説明

精製転写因子タンパク質の直接導入による細胞形質転換技術

【課題】精製組換え転写因子タンパク質を添加することによりiPS細胞を誘導する技術を開発する。
【解決手段】精製用タグと細胞導入タグを連結し、かつ、ポリエチレンイミンで修飾した転写因子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精製転写因子、例えばSOX2、OCT3/4、LIN28やNANOGの調製法と細胞導入技術に関し、詳しくは、iPS細胞(induced pluripotent stem cells)誘導に必要な転写因子(例えばSOX2、OCT3/4、LIN28やNANOG)を組換えタンパク質として発現し、化学修飾を施すことにより溶解性を高め、そして細胞内に取り込ませてターゲットのプロモーターを活性化し、iPS細胞を作製する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞(非特許文献1)を用いた医療を実現するにあたり、これから解決しなければならない問題点として、以下の3つが挙げられる:
【0003】
1)レトロウイルスベクターの利用:現在、iPS細胞の作製にはウィルスベクターによる転写因子の遺伝子導入が必要である。レトロウィルスを利用する場合には導入遺伝子がゲノムに組み込まれるために、発癌などの意図せぬ悪性化を生じる可能性があり、医療用として用いることは危険である。そのため、遺伝子を細胞に導入する方法でiPS細胞の作製をする場合には、ゲノムに遺伝子を導入しないアデノウイルスの使用や物理・化学的な遺伝子導入法を用いる技術開発が必要である。しかし、アデノウイルスの発現は一過性であり、このウイルスによるiPS細胞の作製の報告はない。また、たとえ遺伝子を細胞に物理的に導入しても、安定した遺伝子発現細胞は導入遺伝子が染色体に取り込まれることも報告されている。
【0004】
2)組換え細胞利用についての社会的背景:外来性の遺伝子を導入する以上、医療現場での安全性の担保は困難である。さらに、日本では社会通念上、組換え技術の利用には保守的であるため、iPS細胞利用技術の広汎な普及のためには可能な限り組換え技術を避けるべきである。また、比較的安全と考えられていたアデノウイルスを利用した遺伝子治療でも不慮の事故が起きており、ウイルスの臨床利用には不確実性を伴うとの不安も未だ強い。
【0005】
3)iPS細胞化工程の品質管理:医療産業で幅広くiPS細胞を利用するためには、iPS細胞の品質管理が極めて重要であることは言を待たない。遺伝子導入を行う場合、核酸及びウイルスの品質を厳密に管理する必要がある。核酸及びウイルス医薬は現時点では限定的に用いられるのみであり、生産と品質管理においては手探りで行われているのが現状である。
【0006】
これらの遺伝子導入における問題点を克服するため、薬剤を用いたiPS細胞誘導も報告されている(非特許文献2)。しかし、薬剤を用いることから予期せぬタンパク質を活性化し、癌化の恐れも拭いきれない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S. (2007)“Generation of germline-competent induced pluripotent stem cells.” Nature 448: 313-317
【非特許文献2】Huangfu D, Maehr R, Guo W, Eijkelenboom A, Snitow M, Chen AE, Melton DA. (2008) “Induction of pluripotent stem cells by defined factors is greatly improved by small-molecule compounds.” Nature Biotechnology 26: 795-797
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、精製組換え転写因子タンパク質を添加することによりiPS細胞を誘導する技術を開発することである。精製タンパク質の利用では、遺伝物質を完全に排除した状態でiPS細胞を作製、利用することが可能である。組換えタンパク質の歴史では組換えインスリンをはじめとする数多くの組換えタンパク質が実際に医薬として利用されており、既に必須なものとして社会的にも認知されている。これにより、1)レトロウィルスを使用することによる潜在的腫瘍化の危険性、2)一般の組換え細胞利用についての社会的背景、3)iPS細胞化工程の品質管理問題等を解決し、広汎な分野でのiPS細胞医療の実用化に資することができる。
【0009】
タンパク質によるiPS細胞誘導の開発のためにはiPS誘導に関与する転写因子を実際に組換えタンパク質として発現及び精製し、細胞に導入することにより、そのターゲットプロモーターの駆動に成功することが必要である。また転写因子タンパク質を導入することで他の生物学的現象(例えば概日リズムの解析・制御)に利用することも可能である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明ではiPS誘導に関与する転写因子SOX2及びOCT3/4を用い、そのターゲットプロモーターの駆動を行わせるために、1)細胞導入タグの付加及び2)精製を容易にするための精製タグの付加を行い、そして3)溶解度を高めるため化学修飾を行った転写因子を用いて細胞導入に成功すると共に、標的プロモーターの活性化にも成功した。更にiPS細胞作製に利用できるだけでなく、時計遺伝子のリズム位相にも影響を及ぼすことも明らかとなり概日リズムの解析及び制御にも利用できることが示唆された。
【0011】
また、本発明ではiPS誘導に関与する転写因子としてNANOGタンパク質を用い、そのターゲットプロモーターの駆動を行わせるために、1)細胞導入タグの付加2)精製を容易にするための精製タグの付加を行い、そして3)溶解度を高めるための化学修飾を行い製造した。
【0012】
更に、iPS誘導に関与する転写因子であるLIN28タンパク質はジンクフィンガー構造を取るため通常発現させることは難しいが、本発明ではLIN28タンパク質にマイコバクテリウム属細菌由来α抗原を融合させた形で発現させることにより、形質転換体を用いたLIN28タンパク質の製造に成功した。そして、ターゲットプロモーターの駆動を行わせるために、LIN28タンパク質に、1)細胞導入タグの付加、及び2)精製を容易にするための精製タグの付加を行い製造した。
【0013】
本発明は、以下の発明に関する。
【0014】
項1.精製用タグと細胞導入タグを連結し、かつ、ポリエチレンイミンで修飾した転写因子。
【0015】
項2.前記転写因子がSOX2、OCT3/4、NANOG又はLIN28タンパク質である、項1に記載の転写因子。
【0016】
項3.前記精製用タグがHisタグである、項1又は2に記載の転写因子。
【0017】
項4.前記細胞導入タグがアルギニンタグである、項1〜3のいずれかに記載の転写因子。
【0018】
項5.項1〜4のいずれかに記載の転写因子をコードする遺伝子。
【0019】
項6.項1〜4のいずれかに記載の転写因子を細胞に導入して細胞を形質転換することを特徴とする、形質転換細胞の作製方法。
【0020】
項7.形質転換細胞がiPS細胞である、項6に記載の方法。
【0021】
項8.マイコバクテリウム属細菌由来α抗原、ペプチド結合を切断可能な認識部位、精製用タグ及び細胞導入タグが連結されたLINファミリー転写因子。
【0022】
項9.LINファミリー転写因子がLIN28タンパク質である、項8に記載のLINファミリー転写因子。
【0023】
項10.前記精製用タグがHisタグである、項8又は9に記載のLINファミリー転写因子。
【0024】
項11.前記細胞導入タグがアルギニンタグである、項8〜10のいずれかに記載のLINファミリー転写因子。
【0025】
項12.ポリエチレンイミンで修飾した、項8〜11のいずれかに記載のLINファミリー転写因子。
【0026】
項13.項8〜11のいずれかに記載のLINファミリー転写因子をコードする塩基配列からなるDNA。
【0027】
項14.項13に記載のDNAを含む組換えベクター。
【0028】
項15.項14に記載の組換えベクターで形質転換されてなる形質転換体。
【0029】
項16.項15に記載の形質転換体を培養し、培養物からLINファミリー転写因子を回収することを特徴とするLINファミリー転写因子の製造方法。
【発明の効果】
【0030】
iPS細胞医療を推進するためにはiPS細胞自体の安全性の厳格な担保が欠かせない。精製タンパク質を用いることで、iPS細胞を直接遺伝子組換え技術で作製する潜在的な危険性を回避できる。また、組換えタンパク質の利用と生産は長期にわたり行われているため、品質管理上の問題点が既に洗い出されている。そのため、本申請技術の確立によりiPS細胞の安全性は飛躍的に高まり、iPS細胞医療の広汎な利用が進むものと期待される。このような技術を実現可能にするためにはまずiPS細胞を誘導することのできるタンパク質を実際に取り込ませ、転写活性化を行わせることが基盤開発技術として重要である。
【0031】
本研究開発ではこの目標に向かうため、精製転写因子タンパク質を細胞に導入して標的プロモーターの駆動に成功した。すなわち本研究開発によるロジックは直ちに他のiPS細胞誘導に必要なタンパク質に応用することができ、遺伝子によらないiPS細胞の樹立を可能にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】SPDPとPEIを用いた修飾スキームを表す図である。タンパク質に多量の正電荷を付与するためまずSPDPをPEIのアミノ基にカップリングさせた後、タンパク質のチオールと反応させS-S結合を形成させる。SPDP:N-Succinimidyl 3-(2-pyridyldithio)propionate、PEI600:Polyethylenimine 平均分子量600
【図2】精製hSOX2、mOCT3/4及びhNANOGタンパク質の電気泳動図を示す。各タンパク質を大腸菌で大量発現させ、Niキレーティングカラム、イオン交換カラムで精製後、ポリエチレンイミンにより可溶化、更に透析した各精製タンパク質をβメルカプトエタノールで還元後、SDS-PAGEに供し、CBBにより染色した。
【図3】精製mSOX2タンパク質による転写活性化の濃度依存性を示す図である。上図は標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、精製mSOX2タンパク質を処理した後、15分間隔、30時間発光測定を行った結果の平均値とその標準偏差(n=6)を示す。縦軸はコントロール(0 nM)の値を差し引いた発光強度、横軸は測定時間を示す。下図はmSOX2添加後30時間までの発光値を積算し、コントロール(0 nM)の発光強度の積算値に対する比率で活性化能を比較した結果を示す。
【図4】ドミナントネガティブ型精製mSOX2タンパク質による転写活性化への影響を示す図である。標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、ドミナントネガティブ型精製mSOX2タンパク質を処理後、15分間隔、30時間発光測定を行った結果の平均値とその標準偏差(n=6)を示す。縦軸は発光強度、横軸は測定時間を示す。
【図5】精製hSOX2タンパク質による転写活性化を示す図である。左図は標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、500 nMの精製hSOX2タンパク質を処理した後、15分間隔、30時間発光測定を行った結果とその標準偏差(n=4)を示す。縦軸はコントロール(0 nM)の値を差し引いた発光強度、横軸は測定時間を示す。右図はhSOX2添加後30時間までの発光値を積算し、コントロール(0 nM)の発光強度の積算値に対する比率で活性化能を比較した結果を示す。
【図6】精製mOCT3/4タンパク質による転写活性化の濃度依存性を示す図である。上図は標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞に、精製OCT3/4タンパク質を処理した後、15分間隔、60時間発光測定を行った結果を示す。縦軸はコントロール(0 nM)の値を差し引いた発光値、横軸は測定時間を示す。下図はmOCT3/4添加後60時間までの発光値を積算し、コントロール(0 nM)の発光強度の積算値に対する比率で活性化能を比較した結果を示す。
【図7】SOX2タンパク質による概日リズムの位相変化の測定結果を示す図である。9分間隔、96時間発光測定したデータより、12時間の移動平均法によりデトレンドしたPeriod2プロモーターの概日リズム発現である。縦軸は相対発光強度、横軸は測定時間を示す。
【図8】マイコバクテリウム属細菌由来α抗原−転写因子(hLIN28)の融合コンストラクトを示す図である。
【図9】マイコバクテリウム属細菌由来α抗原-hLIN28融合タンパク質を大量発現させた場合のNiキレーティングカラムからの溶出画分をSDS-PAGEに供し、CBBにより染色、分析した結果を示す図である。左からレーン1:マーカー、レーン2:サンプル2μL、レーン3:サンプル5μL、レーン4:サンプル10μL、レーン5:サンプル15μL、レーン6:サンプル20μL
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0034】
転写因子
iPS細胞は、山中教授らのグループがNanog遺伝子の発現を指標に、Oct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入して樹立した。また、Miguel Ramalho-Santosらのグループはc-Mycの代わりにn-Mycを用い、レトロウイルスベクターの一種であるレンチウイルスベクターを用いてもiPS細胞の樹立は可能であることを示している[Blelloch R, et al, Cell Stem Cell 1: 245-247. (2007)]。更に、山中教授らのグループによって、c-Mycの遺伝子導入をせずにOct-4・Sox2・Klf4の3因子だけでも、マウス及びヒトにおいてiPS細胞の樹立が可能であることを示された[Nakagawa Mら, Nat Biotechnol 26: 101-106(2008)]。一方、YuらはOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を遺伝子導入することにより、ヒトにおいてiPS細胞を樹立した「Yu Jら、Science 318: 1917-1920(2007)」。これまで種々のiPS細胞の樹立方法が確立されているが、Sox2及びOct3/4はいずれの方法においても用いられていることから、これらの転写因子の使用はiPS細胞作製には必須である。
【0035】
転写因子の1種であるSOX2、OCT3/4、LIN28及びNANOGは、従来遺伝子として細胞に導入されていた。これは、SOX2、OCT3/4、LIN28及びNANOG遺伝子の発現産物であるタンパク質は水に溶けにくく、精製が困難であったためである。この性質は、SOX2、OCT3/4、LIN28及びNANOG以外の転写因子にも当てはまるものである。本発明者は、転写因子の精製と細胞への導入効率を向上するために、精製タグと細胞導入タグを導入した。
【0036】
転写因子は、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ウサギ、サル、イヌ、ネコ、モルモットなどの哺乳類の由来のものが好ましく、霊長類又は齧歯類由来のものがより好ましい。哺乳類由来の転写因子を、該転写因子と同一又は他の哺乳類細胞に導入することで、細胞を形質転換し、iPS細胞にすることが可能であり得る。例えばヒト細胞に導入する転写因子の由来は、ヒト、マウス、ラット、サルなどが好ましい。また、導入される細胞としては、初代細胞、幹細胞、株化細胞などが挙げられ、初代細胞が好ましい。ヒトやマウスでiPS細胞を作成するために導入される転写因子の組み合わせとしては、例えばOCT3/4・SOX2・KLF4・C-MYC、OCT3/4・SOX2・KLF4などが挙げられ、ヒトでiPS細胞を作成するために導入される転写因子の組み合わせは前記に加えてOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28などが挙げられる。本発明において、細胞に導入するための好ましい転写因子の組み合わせは、OCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28である。
【0037】
精製タグとしては、グルタチオン-S-トランスフェラーゼタグ(GSTタグ)、ポリヒスチジンタグ(Hisタグ)、FLAGタグ、T7タグ、HAタグ、c-mycタグ、MBP(マルトース結合タンパク質)、カルモジュリン結合ペプチド、セルロース結合ドメイン、DsbA、HATタグ、NusA、Sタグ、SBPタグ、Strepタグなどが挙げられる。
【0038】
細胞導入タグとしては、細胞透過性ペプチドなど、タンパク質と連結してタンパク質を細胞に導入する性質を有するものであれば特に限定されず、公知の細胞透過性ペプチドを用いることができ、具体的にはArgタグ(ポリ−D-アルギニン、ポリ−L-アルギニン)、Tatペプチド、トランスポータンペプチド(TP)、TP10ペプチド、pVECペプチド、ペネトラチンペプチド、tatフラグメントペプチド(例えば48-60)、シグナル配列をベースとするペプチドなどを例示できる。
【0039】
ポリエチレンイミンは、特に限定されず、例えば市販のものを広く使用することができる。ポリエチレンイミンの分子量は、200〜10000程度、好ましくは300〜2000程度、より好ましくは、300〜1200程度である。ポリエチレンイミンは、適当なリンカーを介して結合することができ、リンカーとしては、SPDP:N-Succinimidyl-3-(2-pyridyldithio)propionateなどを用いることができる。SPDPのように、SS結合を介してポリエチレンイミンを結合することで、転写因子の活性を維持しながら、ポリエチレンイミンにより化学修飾することができる。ポリエチレンイミンの導入により、転写因子の溶解度を増強することができる。
【0040】
LINファミリー転写因子
本発明のLINファミリー転写因子は、マイコバクテリウム属細菌由来α抗原、ペプチド結合を切断可能な認識部位、精製用タグ及び細胞導入タグが連結されたことを特徴とする。
【0041】
精製用タグ及び細胞導入タグは前述するものと同様である。
【0042】
ペプチド結合を切断可能な認識部位としては、ペプチダーゼ等で切断可能なアミノ酸配列(Ile-Glu-Gly-Arg等)、化学修飾剤、超音波、レーザー、熱等の物理的開裂により切断可能なアミノ酸(システイン、メチオニン等)などが挙げられる。当該ペプチダーゼとしては、第Xa因子、トロンビン、レニン、トリプシン、V8プロテアーゼ、Pseudomonasエンドプロテアーゼ、Arthrobacterリシルエンドペプチダーゼ等が挙げられ、当該化学修飾剤としては、CNBr、希塩酸、DMAP-CN等が挙げられる。
【0043】
当該認識部位を利用することにより、細胞に導入する前にLINファミリー転写因子からマイコバクテリウム属細菌由来α抗原を切断することができる。尚、マイコバクテリウム属細菌由来α抗原が接合された状態で、LINファミリー転写因子を細胞に導入することもできる。
【0044】
マイコバクテリウム属細菌由来α抗原としては、好ましくは結核菌由来α抗原であり、結核菌由来α抗原としては、例えば配列表の配列番号1で示されているアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられるが、当該アミノ酸配列において1若しくは2個以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよい。ここで、「1若しくは2個以上」とは、例えば1〜50個、好ましくは1〜25個、より好ましくは1〜12個、更に好ましくは1〜9個、特に好ましくは1〜5個を意味する。
【0045】
LINファミリー転写因子に含まれるタンパク質は、当業者であれば容易に選択できるものであり、LINファミリー転写因子としては、好ましくはLIN28タンパク質である。LIN28タンパク質はジンクフィンガー構造を取るため通常発現させることは難しいが、LIN28タンパク質にマイコバクテリウム属細菌由来α抗原を融合させた形で発現させることにより、形質転換体を用いてLIN28タンパク質を製造することが可能となる。
【0046】
精製タグと細胞導入タグは、転写因子のN末端側及びC末端側のいずれに連結してもよく、またこれらのタグの連結の順序はいずれであってもよい。さらに、これらのタグは各々1種又は2種以上を連結してもよい。「マイコバクテリウム属細菌由来α抗原」と「ペプチド結合を切断可能な認識部位」も転写因子のN末端側及びC末端側のいずれに連結してもよいが、N末側に連結していることが好ましい。「ペプチド結合を切断可能な認識部位」は「マイコバクテリウム属細菌由来α抗原」の切断が可能となるように「マイコバクテリウム属細菌由来α抗原」より転写因子に近い側に連結される。更に、「マイコバクテリウム属細菌由来α抗原」を切断する際に精製タグと細胞導入タグが一緒に切断されないことが望ましく、そのためには、精製タグと細胞導入タグは、転写因子を中心として「ペプチド結合を切断可能な認識部位」と「マイコバクテリウム属細菌由来α抗原」の反対側、若しくは「ペプチド結合を切断可能な認識部位」と「マイコバクテリウム属細菌由来α抗原」より転写因子に近い側に連結される。
【0047】
マイコバクテリウム属細菌由来α抗原、ペプチド結合を切断可能な認識部位、精製用タグ、細胞導入タグ及び転写因子は、それぞれスペーサーとなる任意のアミノ酸配列を介して連結されていてもよい。転写因子にα抗原等をスペーサーを介して連結させることで、転写因子の活性を失わせること無くα抗原等を連結させることができ得る。
【0048】
形質転換体
本発明の形質転換体は、マイコバクテリウム属細菌由来α抗原、ペプチド結合を切断可能な認識部位、精製用タグ及び細胞導入タグが連結されたLINファミリー転写因子をコードする塩基配列からなるDNAを含む組換えベクターで形質転換されてなることを特徴とする。
【0049】
組換えベクターとしては、自立的に複製するベクター(例えばプラスミド等)であってもよく、また宿主細胞に導入された際に宿主細胞のゲノムに組み込まれ、組み込まれた染色体と共に複製されるものであってもよい。当該ベクターとしては、具体的には、細菌プラスミド、バクテリオファージ、トランスポゾン、ウイルス(例えばバキュロウイルス、パポバウイルス、SV40、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、鶏痘ウイルス、仮性狂犬病ウイルス、レトロウイルス等)等に由来するベクター;プラスミド及びバクテリオファージの遺伝学的エレメント由来のベクター(例えばコスミド、ファージミド等)が挙げられる。
【0050】
当該ベクターは、発現ベクターであることが望ましい。発現ベクターにおいて、上記DNAは、転写に必要な要素(例えば、プロモーター等)が機能的に連結されている。
【0051】
上記組換えベクターは、上記DNAと、複製及び制御に関する情報を担う配列(例えばプロモーター、リボソーム結合部位、ターミネーター、シグナル配列、エンハンサー等)、選択マーカー遺伝子の配列等を構成要素としており、これらを公知の方法により組み合わせることにより作製できる。
【0052】
上記DNAは、公知の方法によりベクターDNAに挿入することができる。例えば、適当な制限酵素を用いてDNA及びベクターDNAを特定部位で切断し、混合してリガーゼにより再結合することができる。また、上記DNAに適当なリンカーをライゲーションし、これを目的に適したベクターのマルチクローニングサイトへ挿入することによっても組換えベクターを得ることができる。
【0053】
上記組換えベクターを、大腸菌、バチルス属細菌等の細菌;酵母;昆虫細胞;動物細胞等の公知の宿主細胞に対して、公知の方法で導入することによって、上記DNAが導入された形質転換体が得られる。遺伝子導入方法としては、特に制限されないが、好ましくは、染色体内へのインテグレート法が挙げられる。上記組換えベクターの宿主細胞への導入は、宿主細胞の種類に応じて、公知の方法から適宜選択して行うことができる。組換えベクターを宿主細胞へ導入する方法として、具体的には、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE−デキストラン媒介トランスフェクション、マイクロインジェクション、陽イオン脂質媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション等が例示される。
【0054】
LINファミリー転写因子の製造方法
本発明のLINファミリー転写因子の製造方法は、上記形質転換体を培養し、培養物からLINファミリー転写因子を回収することを特徴とする。
【0055】
培養は、宿主に適した培地を用いて継代培養又はバッチ培養を行えばよい。培養は、形質転換体の内外に生産されたLINファミリー転写因子を指標にして、本発明のLINファミリー転写因子が適当量得られるまで行えばよい。
【0056】
培養して得られた菌体及び培養上清には、LINファミリー転写因子が蓄積されている。菌体内からLINファミリー転写因子を溶出させるには、常法に従って行うことができる。具体的には、培養液をそのまま、或いは遠心分離又は濾過等により菌体を分離して、これを超音波、フレンチプレス、高圧ホモジナイザー等の機械的破砕処理、シクロヘキサン、トルエン、酢酸エチル等による処理、或いはリゾチームによる溶菌処理に供することによってLINファミリー転写因子を菌体外に溶出させる方法を例示できる。このようにして得られるLINファミリー転写因子溶出液及びLINファミリー転写因子含有培養上清を必要に応じて目的の純度及び濃度となるように精製することもできる。LINファミリー転写因子を精製するには、例えば、溶媒抽出、各種樹脂(例えば、イオン交換、吸着、分子篩等)処理、膜(例えば、メンブレンフィルター、限外濾過、精密濾過、逆浸透等)処理、活性炭処理、超臨界流体抽出処理、蒸留処理、晶析又はその他の処理を、単独又は二種以上を任意の順序で適宜組み合わせて行い回収する方法を挙げることができる。
【0057】
本発明の好ましい実施態様において、大腸菌をホストとした組換えSOX2、OCT3/4及びNANOG発現系の開発を行った。高効率な発現を目指すため用いるSOX2、OCT3/4及びNANOG遺伝子は大腸菌コドンに最適化したコドンに置き換え、精製を簡便にするためのHisタグ(Hisが6回繰り返し)及び細胞導入用のアルギニンタグ(アルギニンが11回繰り返し)を付加した人工合成遺伝子を作製した(配列番号2〜9)。
【0058】
さらに、細胞培養液中での精製したSOX2、OCT3/4及びNANOGタンパク質の溶解度を改善するためポリエチレンイミン(PEI)をSPDP処理した後、SOX2、OCT3/4及びNANOGタンパク質のシステイン残基にS-S結合で付与したSOX2、OCT3/4及びNANOGタンパク質を開発した(図1)。このPEI処理により細胞導入に必要な細胞培養液中での溶解度(少なくとも数百μM以上)を上げたSOX2、OCT3/4及びNANOGタンパク質を開発することができた。
【0059】
マウスSOX2やOCT3/4と同様に、ヒトOCT3/4も対応するCys残基を含むので、同様にPEIを結合させることができる。
【0060】
本発明の好ましい実施形態において、大腸菌をホストとした組換えLIN28発現系の開発も行った。結核菌由来α抗原、精製を簡便にするためのHisタグ(Hisが6回繰り返し)、細胞導入用のアルギニンタグ(アルギニンが11回繰り返し)、及び抗体で可視化を行うためのFlagタグ(DYKDDDDK)を付加したタンパク質(配列番号10)をコードする遺伝子を作製した。そして、当該遺伝子を発現させることに成功した。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0062】
実施例1
実験方法
・合成マウス、ヒトSOX2(mSOX2, hSOX2)、合成マウスOCT3/4(mOCT3/4)及び合成ヒトNANOG(hNANOG)遺伝子の合成
コドン暗号表のうち大腸菌でよく利用されているコドンを用いmSOX2及びhSOX2(配列番号2、4)、mOCT3/4(配列番号6)及びhNANOG(配列番号8)遺伝子のデザインを行い、化学合成を行った。この際、アルギニンが11回繰り返した細胞導入タグをコードするDNAとヒスチジンが6回繰り返したHisタグをコードするDNA配列をそれぞれC末端に付与した(mSOX2:配列番号2,3、hSOX2:配列番号4,5、mOCT3/4:配列番号6,7、hNANOG:配列番号8、9)。
具体的には
(i)配列mSOX2、hSOX2 、mOCT3/4及びhNANOGにNdeI/EcoRIサイトを付加し、合成を行う
(ii)配列mSOX2、hSOX2、mOCT3/4及びhNANOGをpBluescriptIISK(+):(マルチクローニングサイトを欠失)のSmaIサイトへクローニング
(iii)配列mSOX2、hSOX2、mOCT3/4及びhNANOGをpAED4(文献番号1)のNdeI/EcoRIサイトへクローニング
(iv)シークエンスの確認
の手順により発現ベクターの構築を行った。
【0063】
・mSOX2、hSOX2、mOCT3/4又はhNANOGを含有する形質転換体の作製
1.5 ml容チューブ内に、大腸菌(E. coli)BL21plys株(Novagen社)のコンピテントセル0.04 ml(20,000,000 cfu/mg)と、上記調製した触媒ドメイン遺伝子含有プラスミドDNA溶液0.003 ml(プラスミドDNA 8.4 ng)を加え氷中に30分間放置した後、42℃で30秒間ヒートショックを与えた。次いで、チューブ内にSOC 培地を0.25 ml加え、37℃で1時間振とう培養した。次いで、アンピシリンを含むLB寒天プレートに塗布し、37℃で一晩培養することにより形質転換体を得た。
【0064】
・mSOX2、hSOX2、mOCT3/4又はhNANOGの発現と精製
得られた形質転換体をアンピシリンを含むLB培地に接種し、600 nmにおける吸光度が0.5に達するまで37℃で培養した後、発現を誘導するためIPTG(isopropyl-b-D-thiogalactopyranoside)を加え(最終濃度1 mM)さらに一晩、培養した。培養液を8,000rpmで10min遠心分離することにより集菌した。集菌した菌体10 gに、緩衝液A(20 mM Tris-Cl、6M 塩酸グアニジン pH 8.0)を100 mlを加え、菌体を90Wの出力で30分間超音波破砕した。破砕した菌液を 15,000rpmで30分間遠心分離し、上清を採取した。緩衝液Aで平衡化した金属キレートカラムHiTrap-Chelating(GEヘルスケア社製)カラムを用いてカラムクロマトグラフィーを行った。溶出は0.5Mイミダゾールを含む緩衝液Aの直線グラジエントを用いた。得られた目的分画を透析チューブ(分画サイズMw.3500)に入れ、緩衝液B(8M尿素、20 mM Tris-HCl、25 mM NaCl pH8.5)溶液で一晩、室温で透析を行なった。
【0065】
透析終了後、緩衝液C(8M尿素、20 mM リン酸バッファー、pH7.0)で平衡化したイオン交換カラムHiTrap-S(GEヘルスケア社製)に添加し、1M NaClを含む緩衝液Cの直線グラジエントを用いて精製を行った。システイン側鎖を還元状態に保つため得られた目的分画に最終濃度0.1 mMとなるようにDTTを加えた。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動により単一バンドを与える均一標品が含まれていた。
【0066】
・ポリエチレンイミン(PEI)によるタンパク質修飾(mSOX2、hSOX2、mOCT3/4、hNANOG)
SPDP修飾したPEI600を調製するため、SPDPはエタノールに溶解、PEI600は水で希釈しpH8になるように塩酸で調製した。SPDP/PEI600溶液をモル比で5:1になるように混合し室温で30分放置することによりSPDP修飾PEI600(SPDP-PEI600)を調製した。SPDP-PEI600でmSOX2、hSOX2、mOCT3/4又はhNANOGを修飾するため、これらのタンパク質が溶けている8M尿素を含む緩衝液にSPDP-PEI600を最終濃度1 mM以上となるように加え37℃で一時間反応を行った。基本操作は文献番号2に従った。反応終了後、0.1%酢酸溶液に対し透析を行うことで未反応のSPDP-PEI600を除き、遠心濃縮法により少なくとも数百μM以上になるように濃縮を行った。βメルカプトエタノール添加による還元操作を行うことでポリエチレンイミンを脱離させた各タンパク質をSDS-PAGEに供し、CBBにより染色した。その結果、ポリエチレンイミン修飾がポリペプチド鎖の均一性に影響を与えないことが確認された(図2)。
【0067】
・細胞導入とプロモーター駆動の計測
SOX2あるいはOCT3/4タンパク質によるターゲットプロモーターの活性化は、プロモーターの下流にルシフェラーゼを配したベクターを導入した安定細胞株を用い、発光量の変化をリアルタイムに計測することで確認した。レポーターベクターは、(SV40ポリAシグナル)―(マウスNanogプロモーター内Sox2/Oct3/4結合配列)―(チミジンキナーゼ最少プロモーター)―(ルシフェラーゼ)を、CMVプロモーターを除去したpcDNA5-FRTベクター(Invitrogen社)に挿入し作製した。ルシフェラーゼは、甲虫ルシフェラーゼ(ELuc、東洋紡績)からペルオキシソーム移行配列(SKL)を除去したものを用いた。レポーターベクター及びpOG44ベクター(Invitrogen社)をFlpIn-3T3細胞(Invitrogen社)にコトランスフェクションし、ハイグロマイシン耐性を示す細胞を選抜することで、レポーターベクターを導入した安定株を得た。この安定株を96ウェルプレートに播種し1日後、精製転写因子タンパク質、100μM D-ルシフェリンカリウム塩(東洋紡績)、25 mM Hepes/NaOH (pH 7.0)を含むDulbecco's Modified Eagle medium (DMEM)培地に交換した。発光は、マイクロプレート用発光測定装置(AB2350、アトー社)もしくはディッシュタイプ発光測定装置(AB2500、アトー社)を用い、1ウェルあたり10秒間の積算を15分間隔、37℃で30時間連続測定した。
【0068】
・概日リズムの位相変動の計測
マウス概日時計遺伝子Period2のプロモーター領域とルシフェラーゼを連結したレポーターベクターをNIH3T3細胞のゲノムに導入した安定株細胞を作製した。この細胞を35 mmペトリディッシュで培養し、播種2日後、500 nM mSOX2タンパク質、100μM D-ルシフェリンカリウム塩(東洋紡績)、25 mM Hepes/NaOH (pH 7.0)を含むDMEM培地に交換し、発光を発光測定装置(AB2500、アトー社製)を用い、1分間の積算を9分間隔、37℃で96時間連続して測定した。
文献番号1:Doering, D.S. & Matsudaira, P. Biochemistry, 35, 12677-12685. (1996).
文献番号2:Murata, H. et al., Biochemistory, 45, 6124-6132. (2006)
結果
【0069】
・mSOX2及びhSOX2によるプロモータ活性化の計測
以下の実験は96ウェルプレート及びマイクロプレート用発光測定装置を用いて行った。図3に示しているように精製mSOX2タンパク質の添加により、濃度依存的な転写活性化が観察され、明らかに優位なプロモーター活性化がみられた。添加後約10時間でその活性は最大値になることが分かった。その後、発光は減衰するが細胞計測には二酸化炭素の供給をしていない点や、無血清培地を使用していることから細胞自身の活力の低下が原因の一つと考えられる。コントロールと定量的に比較するため図3示す各発光曲線の時間積分を行い、コントロールとの比を計算した。図3(下図)に示すとおり500 nM程度の濃度で最大値の80%近くプロモーターを活性化していることが分かった。
【0070】
また、精製mSOX2タンパク質による転写活性化の特異性を検討するため、転写活性化能を示さないmSOX2ドミナントネガティブ型タンパク質を作製し、同様のアッセイに供した。標的遺伝子と発光レポーター遺伝子を導入した発光NIH3T3細胞を96ウェルプレートに播種し、50〜1000 nMの精製ドミナントネガティブmSOX2タンパク質を含む培養液中で発光を経時的に測定したところ、図4に示すように、発光細胞にドミナントネガティブ型SOX2タンパク質を処理しても、有意なプロモーターの活性化は認められなかった。この結果から図3で示したプロモーターの活性化は精製mSOX2タンパク質により特異的に引き起こされていることが明らかとなった。
【0071】
さらに、精製hSOX2タンパク質を作製し、500 nMの精製タンパク質をNIH3T3発光細胞に処理したところ、図5に示すように、mSOX2と同様、顕著な転写活性化が認められ、その値はコントロールの2.2倍であった。
【0072】
以上の測定から今回開発したマウス及びヒトSOX2タンパク質は、細胞培養液に添加することで細胞導入タグの作用により細胞に取り込まれ、ターゲットのプロモーターを活性化したと結論づけられる。
【0073】
・mOCT3/4によるプロモータ駆動の計測
以下の実験は35 mm培養ディッシュ及びディッシュタイプ発光測定装置を用い、5% CO2存在下で行った。35 mm培養ディッシュに播種したNIH3T3発光細胞を培養後、精製mOCT3/4タンパク質を含む培養液に交換し、発光測定を行ったところ、図6に示すように、添加タンパク質の濃度に依存した転写活性化が観察された。転写活性化のキネティックは、いずれの添加タンパク質の濃度においても同一であり、そのピークはタンパク質添加後、約22時間であった。コントロールと定量的に比較するため図6(下図)に示す各発光曲線の時間積分を行い、コントロールとの比を計算したところ、1000 nMで約1.8倍の活性化を示すことが明らかとなった。
【0074】
以上の測定から今回開発したマウスOCT3/4、マウスSOX2及びヒトSOX2タンパク質は、細胞培養液に添加することで細胞導入タグの作用により細胞に取り込まれ、ターゲットのプロモーターを活性化したと結論づけられる。
【0075】
・概日リズムの位相変動の計測
図7に示しているように、SOX2タンパク質の添加により、概日時計遺伝子プロモーターPer2の日周性発現の位相がコントロールと比較して約3時間前進することが判明した。一方、振幅の顕著な低下は見られないことから、SOX2タンパク質は体内時計を乱すことなく位相変化を誘起すると考えられ、SOX2タンパク質の添加により概日リズムの調節が可能であることが示唆された。
【0076】
この結果、概日リズムの変調により引き起こされる、睡眠覚醒、体温調整、循環器系調節、ホルモン分泌等の生理現象の異常に対し、SOX2がこれらの予防・改善に使用することができると考えられる。
【0077】
・ヒトLIN28(hLIN28)遺伝子の合成
ヒト由来細胞より取得したhLIN28(配列番号11、12)にマイコバクテリウム属細菌由来α因子をコードするDNAとプロテアーゼ認識部位をコードするDNA配列をそれぞれN末端に付与し、アルギニンが11回繰り返した細胞導入タグをコードするDNA、ヒスチジンが6回繰り返したHisタグをコードするDNA及びFlagタグをコードするDNA配列をそれぞれC末端に付与した(配列番号10)。作製した融合コンストラクトを図8に示す。
【0078】
具体的には、上記と同様の手順により発現ベクターの構築を行った。
【0079】
・hLIN28を含有する形質転換体の作製
1.5 ml容チューブ内に、大腸菌(E. coli)BL21plys株(Novagen社)のコンピテントセル0.04 ml(20,000,000 cfu/mg)と、上記調製した触媒ドメイン遺伝子含有プラスミドDNA溶液0.003 ml(プラスミドDNA 8.4ng)を加え氷中に30分間放置した後、42℃で30秒間ヒートショックを与えた。次いで、チューブ内にSOC 培地を0.25 ml加え、37℃で1時間振とう培養した。次いで、アンピシリンを含むLB寒天プレートに塗布し、37℃で一晩培養することにより形質転換体を得た。
【0080】
・hLIN28の発現と精製
得られた形質転換体をアンピシリンを含むLB培地に接種し、600 nmにおける吸光度が0.5に達するまで37℃で培養した後、発現を誘導するためIPTGを加え(最終濃度1 mM)さらに一晩、37℃で培養した。培養液を8,000rpmで10min遠心分離することにより集菌した。集菌した菌体10 gをバグバスター(Promega)15 mLを用いて懸濁し、菌体を90Wの出力で30分間超音波破砕した。破砕した菌液を 15,000rpmで30分間遠心分離し、沈殿を採取した。この沈殿を水で懸濁後、固体の塩酸グアニジンを添加し溶解した。これを6M尿素、10 mM Tris-HCl(pH8.5)で平衡化した金属キレートカラムHiTrap-Chelating(GEヘルスケア社製)カラムにアプライし、同バッファーに0.4Mのイミダゾールを加えた溶液(20 mL)で結合タンパク質を溶出した。溶出液についてSDS-PAGEを行った結果を図9に示す。α抗原-hLIN28融合タンパク質の想定される分子量である59 kDa付近にバンドが見られ、キレーティングカラムへの吸着することから、図9のメジャーバンドがα抗原-hLIN28融合タンパク質であると考えられる。
【0081】
これらの結果から、NANOG、OCT3/4、SOX2及びLIN28タンパク質を同時に添加することでヒトのiPS細胞を作製することができると考えられる。
【0082】
配列番号2,3の配列を以下に示す。
配列番号2 マウスSOX2の合成遺伝子配列
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGTCGTCGCCGTCGCCGCCGCCGCCGGCGC)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CACCATCACCATCATCAC)をイタリック体で示す。
【0083】
【化1】

【0084】
配列番号3 マウスSOX2の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0085】
【化2】

【0086】
配列番号4,5の配列を以下に示す。
配列番号4 ヒトSOX2の合成遺伝子配列
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGTCGTCGCCGTCGCCGCCGCCGCCGGCGC)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CACCATCACCATCATCAC)をイタリック体で示す。
【0087】
【化3】

【0088】
配列番号5 ヒトSOX2の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0089】
【化4】

【0090】
配列番号6,7の配列を以下に示す。
配列番号6 mOCT3/4の合成遺伝子
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGTCGCCGTCGGCGTCGGCGTCGTCGT)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CACCATCATCACCACCAT)をイタリック体で示す。
【0091】
【化5】

【0092】
配列番号7 マウスOCT3/4の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0093】
【化6】

【0094】
配列番号8,9の配列を以下に示す。
配列番号8 hNANOGの合成遺伝子
細胞導入タグをコードするDNA配列(CGTCGCCGTCGCCGCCGTCGTCGCCGCCGCCGG)を二重下線で、Hisタグ部分をコードするDNA配列(CATCACCATCACCATCAT)をイタリック体で示す。
【0095】
【化7】

【0096】
配列番号9 ヒトNANOGの合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体で示す。枠内の「C」は、PEIが結合するCys残基を示す。
【0097】
【化8】

【0098】
配列番号10の配列を以下に示す。
配列番号10 ヒトLIN28の合成遺伝子配列がコードするポリペプチド
細胞導入タグのアミノ酸配列(RRRRRRRRRRR)は二重下線で、Hisタグ部分(HHHHHH)のアミノ酸配列はイタリック体、α抗原は一重下線、プロテアーゼ認識サイトは取り消し線、Flagタグはボールドイタリックで示す。
【0099】
【化9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
精製用タグと細胞導入タグを連結し、かつ、ポリエチレンイミンで修飾した転写因子。
【請求項2】
前記転写因子がSOX2、OCT3/4、NANOG又はLIN28タンパク質である、請求項1に記載の転写因子。
【請求項3】
前記精製用タグがHisタグである、請求項1又は2に記載の転写因子。
【請求項4】
前記細胞導入タグがアルギニンタグである、請求項1〜3のいずれかに記載の転写因子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の転写因子をコードする遺伝子。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の転写因子を細胞に導入して細胞を形質転換することを特徴とする、形質転換細胞の作製方法。
【請求項7】
形質転換細胞がiPS細胞である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
マイコバクテリウム属細菌由来α抗原、ペプチド結合を切断可能な認識部位、精製用タグ及び細胞導入タグが連結されたLINファミリー転写因子。
【請求項9】
LINファミリー転写因子がLIN28タンパク質である、請求項8に記載のLINファミリー転写因子。
【請求項10】
請求項8又は9に記載のLINファミリー転写因子をコードする塩基配列からなるDNA。
【請求項11】
請求項10に記載のDNAを含む組換えベクター。
【請求項12】
請求項11に記載の組換えベクターで形質転換されてなる形質転換体。
【請求項13】
請求項12に記載の形質転換体を培養し、培養物からLINファミリー転写因子を回収することを特徴とするLINファミリー転写因子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−70718(P2012−70718A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−220357(P2010−220357)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】