説明

篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼ

篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼを提供する。イネの篩管液に存在するタンパク質を分析し、植物のグルタチオンSトランスフェラーゼと高い相同性を有するタンパク質を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼに関する。
【背景技術】
高等植物の篩部は、代謝物質およびシグナルの長距離輸送経路である。篩部の主要な構成要素は篩管であり、篩管は篩部要素と呼ばれる細胞が連なったものである。篩部要素は大部分の細胞小器官(例えば、核、液胞、ゴルジ体など)とリボソームを分化の際に欠失したものである(Cronshaw,Ann.Rev.Plant Physiol.32:465−484,1981)。このように核等を欠く篩部要素は、タンパク質合成能を欠いていると考えられる(Oparka et al.,Annu.Rev.Plant Physiol.Plant Mol.Biol.51:323−47,2000)。しかしながら、篩管の生理学的機能を維持するためにはタンパク質が必要である。そのため原形質経路を介して篩部要素へ隣接の伴細胞からタンパク質が供給されると考えられている。実際、ウリ科植物、コムギ、ヒマおよびイネ植物の篩管内容物である篩管液では、100種以上のタンパク質が検出されている(Eschrich and Heyser,Encyclopedia of Plant Physiology,N.S.vol.1:Transport in Plants,1.Phloem transport,eds.M.H.Zimmermann and J.A.Milburn,pp.101−136,Springer,Berlin,1975;Fisher et al.,Plant Physiol.100:1433−1441,1992;Sakuth et al.,Planta 191:207−213,1993;Nakamura et al.,Plant Cell Physiol.34,927−933,1993)。
カボチャでは、篩管液中に高濃度のPタンパク質が含まれており、Pタンパク質の中でもPP1およびPP2が分析されている(Clark et al.,Plant J.12,49−61,1997;Bostwick et al.,Plant Mol.Biol.26,887−897,1994)。またカボチャにおいて、ウイルスの移行タンパク質に対する抗体と結合する篩管液タンパク質CmPP16が細胞間のmRNA輸送能力を有することが示されている(Xoconostle−Cazares et al.,Science 283:94−98,1999)。さらにヒマでは、篩管液中にハウスキーピングタンパク質であるユビキチンおよび分子シャペロンが検出されている(Schobert et al.,Planta 196,205−210,1995)。このことにより、篩部要素におけるタンパク質の代謝回転およびフォールディングの存在が示唆される。またイネ植物およびヒマの篩管液において、チオレドキシンhおよびグルタレドキシンがそれぞれ検出されている(Ishiwatari et al.,Planta 195,456−463,1995;Szederkenyi et al.,Planta 202,349−356,1997)。これら2種の篩管液タンパク質は、チオール酸化還元タンパク質であり、S−S結合の還元を行うことで、酸化傷害を受けたタンパク質を修復すると考えられている(Ishiwatari et al.,Planta 195,456−463,1995;Szederkenyi et al.,Planta 202,349−356,1997)。またイネ植物の篩管液においてタンパク質リン酸化の酵素活性が検出されている。このことにより篩管におけるカルシウムシグナル伝達カスケードの存在が示唆される(Nakamura et al.,Plant Cell Physiol.34,927−933,1993)。しかしながらこのように同定された篩部タンパク質は全体のほんの一部にすぎず、大部分の可溶型タンパク質が未だ同定も、分析されてもいない。
一方、グルタチオンSトランスフェラーゼ(以下「GST」という)は、種々の疎水性求電子化合物へのトリペプチドグルタチオン(γ−Glu−Cys−Gly;GSH)の抱合を触媒する。植物GSTは、アミノ酸配列およびイントロン/エキソン構造に基づき3つのグループ(I型、II型およびIII型)に分類されている(Droog,J.Plant Growth Regul.16:95−107,1997)。これら植物GSTの機能に関しては、主に除草剤を解毒化する能力に焦点が当てられている(Marrs,Annu.Rev.Plant Physiol.Plant Mol.Biol.47,127−158,1996)。具体的には、植物GSTは除草剤にGSHを抱合させ、除草剤をより親水性で毒性の低い形態に変化させる。なおこの形態の除草剤は液胞に隔離される。さらにストレス(例えば乾燥、損傷、活性酸素、病原体攻撃および生体異物の適用)によって、植物GSTが誘導されることが報告されている(Kiyosue et al.,FEBS Lett.335:189−192,1993;Kim et al.,Plant Cell Rep.13:341−343,1994;Bartling et al.,Eur.J.Biochem.216,579−586,1993;Dudler et al.,Mol.Plant−Microbe Interact.4,14−18,1991;Wiegand et al.,Plant Mol.Biol.7,235−243,1986)。これらのストレス誘導性GSTは反応性分子にGSHを抱合させることで、反応性分子を解毒化する。従って、上記のチオレドキシンhおよびグルタレドキシンとともに、ストレス誘導性GSTは酸化傷害から細胞を防御すると考えられている(Marrs,Annu.Rev.Plant Physiol.Plant Mol.Biol.47,127−158,1996)。しかし、正常な植物におけるGSTの研究は、上記の除草剤解毒能力、アントシアニンの液胞への隔離(Marrs et al.,Nature 375,397−400,1995;Alfenito et al.,Plant Cell 10,1135−1149,1998)およびオーキシン結合活性(Bilang and Sturm,Plant Physiol.109,253−260,1995)に関することに限られている。また正常な植物組織におけるGSTの分布も、十分に分析されていない。
イネ篩管液中には、高濃度(約4mM)の還元型GSHが検出されている(Kuzuhara et al.,Soil Sci.Plant Nutr.46,265−270,2000)。しかしながら、イネ篩管液において、GSTは同定されていなかった。
【発明の開示】
本発明は、イネの篩管に存在するタンパク質を同定、分析することにより、例えば篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼを提供することを目的とする。
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、篩管液に存在するタンパク質を分析し、植物のグルタチオンSトランスフェラーゼと高い相同性を有するタンパク質を同定することで、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子である。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列における少なくとも1以上のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、グルタチオンSトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質。
また本発明は、前記遺伝子によりコードされる篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼタンパク質である。
また本発明は、前記遺伝子を有する組換えベクター、又は前記遺伝子の上流にさらに伴細胞特異的プロモーターを有する前記組換えベクターである。
また本発明は、前記遺伝子を有する組換えベクターを有する形質転換体である。
また本発明は、前記遺伝子の上流にさらに伴細胞特異的プロモーターを有する前記組換えベクターを有し、かつ薬剤に対する抵抗性を有する植物体である。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る遺伝子は、以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子である。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列における少なくとも1以上のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、グルタチオンSトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質。
(a)に記載のタンパク質をコードする遺伝子は、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼタンパク質(以下、「篩管局在性GSTタンパク質」という)をコードする遺伝子である。配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子の塩基配列は、2種のイネ(O.sativa,cv.Nipponbare)ESTクローン、S13415(登録番号D47745:配列番号2)およびR2087(登録番号D24517:配列番号3)、ならびにイネ(O.sativa,cv.Nipponbare)BACクローン、OSJNBb0015I11(登録番号AC051633−22)に登録されている。該遺伝子によってコードされるタンパク質(以下「RPP31」という)は植物のI型GSTと高い類似性を有する。RPP31はGlu−Ser−Argトリプレットを有する。該トリプレットは植物のI型GSTのGSH結合部位(G−部位)において高度に保存されている(Neuefeind et al.,Biol.Chem.378,199−205,1997;McGonigle et al.,Plant Physiol.124,1105−1120,2000)。さらに上記BACクローン(OSJNBb0015I11(登録番号AC051633−22))のDNA配列分析の結果から、RPP31をコードする遺伝子は3つのエキソンと2つのイントロンを含む。この遺伝子構造は植物のI型GSTと一致する。以上からRPP31は、植物のI型GSTであると特定できる。
ここで「篩管局在性」とは、植物の伴細胞で発現されたタンパク質が隣接する篩部要素に輸送され、少なくとも篩管(篩部要素)に存在することを意味する。従って、RPP31は、伴細胞に限らず篩部要素に局在する。これはイネの葉鞘基部の横断面切片における免疫組織染色実験から確認できる。なお、RPP31の篩管局在性は葉の成長段階にかかわらず確認できる。
篩部要素は篩管を構成する細胞であり、大部分の細胞小器官(例えば、核、液胞、ゴルジ体など)とリボソームを分化の際に欠失したものである(Cronshaw,Ann.Rev.Plant Physiol.32:465−484,1981)。このように核等を欠く篩部要素は、タンパク質合成能を欠いていると考えられる(Oparka et al.,Annu.Rev.Plant Physiol.Plant Mol.Biol.51,323−47,2000)。そのため原形質経路を介して隣接の伴細胞から篩部要素へタンパク質が供給されると考えられている。従って伴細胞からタンパク質合成能を欠く篩部要素内に、RPP31が効率的に輸送されると考えられる。RPP31は篩管が存在する器官に存在する。篩管が存在する器官としては、植物の葉および茎、特に葉が挙げられる。なお、植物の各器官についてウエスタンブロッティング分析を行うことにより、RPP31が存在する器官を特定できる。例えば、ウエスタンブロッティング分析の結果、根の抽出液からRPP31は検出されない。このことは根の篩管には、RPP31が存在しないかまたはきわめて微量で検出限界以下であることを示唆する。
(b)に記載のタンパク質をコードする遺伝子は、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1又は数個(例えば1〜10個、1〜5個)のアミノ酸が置換、欠失または付加されたアミノ酸配列からなり、且つGST活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である。なお「GST活性」とは、種々の疎水性求電子化合物にGSHを抱合させる活性を意味する。GST活性の測定方法としては、例えば一般的なGST基質であるCDNB(1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼン)を用いる方法が挙げられる。この方法を用いると、GST活性の結果としてCDNB−GSH抱合体が得られる。CDNB−GSH抱合体は、340nmに吸光のピークを持つ。従って340nmの吸光度の増加をGST活性として測定が行われる。
一旦本発明に係る遺伝子の塩基配列が確定されると、その後は化学合成によって、又はクローニングされたクローンを鋳型としたPCRによって、あるいは該塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって、本発明に係る遺伝子を得ることができる。さらに、部位特異的突然変異誘発法等によって本発明に係る遺伝子の変異型であって、変異前と同等の機能を有するものを合成することができる。
なお、本発明に係る遺伝子に変異を導入する方法としては、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法が挙げられる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant−K(TAKARA社製)やMutant−G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキットを用いて変異の導入が行われる。
本発明に係る篩管局在性GSTタンパク質は、本発明に係る遺伝子によりコードされるタンパク質である。例えば、本発明に係る遺伝子を大腸菌等に由来するベクターに組込み、次に得られた組換えベクターで大腸菌を形質転換する。その後、大腸菌内で合成されたタンパク質を抽出することで、本発明に係るタンパク質を得ることができる。
さらに本発明に係る組換えベクターは、本発明に係る遺伝子を有する組換えベクターである。適当なベクターに本発明に係る遺伝子を挿入することにより、本発明に係る組換えベクターを得ることができる。本発明に係る遺伝子を挿入するためのベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミド、シャトルベクター、ヘルパープラスミドなどが挙げられる。また該ベクター自体に複製能がない場合には、宿主の染色体に挿入することなどによって複製可能となるDNA断片であってもよい。
プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET30bなどのpET系、pBR322およびpBR325などのpBR系、pUC118、pUC119、pUC18およびpUC19などのpUC系、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13などのYEp系、YCp50などのYCp系等)などが挙げられる。またファージDNAとしては、λファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、カリフラワーモザイクウイルスなどの植物ウイルス、またはバキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
ベクターに本発明に係る遺伝子を挿入するには、まず適当な制限酵素で本発明に係る遺伝子のcDNAを切断し、次いで適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法が用いられる。またベクターと本発明に係る遺伝子のcDNAのそれぞれ一部に相同な領域を持たせることにより、PCRなどを用いたin vitro法または酵母などを用いたin vivo法によって両者を連結する方法であってもよい。
また本発明に係る組換えベクターは、本発明に係る遺伝子の上流にさらに伴細胞特異的プロモーターを有する組換えベクターである。ここで「伴細胞特異的プロモーター」とは、植物の伴細胞で特異的にプロモーター活性を示すプロモーターを意味する。例えば、伴細胞特異的プロモーターとしては、イネのチオレドキシンhプロモーター(Ishiwatari et al,Plant nutrition−for sustainable food production and environment.809−810,1997)が挙げられるが、これに限定されない。なお本発明に係る遺伝子の上流への伴細胞特異的プロモーターの挿入は、該プロモーターが活性を示し、且つ該プロモーターの活性によって本発明に係る遺伝子が発現するような部位に挿入される。ベクターへの伴細胞特異的プロモーターの挿入方法は、ベクターに本発明に係る遺伝子を導入する方法と同様であってよい。
本発明に係る形質転換体は、本発明に係る組換えベクターを有する形質転換体である。本発明に係る形質転換体は、本発明に係る組換えベクターを宿主中に導入することにより得ることができる。宿主としては、本発明に係る遺伝子を発現できるものであれば特に限定されるものではないが、植物が好ましい。宿主が植物である場合は、形質転換植物(トランスジェニック植物)は以下のようにして得ることができる。
本発明において形質転換の対象となる「植物」とは、植物全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部等)又は植物培養細胞のいずれをも意味する。形質転換に用いられる植物としては、イネ科、アブラナ科、ナス科、マメ科等に属する植物(下記参照)が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
イネ科:イネ(Oryza sativa)、トウモロコシ(Zea mays)
アブラナ科:シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)
ナス科:タバコ(Nicotiana tabacum)
マメ科:ダイズ(Glycine max)
本発明に係る組換えベクターは、通常の形質転換方法、例えば電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法等によって植物中に導入することができる。
例えばエレクトロポレーション法を用いる場合は、パルスコントローラーを備えたエレクトロポレーション装置により、電圧500〜1600V、25〜1000μF、20〜30msecの条件で処理し、本発明に係る組換えベクターを宿主に導入する。
また、パーティクルガン法を用いる場合は、植物全体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、またはプロトプラストを調製して使用してもよい。次いで遺伝子導入装置(例えばBio−Rad社のPDS−1000/He等)を用いて、調製した試料を処理することができる。処理条件は植物又は試料により異なるが、通常は1000〜1800psi程度の圧力、5〜6cm程度の距離で行う。
アグロバクテリウムのTiプラスミド又はRiプラスミドを利用する方法においては、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属に属する細菌が植物に感染すると、それが有するプラスミドDNAの一部を植物ゲノム中に移行させるという性質を利用して、本発明に係る遺伝子を植物宿主に導入する。アグロバクテリウム属に属する細菌のうちアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)は、植物に感染してクラウンゴールと呼ばれる腫瘍を形成する。またアグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes)は、植物に感染して毛状根を発生させる。これらは、感染の際にTiプラスミド又はRiプラスミド上のT−DNA領域(Transferred DNA)と呼ばれる領域が植物中に移行し、植物のゲノム中に組み込まれることに起因するものである。従って、Ti又はRiプラスミド上のT−DNA領域中に植物ゲノム中に組み込みたいDNAを挿入する。次いでアグロバクテリウム属の細菌を植物宿主に感染させると、植物ゲノム中に該DNAを組込むことができる。
形質転換の結果得られる腫瘍組織やシュート、毛状根などは、そのまま細胞培養、組織培養又は器官培養に用いることが可能である。また従来知られている植物組織培養法を用い、適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)の投与などにより植物体に再生させることができる。
また、植物ウイルスをベクターとして利用することによって、本発明に係る遺伝子を植物に導入することができる。利用可能な植物ウイルスとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスが挙げられる。まず、ウイルスゲノムを大腸菌由来のベクターなどに挿入して組換え体を調製した後、ウイルスのゲノム中に本発明に係る遺伝子を挿入する。このようにして修飾されたウイルスゲノムを制限酵素によって組換え体から切り出し、植物宿主に接種することによって、本発明に係る遺伝子を植物宿主に導入することができる。
本発明に係る組換えベクターは、上記植物宿主に導入するのみならず、大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、又はシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属に属する細菌、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等の酵母、COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、あるいはSf9等の昆虫細胞などに導入することもできる。大腸菌、酵母等の細菌を宿主とする場合は、本発明に係る組換えベクターは該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボソーム結合配列、転写終結配列および本発明に係る遺伝子により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。
細菌への本発明に係る組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
酵母への本発明に係る組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS−7、Vero、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスL細胞などが用いられる。動物細胞への本発明に係る組換えベクターの導入方法としては、動物細胞にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞などが用いられる。昆虫細胞への本発明に係る組換えベクターの導入方法としては、昆虫細胞にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。
一方、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等によって、本発明に係る遺伝子が宿主に組み込まれたか否かの確認を行うことができる。例えば、形質転換体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。次いで、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして1本のバンドとして増幅産物を検出することにより、形質転換されたことを確認する。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法を採用してもよい。
本発明に係る植物体は、本発明に係る遺伝子の上流にさらに伴細胞特異的プロモーターを有する組換えベクターを有し、かつ薬剤に対する抵抗性を有するものである。ここで「植物体」とは、本発明に係る遺伝子の上流にさらに伴細胞特異的プロモーターを有する組換えベクターによって形質転換された植物全体を意味する。上記組換えベクターを植物細胞等に導入し、得られた形質転換植物細胞から形質転換植物体に再生させることによって、本発明に係る植物体を得ることができる。再生方法としては、カルス状の形質転換細胞をホルモンの種類、濃度を変えた培地へ移して培養し、不定胚を形成させ、完全な植物体を得る方法が採用される。使用する培地としては、LS培地、MS培地等が挙げられる。なお組換えベクターの植物細胞等への導入は、上記と同様の方法によって行うことができる。
本発明に係る植物体では、伴細胞において、本発明に係る遺伝子によりコードされる篩管局在性GSTタンパク質が特異的に発現する。さらに発現した該タンパク質は、篩部要素に輸送される。一方、下記の実施例に示すように、本発明に係る篩管局在性GSTタンパク質はGST活性を示す。またイネの篩管液中には、GSHが検出されている(Kuzuhara et al.,Soil Sci.Plant Nutr.46,265−270,2000)。従って、本発明に係る植物体では、伴細胞で特異的に発現し、次いで篩部要素に輸送された本発明に係る篩管局在性GSTタンパク質が、篩管を通過する薬剤にGSHを抱合させ、薬剤を解毒化し得る。このように本発明に係る植物体は薬剤に対して抵抗性を有することができる。本発明に係る植物体が抵抗性を示し得る薬剤としては、プレチラクロール等のクロルアセトアミド系薬剤が挙げられるが限定されない。
RPP31はその他のI型GSTと高い類似性を示す。しかしRPP31は、既知のI型GSTに存在しない領域(およそアミノ酸配列第126位〜第177位の領域)を含んでいる。
この配列の機能的意義は、現在のところ明らかではない。しかしながら伴細胞で発現した該タンパク質が篩部要素へと輸送されるためのシグナル配列として該配列が機能すると考えられる。
従って、以下のことが考えられる。伴細胞特異的プロモーターの下流に本発明に係る遺伝子および外来遺伝子を有する組換えベクターを植物細胞等に導入する。この場合、本発明に係る遺伝子と外来遺伝子は、融合タンパク質をコードするように連結される。次いで得られた形質転換細胞から形質転換植物体に再生させる。
該植物体では、伴細胞特異的プロモーターによって、本発明に係る遺伝子と外来遺伝子とによってコードされる融合タンパク質が伴細胞で特異的に発現する。次いで上記シグナル配列により、該融合タンパク質が篩部要素に輸送される。このように融合タンパク質として外来タンパク質を篩管に局在化させることができる。外来遺伝子としては、いかなるタンパク質またはペプチドをコードする遺伝子であっても良いが、植物由来の殺虫性ペプチドまたはタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。例えば外来遺伝子として殺虫性ペプチドまたはタンパク質をコードする遺伝子を有する上記組換えベクターをイネ植物細胞に導入する。このようにして、種子では発現しないが篩管内だけで殺虫性ペプチドまたはタンパク質を発現する吸汁昆虫抵抗性遺伝子組換えイネを作製することができる。
【図面の簡単な説明】
図1は、イネ篩管液に由来するタンパク質の2次元電気泳動パターンを示す。
図2は、推定されるRPP31のアミノ酸配列とその他の植物のI型GSTのアミノ酸配列とのアラインメントを示す。
図3Aは、大腸菌で産生させた組換え体RPP31を電気泳動したSDS−PAGEゲルのCBB染色を示す。
図3Bは、大腸菌で産生させた組換え体RPP31のGST活性を示す。
図3Cは、イネ篩管液のGST活性を示す。
図4Aは、イネの篩管液および葉抽出液のウエスタンブロッティング分析の結果を示す。
図4Bは、イネの葉抽出液および根抽出液のウエスタンブロッティング分析の結果を示す。
図5Aは、免疫組織染色した葉鞘基部の横断面切片の全体写真である。
図5Bは、図5AのBの箇所に対応する拡大写真である。
図5Cは、図5AのCの箇所に対応する拡大写真である。
図5Dは、図5AのDの箇所に対応する拡大写真である。
図5Eは、図5AのEの箇所に対応する拡大写真である。
図5Fは、図5AのFの箇所に対応する拡大写真である。
図5Gは、陰性対照として免疫吸収抗体を用いて染色した大維管束領域の写真である。
図6は、プレチラクロールおよび/またはフェンクロリムで処理したイネに由来する葉抽出液および根抽出液におけるRPP31のウエスタンブロッティング分析の結果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
研究用試薬の入手元
以下の実施例で用いた試薬において、本明細書中に記載していないものについては、和光純薬(Osaka,Japan)の製品を用いた。
実施例1.篩管局在性GSTの同定
(1) イネ植物からの篩管液の回収
Nakamura et al.,Plant Cell Physiol.34,927−933,1993に記載のように、温度制御温室(30/25℃、昼/夜)において水栽培条件下で、イネ植物(Oryza sativa L.cv.Kantou)を成長させた。次にトビイロウンカの口針切断末端法(Kawabe et al.,Plant Cell Physiol.21,1319−1327,1980)によって、4〜5週間成長させた植物の葉鞘からイネ篩管液を回収した。なお篩管液を回収する全ての手順は、室内光条件(20μmol s−1−2)下で25℃および相対湿度60%の室内で行われた。回収した篩管液は分析まで−20℃で保存した。GST活性アッセイに用いる篩管液は4℃で保存した。
(2) RPP31のN末端アミノ酸配列分析
イネ篩管液300μlを15000rpmで20分間遠心分離した。次にNakamura et al.,Plant Cell Physiol.34,927−933,1993に記載のように、沈殿したタンパク質を2次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D−PAGE)に課した。その後、ゲル上に分離したタンパク質をPVDF(ポリビニリデンジフルオリド)メンブレン(Immobilon;Millipore Co.,USA)上に電気ブロッティングした。次に、クマシーブリリアントブルーG−250(CBB)バッファー(0.025%(w/v)CBB、10%(v/v)酢酸および40%(v/v)メタノール)を用いて、該PVDFメンブレンを染色した。結果を図1に示す。図1中、矢印の部分が31kDaタンパク質である。
次にPVDFメンブレンから31kDaタンパク質のスポットを切り離した。その後、気相プロテインシークエンサー(492HT,Applied Biosystems,USA)を用いて、該タンパク質のN末端アミノ酸配列分析を行った。その結果、該タンパク質のN末端アミノ酸配列がPGAVKVFGSP(配列番号4)であることが判明した。
さらに該N末端アミノ酸配列から予測される塩基配列について、DNAデータベース(DDBJ;http://www.ddbj.nig.ac.jp)を用いて検索した。この検索により、該N末端アミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むクローンとして、2種のイネ(O.sativa,cv.Nipponbare)ESTクローン、S13415(登録番号D47745)およびR2087(登録番号D24517)、ならびにイネ(O.sativa,cv.Nipponbare)のBACクローンOSJNBb0015I11(登録番号AC051633−22)が特定された。
(3) ESTクローンのDNA配列分析
シークエンスアナライザー(ABIPRISMTM310,PerkinElmer Biosystems,USA)によって、上記ESTクローン、S13415(登録番号D47745)およびR2087(登録番号D24517)、両方のESTクローンに対応する4種のプライマー、ならびにシークエンスキット、BigDye Terminator(PerkinElmer Biosystems,USA)を用いて、各ESTクローンの全ヌクレオチド配列を決定した。なおESTクローンは、両方とも農業生物資源研究所(http://rgp.dna.affrc.go.jp)から提供された。
両方のESTクローンに対応する4種のプライマーの配列は以下の通りであった。

上記配列分析の結果、ESTクローン、S13415(登録番号D47745)およびR2087(登録番号D24517)の塩基配列が、それぞれ配列番号2および配列番号3のように決定された。さらにこの分析により、両方のクローンが推定分子量30.7kDa(これはRPP31の分子量に対応する)の同一のタンパク質をコードする遺伝子を含むことが明らかとなった。またBACクローン、OSJNBb0015I11(登録番号AC051633−22)のDNA配列により、RPP31をコードする遺伝子は3つのエキソンと2つのイントロンを含むことが示された。この遺伝子構造は植物のI型GSTと一致する。さらに全ゲノムショットガンのイネ(O.sativa L.ssp.Indica)コンティグにおけるデータベース(北京ゲノム研究所,http://btn.genomics.org.cn/rice)を用いて、上記N末端アミノ酸配列から予測される塩基配列を検索した。検索により、イネゲノムは該N末端アミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子の1コピーを含んでいることが判明した。
(4) 相同性検索分析
アミノ酸レベルでのRPP31と植物のI型GSTとの相同性検索分析(DDBJ;http://www.ddbj.nig.ac.jp)を行った(図2)。なお多重配列アラインメントは、GenomeNet Clustal W(http://clustalw.genome.ad.jp/)を用いて行った。結果を図2に示す。
比較した植物のI型GSTは、以下のものである:トウモロコシ(Z.mays)由来のZmGST14およびZmGST3(ZmGST14:登録番号AF244679,McGonigle et al.,Plant Physiol.124,1105−1120,2000、ZmGST3:登録番号AJ010295−1,Grove et al.,Nucleic Acid Res.16,425−428,1988)、シロイヌナズナ(A.thaliana)由来のAtAC012328(登録番号AC012328−12)、タバコ(N.tabacum)由来のparB(登録番号D10524−1,Takahashi and Nagata,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89,56−59,1992)、ペチュニア(Petunia X hybrida)由来のAn9(登録番号Y07721−1,Alfenito et al.,Plant Cell 10,1135−1149,1998)、コムギ(T.aestivum)由来のTaGSTA1(登録番号T06509,Dudler et al.,Mol.Plant−Microbe Interact.4,14−18,1991)、ならびにイネ(O.sativa)由来のRGSTIおよびRGSTII(GSTの部分配列)(登録番号AJ002380,AJ002381,Wu et al.,Physiol.Plant.105,102−108,1999)。
図2中、白い枠中のアミノ酸配列は、プロテインシークエンサーによって検出されたN末端アミノ酸残基を示す。またISREC BOXSHADEソフトウエア(http://www.ch.embnet.org/software/BOX#form.html)によって、同一残基および類似残基にそれぞれ黒色および灰色の影をつけた。星印(*)は、GSH結合部位(G−部位)において保存されるアミノ酸を示す(McGonigle et al.,Plant Physiol.124,1105−1120,2000)。またダッシュ(−)は、ギャップを示す。
図2に示すように、RPP31は植物のI型GSTと高い類似性を示した。例えば、RPP31はGlu−Ser−Argトリプレット(図2中、星印(*)を付したアミノ酸残基)を有する。該トリプレットは植物のI型GSTのGSH結合部位(G−部位)において高度に保存されている。またRPP31は、ZmGST14と最も高い類似性を有していた(FASTA検索によれば70.5%のアミノ酸配列同一性)。これらのことから、RPP31は植物のI型GSTに分類されると考えられる。しかし、他のI型GSTと異なり、RPP31は既知のI型GSTに存在しない領域(およそアミノ酸配列第126位〜第177位の領域)を含んでいた。さらにRPP31とその他の植物のI型GSTとのN末端アミノ酸配列を比較すると、RPP31はタンパク質のN末端にメチオニンを有していないことが明らかとなった。
実施例2.In vitro GST酵素アッセイ
(1) 組換え体RPP31の合成
GST酵素アッセイに用いる組換え体RPP31を、大腸菌内で合成した。まず、イネESTクローンS13415(登録番号D47745:配列番号2)を鋳型とし、該クローンに対応するプライマーを用いたPCRによって、RPP31 cDNAを増幅した。
PCR反応条件およびプライマー配列は以下の通りであった。
PCR反応条件:96℃で45秒、60℃で45秒および72℃で2分の30サイクル、ならびに4℃で保存。

次に、増幅したRPP31 cDNA断片を制限酵素NdeIとNcoIとで切断し、同一制限酵素で切断したプラスミドベクターpET30b(Novagene Co.,Darmstadt,Germany)に挿入してサブクローニングした。得られたプラスミドは、以下「pAF27」と呼ぶ。
次に、大腸菌株BL21 DE3(Novagene Co.,Darmstadt,Germany)にpAF27を導入し、以下のようにRPP31タンパク質を合成させた。まず、LB培地で26.5℃にて一晩、pAF27を含む大腸菌を前培養した。次にこの前培養液1mlをLB培地50mlに加えて、26.5℃でさらに2時間培養した。その後、最終濃度0.1Mとなるようにイソプロピルチオ−β−D−ガラクトシド(IPTG)を添加してタンパク質合成を誘導し、さらに26.5℃で4時間培養した。次に培養液を12000rpmで10分間遠心分離し、大腸菌を回収した。得られた大腸菌に抽出バッファー(20mM Tris−HCl(pH7.8)および0.2M NaCl)0.5mlを加え、超音波処理によって溶解した。次に12000rpmで10分間遠心分離することで細胞破片を除去した。得られた上清を抽出液としてGST活性アッセイに用いた。
(2) IPTGで誘導された組換え体RPP31発現の確認
IPTGで処理された大腸菌において、組換え体RPP31が発現されているか否かを確認するために、SDS電気泳動およびCBB染色を行った。pAF27を有する大腸菌に由来する、IPTG誘導前に抽出したタンパク質およびIPTG誘導後に抽出したタンパク質をSDS電気泳動に供した。次にCBBバッファー(0.025%(w/v)CBB、10%(v/v)酢酸および40%(v/v)メタノール)を用いてゲルを染色した。結果を図3Aに示す。図3A中、レーン1は、IPTG誘導前に抽出したタンパク質、レーン2はIPTG誘導後に抽出したタンパク質である。矢印は、RPP31タンパク質を示す。
図3Aに示すように、IPTG誘導後にはRPP31の発現が誘導されていることが確認できた。
(3) 組換え体RPP31のGST活性アッセイ
pAF27を含有する大腸菌に由来する抽出液のGST活性を、一般的GST基質であるCDNB(1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼン)を用いて測定した。なおアッセイには、pAF27を含有する大腸菌に由来する抽出液およびpET30bを有する大腸菌(ベクター対照)に由来する抽出液を用いた。抽出液と水との混合物(150μl)および反応バッファー(10mM CDNB 50μl、10mM GSH 50μl、および0.2M KHPO(pH6.5)250μl)からなる反応液0.5mlで、酵素反応を5分間実施した。CDNB−GSH抱合体は、340nmに吸光のピークを持つ。従って次に340nmの吸光度の増加をGST活性として、測定を行った。GST活性測定法の詳細は、秀潤社「活性酸素実験プロトコール」(谷口直之監修)に従った。結果を図3bに示す。
CDNB−GSH抱合体のモル吸光係数9600をもとに、反応液中のタンパク質の酵素活性値を測定した。図3bのグラフは、4回の独立して繰り返した実験の平均と標準偏差を示す。pET30bを有する大腸菌(ベクター対照)に由来する抽出液と比較してpAF27を有する大腸菌に由来する抽出液において、CDNB−GSH抱合活性、すなわちGST活性が有意に増加していた(t検定;p<0.005)。このことは、組換え体RPP31がGST活性を有することを示す。
(4) イネ篩管液のGST活性アッセイ
イネ篩管液自体がCDNB−GSH抱合活性を有するか否かを調べるために、イネ篩管液のGST活性の測定を行った。限外ろ過用フィルターMicrocon YM−3(Millipore Co.,Tokyo,Japan)を用いて、4℃にてイネ篩管液60μlを約3μlにまで濃縮した。上記と同様にCDNBを基質として用いて、340nmの吸光度変化により濃縮篩管液のGST活性を測定した。反応液(10mM CDNB 0.5μl、10mM GSH 0.5μl、0.2M KHPO(pH6.5)2.5μl、水0.5μlおよび濃縮篩管液1μl)5μlを用いて吸光度の測定を行うため、内径0.5mmの微量セル(Absorbance Capillary Adaptor Cell;Helix Co.,CA,USA)を用いた。陰性対照には、篩管液の濃縮の際にフィルターを通過した低分子の画分(分子量<3000)および篩管液の組成に似せた合成篩管液(5mM Ca(NO、10mM KSO、10mM KHPO、20mM KCl、10mM MgCl、5mM HCl、10mM KOH、10mMマレート、20mMアスパラギン酸、20mMグルタミン酸、20mMセリン、20mMトレオニン、10mMチロシン、10mMリシン、10mMフェニルアラニン、5mMトリプトファンおよび250mMスクロース)を用いた。測定は、独立した実験を2度行った。結果を図3Cに示す。
陰性対照である篩管液の低分子画分および合成篩管液の吸光度変化は、水を用いて測定したバックグラウンドと変わらなかった。一方、RPP31が存在する濃縮篩管液では、これらに比べ、大きな吸光度変化が検出された。このことは、イネ植物の篩管でRPP31がGST活性を有することを示唆する。
実施例3.ウエスタンブロッティング分析
(1) His−tag付きRPP31の合成
RPP31に対する抗体を作製するために、抗原としてHis−tag付きRPP31を以下のように作製した。まずイネESTクローンS13415(登録番号D47745:配列番号2)を鋳型とし、該クローンに対応するプライマーを用いたPCRによって、RPP31 cDNAを増幅した。
PCR反応条件およびプライマー配列は以下の通りであった。
PCR反応条件:96℃で45秒、60℃で45秒および72℃で2分の30サイクル、ならびに4℃で保存。


次に制限酵素KpnIとNcoIとを用いて増幅断片を処理した。その後、同一制限酵素で切断したプラスミドベクターpET30bのHis−tag配列の下流に、制限酵素で処理した断片を挿入し、サブクローニングした。次に実施例1のpAF27において記載した同様の方法によって、His−tag付き組換え体RPP31を含む大腸菌抽出液の上清を調製した。さらに製造元の使用説明書に従い、His−結合バッファーキット(Novagene Co.,Darmstadt,Germany)を用いて、ニッケルカラムでHis−tag付きRPP31タンパク質を精製した。
(2) ウサギ抗RPP31ポリクローナル抗体の作製および精製
抗原としてHis−tag付きRPP31タンパク質3.0mgをウサギに免疫した。なお抗RPP31血清の作製は、サワディーテクノロジー社(Tokyo,Japan)に依託した。次にImmunoPure IgG(プロテインA)精製キット(PIERCE Co.,Rockford,USA)を用いて、免疫したウサギ血清中のIgGを精製した。その後、Yamaya et al.,Plant Physiol.100,1427−1432,1992の方法に従って、抗RPP31 IgGのアフィニティー精製を以下のように行った。
His−tag付きRPP31タンパク質100μgをSDS電気泳動に供し、ナイロンメンブレン上に転写した。次にPonceauS染色液(0.1%(w/v)PonceauS(SIGMA CHEMICAL,MO,USA)を含む1%(v/v)酢酸)で、該ナイロンメンブレンを染色した後、1%(v/v)酢酸および脱イオン水で洗浄し、RPP31のバンドを切り出した。該バンドを100μM NaOHで洗浄し、PonceauSを完全に除去した。次に脱イオン水およびPBS(137mM NaCl、2.7mM KCl、8.1mM NaHPOおよび1.5mM KHPO)で3回ずつ、該バンドを洗浄し、RPP31結合シートとした。5%(w/v)脱脂粉乳(Santa Cruz Biotechnology,USA)を含むTPBS(0.1%(w/v)Tween20を含むPBS)(TPBS−MILK)中で、該結合シートを4時間ブロッキングした。次に、IgG溶液450μlを含むPBS−BSA(0.3%(w/v)BSAおよび0.05%(w/v)NaNを含むPBS)9ml中に該結合シートを移し、一晩インキュベートすることで、His−tag付きRPP31にIgGを結合させた。その後、TPBS−MILKを用いて20分を3回、PBSを用いて10分を1回、該結合シートを洗浄した。さらに0.2Mグリシン−HCl(pH2.5)500μl中で、該結合シートを2分30秒間洗浄し、IgGを溶出させた。即座に、溶出液に6.9%(w/v)BSAを含むTris−HCl(pH8.8)85μlを加えて中和した。さらにもう一度、該結合シートを用いてこの抗RPP31 IgGを含む溶出液を精製した。このようにして得られた溶出液をアフィニティー精製RPP31抗体として、下記のウエスタンブロッティング分析および免疫組織染色実験に用いた。また、結合シートとインキュベートした後の溶液は、さらに2回、結合シートとインキュベートして完全に抗RPP31 IgGを取り除いた。免疫吸収抗体としてこの溶液を、免疫組織染色実験の陰性対照に用いた。
(3) イネ葉および根の可溶型タンパク質の抽出
イネの葉または根を液体窒素中で粉砕し、葉の場合は等重量、根の場合は半分量の抽出バッファー(25mM Tris−HCl(pH6.8)、5%β−メルカプトエタノール、5mM p−APMSFおよび25μg/mlロイペプチン)と混合した。それぞれ得られたホモジェネートを13000g、4℃、30分にて2回遠心分離し、可溶型タンパク質を含む抽出液を得た。なお葉抽出液、根抽出液、篩管液および大腸菌細胞抽出液の全タンパク質濃度の測定には、Protein Assay Reagent(BIO−RAD Co.,CA,USA)を用いた。測定方法は、付属のプロトコールに従った。
(4) ウエスタンブロッティング分析
ウエスタンブロッティング分析により、イネの葉抽出液および根抽出液および篩管液中のRPP31の検出を行った。ここでは、陽性対照として大腸菌細胞由来のHis−tag付きRPP31を用いた。まず葉抽出液、根抽出液および篩管液をSDS電気泳動に課し、PVDFメンブレン上に転写した。次に3%(w/v)ゼラチン(BIO−RAD CO.,CA,USA)中で該PVDFメンブレンをブロッキングした。その後、1次抗体としてアフィニティー精製抗RPP31抗体および2次抗体としてヤギ−抗IgG(H+L)セイヨウワサビペルオキシダーゼコンジュゲート(BIO−RAD Co.,CA,USA)を用いて、免疫ブロッティングを行った。なお検出用の基質としてジアミノベンジジンを用いた。結果を図4A、Bに示す。
図4Aにおいて、Mは分子量マーカー、PはHis−tag付きRPP31(陽性対照、50ng)、レーン1は篩管液(タンパク質含量1.5μg)、レーン2は葉抽出液(タンパク質含量1.5μg)、レーン3は葉抽出液(タンパク質含量15μg)を示す。
図4Aに示されるように、イネ植物の篩管液および葉抽出液において、RPP31の分子量に対応する31kDaの主要なバンドが検出された。篩管液においては、さらに約37kDa、35kDaおよび28kDaの位置にさらに3本の薄いバンドが検出された。植物GSTは25〜29kDaの分子質量であるものが多いことから(Marrs et al.,Annu.Rev.Plant Physiol.Plant Mol.Biol.47,127−158,1996)、28kDaのバンドは別のGSTである可能性が考えられた。さらに約37kDaおよび35kDaの2本のバンドは、GSTの分子量とは大きく外れることから、抗体が非特異的に検出したものと考えた。一方、等重量のタンパク質を泳動した葉抽出液のバンドより篩管液のRPP31のバンドは濃かった。従って、篩管液中ではRPP31の存在割合が高いと考えられる。
一方、図4Bにおいて、PはHis−tag付きRPP31(陽性対照、50ng)、Mは分子量マーカー、レーン4は葉抽出液(タンパク質含量10μg)、レーン5は根抽出液(タンパク質含量10μg)を示す。
図4Bに示されるように、葉抽出液と同じタンパク質含量の根抽出液ではRPP31が検出されなかった。このことは根におけるRPP31の存在量が、検出限界以下であることを示唆する。
実施例4.免疫組織染色法によるRPP31の局在の確認
イネ植物の葉鞘基部の横断面切片において、RPP31の細胞局在を調査した。まず5週間成長させたイネ植物の葉鞘基部約5mmを切り取り、固定バッファー(1.85%(v/v)ホルムアルデヒド、45%(v/v)エタノールおよび5%(v/v)酢酸)中で固定した。次に、組織をt−ブチルアルコールで脱水し、パラフィンに包埋した。パラフィン包埋方法の詳細は、Kouchi and Hata,Mol.Gen.Genet.238:106−119,1993の方法に従った。次に、ミクロトーム(LR−85,YAMATO KOHKI Industrial Co.,Japan)を用いて、該組織を10μm厚の横断面切片にスライスし、スライドガラスに移した。その後、製造元の使用説明書に従い、Vectastain ABC Eliteキット(Vector Lab.Inc.,CA,USA)および上記のアフィニティー精製ウサギ抗RPP31ポリクローナル抗体を用いて、組織切片表面上のRPP31を可視化した。なお陰性対照における1次抗体として、上記の免疫吸収抗体を用いた。
免疫組織染色した葉鞘基部の横断面切片の全体写真を図5Aに示す。スケールバーは、200μmである。切片の全体図は顕微鏡の一視野に入り切らないため、Photoshop(Adobe System,CA,USA)ソフトウエアを用いて6つの視野に分けて撮影したものをつなぎ合わせた。最も内側に存在する未熟な葉は、P1と呼ばれている(Nemoto et al.,Crop Sci 35:24〜29,1995)。以下、外側に向かってP2、P3と葉に番号が付けられている。図5Aに示されるように、RPP31のシグナルは、維管束の篩部にのみに検出され、葉肉細胞や表皮細胞では検出されなかった。
図5B〜Fは、図5A中に示す各々の箇所に対応する拡大写真である。図中の各々の略語の意味は、以下の通りである。Xy;木部導管、CC:伴細胞、SE:篩部要素、Ph:篩部。また図5B〜Fにおいてスケールバーは、25μmである。
図5BおよびCにそれぞれP3葉の大維管束および小維管束の拡大写真を示す。P3葉の大維管束および小維管束では、RPP31は篩部要素および伴細胞に局在するが、木部や維管束鞘細胞に局在していなかった。特に伴細胞と篩部要素の区別が明確なP3葉の大維管束では、篩部要素内においてシグナルが強く、伴細胞では弱かった(図5B)。このことは、RPP31が伴細胞から篩部要素へ輸送されていることを示唆する。
また図5DおよびEにそれぞれP2葉の大維管束および小維管束の拡大写真を示す。P2葉においても、RPP31は篩部に局在するが、木部には局在していなかった。さらに図5Fは、P1葉の維管束の拡大写真を示す。同様にP1葉においても、RPP31は篩部に局在していた。
なお図5Gは、陰性対照として免疫吸収抗体を用いて染色した大維管束領域の写真である。
以上の結果より、イネ植物の葉の伴細胞および篩部要素にRPP31が局在することが示された。
なおこの実験では、細胞全体でシグナルが見られる篩部要素と、シグナルが細胞膜付近では見られるが細胞中心部では見られない篩部要素が存在した。この理由として、細胞中心部にシグナルが見られない篩部要素では、細胞内容物が固定されずに流失してしまった可能性がある。また細胞全体でシグナルが見られる篩部要素では、篩板の近くで細胞が切り取られた等の理由で細胞内容物が残ったと考えられる。
実施例5.RPP31の薬剤に対する誘導性の調査
イネから単離された2種のI型GST遺伝子、RGSTIおよびRGSTIIの発現は、除草剤プレチラクロールおよび薬害軽減剤フェンクロリムにより誘導される(Wu et al.,Physiol.Plant.105,102−108,1999)。そこでプレチラクロールおよびフェンクロリムの処理によってRPP31が誘導されるか否かを調査するために、上記の薬剤で処理した植物の葉および根の可溶型タンパク質を含む抽出液をウエスタンブロッティングによって分析した。
まず実施例1に記載のように、イネ(O.sativa cv.Kantou)を3〜4週間成長させた。次に2×10−5Mプレチラクロール(Kanto Chemical Co.,Japan)もしくは2×10−5Mフェンクロリム(Ciba−Geigy Co.,Japan)またはそれら両方を含む水耕液500ml中に5〜7葉期のイネ4本を移し、薬剤を含む水耕液にイネ根部を1日間浸した。その後、実施例3に記載のように、葉および根の可溶型タンパク質を抽出し、得られた葉および根の抽出液を用いてウエスタンブロッティング分析を行った。結果を図6に示す。
図6において、PはHis−tag付きRPP31(陽性対照、50ng)、Mは分子量マーカー、Cは未処理植物に由来する葉または根の抽出液(タンパク質含量10μg)、+Pはプレチラクロールで処理した植物に由来する葉または根の抽出液(タンパク質含量10μg)、+Fはフェンクロリムで処理した植物に由来する葉または根の抽出液(タンパク質含量10μg)、+P+Fはプレチラクロールおよびフェンクロリムの両方で処理した植物に由来する葉または根の抽出液(タンパク質含量10μg)を示す。
プレチラクロールもしくはフェンクロリムまたはその両方の処理した後で、葉の抽出液中のRPP31量は変化しなかった。また根の抽出液においては、プレチラクロールまたは/およびフェンクロリムで処理した後でさえもRPP31は検出されなかった。また10日間プレチラクロールまたは/およびフェンクロリムで処理したイネにおいても、1日間処理と同様に葉抽出液においてはRPP31量の変化が見られず、また根抽出液においてはいずれもRPP31が検出されなかった(データは示していない)。これらの結果より、イネではプレチラクロールまたは/およびフェンクロリム処理によってRPP31は誘導されないことが示された。
以上の実施例により、RPP31は根に局在しないが、葉の篩部要素と伴細胞に局在する。さらにプレチラクロールまたは/およびフェンクロリム処理によってRPP31の発現は誘導されない。従って、RPP31は葉に恒常的に存在するGSTであることが示された。
【産業上の利用の可能性】
本発明により篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼが提供される。従って本発明により、篩管におけるGSTの機能的メカニズムの解明が前進すると考えられる。
【配列表】








【図1】

【図2】













【図6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列における少なくとも1以上のアミノ酸が置換、欠失、又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、グルタチオンSトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項2】
請求の範囲1に記載の遺伝子によりコードされる篩管局在性グルタチオンSトランスフェラーゼタンパク質。
【請求項3】
請求の範囲1に記載の遺伝子を有する組換えベクター。
【請求項4】
前記遺伝子の上流にさらに伴細胞特異的プロモーターを有する、請求の範囲3に記載の組換えベクター。
【請求項5】
請求の範囲3に記載の組換えベクターを有する形質転換体。
【請求項6】
請求の範囲4に記載の組換えベクターを有し、かつ薬剤に対する抵抗性を有する植物体。

【国際公開番号】WO2004/024924
【国際公開日】平成16年3月25日(2004.3.25)
【発行日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−535858(P2004−535858)
【国際出願番号】PCT/JP2003/003325
【国際出願日】平成15年3月19日(2003.3.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成14年3月20日 日本植物生理学会2002年度年会準備委員会発行の「日本植物生理学会2002年度会および第42回シンポジウム講演要旨集」に発表
【出願人】(000000169)クミアイ化学工業株式会社 (86)
【出願人】(502335017)
【Fターム(参考)】