説明

細胞またはウイルスの分離方法および該方法に用いられるキット

【課題】相分離を利用した細胞またはウイルスの分離方法および該方法に用いられる細胞またはウイルスの分離用キットを提供する。
【解決手段】細胞またはウイルスを含む試料を、pHが3ないし6であるコスモトロピック塩溶液中に懸濁させるステップと、前記懸濁させるステップで得られた懸濁液に、カチオン性ポリマーを添加して細胞またはウイルスを凝集させるステップと、前記細胞またはウイルスを凝集させるステップで得られた細胞またはウイルスとカチオン性ポリマーとの複合体を、前記カチオン性ポリマーの相分離によって固体基板に付着させるステップと、前記固体基板に付着させるステップで得られた細胞またはウイルスが付着された固体基板を、前記懸濁液から分離するステップと、を含むことを特徴とする細胞またはウイルスの分離方法、および該方法に用いられる細胞またはウイルスの分離用キットである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞またはウイルスの分離方法および該方法に用いられるキットに関し、より詳細には、相分離を利用した細胞またはウイルスの分離方法および該方法に用いられるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
望まない不純物を含む混合物からの細胞の分離は、重要な問題である。これは、特に、細胞が培養培地、生物学的試料、または類似した複雑な混合物中に存在する場合であり、用いられる方法が細胞を無傷で、すなわち、細胞を殺すか溶解させることなく、高効率で捕捉する必要がある場合、前記方法が細胞の破片を放出して、さらなる混合物の混入を引き起こす。これは、細胞の濃縮および分離のステップで利用される試薬が、細胞の密度の範囲を超えて、細胞を非常に効率的に捕捉しなければならず、細胞が混合物から分離される前に、細胞壁の溶解または細胞が核酸へ漏れやすくなることによって妨害してはならないということを意味する。また、用いられた試薬は、細胞を用いる下流の工程、前記細胞から核酸を回収する工程および/または前記核酸を加工する工程を妨害してはならない。
【0003】
固体支持体に細胞を結合させる多くの公知の方法がある。例えば、支持体への細胞の非特異的な結合は、固体支持体および条件、例えば、固体支持体の表面の化学的または物理的性質(例えば、疎水性または電荷)、分離媒質のpHまたは組成の適当な選択によって達成されうる。標的細胞の性質もまた重要な役割を果たし、例えば、特定の疎水性細胞は、疎水性表面に非特異的に容易に結合される一方、親水性細胞は容易に親水性表面に結合されうることが観察された。Bリンパ球のような負電荷の細胞はまた、弱い正電荷の表面に高度の非特異的な結合を有することが観察された。それゆえ、所望の細胞のタイプの結合のために、適当に荷電した表面を有する固体支持体が利用されうる。適当な緩衝液は、固体支持体および試料を緩衝液中に簡単に入れ、接触させることによって、細胞を結合させるための適当な条件を達成するために、細胞分離用の媒質として利用されうる。都合の良いことに、適当な電荷および浸透圧を有する緩衝液は、固体支持体と試料が接触する前に、接触した後に、または接触すると同時に、細胞を含む試料へ添加されうる。
【0004】
特許文献1は、細胞結合部分でコーティングされた固体支持体上に試料中の細胞を結合させるステップと、固体支持体に結合した細胞を溶解するステップと、を含む、細胞を含む試料から核酸を分離する方法を開示している。この方法では、細胞凝集剤としてイソプロパノールおよび0.75Mの酢酸アンモニウムが利用されている。
【0005】
特許文献2は、細胞を含む混合物を、凝集剤がポリアミンまたはカチオン性界面活性剤である細胞を凝集できる凝集剤、および細胞を結合できる固体相と接触させるステップと、固体相を用いて前記混合物から凝集された細胞を分離するステップと、前記細胞から標的核酸を精製するステップと、を含む、標的核酸を含む細胞の分離方法を開示している。この方法は、ポリアミンなどの細胞凝集剤を用いて標的核酸を含む細胞を分離することによって特徴付けられている。
【特許文献1】米国特許第6,617,105号明細書
【特許文献2】国際特許公開第03/102184号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
細胞またはウイルスから核酸を精製する初期段階で、細胞またはウイルスの濃度が非常に低い場合、細胞またはウイルスは濃縮されなければならない。特に、小型化されたチップ内で用いられる試料の体積は、一般的に非常に小さいため、細胞濃縮についての研究を進めることが必要とされている。
【0007】
そこで本発明は、効率よく細胞またはウイルスを分離できる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記問題点に鑑み、細胞またはウイルスの分離方法の研究を行った結果、コスモトロピック塩が引き起こすカチオン性ポリマーの相分離、特定のpH、および固体基板を用いることによって、細胞またはウイルスの分離効率が向上するということを発見し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、細胞またはウイルスを含む試料をpH3ないし6のコスモトロピック塩溶液に懸濁させるステップと、前記懸濁させるステップで得られた懸濁液にカチオンポリマーを添加して細胞またはウイルスを凝集させるステップと、前記細胞またはウイルスを凝集させるステップで得られた細胞またはウイルスとカチオン性ポリマーとの複合体を、前記カチオン性ポリマーの相分離によって固体基板に付着させるステップと、前記固体基板に付着させるステップで得られた細胞またはウイルスが付着された固体基板を、前記懸濁液から分離するステップと、を含むことを特徴とする、細胞またはウイルスの分離方法である。
【0010】
また、本発明は、カチオン性ポリマーと、pH3ないし6であるコスモトロピック塩溶液と、細胞とカチオン性ポリマーとの複合体を付着できる固体基板と、を備えることを特徴とする、細胞またはウイルスの分離用のキットである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、流動制御システムでも高濃度で細胞を分離することが可能であるので、本発明の方法はラボ・オン・チップに容易に適用されうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、所定のpHを有するコスモトロピック塩溶液、カチオン性ポリマー、および固体基板を用いて、細胞またはウイルスを分離する方法に関する。
【0013】
図1は、本発明の一実施形態による方法を用いて、細胞またはウイルスを分離する方法を示す模式図である。
【0014】
具体的には、所定のpHを有するコスモトロピック塩溶液中に、細胞またはウイルスが懸濁され、ポリアミンなどの細胞分離媒体が前記コスモトロピック塩溶液に添加される。次いで、懸濁液に存在する細胞またはウイルスは、ポリアミンの相分離の助けで凝集し分離される。その後に、固体基板は、前記懸濁液と接触される。次いで、凝集された細胞またはウイルスとポリマーとの複合体は、前記固体基板に付着される。前記固体基板が懸濁液から分離されると、濃縮された細胞またはウイルスは、前記懸濁液から分離される。
【0015】
本発明の方法は、細胞またはウイルスを含む試料を、pHが3ないし6であるコスモトロピック塩溶液に懸濁させるステップを含む。細胞またはウイルスは、コスモトロピック塩溶液に懸濁されなければならず、細胞分離媒体は、相分離、および固体基板への高濃度の細胞またはウイルスの付着を引き起こすために、懸濁液に添加されねばならない。本発明では、コスモトロピック塩溶液のpHが非常に重要である。下記の実施例から明らかなように、コスモトロピック塩溶液のpHが3ないし6の範囲から外れると、細胞またはウイルスの固体基板に付着される効率が非常に低下する。
【0016】
また、細胞またはウイルスを懸濁させるコスモトロピック塩の種類も非常に重要である。一度水に溶けると、コスモトロピック塩は、溶液中の他の物質の溶解度を低下させる。コスモトロピック塩溶液中のコスモトロピック塩の種類によって、細胞またはウイルスの凝集効率が変わりうる。例えば、クエン酸塩またはリン酸塩のようなコスモトロピック塩は、細胞またはウイルスをよく凝集する一方、酢酸塩または硫酸塩コスモトロピック塩溶液中に懸濁された細胞またはウイルスは、あまり凝集しない。
【0017】
本発明の方法は、また、前記懸濁液にカチオン性ポリマーを添加することによって、懸濁液中の細胞またはウイルスを凝集させるステップを含む。詳細には、懸濁液にカチオン性ポリマーが添加されると、懸濁液中に存在する細胞またはウイルスが適切に凝集した後、相分離が起こる。
【0018】
本発明の方法は、また、前記懸濁液に固体基板を接触させて、凝集した細胞またはウイルスとポリマーとの複合体を、前記固体基板に付着させるステップを含む。詳細には、固体基板が懸濁液と接触すると、前記の凝集した細胞またはウイルスは、固体基板に付着する。
【0019】
本発明の方法は、また、前記固体基板を懸濁液から分離するステップを含む。詳細には、コスモトロピック塩溶液に懸濁された細胞またはウイルスは、相分離が起こる時に凝集して固体基板に付着するので、固体基板が懸濁液から分離されるとき、濃縮された細胞またはウイルスは懸濁液から分離される。
【0020】
本発明の一実施形態において、前記カチオン性ポリマーは、ポリアミンでありうる。ポリアミンは、1つ以上の共有結合的に連結された単位を有する物質であり、各単位は、1つ以上のアミン基、例えば、一級アミン基、二級アミン基、三級アミン基、四級アミン基、芳香族アミン基、または複素環アミン基を有し、これらは、細胞の分離方法に用いられるpHで正電荷を帯びる。望ましくは、ポリアミンは、複数の共有結合的に連結された単位を含む。ポリアミンを形成する各単位は、同一であってもよく、異なっていてもよい。アミン基に加えて、ポリアミンは、非置換か、または1つ以上の官能基に置換されうる。ポリアミンの望ましい例としては、ポリアミノ酸、ポリアリルアミン(ポリアリルアミン塩酸塩等の塩の形態を含む)、ポリエチレンイミン、ポリエチルイミンなどのポリアルキルイミン、アミン基を含む重合された生物学的な緩衝液、およびポリグルコースアミンを含む。これらの例のすべてのポリアミンは、置換されていてもよいし、非置換であってもよい。
【0021】
ポリアミンがポリアミノ酸である場合、ポリアミノ酸を形成する連結されたアミノ酸は、同一であってもよく、異なっていてもよい。望ましい例は、ポリリジンまたはポリヒスチジンを含む。ポリアミノ酸を形成するアミノ酸は、D−アミノ酸、L−アミノ酸、または両者の混合物でありうる。
【0022】
ポリアミンがポリアリルアミン、またはポリアリルアミン塩酸塩である場合、ポリアリルアミンおよびポリアリルアミン塩酸塩は、望ましくは、下記の式で表される。
【0023】
【化1】

【0024】
前記ポリアリルアミンは、2−プロペン−1−アミン、またはアルケンおよびアミン官能基を含む、類似の単量体の重合によって製造されうる。ポリアリルアミンの例は、固体または溶液の形態(例えば、20質量%の溶液)としてAldrich社から提供されるポリアリルアミンを含む。ポリアリルアミンの例としては、下記に示すポリアリルアミンまたはポリアリルアミン塩酸塩を含む。
【0025】
【化2】

【0026】
ポリアミンがポリエチレンイミン(PEI)などのポリアルキルイミンである場合、例えば、下記の化学式で表されることが望ましい。
【0027】
【化3】

【0028】
前記ポリアミンは、ポリBis−Trisバッファーなどの重合された生物学的な緩衝液でありうる。アミン基を有し、重合されうる生物学的な緩衝液の例は、下記の通りである。
【0029】
【化4】

【0030】
前記ポリアミンは、キトサンなどのポリグルコースアミンでありうる。これは、甲殻類の殻から容易に得られる物質であり、D−グルコースアミンの反復単位から形成されうる。
【0031】
本発明の一実施形態において、固体基板と懸濁液との接触は、静止状態または流動状態で行われうる。詳細には、固体基板は、懸濁液と静止状態で接触させてもよくいまたは流動状態で接触させてもよい。すなわち、固体基板は、懸濁液を流動制御システムの助けにより懸濁させつつ、懸濁液と接触されうる。固体基板は、平面形態でありうる。または、固体基板は、流動制御システムとともに用いられる懸濁液中に存在する細胞またはウイルスを効率よく捕獲するために、十分に大きな表面積を有するように柱構造を有しても良い。
【0032】
本発明の一実施形態において、前記固体基板は、平面構造、ビーズ構造、または柱構造を有することが望ましい。前記固体基板は、細胞またはウイルスを付着できるいかなる物質からも形成されうる。しかし、細胞またはウイルスを含む懸濁液に溶解する物質から形成されてはならない。
【0033】
都合の良いことに、前記固体基板は、ガラス、シリカ、ラテックス、またはポリマー物質から形成されることが望ましい。また、前記固体基板は、できるだけ多くの細胞を捕捉するために、十分に大きな表面積を与えうる物質から形成されることが望ましい。前記固体基板は、例えば、多孔性または微粒子であり得、それゆえ平坦でない表面を有しうる。また、前記固体基板はアミンコーティングなどによる正電荷コーティングや、カルボン酸コーティングなどによる負電荷コーティングがされていてもよい。
【0034】
本発明の一実施形態において、前記懸濁液中に存在する細胞またはウイルスは、バクテリア細胞、バクテリオファージ、植物細胞、動物細胞、植物ウイルス、動物ウイルスなどを含みうる。
【0035】
本発明の一実施形態において、前記コスモトロピック塩は、クエン酸塩またはリン酸塩であることが好ましい。全てのコスモトロピック塩が相分離を引き起こすのではなく、クエン酸塩およびリン酸塩の緩衝液でのみ相分離が起こる。したがって、特定のコスモトロピック塩を用いて初めて、本発明の目的が達成されうる。
【0036】
本発明の一実施形態において、前記カチオン性ポリマーは、前記固体基板と連結されるか、混合されるか、または結合されうる。前記カチオン性ポリマーは、相分離によって懸濁液中に存在する細胞またはウイルスの分離を促進するので、それにより懸濁液からの細胞またはウイルスの分離を容易にする。
【0037】
本発明の一実施形態において、前記カチオン性ポリマーは、初期には可溶性であり、それゆえ、懸濁液中に存在する細胞またはウイルスと共に凝集して、コスモトロピック塩の懸濁液から分離されうる。それにより、細胞またはウイルスが懸濁液から分離されうる。例えば、カチオン性ポリマーを水に溶解させた後、得られた溶液は懸濁液に添加される。その後、カチオン性ポリマーは、懸濁液に存在する細胞またはウイルスと共に凝集し、固体基板が懸濁液と接触すると、細胞またはウイルスとポリマーとの複合体は、相分離によって固体基板に付着する。
【0038】
また、本発明は、カチオン性ポリマーと、pH3ないし6のコスモトロピック塩溶液と、細胞またはウイルスとカチオン性ポリマーとの複合体を付着できる固体基板と、を備える細胞またはウイルス分離用のキットを提供する。
【0039】
詳細には、本発明の細胞またはウイルス分離用のキットは、細胞またはウイルスの凝集を促進するカチオン性ポリマー、pH3ないし6の、細胞またはウイルスを懸濁させるコスモトロピック塩溶液、および細胞またはウイルスとカチオン性ポリマーとの複合体を付着できる固体基板を備える。
【0040】
本発明の一実施形態において、前記固体基板は、平面構造でありうる。または、固体基板は、できるだけ多くの細胞またはウイルスを捕捉するために、十分に大きな表面積を有するように、複数の柱構造を有しても良い。
【0041】
本発明の一実施形態において、前記細胞またはウイルスは、バクテリア細胞、バクテリオファージ、植物細胞、動物細胞、植物ウイルス、および動物ウイルスなどを含む。
【0042】
本発明の一実施形態において、前記コスモトロピック塩は、クエン酸塩またはリン酸塩が望ましい。全てのコスモトロピック塩が相分離を引き起こすのではなく、クエン酸塩およびリン酸塩の緩衝液のみで相分離が起こる。したがって、特定のコスモトロピック塩を用いて初めて、本発明の目的が達成されうる。
【0043】
本発明の一実施形態において、前記カチオン性ポリマーは、ポリアミンでありうる。ポリアミンは、1つ以上の共有結合的に連結された単位を有する物質を意味し、各単位は、一つ以上のアミン基、例えば、一級アミン基、二級アミン基、三級アミン基、四級アミン基、芳香族アミン基、または複素環アミン基を有し、これらは、細胞の分離方法に用いられるpHで正電荷を帯びる。望ましくは、ポリアミンは、複数の共有結合的に連結された単位を含む。ポリアミンを形成する各単位は、同一あってもよく、異なっていてもよい。アミン基に加えて、ポリアミンは、非置換か、または1つ以上の官能基に置換されうる。ポリアミンの望ましい例としては、ポリアミノ酸、ポリアリルアミン(ポリアリル塩酸塩などの塩の形態を含む)、ポリエチレンイミン、ポリエチルイミンなどのポリアルキルイミン、アミン基を含む重合された生物学的な緩衝液、およびポリグルコースアミンを含む。前記の全てのポリアミンは、置換されているかまたは非置換である。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を通じて本発明をさらに詳細に説明する。これらの実施例は、単に本発明を例示するためのものであって、本発明の範囲がこれらの実施例によって制限されると解釈されてはならない。
【0045】
(実施例1:コスモトロピック塩を利用した相分離)
コスモトロピック塩が相分離を引き起こすか否かを調べるために、4種類のコスモトロピック塩が試験された。用いられたコスモトロピック塩溶液は、それぞれ濃度が0.1Mであり、pHが4であるリン酸ナトリウム溶液、クエン酸ナトリウム溶液、酢酸ナトリウム溶液、および硫酸ナトリウム溶液である。カチオン性ポリマーとして、2.5mg/mlの濃度で脱イオン水に溶解している分枝型のポリエチレンイミン(PEI)(Mw:約750,000)が用いられた。上記の4種類のコスモトロピック塩溶液150μlを、PEI溶液150μlとエッペンドルフチューブで混合した後、相分離を観察した。図2は、これらの混合物のそれぞれの相分離を示す写真である。図2に示したように、硫酸塩の混合物および酢酸塩の混合物は、透明である一方、クエン酸塩の混合物およびリン酸塩の混合物は濁っているということが分かる。したがって、すべてのコスモトロピック塩が相分離を引き起こすのではなく、クエン酸塩およびリン酸塩でのみ相分離が起こるということが分かる。
【0046】
(実施例2:コスモトロピック塩を利用した大腸菌細胞の相分離)
大腸菌細胞を含むコスモトロピック塩溶液で相分離が起こるかどうかを調べる実験を行った。用いられたコスモトロピック塩は、それぞれ濃度が0.1M、pHが4であるリン酸ナトリウム溶液、クエン酸ナトリウム溶液、酢酸ナトリウム溶液、および硫酸ナトリウム溶液である。大腸菌細胞は、BL21(2×10細胞/ml)が用いられた。大腸菌細胞は、上記のそれぞれのコスモトロピック塩溶液に懸濁された。カチオン性ポリマーとして、2.5mg/mlの濃度で脱イオン水に溶解している分枝型のポリエチレンイミン(PEI)(Mw:約750,000)が用いられた。上記の4種類のそれぞれのコスモトロピック塩溶液150μlとPEI溶液150μlとを混合した。固体基板として、カルボン酸でコーティングされた基板が用いられた。60μlのパッチを、前記のカルボン酸でコーティングされた固体基板上に付着させた後、上記の細胞懸濁液およびPEI溶液の混合物60μlが塗布された。次いで、混合物が塗布された固体基板を、室温で5分間インキュベーションした後、上記の懸濁液(pH4)35mlで、1分間1回洗浄した。固体基板に付着した大腸菌細胞を染色するために、当業界に公知である大腸菌細胞用のグラム染色液を用いて固体基板を染色した。詳細には、大腸菌細胞が付着した固体基板の部分が、クリスタルバイオレット溶液で十分に浸されるように、固体基板にクリスタルバイオレット溶液を塗布し、1分後、流水で固体基板を洗浄した。次いで、固体基板に付着した大腸菌細胞がグラム染色されるように、グラムヨウ素溶液、グラム脱色剤、またはグラムサフラニン溶液で固体基板を処理した。グラム染色後、固体基板を常温で自然乾燥させた。その後、光学顕微鏡を用いて、450倍または3000倍の倍率で固体基板を写真撮影した。
【0047】
図3Aおよび図3Bは、本発明の一実施形態の方法によって、様々なコスモトロピック塩により、大腸菌細胞の様々な細胞付着パターンが生ずることを示す、光学顕微鏡写真である。図3Aに示したように、クエン酸塩溶液およびリン酸塩溶液が用いられた場合、固体基板全体の表面に均一に、大腸菌細胞が高濃度で付着されるということが分かった。よって、クエン酸塩およびリン酸塩が相分離を引き起こすことが分かった。これは、静止状態で疎水性の相互作用を利用した細胞結合を含む方法と比較して、本発明の一実施形態の方法は、約10倍の大腸菌細胞を固体基板に付着させることを示す結果である。一方、図3Bに示したように、硫酸塩および酢酸塩では、細胞付着がほとんど起きないということが分かる。それゆえ、相分離が、固体基板に付着する細胞の数を増加させるという結果になる。
【0048】
(実施例3:相分離に対するpHの効果)
相分離に対するpHの効果を調べるために、pHが3ないし8のリン酸ナトリウム溶液を用いた。本実施例では、pHが3、4、5、7、および8のリン酸ナトリウム溶液をコスモトロピック塩溶液として用いたことを除いては、実施例1と同様に実験を行った。
【0049】
図4は、pHの違いにより様々な相分離パターンが生ずることを示す写真である。図4に示したように、pH3ないし5でのみ相分離現象が起こるということが分かる。したがって、相分離の発生は、コスモトロピック塩の種類と、pHによるカチオン性ポリマーの特定の変化との両方に影響を受ける。
【0050】
(実施例4:細胞付着に対するpHの影響)
細胞付着に対するpHの影響を調べるために、pH3ないし7のリン酸ナトリウム溶液(pH3ないし7)を用いた。本実施例では、pH3、4、5、および7のリン酸ナトリウム溶液を用いたことを除いては、前記実施例2と同様に実験を行った。
【0051】
図5は、pHの違いによって、大腸菌細胞の様々な細胞付着パターンが生ずることを示す写真である。図5に示したように、相分離が起こるpHの範囲であるpH3ないし5でのみ、細胞付着が起こった。これから、カチオン性ポリマーにより引き起こされる相分離が、直接的に、細胞の付着に影響を与えるということが分かる。
【0052】
(実施例5:相分離に対するPEIの濃度の影響)
相分離に対するPEIの濃度の影響を調べるために、0.1ないし25mg/mlの脱イオン水中の濃度を有するPEIの脱イオン水溶液を用いた。本実施例では、0.1Mのリン酸ナトリウム溶液(pH4)を用いたことを除いては、前記実施例3と同様に実験を行った。
【0053】
図6は、PEIの濃度により、様々な相分離パターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。図6に示したように、PEI濃度が0.1、0.5、3、および5mg/mlの濃度を有するPEI溶液でのみ相分離が起こった。さらに、0.1mg/mlおよび0.5mg/mlの濃度を有するPEI溶液を用いた場合よりも、それぞれ3mg/mlおよび5mg/mlの濃度を有するPEI溶液を用いた場合の相分離がよりはっきりと起こるということが分かった。また、リン酸ナトリウム溶液の濃度が0.1Mより高い場合、濃度が25mg/mlであるPEI溶液を用いた場合でも、相分離が起こることが推測される。
【0054】
(実施例6:細胞付着に対するPEIの濃度の影響)
細胞付着に対するPEIの濃度の影響を調べるために、0.1ないし25mg/mlの脱イオン水中の濃度を有するPEI溶液を用いた。本実施例では、0.1Mのリン酸ナトリウム溶液(pH4)を用いたことを除いては、前記実施例4と同様に実験を行った。
【0055】
図7は、PEI溶液の濃度によって、様々な細胞付着のパターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。図7に示したように、明確な相分離起こった0.5ないし5mg/mlのPEIの濃度の場合でのみ、細胞付着が起こるということが分かった。細胞付着の発生は、コスモトロピック塩の濃度と密接な関係があるため、コスモトロピック塩溶液の濃度を0.1Mより高くすれば、濃度が25mg/mlであるPEI溶液の場合でも、細胞付着が起こることが推測される。
【0056】
(実施例7:細胞付着に対する固体基板の種類の影響)
細胞付着に対する固体基板の種類の影響を調べるために、ガンマ アミノプロピルトリエトキシシラン(GAPS)を用いて正電荷コーティングされた、アミンコーティングされた固体基板、および負電荷コーティングされたカルボン酸コーティングされた固体基板を用いた。本実施例では、0、0.5および2.5mg/mlの脱イオン水中の濃度を有するPEI溶液を用いたことを除いては、前記実施例6と同様に実験を行った。
【0057】
図8Aおよび図8Bは、固体基板の種類によって様々な細胞付着パターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。図8Aに示したように、PEI溶液の濃度が0mg/mlである場合を除いては、すべてのPEIの濃度において、負電荷のカルボン酸コーティングされた固体基板に、大腸菌細胞が高濃度で付着した一方、図8Bに示したように、正電荷のアミンコーティングされた固体基板の細胞付着効率は、すべてのPEI溶液の濃度において、負電荷のカルボン酸コーティングされた固体基板の細胞付着効率よりも低いということが分かった。
【0058】
(実施例8:流動制御システムを用いた大腸菌細胞の分離)
流動制御システムで細胞付着が起こるかを調べるために実験を行った。本実施例では、GAPSを用いて正電荷コーティングされたアミンコーティングされた固体基板、負電荷コーティングされたカルボン酸コーティングされた固体基板、およびオクタデシルジメチル(3−トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド(OTC)を用いて疎水性コーティングされた固体基板を用いた。その他、2.5mg/mlの脱イオン水中の濃度を有するPEI溶液を用いたことを除いては、前記実施例7と同様に実験を行った。
【0059】
本実験は、シリンジポンプ(HARVARD社製、PHD2000)を用いて、0.3cm/秒(400μl/分)の流速で、大腸菌細胞200μlを流速制御システムに1度だけ通して行われた。流速制御システムは、5mm×17.3mmの総表面積を有し、断面積は、2.5mm(=5mm×0.5mm)であり、アスペクト比は10:1以上であった。400μl/分の流速で、リン酸ナトリウム緩衝液(pH4)を流すことによって流速制御システムを洗浄した。
【0060】
図9は、流動制御システム中の固体基板のタイプによって、様々な大腸菌細胞の付着のパターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。図9に示したように、倍率450倍では、固体基板に付着した大腸菌細胞がほとんど識別されないが、倍率3000倍では、棒状の大腸菌細胞がはっきりと観察されるということが分かる。したがって、固定されたシステムの代わりに、流動制御システムを用いた場合でも、大腸菌細胞が固体基板に容易にかつ効率的に付着され、特に、カルボン酸コーティングされた固体基板の細胞付着効率が、アミンコーティングされた固体基板および疎水性コーティングされた固体基板よりも高いということが分かる。
【0061】
(実施例9:オン・チップ溶解の試験)
オン・チップで分離された大腸菌細胞が効率的に溶解されるかを調べるために実験を行った。本実験では、GAPSを用いて正電荷コーティングされたアミンコーティングされた固体基板を用いた。その他、2.5mg/mlの脱イオン水中の濃度を有するPEI溶液を用いたことを除いては、前記実施例7と同様に実験を行った。
【0062】
詳細には、本実験は、60μlのチップを用いて上述の方法により大腸菌細胞をチップに付着させ、30μlの2個のチャンバのうちの1つを0.1N NaOH溶液で2分間処理し、もう1つのチャンバは、0.1N NaOH溶液で処理しなかった。
【0063】
図10は、大腸菌細胞がNaOH溶液で処理されたか否かによって、様々な細胞付着パターンが生ずることを示す、光学顕微鏡写真である。図10に示したように、0.1N NaOH溶液で処理した場合には、大腸菌細胞が簡単に溶解して、固体基板から細胞がほとんど検出されなかった。一方、0.1N NaOH溶液で処理していない場合には、大腸菌細胞がほとんど溶解せず、固体基板から細胞が検出された。したがって、本発明による細胞分離方法および装置は、核酸精製のような細胞分離以降の工程に有用となりうる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、細胞分離、さらには核酸精製関連の技術分野に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の一実施形態による、相分離を利用して、細胞またはウイルスを分離する方法を示す模式図である。
【図2】コスモトロピック塩の種類によって、様々な相分離のパターンが生ずることを示す写真である。
【図3A】本発明の一実施形態の方法によって、様々なコスモトロピック塩により、大腸菌細胞の様々な細胞付着のパターンが生ずることを示す、光学顕微鏡写真である。
【図3B】本発明の一実施形態の方法によって、様々なコスモトロピック塩により、大腸菌細胞の様々な細胞付着のパターンが生ずることを示す、光学顕微鏡写真である。
【図4】pHの違いにより、様々な相分離のパターンが生ずることを示す写真である。
【図5】pHの違いにより、大腸菌細胞の様々な細胞付着のパターンが生ずることを示す写真である。
【図6】PEI溶液の濃度によって、様々な相分離のパターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。
【図7】PEI溶液の濃度によって、様々な細胞付着のパターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。
【図8A】固体基板の種類によって、様々な細胞付着パターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。
【図8B】固体基板の種類によって、様々な細胞付着パターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。
【図9】流動制御システム中の固体基板のタイプによって、様々な大腸菌細胞の付着のパターンが生ずることを示す光学顕微鏡写真である。
【図10】大腸菌細胞がNaOH溶液で処理されたか否かによって、様々な細胞付着パターンが生ずることを示す、光学顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞またはウイルスを含む試料を、pHが3ないし6であるコスモトロピック塩溶液中に懸濁させるステップと、
前記懸濁させるステップで得られた懸濁液に、カチオン性ポリマーを添加して細胞またはウイルスを凝集させるステップと、
前記細胞またはウイルスを凝集させるステップで得られた細胞またはウイルスとカチオン性ポリマーとの複合体を、前記カチオン性ポリマーの相分離によって固体基板に付着させるステップと、
前記固体基板に付着させるステップで得られた細胞またはウイルスが付着した固体基板を、前記懸濁液から分離するステップと、
を含むことを特徴とする、細胞またはウイルスの分離方法。
【請求項2】
前記カチオン性ポリマーは、ポリアミンであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ポリアミンは、ポリアリルアミン、ポリアミノ酸、ポリエチレンイミン、ポリエチルイミン、およびポリグルコースイミンからなる群より選択されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記固体基板に付着させるステップは、静止状態または流動状態で行われることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記固体基板は、平面構造、ビーズ構造、または柱構造を有することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記コスモトロピック塩は、クエン酸塩またはリン酸塩であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記カチオン性ポリマーは、前記固体基板と連結されるかまたは混合されて、細胞またはウイルスの分離に用いられることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記カチオン性ポリマーは、初期には可溶性であり、コスモトロピック塩溶液に添加される時に細胞と共に凝集して、それにより相が分離されることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
カチオン性ポリマーと、
pHが3ないし6であるコスモトロピック塩溶液と、
細胞またはウイルスとカチオン性ポリマーとの複合体を付着できる固体基板と、
を備えることを特徴とする、細胞またはウイルスの分離用キット。
【請求項10】
前記固体基板は、平面構造、ビーズ構造、または柱構造を有することを特徴とする、請求項9に記載のキット。
【請求項11】
前記カチオン性ポリマーは、ポリアミンであることを特徴とする、請求項9または10に記載のキット。
【請求項12】
前記ポリアミンは、ポリアリルアミン、ポリアミノ酸、ポリエチレンイミン、およびポリエチルイミンでからなる群より選択されることを特徴とする、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
前記コスモトロピック塩は、クエン酸塩またはリン酸塩であることを特徴とする、請求項9〜12のいずれか1項に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−325592(P2006−325592A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144587(P2006−144587)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(390019839)三星電子株式会社 (8,520)
【氏名又は名称原語表記】Samsung Electronics Co.,Ltd.
【Fターム(参考)】