説明

糸状菌変異株及びこれを用いたタンパク質の製造方法

【課題】糸状菌における外来遺伝子によりコードされる外来タンパク質の生産性を大幅に向上する。
【解決手段】目的タンパク質をコードする外来遺伝子を発現可能に導入し、且つ、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させた糸状菌変異株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所望の目的タンパク質をコードする遺伝子を高発現できる糸状菌変異株及びこれを用いたタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
麹菌(アスペルギルス オリゼ(Aspergillus oryzae))は、古くから清酒、味噌、醤油の醸造に使用されてきた微生物であり、糸状菌(カビ)に分類される。アスペルギルスオリゼは、菌体外に多量のタンパク質を分泌生産する能力を有する。例えば、アスペルギルス オリゼ自体に由来するアミラーゼなどの酵素タンパク質については、培養液1リットル当たり数gを菌体外に分泌できることが知られている。一方、よく研究の進んでいる酵母のタンパク質分泌生産能力は、アスペルギルスオリゼの100−1000分の1である。このように、アスペルギルス オリゼはタンパク質分泌生産能力が最も高い真核細胞の1つであり、また、永年の食品製造に利用されてきた実績からその安全性が保証されている。したがってアスペルギルスオリゼは、様々な異種タンパク質を遺伝子組換えにより大量生産するための、タンパク質工場となる宿主としての利用が期待されている。
【0003】
しかしながら、動物や植物など高等生物由来のタンパク質等、外部から導入した遺伝子(外来遺伝子)にコードされるタンパク質(外来タンパク質)を、アスペルギルスオリゼで組換えタンパク質として分泌生産させる場合、分泌量はその1000分の1以下の低レベルにとどまっており、組換え異種タンパク質の生産において問題となっている。これまでに、アスペルギルスオリゼによる異種タンパク質の生産能力を向上させる試みでは、強力な高発現プロモーターの開発、コドンの最適化などで成果が得られている。
【0004】
本発明者らは、組換えタンパク質を高生産するための宿主となるアスペルギルス オリゼ変異株として液胞内酸性プロテアーゼ遺伝子破壊株を作製し、これにより組換えタンパク質を高生産することに成功している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2007/099776号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、アスペルギルス オリゼ等の麹菌を含む糸状菌に適用できる技術であって、外来遺伝子の発現量を大幅に向上させる技術が十分に確立されているわけではない。糸状菌に導入された外来遺伝子の発現量を更に向上させる技術が望まれており、これらの技術の蓄積により、糸状菌を宿主として利用したタンパク質の製造方法がより高効率なものとして実用化されるものと考えられる。
【0007】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、所望の目的タンパク質をコードする遺伝子を高発現できる糸状菌変異株及びこれを用いたタンパク質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、オートファジーに関連する遺伝子の機能を低減することで、外来遺伝子の発現量を大幅に向上させることができ、当該外来遺伝子によりコードされる外来タンパク質の生産性を大幅に向上できることを見いだし本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は以下を包含する。
(1)目的タンパク質をコードする外来遺伝子を発現可能に導入し、且つ、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させた糸状菌変異株。
(2)機能を低減させる遺伝子は、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子であることを特徴とする(1)記載の糸状菌変異株。
(3)上記オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子は、以下(a)〜(c)のいずれかのタンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする(2)記載の糸状菌変異株。
(a)Atg1キナーゼ複合体を構成するタンパク質
(b)Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系を構成するタンパク質
(c)PtdIns 3-キナーゼ複合体を構成するタンパク質
(4)上記オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子は、Atg1遺伝子、Atg13遺伝子、Atg8遺伝子及びAtg4遺伝子からなる群から選ばれる遺伝子であることを特徴とする(2)記載の糸状菌変異株。
(5)Aspergillus属糸状菌又はTrichoderma属糸状菌であることを特徴とする(1)記載の糸状菌変異株。
(6)上記(1)乃至(5)いずれかに記載の糸状菌変異株を培養する工程と、目的タンパク質を回収する工程とを含むタンパク質の製造方法。
(7)上記糸状菌変異株の培養上清から上記目的タンパク質を回収することを特徴とする(6)記載のタンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、アスペルギルス オリゼ等の麹菌を含む糸状菌における外来遺伝子の発現量を大幅に向上できる。したがって、本発明によれば、糸状菌を宿主として、外来遺伝子によりコードされるタンパク質の生産性を大幅に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】Atg1タンパク質キナーゼ複合体の概略構成図である。
【図2】PtdIns 3-キナーゼ複合体の概略構成図である。
【図3】Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg1タンパク質のアミノ酸配列に関するマルチプルアライメント解析の結果を示す特性図である。
【図4】図3の続きであり、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg1タンパク質のアミノ酸配列に関するマルチプルアライメント解析の結果を示す特性図である。
【図5】Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg4タンパク質のアミノ酸配列に関するマルチプルアライメント解析の結果を示す特性図である。
【図6】Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg8タンパク質のアミノ酸配列に関するマルチプルアライメント解析の結果を示す特性図である。
【図7】Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg13タンパク質のアミノ酸配列に関するマルチプルアライメント解析の結果を示す特性図である。
【図8】図7の続きであり、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg13タンパク質のアミノ酸配列に関するマルチプルアライメント解析の結果を示す特性図である。
【図9】各種Atg遺伝子破壊株におけるウシキモシン遺伝子の発現量をタンパク質レベルで測定した結果を示す特性図である。
【図10】Aoatg4遺伝子条件発現抑制株におけるウシキモシン遺伝子の発現量をタンパク質レベルで測定した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る糸状菌変異株及びこれを用いたタンパク質の製造方法について詳細に説明する。
【0013】
本発明に係る糸状菌変異株は、外来遺伝子を発現可能に導入し、糸状菌における所定の遺伝子の機能を低減させたものである。機能を低減させる遺伝子は、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子である。
【0014】
ここでオートファジーとは、いわゆるマクロオートファジーと同義であり、細胞質成分を取り囲んだ二重膜構造が分解コンパートメントと融合し、分解コンパートメント内において細胞質成分を分解する機構を意味する。細胞質成分を取り囲んだ二重膜構造は、「オートファゴソーム」と呼ばれ、栄養飢餓シグナルに応じて細胞質に生じた「隔離膜」と呼ばれる嚢状の膜構造がカップ状に伸長しながら細胞質成分を取り囲み、その縁が閉じることにより形成される。なお、分解コンパートメントとは、液胞やリソソームを意味するが、糸状菌においては液胞を意味する。オートファゴソームは、その外膜で分解コンパートメントと融合する。オートファゴソームと分解コンパートメントとが融合すると、オートファゴソームの内膜構造(内部に細胞質成分を取り込んでいる)が分解コンパートメントに放出される。分解コンパートメントに放出された内膜構造は、一重膜構造であり「オートファジックボディ」と呼ばれる。分解コンパートメントの内部では、オートファジックボディの膜構造が速やかに崩壊し、細胞質成分が各種分解酵素の働きにより分解される。
【0015】
このような一連のオートファジー機構は、各種生物に保存されており、オートファゴソームを形成する段階、分解コンパートメント内部でオートファジックボディを崩壊する段階に大別され、段階に関与する各種遺伝子がオートファジー関連遺伝子として単離・同定されている。オートファジー関連遺伝子の種類とその機能について下記表1に纏める。なお、表1において遺伝子名の右側の文字列は、UniprotKBデータベースに格納されている当該遺伝子のアクセッション番号である。当該アクセッション番号によりUniprotKBデータベースから各ATG遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列情報を取得できる。表1に示すアクセッション番号のうち、ATG25遺伝子のQ6JUT9はPichia angusta由来の遺伝子に関するアクセッション番号であり、ATG28遺伝子のQ5IF00及びATG30遺伝子のC4R5T1はPichia pastoris由来の遺伝子に関するアクセッション番号である。これら以外のアクセッション番号は全てSaccharomyces cerevisiae由来の遺伝子に関するアクセッション番号である。
【0016】
【表1】

【0017】
本発明に係る糸状菌変異体は、上述したオートファジー関連遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子以外の遺伝子の機能を低減させる。液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子とは、上述のように、オートファジックボディの崩壊に関わるリパーゼ様タンパク質をコードするATG15遺伝子及びオートファジックボディの崩壊に関わる液胞膜タンパク質をコードするATG22遺伝子である。したがって、本発明において、機能を低減させる遺伝子とは、例えば表1に列挙したオートファジー関連遺伝子のうちATG15遺伝子及びATG22遺伝子以外の遺伝子である。
【0018】
特に、本発明に係る糸状菌変異体において、機能を低減させる遺伝子としては、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子であることが好ましい。オートファゴソームの形成には、Atg1タンパク質キナーゼ複合体及びPtdIns3-キナーゼ複合体が関与し、ユビキチン様タンパク質であるAtg8及びAtg12のユビキチン様結合反応系が関与する。したがって、オートファゴソームの形成に必須な因子とは、(a)Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するタンパク質、(b)Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系に関与するタンパク質、及び(c)PtdIns 3-キナーゼ複合体を構成するタンパク質を挙げることができる。
【0019】
上述した表1において、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子について丸印を付けている。すなわち、上述した表1において、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子は、ATG1〜10遺伝子、ATG12〜14遺伝子、ATG16〜18遺伝子、ATG29遺伝子及びATG31遺伝子である。より具体的に、Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するタンパク質は、図1に示すように、Atg1タンパク質、Atg13タンパク質、Atg17タンパク質、Atg29タンパク質及びAtg31タンパク質である。Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系に関与するタンパク質は、Atg3タンパク質、Atg4タンパク質、Atg5タンパク質、Atg7タンパク質、Atg8タンパク質、Atg10タンパク質、Atg12タンパク質及びAtg16タンパク質である。PtdIns 3-キナーゼ複合体を構成するタンパク質は、図2に示すように、Atg6タンパク質及びAtg14タンパク質である。
【0020】
したがって、本発明に係る糸状菌変異体は、これらオートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子のうち少なくとも1以上の遺伝子の機能が低減していることが好ましい。なかでも、Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するAtg1タンパク質をコードするATG1遺伝子;Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するAtg13タンパク質をコードするATG13遺伝子;ユビキチン様タンパク質Atg8が関与するユビキチン様結合反応系に関与するAtg8タンパク質をコードするATG8遺伝子;及びユビキチン様タンパク質Atg8が関与するユビキチン様結合反応系に関与するAtg4タンパク質をコードするATG4遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の機能を低減させることが好ましい。
【0021】
より具体的に、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reeseiといった代表的な糸状菌におけるオートファジー関連遺伝子の配列情報(塩基配列やアミノ酸配列)を下記表に纏めた。なお、表2に示す登録番号を使用することで各種のデータベースにおいてオートファジー関連遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列を入手することができる。
【0022】
【表2】

【0023】
なお、上記表2においてAspergillus oryzaeの登録番号は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)が提供するDOGANデータベース(http://www.bio.nite.go.jp/dogan/project/view/AO)及び/又はAspergillus oryzae RIB 40 genome DB(http://nribf2.nrib.go.jp/)にて使用できる。また、上記表2においてAspergillus nigerの登録番号はNational Center for Biotechnology Information, U.S. National Library of Medicineの提供するデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?db=pubmed)にて使用できる。さらに、上記表2においてTrichoderma reeseiの登録番号は、Nat Biotechnol. 26, 553-560 (2008)に基づくデータベース(http://genome.jgi-psf.org/Trire2/Trire2.home.html)にて使用できる。
【0024】
このようにデータベースを利用して様々な糸状菌由来の各種オートファジー関連遺伝子についてその塩基配列やアミノ酸配列を特定・入手できる。特に、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子(例えばAtg1遺伝子、Atg4遺伝子、Atg8遺伝子及びAtg13遺伝子等)についても公知のデータベースを利用して、その塩基配列やアミノ酸配列を入手できる。一例としてAspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg1遺伝子のコーディング領域の塩基配列をそれぞれ配列番号1、3及び5に示す。そして、配列番号1、3及び5に示す塩基配列によりコードされるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号2、4及び6に示す。また、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg4遺伝子のコーディング領域の塩基配列をそれぞれ配列番号7、9及び11に示す。そして、配列番号7、9及び11に示す塩基配列によりコードされるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号8、10及び12に示す。さらに、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg8遺伝子のコーディング領域の塩基配列をそれぞれ配列番号13、15及び17に示す。そして、配列番号13、15及び17に示す塩基配列によりコードされるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号14、16及び18に示す。さらにまた、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg13遺伝子のコーディング領域の塩基配列をそれぞれ配列番号19、21及び23に示す。そして、配列番号19、21及び23に示す塩基配列によりコードされるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号20、22及び24に示す。
【0025】
配列番号2、4及び6に示したAspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg1タンパク質のアミノ酸配列を、CLUSTAL W (1.81)を利用してアライメント解析した結果を図3及び4に示す。同様に、配列番号8、10及び12に示したAspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg4タンパク質のアミノ酸配列を、CLUSTAL W (1.81)を利用してアライメント解析した結果を図5に示す。配列番号14、16及び18に示したAspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg8タンパク質のアミノ酸配列を、CLUSTAL W (1.81)を利用してアライメント解析した結果を図6に示す。配列番号20、22及び24に示したAspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei由来のAtg13タンパク質のアミノ酸配列を、CLUSTAL W (1.81)を利用してアライメント解析した結果を図7及び8に示す。
【0026】
これら図3乃至図8に示すように、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reeseiにおいては、Atg1タンパク質、Atg4タンパク質、Atg8タンパク質及びAtg13タンパク質は非常に高い相同性を示している。このことから、Atg1遺伝子、Atg4遺伝子、Atg8及びAtg13遺伝子は、Aspergillus oryzae、Aspergillus niger及びTrichoderma reeseiにてオートファジー機構における同様の機能・役割を果たしている蓋然性が非常に高いことが判る。すなわち、例えば、Aspergillus oryzaeにおけるAtg1遺伝子の機能を低減させたときに観察される現象(表現型を含む)は、Aspergillus niger及びTrichoderma reesei等の他の糸状菌において相同遺伝子の機能を低減させた時に同様に観察される蓋然性が高い。
【0027】
なお、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子について図3乃至図8にマルチプルアライメントを示したが、他のオートファジー関連遺伝子についても同様に非常に高い相同性が見られる。他のオートファジー関連遺伝子については、上述したデータベースからアミノ酸配列情報を取得し、CLUSTAL W (1.81)といったアライメント解析ソフトウェアを利用することで相同性を知ることができる。
【0028】
ところで、本発明に係る糸状菌変異体は、上述したような具体的なオートファジー関連遺伝子の機能を低減させたものである。ここで、「遺伝子の機能を低減させる」とは、遺伝子の発現量を低下させる、又は遺伝子がコードするタンパク質の活性を低下させることを意味する。また「遺伝子の発現量を低下させる」とは、遺伝子の転写量を低下させる及び/又は遺伝子の翻訳量を低下させることを意味する。遺伝子の転写量を低下させるには、特に限定されないが、例えば、対象となる遺伝子の発現制御領域を改変する手法や、対象となる遺伝子の全部又は一部を欠失させる手法を適用する。遺伝子の翻訳量を低下させるには、特に限定されないが、例えば、いわゆるRNA干渉やアンチセンスRNAを利用する方法を挙げることができる。換言すれば、所定の遺伝子の発現量を低下させるには、当該遺伝子を破壊する手法として公知の如何なる手法を適用しても良い。
【0029】
「遺伝子がコードするタンパク質の活性を低下させる」には、特に限定されないが、例えば、対象となる遺伝子がコードするタンパク質の活性を阻害する物質(低分子化合物、抗体等の高分子化合物)を存在させる手法を採用すればよい。
【0030】
一方、本発明に係る糸状菌変異株は、従来公知の糸状菌を何ら限定することなく宿主として使用することで作製できる。宿主に使用できる糸状菌としては、特に限定されないが、Aspergillus aculeatus、Aspergillus awamori、Aspergillus caesiellus、Aspergillus candidus、Aspergillus carneus、Aspergillus clavatus、Aspergillus deflectus、Aspergillus fischerianus、Aspergillus flavus、Aspergillus fumigatus、Aspergillus glaucus、Aspergillus nidulans、Aspergillus niger、Aspergillus ochraceus、Aspergillus oryzae、Aspergillus parasiticus、Aspergillus penicilloides、Aspergillus restrictus、Aspergillus sojae、Aspergillus sydowi、Aspergillus tamari、Aspergillus terreus、Aspergillus ustus及びAspergillus versicolor等のAspergillus属糸状菌を挙げることができる。また、宿主としては、Trichoderma aggressivum、Trichoderma asperellum、Trichoderma atroviride、Trichoderma aureoviride、Trichoderma austrokoningii、Trichoderma brevicompactum、Trichoderma candidum、Trichoderma caribbaeum var. aequatoriale、Trichoderma caribbaeum var. Caribbaeum、Trichoderma catoptron、Trichoderma cremeum、Trichoderma ceramicum、Trichoderma cerinum、Trichoderma chlorosporum、Trichoderma chromospermum、Trichoderma cinnamomeum、Trichoderma citrinoviride、Trichoderma crassum、Trichoderma cremeum、Trichoderma dingleyeae、Trichoderma dorotheae、Trichoderma effusum、Trichoderma erinaceum、Trichoderma estonicum、Trichoderma fertile、Trichoderma gelatinosus、Trichoderma ghanense、Trichoderma hamatum、Trichoderma harzianum、Trichoderma helicum、Trichoderma intricatum、Trichoderma konilangbra、Trichoderma koningii、Trichoderma koningiopsis、Trichoderma longibrachiatum、Trichoderma longipile、Trichoderma minutisporum、Trichoderma oblongisporum、Trichoderma ovalisporum、Trichoderma petersenii、Trichoderma phyllostahydis、Trichoderma piluliferum、Trichoderma pleuroticola、Trichoderma pleurotum、Trichoderma polysporum、Trichoderma pseudokoningii、Trichoderma pubescens、Trichoderma reesei、Trichoderma rogersonii、Trichoderma rossicum、Trichoderma saturnisporum、Trichoderma sinensis、Trichoderma sinuosum、Trichoderma sp. MA 3642、Trichoderma sp. PPRI 3559、Trichoderma spirale、Trichoderma stramineum、Trichoderma strigosum、Trichoderma stromaticum、Trichoderma surrotundum、Trichoderma taiwanense、Trichoderma thailandicum、Trichoderma thelephoricolum、Trichoderma theobromicola、Trichoderma tomentosum、Trichoderma velutinum、Trichoderma virens、Trichoderma viride及びTrichoderma viridescens等のTrichoderma属糸状菌を挙げることができる。さらに、宿主としては、Rhizomucor pusillus、Rhizomucor miehei等のRhizomucor属糸状菌、Penicillium notatum、Penicillium chrysogenum等のPenicillium属糸状菌、Rhizopus oryzae等のRhizopus属糸状菌、Acremonium cellulolyticus、Humicola grisea、Thermoaseus aurantiacusを挙げることができる。特に、宿主としては、Aspergillus属糸状菌、中でもAspergillus oryzae及びTrichoderma属糸状菌、中でもTrichoderma reeseiが好ましい。
【0031】
なお、宿主として使用する糸状菌は、上述した糸状菌の野生株でも良いが、各種の変異が導入された変異株でも良い。例えば、WO2007/099776号公報には、液胞内酸性プロテアーゼ遺伝子を破壊したAspergillus oryzae変異株が開示されているが、この変異株を宿主として使用することもできる。なお、WO2007/099776号公報に開示されたAspergillus oryzae変異株は、組換えタンパク質を高生産する変異株として公知である。このAspergillus oryzae変異株に、更に上述したオートファジー関連遺伝子の機能を低減させることで、タンパク質の生産性がより向上することが期待できる。
【0032】
これら各種糸状菌において、オートファジー関連遺伝子は、表1に示したアクセッション番号により取得できるアミノ酸配列や塩基配列に基づいて特定することができる。すなわち、上述した糸状菌のゲノム配列情報が公知である場合には、Blast等の相同性検索ソフトウェアを利用して、表1に示したアクセッション番号で特定される遺伝子の相同遺伝子を特定することができる。上述した糸状菌のゲノム配列情報が未知である場合には、一例として、cDNAライブラリー等を作製し、表1に示したアクセッション番号で特定される遺伝子に特異的にハイブリダイズするプローブを用いて相同遺伝子をcDNAライブラリーから特定することができる。
【0033】
ところで、本発明に係る糸状菌変異株は、外来遺伝子を発現可能に導入したものである。ここで外来遺伝子とは、糸状菌変異株の元となる糸状菌以外の生物に由来する遺伝子を意味する。例えば、本発明に係る糸状菌変異株をAspergillus oryzaeから作製した場合、外来遺伝子とは、Aspergillus oryzae以外の生物に存在する遺伝子を意味する。したがって、本発明に係る糸状菌変異株をAspergillus oryzaeから作製した場合であれば、Aspergillus oryzae以外の他のAspergillus属糸状菌由来の遺伝子であっても外来遺伝子に含まれる。
【0034】
但し、本発明に係る糸状菌変異株は、特に動物細胞や植物細胞といった高等生物に由来する遺伝子を外来遺伝子として導入したものであることが好ましい。動物細胞や植物細胞といった高等生物由来の遺伝子は、Aspergillus oryzae等の糸状菌に導入されても高発現しないといった実情があったからである。すなわち、本発明に係る糸状菌変異株においては、これら高等生物由来の外来遺伝子であっても高発現させることができ、当該外来遺伝子によりコードされるタンパク質を高生産できる。
【0035】
ここで、生産対象のタンパク質としては、何ら限定されず、如何なる分子量、如何なる生物種由来、如何なる等電点、如何なるアミノ酸配列のタンパク質であっても良い。すなわち外来遺伝子としては、例えば、アルカリプロテアーゼ遺伝子、α−アミラーゼ遺伝子、アスコルビン酸オキシダーゼ遺伝子、アスパルチックプロテアーゼ遺伝子、セロビオヒドロラーゼ遺伝子、セルラーゼ遺伝子、クチナーゼ遺伝子、エンドグルカナーゼ遺伝子、グルコアミラーゼ、β−グルコシダーゼ遺伝子、グリオキサールオキシダーゼ遺伝子、ラッカーゼ遺伝子、リグニンオキシダーゼ遺伝子、リグニンペルオキシダーゼ遺伝子、リパーゼ遺伝子、マンガンペルオキシダーゼ遺伝子、1,2-α-マンノシダーゼ遺伝子、ヌクレアーゼ遺伝子、ペクチンリアーゼ遺伝子、ペクチンメチルエステラーゼ遺伝子、酸性ホスファターゼ遺伝子、ポリガラクチュロナーゼ遺伝子、キシラナーゼ遺伝子、β-キシロシダーゼ遺伝子等を挙げることができる。特に、生産対象のタンパク質としては、リゾチーム、キモシン、レクチン、インターロイキン、ラクトフェリン、味覚修飾タンパク質であるミラクリン、抗Fas抗体などの抗体医薬、ダニアレルゲン、花粉アレルゲン、木質バイオマス分解のためのセルロース分解酵素、サイトカイン等が高等生物由来の遺伝子によりコードされるタンパク質として例示できる。
【0036】
上述した外来遺伝子は、一般的に利用されている発現ベクターの形で糸状菌に導入することができる。ベクターは典型的には、選択可能マーカー遺伝子、クローニング部位及び制御領域(プロモーター及びターミネーター)を有している。このベクターは、本技術分野においてよく知られており商業的に入手可能である。
【0037】
ベクターに含まれるプロモーターは、糸状菌において機能しうるならば、構成的発現プロモーター及び誘導型プロモーターのいずれでも良い。プロモーターが機能しうるとは、宿主糸状菌内において下流遺伝子の転写が可能であることを意味する。プロモーターとしては、例えば、Aspergillus niger等のAspergillus属糸状菌由来のグルコアミラーゼ、アルファ-アミラーゼ、又はアルファ-グルコシダーゼをコードしている遺伝子のプロモーターを挙げることができる。また、A.nidulansのgpdA遺伝子、oliC遺伝子又はtrpC遺伝子のプロモーター、Neurospora crassaのcbh1又はtrp1遺伝子のプロモーター、A. niger 又はRhizomucor mieheiのアスパラギン酸プロテイナーゼエンコード遺伝子のプロモーター、Trichoderma reesei由来のcbh1遺伝子、cbh2遺伝子、egl1遺伝子、egl2遺伝子又は他のセルラーゼをコードしている遺伝子のプロモーターを使用することができる。特に、宿主となる糸状菌がTrichoderma reeseiである場合、プロモーターとしては、Trichoderma reesei由来のcbh1遺伝子、cbh2遺伝子、egl1遺伝子、egl2遺伝子又は他のセルラーゼをコードしている遺伝子のプロモーターを使用することが好ましく、特にcbh1遺伝子のプロモーターを使用することがより好ましい。
【0038】
本発明では、上述した外来遺伝子を発現可能に組み込んだ発現ベクターを定法に従って導入し、当該外来遺伝子によりコードされるタンパク質を生産する。発現ベクターを導入する方法としては、従来公知の各種方法、例えば、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法等を用いることができる。
【0039】
なお、この発現ベクターは、上述した所定のオートファジー関連遺伝子の機能を低減させた糸状菌に対して導入することができる。あるいは、上述した所定のオートファジー関連遺伝子の機能を保持したままの糸状菌に対してこの発現ベクターを導入した後、当該オートファジー関連遺伝子の機能を低減させてもよい。さらに、この発現ベクターの導入と、上述した所定のオートファジー関連遺伝子の機能を低減させる処理とを同時に行っても良い。いずれの方法であっても、外来遺伝子を発現可能に導入し、且つ、上述した所定のオートファジー関連遺伝子の機能を低減させた糸状菌変異株を作製することができる。
【0040】
このように作製した糸状菌変異株においては、外来遺伝子の発現量が高く、当該外来遺伝子によりコードされるタンパク質を高生産することができる。ここで、外来遺伝子の発現量が高いとは、上述した所定のオートファジー関連遺伝子の機能を保持したままの糸状菌に対して上記発現ベクターを導入した場合における外来遺伝子の発現量と比較して、本発明に係る糸状菌変異株における外来遺伝子の発現量が有意に高いことを意味する。
【0041】
また、外来遺伝子によりコードされるタンパク質は、菌体外に分泌生産するため、菌体を破壊するといった処理を行わず、定法に従って回収できる。なお、当該タンパク質は、培地の上清サンプルを直接、当該技術分野で知られているドデシルナトリウム硫酸ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で解析することにより測定できる。細胞培養中に生産された目的タンパク質は培地の中に分泌され、そして、例えば細胞培地から不要な成分を取り除くことにより、精製、又は、単離される。目的タンパク質の精製には、例えば、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、エタノール沈殿、逆相HPLC、シリカ上またはDEAEなどの陽イオン交換樹脂によるクロマトグラフィー、クロマトフォーカシング、 SDS-PAGE、硫酸アンモニュウム沈殿法、ゲルろ過等の手法を単独で又は組み合わせて使用できる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
〔実施例1〕
本実施例では、A. oryzaeにおけるATG遺伝子(以下Aoatg遺伝子)を破壊した変異株を作製し、外来遺伝子として導入したウシ由来キモシン遺伝子の発現量の変化を測定した。具体的に、変異株としては、Aoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株と、Aoatg4遺伝子条件発現抑制株を作製した。
【0044】
使用菌株、培地および形質転換
本実施例で用いた菌株を下記表3に示した。
【0045】
【表3】

【0046】
麹菌A. oryzae野生株のRIB40はDNA源として、NSRKu70-1-1株とNSPlD1株は形質転換用のホストとして用いた。菌株の生育には、DPY培地(2% dextrin、1% polypeptone、0.5% yeast extract、0.5% KH2PO4及び0.05% MgSO4・7H2O [pH5.5])とPDA培地(Nissui Pharmaceutical社製)を用いた。0.15%のmethionineを含む最少培地[0.2% NH4Cl、0.1% (NH4)2SO4、0.05% KCl、0.05% NaCl、0.1% KH2PO4、0.05% MgSO4・7H2O、0.002% FeSO4・7H2O及び2% glucose(pH 5.5)] (M+Met)は、各Aoatg遺伝子(Aoatg1, Aoatg4, Aoatg13, Aoatg8, Aoatg15)破壊株、Aoatg4条件発現抑制株を取得するための選択培地として用いた。5×DPY(pH 5.5)(10% dextrin、5% polypeptone、2.5% yeast extract、0.5% KH2PO4及び0.05% MgSO4・7H2O[pH 5.5])はウシキモシン(CHY)の生産培地として用いた。0.0015%のmethionineを含むCzapek-Dox (CD)培地(0.3% NaNO3、0.2% KCl、0.1% KH2PO4、0.05% MgSO4・7H2O、0.002% FeSO4・7H2O及び2% glucose[pH 5.5])は、CHY発現プラスミドのniaDマーカーの選択培地として用いた。Escherichia coli DH5α[supE44 ΔlacU169 (φ80 lacZ ΔM15) hsdR17 recA1 endA1 gyrA96 thi-1 relA1]はDNA操作のための宿主として用いた。A. oryzaeの形質転換は、Kitamoto (2002) Adv Appl Microbiol 51:129-153の方法に基づいて行った。
【0047】
Aoatg遺伝子破壊株の作製
1. Aoatg破壊用プラスミドの作製
下記表4に示したプライマーセットを用いて、Aoatg1遺伝子、Aoatg4遺伝子、Aoatg8遺伝子、Aoatg13遺伝子及びAoatg15遺伝子の各Aoatg遺伝子の上流領域及び下流領域をRIB40株のゲノムからPCRにて増幅した。また、下記表4に示したプライマーセットを用いて、pgEaA(Jin et al (2007) Appl. Microbiol. Biotechnol. 76:1059-1068)を鋳型としてPCRによりadeA遺伝子を増幅した。
【0048】
【表4】

【0049】
PCRによって得られた各Aoatg遺伝子の上流断片、下流断片及びadeA遺伝子断片を混合したfusion PCRによりAoatg遺伝子破壊用断片をAoatg1遺伝子、Aoatg4遺伝子、Aoatg8遺伝子、Aoatg13遺伝子及びAoatg15遺伝子について作製した。これら断片をpCR 4Blunt-TOPOに導入することでAoatg1破壊用プラスミドpgΔAoatg1、Aoatg4破壊用プラスミドpgΔAoatg4、Aoatg8破壊用プラスミドpgΔAoatg8、Aoatg13破壊用プラスミドpgΔAoatg13、Aoatg15破壊用プラスミドpgΔAoatg15を作製した。
【0050】
2. Aoatg遺伝子破壊株の取得
取得したAoatg1破壊用プラスミド〜Aoatg15破壊用プラスミドを鋳型とし、上記表4に示した上流領域用のForwardプライマーと下流領域用のReverseプライマーを用いたPCRによりAoatg破壊用断片を増幅した。得られたAoatg破壊用断片を用いて、adeA遺伝子をマーカーとしてNSRKu70-1-1株を形質転換した。形質転換体からゲノムを回収し、サザンブロット解析による確認を行った結果(図示せず)、Aoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株が得られた。
【0051】
Aoatg4遺伝子条件発現抑制株の作製
所定の条件下においてAoatg4遺伝子が破壊されるといった特徴を有するAoatg4遺伝子条件発現抑制株を作製した。具体的には、チアミンの存在下に発現が抑制されるプロモーターであるthiAプロモーター(PthiA)を利用した。Aoatg4遺伝子条件発現抑制株の作製は、Development of Aspergillus oryzae thiA promoter as a tool for molecular biological studies.Shoji JY, Maruyama J, Arioka M, Kitamoto K. FEMS Microbiol Lett. 2005 Mar 1;244(1):41-6に基づいて行った。
【0052】
すなわち、PthiAの制御下におけるAoatg4遺伝子条件発現抑制株を作製するためにGateway systemを用い相同組換え用プラスミドベクターを作製した。
【0053】
まず、center entry cloneを作製するために、pg5’pt plasmid(Mabashi et al. (2006) Biosci Biotechnol Biochem 70:1882-1889)を鋳型とし、一対のプライマーf-thiA_F (5-tctcgggccacggtaaatacactatcacacaccgaac-3:配列番号47)及びpgthiA_R (5-GGGGACCACTTTGTACAAGAAAGCTGGGTtttcaagttgcaatgactatcatctgttagcc-3:配列番号48)を用いてPthiAを増幅した。その後、pgEpg plasmid(Maruyama and Kitamoto (2008) Biotechnol Lett 30:1811-1817)を鋳型とし、一対のプライマーpgPyrG_F (5-GGGGACAAGTTTGTACAAAAAAGCAGGCTggtaatgtgccccaggcttg-3:配列番号49)及びf-pyrG_R (5-gtatttaccgtggcccgagaggactattcc-3:配列番号50)を用いてpyrGを増幅した。さらにこれらをfusion PCRで繋いでcenter entry cloneに導入し、pgEpGPt plasmidを作製した。
【0054】
次に5’ entry cloneを作製するために、Aoatg4遺伝子の5’ flanking region (約1 kb)を一対のプライマーaB4-5a4_F (5-GGGGACAACTTTGTATAGAAAAGTTGtcatcttcactagagctgtcacg-3:配列番号51)及びaB1r-5a4_R (5-GGGGACTGCTTTTTTGTACAAACTTGtatggttggctgggtagtgaa-3:配列番号52)を用いたPCRにより増幅し、5’ entry cloneに導入し、pg5’a4 plasmidを作製した。
【0055】
次に3’ entry cloneを作製するために、Aoatg4遺伝子のATGから始まるORF領域 (約1 kb)を一対のプライマーaB2r-a4ORF_F (5-GGGGACAGCTTTCTTGTACAAAGTGGatgaacagtgtagacatagggcg-3:配列番号53)及びaB3-a4ORF_R (5-GGGGACAACTTTGTATAATAAAGTTGcccttctgccttggttgtaagta:配列番号54)を用いたPCRにより増幅し、3’ entry cloneに導入し、pg3’a4ORF plasmidを作製した。
【0056】
そして、それぞれ作製したcenter entry clone、3’ entry clone及び5’ entry cloneをもってLR反応を行い、形質転換用LRプラスミドを作製した。その後、形質転換用LRプラスミドをNSPlD1株に形質転換し、Aoatg4遺伝子条件発現抑制株であるNSlD-Ta4株(thiA promoter 制御株)を作製した。
【0057】
ウシキモシン(CHY)発現株の作製
上述のように作製したAoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株について、異種タンパク質生産能を測定するためにウシキモシン(CHY)を発現する株を作製した。ウシキモシン発現プラスミドpgAKCN(Nemoto et al (2009) Appl Microbiol Biotechnol 82:1105-1114)をコントロール株(NSKu70-AA株)、Aoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株に形質転換した。形質転換株はniaD遺伝子を選択マーカーとして選抜し、A. oryzaeゲノム中のniaD遺伝子ローカスにシングルコピーとしてインテグレーションされた株をサザンブロット解析で選択した(図省略)。
【0058】
サザンブロット解析は、上掲のNemoto et al (2009)に記載された方法に準じた。上述のようにして得られた、コントロール株にウシキモシン遺伝子を導入した株をSKu70-AA-AKC1株と称する。Aoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株にウシキモシン遺伝子を導入した株を、それぞれSKu70-ΔAoatg1-AKC2株、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株及びSKu70-ΔAoatg15-AKC2株と称する。
【0059】
また、同様にしてAoatg4遺伝子条件発現抑制株に対してウシキモシン発現プラスミドpgAKCNを導入して、ウシキモシン遺伝子を発現するAoatg4遺伝子条件発現抑制株SlD-Ta4-AKC1株を作製した。
【0060】
CHYの定量結果
SKu70-AA-AKC1株、SKu70-ΔAoatg1-AKC2株、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株及びSKu70-ΔAoatg15-AKC2株の分生子を約2×105個になるように回収し、20mlの5×DPY (pH5.5)培地で3日から6日間30℃で培養し、培養上清中のCHY活性を測定した。また、SlD-Ta4-AKC1株については、5×DPY (pH5.5)培地及び10μMチアミン含有5×DPY (pH5.5)培地にて同様に培養し、培養上清中のCHY活性を測定した。
【0061】
CHY活性はFoltmann法(OLTMANN, B. "Methods in Enzymology," Vol. XIX, ed. by PERLMANN, G. E. and LORAND, L., p. 421-436, Academic Press Inc., New York, N. Y., 1970)に基づき行った。すなわち、培養上清の約100μlを24時間毎に採取し、1 mlの12% skim milk (10 mM CaCl2含む)と反応させた。CHY生産量は市販のCHY標品 (Sigma社製)を用い、スタンダード曲線に沿って計算した。
【0062】
結果
SKu70-AA-AKC1株、SKu70-ΔAoatg1-AKC2株、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株及びSKu70-ΔAoatg15-AKC2株についてCHY活性を測定した結果を図9に示す。図9に示すように、異種タンパク質の生産量は培養4日目に最大値を示した。培養4日目における各Aoatg遺伝子破壊株の最大生産量はSKu70-ΔAoatg1-AKC2株が59.1mg/L、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株が80.3mg/L、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株が64.4mg/L、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株が37.2mg/Lであった。一方、コントロール株であるSKu70-AA-AKC1株では最大生産量が26mg/Lであった。また、SKu70-ΔAoatg15-AKC2株では最大生産量が24.1mg/Lであった。
【0063】
SKu70-ΔAoatg15-AKC2株の結果から、オートファジー関連遺伝子のなかでも、オートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子の機能を低減させても、異種タンパク質の生産性はコントロール株と比較して有意に向上しないことが判る。これに対して、オートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子以外のオートファジー関連遺伝子の機能を低減させた場合には、異種タンパク質の生産性がコントロール株と比較して有意に向上していることが判った。
【0064】
特に、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株の最大生産量はコントロール株に比べ、約3倍高いことが明らかになった。また、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株の最大生産量も他の破壊株と比較して、異種タンパク質の生産性が非常に高いことが判る。この結果から、オートファジー関連遺伝子としては、Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系に関与するタンパク質をコードする遺伝子の機能を低減させることが好ましいことが判った。
【0065】
一方、Aoatg4遺伝子条件発現抑制株であるSlD-Ta4-AKC1株についてCHY活性を測定した結果を図10に示す。なお、図10には、コントロール株であるSlD-AKC1株及びSlDa4-AKC3株についてCHY活性を測定した結果も併せて示している。SlD-AKC1株はNSlD株のniaD locusにpgAKCN plasmidを導入した株である。また、SlDa4-AKC3株はNSPlD1株をpyrGマーカーを用いAoatg4遺伝子を破壊した後、niaD locusにpgAKCN plasmidを導入した株である。
【0066】
図10に示すように、Aoatg4遺伝子条件発現抑制株は、培養4日目でAoatg4遺伝子破壊と同様な生産結果が得られた。すなわち、5×DPY (pH5.5)培地及び10μMチアミン含有5×DPY (pH5.5)培地といったチアミンの存在条件下において、Aoatg4遺伝子条件発現抑制株のAoatg4遺伝子が破壊され、異種タンパク質の生産性がコントロール株と比較して有意に向上していることが判った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的タンパク質をコードする外来遺伝子を発現可能に導入し、且つ、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させた糸状菌変異株。
【請求項2】
機能を低減させる遺伝子は、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1記載の糸状菌変異株。
【請求項3】
上記オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子は、以下(a)〜(c)のいずれかのタンパク質をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項2記載の糸状菌変異株。
(a)Atg1キナーゼ複合体を構成するタンパク質
(b)Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系を構成するタンパク質
(c)PtdIns 3-キナーゼ複合体を構成するタンパク質
【請求項4】
上記オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子は、Atg1遺伝子、Atg13遺伝子、Atg8遺伝子及びAtg4遺伝子からなる群から選ばれる遺伝子であることを特徴とする請求項2記載の糸状菌変異株。
【請求項5】
Aspergillus属糸状菌又はTrichoderma属糸状菌であることを特徴とする請求項1記載の糸状菌変異株。
【請求項6】
請求項1乃至5いずれか一項記載の糸状菌変異株を培養する工程と、目的タンパク質を回収する工程とを含むタンパク質の製造方法。
【請求項7】
上記糸状菌変異株の培養上清から上記目的タンパク質を回収することを特徴とする請求項6記載のタンパク質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−179011(P2012−179011A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44384(P2011−44384)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】