説明

種 子

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、N−アシルラクタム類化合物と蛍光性細菌で処理してなる種子に関し、播種後の根面及び根内への蛍光性細菌の定着を確保することにより、農作物の病害防除及び生育促進による生産性の向上を図ることを目的とするものである。
【0002】
【従来の技術】バイオテクノロジー等の技術の発達、普及に伴って野菜、花卉等の品種改良あるいは種子管理技術は近年急速に進み、漸次、品質向上、収量増加、病害防除効果が顕在化しつつある。例えば、種子においてはプライミング技術を用いた発芽促進が行われ、病害防除においては、蛍光性細菌並びに植物生育促進性根圈細菌(PGPR)を利用した種子処理による病害防除あるいは生育促進が試みられている。また、種子処理技術と拮抗微生物の利用技術とを複合化する試みもなされている。
【0003】キュウリ及びトマト種子を頁岩粉末でコンディショニングする際に、拮抗性糸状菌トリコデルマ・ハーゼィナム(Trichoderma harzianum)を加えることにより、殺菌剤を加えるよりも苗立ち枯れ病菌ピシウム・ウルチマム(Pythium ultimum)による出芽後の立ち枯れが少なくなるとの報告もされている。しかしながら病害防除、生育促進においては未だ施肥、灌水、殺菌、殺虫、除草等の栽培管理が大きなウェイトを占め、必ずしも充分な効果を発現しているとは言いがたい。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】そこで本発明者らは、作物根圈に生息している有用な蛍光性細菌を、種子プライミングあるいはコンディショニングの段階で導入した種子を使用することにより、蛍光性細菌の有する植物生育促進効果と病害発病抑制効果を発現させるため、種々検討した結果本発明を完成したものである。
【0005】これまでに、種子プライミングにはポリエチレングリコール、マンニトール、各種塩類溶液等が使用されており、発芽促進等には効果的な技術であることが知られている。そこで、本発明者らは省力化と併用効果を目的に種子プライミングとの同時処理による種子への蛍光性細菌の定着を試みたが、定着度が低かったり、蛍光性細菌が死滅する場合が多く菌密度を高めた場合や長時間処理においては、種子の発芽不良や蛍光性細菌の活性低下が認められた。稀に、定着が行われた場合でも、効果の発現及び持続が不安定であり、実用化には種々の問題を残している。これらの問題点を解決するためには、種子段階で目的とする蛍光性細菌が定着し、かつ、播種後において定着蛍光性細菌が種子内あるいは植物生体内において生息しうるように処理することが必要である。
【0006】
【課題を解決するための手段】そこで、種子プライミングやコンディショニングの段階で蛍光性細菌に対しても殺菌性を示さず蛍光性細菌の定着に有効な物質について鋭意検討を重ねた結果、本発明に到達したものである。即ち、本発明はN−アシルラクタム類化合物と蛍光性細菌で処理してなる種子に関する。
【0007】
【作用】以下に本発明について更に詳記する。本発明に使用する蛍光性細菌とは、Bergeyの分類によるシュードモナダサエ科(Pseudomonadaceae)又はアゾトバクテラサエ科(Azotobacteraceae)に属し、生理学的特性として水溶性の蛍光性色素産生能を有する細菌である。
【0008】N−アシルラクタム類化合物については、長年の研究の結果、この化合物の有する生理活性機能に着目し、これまでに植物に関しては植物生長調節剤としての利用、微生物に関しては放線菌、根粒菌、ビィヒズス菌、メタン発酵菌等のグラム陽性菌あるいは細胞に分化能を有する微生物に対する増殖あるいは物質代謝の促進剤としての利用を提案した。また、グラム陰性細菌や糸状菌に対する静菌作用についても提案した。これらの生理活性は、植物に対しては一次代謝への作用であり、微生物に対しては二次代謝への作用が主であった。
【0009】植物体本来の病害防御メカニズムが、二次代謝系において制御されていることは周知であり、本発明者らは、N−アシルラクタム類化合物の植物二次代謝への影響についてさらに検討を加えた。その結果、N−アシルラクタム類化合物は飽和濃度域で顕著な植物二次代謝制御作用を示した。特に、ナス科作物に対しては根外への抗菌性物質の代謝を促進する作用があることを見出した。また、N−アシルラクタム類化合物は、飽和濃度域では根圈から分離した蛍光性細菌及びタイプカルチャーに対して殺菌性を示さず、細胞分裂は抑制するが物質代謝あるいは細胞の生長に対しては促進する作用が認められた。これらの知見をもとに本発明は完成されたものである。
【0010】本発明に使用するN−アシルラクタム類化合物としては、1-[2-(4-ヒト゛ロキシフェニル)エタノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[3-(4-ヒト゛ロキシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[3-(4-ヒト゛ロキシフェニル)シンナモイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[2-(3,4-シ゛ヒト゛キシフェニル)エタノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン、1-[3-(3,4-シ゛ヒト゛キシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[2-(4-ヒト゛ロキシフェニル)エタノイル]-2-゜ロリト゛ン、1-[3-(4-ヒト゛ロキシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ロリト゛ン 、1-[3-(3,4-シ゛ヒト゛キシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ロリト゛ン等が好例として挙げられる。
【0011】N−アシルラクタム類化合物と蛍光性細菌で処理する種子は、以下の方法によって調製できる。また、これらの処理は同時又は間断処理のいずれによっても行うことができる。処理方法としては、例えばN−アシルラクタム類化合物と蛍光性細菌との混合溶液に種子を浸漬する浸種法、N−アシルラクタム類化合物と蛍光性細菌とシリカ、ゼオライト等の若干硬度を有する微粉体と種子とを攪拌混合する種皮磨傷法、あるいは減圧下に浸種法を行う浸種減圧法等を用いることができる。また、N−アシルラクタム類化合物水溶液あるいはN−アシルラクタム類化合物を含む粉体で種子を処理した後に、蛍光性細菌の懸濁液あるいは蛍光性細菌を含む粉体で処理してもよいし、その逆順であってもよい。最も望ましい方法は、N−アシルラクタム類化合物水溶液と蛍光性細菌の懸濁液との混合溶液に種子を加え減圧する浸種減圧法である。粉体化に使用する担体としては、シリカ、珪藻土、ゼオライト、パーライト、バーミキュライト、海砂等が好例として挙げられる。
【0012】N−アシルラクタム類化合物の使用濃度は、溶液の場合には 50mg/L以上の高濃度領域で使用することが望ましい。蛍光性細菌の菌密度は、使用する菌の性質とその用途により異なり限定はされないが、溶液の場合には106cells/ml以上、固体中では105cfu/g以上で使用することが望ましい。種子に対するN−アシルラクタム類化合物及び蛍光性細菌の使用割合は種子、N−アシルラクタム類化合物あるいは蛍光性細菌の種類、処理物質の状態等により異なり一概に特定することはできないが、一般的には種子1mlに対してN−アシルラクタム類化合物においては1mg、蛍光性細菌にあっては108cells程度が好ましい。
【0013】
【実施例】以下に本発明の実施例を掲げて更に説明する。実施例で使用するN−アシルラクタム類化合物を表1に示した。尚実施例においてこれらN−アシルラクタム類化合物は各々物質No.で表示した。また、実施例で使用する蛍光性細菌を表2に示し、各々実施例において菌株記号で表示した。
【0014】
【表1】


【0015】
【表2】


注)*1:トマト(品種,桃太郎)の根内から分離 *2:サンショの根内から分離
【0016】(実施例1)表1に示した物質No.(1)〜(8)のN−アシルラクタム類化合物を100mg/L濃度の水溶液に調製し、濾過滅菌を行った後、108cells/ml に調製した表2の蛍光性細菌(A)、(B)、(C)、(D)、(F)の菌体懸濁液と同容量の割合で混合し種子処理用混合液とした。トマト種子(品種:ハウス桃太郎)を1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液と80%エタノール水溶液により殺菌後、種子1mlを種子処理用混合液10mlに浸漬し、10mmHgの減圧下で6時間、浸種減圧処理を行った(本発明区)。種子処理用混合液にかえて、(A)、(B)、(C)、(D)、(F)の菌体懸濁液及び滅菌水を用いて上記と同様の方法により浸種減圧処理を行った(対照区及び無処理区)。
【0017】処理後、各区の種子を滅菌水で水洗し、本発明区、対照区、無処理区の種子とした。各区の処理種子をホワイト寒天培地(蔗糖を除く)に播種し、暗好気下28℃で5日間保持し、発芽の経過を調査した。次に発芽させた各区の催芽種子を明好気下人工気象器中で2週間栽培を行った。栽培期間中の発芽率の変化を測定するとともに、栽培後の幼苗の根面及び根内の蛍光性細菌数を測定した。蛍光性細菌数の測定は、栽培した幼苗を培地から抜き取り、その幼苗根約1gを0.005%のエアロゾルOT(アメリカンサイアナミット゛製)水溶液10mlに入れ、10000rpmで10分間ホモジナイズを行うことにより根磨砕液を調製し、この調製液を希釈してポテト・デキストロース寒天培地を用いた混釈法により行った。結果を表3と表4に示した。
【0018】
【表3】


【0019】
【表4】


【0020】(実施例2)実施例1と同様に、表1に示した物質No.(1)〜(8)のN−アシルラクタム類化合物を100mg/L濃度の水溶液に調製し、濾過滅菌を行った後、108cells/mlに調製した表2の蛍光性細菌(A)、(B)、(C)、(D)の菌体懸濁液と同容量に混合し種子処理用混合液とした。コマツナ種子((株)トーホク製)を1%次亜塩素酸ナトリウム水溶液と80%エタノール水溶液により殺菌後、種子1mlを種子処理用混合液10mlに浸漬し、10mmHgの減圧下で2時間、浸種減圧処理を行った(本発明区)。同様に、(A)、(B)、(C)、(D)の菌体懸濁液及び滅菌水を用いて浸種減圧処理を行った(対照区及び無処理区)。
【0021】処理後、各区の種子を滅菌水で水洗し、本発明区、対照区、無処理区の種子とした。各区の処理種子をホワイト寒天培地(蔗糖を除く)に播種し、暗好気下20℃と28℃で2日間保持し、栽培期間中の発芽率の変化を測定した。次に28℃で発芽させた各区の催芽種子を明好気下人工気象器中で2週間栽培を行った。栽培後の幼苗の根面及び根内の蛍光性細菌数を測定した。蛍光性細菌数の測定は、栽培した幼苗を培地から抜き取り、その幼苗根約1gを0.005%のエアロゾルOT(アメリカンサイアナミット゛製)水溶液10mlに入れ10000rpmで10分間ホモジナイズを行うことにより根磨砕液を調製し、この調製液を希釈してポテト・デキストロース寒天培地を用いた混釈法により行った。結果を表5と表6に示した。
【0022】
【表5】


【0023】
【表6】


【0024】(実施例3)土壌を使用した場合における処理種子の効果を比較検討するため、再分離することによっても検出が可能な蛍光性細菌として表2の(D)及び(E)を選抜した。土壌及び植物体からの検出法は、(D)はクリスタルバイオレット5mg/lを含むポテト・デキストロース寒天培地で生育した場合、コロニー周辺における青白色の蛍光性析出物質の存否により再検出することができる。尚、本実施例で使用するプラグ育苗用培土及び青枯病発病土からは同方法で同じ特性を有する蛍光性細菌が存在しないことを確認した。(E)は、200mg/lのストレプトマイシン硫酸塩、100mg/l のナリジキシン酸、100mg/lのアンピシリンナトリウムを含有するキングB培地で生育し、更にポテト・デキストロース寒天培地で生育した場合、コロニー上に黄色色素を産生するか否かにより再検出することができる。尚、本実施例で使用するプラグ育苗用培土及び青枯病発病土からは同方法で同じ特性を有する蛍光性細菌が存在しないことを確認した。
【0025】表2の(D)、(E)を1%のアルギン酸ナトリウム水溶液に懸濁させ109cells/mlの菌体懸濁液を調製した。この菌体懸濁液を微細海砂に対して20v/v%添加、混合し菌体含有粉末を調製した。表1のN−アシルラクタム類化合物のうち、アセトンに溶解させた(1)と(2)の化合物の0.5w/v%溶液をシリカ粉末に対して10w/w%添加し、混合しながら溶媒を除去し、N−アシルラクタム類化合物含有粉末を調製した。菌体含有粉末及びN−アシルラクタム類化合物含有粉末を同容量で混合して種子処理用粉末とした(本発明区)。対照区は、菌体含有粉末及びN−アシルラクタム類化合物含有粉末を使用した。無処理区は、微細海砂とシリカ粉末の同容量混合物を使用した。
【0026】これらの粉末を実施例1と同様に表面殺菌を行ったトマト種子(品種:大型福寿)に対して10倍容量加えて80rpmで30分間回転混合処理を行った。市販のプラグ育苗用培土を熱処理(150℃、15分)後、各区の処理種子を播種し、平均育苗温度40℃で3週間プラグ育苗を行った。育苗後、実施例1と同方法により根面及び根内の蛍光性細菌を分離培養後、前述の識別用培地にレプリカし(D)、(E)の分離菌数を計測した。各区のプラグ苗をトマト青枯病菌密度が106〜107cfu/g(土)のトマト青枯病発病土壌に定植し、定植後3週間での罹病調査により発病抑制効果を検定した。プラグ育苗後の根面及び根内の蛍光性細菌数及び罹病調査の結果を併せ表7に示した。
【0027】
【表7】


注)発病度:発病度={(罹病指数×株数)/(10×調査株数)}×100で算出した。
罹病指数は枯死=10、全身萎凋=5、部分萎凋=2とした。
防除価:防除価={(無処理区発病度−試験区発病度)/無処理区発病度}× 100で算出した。
【0028】(実施例4)実施例3と同様に土壌を用い、植物生育への影響を検討した。プラグ培土及び鉢上げ用培土から分離、識別が可能である表2の(D)、(E)を供試蛍光性細菌とした。表1のN−アシルラクタム類化合物のうち、(6)と(7)の化合物を100mg/lの水溶液に調製しN−アシルラクタム類化合物水溶液とした。菌体懸濁液(実施例3)とN−アシルラクタム類化合物水溶液を同容量で混合し種子処理溶液とした(本発明区)。対照区として、菌体懸濁液及びN−アシルラクタム類化合物水溶液を使用した。無処理区として滅菌水を使用した。
【0029】実施例1と同様に表面殺菌を行ったトマト種子(品種:大型福寿)1mlを各種子処理溶液10mlに浸漬し、20℃で6時間処理を行った。処理種子を実施例3と同様の操作でプラグ育苗を行った。次に、鉢上げ用培土に移植し、更に2週間栽培を継続し、生育調査を行った。結果を表8に示した。
【0030】
【表8】


*全根長:ライン交差法により全根長として表示した。
【0031】
【発明の効果】本発明の種子は、種子段階で植物生育促進性あるいは植物病原菌による発病を抑制する効果等を有する蛍光性細菌が定着し、且つ播種後に於いても定着した蛍光性細菌が種子内あるいは植物生体内に於いて生息することから、農作物の病害防除と生育促進による生産性の向上を図ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 N−アシルラクタム類化合物と蛍光性細菌で処理してなる種子。
【請求項2】 N−アシルラクタム類化合物が、1-[2-(4-ヒト゛ロキシフェニル)エタノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[3-(4-ヒト゛ロキシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[3-(4-ヒト゛ロキシフェニル)シンナモイ]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[2-(3,4-シ゛ヒト゛キシフェニル)エタノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[3-(3,4-シ゛ヒト゛キシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ヘ゜リト゛ン 、1-[2-(4-ヒト゛ロキシフェニル)エタノイル]-2-ヒ゜ロリト゛ン、1-[3-(4-ヒト゛ロキシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ロリト゛ン 、1-[3-(3,4-シ゛ヒト゛キシフェニル)フ゜ロハ゜ノイル]-2-ヒ゜ロリト゛ンである請求項1の種子。

【特許番号】第2772466号
【登録日】平成10年(1998)4月24日
【発行日】平成10年(1998)7月2日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−23515
【出願日】平成7年(1995)1月17日
【公開番号】特開平8−193017
【公開日】平成8年(1996)7月30日
【審査請求日】平成7年(1995)7月27日
【出願人】(000203656)多木化学株式会社 (58)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【参考文献】
【文献】特開 昭63−190806(JP,A)
【文献】特開 平2−211861(JP,A)
【文献】特開 平6−92815(JP,A)
【文献】特開 昭63−304977(JP,A)