説明

空積み石垣の補強構造及び方法

【課題】近代的な工法や材料を用いることなく、空積み石垣の安定性を向上させる。
【解決手段】築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に棒状補強部材10を設置し、この棒状補強部材10を裏栗石42、42、…の間に介挿する。この場合、棒状補強部材10を石材により略棒状に形成し、その基端部11を築石41に安定した勾配を付けて築石41、41間の裏側間隙44に嵌合可能な略楔形に形成し、当該間隙44に噛ませることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空積み石垣の補強構造及び方法に関し、特に、城郭や社寺の空積み石垣など、伝統的工法で構築され文化財的価値の高い空積み石垣の補強構造及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国に現存する城郭石垣などの伝統的な空積み石垣は、その多くが築造から400年以上を経過し、変状が進んでいるものが少なくない。これらの石垣に孕み出しや目地の開口が発生して不安定化が進行した場合、空積み石垣の安定性を向上させるため、その補強が必要となる。この場合、原則として、コンクリート等の新材料による補強は認められないために、次のような補強工法(以下、これを補強工法1という。)が求められる。まず、石垣を一旦解体する。この場合、石垣を上部から変状箇所に向けて順番に解体する。このため、変状箇所が石垣の下部に存在する場合、施工範囲は変状箇所を頂点として逆三角形状又は底辺の短い台形状に広がることになる。次いで、石垣の変状の原因を確認し、適宜の補修対策を講じる。この場合、石垣に割れ、劣化が認められれば、新材に交換し、胴木等に不具合があれば、新しいものに取り替える。地盤が軟弱な場合は、例えば、木製の杭や栗石の敷設、地盤の締め固め、石灰等の天然材料による改良を行うなど、伝統的工法の範囲で地盤を補強する。そして、石垣の変状発生前の状況を文献、資料や専門家の見識判断等により推定し、石垣を下から順番に積み直す。なお、この作業は標準化されていないため、経験豊富な石工によって行うことになる。
【0003】
この種の空積み石垣のまた別の補強方法が特許文献1などにより開示されている。この特許文献1では、石垣の孕み出しや緩みを防ぐために、石垣を構成する力石にフックアンカーを取り付け、石垣の面石の艫部分にフックアンカーを取り付けて、これらのフックアンカーを緊結部材で緊結する補強工法(以下、これを補強工法2という。)と、石垣を構成する力石の両面にフックアンカーを取り付け、石垣の背面土層にロックアンカーを打ち込み、石垣の面石の艫部分にフックアンカーを取り付けて、力石の一方のフックアンカーと石垣の背面土層のロックアンカーとを緊結部材で緊結し、力石の他方のフックアンカーと石垣の面石の艫部分のフックアンカーとを緊結部材で緊結する補強工法(以下、これを補強工法3という。)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4264431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の空積み石垣の補強方法では、次のような問題がある。
(1)上記補強工法1では、石垣は基本的に現況に復されるため、この石垣の構造上、石材(築石)の控え(奥行き方向の長さ)が短いなどの構造的な弱点があり、この部分の石材を取り替えない限り、時間の経過によりこの石垣に再度変状が発生する虞がある。また、地震等により築石が前方に変位(孕み出し)したりすると、同時に裏栗石が沈下して、石垣の背面側に空洞や緩みの領域が生じ、変状を誘発する虞がある。
(2)上記補強工法1では、石垣の積み直しにおいて微妙に傾斜を変化させて「反り」を入れることで、安定性を保ち、美しい外観を創り出すことが求められるところ、この反りを考慮しながら石積みを行うことは経験豊富な石工でも容易でなく、上部まで施工してからまた積み直しすることも少なくない。
(3)上記(2)において、石垣に反りを入れるために築石間に楔を入れる方法が従来から提案されているが、この方法では石垣の安定性を向上させることは難しい。
(4)この種の伝統的石垣の補修、補強では、文化遺産を壊さないこと、正統性を追求し、まがい物は認められないこと、必要なときに元に戻せること(可逆性)などが要求されており、伝統的技術・材料により補修、補強されるのが原則で、通常の石積み擁壁のように、アンカーやグラウト等の補強技術が使用できないことが多い。このため、この種の伝統的工法による空積み石垣の補修、補強に、上記補強工法2、3を適用することはできない。特に、補強工法3の場合、石垣の背面土層にロックアンカーを打ち込むため、背面土層に存在する遺構を傷付ける虞があり、好ましくない。
【0006】
本発明は、このような従来の問題を解決するものであり、この種の空積み石垣の補強構造及び方法において、近代的な工法や材料を用いることなく又は可及的に用いることなく、しかも石垣の構成要素として重要な築石を交換することなしに、石垣の安定性を向上させ得る伝統的石垣の補強を実現すること、併せて石垣に安定勾配の反りを容易に入れることなど、を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、背面地盤に沿って多数の裏栗石が介在され多数の築石が略階層状に積み上げられて構築された空積み石垣を補強する、空積み石垣の補強構造であって、前記築石間の裏側間隙と前記背面地盤との間に棒状補強部材が設置され、当該棒状補強部材が前記裏栗石の間に介挿される、ことを要旨とする。
【0008】
この場合、棒状補強部材は石材により略棒状に形成され、前記棒状補強部材の基端部は築石に安定した勾配を付けて前記築石間の裏側間隙に嵌合可能な略楔形に形成され当該間隙に噛ませられることが好ましい。また、棒状補強部材は硬質の金属材により略棒状に形成され、前記棒状補強部材の基端部は築石間の裏側間隙に配置され、当該間隙に前記築石に安定した勾配を付けて石材が噛ませられるようにしてもよい。そして、棒状補強部材の終端部は背面地盤に到達されず、裏栗石内に留められることが好ましい。
【0009】
また、上記目的を達成するために、本発明は、背面地盤に沿って多数の裏栗石が介在され多数の築石が略階層状に積み上げられて構築された空積み石垣を補強する、空積み石垣の補強方法であって、前記築石間の裏側間隙と前記背面地盤との間に棒状補強部材を設置し、当該棒状補強部材を前記裏栗石の間に介挿する、ことを要旨とする。
【0010】
この場合、空積み石垣を解体後に積み直しをするときに、石材からなる棒状補強部材を用い、前記棒状補強部材の基端部を築石に安定した勾配を付けて前記築石間の裏側間隙に嵌合可能な略楔形に形成して当該間隙に噛ませることが好ましい。また、空積み石垣を解体後の積み直しをするときに、硬質の金属材からなる棒状補強部材を用い、前記棒状補強部材の基端部を築石間の裏側間隙に配置して、当該間隙に前記築石に安定した勾配を付けて石材を噛ませるようにしてもよい。これに対して、空積み石垣を解体しない場合、硬質の金属材からなる棒状補強部材を用い、前記棒状補強部材を石垣表面から築石間に圧入し、前記築石間の裏側間隙から背面地盤に向けて延ばすようにしてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の空積み石垣の補強構造及び方法によれば、築石間の裏側間隙と背面地盤との間に棒状補強部材を設置し、当該棒状補強部材を裏栗石の間に介挿するので、当該棒状補強部材により、裏栗石の変位を抑制するとともに、築石と裏栗石とを一体化して、石垣の安定性を向上させることができる。この場合、棒状補強部材を石材により加工し、この棒状補強部材の基端部を築石に安定勾配を付けて築石間の裏側間隙に嵌合可能な楔形に形成して当該間隙に噛ませることにより、石垣に安定した勾配の反りを容易に入れることができる。また、棒状補強部材を石材に代えて硬質の金属材により加工し、この棒状補強部材の基端部を築石間の裏側間隙に配置して、当該間隙に築石を安定勾配を付けて石材を噛ませてもよく、このようにしても石垣に安定した勾配の反りを入れることができる。また、石垣を仮設的に補強するような場合は、硬質の金属材からなる棒状補強部材を用い、この棒状補強部材を石垣表面から築石間に圧入し、築石間の裏側間隙から背面地盤に向けて延ばすようにしてもよく、このようにしても、当該棒状補強部材により、裏栗石の変位を抑制するとともに、築石と裏栗石とを一体化して、石垣の安定性を向上させることができる。そして、この棒状補強部材の終端部は背面地盤に到達させず、裏栗石の中に留めるようにすることで、背面地盤に存在する遺構を傷付けることがない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1の実施の形態における空積み石垣の補強構造及び方法を示す断面図
【図2】同補強構造及び方法に採用する棒状補強部材の構成を示す断面図
【図3】本発明の第2の実施の形態における空積み石垣の補強構造及び方法を示す断面図
【図4】本発明の第3の実施の形態における空積み石垣の補強構造及び方法を示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、この発明を実施するための形態について図を用いて説明する。図1に第1の実施の形態を示している。
【0014】
まず、図1を用いて、空積み石垣の補強構造について説明する。図1において、空積み石垣4は城郭石垣などの伝統的な空積み石垣であり、背面地盤43に沿って多数の裏栗石42が介在され多数の築石41が階層状に積み上げられて構築される。なお、築石41は石垣本体を構成する石材で、最下段に配されるものを特に根石という。また、ここで築石41間に主として応力伝達の目的で配置される石材を飼石と呼ぶ。裏栗石42は築石41と背面地盤43との間に裏込めされる比較的小径の石材で、石垣の応力伝達機能と背面地盤43からの地下水の排水機能を有する。この空積み石垣の補強構造1では、各築石41、41間の裏側間隙44(隣り合う各築石41、41の胴と胴の間の間隙44)と背面地盤43との間に棒状補強部材10が設置され、この棒状補強部材10が裏栗石42、42、…の間(栗石と栗石の間)に介挿される。この棒状補強部材10はそれぞれ、図2に示すように、天然材料の石材により、各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延びる棒状に、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間の寸法よりも少し短い所定の長さに加工される。そして、この棒状補強部材10の場合、基端部11は築石41に安定した勾配を付けて各築石41、41間の裏側間隙44に嵌合可能に、当該間隙44に対して所定の接触角度の楔形に形成される。この場合、棒状補強部材10の各築石41、41間の裏側間隙44に対する接触面(ここでは上下各面11u、11d)の角度は予め解析等で求められた安定勾配に石垣4が構築されるように調整される。このようにして棒状補強部材10は、図1に示すように、基端部11が築石41に安定した勾配を付けて各築石41、41間の裏側間隙44に噛ませられ、この間隙44から背面地盤43に向けて延び、裏栗石42、42、…の間に介挿される。そして、この棒状補強部材10の終端部は背面地盤43に到達されず、裏栗石42、42、…内に留められる。
【0015】
次に、この図1を用いて、この空積み石垣の補強方法について説明する。この補強方法では、空積み石垣4の解体後の積み直しとともに、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に予め石材により加工した棒状補強部材10を設置し、当該棒状補強部材10を裏栗石42、42、…の間に介挿する。その具体的な施工手順は次のとおりである。まず、対象の石垣4の補修設計として、変状前の石垣4の安定した勾配・反りを設計する(ステップ1)。次に、対象の石垣4を上から順次解体し、主たる断面における築石41の断面形状を測定する(ステップ2)。これに続いて、石垣4の積み直しの際に各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置する棒状補強部材10を加工する(ステップ3)。この場合、棒状補強部材10を天然材料の石材により、各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延びる棒状に、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間の寸法よりも少し短い所定の長さに加工する。そして、棒状補強部材10の基端部11を、築石41に安定した勾配を付けて各築石41、41間の裏側間隙44に嵌合可能に、当該間隙44に対して所定の接触角度の楔形に形成する。この場合、所定の接触角度を上記ステップ1で設計した石垣4の安定した勾配・反りに合致するように加工する必要があり、棒状補強部材10の各築石41、41間の裏側間隙44に対する接触面、ここでは上下各面11u、11dの角度を、予め解析等で求められた安定勾配に石垣4が構築されるように調整する。続いて、対象の石垣4を下から順次積み直し、このときに、上記ステップ3で加工した棒状補強部材10を各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置する(ステップ4)。この場合、棒状補強部材10の基端部11を各築石41、41間の裏側間隙44に噛ませ、この間隙44から背面地盤43に向けて延ばす。棒状補強部材10を設置したら、この築石41と背面地盤43との間に裏栗石42、42、…を十分に充填する。この結果、裏栗石42、42、…が棒状補強部材10の周辺に詰められて、棒状補強部材10は栗石と栗石の間に介挿される。なお、この棒状補強部材10の終端部は背面地盤43に到達させず、裏栗石42、42、…内に留める。そして、上記ステップ4の石垣4の積み直し作業及び棒状補強部材10の設置作業を(石垣4の)最上段まで繰り返す(ステップ5)。
【0016】
このように対象の石垣4を伝統的工法により解体して積み直しを行う際に、上下の各築石41、41間に密着するように棒状補強部材10を飼石(築石の背面や上下の隙間に配され、築石を固定して緩みを防止する機能を有する石材)として配置し、この棒状補強部材10を裏栗石42、42、…の間に介挿したことで、当該棒状補強部材10により、裏栗石42、42、…の変位を抑制するとともに、築石41と裏栗石42、42、…とを一体化して、地震時でも築石41のずれや裏栗石42の沈下を抑制することができ、石垣4の安定性を十分に確保することができる。この場合、棒状補強部材10の各築石41、41間の裏側間隙44に対する接触面の角度を予め解析等で求められた安定勾配に石垣4が構築されるように調整することで、石垣4の安定した直線又は曲線勾配を容易に実現することができる。また、棒状補強部材10の設置範囲を各築石41、41間の裏側間隙44から裏栗石層42、42、…の内部までに留めることで、棒状補強部材10で背面地盤43に存在する遺構を傷付けることがなく、しかも、棒状補強部材10を石垣4の石材とともに積み重ねるだけなので、後世の調査・工事等において必要に応じて容易に除去可能であり、またさらに、この棒状補強部材10を天然材料の石材で形成したことで文化財的な技法や外観に適合するなど、文化財への適用上問題が少ない。
【0017】
以上説明したように、この空積み石垣の補強構造及び方法によれば、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に棒状補強部材10を設置し、当該棒状補強部材10を裏栗石42、42、…の間に介挿するので、当該棒状補強部材10により、裏栗石42、42、…の変位を抑制するとともに、築石41と裏栗石42、42、…とを一体化して、文化財的な外観を損なうことなく、容易に石垣4の安定性の向上を図ることができる。また、この補強構造及び方法では、棒状補強部材10を石材により略棒状に形成し、その基端部11を築石41に安定した勾配を付けて各築石41、41間の裏側間隙44に嵌合可能な略楔形に形成して当該間隙44に噛ませるので、文化財的な技法を損なうことなく、石垣4に安定した直線又は曲線勾配を容易に実現することができる。さらに、この補強構造及び方法では、棒状補強部材10の終端部を背面地盤43に到達させず、裏栗石42、42、…内に留めるので、背面地盤43に存在する遺構を傷付けることがなく、またさらに、この棒状補強部材10を石垣4の石材とともに積み重ねているだけなので、必要に応じて除去することができる。したがって、この補強構造及び方法は、特に、近代的な工法が一切認められない伝統的石垣の補強構造及び方法として極めて好ましい。
【0018】
図3に第2の実施の形態を示している。まず、図3を用いて、空積み石垣の補強構造について説明する。図3において、空積み石垣4は既述のとおりであり、ここでは、石垣4の各部について第1の実施の形態(図1)と同じ符号を付してその重複した説明を省略する。この空積み石垣の補強構造2では、各築石41、41間の裏側間隙44(隣り合う各築石41、41の胴と胴の間の間隙44)と背面地盤43との間に棒状補強部材20が設置され、この棒状補強部材20が裏栗石42、42、…の間(栗石と栗石の間)に介挿される。この棒状補強部材20はそれぞれ、石材の代替品として、硬質の金属材、この場合、鋼材により、各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延びる棒状に、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間の寸法よりも少し短い所定の長さに加工される。なお、この棒状補強部材20は単なる棒材で、基端部に楔形形状部なるものを有するものではない。このようにして棒状補強部材20は、基端部が各築石41、41間の裏側間隙44に配置され、この間隙44内に従来どおり築石41に安定した勾配を付けて裏栗石42、42、…などの石材が噛ませられ、(棒状補強部材20は)この間隙44から背面地盤43に向けて延び、裏栗石42、42、…の間に介挿される。そして、この棒状補強部材20の終端部は背面地盤43に到達されず、裏栗石42、42、…内に留められる。
【0019】
次に、この図3を用いて、この空積み石垣の補強方法について説明する。この補強方法では、空積み石垣4の解体後の積み直しとともに、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に予め鋼材により加工した棒状補強部材20を設置し、当該棒状補強部材20を裏栗石42、42、…の間に介挿する。その具体的な施工手順は次のとおりである。まず、対象の石垣4の補修設計として、変状前の石垣4の安定した勾配・反りを設計する(ステップ1)。次に、対象の石垣4を上から順次解体し、主たる断面における築石41の断面形状を測定する(ステップ2)。これに続いて、石垣4の積み直しの際に各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置する棒状補強部材20を加工する(ステップ3)。この場合、棒状補強部材20を硬質の金属材、ここでは鋼材により、各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延びる棒状に、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間の寸法よりも少し短い所定の長さに加工する。続いて、対象の石垣4を下から順次積み直し、このときに、上記ステップ3で加工した棒状補強部材20を各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置する(ステップ4)。この場合、棒状補強部材20の基端部を各築石41、41間の裏側間隙44に配置し、この棒状補強部材20を当該間隙44から当該間隙44をなす上下の築石41、41のうち下の築石41の胴(上面)の傾斜に沿って背面地盤43に向けて延ばす。そして、この場合、石垣4を上記ステップ1で設計した安定した勾配・反りに合致させるため、従来どおり築石41に予め解析等で求められた安定した勾配を付けて、当該間隙44内に裏栗石42、42、…などの石材を噛ませておく。このようにして棒状補強部材20を設置した後、この築石41と背面地盤43との間に裏栗石42、42、…を十分に充填する。この結果、裏栗石42、42、…が棒状補強部材20の周辺に詰められて、棒状補強部材20は栗石と栗石の間に介挿される。なお、この棒状補強部材20の終端部は背面地盤43に到達させず、裏栗石42、42、…内に留める。そして、上記ステップ4の石垣4の積み直し作業及び棒状補強部材20の設置作業を(石垣4の)最上段まで繰り返す(ステップ5)。
【0020】
このように対象の石垣4を伝統的工法により解体して積み直しを行う際に、棒状補強部材20を各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に配置し、この棒状補強部材20を裏栗石42、42、…の間に介挿したことで、当該棒状補強部材20により、裏栗石42、42、…の変位を抑制するとともに、築石41と裏栗石42、42、…とを一体化して、地震時でも築石41のずれや裏栗石42、42、…の沈下を抑制することができ、石垣4の安定性を十分に確保することができる。この場合、従来どおり、築石41に予め解析等で求められた安定勾配を付けるようにして、各築石41、41間の裏側間隙44内に裏栗石42、42、…などの石材を噛ませることで、石垣4の安定した直線又は曲線勾配を実現することができる。また、棒状補強部材20の設置範囲を各築石41、41間の裏側間隙44から裏栗石層42、42、…の内部までに留めることで、背面地盤43に存在する遺構を傷付けることがなく、しかも、棒状補強部材20を石垣4の石材とともに積み重ねているだけなので、後世の調査・工事等において必要に応じて容易に除去できるなど、文化財への適用上問題が少ない。
【0021】
以上説明したように、この空積み石垣の補強構造及び方法によれば、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に棒状補強部材20を設置し、当該棒状補強部材20を裏栗石42、42、…の間に介挿するので、当該棒状補強部材20により、裏栗石42、42、…の変位を抑制するとともに、築石41と裏栗石42、42、…とを一体化して、文化財的な外観を損なうことなく、容易に石垣4の安定性の向上を図ることができる。また、この補強構造及び方法では、棒状補強部材20を鋼材により略棒状に形成し、この棒状補強部材20の基端部を各築石41、41間の裏側間隙44に配置し、当該間隙44に、従来どおり、築石41に安定した勾配を付けて石材(飼石)を噛ませるので、棒状補強部材20に特に楔形形状部がない場合でも、石垣4に安定した直線又は曲線勾配を実現することができる。さらに、この補強構造及び方法では、棒状補強部材20の終端部を背面地盤43に到達させず、裏栗石42、42、…内に留めるので、背面地盤43に存在する遺構を傷付けることがなく、またさらに、この棒状補強部材20を石垣4の石材とともに積み重ねているだけなので、必要に応じて除去することができる。したがって、この補強構造及び方法は、特に、近代的な工法の適用が一部認められる伝統的石垣の補強構造及び方法として極めて好ましい。
【0022】
図4に第3の実施の形態を示している。まず、図4を用いて、空積み石垣の補強構造について説明する。図4において、空積み石垣4は既述のとおりであり、ここでは、石垣4の各部について第1の実施の形態(図1)と同じ符号を付してその重複した説明を省略する。この空積み石垣の補強構造3は、各築石41、41間の裏側間隙44(隣り合う各築石41、41の胴と胴の間の間隙44)と背面地盤43との間に棒状補強部材30が設置され、この棒状補強部材30が裏栗石42、42、…の間(栗石と栗石の間)に介挿される。この棒状補強部材30は第2の実施の形態と同様に、硬質の金属材、この場合、鋼材により、各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延びる棒状に、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間の寸法よりも少し短い所定の長さに加工される。なお、この棒状補強部材30は単なる棒材で、基端部に楔形形状部なるものを有するものではない。このようにして棒状補強部材30が各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延ばされ、築石41と背面地盤43との間に充填された裏栗石42、42、…の間に介挿される。そして、この棒状補強部材30の終端部は背面地盤43に到達されず、裏栗石42、42、…内に留められる。
【0023】
次に、この図4を用いて、この空積み石垣の補強方法について説明する。この補強方法では、空積み石垣4の解体、積み直しをしない場合に、鋼材からなる棒状補強部材30を用い、棒状補強部材30を石垣4表面から築石41、41間に圧入し、各築石41、41間の裏側間隙44から背面地盤43に向けて延ばし、当該棒状補強部材30を各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に充填された裏栗石42、42、…の間に介挿する。
【0024】
この空積み石垣の補強構造及び方法では、櫓等が上部に存在するなど、石垣の解体・積み直しが困難な場合、石垣の不安定化が進行し、緊急に補強が必要な場合、石垣の本格復旧までの間の石垣の安定性を確保するために仮説的に補強する場合などに好適で、石垣4表面の各築石41、41の間隙から鋼製の棒状補強部材30を圧入し、この棒状補強部材30を各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43間の裏栗石42、42、…の間に介挿することで、当該棒状補強部材30により、裏栗石42、42、…の変位を抑制するとともに、築石41と裏栗石42、42、…とを一体化して、地震時でも築石41のずれや裏栗石42、42、…の沈下を抑制することができ、石垣4の安定性を十分に確保することができる。また、この場合も、棒状補強部材30の設置範囲を各築石41、41の裏側間隙44から裏栗石層42、42、…の内部までに留めることで、背面地盤43に存在する遺構を傷付けることがなく、しかも、棒状補強部材30を石垣4の表面から石材の間に差し込むだけなので、この石垣の後世の調査・工事等において必要に応じて容易に除去することができ、さらに、石垣の本格復旧に際しては、この棒状補強部材30を引き抜くことで、石垣を従前の構造に復することができるなど、文化財への適用上問題が少ない。
【0025】
以上説明したように、この空積み石垣の補強構造及び方法によれば、石垣4表面の各築石41、41の間隙から棒状補強部材30を圧入することにより、この棒状補強部材30を各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置し、当該棒状補強部材30を裏栗石42、42、…の間に介挿するので、空積み石垣4を解体・積み直しすることなしに、裏栗石42、42、…の変位を抑制するとともに、築石41と裏栗石42、42、…を一体化して、石垣4の安定性を迅速に確保することができ、特に、緊急性を要する石垣の仮設補強として有効である。また、この補強構造及び方法でも、棒状補強部材30の終端部を背面地盤43に到達させず、裏栗石42、42、…内に留めるので、背面地盤43に存在する遺構を傷付けることがなく、さらに、この棒状補強部材30を石垣4表面の築石41、41の間隙から差し込んで、各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置するので、この棒状補強部材30を必要に応じて引き抜き、石垣4を従前の構造に復することができるなど、伝統的石垣への適用上極めて好ましい。
【0026】
なお、上記各実施の形態では、棒状補強部材10、20、30が各築石41、41間の裏側間隙44と背面地盤43との間に設置される、と説明しているが、この棒状補強部材10、20、30の設置箇所は、(全国)各所の修復、補修が必要な空積み石垣ごとの設計事項であり、各所の空積み石垣ごとに適宜設定されることになる。
【符号の説明】
【0027】
1 空積み石垣の補強構造
10 棒状補強部材
11 基端部
11u 上面
11d 下面
2 空積み石垣の補強構造
20 棒状補強部材
3 空積み石垣の補強構造
30 棒状補強部材
4 空積み石垣
41 築石
42 裏栗石
43 背面地盤
44 裏側間隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
背面地盤に沿って多数の裏栗石が介在され多数の築石が略階層状に積み上げられて構築された空積み石垣を補強する、空積み石垣の補強構造であって、
前記築石間の裏側間隙と前記背面地盤との間に棒状補強部材が設置され、当該棒状補強部材が前記裏栗石の間に介挿される、
ことを特徴とする空積み石垣の補強構造。
【請求項2】
棒状補強部材は石材により略棒状に形成され、前記棒状補強部材の基端部は築石に安定した勾配を付けて前記築石間の裏側間隙に嵌合可能な略楔形に形成され当該間隙に噛ませられる請求項1に記載の空積み石垣の補強構造。
【請求項3】
棒状補強部材は硬質の金属材により略棒状に形成され、前記棒状補強部材の基端部は築石間の裏側間隙に配置され、当該間隙に前記築石に安定した勾配を付けて石材が噛ませられる請求項1に記載の空積み石垣の補強構造。
【請求項4】
棒状補強部材の終端部は背面地盤に到達されず、裏栗石内に留められる請求項1乃至3のいずれかに記載の空積み石垣の補強構造。
【請求項5】
背面地盤に沿って多数の裏栗石が介在され多数の築石が略階層状に積み上げられて構築された空積み石垣を補強する、空積み石垣の補強方法であって、
前記築石間の裏側間隙と前記背面地盤との間に棒状補強部材を設置し、当該棒状補強部材を前記裏栗石の間に介挿する、
ことを特徴とする空積み石垣の補強方法。
【請求項6】
空積み石垣を解体後の積み直しをするときに、石材からなる棒状補強部材を用い、前記棒状補強部材の基端部を築石に安定した勾配を付けて前記築石間の裏側間隙に嵌合可能な略楔形に形成して当該間隙に噛ませる請求項5に記載の空積み石垣の補強方法。
【請求項7】
空積み石垣を解体後の積み直しをするときに、硬質の金属材からなる棒状補強部材を用い、前記棒状補強部材の基端部を築石間の裏側間隙に配置して、当該間隙に前記築石に安定した勾配を付けて石材を噛ませる請求項5に記載の空積み石垣の補強方法。
【請求項8】
空積み石垣を解体しない場合、硬質の金属材からなる棒状補強部材を用い、前記棒状補強部材を石垣表面から築石間に圧入し、前記築石間の裏側間隙から背面地盤に向けて延ばす請求項5に記載の空積み石垣の補強方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−63971(P2011−63971A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214531(P2009−214531)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(303057365)株式会社間組 (138)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】