糞便中成分による哺乳動物の健康状態把握方法
【課題】 各個体の消化吸収状態を反映した健康管理法を提唱するともに、供給された乳牛に供給する栄養分の管理の方向性を簡便かつ速やかに示し、産乳を良好に維持する方法を提供する。
【解決手段】 糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量と、糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定し、基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量/又は還元糖類量の高低と、基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから消化状態を考慮した健康状態を判断する。
【解決手段】 糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量と、糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定し、基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量/又は還元糖類量の高低と、基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから消化状態を考慮した健康状態を判断する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糞便中の成分によって、動物、特に家畜やペットなどの哺乳動物の健康状態を把握する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
栄養の摂取は健康の維持、増進に重要な因子である。栄養摂取には栄養分のバランスや量に加えて飼料の消化吸収の状態が重要であるが、消化吸収の状態を把握することは難しく、栄養管理に充分利用されているとは言い難い。
【0003】
例えば、哺乳動物の一種でありヒトにとって非常に有益である乳牛では、遺伝的な産乳能力の向上に伴い良好な産乳を維持するため、飼養管理による健康状態の維持の重要性が一段と増してきている。体調不良や病気など健康状態の悪化による乳量低下は、酪農家にとって経営上の深刻な問題である。乳牛の健康状態を維持するには先手を取った、健康状態が悪化する前に、早め早めの処置を行う管理が必須である。しかし、些細な兆候から健康状態変化を予測することは難しく、長年の経験と勘に頼るところが大きいので、健康状態変化を予測することは不確実なものであった。従って、多くの場合、目に見える変化(体重減少や増加、産乳量の減少など)が起こって初めて管理を修正するため、後手に回った処置しかできず、乳牛の持つ潜在的な産乳能力を充分に引き出せていない。
【0004】
乳牛の健康維持に最も重要なのは栄養分の供給である。これまでに、乳量を増大させる方法として、例えば、ルーメン保護アミノ酸やトレハロースを給飼したり、ルーメン保護アミノ酸に加えてセルラーゼなどの植物組織崩壊活性を有する他の成分を給飼したりする方法、ルーメン保護アミノ酸の給飼量を制御する方法などが提案されている(特許文献1〜4)。このような乳量の増大を図る成分やその他の飼料成分など、乳牛に給餌する栄養分の管理は比較的容易に行えるが、同時にそれら飼料及び飼料成分の消化吸収を把握することも飼養管理には不可欠な要素である。
【0005】
消化吸収の状態は腸内細菌叢とも密接に関連し、腸内環境を含めた消化吸収状態の変化が体重や乳産生に影響するので、より早い、適切な管理が望まれる。この観点からも消化吸収状態の把握は不可欠である。ヒトの腸内細菌叢の研究は進んでおり、腸内細菌叢には必須ビタミンの合成、酪酸などの単鎖脂肪酸の合成、免疫賦活などの生理学的に有用な機能を持ついわゆる善玉菌と、食物成分や生体成分を代謝し、ニトロソアミン、インドール、二次胆汁酸等の発癌性物質を生産する悪玉菌があるとされている。そして、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスや、オリゴ糖などのプロバイオティクスを含む食品によって善玉菌と悪玉菌のバランスをコントロールし、便秘の改善や様々な生活習慣病を予防する試みが数多くなされている(例えば、非特許文献1)。また、ジフルクトース・ジアンヒドリド3(DFAIII)の食餌やグルコノ-δ-ラクトンの給飼によって腸内細菌叢が変化して腸管内のpHが低下し、それと共に一次胆汁酸と二次胆汁酸の比が変化することも報告されている(特許文献5、非特許文献2)。
【0006】
その一方で、一次胆汁酸と二次胆汁酸の比に着目し、ラフィノースを食飼して腸内細菌叢の変化により一次胆汁酸と二次胆汁酸比を制御する試み(特許文献6)や一次胆汁酸と二次胆汁酸の比から、肝疾患のみならず大腸癌および直腸癌の診断を行う試み(特許文献7)が行われている。
【0007】
しかしながら、これまでのところ、ヒトの腸内細菌叢を制御することについては数々の方法が提案されているが(例えば特許文献6)、食餌の消化吸収状態を表す適切な指標は見いだされていない。このため、動物においても、飼料消化吸収状態に関連する指標に関する情報不足から的確な管理が難しく、消化吸収状態を考慮した健康管理方法は提案されていないのが実情である。
【0008】
また、乳牛における産乳状態と、糞便中の可溶性タンパク量、アンモニア濃度、還元糖類量との関係についての報告もなされている(非特許文献3)。この報告では、Fat corrected milk(FCM)によって群分けしたところ、高FCM群及び低FCM群のいずれにおいても、還元糖類量及びアンモニア濃度と日々の産乳量との間に相関があることが明らかにされている。しかしながら、これらの指標と腸内細菌叢或いは一次胆汁酸と二次胆汁酸の比との関係までは把握されておらず、これらの指標が消化状態を示す指標となりえるのかどうかは依然として不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−192093号公報
【特許文献2】特開平6−237701号公報
【特許文献3】特開2001−86940号公報
【特許文献4】特開2007−319156号公報
【特許文献5】特開2006−056839号公報
【特許文献6】特開2004−244365号公報
【特許文献7】特開平11−108933号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】ビフィズス菌の研究、光岡知足編著、(財)日本ビフィズス菌センター発行
【非特許文献2】西村和彦ら、第146回獣医学会学術集会講演要旨集
【非特許文献3】西村和彦ら、獣医疫学雑誌、No.1、p.23-28、1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明は、上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、各個体の消化吸収状態を反映した健康管理法を提唱するともに、乳牛に供給する栄養分の管理の方向性を簡便かつ速やかに示し、産乳を良好に維持する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、摂取した栄養分に対する消化吸収や腸内細菌叢の影響を反映した最終産物である糞便に着目し、糞便中の可溶性タンパク量、還元糖類量、及び一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を指標としたところ、これら糞便中成分量等と哺乳動物の健康状態に相関傾向があることを見いだし、本願発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、糞便中の可溶性タンパク量や糞便中の還元糖類量と、糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を指標として乳牛を群分けすると、当該群分けされた乳牛の体重変化並びに産乳量の変化と糞便中の上記成分量等の間に相関があることが明らかになった。本発明は、この関係を利用して消化吸収状態を含めた哺乳動物の健康状態を把握することにしている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、糞便中の限られた成分を測定するだけで、被検動物の健康状態を把握できる。特に乳牛においては、見かけ上産乳量が良好であり健康であると判断される乳牛であっても、消化状態が不良であることが推測できる。また、この推測結果を基に当該被検動物の消化吸収状態から将来の健康状態の悪化を防ぐための対策を速やかに取ることができる。それと共に良好な産乳など良好な健康状態を維持するための給餌計画を速やかに立てることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は1日乳量と1ヶ月間の体重変化及び各指標の変化との関係を示す図であって、(a)は体重変化との関係を示す図、(b)は可溶性タンパク量との関係を示す図、(c)は還元糖類量との関係を示す図、(d)はアンモニア濃度との関係を示す図である。
【図2】図2はラットにおいて、飼料組成が評価指標に与える影響を示す図であって、(a)は一日の接餌量を示す図、(b)は可溶性タンパク量に与える影響を示す図、(c)は還元糖類量に与える影響を示す図、(d)はアンモニア濃度に与える影響を示す図、(e)は胆汁酸比に与える影響を示す図である。
【図3】図3は飼料組成が糞便中の嫌気性細菌数に及ぼす影響を示す図である。
【図4】図4は糞便の保存による胆汁酸比の変化を示す図である。図中の*は、採取当日(day=0)に対して危険率5%(p<0.05)で有意差があったことを示す(n=4)。
【図5】図5は糞便の保存による嫌気性細菌素の変化を示す図である。図中の*は、採取当日(day=0)に対して危険率5%(p<0.05)で有意差があったことを示す(n=4)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の方法は、糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量と、糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比(以下「胆汁酸比」と言う。)を指標として、哺乳動物の健康状態を把握する方法である。より具体的に言うと、本発明では、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比について、それぞれの測定値と予め設定された基準値を対比し、それらの高低の組み合わせにより被検動物の健康状態を把握する。
【0017】
本発明が適用される動物は哺乳動物であって、例えば牛や馬、豚などの家畜動物、ラットやマウスなどの小動物、犬や猫などのいわゆるペット動物、ヒトなどが例示される。乳牛と小腸、大腸における消化吸収の機構に大きな差が見られず、胆嚢の有無によらず胆汁酸の排泄、胆汁酸の腸管循環が見られる哺乳動物であれば適用が可能である。
【0018】
本発明の目的である健康状態の把握とは、被検動物の健康が良好(healthy condition)であることを判断し、その診断を確定するという意味ではなく、良い状態も悪い状態も含んだ健康状態(health condition)を把握する意味で用いられる。ヒトに例えて言うなれば、本人は異常を感じている状態ではあるが、検査をしても異常がない状態にあるのかどうか、いわば未病の状態にあるかどうかを見極めること、乳牛では近い将来に体重が減ったり、乳量が急激に低下するかどうかを見極めることを意味する。そして、本発明において把握される健康状態は消化吸収状態を含めた意味で用いられ、判断時における被検動物の消化吸収の良否や栄養量の過多、言い換えると給餌量の適否だけでなく、判断時以降における消化吸収状態の変化、体重変化の予測を含めた意味で用いられる。また、乳牛においてはこれらに加え日々の産乳量や総産乳量など乳牛の産乳状態を把握する意味でも用いられる。
【0019】
高低を判断するための基準値は予め設定される。基準値の設定方法は種々考えられる。例えば、多くの酪農家から収集された過去の実績から設定され、良好な健康状態にあると判断された哺乳動物の測定結果に基づいて設定する方法がある。ここで言う良好な健康状態とは、本発明の方法により把握される健康状態とは異なり、消化吸収状態と無関係であって見かけ上健康である状態を意味する。例えば、乳牛について言えば、日々の産乳量が正常であること、1ヶ月程度の観察期間において産乳量も著しい増減がなく好ましくはわずかに減少傾向にあること、体重についても著しい増減がなく好ましくはわずかに増加する傾向にある乳牛が良好な健康状態にあると判断され、そして当該乳牛の糞便中の測定結果が基準値として用いられる。すなわち、健康であると思われる哺乳動物を選定し、当該動物の糞便中の上記3つの指標(糞便中成分)を測定する。そして、その測定から1ヶ月程度、好ましくは2〜3ヶ月の経過観察を行った上で、上記3つの指標について群分けし、経過観察後の健康状態から標準的な基準値を設定する。この方法によると測定から経過観察を行っているのでより正確な判断が行えるだけでなく、今後の経過が比較的高い確率で予測できると言える。
【0020】
本願発明者の行った下記実施例の場合を例にすると、可溶性タンパク量が70以上80mg/糞便(乾燥重量に換算して:以下同じ)1g未満、還元糖類が0.9以上1.2mmol/糞便1g未満、胆汁酸比が0.8以上1.1未満である乳牛が、その後の経過観察により、健康が良好であると判断された。従って、下記実施例では、これらの数値範囲が基準値として用いられる。本発明においては、これらの基準値との比較によって、検査対象となった哺乳動物(被検動物)の健康状態が把握される。これら指標の測定値(絶対値)及び基準値(絶対値)は、下記実施例の欄に記載された方法で測定される値を意味するが、絶対値を参考にすることなく基準値に対する高低のみを判断指標とする場合には、基準値と被検動物の測定結果を比較できればよいので、各指標の測定方法は特に限定されるものではなく、実施例に記載の方法と異なる方法でもよい。
【0021】
上記の基準値の設定方法や基準値そのものは一例を挙げたものであって、判断対象となる動物種や飼育環境、つまり家畜であれば畜産農家ごとに適切な基準値を独自に定めるのが好ましい。上記の指標は普段与えられる飼料の栄養組成によっても変動するだけでなく、飼料の栄養組成は畜産農家ごとによって異なると共に、動物種によって飼料の消化吸収状態が異なると考えられるからである。従って、ある畜産農家では上記の基準値を当てはめるのが適切な場合もあれば、別の畜産農家では上記の基準値とは異なる基準値、例えば、可溶性タンパク量では80以上90mg/糞便1g未満、還元糖類では1.0以上1.2mmol/糞便1g未満、胆汁酸比では0.9以上1.2未満を基準値として判断した方が、当該畜産農家には適切なこともある。また、乳牛以外の動物には、これらの値と異なる値を基準値とするのが適切な場合もある。そして、より普遍的な取り扱いを行いたい場合には、基準値の作成に際し、例えば、下記実施例に示したように複数の畜産農家を選択するなど、畜産農家の数や経過観察を行う乳牛の数を増やすのが好ましいと言える。
【0022】
また、個々の酪農農家で健康状態を把握する場合など、基準値を定めるための実績がない場合がある。このような場合には、当面は当該農家における各指標の平均を暫定的な基準値とし、乳牛の産次を重ねるごとに体重変化や産乳量から、その都度群分けを見直して、乳牛の健康状態を把握して基準値を修正するようにしてもよい。なお、前記基準値は上記例のように数値範囲であってもよいし、後述するようにある特定の数値を定めても差し使えない。また、乳牛以外の動物では、体重の増減、運動量の多少、顔の表情、行動などの経過観察によって基準値を設定すればよい。
【0023】
本発明においては、被検動物の健康状態を把握するための判定表、例えば、表1に示す判定表が参照される。この判定表では測定結果によって5つの群(グループA〜E)に群分けされており、指標ごとに基準値よりも高い場合が「H」で、基準値よりも低い場合が「L」で、基準値内に納まる場合が「M」で示されている。この判定表は実際の運用に先立ち、予め作成される。つまり、上記で述べたように、見かけ上健康であると判断された乳牛が選択され、指標の測定後に行われる経過観察によって群分けされることにより得られる。
【0024】
【表1】
【0025】
判定表中のグループAは可溶性タンパク量及び還元糖類量並びに胆汁酸比が基準値に比べて高い群、同グループBは可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値に比べて高いが、胆汁酸比は基準値よりも低い群、同グループCは3つの指標とも基準値内に納まる群、同グループDは可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値に比べて低いが、胆汁酸比は基準値に比べて高い群、同グループEは可溶性タンパク量及び還元糖類量並びに胆汁酸比のすべてが基準値に比べて低い群である。この判定表は、下記実施例に基づいて作成されたものである。つまり、各指標について測定を行ったのち、その後の経過観察によって乳牛の状態を調べた結果に基づいて群分けされた。ここにおいて、糞便中の可溶性タンパク量と糞便中の還元糖類量は、消化管特に腸内の消化状態を反映し、一方が増加すれば他方も増加するという相関を示し(非特許文献3参照)、表1においても糞便中の可溶性タンパク量が高い場合には還元糖類量も高く、また、糞便中の可溶性タンパク量が低い場合には還元糖類量も低いことが示されている。従って、本発明においては、糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量のいずれかを用いれば足りる。
【0026】
表1に示す判定表に基づいてある被検動物の健康状態を判断すると、当該被検動物の測定結果がいずれも基準値の範囲内であれば、当該被検動物はグループCに属する。この動物は消化状態を含めて健康な状態にあり、今後とも日々の産乳量が良好に維持され、これまでの飼育管理を続けるとこの状態が維持されることが予想される。
【0027】
測定結果がいずれも基準値よりも高い場合は、当該被検動物はグループAに属する。この動物は、糞便中の可溶性タンパク量及び還元糖類量が高く、胆汁酸比も高いため、腸内細菌叢の状態が悪く消化不良の状態、言い換えると栄養過多の状態となっている。そのために将来的には体重が減少すると共に日々の産乳量が低下する傾向にあると判断される。従って、グループAに属する乳牛は、消化吸収状態を含め乳牛自体の健康状態が悪く、給餌量を減らす対策だけでなく、乳産生をさせながら健康状態を回復させる必要があると判断される。
【0028】
可溶性タンパク量及び還元糖類量が高く、胆汁酸比が低い場合は、当該被検動物はグループBに属する。この動物は、胆汁酸比が低いので腸内細菌叢が異常であるとまで言えないが、糞便中の可溶性タンパク量及び還元糖類量が高いために、飼料が過剰であると判断される。このグループBに属する乳牛は飼料が過多であると考えられ、今後、体重が増加する一方日々の産乳量はほとんど変わらないので、体重増加に見合う産乳量が得られず、産乳量の低下ひいては消化状態は変わらないにしても健康状態の悪化に繋がる。従って、グループBに属する乳牛は、給餌量を調整することにより、当該乳牛の状態を維持することが望まれると判断される。
【0029】
可溶性タンパク量及び還元糖類量が低く、胆汁酸比が高い場合は、当該被検動物はグループDに属する。この動物は、胆汁酸比が高いので腸内細菌叢の状態が悪い、すなわち嫌気性菌が多いと判断される。また、可溶性タンパク量及び還元糖類量が低いので、給餌量が適切であるか若しくはやや不足気味で消化吸収が十分になされていないと考えられる。従って、グループDに属する乳牛は、今後体重の減少及び日々の産乳量の低下が見込まれ、早期に乳牛の消化状態を改善する工夫が望まれると判断される。この工夫としては、腸で利用されるようにバイパスタンパクの給餌などによる直接的な栄養補給、生菌剤等のサプリメントの給餌などの工夫がある。また、牛舎環境、例えば暑すぎる、アンモニア濃度が高いなど住環境の改善という対策も例示される。
【0030】
可溶性タンパク量及び還元糖類量が低く、胆汁酸比も低い場合には、被検動物はグループEに属する。この動物は、すべての測定値が低いので、消化状態などの健康状態は悪くはないが、飼料不足の傾向にある。この状態が続くと日々の産乳量は減少しないが、痩せる傾向にあり、身を削って挺して産乳するので将来的には日々の産乳量が低下して、健康状態が悪化する虞がある。従って、飼料状態を増やし、体重の減少を防ぐ処置が必要となる。
【0031】
上記のように、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と糞便中の胆汁酸比を指標に用い、各指標の基準値との比較における高低の組み合わせから、被検動物の健康状態を把握できる。上記判定表に基づき被検動物の健康状態を把握すると、グループB及びグループEでは消化状態を含めて牛の健康状態としては悪くはないが、飼料過多(グループB)或いは飼料不足(グループE)の傾向にある。従って、当面の飼育管理は、飼料の調整が重要視される。一方、グループA及びグループDでは胆汁酸比が高く、被検動物の腸内細菌叢が悪い状態、つまり消化吸収が悪い状態にあると言える。従って、日々産乳を行わせながら、早期に腸内細菌叢の状態を良くして消化状態を良好なものに改善する必要性が高い。
【0032】
また、被検動物の健康状態は、飼料不足の状態であるグループEから腸内細菌叢が悪いグループDに移行し、さらにそれを放置しておくと、見かけ上日々の産乳量が正常であるにも係わらず飼料が過剰にあると判断されるグループBの状態に移行する。このグループBにある段階でいかなる対策も施されないとなると、体重が減少するために飼料だけが過剰に給餌されるようになり、栄養を吸収できずそれを排泄する状態にあるグループAに移行する。このように被検動物の健康状態は次第に悪化すると考えられる。従って、本発明の手法により被検動物の健康状態がグループA〜Eのどの段階にあるのかを速やかに判断することにより、より適切な対策を速やかに取ることができる。
【0033】
上記の基準表に従うと、糞便中の各成分を測定した結果、例えば、可溶性タンパク量及び還元糖類量が低く、胆汁酸比が基準値の範囲内である場合や、可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値の範囲内であって、胆汁酸比が高いあるいは胆汁酸比が低い場合など、判定表に示されたグループA〜Eの何れにも属しない場合が考えられる。このような場合には、基準値の範囲にある測定項目において、その測定値が近いグループに群分けするのがよい。例えば、可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値よりも低く、胆汁酸比が基準値の範囲内である0.9という値が得られた場合には、この0.9という値は、基準値より高いグループB(胆汁酸比が1.1より高い)よりも、基準値より低いグループD(胆汁酸比が0.8未満)に近いので、グループDに属すると判断してその後の対策を取ればよい。本発明は、消化状態を反映した健康状態を簡便に把握し、速やかにその対策を図ることを目的としているからである。また、群分けを細分化してもその判断が複雑になり、細分化する意義が少なくなるからである。もっとも、本発明は糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖量と胆汁酸比を指標として健康状態を把握することを特徴とするのであるから、これらを指標として健康状態を把握できるのであれば、表1の判定表に限定されるものではなく、表1の判定表より群分けを細分化することを排除するものではない。
【0034】
健康状態簡便に把握し、速やかに対策を図る意味においては、判定表の作成に一点の基準値、例えば下記実施例について言えば、可溶性タンパク量では75mg/糞便1g、還元糖類量では1.05mmol/糞便1g、胆汁酸比は0.95という特定の値である基準値を採用し、当該基準値との比較によって高低を判断して群分けしてもよい。この値はグループCの基準範囲のほぼ中間値であって、表2に示す判定はこの値を基準値としたものである。そうして作成された判定表を表2に示す。この判定表は表1に示す判定表から基準値に属するグループCを除いたものである。本発明はこの判定表に基づいても、上記と同様に判断できる。
【0035】
【表2】
【0036】
以上のように、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定した上で、これらの指標成分の各基準値との比較における高低の組み合わせから、消化状態を考慮した健康状態を把握でき、さらに産乳量の変化や体重の増減を予測できる。また、各グループ、つまり被検動物の健康状態に応じて適切な対処を速やかに取ることによって、状態の悪化を事前に防ぐことが可能となる。もっとも、上記説明では、基準値と比較してその高低の組み合わせから判断することにしているが、基準値との比較による高低を組み合わせるまでもなく、得られた測定値(絶対値)の組み合わせによって判断しても差し支えない。例えば、表1に示された基準値を用いた場合、糞便中の可溶性タンパク量が80mg/糞便1g以上(あるいは還元糖類が1.2mmol/糞便1g以上)であって、胆汁酸比が1.1以上であればグループA、糞便中の可溶性タンパク量が80mg/糞便1g未満であって、胆汁酸比が1.1以上であればグループCに属すると判断してもよい。
【0037】
そして、本発明の健康状態把握方法は、コンピュータを用いたシステムとして構築できる。このシステムは、基準値を記憶する基準値記憶手段と、被検動物の糞便から得られた測定値や基準値を入力する入力手段と、入力手段から入力された測定値と基準値記憶手段に記憶された基準値とを比較し、当該比較結果に基づいて被検動物の健康状態を求める判定手段と、当該判定手段によって得られた健康状態を出力する出力手段とから構成される。つまり、基準値をハードディスクやROM、RAMなどの記憶装置に予め記憶させておき、キーボードなどの入力手段によって入力された測定結果に基づいて被検動物の健康状態を求め、その結果をCRTや液晶ディスプレイなどの画像表示手段に表示させたり、プリンタなどの印刷手段に印刷させるようにしたシステムとして構築できる。測定値と基準値の高低の組み合わせから健康状態を判定する具体的な手法(アルゴリズムやプログラム)は説明するまでもなく公知の方法が用いられる。この方法として、入力された測定値と基準値を指標ごとに比較した結果を行配置、例えば、水溶性タンパク、還元糖類、胆汁酸比の順序にならべ、その比較結果から被検動物が属するグループを判別する方法が考えられる。その比較結果が、例えばHHLの配列(溶性タンパク、還元糖類のいずれかと胆汁酸比を配列する場合にはHLの配列)となれば、グループBであると判断される。そして、グルーブBに対応した上記健康評価結果、例えば「腸内細菌叢が異常であるとまで言えませんが、飼料が過剰(気味)です。」のメッセージや、「今後、産乳量の低下又は健康状態の悪化に繋がります。」などのメッセージ、また、今後の対策として、「給餌量を調整して、乳牛の状態を維持することに努めましょう」などの今後の対策目標であるメッセージを画像や印字、音声として出力させるようにするのが好ましい。
【0038】
また、本発明の健康状態把握方法では、糞便成分の測定時における一時的な把握を行い、この結果を利用することが第1の利用方法であると言えるが、糞便成分の測定を継続して行い、前回の測定結果と比較することで健康状態の変化を把握するという目的にも利用できる。例えば、乳牛の場合、前回の産次からどのように変化したか、その結果、例えばグループBからグループCへと変化することによって、今回の産乳については調子が良さそうであるとか悪そうであるとかの判断が行える。この判断は、糞便中成分を指標とすることに限ることではなくて、産乳量や体重などを指標として把握することもできるが、本発明の方法を用いた場合には、例えば今回調子が悪そうであると感じたならば、その測定結果から消化吸収に問題がありそうであると把握することができる。具体的に言えば、前回の初産時の測定ではグループCに属していたが、2産、3産と測定を重ねたところグループBに移行したのであれば、乳牛は健康な状態から消化不良の状態に変化したのであるから、消化不良を起こさせないために当面の対処をしなければならないのはもちろんのこと、過去の飼育管理方法を見直す必要があると判断できる。この利用方法は乳牛の産次毎という比較的長期のスパンを問題にしているが、もっと短期のスパン、例えば1週間毎に健康状態を把握して、その変化が連続して見受けられれば、やはり健康状態が継続して悪化しているので、飼育管理方法を見直す必要があると判断できる。このように本発明の健康状態把握方法は被検動物の健康状態を直接把握するだけでなく、良好な健康状態を維持したり良好な健康状態に回復させるために、給餌計画の見直しなど飼育管理対策にも利用できる。
【実施例1】
【0039】
〔体重変化と糞便中成分〕
牛群検定を実施している4農家の乳牛から、分娩後60から240日までの健康な牛92頭を選び、当乳期が終わるまで(乾乳まで)1ヶ月に1回の検定日に、乳量、乳成分、体重を測定する共に糞便成分測定日に直腸内の糞便を採取した。92頭のうち、測定成績から305日期待Fat corrected milk(FCM)が8000Kg以上となった乳牛34頭について、糞便中の可溶性タンパク、還元糖類、アンモニア濃度を測定した。さらに1ヶ月前の検定日から測定日までの体重の増減、および測定日の乳量によりグループ分けして比較した。その結果を図1に示す。可溶性タンパクはビューレット法(Gornall, A. G., Bradawil, C J., and David, M. M., Determination of serum proteins by means of the biuret reaction, J. Biol. Chem., 177, 751-766, 194)により、還元糖類はアンスロン法(Hassid, W. Z., and Abraham, S. Determination of glycogen with anthrone regent, Methods Enzymol., 3, 34, 1957)により測定した。また、アンモニア濃度は市販の測定キットであるテストワコー(和光純薬社製)を用いて測定した。排泄直後の糞便を採取し、試料重量の10倍量の水に十分に混和した。その後、遠心分離(1000×g、10min)により得られた上清を0.2μmフィルターで濾過した。この濾過した溶液を用いて測定した。測定結果は糞便乾燥重量当たりの値を示している(胆汁酸の測定結果も同じ)。各群の例数は、乳量35Kg以上体重増加群は5頭、乳量35Kg以上体重減少群は7頭、乳量25Kg以下体重増加群は5頭、乳量25Kg以下体重減少群は4頭である。その他の乳牛13頭は乳量25〜35Kgで推移した。図1に示す各カラムは平均値とSDを示している。*は体重増加群に対する有意差を示している(P<0.05:n=4)。
【0040】
これによると、乳量35Kg以上体重減少群では可溶性タンパク量及び還元糖類量は体重増加群に比べて有意に減少し、また、乳量25Kg以下体重減少群では還元糖類量は体重増加群に比べて有意に増加した。また、乳量25Kg以下体重減少群ではアンモニア濃度は体重増加群に比べて有意に増加し、可溶性タンパク量も体重増加群に比べて増加する傾向にあった。
【0041】
〔飼料組成が糞便中成分に与える影響〕
腸内pH調整剤によって腸内細菌叢が影響を受け、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比(胆汁酸比)が変化することが報告されている(非特許文献2参照)。次に、腸内pH調整剤による腸内細菌叢の変化や脂肪が糞便中の上記各成分や胆汁酸比に与える影響を調べた。その結果を図2に示した。
【0042】
(胆汁酸比の測定)
胆汁酸比は、主要な2次胆汁酸であるGDCA(Glucodeoxycholic acid)、TDCA(Taurodeoxycholic acid)、DCA(Deoxycholic acid)、LCA(Lithocholic acid)の合計量に対する主要な1次胆汁酸であるGCA(Glucocholic acid)、TCA(Taurocholic acid)、CA(Cholic acid)、CDCA(Chenodeoxycholic acid)の合計量の比とした。また、1次胆汁酸、2次胆汁酸はそれぞれ下記方法により求めた。
【0043】
(飼料組成が与える影響)
8週齢雄ウィスターラットに通常飼料と滅菌水、通常飼料と0.4% δグルコノラクトン(グルコン酸)溶液(飲水量は約80mg/day(グルコノラクトン量として))、コーンオイルを5%添加した通常飼料と滅菌水の3種類の飼料と飲水を7日間自由摂取させた。毎日体重を測定し、7日間の平均増加体重を求めた。また、7日後の糞便中の各成分量を下記に示す方法で測定した。その結果を図2に示す。各図のカラムは、左から順に通常飼料群、グルコン酸給餌群、コーンオイル給餌群を示している。各カラムは平均値とSDを示している。*は通常飼料給餌群に対して有意であったことを示している(P<0.05:n=4)。
【0044】
胆汁酸の測定は次の方法により行った。排泄直後の糞便を採取し、試料重量の10倍量のメタノールに十分に混和した。その後、遠心分離(1000×g、10min)により得られた上清を0.2μmフィルターで濾過した。この濾過した溶液を用いて、Bilepak IIカラム((株)日本分光社製)を用いたHPLC(LCD6−AD,(株)島津社製)によって胆汁酸の分離定量を行った。上記1次、2次胆汁酸のピーク面積の和を求め、2次胆汁酸/1次胆汁酸の値を求めた。この結果、グルコン酸給餌群やコーンオイル給餌群では通常飼料群に比べて体重が増加する傾向にあったが、グルコン酸給餌群では他の群に比べて可溶性タンパク量、還元糖類量、アンモニア濃度、胆汁酸比はそれぞれ有意に減少していた。また、コーンオイル給餌群では各成分ともに増加傾向にあり、可溶性タンパク量、アンモニア濃度、胆汁酸比が有意に増加していた。
【0045】
〔飼料組成が糞便中の嫌気生菌数に及ぼす影響〕
腸内pH調整剤や脂肪が糞便中の嫌気生菌数に与える影響を調べた。その結果を図3に示した。総嫌気性菌数の測定にはGAM寒天培地(日本水産社製)を、バクテロイデス属菌数の測定にはバクテロイデス培地(日水)を、クロストリディウム属菌数の測定にはCW寒天培地(日水)を用いた。上記7日経過後に採取した糞便の一部を10倍量のPBSで希釈し、各培地の平板寒天に段階希釈した菌液100μlを一面塗布し、48時間、37℃で嫌気培養した後、コロニー数をカウントし、細菌数を求めた。各カラムは平均値とSDを示している。*は通常飼料給餌群に対して有意であったことを示している(P<0.05:n=4)。
【0046】
この結果、嫌気性菌については、グルコン酸給餌群及びコーンオイル給餌群のいずれにおいても通常飼料給餌群に比べて有意に減少し、グルコン酸給餌群はコーンオイル給餌群に比べても減少する傾向にあった。
【0047】
〔保存による胆汁酸比とクロストリディウム属細菌数の変化〕
上記7日経過後の糞便を室温で保存し、保存による胆汁酸比と嫌気生菌数との変化を調べた。その結果を図4に示す。各カラムは平均値とSDを示している。*は通常飼料給餌群に対して有意であったことを示している(P<0.05:n=4)。
【0048】
以上の結果から、ラットにおいて、腸内細菌叢の変化や脂肪過多の飼料は糞便中の可溶性タンパク量、還元糖類量、アンモニア濃度及び胆汁酸比に影響を及ぼした(図2)。2次胆汁酸は主に嫌気性菌のクロストリディウム属細菌によって産生されると考えられており、胆汁酸比の低下はクロストリディウム属細菌数の減少によることが確認できた(図5)。腸内の1次胆汁酸、2次胆汁酸の大部分は再吸収され利用されるが、2次胆汁酸には発がん性などの生体に対する悪影響があることが報告されており、2次胆汁酸を増加させるクロストリディウム属細菌は悪玉菌として知られている。δグルコノラクトンの投与はクロストリディウム属細菌の増殖を抑制し、2次胆汁酸を減少させる(図3)。一方脂質を添加した高脂肪食ではクロストリディウム属細菌の割合が増加し、2次胆汁酸産生も増加した(図4)。また、クロストリディウム属細菌の増減は糞便中の可溶性タンパク量、アンモニア濃度の増減とほぼ平行に推移した(図3、図4)。特にアンモニアは主に嫌気性菌の代謝物でもあり、これら成分は消化吸収と腸内細菌叢両方の状態を反映すると考えられた。
【0049】
さらに採取した糞便サンプルを冷蔵庫で保存したとき、胆汁酸比は5日目まではほぼ一定であったのに対して、クロストリディウム属細菌数は1日後で大きく変化しており(図5)、胆汁酸比はサンプルの保存状態の影響を受けにくいことが示された。
【0050】
これらをまとめると、糞便中の胆汁酸比が増加するときには栄養供給が過剰になっている、あるいはクロストリディウム属細菌などが増加して消化吸収能力が低下していることが示された(図2や図5)。特に乳牛では乳産生が大きな代謝的負担となっており、消化吸収される栄養と乳産生のバランスが崩れると体重減少や体重増加として速やかに反映される。すなわち吸収される栄養分以上の乳産生を行うと、栄養不足の状態で身を削ることになり、体重が減少して糞便中の可溶性タンパク量や還元糖類量、アンモニア濃度及び胆汁酸比は低下することが導かれる。一方、乳産生が低下しているにもかかわらず、体重が減少している場合は消化吸収が低下しており、糞便中の前記成分及び胆汁酸比は増加した(図1参照)。
【0051】
以上のことから、糞便中の可溶性タンパク量、還元糖類量およびアンモニア濃度は栄養供給の過不足と消化吸収状態を反映していると考えられた。さらに1次胆汁酸量と2次胆汁酸量の比(胆汁酸比)によって腸内細菌叢の状態が簡易に把握され、可溶性タンパク、還元糖類およびアンモニアといった糞便中成分の濃度測定と併せて用いることで、消化吸収とそれに影響する腸内細菌叢の変化、体重変化、産乳量の変化を総合的に評価することができると考えられた。
【実施例2】
【0052】
牛群検定を行っている4農家の乳牛から、分娩後60日以降、205日期待FMC8000Kg以上、および1日乳量25Kg以上であって検定日当日産乳量及び健康であると思われた牛17頭を選び、糞便中成分及び胆汁酸比によって群分けした。糞便中の前記成分の測定及び胆汁酸比は実施例1と同様の方法で求めた。検定日をサンプル採取日とし、1ヶ月後の検定日の成績から、体重および1日乳量の変化を算出した。その結果を表3に示す。そして、この結果に基づき、胆汁酸比を含む糞便中の成分からその健康状態(又は栄養状態)を評価した。その結果を表4に示した。表4においても、給餌状態及び消化状態ともに健常であるグループCを基準として「M」で示し、それよりも各測定値が高い場合を「H」で、それよりも低い場合を「L」で示した。なお、表3に示された群分けは、表3の上から下に向けて、表4のグループA〜Eにそれぞれ対応している。この表4は、アンモニア濃度を除き上記表1と同じ内容を示し、この表4が健康状態の把握をするための判定表として用いられる。
【0053】
【表3】
【0054】
【表4】
【0055】
産乳量や健康状態が正常であると思われた乳牛は、可溶性タンパク量と還元糖類量及びアンモニア濃度と胆汁酸比の組み合わせで大きく2つのグループに分類された。タンパク量及び還元糖類量が多いとき(表4のグループA及びB)は飼料が過剰気味であると考えられる。このとき、アンモニア及び胆汁酸比が高い場合(表4のグループA)は体重、乳産生共に低下したので、飼料が過剰気味というよりむしろ消化吸収の状態が悪化していると考えられた。しかし、タンパク量や還元糖量が高くても、アンモニア濃度、胆汁酸比が低いと体重は増加し、乳量も大きく変化しなかったことから、消化吸収にはあまり問題がなく、乳産生に対して過剰の飼料給餌によって体重増加につながっていると考えられた。
【0056】
一方可溶性タンパク量や還元糖類量が低い場合(グループDやグループE)は飼料が適量か不足気味であると考えられ、かつアンモニア濃度、胆汁酸比が高い場合(グループD)は、体重変化に一定の傾向は認められず、乳産生の低下を引き起こしていた。このため、これらの群における乳牛の消化吸収の状態が悪化していると考えられた。また、アンモニア濃度を含めて可溶性タンパク量、還元糖類量、胆汁酸比のすべてが低い場合(グループE)、乳産生は維持されているが体重が減少しているので、消化吸収の状態は悪くはないが、飼料が乳産生に対して不足しているためと考えられた。身を削っているこの群は、早期に対応しないと健康悪化を招き,乳産生の低下を起こすと考えられる。
【0057】
これらのことから、グループBやグループEの乳牛は、健康状態は悪くはないが飼料過多若しくは飼料不足の状態であることが理解される。また、グループAやグループDでは消化吸収の低下が認められ、体重の減少に繋がるものと理解される。また、表4から分かるように、非特許文献3に示された糞便中の可溶性タンパク量や還元糖類量、アンモニア濃度だけでは消化不良の状態と栄養過多若しくは不足との区別を行うことができないが、本発明のように、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と胆汁酸比を組み合わせて判断することによって、消化不良の状態と栄養過多若しくは栄養不足との状態を的確に区別することができる。
【0058】
以上、乳牛の産乳量に基づき乳牛の健康状態(栄養状態)を評価したが、ヒトをはじめとする哺乳動物では、小腸、大腸における消化吸収の機構は牛やネズミと大きく異なることはない。従って、本方法は、牛やネズミだけでなく、ヒトはもちろんのこと、その他の哺乳動物、例えば馬や羊などの家畜類、猫や犬などのいわゆるペット動物にも適用しうる。健康、生命維持の基本となる消化吸収、栄養補給に密接に関連する腸内環境が健康増進に重要な役割を持つことは広く認識されており、本方法は様々な栄養管理法や特別な食餌メニューの有効性の評価のみならず、種々の健康管理法の効果判定においても有用であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によると数少ない検査項目によって、哺乳動物の健康管理、特に消化吸収状態の良否を含めて把握できる。また、本発明によれば、将来における産乳予測が可能となるだけでなく、乳牛に対する早期の接餌対策を図ることによって、良好な産乳を維持できる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、糞便中の成分によって、動物、特に家畜やペットなどの哺乳動物の健康状態を把握する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
栄養の摂取は健康の維持、増進に重要な因子である。栄養摂取には栄養分のバランスや量に加えて飼料の消化吸収の状態が重要であるが、消化吸収の状態を把握することは難しく、栄養管理に充分利用されているとは言い難い。
【0003】
例えば、哺乳動物の一種でありヒトにとって非常に有益である乳牛では、遺伝的な産乳能力の向上に伴い良好な産乳を維持するため、飼養管理による健康状態の維持の重要性が一段と増してきている。体調不良や病気など健康状態の悪化による乳量低下は、酪農家にとって経営上の深刻な問題である。乳牛の健康状態を維持するには先手を取った、健康状態が悪化する前に、早め早めの処置を行う管理が必須である。しかし、些細な兆候から健康状態変化を予測することは難しく、長年の経験と勘に頼るところが大きいので、健康状態変化を予測することは不確実なものであった。従って、多くの場合、目に見える変化(体重減少や増加、産乳量の減少など)が起こって初めて管理を修正するため、後手に回った処置しかできず、乳牛の持つ潜在的な産乳能力を充分に引き出せていない。
【0004】
乳牛の健康維持に最も重要なのは栄養分の供給である。これまでに、乳量を増大させる方法として、例えば、ルーメン保護アミノ酸やトレハロースを給飼したり、ルーメン保護アミノ酸に加えてセルラーゼなどの植物組織崩壊活性を有する他の成分を給飼したりする方法、ルーメン保護アミノ酸の給飼量を制御する方法などが提案されている(特許文献1〜4)。このような乳量の増大を図る成分やその他の飼料成分など、乳牛に給餌する栄養分の管理は比較的容易に行えるが、同時にそれら飼料及び飼料成分の消化吸収を把握することも飼養管理には不可欠な要素である。
【0005】
消化吸収の状態は腸内細菌叢とも密接に関連し、腸内環境を含めた消化吸収状態の変化が体重や乳産生に影響するので、より早い、適切な管理が望まれる。この観点からも消化吸収状態の把握は不可欠である。ヒトの腸内細菌叢の研究は進んでおり、腸内細菌叢には必須ビタミンの合成、酪酸などの単鎖脂肪酸の合成、免疫賦活などの生理学的に有用な機能を持ついわゆる善玉菌と、食物成分や生体成分を代謝し、ニトロソアミン、インドール、二次胆汁酸等の発癌性物質を生産する悪玉菌があるとされている。そして、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスや、オリゴ糖などのプロバイオティクスを含む食品によって善玉菌と悪玉菌のバランスをコントロールし、便秘の改善や様々な生活習慣病を予防する試みが数多くなされている(例えば、非特許文献1)。また、ジフルクトース・ジアンヒドリド3(DFAIII)の食餌やグルコノ-δ-ラクトンの給飼によって腸内細菌叢が変化して腸管内のpHが低下し、それと共に一次胆汁酸と二次胆汁酸の比が変化することも報告されている(特許文献5、非特許文献2)。
【0006】
その一方で、一次胆汁酸と二次胆汁酸の比に着目し、ラフィノースを食飼して腸内細菌叢の変化により一次胆汁酸と二次胆汁酸比を制御する試み(特許文献6)や一次胆汁酸と二次胆汁酸の比から、肝疾患のみならず大腸癌および直腸癌の診断を行う試み(特許文献7)が行われている。
【0007】
しかしながら、これまでのところ、ヒトの腸内細菌叢を制御することについては数々の方法が提案されているが(例えば特許文献6)、食餌の消化吸収状態を表す適切な指標は見いだされていない。このため、動物においても、飼料消化吸収状態に関連する指標に関する情報不足から的確な管理が難しく、消化吸収状態を考慮した健康管理方法は提案されていないのが実情である。
【0008】
また、乳牛における産乳状態と、糞便中の可溶性タンパク量、アンモニア濃度、還元糖類量との関係についての報告もなされている(非特許文献3)。この報告では、Fat corrected milk(FCM)によって群分けしたところ、高FCM群及び低FCM群のいずれにおいても、還元糖類量及びアンモニア濃度と日々の産乳量との間に相関があることが明らかにされている。しかしながら、これらの指標と腸内細菌叢或いは一次胆汁酸と二次胆汁酸の比との関係までは把握されておらず、これらの指標が消化状態を示す指標となりえるのかどうかは依然として不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−192093号公報
【特許文献2】特開平6−237701号公報
【特許文献3】特開2001−86940号公報
【特許文献4】特開2007−319156号公報
【特許文献5】特開2006−056839号公報
【特許文献6】特開2004−244365号公報
【特許文献7】特開平11−108933号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】ビフィズス菌の研究、光岡知足編著、(財)日本ビフィズス菌センター発行
【非特許文献2】西村和彦ら、第146回獣医学会学術集会講演要旨集
【非特許文献3】西村和彦ら、獣医疫学雑誌、No.1、p.23-28、1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本願発明は、上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、各個体の消化吸収状態を反映した健康管理法を提唱するともに、乳牛に供給する栄養分の管理の方向性を簡便かつ速やかに示し、産乳を良好に維持する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、摂取した栄養分に対する消化吸収や腸内細菌叢の影響を反映した最終産物である糞便に着目し、糞便中の可溶性タンパク量、還元糖類量、及び一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を指標としたところ、これら糞便中成分量等と哺乳動物の健康状態に相関傾向があることを見いだし、本願発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、糞便中の可溶性タンパク量や糞便中の還元糖類量と、糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を指標として乳牛を群分けすると、当該群分けされた乳牛の体重変化並びに産乳量の変化と糞便中の上記成分量等の間に相関があることが明らかになった。本発明は、この関係を利用して消化吸収状態を含めた哺乳動物の健康状態を把握することにしている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、糞便中の限られた成分を測定するだけで、被検動物の健康状態を把握できる。特に乳牛においては、見かけ上産乳量が良好であり健康であると判断される乳牛であっても、消化状態が不良であることが推測できる。また、この推測結果を基に当該被検動物の消化吸収状態から将来の健康状態の悪化を防ぐための対策を速やかに取ることができる。それと共に良好な産乳など良好な健康状態を維持するための給餌計画を速やかに立てることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は1日乳量と1ヶ月間の体重変化及び各指標の変化との関係を示す図であって、(a)は体重変化との関係を示す図、(b)は可溶性タンパク量との関係を示す図、(c)は還元糖類量との関係を示す図、(d)はアンモニア濃度との関係を示す図である。
【図2】図2はラットにおいて、飼料組成が評価指標に与える影響を示す図であって、(a)は一日の接餌量を示す図、(b)は可溶性タンパク量に与える影響を示す図、(c)は還元糖類量に与える影響を示す図、(d)はアンモニア濃度に与える影響を示す図、(e)は胆汁酸比に与える影響を示す図である。
【図3】図3は飼料組成が糞便中の嫌気性細菌数に及ぼす影響を示す図である。
【図4】図4は糞便の保存による胆汁酸比の変化を示す図である。図中の*は、採取当日(day=0)に対して危険率5%(p<0.05)で有意差があったことを示す(n=4)。
【図5】図5は糞便の保存による嫌気性細菌素の変化を示す図である。図中の*は、採取当日(day=0)に対して危険率5%(p<0.05)で有意差があったことを示す(n=4)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の方法は、糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量と、糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比(以下「胆汁酸比」と言う。)を指標として、哺乳動物の健康状態を把握する方法である。より具体的に言うと、本発明では、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比について、それぞれの測定値と予め設定された基準値を対比し、それらの高低の組み合わせにより被検動物の健康状態を把握する。
【0017】
本発明が適用される動物は哺乳動物であって、例えば牛や馬、豚などの家畜動物、ラットやマウスなどの小動物、犬や猫などのいわゆるペット動物、ヒトなどが例示される。乳牛と小腸、大腸における消化吸収の機構に大きな差が見られず、胆嚢の有無によらず胆汁酸の排泄、胆汁酸の腸管循環が見られる哺乳動物であれば適用が可能である。
【0018】
本発明の目的である健康状態の把握とは、被検動物の健康が良好(healthy condition)であることを判断し、その診断を確定するという意味ではなく、良い状態も悪い状態も含んだ健康状態(health condition)を把握する意味で用いられる。ヒトに例えて言うなれば、本人は異常を感じている状態ではあるが、検査をしても異常がない状態にあるのかどうか、いわば未病の状態にあるかどうかを見極めること、乳牛では近い将来に体重が減ったり、乳量が急激に低下するかどうかを見極めることを意味する。そして、本発明において把握される健康状態は消化吸収状態を含めた意味で用いられ、判断時における被検動物の消化吸収の良否や栄養量の過多、言い換えると給餌量の適否だけでなく、判断時以降における消化吸収状態の変化、体重変化の予測を含めた意味で用いられる。また、乳牛においてはこれらに加え日々の産乳量や総産乳量など乳牛の産乳状態を把握する意味でも用いられる。
【0019】
高低を判断するための基準値は予め設定される。基準値の設定方法は種々考えられる。例えば、多くの酪農家から収集された過去の実績から設定され、良好な健康状態にあると判断された哺乳動物の測定結果に基づいて設定する方法がある。ここで言う良好な健康状態とは、本発明の方法により把握される健康状態とは異なり、消化吸収状態と無関係であって見かけ上健康である状態を意味する。例えば、乳牛について言えば、日々の産乳量が正常であること、1ヶ月程度の観察期間において産乳量も著しい増減がなく好ましくはわずかに減少傾向にあること、体重についても著しい増減がなく好ましくはわずかに増加する傾向にある乳牛が良好な健康状態にあると判断され、そして当該乳牛の糞便中の測定結果が基準値として用いられる。すなわち、健康であると思われる哺乳動物を選定し、当該動物の糞便中の上記3つの指標(糞便中成分)を測定する。そして、その測定から1ヶ月程度、好ましくは2〜3ヶ月の経過観察を行った上で、上記3つの指標について群分けし、経過観察後の健康状態から標準的な基準値を設定する。この方法によると測定から経過観察を行っているのでより正確な判断が行えるだけでなく、今後の経過が比較的高い確率で予測できると言える。
【0020】
本願発明者の行った下記実施例の場合を例にすると、可溶性タンパク量が70以上80mg/糞便(乾燥重量に換算して:以下同じ)1g未満、還元糖類が0.9以上1.2mmol/糞便1g未満、胆汁酸比が0.8以上1.1未満である乳牛が、その後の経過観察により、健康が良好であると判断された。従って、下記実施例では、これらの数値範囲が基準値として用いられる。本発明においては、これらの基準値との比較によって、検査対象となった哺乳動物(被検動物)の健康状態が把握される。これら指標の測定値(絶対値)及び基準値(絶対値)は、下記実施例の欄に記載された方法で測定される値を意味するが、絶対値を参考にすることなく基準値に対する高低のみを判断指標とする場合には、基準値と被検動物の測定結果を比較できればよいので、各指標の測定方法は特に限定されるものではなく、実施例に記載の方法と異なる方法でもよい。
【0021】
上記の基準値の設定方法や基準値そのものは一例を挙げたものであって、判断対象となる動物種や飼育環境、つまり家畜であれば畜産農家ごとに適切な基準値を独自に定めるのが好ましい。上記の指標は普段与えられる飼料の栄養組成によっても変動するだけでなく、飼料の栄養組成は畜産農家ごとによって異なると共に、動物種によって飼料の消化吸収状態が異なると考えられるからである。従って、ある畜産農家では上記の基準値を当てはめるのが適切な場合もあれば、別の畜産農家では上記の基準値とは異なる基準値、例えば、可溶性タンパク量では80以上90mg/糞便1g未満、還元糖類では1.0以上1.2mmol/糞便1g未満、胆汁酸比では0.9以上1.2未満を基準値として判断した方が、当該畜産農家には適切なこともある。また、乳牛以外の動物には、これらの値と異なる値を基準値とするのが適切な場合もある。そして、より普遍的な取り扱いを行いたい場合には、基準値の作成に際し、例えば、下記実施例に示したように複数の畜産農家を選択するなど、畜産農家の数や経過観察を行う乳牛の数を増やすのが好ましいと言える。
【0022】
また、個々の酪農農家で健康状態を把握する場合など、基準値を定めるための実績がない場合がある。このような場合には、当面は当該農家における各指標の平均を暫定的な基準値とし、乳牛の産次を重ねるごとに体重変化や産乳量から、その都度群分けを見直して、乳牛の健康状態を把握して基準値を修正するようにしてもよい。なお、前記基準値は上記例のように数値範囲であってもよいし、後述するようにある特定の数値を定めても差し使えない。また、乳牛以外の動物では、体重の増減、運動量の多少、顔の表情、行動などの経過観察によって基準値を設定すればよい。
【0023】
本発明においては、被検動物の健康状態を把握するための判定表、例えば、表1に示す判定表が参照される。この判定表では測定結果によって5つの群(グループA〜E)に群分けされており、指標ごとに基準値よりも高い場合が「H」で、基準値よりも低い場合が「L」で、基準値内に納まる場合が「M」で示されている。この判定表は実際の運用に先立ち、予め作成される。つまり、上記で述べたように、見かけ上健康であると判断された乳牛が選択され、指標の測定後に行われる経過観察によって群分けされることにより得られる。
【0024】
【表1】
【0025】
判定表中のグループAは可溶性タンパク量及び還元糖類量並びに胆汁酸比が基準値に比べて高い群、同グループBは可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値に比べて高いが、胆汁酸比は基準値よりも低い群、同グループCは3つの指標とも基準値内に納まる群、同グループDは可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値に比べて低いが、胆汁酸比は基準値に比べて高い群、同グループEは可溶性タンパク量及び還元糖類量並びに胆汁酸比のすべてが基準値に比べて低い群である。この判定表は、下記実施例に基づいて作成されたものである。つまり、各指標について測定を行ったのち、その後の経過観察によって乳牛の状態を調べた結果に基づいて群分けされた。ここにおいて、糞便中の可溶性タンパク量と糞便中の還元糖類量は、消化管特に腸内の消化状態を反映し、一方が増加すれば他方も増加するという相関を示し(非特許文献3参照)、表1においても糞便中の可溶性タンパク量が高い場合には還元糖類量も高く、また、糞便中の可溶性タンパク量が低い場合には還元糖類量も低いことが示されている。従って、本発明においては、糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量のいずれかを用いれば足りる。
【0026】
表1に示す判定表に基づいてある被検動物の健康状態を判断すると、当該被検動物の測定結果がいずれも基準値の範囲内であれば、当該被検動物はグループCに属する。この動物は消化状態を含めて健康な状態にあり、今後とも日々の産乳量が良好に維持され、これまでの飼育管理を続けるとこの状態が維持されることが予想される。
【0027】
測定結果がいずれも基準値よりも高い場合は、当該被検動物はグループAに属する。この動物は、糞便中の可溶性タンパク量及び還元糖類量が高く、胆汁酸比も高いため、腸内細菌叢の状態が悪く消化不良の状態、言い換えると栄養過多の状態となっている。そのために将来的には体重が減少すると共に日々の産乳量が低下する傾向にあると判断される。従って、グループAに属する乳牛は、消化吸収状態を含め乳牛自体の健康状態が悪く、給餌量を減らす対策だけでなく、乳産生をさせながら健康状態を回復させる必要があると判断される。
【0028】
可溶性タンパク量及び還元糖類量が高く、胆汁酸比が低い場合は、当該被検動物はグループBに属する。この動物は、胆汁酸比が低いので腸内細菌叢が異常であるとまで言えないが、糞便中の可溶性タンパク量及び還元糖類量が高いために、飼料が過剰であると判断される。このグループBに属する乳牛は飼料が過多であると考えられ、今後、体重が増加する一方日々の産乳量はほとんど変わらないので、体重増加に見合う産乳量が得られず、産乳量の低下ひいては消化状態は変わらないにしても健康状態の悪化に繋がる。従って、グループBに属する乳牛は、給餌量を調整することにより、当該乳牛の状態を維持することが望まれると判断される。
【0029】
可溶性タンパク量及び還元糖類量が低く、胆汁酸比が高い場合は、当該被検動物はグループDに属する。この動物は、胆汁酸比が高いので腸内細菌叢の状態が悪い、すなわち嫌気性菌が多いと判断される。また、可溶性タンパク量及び還元糖類量が低いので、給餌量が適切であるか若しくはやや不足気味で消化吸収が十分になされていないと考えられる。従って、グループDに属する乳牛は、今後体重の減少及び日々の産乳量の低下が見込まれ、早期に乳牛の消化状態を改善する工夫が望まれると判断される。この工夫としては、腸で利用されるようにバイパスタンパクの給餌などによる直接的な栄養補給、生菌剤等のサプリメントの給餌などの工夫がある。また、牛舎環境、例えば暑すぎる、アンモニア濃度が高いなど住環境の改善という対策も例示される。
【0030】
可溶性タンパク量及び還元糖類量が低く、胆汁酸比も低い場合には、被検動物はグループEに属する。この動物は、すべての測定値が低いので、消化状態などの健康状態は悪くはないが、飼料不足の傾向にある。この状態が続くと日々の産乳量は減少しないが、痩せる傾向にあり、身を削って挺して産乳するので将来的には日々の産乳量が低下して、健康状態が悪化する虞がある。従って、飼料状態を増やし、体重の減少を防ぐ処置が必要となる。
【0031】
上記のように、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と糞便中の胆汁酸比を指標に用い、各指標の基準値との比較における高低の組み合わせから、被検動物の健康状態を把握できる。上記判定表に基づき被検動物の健康状態を把握すると、グループB及びグループEでは消化状態を含めて牛の健康状態としては悪くはないが、飼料過多(グループB)或いは飼料不足(グループE)の傾向にある。従って、当面の飼育管理は、飼料の調整が重要視される。一方、グループA及びグループDでは胆汁酸比が高く、被検動物の腸内細菌叢が悪い状態、つまり消化吸収が悪い状態にあると言える。従って、日々産乳を行わせながら、早期に腸内細菌叢の状態を良くして消化状態を良好なものに改善する必要性が高い。
【0032】
また、被検動物の健康状態は、飼料不足の状態であるグループEから腸内細菌叢が悪いグループDに移行し、さらにそれを放置しておくと、見かけ上日々の産乳量が正常であるにも係わらず飼料が過剰にあると判断されるグループBの状態に移行する。このグループBにある段階でいかなる対策も施されないとなると、体重が減少するために飼料だけが過剰に給餌されるようになり、栄養を吸収できずそれを排泄する状態にあるグループAに移行する。このように被検動物の健康状態は次第に悪化すると考えられる。従って、本発明の手法により被検動物の健康状態がグループA〜Eのどの段階にあるのかを速やかに判断することにより、より適切な対策を速やかに取ることができる。
【0033】
上記の基準表に従うと、糞便中の各成分を測定した結果、例えば、可溶性タンパク量及び還元糖類量が低く、胆汁酸比が基準値の範囲内である場合や、可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値の範囲内であって、胆汁酸比が高いあるいは胆汁酸比が低い場合など、判定表に示されたグループA〜Eの何れにも属しない場合が考えられる。このような場合には、基準値の範囲にある測定項目において、その測定値が近いグループに群分けするのがよい。例えば、可溶性タンパク量及び還元糖類量が基準値よりも低く、胆汁酸比が基準値の範囲内である0.9という値が得られた場合には、この0.9という値は、基準値より高いグループB(胆汁酸比が1.1より高い)よりも、基準値より低いグループD(胆汁酸比が0.8未満)に近いので、グループDに属すると判断してその後の対策を取ればよい。本発明は、消化状態を反映した健康状態を簡便に把握し、速やかにその対策を図ることを目的としているからである。また、群分けを細分化してもその判断が複雑になり、細分化する意義が少なくなるからである。もっとも、本発明は糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖量と胆汁酸比を指標として健康状態を把握することを特徴とするのであるから、これらを指標として健康状態を把握できるのであれば、表1の判定表に限定されるものではなく、表1の判定表より群分けを細分化することを排除するものではない。
【0034】
健康状態簡便に把握し、速やかに対策を図る意味においては、判定表の作成に一点の基準値、例えば下記実施例について言えば、可溶性タンパク量では75mg/糞便1g、還元糖類量では1.05mmol/糞便1g、胆汁酸比は0.95という特定の値である基準値を採用し、当該基準値との比較によって高低を判断して群分けしてもよい。この値はグループCの基準範囲のほぼ中間値であって、表2に示す判定はこの値を基準値としたものである。そうして作成された判定表を表2に示す。この判定表は表1に示す判定表から基準値に属するグループCを除いたものである。本発明はこの判定表に基づいても、上記と同様に判断できる。
【0035】
【表2】
【0036】
以上のように、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定した上で、これらの指標成分の各基準値との比較における高低の組み合わせから、消化状態を考慮した健康状態を把握でき、さらに産乳量の変化や体重の増減を予測できる。また、各グループ、つまり被検動物の健康状態に応じて適切な対処を速やかに取ることによって、状態の悪化を事前に防ぐことが可能となる。もっとも、上記説明では、基準値と比較してその高低の組み合わせから判断することにしているが、基準値との比較による高低を組み合わせるまでもなく、得られた測定値(絶対値)の組み合わせによって判断しても差し支えない。例えば、表1に示された基準値を用いた場合、糞便中の可溶性タンパク量が80mg/糞便1g以上(あるいは還元糖類が1.2mmol/糞便1g以上)であって、胆汁酸比が1.1以上であればグループA、糞便中の可溶性タンパク量が80mg/糞便1g未満であって、胆汁酸比が1.1以上であればグループCに属すると判断してもよい。
【0037】
そして、本発明の健康状態把握方法は、コンピュータを用いたシステムとして構築できる。このシステムは、基準値を記憶する基準値記憶手段と、被検動物の糞便から得られた測定値や基準値を入力する入力手段と、入力手段から入力された測定値と基準値記憶手段に記憶された基準値とを比較し、当該比較結果に基づいて被検動物の健康状態を求める判定手段と、当該判定手段によって得られた健康状態を出力する出力手段とから構成される。つまり、基準値をハードディスクやROM、RAMなどの記憶装置に予め記憶させておき、キーボードなどの入力手段によって入力された測定結果に基づいて被検動物の健康状態を求め、その結果をCRTや液晶ディスプレイなどの画像表示手段に表示させたり、プリンタなどの印刷手段に印刷させるようにしたシステムとして構築できる。測定値と基準値の高低の組み合わせから健康状態を判定する具体的な手法(アルゴリズムやプログラム)は説明するまでもなく公知の方法が用いられる。この方法として、入力された測定値と基準値を指標ごとに比較した結果を行配置、例えば、水溶性タンパク、還元糖類、胆汁酸比の順序にならべ、その比較結果から被検動物が属するグループを判別する方法が考えられる。その比較結果が、例えばHHLの配列(溶性タンパク、還元糖類のいずれかと胆汁酸比を配列する場合にはHLの配列)となれば、グループBであると判断される。そして、グルーブBに対応した上記健康評価結果、例えば「腸内細菌叢が異常であるとまで言えませんが、飼料が過剰(気味)です。」のメッセージや、「今後、産乳量の低下又は健康状態の悪化に繋がります。」などのメッセージ、また、今後の対策として、「給餌量を調整して、乳牛の状態を維持することに努めましょう」などの今後の対策目標であるメッセージを画像や印字、音声として出力させるようにするのが好ましい。
【0038】
また、本発明の健康状態把握方法では、糞便成分の測定時における一時的な把握を行い、この結果を利用することが第1の利用方法であると言えるが、糞便成分の測定を継続して行い、前回の測定結果と比較することで健康状態の変化を把握するという目的にも利用できる。例えば、乳牛の場合、前回の産次からどのように変化したか、その結果、例えばグループBからグループCへと変化することによって、今回の産乳については調子が良さそうであるとか悪そうであるとかの判断が行える。この判断は、糞便中成分を指標とすることに限ることではなくて、産乳量や体重などを指標として把握することもできるが、本発明の方法を用いた場合には、例えば今回調子が悪そうであると感じたならば、その測定結果から消化吸収に問題がありそうであると把握することができる。具体的に言えば、前回の初産時の測定ではグループCに属していたが、2産、3産と測定を重ねたところグループBに移行したのであれば、乳牛は健康な状態から消化不良の状態に変化したのであるから、消化不良を起こさせないために当面の対処をしなければならないのはもちろんのこと、過去の飼育管理方法を見直す必要があると判断できる。この利用方法は乳牛の産次毎という比較的長期のスパンを問題にしているが、もっと短期のスパン、例えば1週間毎に健康状態を把握して、その変化が連続して見受けられれば、やはり健康状態が継続して悪化しているので、飼育管理方法を見直す必要があると判断できる。このように本発明の健康状態把握方法は被検動物の健康状態を直接把握するだけでなく、良好な健康状態を維持したり良好な健康状態に回復させるために、給餌計画の見直しなど飼育管理対策にも利用できる。
【実施例1】
【0039】
〔体重変化と糞便中成分〕
牛群検定を実施している4農家の乳牛から、分娩後60から240日までの健康な牛92頭を選び、当乳期が終わるまで(乾乳まで)1ヶ月に1回の検定日に、乳量、乳成分、体重を測定する共に糞便成分測定日に直腸内の糞便を採取した。92頭のうち、測定成績から305日期待Fat corrected milk(FCM)が8000Kg以上となった乳牛34頭について、糞便中の可溶性タンパク、還元糖類、アンモニア濃度を測定した。さらに1ヶ月前の検定日から測定日までの体重の増減、および測定日の乳量によりグループ分けして比較した。その結果を図1に示す。可溶性タンパクはビューレット法(Gornall, A. G., Bradawil, C J., and David, M. M., Determination of serum proteins by means of the biuret reaction, J. Biol. Chem., 177, 751-766, 194)により、還元糖類はアンスロン法(Hassid, W. Z., and Abraham, S. Determination of glycogen with anthrone regent, Methods Enzymol., 3, 34, 1957)により測定した。また、アンモニア濃度は市販の測定キットであるテストワコー(和光純薬社製)を用いて測定した。排泄直後の糞便を採取し、試料重量の10倍量の水に十分に混和した。その後、遠心分離(1000×g、10min)により得られた上清を0.2μmフィルターで濾過した。この濾過した溶液を用いて測定した。測定結果は糞便乾燥重量当たりの値を示している(胆汁酸の測定結果も同じ)。各群の例数は、乳量35Kg以上体重増加群は5頭、乳量35Kg以上体重減少群は7頭、乳量25Kg以下体重増加群は5頭、乳量25Kg以下体重減少群は4頭である。その他の乳牛13頭は乳量25〜35Kgで推移した。図1に示す各カラムは平均値とSDを示している。*は体重増加群に対する有意差を示している(P<0.05:n=4)。
【0040】
これによると、乳量35Kg以上体重減少群では可溶性タンパク量及び還元糖類量は体重増加群に比べて有意に減少し、また、乳量25Kg以下体重減少群では還元糖類量は体重増加群に比べて有意に増加した。また、乳量25Kg以下体重減少群ではアンモニア濃度は体重増加群に比べて有意に増加し、可溶性タンパク量も体重増加群に比べて増加する傾向にあった。
【0041】
〔飼料組成が糞便中成分に与える影響〕
腸内pH調整剤によって腸内細菌叢が影響を受け、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比(胆汁酸比)が変化することが報告されている(非特許文献2参照)。次に、腸内pH調整剤による腸内細菌叢の変化や脂肪が糞便中の上記各成分や胆汁酸比に与える影響を調べた。その結果を図2に示した。
【0042】
(胆汁酸比の測定)
胆汁酸比は、主要な2次胆汁酸であるGDCA(Glucodeoxycholic acid)、TDCA(Taurodeoxycholic acid)、DCA(Deoxycholic acid)、LCA(Lithocholic acid)の合計量に対する主要な1次胆汁酸であるGCA(Glucocholic acid)、TCA(Taurocholic acid)、CA(Cholic acid)、CDCA(Chenodeoxycholic acid)の合計量の比とした。また、1次胆汁酸、2次胆汁酸はそれぞれ下記方法により求めた。
【0043】
(飼料組成が与える影響)
8週齢雄ウィスターラットに通常飼料と滅菌水、通常飼料と0.4% δグルコノラクトン(グルコン酸)溶液(飲水量は約80mg/day(グルコノラクトン量として))、コーンオイルを5%添加した通常飼料と滅菌水の3種類の飼料と飲水を7日間自由摂取させた。毎日体重を測定し、7日間の平均増加体重を求めた。また、7日後の糞便中の各成分量を下記に示す方法で測定した。その結果を図2に示す。各図のカラムは、左から順に通常飼料群、グルコン酸給餌群、コーンオイル給餌群を示している。各カラムは平均値とSDを示している。*は通常飼料給餌群に対して有意であったことを示している(P<0.05:n=4)。
【0044】
胆汁酸の測定は次の方法により行った。排泄直後の糞便を採取し、試料重量の10倍量のメタノールに十分に混和した。その後、遠心分離(1000×g、10min)により得られた上清を0.2μmフィルターで濾過した。この濾過した溶液を用いて、Bilepak IIカラム((株)日本分光社製)を用いたHPLC(LCD6−AD,(株)島津社製)によって胆汁酸の分離定量を行った。上記1次、2次胆汁酸のピーク面積の和を求め、2次胆汁酸/1次胆汁酸の値を求めた。この結果、グルコン酸給餌群やコーンオイル給餌群では通常飼料群に比べて体重が増加する傾向にあったが、グルコン酸給餌群では他の群に比べて可溶性タンパク量、還元糖類量、アンモニア濃度、胆汁酸比はそれぞれ有意に減少していた。また、コーンオイル給餌群では各成分ともに増加傾向にあり、可溶性タンパク量、アンモニア濃度、胆汁酸比が有意に増加していた。
【0045】
〔飼料組成が糞便中の嫌気生菌数に及ぼす影響〕
腸内pH調整剤や脂肪が糞便中の嫌気生菌数に与える影響を調べた。その結果を図3に示した。総嫌気性菌数の測定にはGAM寒天培地(日本水産社製)を、バクテロイデス属菌数の測定にはバクテロイデス培地(日水)を、クロストリディウム属菌数の測定にはCW寒天培地(日水)を用いた。上記7日経過後に採取した糞便の一部を10倍量のPBSで希釈し、各培地の平板寒天に段階希釈した菌液100μlを一面塗布し、48時間、37℃で嫌気培養した後、コロニー数をカウントし、細菌数を求めた。各カラムは平均値とSDを示している。*は通常飼料給餌群に対して有意であったことを示している(P<0.05:n=4)。
【0046】
この結果、嫌気性菌については、グルコン酸給餌群及びコーンオイル給餌群のいずれにおいても通常飼料給餌群に比べて有意に減少し、グルコン酸給餌群はコーンオイル給餌群に比べても減少する傾向にあった。
【0047】
〔保存による胆汁酸比とクロストリディウム属細菌数の変化〕
上記7日経過後の糞便を室温で保存し、保存による胆汁酸比と嫌気生菌数との変化を調べた。その結果を図4に示す。各カラムは平均値とSDを示している。*は通常飼料給餌群に対して有意であったことを示している(P<0.05:n=4)。
【0048】
以上の結果から、ラットにおいて、腸内細菌叢の変化や脂肪過多の飼料は糞便中の可溶性タンパク量、還元糖類量、アンモニア濃度及び胆汁酸比に影響を及ぼした(図2)。2次胆汁酸は主に嫌気性菌のクロストリディウム属細菌によって産生されると考えられており、胆汁酸比の低下はクロストリディウム属細菌数の減少によることが確認できた(図5)。腸内の1次胆汁酸、2次胆汁酸の大部分は再吸収され利用されるが、2次胆汁酸には発がん性などの生体に対する悪影響があることが報告されており、2次胆汁酸を増加させるクロストリディウム属細菌は悪玉菌として知られている。δグルコノラクトンの投与はクロストリディウム属細菌の増殖を抑制し、2次胆汁酸を減少させる(図3)。一方脂質を添加した高脂肪食ではクロストリディウム属細菌の割合が増加し、2次胆汁酸産生も増加した(図4)。また、クロストリディウム属細菌の増減は糞便中の可溶性タンパク量、アンモニア濃度の増減とほぼ平行に推移した(図3、図4)。特にアンモニアは主に嫌気性菌の代謝物でもあり、これら成分は消化吸収と腸内細菌叢両方の状態を反映すると考えられた。
【0049】
さらに採取した糞便サンプルを冷蔵庫で保存したとき、胆汁酸比は5日目まではほぼ一定であったのに対して、クロストリディウム属細菌数は1日後で大きく変化しており(図5)、胆汁酸比はサンプルの保存状態の影響を受けにくいことが示された。
【0050】
これらをまとめると、糞便中の胆汁酸比が増加するときには栄養供給が過剰になっている、あるいはクロストリディウム属細菌などが増加して消化吸収能力が低下していることが示された(図2や図5)。特に乳牛では乳産生が大きな代謝的負担となっており、消化吸収される栄養と乳産生のバランスが崩れると体重減少や体重増加として速やかに反映される。すなわち吸収される栄養分以上の乳産生を行うと、栄養不足の状態で身を削ることになり、体重が減少して糞便中の可溶性タンパク量や還元糖類量、アンモニア濃度及び胆汁酸比は低下することが導かれる。一方、乳産生が低下しているにもかかわらず、体重が減少している場合は消化吸収が低下しており、糞便中の前記成分及び胆汁酸比は増加した(図1参照)。
【0051】
以上のことから、糞便中の可溶性タンパク量、還元糖類量およびアンモニア濃度は栄養供給の過不足と消化吸収状態を反映していると考えられた。さらに1次胆汁酸量と2次胆汁酸量の比(胆汁酸比)によって腸内細菌叢の状態が簡易に把握され、可溶性タンパク、還元糖類およびアンモニアといった糞便中成分の濃度測定と併せて用いることで、消化吸収とそれに影響する腸内細菌叢の変化、体重変化、産乳量の変化を総合的に評価することができると考えられた。
【実施例2】
【0052】
牛群検定を行っている4農家の乳牛から、分娩後60日以降、205日期待FMC8000Kg以上、および1日乳量25Kg以上であって検定日当日産乳量及び健康であると思われた牛17頭を選び、糞便中成分及び胆汁酸比によって群分けした。糞便中の前記成分の測定及び胆汁酸比は実施例1と同様の方法で求めた。検定日をサンプル採取日とし、1ヶ月後の検定日の成績から、体重および1日乳量の変化を算出した。その結果を表3に示す。そして、この結果に基づき、胆汁酸比を含む糞便中の成分からその健康状態(又は栄養状態)を評価した。その結果を表4に示した。表4においても、給餌状態及び消化状態ともに健常であるグループCを基準として「M」で示し、それよりも各測定値が高い場合を「H」で、それよりも低い場合を「L」で示した。なお、表3に示された群分けは、表3の上から下に向けて、表4のグループA〜Eにそれぞれ対応している。この表4は、アンモニア濃度を除き上記表1と同じ内容を示し、この表4が健康状態の把握をするための判定表として用いられる。
【0053】
【表3】
【0054】
【表4】
【0055】
産乳量や健康状態が正常であると思われた乳牛は、可溶性タンパク量と還元糖類量及びアンモニア濃度と胆汁酸比の組み合わせで大きく2つのグループに分類された。タンパク量及び還元糖類量が多いとき(表4のグループA及びB)は飼料が過剰気味であると考えられる。このとき、アンモニア及び胆汁酸比が高い場合(表4のグループA)は体重、乳産生共に低下したので、飼料が過剰気味というよりむしろ消化吸収の状態が悪化していると考えられた。しかし、タンパク量や還元糖量が高くても、アンモニア濃度、胆汁酸比が低いと体重は増加し、乳量も大きく変化しなかったことから、消化吸収にはあまり問題がなく、乳産生に対して過剰の飼料給餌によって体重増加につながっていると考えられた。
【0056】
一方可溶性タンパク量や還元糖類量が低い場合(グループDやグループE)は飼料が適量か不足気味であると考えられ、かつアンモニア濃度、胆汁酸比が高い場合(グループD)は、体重変化に一定の傾向は認められず、乳産生の低下を引き起こしていた。このため、これらの群における乳牛の消化吸収の状態が悪化していると考えられた。また、アンモニア濃度を含めて可溶性タンパク量、還元糖類量、胆汁酸比のすべてが低い場合(グループE)、乳産生は維持されているが体重が減少しているので、消化吸収の状態は悪くはないが、飼料が乳産生に対して不足しているためと考えられた。身を削っているこの群は、早期に対応しないと健康悪化を招き,乳産生の低下を起こすと考えられる。
【0057】
これらのことから、グループBやグループEの乳牛は、健康状態は悪くはないが飼料過多若しくは飼料不足の状態であることが理解される。また、グループAやグループDでは消化吸収の低下が認められ、体重の減少に繋がるものと理解される。また、表4から分かるように、非特許文献3に示された糞便中の可溶性タンパク量や還元糖類量、アンモニア濃度だけでは消化不良の状態と栄養過多若しくは不足との区別を行うことができないが、本発明のように、糞便中の可溶性タンパク量又は還元糖類量と胆汁酸比を組み合わせて判断することによって、消化不良の状態と栄養過多若しくは栄養不足との状態を的確に区別することができる。
【0058】
以上、乳牛の産乳量に基づき乳牛の健康状態(栄養状態)を評価したが、ヒトをはじめとする哺乳動物では、小腸、大腸における消化吸収の機構は牛やネズミと大きく異なることはない。従って、本方法は、牛やネズミだけでなく、ヒトはもちろんのこと、その他の哺乳動物、例えば馬や羊などの家畜類、猫や犬などのいわゆるペット動物にも適用しうる。健康、生命維持の基本となる消化吸収、栄養補給に密接に関連する腸内環境が健康増進に重要な役割を持つことは広く認識されており、本方法は様々な栄養管理法や特別な食餌メニューの有効性の評価のみならず、種々の健康管理法の効果判定においても有用であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によると数少ない検査項目によって、哺乳動物の健康管理、特に消化吸収状態の良否を含めて把握できる。また、本発明によれば、将来における産乳予測が可能となるだけでなく、乳牛に対する早期の接餌対策を図ることによって、良好な産乳を維持できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糞便中の可溶性タンパク量を測定する工程又は糞便中の還元糖類量を測定する工程と、
糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定する工程と、
前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量と、前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比から健康状態を把握する工程を有する哺乳動物の健康状態把握方法。
【請求項2】
前記健康状態を把握する工程は、予め設定された基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、予め設定された基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから健康状態を判断する工程である請求項1に記載の健康状態把握方法。
【請求項3】
前記健康状態を把握する工程は、予め設定された基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、予め設定された基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせの変化を経時的に測定して、健康状態の変化を判断する工程である請求項1に記載の健康状態把握方法。
【請求項4】
糞便中の可溶性タンパク量を測定する工程又は糞便中の還元糖類量を測定する工程と、
糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定する工程と、
予め設定された基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、予め設定された基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから乳牛の産乳量の動向を把握することを特徴とする乳牛の健康状態把握方法。
【請求項5】
糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を入力する入力手段と、
基準となる可溶性タンパク量又は還元糖類量と基準となる一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから哺乳動物の健康状態を判定する判定手段を有する哺乳動物の健康状態把握システム。
【請求項6】
糞便中の可溶性タンパク量及び糞便中の還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を入力する入力手段と、
基準となる可溶性タンパク量又は還元糖類量と基準となる一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから乳牛の産乳量の動向を判定する判定手段を有する乳牛の健康状態把握システム。
【請求項1】
糞便中の可溶性タンパク量を測定する工程又は糞便中の還元糖類量を測定する工程と、
糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定する工程と、
前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量と、前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比から健康状態を把握する工程を有する哺乳動物の健康状態把握方法。
【請求項2】
前記健康状態を把握する工程は、予め設定された基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、予め設定された基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから健康状態を判断する工程である請求項1に記載の健康状態把握方法。
【請求項3】
前記健康状態を把握する工程は、予め設定された基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、予め設定された基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせの変化を経時的に測定して、健康状態の変化を判断する工程である請求項1に記載の健康状態把握方法。
【請求項4】
糞便中の可溶性タンパク量を測定する工程又は糞便中の還元糖類量を測定する工程と、
糞便中の一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を測定する工程と、
予め設定された基準値との比較における前記測定された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、予め設定された基準値との比較における前記測定された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから乳牛の産乳量の動向を把握することを特徴とする乳牛の健康状態把握方法。
【請求項5】
糞便中の可溶性タンパク量又は糞便中の還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を入力する入力手段と、
基準となる可溶性タンパク量又は還元糖類量と基準となる一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから哺乳動物の健康状態を判定する判定手段を有する哺乳動物の健康状態把握システム。
【請求項6】
糞便中の可溶性タンパク量及び糞便中の還元糖類量と、一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を入力する入力手段と、
基準となる可溶性タンパク量又は還元糖類量と基準となる一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された可溶性タンパク量又は還元糖類量の高低と、前記記憶手段に記憶された基準値との比較における前記入力された一次胆汁酸と二次胆汁酸の量比の高低の組み合わせから乳牛の産乳量の動向を判定する判定手段を有する乳牛の健康状態把握システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【公開番号】特開2011−69647(P2011−69647A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−219146(P2009−219146)
【出願日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)刊行物名 第148回 日本獣医学会学術集会 講演要旨集 (2)発行日 平成21年9月4日 (3)発行所 社団法人日本獣医学会 (4)該当ページ 第290ページ (5)公開者 西村和彦,中川博史,松尾三郎
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)刊行物名 第148回 日本獣医学会学術集会 講演要旨集 (2)発行日 平成21年9月4日 (3)発行所 社団法人日本獣医学会 (4)該当ページ 第290ページ (5)公開者 西村和彦,中川博史,松尾三郎
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
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