説明

稔性回復遺伝子を複数の遺伝子座に配置させることを含むハイブリッド植物の稔性を向上させる方法

本発明は、高い稔性を有するハイブリッド植物、及び前記ハイブリッド植物の作成方法を提供することを目的とする。本発明のハイブリッド植物は、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有することを特徴とする。また、本発明の方法は、稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入し、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に配置させることを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、平成15年6月18日に提出された特願2003−173927に基づく優先権を主張する。
【0002】
発明の属する技術分野
本発明は、稔性回復遺伝子を複数の遺伝子座に導入したハイブリッド植物及びその利用に関する。
【背景技術】
【0003】
従来の技術
イネ等の自殖性植物において品種間で交雑を行う場合には、まず自家受精を避けるために穎花が開花する直前に穎花内の雄しべを全て取り除き、次いで交雑をする花粉親品種由来の花粉を用いて受精させる必要がある。しかしながら、このような手作業による交雑方法で商業的規模での大量の雑種種子を生産することは不可能である。
【0004】
そこで、ハイブリッド品種の生産には、細胞質雄性不稔を利用する三系法が利用されている。三系法とは、雄性不稔細胞質を保有する系統である不稔系統、配偶体型稔性回復遺伝子を保有する系統である回復系統、および核遺伝子は不稔系統と同一であって不稔細胞質を保有しない系統である維持系統とを使用する方法をいう。これらの3系統を用いて、(i)不稔系統に回復系統の花粉を受精させることによりハイブリッド種子を獲得することができ、(ii)一方、不稔系統に維持系統の花粉を受精させることにより不稔系統を維持することができる。
【0005】
ハイブリッド種子を商業的に生産するために、雄性不稔細胞質および核にコードされた稔性回復遺伝子が利用されている。稔性回復遺伝子は、その作用機構により、配偶体型および胞子体型に分類される。配偶体型では、花粉の遺伝子型により花粉稔性が回復されるか否かが決定され、イネのBT型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf−1やトウモロコシのS型雄性不稔細胞質に対する回復遺伝子が知られている。一方、胞子体型では、花粉を生じる植物体の遺伝子型により花粉稔性が回復されるか否かが決定され、イネのWA型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子やトウモロコシのT型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子などが知られている。
【0006】
配偶体型の稔性回復遺伝子を利用してハイブリッド品種を育成すると、ハイブリッド品種の葯では稔性回復遺伝子を持つ花粉と持たない花粉が1:1に分離するため、理論的花粉稔性は50%となる。これは、一般品種の理論的花粉稔性100%の半分であり、ハイブリッド品種の種子生産の安定性を低下させる要因として危惧されていた。実際に、イネのBT型雄性不稔細胞質とその稔性回復遺伝子Rf−1を利用したハイブリッド品種は耐冷性が弱いことが一般に知られているが、その原因は理論的花粉稔性の低さ(50%)であると考えられている。
【0007】
一方、胞子体型でも、以下のような問題が存在する。イネのWA細胞質に対する稔性回復は複数個の稔性回復遺伝子によって付与されると考えられているが、その数や染色体上での位置は詳細に同定されていない。このため、WA細胞質に対する回復系統としてハイブリッド育種で使用するためには、収量性や草型などの特性が優れていることに加え、WA細胞質に対して完全回復能を持つことが不稔系統との交雑次代での種子稔性調査により示されている必要がある。稔性回復能以外の特性がいくら優れていても、WA細胞質雄性不稔系統との交雑次代での種子稔性が完全でなければ、回復系統として利用することはできない。また、前述の通り、回復系統の数や座乗位置が詳細に同定されていないため、その他の特性を維持して回復能だけを改良することは困難である。
【0008】
よって、高い稔性を有するハイブリッド品種を作成するための方法が希求される。
【特許文献1】特開2002−345485号公報
【特許文献2】国際公開第02/014506 A1号パンフレット
【特許文献3】国際公開第03/027290 A1号パンフレット
【特許文献4】国際公開第02/019803 A1号パンフレット
【非特許文献1】Ahmed,M.I.,and Siddiq,E.A.(1998).Rice.In Hybrid cultivar development,S.S.Banga and S.K.Banga,eds(Berlin:Springer Verlag),pp.221−256.
【非特許文献2】Dhillon,B.S.(1998).Maize.In Hybrid cultivar development,S.S.Banga and S.K.Banga,eds(Berlin:Springer Verlag,pp.282−315.
【非特許文献3】Wen,L.&Chase、C.D.(1999).Curr.Genet.35,p.521−526に
【非特許文献4】Fukuta et al.1992,Jpn J.Breed.42(supl.1)p.164−165
【非特許文献5】Hiei et al.,Plant Journal(1994),6(2),p.272−282
【非特許文献6】Komari et al.,Plant Journal(1996)10,p.165−174
【非特許文献7】Ditta et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA(1980),77:p.7347−7351
【非特許文献8】Lemas et al.,Plasmid 1992,27,p.161−163
【非特許文献9】Cui,X.,Wise,R.P.and Schanble,P.S.(1996)The rf2 nuclear restorer gene of male−sterile T−cytoplasm maize.Science,272,1334−1336
【非特許文献10】Liu,F.,Cui,X.,Horner,H.T.,Weiner,H.and Schnable,P.S.(2001)Mitochondrial aldehyde dehydrogenase activity is required for male fertility in maize.The Plant Cell,13,1063−1078
【非特許文献11】Michaels and Amasino 1998,The Plant Journal 14(3)p.381−385
【非特許文献12】Neff et al.1998,The plant Journal 14(3)p.387−392
【非特許文献13】Komari,T.,Saito,Y.,Nakakido,F.,and Kumashiro,T.(1989).Efficient selection of somatic hybrids in Nicotiana tabacum L.using a combination of drug−resistance markers introduced by transformation.Theor.Appl.Genet.77,547−552.
【非特許文献14】Altschul,S.F.,Gish,W.,Miller,W.,Myers,E.W.,and Lipman,D.J.(1990).Basic local alignment search tool.J.Mol.Biol.215,403−410.
【非特許文献15】Komori,T.,Yamamoto,T.,Takemori,N.,Kashihara,M.,Matsushima,H.,and Nitta,N.(2002).Fine mapping of a restorer gene,Rf−1,that restores the BT−type cytoplasmic male sterility.Breed.Res.4(Suppl.2),243.
【非特許文献16】Harushima,Y.,et al.(1998).A high−density ricegenetic linkage map with 2275 markers using a single F2 population.Genetics 148,479−494.
【非特許文献17】Kariya,K.(1989).Sterility caused by cooling treatment at the flowering stage in rice plants III.Establishment of a method of in vitro pollen germination.Jap.J.Crop Sci.58,96−102.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、高い稔性を有するハイブリッド植物を提供することを目的とする。本発明のハイブリッド植物は、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有することを特徴とする。
【0010】
本発明において、完全連鎖関係にない遺伝子座とは、好ましくは異なる染色体上の遺伝子座である。
【0011】
本発明において、稔性回復遺伝子は、好ましくは配偶体型稔性回復遺伝子、より好ましくはイネのBT型雄性不稔性回復遺伝子である。
【0012】
本発明はまた、稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入し、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に配置させることを含む、前記ハイブリッド植物の作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題解決のため鋭意研究に努めた結果、高い稔性を有するハイブリッド植物を得ることに成功し、本願発明を想到した。
【0014】
ハイブリッド植物
よって、本発明は、高い稔性を有するハイブリッド植物を提供する。本発明のハイブリッド植物は、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有することを特徴とする。
【0015】
植物において配偶体である花粉の形成の際に減数分裂が生じ、各組の相同染色体が分離する。よって、配偶体型稔性回復遺伝子と雄性不稔細胞質を利用してハイブリッド品種を育成すると、ハイブリッド品種の葯では稔性回復遺伝子を持つ花粉と持たない花粉が1:1に分離するため、理論的花粉稔性は50%となる。本発明のハイブリッド植物は、a)2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を有すること、そして、b)それらを完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有すること、という特徴のため、減数分裂により花粉が形成される際に、いずれかの染色体に配偶体型回復遺伝子が存在する可能性が高くなる、という利点を有する。
【0016】
具体的には、例えば、イネは12組の相同染色体を有するが、遺伝子導入および交配の繰り返しにより、例えば、第6、第7、第10染色体の3カ所に配偶体型回復遺伝子を配置させる。花粉が形成される場合に配偶体を有する相同染色体と有さない相同染色体は、他組の相同染色体の分離とは独立して分離される。よって、配偶体型稔性回復遺伝子を3カ所に有する花粉(第6、第7、第10染色体)、2カ所に有する花粉(第6及び第7染色体、第6及び第10染色体または第7及び第10染色体)、1カ所に有する花粉(第6、第7、第10染色体のいずれか)、0カ所に有する花粉が、1:3:3:1の割合で形成される。本研究者は、遺伝子工学的に導入された配偶体型稔性回復遺伝子が内因性の遺伝子と同様に機能すること、花粉が配偶体型稔性回復遺伝子を1つでも有すれば稔性が得られること、そして、配偶体型稔性回復遺伝子を複数持つ花粉も正常に発育することを明らかにした。よって、理論的には配偶体型稔性回復遺伝子を全く含まない1/8の割合の花粉以外、即ち、87.5%の花粉は稔性を有することになる。後述の実施例4において、3座Rf−1ヘテロ個体の花粉稔性が概ね87.5%であることが示され、上記理論が正しいことが実証された。
【0017】
以上、本発明の技術的特徴の説明のために、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子が異なる染色体上にある場合を例に挙げた。しかしながら、同一染色体上に複数、例えば2個の遺伝子座が存在しても、両者にある程度遺伝的距離があれば、異なる染色体上に座乗している場合と同様に独立に遺伝される。あるいは完全に独立して遺伝されなくても、完全に挙動を共にしない限り、「2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を配置することにより花粉稔性を向上させる」という本願発明の目的を達成しうる。よって、本明細書において「完全連鎖関係にない」とは、異なる染色体上に座乗している場合と同様に完全に独立に遺伝されるいわゆる「独立の関係の場合」のみならず、独立ではないが完全連鎖でもないような「密接ないし穏やかな連鎖関係にある場合」も含む。限定されるわけではないが、2個の遺伝子座が約1cM以上、より好ましくは約5cM以上の距離にある場合に、両者は完全には挙動を共にせず遺伝する、即ち、「完全連鎖関係にない」と言える。
【0018】
さらに胞子体型稔性回復遺伝子については、BT細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf−1がWA細胞質に対して部分的稔性回復能を示すことも十分考えられる。しかも、複数のRf−1を配置することにより回復程度が向上する可能性もある。現在、それらの点を確認するための実験を遂行中である。
【0019】
本発明のハイブリッド植物は、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有するハイブリッド植物は、上述したように稔性回復遺伝子を1コピーしか有しない稔性回復遺伝子1座ヘテロ個体(従来技術のハイブリッド植物)と比較して、高い花粉稔性を有する。さらに、耐冷性、即ち、低温条件下での種子稔性も向上する(実施例7)。「低温条件下」とは、例えば、移植後から登熟期まで、20℃ないし28℃の明条件下、15℃ないし23℃の暗条件下で栽培することを意味する。例えば、後述の実施例7では、移植後から登熟期まで、明条件(24℃)12時間、暗条件(19℃)12時間で栽培したところ、本願発明のハイブリッド植物(FRコシヒカリ×16T1−35のF)は、稔性回復遺伝子を1コピーしか有しない稔性回復遺伝子1座ヘテロ個体(MSコシヒカリ×FRコシヒカリのF)(従来技術のハイブリッド植物)と比較して、高い種子稔性を維持した。
【0020】
本発明のハイブリッド植物は、花粉、種子、成体のあらゆる状態を含む。
【0021】
本発明において得られるハイブリッド植物の属、種は特に限定されず、例えば、イネ、トウモロコシが含まれる。最も好ましくはイネである。
【0022】
本発明の「稔性回復遺伝子」は、配偶体型および胞子体型の双方を含む。配偶体型では、花粉の遺伝子型により花粉稔性が回復されるか否かが決定され、イネのBT型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf−1やトウモロコシのS型雄性不稔細胞質に対する回復遺伝子が知られている。一方、胞子体型では、花粉を生じる植物体の遺伝子型により花粉稔性が回復されるか否かが決定され、イネのWA型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子(Ahmed and Siddiq,1998)やトウモロコシのT型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子(Dhillon,1998)などが知られている。
【0023】
「配偶体型稔性回復遺伝子」は、ハイブリッド植物の種類に応じて公知の遺伝子を利用可能である。例えば、ハイブリッドイネの場合、イネのBT型雄性不稔性回復遺伝子Rf−1が利用可能である。Rf−1遺伝子については、本発明者らが単離・同定し、特許出願を行っている。Rf−1遺伝子については、本明細書中で詳述する。ハイブリッドトウモロコシの場合、S型雄性不稔細胞質に対する回復遺伝子が知られており、例えば、Wen,L.&Chase、C.D.(1999)Curr.Genet.35,p.521−526に記載されている。
【0024】
本発明のハイブリッド植物は稔性回復遺伝子を、2コピーまたはそれより多く含む。本発明は、完全連鎖関係にない遺伝子が完全に又は一部独立して遺伝する性質を利用する。よって、複数の稔性回復遺伝子は同一染色体上にある場合でも約1cM以上、より好ましくは約5cM以上の距離に存在することが望ましい。最も好ましくは、各々異なる染色体上に存在することが望ましい。よって、稔性回復遺伝子は特に限定されないが、最大でも染色体の組の数であることが好ましい。
【0025】
本発明のハイブリッド植物は、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有する。各遺伝子がそれぞれ全て完全連鎖関係にない遺伝子座に存在することが望ましい。但し、3コピー以上の複数の遺伝子を有する場合、そのうちの一部が連鎖関係にある遺伝子座に存在する場合でも、その他の遺伝子が完全連鎖関係にない遺伝子座に存在している場合は、単一コピー(ヘテロ)の場合よりも高い稔性を得ることができ、本発明のハイブリッド植物に含まれる。例えば、4コピーの遺伝子を含むハイブリッド植物であって、そのうちの2つが同一の染色体上の連鎖関係にある遺伝子座に存在し、その他の2つが各々別個の染色体に存在する場合が含まれる。完全連鎖関係にない遺伝子の数が多いほど、稔性を有する花粉の確率は高くなる。理論的には、稔性回復遺伝子が1コピーしか存在しない場合には50%であるのに対し、例えば、2コピー、3コピー、4コピー、5コピーと増えると、75%、87.5%、93.75%、96.875%と稔性が高くなる。本発明の実施例4では最大4遺伝子座に稔性回復遺伝子Rf−1を有するハイブリッドイネが作成され、理論上の花粉稔性93.75%に極めて近い値が観察された。このことから、稔性回復遺伝子を複数個、例えば4個持つ花粉も正常に発育するものことが示された。よって、限定されるわけではないが、本発明においてハイブリッド植物において、稔性回復遺伝子のコピー数は、好ましくは2ないし宿主植物の染色体の組の数、好ましくは2ないし4である。
【0026】
なお、本発明のハイブリッド植物中の2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子のうちの1コピーは、稔性回復遺伝子を天然に保有する稔性回復系統の植物由来のものであってもよい。例えば、イネのRf−1遺伝子座は第10染色体上に存在することが知られている(Fukuta et al.1992,Jpn J.Breed.42(supl.1)164−165)。このような内因性の稔性回復遺伝子は、本発明のハイブリッド植物の作成に利用可能である。
【0027】
ハイブリッド植物の作成方法
本発明はまた、稔性を高めた本発明のハイブリッド植物の作成方法を提供する。本発明の方法は、稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入し、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に配置させることを含む。
【0028】
限定されるわけではないが、本発明の好ましい方法は、
1)稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入することによって、2座またはそれより多くの座で稔性回復遺伝子をホモで保有する稔性回復系統の植物を作成し、
2)工程1)で作成した稔性回復系統の植物と不稔系統と植物と交配する
ことを含む、作成方法である。
【0029】
1)の工程における、植物への稔性回復遺伝子の導入方法は特に限定されず、植物の種類に応じた公知の方法を使用することが可能である。遺伝子工学的手法による形質導入のためにはいかなる適切な発現系を使用してもよい。組換え発現ベクターは、適切な転写または翻訳制御ヌクレオチド配列、例えば、哺乳動物、微生物、ウイルス、または昆虫遺伝子由来のものなどに、機能可能であるように連結されている、植物に導入されうる稔性回復遺伝子(例えば、イネのRf−1)を含む核酸を含む。
【0030】
制御配列の例には、転写プロモーター、オペレーター、またはエンハンサー、mRNAリボソーム結合部位、並びに転写および翻訳開始および終結を調節する適切な配列が含まれる。ヌクレオチド配列は、制御配列が該DNA配列に機能的に関連しているとき、機能可能であるように連結されている。したがって、プロモーターヌクレオチド配列は、該プロモーターヌクレオチド配列がDNA配列の転写を調節するならば、DNA配列に、機能可能であるように連結されている。植物において複製する能力を与える複製起点、および形質転換体を同定する選択遺伝子が、一般的に発現ベクターに取り込まれている。選択マーカーとしては、通常使用されるものを常法により用いることができる。例えばテトラサイクリン、アンピシリン、またはカナマイシンもしくはネオマイシン、ハイグロマイシンまたはスペクチノマイシン等の抗生物質耐性遺伝子などが例示される。
【0031】
さらに、必要に応じて適切なシグナルペプチド(天然または異種性)をコードする配列を、発現ベクターに取り込んでもよい。シグナルペプチド(分泌リーダー)のDNA配列を、インフレームで核酸配列に融合させ、DNAがまず転写され、そしてmRNAがシグナルペプチドを含む融合タンパク質に翻訳されるようにしてもよい
プラスミドなどのベクターに遺伝子のDNA断片を組み込む方法としては、例えば、Sambrook,J.,and Russell,D.W.(2001).Molecular Cloning:A Laboratory Manual,3rd ed.(New York:Cold Spring Harbor Laboratory Press)に記載の方法などが挙げられる。簡便には、市販のライゲーションキット(例えば、宝酒造製等)を用いることもできる。このようにして得られる組換えベクター(例えば、組換えプラスミド)は、宿主細胞である植物に導入される。
【0032】
ベクターは、簡便には当業界において入手可能な組換え用ベクター(例えば、プラスミドDNAなど)に所望の遺伝子を常法により連結することによって調製することができる。本願発明の核酸断片を用いて植物に稔性を付与する場合には、特に、植物形質転換用ベクターが有用である。植物用ベクターとしては、植物細胞中で当該遺伝子を発現し、当該タンパク質を生産する能力を有するものであれば特に限定されないが、例えば、pBI221、pBI121(以上Clontech社製)、及びこれらから派生したベクターが挙げられる。また、特に単子葉植物の形質転換には、pIG121Hm、pTOK233(以上Hieiら,Plant J.,6,271−282(1994))、pSB424(Komariら,Plant J.,10,165−174(1996))などが例示される。
【0033】
形質転換植物は、上述のベクターのβ−グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子の部位に本願発明の核酸断片を入れ替えて植物形質転換用ベクターを構築し、これを植物に導入することで調整することができる。植物形質転換用ベクターは、少なくともプロモーター、翻訳開始コドン、所望の遺伝子(稔性回復遺伝子の核酸配列またはその一部)、翻訳終始コドンおよびターミネーターを含んでいることが好ましい。また、シグナルペプチドをコードするDNA、エンハンサー配列、所望の遺伝子の5’側および3’側の非翻訳領域、選抜マーカー領域などを適宜含んでいてもよい。プロモーター、ターミネーターは植物細胞で機能するものであれば特に限定されないが、構成的発現をするプロモーターとしては、上記ベクターに予め組み込まれている35Sプロモーターの他に、アクチン、ユビキチン遺伝子のプロモーターなどが例示される。
【0034】
プラスミドを宿主細胞に導入する方法としては、一般に、Sambrook,J.ら(2001)(上述)に記載のリン酸カルシウム法または塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、エレクトロポレーション法、エレクトロインジェクション法、PEGなどの化学的な処理による方法、遺伝子銃などを用いる方法などが挙げられる。植物細胞の場合は、例えばリーフディスク法[Science,227,129(1985)]、エレクトロポレーション法[Nature,319,791(1986)]によって形質転換することができる。
【0035】
特に植物への遺伝子導入法としては、アグロバクテリウムを用いる方法(Horsch et al.,Science,227,129(1985)、Hiei et al.,Plant J.,6,271−282(1994))、エレクトロポレーション法(Fromm et al.,Nature,319,791(1986))、PEG法(Paszkowski et al.,EMBO J.,3,2717(1984))、マイクロインジェクション法(Crossway et al.,Mol.Gen.Genet.,202,179(1986))、微小物衝突法(McCabe et al.,Bio/Technology,6,923(1988))などが挙げられる。所望の植物に核酸を導入する方法であれば特に限定されない。
【0036】
限定されるわけではないが、アグロバクテリウムを用いる植物(例えば、イネ)の回復系統の作成方法は、例えば、Hiei et al.,Plant J.,6,p.271−282(1994)、Komari et al.,Plant J.,10,p.165−174(1996)、Ditta et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 77:p.7347−7351(1980)等に記載されている。
【0037】
先ず、所期の挿入したい核酸断片を含むプラスミドベクターを作成する。プラスミドベクターは、例えば、前記Komari et al.,Plant J.,10,p.165−174(1996)らにプラスミドマップが記載されている、pSB11、pSB22等が使用可能である。あるいは、当業者は例えば前記pSB11、pSB22等のプラスミドベクターを基に、自ら適当なベクターを構築する事も可能である。本明細書後述する参考例では、pSB11を基に、ハイグロマイシン耐性遺伝子カセットを持つ中間ベクターpSB200を作成して使用した。具体的には、先ず、ユビキチンプロモーターとユビキチンイントロン(Pubi−ubiI)に、ノパリン合成酵素のターミネーター(Tnos)を接続した。これより得られたPubi−ubiI−Tnos接続体のubiI−Tnos間に、ハイグロマイシン耐性遺伝子(HYG(R))を挿入することにより、Pubi−ubiI−HYG(R)−Tnosからなる接続体を得た。この接続体を、pSB11(Komariら、上述)のHindIII/EcoRI断片に接続することにより、pKY205を得た。このpKY205のPubi上流に存在するHindIII部位にNotI、NspV、EcoRV、KpnI、SacI、EcoRIの制限酵素部位を追加するためのリンカー配列を挿入することにより、ハイグロマイシン耐性遺伝子カセットを有するpSB200を得た。
【0038】
次いで、挿入核酸を含む組換えベクターを用いて大腸菌(例えばDH5α、JM109、MV1184等、いずれも例えばTAKARA社より購入可能)を形質転換する。
【0039】
さらに、形質転換された大腸菌を用いて、アグロバクテリウム菌株を好ましくはヘルパー大腸菌株とともに、例えば、Ditta et al(1980)の方法に従い、三菌系交雑(triparential mating)を行う。限定されるわけではないが、アグロバクテリウムは例えば、Agrobacterium tumefaciens菌株LBA4404/pSB1、LBA4404/pNB1、LBA4404/pSB3等を使用することが可能である。いずれも前述のKomari et al.,Plant J.,10,p.165−174(1996)にプラスミドマップが記載されており、当業者は例えば自らベクター構築を行うことにより使用可能である。限定されるわけではないが、ヘルパー大腸菌は、例えばHB101/pRK2013(クローンテック社より入手可能)等が使用可能である。また、より一般的ではないがpRK2073を保有する大腸菌もヘルパー大腸菌として使用可能との報告がある(Lemas et al.,Plasmid 1992,27,p.161−163)。
【0040】
次いで、所期の交配が生じたアグロバクテリウムを用いて、例えば、Hiei et al(1994)の方法に準拠し、雄性不稔植物、例えばイネの形質転換を行う。形質転換に必要なイネ未熟種子は、例えば、雄性不稔イネにジャポニカ品種の花粉をかけることにより作成できる。
【0041】
形質転換植物の稔性回復は、例えば出穂約1か月後に、種子稔性を立毛調査することによって調べることが可能である。立毛調査とは、圃場などで栽培されている状態で観察する方法である。あるいは、実験室で穂の稔実率を調べる稔実率調査を行ってもよい。
【0042】
稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入から、2座またはそれより多くの座で稔性回復遺伝子をホモで保有する稔性回復系統の植物の作成は、限定されるわけではないが、例えば以下のように行うことができる。
【0043】
まず、上述の方法で稔性回復した形質転換体から定法に従いDNAを抽出して、ゲノミックサザン解析を行う。その際に用いるプローブは、導入した遺伝子断片の一部から調製する。解析結果に基づき、1コピー導入個体を複数選抜する。次いで、各自殖次代から、当該導入遺伝子についてホモ型の個体を選抜する(以下、A個体とB個体と呼称する)。選抜は、上述のゲノミックサザン解析により行うこともできるし、当該遺伝子が導入された座の周辺塩基配列情報に基づいて設計したPCRマーカーによって行うこともできる。天然の回復系統×Aの交配により得られた交雑Fのなかから、2座で稔性回復遺伝子をホモで持つ個体を選抜する。天然の回復系統に由来する稔性回復遺伝子の遺伝子型は、例えば、WO 03/027290 A1に記載の方法により推定することが可能である。A個体に由来する稔性回復遺伝子の遺伝子型は、上述の通り、ゲノミックサザン解析により推定することもできるし、PCRマーカーによって推定することもできる。
【0044】
同様の方法により、(天然の回復系統×A)×(天然の回復系統×B)の交雑Fのなかから、天然の回復系統に由来する稔性回復遺伝子をホモで持ち、かつ、A個体およびB個体に由来する稔性回復遺伝子をヘテロで持つ個体を選抜する。選抜個体の自殖次代のなかから、A個体およびB個体に由来する稔性回復遺伝子をホモで持つ個体を選抜することにより、3座で稔性回復遺伝子をホモで持つ個体を作成することができる。
【0045】
なお、各工程の前又は後に、外来の遺伝子が導入された染色体の位置を確認してすることが可能である。導入遺伝子の染色体の位置を確認は、限定されるわけではないが、例えば、以下のように行うことができる。
【0046】
稔性回復遺伝子とともに、宿主植物には天然に存在しない配列が組み込まれる。例えば、後述の実施例ではイネのRf−1遺伝子ともに、ノパリン合成酵素のターミネーター(Tnos)(図9中のNos)が組み込まれている。なお、Tnosの配列は公開データベース(Genbank)に登録されているクローニングベクターpBI121(アクセッション番号AF485783)に含まれている。実施例3ではNosを用いて導入遺伝子の染色体上の導入部位を同定した。具体的には、公知のNosの塩基配列に基づいてのプライマー(例:図9のNosF2)を作成し、PCRを行った。得られたPCR増幅産物の末端塩基配列を解析し、Genbankのデータベースに対して相同性検索を行ったところ、イネの特定の染色体のゲノムクローンの相補鎖配列(例:図9のAP004007)と一致することがわかった。導入遺伝子が特定の染色体に存在することをさらに確認するために、前記特定の染色体上に2個のプライマーを設計し(例:図9のNo6F及びNo6R)、PCRを行ってもよい。PCRにより、導入遺伝子が存在するハイブリッド植物のゲノムを鋳型とした場合には増幅産物が得られないのに対し、導入遺伝子が存在しない植物ゲノムの場合には所期の長さの断片が増幅される。逆に、導入遺伝子の染色体部位の同定に使用した、Nosの塩基配列に基づいて単一のプライマー(例:図9のNosF2)と、染色体上の配列に基づくプライマー対の一方のプライマー(例:図9のNos6R)をプライマー対として使用した場合には、導入遺伝子が存在するハイブリッド植物のゲノムを鋳型とした場合には所期の長さの断片が増幅されるの対し、導入遺伝子が存在しない植物ゲノムの場合には増幅産物が観察されない。
【0047】
ゲノムの全体又は一部の塩基配列が確認されている植物において上記確認手法を利用することが可能である。例えば、イネやトウモロコシについては、Genbank、EMBL、DDBJ等のデータバンクにゲノムの塩基配列が開示されている。
【0048】
2)さらに、工程1)で作成した稔性回復系統の植物と不稔系統の植物とを交配する、ことにより本発明の植物を得ることができる。
【0049】
交配後、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に有する植物を選択することができる。ハイブリッド植物に、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子が存在することは、例えば、サザン分析におけるバンドの数及び/又は濃度等によって確認することが可能である。
【0050】
さらに、本発明は工程1)で作成された2座またはそれより多くの座で稔性回復遺伝子をホモで保有する稔性回復系統の植物を含む。このような稔性回復系統植物は、実際の育種現場において、所期の雄性不稔系統と交配させることによって、本発明のハイブリッド植物を取得するために使用することができる。
【0051】
イネのBT型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf−1
本発明者らは、イネのBT型雄性不稔細胞質に対する稔性回復遺伝子Rf−1を単離・同定した(参考例)。後述する実施例では配偶体型稔性回復遺伝子として、Rf−1遺伝子を用いて、ハイブリッドイネを作成した。Rf−1遺伝子については別途、特許出願を行っている。以下、詳述する。
【0052】
本発明者らの先願
(特開2002−345485、WO 02/14506 A1)
(特願2001−285247、特願2001−309135及び特願2002−185709、WO 03/027290 A1)
(特願2002−197560、PCT/JP03/03154)
本発明者らは、まず、Rf−1の存在部位を第10染色体上の極めて狭い範囲に特定した。その結果に基づいて、Rf−1遺伝子座の近傍に存在するPCRマーカーを開発し、これらのPCRマーカーが、Rf−1遺伝子座と連鎖することを利用して、Rf−1遺伝子を検出する方法が見出された。具体的には、Rf−1遺伝子座が、イネ第10染色体上に存在するPCRマーカー座S12564 Tsp509I座とC1361 MwoI座との間に座乗することを利用して、近傍に存在する新規のPCRマーカー座の遺伝子型を調査することにより、Rf−1遺伝子の有無の調査およびRf−1遺伝子ホモ型個体の選抜を実施する。当該Rf−1遺伝子を検出する方法につき、本発明者らは、特許出願を行い(特願2000−247204)、特開2002−345485として公開されている。また、前記日本特許出願に基づき国際出願(PCT/JP01/07052)を行い、WO 02/14506 A1として国際公開されている。これらの出願の全内容は参考文献として本明細書に援用される。
【0053】
本発明者らはさらに、特願2000−247204の改良方法として、Rf−1遺伝子を含むRf−1遺伝子座の領域をさらに特定し、特願2001−285247(2001年9月19日)、特願2001−309135(2001年10月4日)及び特願2002−185709(2002年6月26日)を出願した。そして、前記3つの日本特許出願に基づき、国際特許出願(PCT/JP02/09429)を行った。また、本発明者らはさらに研究を進め、Rf−1遺伝子を同定し、2002年7月5日に特許出願を行った(特願2002−197560)。また、前記日本特許出願に基づき、国際特許出願(PCT/JP03/03154)を行い、WO 03/027290 A1として国際公開されている。これらの出願の全内容は参考文献として本明細書に援用される。
【0054】
特開2002−345485において、Rf−1遺伝子座がDNAマーカー座S12564 Tsp509IとC1361 MwoI座との間に座乗することが本発明者らにより明らかにされ、これを利用したRFLP−PCR用マーカーが記載されている。本発明者らは、さらにDNAマーカー座S12564 Tsp509IとC1361 MwoI座の間の領域について、Rf−1遺伝子座とDNAマーカー座S12564 Tsp509Iとが密接連鎖することを手がかりに、染色体歩行および遺伝学的解析を行うことにより、Rf−1遺伝子と連鎖する領域を調べた。その結果、Rf−1遺伝子を含むRf−1遺伝子座領域を約76kbまで特定し、そして当該領域の全塩基配列を決定することに成功した。
【0055】
具体的には、特開2002−345485では、MSコシヒカリにMS−FRコシヒカリ(Rf−1座ヘテロ)の花粉をかけて作成した集団1042個体を用いて連鎖分析を行い、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体を1個体、Rf−1座とC1361 MwoI座との間での組換え個体を2個体見出した。本発明者らは、上記集団をさらに4103個体追加し、合計5145個体として解析を行った。その結果、新たに、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体を1個体、Rf−1座とC1361 MwoI座との間での組換え個体を6個体見出し、それぞれの組換え個体の合計を2個体および8個体とした。これら10個体をRf−1座極近傍組換え個体として、高精度分離分析に供試することとした(参考例1)。
【0056】
Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体が2個体に対し、C1361 MwoI座との間での組換え個体が8個体という上記の組換え個体出現頻度は、S12564 Tsp509I座とC1361 MwoI座とを比較すると、S12564 Tsp509I座のほうが遺伝学的にRf−1座に近いことを意味する。遺伝的距離(組換え価cMが単位)と物理的距離(塩基対数bpが単位)とは必ずしも比例しないが、通常は遺伝的距離が短ければ物理的距離も短いと期待できる。
【0057】
そこで、S12564 Tsp509I座を起点に染色体歩行を行うことにより、Rf−1座を単離することとした(参考例2)。染色体歩行には、インディカ品種IR24およびジャポニカ品種あそみのりのゲノムDNAを用いてλ DASH IIベクターにより作成したゲノミックライブラリーを供試した。IR24はRf−1保有品種、あそみのりはRf−1非保有品種である。染色体歩行を進めた結果、IR24のゲノミッククローンにより約76kbの染色体領域をカバーするコンティグ(複数のクローンを重複部分で重ね合わせて染色上での順に整列化したもの)を作成することができ、その全塩基配列(76363bp)を決定した。
【0058】
次いで、得られた塩基配列情報等を利用することにより、新たに12個のマーカーを開発し、既述のRf−1座極近傍組換え個体10個体を用いて、高精度分離分析を行った(参考例3)。その結果、上記の約76kbの染色体領域に含まれる65kbの配列がRf−1遺伝子の機能の有無を決定する配列を包含することが示された。この領域は、8個のゲノミッククローンから構成されるコンティグによりカバーされている。各クローンの長さは、約12〜22kbであり少なくとも4.7kbの重複部を持つ。一方、イネの遺伝子の長さについては、短いものから長いものまであることが知られているが、大部分の遺伝子は数kb以内であると考えられる。そのため、これら8個のゲノミッククローンのうち、少なくともひとつは完全長のRf−1遺伝子を包含すると予測される。
【0059】
本発明者らはさらに、上記76kbの染色体領域のうち、Rf−1遺伝子領域をさらに絞り込むと共に、稔性回復能の存在を直接的に証明するために、相補性試験を行った。
【0060】
具体的には、雄性不稔系統であるMSコシヒカリの未熟種子に、上記76kb領域内の10個の部分断片(各10〜21kb)を、別々に遺伝子工学的に導入した(図5)。使用された10個の部分断片のうち、8個は先に染色体歩行で得られた8個のゲノミッククローン(図1、参考例3に記載のXSE1、XSE7、XSF4、XSF20、XSG22、XSG16、XSG8及びXSH18)に由来するものである。これらに加えて、さらに2個のクローンXSF18およびXSX1に由来する断片についても相補性試験を行った。XSF18はXSF20と5’末端及び3’末端(各々、配列番号1の塩基20328及び41921)が同一だが、途中の塩基33947−38591を欠いている。これは、最初にクローンXSF18が単離されたが、単離後の増殖の過程で上記欠失を生じたことが判明したため、再度増殖をやり直すことにより、完全型のクローンを単離し、XSF20と命名したことに因る。また、XSX1は、クローンXSG8とXSH18の重複部分がやや小さいため(約7kb)、制限酵素処理およびライゲーションにより両クローンから、重複部分を十分に含むようなクローンを新たに作成したものである。
【0061】
Rf−1は優性遺伝子であるので、導入した断片がRf−1遺伝子を完全に包含している場合には、形質転換植物当代において稔性が回復する。相補性試験において、各断片について形質転換植物の種子稔性調査を行い、λファージクローンXSG16に由来する15.6kb断片(配列番号1の塩基38538−54123を含む)を導入した形質転換体において、種子稔性が回復していることが見出された(参考例4)。他の断片については、形質転換植物はすべて不稔であった。これらの結果から、上記15.6kb断片がRf−1遺伝子を完全に包含していることが示された。さらに、Rf−1遺伝子を遺伝子工学的に導入する方法が提供され、その有効性が実証された。
【0062】
本発明者らは、λファージクローンXSG16のどの部分がRf−1遺伝子を含むかをさらに特定するために、前述の15.6kb断片(配列番号1の塩基38538−54123を含む)よりも短い断片について相補性試験による種子稔性調査を行った。その結果、XSG16に由来する11.4kb断片(配列番号1の塩基42357−53743を含む)を導入した形質転換体において、種子稔性が回復していることが見出された(参考例4(2))。さらに、より短い6.8kb断片(配列番号1の塩基42132−48883を含む)を導入した形質転換体においても、種子稔性が回復した(参考例4(3))。これらの結果から、上記6.8kb断片がRf−1遺伝子を包含していることが示された。
【0063】
本発明者らは、さらに研究をすすめ、稔性回復機能を有する核酸を特定し、それによってコードされるアミノ酸配列も明らかにした。具体的には、参考例5−6に記載したように、先ず、配列番号1の43733−44038及び48306−50226に相当するDNA断片をPCRを用いて作成した。これらの2種の断片をプローブ(プローブP及びQ)として、コシヒカリにRf−1を導入した系統より作成したcDNAをライブラリーをスクリーニングした。その結果、6個のクローンの末端塩基配列がXSG16の配列と一致し、Rf−1遺伝子を含むクローンとして単離され、塩基配列が解析された(配列番号43−48)。
【0064】
配列番号43−48のいずれの配列も、配列番号49のアミノ酸配列1−791を持つタンパク質をコードする。具体的には、各々配列番号43の塩基215−2587、配列番号44の塩基213−2585、配列番号45の塩基218−2590、配列番号46の塩基208−2580、配列番号47の塩基149−2521及び配列番号48の塩基225−2597が、いずれも配列番号49のアミノ酸配列1−791をコードする。なお上記塩基配列は、配列番号1の塩基43907−46279に対応する。
【0065】
配列番号49のアミノ酸配列を、トウモロコシの稔性回復遺伝子(Rf2)の推定アミノ酸配列(Cui et al.,1996)と比較したところ、N末端の7アミノ酸残基(Met−Ala−Arg−Arg−Ala−Ala−Ser)が一致した。これら7アミノ酸残基はミトコンドリアへの標的化シグナルの一部と考えられている(Liu et al.,2001)。これらのことから、今回単離したcDNAはRf−1遺伝子のコーディング領域を完全に包含すると考えられる。イネRf−1とトウモロコシRf2とのアミノ酸レベルでの相同性は、前述の領域を除いては見られない。
【0066】
また、今回単離したcDNAの配列をIR24のゲノム配列(配列番号1)と比較し、Rf−1遺伝子のエキソンとイントロンの構造を明らかにした(図7)。その結果、植物体内において、スプライシング様式およびポリA付加位置を異にする種々の転写産物が混在していることが示された。Rf−1遺伝子のコード領域内には、イントロンは介在しない。
【0067】
本発明者らは、参考例4(3)の相補性実験で種子稔性を回復した6.8kb断片について、さらに相補性実験を行った。具体的には、参考例7において、前記6.8kb断片中のRf−1遺伝子のプロモーター領域と予想翻訳領域とを包含する4.2kb断片(配列番号1の塩基42132−46318)を用いて、相補性実験を行ったところ、種子稔性が回復した。
【0068】
さらに、参考例8において稔性回復機能を有する核酸を含むクローンを新たに6個取得した。具体的には、先ず、配列番号1の塩基45522−45545及び45955−45932に相当する2種類のプライマーを用いて、IR24のゲノミッククローンXSG16をテンプレートにPCRを行い、DNA断片を得た。当該DNA断片をプローブRとして、前記プローブPとともにプラークハイブリダイゼーションを行なった。プローブPおよびプローブRのどちらでも陽性を示すプラークから、新たに6個のクローンを得た(#7−#12)。その結果を配列番号54−59に示す。
【0069】
配列番号54−59のいずれの配列も、配列番号49のアミノ酸配列1−791を持つタンパク質をコードすると推定される。具体的には、各々配列番号54の塩基229−2601、配列番号55の塩基175−2547、配列番号56の塩基227−2599、配列番号57の塩基220−2592、配列番号58の塩基174−2546及び配列番号59の塩基90−2462が、いずれも配列番号49のアミノ酸配列1−791をコードする。なお上記塩基配列は、配列番号1の塩基43907−46279に対応する。
【0070】
今回単離したcDNAの配列をIR24のゲノム配列(特願2001−285247の配列番号1)と比較することにより、エキソンとイントロンの構造が明らかになった(図8)。今回単離したcDNAのなかには、予想翻訳領域とは関係のないエキソンを含まず、単一エキソンからなるものも3個存在した(#10−#12、配列番号57−59)。
【0071】
稔性回復遺伝子(Rf−1)座を含む核酸は、配列番号1の塩基配列を有する核酸、又は配列番号1の塩基配列と少なくとも70%同一の塩基配列であって、稔性回復機能を有する核酸を含む。さらに、参考例4に記載したように、配列番号1の塩基配列のうち、特に塩基38538−54123にRf−1遺伝子が完全に含まれていると確認された。Rf−1遺伝子を含む領域はさらに、好ましくは、配列番号1の塩基38538−54123、より好ましくは、塩基42357−53743、さらに好ましくは、塩基42132−48883、さらにより好ましくは塩基42132−46318と特定された。
【0072】
Rf−1遺伝子を含む核酸として以下の領域が特定された。
【0073】
a)配列番号43の塩基215−2587、
b)配列番号44の塩基213−2585、
c)配列番号45の塩基218−2590、
d)配列番号46の塩基208−2580、
e)配列番号47の塩基149−2521、
f)配列番号48の塩基225−2597、
h)配列番号54の塩基229−2601、
i)配列番号55の塩基175−2547、
j)配列番号56の塩基227−2599、
k)配列番号57の塩基220−2592、
l)配列番号58の塩基174−2546及び
m)配列番号59の塩基90−2462。
【0074】
上記塩基配列は、g)配列番号1の塩基43907−46279に対応し、そして、いずれも配列番号49のアミノ酸配列1−791をコードする。
【0075】
以下、本明細書中、文脈により「配列番号1の塩基配列」という用語は、配列番号1全体、あるいは、その一部であって稔性回復機能に関与する部分、特に、塩基38538−54123を示す。より好ましくは、塩基42357−53743、さらに好ましくは、塩基42132−48883、さらにより好ましくは塩基42132−46318を示す。そして、特に好ましくは、g)配列番号1の塩基43907−46279、あるいは、これに対応する、a)配列番号43の塩基215−2587、b)配列番号44の塩基213−2585、c)配列番号45の塩基218−2590、d)配列番号46の塩基208−2580、e)配列番号47の塩基149−2521、f)配列番号48の塩基225−2597、h)配列番号54の塩基229−2601、i)配列番号55の塩基175−2547、j)配列番号56の塩基227−2599、k)配列番号57の塩基220−2592、l)配列番号58の塩基174−2546又はm)配列番号59の塩基90−2462のいずれかを示す。
【0076】
後述する参考例では、稔性回復遺伝子(Rf−1)を含む核酸として、Rf−1遺伝子を含むインディカ米のIR24のゲノムライブラリーより核酸が単離され、配列番号1の塩基配列が決定された。しかしながら、稔性回復遺伝子(Rf−1)を含む核酸の由来は、Rf−1遺伝子を有するインディカ型品種由来のものであれば特に限定されない。Rf−1遺伝子を有するインディカ型品種は、特に限定されず、例えば、IR24、IR8、IR36、IR64、Chinsurah、BoroIIが含まれる。Rf−1遺伝子を有しないジャポニカ型品種としては、例えば、限定されるわけではないが、あそみのり、コシヒカリ、きらら397、アキヒカリ、あきたこまち、ササニシキ、キヌヒカリ、日本晴、初星、黄金晴、ヒノヒカリ、ミネアサヒ、あいちのかおり、ハツシモ、アケボノ、フジヒカリ、峰の雪もち、ココノエモチ、ふくひびき、どんとこい、五百万石、ハナエチゼン、トドロキワセ、はえぬき、どまんなか、ヤマヒカリ等が知られている。「インディカ型品種」も「ジャポニカ型品種」も当業者に周知であり、当業者はどのようなイネ品種が本発明の対象となり得るか容易に判断できる。
【0077】
本発明に利用可能な核酸は、ゲノムDNA(その対応するcDNAも含む)、化学的に合成されたDNA、PCRにより増幅されたDNA、およびそれらの組み合わせが含まれる
Rf−1遺伝子を含む核酸は、好ましくは配列番号1の塩基配列を有する。1つ以上のコドンが同一のアミノ酸をコードする場合があり、遺伝暗号の縮重と呼ばれている。このため、配列番号1と完全には一致していないDNA配列が、配列番号1と全く同一のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードすることがあり得る。こうした変異体DNA配列は、サイレント(silent)突然変異(例えば、PCR増幅中に発生する)から生じてもよいし、または天然配列の意図的な突然変異誘発の産物であってもよい。
【0078】
Rf−1遺伝子は、好ましくは配列番号49に記載のアミノ酸配列をコードする。しかしながら、これに限定されることなく、1またはそれ以上のアミノ酸配列が欠失、付加または置換しているアミノ酸配列を有していてもよい。
、稔性回復機能を有する限り、全ての相同タンパク質を含むことが意図される。「アミノ酸変異」は1から複数個、好ましくは、1ないし20個、より好ましくは1ないし10個、最も好ましくは1ないし5個である。Rf−1遺伝子にコードされるアミノ酸配列は、配列番号49に記載のアミノ酸配列と、少なくとも約70%、好ましくは約80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有する。
【0079】
アミノ酸の同一性パーセントは、視覚的検査及び数学的計算により決定してもよい。あるいは、2つのタンパク質配列の同一性パーセントは、Needleman,S.B.及びWunsch,C.D.(J.Mol.Biol.,48:443−453,1970)のアルゴリズムに基づき、そしてウィスコンシン大学遺伝学コンピューターグループ(UWGCG)より入手可能なGAPコンピュータープログラムを用い配列情報を比較することにより、決定してもよい。GAPプログラムの好ましいデフォルトパラメーターには:(1)Henikoff,S及びHenikoff,J.G.(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,89:10915−10919,1992)に記載されるような、スコアリング・マトリックス、blosum62;(2)12のギャップ加重;(3)4のギャップ長加重;及び(4)末端ギャップに対するペナルティなし、が含まれる。
【0080】
当業者に用いられる、配列比較の他のプログラムもまた、用いてもよい。同一性のパーセントは、例えばAltschulら(Nucl.Acids.Res.25.,p.3389−3402,1997)に記載されているBLASTプログラムを用いて配列情報と比較し決定することが可能である。当該プログラムは、インターネット上でNational Center for Biotechnology Information(NCBI)、あるいはDNA Data Bank of Japan(DDBJ)のウェブサイトから利用することが可能である。BLASTプログラムによる相同性検索の各種条件(パラメーター)は同サイトに詳しく記載されており、一部の設定を適宜変更することが可能であるが、検索は通常デフォルト値を用いて行う。
【0081】
同一の機能を有するタンパク質であっても、由来する品種の相違によって、そのアミノ酸配列に相違が存在しうることは当業者にとって周知の事実である。Rf−1遺伝子は、稔性回復機能を有する限り、配列番号1の塩基配列のこのような相同体、変異体も含みうる。「稔性回復機能を有する」とは、当該DNA断片が導入された場合に、イネ個体又は種子に稔性を付与することを意味する。稔性回復は、Rf−1遺伝子よりタンパク質が発現されることに因ってもよく、あるいはRf−1遺伝子の核酸(DNA又はRNA)自体が稔性の付与に何らかの機能をしていてもよい。
【0082】
限定されるわけではないが、Rf−1遺伝子の相同体、変異体が稔性回復機能を有するか否かは、例えば、以下のように調べることが可能である。MSコシヒカリ(不稔系統)にコシヒカリの花粉をかけることにより得た未熟種子を供試して、Hiei et al(Plant Journal(1994),6(2),p.272−282)の方法に従い、被検定核酸断片を導入する。得られた形質転換体を通常の条件で栽培すると、被検定核酸断片が稔性回復機能を有する場合にのみ、種子が稔る。
【0083】
Rf−1遺伝子を有しないジャポニカ型のあそみのりの対応する領域に由来する核酸は、配列番号2に示した塩基配列を有する。配列番号2と配列番号1の対応する部分は、全体として約98%の同一性を有する。よって、稔性回復遺伝子(Rf−1)座を含む核酸は、配列番号1と少なくとも約70%、好ましくは約80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有する。「配列番号1」は、特に好ましくは、g)配列番号1の塩基43907−46279、あるいは、これに対応する、a)配列番号43の塩基215−2587、b)配列番号44の塩基213−2585、c)配列番号45の塩基218−2590、d)配列番号46の塩基208−2580、e)配列番号47の塩基149−2521、f)配列番号48の塩基225−2597、h)配列番号54の塩基229−2601、i)配列番号55の塩基175−2547、j)配列番号56の塩基227−2599、k)配列番号57の塩基220−2592、l)配列番号58の塩基174−2546又はm)配列番号59の塩基90−2462のいずれかを意図する。
【0084】
核酸の同一性パーセントは、視覚的検査および数学的計算により決定してもよい。あるいは、2つの核酸配列の同一性パーセントは、Devereuxら,Nucl.Acids Res.,12:387(1984)に記載され、そしてウィスコンシン大学遺伝学コンピューターグループ(UWGCG)より入手可能なGAPコンピュータープログラム、バージョン6.0を用い配列情報を比較することにより、決定してもよい。GAPプログラムの好ましいデフォルトパラメーターには:(1)ヌクレオチドに関する単一(unary)比較マトリックス(同一に対し1および非同一に対し0の値を含む)、およびSchwartzおよびDayhoff監修,Atlas of Protein Sequence and Structure,National Biomedical Research Foundation,pp.353−358(1979)に記載されるような、GribskovおよびBurgess,Nucl.Acids Res.14:6745(1986)の加重比較マトリックス;(2)各ギャップに対する3.0のペナルティおよび各ギャップ中の各記号に対しさらに0.10のペナルティ;および(3)末端ギャップに対するペナルティなし、が含まれる。当業者に用いられる、配列比較の他のプログラムもまた、用いてもよい。
【0085】
本発明の好ましい核酸はまた、配列番号1の塩基配列に中程度にストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることが可能であり、かつ、稔性回復機能を有する核酸、並びに、配列番号1の塩基配列に高度にストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることが可能であり、かつ、稔性回復機能を有する核酸を含む。
【0086】
本明細書において使用されるように、中程度にストリンジェントな条件は、例えば、DNAの長さに基づき、一般の技術を有する当業者により、容易に決定することが可能である。基本的な条件は、Sambrookら,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,第2版,Vol.1,pp.1.101−104,Cold Spring Harbor Laboratory Press,(1989)に示されている。例えば、ニトロセルロースフィルターに関し、5XSSC、0.5%SDS、1.0mM EDTA(pH8.0)の前洗浄溶液、約40℃ないし60℃での、1×SSCないし6XSSC(または約42℃での約50%ホルムアミド中の、例えばスターク溶液(Stark’s solution)などの他の同様のハイブリダイゼーション溶液)のハイブリダイゼーション条件、および約60℃、0.5XSSC、0.1% SDSの洗浄条件の使用が含まれる。また、例えば、ハイブリダイゼーション溶液が約50%ホルムアミドを含む場合、上記ハイブリダイゼーション温度は約15℃ないし20℃低めとなる。非常にストリンジェントな条件もまた、例えばDNAの長さに基づき、当業者により、容易に決定することが可能である。一般に、非常にストリンジェントな条件は、上記中程度にストリンジェントな条件よりも、より高い温度及び/又はより低い塩濃度でのハイブリダイゼーション、及び/又は洗浄条件を含む、例えば、約60℃ないし65℃での0.1×SSCないし0.2×SSCのハイブリダイゼーション条件、および/又は約65℃ないし68℃、0.2XSSC、0.1% SDSの洗浄条件を含む。当業者は温度および洗浄溶液塩濃度は、プローブの長さなどの要因にしたがい、必要に応じ調整してもよいことを認識するであろう。
【0087】
「配列番号1」は、特に好ましくは、g)配列番号1の塩基43907−46279、あるいは、これに対応する、a)配列番号43の塩基215−2587、b)配列番号44の塩基213−2585、c)配列番号45の塩基218−2590、d)配列番号46の塩基208−2580、e)配列番号47の塩基149−2521、f)配列番号48の塩基225−2597、h)配列番号54の塩基229−2601、i)配列番号55の塩基175−2547、j)配列番号56の塩基227−2599、k)配列番号57の塩基220−2592、l)配列番号58の塩基174−2546又はm)配列番号59の塩基90−2462のいずれかを意図する。
【0088】
同様に、本発明の核酸には、1つまたは複数の塩基の欠失、挿入または置換のため、配列番号1の塩基配列とは異なるが稔性回復機能を有する核酸を含む。稔性回復機能を有する限り、欠失、挿入または置換される塩基の数は特に制限されないが、好ましくは1個ないし数千個、より好ましくは1個ないし千個、さらにこのましくは1個ないし500個、さらにより好ましくは1個ないし200個、最も好ましくは1個ないし100個である。
【0089】
本明細書の記載に基づいてRf−1遺伝子がより特定され、当業者がRf−1遺伝子以外の部分またはRf−1遺伝子内のイントロン部分などの核酸を除いて使用することが可能である。また、既定のアミノ酸(特に配列番号49に記載のアミノ酸配列)を、例えば同様の物理化学的特性を有する残基により置換してもよい。こうした保存的置換の例には、1つの脂肪族残基を互いに、例えばIle、Val、Leu、またはAlaを互いに置換するもの;LysおよびArg、GluおよびAsp、またはGlnおよびAsn間といった、1つの極性残基から別のものへの置換;あるいは芳香族残基の別のものでの置換、例えばPhe、Trp、またはTyrを互いに置換するものが含まれる。他の保存的置換、例えば、同様の疎水性特性を有する領域全体の置換が、周知である。当業者は、周知の遺伝子工学的手法により、Sambrookら(2001)(上述)等に記載の、例えば部位特異的突然変異誘発法を使用して、所望の欠失、挿入または置換を施すことが可能である。
【0090】
本発明者らは、Rf−1遺伝子を有するインディカ型のIR24(塩基配列27)と、有しないジャポニカ型のあそみのり(塩基配列28)およびGenBankに登録されている日本晴BACクローン(アクセッション番号AC068923)とを比較した。その結果、Rf−1遺伝子を含むインディカ型のRf−1領域は少なくとも、以下の1塩基多型(SNP)を有することを見出した。
【0091】
1)配列番号1の塩基1239に相当する塩基がAである;
2)配列番号1の塩基6227に相当する塩基がAである;
3)配列番号1の塩基20680に相当する塩基がGである;
4)配列番号1の塩基45461に相当する塩基がAである;
5)配列番号1の塩基49609に相当する塩基がAである;
6)配列番号1の塩基56368に相当する塩基がTである;
7)配列番号1の塩基57629に相当する塩基がCである;及び
8)配列番号1の塩基66267に相当する塩基がGである。
【0092】
よって、本発明のRf−1領域を含む核酸は、好ましくは上記条件1)−8)の1つないし全てを満たす。
【0093】
なお、後述の参考例3において、Rf−1遺伝子極近傍組換え個体(RS1−RS2、RC1−RC8)についてそのRf−1領域の染色体構成を調べた。その結果、配列番号1の塩基1239ないし66267の塩基配列、即ち、最大限に見積もってもP4497 MboI座からB56691 XbaI座までの領域(約65kb)(図3)に、Rf−1遺伝子の機能の有無を決定する配列が含まれることが明らかにされた。ただし、Rf−1遺伝子の一部の遺伝子型がインディカ型であることが、Rf−1遺伝子の遺伝子機能発現に重要であり、残りの部分はジャポニカ型でもインディカ型でも遺伝子機能に大きな差異を生じない可能性がある。極端な場合、ジャポニカ・インディカ間でコーディング領域は完全に同一で、プロモーター領域だけに差違があり、そして、プロモーター領域及びコーディング領域の一部のみが上記P4497 MboI座からB56691 XbaI座までの領域(約65kb)に含まれることもあり得る。よって、上記共有インディカ型領域(配列番号1の塩基1239ないし66267)がRf−1遺伝子全体を完全に包含するとは、断定できない。しかしながら、以下の理由、
1)遺伝子の大きさは通常数kbであり10kbを超えることは稀である;
2)IR24のゲノム塩基配列(配列番号1)は、上記共有インディカ型領域を完全に包含する;
3)配列番号1の5’末端は、上記共有インディカ型領域の5’末端から1238bp上流に位置し、別の遺伝子(S12564)の一部である;および
4)配列番号1の3’末端は、上記共有インディカ型領域の3’末端から10096bp下流に位置する
により、少なくとも配列番号1はRf−1遺伝子全体を完全に包含すると考えられる。
【0094】
さらに、本発明者らは相補性試験を行うことにより、配列番号1の塩基配列のうち、特に塩基38538−54123にRf−1遺伝子が完全に含まれていることを確認した。よって、本発明の一態様において、配列番号1の塩基配列又は配列番号1の塩基38538−54123の塩基配列と、少なくとも70%同一の塩基配列は、以下の条件1)及び2)の少なくとも一つを満たす:
1)配列番号1の塩基45461に相当する塩基がAである;及び
2)配列番号1の塩基49609に相当する塩基がAである。
【0095】
本発明者らはさらに、Rf−1遺伝子を含む核酸として以下の領域を特定した。
【0096】
a)配列番号43の塩基215−2587、
b)配列番号44の塩基213−2585、
c)配列番号45の塩基218−2590、
d)配列番号46の塩基208−2580、
e)配列番号47の塩基149−2521、
f)配列番号48の塩基225−2597、
h)配列番号54の塩基229−2601、
i)配列番号55の塩基175−2547、
j)配列番号56の塩基227−2599、
k)配列番号57の塩基220−2592、
l)配列番号58の塩基174−2546、及び
m)配列番号59の塩基90−2462。
【0097】
上記塩基配列は、g)配列番号1の塩基43907−46279に対応する。本発明の好ましい核酸はさらに、
n)上記a)−m)のいずれかの核酸と少なくとも70%同一であり、かつ、稔性回復機能を有する核酸;
o)上記a)−m)のいずれかの核酸と中程度又は高程度のストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、稔性回復機能を有する核酸;及び
p)上記a)−m)のいずれかの核酸に1ないし複数の塩基が欠失、挿入又は置換しており、かつ、稔性回復機能を有する核酸。
を含む。
【0098】
上記の配列番号1の塩基45461は、1)配列番号43の塩基1769;2)配列番号44の塩基1767;3)配列番号45の塩基1772;4)配列番号46の塩基1762;5)配列番号47の塩基1703;6)配列番号48の塩基1779;7)配列番号54の塩基1783;8)配列番号55の塩基1729;9)配列番号56の塩基1781;10)配列番号57の塩基1774;11)配列番号58の塩基1728;及び12)配列番号59の塩基1644に相当する。よって、特に好ましくは、本発明の方法に使用する核酸は、好ましくは、以下の条件1)−12)の少なくとも一つを満たす:
1)配列番号43の塩基1769に相当する塩基がAである;
2)配列番号44の塩基1767に相当する塩基がAである;
3)配列番号45の塩基1772に相当する塩基がAである;
4)配列番号46の塩基1762に相当する塩基がAである;
5)配列番号47の塩基1703に相当する塩基がAである;
6)配列番号48の塩基1779に相当する塩基がAである;
7)配列番号54の塩基1783に相当する塩基がAである;
8)配列番号55の塩基1729に相当する塩基がAである;
9)配列番号56の塩基1781に相当する塩基がAである;
10)配列番号57の塩基1774に相当する塩基がAである;
11)配列番号58の塩基1728に相当する塩基がAである;又は
12)配列番号59の塩基1644に相当する塩基がAである。
【0099】
本明細書中の参考例4及び7に記載の相補性試験では実際に、図5に記載の10個のクローン由来の断片を用い、アグロバクテリウムを用いる方法によりMSコシヒカリ(BT細胞質を持ち、核遺伝子はコシヒカリとほぼ同一)を形質転換した。その結果、配列番号1の塩基38538−54123、好ましくは、塩基42357−53743、より好ましくは、塩基42132−48883、さらにより好ましくは塩基42132−46318の塩基配列を含む核酸によって、稔性回復系統が育成されることが証明された。
【0100】
本発明の実施例では、Rf−1遺伝子として、XSG16に由来する15.6kb断片を使用し、花粉稔性が得られることを確認した。当該断片を含むより長い断片、並びに上述したようにRf−1遺伝子を含むことが同定されているより短い断片も同様に利用可能であることは当業者に容易に理解される。好ましくは、より短い断片を利用する。
【図面の簡単な説明】
【0101】
[図1]図1は、RFLPマーカー座S12564を起点とする染色体歩行の結果を示す。
[図2]図2は、BACクローンAC068923とラムダクローンコンティグとの位置関係を示す。
[図3]図3は、Rf−1座極近傍組換え型花粉(いずれも稔性あり)のRf−1座極近傍の染色体構成を、その花粉から生じた10個体(RS1、RS2、RC1−8)のマーカー座の遺伝子型に基づき、明らかにした結果を示したものである。白抜き部分はジャポニカ型領域を、黒部分はインディカ型領域を示す。
[図4]図4は、第10染色体上のマーカー座とRf−1座との連鎖分析の結果に基づき、Rf−1座の連鎖地図上での位置を示したものである。地図距離は、1042F1個体の分離データから算出した。
[図5]図5は、相補性試験によるRf−1領域の同定のために使用した、10個のゲノムクローン由来の断片を示す。染色体歩行により得られたλクローン(細い線)を用いて、太い直線で示した染色体領域について相補性試験を行った。XSF18は、欠失を含むクローンであることが分かったので、その欠失部分は点線で示した。
[図6]図6は、XSG16由来の15.7kb(参考例4)及びXSF18由来の16.2kb断片(塩基番号1の塩基21065−33946及び38592−41921を含む)を用いた相補性試験の結果を示す。XSG16由来の15.7kbでは稔性が回復し、稲穂がたれている。
[図7]図7は、Rf−1遺伝子構造の模式図を示す。白棒部分および黒線部分は、それぞれエキソンおよびイントロンを示す。エキソン部分については、塩基対数を示してある。
[図8]図8は、相補性試験を行ったIR24ゲノム断片、cDNAライブラリースクリーニングに用いたプローブ及び単離したcDNAから推定したRf−1遺伝子の位置関係の模式図を示す。Rf−1遺伝子の白棒部分および黒線部分は、それぞれ、エキソンおよびイントロンを示す。エキソン部分については、塩基対数を示してある。
[図9]図9は、導入Rf−1部位を確認するために使用したプライマーの位置を示す模式図である。Nos:ノパリン合成酵素のターミネーター(Tnos)、HPT:ハイグロマイシン抵抗性遺伝子、BR:ライトボーダー、BL:レフトボーダー。
[図10]図10は、本発明及び従来技術のハイブリッド植物の作成方法の例を示す模式図である。
【実施例】
【0102】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の技術的範囲を限定するためのものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることができ、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0103】
参考例
以下の参考例は、イネのBT型雄性不稔性回復遺伝子Rf−1の単離・同定、稔性回復活性の確認を記載したものである。
【0104】
参考例1 Rf−1座極近傍組換え個体の獲得
(材料および方法)
MSコシヒカリ(世代:BC10F1)にMS−FRコシヒカリ(世代:BC9F1、Rf−1座ヘテロ)の花粉をかけて作成したBC10F1集団4103個体を用い、各個体からDNAを抽出し、特開2002−345485(又はWO02/14506)に記載の方法でS12564 Tsp509I座およびC1361 MwoI座の遺伝子型を調査した。S12564 Tsp509I座の遺伝子型がコシヒカリ型ホモ個体を、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換えにより生じた個体とみなし、C1361 MwoI座の遺伝子型がコシヒカリ型ホモ個体を、Rf−1座とC1361 MwoI座との間での組換えにより生じた個体とみなした。
【0105】
(結果および考察)
4103個体を調査した結果、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体を1個体、Rf−1座とC1361 MwoI座との間での組換え個体を6個体見出した。一方、特開2002−345485(又はWO02/14506)において交配により得られた1042個体を調査した結果、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体を1個体、Rf−1座とC1361 MwoI座との間での組換え個体を2個体見出している。
【0106】
合計すると、5145個体から、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体を2個体、Rf−1座とC1361 MwoI座との間での組換え個体を8個体獲得できたことになる。これら10個体を以下の参考例における高精度分離分析に供試することにした。
【0107】
参考例2 染色体歩行
(1)1回目染色体歩行
(材料および方法)
ジャポニカ品種あそみのり(Rf−1非保有品種)のゲノムDNAを用いて、特開2002−345485(又はWO02/14506)に記載したようにLambda DASH IIベクターによりゲノミックライブラリーを作成し、染色体歩行に供試した。
【0108】
RFLPプローブS12564の部分塩基配列(アクセッション番号D47284)に対して次のプライマー対:

を設計し、あそみのり全DNAをテンプレートに用いて、定法に従いPCRを行った。得られた約1200bpの増幅産物を、アガロースゲルでの電気泳動後、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。精製したDNAは、rediprime DNA labelling system(Amersham Pharmacia社)を用いてラベルし、ライブラリースクリーニング用プローブ(プローブA、図1)とした。
【0109】
ライブラリーのスクリーニングは、プラークをHybond−N(Amersham Pharmacia社)にブロットした後、常法により行った。単一プラークを分離した後、Lambda Midi kit(QIAGEN社)を用いてプレートライセート法によりファージDNAを精製した。
【0110】
(結果および考察)
スクリーニングにより4個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのふたつ(WSA1およびWSA3)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、WSA1およびWSA3に対応するあそみのりゲノム塩基配列を決定した(DNAシーケンサー377、ABI社)。
【0111】
(2)2回目染色体歩行
(材料および方法)
既述のあそみのりゲノミックライブラリーに加え、インディカ品種IR24(Rf−1保有品種)のゲノムDNAから同様に作成したIR24ゲノミックライブラリーを、染色体歩行に供試した。
【0112】
(1)で明らかにしたあそみのりゲノム塩基配列に対して次のプライマー対:

を設計し、WSA3のDNAをテンプレートに用いて、定法に従いPCRを行った。得られた524bpの増幅産物を、既述の方法で精製・ラベルし、ライブラリースクリーニング用プローブ(プローブE、図1)とした。
【0113】
ライブラリーのスクリーニングおよびファージDNAの精製は、既述の方法で行った。
【0114】
(結果および考察)
あそみのりゲノミックライブラリースクリーニングにより15個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのひとつ(WSE8)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、WSE8に対応するあそみのりゲノム塩基配列を決定した。
【0115】
IR24ゲノミックライブラリースクリーニングにより7個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのふたつ(XSE1およびXSE7)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、XSE1およびXSE7に対応するIR24ゲノム塩基配列を決定した。
【0116】
(3)3回目染色体歩行
(材料および方法)
既述のあそみのりゲノミックライブラリーおよびIR24ゲノミックライブラリーを、染色体歩行に供試した。
【0117】
(2)で明らかにしたあそみのりゲノム塩基配列に対して次のプライマー対:

を設計し、WSE8のDNAをテンプレートに用いて、定法に従いPCRを行った。得られた1159bpの増幅産物を、既述の方法で精製・ラベルし、ライブラリースクリーニング用プローブ(プローブF、図1)とした。
【0118】
ライブラリーのスクリーニングおよびファージDNAの精製は、既述の方法で行った。
【0119】
(結果および考察)
あそみのりゲノミックライブラリースクリーニングにより8個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのふたつ(WSF5およびWSF7)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、WSF5およびWSF7に対応するあそみのりゲノム塩基配列を決定した。
【0120】
IR24ゲノミックライブラリースクリーニングにより13個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのふたつ(XSF4およびXSF20)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、XSF4およびXSF20に対応するIR24ゲノム塩基配列を決定した。
【0121】
(4)4回目染色体歩行
(材料および方法)
既述のあそみのりゲノミックライブラリーおよびIR24ゲノミックライブラリーを、染色体歩行に供試した。
【0122】
(3)で明らかにしたあそみのりゲノム塩基配列に対してプライマー対:

を設計し、WSF7のDNAをテンプレートに用いて、定法に従いPCRを行った。得られた456bpの増幅産物を、既述の方法で精製・ラベルし、ライブラリースクリーニング用プローブ(プローブG、図1)とした。
【0123】
ライブラリーのスクリーニングおよびファージDNAの精製は、既述の方法で行った。
【0124】
(結果および考察)
あそみのりゲノミックライブラリースクリーニングにより6個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのふたつ(WSG2およびWSG6)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、WSG2およびWSG6に対応するあそみのりゲノム塩基配列を決定した。
【0125】
IR24ゲノミックライブラリースクリーニングにより14個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちの3クローン(XSG8、XSG16およびXSG22)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、XSG8、XSG16およびXSG22に対応するIR24ゲノム塩基配列を決定した。
【0126】
(5)5回目染色体歩行
(材料および方法)
既述のIR24ゲノミックライブラリーを、染色体歩行に供試した。
【0127】
本発明者らは、TIGR(The Institute for Genomic Research)の公開ホームページを閲覧し、RFLPマーカーS12564を包含するBAC(Bacterial Artificial Chromosome)クローン(アクセッション番号AC068923)が公開データベース(GenBank)に登録されていることを見出した。このBACクローンは、ジャポニカ品種日本晴のゲノムDNAを含むものであり、塩基配列を比較したところ、(1)−(4)で作成したあそみのりおよびIR24のコンティグ領域を完全に包含することが示された(図2)。
【0128】
そこで、このBACクローンの一部を増幅する次のプライマー対:

を設計し、IR24全DNAをテンプレートに用いて、定法に従いPCRを行った。得られた約600bpの増幅産物を、既述の方法で精製・ラベルし、ライブラリースクリーニング用プローブ(プローブH、図1)とした。
【0129】
ライブラリーのスクリーニングおよびファージDNAの精製は、既述の方法で行った。
【0130】
(結果および考察)
IR24ゲノミックライブラリースクリーニングにより15個のクローンが得られ、末端塩基配列の解析および制限酵素断片長解析の結果から、そのうちのひとつ(XSH18)は図1に示した位置関係にあることが示された。プライマー歩行により、XSH18に対応するIR24ゲノム塩基配列を決定した。
【0131】
参考例3 高精度分離分析
(1)PCRマーカーP4497 MboIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)とあそみのりコンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号2)とを比較した結果、配列番号1の1239番目の塩基がAであるのに対し、当該位置に対応する配列番号2の12631番目の塩基はGであることを見出した。
【0132】
この差異の検出には、先ず次のプライマー対:
P4497 MboI F:

(配列番号1の塩基853−876に相当)
(配列番号2の塩基12247−12270に相当)
および
P4497 MboI R:

(配列番号1の塩基1583−1560に相当)
(配列番号2の塩基12975−12952に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い約730bpの断片を増幅する。増幅産物をMboI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はMboIの認識配列(GATC)をもたず、MboI処理により切断されないのに対し、あそみのりDNAからの増幅産物はMboIの認識配列をもち、MboI処理により切断されるため、MboI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0133】
(2)PCRマーカーP9493 BslIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)とあそみのりコンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号2)とを比較した結果、配列番号1の6227番目の塩基がAであるのに対し、当該位置に対応する配列番号2の17627番目の塩基はCであることを見出した。
【0134】
この差異の検出には、先ず次のプライマー対:
P9493 BslI F:

(配列番号1の塩基6129−6152に相当)
(配列番号2の塩基17529−17552に相当)
および
P9493 BslI R:

(配列番号1の塩基6254−6231に相当)
(配列番号2の塩基17654−17631に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い126bpの断片を増幅する。増幅産物をBslI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はBslIの認識配列(CCNNNNNNNGG)をもたず、BslI処理により切断されないのに対し、あそみのりDNAからの増幅産物はBslIの認識配列をもち、BslI処理により切断されるため、BslI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0135】
なお、本マーカーの開発には、dCAPS法(Michaels and Amasino 1998,Neff et al 1998)を適用した。具体的には、前記P9493 BslI Rプライマーの使用により、配列番号1の6236および配列番号2の17636のaがgに置換される。これにより、あそみのりDNA由来の断片は、配列番号2の17626−17636の部分の配列がCCtttccttGとなり、BslI処理により切断される。
【0136】
(3)PCRマーカーP23945 MboIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)とあそみのりコンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号2)とを比較した結果、配列番号1の20680番目の塩基がGであるのに対し、当該位置に対応する配列番号2の32079番目の塩基はAであることを見出した。
【0137】
この差異の検出には、先ず次のプライマー対:
P23945 MboI F:

(配列番号1の塩基20519−20544に相当)
(配列番号2の塩基31918−31943に相当)
および
P23945 MboI R:

(配列番号1の塩基20778−20755に相当)
(配列番号2の塩基32177−32154に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い260bpの断片を増幅する。増幅産物をMboI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はMboIの認識配列(GATC)をもち、MboI処理により切断されるのに対し、あそみのりDNAからの増幅産物はMboIの認識配列をもたず、MboI処理により切断されないため、MboI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0138】
(4)PCRマーカーP41030 TaqIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)とあそみのりコンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号2)とを比較した結果、配列番号1の45461番目の塩基がAであるのに対し、当該位置に対応する配列番号2の49164番目の塩基はGであることを見出した。
【0139】
この差異の検出には、先ず次のプライマー対:
P41030 TaqI F:

(配列番号1の塩基45369−45392に相当)
(配列番号2の塩基49072−49095に相当)
および
P41030 TaqI R:

(配列番号1の塩基45648−45625に相当)
(配列番号2の塩基49351−49328に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い280bpの断片を増幅する。増幅産物をTaqI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はTaqIの認識配列(TCGA)をもたず、TaqI処理により切断されないのに対し、あそみのりDNAからの増幅産物はTaqIの認識配列をもち、TaqI処理により切断されるため、TaqI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0140】
(5)PCRマーカーP45177 BstUIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)とあそみのりコンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号2)とを比較した結果、配列番号1の49609番目の塩基がAであるのに対し、当該位置に対応する配列番号2の53311番目の塩基はGであることを見出した。
【0141】
この差異の検出には、先ず次のプライマー対:
P45177 BstUI F:

(配列番号1の塩基49355−49378に相当)
(配列番号2の塩基53057−53080に相当)
および
P45177 BstUI R:

(配列番号1の塩基50166−50143に相当)
(配列番号2の塩基53868−53845に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い812bpの断片を増幅する。増幅産物をBstUI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はBstUIの認識配列(CGCG)を2個所もち、BstUI処理により3個の断片に切断されるのに対し、あそみのりDNAからの増幅産物はBstUIの認識配列を3個所もち、BstUI処理により4個の断片に切断されるため、BstUI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0142】
(6)PCRマーカーB60304 MspIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)と既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列とを比較した結果、配列番号1の56368番目の塩基がTであるのに対し、当該位置に対応するAC068923の塩基はCであることを見出した。
【0143】
この差異の検出は、先ず次のプライマー対:
B60304 MspI F:

(配列番号1の塩基56149−56172に相当)
および
B60304 MspI R:

(配列番号1の塩基56479−56455に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い約330bpの断片を増幅する。増幅産物をMspI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はMspIの認識配列(CCGG)をもたず、MspI処理により切断されないのに対し、日本晴DNAからの増幅産物はMspIの認識配列をもち、MspI処理により切断されるため、MspI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0144】
なお、本マーカーの開発には、dCAPS法を適用した。具体的には、B60304 MspI Rプライマーの使用により、配列番号1の56463のgがtに置換される。これにより、配列番号1の56460−56463のMspIの認識配列CCGがccgtとなり、MspIによって切断されなくなる。よって、IR24由来の断片はMspIの認識配列を一つも有さず、一方、日本晴由来のDNAは、配列番号1の56367−56370に対応する領域に1箇所MspIの認識配列を有することとなる。
【0145】
(7)PCRマーカーB59066 BsaJIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)と既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列とを比較した結果、配列番号1の57629番目の塩基がCであるのに対し、当該位置に対応するAC068923の塩基はCCであることを見出した。
【0146】
この差異の検出は、先ず次のプライマー対:
B59066 BsaJI F:

(配列番号1の塩基57563−57586に相当)
および
B59066 BsaJI R:

(配列番号1の塩基57983−57960に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い約420bpの断片を増幅する。増幅産物をBsaJI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はBsaJIの認識配列(CCNNGG)をもたず、BsaJI処理により切断されないのに対し、日本晴DNAからの増幅産物はBsaJIの認識配列をもち、BsaJI処理により切断されるため、BsaJI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0147】
(8)PCRマーカーB56691 XbaIの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)と既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列とを比較した結果、配列番号1の66267番目の塩基がGであるのに対し、当該位置に対応するAC068923の塩基はCであることを見出した。
【0148】
この差異の検出は、先ず次のプライマー対:
B56691 XbaI F:

(配列番号1の塩基66129−66152に相当)
および
B56691 XbaI R:

(配列番号1の塩基66799−66776に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い約670bpの断片を増幅する。増幅産物をXbaI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はXbaIの認識配列(TCTAGA)をもたず、XbaI処理により切断されないのに対し、日本晴DNAからの増幅産物はXbaIの認識配列をもち、XbaI処理により切断されるため、XbaI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0149】
(9)PCRマーカーB53627 BstZ17Iの開発
参考例2で明らかにしたIR24コンティグに対応するゲノム塩基配列(配列番号1)と既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列とを比較した結果、配列番号1の69331番目の塩基がTであるのに対し、当該位置に対応するAC068923の塩基はCであることを見出した。
【0150】
この差異の検出は、先ず次のプライマー対:
B53627 BstZ17I F:

(配列番号1の塩基68965−68988に相当)
および
B53627 BstZ17I R:

(配列番号1の塩基69582−69559に相当)
を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い約620bpの断片を増幅する。
増幅産物をBstZ17I処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、IR24DNAからの増幅産物はBstZ17Iの認識配列(GTATAC)をもち、XbaI処理により切断されるのに対し、日本晴DNAからの増幅産物はBstZ17Iの認識配列をもたず、BstZ17I処理により切断されないため、BstZ17I処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0151】
(10)PCRマーカーB40936 MseIの開発
以下の(10)−(12)のPCRマーカーの開発はいずれも、配列番号1の3’末端76363よりもさらに下流(3’末端)側に相当する塩基配列についての研究に関する。
【0152】
既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列に対して、次のプライマー対:

および

を設計した。このプライマー対を用いて、MS−FRコシヒカリ(Rf−1座の遺伝子型はRf−1 Rf−1)およびコシヒカリの全DNAをテンプレートに、定法に従いPCRを行った。得られた約1300bpの増幅産物を、アガロースゲルでの電気泳動後、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。精製したDNAの塩基配列を、DNAシーケンサー377(ABI社)により解析した結果、数個所において多型を見出すことができた。
【0153】
そのひとつは、次のプライマー対:
B40936 MseI F:

および
B40936 MseI R:

を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い、増幅産物をMseI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、MS−FRコシヒカリ(Rf−1 Rf−1)DNAからの増幅産物はMseIの認識配列(TTAA)をもち、MseI処理により切断されるのに対し、コシヒカリDNAからの増幅産物はMseIの認識配列をもたず、MseI処理により切断されないため、MseI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0154】
なお、本マーカーの開発には、dCAPS法を適用した。
【0155】
(11)PCRマーカーB19839 MwoIの開発
既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列に対して、次のプライマー対:

および

を設計した。このプライマー対を用いて、MS−FRコシヒカリ(Rf−1 Rf−1)およびコシヒカリの全DNAをテンプレートに、定法に従いPCRを行った。得られた約1200bpの増幅産物を、アガロースゲルでの電気泳動後、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。精製したDNAの塩基配列を、DNAシーケンサー377(ABI社)により解析した結果、数個所において多型を見出すことができた。
【0156】
そのひとつは、次のプライマー対:
B19839 MwoI F:

および
B19839 MwoI R:

を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い、増幅産物をMwoI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、MS−FRコシヒカリ(Rf−1 Rf−1)DNAからの増幅産物はMwoIの認識配列(GCNNNNNNNGC)をもたず、MwoI処理により切断されないのに対し、コシヒカリDNAからの増幅産物はMwoIの認識配列をもち、MwoI処理により切断されるため、MwoI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
【0157】
なお、本マーカーの開発には、dCAPS法を適用した。
【0158】
(12)PCRマーカーB2387 BfaIの開発
既述のBACクローン(アクセッション番号AC068923)の塩基配列に対して、次のプライマー対:

および

を設計した。このプライマー対を用いて、MS−FRコシヒカリ(Rf−1 Rf−1)およびコシヒカリの全DNAをテンプレートに、定法に従いPCRを行った。得られた約1300bpの増幅産物を、アガロースゲルでの電気泳動後、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。精製したDNAの塩基配列を、DNAシーケンサー377(ABI社)により解析した結果、数個所において多型を見出すことができた。
【0159】
そのひとつは、次のプライマー対:
B2387 BfaI F:

および
B2387 BfaI R:

を用いて当該部位周辺のPCR増幅を行い、増幅産物をBfaI処理後、アガロースゲルで電気泳動することにより、可視化することができる。すなわち、MS−FRコシヒカリ(Rf−1 Rf−1)DNAからの増幅産物はBfaIの認識配列(CTAG)をもたず、BfaI列理により切断されないのに対し、コシヒカリDNAからの増幅産物はBfaIの認識配列をもち、BfaI処理により切断されるため、BfaI処理後のDNA鎖長が異なり、アガロースゲル中の移動度の差異として検出することができる。
(13)分離分析
参考例1で得られた、Rf−1座とS12564 Tsp509I座との間での組換え個体2個体(RS1およびRS2)およびRf−1座とC1361 MwoI座との間での組換え個体8個体(RC1からRC8)について、上記(1)ないし(12)で開発した12個のDNAマーカー座の遺伝子型を調査した。結果を、各個体のS12564 Tsp509I座およびC1361 MwoI座の遺伝子型とともに表1に示した。
【0160】
【表1】

表1は、いずれの個体もP9493 BslIないし59066 BsaJIの間については、インディカ型品種由来のRf−1染色体領域を有することを示す。この結果から、図3で示したような染色体構成をもつ組換え型花粉において、花粉の受精能力があること、すなわち、Rf−1遺伝子が機能していることが示された。これは、これらの組換え型花粉が共有するインディカ型領域、すなわち、最大限に見積もってもP4497 MboI座からB56691 XbaI座までの領域(約65kb)に、Rf−1遺伝子の機能の有無を決定する配列が含まれることを意味する。
【0161】
参考例4 XSG16由来の15.7kb断片に関する相補性試験
(1)
(材料および方法)
λファージクローンXSG16(図1および5)をNotIで部分消化し、アガロースゲルによる電気泳動を行った。分離された15.7kbの断片(配列番号1の塩基38538−54123を含む)を、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。
【0162】
一方、pSB11(Komariら、上述)を基に、ハイグロマイシン耐性遺伝子カセットを持つ中間ベクターpSB200を作成した。具体的には、先ず、ユビキチンプロモーターとユビキチンイントロン(Pubi−ubiI)に、ノパリン合成酵素のターミネーター(Tnos)を接続した。これより得られたPubi−ubiI−Tnos接続体のubiI−Tnos間に、ハイグロマイシン体制遺伝子(HYG(R))を挿入することにより、Pubi−ubiI−HYG(R)−Tnosからなる接続体を得た。この接続体を、pSB11のHindIII/EcoRI断片に接続することにより、pKY205を得た。このpKY205のPubi上流に存在するHindIII部位にNotI、NspV、EcoRV、KpnI、SacI、EcoRIの制限酵素部位を追加するためのリンカー部位を挿入することにより、ハイグロマイシン耐性遺伝子カセットを有するpSB200を得た。
【0163】
上記プラスミドベクターpSB200をNotIで完全消化後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。回収したDNAをTE溶液に溶解後、CIAP(TAKARA社)により脱リン酸化した。反応液をアガロースゲルによる電気泳動にかけた後、QIAEXII(QIAGEN社)を用いてゲルからベクター断片を精製した。
【0164】
上記により準備した、XSG16由来の15.7kb断片とベクター断片の二つの断片を供試して、DNA Ligation Kit Ver.1(TAKARA社)を用いてライゲーション反応を行った。反応後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。回収したDNAを純水(Millipore社製装置により作成)に溶解後、大腸菌DH5αと混合し、エレクトロポレーションに供試した。エレクトロポレーション後の溶液を、LB培地で振盪培養(37℃、1時間)した後、スペクチノマイシンを含むLBプレートに広げ、加温(37℃、16時間)した。生じたコロニーからプラスミドを単離した。その制限酵素断片長パターンおよび境界部塩基配列を調査することにより、組換えプラスミドにより形質転換された所望の大腸菌を選抜した。
【0165】
上記により選抜した大腸菌を、Agrobacterium tumefaciens菌株LBA4404/pSB1(Komari et al,1996)およびヘルパー大腸菌HB101/pRK2013(Ditta et al,1980)とともに供試して、Ditta et al(1980)の方法に従い、三菌系交雑(triparential mating)を行った。スペクチノマイシンを含むABプレートに生じたコロニーのなかの6個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンを調査することにより、所望のアグロバクテリウムを選抜した。
【0166】
上記により選抜したアグロバクテリウムを用いて、Hiei et al(1994)の方法に準拠し、MSコシヒカリ(BT細胞質を持ち、核遺伝子はコシヒカリとほぼ同一)の形質転換を行った。形質転換に必要なMSコシヒカリの未熟種子は、MSコシヒカリにコシヒカリの花粉をかけることにより作成した。
【0167】
形質転換植物は、馴化後、長日条件の温室に移した。移植適期まで育成した後、48個体の植物を、1/5000アールのワグネルポットに移植し(4個体/ポット)、移植3〜4週間後に短日条件の温室に移した。出穂約1か月後に、種子稔性を立毛調査した。
【0168】
(結果および考察)
形質転換植物47個体のうち、少なくとも37個体は、明らかに稔性を回復していた(図6)。このことから、導入した15.7kb断片のなかのイネ(IR24)に由来する部分である15586塩基(配列番号1の塩基38538−54123)が、完全長のRf−1遺伝子を包含していると考えられた。
【0169】
(2)XSG16内部の11.4kb断片に関する相補性試験
(材料および方法)
λファージクローンXSG16をAlwNIおよびBsiWIで完全消化後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。回収したDNAをTE溶液に溶解後、DNA Blunting Kit(TAKARA社)により平滑化した。反応液をアガロースゲルによる電気泳動にかけ、分離された11.4kbの断片を、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。
【0170】
プラスミドベクターpSB11(Komari et al.Plant Journal,1996)をSmaIで完全消化後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。回収したDNAをTE溶液に溶解後、CIAP(TAKARA社)により脱リン酸化した。反応液をアガロースゲルによる電気泳動にかけた後、QIAEXII(QIAGEN社)を用いてゲルからベクター断片を精製した。
【0171】
上記により準備したふたつの断片を供試して、DNA Ligation Kit Ver.1(TAKARA社)を用いてライゲーション反応を行った。反応後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。回収したDNAを純水(Millipore社製装置により作成)に溶解後、大腸菌DH5αと混合し、エレクトロポレーションに供試した。エレクトロポレーション後の溶液を、LB培地で振とう培養(37℃、1時間)した後、スペクチノマイシンを含むLBプレートに広げ、加温(37℃、16時間)した。生じたコロニーのなかの14個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンおよび境界部塩基配列を調査することにより、所望の大腸菌を選抜した。
【0172】
上記により選抜した大腸菌を、Agrobacterium tumefaciens菌株LBA4404/pSB4U(高倉ら、特願2001−269982(WO02/019803 A1))およびヘルパー大腸菌HB101/pRK2013(Ditta et al,1980)とともに供試して、Ditta et al(1980)の方法に従い、三菌系交雑(triparential mating)を行った。スペクチノマイシンを含むABプレートに生じたコロニーのなかの12個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンを調査することにより、所望のアグロバクテリウムを選抜した。
【0173】
上記により選抜したアグロバクテリウムを用いて、Hiei et al(1994)の方法に準拠し、MSコシヒカリ(BT細胞質を持ち、核遺伝子はコシヒカリとほぼ同一)の形質転換を行った。形質転換に必要なMSコシヒカリの未熟種子は、MSコシヒカリにコシヒカリの花粉をかけることにより作成した。
【0174】
形質転換植物は、馴化後、長日条件の温室に移した。移植適期まで育成した後、120個体の植物を、1/5000アールのワグネルポットに移植し(4個体/ポット)、移植約1か月後に短日条件の温室に移した。出穂約1か月後に、各個体から標準的な穂を1穂サンプリングし、種子稔性(総もみ数に対する稔実もみの割合)を調査した。
【0175】
(結果および考察)
形質転換植物120個体のうち、59個体が10%以上の種子稔性を示し、そのうち19個体は70%以上の種子稔性を示した。このことから、導入した11.4kb断片(配列番号1の42357番目の塩基から53743番目の塩基まで)が、稔性回復の機能を発現するうえで必須のRf−1遺伝子領域を包含していると考えられた。
【0176】
(3)XSG16内部の6.8kb断片に関する相補性試験
(材料および方法)
λファージクローンXSG16をHpaIおよびAlwNIで完全消化し、アガロースゲルによる電気泳動を行った。分離された6.8kbの断片を、QIAEXII(QIAGEN社)を用いて精製した。プラスミドベクターpSB11の調整を含め、以後の過程は上記(2)に記載の方法に準拠した。
【0177】
(結果および考察)
形質転換植物120個体のうち、67個体が10%以上の種子稔性を示し、そのうち26個体は70%以上の種子稔性を示した。このことから、導入した6.8kb断片(配列番号1の42132番目の塩基から48883番目の塩基まで)が、稔性回復の機能を発現するうえで必須のRf−1遺伝子領域を包含していると考えられた。
【0178】
図1及び図5に示したあそみのり由来の他の断片、即ち、XSE1,XSE7、XSF4、XSF4、XSF18、XSF20、XSG22、XSG8、XSH18及びXSX1についても同様に相補性実験を行ったが、いずれも稔性回復機能を有しなかった。
【0179】
参考例5 cDNAライブラリーの作成
先ず、戻し交雑によりコシヒカリにRf−1を導入した系統IL216(遺伝子型はRf−1/Rf−1)を作成した。前記IL216を慣行法で温室栽培し、葉耳間長が−5〜5cmの生育段階で幼穂をサンプリングした。SDS−フェノール法(Watanabe,A.and Price,C.A.(1982)Translation of mRNAs for subunits of chloroplast coupling factor 1 in spinach.Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A.,79,6304−6308)で全RNAを抽出した後、QuickPrep mRNA Purification Kit(Amersham Pharmacia Biotech)によりpoly(A)RNAを精製した。
【0180】
次いで、精製したpoly(A)RNAを供試して、ZAP−cDNA Synthesis Kit(Stratagene)によりcDNAライブラリーを作成した。作成したライブラリー(1ml)のタイターは16000000pfu/mlと算出され、十分な大きさであると判断された。
【0181】
参考例6 cDNAライブラリーのスクリーニング
(1)スクリーニング用プライマーの作成
以下の2種類のプライマー、
センスプライマー

アンチセンスプライマー

を用いて、IR24のゲノミッククローンXSG16をテンプレートにPCRを行った。配列番号50及び51は各々、配列番号1の塩基43733−43756及び44038−44015に相当する。
【0182】
電気泳動後、約300bpの増幅産物をQIAEX II Gel Extraction Kit(QIAGEN)によりアガロースゲルから回収した。回収した断片を、Rediprime II DNA labelling system(Amersham Pharmacia Biotech)を用いて32P−ラベルした(以下、「プローブP」と呼称する)。
【0183】
また、以下の2種類のプライマー、
センスプライマー

アンチセンスプライマー

を用いて、IR24のゲノミッククローンXSG16をテンプレートにPCRを行った。配列番号52及び53は各々、配列番号1の塩基48306−48329及び50226−50203に相当する。電気泳動後、約1900bpの増幅産物を上述の方法によりアガロースゲルから回収した。回収した断片を、上述の方法で32P−ラベルした(以下、「プローブQ」と呼称する)。
【0184】
(2)cDNAライブラリーのスクリーニング
参考例5で作成したcDNAライブラリーを供試して、約15000プラークが出現した寒天培地を70枚作成した。各寒天培地について2回ずつプラークリフトを行い、Hybond−N(Amersham Pharmacia Biotech)に転写した。一方のメンブレンをプローブPとのハイブリダイゼーションに、もう一方のメンブレンをプローブQとのハイブリダイゼーションに用いた。一連の作業は、製造者の手引書に従って行った。
【0185】
ハイブリダイゼーションは、250mM NaHPO、1mM EDTAおよび7% SDSを含むハイブリダイゼーション溶液にプローブを添加し、65℃で16時間行った。洗浄は、1×SSCおよび0.1% SDSを含む溶液により65℃、15分で2回行った後、0.1×SSCおよび0.1% SDSを含む溶液により65℃、15分で2回行った。洗浄後のメンブレンをFUJIX BAS1000(Fuji Photo Films)で解析した。
【0186】
その結果、プローブPおよびプローブQのどちらでも陽性を示すプラークが8個見出された。そこで、それらプラークを単離し、製造者(Stratagene)の手引書に従いpBluescriptにサブクローニングした後、末端塩基配列を調査した。8個のクローンのうち、6個のクローンの末端塩基配列がXSG16の配列と一致した。それら6クローンの全塩基配列を決定し、結果を、配列表の配列番号43−74に示した。
【0187】
配列番号43−74のいずれの配列も、配列番号49のアミノ酸配列1−791を持つタンパク質をコードすると推定される。具体的には、各々配列番号43の塩基215−2587、配列番号44の塩基213−2585、配列番号45の塩基218−2590、配列番号46の塩基208−2580、配列番号47の塩基149−2521及び配列番号48の塩基225−2597が、いずれも配列番号49のアミノ酸配列1−791をコードする。なお上記塩基配列は、配列番号1の塩基43907−46279に対応する。
【0188】
配列番号49のアミノ酸配列を、トウモロコシの稔性回復遺伝子(Rf2)の推定アミノ酸配列(Cui et al.,1996)と比較したところ、N末端の7アミノ酸残基(Met−Ala−Arg−Arg−Ala−Ala−Ser)が一致した。これら7アミノ酸残基はミトコンドリアへの標的化シグナルの一部と考えられている(Liu et al.,2001)。これらのことから、今回単離したcDNAはRf−1遺伝子のコーディング領域を完全に包含すると考えられる。イネRf−1とトウモロコシRf2とのアミノ酸レベルでの相同性は、前述の領域を除いては見られない。遺伝子産物がミトコンドリアに移行してからの稔性回復機構は、両者で異なるものと推測される。
【0189】
また、今回単離したcDNAの配列をIR24のゲノム配列(配列番号1)と比較することにより、エキソンとイントロンの構造が明らかになった(図7)。その結果、植物体内において、スプライシング様式およびポリA付加位置を異にする種々の転写産物が混在していることが示された。
【0190】
参考例7 相補性試験
参考例4(3)において、稔性回復能を持つことが証明されたIR24由来の6.8kbゲノム断片を含むプラスミド中の、Rf−1遺伝子のプロモーター領域と予想翻訳領域とを包含する4.2kb断片を用いて、相補性実験を行った。
【0191】
先ず、上記参考例4(3)のプラスミドをEcoRIで処理し、アガロースゲルによる電気泳動を行った。Rf−1のプロモーター領域と予想翻訳領域とを包含する4.2kb断片(配列番号1の塩基42132−46318に相当する)を分離し、QIAEXII(QIAGEN)を用いてゲルから回収した。この4.2kb断片を、EcoRI処理後CIAP(TAKARA)処理したpBluescriptII SK(−)とともに供試して、DNA Ligation Kit Ver.1(TAKARA社)を用いてライゲーション反応を行った。反応後、エタノール沈殿によりDNAを回収した。
【0192】
回収したDNAを純水(Millipore社製装置により作成)に溶解後、大腸菌DH5αと混合し、エレクトロポレーションに供試した。エレクトロポレーション後の溶液を、LB培地で振とう培養(37℃、1時間)した後、アンピシリンを含むLBプレートに広げ、加温(37℃、16時間)した。生じたコロニーのなかの12個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンおよび境界部塩基配列を調査することにより、所望の大腸菌を選抜した。つぎに、選抜した大腸菌から単離したプラスミドを、BamHIおよびSalIで処理後、アガロースゲルによる電気泳動を行い、Rf−1のプロモーター領域と予想翻訳領域とを包含する4.2kb断片を分離し、QIAEXII(QIAGEN)を用いてゲルから回収した。
【0193】
一方、TnosJH0072(nosターミネーターおよびアンピシリン耐性遺伝子カセットを持つ中間ベクター)をBamHIおよびSalIで処理後、アガロースゲルによる電気泳動を行った。nosターミネーターおよびアンピシリン耐性遺伝子カセットとを包含する3.0kb断片を分離し、QIAEXII(QIAGEN)を用いてゲルから回収した。
【0194】
Rf−1のプロモーター領域と予想翻訳領域とを包含する4.2kb断片及びTnosJH0072由来の断片を、前述の方法でライゲーション反応およびポレーションを行った。アンピシリンを含むLBプレートに広げ、加温(37℃、16時間)後、生じたコロニーのなかの12個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンおよび境界部塩基配列を調査することにより、所望の大腸菌を選抜した。
【0195】
さらに、上述のとおり選抜した大腸菌から単離したプラスミドを、SgfIで処理後、アガロースゲルによる電気泳動を行い、Rf−1のプロモーター領域と予想翻訳領域とを包含する4.2kb断片を分離し、QIAEXII(QIAGEN)を用いてゲルから回収した。この4.2kb断片を、PacI処理後CIAP(TAKARA)処理したpSB200Pac(ハイグロマイシン耐性遺伝子カセットを持つ中間ベクター)とともに供試して、前述の方法でライゲーション反応およびポレーションを行った。スペクチノマイシンを含むLBプレートに広げ、加温(37℃、16時間)後、生じたコロニーのなかの16個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンおよび境界部塩基配列を調査することにより、所望の大腸菌を選抜した。
【0196】
以上の工程により、Rf−1のプロモーター領域とRf−1の予想翻訳領域を含む断片にnosターミネーターが接続されたキメラ遺伝子が、中間ベクター内に挿入された大腸菌が得られた。この大腸菌を、Agrobacterium tumefaciens菌株LB4404/pSB1(Komari et al,1996)およびヘルパー大腸菌HB101/pRK2013(Ditta et al,1980)とともに供試して、Ditta et al(1980)の方法に従いtriparential matingを行った。スペクチノマイシンを含むABプレートに生じたコロニーのなかの6個について、プラスミドを単離し、制限酵素断片長パターンを調査することにより、所望のアグロバクテリウムを選抜した。
【0197】
上記により選抜したアグロバクテリウムを用いて、Hiei et al(1994)の方法に準拠し、MSコシヒカリ(BT細胞質を持ち、核遺伝子はコシヒカリとほぼ同一)の形質転換を行った。形質転換に必要なMSコシヒカリの未熟種子は、MSコシヒカリにコシヒカリの花粉をかけることにより作成した。
【0198】
形質転換植物は、馴化後、長日条件の温室に移した。移植適期まで育成した後、32個体の植物を、1/5000アールのワグネルポットに移植し(4個体/ポット)、移植3〜4週間後に短日条件の温室に移した。出穂約1か月後に、種子稔性を立毛調査した。その結果、32個体のうち28個体は、稔性を回復していることがわかった。
【0199】
以上の結果から、予想翻訳領域を発現させることによりRf−1遺伝子の機能を付与できることが、実験的に証明された。
【0200】
参考例8 cDNA単離
参考例6では、プローブPおよびプローブQによりIR24幼穂由来cDNAライブラリーをスクリーニングし、どちらのプローブでも陽性を示すプラークを単離・解析することにより、6個のcDNAを単離した。本参考例では、プローブPおよび下記のプローブRにより同様のスクリーニングを行うことにより、さらに6個のcDNAを単離した。詳細は、以下のとおりである。
まず、2種類のプライマー、
センスプライマー

アンチセンスプライマー

を用いて、IR24のゲノミッククローンXSG16をテンプレートにPCRを行った。配列番号60および61は各々、配列番号1の塩基45522−45545及び45955−45932に相当する。
【0201】
電気泳動後、約430bpの増幅産物をQIAEX II(QIAGEN)によりアガロースゲルから回収した。回収した断片を、Rediprime II DNA labelling system(Amersham Pharmacia Biotech)を用いて32P−ラベルした(プローブR、図8)。
【0202】
IR24幼穂由来cDNAライブラリーを供試して、約15000プラークが出現した寒天培地を20枚作成した。各寒天培地について2回ずつプラークリフトを行い、Hybond−N(Amersham Pharmacia Biotech)に転写した。一方のメンブレンを参考例6のプローブPとのハイブリダイゼーションに、もう一方のメンブレンをプローブRとのハイブリダイゼーションに用いた。一連の作業は、製造者の手引書に従って行った。その結果、プローブPおよびプローブRのどちらでも陽性を示すプラークが12個見出された。
【0203】
そこで、それらプラークを単離し、製造者(Stratagene)の手引書に従いpBluescriptにサブクローニングした後、末端塩基配列を調査した。12個のクローンのうち、6個のクローンの末端塩基配列がXSG16の配列と一致したため、それら6クローンの全塩基配列を決定した(#7−#12)。その結果を配列番号54−85に示す。
【0204】
配列番号54−85のいずれの配列も、配列番号49のアミノ酸配列1−791を持つタンパク質をコードすると推定される。具体的には、各々配列番号54の塩基229−2601、配列番号55の塩基175−2547、配列番号56の塩基227−2599、配列番号57の塩基220−2592、配列番号58の塩基174−2546及び配列番号59の塩基90−2462が、いずれも配列番号49のアミノ酸配列1−791をコードする。なお上記塩基配列は、配列番号1の塩基43907−46279に対応する。
【0205】
今回単離したcDNAの配列をIR24のゲノム配列(配列番号1)と比較することにより、エキソンとイントロンの構造が明らかになった(図8)。今回単離したcDNAのなかには、予想翻訳領域とは関係のないエキソンを含まず、単一エキソンからなるものも3個存在した(#10−#12、配列番号57−59)。
【0206】
実施例1 単一コピー導入形質転換体の選抜
(材料および方法)
本発明者らは、参考例4(1)において、IR24のゲノミッククローンXSG16に由来する15.6kb断片をMSコシヒカリ(BT細胞質を持ち、核遺伝子はコシヒカリとほぼ同一)に導入することにより、形質転換当代(T世代)で種子稔性が回復することを見出した。
【0207】
稔性が回復した形質転換植物(T世代)のなかから12個体を選び、緑葉からSDS−フェノール法(Komari et al.,1989)により全DNAを抽出した。全DNAをSacIで消化し、アガロース電気泳動にかけた後、製造者の手引書に従いHybond−N(Amersham Pharmacia Biotech)に転写し、サザン解析に供試した。
【0208】
サザン解析のためのプローブは、以下のようにして作成した。まず、2種類のプライマー、

(配列番号1の塩基49244−49267に相当)
および

(配列番号1の塩基50226−50203に相当)
を用いて、上述のゲノミッククローンXSG16をテンプレートにPCRを行った。電気泳動後、約980bpの増幅産物をQIAEX II Gel Extraction Kit(QIAGEN)によりアガロースゲルから回収した。回収した断片を、Rediprime II DNA labelling system(Amersham Pharmacia Biotech)を用いて32P−ラベルした。
【0209】
ハイブリダイゼーションは、250mM NaHPO、1mM EDTAおよび7%SDSを含むハイブリダイゼーション溶液にプローブを添加し、65℃で16時間行った。洗浄は、1×SSCおよび0.1%SDSを含む溶液により65℃・15分で2回行った後、0.1×SSCおよび0.1%SDSを含む溶液により65℃・15分で2回行った。洗浄後のメンブレンをFUJIX BAS1000(Fuji Photo Films)で解析した。その他の実験手法は、実験手引書(Sambrookら,2001、上述)を参考にして行った。
【0210】
SacI消化の結果から、単一コピーであることが示された個体の一部については、EcoRV消化後、上述と同様にサザン解析を行った。
【0211】
(結果および考察)
12個体についてのSacI消化サザン解析の結果、内生のrf−1遺伝子に対応する約12kbのバンドに加え、種々のサイズのバンドが観察された。各個体のバンドの数は、その個体の導入コピー数を反映していると考えられるので、約12kbのバンド以外のバンドが1本だけ観察された7個体を、単一コピー導入個体候補とした。
【0212】
それら単一コピー導入個体候補のなかから6個体を選抜し、EcoRV消化サザン解析を行った。その結果、いずれの個体についても、内生のRf−1遺伝子に対応する約15kbのバンドに加え、1本のバンドが観察された。以上の結果から、これら6個体は単一コピー導入個体であることが示された。
【0213】
実施例2 導入遺伝子ホモ型個体の選抜
(材料および方法)
実施例1で単一コピー導入個体であることが示された6個体のなかの4個体(16T0−6、16T0−26、16T0−34、16T0−35)の自殖次代を6個体ずつ栽培し、実施例1に記載した方法で全DNAを抽出し、EcoRV消化サザン解析を行った。
【0214】
(結果および考察)
内生のrf−1遺伝子に対応する約15kbのバンドと導入遺伝子に対応するバンドの強度を、各系統内で比較することにより、各系統から導入遺伝子ホモ型個体を1個体ずつ選抜した(16T1−6、16T1−26、16T1−34、16T1−35)。これら4個体の花粉稔性をヨウ素ヨウ化カリウム染色で調査したところ、いずれも100%に近いことがわかり、サザン解析の結果から推定した導入遺伝子座の遺伝子型が正しいことが示された。
【0215】
実施例3 導入遺伝子の染色体部位の同定
(1)16T0−6における導入部位の同定
(材料および方法)
実施例1で用いた16T0−6のDNAをPstIで完全消化した後、LA PCR in vitro Cloning Kit(TAKARA)を用いて製造者の手引書に従って導入部位の増幅を行った。1回目のPCRには、特異的プライマーとして
Nos F1:

を用いた。PCR条件は、94℃で2分間処理した後、94℃で1分間の熱変性、58℃で1分間のアニーリング、72℃で2分間の伸長反応からなるサイクルを30回繰り返し、最後に72℃で2分間処理した。
【0216】
2回目のPCRは、1回目のPCR反応溶液の200倍希釈液1μlをテンプレートにし、特異的プライマーとして
Nos F2:

を用いた。PCR条件は、1回目と同様とした。2回目のPCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけ、増幅された断片を、QIAEX II Gel Extraction Kit(QIAGEN)によりアガロースゲルから回収し、塩基配列を解析した。
【0217】
(結果および考察)
2回目のPCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけ、約500bpの断片を回収した。回収した断片の末端塩基配列を明らかにし、Genbank公開データベースに対してBLAST検索(Altschul et al., 1990)を行った。その結果、日本晴の第6染色体のゲノムクローン(アクセッション番号AP004007)の相補鎖配列と一致することがわかった。
【0218】
そこで、AP004007の相補鎖配列に対して図9に示す位置に、
No6 F:

および
No6 R:

の2個のプライマーを設計した。これらプライマーを用いて、コシヒカリおよび実施例2に記載した16T1−6(導入遺伝子ホモ型個体)の全DNAをテンプレートとして、PCRを行った。PCR条件は、94℃で2分間処理した後、94℃で30秒間の熱変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で30秒間の伸長反応からなるサイクルを35回繰り返し、最後に72℃で2分間処理した。PCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけたところ、コシヒカリDNAからは期待された大きさ(210bp)の断片が増幅されたことが示された。一方、16T1−6からは、期待通り当該産物は増幅されなかった。
【0219】
さらに、NosF2とNo6Rとのプライマー組み合わせで、コシヒカリおよび16T1−6の全DNAをテンプレートとして、上記条件でPCRを行った。その結果、16T1−6からは期待された大きさ(234bp)の断片が増幅された。一方、コシヒカリからは、期待通り当該産物は増幅されなかった。
【0220】
以上の結果から、16T0−6における導入遺伝子挿入部位は、第6染色体のAP004007に対応する部位であることが示された。
【0221】
(2)16T0−26における導入部位の同定
(材料および方法)
実施例1で用いた16T0−26のDNAをPstIで完全消化した後、上記(1)に記載した方法で導入部位を増幅し、塩基配列を解析した。ただし、PCRのバッファーには、TaKaRa LA Taq(TAKARA)添付のGC Buffer(I)を用いた。
【0222】
(結果および考察)
2回目のPCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけ、約1700bpの断片を回収した。回収した断片の末端塩基配列を明らかにし、Genbank公開データベースに対してBLAST検索(Altschul et al.,1990)を行った。その結果、日本晴の第10染色体のゲノムクローン(アクセッション番号AC026758)の配列と一致することがわかった。
【0223】
そこで、AC026758の配列に対して図9に示す位置に、
No26 F:

および
No26 R:

の2個のプライマーを設計した。これらプライマーを用いて、コシヒカリおよび実施例2に記載した16T1−26(導入遺伝子ホモ型個体)の全DNAをテンプレートとして、PCRを行った。PCR条件は、94℃2分間処理した後、94℃で30秒間の熱変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で30秒間の伸長反応からなるサイクルを35回繰り返し、最後に72℃で2分間処理した。PCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけたところ、コシヒカリDNAからは期待された大きさ(246bp)の断片が増幅されたことが示された。一方、16T1−26からは、期待通り当該産物は増幅されなかった。
【0224】
さらに、Nos F2とNo26 Rとのプライマー組み合わせで、コシヒカリおよび16T1−26の全DNAをテンプレートとして、上記条件でPCRを行った。その結果、16T1−26からは期待された大きさ(352bp)の断片が増幅された。一方、コシヒカリからは、期待通り当該産物は増幅されなかった。
【0225】
以上の結果から、16T0−26における導入遺伝子挿入部位は、第10染色体のAC026758に対応する部位であることが示された。
【0226】
(3)16T0−34における導入部位の同定
(材料および方法)
実施例1で用いた16T0−34のDNAをBamHIで完全消化した後、上記(1)に記載した方法で導入部位を増幅し、塩基配列を解析した。
(結果および考察)
2回目のPCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけ、約1700bpの断片を回収した。回収した断片の末端塩基配列を明らかにし、Genbank公開データベースに対してBLAST検索(Altschul et al.,1990)を行った。その結果、2002年9月9日時点では、当該配列を持つクローンは見出されなかった。
【0227】
(4)16T0−35における導入部位の同定
(材料および方法)
実施例1で用いた16T0−35のDNAをPstIで完全消化した後、上記(1)に記載した方法で導入部位を増幅し、塩基配列を解析した。
【0228】
(結果および考察)
2回目のPCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけ、約500bpの断片を回収した。回収した断片の末端塩基配列を明らかにし、Genbank公開データベースに対してBLAST検索(Altschul et al.,1990)を行った。その結果、日本晴の第7染色体のゲノムクローン(アクセッション番号AP004009)の配列と一致することがわかった。
【0229】
そこで、AP004009の配列に対して図9に示す位置に、
No35 F:

および
No35 R:

の2個のプライマーを設計した。これらプライマーを用いて、コシヒカリおよび実施例2に記載した16T1−35(導入遺伝子ホモ型個体)の全DNAをテンプレートとして、PCRを行った。PCR条件は、94℃で2分間処理した後、94℃で30秒間の熱変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で30秒間の伸長反応からなるサイクルを35回繰り返し、最後に72℃で2分間処理した。PCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけたところ、コシヒカリDNAからは期待された大きさ(235bp)の断片が増幅されたことが示された。一方、16T1−35からは、期待通り当該産物は増幅されなかった。
【0230】
さらに、Nos F2とNo35 Rとのプライマー組み合わせで、コシヒカリおよび16T1−35の全DNAをテンプレートとして、上記条件でPCRを行った。その結果、16T1−35からは期待された大きさ(177bp)の断片が増幅された。一方、コシヒカリからは、期待通り当該産物は増幅されなかった。
【0231】
以上の結果から、16T0−35における導入遺伝子挿入部位は、第7染色体のAP004009に対応する部位であることが示された。
【0232】
実施例4 Rf−1集積系統のヨウ素ヨウ化カリウム染色による花粉稔性調査
(材料および方法)
下記の植物材料を供試した。
【0233】
1)MSコシヒカリ
2)コシヒカリ
3)FRコシヒカリ(連続戻し交雑によりコシヒカリにRf−1遺伝子を導入した系統)
4)MSコシヒカリ×FRコシヒカリ
5)16T1−6、16T1−26、16T1−34、16T1−35の自殖次代(16T2−6、16T2−26、16T2−34、16T2−35)
6)MSコシヒカリ×16T1−6、MSコシヒカリ×16T1−26、MSコシヒカリ×16T1−34、MSコシヒカリ×16T1−35
7)FRコシヒカリ×16T1−6、FRコシヒカリ×16T1−26、FRコシヒカリ×16T1−34、FRコシヒカリ×16T1−35
8)3座Rf−1ヘテロ個体
9)4座Rf−1ヘテロ個体
8)及び9)の3座Rf−1ヘテロ個体および4座Rf−1ヘテロ個体は、以下のように作出した。3座Rf−1ヘテロ個体を作出するために、(FRコシヒカリ×16T1−6)×(FRコシヒカリ×16T1−35)の交配で得られた植物39個体からDNAを調整し、各個体のRf−1座遺伝子型、16T1−6の導入遺伝子座遺伝子型(第6染色体)、および、16T1−35の導入遺伝子座遺伝子型(第7染色体)を、下記のとおりDNAマーカーにより推定した。Rf−1座については、Komori et al.,2002に従い、S12564 Tsp509I座およびC1361 MwoI座の遺伝子型から推定した。16T1−6の導入遺伝子座については、実施例3に記載したNos F2およびNo6 Rを用いたPCRを行い、234bpの断片が増幅された場合に、同座の遺伝子型がヘテロであるとみなした。同様に、実施例3に記載したNos F2およびNo35 Rを用いたPCRを行い、177bpの断片が増幅された場合に、16T1−35の導入遺伝子座の遺伝子型がヘテロであるとみなした。マーカー検定の結果、本交配で得られた集団のなかの3個体が、Rf−1座、16T1−6の導入遺伝子座、および、16T1−35の導入遺伝子座すべてについてヘテロであると推定された。
【0234】
また、4座Rf−1ヘテロ個体を作出するために、(16T1−34×16T1−6)×(FRコシヒカリ×16T1−35)の交配で得られた植物62個体について、Rf−1座遺伝子型、16T1−6の導入遺伝子座遺伝子型、16T1−35の導入遺伝子座遺伝子型、および、16T1−34の導入遺伝子座遺伝子型を推定した。16T1−34の導入遺伝子座については、実施例3に記載したNos F2および
No34 R:

を用いてPCRを行った。PCR条件は、94℃で2分間処理した後、94℃で30秒間の熱変性、58℃で30秒間のアニーリング、72℃で30秒間の伸長反応からなるサイクルを35回繰り返し、最後に72℃で2分間処理した。PCR反応液をアガロースゲル電気泳動にかけ、245bpの断片が増幅された場合に、同座の遺伝子型がヘテロであるとみなした。マーカー検定の結果、本交配で得られた集団のなかの5個体が、Rf−1座、16T1−6の導入遺伝子座、16T1−35の導入遺伝子座、および、16T1−34の導入遺伝子座すべてについてヘテロであると推定された。
【0235】
1)ないし9)の各品種・系統の2個体から、出穂後の未開花穎花を1個体あたり4穎花サンプリングした。各穎花から葯を取り出し、ヨウ素ヨウ化カリウム液中で軽く粉砕した後に顕微鏡観察した。ヨウ素デンプン反応により濃青色を呈する花粉を稔実花粉、それ以外の花粉を不稔花粉とみなした。各穎花について、200花粉以上を調査した。
【0236】
(結果および考察)
穎花ごとの花粉稔性を算出し、各品種・系統について8穎花の花粉稔性の平均値および標準偏差を求めた結果を表2に示す。
【0237】
【表2】

1)MSコシヒカリ、2)コシヒカリ、3)FRコシヒカリ、および、4)MSコシヒカリ×FRコシヒカリの理論的花粉稔性は、それぞれ、0%、100%、100%、および、50%であるが、それらの理論値に近い花粉稔性が実際に観察された。
【0238】
5)の16T2−6、16T2−26、16T2−34、および、16T2−35は、FRコシヒカリと同程度の花粉稔性を示し、また、6)のMSコシヒカリ×16T1−6、MSコシヒカリ×16T1−26、MSコシヒカリ×16T1−34、および、MSコシヒカリ×16T1−35はMSコシヒカリ×FRコシヒカリと同程度の花粉稔性を示した。これらのことから、遺伝子工学的に導入した各Rf−1遺伝子が、内生Rf−1遺伝子と同様に機能していることが示唆された。
【0239】
7)のFRコシヒカリ×16T1−6およびFRコシヒカリ×16T1−35の花粉稔性は、それぞれ、74%および76%であった。FRコシヒカリが持つ内生Rf−1遺伝子は第10染色体に座乗するのに対し、16T1−6および16T1−35が持つ導入Rf−1遺伝子は、実施例3に記載したとおり、それぞれ、第6および第7染色体に座乗する。このため、上記Fでは、内生Rf−1および導入Rf−1をともに持つ花粉、内生Rf−1のみを持つ花粉、導入Rf−1のみを持つ花粉、ならびに、いずれのRf−1も持たない花粉が、1:1:1:1の比で分離すると考えられる。これらFの花粉稔性が概ね75%であったことから、Rf−1を1個以上持つ花粉は、稔性を持つと推察された。
【0240】
FRコシヒカリ×16T1−34の花粉稔性は70%であり、内生Rf−1および導入Rf−1が独立である場合の期待値75%に近かった。16T1−34が持つ導入Rf−1遺伝子の位置は同定されていないが、本結果から、少なくとも第10染色体の内生Rf−1座と強い連鎖関係にない座位であることが示された。
【0241】
FRコシヒカリ×16T1−26の花粉稔性は92%であった。16T1−26が持つ導入Rf−1遺伝子は、実施例3に記載したとおり、第10染色体のAC026758の内部に位置し、AC026758はRFLPマーカー座C797に対応する。一方、FRコシヒカリが持つ内生Rf−1遺伝子は、第10染色体のRFLPマーカー座S12564と密接連鎖している(Komari et al.,2002)。RFLP連鎖地図(Harushima et al.,1998)によると、C797とS12564との間の地図距離は約20cMである。両マーカー間の組換え価が約20%である場合、FRコシヒカリ×16T1−26の理論的花粉稔性は約90%と計算される。観察された花粉稔性は、この理論値に近いものであった。
【0242】
8)の3座Rf−1ヘテロ個体は、Rf−1を第6、第7および第10染色体に持つため、各Rf−1は独立に遺伝する。したがって、これらの個体では、Rf−1を3個、2個、1個および0個持つ花粉が、1:3:3:1の比で分離すると期待される。これらの個体の花粉稔性が概ね87.5%であったことから、Rf−1を1個以上持つ花粉は稔性を持つことが示され、Rf−1を3個持つ花粉も正常に発育するものと推察された。
【0243】
また、9)の4座Rf−1ヘテロ個体については、16T1−34の導入遺伝子座が同定されていないため、各Rf−1が独立に遺伝するか否かは不明である。しかし、各Rf−1が独立に遺伝し、かつ、Rf−1を1個以上持つ花粉は稔性を持つ、と仮定したときの理論上の花粉稔性93.75%に極めて近い値が観察された。このことから、Rf−1を4個持つ花粉も正常に発育するものと推察された。
【0244】
実施例5 Rf−1集積系統の花粉発芽試験
(材料および方法)
下記の植物材料を供試した。
【0245】
1)コシヒカリ
2)MSコシヒカリ×FRコシヒカリ
3)FRコシヒカリ×16T1−6、FRコシヒカリ×16T1−35
各品種・系統の2個体から、開花中の穎花を1個体あたり4穎花選び、葯をピンセットでつまみ取り、花粉発芽培地上に直接置床した。花粉発芽培地には、既報(Kariya,1989)に従い、1% Agar、20% Sucrose、20ppm HBOからなる寒天培地を用いた。20分以上経過した後、顕微鏡観察し、花粉管の伸長が認められた花粉を稔性花粉とみなした。各穎花について、200花粉以上を調査した。
【0246】
(結果および考察)
穎花ごとの発芽率を算出し、各品種・系統について8穎花の発芽率の平均値および標準偏差を求めた結果を表3に示す。
【0247】
【表3】

コシヒカリおよびMSコシヒカリ×FRコシヒカリの発芽率は、それぞれ、93%および39%であった。FRコシヒカリ×16T1−6およびFRコシヒカリ×16T1−35の発芽率は、それぞれ、58%および66%であり、コシヒカリの発芽率ほど高くはないものの、MSコシヒカリ×FRコシヒカリの発芽率よりは有意に高かった。
【0248】
ヨウ素ヨウ化カリウム染色による花粉稔性調査の結果と考えあわせると、複数座でRf−1ヘテロの系統は、通常のハイブリッド(単一座でRf−1ヘテロ)と比較して、デンプンを蓄積する花粉の割合、即ち、正常に発育する花粉の割合が増加し、その結果、実際に発芽する花粉の割合も増加するものと考えられる。
【0249】
実施例6 2座Rf−1ホモ稔性回復系統及び3座Rf−1ホモ稔性回復系統の作成
2座Rf−1ホモ稔性回復系統は、以下のようにして作成した。FRコシヒカリ×16T1−6の交雑Fの24個体からDNAを調整し、各個体のRf−1座および16T1−6の導入遺伝子座(第6染色体)における遺伝子型を推定した。Rf−1座については、Komori et al.,2002に従い、S12564 Tsp509I座およびC1361 MwoI座の遺伝子型から推定した。16T1−6の導入遺伝子座については、実施例3に記載したNo6 FおよびNo6 Rを用いたPCRを行い、210bpの断片が増幅されない場合に、同座の遺伝子型が導入遺伝子ホモであるとみなした。マーカー検定の結果、調査したなかなかの1個体が、Rf−1座および16T1−6の導入遺伝子座の両座において、稔性回復遺伝子ホモであると推定された。
3座Rf−1ホモ稔性回復系統は、以下のようにして作成した。実施例4に記載した通り、(FRコシヒカリ×16T1−6)×(FRコシヒカリ×16T1−35)の交配で得られた植物39個体からDNAを調整し、各個体のRf−1座、16T1−6の導入遺伝子座(第6染色体)、および、16T1−35の導入遺伝子座(第7染色体)を、下記のとおりDNAマーカーにより推定した。Rf−1座については、Komori et al.,2002に従い、S12564 Tsp509I座およびC1361 MwoI座の遺伝子型から推定した。16T1−6の導入遺伝子座については、実施例3に記載したNos F2およびNo6 Rを用いたPCRを行い、234bpの断片が増幅された場合に、同座の遺伝子型がヘテロであるとみなした。同様に、実施例3に記載したNos F2およびNo35 Rを用いたPCRを行い、177bpの断片が増幅された場合に、16T1−35の導入遺伝子座の遺伝子型がヘテロであるとみなした。マーカー検定の結果、本交配で得られた集団のなかの1個体が、Rf−1座でRf−1ホモ、かつ、16T1−6の導入遺伝子座および16T1−35の導入遺伝子座の両座においてヘテロであると推定された。
【0250】
そこで、その個体の自殖次代24個体からDNAを調整し、各個体の16T1−6の導入遺伝子座および16T1−35の導入遺伝子座における遺伝子型を推定した。16T1−6の導入遺伝子座については、上述の通り、No6 FおよびNo6 Rを用いたPCRを行い、210bpの断片が増幅されない場合に、同座の遺伝子型が導入遺伝子ホモであるとみなした。16T1−35の導入遺伝子座については、実施例3に記載したNo35 FおよびNo35 Rを用いたPCRを行い、235bpの断片が増幅されない場合に、同座の遺伝子型が導入遺伝子ホモであるとみなした。マーカー検定の結果、調査したなかなかの2個体が、16T1−6の導入遺伝子座および16T1−35の導入遺伝子座の両座において、稔性回復遺伝子ホモであると推定された。これらの個体は、Rf−1座でRf−1ホモであるので、合計3座でRf−1ホモである。
【0251】
実施例7 耐冷性検定
(材料および方法)
コシヒカリ、MSコシヒカリ×FRコシヒカリのF、及び、FRコシヒカリ×16T1−35(実施例4に記載)のFを供試した。慣行法により移植期まで育成させた後、各品種・系統につき4個体を、1/5000アールのワグネルポットに移植した(1個体、1ポット)。移植後は、明条件(24℃)12時間、暗条件(19℃)12時間に設定した人工気象器内で栽培した。登熟後に各個体から10穂をサンプリングし、各穂について種子稔性(全穎果中の稔実穎果の割合)を求め、10穂の種子稔性の平均をその個体の種子稔性とした。
【0252】
(結果および考察)
4個体の平均種子稔性は、コシヒカリで約95%であったのに対し、MSコシヒカリ×FRコシヒカリのFでは約57%であった。コシヒカリと比較してMSコシヒカリ×FRコシヒカリのFの種子稔性が低かったことから、今回用いた低温条件により、耐冷性の品種・系統間比較が可能であると考えられた。また、FRコシヒカリ×16T1−35のFの4個体の平均種子稔性は約76%であり、コシヒカリほど高くはないものの、MSコシヒカリ×FRコシヒカリのFよりは高かった。母比率の差の検定を行ったところ、MSコシヒカリ×FRコシヒカリのF(5808穎果のなかの3276穎果が稔実)とFRコシヒカリ×16T1−35のF(5900穎果のなかの4587穎果が稔実)との間の種子稔性の差は、1%水準で有意であることが示された。本結果は、複数座でRf−1遺伝子をヘテロで保有するハイブリッドは、従来のハイブリッドと比較して、低温条件においても高い種子稔性を維持することを意味する。以上のことから、複数座でRf−1遺伝子をホモで保有する稔性回復系統を用いることにより、ハイブリッド品種の耐冷性を向上させることができると考えられる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2カ所又はそれより多くの遺伝子座に有するハイブリッド植物。
【請求項2】
2コピーないし4コピー稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2カ所ないし4カ所の遺伝子座に有する、請求項1に記載のハイブリッド植物。
【請求項3】
複数の稔性回復遺伝子が異なる染色体上に座乗する、請求項1又は2に記載のハイブリッド植物。
【請求項4】
稔性回復遺伝子が配偶体型稔性回復遺伝子である、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のハイブリッド植物。
【請求項5】
ハイブリッド植物がイネであり、稔性回復遺伝子がイネのBT型雄性不稔性回復遺伝子である、請求項1ないし4のいずれか1項に記載のハイブリッド植物。
【請求項6】
イネのBT型雄性不稔性回復遺伝子が、配列番号49のアミノ酸配列、又は配列番号49のアミノ酸配列と少なくとも70%同一のアミノ酸配列をコードする核酸であって、稔性回復機能を有する核酸である、請求項5に記載のハイブリッド植物。
【請求項7】
稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入し、2コピーまたはそれより多くの稔性回復遺伝子を、完全連鎖関係にない2箇所又はそれより多くの遺伝子座に配置させることを含む、請求項1ないし6に記載のハイブリッド植物の作成方法。
【請求項8】
1)稔性回復遺伝子を遺伝子工学的に導入することによって、2座またはそれより多くの座で稔性回復遺伝子をホモで保有する稔性回復系統の植物を作成し、
2)工程1)で作成した稔性回復系統の植物と不稔系統と植物と交配する
ことを含む、請求項7に記載の作成方法。
【請求項9】
2座またはそれより多くの座で稔性回復遺伝子をホモで保有する稔性回復系統の植物。
【請求項10】
稔性回復遺伝子を1コピーのみ有する稔性回復遺伝子1座ヘテロ個体よりも、低温条件下で高い種子稔性を有する、請求項1ないし6に記載のハイブリッド植物。

【国際公開番号】WO2004/113537
【国際公開日】平成16年12月29日(2004.12.29)
【発行日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−507198(P2005−507198)
【国際出願番号】PCT/JP2004/008025
【国際出願日】平成16年6月9日(2004.6.9)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【出願人】(501008820)シンジェンタ リミテッド (33)
【Fターム(参考)】