説明

磁気回路用軟磁性材料およびアクチュエータ

【課題】磁束密度、透磁率等の磁気特性を更に向上できる磁気回路用軟磁性材料およびアクチュエータを提供する。
【解決手段】磁気回路用軟磁性材料は、フェライトを主体とする基地組織と基地組織に分散された鉄−炭素化合物とを備える鉄系凝固金属で形成されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気回路用軟磁性材料およびアクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1には、鋼板を積層させることによりアッパーコアおよびロアコアを形成したアクチュエータが開示されている。特許文献2には、内部と内部を被覆する表面部とをもつ磁性材料が提供されている。このものによれば、磁性材料の内部は、電気絶縁被膜で被覆された軟磁性粒子の集合体を固めた圧粉体を焼結することにより形成されている。表面部は浸炭焼き入れ、真空焼き入れ等で硬化されている。特許文献3には、鋳鉄溶湯を鋳造して凝固させることにより球状黒鉛または芋虫状黒鉛を生成させた凝固体を形成し、凝固体を熱処理して形成した磁気回路部材が開示されている。
【特許文献1】特開2003−318025号公報
【特許文献2】特開2003−272910号公報
【特許文献3】特開2002−322532号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
特許文献1に係る技術によれば、鋼板を積層させることにより鋼板間の境界の電気抵抗が高くなるため、渦電流が発生したとしても、渦電流のループが制限され、渦電流損失が低減される。しかし磁束密度を高くするには限界がある。更に、特許文献1に係る技術によれば、プレス型で打ち抜いた鋼板を多数枚厚み方向に積層させる方式が採用されているため、コストが高くなり易い。殊に、シリコンを含む鋼板は硬いため、プレス型による打ち抜きには限界があり、コストアップとなり易い。更に、鋼板を積層させるアッパーコアやロアコアの三次元形状の設計の自由度が制限されてしまうおそれがある。
【0004】
また、特許文献2に係る技術によれば、軟磁性粒子に被覆されている電気絶縁被膜が高い電気抵抗を有するため、渦電流が発生したとしても、渦電流のループが制限され、渦電流損失が低減される。更に、電気絶縁被膜で被覆された軟磁性粒子の集合体を固めて内部が形成されているため、打ち抜いた鋼板を多数枚厚み方向に積層させる方式に比較して、磁性材料の三次元形状の設計の自由度が確保され易い。しかし軟磁性粒子には電気絶縁被膜が被覆されているため、磁束密度および透磁率を高くするには限界がある。
【0005】
また、特許文献3に係る技術によれば、鋳鉄の溶湯を鋳造して球状黒鉛または芋虫状黒鉛を有する磁気回路部材を形成するため、磁気回路部材の三次元形状の設計の自由度が確保され易い。更に、球状黒鉛または芋虫状黒鉛は基地組織に比較して高い電気抵抗を有するため、渦電流が発生したとしても、渦電流のループが制限され、渦電流損失が低減される。しかし黒鉛は磁束密度および透磁率が低いため、多数の球状黒鉛または芋虫状黒鉛が生成されていると、磁束密度および透磁率を高くするには限界がある。
【0006】
このように上記した各特許文献に係る技術によれば、磁束密度および透磁率を高くするには限界があり、磁気回路用軟磁性材料を搭載するアクチュエータの小型化には限界があった。
【0007】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、磁束密度、透磁率等の磁気特性を更に向上できる磁気回路用軟磁性材料およびアクチュエータを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
様相1に係る磁気回路用軟磁性材料は、フェライトを主体とする基地組織と基地組織に分散された鉄−炭素化合物とを備える鉄系凝固金属で形成されていることを特徴とする。
【0009】
様相2に係るアクチュエータは、可動子と、可動子に対面するように配置された固定子と、固定子の外壁面を包囲して保持する内壁面をもつケース部材とを備えるアクチュエータにおいて、ケース部材は、様相1に係る磁気回路用軟磁性材料で形成されていることを特徴とする。
【0010】
様相1,2によれば、鉄系凝固金属は、フェライトを主体とする基地組織と、基地組織に分散された鉄−炭素化合物とを備える。基地組織はフェライトを主体としているため、純鉄に近い組成となり、磁束密度、透磁率等の磁気特性を向上できる。このため、磁気回路用軟磁性材料における磁束密度、透磁率等の磁気特性を更に向上できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、磁気回路用軟磁性材料における磁束密度、透磁率等の磁気特性を更に向上できる。従って、この磁気回路用軟磁性材料をアクチュエータに適用すれば、アクチュエータの小型化を図るのに有利である。更に、基地組織に分散されている鉄−炭素化合物は、フェライトよりも高い強度の相であるため、磁気回路用軟磁性材料の強度を高めるのに有利となる。
【0012】
更に、鉄系凝固金属で形成されているため、溶湯を成形型のキャビティに注湯して凝固させる工程を経て形成されている。故に、鋼板を厚み方向に積層する方式に比較して、磁気回路用軟磁性材料の三次元形状の選択の自由度を高め得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る磁気回路用軟磁性材料は、鉄系凝固金属で形成されている。鋳放した黒皮状態で使用しても良いし、あるいは、切削加工を適宜施しても良い。鉄系凝固金属を成形する成形型としては、砂型でも、金型でも、セラミックス型でも良い。鉄系凝固金属は、フェライトを主体とする基地組織と、基地組織に分散された鉄−炭素化合物とを備えている。基地組織はフェライトを主体とする。フェライトは鉄に炭素を固溶させたα相であり、純鉄に近い組成をもつ。フェライトは磁気的特性に優れているため、透磁率および磁束密度を高めることができる。
【0014】
ここで、フェライトを主体とするとは、例えば倍率100倍、あるいは200倍の顕微鏡視野で、当該視野を100%とするとき、面積比でフェライトが50%以上を占めるという意味である。好ましくは、当該視野を100%とするとき、面積比で、フェライトが60%以上、70%以上占めることが好ましく、殊に、80%以上、90%以上を占めることが好ましい。フェライトはシリコンを含有するシリコフェライトとすることが好ましい。
【0015】
鉄−炭素化合物は島状に基地組織に分散していることが好ましい。これによりフェライトの面積が確保される。鉄−炭素化合物の磁束密度および透磁率は、一般的には、純鉄に近い組成をもつフェライトの磁束密度および透磁率よりも低い。このため鉄−炭素化合物のアスペクト比(長さ/幅)が大きいと、鉄−炭素化合物が長い繊維状に伸びるため、磁束の迂回距離が過剰となり易く、満足する磁束密度および透磁率が得られないおそれがある。更に、鉄−炭素化合物のアスペクト比が大きいと、強度の異方性が高くなり、磁気回路用軟磁性材料における均一な強度を確保する面でも不利となり易い。そこで、鉄−炭素化合物のアスペクト比としては平均で7以下、5以下、4以下が好ましい。従って当該アスペクト比としては、平均で1.5〜7程度、2〜5程度が好ましい。このため鉄−炭素化合物は、一般的には、粒子状または片状に基地組織に分散している。鉄−炭素化合物としては、パーライトおよび/またはセメンタイトである形態が挙げられる。パーライトは層状パーライトでも、粒状パーライトでも良い。
【0016】
鉄−炭素化合物のサイズとしては、要請される磁気特性、鉄系凝固金属の冷却速度、炭素含有量等によっても異なるが、3〜400μm程度、10〜200μm程度、10〜100μm程度を例示でき、更に20〜50μm程度を例示できる。但しこれらに限定されるものではない。鉄−炭素化合物はフェライトよりも透磁率が低いため、鉄−炭素化合物のサイズが過剰に大きいと、磁束の迂回の割合が増加すると考えられる。鉄−炭素化合物のサイズが過剰に小さいと、磁気回路用軟磁性材料に対する強度改善効果が低減される。
【0017】
なお、40μm以上の比較的大きめの鉄−炭素化合物と、10μm以下の小さな鉄−炭素化合物とが共存していても良い。
【0018】
炭素は、鉄系凝固金属の凝固開始温度を低下させ鋳造性を高めるのに有効であり、更に、鉄−炭素化合物を生成させるのに有効である。しかし炭素含有量が過剰であると、黒鉛の生成量が増加する。黒鉛は切欠として機能するため、強度を低下させる要因となるとともに、磁束密度および透磁率を低下させる性質をもつ。従って様相1,2によれば、鉄系凝固金属に含まれている炭素は、鉄−炭素化合物として生成し、黒鉛として生成する割合が少ないか、黒鉛として実質的に生成しないことが好ましい。また炭素含有量が過少であると、鉄−炭素化合物の面積比が過少となるおそれがある。上記した点を考慮し、鉄系凝固金属の炭素含有量としては、質量比で2%以下、1.8%以下、1.5%以下、1.3%以下が例示され、更に、1.0%以下、0.5%以下、0.2%以下、0.1%以下が例示される。
【0019】
本発明に係る鉄系凝固金属によれば、強度、磁束密度、透磁率を高めるためには、例えば倍率100倍、あるいは200倍の顕微鏡視野で、鉄−炭素化合物の面積をS1とし、黒鉛の面積をS2とするとき、両者を比較してS1を大きく、S2を小さくすることが好ましい。従ってS1/S2は0.5以上である形態が好ましい。このため黒鉛の生成を抑えることを考慮すると、S1/S2としては1以上、2以上、3以上、4以上、6以上、更にはそれ以上が例示される。
【0020】
更に本発明に係る鉄系凝固金属によれば、基地組織はフェライトリッチであるため、例えば倍率100倍、あるいは、200倍の顕微鏡視野で、当該視野を100%とするとき、面積比で鉄−炭素化合物の面積が25%以下、20%以下であることが好ましい。
【0021】
質量比で炭素2%以下の鉄−炭素系の凝固合金は、一般的には鋳鋼と呼ばれる。従って本発明に係る鉄系凝固金属は鋳鋼系であることが好ましい。シリコンは軟磁気特性を向上させる。従って鉄系凝固金属のシリコン含有量としては質量比で0.3〜10%である形態が例示される。但し、シリコン量が多いと、強度および硬度が増加するものの、切削性が低下するおそれがある。上記した点を考慮し、鉄系凝固金属のシリコン含有量の上限値としては、質量比で10%、8%、5%、4%、3%が例示され、シリコン含有量の下限値としては、0.3%、0.5%、0.8%、1.0%が例示される。従って鉄系凝固金属のシリコン含有量は質量比で0.3〜10%、0.3〜8%、更には0.5〜4%が例示される。但し、上記した含有量に限定されるものではない。
【0022】
マンガンはパーライト、セメンタイト等の鉄−炭素化合物の生成に寄与する。マンガンは一般的な溶解材料には含有されている。鉄系凝固金属におけるマンガン含有量としては、質量比で2%以下、1%以下、0.6%以下、0.4%以下が例示される。アルミニウムはアルミニウム酸化物を生成するため、主として溶湯の脱酸剤として機能し、鉄系凝固金属に残留する。鉄系凝固金属におけるアルミニウム含有量は0.2%以下、0.1%以下にでき、実質的に0%でもよい。なお、不可避不純物としては、リン、イオウ、カルシウム等の鋼系に含まれる不純物元素の1種または2種以上が挙げられる。
【0023】
鉄系凝固金属は熱処理しても良いし、しなくても良い。熱処理としては、A1変態点以上でA3変態点以下の温度領域、またはA3変態点以上で融点以下の温度領域において加熱することにより行い得る。あるいは、A1変態点直下の温度領域で加熱することにより行い得る。あるいは、セメンタイトが生成している場合には、セメンタイトの球状化を期待して、A1変態点直下(A1変態点よりも50℃以内低い温度領域)および直上(A1変態点よりも50℃以内高い温度領域)の温度領域での加熱を複数回繰り返すことにより行い得る。
【0024】
磁気回路用軟磁性材料の用途は特に限定されるものではなく、例えばアクチュエータ、産業機器、家庭用機器等のヨークとして使用できる。
【0025】
様相2に係るアクチュエータは、可動子と、可動子に対面するように配置された固定子と、固定子の外壁面を包囲して保持する内壁面をもつケース部材とを備える。可動子は固定子に対して可動するものであれば良く、回転するタイプでも、往復直線移動するタイプでも良い。ケース部材は、上記した磁気回路用軟磁性材料で形成されている。上記した磁気回路用軟磁性材料は磁束密度、透磁率等の磁気特性を向上できる。従って、この磁気回路用軟磁性材料をアクチュエータに適用すれば、アクチュエータの小型化を図るのに有利である。
【0026】
アクチュエータとしてはモータが例示される。モータは、回転可能なインナーロータ(可動子)と、インナーロータに対面するように配置された断面リング形状の固定子と、固定子の外壁面を包囲して保持する内壁面をもつ断面リング形状のケース部材とを備えることができる。ケース部材は、上記した磁気回路用軟磁性材料で形成されている。可動子、固定子およびケース部材の形状は特に限定されないが、固定子が筒形状であれば、固定子の外壁面は外周壁面となる。ケース部材が筒形状であれば、ケース部材の内壁面は内周壁面となる。
【実施例1】
【0027】
以下、本発明の実施例1について図1〜図3を参照して説明する。実施例1は各請求項に記載されている条件を満足する。低炭素の鉄スクラップ材料およびシリコンを高周波炉で1650〜1700℃で溶解し、鋳鋼系の元湯とした。元湯100質量部に対して0.2質量部のフェロシリコン(シリコン含有量;75質量%)および0.05質量部のアルミニウム塊をルツボ内に収容した。このルツボ内に元湯を注ぎ、スラグを除いた後に、溶湯を成形型(砂型)のキャビティに注湯し、凝固させ、試験片を形成した。注湯温度は1600℃とした。溶湯においてアルミニウム粉は溶鉄の酸素分を除去する脱酸剤として機能する。その後、試験片を成形型から取りだした。これに準じて実施例1〜実施例3に係る試験片、比較例1〜比較例3に係る鋳鋼組成をもつ試験片を形成した。成形型のキャビテイはYブロック形状(JIS G O307)とした。
【0028】
その後、試験片を真空中で1000℃で加熱保持する熱処理を1時間行った。熱処理によりフェライト化が進行する。熱処理後に磁気特性評価および成分分析を行った。表1は熱処理後の試験片の成分および磁気特性を示す。磁気特性は直流B−Hアナライザにより測定した。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示すように、実施例1〜実施例3によれば、磁束密度が1.65T(テスラ)以上となり、最大透磁率も2650以上と高い。このように実施例1〜実施例3によれば、磁束密度および最大透磁率の双方がバランス良く、高い。これに対して比較例1によれば、磁束密度および最大透磁率の双方が低い。比較例2によれば、最大透磁率は良好であるものの、磁束密度が低い。比較例3によれば、最大透磁率は良好であるものの、磁束密度が低い。
【0031】
図1は、実施例1および比較例3のヒステリシス曲線を示す。ヒステリシス曲線は、外径26mm、内径19mm、厚さ2mmの試験片を使用し、励磁コイルを200ターン、検出コイルを50ターンとして直流B−H特性を測定した。図1において特性線A1は実施例1を示し、特性線A2は比較例3を示す。図1によれば、実施例1および比較例3共に軟磁性材料であるため、ヒステリシスは少ないものの、磁気特性に違いがあることがわかる。
【0032】
図2は実施例1の金属組織の光学顕微鏡写真(熱処理前、ナイタル腐食)を示す(撮影部位は鋳造品の最外壁面から深さ約2ミリメートルの部位)。図2において引き出し線は粒界、島状のパーライト、フェライト基地をそれぞれ示す。図2に示すように、基地組織はフェライト組織となっている。フェライトの結晶粒径はかなり大きめであり、平均で2〜3ミリメートル程度とされている。フェライトの結晶粒径が大きい方が、磁束密度や透磁率等の磁気的性質が向上する。図2から明らかなように、この基地組織には鉄−炭素化合物が島状に生成している。鉄−炭素化合物は、パーライト(写真で黒色の粒子)および/またはセメンタイト(遊離セメンタイト)と考えられる。ここで、長さが30〜60μm程度の片状または粒状のパーライト(写真で黒色の粒子)が生成している。図2に示すように、鉄−炭素化合物のアスペクト比(長さ/幅)としては、平均で、2〜7程度である。図2によれば、基地組織はフェライトリッチであるため、倍率100倍の顕微鏡視野で、当該視野を100%とするとき、面積比でフェライトが70%以上を占める。また当該視野を100%とするとき、面積比で、島状の鉄−炭素化合物の面積は25%以下とされている。
【0033】
図3は実施例1の金属組織の光学顕微鏡写真(熱処理後、ナイタル腐食)を示す(撮影部位は鋳造品の最外壁面から深さ約2ミリメートルの部位)。図3では図2の撮影部位とは異なる部位を撮影している。図3においても、基地組織はフェライト組織となっており、基地組織に島状のパーライトが分散している。フェライトの結晶粒径はかなり大きめであり、2〜3ミリメートル程度とされている。
【0034】
図3に示す組織(倍率200倍)によれば、光学顕微鏡視野で、鉄−炭素化合物の面積をS1とし、黒鉛の面積をS2とすると、S1/S2=0.5以上とされている。
【0035】
図2および図3に示すように、基地には、微細な粒状の化合物が多数分散している。EPMAによれば、この化合物はFe−Si−Al系の化合物と考えられる。この化合物自身は磁気特性がフェライトよりも低下するが、微細な粒状(平均粒径:10μm以下または5μm以下)として散点状に分散しているため、磁束の迂回距離を実質的に増大させないものと推定される。よって磁束密度および透磁率の低下が抑制される。
【0036】
鋳造した試験片の基地組織における炭素固溶量は、熱処理前では0.05質量%であった。熱処理後では0.02質量%であった。このように熱処理により基地は純鉄に近くなる。熱処理により炭化物の黒鉛化が進行し、基地組織における炭素固溶量が低下したものと推定される。なお炭素固溶量は、燃焼赤外線吸収法により全炭素量を算出し、晶出あるいは析出した黒鉛の量を差し引いた残量により求めた。Fe−Si−Al化合物は鋳放し状態ではあまり認められなかったが、熱処理により生成していた。
【0037】
本発明材は、表1からも理解できるように、炭素含有量を低く抑えており、基地組織をフェライトがリッチな組織としている。更に、基地組織中の炭素量を鉄−炭素化合物(特に、島状の鉄−炭素化合物)として生成させつつ、基地組織中の炭素を低く抑え、磁気特性を向上させている。本発明材では、シリコンが基地組織中のフェライトに固溶しているため、比抵抗が55〜65Ωcm(60Ωcm)と、純鉄系材料の4倍程度ある。このためモータ等のアクチュエータの磁気回路部材として使用した場合、磁気回路断面において多くの磁束を透過させることができ、鉄損も低減でき、アクチュエータの小型化を図り得る。
【0038】
本発明材はアクチュエータの磁路形成部材として使用できる。アクチュエータとしてはモータ、電磁バルブ等が挙げられる。モータ用としては、ロータコア、ステータコアなどに使用できる。モータとしてはABSシステム用モータ、パワーステアリング用モータ、ワイパーモータ、ウィンドレギュレータ用モータ、ドアロック用モータ、サンルーフ用モータなどの各種モータが挙げられる。
【0039】
本発明材は溶湯を凝固させて形成されているため、高温環境や温度変化がある環境においても、強度および磁気特性の変化が少ないため、車両において使用環境温度以上の環境下で使用することが可能である。
【実施例2】
【0040】
図4〜図6はアクチュエータとしてのモータに適用した適用例を示す。モータは、車両または産業機器に搭載されるものであり、図4および図5に示すように、可動子としてのインナーロータ100と、インナーロータ100に対面するように配置された円筒形状をなす鉄系の固定子200と、固定子200の外周壁面201を包囲して保持する内周壁面301をもつ鉄系のケース部材300とを備えている。インナーロータ100の外周壁面には永久磁石110が取り付けられている。固定子200は、複数の珪素鋼板210を厚み方向(固定子200の中心線PA方向)において積層して形成されている。
【0041】
図5に示すように、固定子200は、径内方向に突出する複数のティース部220を有する。ティース部220の周囲には、コイル巻線400が巻回されている。コイル巻線400への給電に伴い、固定子200の中心線PAの回りを回転する回転磁界が生成され、インナーロータ100が固定子200内で回転する。
【0042】
ケース部材300は実施例1〜3のうちのいずれかの磁気回路用軟磁性材料で円筒形状に形成されており、図5に示すように、ケース部材300の周壁部305は内周壁面301と外周壁面303とを有する。
【0043】
ケース部材300は、鋳鋼系の溶湯を成型型のキャビティに装填して凝固させて形成されている。成形型は砂型でも良いし、金型でも、セラミックス型でも良い。ケース部材300の外周壁面303は、鋳放し状態のまま使用される。ケース部材300の内周壁面301は切削加工した切削面とされており、固定子200に対する嵌合性が確保されている。そしてケース部材300のうち切削加工された内周壁面301で形成された円筒状空間に、円筒形状の固定子200が圧入またはかしめなどで嵌合されて保持されている。
【0044】
ケース部材300は、前記したように実施例1〜3のうちのいずれかの磁気回路用軟磁性材料で形成されており、フェライトを主体とする基地組織と、基地組織に分散された鉄−炭素化合物とを備えている。この磁気回路用軟磁性材料は、熱処理を施していない鋳放し状態でも、切削加工前に所定時間(例えば30〜5時間)熱処理したものでも良い。熱処理としてはA3変態点以上の温度領域(1000℃)において30分間1〜2時間加熱することにより行い得る。
【0045】
フェライトはシリコンを含有するシリコフェライトである。鉄−炭素化合物はパーライトおよび/またはセメンタイトであり、大きな塊状に成長することなく、アスペクト比2〜5の化合物が島状に分散されている。このようにケース部材300は実施例1〜3のうちのいずれかの磁気回路用軟磁性材料で形成されており、磁束密度、透磁率等の磁気特性を高くできる。更に、磁気回路用軟磁性材料の内部に分散している鉄−炭素化合物は、フェライトよりも強度をもつ相であるため、フェライトを主体とする基地組織を強化する役割も果たしている。したがって、ケース部材300は、コイル巻線400に基づいて発生する磁路ループを透過させる機能をもつと共に、固定子200の外周壁面201を保持して拘束する拘束部材および強度部材としての機能をもつ。
【0046】
更に、ケース部材300は鉄系凝固金属としての鋳鋼系で形成されているため、溶湯を成形型のキャビティに注湯して凝固させる操作を経て形成される。従って、このケース部材300で形成される磁気回路用軟磁性材料の三次元形状の選択の自由度を高め得る。
【0047】
コイル巻線400への給電に伴い、固定子200の中心線PAの回りを回転する回転磁界が生成され、インナーロータ100が固定子200内で固定子200の中心線PAの回りで回転する。このとき、回転磁界に基づく磁気吸引力によりインナーロータ100が回転するため、磁気吸引力に基づいて固定子200にはこれの周方向に力が作用する。ひいては、ケース部材300の周壁部305の周方向にも力が作用する。この点本例によれば、鉄−炭素化合物は、フェライトの基地組織よりも強度および硬度が高い相であるため、ケース部材300の周壁部305の強度を高めるのに有利である。更に、シリコン含有量が多いシリコフェライトの基地組織とされているため、シリコンが少ない通常のフェライトの基地組織よりも、強度および硬度が高い。このためケース部材300の周壁部305の強度を確保するのに一層有利である。故に周壁部305の厚み低減、軽量化に有利である。車両等のように、軽量化が要請されつつ、振動、衝撃が作用する頻度が高い環境において使用するのに有利である。
【0048】
ケース部材300を凝固させるにあたり、図5および図6において厚みtの厚み方向の中心域は、材質にもよるが、凝固速度が遅いといえる。厚みtは適宜設定されるが、3〜10ミリメートルにされている。また、ケース部材300の外周壁面303の側および内周壁面301の側は、ケース部材300の周壁部305の厚みの中心域に比較して凝固速度が相対的に速いといえる。従って、ケース部材300の周壁部305の外周壁面303の側および内周壁面301の側は、成型型の型面に近く、厚みの中心域よりも凝固速度が相対的に速いため、鉄−炭素化合物が生成するとしても、鉄−炭素化合物の成長が抑制され、ひいては鉄−炭素化合物のサイズが抑制されると考えられる。
【0049】
これに対してケース部材300の周壁部305の厚みの中心域においては、外周壁面303の側および内周壁面301の側よりも、凝固速度が遅いため、鉄−炭素化合物のサイズの成長が期待される。ここで、鉄−炭素化合物は、純鉄に近いフェライトの基地組織よりも磁束密度、透磁率等が相対的に低い。このため、ケース部材300の周壁部305に磁束を透過させつつも、ケース部材300の外周壁面303よりも径外方向に磁束が漏れることが低減されることが期待される。
【0050】
なお、本実施例によれば、ケース部材300を構成する磁気回路用軟磁性材料のシリコン含有量をW1とし、固定子200を構成する珪素鋼板210のシリコン含有量をW2とするとき、W1=W2、W1≒W2、W1>W2、W1<W2のうちのいずれでも良い。
【実施例3】
【0051】
図7はアクチュエータとしてのモータに適用した他の適用例を示す。モータは、基本的には実施例2と同様の構成を有する。共通する部位には共通の符号を付する。以下、異なる部分を中心として説明する。即ち、固定子200は、シリコンを含有する複数の珪素鋼板210を厚み方向、つまり、固定子200の中心線PA方向において積層して形成されている。ケース部材300Bは、鋳鋼系の溶湯を固定子200の外周側に鋳ぐるんで凝固させることにより形成されている。従ってケース部材300Bの内周壁面301と固定子200との隙間が解消されると共に結合性が向上する。殊に、固定子200は複数の珪素鋼板210を積層した積層構造とされているため、ケース部材300Bの内周壁面301と固定子200との結合性が向上する。
【0052】
更にケース部材300Bは、鋳鋼系の溶湯を固定子200の外周側から鋳ぐるんで凝固させることにより形成されているため、ケース部材300Bの内周壁面301を切削加工せずとも良いか、あるいは、内周壁面301の切削加工工数を大幅に減少できる。従って、ケース部材300Bの内周壁面301の切削加工性をあまり考慮せずとも良い。故に、ケース部材300Bを構成する磁気回路用軟磁性材料におけるシリコン含有量を更に高くすることができる。
【0053】
この場合、磁気回路用軟磁性材料について、フェライトがシリコンリッチとなるため、磁束密度および透磁率等の磁気的特性を更に向上させることができ、更には強度および硬度を高めるのにも有利である。溶湯を固定子200の外周側から直接鋳ぐるんで凝固させても良いし、あるいは、固定子200の外周側に被覆剤を塗布した状態で、溶湯を固定子200の外周側から被覆剤を介して鋳ぐるんで凝固させても良い。なお、固定子200を構成する珪素鋼板210と、ケース部材300Bを構成する鋳鋼とは共に、低炭素の鉄−シリコン系合金であるため、鋳ぐるみ接合性が確保される。
【0054】
なお、本実施例によれば、ケース部材300Bを構成する磁気回路用軟磁性材料のシリコン含有量をW1とし、固定子200を構成する珪素鋼板210のシリコン含有量をW2とするとき、W1=W2、W1≒W2、W1>W2、W1<W2のうちのいずれでも良い。ケース部材300Bを鋳ぐるむので、ケース部材300Bの切削工数を低減または解消できる。このためW1>W2とし、ケース部材300Bの透磁率等の磁気的性質、強度を高めることができる。
【0055】
なお、上記した適用例では、アクチュエータとして、インナーロータタイプのモータに適用した例であるが、アウターロータタイプのモータに適用しても良い。本発明は上記し且つ図面に示した実施例のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施例1および比較例3に係るヒステリシス曲線を示すグラフである。
【図2】本発明材の顕微鏡組織を示す写真である。
【図3】本発明材の顕微鏡組織を示す写真である。
【図4】適用例を示し、アクチュエータのロータの軸線に沿った断面図である。
【図5】適用例に係り、アクチュエータのロータの軸線と直交する方向に沿った断面図である。
【図6】適用例に係り、アクチュエータのロータの軸線と直交する方向に沿ったケース部材の部分を拡大して示す断面図である。
【図7】他の適用例に係り、アクチュエータのロータの軸線と直交する方向に沿った断面図である。
【符号の説明】
【0057】
100はインナーロータ(可動子)、200は固定子、201は外周壁面、300はケース部材、301は内周壁面、400はコイル巻線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライトを主体とする基地組織と前記基地組織に分散された鉄−炭素化合物とを備える鉄系凝固金属で形成されていることを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項2】
前記フェライトはシリコンを含有するシリコフェライトであることを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項3】
請求項1または2において、前記鉄系凝固金属は質量比で炭素を2%以下含有することを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項4】
請求項1または2において、前記鉄系凝固金属は質量比でシリコンを0.3〜10%含有することを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項5】
請求項1〜4のうちのいずれか一項において、前記鉄−炭素化合物は島状に前記基地組織に分散していることを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項6】
請求項1〜5のうちのいずれか一項において、前記鉄−炭素化合物はパーライトおよび/またはセメンタイトであることを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項7】
請求項1〜6のうちのいずれか一項において、光学顕微鏡視野で、前記鉄−炭素化合物の面積をS1とし、黒鉛の面積をS2とすると、S1/S2は0.5以上であることを特徴とする磁気回路用軟磁性材料。
【請求項8】
可動子と、前記可動子に対面するように配置された固定子と、前記固定子の外壁面を包囲して保持する内壁面をもつケース部材とを備えるアクチュエータにおいて、
前記ケース部材は、請求項1〜請求項7のいずれか一項に係る磁気回路用軟磁性材料で形成されていることを特徴とするアクチュエータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−270207(P2007−270207A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−95147(P2006−95147)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000100805)アイシン高丘株式会社 (202)
【Fターム(参考)】