説明

細胞凍結装置ならびに凍結法

【課題】細胞の凍結速度を極限までに速くすることで、凍結防止剤などを使用しなくても細胞を凍結でき、しかも細胞を凍結する直前の生化学的状態を保ったまま凍結できる方法手段を提供すること。
【解決手段】試料を含む溶液を気相の存在しない状態で氷―Iと液体の水の相転移点からプラス4℃の温度範囲を保ちながら0.1から0.2GPaの範囲まで加圧し、その後、急激に減圧する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞や組織の生化学物質の反応と輸送を瞬時に固定する細胞急速凍結法に関するが、広く細胞、受精卵、組織、食肉や魚介類などの生鮮食品の凍結にも利用可能である。
【背景技術】
【0002】
従来の細胞凍結法は(1)緩慢凍結法、(2)急速凍結法、(3)ガラス化保存法の3種のカテゴリーに分類できる。
(1)緩慢凍結法
たとえば、理化学研究所のバイオリソースセンターリソース基盤開発部、細胞材料開発室のウェブサイhttp://www.brc.riken.jp/lab/cell/独立行政法人理化学研究所、バイオリソースセンターリソース基盤開発部、細胞材料開発室から「培養マニュアル」の中の「細胞の凍結法」として公開されている方法である。緩慢凍結法は、細胞を保存する際、もっとも一般的に使われる凍結法で、凍結細胞を再融解し細胞培養ができる条件での凍結法として細胞を用いる研究室で使用されている。具体的な手順を下記に示す。
1)対数増殖期の細胞を1000rpmで3分間、室温で遠心し、回収する。
2)Culture Medium+10%DMSOに細胞が1.0×10個/ml以上になるように調製する。
3)プログラムフリーザーを用い、−80℃までゆっくり冷却する。具体的には、10〜15℃の試料を2℃/分の速度で4℃まで冷却して10分間保持し、続いて1℃/分で−30℃まで直線的に冷却し10分間保持し、さらに5℃/分で−80℃まで冷却する。
4)凍結専用容器に入れ、−80℃のフリーザーで一晩放置する。
5)−80℃で凍った細胞を冷凍庫から取り出し、すばやく液体窒素に入れて、保存する。
ここで、工程2)でDMSOを入れるのは細胞の凍結防止のためである。
【0003】
一般に、細胞を凍結保存するときに細胞質内に生じる氷によって、細胞が損傷を受けるケースが多い。この現象を凍害と言い、細胞を凍結させるときに注意しなければならない問題点のひとつである。対策としては、氷の結晶が成長しないようにDMSOやグリセロールをいれる。
【0004】
しかし、DMSOが細胞の分化誘導を誘発することもある(たとえばMEL細胞)。また、グリセロールでは細胞が起きる率が低いケースがある。このように凍害を防ぐ添加物の研究もなされており、最近では、トレハロースを始めとする糖類を凍結抑制物質として添加する方法が報告されている。
【0005】
この緩慢凍結法は緩慢冷却法ともよばれ、緩慢な冷却で凍結し過冷却を防ぐために植氷を行い、氷晶を細胞内外に形成させるものである。
(2)急速凍結法
急速に凍結することで凍害を防ぐ凍結方法である。急速冷凍法とも呼ばれる。生鮮食料品の保存などに用いられる。これは、氷晶成長速度の速い危険な温度域(0℃付近)を急速な冷却により短時間で通過させ、氷晶の成長を抑制するものである。
(3)ガラス化保存法
急速冷却法の一種にガラス化保存法がある。これはは1985年、RallとFahyにより開発された比較的あたらしい方法で、プログラムフリーザーなどの大型機器を必要とする緩慢冷却法や急速冷却法と異なり、細胞を高濃度の凍結保護剤に短時間暴露し、凍結保護剤を細胞内の水と置換後、直接液体窒素中に投入し、細胞をガラス化させて保存する簡便な方法である。受精卵の保存等に用いられる。
【0006】
これらの細胞凍結法の内、本発明は急速冷凍法にかかわるものである。急速冷凍法では、凍結するときに細胞内で水の結晶すなわち氷晶が成長する危険温度帯域である最大氷結晶生成帯を高速に通過することで細胞破壊を免れようとするものである。最大氷結晶生成帯とは、細胞や組織の水分が凍り始めてから、その大部分が凍り終わる領域で、この時間が長くなると、氷の結晶が大きくなるため細胞が破壊される。この温度帯域は、培地などにより変化するが、おおよそ、−5〜−7℃の間と考えてよい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記従来技術から明らかなように、細胞や組織の凍結技術はいかにして細胞内に氷晶を作らずに凍結するかに尽きる。細胞や組織を保存するだけなら上記いずれかの方法を最適化することである程度の対応が可能である。しかし、凍結すべきものが細胞から組織片、組織そのものと大きくなるにつれ困難さが増す。たとえば、急速冷凍法では表面と組織内部の温度レスポンスが異なるため、組織表面近くの細胞は損傷を受けないが内部に行くほど温度上昇が鈍り、細胞が破壊されやすくなる。また、凍結防止剤を利用する方法では、前記したように添加する物質により、細胞や組織内の生化学的な反応が変化したり、遺伝子発現に影響を及ぼしたりすることが頻繁に起きる。
【0008】
本発明では、細胞の凍結速度を極限までに速くすることで、凍結防止剤などを使用しなくても細胞を凍結でき、しかも細胞を凍結する直前の生化学的状態を保ったまま凍結できる方法手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
水は常温常圧で液体である。0℃で凍るが、圧力をかけると溶ける。これは加圧により氷の融点が下がるためである。一般に、1気圧加圧すると氷の融点は0.0072K(ケルビン温度)下がる。0℃近傍では次の式が成り立つ(何万気圧のもとでは式からずれる)。
(dT/dp)=−0.0072[K/P]
K/Pは一気圧あたりの温度変化を示す単位である。
【0010】
本発明は、この物理現象を利用する。すなわち、試料を入れた水を、加圧状態で0℃を少し下回る温度まで凍らないように、冷却し、急激に減圧することで水を凍らせ、同時に試料を急速冷凍する。これにより最大氷結晶生成帯を瞬時に乗り越え、試料の細胞質をアモロファス状に凍結させることで、試料の細胞質の破壊を免れる。
【発明の効果】
【0011】
試料の細胞質を瞬間的に凍らすことが可能となり、その時点で細胞内で起きている反応を固定(停止)することができる。このため、細胞内の生化学反応物質を分析する上でアーティファクトの少ない試料を提供できる。また、細胞の微細構造を顕微観察する上で、同様にアーティファクトの少ない試料を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
一般に、外温をコントロールして検体を入れた水を急冷しようとしても、温度の伝播は、物質の熱伝導と溶媒の対流に頼ることになるので、きわめて短時間でこうらせることは困難である。このため、試料を薄い切片のようにして液体窒素冷却するなどで対処することが一般的に行われる。しかし、これも、厚みが増すと、熱伝導の影響が現れ、高速冷却は困難である。これに対して、本発明では、物質の圧力伝播に依存する方法なので、熱伝導に比べはるかに高速の冷却が可能となる。圧力と温度の関係は、圧力のかかる物質そのものの圧力伝播速度と考えて良く、実質音速レベルの速度での伝播が可能である。
【0013】
本発明では、耐圧容器に気相の存在しないように水と試料を入れる。すなわち、気泡や空隙が無いように試料を入れ、温度が上がらないようにゆっくりと加圧しながら、水の試料が凍らない状態で0℃以下に冷却する。所定の圧力と温度に達した後、瞬時に減圧する。すると試料は減圧時間に従って温度が下がり、ついには凍結する。もちろん、水が氷に相変化するには潜熱を消費するので、これを考慮する必要がある。所定の圧力で所定の温度に達し、水が氷に相変化する直前で減圧することにより瞬間凍結が可能となる。なお、ここで言う気相の存在しないというのは、脱気された水、と言うレベルで気相が存在しない、と言うほどに厳密である必要は無く、見た目で耐圧容器の壁、あるいは、試料の外面に気泡が付いていないと言う程度でよい。
【0014】
(実施例1)
図1は一般的に知られた水の相図である。横軸は水にかけられる圧力、縦軸は温度である。ここでは、高温側の情報は必要ないので省いてある。また、水の3重点は液体の水の領域1と氷−Iの領域2を分ける線分5の圧力0の位置(図1の縦軸の線上)に一致する。氷は圧力と温度により色々な相となり、氷−IIIの領域3、氷−Vの領域4もあるが、ここでは氷−I領域2と液体の水領域1の関係が重要である。
【0015】
図2(A)、(B)は本発明の細胞凍結装置ならびに凍結法を説明する実施例の概要を示す断面図である。図2(A)において、22はステンレス製の加圧容器であり、中央部に水21と試料24を入れる上面で開口したシリンダー、例えば、内径が8mm、高さが10mm、を有する。シリンダーの上端部は、テーパー状とされる。加圧容器22は水に加えられる圧力に耐えるだけの十分強固な構造とされる。23はピストンであり、加圧容器22のシリンダーに挿入される。ピストン23の表面と加圧容器22のシリンダーの内面は鏡面であり、且つ両者の大きさは、シリンダーの中でピストン23は移動できるが、両者の接触面から水が漏れ出さない程度のタイトなはめ込みが実現できる関係となるようになされる。
【0016】
試料24として、0.1gの肝細胞組織試料を水21(ここでは、培養液とし、試料溶液21と称する)に入れる。試料溶液21を、気相が無いように、すなわち、シリンダーの表面に気泡が付くことが無いように、シリンダーから溢れる程に入れる。次いで、シリンダー内に試料24を入れる。
【0017】
引き続き、図2(B)に示すように、加圧容器22のシリンダーに、ピストン23をゆっくりと挿入する。この挿入は、当然、油圧等を利用した加圧装置25により行われる。加圧装置25は、制御装置26により制御される。この際、加圧容器22の上面にオーバーフローするように、試料溶液21を十分に入れておくことにより、ピストン23の挿入に伴い、シリンダー内に空気を入れることを防止できる。
【0018】
加圧容器22のシリンダー内にピストン23を挿入する際、シリンダー内の試料溶液21’の温度が上がらないように注意しながら、ゆっくり0.1GPaまで加圧する。温度下降と加圧はその時々の圧力で線分5を下回らないように、なおかつ、線分5プラス4℃の範囲に収まるように制御装置26が加圧装置25に与える信号をプログラムする。この場合、事前の実験によりプログラムしても良いし、シリンダー内に図示しない温度計を実装して、この信号を制御装置26にフィードバックしながら制御するものとしても良い。シリンダー内の圧力、すなわち、加圧装置25の与える圧力が、0.1GPaになった時点で、すなわち、氷−I領域2と液体の水領域1との関係で、ほぼ、最も温度が低い状態に達したとき、制御装置26は油圧を解除し、一気に減圧する。これによりシリンダー内部の試肝細胞組織試料24’が凍結する。
【0019】
加圧容器22の潜熱の影響もあり、実際には、試料を−20℃にはできず、−10℃程度に冷却できる。氷の分子動態計算から、熱伝導を無視して分子再編だけで氷への相変化に要する時間は250〜350n秒かかる。上記試料24の切片の厚みが5mm程度で、圧力伝播速度が1500m/秒とすると、圧力伝播に3μ秒程度かかる。このことから本凍結に要する時間は、数μ秒から数10μ秒と想定される。このため細胞を一瞬にして凍結することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】一般的に知られた水の相図である。
【図2】(A)、(B)は本発明の細胞凍結装置ならびに凍結法を説明する実施例の概要を示す断面図である。本発明に係る第1の製造工程を示す図である。
【符号の説明】
【0021】
1…液体の水の領域、2…氷−Iの領域、3…氷−IIIの領域、4…氷−Vの領域、5…液体の水の領域1と氷−Iの領域2を分ける線分、21,21’…水、22…加圧容器、23…ピストン、24,24’…試料、25…加圧装置、26…制御装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を含む溶液を入れられるシリンダーを有する耐圧容器と、前記シリンダーと嵌め合わせられるピストンと、該ピストンをシリンダーに押し込むことのできる加圧装置と、該加圧装置を制御して前記ピストンをシリンダーに押し込む速度を制御する制御装置と、を有し、前記制御装置は、前記シリンダー内の溶液の温度を氷―Iの領域と液体の水の領域の相転移点からプラス4℃の温度範囲を保ちながら溶液に加圧し、氷−Iの領域と液体の水の領域との関係で、ほぼ、最も温度が低い状態に達したとき、加圧を解除することを特徴とする試料凍結装置。
【請求項2】
前記シリンダーは耐圧容器端面でテーパー状になされていて、前記シリンダーに入れられる試料を含む溶液がシリンダーから溢れる程度に入れられた状態で前記ピストンと前記シリンダーとを嵌め合わる操作がなされる請求項1記載の試料凍結装置。
【請求項3】
試料を高圧で溶液状態のまま冷却後、急減圧で瞬間冷凍する試料凍結法。
【請求項4】
試料を含む溶液を気相の存在しない状態で氷―Iと液体の水の相転移点からプラス4℃の温度範囲を保ちながら0.1から0.2GPaの範囲まで加圧し、その後、急激に減圧する請求項3記載の試料凍結法。

【図1】
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【図2】
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