説明

細胞培養基板の製造方法

【課題】刺激による細胞剥離性の調整が容易な細胞培養基板の製造方法を提供する。
【解決手段】支持基板1と、支持基板上に形成した密度調整層2と、上記密度調整層上に形成された刺激応答層3と、を有し、上記密度調整層が、基板結合用官能基および反応性官能基を有するアンカー化合物が上記基板結合用官能基を上記支持基板の一方の面に結合してなるものであり、支持基板の一方の面にアンカー化合物を接触させ、密度調整層を形成する密度調整層形成工程と、上記密度調整層上に、刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を含む刺激応答層用組成物層を配置し、予め定められた重合度となるように光照射を行うことで上記反応性官能基を重合開始点として上記刺激応答性モノマーを重合させることにより上記刺激応答層を形成する刺激応答層形成工程と、を有することを特徴とする細胞培養基板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刺激による細胞剥離性の調整が容易な細胞培養基板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞シートとは、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で連結されたシート状の細胞集合体である。細胞パターンとは、所望する特定の形状として形成された細胞シートである。細胞シートや細胞パターンは、再生医療などでしばしば用いられる。
細胞シートはシャーレなどの支持体上で細胞培養を行うことにより得られるが、支持体上で形成された細胞シートは接着分子などを介して支持体表面と強固に結合しているため、細胞−細胞間の結合を壊さずに培養支持体から細胞シートを迅速に剥離することは容易ではない。これが細胞パターンの場合、さらに特定の形状を有しているため、培養支持体からの迅速かつ安定・確実な剥離には、さらに困難が伴う。
【0003】
細胞培養支持体から細胞シートを効率的に剥離する方法はこれまで種々検討されており、従来の方法において、剥離方法は主に2つに大別できる。このうち、第一の方法は、酵素反応を用いて支持体と細胞間の結合を弱める方法であり、第二の方法は、細胞接着力の弱い支持体や細胞接着力の変化する支持体を用いる方法である。
【0004】
第一の方法は、より具体的には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)やコラーゲナーゼ(コラーゲン分解酵素)などの酵素を用いて、細胞間接着分子(密着結合分子、接着結合分子、デスモゾーム結合分子、ギャップ結合分子、ヘミデスモゾーム結合分子等)を構成するタンパク質、培養物の周囲を取り巻くコラーゲン結合組織、細胞と支持体との間に形成される細胞外マトリクス(Extracellular Matrix:ECM)を分解する方法である。しかしながら、この方法では細胞−支持体表面の結合だけでなく、細胞−細胞間の結合も弱めてしまう。このため、この方法では、細胞シートに少なからず損傷を与えてしまう。また、この方法で分解される結合物質は、培養される細胞、組織、器官において作られる物質であるから、剥離後においても一定の条件と期間で分解された結合物質を再生することができるが、結合物質の再生には時間がかかる。
【0005】
第二の方法のうち、細胞接着力の変化する支持体を用いる方法としては、例えば、特許文献1に、重合開始能を有する基板に熱応答性モノマーを接した状態で、UV照射してなる支持体を用いる方法が開示されている。このような支持体によれば、表面に温度応答性材料を有することにより、周囲環境の温度変化により、細胞を剥離させて分別回収することができる。しかしながら、このような支持体では、温度応答性材料の密度や鎖長を精度良く制御されたものとすることが困難であり、細胞の種類によっては細胞シートが支持体から剥離するまでに長時間を要したり、剥離することができないといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−104412号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、刺激による細胞剥離性の調整が容易な細胞培養基板の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、少なくとも一方の面が細胞接着性を有する支持基板と、上記支持基板の一方の面上に形成された密度調整層と、上記密度調整層上に形成された刺激応答層と、を有し、上記密度調整層が、基板結合用官能基および反応性官能基を有するアンカー化合物が上記基板結合用官能基を上記支持基板の一方の面に結合してなるものであり、上記刺激応答層が、刺激膨潤性および細胞非接着性を有する刺激応答性材料が上記反応性官能基に結合してなるものである細胞培養基板の製造方法であって、上記支持基板の一方の面に上記アンカー化合物を予め定められた密度となるように接触させ、密度調整層を形成する密度調整層形成工程と、上記密度調整層上に、上記刺激応答性材料を形成可能な刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を含む刺激応答層用組成物層を配置し、予め定められた重合度となるように光照射を行うことで上記反応性官能基を重合開始点として上記刺激応答性モノマーを重合させることにより上記刺激応答層を形成する刺激応答層形成工程と、を有することを特徴とする細胞培養基板の製造方法を提供する。
【0009】
本発明によれば、上記刺激応答層に含まれる刺激応答性材料の密度および分子量を容易に調整することができる。このため、刺激による細胞剥離性を容易に調整することができる。
【0010】
本発明においては、上記密度調整層形成工程が、上記密度調整層の表面の水接触角を45°以下とするものであることが好ましい。細胞剥離応答性に優れた細胞培養基板を容易に得ることができるからである。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、刺激による細胞剥離性の調整が容易な細胞培養基板の製造方法を提供できるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の細胞培養基板の製造方法の一例を示す工程図である。
【図2】実施例で得られた接触時間-水接触角の関係を示すグラフである。
【図3】実施例で得られた露光量-刺激応答層の厚みの関係を示すグラフである。
【図4】実施例で得られた露光量-刺激応答層の厚みの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の細胞培養基板の製造方法は、少なくとも一方の面が細胞接着性を有する支持基板と、上記支持基板の一方の面上に形成された密度調整層と、上記密度調整層上に形成された刺激応答層と、を有し、上記密度調整層が、基板結合用官能基および反応性官能基を有するアンカー化合物が上記基板結合用官能基を上記支持基板の一方の面に結合してなるものであり、上記刺激応答層が、刺激膨潤性および細胞非接着性を有する刺激応答性材料が上記反応性官能基に結合してなるものである細胞培養基板の製造方法であって、上記支持基板の一方の面に上記アンカー化合物を予め定められた密度となるように接触させ、密度調整層を形成する密度調整層形成工程と、上記密度調整層上に、上記刺激応答性材料を形成可能な刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を含む刺激応答層用組成物層を配置し、予め定められた重合度となるように光照射を行うことで上記反応性官能基を重合開始点として上記刺激応答性モノマーを重合させることにより上記刺激応答層を形成する刺激応答層形成工程と、を有することを特徴とするものである。
【0014】
このような本発明の細胞培養基板の製造方法について図を参照して説明する。図1は、本発明の細胞培養基板の製造方法の一例を示す工程図である。図1に示すように、少なくとも一方の面が細胞接着性を有する支持基板1を準備し、上記支持基板1の一方の面上にアンカー化合物を含む密度調整層用組成物を塗布し(図1(a))、上記アンカー化合物を予め定められた密度となるように接触させて密度調整層2を形成し、上記密度調整層2上に、刺激応答性材料を形成可能な刺激応答性モノマーおよび開始剤を含む刺激応答層用組成物を塗布し(図1(b))、形成された刺激応答層用組成物層3´に対して予め定められた重合度となるように露光光として紫外線の照射を行うことにより(図1(c))、反応性官能基を重合開始点として刺激応答性モノマーを重合することにより上記刺激応答層3を形成し、細胞培養基板10とするものである(図1(d))。
なお、図1(a)が密度調整層形成工程であり、図1(b)〜(c)が刺激応答層形成工程である。
【0015】
本発明によれば、上記密度調整層形成工程を有し、支持基板上に結合するアンカー化合物の密度を制御することにより、アンカー化合物の反応性官能基に結合する刺激応答性材料の結合数、すなわち、密度を精度よく制御することができる。このため、このような密度調整層形成工程の後に、刺激応答性層形成工程を行うことにより、上記刺激応答層に含まれる刺激応答性材料の密度(一定の面積に含まれる刺激応答性材料の数)および分子量を容易に調整することができ、刺激による細胞剥離性を容易に調整することができるのである。
なお、刺激応答性材料の密度および分子量を調整することにより、刺激による細胞剥離性を容易に調整できる理由については以下のように推察される。
すなわち、刺激応答層に含まれる刺激応答性材料が膨潤前の状態では、細胞は刺激応答層に接しつつ露出する支持基板と接着することで、全体として細胞培養基板表面に接着した状態となる。
一方、刺激応答性材料に刺激を付与し膨潤状態とした場合、すなわち、刺激応答層を膨潤状態とした場合、刺激応答層が平面方向および厚み方向に膨潤し、露出していた支持基板の被覆や、刺激応答層上の細胞を支持基板から厚み方向に持ち上げること等により、最終的に支持基板から細胞を剥離させることが可能となるのである。
【0016】
したがって、上記刺激応答層に含まれる刺激応答性材料の密度および分子量を調整することで、膨潤状態となった際の刺激応答層の平面方向への広がりや厚み変化を調整することができ、細胞を剥離させる能力である細胞剥離性を容易に調整可能なものとすることができるのである。
【0017】
また、細胞剥離性を容易に調整できることから、細胞の種類に適した細胞培養基板を容易に製造することができ、このような細胞培養基板を用いることにより、例えば、種々の細胞を培養し細胞シートを形成し、その後、その細胞シートを剥離・回収することを容易なものとすることができるのである。
【0018】
さらに、刺激応答層形成工程における刺激応答性モノマーの重合方法として光照射により重合する方法を用いることにより、反応時間が短く生産性が高いものとすることができ、また、フォトマスクが使用できるので刺激応答層をマイクロパターン状の層とすることを容易なものとすることができる。また、刺激応答層として刺激応答性モノマーがどの程度重合したかを、刺激応答層の厚みを測定することで確認する場合において、どの部位を測定すれば良いか、すなわち、光照射により刺激応答性モノマーを重合させた部位と、光照射を行っておらず刺激応答性モノマーが重合していない部位とを容易に判別し、測定することが可能となることから、刺激応答性モノマーの重合度を精度よく制御することが可能となるのである。
【0019】
本発明の細胞培養基板の製造方法は、密度調整層形成工程および刺激応答層形成工程を有するものである。
以下、本発明の細胞培養基板の製造方法に含まれる各工程について説明する。
【0020】
1.密度調整層形成工程
本発明における密度調整層形成工程は、上記支持基板の一方の面に上記アンカー化合物を予め定められた密度となるように接触させ、密度調整層を形成する工程である。
【0021】
(1)支持基板
本工程に用いられる支持基板は、少なくとも一方の面が細胞接着性を有するものである。
ここで、細胞接着性を有するとは、細胞が接着、伸展しやすく、細胞接着伸展率が高い状態であることをいうものである。本工程において、このような細胞接着伸展率が高い状態としては、具体的には、細胞接着伸展率が60%以上である状態とすることができる。
本工程においては、なかでも、80%以上であることが好ましい。効率的に細胞を培養することができるからである。
【0022】
なお、本工程における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm以上30000cells/cm未満の範囲内でウシ血管内皮細胞を播種し、37℃インキュベーター内(CO濃度5%)に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))を表すものである。
また、上記細胞の播種は、10%FBS(血清)入りDMEM培地に懸濁させて基板上に播種し、その後、上記細胞ができるだけ均一に分布するよう、上記細胞が播種された基板をゆっくりと振とうすることにより行うものである。
さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。また、細胞接着伸展率の測定個所としては、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いて測定を行うものである。
【0023】
また、細胞非接着性であるとは、細胞が接着、伸展しにくく、細胞接着伸展率が低い状態であることをいうものである。本工程において、このような細胞接着伸展率が低い状態としては、具体的には、上記細胞接着伸展率が5%以下である状態とすることができる。本工程においては、なかでも2%以下であることが好ましい。
【0024】
このような支持基板としては、所望の細胞接着性を発揮する細胞接着材料を含む細胞接着層からなるものであっても良いが、必要に応じて細胞接着層と、細胞接着層を支持する基材とを有するものであっても良い。
したがって、支持基板の密度調整層が形成される一方の面は、細胞接着層からなるものである場合には任意の一方の面を指し、基材および細胞接着層を有する場合には、細胞接着層が形成された面を指すものである。
【0025】
本工程に用いられる細胞接着層に用いられる細胞接着材料としては、所望の細胞接着性を発揮するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、一般的な細胞培養基板等に用いられる材料を用いることができる。例えば物理化学的特性により細胞と接着する材料としては、例えば親水化ポリスチレン、ポリリジン等の塩基性高分子、アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン等の塩基性化合物およびそれらを含む縮合物等が挙げられる。
また、生物化学的特性により細胞と接着する材料としては、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、ビトロネクチン、RGD(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸)配列含有ペプチド、YIGSR(チロシン−イソロイシン−グリシン−セリン−アルギニン)配列含有ペプチド、コラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、およびこれらの混合物、例えばマトリゲル等が挙げられる。
また、各種ガラス、プラズマ処理を施したポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。また、Al等の金属酸化物、SiO等の無機酸化物や、Au等の金属等の無機材料等も用いることができる。
本工程においては、なかでも、ガラスやSiOを好ましく用いることができ、特にガラスを好ましく用いることができる。
【0026】
本工程に用いられる細胞接着層は、表面の細胞接着性を阻害しない範囲内において、必要に応じて、レベリング剤、可塑剤、界面活性剤、消泡剤、増感剤等の添加剤や、ポリビニルアルコール、不飽和ポリエステル、アクリル樹脂、ポリエチレン、ジアリルフタレート、エチレンプロピレンジエンモノマー、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン、メラミン樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリイミド、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ナイロン、ポリエステル、ポリブタジエン、ポリベンズイミダゾール、ポリアクリルニトリル、エピクロルヒドリン、ポリサルファイド、ポリイソプレンや、ポリエチレングリコール、MPCポリマー(商品名)等の両性イオン高分子等のバインダー樹脂を含むものであっても良い。
【0027】
本工程において支持基板に含まれる基材を構成する材料としては、表面に上記細胞接着材料を含む細胞接着層を安定的に形成できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、細胞接着性の低い細胞非接着性材料等を挙げることができる。具体的には、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールジアクリレート、ポリエチレングリコールメタクリレート等を用いたエチレングリコール系材料、デシルメトキシシランなどの長鎖アルキル系材料、フルオロアルキルシランなどのフッ素系材料、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリルアミドなどの親水性材料、MPCポリマー等のリン脂質材料、BSAタンパク等を挙げられる。
【0028】
本工程に用いられる支持基板が細胞接着層および基材を有する場合の細胞接着層の厚みとしては、表面に所望の細胞接着性を有し、上記密度調整層を安定的に形成可能なものであれば特に限定されるものではないが、0.5nm〜300nmの範囲内とすることが好ましく、なかでも、1nm〜100nmの範囲内とすることが好ましい。上記厚みが上述の範囲内であることにより、表面が細胞接着性を安定的に発揮する支持基板とすることができるからである。
【0029】
本工程に用いられる支持基板の厚みとしては、上記密度調整層および刺激応答層を安定的に支持することができるものであれば特に限定されるものではなく、サイズ等に応じて適宜設定することができる。
【0030】
本工程に用いられる支持基板の形成方法としては、所望の形状のものとすることができるものであれば特に限定されるものではないが、上記細胞接着材料からなるフィルム状または板状の支持基板を準備し、所定の形状に加工する方法を用いることができる。また、基材上に細胞接着層が形成されたものとする場合には、上記細胞接着材料を含む細胞接着層用組成物をスピンコート等の公知の塗布方法を用いて基材上に塗布し、硬化させる方法を挙げることができる。
また、上記細胞接着層が、細胞接着材料として無機化合物のみからなるものである場合には、基材上にスパッタリング法、CVD法、真空蒸着法等の真空製膜法を用いる方法を用いることが好ましい。均一な膜厚の層とすることができるからである。
【0031】
(2)アンカー化合物
本工程に用いられるアンカー化合物は、上記支持基板の一方の面と結合する基板結合用官能基および反応性官能基を有するものである。また、反応性官能基は、後述する刺激応答性材料が結合する官能基である。
すなわち、上記アンカー化合物は、一端が支持基板の一方の面に結合し一端が刺激応答性材料に結合することで、上記刺激応答性材料を支持基板に結合させるアンカーとして用いられるものである。
【0032】
本工程に用いられる基板結合用官能基としては、上記支持基板の一方の面と結合するものであれば特に限定されるものではなく、上記支持基板の一方の面を構成する材料により異なるものであるが、例えば、−Si(OR)基、−SH基、NHS(N-ヒドロキシスクシンイミドエステル)基を挙げることができ、なかでも、−Si(OR)を好ましく用いることができる。上記官能基であることにより上記支持基板の一方の面に安定的に結合できるからである。
より具体的には、上記細胞接着材料がガラス、SiO等である場合、上記基板結合用官能基としては、−Si(OR)等であることが好ましく、また、上記細胞接着材料がAu等である場合、上記基板結合用官能基としては、-SH等であることが好ましい。
【0033】
なお、−Si(OR)基におけるRは、上記基板結合用官能基を介して支持基板の一方の面に結合可能な水素または炭化水素基であれば特に限定されるものではないが、なかでも本工程においては、水素または炭素数1〜10の範囲内の炭化水素基であることが好ましい。
【0034】
本工程に用いられる反応性官能基としては、上記刺激応答性材料が結合可能なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、不飽和二重結合、アミノ基、チオール基、カルボキシル基を挙げることができ、なかでも、不飽和二重結合を好ましく用いることができる。重合開始点として用いることが容易だからである。
【0035】
本工程に用いられるアンカー化合物としては、上述のように基板結合用官能基および反応性官能基を有するものであるが、必要に応じて他の官能基を有するものであっても良い。
このようなその他の官能基としては、例えば、ポリエチレングリコール鎖を有する基等の親水性官能基を挙げることができる。
例えば、上記親水性官能基を有することにより、刺激を付与した際に上記刺激応答性材料に水分子が接近し易いものとすることができ、刺激付与から細胞剥離までの時間が短いもの、すなわち、細胞剥離応答性に優れたものとすることができるからである。
【0036】
このような本工程に用いられるアンカー化合物の具体例としては、例えば、メタクリロキシシラン、ビニルシラン、アミノシラン、エポキシシラン等のシランカップリン剤を挙げることができ、なかでも、メタクリロキシシランを好ましく用いることができる。
【0037】
本工程に用いられるアンカー化合物は、1種類のみからなるものであっても良く、2種類以上含むものであっても良い。
【0038】
(3)密度調整層の形成方法
本工程において、支持基板の一方の面に上記アンカー化合物を接触させる接触方法としては、支持基板に上記アンカー化合物が所望の密度で結合した密度調整層を形成できる方法であれば特に限定されるものではなく、上記アンカー化合物を含む密度調整層用組成物を上記支持基板の一方の面上に塗布する方法を用いることができる。
また、上記アンカー化合物を蒸着法等のドライプロセスで支持基板の一方の面に結合させる方法を用いることができる。
【0039】
ここで、予め定められた密度とは、本発明の製造方法により製造される細胞培養基板を用いて培養される細胞に対して所望の細胞剥離性等を発揮できる密度を指すものであり、細胞の種類や刺激応答性材料の種類等に応じて適宜設定されるものである。
このような支持基板に結合するアンカー化合物の密度を予め定められたものとなるように接触させる方法としては、上述の接触方法において、密度調整層用組成物に含まれるアンカー化合物の濃度や、密度調整層用組成物を支持基板に接触させておく時間、接触処理時の処理温度を調整する方法を用いることができる。
例えば、濃度、処理温度を一定にして、接触時間に対する結合したアンカー化合物の密度のグラフを作成することにより検量線を得、この検量線に基づいて接触時間を決定する方法を用いることができる。
本工程においては、なかでも、接触時間を調整する方法であること、すなわち、接触時間を調整することで、予め定められた密度でアンカー化合物を支持基板に結合させることが好ましい。接触時間に対する密度の関係を示す検量線を作成し、この検量線に基づいて接触時間を決定することで、1種類の密度調整層用組成物を用いて、種々の密度のアンカー化合物からなる密度調整層を容易に形成できるからである。
なお、このような検量線を作製するに当たり用いるアンカー化合物の密度としては、単位面積当たりの支持基板に結合しているアンカー化合物の数である密度そのものの値を用いるものであっても良いが、密度と相関関係がある値を用いて、間接的に密度との関係を求めるものであっても良い。具体的には、水接触角等を用いることができる。すなわち、検量線として、接触時間(処理時間)に対する水接触角のグラフを用いることができる。
【0040】
ここで、上記水接触角は、水の接触角をいうものであり、このような接触角の測定方法としては、乾燥状態(23℃−65%RH)下で、水平に設置した密度調整層上に、マイクロシリンジから水(純水)を滴下して水の液滴を形成し、30秒静置後に測定を行うことで得ることができる。また、水接触角とは、上記密度調整層と水の液滴とが接触する点における水の液滴表面に対する接線と上記密度調整層表面とがなす角であり、水の液滴を含む側の角度をいう。
このような接触角の測定については、例えば、全自動接触角計(協和界面化学(株)CA−Z型)を用いて測定することができる。
【0041】
本工程においては、必要に応じて、密度調整層用組成物に基板結合用官能基の支持基板の一方の面への結合を促進するような触媒を添加して用いても良い。
なお、このような触媒としては、例えば、基板結合用官能基が−Si(OR)等である場合には、トリメチルアミン等を用いることができる。
【0042】
本工程においては、密度調整層の形成が終了した後、すなわち、アンカー化合物の支持基板への接触が終了した後に、支持基板上の密度調整層用組成物を除去する洗浄処理を行うものであっても良い。密度調整層用組成物の残渣が残存していると、本工程後に、アンカー化合物の密度が変化する可能性があるからである。
【0043】
本工程における密度調整用組成物の塗布方法としては、密度調整層用組成物の塗膜を均一な厚みで形成できる方法であれば特に限定されるものではなく、スピンコート法やダイコート法等の公知の塗布方法を用いることができる。
また、形成される塗膜の厚みについては、塗膜に含まれる平面視上のアンカー化合物の分布が均一なものとすることができるものであれば特に限定されるものではない。
【0044】
(4)密度調整層
本工程により形成される密度調整層は、上記アンカー化合物が上記基板結合用官能基を支持基板の一方の面に結合してなるものであり、上記アンカー化合物からなる単分子膜である。
このような密度調整層の水接触角としては、所望の細胞剥離性等を発揮できるものであれば特に限定されるものではないが、45°以下とするものであることが好ましく、35°以下がより好ましく、特に20°以下がより好ましい。上記密度が、上記水接触角を上述の範囲内とするものであることにより、刺激を付与した際に密度調整層上に形成される刺激応答層を構成する刺激応答性材料に水分子が接近し易いものとすることができる。したがって、培地中での刺激の付与から刺激応答性材料が膨潤状態となるまでの時間を短いものとするができるからである。
なお、測定に用いられる密度調整層は、刺激応答層形成前、かつ、乾燥時のものを用いて測定するものである。
【0045】
2.刺激応答層形成工程
本発明における刺激応答層形成工程は、上記密度調整層上に、上記刺激応答性材料を形成可能な刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を含む刺激応答層用組成物層を配置し、予め定められた重合度となるように光照射を行うことで上記アンカー化合物の反応性官能基を重合開始点として上記刺激応答性モノマーを重合させることにより、上記刺激応答層を形成する工程である。
【0046】
(1)刺激応答層用組成物層
本工程に用いられる刺激応答層用組成物層は、刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を少なくとも含むものである。また、刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を少なくとも含む刺激応答層用組成物を、密度調整層上に塗布して形成されるものである。
【0047】
本工程に用いられる刺激応答性モノマーは、重合により、刺激膨潤性および細胞非接着性を有する刺激応答性材料を形成可能なものである。
本工程において刺激膨潤性を有するとは、刺激の付与後に水を吸収し膨潤する性質が変化する性質を有することをいう。具体的には、刺激前後の膨潤時の体積変化(刺激後/刺激前)が、1よりおおきくなるものをいうものである。
なお、刺激による刺激前後の体積変化は、本発明の製造方法で製造された細胞培養基板を、37℃、細胞培養溶液中に24時間静置した後の刺激応答層の体積を刺激前の体積とし、その後、それぞれの刺激応答性材料に適した刺激を24時間連続して付与した後の細胞応答層の体積を刺激後の体積として、刺激後の体積体/刺激前の体積の比により求めることができる。
【0048】
本工程に用いられる刺激応答性材料としては、細胞非接着性および刺激膨潤性を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、温度変化により膨潤する温度応答性材料、光照射により膨潤する光応答性高分子、磁力により膨潤する磁力応答性高分子、電位変化により電位応答性高分子等を挙げることができる。
本工程においては、なかでも温度応答性材料であることが好ましい。刺激の付与が容易だからである。
【0049】
本工程に用いられる温度応答性材料としては、具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、及び、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド等を挙げることができ、なかでもPIPAAm、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミドを好ましく用いることができ、特に、PIPAAmを好ましく用いることができる。細胞の培養に適した温度において凝集状態を示し本発明の細胞培養基板に細胞接着性を発揮させ、細胞へのダメージの少ない温度範囲内で膨潤状態となり細胞剥離性を示すことができるからである。このため、細胞への悪影響なく細胞シートの形成およびその剥離を可能なものとすることができるからである。
本工程においては、上記温度応答性材料が1種類の化合物のみからなるものであっても良く、2種類以上含むものであっても良い。
【0050】
本工程に用いられる光応答性材料としては、光照射の有無により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−210936号公報に開示されるような、アゾベンゼン、ジアリールエテン、スピロピラン、スピロオキサジン、フルギドおよびロイコ色素等の光応答成分を含むもの等を用いることができる。
【0051】
本工程に用いられる電位応答性材料としては、電位の印加により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2008−295382号公報に開示されるような、電極と、RGD配列を含むペプチド等の細胞接着性部分を有し、上記電極表面にチオレートを介して結合するアルカンチオール、システイン、アルカンジスルフィド等のスペーサ物質とを有するものを挙げることができる。
【0052】
本工程に用いられる磁力応答性材料としては、磁力の付与・除去により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−312386号公報に開示されるような、フェライト等の磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソームを挙げることができる。
【0053】
このような刺激応答性材料を形成可能な刺激応答性モノマーとしては、所望の重合度の刺激応答性材料を構成可能なものであれば特に限定されるものではなく、刺激応答性材料の種類により決定されるものである。
具体的には刺激応答性材料が、温度応答性材料であるPIPAAmである場合には、刺激応答性モノマーとして、n−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)を用いることができる。
【0054】
本工程に用いられる刺激応答層用組成物に含まれる光重合開始剤としては、光照射により上記刺激応答性モノマーを重合し刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、一般的なものを用いることができるが、例えば、2−ヒドロキシ−2−メチル−プロピオフェノン、ベンゾフェノン、ミヒラーケトン、4,4´−ビスジエチルアミノベンゾフェノン、4−メトキシ−4´−ジメチルアミノベンゾフェノン、2−エチルアントラキノン、フェナントレン等の芳香族ケトン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインフェニルエーテル等のベンゾインエーテル類、メチルベンゾイン、エチルベンゾイン等のベンゾイン、2−(o−クロロフェニル)−4,5−フェニルイミダゾール2量体、2−(o−クロロフェニル)−4,5−ジ(m−メトキシフェニル)イミダゾール2量体、2−(o−フルオロフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール2量体、2−(o−メトキシフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール2量体、2,4,5−トリアリールイミダゾール2量体、2−(o−クロロフェニル)−4,5−ジ(m−メチルフェニル)イミダゾール2量体、2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン、2−トリクロロメチル−5−スチリル−1,3,4−オキサジアゾール、2−トリクロロメチル−5−(p−シアノスチリル)−1,3,4−オキサジアゾール、2−トリクロロメチル−5−(p−メトキシスチリル)−1,3,4−オキサジアゾール等のハロメチルチアゾール化合物、2,4−ビス(トリクロロメチル)−6−p−メトキシスチリル−S−トリアジン、2,4−ビス(トリクロロメチル)−6−(1−p−ジメチルアミノフェニル−1,3−ブタジエニル)−S−トリアジン、2−トリクロロメチル−4−アミノ−6−p−メトキシスチリル−S−トリアジン、2−(ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン、2−(4−エトキシ−ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン、2−(4−ブトキシ−ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン等のハロメチル−S−トリアジン系化合物、2,2−ジメトキシ−1,2−ジフェニルエタン−1−オン、2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルフォリノプロパノン、1,2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1,1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニルケトン、ベンジル、ベンゾイル安息香酸、ベンゾイル安息香酸メチル、4−ベンゾイル−4´−メチルジフェニルサルファイド、ベンジルメチルケタール、ジメチルアミノベンゾエート、P−ジメチルアミノ安息香酸イソアミル、2−n−ブチキシエチル−4−ジメチルアミノベンゾエート、2−クロロチオキサントン、2,4ジエチルチオキサントン、2,4ジメチルチオキサントン、イソプロピルチオキサントン、エタノン,1−[9−エチル−6−(2−メチルベンゾイル)−9H−カルバゾール−3−イル]−1−(o−アセチルオキシム)、4−ベンゾイル−メチルジフェニルサルファイド、1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニルケトン、2−ベンジル−2−(ジメチルアミノ)−1−[4−(4−モルフォリニル)フェニル]−1−ブタノン、2−(ジメチルアミノ)−2−[(4−メチルフェニル)メチル]−1−[4−(4−モルホリニル)フェニル]−1−ブタノン、α−ジメトキシ−α−フェニルアセトフェノン、フェニルビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フォスフィンオキサイド、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−(4−モルフォリニル)−1−プロパノン、1,2−オクタジオン,1−[4−(フェニルチオ)フェニル]−,2−(o−ベンゾイルオキシム)]等が挙げられる。本工程では、これらの光重合開始剤を単独で、または、2種以上を混合して使用することができる。
【0055】
本工程に用いられる刺激応答性モノマーの含有量および光重合開始剤の刺激応答層用組成物層中の含有量としては、所望の重合度の刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、重合条件等に応じて適宜設定されるものである。
【0056】
本工程に用いられる刺激応答層用組成物は、刺激応答性モノマーおよび重合開始剤以外に、通常、溶媒を含むものである。
このような溶媒としては、上記各成分を均一に分散または溶解できるものであれば特に限定されるものではないが、例えばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル等のエーテル類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールモノエーテル類(いわゆるセロソルブ類);メチルエチルケトン、アセトン、メチルイソブチルケトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノンなどのケトン類;酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸n−プロピル、酢酸i−プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸i−ブチル、前記グリコールモノエーテル類の酢酸エステル(例えば、メチルセロソルブアセテート、エチルセロソルブアセテート)、メトキシプロピルアセテート、エトキシプロピルアセテート、蓚酸ジメチル、乳酸メチル、乳酸エチル等のエステル類;エタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等のアルコール類;塩化メチレン、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエチレン、1−クロロプロパン、1−クロロブタン、1−クロロペンタン、クロロベンゼン、ブロムベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド等のアミド類;N−メチルピロリドンなどのピロリドン類;γ−ブチロラクトン等のラクトン類;ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド類、その他の有機極性溶媒類等が挙げられ、更には、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、及び、その他の有機非極性溶媒類等も挙げられる。これらの溶媒は単独若しくは組み合わせて用いられる。
【0057】
本工程における刺激応答層用組成物層の厚みとしては、刺激応答性モノマーが所望の重合度で重合した刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、刺激応答層用組成物の組成や培養する細胞等に応じて適宜設定されるものである。
【0058】
本工程における刺激応答層用組成物層の配置方法としては、刺激応答層用組成物を塗布して所望の厚みの刺激応答層用組成物層を形成できるものであれば特に限定されるものではなく、スピンコート法やダイコート法等の公知の塗布方法を用いることができる。
【0059】
(2)刺激応答層の形成方法
本工程における刺激応答層の形成方法としては、上記密度調整層上に刺激応答層用組成物層を配置し、予め定められた重合度となるように光照射を行うことで上記反応性官能基を重合開始点として上記刺激応答性モノマーを重合させることにより形成する方法であれば特に限定されるものではない。
ここで、予め定められた重合度とは、本発明の製造方法により製造される細胞培養基板を用いて培養される細胞に対して所望の細胞剥離性等を発揮できる重合度を指すものであり、細胞の種類に応じて適宜設定されるものである。
【0060】
本工程において、予め定められた重合度となるように光照射を行う方法としては、刺激応答性材料を構成する刺激応答性モノマーの重合度を予め定められたものとすることができる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、刺激応答層用組成物層に含まれる刺激応答性モノマーおよび重合開始剤の濃度や、温度、光照射量(露光量:時間×露光強度)等の条件を調整する方法を挙げることができる。例えば、光照射量を調整する方法としては、刺激応答層用組成物層に含まれる各成分の濃度、処理温度等を一定にして、光照射量(時間×強度)に対する重合度のグラフを作成することにより検量線を得、この検量線に基づいて光照射量を決定する方法を用いることができる。
本工程においては、なかでも、光照射量を調整する方法であることが好ましい。光照射量は精度良く調整することが容易であり、刺激応答性モノマーの重合度、すなわち、刺激応答性材料の鎖長の調整が容易であり、上記刺激応答層の厚みを容易に調整できるからである。また、光照射量に対する重合度の関係を示す検量線を作成し、この検量線に基づいて光照射量を決定することで、1種類の刺激応答層用組成物を用いて、種々の重合度の刺激応答性材料からなる刺激応答層を容易に形成できるからである。
なお、このような検量線を作製するに当たり用いる重合度としては、重合度そのものを用いるものであっても良いが、重合度と相関関係がある値を用いて、間接的に重合度との関係を求めるものであっても良い。具体的には、刺激応答性材料の鎖長や、得られた刺激応答層の厚み等を用いることができる。すなわち、検量線として、光照射量に対する厚みのグラフを用いることができる。
【0061】
本工程における刺激応答層の厚みの測定方法としては、精度良く測定できる方法であれば特に限定されるものではないが、原子間力顕微鏡(AFM)もしくは走査型白色干渉計を用いて測定した値を用いることができる。例えば、AFMを用いて測定する場合は、Nanoscope V multimode(Veeco社製)を用いて、タッピングモードで、カンチレバー:MPP11100、走査範囲:50μm×50μm、走査速度:0.5Hzにて、表面形状を撮像し、得られた像から算出することができる。また、走査型白色干渉計を用いて測定する場合は、New View 5000(Zygo社製)を用いて、対物レンズ:100倍、ズームレンズ:2倍、Scan Length:15μmにて、50μm×50μmの範囲の表面形状を撮像し、得られた像から算出することができる。
【0062】
本工程において照射される光としては、刺激応答性モノマーを所望の重合度に重合可能なものであれば特に限定されるものではなく、照射時間や用いる光重合開始剤の種類等に応じて適宜選択されるものである。具体的には紫外線や可視光線を用いることができるが、通常、紫外線が用いられる。
【0063】
本工程においては、光照射が終了した後に、基板上の刺激応答層用組成物層を除去する洗浄処理を行うものであっても良い。特に、光照射量を調整することにより重合度を調整する場合には、光照射後できるだけ早く洗浄処理を施すことが好ましい。本工程後に重合が進行してしまう可能性があるからである。
【0064】
(3)刺激応答層
本工程により形成される刺激応答層は、密度調整層上に形成されるものであり、刺激応答性材料が密度調整層を構成する上記アンカー化合物の反応性官能基に結合してなるものである。
【0065】
本工程における刺激応答層の厚みとしては、所望の細胞剥離性を示すものであれば特に限定されるものではなく、本発明の細胞培養基板を用いて培養する細胞の種類、上記支持基板の種類およびアンカー化合物の密度等に応じて適宜設定することができる。
具体的には、1nm〜100nmの範囲内とすることができ、なかでも1nm〜5nmの範囲内であることが好ましく、特に1nm〜3nmの範囲内であることが好ましい。上記厚みが上述した範囲内であることにより、刺激に対して十分な細胞剥離性を発揮することができるからである。
なお、厚みは、刺激付与前、かつ、乾燥時の厚みをいうものである。
【0066】
3.細胞培養基板の製造方法
本発明の細胞培養基板の製造方法は、上記密度調整層形成工程および刺激応答層形成工程を少なくとも有するものであるが、必要に応じて、その他の工程を有するものであっても良い。
【0067】
本発明の製造方法により製造される細胞培養基板を用いて培養される細胞としては、刺激付与前の表面に接着可能なものであれば特に限定されるものではないが、種々の細胞、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、線維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞、iPS細胞、幹細胞、ES細胞やiPS細胞から分化誘導した種種の細胞等を用いることができる。また、ヒト以外のものであっても良いが、ヒト間葉系幹細胞等のヒト由来の細胞であることが好ましく、なかでもヒト間葉系幹細胞であることが好ましい。これらの細胞は、細胞培養基板表面の細胞接着性を精度良く行わないと、培養・剥離が難しく、培養条件の変化によるダメージを受けやすいため、細胞剥離性に優れた細胞培養基板での培養が必要だからである。したがって、本発明の効果をより効果的に発揮することができるからである。
【0068】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0069】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて具体的に説明する。
【0070】
1.アンカー化合物の密度−処理時間の検量線作成
アンカー化合物(シランカップリング剤、モメンティブパフォーマンスマテリアルズ 社製TSL8370)を濃度0.5質量%で含む密度調整層用組成物をガラス基材に接触させた際の、アンカー化合物の密度−処理時間(接触時間)の検量線を作成した。なお、支持基板表面の水接触角を密度に相関するパラメータとして用いた。結果を図2に示す。
図2に示すように、シラン処理時間(密度調整層用組成物の接触時間)に比例して水接触角が大きくなっており、ガラスと比較し疎水性が高いシランカップリング剤がガラス表面に処理時間に比例して結合していることが確認できた。
なお、水接触角の測定は、全自動接触角計(協和界面化学(株)CA−Z型)を用いて、乾燥状態(23℃−65%RH)下で、水平に設置した密度調整層上に、マイクロシリンジから水(純水)を滴下して水の液滴を形成し、30秒静置後に測定を行うことで得た。
【0071】
2.刺激応答性モノマーの重合度−露光量の検量線作成
支持基板であるガラス基板表面に密度調整層として(アンカー化合物(シランカップリング剤、モメンティブパフォーマンスマテリアルズ 社製TSL8370)が結合してなる基板を準備した。基板としては、表面の水接触角が44°と69°の2種類、すなわち、アンカー化合物の密度の異なる2種類の密度調整層を準備した。
この基板表面に、刺激応答性モノマー(N−イソプロピルアクリルアミド)が濃度40質量%、光重合開始剤として2−ヒドロキシ−2−メチル−プロピオフェノンが1質量%になるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解させ刺激応答層用組成物を塗布し、刺激応答性モノマーの重合度−露光量の検量線を作成した。なお、形成された刺激応答層の厚みを重合度に相関するパラメータとして用いた。結果を図3および図4に示す。
図3および図4に示すように、アンカー化合物の密度に関係なく、露光量で重合度を調整できることが確認できた。
なお、厚みの測定は、New View 5000(Zygo社製)を用いて、対物レンズ:100倍、ズームレンズ:2倍、Scan Length:15μmにて、50μm×50μmの範囲の表面形状を撮像し、得られた像から算出して求めた。
【0072】
3.細胞培養基板の作製
[実施例1]
(細胞培養基材の製造)
ガラス基材を準備し、このガラス基材をシランカップリング剤(モメンティブパフォーマンスマテリアルズ 社製TSL8370)を濃度0.5質量%で含む浴槽に90分浸漬し、ガラス基材表面の反応点(水酸基)とシラノールを反応させ密度調整層を形成した。反応後の表面の水接触角は44°であった(協和界面化学(株)CA−Z型、23℃条件下でマイクロシリンジから純水滴下後30秒後の測定値)。
次いで、刺激応答性モノマー(N−イソプロピルアクリルアミド)が濃度40質量%、光重合開始剤として2−ヒドロキシ−2−メチル−プロピオフェノンが1質量%になるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解させた。この刺激応答層用組成物を上記ガラス基材に塗布した。
ガラス基材に紫外線(波長250nm〜400nm)を45mJ/cm(波長350nmで計測)で照射して、N−イソプロピルアクリルアミドを重合反応させ、シランカップリング剤を介してガラス基材上にPIPAAmの層(刺激応答層)が固定化された細胞培養基材を得た。
【0073】
(細胞培養)
この細胞培養基材上にヒト間葉系肝細胞を1×10cells/cmで播種し、温度37℃、二酸化炭素濃度5%で72時間培養し、コンフルエントな状態とした。
【0074】
(細胞剥離実験)
下限臨界溶液温度以下となる20℃(剥離条件)で30分後に細胞シートの剥離を確認した。
【0075】
[実施例2]
(細胞培養基材の製造)
実施例1と同様にしてガラス基材にシランカップリング剤処理を行い密度調整層を形成し、表面の水接触角を69°とした。ガラス基材に紫外線(波長250nm〜400nm)を27mJ/cm(波長350nmで計測)で照射して、N−イソプロピルアクリルアミドを重合反応させ、シランカップリング剤を介してガラス基材上にPNIPAAm(刺激応答層)が固定化された細胞培養基材を得た。
【0076】
(細胞培養)
実施例1と同様にして細胞培養を行った。
【0077】
(細胞剥離実験)
下限臨界溶液温度以下となる20℃(剥離条件)で2時間経過後も細胞シートが剥離しなかった。
【0078】
[実施例3−1〜3−6]
(細胞培養基材の製造)
N−イソプロピルアクリルアミドを重合反応させるための露光量を9,12、15、30、45および60mJ/cmとした以外は実施例1と同様にして細胞培養基板を作製した。
【0079】
(細胞培養)
この細胞培養基材上にウシ血管内皮細胞を1×10cells/cmで播種し、温度37℃、二酸化炭素濃度5%で72時間培養した。
また、刺激付与前の細胞接着性について、以下の基準で判断を行った。結果を下記表1に示す。
○:コンフルエントな状態となった。
△:細胞は接着し、細胞の増殖が見られたが、コンフルエントな状態にまで増殖できなかった。
×:細胞の増殖が見られなかった、または、細胞が接着しなかった。
【0080】
(細胞剥離実験)
下限臨界溶液温度以下となる20℃(剥離条件)で30分後に細胞シートの剥離を確認し、細胞剥離までに要した時間を測定した。結果を下記表1に示す。なお、細胞剥離評価は、細胞接着性の評価結果が○のものについてのみ行った。
【0081】
[実施例4−1〜4−6]
N−イソプロピルアクリルアミドを重合反応させるための露光量を9、12、15、39、45、および60mJ/cmとした以外は実施例2と同様にして細胞培養基板を作製した。
また、実施例2−1と同様の細胞等を用いて評価を行った。結果を下記表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
表1に示すように、密度調整層の水接触角、すなわち、アンカー化合物の密度と、刺激応答性材料の露光量、すなわち、刺激応答性材料の重合度と、を調整することにより、細胞剥離性を容易に調整することができることが確認された。
また、高密度で重合度が低いもの(厚みが薄いもの)、または、低密度で重合度が高いもの(厚みがあついもの)で、良好な温度応答性(30分より短い時間で剥離)、すなわち、刺激に対して良好な細胞剥離応答性を示すことが確認できた。
さらに、実施例1〜2(ヒト間葉系幹細胞)と、実施例3〜4(ウシ血管内皮細胞)とでは、良好な細胞剥離応答性を示す刺激応答性材料の密度および重合度が異なることが確認できた。また、本発明の製造方法を用いることにより、種類が異なる細胞に適した細胞培養基板を容易に製造できることが確認できた。
【符号の説明】
【0084】
1 … 支持基板
2 … 密度調整層
3 … 刺激応答層
10 … 細胞培養基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一方の面が細胞接着性を有する支持基板と、
前記支持基板の一方の面上に形成された密度調整層と、
前記密度調整層上に形成された刺激応答層と、
を有し、
前記密度調整層が、基板結合用官能基および反応性官能基を有するアンカー化合物が前記基板結合用官能基を前記支持基板の一方の面に結合してなるものであり、
前記刺激応答層が、刺激膨潤性および細胞非接着性を有する刺激応答性材料が前記反応性官能基に結合してなるものである細胞培養基板の製造方法であって、
前記支持基板の一方の面に前記アンカー化合物を予め定められた密度となるように接触させ、密度調整層を形成する密度調整層形成工程と、
前記密度調整層上に、前記刺激応答性材料を形成可能な刺激応答性モノマーおよび光重合開始剤を含む刺激応答層用組成物層を配置し、予め定められた重合度となるように光照射を行うことで前記反応性官能基を重合開始点として前記刺激応答性モノマーを重合させることにより前記刺激応答層を形成する刺激応答層形成工程と、
を有することを特徴とする細胞培養基板の製造方法。
【請求項2】
前記密度調整層形成工程が、
前記密度調整層の表面の水接触角を45°以下とするものであることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−170362(P2012−170362A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33588(P2011−33588)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】