説明

糸掛け用サクションガン、およびそれを用いた糸掛け方法

【課題】繊維の糸道が湿式浴中を通る部分に糸掛けを行う際の問題点を解決し、安全かつ効率的に作業できる糸掛け装置および糸掛け方法を提供すること。
【解決手段】アクリル系繊維を湿式浴で処理する工程で用いられるサクションガンであって、該サクションガンの吸引口の前方に糸条導入部が設置され、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離が50mm以上、かつ、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある糸掛け用サクションガン、およびそれを繊維の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定した状態で用いる糸掛け方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紡糸されたアクリル系繊維を水や溶媒を有する浴中で処理するに際して、その糸道が浴中を通過する部分の糸道に糸条を通過させるときの糸掛けに使用するサクションガン、ならびにそれを用いた糸掛け方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、アクリル系繊維は、湿式あるいは乾湿式などの方式にて紡糸され、引き続いて水や溶媒の浴液中に導いて弛緩処理、緊張処理、延伸処理、熱処理などを施され、乾燥して製品とされる。これらの処理は、一般的に浴液の温度が−10℃〜98℃と広範囲にわたり、糸条張力も殆ど0であるものから、その繊維のその温度、浴液条件での破断強力に近いものまでが存在し、速度も最高は100m/分から1000m/分に達するものがある。
【0003】
通常、糸条を製糸工程に糸掛けする場合、例えば、特許文献1のようなエジェクター作用のサクションガンが使用されていた。上記延伸処理などで代表される処理を行う湿式浴に糸を通過させる場合、糸道を形成するガイドが湿式浴の内外に設置されていたり、糸道を規制するローラーの一部が浴に浸漬した状態で回転したりしており、所定の糸道に糸条を引きまわす必要があるが、上記サクションガンでは糸条とともに浴液を吸引してしまうため、吸引力が不足し糸条が吸引できない問題があった。さらに、サクションガンの吸引圧力を上げて無理矢理吸引させたとしても、吸引先で高温の浴液が飛散し危険であり、かつ浴液も減少するため糸条の浸漬が不十分な状態になり糸切れが発生する問題があった。
【0004】
その問題を解決するために、種糸を使用して通糸する方法を実施することが考えられるが、種糸が切れた場合は、一度駆動を止めてかつ温度も下げてから、種糸を通し直して再度糸掛けを行う必要があり、作業の効率が悪いという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−341939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上述した繊維の糸道が湿式浴中を通る部分に糸掛けを行う際の問題点を解決し、安全かつ効率的に作業できる糸掛け装置および糸掛け方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、次の構成を有する。すなわち、本発明は、アクリル系繊維を湿式浴で処理する工程で用いられるサクションガンであって、該サクションガンの吸引口の前方に糸条導入部が設置され、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離が50mm以上、かつ、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある糸掛け用サクションガンである。
【0008】
また、本発明の糸掛け方法は、アクリル系繊維を湿式浴で処理する工程において、該繊維の糸道が湿式浴中を通る部分に糸掛けをするに際し、その吸引口の前方に糸条導入部が設置され、かつ、該糸条導入部の先端と該吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上あるサクションガンで該繊維を吸引し、該サクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離を、前記繊維の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定した状態で該サクションガンを使用して糸掛けすることを特徴とする。
【0009】
また、本発明は、前記吸引口の前方に、糸条導入部を備えた着脱可能なアダプターが設置されており、該アダプターは、該糸条導入部の先端と前記吸引口の先端の間の距離が50mm以上に設定できるように構成されており、かつ、該糸条導入部の先端と前記吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある、糸掛け用サクションガンであることが好ましい。
【0010】
また、本発明の糸掛け方法は、前記吸引口の前方に、糸条導入部を備えた着脱可能であり、かつ、該糸条導入部の先端と該吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上あるアダプターを設置し、該アダプターを、該糸条導入部の先端と前記吸引口の先端の間の距離を、前記繊維の糸道が前記湿式浴中を通る部分の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、繊維の糸道が湿式浴中を通る部分に糸掛けする際に、速度などを生産条件から格別に条件変更することなく、安全かつ効率的に糸掛けを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の糸掛け装置(サクションガン)の一例を示す断面図である。
【図2】従来の糸掛け装置(サクションガン)の断面図である。
【図3】アダプターを本発明のサクションガンの先端に接続した一例を示す断面図である。
【図4】アダプターを収納した状態の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、アクリル系繊維(以下、「繊維」と称することもある。)を湿式浴(以下、「浴」と称することもある。)で処理する工程で用いられるサクションガンであって、該サクションガンの吸引口の前方に糸条導入部が設置され、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離が50mm以上、かつ、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある糸掛け用サクションガンである。
【0014】
繊維の糸道が浴中を通る部分に糸掛けする際に用いられる、本発明に係るサクションガンは、吸引口の前方に糸条導入部があり、図1に示すサクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離Lが50mm以上であることが必要である。また、かかるサクションガンを用いて糸掛けを行うに際し、サクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離を、アクリル系繊維の浴浸漬最大深さより50mm以上長く設定することが好ましく、より好ましくは100mm以上、さらに好ましくは150mm以上である。この距離が300mm以下であることが、作業性の面で好ましい。サクションガンの吸引口の前方に糸条導入部を設けることにより、糸条導入部を糸条が通過する際に糸条導入部の端部で糸条が絞られ、糸条に含まれた水分を脱落させながら吸引することができる。また、サクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離Lを50mm以上にすることで、50mm未満の場合において、繊維の糸道が浴中を通る部分に糸掛けする際に生じやすい、浴液吸引による糸条の吸引力不足の問題を防止することができる。
【0015】
糸条導入部の形状は、繊維と接触する部分で擦過しないように、例えば断面が円形とするなど、糸条導入部の先端部分を丸めた構造とすることが好ましい。
【0016】
また、本発明のサクションガンは、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率(例えば、図1、2の空隙部8の面積率を参照。)が50%以上であることが必要である。空隙率は、好ましくは70%以上、より好ましくは90%以上である。かかる側面の空隙率を50%以上とすることで、50%未満とした場合に生じる、吸引した糸条に含まれる水分が糸条導入部から吸引口までに堆積することによる糸条の吸引力不足の問題を防止することができる。糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の構造は、例えば糸条の吸引方向に等間隔な空隙、格子状の空隙、等間隔に配列した孔状の空隙等を設けることができ、吸引する際にかかる力に耐え得る構造であることが好ましい。
【0017】
また、本発明に係るサクションガンは、繊維の糸道が浴中を通っていない工程にも糸掛けすることが可能であるが、糸条の水分が低い糸条を吸引する場合は、糸条の集束性が低いため糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面にある空隙などに糸条が引掛かる可能性があるため、そのような糸条を吸引する際は、通常のサクションガンに糸条を吸引し直して糸掛けすることが好ましい。そこで、繊維の糸道が浴中を通る工程と繊維の糸道が浴中を通っていない工程の両方に糸掛けを可能にするために、サクションガンの吸引口の前方に、糸条導入部を備え、その糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離が繊維の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定できるように構成されており、かつ、その糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある、着脱可能なアダプターを接続して糸掛けを行うことが好ましい。
【0018】
サクションガンの先端部分に接続されたアダプターは、繊維の糸道が浴中を通る部分に糸掛けする際には、図3に示すようにアダプターを前方にスライドさせて糸掛けを行い、繊維の糸道が浴中を通っていない工程では、図4に示すように糸条導入部と吸引口が接触するように、元に戻すことができる構造であることが好ましい。
【0019】
また、本発明に係るサクションガンにおいて、上述の構造は以外に特に限定される構造を備える必要はないが、一般的に使用されている圧空を供給してエジェクター作用で糸条を吸引するサクションガンであると良い。
【0020】
また、本発明に係るサクションガンにより吸引される繊維は、サクションガンで吸引できる範囲であれば特に問題にはならないが、あまり繊度が大きくなるとサクションガンおよび吸引圧力も大きくする必要があるため、トータル繊度が1000〜300000dtex、単糸繊度が1〜20dtexの繊維を用いることが好ましい。さらに、本発明で用いられる繊維はアクリル系繊維であれば問題ないが、特にアクリル系の炭素繊維前駆体繊維であることが好ましい。
【0021】
本発明の糸掛け方法は、上記サクションガンを以下のように用いて行われる。すなわち、かかる糸掛け方法は、アクリル系繊維を湿式浴で処理する工程において、該繊維の糸道が湿式浴中を通る部分に糸掛けをするに際し、その吸引口の前方に糸条導入部が設置され、かつ、該糸条導入部の先端と該吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上あるサクションガンで該繊維を吸引し、該サクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離を、前記繊維の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定した状態で該サクションガンを使用すると良い。
【0022】
さらに、上述のとおり、サクションガンの吸引口の前方に、糸条導入部を備え、その糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離が50mm以上に設定できるように構成されており、かつ、その糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある、着脱可能なアダプターを接続することにより糸掛けを行うことが、繊維の糸道が浴中を通る工程と繊維の糸道が浴中を通っていない工程の両方に糸掛けできる点で好ましい。
【0023】
以下、本発明の実施例を用いて、本発明をさらに具体的に説明する。
【0024】
図1は、本発明に係るサクションガンの断面図である。糸条導入部2の先端と吸引口3の先端の間に空隙部8を設けている。繊維は向かって左から吸引されて、右側へ送り出される。まず、圧力室5に供給された圧空4が小隙間6を通って排出側糸条行路7に噴出されることによって、吸引口3側が減圧となり、繊維は導入部2を通ってサクションガン1の吸引口3から吸引され、排出側糸条行路7に放出され、吸引状態が維持されることになる。なお、図2は、従来のサクションガンの断面図である。
【0025】
図3は、アダプターを本発明のサクションガンの先端に接続した場合の断面図であり、図4は、かかるアダプターを収納した状態を示す断面図である。アダプター9はサクションガン1の先端部分をスライドすることができ、繊維の糸道が浴中を通っていない工程に糸掛けを行う場合はアダプターを収納して、蝶ねじなどで固定して使用することができる構造になっている。
【実施例】
【0026】
次に実施例によって、本発明に係るサクションガンを用いることによる効果を説明する。
【0027】
アクリロニトリル系重合体のジメチルスルホキシド溶媒溶液を凝固浴に紡糸し、水洗後、以下の条件で繊維の糸道が浴中を通る延伸浴に糸掛けを10回行い、糸掛けの成功率を測定した。実施例1〜5および比較例1〜2は、図1に示した本発明のサクションガンを用いて糸掛けを行い、比較例3は図2に示した従来のサクションガンで糸掛けを行った。糸掛けに使用したサクションガン、および10回糸掛けを試みたときの成功率を表1に示す。
【0028】
糸掛け条件
糸条速度(延伸前):50m/min
糸条速度(延伸後):100m/min
トータル繊度:50000dtex(延伸前)
延伸浴温度:90℃
繊維の浸漬最大深さ:50mm。
【0029】
【表1】

【0030】
以上の結果から、本発明に係るサクションガンを採用することによって、繊維の糸道が浴中を通る部分に安全かつ効率的に糸掛けができると言える。
【符号の説明】
【0031】
1:サクションガン
2:糸条導入部
3:吸引口
4:圧空
5:圧力室
6:小隙間
7:排出側糸条行路
8:空隙部
9:アダプター
L:サクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル系繊維を湿式浴で処理する工程で用いられるサクションガンであって、該サクションガンの吸引口の前方に糸条導入部が設置され、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離が50mm以上、かつ、糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある糸掛け用サクションガン。
【請求項2】
前記吸引口の前方に、糸条導入部を備えた着脱可能なアダプターが設置されており、該アダプターは、該糸条導入部の先端と前記吸引口の先端の間の距離が50mm以上に設定できるように構成されており、かつ、該糸条導入部の先端と前記吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上ある、請求項1に記載の糸掛け用サクションガン。
【請求項3】
アクリル系繊維を湿式浴で処理する工程において、該繊維の糸道が湿式浴中を通る部分に糸掛けをするに際し、その吸引口の前方に糸条導入部が設置され、かつ、該糸条導入部の先端と該吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上あるサクションガンで該繊維を吸引し、該サクションガンの糸条導入部の先端と吸引口の先端の間の距離を、前記繊維の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定した状態で該サクションガンを使用して糸掛けすることを特徴とする糸掛け方法。
【請求項4】
前記吸引口の前方に、糸条導入部を備えた着脱可能であり、かつ、該糸条導入部の先端と該吸引口の先端の間の側面の空隙率が50%以上あるアダプターを設置し、該アダプターを、該糸条導入部の先端と前記吸引口の先端の間の距離を、前記繊維の糸道が前記湿式浴中を通る部分の浴浸漬の最大深さより50mm以上長く設定する、請求項3に記載の糸掛け方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−172278(P2012−172278A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−35717(P2011−35717)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】