糖ラクトン−アゾベンゼン化合物およびその利用
【課題】新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びそれを製造する方法を提供する。また、かかる新規化合物のゲル化剤としての用途、表面処理剤としての用途、細胞培養基材としての用途、並びにカーボンナノチューブ分散剤としての多岐にわたる用途を提供する。
【解決手段】糖ラクトン−アゾベンゼン化合物として下式(1)で示される化合物を用いる:
(式中、Gは糖ラクトン残基、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する)。
【解決手段】糖ラクトン−アゾベンゼン化合物として下式(1)で示される化合物を用いる:
(式中、Gは糖ラクトン残基、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖鎖を光官能性のアゾベンゼン基とアミノ酸を介して結合させた新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びそれを製造する方法に関する。また、本発明はかかる新規化合物のゲル化剤としての用途、表面処理剤としての用途、細胞培養基材としての用途、並びにカーボンナノチューブ分散剤としての用途に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より実用に供されているゲルは、主に溶媒として水を含んでゲル化する高分子ゲルであり、高吸水性材料や保冷剤として実用化されている。これに対して比較的低分子の化合物を用いて有機溶剤をゲル化する低分子オルガノゲル化剤についても研究が行われ、廃油処理剤として実用化されている。さらに、ゲルの特性を利用した新しい機能性材料の研究が盛んに行われており、温度応答性ゲル、導電性ゲル、アクチュエーター、光学材料、記録材料、酵素固定化用担体、メディカル用材料、土壌改良材等さまざまな応用が検討されている。
【0003】
一方、アゾベンゼンは光照射により可逆的にその構造を変化させ、それらの物理的性質が大きく異なることから様々な光学材料として注目されている化合物である。具体的には、アゾベンゼンは、それ自体が紫外光の照射によってトランス体からシス体に異性化し、また可視光の照射または加熱によってシス体からトランス体に異性化するフォトクロミック化合物である。比較的低分子量のゲル化剤によって形成されるゲルにおいては、一般にゲル化剤が繊維状の集合体を形成し、その繊維が絡み合ってゲルの構造を保っている。このようなゲル化剤の構造に光応答性のあるアゾベンゼン骨格を組み込むことにより、その繊維状集合体全体が光応答性を持つ可能性があり、新たな光学材料への応用が期待されている。
【0004】
有機溶媒をゲル化する化合物の研究において熱によるゾル−ゲル相転移の研究は数多く見られるが、熱以外の外部刺激、例えば光によるゾル−ゲル相転移を示すゲル、すなわち光応答性ゲルは比較的少ない。光応答性部位としてオレフィンを用いた例(例えば非特許文献1)では、純粋に光のエネルギーだけではなく異性化反応に触媒として臭素を添加しなくてはならない。アントラセン−9−カルボン酸のアミン塩の例では(例えば非特許文献2)、光のエネルギーによりアントラセンが二量化する反応を用いゲルをゾルに変換させているが、熱をかけることでしか元のゲルの状態に戻すことはできない。また光応答性部位としてアゾベンゼンを用いる系(例えば非特許文献3)では、アゾベンゼンの光可逆的なトランス−シス異性化を利用し光可逆的なゲルゾル相転移を達成しているが、ファンデルワールス力のような弱い相互作用を利用したゲル化剤であり、安定なゲルを得るためには高濃度でかつ溶媒として極性溶媒に限定する必要があった。一方、水素結合など比較的強固な相互作用を利用した光応答性のある比較的低分子のゲル化剤として、光応答性部位としてアゾベンゼンを、ゲル生成の動力源となる水素結合にウレタン結合を組み込んだ分子が提案されている(例えば、特許文献1等)。しかし、これらの化合物はシクロヘキサン等の有機溶媒に溶解してゲル化するものであり、水易溶性の親水性ゲルを形成するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−314261号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Journal of the American Chemical Society, 2002,p.124,9716
【非特許文献2】Organic & Biomolecular Chemistry, 2003,p.1,2744
【非特許文献3】Journal of the American Chemical Society, 1994,p.116,6664
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、多種の機能を有し、多用途に使用することができる新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びその製造方法を提供することを目的とする。当該糖ラクトン−アゾベンゼン化合物には、光応答性ヒドロゲル化能を有する化合物、親水性や細胞接着性などの多様な性質を樹脂材料の表面に付与することができる化合物、経時的に自己会合して糖鎖ナノファイバーを形成する性質を有する化合物、及びカーボンナノチューブを水中に高分散させる性質を有する化合物が含まれる。さらに、本発明はかかる糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の多様な機能に基づいて、ヒドロゲル化剤としての用途、表面処理剤としての用途、細胞培養基材としての用途、並びにカーボンナノチューブ分散剤としての用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねていたところ、糖鎖を光官能性のアゾベンゼン基とアミノ酸を介して結合させた新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物が、上記の少なくとも1つの機能を有することを見出し、かかる多岐にわたる機能に基づいて各種分野で多くの用途に使用できることを確認した。例えば、光応答性ヒドロゲル化能を有する化合物はゲル化剤として化成品産業分野での使用に有用であり、親水性や細胞接着性などの多様な性質を樹脂材料の表面に付与することができる化合物及び自己会合して糖鎖ナノファイバーを形成する性質を有する化合物は、細胞培養基材として細胞工学分野での使用に有用であり、さらにカーボンナノチューブに対する分散作用を有する化合物はカーボンナノチューブ分散剤としてカーボンナノチューブの産業分野での使用に有用である。
【0009】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の具体的態様を有するものである。
(I)新規糖ラクトン−アゾベンゼン化合物
(I-1)下記一般式(1)で示されることを特徴とする糖ラクトン−アゾベンゼン化合物:
【0010】
【化1】
(式中、Gは糖ラクトン残基、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する)。
(I-2)上記糖ラクトン残基中の糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかである(I-1)に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
(I-3)Xがメチレン基である(I-1)または(I-2)に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
(I-4)Arがフェニル基である(I-1)乃至(I-3)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
【0011】
(II)新規糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の製造方法
(II-1)下記一般式(2)
【0012】
【化2】
(式中、Yは「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基、Arは置換基を有していても良いフェニル基を意味する。上記アミノ酸残基中、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。)。
で示されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を、糖ラクトンと反応させることを特徴とする(II-1)に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の製造方法。
(II-2)糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかである(II-1)に記載する製造方法。
(II-3)Xがメチレン基である(II-1)または(II-2)に記載する製造方法。
(II-4)Arがフェニル基である(II-1)乃至(II-3)のいずれかに記載する製造方法。
【0013】
(III)新規糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の用途
(III-1)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするヒドロゲル化剤。
(III-2)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする表面処理剤。
(III-3)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする細胞培養基材。
(III-4)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするカーボンナノチューブ分散剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、多種の機能を有し、多用途に使用することができる新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びその製造方法を提供することができる。当該糖ラクトン−アゾベンゼン化合物には、光応答性ヒドロゲル化能を有する化合物、親水性や細胞接着性などの多様な性質を樹脂材料の表面に付与することができる化合物、経時的に自己会合して糖鎖ナノファイバーを形成する性質を有する化合物、及びカーボンナノチューブを水中に高分散させる性質を有する化合物が含まれるため、後述する多用途に広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のヒドロゲル((A)LL-Gly-Azoゲル、(B)Mel-Gly-Azoゲル、(C)Mal-Gly-Azoゲル)を低真空走査型電子顕微鏡(LV-SEM)で観察した結果(画像)を示す。
【図2】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(上段:LL-Gly-Azo、中段:Mal-Gly-Azo、下段:Mel-Gly-Azo)のヒドロゲルをFITC化ガラクトース鎖認識レクチンであるFITC-PNA(中央欄)、FITC化グルコース鎖認識レクチンであるFITC-ConA(右欄)でそれぞれ処理し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果(画像)を示す。なお、各段の左欄はFITC化糖鎖認識レクチンで処理していないヒドロゲルの画像を示す。
【図3】(A)はLL-Gly-Azo(―●―)、Mal-Gly-Azo(―▲―)およびMel-Gly-Azo(―■―)について、0.1〜1w/v%間での最小ゲル化濃度の温度依存性(ヒドロゲル相図)を示す。折れ線の左側はゲル状態であることを、折れ線の右側はゾル状態であることを示す。Mal-Gly-Azoは、40℃で全てのゲルが溶解(ゾル化)することを示している。(B)はMal-Gly-AzoのヒドロゲルのDSC曲線を示す。
【図4】実験例1(5)において、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のヒドロゲル化能への紫外線照射の影響を調べた実験手法を示す。(a)はゲル(符合2)を作成したゲル板の紫外線非照射部をフォトマスク(符合1)でマスキングする工程、(b)当該マスキングしたゲル板に対して紫外線照射(符合3)する工程、(c)紫外線照射されたゲル部分がゾル化(符合4)して脱落した(流れ落ちた)状態を示す。
【図5】実験例2(2)において、シリコンゴム基板をLL-Gly-Azoで修飾し、4℃、室温(R.T.)および80℃で乾燥した状態(シリコンゴムの外観)を示す。図面の左端から、未処理のシリコンゴム基板の外観(対照)、並びに4℃、室温(R.T.)および80℃で乾燥処理したLL-Gly-Azo修飾シリコンゴム基板の外観である。
【図6】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL:LL-Gly-Azo、MeL:Mel-Gly-Azo)を導入したセルロースアセテート膜に、ガラクトース鎖を認識するPNA(5μg)を添加後の周波数変化を測定した結果を示す。
【図7】実験例4(2)のバイオアッセイにおいて、(A)セルロースアセテート基板(CA-LL:糖修飾基板使用、CA:糖未修飾基板使用)を用いた場合の接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)と細胞生存率(%)(棒グラフ)を示す。(B)は、上記(A)から接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)のみ抜き出したものである。
【図8】実験例4(2)のバイオアッセイにおいて、(A)シリコンゴム基板(SIL-LL:糖修飾基板使用、SIL:糖未修飾基板使用)を用いた場合の接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)と細胞生存率(%)(棒グラフ)を示す。(B)は、上記(A)から接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)のみ抜き出したものである。
【図9】(A)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)で修飾したシリコンゴム基板(SIL-LL)上で24時間培養したラット幹肝細胞の状態(倍率×50)、(B)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)で修飾したセルロースアセテート基板(CA-LL)上で24時間培養したラット幹肝細胞の状態(倍率×50)をそれぞれ示す。
【図10】LL-Gly-Azoゲル(―●―)、コラーゲンゲル(―▼―)およびポリスチレンゲル(―■―)をそれぞれ用いて培養したラット幹肝細胞について、培養時間に対する細胞接着数(×10-4cells)を計測した結果を示す。
【図11】左から、コラーゲンゲル、LL-Gly-Azoゲル、およびポリスチレンゲル上で35時間培養したラット幹肝細胞の状態(倍率×50)を示す。
【図12】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の1質量%溶液中に単層カーボンナノチューブを超音波分散させた後、遠心分離した上清の可視近赤外分光吸収を測定した結果を示す(Vis-NIR)。縦軸は吸光度、横軸は波長nmを意味する。グラフの上から順に、Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo、カルボキシメチルセルロース(CMC)、及びドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びその製造方法
本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、下記の一般式で示される。
【0017】
【化3】
【0018】
上記式中、Gは糖ラクトン残基を意味する。すなわち、上記式においてGで表される糖ラクトン残基は、そのラクトン分子中のカルボニル基が、Gに隣接する窒素原子(N)とアミド結合している。ここでラクトンとして五員環のγ−ラクトンおよび六員環のδ−ラクトンを挙げることができるが、好ましくは六員環のδ−ラクトンである。
【0019】
糖ラクトン残基を構成する糖は、還元末端を有する単糖のアルドペントース、アルドヘキソース、及びそのデオキシ糖や誘導体、並びに少なくとも一つの還元末端を有する二糖、三糖、オリゴ糖、多糖の全てを表す。具体的には、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、メリビオース、ゲンチオビオース、セロビオース、ラクトース、キトビオース、マルトース、イソマルトース、およびマルトトリオース、セロトリオース、マルトオリゴ糖、セロオリゴ糖、ラクトオリゴ糖、及びそのデオキシ糖や誘導体を挙げることができる。好ましくはメリビオース、セロビオース、マルトース、及びラクトース等の二糖である。
【0020】
上記式中、Xは、1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。ここで置換基としては、炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基、炭素数1〜2の直鎖または分岐状のヒドロキシアルキル基、炭素数1〜2のカルボキシアルキル基を挙げることができる。炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基としては、具体的にはメチル基、イソプロピル基、イソブチル基、及びs−ブチル基を挙げることができ、Xがかかる置換基を1つ有するメチレン基である場合、「NH2−X−COOH」として形成されるアミノ酸はそれぞれアラニン、バリン、ロイシン、及びイソロイシンになる。置換基として、炭素数1〜2の直鎖または分岐状のヒドロキシアルキル基としては、ヒドロキシメチル基、及び2−ヒドロキシエチル基を挙げることができ、Xがかかる置換基を1つ有するメチレン基である場合、「NH2−X−COOH」として形成されるアミノ酸はそれぞれセリン、及びトレオニンになる。さらに置換基として、炭素数1〜2のカルボキシアルキル基としてはカルボキシメチル基、及びカルボキシエチル基を挙げることができ、Xがかかる置換基を1つ有するメチレン基である場合、「NH2−X−COOH」として形成されるアミノ酸はそれぞれアスパラギン酸、及びグルタミン酸なる。Xとして好ましくは置換基を有しないメチレン基である。
【0021】
上記式中、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する。ここで置換基としては、アルキル基、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、ニトロ基、スルホン基、硫酸エステル基、スルホンアミド基及びハロゲン基を挙げることができる。Arとして好ましくは置換基を有しないフェニル基である。
【0022】
本発明において、好ましい糖ラクトン−アゾベンゼン化合物としては、下記(a)〜(d)に示す化合物を挙げることができる。
【0023】
(a)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がガラクトース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがβ1-4結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(3)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-galactopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (以下、これを「LL-Gly-Azo」ともいう):
【0024】
【化4】
【0025】
(b)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がガラクトース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがα1-6結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(4)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→6)]-D-gluconamide (以下、これを「MeL-Gly-Azo」ともいう) :
【0026】
【化5】
【0027】
(c)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がグルコース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがα1-4結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(5)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (以下、これを「MaL-Gly-Azo」ともいう) :
【0028】
【化6】
【0029】
(d)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がグルコース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがβ1-4結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(6)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (以下、これを「CL-Gly-Azo」ともいう) :
【0030】
【化7】
【0031】
本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、下記一般式(2)
【0032】
【化8】
【0033】
で示されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を、糖ラクトンと反応させることで製造することができる。
【0034】
上記式中、Yは「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基を意味する。ここでアミノ酸としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン及びイソロイシンなどのモノアミノモノカルボン酸;セリン及びトレオニンなどのヒドロキシモノアミノモノカルボン酸;アスパラギン酸やグルタミン酸などのモノアミノジカルボン酸を挙げることができる。ここでXは1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。メチレン基の置換基としては前述のものを例示することができるが、Xは好ましくは置換基を有しないメチレン基である。
【0035】
Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する。Arの置換基としては前述のものを例示することができるが、Arは好ましくは置換基を有しないフェニル基である。
【0036】
アミノ酸修飾アゾベンゼン化合物として好ましくは、上記アミノ酸がグリシンであり、Arがフェニル基である2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide (以下「Gly-Azo」ともいう)である。
【0037】
当該Gly-Azoは、後述する参考製造例に記載される方法に従って製造することができる。またグリシン以外のアミノ酸で修飾されたアゾベンゼン化合物もかかる方法に準じて製造することができる。
【0038】
具体的には、まずアミノ酸を、定法に従って二炭酸ジ-tert-ブチル等のBoc化試薬と反応させてアミノ基をBoc保護する。得られたBoc化アミノ酸を、クロロホルムやヘキサン等の非極性溶媒に溶解し、脱水縮合剤の存在下で副反応を抑制するための添加剤としてヒドロキシベンゾトリアゾールやN-ヒドロキシスクシンイミド等の存在下、氷浴で1〜数時間、好ましくは1〜5時間程度反応させ、次いで常温で一晩撹拌反応する。ここで脱水縮合剤としては、カルボジイミド基を含む脱水縮合剤であれば特に制限することなく使用でき、例えば、EDC (1-Ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride)、DCC (Dicyclohexylcarbodiimide), DIC (N,N-Diisopropylcarbodiimide), およびCMC (1-Cyclohexyl-3-(2-morpholinoethyl)carbodiimide metho-p-toluenesulfonate)等を用いることができる。
【0039】
次いで得られた反応溶液を濃縮後、少量のクロロホルムやヘキサン等の相溶性の非極性溶媒に再溶解し、脱イオン水、0.1N塩酸、脱イオン水、および飽和炭酸水素ナトリウム水溶液の順で分液洗浄を行う。有機相を無水硫酸ナトリウムで一晩脱水した後、溶媒を溜去することにより、Boc保護基で修飾されたアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物(Boc化アミノ酸修飾-Azo)を得ることができる。最後に、トリフルオロ酢酸/ジクロロメタン (1:1)溶液で、Boc保護基を除去し、溶媒を溜去することでアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を取得することができる。
【0040】
糖ラクトンとして好ましくは、下式でそれぞれ示すラクトノラクトン(LL)、メリビオノラクトン(MeL)、マルトノラクトン(MaL)、およびセロビオノラクトン(CL)を挙げることができる。
【0041】
【化9】
【0042】
これらの糖ラクトンは、後述する製造例1〜4に記載される方法に従って、糖(ラクトース、マルトース、メリビオース、セロビオース)を酸化することで製造することができる。また上記糖ラクトン以外の糖ラクトンもかかる方法に準じて製造することができる。
【0043】
斯くして調製されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物と糖ラクトンとを反応させることで、本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を調製することができる。当該反応は、具体的には、製造例1〜4に記載するように、脱水アルコール中で0.5時間〜数十時間、好ましくは1〜30時間程度加熱還流することにより実施することができる。ここで加熱温度としては、65〜80℃、好ましくは70〜75℃を挙げることができる。なお、上記脱水アルコールとして使用するアルコールは、炭素数1〜6の低級アルコールを挙げることができる。好ましくはメタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノールを挙げることができる。好ましくはメタノールである。
【0044】
かかる反応により生成した糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、上記方法で得られた反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムやヘキサン等の非相溶性の非極性溶媒を加えて結晶を析出させることで取得することができる。得られた結晶は、さらにクロロホルムやヘキサン等の非相溶性の非極性溶媒で洗浄することで、未反応物を除去することができ、目的とする糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を精製取得することができる。
【0045】
2.糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の用途
(1)ヒドロゲル化剤
液体の粘度調節に用いられるゲル化剤は、高分子電解質の粘性を利用したものが主流であるが、溶解性や汎用性から改良が求められている。近年、低分子化合物でありながら、自発的な自己会合形成によりゲル化能を発揮する物質(低分子ゲル化剤)の開発が盛んになされている。
【0046】
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、なかでもラクトノラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)、マルトノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo)、メリビオノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mel-Gly-Azo)は、0.1〜0.2 w/v%という低濃度で、加熱溶解-冷却することで純水、生理食塩水、緩衝液、および細胞培養液をゲル化する、ヒドロゲル化能を有している(実験例1参照)。このためこれらの化合物はヒドロゲル化剤として用いることができる。
【0047】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のヒドロゲル化剤としての特徴、有用性、及び適応例は次の通りである。
【0048】
(1) これらの化合物はノニオニックであるため、上記するように種々の緩衝液や細胞培養液をもゲル化することができる。ゲルの色は黄色ないしは橙色である(実験例1(1)及び(2)参照)。
【0049】
(2) 高い透明性を有するヒドロゲルが調製できるため、細胞培養をした場合でも光学顕微鏡観察も可能になる(実験例1参照)。
【0050】
(3) 糖の種類によってゲル化の挙動が異なり、LL-Gly-Azoは60℃以上という比較的高温までゲル状態を保つ(熱安定性が高い)。かかる熱安定性は、LL-Gly-Azo(60℃以上でゾル化)>Mel-Gly-Azo(50℃以上でゾル化)>Mal-Gly-Azo(40℃以上でゾル化)の順であり、熱安定性が一番低いMal-Gly-Azoは約40℃でゾル状態になる(実験例1(5)、図3参照)。
【0051】
(4) これらの化合物のヒドロゲル化能は、化合物をβ-シクロデキストリン(β-CD)に包接化することで抑制することができる。すなわち、化合物をβ-CDに包接することで、通常であればゲル化する濃度や温度条件でもゲル化せずに、水中で分散状態を保つことができる(実験例2参照)。
【0052】
(5) これらの化合物から形成されるヒドロゲルは、紫外線(365nm)を照射するとトランス体アゾベンゼン部位が異性化によりシス体アゾベンゼンとなり、黄色ないしは橙色の溶液になる(ゾル化)。さらに可視光(436nm)を照射するとシス体アゾベンゼン部位が異性化によりトランス体アゾベンゼンとなり、再び黄色ないしは橙色のゲルになる(ゲル化)。すなわち、これらの化合物は、温度だけでなく光によってもゲル−ゾル相転移を示す、光応答性のゲル化剤である(実験例1(6)参照)。
【0053】
(6) これらの化合物で形成したヒドロゲルは、繊維状の自己集合体を形成しており、その表面に糖鎖が集密化している。かかるゲル化剤の自己組織化は、π電子相互作用によるアゾベンゼン基のスタッキングと水酸基やアミド基に由来する水素結合によるものと考えられる(実験例1(3)及び(4)参照)。
【0054】
(2)細胞培養基材
再生医療を志向した細胞工学分野では、合目的な細胞培養に有効な薬剤または基材が求められており、タンパク質や機能性ペプチドを用いた細胞増殖、機能制御が行われているが、さらなる高い機能化が希求されている。そうした中、細胞表面の生体機能糖鎖を介した細胞間コミュニケーションを模倣した糖鎖系薬剤の開発に期待が集まっている。
【0055】
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、なかでもラクトノラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)、マルトノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo)、メリビオノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mel-Gly-Azo)は、0.1〜0.2 w/v%という低濃度で、温度や光を制御することで純水、生理食塩水、緩衝液、および培養液等の水系で経時的に自己会合してナノファイバーを形成し、その表面に生体機能糖鎖を集密化することができる(実験例1参照)。糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の種類に応じて表面に集密化する糖鎖を変えることができるため(ガラクトース:LL-Gly-Azo及びMel-Gly-Azo、グルコース:Mal-Gly-Azo)、糖鎖構造依存的な細胞培養特性の制御が可能である。すなわち、本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物によれば、細胞培養基材として有用な生体機能糖鎖が表面に集密化したナノファイバーを容易に作成することができる。
【0056】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の細胞培養基材としての特徴、有用性、及び適応例等は次の通りである。
【0057】
(1) 全ての細胞は糖鎖分子によって覆われており、糖鎖は細胞間の認識や相互作用に関わる働きを持つ。また糖鎖は単独より集密化することで糖鎖とレセプター間の多重認識効果が高まる。ガラクトースを末端に有するLL-Gly-Azo及びMel-Gly-Azoから形成されたヒドロゲルによれば、表面にガラクトースを集密化した状態で表出しているため、肝細胞のアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGPR)を介した結合が可能である(実験例4(2)参照)。また、ヒドロゲルにより三次元ネットワークが形成されているため、細胞接着効率が高く、また細胞の生存率も高い。
【0058】
(2) 本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物はヒドロゲルを形成することで、繊維状に自己集合体が形成されその表面に糖鎖が集密化している(実験例1参照)。このため細胞がそのレセプターを介して糖鎖と結合し、ヒドロゲル表面にファイバー状に細胞が接着する(球状接着)(実験例4及び5参照)。これに対してEGFやHGH等の増殖因子の添加により、スフェロイドを形成させることができ、生体により近い機能を有する培養肝細胞が調製できることが期待できる(実験例4(2)参照)。糖鎖が集密化した構造を有するヒドロゲル中で細胞を三次元培養することで、スフェロイドを形成させて機能がより生体に近い人工肝臓への応用が期待される(実験例5)。
【0059】
(3) 糖を自己集合させた会合体のナノ構造を利用して、糖鎖レセプターを介した細胞保持の足場とするバイオインターフェースやバイオリアクターの開発が可能である。
【0060】
(3)表面処理剤
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物によれば、シリコンゴムや酢酸セルロース膜などの疎水性基材にアゾベンゼン部を可溶化することで、基材表面に糖鎖を導入することができる(実験例2及び3参照)。このため、本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、シリコンゴムや酢酸セルロース等の疎水性基材の表面処理剤として有用である。
【0061】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の表面処理材としての特徴、有用性、及び適応例等は次の通りである。
【0062】
(1) 疎水性基材の表面を処理することで、疎水性基材の表面を糖鎖で修飾することができる。
【0063】
(2) 疎水性基材の表面を処理することで、疎水性基材の表面に糖鎖を集密化させることができる。糖鎖としてガラクトースなどの生体機能糖鎖を用いることで、基材表面を生体機能糖鎖で修飾・集密化させることができるため、細胞培養基材の機能デザインを容易に行うことができる。
【0064】
(3) シリコン基材や酢酸セルロースの表面をこの表面処理剤で処理することで、集密化した糖鎖構造を疎水性基材の表面に簡便に形成することができるため、糖鎖構造依存的な細胞培養特性の制御が可能になる(細胞培養基材の表面処理剤としての応用)。
【0065】
(4) 疎水性基材の表面を処理することで、疎水性基材の表面を糖鎖で修飾して、細胞への接着性、細胞培養の安定性、生体親和性等の機能を付与することができる。
【0066】
(5) シリコンゴムは、高い酸素透過性、透明性、化学安定性、可塑性、生体に対して安全性が高いという特性を有する。当該シリコンゴムの表面を、表面処理剤として糖ラクトン−アゾベンゼン化合物で処理することで、その表面を糖鎖で修飾することができ、その結果、糖鎖導入細胞培養基板として用いることができる。
【0067】
(4)カーボンナノチューブの分散剤
カーボンナノチューブ(CNT)は次世代のナノマテリアルとして様々な産業分野で大きな期待を集めているが、非常に強い凝集力により実利用が困難である。このため、CNTを効率的に分散させる分散剤の開発がその実用化に向けたキーテクノロジーとなっている。
【0068】
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は強いπ電子相互作用を有するため、CNTのπ電子と相互作用しCNTを水系で高分散させることができる(実験例6参照)。
【0069】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のCNT分散剤としての特徴、有用性、及び適応例等は次の通りである。
【0070】
(1) 本来CNTは細胞毒性であるが、本技術により非破壊的にCNTを糖で修飾することができるため、糖レセプターを有する細胞へのトランスポーターとして応用することができる。
【0071】
(2) 高分散したCNTは近赤外に吸収を有する。このため、糖のレセプターが病理細胞に特異的に発現する場合は、近赤外線で照射して発熱させることで、病理細胞を特異的に死滅させることもできる。
【0072】
(3) 本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は水に易溶性で取り扱い易く、温度、光、濃度などによってCNTを分散状態で制御可能であり、CNT産業分野での実用化に有用である。
【実施例】
【0073】
本発明を、下記製造例および実験例により説明するが、本発明は、かかる実験例等に限定されるものではない。
【0074】
参考製造例 2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide (Gly-Azo)の合成
まず、グリシンを定法に従って二炭酸ジ-tert-ブチル(Sigma-Aldrich)を反応させてアミノ基をBoc保護した。Boc化グリシン(0.37g, 2.1mmol)を氷浴中10mlのクロロホルムに溶解し、脱水縮合剤としてEDC (1-Ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide Hydrochloride)(同仁化学研究所)と添加剤としてHOBt (1-Hydroxybenzotriazol-1-ol Monohydrate) (東京化成)をそれぞれクロロホルム20mlに溶解して等モル加え、氷浴で2時間反応させ、次いで常温で一晩撹拌した。
【0075】
得られた反応溶液を濃縮後、少量のクロロホルムに再溶解し、脱イオン水、0.1N塩酸、脱イオン水、および飽和炭酸水素ナトリウム水溶液の順で分液洗浄を行った。有機相を無水硫酸ナトリウムで一晩脱水した後、溶媒を溜去してBoc保護基で修飾された2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide(Boc化Gly-Azo)を得た。最後に、トリフルオロ酢酸/ジクロロメタン (1:1)溶液で、Boc保護基を除き、次いで溶媒を溜去してデシケータ内で減圧乾燥を一晩行い、掲題の2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide (Gly-Azo)の黄色結晶を0.457g得た。収率85.6%。
【0076】
合成物の確認には、1H-NMR及び13C-NMRとMALDI-TOF-MSを使用した。
1H-NMR (CDCl3): 9.65 (s, 1H) 7.96-7.80 (m, 7H), 7.51-7.45 (m, 3H) 3.52 (s, 2H).
13C-NMR (CDCl3): 170.9, 152.7, 140.2, 130.7, 129.1, 124.1, 122.7, 119.4, 45.2.
MALDI-TOF-MS (m/z) : 255.58 [M+H] (理論値 255.12)、277.56 [M+Na] (理論値277.11)。
【0077】
製造例1 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-galactopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (LL-Gly-Azo)
ラクトースラクトンを既報の方法(Carbohydrate Research, 38, 364-368 (1974)、 Macromolecules, 27, 7302-7308 (1994)、Polymer Journal, 17, 567-575 (1985)参照)に従って、ラクトースを酸化することで製造した。具体的には、まず1000mlナス型フラスコにヨウ素17gを取りメタノール240mlを加えて40℃で加熱溶解した。蒸留水50mlにラクトース一水和物12gを加熱溶解し更にメタノール20mlを加え、上記のナス型フラスコ中に加えた。40℃で加熱還流しながら水酸化カリウムのメタノール溶液(0.05g/ml)400mlをゆっくり滴下し、黄白色の結晶を得た。内容物を時々混ぜながら氷冷し、吸引ろ過した後、冷メタノールで洗浄し、デシケータ内で減圧乾燥し黄白色の結晶を得た。この結晶に少量の蒸留水を加え、熱をかけながら溶解させた後、メタノール約400ml中に時間をかけて滴下、一時間強撹拌し黄白色の懸濁溶液を得た。4晩冷蔵庫に置いた後吸引ろ過し、沈殿を冷メタノールで洗浄した後、極少量のイオン交換水に溶解した。これを陽イオン交換樹脂(アンバーライトIR-120B、オルガノ(株))カラムにゆっくり時間をかけて流し、酸性成分を回収し減圧濃縮した。良溶媒として、メタノールを約100ml加え減圧濃縮した後、再度メタノールを加え更にエタノールを白濁する程度加え67℃で加熱しながら脱水ラクトン化する操作を数回繰り返し10.8g(収率95.0%)のラクトースラクトンを得た。
【0078】
減圧乾燥したラクトースラクトン(0.68g,2mmol)と、上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)をそれぞれ脱水したメタノールに溶解し、4時間加熱還流を行った。反応開始後1時間程度から反応溶液中に生成物が析出してくる。析出した黄橙色の結晶を濾別しクロロホルムで洗浄した。また、残りのメタノール溶液(濾液)から溶媒を溜去し減圧乾燥したものを、TLCでワンスポットになるまでクロロホルムで数回洗浄を行った。両者を合わせて減圧乾燥し、掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-galactopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (LL-Gly-Azo) の黄橙色の結晶を得た(収率 82.7%)。
【0079】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 10.00 (s, 1H) , 8.11 (t, 1H), 7.79-7.91 (m, 6H), 7.53-7.60 (m, 3H), 5.47 (d, 1H), 5.32 (d, 1H), 4.96 (d, 1H), 4.85 (d, 1H) 4.61 (t, 1H), 4.35-4.41 (dd, 2H), 3.97 (d, 2H). 13C-NMR (DMSO-d6):172.8, 168.0, 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 104.5, 82.97, 62.17, 60.48.
MALDI-TOF-MS (m/z) : 617.19 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 51.84; H, 5.76; N, 9.26%。
【0080】
製造例2 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→6)]-D-gluconamide (MeL-Gly-Azo)
メリビオースをラクトースと同様の方法で酸化してメリビオノラクトンを製造した。減圧乾燥したメリビオノラクトン(0.68g, 2mmol)と上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)を脱水メタノール中で20時間加熱還流した。得られた反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムを加えて結晶を析出させた。掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→6)]-D-gluconamide (MeL-Gly-Azo)の黄橙色の結晶を濾別し、クロロホルムで数回洗浄し、TLCで未反応物の除去を確認した後に減圧乾燥した。収率79.2%。
【0081】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 10.12 (s, 1H), 8.17 (t, 1H), 7.82-7.91 (m, 6H), 7.52-7.60 (m, 3H), 5.60 (d, 1H), 4.63(d, 1H), 4.59(d, 1H), 4.67-4.70 (m, 2H), 3.97-4.02 (m, 2H).
13C-NMR (DMSO-d6):173.2, 168.1 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 109.1, 98.9, 60.3.
MALDI-TOF-MS (m/z) : 616.99 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 49.22; H, 5.88; N, 8.33% 。
【0082】
製造例3 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide(MaL-Gly-Azo)
マルトースをラクトースと同様に酸化してマルトノラクトンを製造した。減圧乾燥したマルトノラクトン(0.68g, 2mmol)と上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)を脱水メタノール中10時間加熱還流した。反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムを加えて結晶を析出させた。掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide(MaL-Gly-Azo)の黄橙色の結晶を濾別し、クロロホルムで数回洗浄し、TLCで未反応物の除去を確認した後に減圧乾燥した。収率65.2%。
【0083】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 9.91 (s, 1H) , 8.20 (t, 1H), 7.78-7.93 (m, 6H), 7.54-7.60 (m, 3H), 5.77 (d, 1H), 5.70 (d, 1H), 5.00 (d, 1H), 4.95 (d, 1H) 4.53 (t, 1H), 4.45-4.49 (m, 2H), 3.89-4.05 (m, 2H).
13C-NMR (DMSO-d6):172.8, 168.0, 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 100.9, 83.1, 69.8, 62.4, 60.5.
MALDI-TOF-MS (m/z): 617.31 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 51.73; H, 5.88; N, 9.10%。
【0084】
製造例4 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (CL-Gly-Azo)
セロビオースをラクトースと同様の方法で酸化してセロビオノラクトンを製造した。減圧乾燥したセロビオノラクトン(0.68g, 2mmol)と上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)を脱水メタノール中で20時間加熱還流した。反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムを加えて結晶を析出させた。掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (CL-Gly-Azo)の黄橙色の結晶を濾別し、クロロホルムで数回洗浄し、TLCで未反応物の除去を確認した後に減圧乾燥した。収率78.4%。
【0085】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 10.10 (s, 1H), 8.11 (t, 1H), 7.80-7.91 (m, 6H), 7.53-7.60 (m, 3H), 5.48 (d, 1H), 5.32 (d, 1H), 5.00 (d, 1H), 4.96 (d, 1H) 4.61 (t, 1H), 4.35-4.41 (m, 2H), 3.97 (m, 2H). 13C-NMR (DMSO-d6): 173.0, 167.9, 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 104.0, 82.7, 62.2, 61.2.
MALDI-TOF-MS (m/z): 617.27 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 51.82; H, 5.82; N, 9.41%。
【0086】
実験例1 二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の物性評価
上記製造例1〜4で製造した二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo、Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)について、各種溶媒への溶解性およびヒドロゲル化能を評価した。
【0087】
(1)溶解性の評価
溶媒として、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、アセトニトリル(AN)、メタノール(MeOH)、熱水(80℃以上)、リン酸緩衝液(pH7.2)、クロロホルム、及びヘキサンを用いて、各二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の溶解性を評価した。具体的には、常温の溶媒1mlに各二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を10mg添加し、1時間撹拌し、常温及び溶媒の沸点で速やかに溶解した場合を「易溶性:○」、上静が透明であるが溶け残りがあり、かつ沸点まで加熱しても析出する場合を「難溶性:△」、上静にアゾベンゼンに由来する着色が無く、沸点まで加熱しても変化無い場合を「不溶性:×」として判断した。
【0088】
(2)ヒドロゲル化能の評価
各二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物をMilliQ水に溶解して、0.1〜10w/v%濃度の水溶液を調製した。これをホットスターラーを用いて加熱溶解し、得られた溶解液0.5mlを1.5ml容量のサンプルチューブに移して室温に静置して放冷し、24時間後にチューブを逆さにした時のゲルの状態から最小ゲル濃度(w/v%)を調べた(試験管倒立法)。
【0089】
【表1】
【0090】
表1に示すように、製造例1〜4で製造した二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は極性溶媒に溶解するものの、クロロホルムやヘキサンなどの非極性溶媒には溶解しないことがわかった。また製造例1〜3で製造したLL-Gly-Azo、Mal-Gly-Azo及びMel-Gly-Azoは、0.1w/v%以上または0.2w/v%以上でゲル化するヒドロゲル化能を有していたが、製造例4で製造したCL-Gly-Azoには10w/v%濃度でもゾル状態であり、ヒドロゲル化能がないことが判明した。
【0091】
ちなみに0.1w/v%〜1.0w/v%のLL-Gly-AzoヒドロゲルおよびMal-Gly-Azoヒドロゲルはいずれも高い透明度を有しているため、細胞培養した場合に、当該培養した細胞を光学顕微鏡で観察することが可能である。また、ゲル化にイオンの影響がないため(ノニオニック性)、種々の緩衝液や細胞培養液を用いてゲル化を行うことが可能である。
【0092】
(3)ヒドロゲルのSEM観察
(2)でヒドロゲル化能が確認されたLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoについて、0.5w/v%のヒドロゲルを調製した。その小片を低真空走査型電子顕微鏡(SEM:LVSEM or Wet-SEM, 島津SS-550)のステージ上に載せて、20−100Paで加速電圧5-20kVで観察を行った(1000倍)。
【0093】
図1の(A)〜(C)に、それぞれLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoの0.5w/v%ヒドロゲルのSEM画像を示す。これから分かるように、繊維同士が凝集して高次の会合体(繊維状の会合体)を形成していることが観察された。これよりヒドロゲル化能を有する二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は末端の糖鎖の種類によらず、水中で繊維状の会合体を形成することが確認された。
【0094】
(4)蛍光レクチンアッセイ
FITCで蛍光標識したガラクトース認識レクチンであるFITC-PNA(生化学バイオビジネス社製)およびFITC化したグルコース認識レクチンであるFITC-ConA(生化学バイオビジネス社製)をそれぞれPBSに0.02mg/mlになるように溶解した。斯くして調製したFITC-PNA溶液およびFITC-ConA溶液のそれぞれに、PBS で0.5 w/v%濃度で調製したLL-Gly-Azo、MaL-Gly-AzoおよびMeL-Gly-Azoのヒドロゲルの小片を、それぞれ室温で30-60秒間浸した後、PBS溶液で5回洗浄し、結合していないレクチンを除いた。乾燥を防ぐため、直ちにゲル片をスライドガラスとカバーガラスで挟み、PBS溶液で封入して共焦点レーザー顕微鏡(CLSM, 日立)で観察を行った(波長488nm)。
【0095】
LL-Gly-AzoのヒドロゲルをFITC-PNA及びFITC-ConAをそれぞれ用いてレクチンアッセイしたCLSM画像を図2(上段の中央と右欄)に、MaL-Gly-AzoのヒドロゲルをFITC-PNA及びFITC-ConAをそれぞれ用いてレクチンアッセイしたCLSM画像を図2(中段の中央と右欄)に、MeL-Gly-AzoのヒドロゲルをFITC-PNA及びFITC-ConAをそれぞれ用いてレクチンアッセイしたCLSM画像を図2(下段の中央と右欄)に、それぞれ示す。図2の左欄はFITC化糖認識レクチンで処理していないLL-Gly-Azo、Mal-Gly-AzoおよびMel-Gly-AzoのヒドロゲルのCLSM画像を示す。 これからわかるようにLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-AzoのヒドロゲルにFITC化ガラクトース認識レクチンを作用させることで繊維状の蛍光像が、またMaL-Gly-AzoのヒドロゲルにFITC化グルコース認識レクチンを作用させることで繊維状の蛍光像が観察された。一方、LL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoのヒドロゲルにグルコース認識レクチンであるFITC-ConAを作用させても、またMaL-Gly-Azoのヒドロゲルにガラクトース認識レクチンであるFITC-PNAを作用させても蛍光は観察されなかった。またFITC-PNAに代えて同じくガラクトースを認識して結合するRCA120を用いても同様のパターンの蛍光像が得られた。このことから、LL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoのヒドロゲルにはガラクトースが繊維状会合体の表面に集密しており、MaL-Gly-Azoのヒドロゲルにはグルコースが繊維状会合体の表面に集密していると考えられる。
【0096】
またこれらの結果は、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いることによる糖鎖集密化の分子設計が可能であることを示している。
【0097】
(5)ゾル化及びゲル化の温度依存性の評価
ヒドロゲル化能を有するLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoについて、ゲル化およびゾル化の温度依存性を評価した。
【0098】
ヒドロゲルのゾル-ゲルの転移温度は試験管倒立法で求めた。具体的には、1.5ml容量のミクロチューブに所定濃度の0.5mlのプレゲル溶液(ゲル化前でゾル状態にあるもの)(0.1w/v%〜1w/v%)を封入し10℃の恒温槽に入れてゲル化させた。恒温槽の温度を10℃ずつ上げ、それぞれ12時間放置した後の状態の最小ゲル化濃度をプロットしてゾルゲル相図を作成した(図3(A))。この結果から、Mal-Gly-Azo(40℃以上でゾル化)>Mel-Gly-Azo(50℃以上でゾル化)>LL-Gly-Azo(60℃以上でゾル化)の順で、低温でゾル化しやすいこと、別の角度からいえばゲルの熱安定性は、LL-Gly-Azo>Mel-Gly-Azo>Mal-Gly-Azoの順で高いことが判明した。
【0099】
なお、図3(A)のゾルゲル相図においてMal-Gly-Azoのヒドロゲルは、40℃付近で全ての濃度に対してゾル状態へ転移することを示している。
【0100】
ヒドロゲルのDSC(示差走査熱量)は、超高感度示差走査熱量計(セイコー電子工業DSC6100)を用いて測定した。具体的には銀製のセルに50mg程度の0.5w/v %のプレゲル溶液を入れ、完全に密閉した。測定室にセットし、5〜140℃の間で昇温速度及び降温速度を1℃/minとして熱エネルギーの変化を測定した。Mal-Gly-AzoのDSC測定結果を図3(B)に示す。昇温過程(図3(B)中、aのグラフ)において吸熱ピークが38.4℃にあることと、試験管倒立法でも40℃でゾル化したことから(図3(A))、DSC法と試験管倒立法の結果に整合性があるといえる。
【0101】
(6)光応答挙動(紫外光・光誘起ゾルゲル転移)図4参照
アゾベンゼンは、下式に示すように、紫外光をうけてトランス型からシス型に転移し、また加熱または可視光によりシス型に戻ることが知られている。
【0102】
【化10】
【0103】
ここでは、紫外光照射によるLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoのトランスからシスへの転移が、これらのヒドロゲル化能にどのように影響するかを検討した。
【0104】
具体的には、まず0.3 w/v%のLL-Gly-Azo水溶液およびMaL-Gly-Azo水溶液を、それぞれ0.5mmのスペーサーを介して石英板(符合0)に封入し、ゲル化させた(符合2)。ゲルの形成を確認した後、矩形状の切り込み(5mm×10mm)を入れたフォトマスク(符合1)を上に取り付け(図4(a)参照)、高圧水銀ランプ(ウシオ、500W)を用いて、厚さ1mmのゲル板に対して垂直方向に10分間紫外光(365nm)(符合3)を照射した(図4(b)参照)。紫外光の影響でゲルがゾル化すると、紫外光が照射された部分(矩形状の切り込み部(5mm×10mm))だけが自重により脱落する(流れ落ちる)ことになる(図4(c)参照)。
【0105】
0.3 w/v%、厚さ1mmのMal-Gly-Azoヒドロゲルに関する結果を図4(c)に示す。これからわかるように、紫外光が照射された部分(矩形状の切り込み部(5mm×10mm))だけが自重により脱落した(流れ落ちた)ことから、Mal-Gly-Azoヒドロゲルは、紫外光照射によりゲルからゾルへと転移したことが確認された。また、LL-Gly-AzoヒドロゲルでもまたMeL-Gly-Azoヒドロゲルでも、上記Mal-Gly-Azoヒドロゲルと同様にゾルゲル転移が生じた。
【0106】
この結果からMal-Gly-Azo 、LL-Gly-AzoおよびMel-Gly-Azo等の本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、そのアゾ構造から、紫外光によりゲルゾル転移を誘起することができることが判明した。
【0107】
実験例2 β-シクロデキストリンによる二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の包接化
実験例1(4)で製造例1〜4で製造した二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のうち、LL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoはヒドロゲル化能を有しており、0.3w/v%濃度で25℃ではいずれもゲル化している(図3(A)参照)。
【0108】
(1)β−シクロデキストリン(β-CD)による包接化
そこでこれらの二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のうち、ゲルからゾルに転移する温度(転移点)が高いLL-Gly-Azoを用いてβ−シクロデキストリン(β-CD)による包接化を行った。具体的には、18mMのβ-CD水溶液に最終濃度が6mMになるようにLL-Gly-Azoを添加し(β-CD:LL-Gly-Azo=1:3)、室温で撹拌して溶解させた。この場合、LL-Gly-Azoは約0.35w/v%濃度になるが、当該水溶液は、4〜80℃の温度範囲でゲル化することなくゾル状態であり、β-CDで包接することでゲル化せずに水中で分散状態を保つことができることが判明した。このことから、LL-Gly-Azoだけでなく、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azo等の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物も同様にβ-CDで包接することで、通常はゲル化する低い温度でもゲル化せずに水中で分散状態を保つことができると考えられる。
【0109】
(2)包接化二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の疎水性基板への可溶化
(2-1) シリコンゴム基板の調製
シリコンゴム基板の調製に、2種類のシリコンゴムを使用した。一つは市販のシリコーンゴムシート(十川ゴム、K-125 膜厚0.5mm)であり、もう一つはポリジメチルシロキサンをφ15mmのガラス基板上にスピンコートしたものを架橋して作製したシリコンゴム薄膜(膜厚数十μm)である。後者のシリコンゴム薄膜は、具体的には、まずポリジメチルシロキサン(PDMS)の主剤(SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)と硬化剤(CATALYST SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)を重量比10:1で混合し十分に脱気した後、φ15mmのカバーガラス上に4000rpmでスピンコートしてシリコンゴム薄膜を形成した。次いでこれを100℃で90分加熱して硬化させて、無色透明のシリコンゴム薄膜を調製した。
【0110】
(2-2) シリコンゴム基板のLL-Gly-Azoによる修飾
(i)シリコンゴム基板(シリコーンゴムシート(十川ゴム、K-125 膜厚0.5mm))を(1)で調製したLL-Gly-Azoのβ-CD包接化物(包接化LL-Gly-Azo)の水溶液(LL-Gly-Azo濃度:約0.35w/v%)に、4℃、室温(25℃)及び80℃の各温度で24時間浸漬した。その後、取り出して室温で1時間乾燥した後、イオン交換水で洗浄し、減圧乾燥して外観を観察した。結果を図5に示す。
【0111】
図5に示すように、シリコンゴム基板は、4℃や室温での浸漬では殆ど着色しなかったのに対して、80℃で浸漬することで着色した。このことから、包接化LL-Gly-Azoは、4℃や室温では二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)(黄橙色)をβ-CD内に包接しているが、80℃でそれを放出することがわかる。
【0112】
(ii)上記(2-1)で調製したシリコンゴム薄膜(シリコンゴム基板)を用いて、上記と同様にしてその表面をLL-Gly-Azoで処理した。処理後に洗浄・乾燥させた基板は処理前と同様に撥水的であった。次いで、シリコンゴム基板表面にガラクトースが修飾されていることを確認するため、親水的タンパク質であるガラクトース認識レクチン(ピーナッツレクチン(PNA))を反応させて、PBSで3回洗浄して遊離のPNAを除去した後風乾し、反応前と後における表面の接触角を測定した。接触角の測定は、調製したシリコンゴム基板に対して1μlのPBS溶液を滴下し、60秒後の接触角を、接触角計(協和界面科学 DM-300)を用いて静滴法で測定することにより行った(n=5)。その結果、PNAを反応させることで、接触角が低下した。
【0113】
このことは、すなわち、シリコンゴム表面のLL-Gly-Azoによる修飾は、LL-Gly-Azoの疎水部に相当するアゾベンゼン部がシリコンゴム薄膜内に可溶化し、LL-Gly-Azoの糖部がシリコンゴム薄膜の表面に表出していることを意味する。
【0114】
この結果から、LL-Gly-Azoを始めとする二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いることでシリコンゴムなどの疎水性物質の表面を簡易に糖で修飾することができること、また親水的な糖認識レクチンを作用させることで疎水性物質の表面を簡易に親水性化することができることが確認された。また、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のβ-CD包接化物は、低温でもゲル化することなくゾル状態であり取り扱いやすいとともに、80℃以上に加熱することで二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を包接物から放出することから、温度を制御することで、ゾル状態を維持しながら疎水性物質への修飾(疎水性物質表面の糖修飾)に応用できることが確認できた。
【0115】
実験例3 二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物による疎水性物質の表面修飾
前述するように、実験例2で二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いることでシリコンゴムなどの疎水性物質の表面を糖で修飾できることが確認された。そこで、ここでは二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物による疎水性の基板表面の糖修飾をより詳細に検討した。
【0116】
(1)シリコンゴム基板表面への糖修飾の確認
(1-1)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物導入シリコンゴム基板の作製
二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物としてガラクトース残基を有するLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoをそれぞれ蒸留水に加熱溶解し、0.36 w/v%溶液を調製した。この溶液に、実験例2(2)(2-1)の方法で作成したシリコンゴム基板を浸漬し、80℃で20〜30時間染色を行った。染色終了後、基板をイオン交換水に10分浸漬後、5回洗浄を行って風乾した。
【0117】
(1-2)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物導入シリコンゴム基板とレクチンの相互作用
上記で染色された基板を0.05mg/mlのピーナッツレクチン(PNA)/ PBS溶液に室温で30分間浸漬して作用させた。シリコンゴム基板は染色の有無に関わらず、撥水性である(静的接触角<110°)のに対して、PNAは親水性のタンパク質であるので、接触角を測定することによってレクチン結合の有無を確認した。レクチン結合基板をPBSで3回洗浄し、PBSを1μl滴下し、1秒後から1分後の接触角を経時測定した。
【0118】
その結果、LL-Gly-Azo導入シリコンゴム基板表面の接触角は、当初の接触角(>約110°)から約65°(1秒後)〜約54°(1分後)〜約38°(5分後)にまで低下しており、またMel-Gly-Azo導入シリコンゴム基板表面の接触角も約74°(1秒後)〜約65°(1分後)〜約55°(5分後)にまで低下していた。これは、シリコンゴム基板にガラクトースを介してPNAが修飾されたこと、すなわち、シリコンゴム基板の表面にLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoがそれぞれ糖鎖(ガラクトース鎖)を表面にして修飾されていることを意味する。
【0119】
(2)セルロースアセテート膜への糖修飾
セルロースアセテート膜(CA膜)への糖修飾の有無を、水晶発振子マイクロバランス法(QCM法)にて測定した。QCM法で使用するQCM水晶センサーは、水晶振動子の電極表面に物質が付着するとその質量に応じて共振周波数が変動(低下)する性質を利用して微量な質量変化を計測する質量センサーである。つまり、QCMチップ上へのCA膜の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の結合、さらに当該化合物の糖鎖へのレクチンの結合は振動周波数の低下として表れる。
【0120】
(2-1) セルロースアセテート膜(CA膜)の調製
QCMチップ上へのセルロースアセテート膜の作成は、セルロースアセテートをアセトンに0.1%になるよう溶解し、これをQCMチップ上に4000rpmでスピンコートして薄膜を形成し、溶媒を乾燥させることで行った。
【0121】
(2-2)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物導入CA膜とレクチンの相互作用
表面にCA膜を形成させたQCMチップを純水中25℃で安定化させた後、ガラクトース残基を有するLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoをそれぞれ0.0025w/v%になるように添加し、15分間の周波数の変化(ΔF)を測定した。引き続き、アゾベンゼン化合物が結合したチップをPBS溶液中に浸漬して60分程度安定化させた。
【0122】
続いて、ガラクトース残基を認識して結合するピーナッツレクチン(PNA) 5μgをPBS溶液に溶解して添加して、ΔFを測定した(QCM測定条件:25℃、600rpm)。その結果、LL-Gly-Azo及びMeL-Gly-AzoはPNAの添加により、周波数が急激に低下することが確認された(図6)。これは、シリコンゴムと同様に疎水性物質であるセルロースアセテートの表面にもガラクトースを介してPNAが結合されたこと、すなわち、セルロースアセテート膜の表面にLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoがそれぞれ糖鎖(ガラクトース鎖)を表面にして修飾されていることを意味する。
【0123】
実験例4 細胞培養基材としての応用
肝臓細胞はアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGPR)を細胞表面に持っており、このレセプターを介してガラクトースと特異的に接着することが知られている。ここでは肝臓細胞としてラット肝細胞(IAR-20)を用いて、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物で染着することで基板表面に導入したガラクトースを介した細胞接着について評価した。
【0124】
(1)細胞培養基板の調製
(1-1)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物修飾シリコンゴム基板の調製
ポリジメチルシロキサン(PDMS)の主剤(SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)と硬化剤(CATALYST SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)を重量比10:1で混合し十分に脱気した後、φ15mmのカバーガラス上に4000rpmでスピンコートしてシリコンゴム薄膜を形成した。次いで、これを100℃で90分加熱して硬化させた。完成したシリコンゴム基板はエタノールで十分に洗浄して常温常圧で乾燥させた。これをLL-Gly-Azoの0.36w/v%溶液に浸漬し、80℃で30時間染色を行った。染色終了後、シリコンゴム基板をイオン交換水に10分浸漬後、5回洗浄を行って風乾した。
【0125】
(1-2)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物修飾セルロースアセテート基板の調製
セルロースアセテート基板は、セルロースアセテートをアセトンに0.1%になるよう溶解し、φ15mmのカバーガラス上に4000rpmでスピンコートして薄膜を形成し、溶媒を乾燥させることで調製した。これをLL-Gly-Azoの0.36w/v%溶液に浸漬し、80℃で30時間染色を行った。染色終了後、セルロースアセテート基板をイオン交換水に10分浸漬後、5回洗浄を行って風乾した。
【0126】
(2)バイオアッセイ
24ウェルプレートの底部に(1)で作製した各基板を固定し、紫外線滅菌を行った。ラット肝細胞IAR-20を無血清のウイリアムス培地に分散させ、2×105cells/ wellとなるように前述の基板に播種し37℃のインキュベーター (5%CO2, 湿度90%)で培養した。対照実験として、染色処理をしないシリコンゴム基板及びセルロースアセテート基板(80℃の蒸留水に30時間浸漬処理)を使用した。所定時間培養後、上清を除去し、非接着細胞をPBSで2回洗浄して除去した後、トリプシン-EDTA溶液で接着した細胞を剥がし、トリパンブルー染色を行って血球計算板を用いて生細胞と死細胞の数をそれぞれカウントした。総細胞数と生細胞数から、細胞の生存率%を算出した。
【0127】
結果を図7及び8に示す。図7がセルロースアセテート基板〔CA-LL:LL-Gly-Azo修飾基板(以下「糖修飾基板」という)使用、CA:LL-Gly-Azo未修飾基板(以下「糖未修飾基板」という)使用〕の結果、図8がシリコンゴム基板(SIL-LL:糖修飾基板使用、SIL:糖未修飾基板使用)の結果である。
セルロースアセテート基板の場合、糖修飾基板と糖未修飾基板とで細胞の接着数には大きな差がみられないが(図7(A)中の折れ線グラフ、図7(B))、細胞の生存率は、糖未修飾基板で培養した場合は60%まで低下したのに対して糖修飾基板で培養した場合は高いまま維持していた(82%)(図7(A)中の棒グラフ)。糖未修飾基板で細胞の生存率が低下する理由として、セルロースアセテート基板は疎水性を有するため、細胞が吸着した場合でも、その吸着は非特異的なものであるため足場が形成できず、そのまま死に至るものと考えられる。一方、糖修飾基板の場合は、ガラクトースを介して細胞が接着して安定に維持されるため、生存率が高く維持できるものと推測される。
【0128】
シリコンゴム基板の場合、糖修飾基板の方が糖未修飾基板と比べて接着数が有意に高く(図8(A)中の折れ線グラフ、図8(B))、またガラクトースを介して細胞が接着して安定に維持されるため、生存率も高く維持されていた(図8(A)中の棒グラフ)。糖未修飾基板で接着数が低いのは、シリコンゴム表面が高い疎水性のため撥水的になっているため細胞の接着が妨げられたものと考えられる。さらにこの場合、セルロースアセテート基板と同様に、ガラクトースを介した接着ではなく非特異的な接着であるため、生存率も低くなったと考えられる。
【0129】
これらの結果から、細胞培養に使用する培地をLL-Gly-Azo等の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物で処理して、表面に糖鎖(例えば、ガラクトース)を介在させることで、細胞の接着と生存維持の両方ができると考えられる。
【0130】
以上のことから、本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いてガラクトース等の糖を表面に導入した膜の上では、当該ガラクトース等の糖を認識するレセプターを有する肝細胞が安定的に接着し、またガラクトースを導入しない膜を用いた場合と比較して、その生存率も高かった。
【0131】
なお、図9(A)に糖修飾シリコンゴム基板(SIL-LL板)を用いて24時間培養したラット肝細胞、及び図9(B)に糖修飾セルロースアセテート基板(CA-LL板)を用いて24時間培養したラット肝細胞の画像を示す。
【0132】
これからわかるように、肝細胞は、SIL-LL基板及びCA-LL基板上には球状で存在している。このことから、SIL-LL基板やCA-LL基板には肝細胞がガラクトース残基を接点として球状接着していると考えられた。本研究と同様の、ガラクトースを末端にもつ構造の糖鎖ポリマーである、ポリ(N-p-ビニルベンジル-ラクトアミド)(PVLA)等でコートしたディッシュ上では、例えば上皮増殖因子(EGF)等の存在下、細胞培養を2日間行い浮遊肝細胞スフェロイド形成を誘導する(特開2002-335954号公報)との報告もあり、このため、EGFやHGH等の増殖因子の添加により、スフェロイドを形成すること、つまり生体により近い機能を有する培養肝細胞が調製できると期待される。
【0133】
実験例5 三次元細胞培養基板としての応用
(1)液体培地のゲル化
LL-Gly-Azoを1w/v%になるように超純水に溶解し、粉末培地から二倍濃度に調製したウイリアムス培地を混合した、0.5w/v% LL-Gly-Azo/ウイリアムス培地を、24ウェルプレートに300μlずつ加え、室温で半日以上置いてゲル化させた。対照には、組織培養用ポリスチレン(TCPS)基板および市販のコラーゲンゲル(新田ゼラチン、cellmatrix typeI-C)に、ウイリアムス培地を加えてプレゲル溶液を調製し、同様に24ウェルプレートに300μlずつ加え37℃でゲル化させたものを用いた。
【0134】
(2)ゲル上への細胞接着挙動
ゲル化後にクリーンベンチ内で1時間紫外線滅菌を行った。さらに、細胞を播種する直前に、無血清ウイリアムス培地で2回洗浄した。ラット肝細胞IAR-20を無血清のウイリアムス培地に分散させ、2×105cells/mlとなるようにゲル上に播種し、37℃のインキュベーター(5%CO2,湿度90%)で培養を行った。所定時間培養後、上静を除去しPBSで2回洗浄して非接着細胞を除去した。
【0135】
LL-Gly-AzoゲルにはDMSOを100μl添加し、ゲルを完全に溶解させて細胞を分散させてから血球計算板を用いて細胞数をカウントした。コラーゲンゲルはコラゲナーゼ(新田ゼラチン)を0.1%添加し37℃で30分間振盪させてゲルを溶解し、同様に血球計算板で細胞数をカウントした。TCPS基板上の細胞はトリプシン-EDTA溶液で細胞を剥がし血球計算板を用いて細胞数をカウントした。
【0136】
培養時間に対する細胞接着数の結果を図10に示す。TCPSでは細胞の接着数が低く、培養時間が長くなるにつれ基板から剥離し、接着している細胞もトリパンブルー染色から大半が死細胞であると判断された。これは無血清培養であるため、血清中に含まれる足場となる因子が無いことから接着数が低くなったと考えられる。これに対して、コラーゲンゲルは短時間での接着に優れ、LL-Gly-Azoゲルでは12時間以降の接着が高かった。
【0137】
35時間培養後では、コラーゲンゲル上では敷石状に細胞が伸展して接着しているのに対し(図11(A))、LL-Gly-Azoゲル上の細胞の形状は初期と変わらず球状(図11(B))であったが、双方ともトリパンブルー染色でも細胞は生存していることが確認された。これは、コラーゲンは細胞外マトリクスの主成分であり、細胞の接着に関与するため良好な細胞接着挙動を示すのに対して、LL-Gly-AzoゲルではIAR20細胞の表面のASGPRとガラクトースを介した点での接着であるため球状の形状を呈したと考えられる。LL-Gly-Azoゲルでは、実施例1(4)で示したように、微細なファイバー上にガラクトースが集密化した構造を有するため、ガラクトースとそのレセプターを介した細胞接着が可能であり、細胞懸濁液をゲル化させることで三次元培養基板としての応用ができると期待される。
【0138】
実験例6 カーボンナノチューブ分散剤としての応用
単層カーボンナノチューブ(SWNT)(75% carbon basis, 直径0.7-1.3nm、Sigma-Aldrich社製)を0.4〜0.6mg量りとり、1質量%の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)の水溶液(ゾル状態)を5ml加え、5時間超音波をかけながら分散した。得られた分散溶液を遠心分離して、未分散のSWNTを沈降させ、上清を光路長1mmの石英キュベットに注入し、可視近赤外分光(Vis-NIR)吸収を測定した(600〜2500nm)。比較には、良好なSWNT分散剤であることが知られているカルボキシメチルセルロース(CMC)及びドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の1質量%水溶液を用い、同様にSWNTを超音波処理して分散し、遠心分離した上清を光路長1mmの石英キュベットにいれてVis-NIR吸収を測定した。ちなみにUV-Vis-NIRでは、試料全体の平均的な分散状態を把握することができる。カーボンナノチューブが孤立化、すなわち良好に分散していくと鋭い吸収ピーク群が現れ、これは直径の異なる金属ナノチューブや半導体ナノチューブのバンド間光学遷移に対応している。ピークが多く、急峻であれば分散状態が高いといえる。
【0139】
結果を図12に示す。図12に示すように、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)はいずれもピークの分離がよく、ナノチューブに対してCMCに匹敵するほどの分散能があるといえる。このことから、本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物によれば、その水溶液中にカーボンナノチューブを効率的に分散することができること、すなわち本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、カーボンナノチューブの分散剤として有用であることがわかる。
【符号の説明】
【0140】
0.石英板
1.フォトマスク
2.ゲル
3.紫外線照射
4.ゾル
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖鎖を光官能性のアゾベンゼン基とアミノ酸を介して結合させた新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びそれを製造する方法に関する。また、本発明はかかる新規化合物のゲル化剤としての用途、表面処理剤としての用途、細胞培養基材としての用途、並びにカーボンナノチューブ分散剤としての用途に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より実用に供されているゲルは、主に溶媒として水を含んでゲル化する高分子ゲルであり、高吸水性材料や保冷剤として実用化されている。これに対して比較的低分子の化合物を用いて有機溶剤をゲル化する低分子オルガノゲル化剤についても研究が行われ、廃油処理剤として実用化されている。さらに、ゲルの特性を利用した新しい機能性材料の研究が盛んに行われており、温度応答性ゲル、導電性ゲル、アクチュエーター、光学材料、記録材料、酵素固定化用担体、メディカル用材料、土壌改良材等さまざまな応用が検討されている。
【0003】
一方、アゾベンゼンは光照射により可逆的にその構造を変化させ、それらの物理的性質が大きく異なることから様々な光学材料として注目されている化合物である。具体的には、アゾベンゼンは、それ自体が紫外光の照射によってトランス体からシス体に異性化し、また可視光の照射または加熱によってシス体からトランス体に異性化するフォトクロミック化合物である。比較的低分子量のゲル化剤によって形成されるゲルにおいては、一般にゲル化剤が繊維状の集合体を形成し、その繊維が絡み合ってゲルの構造を保っている。このようなゲル化剤の構造に光応答性のあるアゾベンゼン骨格を組み込むことにより、その繊維状集合体全体が光応答性を持つ可能性があり、新たな光学材料への応用が期待されている。
【0004】
有機溶媒をゲル化する化合物の研究において熱によるゾル−ゲル相転移の研究は数多く見られるが、熱以外の外部刺激、例えば光によるゾル−ゲル相転移を示すゲル、すなわち光応答性ゲルは比較的少ない。光応答性部位としてオレフィンを用いた例(例えば非特許文献1)では、純粋に光のエネルギーだけではなく異性化反応に触媒として臭素を添加しなくてはならない。アントラセン−9−カルボン酸のアミン塩の例では(例えば非特許文献2)、光のエネルギーによりアントラセンが二量化する反応を用いゲルをゾルに変換させているが、熱をかけることでしか元のゲルの状態に戻すことはできない。また光応答性部位としてアゾベンゼンを用いる系(例えば非特許文献3)では、アゾベンゼンの光可逆的なトランス−シス異性化を利用し光可逆的なゲルゾル相転移を達成しているが、ファンデルワールス力のような弱い相互作用を利用したゲル化剤であり、安定なゲルを得るためには高濃度でかつ溶媒として極性溶媒に限定する必要があった。一方、水素結合など比較的強固な相互作用を利用した光応答性のある比較的低分子のゲル化剤として、光応答性部位としてアゾベンゼンを、ゲル生成の動力源となる水素結合にウレタン結合を組み込んだ分子が提案されている(例えば、特許文献1等)。しかし、これらの化合物はシクロヘキサン等の有機溶媒に溶解してゲル化するものであり、水易溶性の親水性ゲルを形成するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−314261号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Journal of the American Chemical Society, 2002,p.124,9716
【非特許文献2】Organic & Biomolecular Chemistry, 2003,p.1,2744
【非特許文献3】Journal of the American Chemical Society, 1994,p.116,6664
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、多種の機能を有し、多用途に使用することができる新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びその製造方法を提供することを目的とする。当該糖ラクトン−アゾベンゼン化合物には、光応答性ヒドロゲル化能を有する化合物、親水性や細胞接着性などの多様な性質を樹脂材料の表面に付与することができる化合物、経時的に自己会合して糖鎖ナノファイバーを形成する性質を有する化合物、及びカーボンナノチューブを水中に高分散させる性質を有する化合物が含まれる。さらに、本発明はかかる糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の多様な機能に基づいて、ヒドロゲル化剤としての用途、表面処理剤としての用途、細胞培養基材としての用途、並びにカーボンナノチューブ分散剤としての用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねていたところ、糖鎖を光官能性のアゾベンゼン基とアミノ酸を介して結合させた新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物が、上記の少なくとも1つの機能を有することを見出し、かかる多岐にわたる機能に基づいて各種分野で多くの用途に使用できることを確認した。例えば、光応答性ヒドロゲル化能を有する化合物はゲル化剤として化成品産業分野での使用に有用であり、親水性や細胞接着性などの多様な性質を樹脂材料の表面に付与することができる化合物及び自己会合して糖鎖ナノファイバーを形成する性質を有する化合物は、細胞培養基材として細胞工学分野での使用に有用であり、さらにカーボンナノチューブに対する分散作用を有する化合物はカーボンナノチューブ分散剤としてカーボンナノチューブの産業分野での使用に有用である。
【0009】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の具体的態様を有するものである。
(I)新規糖ラクトン−アゾベンゼン化合物
(I-1)下記一般式(1)で示されることを特徴とする糖ラクトン−アゾベンゼン化合物:
【0010】
【化1】
(式中、Gは糖ラクトン残基、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する)。
(I-2)上記糖ラクトン残基中の糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかである(I-1)に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
(I-3)Xがメチレン基である(I-1)または(I-2)に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
(I-4)Arがフェニル基である(I-1)乃至(I-3)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
【0011】
(II)新規糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の製造方法
(II-1)下記一般式(2)
【0012】
【化2】
(式中、Yは「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基、Arは置換基を有していても良いフェニル基を意味する。上記アミノ酸残基中、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。)。
で示されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を、糖ラクトンと反応させることを特徴とする(II-1)に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の製造方法。
(II-2)糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかである(II-1)に記載する製造方法。
(II-3)Xがメチレン基である(II-1)または(II-2)に記載する製造方法。
(II-4)Arがフェニル基である(II-1)乃至(II-3)のいずれかに記載する製造方法。
【0013】
(III)新規糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の用途
(III-1)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするヒドロゲル化剤。
(III-2)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする表面処理剤。
(III-3)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする細胞培養基材。
(III-4)(I-1)乃至(II-4)のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするカーボンナノチューブ分散剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、多種の機能を有し、多用途に使用することができる新規な糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びその製造方法を提供することができる。当該糖ラクトン−アゾベンゼン化合物には、光応答性ヒドロゲル化能を有する化合物、親水性や細胞接着性などの多様な性質を樹脂材料の表面に付与することができる化合物、経時的に自己会合して糖鎖ナノファイバーを形成する性質を有する化合物、及びカーボンナノチューブを水中に高分散させる性質を有する化合物が含まれるため、後述する多用途に広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のヒドロゲル((A)LL-Gly-Azoゲル、(B)Mel-Gly-Azoゲル、(C)Mal-Gly-Azoゲル)を低真空走査型電子顕微鏡(LV-SEM)で観察した結果(画像)を示す。
【図2】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(上段:LL-Gly-Azo、中段:Mal-Gly-Azo、下段:Mel-Gly-Azo)のヒドロゲルをFITC化ガラクトース鎖認識レクチンであるFITC-PNA(中央欄)、FITC化グルコース鎖認識レクチンであるFITC-ConA(右欄)でそれぞれ処理し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果(画像)を示す。なお、各段の左欄はFITC化糖鎖認識レクチンで処理していないヒドロゲルの画像を示す。
【図3】(A)はLL-Gly-Azo(―●―)、Mal-Gly-Azo(―▲―)およびMel-Gly-Azo(―■―)について、0.1〜1w/v%間での最小ゲル化濃度の温度依存性(ヒドロゲル相図)を示す。折れ線の左側はゲル状態であることを、折れ線の右側はゾル状態であることを示す。Mal-Gly-Azoは、40℃で全てのゲルが溶解(ゾル化)することを示している。(B)はMal-Gly-AzoのヒドロゲルのDSC曲線を示す。
【図4】実験例1(5)において、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のヒドロゲル化能への紫外線照射の影響を調べた実験手法を示す。(a)はゲル(符合2)を作成したゲル板の紫外線非照射部をフォトマスク(符合1)でマスキングする工程、(b)当該マスキングしたゲル板に対して紫外線照射(符合3)する工程、(c)紫外線照射されたゲル部分がゾル化(符合4)して脱落した(流れ落ちた)状態を示す。
【図5】実験例2(2)において、シリコンゴム基板をLL-Gly-Azoで修飾し、4℃、室温(R.T.)および80℃で乾燥した状態(シリコンゴムの外観)を示す。図面の左端から、未処理のシリコンゴム基板の外観(対照)、並びに4℃、室温(R.T.)および80℃で乾燥処理したLL-Gly-Azo修飾シリコンゴム基板の外観である。
【図6】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL:LL-Gly-Azo、MeL:Mel-Gly-Azo)を導入したセルロースアセテート膜に、ガラクトース鎖を認識するPNA(5μg)を添加後の周波数変化を測定した結果を示す。
【図7】実験例4(2)のバイオアッセイにおいて、(A)セルロースアセテート基板(CA-LL:糖修飾基板使用、CA:糖未修飾基板使用)を用いた場合の接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)と細胞生存率(%)(棒グラフ)を示す。(B)は、上記(A)から接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)のみ抜き出したものである。
【図8】実験例4(2)のバイオアッセイにおいて、(A)シリコンゴム基板(SIL-LL:糖修飾基板使用、SIL:糖未修飾基板使用)を用いた場合の接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)と細胞生存率(%)(棒グラフ)を示す。(B)は、上記(A)から接着細胞数(×105cells)(折れ線グラフ)のみ抜き出したものである。
【図9】(A)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)で修飾したシリコンゴム基板(SIL-LL)上で24時間培養したラット幹肝細胞の状態(倍率×50)、(B)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)で修飾したセルロースアセテート基板(CA-LL)上で24時間培養したラット幹肝細胞の状態(倍率×50)をそれぞれ示す。
【図10】LL-Gly-Azoゲル(―●―)、コラーゲンゲル(―▼―)およびポリスチレンゲル(―■―)をそれぞれ用いて培養したラット幹肝細胞について、培養時間に対する細胞接着数(×10-4cells)を計測した結果を示す。
【図11】左から、コラーゲンゲル、LL-Gly-Azoゲル、およびポリスチレンゲル上で35時間培養したラット幹肝細胞の状態(倍率×50)を示す。
【図12】二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の1質量%溶液中に単層カーボンナノチューブを超音波分散させた後、遠心分離した上清の可視近赤外分光吸収を測定した結果を示す(Vis-NIR)。縦軸は吸光度、横軸は波長nmを意味する。グラフの上から順に、Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo、カルボキシメチルセルロース(CMC)、及びドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、及びその製造方法
本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、下記の一般式で示される。
【0017】
【化3】
【0018】
上記式中、Gは糖ラクトン残基を意味する。すなわち、上記式においてGで表される糖ラクトン残基は、そのラクトン分子中のカルボニル基が、Gに隣接する窒素原子(N)とアミド結合している。ここでラクトンとして五員環のγ−ラクトンおよび六員環のδ−ラクトンを挙げることができるが、好ましくは六員環のδ−ラクトンである。
【0019】
糖ラクトン残基を構成する糖は、還元末端を有する単糖のアルドペントース、アルドヘキソース、及びそのデオキシ糖や誘導体、並びに少なくとも一つの還元末端を有する二糖、三糖、オリゴ糖、多糖の全てを表す。具体的には、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、メリビオース、ゲンチオビオース、セロビオース、ラクトース、キトビオース、マルトース、イソマルトース、およびマルトトリオース、セロトリオース、マルトオリゴ糖、セロオリゴ糖、ラクトオリゴ糖、及びそのデオキシ糖や誘導体を挙げることができる。好ましくはメリビオース、セロビオース、マルトース、及びラクトース等の二糖である。
【0020】
上記式中、Xは、1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。ここで置換基としては、炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基、炭素数1〜2の直鎖または分岐状のヒドロキシアルキル基、炭素数1〜2のカルボキシアルキル基を挙げることができる。炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基としては、具体的にはメチル基、イソプロピル基、イソブチル基、及びs−ブチル基を挙げることができ、Xがかかる置換基を1つ有するメチレン基である場合、「NH2−X−COOH」として形成されるアミノ酸はそれぞれアラニン、バリン、ロイシン、及びイソロイシンになる。置換基として、炭素数1〜2の直鎖または分岐状のヒドロキシアルキル基としては、ヒドロキシメチル基、及び2−ヒドロキシエチル基を挙げることができ、Xがかかる置換基を1つ有するメチレン基である場合、「NH2−X−COOH」として形成されるアミノ酸はそれぞれセリン、及びトレオニンになる。さらに置換基として、炭素数1〜2のカルボキシアルキル基としてはカルボキシメチル基、及びカルボキシエチル基を挙げることができ、Xがかかる置換基を1つ有するメチレン基である場合、「NH2−X−COOH」として形成されるアミノ酸はそれぞれアスパラギン酸、及びグルタミン酸なる。Xとして好ましくは置換基を有しないメチレン基である。
【0021】
上記式中、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する。ここで置換基としては、アルキル基、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、ニトロ基、スルホン基、硫酸エステル基、スルホンアミド基及びハロゲン基を挙げることができる。Arとして好ましくは置換基を有しないフェニル基である。
【0022】
本発明において、好ましい糖ラクトン−アゾベンゼン化合物としては、下記(a)〜(d)に示す化合物を挙げることができる。
【0023】
(a)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がガラクトース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがβ1-4結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(3)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-galactopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (以下、これを「LL-Gly-Azo」ともいう):
【0024】
【化4】
【0025】
(b)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がガラクトース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがα1-6結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(4)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→6)]-D-gluconamide (以下、これを「MeL-Gly-Azo」ともいう) :
【0026】
【化5】
【0027】
(c)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がグルコース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがα1-4結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(5)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (以下、これを「MaL-Gly-Azo」ともいう) :
【0028】
【化6】
【0029】
(d)上記式中、糖ラクトン残基(G)を構成する糖がグルコース、ラクトンがグルコノ−δ−ラクトンがβ1-4結合したもの、Xがメチレン基、及びArがフェニル基である下式(6)で示されるN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (以下、これを「CL-Gly-Azo」ともいう) :
【0030】
【化7】
【0031】
本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、下記一般式(2)
【0032】
【化8】
【0033】
で示されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を、糖ラクトンと反応させることで製造することができる。
【0034】
上記式中、Yは「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基を意味する。ここでアミノ酸としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン及びイソロイシンなどのモノアミノモノカルボン酸;セリン及びトレオニンなどのヒドロキシモノアミノモノカルボン酸;アスパラギン酸やグルタミン酸などのモノアミノジカルボン酸を挙げることができる。ここでXは1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。メチレン基の置換基としては前述のものを例示することができるが、Xは好ましくは置換基を有しないメチレン基である。
【0035】
Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する。Arの置換基としては前述のものを例示することができるが、Arは好ましくは置換基を有しないフェニル基である。
【0036】
アミノ酸修飾アゾベンゼン化合物として好ましくは、上記アミノ酸がグリシンであり、Arがフェニル基である2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide (以下「Gly-Azo」ともいう)である。
【0037】
当該Gly-Azoは、後述する参考製造例に記載される方法に従って製造することができる。またグリシン以外のアミノ酸で修飾されたアゾベンゼン化合物もかかる方法に準じて製造することができる。
【0038】
具体的には、まずアミノ酸を、定法に従って二炭酸ジ-tert-ブチル等のBoc化試薬と反応させてアミノ基をBoc保護する。得られたBoc化アミノ酸を、クロロホルムやヘキサン等の非極性溶媒に溶解し、脱水縮合剤の存在下で副反応を抑制するための添加剤としてヒドロキシベンゾトリアゾールやN-ヒドロキシスクシンイミド等の存在下、氷浴で1〜数時間、好ましくは1〜5時間程度反応させ、次いで常温で一晩撹拌反応する。ここで脱水縮合剤としては、カルボジイミド基を含む脱水縮合剤であれば特に制限することなく使用でき、例えば、EDC (1-Ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride)、DCC (Dicyclohexylcarbodiimide), DIC (N,N-Diisopropylcarbodiimide), およびCMC (1-Cyclohexyl-3-(2-morpholinoethyl)carbodiimide metho-p-toluenesulfonate)等を用いることができる。
【0039】
次いで得られた反応溶液を濃縮後、少量のクロロホルムやヘキサン等の相溶性の非極性溶媒に再溶解し、脱イオン水、0.1N塩酸、脱イオン水、および飽和炭酸水素ナトリウム水溶液の順で分液洗浄を行う。有機相を無水硫酸ナトリウムで一晩脱水した後、溶媒を溜去することにより、Boc保護基で修飾されたアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物(Boc化アミノ酸修飾-Azo)を得ることができる。最後に、トリフルオロ酢酸/ジクロロメタン (1:1)溶液で、Boc保護基を除去し、溶媒を溜去することでアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を取得することができる。
【0040】
糖ラクトンとして好ましくは、下式でそれぞれ示すラクトノラクトン(LL)、メリビオノラクトン(MeL)、マルトノラクトン(MaL)、およびセロビオノラクトン(CL)を挙げることができる。
【0041】
【化9】
【0042】
これらの糖ラクトンは、後述する製造例1〜4に記載される方法に従って、糖(ラクトース、マルトース、メリビオース、セロビオース)を酸化することで製造することができる。また上記糖ラクトン以外の糖ラクトンもかかる方法に準じて製造することができる。
【0043】
斯くして調製されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物と糖ラクトンとを反応させることで、本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を調製することができる。当該反応は、具体的には、製造例1〜4に記載するように、脱水アルコール中で0.5時間〜数十時間、好ましくは1〜30時間程度加熱還流することにより実施することができる。ここで加熱温度としては、65〜80℃、好ましくは70〜75℃を挙げることができる。なお、上記脱水アルコールとして使用するアルコールは、炭素数1〜6の低級アルコールを挙げることができる。好ましくはメタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノールを挙げることができる。好ましくはメタノールである。
【0044】
かかる反応により生成した糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、上記方法で得られた反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムやヘキサン等の非相溶性の非極性溶媒を加えて結晶を析出させることで取得することができる。得られた結晶は、さらにクロロホルムやヘキサン等の非相溶性の非極性溶媒で洗浄することで、未反応物を除去することができ、目的とする糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を精製取得することができる。
【0045】
2.糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の用途
(1)ヒドロゲル化剤
液体の粘度調節に用いられるゲル化剤は、高分子電解質の粘性を利用したものが主流であるが、溶解性や汎用性から改良が求められている。近年、低分子化合物でありながら、自発的な自己会合形成によりゲル化能を発揮する物質(低分子ゲル化剤)の開発が盛んになされている。
【0046】
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、なかでもラクトノラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)、マルトノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo)、メリビオノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mel-Gly-Azo)は、0.1〜0.2 w/v%という低濃度で、加熱溶解-冷却することで純水、生理食塩水、緩衝液、および細胞培養液をゲル化する、ヒドロゲル化能を有している(実験例1参照)。このためこれらの化合物はヒドロゲル化剤として用いることができる。
【0047】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のヒドロゲル化剤としての特徴、有用性、及び適応例は次の通りである。
【0048】
(1) これらの化合物はノニオニックであるため、上記するように種々の緩衝液や細胞培養液をもゲル化することができる。ゲルの色は黄色ないしは橙色である(実験例1(1)及び(2)参照)。
【0049】
(2) 高い透明性を有するヒドロゲルが調製できるため、細胞培養をした場合でも光学顕微鏡観察も可能になる(実験例1参照)。
【0050】
(3) 糖の種類によってゲル化の挙動が異なり、LL-Gly-Azoは60℃以上という比較的高温までゲル状態を保つ(熱安定性が高い)。かかる熱安定性は、LL-Gly-Azo(60℃以上でゾル化)>Mel-Gly-Azo(50℃以上でゾル化)>Mal-Gly-Azo(40℃以上でゾル化)の順であり、熱安定性が一番低いMal-Gly-Azoは約40℃でゾル状態になる(実験例1(5)、図3参照)。
【0051】
(4) これらの化合物のヒドロゲル化能は、化合物をβ-シクロデキストリン(β-CD)に包接化することで抑制することができる。すなわち、化合物をβ-CDに包接することで、通常であればゲル化する濃度や温度条件でもゲル化せずに、水中で分散状態を保つことができる(実験例2参照)。
【0052】
(5) これらの化合物から形成されるヒドロゲルは、紫外線(365nm)を照射するとトランス体アゾベンゼン部位が異性化によりシス体アゾベンゼンとなり、黄色ないしは橙色の溶液になる(ゾル化)。さらに可視光(436nm)を照射するとシス体アゾベンゼン部位が異性化によりトランス体アゾベンゼンとなり、再び黄色ないしは橙色のゲルになる(ゲル化)。すなわち、これらの化合物は、温度だけでなく光によってもゲル−ゾル相転移を示す、光応答性のゲル化剤である(実験例1(6)参照)。
【0053】
(6) これらの化合物で形成したヒドロゲルは、繊維状の自己集合体を形成しており、その表面に糖鎖が集密化している。かかるゲル化剤の自己組織化は、π電子相互作用によるアゾベンゼン基のスタッキングと水酸基やアミド基に由来する水素結合によるものと考えられる(実験例1(3)及び(4)参照)。
【0054】
(2)細胞培養基材
再生医療を志向した細胞工学分野では、合目的な細胞培養に有効な薬剤または基材が求められており、タンパク質や機能性ペプチドを用いた細胞増殖、機能制御が行われているが、さらなる高い機能化が希求されている。そうした中、細胞表面の生体機能糖鎖を介した細胞間コミュニケーションを模倣した糖鎖系薬剤の開発に期待が集まっている。
【0055】
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物、なかでもラクトノラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)、マルトノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo)、メリビオノラクトン−アゾベンゼン化合物(Mel-Gly-Azo)は、0.1〜0.2 w/v%という低濃度で、温度や光を制御することで純水、生理食塩水、緩衝液、および培養液等の水系で経時的に自己会合してナノファイバーを形成し、その表面に生体機能糖鎖を集密化することができる(実験例1参照)。糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の種類に応じて表面に集密化する糖鎖を変えることができるため(ガラクトース:LL-Gly-Azo及びMel-Gly-Azo、グルコース:Mal-Gly-Azo)、糖鎖構造依存的な細胞培養特性の制御が可能である。すなわち、本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物によれば、細胞培養基材として有用な生体機能糖鎖が表面に集密化したナノファイバーを容易に作成することができる。
【0056】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の細胞培養基材としての特徴、有用性、及び適応例等は次の通りである。
【0057】
(1) 全ての細胞は糖鎖分子によって覆われており、糖鎖は細胞間の認識や相互作用に関わる働きを持つ。また糖鎖は単独より集密化することで糖鎖とレセプター間の多重認識効果が高まる。ガラクトースを末端に有するLL-Gly-Azo及びMel-Gly-Azoから形成されたヒドロゲルによれば、表面にガラクトースを集密化した状態で表出しているため、肝細胞のアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGPR)を介した結合が可能である(実験例4(2)参照)。また、ヒドロゲルにより三次元ネットワークが形成されているため、細胞接着効率が高く、また細胞の生存率も高い。
【0058】
(2) 本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物はヒドロゲルを形成することで、繊維状に自己集合体が形成されその表面に糖鎖が集密化している(実験例1参照)。このため細胞がそのレセプターを介して糖鎖と結合し、ヒドロゲル表面にファイバー状に細胞が接着する(球状接着)(実験例4及び5参照)。これに対してEGFやHGH等の増殖因子の添加により、スフェロイドを形成させることができ、生体により近い機能を有する培養肝細胞が調製できることが期待できる(実験例4(2)参照)。糖鎖が集密化した構造を有するヒドロゲル中で細胞を三次元培養することで、スフェロイドを形成させて機能がより生体に近い人工肝臓への応用が期待される(実験例5)。
【0059】
(3) 糖を自己集合させた会合体のナノ構造を利用して、糖鎖レセプターを介した細胞保持の足場とするバイオインターフェースやバイオリアクターの開発が可能である。
【0060】
(3)表面処理剤
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物によれば、シリコンゴムや酢酸セルロース膜などの疎水性基材にアゾベンゼン部を可溶化することで、基材表面に糖鎖を導入することができる(実験例2及び3参照)。このため、本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、シリコンゴムや酢酸セルロース等の疎水性基材の表面処理剤として有用である。
【0061】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の表面処理材としての特徴、有用性、及び適応例等は次の通りである。
【0062】
(1) 疎水性基材の表面を処理することで、疎水性基材の表面を糖鎖で修飾することができる。
【0063】
(2) 疎水性基材の表面を処理することで、疎水性基材の表面に糖鎖を集密化させることができる。糖鎖としてガラクトースなどの生体機能糖鎖を用いることで、基材表面を生体機能糖鎖で修飾・集密化させることができるため、細胞培養基材の機能デザインを容易に行うことができる。
【0064】
(3) シリコン基材や酢酸セルロースの表面をこの表面処理剤で処理することで、集密化した糖鎖構造を疎水性基材の表面に簡便に形成することができるため、糖鎖構造依存的な細胞培養特性の制御が可能になる(細胞培養基材の表面処理剤としての応用)。
【0065】
(4) 疎水性基材の表面を処理することで、疎水性基材の表面を糖鎖で修飾して、細胞への接着性、細胞培養の安定性、生体親和性等の機能を付与することができる。
【0066】
(5) シリコンゴムは、高い酸素透過性、透明性、化学安定性、可塑性、生体に対して安全性が高いという特性を有する。当該シリコンゴムの表面を、表面処理剤として糖ラクトン−アゾベンゼン化合物で処理することで、その表面を糖鎖で修飾することができ、その結果、糖鎖導入細胞培養基板として用いることができる。
【0067】
(4)カーボンナノチューブの分散剤
カーボンナノチューブ(CNT)は次世代のナノマテリアルとして様々な産業分野で大きな期待を集めているが、非常に強い凝集力により実利用が困難である。このため、CNTを効率的に分散させる分散剤の開発がその実用化に向けたキーテクノロジーとなっている。
【0068】
前述する本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は強いπ電子相互作用を有するため、CNTのπ電子と相互作用しCNTを水系で高分散させることができる(実験例6参照)。
【0069】
これらの糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のCNT分散剤としての特徴、有用性、及び適応例等は次の通りである。
【0070】
(1) 本来CNTは細胞毒性であるが、本技術により非破壊的にCNTを糖で修飾することができるため、糖レセプターを有する細胞へのトランスポーターとして応用することができる。
【0071】
(2) 高分散したCNTは近赤外に吸収を有する。このため、糖のレセプターが病理細胞に特異的に発現する場合は、近赤外線で照射して発熱させることで、病理細胞を特異的に死滅させることもできる。
【0072】
(3) 本発明の糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は水に易溶性で取り扱い易く、温度、光、濃度などによってCNTを分散状態で制御可能であり、CNT産業分野での実用化に有用である。
【実施例】
【0073】
本発明を、下記製造例および実験例により説明するが、本発明は、かかる実験例等に限定されるものではない。
【0074】
参考製造例 2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide (Gly-Azo)の合成
まず、グリシンを定法に従って二炭酸ジ-tert-ブチル(Sigma-Aldrich)を反応させてアミノ基をBoc保護した。Boc化グリシン(0.37g, 2.1mmol)を氷浴中10mlのクロロホルムに溶解し、脱水縮合剤としてEDC (1-Ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide Hydrochloride)(同仁化学研究所)と添加剤としてHOBt (1-Hydroxybenzotriazol-1-ol Monohydrate) (東京化成)をそれぞれクロロホルム20mlに溶解して等モル加え、氷浴で2時間反応させ、次いで常温で一晩撹拌した。
【0075】
得られた反応溶液を濃縮後、少量のクロロホルムに再溶解し、脱イオン水、0.1N塩酸、脱イオン水、および飽和炭酸水素ナトリウム水溶液の順で分液洗浄を行った。有機相を無水硫酸ナトリウムで一晩脱水した後、溶媒を溜去してBoc保護基で修飾された2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide(Boc化Gly-Azo)を得た。最後に、トリフルオロ酢酸/ジクロロメタン (1:1)溶液で、Boc保護基を除き、次いで溶媒を溜去してデシケータ内で減圧乾燥を一晩行い、掲題の2-amino-N-p-phenylazophenyl acetamide (Gly-Azo)の黄色結晶を0.457g得た。収率85.6%。
【0076】
合成物の確認には、1H-NMR及び13C-NMRとMALDI-TOF-MSを使用した。
1H-NMR (CDCl3): 9.65 (s, 1H) 7.96-7.80 (m, 7H), 7.51-7.45 (m, 3H) 3.52 (s, 2H).
13C-NMR (CDCl3): 170.9, 152.7, 140.2, 130.7, 129.1, 124.1, 122.7, 119.4, 45.2.
MALDI-TOF-MS (m/z) : 255.58 [M+H] (理論値 255.12)、277.56 [M+Na] (理論値277.11)。
【0077】
製造例1 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-galactopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (LL-Gly-Azo)
ラクトースラクトンを既報の方法(Carbohydrate Research, 38, 364-368 (1974)、 Macromolecules, 27, 7302-7308 (1994)、Polymer Journal, 17, 567-575 (1985)参照)に従って、ラクトースを酸化することで製造した。具体的には、まず1000mlナス型フラスコにヨウ素17gを取りメタノール240mlを加えて40℃で加熱溶解した。蒸留水50mlにラクトース一水和物12gを加熱溶解し更にメタノール20mlを加え、上記のナス型フラスコ中に加えた。40℃で加熱還流しながら水酸化カリウムのメタノール溶液(0.05g/ml)400mlをゆっくり滴下し、黄白色の結晶を得た。内容物を時々混ぜながら氷冷し、吸引ろ過した後、冷メタノールで洗浄し、デシケータ内で減圧乾燥し黄白色の結晶を得た。この結晶に少量の蒸留水を加え、熱をかけながら溶解させた後、メタノール約400ml中に時間をかけて滴下、一時間強撹拌し黄白色の懸濁溶液を得た。4晩冷蔵庫に置いた後吸引ろ過し、沈殿を冷メタノールで洗浄した後、極少量のイオン交換水に溶解した。これを陽イオン交換樹脂(アンバーライトIR-120B、オルガノ(株))カラムにゆっくり時間をかけて流し、酸性成分を回収し減圧濃縮した。良溶媒として、メタノールを約100ml加え減圧濃縮した後、再度メタノールを加え更にエタノールを白濁する程度加え67℃で加熱しながら脱水ラクトン化する操作を数回繰り返し10.8g(収率95.0%)のラクトースラクトンを得た。
【0078】
減圧乾燥したラクトースラクトン(0.68g,2mmol)と、上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)をそれぞれ脱水したメタノールに溶解し、4時間加熱還流を行った。反応開始後1時間程度から反応溶液中に生成物が析出してくる。析出した黄橙色の結晶を濾別しクロロホルムで洗浄した。また、残りのメタノール溶液(濾液)から溶媒を溜去し減圧乾燥したものを、TLCでワンスポットになるまでクロロホルムで数回洗浄を行った。両者を合わせて減圧乾燥し、掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-galactopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (LL-Gly-Azo) の黄橙色の結晶を得た(収率 82.7%)。
【0079】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 10.00 (s, 1H) , 8.11 (t, 1H), 7.79-7.91 (m, 6H), 7.53-7.60 (m, 3H), 5.47 (d, 1H), 5.32 (d, 1H), 4.96 (d, 1H), 4.85 (d, 1H) 4.61 (t, 1H), 4.35-4.41 (dd, 2H), 3.97 (d, 2H). 13C-NMR (DMSO-d6):172.8, 168.0, 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 104.5, 82.97, 62.17, 60.48.
MALDI-TOF-MS (m/z) : 617.19 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 51.84; H, 5.76; N, 9.26%。
【0080】
製造例2 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→6)]-D-gluconamide (MeL-Gly-Azo)
メリビオースをラクトースと同様の方法で酸化してメリビオノラクトンを製造した。減圧乾燥したメリビオノラクトン(0.68g, 2mmol)と上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)を脱水メタノール中で20時間加熱還流した。得られた反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムを加えて結晶を析出させた。掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→6)]-D-gluconamide (MeL-Gly-Azo)の黄橙色の結晶を濾別し、クロロホルムで数回洗浄し、TLCで未反応物の除去を確認した後に減圧乾燥した。収率79.2%。
【0081】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 10.12 (s, 1H), 8.17 (t, 1H), 7.82-7.91 (m, 6H), 7.52-7.60 (m, 3H), 5.60 (d, 1H), 4.63(d, 1H), 4.59(d, 1H), 4.67-4.70 (m, 2H), 3.97-4.02 (m, 2H).
13C-NMR (DMSO-d6):173.2, 168.1 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 109.1, 98.9, 60.3.
MALDI-TOF-MS (m/z) : 616.99 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 49.22; H, 5.88; N, 8.33% 。
【0082】
製造例3 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide(MaL-Gly-Azo)
マルトースをラクトースと同様に酸化してマルトノラクトンを製造した。減圧乾燥したマルトノラクトン(0.68g, 2mmol)と上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)を脱水メタノール中10時間加熱還流した。反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムを加えて結晶を析出させた。掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-α-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide(MaL-Gly-Azo)の黄橙色の結晶を濾別し、クロロホルムで数回洗浄し、TLCで未反応物の除去を確認した後に減圧乾燥した。収率65.2%。
【0083】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 9.91 (s, 1H) , 8.20 (t, 1H), 7.78-7.93 (m, 6H), 7.54-7.60 (m, 3H), 5.77 (d, 1H), 5.70 (d, 1H), 5.00 (d, 1H), 4.95 (d, 1H) 4.53 (t, 1H), 4.45-4.49 (m, 2H), 3.89-4.05 (m, 2H).
13C-NMR (DMSO-d6):172.8, 168.0, 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 100.9, 83.1, 69.8, 62.4, 60.5.
MALDI-TOF-MS (m/z): 617.31 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 51.73; H, 5.88; N, 9.10%。
【0084】
製造例4 N-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (CL-Gly-Azo)
セロビオースをラクトースと同様の方法で酸化してセロビオノラクトンを製造した。減圧乾燥したセロビオノラクトン(0.68g, 2mmol)と上記参考製造例で製造したGly-Azo(0.51g, 2mmol)を脱水メタノール中で20時間加熱還流した。反応溶液を濃縮後、大量のクロロホルムを加えて結晶を析出させた。掲題のN-p-phenylazophenyl acetamide-[O-β-D-glucopyranosyl-(1→4)]-D-gluconamide (CL-Gly-Azo)の黄橙色の結晶を濾別し、クロロホルムで数回洗浄し、TLCで未反応物の除去を確認した後に減圧乾燥した。収率78.4%。
【0085】
合成物の確認にはNMR(1H-NMR、13C-NMR)、MALDI-TOF-MS分析及び元素分析を行った。
1H-NMR (DMSO-d6): 10.10 (s, 1H), 8.11 (t, 1H), 7.80-7.91 (m, 6H), 7.53-7.60 (m, 3H), 5.48 (d, 1H), 5.32 (d, 1H), 5.00 (d, 1H), 4.96 (d, 1H) 4.61 (t, 1H), 4.35-4.41 (m, 2H), 3.97 (m, 2H). 13C-NMR (DMSO-d6): 173.0, 167.9, 151.9, 147.5, 141.6, 130.9, 129.3, 123.6, 122.2, 119.3, 104.0, 82.7, 62.2, 61.2.
MALDI-TOF-MS (m/z): 617.27 [M+Na] (理論値617.21)
元素分析 理論値: C, 52.52; H, 5.76; N, 9.42%, 実測値: C, 51.82; H, 5.82; N, 9.41%。
【0086】
実験例1 二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の物性評価
上記製造例1〜4で製造した二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo、Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)について、各種溶媒への溶解性およびヒドロゲル化能を評価した。
【0087】
(1)溶解性の評価
溶媒として、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、アセトニトリル(AN)、メタノール(MeOH)、熱水(80℃以上)、リン酸緩衝液(pH7.2)、クロロホルム、及びヘキサンを用いて、各二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の溶解性を評価した。具体的には、常温の溶媒1mlに各二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を10mg添加し、1時間撹拌し、常温及び溶媒の沸点で速やかに溶解した場合を「易溶性:○」、上静が透明であるが溶け残りがあり、かつ沸点まで加熱しても析出する場合を「難溶性:△」、上静にアゾベンゼンに由来する着色が無く、沸点まで加熱しても変化無い場合を「不溶性:×」として判断した。
【0088】
(2)ヒドロゲル化能の評価
各二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物をMilliQ水に溶解して、0.1〜10w/v%濃度の水溶液を調製した。これをホットスターラーを用いて加熱溶解し、得られた溶解液0.5mlを1.5ml容量のサンプルチューブに移して室温に静置して放冷し、24時間後にチューブを逆さにした時のゲルの状態から最小ゲル濃度(w/v%)を調べた(試験管倒立法)。
【0089】
【表1】
【0090】
表1に示すように、製造例1〜4で製造した二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は極性溶媒に溶解するものの、クロロホルムやヘキサンなどの非極性溶媒には溶解しないことがわかった。また製造例1〜3で製造したLL-Gly-Azo、Mal-Gly-Azo及びMel-Gly-Azoは、0.1w/v%以上または0.2w/v%以上でゲル化するヒドロゲル化能を有していたが、製造例4で製造したCL-Gly-Azoには10w/v%濃度でもゾル状態であり、ヒドロゲル化能がないことが判明した。
【0091】
ちなみに0.1w/v%〜1.0w/v%のLL-Gly-AzoヒドロゲルおよびMal-Gly-Azoヒドロゲルはいずれも高い透明度を有しているため、細胞培養した場合に、当該培養した細胞を光学顕微鏡で観察することが可能である。また、ゲル化にイオンの影響がないため(ノニオニック性)、種々の緩衝液や細胞培養液を用いてゲル化を行うことが可能である。
【0092】
(3)ヒドロゲルのSEM観察
(2)でヒドロゲル化能が確認されたLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoについて、0.5w/v%のヒドロゲルを調製した。その小片を低真空走査型電子顕微鏡(SEM:LVSEM or Wet-SEM, 島津SS-550)のステージ上に載せて、20−100Paで加速電圧5-20kVで観察を行った(1000倍)。
【0093】
図1の(A)〜(C)に、それぞれLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoの0.5w/v%ヒドロゲルのSEM画像を示す。これから分かるように、繊維同士が凝集して高次の会合体(繊維状の会合体)を形成していることが観察された。これよりヒドロゲル化能を有する二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は末端の糖鎖の種類によらず、水中で繊維状の会合体を形成することが確認された。
【0094】
(4)蛍光レクチンアッセイ
FITCで蛍光標識したガラクトース認識レクチンであるFITC-PNA(生化学バイオビジネス社製)およびFITC化したグルコース認識レクチンであるFITC-ConA(生化学バイオビジネス社製)をそれぞれPBSに0.02mg/mlになるように溶解した。斯くして調製したFITC-PNA溶液およびFITC-ConA溶液のそれぞれに、PBS で0.5 w/v%濃度で調製したLL-Gly-Azo、MaL-Gly-AzoおよびMeL-Gly-Azoのヒドロゲルの小片を、それぞれ室温で30-60秒間浸した後、PBS溶液で5回洗浄し、結合していないレクチンを除いた。乾燥を防ぐため、直ちにゲル片をスライドガラスとカバーガラスで挟み、PBS溶液で封入して共焦点レーザー顕微鏡(CLSM, 日立)で観察を行った(波長488nm)。
【0095】
LL-Gly-AzoのヒドロゲルをFITC-PNA及びFITC-ConAをそれぞれ用いてレクチンアッセイしたCLSM画像を図2(上段の中央と右欄)に、MaL-Gly-AzoのヒドロゲルをFITC-PNA及びFITC-ConAをそれぞれ用いてレクチンアッセイしたCLSM画像を図2(中段の中央と右欄)に、MeL-Gly-AzoのヒドロゲルをFITC-PNA及びFITC-ConAをそれぞれ用いてレクチンアッセイしたCLSM画像を図2(下段の中央と右欄)に、それぞれ示す。図2の左欄はFITC化糖認識レクチンで処理していないLL-Gly-Azo、Mal-Gly-AzoおよびMel-Gly-AzoのヒドロゲルのCLSM画像を示す。 これからわかるようにLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-AzoのヒドロゲルにFITC化ガラクトース認識レクチンを作用させることで繊維状の蛍光像が、またMaL-Gly-AzoのヒドロゲルにFITC化グルコース認識レクチンを作用させることで繊維状の蛍光像が観察された。一方、LL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoのヒドロゲルにグルコース認識レクチンであるFITC-ConAを作用させても、またMaL-Gly-Azoのヒドロゲルにガラクトース認識レクチンであるFITC-PNAを作用させても蛍光は観察されなかった。またFITC-PNAに代えて同じくガラクトースを認識して結合するRCA120を用いても同様のパターンの蛍光像が得られた。このことから、LL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoのヒドロゲルにはガラクトースが繊維状会合体の表面に集密しており、MaL-Gly-Azoのヒドロゲルにはグルコースが繊維状会合体の表面に集密していると考えられる。
【0096】
またこれらの結果は、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いることによる糖鎖集密化の分子設計が可能であることを示している。
【0097】
(5)ゾル化及びゲル化の温度依存性の評価
ヒドロゲル化能を有するLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoについて、ゲル化およびゾル化の温度依存性を評価した。
【0098】
ヒドロゲルのゾル-ゲルの転移温度は試験管倒立法で求めた。具体的には、1.5ml容量のミクロチューブに所定濃度の0.5mlのプレゲル溶液(ゲル化前でゾル状態にあるもの)(0.1w/v%〜1w/v%)を封入し10℃の恒温槽に入れてゲル化させた。恒温槽の温度を10℃ずつ上げ、それぞれ12時間放置した後の状態の最小ゲル化濃度をプロットしてゾルゲル相図を作成した(図3(A))。この結果から、Mal-Gly-Azo(40℃以上でゾル化)>Mel-Gly-Azo(50℃以上でゾル化)>LL-Gly-Azo(60℃以上でゾル化)の順で、低温でゾル化しやすいこと、別の角度からいえばゲルの熱安定性は、LL-Gly-Azo>Mel-Gly-Azo>Mal-Gly-Azoの順で高いことが判明した。
【0099】
なお、図3(A)のゾルゲル相図においてMal-Gly-Azoのヒドロゲルは、40℃付近で全ての濃度に対してゾル状態へ転移することを示している。
【0100】
ヒドロゲルのDSC(示差走査熱量)は、超高感度示差走査熱量計(セイコー電子工業DSC6100)を用いて測定した。具体的には銀製のセルに50mg程度の0.5w/v %のプレゲル溶液を入れ、完全に密閉した。測定室にセットし、5〜140℃の間で昇温速度及び降温速度を1℃/minとして熱エネルギーの変化を測定した。Mal-Gly-AzoのDSC測定結果を図3(B)に示す。昇温過程(図3(B)中、aのグラフ)において吸熱ピークが38.4℃にあることと、試験管倒立法でも40℃でゾル化したことから(図3(A))、DSC法と試験管倒立法の結果に整合性があるといえる。
【0101】
(6)光応答挙動(紫外光・光誘起ゾルゲル転移)図4参照
アゾベンゼンは、下式に示すように、紫外光をうけてトランス型からシス型に転移し、また加熱または可視光によりシス型に戻ることが知られている。
【0102】
【化10】
【0103】
ここでは、紫外光照射によるLL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoのトランスからシスへの転移が、これらのヒドロゲル化能にどのように影響するかを検討した。
【0104】
具体的には、まず0.3 w/v%のLL-Gly-Azo水溶液およびMaL-Gly-Azo水溶液を、それぞれ0.5mmのスペーサーを介して石英板(符合0)に封入し、ゲル化させた(符合2)。ゲルの形成を確認した後、矩形状の切り込み(5mm×10mm)を入れたフォトマスク(符合1)を上に取り付け(図4(a)参照)、高圧水銀ランプ(ウシオ、500W)を用いて、厚さ1mmのゲル板に対して垂直方向に10分間紫外光(365nm)(符合3)を照射した(図4(b)参照)。紫外光の影響でゲルがゾル化すると、紫外光が照射された部分(矩形状の切り込み部(5mm×10mm))だけが自重により脱落する(流れ落ちる)ことになる(図4(c)参照)。
【0105】
0.3 w/v%、厚さ1mmのMal-Gly-Azoヒドロゲルに関する結果を図4(c)に示す。これからわかるように、紫外光が照射された部分(矩形状の切り込み部(5mm×10mm))だけが自重により脱落した(流れ落ちた)ことから、Mal-Gly-Azoヒドロゲルは、紫外光照射によりゲルからゾルへと転移したことが確認された。また、LL-Gly-AzoヒドロゲルでもまたMeL-Gly-Azoヒドロゲルでも、上記Mal-Gly-Azoヒドロゲルと同様にゾルゲル転移が生じた。
【0106】
この結果からMal-Gly-Azo 、LL-Gly-AzoおよびMel-Gly-Azo等の本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、そのアゾ構造から、紫外光によりゲルゾル転移を誘起することができることが判明した。
【0107】
実験例2 β-シクロデキストリンによる二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の包接化
実験例1(4)で製造例1〜4で製造した二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のうち、LL-Gly-Azo、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azoはヒドロゲル化能を有しており、0.3w/v%濃度で25℃ではいずれもゲル化している(図3(A)参照)。
【0108】
(1)β−シクロデキストリン(β-CD)による包接化
そこでこれらの二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のうち、ゲルからゾルに転移する温度(転移点)が高いLL-Gly-Azoを用いてβ−シクロデキストリン(β-CD)による包接化を行った。具体的には、18mMのβ-CD水溶液に最終濃度が6mMになるようにLL-Gly-Azoを添加し(β-CD:LL-Gly-Azo=1:3)、室温で撹拌して溶解させた。この場合、LL-Gly-Azoは約0.35w/v%濃度になるが、当該水溶液は、4〜80℃の温度範囲でゲル化することなくゾル状態であり、β-CDで包接することでゲル化せずに水中で分散状態を保つことができることが判明した。このことから、LL-Gly-Azoだけでなく、Mel-Gly-Azo及びMal-Gly-Azo等の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物も同様にβ-CDで包接することで、通常はゲル化する低い温度でもゲル化せずに水中で分散状態を保つことができると考えられる。
【0109】
(2)包接化二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の疎水性基板への可溶化
(2-1) シリコンゴム基板の調製
シリコンゴム基板の調製に、2種類のシリコンゴムを使用した。一つは市販のシリコーンゴムシート(十川ゴム、K-125 膜厚0.5mm)であり、もう一つはポリジメチルシロキサンをφ15mmのガラス基板上にスピンコートしたものを架橋して作製したシリコンゴム薄膜(膜厚数十μm)である。後者のシリコンゴム薄膜は、具体的には、まずポリジメチルシロキサン(PDMS)の主剤(SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)と硬化剤(CATALYST SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)を重量比10:1で混合し十分に脱気した後、φ15mmのカバーガラス上に4000rpmでスピンコートしてシリコンゴム薄膜を形成した。次いでこれを100℃で90分加熱して硬化させて、無色透明のシリコンゴム薄膜を調製した。
【0110】
(2-2) シリコンゴム基板のLL-Gly-Azoによる修飾
(i)シリコンゴム基板(シリコーンゴムシート(十川ゴム、K-125 膜厚0.5mm))を(1)で調製したLL-Gly-Azoのβ-CD包接化物(包接化LL-Gly-Azo)の水溶液(LL-Gly-Azo濃度:約0.35w/v%)に、4℃、室温(25℃)及び80℃の各温度で24時間浸漬した。その後、取り出して室温で1時間乾燥した後、イオン交換水で洗浄し、減圧乾燥して外観を観察した。結果を図5に示す。
【0111】
図5に示すように、シリコンゴム基板は、4℃や室温での浸漬では殆ど着色しなかったのに対して、80℃で浸漬することで着色した。このことから、包接化LL-Gly-Azoは、4℃や室温では二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(LL-Gly-Azo)(黄橙色)をβ-CD内に包接しているが、80℃でそれを放出することがわかる。
【0112】
(ii)上記(2-1)で調製したシリコンゴム薄膜(シリコンゴム基板)を用いて、上記と同様にしてその表面をLL-Gly-Azoで処理した。処理後に洗浄・乾燥させた基板は処理前と同様に撥水的であった。次いで、シリコンゴム基板表面にガラクトースが修飾されていることを確認するため、親水的タンパク質であるガラクトース認識レクチン(ピーナッツレクチン(PNA))を反応させて、PBSで3回洗浄して遊離のPNAを除去した後風乾し、反応前と後における表面の接触角を測定した。接触角の測定は、調製したシリコンゴム基板に対して1μlのPBS溶液を滴下し、60秒後の接触角を、接触角計(協和界面科学 DM-300)を用いて静滴法で測定することにより行った(n=5)。その結果、PNAを反応させることで、接触角が低下した。
【0113】
このことは、すなわち、シリコンゴム表面のLL-Gly-Azoによる修飾は、LL-Gly-Azoの疎水部に相当するアゾベンゼン部がシリコンゴム薄膜内に可溶化し、LL-Gly-Azoの糖部がシリコンゴム薄膜の表面に表出していることを意味する。
【0114】
この結果から、LL-Gly-Azoを始めとする二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いることでシリコンゴムなどの疎水性物質の表面を簡易に糖で修飾することができること、また親水的な糖認識レクチンを作用させることで疎水性物質の表面を簡易に親水性化することができることが確認された。また、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物のβ-CD包接化物は、低温でもゲル化することなくゾル状態であり取り扱いやすいとともに、80℃以上に加熱することで二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を包接物から放出することから、温度を制御することで、ゾル状態を維持しながら疎水性物質への修飾(疎水性物質表面の糖修飾)に応用できることが確認できた。
【0115】
実験例3 二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物による疎水性物質の表面修飾
前述するように、実験例2で二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いることでシリコンゴムなどの疎水性物質の表面を糖で修飾できることが確認された。そこで、ここでは二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物による疎水性の基板表面の糖修飾をより詳細に検討した。
【0116】
(1)シリコンゴム基板表面への糖修飾の確認
(1-1)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物導入シリコンゴム基板の作製
二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物としてガラクトース残基を有するLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoをそれぞれ蒸留水に加熱溶解し、0.36 w/v%溶液を調製した。この溶液に、実験例2(2)(2-1)の方法で作成したシリコンゴム基板を浸漬し、80℃で20〜30時間染色を行った。染色終了後、基板をイオン交換水に10分浸漬後、5回洗浄を行って風乾した。
【0117】
(1-2)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物導入シリコンゴム基板とレクチンの相互作用
上記で染色された基板を0.05mg/mlのピーナッツレクチン(PNA)/ PBS溶液に室温で30分間浸漬して作用させた。シリコンゴム基板は染色の有無に関わらず、撥水性である(静的接触角<110°)のに対して、PNAは親水性のタンパク質であるので、接触角を測定することによってレクチン結合の有無を確認した。レクチン結合基板をPBSで3回洗浄し、PBSを1μl滴下し、1秒後から1分後の接触角を経時測定した。
【0118】
その結果、LL-Gly-Azo導入シリコンゴム基板表面の接触角は、当初の接触角(>約110°)から約65°(1秒後)〜約54°(1分後)〜約38°(5分後)にまで低下しており、またMel-Gly-Azo導入シリコンゴム基板表面の接触角も約74°(1秒後)〜約65°(1分後)〜約55°(5分後)にまで低下していた。これは、シリコンゴム基板にガラクトースを介してPNAが修飾されたこと、すなわち、シリコンゴム基板の表面にLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoがそれぞれ糖鎖(ガラクトース鎖)を表面にして修飾されていることを意味する。
【0119】
(2)セルロースアセテート膜への糖修飾
セルロースアセテート膜(CA膜)への糖修飾の有無を、水晶発振子マイクロバランス法(QCM法)にて測定した。QCM法で使用するQCM水晶センサーは、水晶振動子の電極表面に物質が付着するとその質量に応じて共振周波数が変動(低下)する性質を利用して微量な質量変化を計測する質量センサーである。つまり、QCMチップ上へのCA膜の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の結合、さらに当該化合物の糖鎖へのレクチンの結合は振動周波数の低下として表れる。
【0120】
(2-1) セルロースアセテート膜(CA膜)の調製
QCMチップ上へのセルロースアセテート膜の作成は、セルロースアセテートをアセトンに0.1%になるよう溶解し、これをQCMチップ上に4000rpmでスピンコートして薄膜を形成し、溶媒を乾燥させることで行った。
【0121】
(2-2)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物導入CA膜とレクチンの相互作用
表面にCA膜を形成させたQCMチップを純水中25℃で安定化させた後、ガラクトース残基を有するLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoをそれぞれ0.0025w/v%になるように添加し、15分間の周波数の変化(ΔF)を測定した。引き続き、アゾベンゼン化合物が結合したチップをPBS溶液中に浸漬して60分程度安定化させた。
【0122】
続いて、ガラクトース残基を認識して結合するピーナッツレクチン(PNA) 5μgをPBS溶液に溶解して添加して、ΔFを測定した(QCM測定条件:25℃、600rpm)。その結果、LL-Gly-Azo及びMeL-Gly-AzoはPNAの添加により、周波数が急激に低下することが確認された(図6)。これは、シリコンゴムと同様に疎水性物質であるセルロースアセテートの表面にもガラクトースを介してPNAが結合されたこと、すなわち、セルロースアセテート膜の表面にLL-Gly-Azo及びMeL-Gly-Azoがそれぞれ糖鎖(ガラクトース鎖)を表面にして修飾されていることを意味する。
【0123】
実験例4 細胞培養基材としての応用
肝臓細胞はアシアロ糖タンパク質レセプター(ASGPR)を細胞表面に持っており、このレセプターを介してガラクトースと特異的に接着することが知られている。ここでは肝臓細胞としてラット肝細胞(IAR-20)を用いて、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物で染着することで基板表面に導入したガラクトースを介した細胞接着について評価した。
【0124】
(1)細胞培養基板の調製
(1-1)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物修飾シリコンゴム基板の調製
ポリジメチルシロキサン(PDMS)の主剤(SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)と硬化剤(CATALYST SILPOT 184, DOW CORNING TORAY)を重量比10:1で混合し十分に脱気した後、φ15mmのカバーガラス上に4000rpmでスピンコートしてシリコンゴム薄膜を形成した。次いで、これを100℃で90分加熱して硬化させた。完成したシリコンゴム基板はエタノールで十分に洗浄して常温常圧で乾燥させた。これをLL-Gly-Azoの0.36w/v%溶液に浸漬し、80℃で30時間染色を行った。染色終了後、シリコンゴム基板をイオン交換水に10分浸漬後、5回洗浄を行って風乾した。
【0125】
(1-2)二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物修飾セルロースアセテート基板の調製
セルロースアセテート基板は、セルロースアセテートをアセトンに0.1%になるよう溶解し、φ15mmのカバーガラス上に4000rpmでスピンコートして薄膜を形成し、溶媒を乾燥させることで調製した。これをLL-Gly-Azoの0.36w/v%溶液に浸漬し、80℃で30時間染色を行った。染色終了後、セルロースアセテート基板をイオン交換水に10分浸漬後、5回洗浄を行って風乾した。
【0126】
(2)バイオアッセイ
24ウェルプレートの底部に(1)で作製した各基板を固定し、紫外線滅菌を行った。ラット肝細胞IAR-20を無血清のウイリアムス培地に分散させ、2×105cells/ wellとなるように前述の基板に播種し37℃のインキュベーター (5%CO2, 湿度90%)で培養した。対照実験として、染色処理をしないシリコンゴム基板及びセルロースアセテート基板(80℃の蒸留水に30時間浸漬処理)を使用した。所定時間培養後、上清を除去し、非接着細胞をPBSで2回洗浄して除去した後、トリプシン-EDTA溶液で接着した細胞を剥がし、トリパンブルー染色を行って血球計算板を用いて生細胞と死細胞の数をそれぞれカウントした。総細胞数と生細胞数から、細胞の生存率%を算出した。
【0127】
結果を図7及び8に示す。図7がセルロースアセテート基板〔CA-LL:LL-Gly-Azo修飾基板(以下「糖修飾基板」という)使用、CA:LL-Gly-Azo未修飾基板(以下「糖未修飾基板」という)使用〕の結果、図8がシリコンゴム基板(SIL-LL:糖修飾基板使用、SIL:糖未修飾基板使用)の結果である。
セルロースアセテート基板の場合、糖修飾基板と糖未修飾基板とで細胞の接着数には大きな差がみられないが(図7(A)中の折れ線グラフ、図7(B))、細胞の生存率は、糖未修飾基板で培養した場合は60%まで低下したのに対して糖修飾基板で培養した場合は高いまま維持していた(82%)(図7(A)中の棒グラフ)。糖未修飾基板で細胞の生存率が低下する理由として、セルロースアセテート基板は疎水性を有するため、細胞が吸着した場合でも、その吸着は非特異的なものであるため足場が形成できず、そのまま死に至るものと考えられる。一方、糖修飾基板の場合は、ガラクトースを介して細胞が接着して安定に維持されるため、生存率が高く維持できるものと推測される。
【0128】
シリコンゴム基板の場合、糖修飾基板の方が糖未修飾基板と比べて接着数が有意に高く(図8(A)中の折れ線グラフ、図8(B))、またガラクトースを介して細胞が接着して安定に維持されるため、生存率も高く維持されていた(図8(A)中の棒グラフ)。糖未修飾基板で接着数が低いのは、シリコンゴム表面が高い疎水性のため撥水的になっているため細胞の接着が妨げられたものと考えられる。さらにこの場合、セルロースアセテート基板と同様に、ガラクトースを介した接着ではなく非特異的な接着であるため、生存率も低くなったと考えられる。
【0129】
これらの結果から、細胞培養に使用する培地をLL-Gly-Azo等の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物で処理して、表面に糖鎖(例えば、ガラクトース)を介在させることで、細胞の接着と生存維持の両方ができると考えられる。
【0130】
以上のことから、本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を用いてガラクトース等の糖を表面に導入した膜の上では、当該ガラクトース等の糖を認識するレセプターを有する肝細胞が安定的に接着し、またガラクトースを導入しない膜を用いた場合と比較して、その生存率も高かった。
【0131】
なお、図9(A)に糖修飾シリコンゴム基板(SIL-LL板)を用いて24時間培養したラット肝細胞、及び図9(B)に糖修飾セルロースアセテート基板(CA-LL板)を用いて24時間培養したラット肝細胞の画像を示す。
【0132】
これからわかるように、肝細胞は、SIL-LL基板及びCA-LL基板上には球状で存在している。このことから、SIL-LL基板やCA-LL基板には肝細胞がガラクトース残基を接点として球状接着していると考えられた。本研究と同様の、ガラクトースを末端にもつ構造の糖鎖ポリマーである、ポリ(N-p-ビニルベンジル-ラクトアミド)(PVLA)等でコートしたディッシュ上では、例えば上皮増殖因子(EGF)等の存在下、細胞培養を2日間行い浮遊肝細胞スフェロイド形成を誘導する(特開2002-335954号公報)との報告もあり、このため、EGFやHGH等の増殖因子の添加により、スフェロイドを形成すること、つまり生体により近い機能を有する培養肝細胞が調製できると期待される。
【0133】
実験例5 三次元細胞培養基板としての応用
(1)液体培地のゲル化
LL-Gly-Azoを1w/v%になるように超純水に溶解し、粉末培地から二倍濃度に調製したウイリアムス培地を混合した、0.5w/v% LL-Gly-Azo/ウイリアムス培地を、24ウェルプレートに300μlずつ加え、室温で半日以上置いてゲル化させた。対照には、組織培養用ポリスチレン(TCPS)基板および市販のコラーゲンゲル(新田ゼラチン、cellmatrix typeI-C)に、ウイリアムス培地を加えてプレゲル溶液を調製し、同様に24ウェルプレートに300μlずつ加え37℃でゲル化させたものを用いた。
【0134】
(2)ゲル上への細胞接着挙動
ゲル化後にクリーンベンチ内で1時間紫外線滅菌を行った。さらに、細胞を播種する直前に、無血清ウイリアムス培地で2回洗浄した。ラット肝細胞IAR-20を無血清のウイリアムス培地に分散させ、2×105cells/mlとなるようにゲル上に播種し、37℃のインキュベーター(5%CO2,湿度90%)で培養を行った。所定時間培養後、上静を除去しPBSで2回洗浄して非接着細胞を除去した。
【0135】
LL-Gly-AzoゲルにはDMSOを100μl添加し、ゲルを完全に溶解させて細胞を分散させてから血球計算板を用いて細胞数をカウントした。コラーゲンゲルはコラゲナーゼ(新田ゼラチン)を0.1%添加し37℃で30分間振盪させてゲルを溶解し、同様に血球計算板で細胞数をカウントした。TCPS基板上の細胞はトリプシン-EDTA溶液で細胞を剥がし血球計算板を用いて細胞数をカウントした。
【0136】
培養時間に対する細胞接着数の結果を図10に示す。TCPSでは細胞の接着数が低く、培養時間が長くなるにつれ基板から剥離し、接着している細胞もトリパンブルー染色から大半が死細胞であると判断された。これは無血清培養であるため、血清中に含まれる足場となる因子が無いことから接着数が低くなったと考えられる。これに対して、コラーゲンゲルは短時間での接着に優れ、LL-Gly-Azoゲルでは12時間以降の接着が高かった。
【0137】
35時間培養後では、コラーゲンゲル上では敷石状に細胞が伸展して接着しているのに対し(図11(A))、LL-Gly-Azoゲル上の細胞の形状は初期と変わらず球状(図11(B))であったが、双方ともトリパンブルー染色でも細胞は生存していることが確認された。これは、コラーゲンは細胞外マトリクスの主成分であり、細胞の接着に関与するため良好な細胞接着挙動を示すのに対して、LL-Gly-AzoゲルではIAR20細胞の表面のASGPRとガラクトースを介した点での接着であるため球状の形状を呈したと考えられる。LL-Gly-Azoゲルでは、実施例1(4)で示したように、微細なファイバー上にガラクトースが集密化した構造を有するため、ガラクトースとそのレセプターを介した細胞接着が可能であり、細胞懸濁液をゲル化させることで三次元培養基板としての応用ができると期待される。
【0138】
実験例6 カーボンナノチューブ分散剤としての応用
単層カーボンナノチューブ(SWNT)(75% carbon basis, 直径0.7-1.3nm、Sigma-Aldrich社製)を0.4〜0.6mg量りとり、1質量%の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)の水溶液(ゾル状態)を5ml加え、5時間超音波をかけながら分散した。得られた分散溶液を遠心分離して、未分散のSWNTを沈降させ、上清を光路長1mmの石英キュベットに注入し、可視近赤外分光(Vis-NIR)吸収を測定した(600〜2500nm)。比較には、良好なSWNT分散剤であることが知られているカルボキシメチルセルロース(CMC)及びドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の1質量%水溶液を用い、同様にSWNTを超音波処理して分散し、遠心分離した上清を光路長1mmの石英キュベットにいれてVis-NIR吸収を測定した。ちなみにUV-Vis-NIRでは、試料全体の平均的な分散状態を把握することができる。カーボンナノチューブが孤立化、すなわち良好に分散していくと鋭い吸収ピーク群が現れ、これは直径の異なる金属ナノチューブや半導体ナノチューブのバンド間光学遷移に対応している。ピークが多く、急峻であれば分散状態が高いといえる。
【0139】
結果を図12に示す。図12に示すように、二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物(Mal-Gly-Azo、CL-Gly-Azo)はいずれもピークの分離がよく、ナノチューブに対してCMCに匹敵するほどの分散能があるといえる。このことから、本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物によれば、その水溶液中にカーボンナノチューブを効率的に分散することができること、すなわち本発明の二糖ラクトン−アゾベンゼン化合物は、カーボンナノチューブの分散剤として有用であることがわかる。
【符号の説明】
【0140】
0.石英板
1.フォトマスク
2.ゲル
3.紫外線照射
4.ゾル
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示されることを特徴とする糖ラクトン−アゾベンゼン化合物:
【化1】
(式中、Gは糖ラクトン残基、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する)。
【請求項2】
式(1)中、糖ラクトン残基(G)中の糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかの糖である、請求項1に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
【請求項3】
式(1)中、Xが置換基を有しないメチレン基であり、Arが置換基を有しないフェニル基である請求項1または2に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
【請求項4】
下記一般式(2)
【化2】
(式中、Yは「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する。アミノ酸残基中、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。)
で示されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を、糖ラクトンと反応させることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の製造方法。
【請求項5】
糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかである請求項5に記載する製造方法。
【請求項6】
「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基中、Xは置換基を有しないメチレン基であり、式(2)中、Arは置換基を有しないフェニル基である請求項4または5に記載する製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするヒドロゲル化剤。
【請求項8】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする表面処理剤。
【請求項9】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする細胞培養材。
【請求項10】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするカーボンナノチューブ分散剤。
【請求項1】
下記一般式(1)で示されることを特徴とする糖ラクトン−アゾベンゼン化合物:
【化1】
(式中、Gは糖ラクトン残基、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する)。
【請求項2】
式(1)中、糖ラクトン残基(G)中の糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかの糖である、請求項1に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
【請求項3】
式(1)中、Xが置換基を有しないメチレン基であり、Arが置換基を有しないフェニル基である請求項1または2に記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物。
【請求項4】
下記一般式(2)
【化2】
(式中、Yは「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基、Arは置換基を有していてもよいフェニル基を意味する。アミノ酸残基中、Xは1つの置換基を有していてもよいメチレン基を意味する。)
で示されるアミノ酸修飾アゾベンゼン化合物を、糖ラクトンと反応させることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物の製造方法。
【請求項5】
糖ラクトンが、ラクトース、マルトース、メリビオースおよびセロビオースの各ラクトン体からなる群から選択されるいずれかである請求項5に記載する製造方法。
【請求項6】
「NH2−X−CO」で示されるアミノ酸残基中、Xは置換基を有しないメチレン基であり、式(2)中、Arは置換基を有しないフェニル基である請求項4または5に記載する製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするヒドロゲル化剤。
【請求項8】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする表面処理剤。
【請求項9】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とする細胞培養材。
【請求項10】
請求項1乃至3のいずれかに記載する糖ラクトン−アゾベンゼン化合物を有効成分とするカーボンナノチューブ分散剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−126806(P2011−126806A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−285641(P2009−285641)
【出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼ 発行・編集 セルロース学会第16回年次大会実行委員会 刊行物名 セルロース学会第16回年次大会 2009 Cellulose R&D 講演要旨集 発行年月日 2009年6月20日 ▲2▼ 発行所 社団法人 高分子学会 刊行物名 高分子学会予稿集 巻数 58巻 号数 2号 発行年月日 平成21年9月1日 ▲3▼ 発行所 社団法人 高分子学会 刊行物名 Preprints of The 1st FAPS Polymer Congress 発行年月日 2009年10月7日
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼ 発行・編集 セルロース学会第16回年次大会実行委員会 刊行物名 セルロース学会第16回年次大会 2009 Cellulose R&D 講演要旨集 発行年月日 2009年6月20日 ▲2▼ 発行所 社団法人 高分子学会 刊行物名 高分子学会予稿集 巻数 58巻 号数 2号 発行年月日 平成21年9月1日 ▲3▼ 発行所 社団法人 高分子学会 刊行物名 Preprints of The 1st FAPS Polymer Congress 発行年月日 2009年10月7日
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
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