説明

細胞の分裂能評価方法

【課題】本発明の目的は、手順が迅速で、コスト面で有利で、かつ、正確に細胞分裂能を評価できる方法を提供することにある。
【解決手段】S期細胞の特異的な標識をする第一標識物と全細胞のDNAを標識する第二標識物とを用いて細胞群の標識をする標識工程と、ある時刻に前記細胞群の中から前記第一標識物の特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の第二標識物による標識強度を計測し、この標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第一算出工程と、前記ある時刻後所定時間培養後にも第一算出工程と同様の手順で各細胞のDNA含量を算出する第二算出工程と、前記第一算出工程及び前記第二算出工程で算出される各細胞のDNA含量をもとに得られるG1期細胞数及びG2期細胞数を比較する比較工程と、を含む細胞分裂能評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、手順が迅速で、コスト面で有利で、かつ、正確に細胞分裂能を評価できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の細胞は発生の過程で、あるいは成体になった後もいくつかの組織で絶えず細胞分裂を繰り返している。細胞分裂で最も重要なことは遺伝情報を正確に分裂後の細胞に伝えること、すなわちDNAを正確に複製し、複製されたDNAを正確に2つの細胞に分配することである。しかし、DNAは紫外線などの外的要因あるいは細胞の代謝で生ずる反応性の高い中間産物(例えば活性酸素)などの内的要因により絶えず損傷を受けていると考えられる。
【0003】
細胞はこれらの損傷を修復する機構を備えているが、修復にあたっては2つのステップをとる。すなわち、損傷を認識して一時的に細胞分裂の周期を停止するステップと、細胞周期停止の間に損傷を修復するステップと、の2ステップである。損傷認識から細胞周期停止へのシグナル伝達機構はチェックポイントと呼ばれ、G1期、S期、G2期とM期の間(G2/M期)及びM期にチェックポイントが存在することが知られている。チェックポイントや修復に関わるタンパク質に異常が生じると、損傷を持ったDNAが細胞分裂をして、分裂後の細胞に伝達される可能性が高くなる。この細胞分裂が繰り返されると細胞のがん化につながると考えられている。従って、細胞分裂をする細胞の割合を正確に評価できれば、DNA損傷を修復せずに細胞分裂をし、がん化する可能性(発がんリスク)の解析を行えるようになる。
【0004】
細胞分裂をする細胞の割合の評価方法として、以下の方法が知られている。図7及び図8は従来技術による評価結果の一例を示す図である。
即ち、M期細胞特有の体内物質であるリン酸化ヒストンH3(特許文献1参照)とDNA含量とを指標に被検体である細胞群から(例えば、図7において四角枠に囲まれたドットで示される)M期細胞のみを分画する分画工程と、分画工程の直後(例えば、図8では0hと示す)に、リン酸化ヒストンH3とDNA含量とを指標にM期細胞の割合を測定する第一測定工程と、分画工程の後所定期間培養後(例えば、図8では2hと示す)に、再度、リン酸化ヒストンH3とDNA含量とを指標にM期細胞の割合を測定する第二測定工程と、を含む細胞分裂能の評価方法である。
【0005】
この発明によれば、第一測定工程で測定される割合と、第二測定工程で測定される割合と、を比較することにより、所定期間培養後もG1期へ移行せずにM期を維持している細胞、即ち、細胞分裂をしなかった細胞の割合を評価できる。
【特許文献1】特表2003−506716号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した評価方法では、M期細胞のみを分画するための分画工程が必須となるため、手順が長時間化する。また、第一測定工程及び第二測定工程において適切な測定結果を得るために、所定数以上のM期細胞を分画しなければならない。しかし、一般的にM期の長さは細胞周期全体の1%程度で、細胞群におけるM期細胞の割合も1%程度であることから、前記所定数以上のM期細胞を分画するためには、極めて大量の細胞群を準備しなければならず、コスト面で不利であった。
【0007】
M期細胞の割合を高めるために、コルセミド(微小管重合阻害剤)等のM期進行阻害剤によりM期に同調させた細胞群を用いることも考えられる。しかし、これらの薬剤自体が大きな人工的ダメージを細胞群に与えるため、DNA損傷と細胞分裂能との関連性を正確に評価するために用いる方法としては不適切である。
【0008】
このような状況を踏まえ、本発明は、手順が迅速で、コスト面で有利で、かつ、正確に細胞分裂能を評価できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来技術の欠点を踏まえ、M期細胞の分画工程を必要とせず手順が迅速で、大量の細胞群を必要とせずコスト面で有利で、DNA損傷と細胞分裂能との関連性をも正確に評価する方法の検討が行われた結果、その過程において、以下の評価方法が発見された。
【0010】
図1上段は、本発明の完成に至る過程で検討された発明による評価結果を示す図である。
即ち、被検体である細胞群内の全細胞のDNAを標識する標識物を用いて前記細胞群の標識をする標識工程と、ある時刻に、各細胞の標識物による標識強度を計測し、前記計測された標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第一算出工程と、前記ある時刻後所定時間培養後に、各細胞の標識物による標識強度を計測し、前記計測された標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第二算出工程と、を含むDNA損傷細胞分裂能の評価方法である。
【0011】
この発明によれば、G2期細胞の細胞数とG1期細胞の細胞数とを比較することにより細胞分裂能を評価するから、M期細胞の分画工程を必要としない。従って、手順を迅速化でき、大量の細胞群を必要としないため、コスト面で有利である。
【0012】
しかしながら、この評価方法では、S期後半にある細胞とG2期細胞とを区別できないため、G2期細胞の正確な細胞数を算出できない。正確な細胞数を算出できない条件下では、G2期細胞の細胞数とG1期細胞の細胞数との比較も、数値比等による客観的評価は意味をなさず、図1上段等の分布図でピークの高さを比べる等の直観的で主観的な評価に終始せざるを得ない。従って、細胞分裂能の正確な評価をすることはできないという欠点があった。
【0013】
そこで、この欠点を克服すべく本発明者が更に鋭意検討を行った結果、S期後半にある細胞とG2期細胞とを区別する方法を発見し、更にG2期細胞の細胞数とG1期細胞の細胞数との数値による客観的評価方法を発見し、本発明を完成するに至った。
【0014】
より具体的には、本発明は、以下のようなものを提供する。
【0015】
(1)被検体である細胞群内のS期細胞の特異的な標識をする第一標識物と、前記細胞群内の全細胞のDNAを標識する第二標識物と、を用いて前記細胞群の標識をする標識工程と、ある時刻に、前記細胞群の中から前記第一標識物の特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の第二標識物による標識強度を計測し、前記計測された標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第一算出工程と、前記ある時刻後所定時間培養後に、前記細胞群の中から前記第一標識物の特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の第二標識物による標識強度を計測し、前記計測された標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第二算出工程と、前記第一算出工程及び前記第二算出工程で算出される各細胞のDNA含量をもとに得られるG1期細胞数及びG2期細胞数を比較する比較工程と、を含む細胞分裂能評価方法。
【0016】
(1)の発明によれば、標識工程において、被検体である細胞群内のS期細胞の特異的な標識をする第一標識物と、前記細胞群内の全細胞のDNAを標識する第二標識物と、を用いて標識する。コルセミド(微小管重合阻害剤)等のM期進行阻害剤を使用する従来技術に比べ、細胞群に与える人工的ダメージが小さいため、DNA損傷と細胞分裂能との関連性を正確に評価できる。
【0017】
次に、算出工程において、この標識された細胞群の中から、前記第一標識物の特異的な標識をされていない細胞を選抜することにより、細胞群中からS期細胞を除去できる。この選抜された各細胞の第二標識物による標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出できる。前期算出工程において、図1下段に示すS期細胞を除去したことにより、G2期細胞の正確な細胞数を算出できる。本発明による結果は図1中段に示す通りであり、S期細胞を除去しない方法の結果である図1上段に比べ、G2期細胞の正確な細胞数を算出できることが分かる
【0018】
続いて、比較工程において、前記第一算出工程及び前記第二算出工程で得られる各細胞のDNA含量が実質的に2NであるG1期細胞数と、DNA含量が4NであるG2期細胞数と、を比較する。前期算出工程において正確に算出されたG2期細胞数とG1期細胞数に基づき、これらの正確な比較を行うことができる。第一算出工程をある時刻に、第二算出工程をある時刻後所定時間培養の後に、おいて行うことにより、この所定時間内にG2期からG1期へと移行した細胞を、例えば分布図の変化を視覚的に一見して比較できるし、その細胞数や割合等の客観的数値によっても比較できる。G2期細胞の細胞数とG1期細胞の細胞数とを比較することにより細胞分裂能を評価できるから、M期細胞の分画工程を行う必要がない。
【0019】
従って、手順が迅速で、コスト面で有利で、かつ、正確に細胞分裂能を評価できる。
【0020】
標識には、例えば、蛍光標識等が挙げられる。
S期細胞の特異的な標識とは、他の細胞周期にある細胞よりも、S期細胞を強い強度で標識し、標識強度の差によってS期細胞と他の細胞を区別できるような標識をいう。S期細胞以外の細胞を全く標識しないことまでを求める概念ではない。
第一標識物は、例えば、ブロモデオキシウリジン等が挙げられる。
第二標識物には、例えば、7−アミノ−アクチノマイシンD(以後、7−AADと呼ぶ)、プロピディウム・イオダイド(PI)等が挙げられる。
【0021】
培養をする所定時間は、G2期初期にある細胞がM期を経て細胞分裂を完了するのにかかる時間以上の時間であればよい。従って、所定時間は、被検体である細胞群によって異なり、使用者が適宜選択すればよい。
【0022】
G1期細胞数は、算出工程で算出されるDNA含量が実質的に2Nであることに基づいて得られる。G2期細胞数は、算出工程で算出されるDNA含量が実質的に4Nであることに基づいて得られる。
【0023】
(2)前記ある時刻の前に細胞群のDNA損傷を行う損傷工程をさらに含む請求項1記載の細胞分裂能評価方法。
【0024】
(2)の発明によれば、損傷工程において、前記ある時刻の前に細胞群のDNA損傷を行う。次いで、算出工程と比較工程とを経ることによって、DNA損傷下における細胞分裂能を評価できる。従って、(1)の発明による効果に加えて、DNA損傷下における細胞分裂能を正確に評価できる。
【0025】
DNA損傷は、例えば、エトポシド等の薬剤を処理することによってもよいし、放射線や紫外線等を照射することによってもよい。
【0026】
(3)前記比較工程は、G2期からG1期へ移行した細胞の割合を指標にDNA損傷細胞の細胞分裂能力を比較する請求項1又は2記載の細胞分裂能評価方法。
【0027】
(3)の発明によれば、比較工程において、G2期からG1期へと移行した細胞の割合を指標にDNA損傷細胞の細胞分裂能力を比較する。客観的数値を使用するから、細胞分裂能力を客観的かつ正確に評価できる。
【0028】
G2期からG1期へと移行した細胞の割合は、例えば、以下のMOI(Mphase Override index)値により得られる。
【0029】
a及びbは前記第一算出工程を経て得られる数値、c及びdは前記第二算出工程を経て得られる数値であって、前記a及びcは全細胞に対して、実質的に2Nから4Nに相当するDNA含量を有する細胞の割合(理論的には、100%)であり、前記b及びdは全細胞に対して、実質的に2Nから3Nに相当するDNA含量を有する細胞(理論的には、G1期細胞)の割合としたとき、G2期細胞がG1期細胞へ移行するときには、必然的にM期を経て細胞数が倍加することを考慮すると、以下の数式(ア)が成立する。
(a+MOI):(b+2・MOI)=c:d・・・数式(ア)
この式(ア)に基づき、次の式(イ)が得られる。
MOI=(a・d−b・c)/(2c−d)・・・数式(イ)
式(イ)に基づき得られるMOI値は、前記選抜後の細胞全体(S期細胞は除去されている)においてG2期からG1期へ移行した、即ち、細胞分裂した細胞の割合を示す。
【0030】
なお、G2期からG1期へ移行した細胞の割合を数値化することが本発明の本質を損なわない限りにおいて、上記a、b、c、d並びに数式(ア)及び(イ)をどのように設定してもよい。
【0031】
(4)前記細胞群は、その細胞周期をG1/S期に同調する同調工程と、前記同調された細胞群の細胞周期をG2期へ移行させる移行工程と、を経た細胞群である請求項1から3いずれか記載の細胞分裂能評価方法。
【0032】
(4)の発明によれば、まず、同調工程において、被検体である細胞群の細胞周期を、G1/S期(G1期とS期との間)に同調する。次に、移行工程において、この同調された細胞の大部分を占める細胞の細胞周期をG2期へ移行させる。前記第一算出工程で得られる各細胞のDNA含量をもとに得られるG1期細胞数及びG2期細胞数と、前記第二算出工程で得られる各細胞のDNA含量をもとに得られるG1期細胞数及びG2期細胞数と、間の相違が大きくなるため、比較工程において、例えば分布図の変化を視覚的に一見して、より明確に比較できる。また、G2期細胞数の割合が大きい細胞群を用いれば、被検体の母数が大きくなるため、細胞数や割合等の客観的数値によって比較するときも、統計的により正確な比較ができる。
【0033】
G1/S期に同調する方法は、正確な評価をするために、細胞に与える人工的ダメージが少ない方法であることが好ましく、例えば、二重チミジンブロック法、血清除去法等が挙げられる。
【0034】
細胞周期をG2期へ移行させる方法としては、正確な細胞分裂能評価をするために、細胞に与える人工的ダメージが少ない方法であることが好ましく、例えば、同調工程が二重チミジンブロック法であったときには、過剰量のチミジンを投与し、次いで所定期間培養する方法が挙げられる。この所定期間は、G1/S期にある細胞の大部分がS期を経てG2期へ移行するのにかかる時間であり、被検体である細胞群によって異なるため、使用者が適宜選択すればよい。
【0035】
(5)前記細胞群はがん治療成分を添加された細胞群である請求項1から4いずれか記載の細胞分裂能評価方法。
【0036】
(5)の発明によれば、がん治療成分を添加した細胞群を用いる。次いで、比較工程において、がん治療成分を添加した細胞群を用いたときのG1期細胞数及びG2期細胞数と、がん治療成分を添加しなかった細胞群を用いたときのG1期細胞数及びG2期細胞数と、を比較することにより、がん治療成分の添加したときの前記細胞群の細胞分裂能の変化、即ち、前記細胞群に対する前記がん治療成分の治療効果を評価することができる。
【0037】
従って、(1)から(4)の発明による効果に加えて、この評価に基づいて、がん治療効果を有する新規のがん治療成分を探索でき、また、既知のがん治療成分の中から、各被検体に適切ながん治療効果を有するがん治療成分を選択することができるようになる。
【0038】
ここで言うがん治療成分は、例えば、抗がん剤や分子標的治療薬等の成分となり得る成分をいい、既知のがん治療成分に限らず、がん治療効果を有すると期待される未知の成分も含む広い概念である。
【0039】
G1期細胞数及びG2期細胞数の変化には、がん治療成分を添加しなかったときに比べて、G1期細胞数が減りG2期細胞数が増える変化と、G1期細胞数が増えG2期細胞数が減る変化と、G1期細胞数及びG2期細胞数が増えも減りもしない変化と、がある。例えば、細胞群にがん治療成分を添加したときに、添加しなかった場合に比べて、G1期細胞数が減りG2期細胞数が増えていれば、そのがん治療成分はこの細胞群の細胞分裂の抑制について一定の効果を有している、即ち一定のがん治療効果を有していると評価することができる。
【発明の効果】
【0040】
本発明の(1)から(5)の評価方法によれば、手順が迅速で、コスト面で有利で、かつ、細胞分裂能を正確に評価できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、本発明の実施形態の一例について説明するが、S期後半にある細胞とG2期細胞とを区別すること、G2期細胞の細胞数とG1期細胞の細胞数との数値による客観的評価という本質を損なわない限りにおいて、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0042】
[第一実施形態]
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
【0043】
<細胞群の同調>
被検体である細胞群の細胞周期を、二重チミジンブロック法により、G1/S期に同調する。次いで、過剰量のチミジンを投与することにより被検体であるヒト繊維芽細胞群の細胞周期をG2期に移行させる。
【0044】
<標識工程、損傷工程>
この細胞群内のS期細胞の特異的な標識をするブロモデオキシウリジンを第一標識物として、前記細胞群内の全細胞のDNAを標識する7−アミノ−アクチノマイシンDを第二標識物として、用いることにより前記細胞群の蛍光標識をする。これは標識工程の一例である。
【0045】
前記細胞群にエトポシドを投与して、約1時間培養し、DNA損傷を行う。これは損傷工程の一例である。また、エトポシドは抗がん剤としての用途が知られており、がん治療成分の一例としても用いることができる。
【0046】
<算出工程>
前記損傷工程の直後に、前記細胞群の中からブロモデオキシウリジンの特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の7−アミノ−アクチノマイシンDによる蛍光強度を、フローサイトメーターを使用して計測し、前記計測された蛍光強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する。これは第一算出工程の一例である。
【0047】
前記標識工程の後、約4時間培養後に、前記細胞群の中からブロモデオキシウリジンの特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の7−アミノ−アクチノマイシンDによる蛍光強度を計測し、前記計測された蛍光強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する。これは第二算出工程の一例である。
【0048】
<比較工程>
前記第一算出工程及び前記第二算出工程で算出される各細胞のDNA含量をもとに、図1中段に示すような分布図を作成する。図1中段の分布図における横軸はDNA含量(7−AAD蛍光強度)、縦軸は細胞数を表す。
【0049】
DNA含量が2Nに相当する細胞集団の左端から、DNA含量が4Nに相当する細胞集団の右端までのDNA含量を有する細胞の割合を、損傷工程の直後に算出したものをa、損傷工程後約4時間培養後に算出したものをcとする。DNA含量が2Nに相当する細胞集団の左端から、2Nに相当する値と4Nに相当する値との平均値までのDNA含量を有する細胞の割合を、損傷工程の直後に算出したものをb、損傷工程後約4時間培養後に算出したものをdとする。この算出されたa、b、c、d値を、式(イ)に適用することで、MOI値が求められる。
【実施例】
【0050】
次に実施例と比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【0051】
(実施例1)
<細胞群の同調>
ヒト繊維芽細胞を、6cmディッシュ上に、細胞密度が1×10〜5×10細胞/ディッシュになるように植え、37℃で一昼夜培養した。
2.5mMのチミジンを含む培養液に12〜24時間曝露した後、チミジンを含まない培養液中で12時間培養し、その後さらに、2.5mMのチミジンを含む培養液に12〜24時間に曝露する方法(二重チミジンブロック法)により、細胞群の細胞周期をG1/S期に同調させた。
この培養液を除去し、次いでチミジンを含まない培養液を細胞群に投与することで、細胞周期の進行を再開させた後、37℃で16時間培養して、大部分の細胞の細胞周期をG2期へ移行させた。
【0052】
<標識工程、損傷工程>
細胞培養液を吸引により取り除き、予め37℃に保温してある新たな培養液をディッシュに注いだ後、30分間から1時間程度培養を続け、死細胞を除去した。
ブロモデオキシウリジン溶液を、最終濃度10μMになるように添加した後、37℃で約1時間培養し、S期細胞の特異的な標識をした。その後、ブロモデオキシウリジンを含む培養液を取り除き、予め37℃に保温してある新たな培養液でディッシュを2回静かに洗った。エトポシド溶液をそれぞれ最終濃度0μM及び5μMになるように添加した後、37℃で約1時間培養し(損傷工程の一例であり、がん治療成分の添加の一例でもある)、DNA損傷を行い、第一算出工程に一部を用いた。また、残りの部分については、第二算出工程に用いるために、その後約4時間(即ち、エトポシド溶液添加後約5時間後)、37℃で培養した。それぞれ後述する算出工程の前に、これらの細胞群をBrdU Flow Kit(BD バイオサイエンス社製)に含まれている、FITC(フルオレセインイソチオシアネート)標識抗ブロモデオキシウリジン抗体と、7−AADと、を用いてキット添付の説明書通りの手順で染色した。
【0053】
<算出工程、比較工程>
エトポシド溶液添加後1時間、5時間のそれぞれの細胞群について、フローサイトメーター(ベクトン・ディッキンソン社製)により、そのFITC及び7−AADの蛍光強度を算出した。
【0054】
図2に示すグラフにおいて、Lで示される線(後述する比較例1により得られる)より上側に存在する(即ち、S期細胞の特異的な標識をされている)ドットはS期細胞を示す。これに基づいてS期細胞を除去し、この線(L)より下側に存在するドットを、横軸がそのDNA含量(7−AAD蛍光強度)、縦軸がドット数、とする分布図で表現したところ、図3に示す図が得られた。
【0055】
DNA含量が2Nに相当する細胞集団の左端から、DNA含量が4Nに相当する細胞集団の右端までのDNA含量を有する細胞の割合を、エトポシド溶液添加後1時間後に算出したものをa、エトポシド溶液添加後5時間培養後に算出したものをcとした。DNA含量が2Nに相当する細胞集団の左端から、2Nに相当する値と4Nに相当する値との平均値までのDNA含量を有する細胞の割合を、エトポシド溶液添加後1時間後に算出したものをb、エトポシド溶液添加後5時間培養後に算出したものをdとした。
【0056】
(比較例1)
実施例1の標識工程において、第一標識物であるブロモデオキシウリジン溶液を添加しなかった。ブロモデオキシウリジン溶液を添加しないことを除けば、試験条件は実施例1と同じにした。そのFITC及び7−AADの蛍光強度を算出し、算出結果を横軸がそのDNA含量(7−AAD蛍光強度)、縦軸がFITC蛍光強度、とする分布図で表現した。
この試験条件で算出されるFITC蛍光強度は、S期細胞の特異的な標識でない標識による蛍光である。この分布図において、各DNA含量におけるFITC蛍光強度最大値のドットを結んだ線を図2に表示したものが、図2中に示す線(L)である。
【0057】
図3の分布図によれば、DNA損傷下におけるG1期細胞数及びG2期細胞数を視覚的に一見して比較できる。
【0058】
また、実施例1において算出されたa、b、c、d値を、式(イ)に適用することで、表1に示すように、各々のMOI値が求められた。従って、DNA損傷下におけるG1期細胞数及びG2期細胞数を客観的数値によっても比較できることが分かった。
【0059】
また、この繊維芽細胞について、エトポシド溶液添加による細胞分裂抑制効果、即ち、がん治療効果を有することが分かった。この結果は、エトポシドががん治療成分として有用であるという事実とも合致する。
【0060】
【表1】

【0061】
(実施例2)
高発がん性をもつ常染色体劣性遺伝子病Ataxia−telangiectasia(以後、ATと呼ぶ)に疾患している繊維芽細胞株GM05849(Coriell Cell Repositories社より入手)を、被検体として用いた。
また、エトポシド溶液を、DNA損傷を直接の目的とするのではなく、がん治療成分として、0μM、2μM、5μM、10μM、25μM濃度となるようにそれぞれ添加した。この2点を除けば試験条件は実施例1と同じにした。
実施例2において、エトポシド溶液濃度が0μM、5μMになるよう添加したものについて、横軸がそのDNA含量(7−AAD蛍光強度)、縦軸がドット数、とする分布図で表現したところ、図4に示す図が得られた。
【0062】
図4の分布図によれば、DNA損傷下におけるG1期細胞数及びG2期細胞数を視覚的に一見して比較できる。
【0063】
また、実施例2において算出されたa、b、c、d値を、式(イ)に適用することで、表2に示すように、各々のMOI値が求められた。従って、高発がん性細胞のDNA損傷下におけるG1期細胞数及びG2期細胞数を客観的数値によっても比較できることが分かった。
【0064】
【表2】

【0065】
(実施例3)
実施例2において、ATに疾患していない繊維芽細胞株を被検体として用いた。この点を除けば、試験条件は実施例2と同じにした。比較例2において、エトポシド濃度が0μM、5μMになるよう添加したものについて、横軸がそのDNA含量(7−AAD蛍光強度)、縦軸がドット数、とする分布図で表現したところ、図3が得られた。
【0066】
実施例2及び3において算出されたa、b、c、d値を、式(イ)に適用することで、各々のMOI値が求められた。エトポシドの添加後濃度が0μMであったときのMOI値に対する相対値をグラフとして表現したものが図5である。
【0067】
図5から、実施例3に比べて、実施例2で算出された相対MOI値が高いことが分かった。従って、AT疾患繊維芽細胞株GM05849については、DNAが損傷されても、その損傷の修復をせずに細胞分裂を完了する細胞の割合が大きいことが分かった。これは、AT疾患細胞は高発がん性をもつ、という事実にも合致することから、本発明の信頼性を裏付けるものといえる。
【0068】
(実施例4)
繊維芽細胞株GM05849に対して、市販されている形質導入用ベクターにATの原因遺伝子であるATMのcDNAが挿入されたベクターDNAを、常法のリン酸カルシウム−DNA共沈殿法によって、形質導入し、この形質導入がされたことを確認した繊維芽細胞株を被検体として用いた。また、エトポシド溶液を、DNA損傷を直接の目的とするのではなく、がん治療成分として、0μM、0.1μM、0.2μM、0.5μM、1.0μM濃度となるようにそれぞれ添加した。この2点を除けば試験条件は実施例1と同じにした。
【0069】
(実施例5)
実施例4において、ATの原因遺伝子であるATMのcDNAが挿入されていない、市販されている形質導入用ベクターを常法のリン酸カルシウム−DNA共沈殿法によって、形質導入した。この点を除けば、試験条件は実施例4と同じにした。
【0070】
実施例4及び5において算出されたa、b、c、d値を、式(イ)に適用することで、各々のMOI値が求められた。エトポシドの添加後濃度が0μMであったときのMOI値に対する相対値をグラフとして表現したものが図6である。
図6から、実施例5に比べて、実施例4で算出された相対MOI値が高いことが分かった。従って、GM05849に限らず、ATM欠損細胞については、DNAが損傷されても、その損傷の修復をせずに細胞分裂を完了する細胞の割合が大きいことが分かった。これは、AT疾患細胞は高発がん性をもつ、という事実にも合致することから、本発明の信頼性を裏付けるものといえる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】DNA含量と細胞数との関係を示す図である。
【図2】各細胞を、7−AAD蛍光強度(第二標識物による標識強度)及び抗BrdU抗体のFITC蛍光強度(第一標識物による標識強度)に基づいて、ドットで示した分布図である。
【図3】DNA含量と細胞数との関係を示す図である。
【図4】DNA含量と細胞数との関係を示す図である。
【図5】エトポシド(がん治療成分)添加後濃度と相対MOI値との関係を示すグラフである。
【図6】エトポシド(がん治療成分)添加後濃度と相対MOI値との関係を示すグラフである。
【図7】従来例による試験結果であり、各細胞を、DNA含量及びリン酸化ヒストンH3含量に基づいて、ドットで示した分布図である。
【図8】従来例による試験結果であり、各細胞を、DNA含量及びリン酸化ヒストンH3含量に基づいて、ドットで示した分布図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体である細胞群内のS期細胞の特異的な標識をする第一標識物と、前記細胞群内の全細胞のDNAを標識する第二標識物と、を用いて前記細胞群の標識をする標識工程と、
ある時刻に、前記細胞群の中から前記第一標識物の特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の第二標識物による標識強度を計測し、前記計測された標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第一算出工程と、
前記ある時刻後所定時間培養後に、前記細胞群の中から前記第一標識物の特異的な標識をされていない細胞を選抜し、前記選抜された各細胞の第二標識物による標識強度を計測し、前記計測された標識強度を指標に各細胞のDNA含量を算出する第二算出工程と、
前記第一算出工程及び前記第二算出工程で算出される各細胞のDNA含量をもとに得られるG1期細胞数及びG2期細胞数を比較する比較工程と、
を含む細胞分裂能評価方法。
【請求項2】
前記ある時刻の前に細胞群のDNA損傷を行う損傷工程をさらに含む請求項1記載の細胞分裂能評価方法。
【請求項3】
前記比較工程は、G2期からG1期へ移行した細胞の割合を指標にDNA損傷細胞の細胞分裂能力を比較する請求項1又は2記載の細胞分裂能評価方法。
【請求項4】
前記細胞群は、
その細胞周期をG1/S期に同調する同調工程と、
前記同調された細胞群の細胞周期をG2期へ移行させる移行工程と、
を経た細胞群である請求項1から3いずれか記載の細胞分裂能評価方法。
【請求項5】
前記細胞群はがん治療成分を添加された細胞群である請求項1から4いずれか記載の細胞分裂能評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−325415(P2006−325415A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149588(P2005−149588)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年11月25日に日本分子生物学会年会組織委員会が発行した刊行物である「第27回日本分子生物学会年会 プログラム・講演要旨集」987頁にて発表。
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】