説明

細胞分離のための細胞富化方法

【課題】細胞の大きさの違いに基づき、分岐マイクロ流路内の流れのみによって、細胞に物理的、化学的影響を与えず、大きいサイズの細胞を富化する。
【解決手段】一つのマイクロ流路に導入した細胞溶液を、分岐点における分離チャンバーを経由し、2つの分岐した流路に分離する際に、サイズの大きい細胞は一方の流路に入り、サイズの小さい細胞は両方の流路に入る。従って、一方の流路を経由した溶液の中で、大きい細胞が富化される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、再生医工学、および医学分野における細胞分離・富化に関する技術である。
【背景技術】
【0002】
溶液中に混在する多種類の細胞から、特定の特性を有する細胞を選別して抽出することは細胞生物学の研究、病理的診断・治療、再生医工学などの領域に極めて重要である。この細胞分離では現在広く使われている方法は比重法、フィルター法、またはより特異的な細胞を抽出するためにその細胞の蛍光染色に基づく高速なフローサイトメータが生物学や医療現場に広く用いられている。しかし以上の方法は標的細胞に強い物理・化学の操作を与えるため、細胞にダメージをもたらし、またエネルギー消費の増大、高コスト、環境への悪影響、などの問題点がある。
【0003】
近年、半導体微細加工技術の進歩とその応用領域の拡大により、マイクロ流路やマイクロ分析装置の研究・開発が盛んに行われている。その中で、マイクロ流路内の流体運動(microfluidics, マイクロ流体力学)に基づく細胞分離システムも報告された。例えば、一つのマイクロ流路に導入した細胞を二つの分岐流路に分離する際に、電気浸透流ポンプで流量を制御し、後の流路で細胞を抽出している(特許文献1)。また、流入マイクロ流路の両脇に多数の直角分岐マイクロ流路を接続し、それぞれの分岐流路の流量制御により流入溶液に含まれる粒子を粒子サイズで選別・抽出したり(非特許文献1)、マイクロ流路に全血を流す際にサイズの大きい白血球の壁沿いの運動を利用して、マイクロ分岐流路に流入する液の中での白血球を富化している(非特許文献2)。
【0004】
上記の例はいずれも微細加工によるマイクロ分岐流路に基づく、小型、安価な細胞分離装置であり、特に後者の二つは微小流れを用いるだけで、サイズの大きい細胞(粒子)を富化することが出来る。しかし、問題点としては富化率がまだ低く、それぞれの論文によるといずれも富化率は50倍以下である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−113223号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】MYamada and M Seki. Lab Chip, 2005,5:1233-1239
【非特許文献2】SS Shevkoplyas, et. al.. Anal Chem2005,77:933-939
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の方法では、細胞を分離する際に蛍光染色、あるいは細胞に電圧をかける等の物理的、生化学的手段で細胞を識別して分離する。このため、細胞にダメージを与え、コストも高く、環境にも悪影響を及ぼす。
【0008】
本発明の目的は、使い捨て可能な安価な基板を用いて、細胞に電気的、化学的刺激や悪影響を与えずに分離・富化する手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
分離チャンバーに、細胞溶液を流入させる流入流路と、流入した細胞溶液を流出させる流出流路を複数設けてなる流路構造内に、平均サイズの異なる複数の細胞群を含む細胞溶液を流通させて、最大の平均サイズを有する細胞群を富化する細胞富化方法であって、かつ、下記(1)から(4)の特徴を有する細胞富化方法。
(1)前記流入流路の流路幅を最大の平均サイズを有する細胞群の平均直径の1〜3倍とする。
(2)分離チャンバーにおいて細胞溶液の流速が流入流路における流速より遅くなる構造を持つ。
(3)分離チャンバーにおける流線分布が主流線(流速が最大の流線)に対して非対称である。
(4)流出流量のより小さい流出流路の流路幅を最大の平均サイズを有する細胞群の平均直径以上とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明は従来の技術と違い、細胞のサイズの大きさの違いを利用して、マイクロ流路内の流れのみで、サイズの大きい細胞を分離・富化することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明で使用されるマイクロ流路構造の一例(概略図)である。
【図2】図1に記載のマイクロ流路構造における流体力学的解析の流線図と大きい細胞の流れ軌跡を示す図である。
【図3】大きい細胞を含む分離チャンバーにおける圧力分布図である。
【図4】大きい細胞が受けた総圧力と変更された速度方向を示す図である。
【図5】本発明で使用される本マイクロ流路構造の実施形態の一例を示す図である。
【図6】本発明で使用される本マイクロ流路構造の変形例の一例を示す図である。
【図7】本発明で使用される本マイクロ流路構造の変形例の一例を示す図である。
【図8】本発明で使用される本マイクロ流路構造の変形例の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明を、添付図面に関連して下記に説明する。
【0013】
図1は、本発明に係る細胞富化方法において使用されるマイクロ流路構造の一例である。当該マイクロ流路構造においては、分離チャンバー101に対して、細胞溶液を流入させる流入流路100と、流入した細胞溶液を流出させる2つの流出流路102、103が設けられている。
【0014】
図2は、図1に示したマイクロ流路に流体を流した際の流れの様子を示す流線図である。当該流線図は、実際の流路における測定に基づいて作成する以外に、公知の流体力学的分析によっても作成することが可能である。
【0015】
図2に示すように、流入流路100の各断面においては、流体と流路壁の摩擦に起因して流路の中心付近で最も大きな流速が観測される。本発明においては、このように流入流路100の各断面において最も流速の速い点を結ぶことで得られる線を「主流線」と定義する。図1に示すマイクロ流路構造においては、図2に示されるように、流入流路100、分離チャンバー101、流出流路102、流入流路から導入された主流線が入る流出流路103が構成されている。
【0016】
本発明においては、このように構成されたマイクロ流路構造に対して、平均サイズの異なる複数の細胞群を含む細胞溶液を流入流路100から流入させる際に、流入流路100の流路幅を当該細胞溶液に含まれる最大の平均サイズを有する細胞群(以下、簡単に「最大の細胞」と記載する。)の直径の1〜3倍程度に調整することを特徴とする。このように構成されたマイクロ流路を使用することで、流入流路100を流れる最大の細胞は、流入流路100の流路幅のほぼ中央に位置するように制限される結果、当該最大の細胞は流入流路100内の主流線に沿って移動することとなる。そして、一旦主流線に沿った最大の細胞は分離チャンバー101内における圧力差により主流線から離れ、主流線の流出流路103と違う流出流路102に流入するように移動する。こうした主流線から離れる流線横断運動によって、より高い富化率を得ることが出来る。この際に、流出流路102の流路幅を最大の細胞が流通可能なサイズにしておくことで、最大の細胞のほぼ全てが流出流路102を経て流出する。
【0017】
一方、細胞溶液に含まれる比較的小さな細胞は、流入流路100内において幅方向には略均等に分布されるため、必ずしも流出流路102に流入せず、一部は流出流路103に流入して最大の細胞と分離されることになる。従って、流出流路102から流出する細胞溶液において最大の細胞が富化される。
【0018】
図1に示したマイクロ流路構造においては、流出流路103の途中にネック部分があり、その後に拡張部分が設けられている。このように、流入させる細胞溶液に応じて流路幅などが決定される流入流路100に対して、分離チャンバー101、流出流路102、103の形状や位置などを適宜設定することで、マイクロ流路における流線分布を調整可能であり、細胞溶液中の最大の細胞を富化する割合を決定することができる。
【0019】
図3は分離チャンバー101内で最大の細胞が受ける圧力分布を示している。
【0020】
分離チャンバー内では圧力勾配が生じ、図4に示す様にサイズの大きい細胞が受けた総圧力の方向には、溶液の主流線とある角度が生じ、そのため細胞は下の流線に渡る動力を受け、速度の方向が元の流線方向から下に変わる。従って、主流線が流出流路103に入っていても、最大の細胞は流出流路102に流れ込む事が可能である。これによって、流出流路102を経る大きいサイズの細胞の富化率がより上がる。
【0021】
本発明を実現する具体的な流路構造は従来の微細加工技術で充分に作成可能である。例えば、ガラス、シリコン、プラスチック、ポリイミド樹脂などの基板にフォトレジストやレーザエッチングなどの技法を用いて数十μmオーダーの流路・チャンバーを加工して作製する。
【実施例】
【0022】
図5は、このマイクロ流路構造の具体的な実施例である。溶液には、ラットの脂肪組織由来幹細胞:直径約14μmと、赤血球:直径約6μmが含まれる。流入流路100の幅は、25μmとし、分離チャンバー101の形状は、図1に示す通りである。流出流路102の幅は40μmであり、流出流路103の幅は、最小幅14μmで、長さ40μmのネック部分を経て、100μm幅に拡張してある。
【0023】
この構造を1回通して、幹細胞の富化率が流入側に比較して約2倍になる。さらにこの手法をn回繰り返せば、富化率は2倍程度になる。
【0024】
図6は、このマイクロ流路構造の変形例の1つである。マイクロ流入流路の形状は、曲線状になっており、遠心力を利用して、サイズの大きい細胞の軌跡をより制御し、富化率をさらに上げる事が可能である。
【0025】
図7は、このマイクロ流路構造の変形例の1つである。マイクロ流入流路の形状は、テーパ状になっており、サイズの小さい細胞の流路幅方向の分布を不均一にして、流出流路103への流出割合を高め、サイズの大きい細胞の富化率を高める事が可能である。
【0026】
図8は、このマイクロ流路構造の変形例の1つである。サイズの大きい細胞が流出流路102に流出した際に上方の壁に沿うことを利用し、102流路をさらに分岐すると、サイズの大きい細胞が分岐流路104に流出することで、この104流路において大きい細胞の富化率がさらに高まる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
以上のように、細胞の大きさの違いに基づき、細胞に物理的、化学的影響を与えず、分岐マイクロ流路内の流れのみによって、例えばラットの幹細胞と赤血球の混合溶液において、大きいサイズの幹細胞を富化できる事を確認している。この流路構造は小型・安価であるため、生物学、再生医工学、および医学分野において細胞分離・富化を必要としていた現場では、細胞にダメージを与えず、省エネルギーで、低コスト、かつ環境にやさしい細胞分離・富化工程が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離チャンバーに、細胞溶液を流入させる流入流路と、流入した細胞溶液を流出させる流出流路を複数設けてなる流路構造内に、平均サイズの異なる複数の細胞群を含む細胞溶液を流通させて、最大の平均サイズを有する細胞群を富化する細胞富化方法であって、
(1)前記流入流路の流路幅を最大の平均サイズを有する細胞群の平均直径の1〜3倍とし、
(2)分離チャンバーにおいて細胞溶液の流速が流入流路における流速より遅くなる構造を持ち、
(3)分離チャンバーにおける流線分布が主流線(流速が最大の流線)に対して非対称であり、
(4)流出流量のより小さい流出流路の流路幅を最大の平均サイズを有する細胞群の平均直径以上とすることを特徴とする。
上記(1)から(4)の特徴を有する細胞富化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−100625(P2012−100625A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−253981(P2010−253981)
【出願日】平成22年11月12日(2010.11.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第29回日本シミュレーション学会大会 日本シミュレーション学会主催 平成22年6月19日開催
【出願人】(311004108)
【出願人】(710011453)
【Fターム(参考)】