説明

磁性体移動車、磁性体移動車の制御装置および制御方法

【課題】磁性体の路面状況に応じて磁性体移動車の車輪の発生するトルクを制御する磁性体移動車を提供する。
【解決手段】本発明の磁性体移動車は、車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、隣接する車体節に対して屈曲可能に車体節を支持する4つ以上の支軸と、支軸において車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、各車輪を駆動する車輪駆動部と、磁性体の路面状況に応じて各車輪駆動部を対となる車輪ごとに独立して制御するトルク制御部と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体移動車、磁性体移動車の制御装置および制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所や火力発電所、化学プラント、各種タンク、船舶等においては、機器の保全状態を検査し、必要に応じて補修作業を行う必要がある。しかしながら、補修作業を行う現場が、例えば凹凸が激しかったり、急傾斜があったり、狭隘であったり、高所であったりする場合には、作業者が近づくことが難しく、効率的な作業を行うことができない。また、作業現場によっては、安全上の観点から作業者が作業現場に近づくことができない場合もある。
【0003】
そこで、近年では、作業装置を搭載し、磁性体からなる路面に吸着した状態で走行可能な磁性体移動車が提案されている。例えば特許文献1には、車両の進行方向に並設された剛体で5つ以上の車体節、並びに、各車体節を隣接する車体節に対して折り畳み及び展開動作可能に支持する4つの支軸、を備えた車両本体と、車両本体に対して車軸が回転可能に支持された6輪以上で磁力を有する車輪と、から構成される磁性体移動車が開示されている。
【0004】
特許文献1に記載の磁性体移動車の前端の車輪から後端の車輪までの間に配置される4つ以上の支軸は、車軸方向視で、車輪の外側で車輪間に配置される第1の支軸と、車輪の内側に配置される第2の支軸とからなり、第2の支軸は、車軸方向視で、最前部の両輪と最後部の両輪以外の車輪(以下、中輪という)の内側に2つあり、車軸は最前部の車体節、最後部の車体節、同じ車輪の内側に配置される第2の支軸間の車体節に設けられている。このような構成とすることで、磁性体移動車を磁性体に吸着させた状態で、急峻な傾きを有する磁性体表面上または急角度で入隅もしくは出隅となる磁性体表面上において、安定的に走行することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−12947号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献1に記載の磁性体移動車では、出隅では屈曲機能を事前に発揮させて屈曲した姿勢とした後に出隅部へ侵入させなければ、車体底部が出隅の角部に接触してしまい、磁性体に吸着する車輪が脱落する危険性がある。例えば図13に示す、支軸12で屈曲可能に連結された2つの車両節11a、11bと、各車両節11a、11bに車両の進行方向と直交する車軸16a、16bに設けられた車輪17a、17bと、各車輪17a、17bを駆動する車輪駆動部であるギヤードモータ15a、15bとからなる磁性体移動車10について考える。磁性体移動車10が出隅部分を走行する際に車両節11a、11bが十分に屈曲していないと、図13に示すように、車体底部が出隅の角部に接触してしまう。
【0007】
一方、入隅では、各車輪の速度が同一のままでは車輪のスリップが発生し、磁性体に吸着する車輪が脱落する危険性がある。すなわち、図14に示すように、車両の進行方向に向かって前方にある車輪17aが入隅を乗り越えた状態においては、車輪17aと車輪17bとが同一速度で回転していると各車輪17a、17bはスリップし、車輪17aは壁を登ることができない。
【0008】
このため、磁性体移動車の操縦者は、出隅や入隅の前後において各車輪の速度を調整し、積極的に車体が屈曲した状態を形成し、車体の位置に応じて前後輪に速度差を生じさせる必要がある。しかし、この操作は、時々刻々と変化する磁性体移動車と出隅または入隅との位置関係に応じて行う必要があり、操縦者にとっては負担が大きい。また、磁性体移動車を遠隔から操縦する場合には、出隅や入隅における車体位置の把握が困難であり、遠隔操作での操作は難しい。特に凹凸が多く狭隘なエリアにおいては出隅や入隅が見えにくく、操縦者にとっては操作が困難となる。また、遠隔視カメラを用いたとしても、操縦に必要な進行方向前方の状況の撮像が優先し、同時に車体の屈曲状況を操縦者に伝達するのは困難である。
【0009】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、磁性体の路面状況に応じて磁性体移動車の車輪の発生するトルクを制御する、新規かつ改良された磁性体移動車、磁性体移動車の制御装置および制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、隣接する車体節に対して屈曲可能に車体節を支持する4つ以上の支軸と、支軸において車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、各車輪を駆動する車輪駆動部と、磁性体の路面状況に応じて各車輪駆動部を対となる車輪ごとに独立してトルク制御するトルク制御部と、を備えることを特徴とする、磁性体移動車が提供される。
【0011】
本発明によれば、磁性体移動車が走行する磁性体の路面状況は、例えば立面や出隅、入隅等のように様々な状況がある。本発明の磁性体移動車は、当該車両が走行する磁性体の路面状況に応じて、各車輪駆動部を対となる車輪ごとに独立して制御することで、対となる車輪ごとにそれらが発生するトルクを変化させる。対となる車輪ごとにトルクの大きさが異なることで磁性体移動車の車体を屈曲させることができ、路面状況に応じて適切な車体形態で車両を走行させることができる。
【0012】
磁性体移動車が重力方向に対して略平行な磁性体の立面を走行するとき、トルク制御部は、車輪駆動部を制御して、進行方向側に配置された車輪ほど大きいトルクを発生させてもよい。これにより、車体が屈曲するのを防止し、車体の直線状態を保持することができる。
【0013】
また、磁性体移動車が磁性体の出隅を走行するとき、トルク制御部は、磁性体の出隅を通過する車体節を連結する支軸が磁性体から離隔する方向に屈曲するように車輪駆動部を制御してもよい。これにより、出隅を通過する車体と磁性体との接触を防止し、磁性体移動車が磁性体から落下するのを防止することができる。
【0014】
さらに、磁性体移動車が磁性体の入隅を走行するとき、トルク制御部は、車輪駆動部を制御して、磁性体の入隅を通過する車輪のトルクを、他の車輪のトルクより大きくしてもよい。これにより、磁性体移動車が確実に入隅を乗り上げることができる。
【0015】
本発明の磁性体移動車は、磁性体移動車の進行方向に路面が存在するか否かを検出する路面検出部と、磁性体移動車の進行方向に路面から鉛直上方に延びる壁面が存在するか否かを検出する壁検出部と、をさらに備えてもよい。このとき、トルク制御部は、路面検出部または壁検出部の検出結果のうち少なくともいずれか1つに基づいて、磁性体移動車が走行予定の磁性体の路面状況を判定してもよい。これにより、磁性体移動車が自律的に走行予定の磁性体の路面状況を認識することができる。
【0016】
また、本発明の磁性体移動車は、磁性体移動車の車体節の屈曲状態を検出する屈曲検出部をさらに備えてもてよい。このとき、トルク制御部は、屈曲検出部の検出結果に基づいて、各車輪により発生するトルクを決定して車輪駆動部を制御してもよい。
【0017】
車輪は、環状の永久磁石であるマグネット層と、少なくともマグネット層の磁性体との接触面を被覆する摩擦層とからなるように構成してもよい。これにより、車輪と磁性体との間の摩擦が増す。その結果、磁性体の面と車輪の間の接線力が増し、重力方向に対して略平行な磁性体の立面を走行するときの車重の保持や、車輪のトルクの伝達が、安定かつ確実になる。
【0018】
また、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、隣接する車体節に対して屈曲可能に車体節を支持する4つ以上の支軸と、支軸において車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、各車輪を駆動する車輪駆動部と、を備える磁性体上を走行可能な磁性体移動車の、車輪のトルクを制御する制御装置であって、磁性体の路面状況に応じて、対となる車輪ごとに発生させるトルクを算出するトルク制御部と、車輪駆動部に対して算出されたトルクを発生させる車輪駆動制御部と、を備えることを特徴とする、磁性体移動車の制御装置が提供される。
【0019】
さらに、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、隣接する車体節に対して屈曲可能に車体節を支持する4つ以上の支軸と、支軸において車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、各車輪を駆動する車輪駆動部と、を備える磁性体上を走行可能な磁性体移動車の、車輪のトルクを制御する制御方法であって、磁性体の路面状況に応じて、対となる車輪ごとに発生させるトルクを算出するトルク制御ステップと、車輪駆動部を制御して算出されたトルクを発生させる車輪駆動制御ステップと、を含むことを特徴とする、磁性体移動車の制御方法が提供される。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように本発明によれば、磁性体の路面状況に応じて磁性体移動車の車輪の発生するトルクを制御する磁性体移動車、磁性体移動車の制御装置および制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態に係る磁性体移動車の構成を示す概略斜視図である。
【図2】同実施形態に係る磁性体移動車の構成を示す側面図である。
【図3】同実施形態に係る磁性体移動車の車輪方向の構成を示す部分断面斜視図である。
【図4】同実施形態に係る磁性体移動車の制御装置の構成を示すブロック図である。
【図5】同実施形態に係る磁性体移動車が重力方向に対して直交する水平面を移動する場合を説明する説明図である。
【図6】同実施形態に係る磁性体移動車が重力方向に対して平行な水平面を移動する場合を説明する説明図である。
【図7】磁性体移動車の出隅における車体の走行制御を説明するフローチャートである。
【図8】磁性体移動車の出隅における車体の走行制御を説明するフローチャートである。
【図9】同実施形態に係る磁性体移動車の出隅走行時の動作を示す説明図である。
【図10】同実施形態に係る磁性体移動車が磁性体の裏面から裏面へ移動するときの動作を示す説明図である。
【図11】磁性体移動車の入隅における車体の走行制御を説明するフローチャートである。
【図12】同実施形態に係る磁性体移動車の入隅走行時の動作を示す説明図である。
【図13】車輪の速度制御がない場合における、磁性体移動車の出隅での走行状態を説明する説明図である。
【図14】車輪の速度制御がない場合における、磁性体移動車の入隅での走行状態を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0023】
<1.磁性体移動車の構成>
[1−1.磁性体移動車の概略構成]
まず、図1〜図3に基づいて、本発明の実施形態に係る磁性体移動車の概略構成について説明する。なお、図1は、本実施形態に係る磁性体移動車の構成を示す概略斜視図である。図2は、本実施形態に係る磁性体移動車の構成を示す側面図である。図3は、本実施形態に係る磁性体移動車の車輪の構成を示す部分断面斜視図である。なお、図1では、車両の進行方向をy軸正方向とし、車両の進行方向に向かって左側の前輪および中輪の記載は省略している。
【0024】
本実施形態に係る磁性体移動車は、永久磁石からなる6つの車輪を有しており、磁性体に吸着しながら磁性体上を走行する車両である。磁性体移動車100は、図1および図2に示すように、車体節110a〜110dと、各車体節110a〜110dを連結する支軸120a〜120dと、回転制限部材130a、130bと、ピン支持部材140a、140bと、ギヤードモータ150a〜150cと、車軸160a〜160cと、車輪170a〜170cとからなる。
【0025】
車体節110a〜110dは、車両の基台を構成する部材であって、平板形状の剛体である。図1に示すように、車体節110a〜110dは、車両が水平面に置かれた状態で各車体節110a〜110dの平面が面一となるように、車両の進行方向に並設される。以下の説明では、車両の進行方向を車両の前方として、車体節110aを前車体節、車体節110bを前中車体節、車体節110cを後中車体節、車体節110dを後車体節とも称する。なお、後述するギヤードモータ150bも、車体節110a〜110dと同様に車体節として機能する。
【0026】
支軸120a〜120dは、隣接する車体節110a〜110dおよびギヤードモータ150bを連結し、回転可能に支持する。支軸120a〜120dは、車両の進行方向に対して直交する方向に延びるように設けられる。具体的には、前車体節110aと前中車体節110bとが前支軸120aにより連結され、前中車体節110bとギヤードモータ150bとが前中支軸120bにより連結されている。また、ギヤードモータ150bと後中車体節110cとが後中支軸120cにより連結され、後中車体節110cと後車体節110dとが後支軸120dにより連結されている。支軸120a〜120dにより連結された車体節110a〜110dおよびギヤードモータ150bは、支軸回りに相対的に回転させることができる。これにより、磁性体移動車100は、車体を屈曲させることが可能となる。
【0027】
回転規制部材130a、130bは、支軸120aまたは120dによって接続された車体節110a〜110d間の相対的な回転範囲を規制する。回転規制部材130a、130b、以下に説明する溝部131a、131b、ピン支持部材140a、140b、ピン141a、141bは、図1に示すように対となって構成されており、進行方向に対して直交する方向に配置されている。
【0028】
回転規制部材130a、130bは、具体的には、第1の回転規制部材130aは、前車体節110aの上面110atに固定された、前車体節110aと前中車体節110bとの間の相対的な回転を規制する部材である。また、第2の回転規制部材130bは、後中車体節110c上面に固定された、後中車体節110cと後車体節110dとの間の相対的な回転を規制する部材である。
【0029】
回転規制部材130a、130bには、支軸120a、120dを中心とする円弧状の溝部131a、131bが形成されている。各溝部131a、131bには、図1および図2に示すように、ピン支持部材140a、140bから支軸120a〜120dの延設方向に突出するピン141a、141bが挿通されている。第1のピン支持部材140aは前中車体節110bに固定されており、第2のピン支持部材140bは後車体節110dに固定されている。車両が水平面に置かれた状態では、図2に示すように、ピン141a、141bは、溝部131a、131bの車両の進行方向側(y軸正方向側)の一端に位置する。
【0030】
このような構成により、前車体節110aと前中車体節110bとは、これらの上面110atと上面110btとがなす角度が大きくなるように、支軸120a回りに回転して車体を屈曲させることができる。このとき、第1のピン141aは第1の溝部131aに案内されて第1の溝部131aの他端まで移動する。そして、第1のピン141aが他端に到達すると、車体節110a、110bの回転が規制され、これ以上上面110atと上面110btとがなす角度が大きくなる方向には回転できなくなる。同様に、後中車体節110cと後車体節110dとは、これらの上面110ctと上面110dtとがなす角度が大きくなるように、支軸120d回りに回転して車体を屈曲させることができる。このとき、第2のピン141bは第2の溝部131bに案内されて第2の溝部131bの他端まで移動する。そして、第2のピン141bが他端に到達すると、車体節110c、110dの回転が規制され、これ以上上面110ctと上面110dtとがなす角度が大きくなる方向には回転できなくなる。
【0031】
溝部131a、131bの長さは、車体節110aと110b、110cと110dの間で許容される回転範囲に応じて設定される。例えば、支軸120a、120dと磁性体2との間のz方向における距離が距離d1(>0)となったときに停止し、かつ、y方向における距離が距離d2となったときに停止するように設定される。なお、距離d2は、図2に示すような板厚d3の磁性体2上で磁性体移動車100を走行させる場合には、隣接する車輪170aと170b、170bと170cが吸着しないようにd2≦d3を満たすように設定する必要がある。
【0032】
なお、本実施形態では、第1の回転規制部材130aを前車体節110aに固定し、第1のピン支持部材140aを前中車体節110bに固定したが、本発明はかかる例に限定されず、第1の回転規制部材130aを前中車体節110bに固定し、第1のピン支持部材140aを前車体節110aに固定してもよい。同様に、第2の回転規制部材130bを後中車体節110cに固定し、第2のピン支持部材140bを後車体節110dに固定したが、第2の回転規制部材130bを後車体節110dに固定し、第2のピン支持部材140bを後中車体節110cに固定してもよい。
【0033】
ギヤードモータ150a〜150cは、車輪170a〜170cを回転駆動するモータおよび駆動力を伝達する伝達ギアを備える駆動機構である。第1のギヤードモータ150aは、前車体節110aの上面110atに載置され、第3のギヤードモータ150cは、後車体節110dの上面110dtに載置される。第2のギヤードモータ150bは、支軸120bにより前中車体節110bと相対的に回転可能に連結されるとともに、支軸120cにより後中車体節110cと相対的に回転可能に連結される。すなわち、第2のギヤードモータ150bは、車体節として機能する。
【0034】
ギヤードモータ150a〜150cも、図1に示すように対となって構成されており、進行方向に対して直交する方向に配置されている。したがって、各ギヤードモータ150a〜150cに連結される車軸160a〜160c、車輪170a〜170cも対となって構成されている。すなわち、本実施形態に係る磁性体移動車100は、3対の車輪、すなわち6つの車輪170a〜170cを備える。
【0035】
車軸160a〜160cは、車輪170a〜170cの回転中心となり、伝達ギアにより伝達された駆動力で車輪170a〜170cを回転させる。車軸160a〜160cは、支軸120a〜120dの延設方向に突出し、一端は各ギヤードモータ150a〜150cに備えられる伝達ギアの最終段に配置される最終ギアと係合している。車軸160a〜160cの他端には、車輪170a〜170cがそれぞれ取り付けられている。
【0036】
車輪170a〜170cは、磁力を有する車輪である。各車輪170a〜170c(170)は、図3に示すように、環状の永久磁石であるマグネット層172と、マグネット層172の表面を覆う摩擦層174とからなる。摩擦層170は、例えばゴム等を用いることができ、少なくともマグネット層172のうち磁性体2と接触する部分に設けられる。車輪170の表面に位置する摩擦層174は、車輪170と磁性体2との間に摩擦を生じさせるために設けられる。これにより、磁性体2との接触部分において車輪170で発生するトルクを十分に伝達することができ、車輪170が磁性体2からずり落ちるのを防止できる。車輪170と摩擦層174との摩擦係数μは、例えば約0.1〜0.5に設定することができる。また、車輪170のマグネット層172を覆う材料として、ゴム以外にも例えばシリコン樹脂等を用いてもよい。
【0037】
このような構成の磁性体移動車100は、後述する制御装置によって各車輪170a〜170cのトルク制御を行うことで車体を屈曲させることができる。図4に、本実施形態に係る磁性体移動車100の制御装置190の構成を示す。
【0038】
[1−2.磁性体移動車の制御装置の構成]
制御装置190は、磁性体移動車100に設けられたセンサ180または磁性体移動車100の操縦者が当該磁性体移動車100を操作するための操作入力を行う操作入力装置200からの情報に基づいて、車輪170a〜170cのトルク制御を行う。すなわち、制御装置190は、センサ180により検出されたセンサ情報に基づいて、磁性体移動車100の各ギヤードモータ150a〜150cにトルクの差を設けて、各車輪170a〜170cに微少かつ適切な速度差を与えることができる。その結果、制御装置190は、磁性体移動車100の走行状態を自動的に判断し、適切な形態に車体を屈曲させたり展開させたりすることができる。あるいは、制御装置190は、操作入力装置200からの操作入力情報に基づいて、磁性体移動車100の車体を屈曲させたり展開させたりすることもできる。したがって、センサ180または操作入力装置200からの入力があれば、制御装置190は車輪170a〜170cのトルク制御を行うことができる。
【0039】
まず、磁性体移動車100にセンサ180を備える場合、図4に示すように、センサ180として、路面検出部182と、壁検出部184と、屈曲検出部186とが備えられる。
【0040】
路面検出部182は、磁性体移動車100の車体節100a〜100dの底面110ab〜110dbと対向している磁性体2が存在しているか否かを検出する。路面検出部182は、例えば赤外線センサ等により構成することができ、前車体節110aの車軸160aよりも進行方向側に設けられる。路面検出部182から出射された赤外線は、底面110abが磁性体2と対向していれば当該磁性体2の表面で反射して、路面検出部182により検出される。一方、底面110abが磁性体2と対向していない場合には、路面検出部182によって反射された赤外線が検出されないか、あるいは底面110abが磁性体2と対向している場合よりも遅れて赤外線を検出することになる。路面検出部182の検出結果は、制御装置190の受信部192へ送信される。
【0041】
壁検出部184は、磁性体移動車100の進行方向に、車体節100aと対向している磁性体2が存在しているか否かを検出する。壁検出部184は、路面検出部182と同様、例えば赤外線センサ等により構成することができ、前車体節110aから進行方向に向かって赤外線を出射するように設けられる。壁検出部184から出射された赤外線は、車両の進行方向に磁性体2があれば当該磁性体2の表面で反射して、壁検出部184により検出される。一方、車両の進行方向に磁性体2がない場合には、壁検出部184によって反射された赤外線が検出されない。壁検出部184の検出結果は、制御装置190の受信部192へ送信される。
【0042】
屈曲検出部186は、磁性体移動車100の車体の屈曲状態を検出する。屈曲検出部186は、例えばエンコーダを支軸120a〜120dに設けて支軸120a〜120の回転角度を検出したり、シートセンサを支軸120a〜120dおよびその両隣にある車体節110a〜110dまたはギヤードモータ150bにわたって設けて屈曲に応じた圧力変化を検出したりするように構成される。屈曲検出部186の検出結果は、制御装置190の受信部192へ送信される。
【0043】
一方、操作入力装置200は、磁性体移動車100の操縦者によって送信される操作入力を、制御装置190の受信部192へ出力する。操縦者は、磁性体移動車100の走行状態を見て、操作入力部200を用いて車輪170a〜170cのトルクを調節する入力情報を入力する。情報の入力は、操作入力装置200に設けられたボタンやレバー、キーボード、タッチパネル等により行うことができる。
【0044】
なお、操作入力装置200による操作入力に基づき磁性体移動車100のトルク制御を行う場合に、磁性体移動車100にセンサ180が設けられているときには、センサ180の検出結果を操作入力装置200に送信して、操縦者に通知するようにしてもよい。これにより、操縦者は、磁性体移動車100が走行する環境をより正確に認識することができるようになり、適切な操作入力を行うことができるようになる。
【0045】
センサ180または操作入力装置200からの入力情報に基づいて、制御装置190は、車輪170a〜170cのトルク制御を行う。制御装置190は、図4に示すように、受信部192と、トルク制御部194と、車輪駆動制御部196とからなる。
【0046】
受信部192は、センサ180または操作入力装置200からの入力情報を受信するインタフェースである。受信部192は、受信した入力情報をトルク制御部194へ出力する。
【0047】
トルク制御部194は、入力情報に基づいて、車輪170a〜170cのトルク制御を行う。センサ180から入力された検出結果に基づいて車輪170a〜170cのトルク制御を行う場合、トルク制御部194は、まず、センサ180の検出結果より磁性体移動車100の走行する環境を認識する。例えば、水平面を走行しているのか、出隅を走行しようとしているのか、あるいは入隅を走行しようとしているのか、といった、磁性体移動車100が走行する環境を認識する。そして、トルク制御部194は、磁性体移動車100の走行する環境に応じて、安定して車両を走行させるように車輪170a〜170cのトルクを制御する。トルク制御部194による車両170a〜170cのトルクを制御する制御情報は、車輪駆動制御部196へ出力される。なお、トルク制御部194によるトルク制御についての詳細は後述する。
【0048】
車輪駆動制御部196は、トルク制御部194により算出された制御情報に基づいて、車輪170a〜170cを駆動するモータの制御値を算出し、モータへ出力する。車輪駆動制御部196は、図4に示すように、3つの車輪170a〜170cをそれぞれ独立してトルク制御することができる。車輪駆動制御部196は、車輪170a〜170cのトルクをそれぞれ算出して、ギヤードモータ150a〜150c、車軸160a〜160cを介して車輪170a〜170cへ伝達される。
【0049】
本実施形態に係る制御装置190では、第1の車輪170a、第2の車輪170b、および第3の車輪170cそれぞれを独立してトルク制御する。これにより、第1の車輪170a、第2の車輪170b、および第3の車輪170cの回転速度に差が生じ、車体を支軸120a〜120dにおいて屈曲させることができる。車体の屈曲の形態は、トルク制御部194により認識された磁性体移動車100の走行する環境に応じて決定される。以下、磁性体移動車100の走行する環境に応じた車輪170a〜170cのトルク制御について詳細に説明する。
【0050】
<2.磁性体移動車の車輪のトルク制御>
[2−1.平面走行時におけるトルク制御]
まず、図5および図6に基づいて、本実施形態に係る磁性体移動車100の平面走行時における動作を説明する。なお、図5は、本実施形態に係る磁性体移動車100が重力方向に対して直交する水平面を移動する場合を説明する説明図である。図6は、本実施形態に係る磁性体移動車100が重力方向に対して平行な水平面を移動する場合を説明する説明図である。なお、以下では、車両が進行方向へ進むときの車輪170a〜170cの回転方向を順方向として説明する。図5、図6および後述する図9、図10、図12においては、順方向は時計回りの回転方向である。また、図5、図6、図9、図10、図12においては、説明を分かり易くするため、図2に示す磁性体移動車100を簡略化して記載している。この際、支軸120bおよび120cは、支軸120eとしてまとめて記載している。
【0051】
磁性体移動車100においては、車両走行時に、前後の車輪170a〜170cに対して順方向への回転の反トルクを作用させる。進行方向先頭にある第1の車輪170aには第2の車輪170bを平面に押し付ける方向に反トルクが付加される。第2の車輪170bには、第1の車輪170aを平面から離隔させる方向と、第3の車輪170cを平面に押し付ける方向とに反トルクが付加される。第3の車輪170cには、第2の車輪170bを平面から離隔させる方向の反トルクが与えられる。
【0052】
本実施形態に係る磁性体移動車100は、上述したように、支軸120a〜120dにおいて車体が屈曲可能に構成されている。このため、車輪170a〜170cに作用する反トルクによって、その向きによって車体が屈曲する。
【0053】
例えば、重力方向に対して直交する水平面を磁性体移動車100が移動する場合を考えると、図5に示すように、第1の車輪170aの順方向への回転により第2の車輪170bが磁性体2側へ押し付けられる方向の反トルクτが付加される。また、第2の車輪170bについては、第2の車輪170bの順方向への回転により、第1の車輪170aが磁性体2から離隔する方向の反トルクτと、第3の車輪170cが磁性体2側へ押し付けられる方向の反トルクτが付加される。このとき、第2の車輪170bの反トルクは、反トルクτ、τに半分ずつ分散して車体に作用する。そして、第3の車輪170cについては、第3の車輪170cの順方向への回転により、第2の車輪170bが磁性体2から離隔する方向の反トルクτが付加される。
【0054】
これより、反トルクτ>τより、支軸120aが磁性体2に近接して、前車体節110aと前中車体節110bとが伸展するように移動する。また、反トルクτ>τより、支軸120dが磁性体2から離隔して、後中車体節110cと後車体節110dとが支点120dにおいて屈曲するように移動する。ここで、図5に示すように、重力方向に対して直交する水平面での走行においては、各車輪170a〜170cの回転により生じる反トルクで車体が屈曲するように移動しても重力の作用によりその屈曲状態への移動は抑制される。したがって、重力方向に対して直交する水平面での走行においては、走行反トルクの保持機能を考慮しなくとも車両は進展した状態で安定して水平走行できる。
【0055】
これに対して、重力方向に対して平行な水平面(立面)を移動する場合には、重力によって反トルクによる車体の屈曲を抑制することができず、図6に示すように車体が屈曲する。そこで、本実施形態に係る磁性体移動車100は、トルク制御部194によって車輪170a〜170cの発生するトルクを制御し、車体の屈曲を抑制する。
【0056】
より詳細に説明すると、立面走行時においては、トルク制御部194は、車輪170a〜170cのトルクを進行方向側に位置するものほど大きくする。例えば、第3の車輪170cのトルクが通常値であるとき、トルク制御部194は、第2の車輪170bのトルクを通常値より10%大きくし、第1の車輪170aのトルクを通常値より20%大きくする。このように、進行方向側に位置する車輪ほどトルクを大きくすることで、車体が進行方向に引っ張られるような状態となり、車体の直線形状を維持することが可能となる。立面走行時においては、車体の重心が磁性体2から離隔してしまうと車体に対して磁性体2から引き剥がされる力が発生して磁性体2から落下しやすくなることからも、車体の直線形状を維持することは望ましい。
【0057】
[2−2.出隅走行時におけるトルク制御]
次に、図7〜図10に基づいて、本実施形態に係る磁性体移動車100の出隅における車体の走行について説明する。なお、図7および図8は、磁性体移動車100の出隅における車体の走行制御を説明するフローチャートである。図9は、本実施形態に係る磁性体移動車100の出隅走行時の動作を示す説明図である。図10は、本実施形態に係る磁性体移動車100が磁性体2の裏面から裏面へ移動するときの動作を示す説明図である。なお、以下では磁性体移動車100にセンサ180が設けられており、トルク制御部194は、当該センサ180の検出結果に基づいて車輪170a〜170cのトルク制御を行うものとする。
【0058】
磁性体移動車100が出隅を通過する場合、各車輪170a〜170cは出隅での接触を避けるため、支軸120a、120dが磁性体2から離隔するように屈曲する。このため、磁性体移動車100が出隅を通過するときには、車輪170a〜170cの磁性体2に対する吸着力が低下する。そこで、出隅を通過する際には、隣接する車輪からの反トルクによって車両が磁性体2から離隔されるのを避けるため、車体は基本的に伸展させて直線状態とするのが望ましい。このように車軸間距離を大きくすることで、接線力を小さくすることができ、車両が磁性体2から離隔させる力を低減することができる。
【0059】
一方で、出隅通過時には、出隅と車体底部とが接触して車両が磁性体2から脱落するのを防止するため、車体を屈曲させる必要がある。したがって、出隅を通過するときには車体を屈曲させ、それ以外では車体を伸展させるようにする。このような考えに基づき、トルク制御部194は磁性体移動車100のトルク制御を行う。以下、出隅角度が90°と180°との場合について、出隅走行時の車輪170a〜170cのトルク制御について説明する。
【0060】
(出隅角度90°の出隅走行時における磁性体移動車の動作)
まず、図9に示す出隅角度90°の出隅走行時における磁性体移動車100の動作について、図7および図8のフローチャートに沿って説明する。図9の状態Aに示すように、磁性体移動車100が重力方向に対して直交する磁性体2の平面を走行している状態では、磁性体移動車100は上述したような平面走行を行う(S100)。平面走行では、各車輪170a〜170cのトルクは同一である。このとき、路面検出部182は路面である磁性体2平面を検出しており、壁検出部184による壁面の検出および屈曲検出部186による車体の屈曲は検出されていない。平面走行の間、各検出部182、184、186は状況の検出を継続して行っている。
【0061】
出隅の検出は、路面検出部182により行われる(S102)。路面検出部182にて路面が検出されない間はステップS100からの処理が繰り返される。ステップS102にて磁性体移動車100により路面が検出されると、トルク制御部194は、第1の車輪170aのトルクを小さくして当該第1の車輪170aの回転速度を低下させる(S104)。これにより、第2の車輪170bが、第3の車輪170cとの間の後中車体節110cおよび後車体節110dの直線状態を保持したまま、第1の車輪170aに近接する。したがって、図9の状態Bに示すように、前車体節110aと前中車体節110bとが支軸120aで屈曲した状態となる。
【0062】
第1の車輪170aの減トルクは、前車体節110aの底面110abと前中車体節110bの底面110bbとがなす角度αが所定の角度α以下(すなわち、α≦α)となるまで行われる(S106)。なお、前車体節110aおよび前中車体節110bを合わせて前シャシーともいい、角度αを前シャシーの屈曲角度とも称する。前シャシーの屈曲角度αは、伸展状態で180°となり、屈曲するにつれてその角度は小さい値となる。角度αは、例えば約90°とすることができる。前シャシーを屈曲させることにより、車両の進行方向側に位置する第1の車輪170aが、出隅通過の際に、磁性体2から外れてしまうのを防止することができる。
【0063】
トルク制御部194は、前シャシーの屈曲角度α=αとなるまでは、第1の車輪170aのトルクを低下させ、前シャシーの屈曲角度α≦αとなったとき、各車輪170a〜170cのトルクを同一にする(S108)。これにより、前シャシーが屈曲した状態を保持しながら車体を走行させることができる。
【0064】
その後、図9の状態Cに示すように、第1の車輪170aが出隅を越えて重力方向に対して平行な磁性体2平面に達する。このとき、トルク検出部194は、路面検出部182により路面の検知があり、かつ屈曲検出部186により第2の車輪170bに隣接する前中車体節110bと後中車体節110cとの屈曲角度βが所定の角度β以上(すなわち、β≧β)となったか否かを確認している(S110)。なお、前中車体節110bおよび後中車体節110cを合わせて中シャシーともいい、角度βを中シャシーの屈曲角度とも称する。中シャシーの屈曲角度βも、伸展状態で180°となり、屈曲するにつれてその角度は小さい値となる。ただし、中シャシーは、磁性体2側に突出するようにも離隔するようにも屈曲することが可能なことから、中シャシーの屈曲角度βは180°以上の値をとることも可能である。角度βは、例えば約255°とすることができる。
【0065】
ステップS110の条件を満たすまでは、車輪170a〜170cは同トルクで前進される。一方、ステップS110の条件を満たしたとき、トルク制御部194は、第2の車輪170bおよび第3の車輪170cのトルクを低下させる(S112)。そして、第2の車輪170bが出隅の角部2aに到達すると、トルク制御部194は、図8に示すように、第2の車輪170bを出隅の角部2aに線接触させた状態で、第1の車輪170aおよび第3の車輪170cをそれぞれ前進させる。このとき、トルク制御部194は、前シャシーの屈曲角度αが所定の角度α以上となり、かつ、後シャシーを構成する後中車体節110cと後車体節110dとがなす角γが所定の角度γ以下となるまでステップS104の走行状態を維持する(S116)。なお、後シャシーの屈曲角度γは、伸展状態で180°となり、屈曲するにつれてその角度は小さい値となる。角度αは例えば約175°とすることができ、角度γは例えば約90°とすることができる。ステップS116の条件を満たすまではステップS114の処理が繰り返される。
【0066】
ステップS116の条件を満たしたとき、トルク制御部194は、再び各車輪170a〜170cのトルクを同一にする(S118)。これにより、第2の車輪170bも出隅の角部2aを乗り越えることができる。この間、トルク制御部194は、中シャシーの屈曲角度βが角度β以下となったことが屈曲検出部186により検出されたか否かを確認し(S120)、中シャシーの屈曲角度βが角度βより大きい間は車輪170a〜170cを同トルクで回転させながら前進させる。これにより、第2の車輪170bにつられて第3の車輪170cも出隅の角部2aを越えることができる。
【0067】
その後、ステップS120にて中シャシーの屈曲角度βが角度β以下となったとき、トルク制御部194は、第3の車輪170cのトルクを低下させる(S122)。そして、トルク制御部194は、後シャシーの屈曲角度γが所定の角度γ以下となったか否かを判定して、車体が直線状態となったか否かを判定する(S124)。角度γは、例えば約175°とすることができる。
【0068】
後シャシーの屈曲角度γが角度γより大きい間はまだ車体が直線となっていないため、第3の車輪170cの減トルク状態を維持する。そして、ステップS124にて後シャシーの屈曲角度γが角度γ以下となると、車体全体が重力方向に対して平行な磁性体2の平面に移動したと判定し、トルク制御部194は磁性体移動車100を平面走行させる(S126)。図9に示す例では、車両は磁性体2の立面に移したため、図6に基づき説明したように、トルク制御部194は、進行方向側の車輪ほど発生するトルクが大きくなるように各車輪のトルクを制御する。
【0069】
以上、出隅角度90°の出隅走行時における磁性体移動車100の動作について説明した。
【0070】
(出隅角度180°の出隅走行時における磁性体移動車の動作)
次に、図10に示す出隅角度180°の出隅走行時における磁性体移動車100の動作について、図7および図8のフローチャートに沿って説明する。図10では、磁性体移動車100は、平板である磁性体2の裏面から表面へ移動する場合を示している。なお、基本的には、図9に示した出隅角度90°の出隅走行時における動作と同じであるため、詳細な説明は省略する。
【0071】
図10の状態Dに示すように、磁性体移動車100が重力方向に対して直交する磁性体2の裏面を走行している状態では、磁性体移動車100は各車輪170a〜170cのトルクを同一にして平面走行を行っている(S100)。このとき、路面検出部182は路面である磁性体2平面を検出しており、壁検出部184による壁面の検出および屈曲検出部186による車体の屈曲は検出されていない。平面走行の間、各検出部182、184、186は状況の検出を継続して行っている。
【0072】
出隅の検出は、路面検出部182により行われる(S102)。路面検出部182にて路面が検出されない間はステップS100からの処理が繰り返される。ステップS102にて磁性体移動車100により路面が検出されると、トルク制御部194は、第1の車輪170aのトルクを小さくして当該第1の車輪170aの回転速度を低下させる(S104)。これにより、第2の車輪170bが、第3の車輪170cとの間の後中車体節110cおよび後車体節110dの直線状態を保持したまま、第1の車輪170aに近接する。したがって、図9の状態Eに示すように、前車体節110aと前中車体節110bとが支軸120aで屈曲した状態となる。
【0073】
第1の車輪170aの減トルクは、前シャシーの屈曲角度αが所定の角度α以下(すなわち、α≦α)となるまで行われる(S106)。角度αは、例えば約90°とすることができる。前シャシーを屈曲させることにより、車両の進行方向側に位置する第1の車輪170aが、出隅通過の際に、磁性体2から外れてしまうのを防止することができる。トルク制御部194は、前シャシーの屈曲角度α=αとなるまでは、第1の車輪170aのトルクを低下させ、前シャシーの屈曲角度α≦αとなったとき、各車輪170a〜170cのトルクを同一にする(S108)。これにより、前シャシーが屈曲した状態を保持しながら車体を走行させることができる。
【0074】
その後、図10の状態Fに示すように、第1の車輪170aが出隅を越えて磁性体2の表面側に達する。このとき、トルク検出部194は、路面検出部182により路面の検知があり、かつ屈曲検出部186により第2の車輪170bに隣接する前中車体節110bと後中車体節110cとの屈曲角度βが所定の角度β以上(すなわち、β≧β)となったか否かを確認している(S110)。なお、角度βは、例えば約195°とすることができる。
【0075】
ステップS110の条件を満たすまでは、車輪170a〜170cは同トルクで前進される。一方、ステップS110の条件を満たしたとき、トルク制御部194は、第2の車輪170bおよび第3の車輪170cのトルクを低下させる(S112)。そして、第2の車輪170bが出隅の角部に到達すると、トルク制御部194は、図8に示すように、第2の車輪170bを出隅の角部に線接触させた状態で、第1の車輪170aおよび第3の車輪170cをそれぞれ前進させる(S114)。このとき、トルク制御部194は、前シャシーの屈曲角度αが所定の角度α以上となり、かつ、後シャシーの屈曲角度γが所定の角度γ以下となったか否かを確認している(S116)。角度αは例えば約175°とすることができ、角度γは例えば約90°とすることができる。ステップS116の条件を満たすまではステップS114の処理が繰り返される。
【0076】
ステップS116の条件を満たしたとき、トルク制御部194は、再び各車輪170a〜170cのトルクを同一にする(S118)。これにより、第2の車輪170bも出隅を乗り越え表面にでることができる。この間、トルク制御部194は、中シャシーの屈曲角度βが角度β以下となったことが屈曲検出部186により検出されたか否かを確認し(S120)、中シャシーの屈曲角度βが角度βより大きい間は車輪170a〜170cを同トルクで回転させながら前進させる。これにより、第2の車輪170bにつられて第3の車輪170cも出隅を越えることができる。
【0077】
その後、ステップS120にて中シャシーの屈曲角度βが角度β以下となったとき、トルク制御部194は、第3の車輪170cのトルクを低下させる(S122)。そして、トルク制御部194は、後シャシーの屈曲角度γが所定の角度γ以下となったか否かを判定して、車体が直線状態となったか否かを判定する(S124)。角度γは、例えば約175°とすることができる。
【0078】
後シャシーの屈曲角度γが角度γより大きい間はまだ車体が直線となっていないため、第3の車輪170cの減トルク状態を維持する。そして、ステップS124にて後シャシーの屈曲角度γが角度γ以下となると、車体全体が重力方向に対して平行な磁性体2の表面に移動したと判定し、トルク制御部194は磁性体移動車100を平面走行させる(S126)。図10に示す例では、磁性体移動車100は重力方向に対して直交する表面を走行するので、図5に基づき説明したように、トルク制御部194は、各車輪170a〜170cの回転速度を同一にするように制御する。
【0079】
以上、出隅角度180°の出隅走行時における磁性体移動車100の動作について説明した。
【0080】
(操縦者からの操作入力に基づく磁性体移動車の制御)
上述の説明では、磁性体移動車100にセンサ180が設けられており、当該センサ180の検出結果に基づいて、磁性体移動車100が走行する路面状態に応じて自動的に各車輪のトルク制御を行い、車両を走行させる場合について説明した。本実施形態に係る磁性体移動車100は、センサ180の検出結果を用いなくとも、操縦者が操作入力装置200から入力した操作入力に基づいて、車両を走行させることも可能である。
【0081】
この場合、磁性体2上にある磁性体移動車100の走行する路面状態が水平面や立面、出隅、入隅等のどのような状態にあるかを操縦者が目視したり、操縦者に通知されたセンサ180の検出結果を操縦者が分析したりする。そして、操縦者は、操作入力装置200から各車輪のトルク制御値を入力して磁性体移動車100の制御装置190へ送信する。トルク制御部194は、操作入力装置200からのトルク制御値を制御情報として車輪駆動制御部196へ出力する。車両駆動制御部196は、トルク制御部194により算出された制御情報に基づいて、車輪170a〜170cを駆動するモータの制御値を算出し、モータへ出力する。
【0082】
このように、磁性体移動車100は、操縦者からの操作入力に基づいて車輪170a〜170cのトルク制御を行うことができる。
【0083】
[2−3.入隅走行時におけるトルク制御]
次に、図11および図12に基づいて、本実施形態に係る磁性体移動車100の入隅における車体の走行について説明する。なお、図11は、磁性体移動車100の入隅における車体の走行制御を説明するフローチャートである。図12は、本実施形態に係る磁性体移動車100の入隅走行時の動作を示す説明図である。なお、以下においても磁性体移動車100にセンサ180が設けられており、トルク制御部194は、当該センサ180の検出結果に基づいて車輪170a〜170cのトルク制御を行うものとする。
【0084】
図12の状態Gに示すように、磁性体移動車100が重力方向に対して直交する磁性体2の平面を走行している状態では、磁性体移動車100は上述したような平面走行を行う(S200)。平面走行では、各車輪170a〜170cの回転速度は同一である。このとき、路面検出部182は路面である磁性体2平面を検出しており、壁検出部184による壁面の検出および屈曲検出部186による車体の屈曲は検出されていない。平面走行の間、各検出部182、184、186は状況の検出を継続して行っている。
【0085】
入隅の検出は、壁検出部184により行われる(S202)。壁検出部184にて壁面が検出されない間はステップS200からの処理が繰り返される。ステップS202にて磁性体移動車100により路面が検出されると(状態H)、トルク制御部194は、第2の車輪170bおよび第3の車輪170cのトルクを低下させる(S204)。これにより、状態Iのように、第1の車輪170aが磁性体2の壁面に乗り上がることができる。
【0086】
本実施形態に係る磁性体移動車100の各車輪170a〜170cは、図3にて説明したように、マグネット層172を摩擦層174で覆い構成されている。摩擦層174が磁性体2と接触していることでこれらの間に摩擦力が生じ、車輪170a〜170cが生じるトルクをあらゆる法線方向の磁性体2の面へ伝達することができる。ステップS104で当該車輪170aの回転速度を増加して発生するトルクを大きくすることに加えて、発生したトルクを十分に活用することで、容易に状態Iのように第1の車輪170aを磁性体2の壁面に乗り上げることができる。
【0087】
このとき、トルク制御部194は、中シャシーの屈曲角度βが所定の角度β以下となったか否かを判定している(S206)。角度βは、例えば約135°とすることができる。中シャシーの屈曲角度βは、第1の車輪170aが磁性体2の壁面に乗り上げるまでは180°であり、第1の車輪170aが磁性体2の壁面に乗り上げると次第に小さくなっていく。中シャシーの屈曲角度βが角度βより大きいときには第1の車輪170aのトルクを他の車輪170b、170cのトルクより大きくしたままステップS206の処理を繰り返す。そして、中シャシーの屈曲角度βが所定の角度βとなったとき、トルク制御部194は、全ての車輪170a〜170cのトルクを同一にして車両を前進させる(S208)。これにより、磁性体移動車100の第1の車輪170aは磁性体2の壁面を乗り上がっていき、第2の車輪170bおよび第3の車輪170cは壁面に接近していく。
【0088】
ステップS208の走行状態は、中シャシーの屈曲角度βが所定の角度βとなるまで行われる(S210)。角度βは第2の車輪170bが磁性体2の壁面に乗り上げるタイミングを計るための値であって、例えば約75°〜90°とすることができる。屈曲検出部186により中シャシーの屈曲角度βが所定の角度βとなったことが検知されると(状態J)、トルク制御部194は、第1の車輪170aおよび第3の車輪170cのトルクを低下させる(S212)。したがって、第1の車輪170aおよび第3の車輪170cの回転速度は第2の車輪170bの回転速度より小さくなる。これにより、第1の車輪170aに続いて第2の車輪170bを磁性体2の壁面に乗り上げることができる。
【0089】
第2の車輪170が磁性体2の壁面に乗り上がった後、トルク制御部194は、中シャシーの屈曲角度βがβより大きくなったか確認する(S214)。トルク制御部194は、中シャシーの屈曲角度βがβより大きくなるまでステップS212のトルクの設定状態を維持した後、中シャシーの屈曲角度βがβより大きくなると、車輪170a〜170cを同トルクにして車両を移動させる(状態K)。そして、第3の車輪170cまで磁性体2の壁面に乗り上がり、図6の状態になると、トルク制御部194は、磁性体移動車100を平面走行させる(S216)。図12に示す例では、車両は磁性体2の立面に移したため、図6に基づき説明したように、トルク制御部194は、進行方向側の車輪ほど発生するトルクが大きくなるように各車輪のトルクを制御する。
【0090】
以上、入隅走行時における磁性体移動車100の動作について説明した。
【0091】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0092】
例えば、上記実施形態では、3対の車輪、すなわち6つの車輪170a〜170cを備える磁性体移動車100について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。例えば、磁性体移動車100は、4対以上の車輪を車両の進行方向に配置してもよい。この場合、平面走行時、出隅走行時、および入隅走行時の車輪のトルク制御は、上述した処理と同等に行うことができる。
【符号の説明】
【0093】
100 磁性体移動車
110a、110b、110c、110d 車体節
120a、120b、120c、120d 支軸
130a、130b 回転規制部材
131a、131b 溝部
140a、140b ピン支持部材
141a、141b ピン
150a、150b、150c ギヤードモータ
160a、160b、160c 車軸
170a、170b、170c 車輪
172 マグネット層
174 摩擦層
180 センサ
182 路面検出部
184 壁検出部
186 屈曲検出部
190 制御装置
192 受信部
194 トルク制御部
196 車輪駆動制御部
200 操作入力装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、
隣接する前記車体節に対して屈曲可能に前記車体節を支持する4つ以上の支軸と、
前記支軸において前記車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、
前記各車輪を駆動する車輪駆動部と、
磁性体の路面状況に応じて前記各車輪駆動部を対となる前記車輪ごとに独立してトルク制御するトルク制御部と、
を備えることを特徴とする、磁性体移動車。
【請求項2】
前記磁性体移動車が重力方向に対して略平行な磁性体の立面を走行するとき、
前記トルク制御部は、前記車輪駆動部を制御して、進行方向側に配置された前記車輪ほど大きいトルクを発生させることを特徴とする、請求項1に記載の磁性体移動車。
【請求項3】
前記磁性体移動車が前記磁性体の出隅を走行するとき、
前記トルク制御部は、前記磁性体の出隅を通過する前記車体節を連結する前記支軸が前記磁性体から離隔する方向に屈曲するように前記車輪駆動部を制御することを特徴とする、請求項1または2に記載の磁性体移動車。
【請求項4】
前記磁性体移動車が前記磁性体の入隅を走行するとき、
前記トルク制御部は、前記車輪駆動部を制御して、前記磁性体の入隅を通過する前記車輪のトルクを、他の前記車輪のトルクより大きくすることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の磁性体移動車。
【請求項5】
前記磁性体移動車の進行方向に路面が存在するか否かを検出する路面検出部と、
前記磁性体移動車の進行方向に路面から鉛直上方に延びる壁面が存在するか否かを検出する壁検出部と、
をさらに備え、
前記トルク制御部は、前記路面検出部または前記壁検出部の検出結果のうち少なくともいずれか1つに基づいて、前記磁性体移動車が走行予定の前記磁性体の路面状況を判定することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁性体移動車。
【請求項6】
前記磁性体移動車の車体節の屈曲状態を検出する屈曲検出部をさらに備え、
前記トルク制御部は、前記屈曲検出部の検出結果に基づいて、前記各車輪により発生するトルクを決定して前記車輪駆動部を制御することを特徴とする、請求項1〜5にいずれか1項に記載の磁性体移動車。
【請求項7】
前記車輪は、環状の永久磁石であるマグネット層と、少なくとも前記マグネット層の前記磁性体との接触面を被覆する摩擦層とからなることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の磁性体移動車。
【請求項8】
車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、隣接する前記車体節に対して屈曲可能に前記車体節を支持する4つ以上の支軸と、前記支軸において前記車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、前記各車輪を駆動する車輪駆動部と、を備える磁性体上を走行可能な磁性体移動車の、前記車輪のトルクを制御する制御装置であって、
前記磁性体の路面状況に応じて、対となる前記車輪ごとに発生させるトルクを算出するトルク制御部と、
前記車輪駆動部に対して前記算出された前記トルクを発生させる車輪駆動制御部と、
を備えることを特徴とする、磁性体移動車の制御装置。
【請求項9】
車両の進行方向に並設された5つ以上の車体節と、隣接する前記車体節に対して屈曲可能に前記車体節を支持する4つ以上の支軸と、前記支軸において前記車体節を屈曲可能に設けられ、車両の進行方向に対して直交する車軸に設けられた少なくとも3対以上の永久磁石からなる車輪と、前記各車輪を駆動する車輪駆動部と、を備える磁性体上を走行可能な磁性体移動車の、前記車輪のトルクを制御する制御方法であって、
前記磁性体の路面状況に応じて、対となる前記車輪ごとに発生させるトルクを算出するトルク制御ステップと、
前記車輪駆動部を制御して算出された前記トルクを発生させる車輪駆動制御ステップと、
を含むことを特徴とする、磁性体移動車の制御方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−56635(P2013−56635A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196628(P2011−196628)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)