説明

神経変性疾患、特にアルツハイマー病及び統合失調症の治療のためのタングステン酸塩(VI)を含有してなる製薬的組成物

タングステン(VI)化合物、好ましくはタングステン酸塩、及びより好ましくはタングステン酸ナトリウム(NaWO)の有効量を含有してなる製薬的組成物は、ヒトを含む哺乳動物の神経変性疾患の予防的及び/又は治療的な処置のため、特にアルツハイマー病又は統合失調症の予防的及び/又は治療的な処置のために有用である。インスリン耐性のラットモデル及び1型糖尿病のモデルにおけるタウのリン酸化に対するタングステン酸ナトリウム二水和物の効果を評価した。本発明によるタウオパチーの治療的処置は、GSK3を標的とする;神経特異的なタンパク質であるタウの異常な過剰リン酸化を減少するので特異性がある、有効性、毒性の欠如、及び低価といったいくつかの利点を伴う。

【発明の詳細な説明】
【発明の開示】
【0001】
本発明は、神経変性疾患、特にアルツハイマー病及び他のタウオパチー、すなわち脳の異常なタウタンパク質アイソフォームの沈着を伴う神経変性疾患、更には統合失調症の治療のためのタングステン(VI)化合物を含有してなる製薬的組成物の使用に関する。
【0002】
(背景技術)
神経変性疾患は神経性及び行動の機能に影響する神経系の慢性及び進行性の疾患として定められ得、最終的に異なる組織病理学的及び臨床学的な症候群を引き起こす特定の生化学変化から始まる。アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病及びパーキンソン病は、このような疾患の一つである。
アルツハイマー病は高齢者の中の最も一般的な認知症であり、思考、記憶及び言語を制御する脳の部分が関係する。それは、2つの主要な病理学的徴候に特徴がある。それは、特定の脳領域における神経細胞の欠失に加えて、アミロイドプラークと神経原線維変化(NFT)である。β-アミロイドは、アミロイド前駆体タンパク質(APP)と称されるタンパク質から切り捨てられるタンパク質断片である。健康な脳では、これらのタンパク質断片は破壊されて、除去される。アルツハイマー病では、β-アミロイドは蓄積して、アミロイドプラークと称される硬質の不溶性プラークが形成する。NFTは、脳の細胞内部に見られる不溶性のねじれた線維からなる。それらは主に、タウと称される神経系特異的なタンパク質からなり、微小管と称される細胞内構造の一部を形成する。微小管は細胞の細胞骨格の成分の一つであり、細胞内輸送及び不斉性の生成などの様々な機能に関与している。健康な状態のタウタンパク質の主な機能は、微小管を安定させることである。アルツハイマー病、更に他のタウオパチーでは、タウタンパク質はいくつかの生化学的な異常を表し、その中でも過剰リン酸化が最も著しい。結果として、タウタンパク質が凝集し、微小管が不安定になるため、神経系機能が損なわれる。
【0003】
タンパク質リン酸化は、酵素及び構造タンパク質を調整するために細胞によって使われる翻訳後調節機構である。スレオニン及びセリンの残基でのタウタンパク質のリン酸化と脱リン酸は、いくつかのプロテインキナーゼ及びプロテインホスファターゼによって制御される。タウリン酸化プロテインキナーゼのうちの1つは、グリコーゲンシンターゼキナーゼ-3(GSK3)である。GSK3は、タウタンパク質の異常な過剰リン酸化の過程に関与する主な酵素であって、アルツハイマー病患者の脳、並びに他のタウオパチー患者において過剰に発現される。タウタンパク質のリン酸化の薬理学的阻害薬、特に選択的なGSK3阻害薬がアルツハイマー病及び他の神経形成性疾患を治療するために用いられうることが提案されている。
GSK3のいくつかの阻害薬は公知であるが、公知の阻害薬の吸収、分布、代謝及び排出に関する懸念及び毒性関連副作用はその臨床能力に影響する(「Pharmacological inhibitors of glycogen synthase kinase 3」, Laurent Meijer等, Trends in Pharmacological Sciences 2004, vol. 25, No. 9, pp. 471-480を参照)。
【0004】
アルツハイマー病及び他のタウオパチーの有効治療のためのGSK3の阻害薬の開発に対するいくつかの最も重要なことは、他の細胞シグナル伝達過程の干渉のない状況(副作用、血液‐脳関門通過能、及びインビボでの作用強度を有しないことを意味する)でのこのキナーゼの選択的阻害薬の有効性である。
また、GSK3活性の調節機能の変化は統合失調症と関係していた(E.S: Emamian等, Nat. Genet., 2004, vol. 36, pp.131-7を参照)。J.A. Liebermanによると、統合失調症は、神経変性疾患を定義する多くの判定基準を明らかに満たす(J.A. Lieberman, Biological Psychiatry, 1999, vol. 46, pp. 729-739を参照)。また、統合失調症の進行性過程が進行中の神経変性経過と関係しているという直接的及び間接的な所見が報告された(P.C. Ashe等, Prog. Neuro-Biol. Psychiat. & Biol. Psychiat 2001, vol.25, pp.691-707を参照)。
過去にどれほど研究努力が費やされていようと、アルツハイマー病又は統合失調症等の神経変性疾患の治療及び/又は予防が、満足であることは決してない。したがって、ヒトにおける、アルツハイマー病及び他のタウオパチーなどのタウのリン酸化に関連した神経系の病理学的な変化の治療のため、並びに統合失調症の治療のための化合物の供給は、非常に重要である。
【0005】
(発明の概要)
発明者等は、タングステン(VI)化合物が細胞培養系及びインビボにおいて神経細胞中のGSK3を阻害することを発見した。この阻害の結果、主に、微小管関連タンパク質であるタウのGSK3依存性リン酸化が有意に減少する。したがって、タングステン(VI)化合物がGSK3の不活性化に寄与することから、これらの化合物の使用は、アルツハイマー病及び他のタウオパチーを治療するため、更には統合失調症を治療するための新規な治療手法となる。
タングステン酸ナトリウムは、いくつかの動物モデルにおける抗糖尿病薬及び抗肥満薬である。この化合物は低毒性性質を示し、臨床試験の第I相を既に終えている。欧州特許第1400246号Aでは、1型(IDDM)又は2型(NIDDM)の真正糖尿病を患うヒトの糖血を低下させるためのタングステン(VI)化合物の製薬的組成物が記述されている。欧州特許第755681号Aでは、また、タングステン(VI)化合物が、糖尿病を患っていないヒトの肥満/超過重量の治療のための効率的な化合物であることが教示されている。にもかかわらず、タングステン(VI)化合物はアルツハイマー病ないしは任意のタウオパチー、又は統合失調症の治療のためにこれまで提唱されていなかった。
【0006】
本発明の一態様では、統合失調症又はアルツハイマー病、第17染色体に連鎖するパーキンソニズムを有する前頭側頭型認知症、進行性核上性麻痺、グアムの筋萎縮性側索硬化症/パーキンソニズム-認知症複合体、ピック病、大脳皮質基底核変性症及び嗜銀顆粒病などのタウオパチーなどの、ヒトを含む哺乳動物の神経変性疾患の予防的及び/又は治療的な処置のための製薬的組成物であって、タングステン(VI)及び薬学的に受容可能な化学成分により形成される化合物の有効量、又は該化合物の溶媒和化合物の有効量を、薬学的に受容可能な賦形剤又は担体と組み合わせて含有してなる製薬的組成物が提供される。
【0007】
この発明の前後関係において、「タングステン(VI)及び薬学的に受容可能な化学成分により形成される化合物」なる表現は、単独で薬学的に受容可能である化学的構造に付着したその6+酸化状態の一又はいくつかのタングステン原子によって形成される任意の化学的な実体を含むことを意図する。カチオンW6+は観察されても単離されてもおらず、W(VI)の原子周辺の配位圏によって部分的に形成される化学的な成分を常に伴う。配位圏は、例えば、タングステン酸塩アニオン(4つの酸化物イオンによって形成される配位圏)の場合、又はペルオキシタングステン酸塩(酸化物及び過酸化物イオンの混合物によって形成される配位圏)の場合に、無機配位子(酸化物、水酸化物、過酸化物、リン酸塩など)によって形成されうる。また、配位圏は、異なる薬学的に受容可能な有機化合物(例えば薬学的に受容可能なアルコール類、チオール、カルボン酸、アミン、アミノ酸、N-含有ヘテロ環など)に属するO、S又はN原子を介してW(VI)原子に付着される分子又はイオンである有機配位子によって形成されうる。また、混合型の無機/有機配位圏も可能である。また、W(VI)原子及びその配位圏によって形成される構造が中性でない場合、「化学的な成分」なる用語は、全タングステン(VI)化合物を中性させる任意の薬学的に受容可能なイオン種も含む。例えば、タングステン酸塩アニオンはカチオン(例えばナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム)に常に付随して、中性のタングステン酸塩を形成する。タングステン酸イオンは、凝集の程度が異なる一連のイソポリタングステン酸塩(パラタングステン酸塩、メタタングステン酸塩など)を生じさせる。これらの使用もまた本発明において考慮される。タングステン(VI)化合物の溶媒和化合物は一般的である(例えばタングステン酸ナトリウムの二水和物)。
【0008】
好適な実施態様では、製薬的組成物中のタングステン(VI)化合物はタングステン酸塩の塩である。ナトリウム、カリウム、マグネシウム及びカルシウムのカチオンからなる群から選択されるカチオンの成分の塩類は、特に好適である。最も好適なタングステン(VI)化合物は、タングステン酸ナトリウム(NaWO)及びその二水和物である。後者は市販されている。タングステン酸ナトリウム二水和物は微細な結晶性テクスチャを有する白い、無臭の塩であり、水に容易に溶解する。
生成物は任意の従来の経口運搬システムにより投与されうる。錠剤形式は好適なものの一つである。このシステムは、糖尿病を患っていないヒトの肥満/超過重量の治療のために、この化合物の臨床試験の第I相に登録されているヒトに用いられている(欧州特許第755681号A)。
【0009】
本発明の他の態様は、ヒトを含む哺乳動物の神経変性疾患の予防的及び/又は治療的処置のための製薬的組成物の調製のために、タングステン(VI)及び薬学的に受容可能な化学成分によって形成される化合物、又は該化合物の溶媒和化合物の使用に関する。具体的な実施態様では、神経変性疾患は、アルツハイマー病、第17染色体に連鎖するパーキンソニズムを有する前頭側頭型認知症、進行性核上性麻痺、グアムの筋萎縮性側索硬化症/パーキンソニズム-認知症複合体、ピック病、大脳皮質基底核変性症及び嗜銀顆粒病などのタウオパチーである。他の具体的な実施態様では、神経変性疾患は統合失調症である。
また、本発明は、上記のもの、特にアルツハイマー病又は統合失調症などの神経変性疾患を患っているないしは罹りやすいヒトを含む哺乳動物の治療及び/又は予防の方法であって、タングステン(VI)及び薬学的に受容可能な化学成分により形成される化合物の治療的有効量、又は該化合物の溶媒和化合物の治療的有効量を、薬学的に受容可能な賦形剤又は担体とともに該患者に投与することを含んでなる方法に関する。
【0010】
本発明によるタウオパチーの治療的処置は新規の方策であり、当分野で既に提唱される処置よりも優れており、GSK3を標的とする;特異性、神経特異的なタンパク質であるタウの異常な過剰リン酸化を減少する;有効性、短期間でその作用を発揮する;毒性の欠如、臨床試験の第I相が行われた;及び低価といったいくつかの著しい利点を伴う。
本発明の更なる目的、利点及び特徴は、記述の試験の際に当業者に明らかとなるか、あるいは本発明の実施によって学習されうる。明細書及び特許請求の範囲全体にわたって、「を含んでなる」なる用語及びその変形は、他の技術的特徴、添加剤、構成成分又は工程を除外することを目的としない。本出願の要約における開示内容は参照として本明細書中に組み込まれる。以下の実施例及び図面は、例として提供されるものであり、本発明を制限することを意図するものではない。
【0011】
(図の簡単な説明)
図1は、GSK3-βに対するタングステン酸塩及びSH-SY5Y神経芽腫細胞に対するタウリン酸化の効果のグラフ図である。
図2は、健康でインスリン耐性のラットからの脳におけるタウのリン酸化に対するタングステン酸塩の効果のグラフ図である。
図3は、STZ-糖尿病ラットから得られる脳からのタウのリン酸化に対するタングステン酸塩の効果のグラフ図である。
【0012】
(具体的な実施態様の詳細な説明)
図の詳細な説明
結果は、ある程度、図とともにグラフで表す。
図1に、GSK3-βに対するタングステン酸塩(W)及びSH-SY5Y神経芽腫細胞に対するタウリン酸化の効果を示す。データは平均値に相当し、誤差棒は3つの独立した実験の標準偏差を表す。A) SH-SY5Y神経芽腫細胞を1mMのタングステン酸ナトリウムの存在(+)又は不在(−)下にて10分間インキュベートし、次いでそれらのタンパク質抽出物を、Ser-9でリン酸化されたGSK3-β及び総GSK3-βを認識する抗体を用いたウエスタンブロットにて探索した。Ser-9上のGSK3-βリン酸化によって不活性化される(D.A: Cross等, Nature, vol. 378, pp.785-789)。線図は、Ser-9リン酸化GSK3-β(GSK3-β-pS9)とGSK3-βの総量との間の比率を示す。B) SH-SY5Y細胞を漸増濃度のタングステン酸塩とともにインキュベートし、タウリン酸化の程度をタウ-1抗体を用いたウエスタンブロットにて測定した。この抗体は、セリン198、199又は202が非リン酸化形態である場合に、タウを認識する。線図は、非リン酸化タウ(tau1)とタウ(7.51)の総量との間の比率を示す。C) SH-SY5Y細胞を1mMのタングステン酸ナトリウム(W)の存在(+)又は不在(−)下にて10分間インキュベートし、タウリン酸化の程度をAT180抗体を用いたウエスタンブロットにて測定した。この抗体は、スレオニン231がリン酸化形態である場合に、タウを認識する。線図は、リン酸化タウ(AT180)とタウ(7.51)の総量との間の比率を示す。タウタンパク質の総量は、7.51抗体を用いて決定した。データは平均値に相当し、誤差棒は3〜5つの独立した実験の標準偏差を表す。
【0013】
図2に、健康でインスリン耐性のラットからの脳におけるタウのリン酸化に対するタングステン酸塩(W)の効果を示す。A) 生理食塩水(−)又は0.1mMのタングステン酸塩(+)を頭蓋内投与した健康なラットの脳抽出物からのGSK3(左)及びタウ(右)のリン酸化のウエスタンブロット分析。Ser-9リン酸化GSK3-β(pS9)に対する抗体、及びスレオニン231がリン酸化されているタウ(AT180)又はセリン198、199及び202がリン酸化されていないタウ(タウ-1)を用いてリン酸化を測定した。GSK3及びタウの総量は、それぞれGSK3及びタウ(7.51)に対して生じる抗体との相互作用によって決定した。B) コントロール(Ctrl)及びインスリン耐性(IR)のラットにおけるGSK3-β(左)及びタウ(右)の脳におけるリン酸化のウエスタンブロット分析。Ser-9リン酸化GSK3-β(pS9-GSK3-β)又は、タウ-1及びAT180抗体と反応する抗体を用いてリン酸化を測定した。Aのように、GSK3及びタウの総量を決定した。C) インスリン耐性ラットの頭蓋内に生理食塩水(−)又は0.1mMのタングステン酸塩(+)を投与し、次いでこれらの脳を単離してホモジナイズし、タウ-1及びAT180抗体を用いて脳タンパク質のウエスタンブロットを行った。タウタンパク質の総量は7.51抗体を用いて決定した。AT180との相互作用の減少及びタウ-1の相互作用の増加が観察された。
【0014】
図3に、STZ-糖尿病ラットから得られる脳からのタウのリン酸化に対するタングステン酸塩(W)の効果を示す。A) 生理食塩水(Ctrl)又はタングステン酸塩(W)(50mg/kg)を腹腔内投与したコントロールの健康なラットのラット脳抽出物におけるGSK3のSer-9リン酸化のウエスタンブロット分析。線図は、pS9-GSK3と総タンパク量(GSK3-β)との間の比率を示す。B) A)のように、STZ-糖尿病ラットの腹腔内に50又は75mg/kgのタングステン酸塩を投与した。C) 生理食塩水(Ctrl)又はタングステン酸塩(W)(50mg/kg)を腹腔内投与したコントロールの健康なラットの脳抽出物における、タウ-1抗体によって認識される部位でのタウのリン酸化のウエスタンブロット分析。線図は、7.51の抗体によって認識されるタウタンパク質の総量とタウ-1抗体によって認識されるタウとの間の比率を示す。D) C)のように、STZ-糖尿病ラットの腹腔内に50又は75mg/kgのタングステン酸塩を投与した。データは平均値に相当し、誤差棒は5つの独立した実験に基づく標準偏差を表す。
【実施例】
【0015】
抗体及び試薬
タングステン酸ナトリウム二水和物は、Carlo Erba (Milan, Italy)から入手した。
以下の抗タウ抗体を用いた:7.51(M. Novack等, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1991, vol. 88, pp. 5837-5841)(Dr. C. Wischik, University of Aberdeen, Aberdeen, UKからの供与)、AT-180(Innogenetics, Gent, Belgium)及びタウ-1(Chemicon, Temecula, CA)。スレオニン231がリン酸化される場合、抗体AT-180はタウを認識する。セリン198、199及び202で脱リン酸化される場合に抗体タウ-1はタウを認識し、7.51の抗体は総タウタンパク質を認識する。タウエピトープの番号付けは、441のアミノ酸の最も長いヒトタウアイソフォームに従う。使用する他の抗体は以下の通りである:細胞シグナル伝達のホスホ-GSK3-β(Ser-9)及び抗GSK3(Beverly, MA)。特に明記しない限り、酵素と生化学試薬はSigma-Aldrich (St. Louis, MO)から入手した。他のすべての化学物質は分析用の等級であった。
【0016】
ウエスタンブロット分析
タウ及びGSK3のリン酸化の程度の分析は、上記の抗体を用いたウエスタンブロットによって実施した。細胞を、50mMの4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸(HEPES)、pH7.4、10mMのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)、0.1%の4-(1,1,3,3-テトラメチルブチル)フェニール-ポリエチレングリコール(トリトンX-100)、20mMのNaF、0.1mMのオルトバナジウム酸ナトリウム、1mMのフェニルメタンスルホニルフルオライド、10μg/mlのイソバレリル-Val-Val-4-アミノ-3-ヒドロキシ-6-メチルヘプタノール-Ala-4-アミノ-3-ヒドロキシ-6-メチルヘプタン酸(ペプスタチンA);及び、10μg/mlアプロチニン中で4℃でホモジナイズした。細胞溶解物を4℃で30分間、10000gで遠心分離して、次いで電気泳動サンプルバッファ中で5分間の100℃で加熱した。タンパク質濃度は、BCAタンパク質アッセイ(Pierce, Rockford, IL)を用いて決定した。タンパク質を、10%ゲルのナトリウムドデシルスルフェート-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)によって分画して、ニトロセルロースメンブレン(Schleicher & Schuell Bioscience, Dassel, Germany)に移した。0.05%のポリエチレングリコールソルビタンモノラウリン酸エステル(トゥイーン20)及び5%の脱脂粉乳を含むリン酸緩衝食塩水(PBS)にてメンブレンへの非特異的タンパク質結合を遮断した後に、メンブレンを、一次抗体とともに遮断バッファ中で4℃で終夜インキュベートした。抗体によって認識されるタンパク質は、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)-結合二次抗体(Dako A/S Glostrup, Denmark)とインキュベートした後、高感度化学発光(Perkin Elmer Life Sciences Boston, MA)を用いて可視化した。標識したタンパク質バンドの濃度測定分析はGS-710ソフトウェア(Bio-Rad, Hercules, CA)によって行い、リン-タンパク質レベルは、リン-依存性/リン-非依存性のタンパク質比率を算出することによって正規化した。
【0017】
実施例1:神経芽細胞腫細胞株SH-SY5におけるGSK3-βのSer-9でのリン酸化に対するタングステン酸塩の効果
タングステン酸塩が神経細胞にどのように影響するかを調べるために、神経芽細胞腫細胞株SH-SY5YにおけるGSK3-βのSer-9での阻害性リン酸化に対するタングステン酸ナトリウム二水和物(European Collection of Cell Cultures, Salysbury, Whiltshire, Great Britainの参照番号:94030304)の作用を分析した。ヒトの神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞を、10%胎仔ウシ血清(FBS;Invitrogen-Gibco)、2 mM グルタミン及び50μg/ml ゲンタマイシンを添加したダルベッコの変更イーグル培地(DMEM;Invitrogen-Gibco, Carlsbad, CA)中で成長させた。実験の前日に、細胞を、NeuroBasal(NB)無血清培地(Invitrogen-Gibco)を含むマルチウェルプレートに播いた。タングステン酸ナトリウム二水和物を再蒸留水に溶解して、0.1、1又は5の終濃度で培養培地に加え、5又は10分間インキュベートした。同量の溶媒とともにインキュベートしてコントロールとした。タングステン酸ナトリウムへのヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞の曝露により、GSK3-βのSer-9リン酸化が顕著に増加した(図1A)。これはこの酵素が処理によって不活性化されたことを示唆する。
【0018】
さらに、タングステン酸塩のGSK3に対する阻害性作用が、このキナーゼによって修飾されるコンセンサス部位でのタウリン酸化の減少と相関したかどうかを試験した。したがって、タングステン酸塩に曝されるSH-SY5Y細胞におけるタウのリン酸化を分析した。タウタンパク質を認識するが、ウエスタンブロットにおいてGSK3によって修飾される残基のリン酸化に影響される抗体をアッセイした。タウ-1抗体は、198、199又は202のセリン残基がリン酸化される場合でなくこれらのセリン残基が修飾されない場合のタウと相互作用する。タウ-1抗体により免疫反応性の有意な増加が観察された(図1B)。これは、タングステン酸塩への曝露によりタウタンパク質のセリン198、199又は202のリン酸化が損なわれたことが示唆された。
さらにまた、タングステン酸塩で処理した細胞では、タウ中のGSK3リン酸化依存性エピトープを認識する他の抗体(AT-180)によって認識されるエピトープのリン酸化に減少が見られた(図1C)。
これらの結果から、タングステン酸塩がGSK3-βのSer-9上のリン酸化を刺激して、神経細胞におけるこのキナーゼによって修飾される特定の部位でのタウリン酸化を阻害することが示された。
【0019】
実施例2:インビボでのタウのリン酸化に対するタングステン酸ナトリウムの効果
インビボでのタウのリン酸化に対するタングステン酸ナトリウムの効果を調べるために、初めに、このタンパク質のリン酸化の程度及びGSK3-βのSer-9でのリン酸化の程度を、無処置及びタングステン酸塩処理した健康なウィスターラットの脳において分析した。
体重220〜240gの雄ウィスターラット(IFFA CREDO, L´Arbresse, France)を、温度及び湿度を管理した12:12時間の明暗周期のケージに個別に入れた。発明者等は、いずれのグループにおいてもタングステン酸塩の有無にかかわらず、タウ又はGSK3のいずれかのリン酸化に顕著な変化が観察されなかった(図2A)。これらの結果は、健康な動物でアッセイする場合にタングステン酸塩が有効でないことを示す以前のデータと一致している。
【0020】
次いで、タングステン酸塩の効果を、製薬学的に活性となるインスリン耐性のモデルにおいて試験した:脂肪豊富な食餌によって誘発される肥満ラット。コントロール食餌(脂肪として8%のカロリー、Panlab, Barcelona, SpainのタイプAO4)、又はカロリーの65%が脂肪の形態である高脂肪食餌(M. Claret等, Obes Res 2004, vol. 12, pp.1596-1603を参照)のいずれかをラットに与えてインスリン耐性を誘導した。これらの食餌条件下に30日間置き、ラットに麻酔をかけ、記載されているように("Tungstate Decreases weight gain and adiposity in obese rat through increased thermogenesis and lipid oxidation", M. Claret et al, Endocrinology, vol. 146, pp. 4362-4369)、5μlの生理食塩水又はタングステン酸ナトリウムの110nM溶液を脳室内に投与した。24時間後に、ラットの脳を取り出し、皮質を単離して、リン酸緩衝食塩水中でホモジナイズした。タンパク質抽出物を、抗タウ及び抗GSK3-β抗体をプローブとしてウエスタンブロットを行った。
【0021】
Ser-9でリン酸化されたGSK3-βのレベルは、健康なやせたラットと比較して、インスリン耐性ラットの脳において減少していた(図2B左)。この発見から、このキナーゼがインスリン耐性ラットにおいてより活性であることが示された。このことから、このタンパク質がGSK3の優れた基質であるので、この群の動物においてタウリン酸化が増加されるはずである。実際、非肥満性のコントロールと比較すると、肥満ラットではAT180抗体のタウに対する結合結合が増加し、タウ-1抗体の結合が減少していた(図2B右)。タングステン酸塩治療は、AT180抗体に認識されるエピトープでタウのリン酸化を減少させ、タウ-1抗体に認識されるタンパク質の量を増加した(図2C)。これらの結果は、培養された神経細胞から得られたデータと一致している:タングステン酸塩治療は、GSK3依存性タウリン酸化を減少した。
【0022】
さらに、発明者等は1型糖尿病のモデル(ストレプトゾトシン(STZ)-糖尿病ラット)に対するタングステン酸塩の効果を試験した(A. Junod等, J. Clin. Invest. 1969, vol. 48, pp. 2129-2139を参照)。糖尿病は、尾静脈の糖血測定によって確認した(Glucometer Elite, Bayer, Barcelona, Spain)。合計3匹の実験ラットと3匹のコントロールラットを用いた(+又は−のタングステン酸塩)。STZ-糖尿病ラットの腹腔内にタングステン酸塩溶液(50又は75mg/kg)を投与した。
また、無処置ないしはタングステン酸塩処置の健康動物のいずれかにおいて、GSK3のSer-9でのリン酸化又はタウ-1抗体によって認識される部位でのタウリン酸化において変化は観察されなかった(図3A及びC)。しかしながら、STZ-糖尿病動物では、タングステン酸塩処置は、GSK3-βのSer-9リン酸化を増加し、タウ-1抗体に認識される部位でのタウリン酸化を減少した(図3B及びD)。
【0023】
これらの結果は、タングステン酸ナトリウムがインスリン耐性及び糖尿病性ラットにおいてタウのリン酸化を減少させることを示唆する。すべての実験は実験動物ケア(欧州共同体及び地方自治ガイドライン)の原則に従って実行し、プロトコールは前もってバルセロナ大学の Animal Research Committeeの承認を得た。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】GSK3-βに対するタングステン酸塩及びSH-SY5Y神経芽腫細胞に対するタウリン酸化の効果のグラフ図。
【図2】健康でインスリン耐性のラットからの脳におけるタウのリン酸化に対するタングステン酸塩の効果のグラフ図。
【図3】STZ-糖尿病ラットから得られる脳からのタウのリン酸化に対するタングステン酸塩の効果のグラフ図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン(VI)及び薬学的に受容可能な化学成分により形成される化合物の有効量、又は該化合物の溶媒和化合物の有効量を、薬学的に受容可能な賦形剤又は担体と組み合わせて含有してなる、ヒトを含む哺乳動物の神経変性疾患に対する予防及び/又は治療用の薬剤としての使用のための製薬的組成物。
【請求項2】
神経変性疾患がタウオパチーである、請求項1に記載の製薬的組成物。
【請求項3】
タウオパチーが、アルツハイマー病、第17染色体に連鎖するパーキンソニズムを有する前頭側頭型認知症、進行性核上性麻痺、グアムの筋萎縮性側索硬化症/パーキンソニズム-認知症複合体、ピック病、大脳皮質基底核変性症及び嗜銀顆粒病からなる群から選択される、請求項2に記載の製薬的組成物。
【請求項4】
タウオパチーがアルツハイマー病である、請求項3に記載の製薬的組成物。
【請求項5】
神経変性疾患が統合失調症である、請求項1に記載の製薬的組成物。
【請求項6】
タングステン(VI)の化合物が薬学的に受容可能なカチオンの成分を含有してなるタングステン酸塩の塩である、請求項1から5のいずれか一に記載の製薬的組成物。
【請求項7】
カチオンの成分が、ナトリウム、カリウム、マグネシウム及びカルシウムのカチオンからなる群から選択される、請求項6に記載の製薬的組成物。
【請求項8】
タングステン(VI)の化合物がタングステン酸ナトリウムである、請求項7に記載の製薬的組成物。
【請求項9】
タングステン(VI)の化合物がタングステン酸ナトリウムであり、前記溶媒和化合物が二水和物である、請求項7に記載の製薬的組成物。
【請求項10】
ヒトを含む哺乳動物の神経変性疾患の予防及び/又は治療用の処置のための、経口組成物の調製のための、タングステン(VI)及び薬学的に受容可能な化学成分によって形成される化合物の、又は該化合物の溶媒和化合物の使用。
【請求項11】
神経変性疾患がタウオパチーである、請求項10に記載の使用。
【請求項12】
タウオパチーが、アルツハイマー病、第17染色体に連鎖するパーキンソニズムを有する前頭側頭型認知症、進行性核上性麻痺、グアムの筋萎縮性側索硬化症/パーキンソニズム-認知症複合体、ピック病、大脳皮質基底核変性症及び嗜銀顆粒病からなる群から選択される、請求項11に記載の使用。
【請求項13】
タウオパチーがアルツハイマー病である、請求項12に記載の使用。
【請求項14】
神経変性疾患が統合失調症である、請求項10に記載の使用。
【請求項15】
タングステン(VI)の化合物が薬学的に受容可能なカチオンの成分を含有してなるタングステン酸塩の塩である、請求項10から14のいずれか一に記載の使用。
【請求項16】
カチオンの成分が、ナトリウム、カリウム、マグネシウム及びカルシウムのカチオンからなる群から選択される、請求項15に記載の使用。
【請求項17】
タングステン(VI)の化合物がタングステン酸ナトリウムである、請求項16に記載の使用。
【請求項18】
タングステン(VI)の化合物がタングステン酸ナトリウムであり、前記溶媒和化合物が二水和物である、請求項16に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2009−502891(P2009−502891A)
【公表日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−523388(P2008−523388)
【出願日】平成18年7月28日(2006.7.28)
【国際出願番号】PCT/ES2006/000442
【国際公開番号】WO2007/014970
【国際公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【出願人】(505122852)ユニベルシダード デ バルセロナ (3)
【出願人】(508029837)
【Fターム(参考)】