説明

磁気による制御可能なリポソームおよび薬物送達システム

【課題】
薬物を内包したリポソームを、体外から磁気エネルギーを使って制御することにより、目的の場所で、必要な時に、必要な量の薬剤を放出できる薬物送達システムを提供する。
【解決手段】
リン脂質を基本とする脂質二重層の膜が閉鎖空間を形成するリポソームにおいて、脂質二重層の膜内に一つまたは複数個の同一方向に磁化した磁性微粒子を内包させ、脂質二重層膜が形成する閉鎖空間に薬物を内包させた磁気制御リポソームを作製する。該磁気制御リポソームを血管系に投与し、傾斜磁場を加えて位置を移動させ、回転磁場を加えて脂質二重層を破壊することで薬物を目的の場所で放出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リポソームの体内動態および薬物放出を体外から磁気エネルギーを用いて制御することを可能にした新しいリポソームおよび薬物送達システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、薬物、DNA、ペプチドおよびタンパク質を目的の部位、例えば癌、肺炎、肝炎、腎炎、リンパ腫、血管内皮損傷部位などの病巣部位に確実に、効率良くかつ安全に薬物のターゲッティングが行える薬物送達システム(ドラッグデリバリーシステム、DDS)の研究が盛んになってきている。
薬物送達システムの概念は、橋田充氏がその著書「ドラッグデリバリーシステム」(化学同人社)で、「投与の方法や形態を工夫し、体内での動きを精密にコントロールすることによって、薬物を作用発現部位に望ましい濃度−時間パターンのもとに選択的に送り込み、結果として最高の治療効果を得ることを目的とした薬物投与に関する新しい技術である」と述べているように、薬物を作用発現部位である標的部位に選択的に送り込み、標的部位でのみ薬効発現させることで、副作用が少なく、治療効果を最大にすることが期待される理想の治療技術である。
【0003】
血管系に投与された微粒子は、体内を循環するうちに、毛細血管に詰まったり、細網内皮系細胞に貪食されたり、腎臓から排出されたりしてその数を減らしていくが、ポリエチレングリコールなどの生体高分子で表面修飾された、寸法が3nmから5μmの微粒子は毛細血管や細網内皮系細胞や腎臓などに捕らわれることなく血管系を循環することが知られている。また、癌などの腫瘍組織においては、その成長が速いため、腫瘍組織内新生血管の血管内皮膚細胞配列が正常組織の血管内皮膚細胞配列に比べて疎となっており、数十nmから400nmの微粒子が腫瘍組織に選択的に集積することがEPR効果として知られている。
【0004】
薬物送達システムは、薬物を標的部位へ運搬するキャリアと、キャリアの移動を制御する技術と、薬物を放出する技術から構成される。従来の薬物送達システムは、前記の知見をもとに、寸法を数百nmとし、生体高分子で表面修飾したキャリアを開発することで標的部位に選択的に集積するリポソームが開発された。その代表例が製品名「ドキシル」として知られている抗癌剤内包リポソームである。しかし、この種のリポソームは、癌組織を選択的に治療する目的は果たしたが、薬物放出をリポソームの自然分解に頼っているために効果的な薬効が得られず、適用疾患がリポソーム集積度の高い癌種(エイズ関連カポジ肉腫など)に限られている。さらに、薬物放出をリポソームの自然分解に頼るため、血管系で循環している最中にも薬物放出が行われ、全身的な副作用が少なからず存在する。このように、理想的な薬物送達システムは、薬剤を血管系では安定して保持し、標的部位にいたってからは確実に放出する、相反する機能を両立する必要がある。
【0005】
薬物の放出技術は、リポソーム膜に特定条件で分解が促進される工夫を行う研究がなされている。その一つに、リポソーム膜に水素イオン指数pH変化に反応して分解を促進させる技術がある。細胞膜表面に到達したリポソームは、細胞が外部の物質を取り込む機能であるエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれる。このとき、取り込まれた物質はエンドソームと呼ばれる膜で包まれるが、一般的にエンドソーム内は細胞外より酸性である。従って、細胞外の酸性度では安定で、エンドソーム内の酸性度では分解を促進するような仕組みをリポソーム膜に仕掛けることが出来れば、血管系では安定で、標的組織の細胞内でのみ分解するようなリポソームを実現できる。しかし、このような戦略による研究は困難を極めている。なぜならば、細胞外と細胞内の酸性度の差は小さく、しかも個体、対象臓器、対象細胞などの差が大きいためである。
【0006】
前述のような取り組みと並行して、外部から加える物理エネルギーでリポソーム膜を破壊する薬物の放出技術が研究されている。この技術によれば、前述のような生体由来の条件に左右されること無く、確実な薬剤の放出が可能となるため期待されている。
【0007】
磁気エネルギーを応用した技術として、リポソーム膜が形成する閉鎖空間の中に磁性微粒子を内包し、外部磁場により前記磁性微粒子を磁化し、その後さらに回転磁界を外部より加えることによって前記磁化した磁性微粒子を回転させ、回転する磁性微粒子の衝突する機械的力によってリポソーム膜を破壊するものである。(特許文献1参照)
【特許文献1】特公平2−502633
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述の磁気エネルギーを応用した薬物送達システムは、磁性微粒子がリポソーム膜の形成する閉鎖空間に浮いた状態で内包されているため、磁性微粒子は空回りをするだけで確実なリポソーム膜破壊は起こせるものではない。本発明は、磁気エネルギーを応用した薬物送達システムにおいて、より確実にリポソーム膜を破壊できる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、このような問題点を鑑みてなされ、リポソームの脂質二重膜に磁性微粒子を配置させた、以下の(1)から(12)の構成により前記課題を解決するものである。
【0010】
(1) 治療および/または診断を目的とする薬物を内包するリポソームであって、前記リポソームの包皮であるリポソーム膜の構成成分として、一つまたは複数の磁性微粒子を有することを特徴とするリポソーム。
【0011】
(2) 前記磁性微粒子が同一方向に磁化され、または磁気異方性を備えてなることを特徴とする前記(1)に記載のリポソーム。
【0012】
(3) 前記磁性微粒子が磁化されていないことを特徴とする前記(1)に記載のリポソーム。
【0013】
(4) 治療および/または診断を目的とする薬物を内包するリポソームの包皮を形成するリポソーム膜の構成成分として、一つまたは複数の同一方向に磁化されまたは磁気異方性を備えた磁性微粒子を有するリポソームと、前記リポソーム膜中の前記磁性微粒子に作用する回転磁場を発生する機能を備えた磁気制御装置とからなり、前記リポソームに前記回転磁場を作用させることにより前記薬物を放出させることを特徴とする薬物送達システム。
【0014】
(5) 治療および/または診断を目的とする薬物を内包するリポソームの包皮を形成するリポソーム膜の構成成分として、一つまたは複数の磁化していない磁性微粒子をを有するリポソームと、前記リポソーム膜中の前記磁性微粒子を同一方向に磁化させる磁場と前記リポソーム膜中の前記磁性微粒子に作用する回転磁場とを発生する機能を備えた磁気制御装置とからなり、前記磁性微粒子を同一方向に磁化させたのち、前記リポソームに前記回転磁場を作用させることにより前記薬物を放出させることを特徴とする薬物送達システム。
【0015】
(6) 前記磁気制御装置は、前記磁性微粒子の磁化を消滅させる磁場を発生する機能を備えることを特徴とする前記(4)または(5)に記載の薬物送達システム。
【0016】
(7) 前記磁気制御装置は、前記回転磁場の磁場強度、回転角度、回転方向、回転周期を任意に変更できる機能を備えることを特徴とする前記(4)ないし(6)に記載の薬物送達システム。
【0017】
(8) 前記磁気制御装置は、前記リポソームを移動させる傾斜磁場を発生する機能を備えたことを特徴とする前記(4)ないし(7)に記載の薬物送達システム。
【0018】
(9) 前記磁気制御装置は、傾斜磁場の磁場強度、傾斜強度、方向を任意に変更できる機能を備えることを特徴とする前記(4)ないし(8)に記載の薬物送達システム。
【0019】
(10) 磁気制御リポソームは、脂質二重層膜または脂質二重層膜の表面に、体内での異物認識を阻害する生体高分子を被覆することを特徴とする前記(1)ないし(3)のリポソームおよび前記(4)ないし(9)に記載の薬物送達システム。
【0020】
(11) 磁気制御リポソームは、脂質二重層膜に特定の細胞膜レセプターと特異的に結合するリガンドを備え、細胞膜表面に付着することを特徴とする前記(1)ないし(3)のリポソームおよび前記(4)ないし(9)に記載の薬物送達システム。
【0021】
(12) 磁気制御リポソームは、脂質二重層膜に特定の細胞膜レセプターと特異的に融合するリガンドを備え、細胞膜内に取り込まれることを特徴とする前記(1)ないし(3)のリポソームおよび前記(4)ないし(9)に記載の薬物送達システム。
【0022】
本発明は、脂質二重層から成るリポソームの膜内に一つまたは複数個の磁性微粒子を内包させ、リポソーム膜が形成する閉鎖空間に薬物を内包させた磁気制御リポソームを作製したのち、該磁気制御リポソームを血管系に投与し、傾斜磁場を加えて該磁気制御リポソームを移動させ、回転磁場を加えてリポソーム膜を破壊するものである。また、本発明は、該磁気制御リポソーム膜内の全ての磁性微粒子を製造時に同一方向に磁化しておくか、磁化していない状態で血管系に投与し、その後に磁気制御装置で体外から磁化用磁場を印加して全ての磁性微粒子を同一方向に磁化させ、傾斜磁場を加えて該磁気制御リポソームを移動させ、回転磁場を加えてリポソーム膜を破壊するものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、外部から加える磁気エネルギーにより、磁気制御リポソームを所望の位置に移動させ、任意のタイミングで薬物を放出することが可能となる。薬物放出が外部エネルギーに制御されることから、リポソーム膜は生体のいかなる環境条件にも安定な材料を選定でき、血管系では高度に安定で、標的組織でのみ確実に薬物放出できるリポソームが実現できる。すなわち、副作用が最小限で、治療効果が最大限に発揮できる理想的な薬物送達システムを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明のリポソームおよび薬物送達システムの第一の実施態様の一実施形態を図1から図5に基づいて説明する。図1は、本発明の磁気エネルギーを応用した磁気制御装置を有する薬物送達システム全体の構成を示す模式図である。図2は、リポソームの脂質二重膜の構成成分として、磁性微粒子を有する磁気制御リポソーム1の模式図である。磁気制御リポソーム1は、大きさが100nmから200nmの大きさである場合には、癌組織の血管壁の隙間が正常組織の血管壁の隙間より大きいため、磁気制御リポソーム1を血管中に注入するだけで、癌組織の血管壁から血管外へ漏れ出し、癌組織に集まってくることがEPR効果として知られており、図1では、ある癌組織に集まった磁気制御リポソーム1を表している。
【0025】
磁気制御装置2は制御盤21とコイル回転機構22とコイル回転機構22により回転される2つのコイル昇降機構23、23とコイル昇降機構23により昇降する2つの磁場発生コイル24、24から構成される。本実施例は、患者などの被検者3を立位の状態でリポソームを制御する場合の態様を示しており、制御盤21が設けられた支柱から被検者の上部空間へ張り出した支持部を有している。前記支持部には、被検者3の体幹を軸としてその周囲でふたつの磁場発生コイル24、24が回動でき、また、被検者3の体幹軸方向の位置を制御できるように、コイル回転機構22とふたつのコイル昇降機構23、23を有している。ふたつのコイル昇降機構23、23は、それぞれ個別に昇降してもよいが、ふたつが同時に昇降するほうが好ましい。
【0026】
磁場発生コイル24は、通常のヘルムホルツコイル型や、超伝導型などが挙げられるが、これに限られるものではない。2つの磁場発生コイル24、24は、その間に挟むように被検者3を位置させる空間を有する。被験者3は磁気制御リポソーム1を血管内に注入され、磁気制御装置2の2つの磁場発生コイル24、24の間に配置される。
【0027】
磁気制御リポソーム1は図2から図6において、説明のために模式的に示しているが、その直径は、生体の血管系を循環できる3nmから5μmであることが好ましい。さらに好ましくは、100nmから200nmである。ふたつの磁場発生コイル24,24はその間に、磁気制御リポソーム1へ作用する磁場を発生させる。磁場発生コイル24、24により発生する磁場の強さは、ふたつの磁場発生コイル24、24の中心部分を結ぶ直線上においては、磁場発生コイル24からの距離に関係なく均一であり、ふたつの磁場発生コイル24、24の間に挟まれた空間の周辺ではふたつの磁場発生コイル24、24の中心部を結ぶ直線から離れるほど磁場が弱くなる。すなわち、磁場発生コイル24の間に挟まれた空間の周辺領域では傾斜磁場となる。
【0028】
本発明の磁気制御装置2において、コイル昇降機構23でふたつの磁場発生コイル24、24を上下することにより、傾斜磁場の発生位置を制御することができる。また、コイル回転機構22で磁場発生コイル24を回転させることにより、回転磁場を発生させることができる。磁場の強さ、発生パターン、回転、照射位置などの制御は、磁気制御装置2の制御盤21により行う。本実施例においては、回転磁場を発生させるために、磁場発生コイルを対象の周りで回転させる例を示したが、磁場発生コイルの対の複数組を、発生させようとする回転磁場の回転軸を中心に角度を変えて配置し、それぞれのコイル対を磁場の回転方向に順次駆動制御することでも達成できる。本発明の磁気制御装置2は、以上のとおり説明した被検者を立位の状態で作用させるものに限らず、被検者をベッドに寝させた状態とし、前記磁気制御装置2を90度倒した状態で作動させるものでも構わないことは言うまでもない。
【0029】
図2は球形をした磁気制御リポソーム1の断面の模式図である。磁気制御リポソーム1はリポソーム膜であるリン脂質を基本とする脂質二重層膜4が閉鎖空間7を形成する球形をしている。脂質二重層膜4は疎水層5と親水性層6から構成され、疎水層5を親水性層6で挟んだサンドイッチ構造を持った膜となっている。磁性微粒子8は脂質二重層膜4の親水性層6に挟まれた疎水層5に内包される。本発明に使用する磁気微粒子の平均粒径は、10nmから4000nmが好ましい。さらに好ましくは10nmから100nmである。下限値未満では、磁性微粒子の磁気特性が超常磁性を示し、特定方向の磁気モーメントが得られない。また、上限値を超えると血管内で滞留することができないという問題がある。
【0030】
また、磁気制御リポソーム1は、磁化または磁気異方性を備えた磁性微粒子8をポリスチレンのような疎水性の分子で修飾し、その後に均一方向かつ均一磁場のもとでリポソームの合成を行うことで実現できる。さらに、本発明のリポソームにおいて、磁性微粒子は脂質二重層膜を構成するリン脂質と強い相互作用を有することが好ましく、磁性微粒子の表面に化学結合可能な官能基を設け、脂質二重層膜内で隣接するリン脂質と共有結合を形成させてもよい。また、磁性微粒子8は、脂質二重層膜内に限らず、脂質二重層膜の構成成分として脂質二重層膜の外面あるいは内面に結合した状態でもよい。
【0031】
図3は、血管に注入される前に予め磁化または磁気異方性を付与されて使用する場合の磁気制御リポソーム1の断面の模式図である。磁性微粒子81は、磁化または磁気異方性を備えた磁性微粒子で、白抜きの矢印は磁化または磁気異方性の方向、記号Mは磁化または磁気異方性によって発生した磁気モーメントを示す。
【0032】
図4は、回転磁場H(9)が加えられた場合の磁気制御リポソーム1の断面の模式図を示す。回転磁場H(9)は、均一な磁場強度Hを反時計回りに回した状態を示し、磁化した磁性微粒子には回転力Fm(10)が働く。均一磁場のもとでは、磁化した磁性微粒子81には空間位置を移動させる力は働かず、それぞれの磁化した磁性微粒子81はその場で回転を行う。すなはち、磁気制御リポソーム1の脂質二重層膜4は回転した磁性微粒子81により歪められ、やがては膜構造が破壊される。
【0033】
本発明は、磁気制御リポソーム1の脂質二重層膜4に1つまたは複数個の磁性微粒子8(81)を内包することを特徴としている。しかしながら、脂質二重層膜4に含まれる磁性微粒子が1個の場合を考えると、磁気制御リポソーム1が回転するときの力が、磁性微粒子1が回転することにより膜を破壊するのに必要な力よりも小さい場合には、磁気制御リポソーム1自体が回転してしまい、膜の破壊を行うことができないので、脂質二重層膜4に含まれる磁性微粒子の数は複数個が好ましい。磁気制御リポソーム1の脂質二重層膜4に複数個の磁性微粒子を内包していれば前述のような問題は起こらず確実に膜破壊を行うことが可能であるからである。さらに、磁場強度、回転角度、回転方向、回転周期を適当に制御すれば、破壊に至らない半壊状態を作ることができ薬物放出の量を制御することが可能となる。回転磁場の磁場強度は磁性微粒子のサイズと材料により異なるが、マグネタイトの場合0.01Tから1Tが好ましい。
【0034】
図5は、傾斜磁場dH(11)を加えた場合の磁気制御リポソーム1の断面の模式図を示す。傾斜磁場とは、図5の場合は右から左にいくに従って磁場強度が強くなっていき、垂直な面内では磁場強度が均一な場のことをいい、本発明の磁気制御装置2においては、磁場発生コイル24、24により発生する磁場の強さは、ふたつの磁場発生コイル24、24の中心部分を結ぶ直線上においては、磁場発生コイル24からの距離に関係なく均一だが、ふたつの磁場発生コイル24、24の間に挟まれた空間の周辺ではふたつの磁場発生コイル24、24の中心部を結ぶ直線から離れるほど磁場が弱くなっているため、傾斜磁場dH(11)を加えたい被検者3の部位を、ふたつの磁場発生コイル24、24の中心部を結ぶ直線から離れた位置に置くことで加えることができる。
【0035】
傾斜磁場dH(11)により、血管系を流れる磁気制御リポソーム1の位置を制御するには数T/mの非常に傾斜の大きい磁場が必要である。仮に傾斜磁場の大きさ5T/m、磁気制御リポソーム1の直径を5μmとすると、磁気制御リポソーム1に内包される磁性微粒子の位置の違いによる磁場強度の差は5μTであり、これは地磁気50μTの1/10でしかない。すなわち、図5に示すように、磁気制御リポソーム1に内包された全ての磁性微粒子81には同一の大きさ・方向の移動力Fg(12)が働き、磁気制御リポソーム1に破壊力は全く働くことが無く移動のみを制御できる。
【0036】
また、磁気制御装置2は、前記のとおり制御盤21とコイル回転機構22とコイル回転機構22により回転される2つのコイル昇降機構23、23とコイル昇降機構23により昇降する2つの磁場発生コイル24、24から構成されるので、傾斜磁場の磁場強度、傾斜強度、方向を任意に変更でき、任意の位置に磁気制御リポソーム1を誘導することが可能である。本発明に用いられる傾斜磁場の傾斜強度は、磁性微粒子のサイズと材料により異なるが、マグネタイトの場合0.1T/mから5T/mが好ましい。
【0037】
さらに、前記磁気制御装置2は、磁気制御リポソーム1の磁化した全ての磁性微粒子81の磁化を消滅させる磁場を発生させることができるので、被検者3の体外から磁気制御リポソーム1の磁化を消滅させることができる。磁気制御リポソーム1の、磁化が消滅すると、前記の回転磁場による薬物放出が機能しなくなるが、その一方で、外部磁気環境変化による予期しない薬物放出を防止することができ、必要なときに薬物放出を行うことができる。なお、磁化を消滅させる磁場には交流波磁場が一般的に使用される。交流磁場は磁場方向が交互に反転する磁場で、消磁は交流磁場のもとで磁場強度を徐々に減じてゼロにすることにより達成される。消磁に必要な磁場強度は磁性微粒子のサイズと材料により異なるが、マグネタイトの場合0.1Tから1Tが好ましく、周波数は10kHz以下が好ましい。
【0038】
さらに、本発明の磁気制御リポソームは、脂質二重層膜または脂質二重層膜の表面に、体内での異物認識を阻害する生体高分子を被覆することで血管系で異物認識されることがなくなり、磁気制御リポソーム1は長期安定に血管系を循環することができる。前記生体高分子としては、ポリエチレングリコール、ポリアミドゲル、ポリアクリル酸系ゲルおよびこれらの誘導体などが例示できるが、これに限られるものではない。
【0039】
また、図6に示すように、磁気制御リポソーム1は脂質二重層膜4に特定の細胞膜レセプター15と特異的に結合するリガンド13を備え、特定の細胞14に付着する。この特徴を使えば特定の細胞の近辺でのみ薬物放出することが可能となる。細胞膜レセプター15と特異的に結合するリガンド13の組み合わせは、従来公知の組みあわせを用いることができる。さらに図7に示すように、磁気制御リポソーム1は脂質二重層膜4に特定の細胞膜レセプター17と特異的に融合するリガンド16を備え、特定の細胞14に取り込まれる。この特徴を使えば特定の細胞の内部でのみ薬物放出することが可能となる。
【0040】
次に、本発明の第2の実施態様を図8、図9を用い、第1の実施態様と異なる部分について説明する。
【0041】
本発明の第2の実施態様は、磁気制御リポソーム101を、磁化していない磁性微粒子108をポリスチレンのような疎水性の分子で修飾し、その後に磁場のない環境でリポソームを合成し、前記磁気制御装置102が磁気制御リポソーム101の全ての磁性微粒子108を同一方向に磁化させる磁場を発生する機能を備え、図8に示すように被検者103の体外から磁気制御リポソーム101の磁性微粒子108を磁化させることができる。磁性微粒子108を磁化させる磁場の強度は磁性微粒子のサイズと材料により異なるが、マグネタイトの場合0.1Tから1T(テスラ)が好ましい。この機能により磁気制御リポソーム101は、磁化した磁気制御リポソーム1と同様となる。
【0042】
本発明の薬物送達システムの第2の実施態様は、上記以外について、第1の実施態様と同様の機能を付与することができる。
【0043】
以上、本発明による磁気制御の薬物放出システムについて説明したが、磁気制御リポソームおよび磁気発生装置2の構成はこれに限ったものではない。また、磁性微粒子はMRIによる位置の確認や高周波磁場を使った発熱作用の応用が可能であり、これらを組み合わせた診断・治療のための装置は容易に実現可能である。
【0044】
(実験例)
本発明の作用を確認するため、まず、蛍光色素内包磁気制御リポソームを作製し、本磁気制御リポソーム分散溶液に回転磁場を加えた。その結果、溶液に蛍光色素が放出されることを確認した。尚、本実施例は発明を最適化するものであり、発明を限定するものではない。
<蛍光色素内包磁気制御リポソーム作製方法>
クロロホルム溶液(Aldrich)5mLにDistearoyl phosphatidylcholine (DSPC, 日本油脂)7.9mg、コルステロール(Aldrich)3.8mg、および疎水性コーティング酸化鉄ナノ粒子0.1mgを加え、ボルテックスミキサーで攪拌した。攪拌後、ロータリーエバポレーターでクロロホルムを減圧留去し、脂質薄膜をナスフラスコ壁面に得た。本脂質薄膜にフルオレセイン(Aldrich)飽和生理食塩水溶液5mLを添加し、密栓して、窒素雰囲気下(37℃、1時間)静置した。その後、ボルテックスミキサーで1分間攪拌し、リポソーム分散液を得た。このリポソーム分散液をカラム(Sepharose 4 Φ3cm×20cm; 溶離液:生理食塩水)で回収し、蛍光色素内包磁気制御リポソーム分散溶液を得た。また、本溶液を凍結乾燥し、走査型電子顕微鏡(Hitach、S-3400N)で観察することによって、脂質に酸化鉄ナノ粒子が含まれていることを確認した。

<磁気薬剤放出制御の確認>
蛍光色素内包磁気リポソーム分散溶液を2種類用意し、1cm×1cmの蛍光光度計用の蓋付き石英セルにそれぞれ入れ、1つは強さ1Tの均一磁場で磁化を行った後に前記磁場方向と垂直方向から強さ200mTの均一磁場をかけて静置し、もう1つは、磁気制御装置の影響のない領域に同時間静置した。この2つの溶液を、蛍光分光装置(JASCO; FP-6500 Spectrofluorometer; スリット幅:5 nm)を用いて、波長480nmで励起し、520nmの蛍光を測定した。その結果、磁界を加えた蛍光色素内包磁気リポソーム分散液からは520nmの蛍光を検出することができたが、磁界を加えていない蛍光色素内包磁気リポソーム分散液からは、蛍光を検出することができなかった。即ち、蛍光色素内包磁気リポソームに磁界を加えることによって、リポソーム内の薬剤放出制御が可能なことを本実験より証明することができた。

【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の第1の実施態様の薬物送達システム全体の構成を示す模式図である。
【図2】本発明の磁気制御リポソームの1実施例の断面の模式図である。
【図3】本発明の磁気制御リポソームの1実施例の断面の模式図である。
【図4】本発明の磁気制御リポソームの1実施例に回転磁場が加えられた状態の断面の模式図である。
【図5】本発明の磁気制御リポソームの1実施例に傾斜磁場が加えられた場合の磁気制御リポソームの断面の模式図を示す。
【図6】本発明の磁気制御リポソームの1実施例において、特定の細胞膜レセプターと特異的に結合するリガンドを備えた磁気制御リポソームの断面の模式図である。
【図7】本発明の磁気制御リポソームの1実施例において、特定の細胞膜レセプターと特異的に融合するリガンドを備えた磁気制御リポソームの断面の模式図である。
【図8】本発明の第2の実施態様の薬物送達システム全体の構成を示す模式図である。
【図9】本発明の第2の実施態様の磁気制御リポソームの1実施例の断面の模式図である。
【符号の説明】
【0046】
1,101 磁気制御リポソーム
2、102 磁気制御装置
3、103 被検者
4、104 脂質二重層膜
5、105 疎水層
6、106 親水性層
7、107 閉鎖空間
8、81、108 磁性微粒子
9 回転磁場
10 磁化した磁性微粒子に働く回転力
11 傾斜磁場
12 磁化した磁性微粒子に働く移動力
13 特定の細胞膜レセプターと特異的に結合するリガンド
14 特定の細胞
15 特定の細胞のレセプター
16 特定の細胞膜レセプターと特異的に融合するリガンド
17 特定の細胞のレセプター
21、121 制御盤
22、122 コイル回転機構
23、123 コイル昇降機構
24、124 磁場発生コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療および/または診断を目的とする薬物を内包するリポソームであって、前記リポソームの包皮であるリポソーム膜の構成成分として、一つまたは複数の磁性微粒子を有することを特徴とするリポソーム。
【請求項2】
前記磁性微粒子が同一方向に磁化され、または磁気異方性を備えてなることを特徴とする請求項1に記載のリポソーム。
【請求項3】
前記磁性微粒子が磁化されていないことを特徴とする請求項1に記載のリポソーム。
【請求項4】
治療および/または診断を目的とする薬物を内包するリポソームの包皮を形成するリポソーム膜の構成成分として、一つまたは複数の同一方向に磁化されまたは磁気異方性を備えた磁性微粒子を有するリポソームと、前記リポソーム膜中の前記磁性微粒子に作用する回転磁場を発生する機能を備えた磁気制御装置とからなり、前記リポソームに前記回転磁場を作用させることにより前記薬物を放出させることを特徴とする薬物送達システム。
【請求項5】
治療および/または診断を目的とする薬物を内包するリポソームの包皮を形成するリポソーム膜の構成成分として、一つまたは複数の磁化していない磁性微粒子をを有するリポソームと、前記リポソーム膜中の前記磁性微粒子を同一方向に磁化させる磁場と前記リポソーム膜中の前記磁性微粒子に作用する回転磁場とを発生する機能を備えた磁気制御装置とからなり、前記磁性微粒子を同一方向に磁化させたのち、前記リポソームに前記回転磁場を作用させることにより前記薬物を放出させることを特徴とする薬物送達システム。
【請求項6】
前記磁気制御装置は、前記磁性微粒子の磁化を消滅させる磁場を発生する機能を備えることを特徴とする請求項4または請求項5記載の薬物送達システム。
【請求項7】
前記磁気制御装置は、前記回転磁場の磁場強度、回転角度、回転方向、回転周期を任意に変更できる機能を備えることを特徴とする請求項4ないし請求項6に記載の薬物送達システム。
【請求項8】
前記磁気制御装置は、前記リポソームを移動させる傾斜磁場を発生する機能を備えたことを特徴とする請求項4ないし請求項7に記載の薬物送達システム。
【請求項9】
前記磁気制御装置は、傾斜磁場の磁場強度、傾斜強度、方向を任意に変更できる機能を備えることを特徴とする請求項4ないし請求項8記載の薬物送達システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−242315(P2009−242315A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−91994(P2008−91994)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】