。なお、最終的な磁性シートの完成品は、剥離基材としての基材11が剥離されて提供される形態の他に、基材11と一体化して提供される形態があるが、基材11が剥離されて提供される形態の場合には、当該基材11を容易に剥離できるように、磁性シート形成面には離型剤が塗布されていることが望ましい。
【0036】
さて、図1中ステップS1における塗布工程にて磁性組成物10を基材11上に塗布して得られた塗工物は、製造ラインに設置された磁石13を通過するようにライン上を搬送される。すなわち、磁性シートを製造するにあたっては、図1中ステップS1における塗布工程を経ると、その直後に、ステップS2において、磁石13による磁場を塗工物に印加する。
【0037】
ここで、磁石13は、製造ラインにおける塗工物の搬送方向と直行する当該塗工物の幅方向にわたって一様な磁力を有する棒磁石等を用いることができる。また、磁石13は、図3(A)に示すように、磁力線MFが塗工物の面に対して垂直方向となるように設けられる。すなわち、図1中ステップS2における磁場印加工程では、塗工物に含まれる軟磁性粉末が磁場を通過するのにともない垂直方向に起立するように磁場が印加される。
【0038】
このような磁場印加工程は、磁性組成物10に含まれる軟磁性粉末を垂直方向に配向させるために、当該磁性組成物10に流動性のある時間内に行われ、例えば当該磁性組成物10が高沸点溶媒を含む場合には、基材11上への塗布後5分以内に行われる。すなわち、製造ラインの搬送方向における磁石13の設置位置は、塗工物を搬送するライン速度に応じて決められる。
【0039】
なお、磁石13は、設置の容易さの観点からは、図3(A)に示すように、基材11の下側において製造ラインの搬送方向と直行する幅方向にわたって延在するように設けるのが望ましいが、磁力線MFが塗工物の面に対して垂直方向となるのであれば、図3(B)に示すように、基材11の上側に設けてもよく、また、図3(C)に示すように、2本の棒磁石やU字型磁石を用いることによって基材11の両側に設けてもよい。特に、図3(C)に示す態様においては、基材11を挟んで対向する磁極をN極とS極にすることにより、製造ラインの搬送方向と直行する幅方向にわたって磁力線MFが均一となり且つ強い磁界を印加しやすいという効果を得ることが可能となる。なお、磁石13としては、ソレノイドコイル等の電磁石を用いてもよいが、製造ラインにおける設置の容易さや制御のしやすさ、さらにはコストの観点から、棒磁石等の永久磁石が望ましい。また、軟磁性粉末が短時間で確実に垂直方向に配向するように、磁石13による磁束密度は0.03テスラ以上であるのが望ましい。
【0040】
磁性シートを製造するにあたっては、このような図1中ステップS2における磁場印加工程にて軟磁性粉末を垂直方向に磁場配向すると、ステップS3において磁場を解除し、実質的に無磁場の状態で所定時間だけ塗工物を静置させる。すなわち、塗工物は、磁石13の設置領域を通過してから乾燥装置14に搬入されるまでに所定時間だけ無磁場の状態でライン上を搬送される。
【0041】
ここで、無磁場の状態で塗工物を静置するのにともない、垂直方向に起立した軟磁性粉末は塗工物の面と平行な水平方向に倒れ、その水平方向に配向することになる。したがって、この塗工物を無磁場の状態に晒して静置させる所定時間(静置時間)は、少なくとも垂直方向に起立した軟磁性粉末が当該塗工物の面と平行な水平方向に倒れるまでの時間とされ、例えば5秒以上である。具体的には、この静置時間は、磁性組成物10の粘度に大きく依存し、粘度が高くなるほど長時間を必要とする。ただし、粘度が高すぎる場合には、上述したように、軟磁性粉末が水平方向に倒れる前に樹脂の架橋や磁性組成物10の乾燥が始まってしまう可能性があるため、静置時間は、かかる樹脂の架橋や磁性組成物10の乾燥が始まらない時間を上限として設定される。また、磁性組成物10が高沸点溶媒を含む場合には、静置時間を短時間から長時間まで幅広く設定することができるが、揮発しやすい溶媒を含む場合には、樹脂の架橋や磁性組成物10の乾燥が始まる前に軟磁性粉末が水平方向に倒れる必要性を鑑み、当該磁性組成物10が低粘度のものである必要がある。さらに、軟磁性粉末は、その粒径が大きくなるほど質量も大きくなり、自重で倒れやすい傾向にあることから、軟磁性粉末の粒径が大きいほど静置時間は短時間で済む。さらにまた、過度に長い静置時間は、製造時間の長時間化のみならず、場合によっては配向した軟磁性粉末の再凝集を招来することもある。したがって、静置時間は、磁性組成物10の粘度や溶媒の種類、軟磁性粉末の粒径や凝集のしやすさ等に応じて、その上限値が決まることになる。
【0042】
このような図1中ステップS3における磁場解除工程にて軟磁性粉末を水平方向に配向させることにより、扁平形状の軟磁性粉末をシート面と水平方向に配向させ、軟磁性粉末を高密度に充填することが可能となる。そして、磁性シートを製造するにあたっては、軟磁性粉末を水平方向に配向させると、ステップS4における乾燥工程へと移行する。
【0043】
この乾燥工程では、いまだ軟磁性粉末や溶媒が溶液内で自由に移動できるようないわばスラリー状とされて流動性のある磁性組成物10からなる塗工物をドライヤやオーブン等の乾燥装置14に搬入し、所定時間以上かけて乾燥することによって磁性組成物10を固化して磁性シートを形成する。例えば、乾燥工程としては、溶媒を不要に蒸発させないために20℃〜70℃程度の温度で所定時間乾燥させた後、溶媒が十分に乾燥するような80℃〜115℃程度の高温で乾燥させるような作業を行う。なお、乾燥温度の上限を115℃としているが、これは、磁性組成物10に架橋剤が含有されている場合を考慮したものであり、乾燥温度の上限は、架橋剤の架橋開始温度よりも低いものとすればよい。また、乾燥は、溶媒の含有量が1%以下となる程度に行うのが望ましい。溶媒の含有量が1%以上ある場合には、乾燥した磁性組成物10、すなわち、磁性シートを基材11から剥離する際に、伸びたり、ちぎれたりする可能性があり、また、蒸発した溶媒が磁性シート表面に膨れとなって現れるためである。なお、乾燥工程を一連の製造ライン上で行う場合には、塗工物を搬送するライン速度を調整することにより、乾燥時間を調整することになる。
【0044】
磁性シートは、このような塗布工程、磁場印加工程、磁場解除工程、及び乾燥工程を経ることによって製造される。なお、磁性シートを製造するにあたっては、所望の厚みの磁性シートを製造するために、必要に応じて、乾燥した磁性組成物10の上にさらに磁性組成物10を重ね塗布したり、ラミネーターによる貼り合わせを行ったりしてもよい。また、磁性シートを製造するにあたっては、磁性シートの磁気特性を向上させるために、乾燥した塗工物をローラーやプレス機等を用いて熱圧縮を行ってもよい。特に、磁性シートは、このような熱圧縮工程を行うことにより、磁気特性の向上とともに、内部に含まれる空気量を少なくして比重を大きくすることができるため、さらに難燃性の向上も図ることができる。
【0045】
以上説明したように、本発明の実施の形態として示した磁性シートの製造方法は、少なくとも扁平形状の軟磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して磁性組成物10を作製し、その磁性組成物10を所定の基材11上に塗布した直後に磁場を印加して軟磁性粉末を垂直方向に配向させた後に、所定の静置時間だけ静置する。通常、軟磁性粉末を垂直方向に配向させた状態で磁性組成物10を乾燥することは、扁平形状や針状の軟磁性粉末を用いた場合には、軟磁性粉末の配向の向きや充填量のいずれも悪化することになる。これに対して、本発明の実施の形態として示した磁性シートの製造方法は、軟磁性粉末を垂直方向に配向させた後に、所定の静置時間だけ静置することにより、垂直方向に起立した軟磁性粉末が水平方向に倒れ、その水平方向に軟磁性粉末を均一に配向させることができる。したがって、この磁性シートの製造方法においては、磁場配向を利用した簡便な方法でありながら、透磁率が大きい磁性シートを製造することができる。
【0046】
[実施例]
本願発明者は、同一組成の磁性組成物を用いて、製造方法を変化させて実際に磁性シートを製造し、その磁気特性を測定した。なお、以下に示す全ての実施例及び比較例において、磁性組成物は、扁平形状の軟磁性粉末として、平均粒径D50が60μmのFe−Si−Al系合金粉末を550重量部用い、バインダーとして、グリシジル基を有するアクリルゴム83重量部のアクリルゴム(SG80H−3;ナガセケムテックス株式会社製)と、23.1重量部のエポキシ樹脂(エピコート(登録商標)1031S;ジャパンエポキシレジン株式会社製)と、6.9重量部のエポキシ硬化剤(HX3748;旭化成ケミカルズ株式会社製)とからなるものを用い、溶媒として、トルエンと酢酸エチルとの混合溶媒を用い、これら扁平形状の軟磁性粉末とバインダーと溶媒とを均一に混合して作製したものを用いた。
【0047】
(実施例1)
実施例1では、表面に離型処理が施された基材としての剥離用PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム(厚み50μm)上に、作製した磁性組成物を、その塗布量が400g/m2となるようにバーコーターを用いて塗布し、塗膜が生成された直後に、その塗工物を、磁場の印加方向がシート面に対して垂直方向となるように設置された磁束密度が約0.035テスラの棒磁石上を通過させて磁場配向させた。そして、塗工物を、無磁場の状態で10秒間静置した後に、70℃に加熱したオーブンを用いて3分間加熱し、さらに、90℃に加熱したオーブンを用いて3分間加熱して乾燥させ、実験対象とする磁性シートを製造した。
【0048】
(比較例1)
比較例1では、実施例1と同一の塗布量で磁性組成物を剥離用PETフィルム上に塗布し、その塗工物を磁場配向せずに10秒間静置した後に、70℃に加熱したオーブンを用いて3分間加熱し、さらに、90℃に加熱したオーブンを用いて3分間加熱して乾燥させ、実験対象とする磁性シートを製造した。
【0049】
(比較例2)
比較例2では、実施例1と同一の塗布量で磁性組成物を剥離用PETフィルム上に塗布し、その塗工物を20秒間静置した後に、70℃に加熱したオーブンを用いて3分間加熱し、さらに、90℃に加熱したオーブンを用いて3分間加熱して乾燥させ、実験対象とする磁性シートを製造した。このとき、オーブンによる加熱は、剥離用PETフィルムの下側から実施例1と同一の棒磁石を用いて磁場を印加しながら行った。なお、この比較例2は、磁気テープの分野で行われているソレノイドコイル方式のように、乾燥開始タイミングと同時に磁場配向を行う方法を想定したものである。
【0050】
次表1に、これら実施例1及び比較例1,2のそれぞれにおける磁性シートの透磁率μ'を測定した結果を示す。
【0051】
【表1】

【0052】
上表1に示すように、実施例1の磁性シートの透磁率μ'は、26.6であり、磁性シートの磁気特性が良好であることが確認された。これに対して、比較例1の磁性シートの透磁率μ'は、23.7であり、比較例2の磁性シートの透磁率μ'は、21.9であり、いずれの磁気特性も低いことが確認された。特に、比較例2による磁気特性が低いのは、扁平形状や針状の軟磁性粉末を垂直方向に配向させた状態で磁性組成物を乾燥したことにより、軟磁性粉末の配向の向きや充填量が悪化した状態のまま磁性組成物が固化したためである。
【0053】
これらの結果から、本発明にて提案した磁性シートの製造方法は、極めて有効であることがわかる。なお、これら実施例1及び比較例1,2においては、磁性粉末としてFe−Si−Al系合金粉末を用いるとともに、バインダーとしてアクリルゴムを用いたが、これら以外の磁性粉末と樹脂との組み合わせでも、同様の結果が得られることは容易に推察される。このように、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0054】
10 磁性組成物
11 基材
12 塗布機
13 磁石
14 乾燥装置
MF 磁力線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも扁平形状の磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して作製された磁性組成物を所定の基材上に塗布する塗布工程と、
上記塗布工程にて上記基材上に塗布した上記磁性組成物に流動性のある時間内に、上記磁性粉末が塗工物の面に対して垂直方向に起立するように当該塗工物に磁場を印加する磁場印加工程と、
上記磁場印加工程にて磁場が印加された上記塗工物を、実質的に無磁場の状態で、少なくとも垂直方向に起立した上記磁性粉末が当該塗工物の面と平行な水平方向に倒れるまで少なくとも5秒以上の所定時間だけ静置させる磁場解除工程と、
上記所定時間経過後に上記磁性組成物を乾燥して磁性シートを形成する乾燥工程とを備えること
を特徴とする磁性シートの製造方法。
【請求項2】
上記磁場印加工程では、上記塗工物の搬送方向と直行する当該塗工物の幅方向にわたって一様な磁力で当該塗工物に磁場を印加すること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項3】
上記磁場印加工程では、0.03テスラ以上の磁束密度で上記塗工物に磁場を印加すること
を特徴とする請求項2記載の磁性シートの製造方法。
【請求項4】
上記磁場印加工程にて磁場を印加する磁石は、上記基材の片側又は両側に設けられていること
を特徴とする請求項2又は請求項3記載の磁性シートの製造方法。
【請求項5】
上記磁石は、永久磁石であること
を特徴とする請求項4記載の磁性シートの製造方法。
【請求項6】
上記磁性組成物は、その粘度が10000mPa・s〜200000mPa・sのものであること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項7】
上記磁性組成物は、その粘度が30000mPa・s以下のものであること
を特徴とする請求項6記載の磁性シートの製造方法。
【請求項8】
上記磁場解除工程にて上記塗工物を静置させる上記所定時間は、上記バインダーを構成する樹脂の架橋及び上記磁性組成物の乾燥が始まらない時間を上限として設定されること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項9】
上記磁場解除工程にて上記塗工物を静置させる上記所定時間は、上記磁性粉末の再凝集が起こらない時間を上限として設定されること
を特徴とする請求項8記載の磁性シートの製造方法。
【請求項10】
上記乾燥工程では、上記磁性組成物に架橋剤が含有されている場合には、当該架橋剤の架橋開始温度よりも低い温度で上記磁性組成物を乾燥すること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項11】
上記磁性組成物を乾燥させて形成された上記磁性シートを熱圧縮する熱圧縮工程を備えること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項12】
少なくとも扁平形状の磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して作製された磁性組成物からなり、
所定の基材上に塗布した上記磁性組成物に流動性のある時間内に、上記磁性粉末が塗工物の面に対して垂直方向に起立するように当該塗工物に磁場を印加した後、実質的に無磁場の状態で、少なくとも垂直方向に起立した上記磁性粉末が当該塗工物の面と平行な水平方向に倒れるまでの所定時間だけ当該塗工物を静置させてから上記磁性組成物を乾燥して得られたこと
を特徴とする磁性シート。

【図1】
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【図2】
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【図3(A)】
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【図3(B)】
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【図3(C)】
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【公開番号】特開2013−70106(P2013−70106A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−9743(P2013−9743)
【出願日】平成25年1月23日(2013.1.23)
【分割の表示】特願2007−263687(P2007−263687)の分割
【原出願日】平成19年10月9日(2007.10.9)
【出願人】(000108410)デクセリアルズ株式会社 (595)
【Fターム(参考)】