細胞処理方法
【課題】 細胞の配列形態の制御や、基板に着底した細胞のレーザートラッピングによる移動を可能とし、細胞の融合処理等における細胞操作方法として非常に有効性の高い細胞処理方法を提供すること。
【解決手段】 複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加前もしくは印加中に行われ、該印加前のレーザートラッピングでは細胞を初期状態から所望配列に近づける操作を行う細胞処理方法とする。
【解決手段】 複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加前もしくは印加中に行われ、該印加前のレーザートラッピングでは細胞を初期状態から所望配列に近づける操作を行う細胞処理方法とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞処理方法に関し、より詳しくは交流電圧とレーザートラッピングを用いる細胞操作方法において、細胞の配列制御や移動の容易化を可能とし、細胞の融合処理等において好適に用いることができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数の細胞を含む懸濁液を対向する電極間に供給して、電極間に交流電圧を印加すると、細胞は近くにいる他の細胞と隣接して、電場方向に対して平行に線状に配列した状態(パールチェーン)を生じることが知られている。
かかる電気泳動現象を利用した細胞配列方法は、例えば細胞の融合処理等において好適に用いられている。
【0003】
上記した細胞配列方法は、従来のマイクロピペットやレーザートラッピングを用いた方法に比べて、短時間で多数の細胞を配列させることが可能であるという大きな利点があるものの、得られる細胞配列の形や大きさ等を制御することはできなかった。
【0004】
また、従来のレーザートラッピング法の問題点として、懸濁液として供給された細胞が時間の経過に伴って底に沈殿して基板上にべったりと着底し、レーザートラッピング力によっては細胞を移動させることが困難となり、作業効率が悪化し、細胞の鮮度が大きく損われてしまうという問題がある。
【0005】
細胞処理において、交流電圧の印加とレーザートラッピングによる細胞移動を行う技術自体は、下記特許文献1において開示されている通り既に公知である。
しかしながら、下記特許文献1の開示技術において、レーザートラッピングはあくまでも細胞を懸濁液チャンバから電極近傍まで移動させるための手段として、交流電圧の印加とは関係なく利用されているのであって、細胞の配列形態の制御を目的としているものでもないし、基板に着底した細胞の移動について考慮されているものでもない。
そのため、この特許文献1の開示技術を用いたとしても、上記した従来技術の問題点、即ち細胞配列の形態を制御することができないという問題点や、基板に着底した細胞のレーザートラッピングによる移動の困難性という問題点については、何ら解決することができない。
【0006】
【特許文献1】特開平7−31455号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記した従来技術が抱える問題点を解決すべくなされたものであって、細胞の配列形態の制御や、基板に着底した細胞のレーザートラッピングによる移動を可能とし、細胞の融合処理等における細胞操作方法として非常に有効性の高い細胞処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための手段として以下の発明を提供する。
請求項1に係る発明は、複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加前もしくは印加中に行われ、該印加前のレーザートラッピングでは細胞を初期状態から所望配列に近づける操作を行うことを特徴とする細胞処理方法に関する。
請求項2に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作が、細胞をレーザートラッピングにより移動させて、前記対向する電極間に所望配列の形状に合わせて形成された溝に落とし込むことにより行われることを特徴とする請求項1記載の細胞処理方法に関する。
【0009】
請求項3に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとする不要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して排除することを特徴とする請求項1又は2記載の細胞処理方法に関する。
請求項4に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の細胞処理方法に関する。
【0010】
請求項5に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、前記電極間に直流電圧を印加して隣接する細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法に関する。
請求項6に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、隣接する細胞間にレーザーを照射して当該細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明によれば、交流電圧の印加前に細胞をレーザートラッピングにて移動して初期状態から所望配列に近づけることにより、交流電圧の印加にて得られる細胞の配列を所望の配列へと確実に導くことができて細胞配列を制御することが可能となり、交流電圧の印加中にレーザートラッピングを行うことにより、基板に着底した細胞を基板から引き剥がしてレーザートラッピングによる移動が容易となるので、細胞の融合処理等において非常に有効な細胞の操作方法を提供することができる。
請求項2に係る発明によれば、交流電圧の印加前に、細胞を対向する電極間に形成された所望配列の形状に合わせた溝に落とし込むことによって、溝の形状に沿った任意形状の細胞配列を簡単に得ることができ、多種多様な形状での細胞融合が可能となり、また一度に多数が融合された細胞を得ることも容易となる。
【0012】
請求項3に係る発明によれば、交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとする不要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して排除することによって、不要な細胞が配列に加わることが防止され、より確実に所望の細胞配列を得ることが可能となる。
請求項4に係る発明によれば、交流電圧の印加中に、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持することによって、既に所望配列を形成している細胞が移動して所望配列が崩れることが防がれ、より確実に所望の細胞配列を得ることが可能となる。
【0013】
請求項5に係る発明によれば、前記請求項1乃至4いずれかに記載の方法における交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、電極間に直流電圧を印加して隣接する細胞同士を融合させることにより、所望の数及び種類の細胞を任意の形状に配列させた形態にて融合させることが可能となる。
請求項6に係る発明によれば、前記請求項1乃至4いずれかに記載の方法における交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、隣接する細胞間にレーザーを照射して当該細胞同士を融合させることにより、所望の数及び種類の細胞を任意の形状に配列させた形態にて融合させることが可能となる。しかも、細胞を所望の配列に隙間無く隣接させることができるため、従来のように多光軸のトラッピング用レーザーにて細胞を隣接させる操作が不要となり、当該レーザービームを顕微鏡へ導入するための非常に複雑な光学系を省略することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る細胞処理方法の好適な実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は本発明に係る細胞処理方法において用いることができるレーザートラッピング装置の一例を示す概略図である。
レーザートラッピング装置は、図示の如く、顕微鏡にレーザー光源等の各種機器が組み合わされた構成を有している。
【0015】
顕微鏡は、XY方向への移動が可能であって細胞を含む懸濁液が供給される基板(1)を載置するための電動ステージ(2)と、該電動ステージ(2)の直下部に配置されて後述するレーザー光源から出力されたレーザー光を集光して基板(1)へと導く対物レンズ(3)と、該対物レンズ(3)の鉛直上方に配置されて基板(1)に光を照射するハロゲンランプからなる光源ランプ(4)と、該光源ランプ(4)と基板(1)の間に配置されて光源ランプ(4)から基板(1)へと照射される光量を調節する電動シャッター(5)と、光源ランプ(4)から照射されて基板(1)を通過した可視光の透過像を撮像するCCDカメラやCMOSカメラ等からなる撮像装置(6)を備えている。
【0016】
電動ステージ(2)の移動及び電動シャッター(5)の開閉は、コンピュータ(17)に組み込まれた制御ソフトウェアからの制御信号に基づいて制御されるように構成されている。
【0017】
顕微鏡の対物レンズ(3)の鉛直下方には、ダイクロイックミラー(71)と吸収フィルター(72)を備えたミラーユニット(7)が配置されている。
ダイクロイックミラー(71)は、レーザー光源から出力されたレーザー光の向きを変えて対物レンズ(3)へと導くとともに、光源ランプ(4)から照射された光を通過させて撮像装置(6)へと導くものである。
吸収フィルター(72)は、光源ランプ(4)から照射されてダイクロイックミラー(71)を通過した光の波長成分のうち可視光成分のみを通過させて撮像装置(6)へと導くものである。
【0018】
レーザー光源は、IRレーザーを出力する第1レーザー光源(8)と、UVレーザーを出力する第2レーザー光源(9)とからなる。
第1レーザー光源(8)から出力されるIRレーザーは、細胞を捕捉して操作するためのトラッピング用レーザーとして用いられる。IRレーザーとしては、例えばYAGレーザー(波長1060nm)、Nd:YLFレーザー(波長1047nm)、DPSSレーザー(波長1064nm)等を用いることができるが、細胞にダメージを与えずに移動等の操作を行うことができるものであれば、特にこれらに限定はされない。
第2レーザー光源(9)から出力されるUVレーザーは、細胞をレーザー融合するための細胞融合用レーザーとして用いられる。
【0019】
第1レーザー光源(8)及び第2レーザー光源(9)から出力されたレーザー光を、上記したミラーユニット(7)のダイクロイックミラー(71)へと導く導光路には、電動シャッター(10)(11)、ダイクロイックミラー(12)(13)(15)(16)、電動ミラーユニット(14)が配置されている。
【0020】
電動シャッター(10)(11)は、第1レーザー光源(8)及び第2レーザー光源(9)の出射孔の前方に夫々配置されている。
これら電動シャッター(10)(11)は、コンピュータ(17)から送られる制御信号に基づいて独立して開閉操作が可能となっており、これによって第1レーザー光源(8)及び第2レーザー光源(9)から出力されたレーザー光を選択的に、電動ミラーユニット(14)等を介してミラーユニット(7)へと導くことができる。
【0021】
電動シャッター(10)の前方にはダイクロイックミラー(13)が配置され、電動シャッター(11)の前方にはダイクロイックミラー(12)が配置されている。
ダイクロイックミラー(12)は、第2レーザー光源(9)から出力されたレーザー光の向きを変えてダイクロイックミラー(13)へと導く。
ダイクロイックミラー(13)は、第1レーザー光源(8)から出力されたレーザー光を通過させて電動ミラーユニット(14)へと導くとともに、ダイクロイックミラー(12)により導かれた第2レーザー光源(9)からのレーザー光を反射させて電動ミラーユニット(14)へと導く。
上記したダイクロイックミラー(12)(13)により、第1レーザー光源(8)と第2レーザ光源(9)から出力されたレーザー光は、同一経路を通って電動ミラーユニット(14)へと導かれる。
【0022】
電動ミラーユニット(14)は、コンピュータ(17)から送られる制御信号に基づいて独立して制御可能な2つの電子制御ミラーを有しており、これら2つの電子制御ミラーは、電動ステージ(2)上の基板(1)内におけるレーザー光の走査方向において、一方のミラーがX方向、他方のミラーがY方向の走査を夫々担当する。
電子制御ミラーとしては、ガルバノミラー、ピエゾ駆動によるミラー、アクチュエータ駆動によるミラー等が好適に用いられる。
【0023】
ダイクロイックミラー(15)は、電動ミラーユニット(14)を通過したレーザー光の向きを変えてダイクロイックミラー(16)へと導く。
ダイクロイックミラー(16)は、この導かれたレーザー光の向きを変えて、ミラーユニット(7)のダイクロイックミラー(71)へと導く。
【0024】
本発明に係る細胞処理方法は、上記構成からなるレーザートラッピング装置を用いて行うことが可能であり、以下その具体的方法について説明する。
本発明に係る方法では、複数の細胞を含む懸濁液が滴下される基板(1)が、レーザートラッピング装置の電動ステージ(2)上に固定される。
【0025】
図2は、本発明において細胞を含む懸濁液が供給される基板(1)の一例を示す図であって、(a)は平面図、(b)は正面図である。
図示例において、基板(1)は、ガラス基板(25)上に左右一対の電極(21)を平行に形成した構成を有しており、電極(21)の間に形成されるスリット(23)が細胞を含む懸濁液(K)が供給される融合プールとなる(図2(b)参照)。尚、図示していないが、スリット(23)に電極(21)と直角方向の仕切り壁を設けて、1枚の基板上に複数の融合プールを設ける構成とすることもできる。
電極(21)は例えば金メッキ電極からなり、夫々コネクター(22)を介して図示しない電源装置と接続されている。電極(21)同士の間隔は特に限定されないが、通常2mm以内程度とされ、例えば250μm程度とすることができる。
【0026】
上記の如く形成された左右一対の電極(21)間に形成されたスリット(23)内に、多数の細胞を含む懸濁液(K)が滴下される(図2(b)参照)。
図3は、細胞を含む懸濁液を滴下した直後のスリット(23)を模式的に示す平面図である。
この状態では電極間に電圧は印加されておらず、多数の細胞(S)は規則性無くバラバラに液中に存在している。
次いで、この電圧が印加されていない状態において、第1レーザー光源(8)から出力されたIRレーザーを基板(1)内のスリット(23)へと導いて懸濁液中の細胞(S)を捕捉し、電動ミラーユニット(14)の駆動によってレーザー光を走査して個々の細胞(S)を移動させて、細胞の配列を所望配列に近づける(図4破線円内参照)。
このレーザートラッピングによる移動は、細胞(S)を初期状態から所望配列(最終的に得ようとする配列)に近づくように細胞を移動させて大まかに配列させるものであって、完全な所望配列を得るための移動ではない。
【0027】
レーザートラッピングにより細胞を所望配列に近づけた後、電極(21)間に交流電圧を印加することによって、スリット(23)内の液中に電場を生じさせる。
交流電圧の印加条件の一例を挙げると、電圧:6〜10V程度、周波数:2MHz程度、印加時間:数秒〜20秒程度である。但し、この条件はあくまでも一例であって、細胞の種類等によって適宜変更することができる。
【0028】
対向する電極(21)間に交流電圧が印加されると、電極間にある細胞(S)は電場方向に対して平行に配列するように移動を開始する。
交流電圧の印加により生じる細胞(S)の動きの軌道は、列をつくるための最短距離をとるが、交流電圧の印加前にレーザートラッピングによって細胞(S)が移動されて所望配列に近い配列となっていることから、細胞(S)は最短距離をとるように移動すると、ほぼ必然的に所望配列へと導かれ、細胞同士が隙間無く隣接した所望配列が得られる(図5破線円内参照)。
【0029】
上記した交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとして移動してくる不要な細胞(S1)をレーザートラッピングにより捕捉して排除する(配列から離す)操作を行うことが好ましい(図5の矢印参照)。
更に、交流電圧の印加中に、所望配列に必要な細胞により形成されている配列が崩れるのを防ぐために、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持する操作を行うことが好ましい。
このようなレーザートラッピング操作を行うことによって、より確実に短時間で所望の細胞配列を得ることが可能となる。
【0030】
これらのレーザートラッピング操作は、上述した第1レーザー光源(8)から出力されたIRレーザーを走査することによって行うことができる。
細胞は時間が経つと基板に貼り付いてレーザートラッピングによる移動が困難となるが、交流電圧の印加によって細胞が基板から引き剥がされるため、これらのレーザートラッピングによる細胞の移動は容易に行うことができる。
【0031】
上記した交流電圧の印加によって細胞(S)が所望配列に並んだ後、隣接する細胞同士を融合させる処理を行う。
この細胞融合処理は、電極(21)間に直流電圧を印加する方法により行うこともできるし(図6参照)、隣接する細胞間にレーザーを照射する方法により行うこともできる。
後者の方法では、第2レーザー光源(9)から出力されるUVレーザーを使用することができる。このとき、本発明の方法では細胞を所望の配列に隙間無く隣接させることができるため、従来のように多光軸のトラッピング用レーザーにて細胞を隣接させる操作が不要となり、当該レーザービームを顕微鏡へ導入するための非常に複雑な光学系を省略することが可能となる。
【0032】
尚、上記した本発明に係る細胞処理方法において、基板(1)の構成は図2に示したものに限定されず、異なる構成の基板を用いることも可能である。
図7(a)乃至(c)は、図2に示した基板(1)のスリット(23)部分に変更を加えた例を示す平面図である。尚、これらの図ではスリット部分のみを抽出して示しており、電極については図2に示したものと同様の構成を採用することができる。
【0033】
図7に示した基板(1)のスリット(23)には、溝(24)が形成されている。尚、このような溝を有する基板は、例えば光造形法により平面を積層して作製することができる。
これらの基板(1)上に形成された溝(24)は、細胞の所望配列(最終的に得ようとする細胞配列)に合わせた形状とされており、溝(24)の長さ、深さ、幅は、所望配列の長さ、深さ、幅とほぼ同じで僅かに大きい程度に設定されている。
溝(24)の平面視形状は、(a)図では2つの大円を直線で繋いだ形状、(b)図ではY字形状、(c)図では楕円環形状とされている。但し、本発明において溝(24)の形状はこれらに限定されず、細胞の所望配列に合わせて適宜変更することができる。
【0034】
このようなスリット(23)に溝(24)が形成されている基板(1)を使用した場合の細胞処理方法について、図7(a)に示した基板を用いた場合の図を参照しながら説明する。尚、以下に説明する一連の工程のうち、上記説明した処理方法と重複する部分については説明を省略している。
【0035】
スリット(23)に溝(24)が形成されている基板(1)を使用する場合、溝(24)を有するスリット(23)内に多数の細胞を含む懸濁液を滴下した後(図8参照)、細胞(S)をレーザートラッピングにより移動させて溝(24)に落とし込むことにより、細胞(S)を所望配列に近づける(図9参照)。このとき、所望配列に不要な細胞は、レーザートラッピングにより捕捉して溝(24)から離れるように予め遠くに排除しておくとよい。
【0036】
溝(24)内に所望配列に必要な細胞を全て落とし込んだ後、電極間に交流電圧を印加することにより細胞同士を隙間無く隣接させ(図10参照)、最後に上記したのと同様の方法で隣接する細胞同士を融合させる処理を行う。
図11はこの方法で得られる細胞配列の例を示しており、(a)は図7(a)の基板を用いた場合、(b)は図7(b)の基板を用いた場合、(c)は図7(c)の基板を用いた場合を夫々示している。
この方法によれば、溝の形状に沿った任意形状の細胞配列を簡単に得ることができ、多種多様な形状での細胞融合が可能となり、また一度に多数が融合された細胞を得ることも容易に可能となる。
【0037】
以上、本発明の実施形態の一例として、交流電圧の印加前にレーザートラッピングにより細胞の移動操作を行う細胞処理方法について説明したが、本発明においては、交流電圧の印加中にレーザートラッピングにより細胞の移動操作を行うことも可能であり、以下この方法を本発明の他の実施形態として説明する。
交流電圧の印加中にレーザートラッピングにより細胞の移動操作を行うことの利点については、既に段落(0030)において説明した通りであり、本発明の他の実施形態はこの利点を最大限利用するものである。
【0038】
すなわち、本発明の他の実施形態は、複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加中に行われるものである。
以下にこの他の実施形態について図面を参照しながらより詳細に説明する。尚、前述の実施形態と共通する構成については同じ符号を付している。
【0039】
懸濁液(K)として基板(1)上の左右一対の電極(21)間に供給された細胞(S)は、時間の経過に伴って底に沈殿して基板上にべったりと着底し(貼り付き)、レーザートラッピング力によっては細胞を移動させることが困難となる(図12左側の破線円内参照)。
そこで、本発明では、電極(21)間に交流電圧を印加することにより、着底した若しくは着底しようとしている細胞に対して、数秒程度(パールチェーンを形成しない時間で細胞が僅かに泳動する程度の時間)、交流電圧を印加する。
【0040】
すると、細胞(S)はパールチェーンを形成するために基板(1)から引き剥がされて、懸濁液(K)中に浮いた状態となる(図12右側の破線円内参照)ので、この状態で細胞のレーザートラッピングを行う。このレーザートラッピング操作は、上述した実施形態と同様に、第1レーザー光源(8)から出力されたIRレーザーを走査することによって行うことができる。
【0041】
交流電圧の印加によって、細胞が基板から引き剥がされて懸濁液中に浮いた状態では、基板に貼り付いた状態に比べてレーザートラッピングが劇的に容易となる。
従って、この他の実施形態の方法によれば、細胞融合処理等におけるレーザーマニピュレーションの作業効率が大幅に向上し、ターゲットが生細胞の場合でも細胞の鮮度を損なうことなく処理を行うことが可能となる。また、この方法は、多種の細胞の混合液から特定の細胞だけをレーザーマニピュレーションにより取り出す方法としても非常に有効である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、複数の細胞を融合させる際において、細胞の配列の制御や細胞の移動の容易化のための方法として利用でき、これにより細胞融合の配列設計の容易化や作業性の向上が達成され、再生医療、農業、染色体遺伝子の解析、特定タンパク質の生産などの分野において作業効率の大幅な向上と共に新しい技術の提供を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明に係る細胞処理方法において用いることができるレーザートラッピング装置の一例を示す概略図である。
【図2】本発明で用いられる基板の一例を示す図である。
【図3】細胞を含む懸濁液を滴下した直後の基板のスリット部分を示す図である。
【図4】交流電圧印加前にレーザートラッピングにより細胞を所望配列に近づけた状態を示す図である。
【図5】交流電圧の印加により細胞が所望配列へと導かれた状態を示す図である。
【図6】隣接する細胞同士を融合している状態を示す図である。
【図7】基板の変更例を示す平面図である。
【図8】変更例の基板のスリット内に多数の細胞を含む懸濁液を滴下した直後の状態を示す図である。
【図9】細胞をレーザートラッピングにより移動させて溝に落とし込むことにより、所望配列に近づけている状態を示す図である。
【図10】電極間に交流電圧を印加して細胞同士を隙間無く隣接させた状態を示す図である。
【図11】図7の基板を用いて配列された細胞を示す図である。
【図12】本発明の他の実施形態における細胞処理方法の説明図である。
【符号の説明】
【0044】
1 基板
2 電動ステージ
8 第1レーザー光源
9 第2レーザー光源
14 電動ミラーユニット
21 電極
24 溝
23 スリット
K 懸濁液
S 細胞
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞処理方法に関し、より詳しくは交流電圧とレーザートラッピングを用いる細胞操作方法において、細胞の配列制御や移動の容易化を可能とし、細胞の融合処理等において好適に用いることができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複数の細胞を含む懸濁液を対向する電極間に供給して、電極間に交流電圧を印加すると、細胞は近くにいる他の細胞と隣接して、電場方向に対して平行に線状に配列した状態(パールチェーン)を生じることが知られている。
かかる電気泳動現象を利用した細胞配列方法は、例えば細胞の融合処理等において好適に用いられている。
【0003】
上記した細胞配列方法は、従来のマイクロピペットやレーザートラッピングを用いた方法に比べて、短時間で多数の細胞を配列させることが可能であるという大きな利点があるものの、得られる細胞配列の形や大きさ等を制御することはできなかった。
【0004】
また、従来のレーザートラッピング法の問題点として、懸濁液として供給された細胞が時間の経過に伴って底に沈殿して基板上にべったりと着底し、レーザートラッピング力によっては細胞を移動させることが困難となり、作業効率が悪化し、細胞の鮮度が大きく損われてしまうという問題がある。
【0005】
細胞処理において、交流電圧の印加とレーザートラッピングによる細胞移動を行う技術自体は、下記特許文献1において開示されている通り既に公知である。
しかしながら、下記特許文献1の開示技術において、レーザートラッピングはあくまでも細胞を懸濁液チャンバから電極近傍まで移動させるための手段として、交流電圧の印加とは関係なく利用されているのであって、細胞の配列形態の制御を目的としているものでもないし、基板に着底した細胞の移動について考慮されているものでもない。
そのため、この特許文献1の開示技術を用いたとしても、上記した従来技術の問題点、即ち細胞配列の形態を制御することができないという問題点や、基板に着底した細胞のレーザートラッピングによる移動の困難性という問題点については、何ら解決することができない。
【0006】
【特許文献1】特開平7−31455号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記した従来技術が抱える問題点を解決すべくなされたものであって、細胞の配列形態の制御や、基板に着底した細胞のレーザートラッピングによる移動を可能とし、細胞の融合処理等における細胞操作方法として非常に有効性の高い細胞処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための手段として以下の発明を提供する。
請求項1に係る発明は、複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加前もしくは印加中に行われ、該印加前のレーザートラッピングでは細胞を初期状態から所望配列に近づける操作を行うことを特徴とする細胞処理方法に関する。
請求項2に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作が、細胞をレーザートラッピングにより移動させて、前記対向する電極間に所望配列の形状に合わせて形成された溝に落とし込むことにより行われることを特徴とする請求項1記載の細胞処理方法に関する。
【0009】
請求項3に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとする不要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して排除することを特徴とする請求項1又は2記載の細胞処理方法に関する。
請求項4に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の細胞処理方法に関する。
【0010】
請求項5に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、前記電極間に直流電圧を印加して隣接する細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法に関する。
請求項6に係る発明は、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、隣接する細胞間にレーザーを照射して当該細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明によれば、交流電圧の印加前に細胞をレーザートラッピングにて移動して初期状態から所望配列に近づけることにより、交流電圧の印加にて得られる細胞の配列を所望の配列へと確実に導くことができて細胞配列を制御することが可能となり、交流電圧の印加中にレーザートラッピングを行うことにより、基板に着底した細胞を基板から引き剥がしてレーザートラッピングによる移動が容易となるので、細胞の融合処理等において非常に有効な細胞の操作方法を提供することができる。
請求項2に係る発明によれば、交流電圧の印加前に、細胞を対向する電極間に形成された所望配列の形状に合わせた溝に落とし込むことによって、溝の形状に沿った任意形状の細胞配列を簡単に得ることができ、多種多様な形状での細胞融合が可能となり、また一度に多数が融合された細胞を得ることも容易となる。
【0012】
請求項3に係る発明によれば、交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとする不要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して排除することによって、不要な細胞が配列に加わることが防止され、より確実に所望の細胞配列を得ることが可能となる。
請求項4に係る発明によれば、交流電圧の印加中に、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持することによって、既に所望配列を形成している細胞が移動して所望配列が崩れることが防がれ、より確実に所望の細胞配列を得ることが可能となる。
【0013】
請求項5に係る発明によれば、前記請求項1乃至4いずれかに記載の方法における交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、電極間に直流電圧を印加して隣接する細胞同士を融合させることにより、所望の数及び種類の細胞を任意の形状に配列させた形態にて融合させることが可能となる。
請求項6に係る発明によれば、前記請求項1乃至4いずれかに記載の方法における交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、隣接する細胞間にレーザーを照射して当該細胞同士を融合させることにより、所望の数及び種類の細胞を任意の形状に配列させた形態にて融合させることが可能となる。しかも、細胞を所望の配列に隙間無く隣接させることができるため、従来のように多光軸のトラッピング用レーザーにて細胞を隣接させる操作が不要となり、当該レーザービームを顕微鏡へ導入するための非常に複雑な光学系を省略することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る細胞処理方法の好適な実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は本発明に係る細胞処理方法において用いることができるレーザートラッピング装置の一例を示す概略図である。
レーザートラッピング装置は、図示の如く、顕微鏡にレーザー光源等の各種機器が組み合わされた構成を有している。
【0015】
顕微鏡は、XY方向への移動が可能であって細胞を含む懸濁液が供給される基板(1)を載置するための電動ステージ(2)と、該電動ステージ(2)の直下部に配置されて後述するレーザー光源から出力されたレーザー光を集光して基板(1)へと導く対物レンズ(3)と、該対物レンズ(3)の鉛直上方に配置されて基板(1)に光を照射するハロゲンランプからなる光源ランプ(4)と、該光源ランプ(4)と基板(1)の間に配置されて光源ランプ(4)から基板(1)へと照射される光量を調節する電動シャッター(5)と、光源ランプ(4)から照射されて基板(1)を通過した可視光の透過像を撮像するCCDカメラやCMOSカメラ等からなる撮像装置(6)を備えている。
【0016】
電動ステージ(2)の移動及び電動シャッター(5)の開閉は、コンピュータ(17)に組み込まれた制御ソフトウェアからの制御信号に基づいて制御されるように構成されている。
【0017】
顕微鏡の対物レンズ(3)の鉛直下方には、ダイクロイックミラー(71)と吸収フィルター(72)を備えたミラーユニット(7)が配置されている。
ダイクロイックミラー(71)は、レーザー光源から出力されたレーザー光の向きを変えて対物レンズ(3)へと導くとともに、光源ランプ(4)から照射された光を通過させて撮像装置(6)へと導くものである。
吸収フィルター(72)は、光源ランプ(4)から照射されてダイクロイックミラー(71)を通過した光の波長成分のうち可視光成分のみを通過させて撮像装置(6)へと導くものである。
【0018】
レーザー光源は、IRレーザーを出力する第1レーザー光源(8)と、UVレーザーを出力する第2レーザー光源(9)とからなる。
第1レーザー光源(8)から出力されるIRレーザーは、細胞を捕捉して操作するためのトラッピング用レーザーとして用いられる。IRレーザーとしては、例えばYAGレーザー(波長1060nm)、Nd:YLFレーザー(波長1047nm)、DPSSレーザー(波長1064nm)等を用いることができるが、細胞にダメージを与えずに移動等の操作を行うことができるものであれば、特にこれらに限定はされない。
第2レーザー光源(9)から出力されるUVレーザーは、細胞をレーザー融合するための細胞融合用レーザーとして用いられる。
【0019】
第1レーザー光源(8)及び第2レーザー光源(9)から出力されたレーザー光を、上記したミラーユニット(7)のダイクロイックミラー(71)へと導く導光路には、電動シャッター(10)(11)、ダイクロイックミラー(12)(13)(15)(16)、電動ミラーユニット(14)が配置されている。
【0020】
電動シャッター(10)(11)は、第1レーザー光源(8)及び第2レーザー光源(9)の出射孔の前方に夫々配置されている。
これら電動シャッター(10)(11)は、コンピュータ(17)から送られる制御信号に基づいて独立して開閉操作が可能となっており、これによって第1レーザー光源(8)及び第2レーザー光源(9)から出力されたレーザー光を選択的に、電動ミラーユニット(14)等を介してミラーユニット(7)へと導くことができる。
【0021】
電動シャッター(10)の前方にはダイクロイックミラー(13)が配置され、電動シャッター(11)の前方にはダイクロイックミラー(12)が配置されている。
ダイクロイックミラー(12)は、第2レーザー光源(9)から出力されたレーザー光の向きを変えてダイクロイックミラー(13)へと導く。
ダイクロイックミラー(13)は、第1レーザー光源(8)から出力されたレーザー光を通過させて電動ミラーユニット(14)へと導くとともに、ダイクロイックミラー(12)により導かれた第2レーザー光源(9)からのレーザー光を反射させて電動ミラーユニット(14)へと導く。
上記したダイクロイックミラー(12)(13)により、第1レーザー光源(8)と第2レーザ光源(9)から出力されたレーザー光は、同一経路を通って電動ミラーユニット(14)へと導かれる。
【0022】
電動ミラーユニット(14)は、コンピュータ(17)から送られる制御信号に基づいて独立して制御可能な2つの電子制御ミラーを有しており、これら2つの電子制御ミラーは、電動ステージ(2)上の基板(1)内におけるレーザー光の走査方向において、一方のミラーがX方向、他方のミラーがY方向の走査を夫々担当する。
電子制御ミラーとしては、ガルバノミラー、ピエゾ駆動によるミラー、アクチュエータ駆動によるミラー等が好適に用いられる。
【0023】
ダイクロイックミラー(15)は、電動ミラーユニット(14)を通過したレーザー光の向きを変えてダイクロイックミラー(16)へと導く。
ダイクロイックミラー(16)は、この導かれたレーザー光の向きを変えて、ミラーユニット(7)のダイクロイックミラー(71)へと導く。
【0024】
本発明に係る細胞処理方法は、上記構成からなるレーザートラッピング装置を用いて行うことが可能であり、以下その具体的方法について説明する。
本発明に係る方法では、複数の細胞を含む懸濁液が滴下される基板(1)が、レーザートラッピング装置の電動ステージ(2)上に固定される。
【0025】
図2は、本発明において細胞を含む懸濁液が供給される基板(1)の一例を示す図であって、(a)は平面図、(b)は正面図である。
図示例において、基板(1)は、ガラス基板(25)上に左右一対の電極(21)を平行に形成した構成を有しており、電極(21)の間に形成されるスリット(23)が細胞を含む懸濁液(K)が供給される融合プールとなる(図2(b)参照)。尚、図示していないが、スリット(23)に電極(21)と直角方向の仕切り壁を設けて、1枚の基板上に複数の融合プールを設ける構成とすることもできる。
電極(21)は例えば金メッキ電極からなり、夫々コネクター(22)を介して図示しない電源装置と接続されている。電極(21)同士の間隔は特に限定されないが、通常2mm以内程度とされ、例えば250μm程度とすることができる。
【0026】
上記の如く形成された左右一対の電極(21)間に形成されたスリット(23)内に、多数の細胞を含む懸濁液(K)が滴下される(図2(b)参照)。
図3は、細胞を含む懸濁液を滴下した直後のスリット(23)を模式的に示す平面図である。
この状態では電極間に電圧は印加されておらず、多数の細胞(S)は規則性無くバラバラに液中に存在している。
次いで、この電圧が印加されていない状態において、第1レーザー光源(8)から出力されたIRレーザーを基板(1)内のスリット(23)へと導いて懸濁液中の細胞(S)を捕捉し、電動ミラーユニット(14)の駆動によってレーザー光を走査して個々の細胞(S)を移動させて、細胞の配列を所望配列に近づける(図4破線円内参照)。
このレーザートラッピングによる移動は、細胞(S)を初期状態から所望配列(最終的に得ようとする配列)に近づくように細胞を移動させて大まかに配列させるものであって、完全な所望配列を得るための移動ではない。
【0027】
レーザートラッピングにより細胞を所望配列に近づけた後、電極(21)間に交流電圧を印加することによって、スリット(23)内の液中に電場を生じさせる。
交流電圧の印加条件の一例を挙げると、電圧:6〜10V程度、周波数:2MHz程度、印加時間:数秒〜20秒程度である。但し、この条件はあくまでも一例であって、細胞の種類等によって適宜変更することができる。
【0028】
対向する電極(21)間に交流電圧が印加されると、電極間にある細胞(S)は電場方向に対して平行に配列するように移動を開始する。
交流電圧の印加により生じる細胞(S)の動きの軌道は、列をつくるための最短距離をとるが、交流電圧の印加前にレーザートラッピングによって細胞(S)が移動されて所望配列に近い配列となっていることから、細胞(S)は最短距離をとるように移動すると、ほぼ必然的に所望配列へと導かれ、細胞同士が隙間無く隣接した所望配列が得られる(図5破線円内参照)。
【0029】
上記した交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとして移動してくる不要な細胞(S1)をレーザートラッピングにより捕捉して排除する(配列から離す)操作を行うことが好ましい(図5の矢印参照)。
更に、交流電圧の印加中に、所望配列に必要な細胞により形成されている配列が崩れるのを防ぐために、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持する操作を行うことが好ましい。
このようなレーザートラッピング操作を行うことによって、より確実に短時間で所望の細胞配列を得ることが可能となる。
【0030】
これらのレーザートラッピング操作は、上述した第1レーザー光源(8)から出力されたIRレーザーを走査することによって行うことができる。
細胞は時間が経つと基板に貼り付いてレーザートラッピングによる移動が困難となるが、交流電圧の印加によって細胞が基板から引き剥がされるため、これらのレーザートラッピングによる細胞の移動は容易に行うことができる。
【0031】
上記した交流電圧の印加によって細胞(S)が所望配列に並んだ後、隣接する細胞同士を融合させる処理を行う。
この細胞融合処理は、電極(21)間に直流電圧を印加する方法により行うこともできるし(図6参照)、隣接する細胞間にレーザーを照射する方法により行うこともできる。
後者の方法では、第2レーザー光源(9)から出力されるUVレーザーを使用することができる。このとき、本発明の方法では細胞を所望の配列に隙間無く隣接させることができるため、従来のように多光軸のトラッピング用レーザーにて細胞を隣接させる操作が不要となり、当該レーザービームを顕微鏡へ導入するための非常に複雑な光学系を省略することが可能となる。
【0032】
尚、上記した本発明に係る細胞処理方法において、基板(1)の構成は図2に示したものに限定されず、異なる構成の基板を用いることも可能である。
図7(a)乃至(c)は、図2に示した基板(1)のスリット(23)部分に変更を加えた例を示す平面図である。尚、これらの図ではスリット部分のみを抽出して示しており、電極については図2に示したものと同様の構成を採用することができる。
【0033】
図7に示した基板(1)のスリット(23)には、溝(24)が形成されている。尚、このような溝を有する基板は、例えば光造形法により平面を積層して作製することができる。
これらの基板(1)上に形成された溝(24)は、細胞の所望配列(最終的に得ようとする細胞配列)に合わせた形状とされており、溝(24)の長さ、深さ、幅は、所望配列の長さ、深さ、幅とほぼ同じで僅かに大きい程度に設定されている。
溝(24)の平面視形状は、(a)図では2つの大円を直線で繋いだ形状、(b)図ではY字形状、(c)図では楕円環形状とされている。但し、本発明において溝(24)の形状はこれらに限定されず、細胞の所望配列に合わせて適宜変更することができる。
【0034】
このようなスリット(23)に溝(24)が形成されている基板(1)を使用した場合の細胞処理方法について、図7(a)に示した基板を用いた場合の図を参照しながら説明する。尚、以下に説明する一連の工程のうち、上記説明した処理方法と重複する部分については説明を省略している。
【0035】
スリット(23)に溝(24)が形成されている基板(1)を使用する場合、溝(24)を有するスリット(23)内に多数の細胞を含む懸濁液を滴下した後(図8参照)、細胞(S)をレーザートラッピングにより移動させて溝(24)に落とし込むことにより、細胞(S)を所望配列に近づける(図9参照)。このとき、所望配列に不要な細胞は、レーザートラッピングにより捕捉して溝(24)から離れるように予め遠くに排除しておくとよい。
【0036】
溝(24)内に所望配列に必要な細胞を全て落とし込んだ後、電極間に交流電圧を印加することにより細胞同士を隙間無く隣接させ(図10参照)、最後に上記したのと同様の方法で隣接する細胞同士を融合させる処理を行う。
図11はこの方法で得られる細胞配列の例を示しており、(a)は図7(a)の基板を用いた場合、(b)は図7(b)の基板を用いた場合、(c)は図7(c)の基板を用いた場合を夫々示している。
この方法によれば、溝の形状に沿った任意形状の細胞配列を簡単に得ることができ、多種多様な形状での細胞融合が可能となり、また一度に多数が融合された細胞を得ることも容易に可能となる。
【0037】
以上、本発明の実施形態の一例として、交流電圧の印加前にレーザートラッピングにより細胞の移動操作を行う細胞処理方法について説明したが、本発明においては、交流電圧の印加中にレーザートラッピングにより細胞の移動操作を行うことも可能であり、以下この方法を本発明の他の実施形態として説明する。
交流電圧の印加中にレーザートラッピングにより細胞の移動操作を行うことの利点については、既に段落(0030)において説明した通りであり、本発明の他の実施形態はこの利点を最大限利用するものである。
【0038】
すなわち、本発明の他の実施形態は、複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加中に行われるものである。
以下にこの他の実施形態について図面を参照しながらより詳細に説明する。尚、前述の実施形態と共通する構成については同じ符号を付している。
【0039】
懸濁液(K)として基板(1)上の左右一対の電極(21)間に供給された細胞(S)は、時間の経過に伴って底に沈殿して基板上にべったりと着底し(貼り付き)、レーザートラッピング力によっては細胞を移動させることが困難となる(図12左側の破線円内参照)。
そこで、本発明では、電極(21)間に交流電圧を印加することにより、着底した若しくは着底しようとしている細胞に対して、数秒程度(パールチェーンを形成しない時間で細胞が僅かに泳動する程度の時間)、交流電圧を印加する。
【0040】
すると、細胞(S)はパールチェーンを形成するために基板(1)から引き剥がされて、懸濁液(K)中に浮いた状態となる(図12右側の破線円内参照)ので、この状態で細胞のレーザートラッピングを行う。このレーザートラッピング操作は、上述した実施形態と同様に、第1レーザー光源(8)から出力されたIRレーザーを走査することによって行うことができる。
【0041】
交流電圧の印加によって、細胞が基板から引き剥がされて懸濁液中に浮いた状態では、基板に貼り付いた状態に比べてレーザートラッピングが劇的に容易となる。
従って、この他の実施形態の方法によれば、細胞融合処理等におけるレーザーマニピュレーションの作業効率が大幅に向上し、ターゲットが生細胞の場合でも細胞の鮮度を損なうことなく処理を行うことが可能となる。また、この方法は、多種の細胞の混合液から特定の細胞だけをレーザーマニピュレーションにより取り出す方法としても非常に有効である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、複数の細胞を融合させる際において、細胞の配列の制御や細胞の移動の容易化のための方法として利用でき、これにより細胞融合の配列設計の容易化や作業性の向上が達成され、再生医療、農業、染色体遺伝子の解析、特定タンパク質の生産などの分野において作業効率の大幅な向上と共に新しい技術の提供を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明に係る細胞処理方法において用いることができるレーザートラッピング装置の一例を示す概略図である。
【図2】本発明で用いられる基板の一例を示す図である。
【図3】細胞を含む懸濁液を滴下した直後の基板のスリット部分を示す図である。
【図4】交流電圧印加前にレーザートラッピングにより細胞を所望配列に近づけた状態を示す図である。
【図5】交流電圧の印加により細胞が所望配列へと導かれた状態を示す図である。
【図6】隣接する細胞同士を融合している状態を示す図である。
【図7】基板の変更例を示す平面図である。
【図8】変更例の基板のスリット内に多数の細胞を含む懸濁液を滴下した直後の状態を示す図である。
【図9】細胞をレーザートラッピングにより移動させて溝に落とし込むことにより、所望配列に近づけている状態を示す図である。
【図10】電極間に交流電圧を印加して細胞同士を隙間無く隣接させた状態を示す図である。
【図11】図7の基板を用いて配列された細胞を示す図である。
【図12】本発明の他の実施形態における細胞処理方法の説明図である。
【符号の説明】
【0044】
1 基板
2 電動ステージ
8 第1レーザー光源
9 第2レーザー光源
14 電動ミラーユニット
21 電極
24 溝
23 スリット
K 懸濁液
S 細胞
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加前もしくは印加中に行われ、該印加前のレーザートラッピングでは細胞を初期状態から所望配列に近づける操作を行うことを特徴とする細胞処理方法。
【請求項2】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作が、細胞をレーザートラッピングにより移動させて、前記対向する電極間に所望配列の形状に合わせて形成された溝に落とし込むことにより行われることを特徴とする請求項1記載の細胞処理方法。
【請求項3】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとする不要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して排除することを特徴とする請求項1又は2記載の細胞処理方法。
【請求項4】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の細胞処理方法。
【請求項5】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、前記電極間に直流電圧を印加して隣接する細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法。
【請求項6】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、隣接する細胞間にレーザーを照射して当該細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法。
【請求項1】
複数の細胞を含む懸濁液が供給された対向する電極間に交流電圧を印加する工程と、該電極間において細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程を含み、前記細胞をレーザートラッピングにより移動させる工程が、前記交流電圧の印加前もしくは印加中に行われ、該印加前のレーザートラッピングでは細胞を初期状態から所望配列に近づける操作を行うことを特徴とする細胞処理方法。
【請求項2】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作が、細胞をレーザートラッピングにより移動させて、前記対向する電極間に所望配列の形状に合わせて形成された溝に落とし込むことにより行われることを特徴とする請求項1記載の細胞処理方法。
【請求項3】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列に加わろうとする不要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して排除することを特徴とする請求項1又は2記載の細胞処理方法。
【請求項4】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加中に、所望配列を既に形成している必要な細胞をレーザートラッピングにより捕捉して配列を保持することを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の細胞処理方法。
【請求項5】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、前記電極間に直流電圧を印加して隣接する細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法。
【請求項6】
前記細胞をレーザートラッピングにより移動させて所望配列に近づける操作の後、交流電圧の印加により所望配列が得られた後に、隣接する細胞間にレーザーを照射して当該細胞同士を融合させることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の細胞処理方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−149279(P2006−149279A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−344603(P2004−344603)
【出願日】平成16年11月29日(2004.11.29)
【出願人】(504037151)サイボックス株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年11月29日(2004.11.29)
【出願人】(504037151)サイボックス株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
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