説明

窒化処理性に優れた冷延鋼板およびその製造方法

【課題】内部硬度が高く、さらに、鋼板表面の窒化処理性に優れた冷延鋼板を安価に、且つ、安定的に提供する。
【解決手段】
冷間圧延後の鋼板を、300℃以上で、且つ、前記鋼板の再結晶温度未満の温度で加熱し、前記鋼板表面に付着しているC量を50at%以下、Si量を40at%以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板表面に窒化処理を施す際の窒化処理性に優れた冷延鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
差動装置に用いられるビスカスカップリングプレートのような極薄の鋼板材料等には、鋼板表面の高硬度性はもとより、鋼板自体の内部硬度も高硬度であることが求められる。
【0003】
極薄の鋼板材料において内部硬度を高くする方法としては、通常、鋼にCrやMo等の元素を添加する方法がとられる。
【0004】
また、鋼板表面の硬度を高める方法としては、従来から浸炭処理或いは窒化処理等の方法が知られている。一般に窒化処理は浸炭処理と比べ熱処理歪が小さいため、形状の要求精度の厳しい薄物材の表面硬化処理として窒化処理が広く用いられている。
【0005】
例えば、特許文献1(特開平2−217440号公報)の[従来技術とその問題点]には、窒化処理に用いる内部硬度の高い鋼として、JIS SACM645(0.45C−0.3Si−1.5Cr−0.2Mo−1.0Al)のような、CrやMoを添加した鋼が一般に用いられる旨が記載されている。
【特許文献1】特開平2−217440号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記鋼にCrやMo等の元素を添加して鋼板の内部硬度を高める方法は、鋼板価格が大幅にアップするという問題がある。
【0007】
また、鋼板表面の窒化処理は、非常に鋼板の表面状態に敏感であり、安定的に窒化層を形成することがむずかしく、窒化不良が生じ易く、表面の硬度不足を招く恐れがある。
【0008】
鋼板価格をアップさせることなく内部硬度の高い冷延鋼板は、例えば、一般的な低炭アルミキルド鋼を、冷間圧延したままの状態で、焼鈍を行わないことで製造することができる。しかし、このような、いわゆるフルハードの冷延鋼板の表面に窒化処理を行うと窒化不良が生じるという問題があった。
【0009】
本発明は、上記の問題に対してなされたもので、内部硬度が高く、さらに、鋼板表面の窒化処理性に優れた冷延鋼板を安価に、且つ、安定的に供給できる冷延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記フルハードの冷延鋼板の表面に窒化処理を行った場合の窒化不良の原因について検討を行った。
【0011】
上述したように、鋼板表面の窒化処理は、非常に鋼板の表面状態に敏感である。そこで、本発明者らは、鋼板表面に付着するC量及びSi量と、窒化処理性の関係について検討した。
【0012】
図1は、鋼板表面に付着するC量を変化させて窒化処理を行ったときの鋼板表面の硬度変化を示した図である。また、図2は、鋼板表面に付着するSi量を変化させて窒化処理を行ったときの鋼板表面の硬度変化を示した図である。この図1及び図2は、RXガス(炭化水素と空気を混合してNi触媒で熱分解させたガス。CO:20%,H:40%,N:40%)とNHガスを1:1で混合した雰囲気中に鋼板をさらし、600℃で1時間窒化処理を行った場合の鋼板表面のビッカース硬度(Hv)を荷重50gで測定した結果を示したものである。
【0013】
ここでは、前記ビッカース硬度の値が、約800Hvでほぼ一定となっている領域は窒化処理が安定して行われる領域であると判断できる。
【0014】
図1から鋼板表面に付着しているC量を50at%以下とすることで、窒化処理が安定して行われ、優れた窒化処理性を有していることがわかる。また、図2から鋼板表面に付着しているSi量を40at%以下とすることで、窒化処理が安定して行われ、優れた窒化処理性を有していることがわかる。
【0015】
以上より、窒化処理を安定して行うためには、鋼板表面に付着するC量を50at%以下、且つ、Si量を40at%以下とすることが必要であることがわかった。
【0016】
一方、冷間圧延後の鋼板表面には通常圧延油が付着しており、そのままの状況で窒化処理を施すと鋼板表面に残留するC(カーボン)の影響で窒化が不安定になる。冷間圧延後に行う通常の洗浄では表面に微量のCが残留し、窒化不良をおこすことから、このCを除去する方法について検討した。その結果、冷間圧延後に鋼板表面を加熱することで、鋼板表面のCを除去できることを見出した。なお、鋼板の再結晶温度以上で加熱を行うと鋼板が軟化し、硬度低下を起こすことから、鋼板の硬度低下を防止するには、加熱温度は再結晶温度未満とする必要がある。
【0017】
図3は、加熱温度に対する鋼板表面の付着C量の変化を示したものである。加熱温度が300℃以上で、加熱後の鋼板表面のC量が50at%以下に低減することがわかった。
【0018】
また、図4は、加熱温度に対する窒化処理後の鋼板内部(板厚中心部)の硬度変化を示したものである。なお、図4は、低炭アルミキルド鋼について測定した結果を示したものである。鋼板の内部硬度は、前記低炭アルミキルド鋼の再結晶温度である630℃未満の温度でほぼ冷間圧延時のままの硬度を保つことができることがわかった。
【0019】
また、本発明者らは、鋼板表面にSiが付着する原因についても検討を行った。その結果、鋼板表面へのSiの付着は、Siを含有する洗浄液で鋼板を洗浄する際に、洗浄液中のSiが鋼板表面に電着することが原因であることがわかった。
【0020】
本発明は、上記の知見に基づきなされたもので、以下のような特徴を有する。
[1]冷間圧延後に焼鈍を行わずに製造される表面窒化処理性に優れた冷延鋼板であって、
鋼板表面に付着しているC量が50at%以下、且つ、Si量が40at%以下であることを特徴とする表面窒化処理性に優れた冷延鋼板。
[2]冷間圧延後の鋼板を、300℃以上で、且つ、前記鋼板の再結晶温度未満の温度で加熱し、前記鋼板表面に付着しているC量を50at%以下、Si量を40at%以下とすることを特徴とする表面窒化処理性に優れた冷延鋼板の製造方法。
[3]冷間圧延後、加熱前に、鋼板表面にSiが電着しない条件で洗浄を行うことを特徴とする上記[2]に記載の表面窒化処理性に優れた冷延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、内部硬度が高く、さらに、鋼板表面の窒化処理性に優れた冷延鋼板を安価に、且つ、安定的に供給できる冷延鋼板およびその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための最良の形態の一例を説明する。
【0023】
本発明に係る表面窒化処理性に優れた冷延鋼板の製造方法は、冷間圧延後の鋼板を、300℃以上で、且つ、前記鋼板の再結晶温度未満の温度で加熱し、前記鋼板表面に付着しているC量を50at%以下、Si量を40at%以下とすることを特徴とするものである。
【0024】
上述したように、鋼板表面の窒化処理は、非常に鋼板の表面状態に敏感である。そこで、鋼板表面に付着し、窒化を阻害する要因となるCの付着量を50at%以下、及び、Siの付着量を40at%以下とすることで、安定した窒化処理が可能な、表面窒化処理性に優れた冷延鋼板が製造可能となる。なお、鋼板表面に付着しているC及びSiが窒化を阻害する機構は十分に解析できていないものの、これらが鋼板中に窒素が吸収される際にバリアとして働いているものと推定される。
【0025】
ここで、鋼板表面に付着しているC量を50at%以下とする方法としては、冷間圧延後に鋼板を300℃以上で加熱する方法を用いることができる。通常、冷間圧延後の鋼板には圧延油が付着しており、その圧延油を除去するために洗浄が行われるが、通常の洗浄では鋼板表面にCが残留する。そのため、洗浄後の残留Cを除去する目的で前記加熱を行う。
【0026】
前述の図1に示すように、300℃以上の加熱温度で、鋼板表面に付着するC量は、50at%以下となり、安定した窒化処理が可能となる。
【0027】
ここで、前記加熱温度は、窒化処理を行う鋼板の再結晶温度未満の温度とする必要がある。窒化処理を行う鋼板、例えば、上述の図4に示す低炭アルミキルド鋼の場合、鋼板の再結晶温度である630℃以上の温度では、板厚中心部の硬度が、冷間圧延後の硬度に比較して大きく減少する。このため、冷間圧延時のままの硬度を保つ為には、鋼板の再結晶温度以上の加熱は避ける必要がある。以上より、前記加熱温度は、窒化処理を行う鋼板の再結晶温度未満の温度とする必要がある。
【0028】
上記のような冷間圧延後の鋼板の加熱は、例えば連続焼鈍ラインにおいて、加熱炉の温度を前記温度範囲となるように調整して行うことができる。
【0029】
なお、一般の冷延鋼板の場合、圧延率50%以上で冷間圧延を行った後は、高い内部硬度を示しており、加熱温度を上記範囲とすることで、冷間圧延後の高い内部硬度を維持できる。そのため、例えば、低炭アルミキルド鋼のような安価な鋼板を用いた場合においても高い内部硬度を有し、それゆえCrやMoを添加した鋼板を使用する場合と比較して、安価に内部硬度の高い冷延鋼板を製造することが可能となる。
【0030】
また、鋼板表面に付着しているSi量を40at%以下とするためには、冷間圧延後、前記C除去のための加熱前に行う洗浄において、鋼板表面にSiを電着させないことが必要となる。洗浄時に鋼板表面にSiを電着させないためには、Siを含有しない洗浄液、例えば、苛性ソーダ等で洗浄することが好ましい。なお、Siを含有するオルソケイ酸ソーダ等を用いた洗浄を行う必要がある場合には、例えば、洗浄時の電解電流をオフにする等の方法を用いることができる。
【0031】
以上の方法を用いることで、例えば、低炭アルミキルド鋼のような安価な鋼板を用いた場合においても内部硬度が高く、さらに、鋼板表面の窒化処理性に優れた冷延鋼板を安定的に供給できる。
【0032】
なお、鋼板表面に付着しているC量を50at%以下、且つ、Si量を40at%以下とする処理方法については上記の方法に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の方法を用いることが可能である。
【実施例】
【0033】
質量%でCを0.03%、Siを0.02%、Mnを0.3%、Pを0.01%、sol.Alを0.04%含有し、残部が実質的にFeからなる低炭アルミキルド鋼に対し、熱間圧延→酸洗→冷間圧延→洗浄→加熱、を行い供試鋼を作成した。ここで、冷間圧延では、熱間圧延後の板厚2.3mmを0.4mmまで圧延した。
【0034】
下表1に示す条件で洗浄、加熱を行った後、供試鋼の鋼板表面に付着しているC量及びSi量をオージェ電子分光法(AES)で測定した。
【0035】
その後、RXガス(炭化水素と空気を混合してNi触媒で熱分解させたガス。CO:20%,H:40%,N:40%)とNHガスを1:1で混合した雰囲気中に供試鋼をさらし、600℃で1時間窒化処理を行い、供試鋼の鋼板表層のビッカース硬度(Hv)を荷重50gで測定した。また、供試鋼の内部硬度として、板厚中央部の硬度を同様に測定した。この測定結果を、下表1に併せて示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1に示すように、本発明範囲の製造条件であれば、鋼板表層の硬度及び内部硬度が共に高く、優れた表面窒化性と窒化処理後の内部硬度を確保することが可能であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】鋼板表面に付着するC量を変化させて窒化処理を行ったときの鋼板表面の硬度変化を示した図である。
【図2】鋼板表面に付着するSi量を変化させて窒化処理を行ったときの鋼板表面の硬度変化を示した図である。
【図3】加熱温度に対する鋼板表面の付着C量の変化を示した図である。
【図4】加熱温度に対する窒化処理後の鋼板内部の硬度変化を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間圧延後に焼鈍を行わずに製造される窒化処理性に優れた冷延鋼板であって、
鋼板表面に付着しているC量が50at%以下、且つ、Si量が40at%以下であることを特徴とする窒化処理性に優れた冷延鋼板。
【請求項2】
冷間圧延後の鋼板を、300℃以上で、且つ、前記鋼板の再結晶温度未満の温度で加熱し、前記鋼板表面に付着しているC量を50at%以下、Si量を40at%以下とすることを特徴とする窒化処理性に優れた冷延鋼板の製造方法。
【請求項3】
冷間圧延後、加熱前に、鋼板表面にSiが電着しない条件で洗浄を行うことを特徴とする請求項2に記載の窒化処理性に優れた冷延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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