細胞培養用基材
【課題】本発明は、細胞の裏面を容易に観察可能な細胞培養用基材を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、細胞接着性を有する細胞接着領域と、細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、を有し、上記刺激応答性領域および上記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、上記細胞非接着領域が、上記刺激応答性領域の周囲に配置されていることを特徴とする細胞培養用基材提供することにより、上記目的を達成する。
【解決手段】本発明は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、細胞接着性を有する細胞接着領域と、細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、を有し、上記刺激応答性領域および上記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、上記細胞非接着領域が、上記刺激応答性領域の周囲に配置されていることを特徴とする細胞培養用基材提供することにより、上記目的を達成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の裏面を容易に観察可能な細胞培養用基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、いろいろな動物や植物の細胞培養が行われており、また、新たな細胞の培養法が開発されている。細胞培養の技術は、細胞の生化学的現象や性質の解明、有用な物質の生産などの目的で利用されている。さらに、培養細胞を用いて、人工的に合成された薬剤の生理活性や毒性を調べる試みがなされている。
また、細胞表面に発現するタンパク質は、細胞表面で均一に発現しているのではなく、例えば、培地と接する面(表面)と、足場と接着している面(裏面)とでは、異なる発現状態となることが知られている。このため、細胞の裏面に発現しているタンパク質について評価する場合には、細胞を足場である支持体から剥離する必要がある。
【0003】
ここで、細胞培養支持体から細胞シートを剥離する方法はこれまで種々検討されており、従来、酵素反応を用いて支持体と細胞間の結合を弱める方法や、細胞接着力の弱い支持体や細胞接着力の変化する支持体を使用する方法が用いられている。
【0004】
酵素反応を用いる方法としては、より具体的には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)等を用いて細胞間接着分子を構成するタンパク質等を分解する方法が挙げられる。しかしながら、この方法では細胞−支持体表面の結合だけでなく、細胞−細胞間の結合も弱めてしまう。このため、この方法では、細胞シートに少なからず損傷を与えてしまうといった問題があった。
【0005】
また、細胞接着力の変化する支持体を用いる方法としては、例えば、特許文献1および2に、細胞増殖表面を温度応答性ポリマーで被覆した支持体が開示されている。
さらに特許文献3には、イオンビームを照射することにより剥離することができる剥離層に細胞を接着し、細胞を回収する方法が開示されている。また、特許文献4には、細胞パターンの形成および、その細胞パターンを回収する方法が開示されている。特許文献5には、所望の細胞を所望のパターンに沿って培養することが開示されている。
【0006】
しかしながら、細胞を細胞培養支持体から剥離した場合、細胞は培地内に浮遊した状態となるため、細胞の表裏の判断が困難となり、例えば、細胞の裏面側に発現しているタンパク質等についてのみを正確に評価することが困難であるといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平6−104061号公報
【特許文献2】特開平5−192130号公報
【特許文献3】特開2003−082119号公報
【特許文献4】特開2005−342112号公報
【特許文献5】特開2006−8975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、細胞の裏面を容易に観察可能な細胞培養用基材を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、細胞接着性を有する細胞接着領域と、細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、を有し、上記刺激応答性領域および上記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、上記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に、上記刺激応答性領域および上記細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有することを特徴とする細胞培養用基材を提供する。
【0010】
本発明によれば、上記細胞培養用基材上に細胞を播種・培養することにより、上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で結合された細胞シートを形成することができ、その後、上記刺激応答性領域に刺激を与えることにより、上記細胞シートのうち上記刺激応答性領域に接着していた部分のみを剥離させ、培地中に浮遊させることができる。
ここで、このように剥離・浮遊した細胞は、足場のない状態で収縮する性質から、上記細胞シートは上記接着境界の方向に収縮し、上記刺激応答性領域との接着側表面(裏面)を培地側に向くように裏返る。
このため、上記細胞シートの一部が自発的に裏返ることで、裏面が培地側に向いた状態で保持することができ、細胞の裏面を容易に観察可能とすることができる。その結果、例えば、細胞の裏面側でしか発現していないタンパク質等の評価を容易に行うことができる。
【0011】
本発明においては、上記刺激応答性領域の全外周に、上記非接着境界を有することが好ましい。上記刺激応答性領域に接着している細胞シートを上記刺激応答性領域の外周に沿って安定的に剥離することができるからである。
【0012】
本発明においては、上記非接着境界の形状が、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状であることが好ましい。上記刺激応答性領域に接着している細胞シートを上記刺激応答性領域の外周に沿って安定的に剥離することができるからである。
【0013】
本発明においては、上記接着境界の形状が、上記細胞接着領域に向かって凸状の円弧状であり、上記接着境界の形状の曲率が、上記非接着境界の形状の曲率よりも大きいことが好ましい。上記刺激応答性領域に接着している細胞シートが安定的に裏返るからである。
【0014】
本発明においては、上記刺激応答性領域が、温度変化により細胞の接着度合いが変化する温度応答性材料を含むことが好ましい。刺激の付与が容易だからである。
【0015】
本発明においては、上記温度応答性材料が、ポリイソプロピルアクリルアミドであることが好ましい。細胞の培養に適した温度において細胞接着性を有し、細胞へのダメージの少ない温度で細胞非接着性を発現することから、一部が自発的に裏返った上記細胞シートを容易に形成することができるからである。
【0016】
本発明は、上述の細胞培養用基材と、上記細胞培養用基材の上記細胞接着領域および上記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シートと、を有することを特徴とする細胞付基板を提供する。
【0017】
本発明によれば、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートが接着していることにより、一部が裏返った上記細胞シートを形成でき、上記細胞シートの接着側表面(裏面)を容易に観察することができる。したがって、細胞の裏面でしか発現していないタンパク質等の評価を任意のタイミングで容易に行うことができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、細胞の裏面を任意のタイミングで容易に観察可能な細胞培養用基材を提供できるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の細胞培養用基材の一例を示す概略平面図である。
【図2】図1のA−A線断面図である。
【図3】本発明の細胞培養用基材を用いた細胞シート裏面の観察方法を示す工程図である。
【図4】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図5】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図6】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図7】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図8】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図9】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図10】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図11】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図12】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図13】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図14】本発明における接着境界の形状を説明する説明図である。
【図15】本発明の細胞付基板の一例を示す概略断面図である。
【図16】本発明における接着境界の形状を説明する説明図である。
【図17】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略断面図である。
【図18】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略断面図である。
【図19】実施例1で作製した細胞培養用基材上の細胞シートの顕微鏡観察写真である。
【図20】実施例2で作製した細胞培養用基材上の細胞シートの顕微鏡観察写真である。
【図21】実施例2で作製した細胞培養用基材上の細胞シートの顕微鏡観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、細胞培養用基材およびそれを用いた細胞付基板に関するものである。
以下、本発明の細胞培養用基材および細胞付基板について詳細に説明する。
【0021】
A.細胞培養用基材
まず、本発明の細胞培養用基材について説明する。
本発明の細胞培養用基材は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、細胞接着性を有する細胞接着領域と、細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、を有し、上記刺激応答性領域および上記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、上記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に、上記刺激応答性領域および上記細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有することを特徴とするものである。
【0022】
このような本発明の細胞培養用基材について図を参照して説明する。図1は、本発明の細胞培養用基材の一例を示す概略平面図であり、図2は、図1のA−A線断面図である。
図1および図2に例示するように、本発明の細胞培養用基材10は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性材料を含む刺激応答性層1と、細胞接着性を有する細胞接着材料を含む細胞接着層2と、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含む細胞非接着層3と、を有し、上記刺激応答性層1の露出表面である刺激応答性領域11および上記細胞接着層2の露出表面である細胞接着領域12の境界部分である接着境界Xを有し、上記細胞非接着層3の露出表面である細胞非接着領域13が上記刺激応答性領域11の周囲に配置され、上記刺激応答性領域の外周に、上記刺激応答性領域11および細胞非接着領域13の境界部分である非接着境界Yを有するものである。また、上記刺激応答性層1、細胞接着層2および細胞非接着性層3を支持する基材4を有するものである。
【0023】
従来の方法では、細胞の裏面、すなわち、足場である支持体に接着した面を安定的に評価することが難しく、細胞の裏面にのみ発現しているタンパク質等の評価を行うことは困難であった。
これに対して、本発明によれば、上記刺激応答性領域に刺激を与え細胞非接着性を発現させることにより、上記刺激応答性領域に接着している細胞からなる細胞シートを剥離することができる。
また、上記刺激応答性領域の周囲に上記細胞非接着領域が配置されていることにより、上記細胞シートを培地中に浮遊可能なものとすることができる。
さらに、上記刺激応答性領域が上記細胞接着領域との間で接着境界を有することにより、上記細胞シートが浮遊可能なものとなった場合であっても上記細胞接着領域において固定されたものとすることができる。
このため、図3(a)に例示するように、上記細胞培養用基材10上に細胞を播種・培養することにより、上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で結合された細胞シート21を形成し、細胞付基板20とした後に、上記刺激応答性領域に刺激を与えることにより(図3(b))、上記細胞シート21のうち上記刺激応答性領域に接着していた部分のみが剥離する。その後、剥離・浮遊した細胞は足場のない状態で収縮する性質から、図3(c)そして、さらには(d)に例示するように、上記細胞シート21は、上記接着境界の方向に収縮し、刺激応答性領域との接着側表面(裏面)を培地側に向くように裏返る。
したがって、本発明の細胞培養用基材を用いることにより、上記細胞シートの一部を容易に裏返し、裏面が培地側に向いた状態で保持することができることから、細胞の裏面を容易に観察可能とすることができる。その結果、例えば、細胞の裏面側でしか発現していないタンパク質等の評価を容易に行うことができるのである。
なお、図3中の符号については、図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0024】
また、通常、支持体に接着した細胞の剥離には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)等の酵素を用いて、細胞間接着分子を構成するタンパク質等を分解する方法が用いられる。このような方法では、細胞−支持体表面の結合だけでなく、細胞−細胞間の結合も弱めてしまう。このため、上記細胞シートにダメージを与えてしまうといった問題があった。
しかしながら、本発明においては、上記刺激応答性領域を用いるものであるため、このような酵素の使用を不要なものとすることができるため、上記細胞シートにダメージを与えることなく、上記刺激応答性領域から剥離することができる。さらに、上記細胞−細胞間の結合を弱めることがないため、上記刺激応答性領域から剥離した際に、上記細胞シートから細胞が分離することや、上記細胞シートが切断されることを抑制することができる。このため、細胞の裏面を安定的に培地側に向いた状態とすることができるのである。
このように、本発明の細胞培養用基材を用いることにより、細胞シートの一部が細胞に大きなダメージが加わることなく裏返るため、裏面が培地側に向いた状態で安定的に保持することが可能となるのである。また、その結果、今までにない新規な評価を行うことが可能となるのである。
【0025】
本発明の細胞培養用基材は、刺激応答性領域、細胞接着性領域および細胞非接着性領域を少なくとも有するものである。
以下、本発明の細胞培養用基材の各構成について詳細に説明する。
【0026】
1.刺激応答性領域
本発明における刺激応答性領域は、刺激応答性材料を含む刺激応答性層の表面のうち、露出した範囲であり、刺激により細胞の接着度合いを変化させることにより培養する細胞の接着および剥離を行なうことができるものである。
【0027】
(1)刺激応答性領域
本発明における刺激応答性領域は、刺激により細胞の接着度合いを変化させることにより培養する細胞の接着および剥離を行なうことができるものである。
【0028】
本発明における刺激応答性領域は、特定の刺激により細胞の接着度合いが高い細胞接着性を発現している状態から、細胞の接着度合いが低い細胞非接着性を発現している状態に変化し得るものである。
【0029】
ここで、上記刺激応答性領域が細胞接着性を発現しているとは、上記刺激応答性領域上で、細胞が接着、伸展しやすく、細胞接着伸展率が高い状態であることをいうものである。本発明において、このような細胞接着伸展率が高い状態としては、具体的には、細胞接着伸展率が60%以上である状態とすることができる。
本発明においては、なかでも、80%以上であることが好ましい。効率的に細胞を培養し、細胞シートを形成させることができるからである。
【0030】
なお、本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm2以上30000cells/cm2未満の範囲内でウシ血管内皮細胞を播種し、37℃インキュベーター内(CO2濃度5%)に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))を表すものである。
また、上記細胞の播種は、10%FBS(血清)入りDMEM培地に懸濁させて培養基材上に播種し、その後、上記細胞ができるだけ均一に分布するよう、上記細胞が播種された培養基材をゆっくりと振とうすることにより行うものである。
さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。また、細胞接着伸展率の測定個所としては、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いて測定を行うものである。
【0031】
また、上記刺激応答性領域が細胞非接着性を発現している場合とは、上記刺激応答性領域上で細胞が接着、伸展しにくく、細胞接着伸展率が低い状態であることをいうものである。本発明において、このような細胞接着伸展率が低い状態としては、具体的には、上記細胞接着伸展率が5%以下である状態とすることができる。本発明においては、なかでも2%以下であることが好ましい。
したがって、上記刺激応答性領域に細胞を播種すると、細胞接着性を発現している際には細胞が上記刺激応答性領域に接着するが、細胞非接着性を発現している際には細胞が上記刺激応答性領域に接着することを阻害されるため、上記刺激応答性領域に接着していた細胞を剥離することができる。
【0032】
本発明に用いられる刺激応答性領域の形状としては、上記細胞接着領域との間で連続した細胞シートを安定的に形成することができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、既に説明した図1に示すような半円形状、図4および図5に例示するような略楕円形状等の円形状のもの、図6に例示するような多角形状、ライン状等であってもよい。また、複数の形状を組み合わせたものであってもよい。
なお、図4〜図6中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
また、図4および5においては、略楕円形状の刺激応答性領域11および細胞接着領域12の境界である接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。また、図6においては、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12が四角形状であり、両者により形成される接着境界Xが直線状であり、上記刺激応答性領域12の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0033】
本発明に用いられる刺激応答性領域の幅、すなわち、上記接着境界からの距離としては、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば特に限定されるものではないが、具体的には、60μm以上であることが好ましく、なかでも500μm以上であることが好ましい。上記幅が上述の範囲内であることにより、上記刺激応答性領域上の細胞シートを安定的に裏返すことができるからである。
なお、上記幅は、上記細胞シートが裏返り得る最大幅をいうものであり、具体的には、図7に例示するように、上記接着境界Xが上記細胞接着領域12に向かって凸状の場合、すなわち、上記接着境界Xおよび非接着境界Yの交点を結ぶ直線(図中の破線a)が上記刺激応答性領域11に含まれる場合において、上記直線aから垂直方向に上記非接着境界Yまでの距離のうち最長となる距離tをいうものである。また、例えば、図8に示すように上記接着境界Xが上記刺激応答性領域11に向かって凸状、すなわち、上記直線aが細胞接着領域12に含まれる場合において、上記接着境界X上の点における接線(図中の一点破線b)から垂直方向に上記非接着境界Yまでの距離のうち最長となる距離t、または、既に説明した図6に示すように、上記接着境界Xが直線状である場合における上記接着境界Xから垂直方向に上記非接着境界Yまでの距離のうち最長となる距離をいうものである。
また、図7および図8中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
ここで、図7においては、略楕円形状の刺激応答性領域11および細胞接着領域12の接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれている例である。また、図8においては、略楕円形状の刺激応答性領域11および細胞接着領域12との境界である接着境界Xが、上記刺激応答性領域11に向かって凸状、すなわち、上記細胞接着領域12に対して凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれている例である。
【0034】
本発明に用いられる刺激応答性領域の数としては、本発明の細胞培養用基材内に少なくとも1つ含まれるものであれば特に限定されるものではない。本発明においては、既に説明した図1に示すように、細胞培養用基材内に1つであっても良く、図9に例示するように、複数有するものであっても良い。
なお、図9中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
図9においては、略楕円形状の刺激応答性領域11を複数含み、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12との境界である接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれている例である。
【0035】
本発明に用いられる刺激応答性領域の種類としては、1種類のみであっても良く、異なる刺激に応答する複数の刺激応答性領域を含むものであっても良い。
【0036】
本発明に用いられる刺激応答性領域は、その外周の少なくとも一部に、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有するものである。
ここで、上記非接着境界は、上記刺激応答性領域に刺激を与えた際に、上記非接着境界に沿って、上記細胞シートを培地中に浮遊させることができるものであれば特に限定されるものではない。このような非接着境界は、通常、平面視上、上記刺激応答性領域と上記細胞非接着領域とが接した状態を示すものであるが、例えば、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域の間に、上記刺激応答性領域に刺激を与えた際に、上記非接着境界に沿って、上記細胞シートを培地中に浮遊させることができる程度の幅で形成された細胞接着領域等の他の領域が存在する箇所も含むものである。
本発明においては、なかでも、平面視上、上記細胞非接着領域と接する箇所であること、すなわち、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域の間に他の領域を含まない箇所であることが好ましい。上記細胞シートを安定的に形成することができるからである。
【0037】
本発明に用いられる刺激応答性領域の上記細胞非接着領域との位置関係としては、上記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に上記非接着境界を有するものであれば特に限定されるものではなく、既に説明した図1に示すように、平面視上、上記刺激応答性領域の外周においてのみ上記非接着境界を有する関係や、図10に例示するように、上記刺激応答性領域の外周において上記非接着境界を有する関係と上記非接着境界が上記刺激応答性領域内に含まれる関係とを組み合わせたものとすることができる。
また、本発明においては、上記刺激応答性領域の周囲に上記細胞非接着領域が配置されるものであれば良く、既に説明した図1に示すように、上記刺激応答性領域11が上記細胞非接着領域13により周囲が囲まれるものであっても良く、図11に例示するように、上記刺激応答性領域11の周囲の一部に上記細胞非接着領域13が配置されるものであっても良い。
なお、図10および図11中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
また、図10においては、略楕円形状の刺激応答性領域11を含み、上記刺激応答性領域11中に円形状の細胞非接着領域13を有し、上記接着境界Xが上記細胞接着領域11に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。図11においては、略半円形状の刺激応答性領域11を含み、上記接着境界Xが上記刺激応答性領域に向かって凸状、すなわち、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13および細胞接着領域12により囲まれる例である。
【0038】
本発明における刺激応答性領域および細胞非接着領域の境界である非接着境界の形状としては、上記刺激応答性領域に刺激を与えて細胞非接着性を発現させた際に、上記非接着境界に沿って、上記刺激応答性領域に接着していた細胞シートを剥離させることができるものであれば特に限定されるものではないが、上記非接着境界の形状が、上記細胞接着領域に対して凸状であることが好ましい。上記細胞シートを安定的に裏返すことができるからである。
また、本発明においては、なかでも、上記非接着境界の形状が円弧状であることが好ましい。上記非接着境界に沿って上記細胞シートを安定的に剥離させることができるからである。また、例えば、既に説明した図6に示すように、上記非接着境界に多角形の頂点が存在する場合、上記頂点において細胞が固着し、上記刺激応答性領域に刺激を与えたとしても細胞が安定的に剥離することができない可能性があるからである。
なお、上記非接着境界の形状が上記細胞接着領域に対して凸状であるとは、例えば、既に説明した図8に示すように、上記接着境界Xおよび非接着境界Yの交点を結ぶ直線aが細胞接着領域12に含まれることをいう。
【0039】
本発明における非接着境界の上記刺激応答性領域の外周における形成箇所としては、上記刺激応答性領域の外周に少なくとも一部に形成されるものであれば特に限定されるものではないが、上記刺激応答性領域の全外周に形成されることが好ましい。上記細胞シートを上記刺激応答性領域の形状に沿って安定的に剥離可能なものとすることができるからである。
なお、上記刺激応答性領域の全外周とは、上記刺激応答性領域の外周のうち、上記接着境界が形成されていない箇所全てをいうものである。
【0040】
本発明に用いられる刺激応答性領域の上記細胞非接着領域に対する高さとしては、上記細胞シートを安定的に形成可能であれば特に限定されるものではないが、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域が同一の高さ、すなわち同一平面上に形成されるものであっても良く、異なるものであっても良い。
【0041】
本発明における刺激応答性領域は、上記細胞接着領域との境界部分である接着境界を有するものである。
ここで、上記接着境界とは、上記刺激応答性領域および細胞接着領域の境界であり、上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に細胞同士が結合してなる、連続した細胞シートを形成でき、上記刺激応答性領域に刺激を与えた後に、上記細胞シートが分断することのないものであれば特に限定されるものではない。
したがって、通常、上記接着境界は、上記刺激応答性領域と上記細胞接着領域とが平面視上接している箇所を示すものであるが、本発明においては、これに限定されるものではない。例えば、図12に例示するように、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12の間に、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12上で培養される細胞同士が接着することができる幅で配置された細胞非接着領域13a等の他の領域が存在するものであっても良い。
本発明においては、なかでも、平面視上、上記刺激応答性領域および細胞接着領域が接する箇所であること、すなわち、上記刺激応答性領域および細胞接着領域の間に細胞非接着領域等の他の領域を含まない箇所であることが好ましい。本発明の細胞培養用基材を用いて細胞シートを形成した際に、上記接着境界で細胞シートが切断する等の不具合を低減させ、安定的に細胞シートを形成することができるためである。
なお、図12中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。また、図12中の細胞シート21は、説明の容易のため、上記細胞接着領域および刺激応答性領域上形成された細胞シートの一部を示すものである。
また、図12においては、四角形状の刺激応答性領域11および四角形状の細胞接着領域12を含み、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12の境界である接着境界Xが直線状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0042】
本発明における接着境界の位置としては、上記刺激応答性領域に細胞非接着性を発現させた際に、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば特に限定されるものではない。
例えば、既に説明した図1に示すように、平面視上、上記刺激応答性領域の外周に配置されるものや、図13に例示するように、平面視上、上記刺激応答性領域内に配置されるものとすることができる。
なお、図13中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。また、図13においては、円形状の刺激応答性領域11を含み、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12との境界である接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状である箇所を含み、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0043】
本発明に用いられる接着境界の数としては、少なくとも1つであれば特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜設定することができる。
例えば、図14(a)および(b)に例示するように3つとすることもできる。
なお、図14中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。また、図14(a)においては、半円形状の刺激応答性領域11を含み、細胞接着領域12および直線状の接着境界Xを複数有し、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例であり、図14(b)においては、一つの細胞接着領域12と、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12が複数の細胞非接着領域13を含み、直線状の接着境界Xを複数有し、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0044】
また、本発明において上記各細胞接着領域との間で形成される接着境界の数としては、1つの刺激応答性領域との間に少なくとも1つの接着境界を形成でき、上記細胞シートを安定的に裏返すことができるものであれば特に限定されるものではない。
したがって、1つの細胞接着領域に1つの上記接着境界を形成するものであっても良く、1つの細胞接着領域に複数の上記接着境界を形成するものであっても良い。
具体的には、既に説明した図1や13(a)に例示するように、1つの細胞接着領域との間に1つの接着境界を形成するものであっても良く、図13(b)に例示するように、1つの細胞接着領域との間に複数の接着境界を形成するものであっても良い。
【0045】
本発明における接着境界の長さとしては、裏返った細胞シートを安定的に保持できる距離であれば特に限定されるものではなく、20μm以上が好ましい。
【0046】
本発明に用いられる接着境界の形状としては、細胞シートを安定的に裏返すことができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、既に説明した図1および図6に示すような直線状であっても良く、図4および図5に示すような曲線状であっても良い。
本発明においては、なかでも、上記細胞接着領域に向かって凸状であることが好ましく、特に、円弧状であることが好ましく、なかでも特に、上記刺激応答性領域の幅tおよび上記細胞接着領域の凸部の幅sが、s≧1/3tを満たすことが好ましく、s≧1/2tであることが特に好ましい。上記刺激応答性領域に刺激を与えた際に、上記細胞シートを安定的に裏返すことができ、図15に例示するように、上記細胞シート21が折り重なることを抑制することができるからである。したがって、上記細胞シートの裏面を正確に評価することができるからである。
なお、上記細胞接着領域の凸部の幅sは、図16に例示するように、上記刺激応答性領域11の幅を最大にする上記接着境界X上の点cから、上記点cにおける接線(図中の一点破線b)から垂直方向に、上記接着境界および非接着境界の交点を結ぶ直線aまでの距離をいうものである。
なお、図15および図16中の符号については、図1および図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0047】
本発明に用いられる刺激応答性領域の上記細胞接着領域に対する高さとしては、上記細胞シートを安定的に形成可能であれば特に限定されるものではないが、上記刺激応答性領域および細胞接着領域が同一の高さ、すなわち同一平面上に形成されるものであっても良く、異なるものであっても良い。
【0048】
(2)刺激応答性層
本発明に用いられる刺激応答性層は、上記刺激応答性材料を含み、平面視上、露出した表面である刺激応答性領域を有するものである。
【0049】
(a)刺激応答性材料
本発明に用いられる刺激応答性材料としては、刺激の有無により細胞の接着度合いが変化し、培養する細胞の接着および剥離を行なうことができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、温度、光、pH、電位および磁力によりそれぞれ細胞の接着度合いが変化する温度応答性材料、光応答性材料、pH応答性材料、電位応答性材料、および磁力応答性材料等を挙げることができる。
本発明においては、なかでも、温度応答性材料であることが好ましい。刺激の付与が容易だからである。
【0050】
本発明に用いられる刺激応答性材料の細胞の接着度合いの変化としては、少なくとも、細胞接着性を有する状態から細胞非接着性を有する状態に変化することができるものであれば特に限定されるものではなく、可逆的に変化するものであっても良く、非可逆的に変化するものであっても良く、用途によって選択されるものである。
【0051】
本発明に用いられる刺激応答性材料の上記刺激応答性層中の含有量としては、刺激により上記刺激応答性層の表面である刺激応答性領域に所望の接着性の変化を得られるものであれば特に限定されるものではなく、上記材料の種類等によって異なるものである。
【0052】
本発明に用いられる温度応答性材料は、温度変化により、細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではない。
本発明においては、上記温度応答性材料の細胞接着性を発揮する温度領域が、10℃〜45℃の範囲内であることが好ましく、なかでも、33℃〜40℃の範囲内であることが好ましい。上記温度領域が上述の範囲内であることにより、細胞を安定的に培養することができるからである。
【0053】
本発明における温度応答性材料の細胞非接着性を発揮する温度領域が、1℃〜36℃の範囲内であることが好ましく、なかでも、4℃〜32℃の範囲内であることが好ましい。上記温度領域が上述の範囲内であることにより、細胞へのダメージの少ないものとすることができるからである。
【0054】
このような本発明に用いられる温度応答性材料としては、具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、及び、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド等を挙げることができ、なかでもPIPAAm、ポリ−N−n―プロピルメタクリルアミド、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミドを好ましく用いることができ、特に、PIPAAmを好ましく用いることができる。細胞接着性を有する温度領域および細胞非接着性を有する温度領域が上述の温度領域であり、ダメージの少ないものとすることができるからである。
また、本発明においては、上記温度応答性材料が1種類のみからなるものであっても良く、2種類以上含むものであっても良い。また、温度領域の調整するため、上記温度応答性材料同士および/またはその他のポリマーと共重合したものを用いるものであっても良い。
【0055】
本発明に用いられる光応答性材料としては、光照射の有無により細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−210936号公報に開示されるような、光触媒や、アゾベンゼン、ジアリールエテン、スピロピラン、スピロオキサジン、フルギドおよびロイコ色素等の光応答成分を含むものを用いることができる。
【0056】
本発明に用いられる電位応答性材料としては、電位の印加により、細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2008−295382号公報に開示されるような、電極と、RGD配列を含むペプチド等の細胞接着性部分を有し、上記電極表面にチオレートを介して結合するアルカンチオール、システイン、アルカンジスルフィド等のスペーサ物質とを有するものを挙げることができる。
【0057】
本発明に用いられる磁力応答性材料としては、磁力の付与・除去により細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−312386号公報に開示されるような、フェライト等の磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソームを挙げることができる。
【0058】
(b)刺激応答性層
本発明に用いられる刺激応答性層は、少なくとも上記刺激応答性材料を含むものである。
本発明においては、上記刺激応答性を阻害しない範囲内において、必要に応じて、レベリング剤、可塑剤、界面活性剤、消泡剤、増感剤等の添加剤や、ポリビニルアルコール、不飽和ポリエステル、アクリル樹脂、ポリエチレン、ジアリルフタレート、エチレンプロピレンジエンモノマー、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン、メラミン樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリイミド、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ナイロン、ポリエステル、ポリブタジエン、ポリベンズイミダゾール、ポリアクリルニトリル、エピクロルヒドリン、ポリサルファイド、ポリイソプレンや、ポリエチレングリコール、MPCポリマー(商品名)等の両性イオン高分子等のバインダー樹脂を含むものであっても良い。
【0059】
本発明に用いられる刺激応答性層の膜厚としては、刺激応答性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、具体的には、0.5nm〜 300nmの範囲内であることが好ましく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0060】
本発明に用いられる刺激応答性層の形成方法としては、所望のパターンに形成可能であれば特に限定されるものではない。
具体的には、上記刺激応答性材料を含む刺激応答性材料組成物をスピンコート等の公知の塗布方法を用いて塗布し、フォトリソグラフィー法によりパターニングする方法や、グラビア印刷やフレキソ印刷、スクリーン印刷、インクジェット法などの公知のパターン塗布法を用いて上記刺激応答性材料組成物をパターン状に塗布する方法を挙げることができる。
また、上記刺激応答性層が、刺激応答性材料として光触媒等の無機物のみからなるものである場合には、スパッタリング法、CVD法、真空蒸着法等の真空製膜法を用いる方法を挙げることができる。均一な膜厚の層とすることができるからである。
【0061】
2.細胞接着領域
本発明に用いられる細胞接着領域は、上記細胞接着材料を含む細胞接着層の表面のうち、露出した範囲であり、細胞接着性を有し細胞を接着することができるものである。
【0062】
(1)細胞接着領域
本発明における細胞接着領域は、上記刺激応答性領域との間で接着境界を形成するものである。
【0063】
このような細胞接着領域の細胞の接着度合いとしては、所望の細胞接着性を示すものであれば特に限定されるものではなく、上記刺激応答性領域が細胞接着性を発現している場合の細胞の接着度合いと同様とすることができる。
【0064】
本発明における細胞接着領域の数、形状、一つあたりの面積としては、刺激応答性領域との間で細胞接着領域が少なくとも1つの接着境界を有し、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば良い。
【0065】
本発明に用いられる細胞接着領域の種類としては、1種類のみであっても良く、異なる細胞接着材料を含む細胞接着領域を含むものであっても良い。
【0066】
本発明に用いられる細胞接着領域の上記細胞非接着領域との関係としては、上記細胞非接着領域と接していても良く、接していない状態であっても良い。目的とする細胞シートのパターンに応じて適宜設定されるものである。
【0067】
本発明に用いられる細胞接着領域の上記細胞非接着領域に対する高さとしては、安定的に細胞シートを裏返すことができるものであれば特に限定されるものではなく、既に説明した図2に示すように、上記細胞非接着領域より低いものであっても良く、図17に例示するように、上記細胞非接着領域より高いものであっても良い。
なお、図17中の符号については、図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0068】
(2)細胞接着層
本発明に用いられる細胞接着層としては、上記細胞接着材料を含むものであれば特に限定されるものではなく、例えば生物化学的特性により細胞接着性を有するものであってもよく、また物理化学的特性により細胞接着性を有するもの等であってもよい。
このような細胞接着材料としては、一般的な細胞培養基板等に用いられる細胞接着材料を用いることができ、例えば物理化学的特性により細胞と接着する材料としては、例えば親水化ポリスチレン、ポリリジン等の塩基性高分子、アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン等の塩基性化合物およびそれらを含む縮合物等が挙げられる。
また、生物化学的に細胞と接着性を有する材料としては、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、ビトロネクチン、RGD(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸)配列含有ペプチド、YIGSR(チロシン−イソロイシン−グリシン−セリン−アルギニン)配列含有ペプチド、コラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、およびこれらの混合物、例えばマトリゲル等が挙げられる。
また、各種ガラス、プラズマ処理を施したポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。
【0069】
本発明に用いられる細胞接着層が含有可能な添加剤やバインダー樹脂、ならびに膜厚および形成方法としては、上記「1.刺激応答性領域」の項に記載の内容と同様とすることができる。
【0070】
本発明に用いられる細胞接着材料の上記細胞接着層中の含有量としては、所望の細胞接着性を発揮できるものであれば特に限定されるものではなく、上記材料の種類等によって異なるものである。
【0071】
3.細胞非接着領域
本発明に用いられる細胞非接着領域は、上記細胞非接着材料を含む細胞非接着層の表面のうち、露出した範囲であり、細胞非接着性を有するものである。
【0072】
(1)細胞非接着領域
本発明に用いられる細胞非接着領域は、少なくとも上記刺激応答性領域の周囲に配置されるものである。
【0073】
このような細胞非接着領域の細胞の接着度合いとしては、所望の細胞非接着性を示すものであれば特に限定されるものではなく、上記刺激応答性領域が細胞非接着性を発現している場合の細胞の接着度合いと同様とすることができる。
【0074】
本発明における細胞非接着領域の数、形状、一つあたりの面積としては、刺激応答性領域との間で細胞接着領域が少なくとも1つの接着境界を有し、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば良い。
【0075】
本発明に用いられる細胞非接着領域の種類としては、1種類のみであっても良く、異なる細胞非接着材料を含む複数の細胞非接着領域を含むものであっても良い。
【0076】
本発明に用いられる細胞非接着領域の上記非接着境界からの幅としては、上記刺激応答性領域の形状に細胞を接着させ培養することができるものであれば良く、例えば、5μm以上であることが好ましく、なかでも、10μm以上であることが好ましい。上記幅が上述の範囲であることにより、上記細胞非接着領域上に細胞が増殖することを安定的に抑制することができるからである。
【0077】
(2)細胞非接着層
本発明に用いられる細胞非接着層は、細胞非接着材料を含むものである。
このような細胞非接着材料としては、細胞と非接着性を有するものであれば良く、例えば水和能の高い材料を用いることができる。水和能の高い材料を細胞非接着材料として用いた場合には、細胞非接着材料の周りに水分子が集まった水和層が形成される。通常、このような水和能の高い物質は水分子との親和性の方が細胞との親和性より高いことから、細胞は上記水和能の高い材料と接着することができず、細胞との接着性が低いものとなるのである。ここで、上記水和能とは、水分子と水和する性質をいい、水和能が高いとは、水分子と水和しやすいことをいうこととする。
本発明において水和能が高く細胞非接着材料として用いられる材料としては、例えばポリエチレングリコールや、ベタイン構造等を有する両性イオン材料、リン脂質含有材料等が挙げられる。
【0078】
また、上記細胞非接着材料として、撥水性または撥油性を有する材料や、超親水性を有する材料も用いることができる。具体的には、ポリエチレングルコールジアクリレート、ポリエチレングルコールメタクリレート等を用いたエチレングリコール系材料、リン脂質ポリマー、長鎖アルキル系材料、フッ素系材料、シリコンなどの撥水性材料、ポリビニルアルコール(PVA)などの親水性材料等が挙げられる。
【0079】
本発明に用いられる細胞非接着層が含有可能な添加剤やバインダー樹脂、ならびに膜厚および形成方法としては、上記「1.刺激応答性領域」の項に記載の内容と同様とすることができる。
【0080】
本発明に用いられる細胞非接着材料の上記細胞非接着材料層中の含有量としては、所望の細胞非接着性を発揮できるものであれば特に限定されるものではなく、上記材料の種類等によって異なるものである。
【0081】
4.細胞培養用基材
本発明の細胞培養用基材は、少なくとも、上記刺激応答性領域、細胞接着領域、および細胞非接着領域を含むものである。
本発明においては、既に説明した図2に示すように、上記刺激応答性領域、細胞接着領域、および細胞非接着領域を構成する刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層を支持する基材を含むものであっても良い。
【0082】
このような基材としては、上記刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層等を支持することができるものであれば特に限定されるものではない。
本発明において上記基材の材料としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等が挙げられる。ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクタン、もしくはその共重合体のような生分解性ポリマーであってもよい。また、ガラスを用いることもできる。
本発明においては、なかでも、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネートを好ましく用いることができ、特に、ポリエチレンテレフタレートを好ましく用いることができる。透明性、寸法安定性、機械的性質、電気的性質、耐薬品性等の性質に優れているからである。
【0083】
本発明における基材の厚さとしては、上記刺激応答性層等を安定的に支持することができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、10μm以上、好ましくは50μm以上である。
【0084】
また、図18(a)および(b)に例示するように、上記刺激応答性層1が、上記細胞接着層2および細胞非接着層3を支持する基材として用いられるように、上記刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層のいずれかを、他の層を支持する基材とするものであっても良い。
なお、図18中の符号については、図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0085】
さらに、必要に応じて、露出表面を有さない他の層や、他の領域となる露出表面を有する他の層を含むものであっても良い。
【0086】
本発明の細胞培養用基材の製造方法としては、上記刺激応答性領域等を安定的に形成できる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、上記基材上に、上記刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層をこの順で形成する方法を挙げることができる。
【0087】
本発明の細胞培養用基材の用途としては、細胞の裏面を評価するために種々の細胞からなる細胞シートが形成された細胞付基板に用いることができる。
【0088】
B.細胞付基板
次に、本発明の細胞付基板について説明する。
本発明の細胞付基板は、上述の細胞培養用基材と、上記細胞培養用基材の上記細胞接着領域および上記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シートと、を有することを特徴とするものである。
【0089】
このような細胞付基板を図を参照して説明する。既に説明した図3(b)に例示するように、本発明の細胞付基板20は、上記細胞培養用基材10と、上記細胞培養用基材10の上記細胞接着領域および上記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シート21とを有するものである。
【0090】
本発明によれば、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートが接着していることにより、一部が裏返った上記細胞シートを容易に形成でき、上記細胞シートの接着側表面(裏面)を容易に観察することができる。したがって、細胞の裏面でしか発現していないタンパク質等の評価を容易に行うことができる。
【0091】
本発明の細胞付基板は、上述の細胞培養用基材および細胞シートを少なくとも含むものである。
以下、本発明の細胞付基板の各構成について説明する。
なお、上記細胞培養用基材については、上記「A.細胞培養用基材」の項に記載の内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0092】
1.細胞シート
本発明に用いられる細胞シートは、上記細胞からなるものであり、細胞間結合で上記細胞同士が少なくとも単層で結合され、シート状のものである。
このような細胞シートを構成する細胞としては、血球系等の非接着性細胞、細胞間結合の弱い細胞以外なら、生体に存在するあらゆる組織とそれに由来する細胞を用いることができる。
具体的には、生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞等を用いることができる。
また上記細胞は、1種類のみであっても良く、2種類以上用いるものであっても良い。
【0093】
2.細胞付基板
本発明の細胞付基板は、上記細胞培養用基材および細胞シートを少なくとも有するものであるが、必要に応じて、他の部材を有するものであっても良い。
【0094】
本発明の細胞付基板の製造方法としては、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートが接着しているものとすることができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、他の培養基材上で培養し、そこから剥離した細胞シートを上記細胞培養用基材上に接着させる方法等を挙げることができるが、なかでも、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートを形成可能な細胞を播種・培養する方法であることが好ましい。上記細胞シートを上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に精度良く接着したものとすることができるからである。
【0095】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0096】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて具体的に説明する。
【0097】
[実施例1]
(1)温度応答性フィルムの作製
N−イソプロピルアクリルアミドを、最終濃度20重量%になるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解させた。市販の易接着性ポリエチレンテレフタレートフィルム(三光産業社より入手、透明50−Fセパ1090)(以下において「易接着PET」と略することがある)を調達し、これを10cm角に切断した。ここに上記溶液を、易接着PETの易接着面に展開し、ミヤバーでコーティングした。電子線照射装置(岩崎電気社製)を用いて該サンプル上に電子線照射を行い、該溶液をグラフト重合した。このときの電子線照射線量は300kGyであった。
【0098】
(2)細胞培養用基材の作製
60mmφポリスチレンディッシュの全面に、上記温度応答性フィルムを切り抜いて貼り付けた。続いて、接着面にグリースを塗った35mmφシリコンリングを上記温度応答性フィルム上に貼り付け、EOG滅菌をした。
次いで、上記シリコンリング内側の温度応答性領域の半分にマトリゲル(BD Biosciences製 Growth Factor Reduced BD MatrigelTM Matrix)を塗り、インキュベーター内で3時間放置した。
このようにして、図19に示すように、刺激応答性領域11として上記温度応答性フィルム表面、細胞非接着領域13としてシリコンリング表面および細胞接着領域12としてマトリゲル表面を有する細胞培養用基材を作製した。
また、上記非接着境界は、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状に形成された。また、この場合の、上記非接着境界の曲率は、5.7m−1であった。
【0099】
[実施例2]
マトリゲルを、図20に示すように、上記温度応答性領域11上に、上記細胞接着領域12の凸部の幅sと、上記刺激応答性領域11の幅tとがs=1/3tとなるように塗った以外は、実施例1と同様にして細胞培養用基材を作製した。
なお、上記非接着境界は、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状に形成された。また、この場合の、上記非接着境界の曲率は、5.7m−1であった。
【0100】
[実施例3]
マトリゲルを、図21に示すように、上記温度応答性領域11上に、上記細胞接着領域12の凸部の幅sと、上記刺激応答性領域11の幅tとがS=1/2tとなるように塗った以外は、実施例1と同様にして細胞培養用基材を作製した。
なお、上記非接着境界は、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状に形成された。また、この場合の、上記非接着境界の曲率は、5.7m−1であった。
【0101】
[評価]
(1)細胞培養
上記細胞培養用基材上に、ウシ血管内皮細胞(P20)を1×105cells/cm2の密度で播種し、6日間培養し、上記細胞接着領域および刺激応答性領域に接着した細胞シートを形成した。
【0102】
(2)裏面観察
上記細胞シートを形成後、20℃インキュベーター内で1時間放置(刺激付与)し、上記細胞シートを観察した。顕微鏡観察結果を図19〜図21に示す。
その結果、円形の細胞シートのうち、温度応答性領域にあった細胞シートが基材底面から剥離し、自発的に裏返って細胞シート裏面が表に現れた。
また、実施例1〜3を比較すると、実施例1では上記細胞シートが接着境界付近(顕微鏡観察視野内)で折り重なった箇所が観察された。実施例2と実施例3では、安定した細胞シート裏面観察が可能であったが、実施例3の方が接着境界から長い幅で細胞シート裏面が観察できる点で、より裏面観察に適した構成であった。
【符号の説明】
【0103】
1 … 刺激応答性層
2 … 細胞接着層
3 … 細胞非接着層
4 … 基材
10 … 細胞培養用基材
11 … 刺激応答性領域
12 … 細胞接着領域
13 … 細胞非接着領域
20 … 細胞付基板
21 … 細胞シート
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の裏面を容易に観察可能な細胞培養用基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、いろいろな動物や植物の細胞培養が行われており、また、新たな細胞の培養法が開発されている。細胞培養の技術は、細胞の生化学的現象や性質の解明、有用な物質の生産などの目的で利用されている。さらに、培養細胞を用いて、人工的に合成された薬剤の生理活性や毒性を調べる試みがなされている。
また、細胞表面に発現するタンパク質は、細胞表面で均一に発現しているのではなく、例えば、培地と接する面(表面)と、足場と接着している面(裏面)とでは、異なる発現状態となることが知られている。このため、細胞の裏面に発現しているタンパク質について評価する場合には、細胞を足場である支持体から剥離する必要がある。
【0003】
ここで、細胞培養支持体から細胞シートを剥離する方法はこれまで種々検討されており、従来、酵素反応を用いて支持体と細胞間の結合を弱める方法や、細胞接着力の弱い支持体や細胞接着力の変化する支持体を使用する方法が用いられている。
【0004】
酵素反応を用いる方法としては、より具体的には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)等を用いて細胞間接着分子を構成するタンパク質等を分解する方法が挙げられる。しかしながら、この方法では細胞−支持体表面の結合だけでなく、細胞−細胞間の結合も弱めてしまう。このため、この方法では、細胞シートに少なからず損傷を与えてしまうといった問題があった。
【0005】
また、細胞接着力の変化する支持体を用いる方法としては、例えば、特許文献1および2に、細胞増殖表面を温度応答性ポリマーで被覆した支持体が開示されている。
さらに特許文献3には、イオンビームを照射することにより剥離することができる剥離層に細胞を接着し、細胞を回収する方法が開示されている。また、特許文献4には、細胞パターンの形成および、その細胞パターンを回収する方法が開示されている。特許文献5には、所望の細胞を所望のパターンに沿って培養することが開示されている。
【0006】
しかしながら、細胞を細胞培養支持体から剥離した場合、細胞は培地内に浮遊した状態となるため、細胞の表裏の判断が困難となり、例えば、細胞の裏面側に発現しているタンパク質等についてのみを正確に評価することが困難であるといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平6−104061号公報
【特許文献2】特開平5−192130号公報
【特許文献3】特開2003−082119号公報
【特許文献4】特開2005−342112号公報
【特許文献5】特開2006−8975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、細胞の裏面を容易に観察可能な細胞培養用基材を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、細胞接着性を有する細胞接着領域と、細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、を有し、上記刺激応答性領域および上記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、上記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に、上記刺激応答性領域および上記細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有することを特徴とする細胞培養用基材を提供する。
【0010】
本発明によれば、上記細胞培養用基材上に細胞を播種・培養することにより、上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で結合された細胞シートを形成することができ、その後、上記刺激応答性領域に刺激を与えることにより、上記細胞シートのうち上記刺激応答性領域に接着していた部分のみを剥離させ、培地中に浮遊させることができる。
ここで、このように剥離・浮遊した細胞は、足場のない状態で収縮する性質から、上記細胞シートは上記接着境界の方向に収縮し、上記刺激応答性領域との接着側表面(裏面)を培地側に向くように裏返る。
このため、上記細胞シートの一部が自発的に裏返ることで、裏面が培地側に向いた状態で保持することができ、細胞の裏面を容易に観察可能とすることができる。その結果、例えば、細胞の裏面側でしか発現していないタンパク質等の評価を容易に行うことができる。
【0011】
本発明においては、上記刺激応答性領域の全外周に、上記非接着境界を有することが好ましい。上記刺激応答性領域に接着している細胞シートを上記刺激応答性領域の外周に沿って安定的に剥離することができるからである。
【0012】
本発明においては、上記非接着境界の形状が、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状であることが好ましい。上記刺激応答性領域に接着している細胞シートを上記刺激応答性領域の外周に沿って安定的に剥離することができるからである。
【0013】
本発明においては、上記接着境界の形状が、上記細胞接着領域に向かって凸状の円弧状であり、上記接着境界の形状の曲率が、上記非接着境界の形状の曲率よりも大きいことが好ましい。上記刺激応答性領域に接着している細胞シートが安定的に裏返るからである。
【0014】
本発明においては、上記刺激応答性領域が、温度変化により細胞の接着度合いが変化する温度応答性材料を含むことが好ましい。刺激の付与が容易だからである。
【0015】
本発明においては、上記温度応答性材料が、ポリイソプロピルアクリルアミドであることが好ましい。細胞の培養に適した温度において細胞接着性を有し、細胞へのダメージの少ない温度で細胞非接着性を発現することから、一部が自発的に裏返った上記細胞シートを容易に形成することができるからである。
【0016】
本発明は、上述の細胞培養用基材と、上記細胞培養用基材の上記細胞接着領域および上記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シートと、を有することを特徴とする細胞付基板を提供する。
【0017】
本発明によれば、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートが接着していることにより、一部が裏返った上記細胞シートを形成でき、上記細胞シートの接着側表面(裏面)を容易に観察することができる。したがって、細胞の裏面でしか発現していないタンパク質等の評価を任意のタイミングで容易に行うことができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、細胞の裏面を任意のタイミングで容易に観察可能な細胞培養用基材を提供できるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の細胞培養用基材の一例を示す概略平面図である。
【図2】図1のA−A線断面図である。
【図3】本発明の細胞培養用基材を用いた細胞シート裏面の観察方法を示す工程図である。
【図4】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図5】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図6】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図7】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図8】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図9】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図10】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図11】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図12】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図13】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略平面図である。
【図14】本発明における接着境界の形状を説明する説明図である。
【図15】本発明の細胞付基板の一例を示す概略断面図である。
【図16】本発明における接着境界の形状を説明する説明図である。
【図17】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略断面図である。
【図18】本発明の細胞培養用基材の他の例を示す概略断面図である。
【図19】実施例1で作製した細胞培養用基材上の細胞シートの顕微鏡観察写真である。
【図20】実施例2で作製した細胞培養用基材上の細胞シートの顕微鏡観察写真である。
【図21】実施例2で作製した細胞培養用基材上の細胞シートの顕微鏡観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、細胞培養用基材およびそれを用いた細胞付基板に関するものである。
以下、本発明の細胞培養用基材および細胞付基板について詳細に説明する。
【0021】
A.細胞培養用基材
まず、本発明の細胞培養用基材について説明する。
本発明の細胞培養用基材は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、細胞接着性を有する細胞接着領域と、細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、を有し、上記刺激応答性領域および上記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、上記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に、上記刺激応答性領域および上記細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有することを特徴とするものである。
【0022】
このような本発明の細胞培養用基材について図を参照して説明する。図1は、本発明の細胞培養用基材の一例を示す概略平面図であり、図2は、図1のA−A線断面図である。
図1および図2に例示するように、本発明の細胞培養用基材10は、刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性材料を含む刺激応答性層1と、細胞接着性を有する細胞接着材料を含む細胞接着層2と、細胞非接着性を有する細胞非接着材料を含む細胞非接着層3と、を有し、上記刺激応答性層1の露出表面である刺激応答性領域11および上記細胞接着層2の露出表面である細胞接着領域12の境界部分である接着境界Xを有し、上記細胞非接着層3の露出表面である細胞非接着領域13が上記刺激応答性領域11の周囲に配置され、上記刺激応答性領域の外周に、上記刺激応答性領域11および細胞非接着領域13の境界部分である非接着境界Yを有するものである。また、上記刺激応答性層1、細胞接着層2および細胞非接着性層3を支持する基材4を有するものである。
【0023】
従来の方法では、細胞の裏面、すなわち、足場である支持体に接着した面を安定的に評価することが難しく、細胞の裏面にのみ発現しているタンパク質等の評価を行うことは困難であった。
これに対して、本発明によれば、上記刺激応答性領域に刺激を与え細胞非接着性を発現させることにより、上記刺激応答性領域に接着している細胞からなる細胞シートを剥離することができる。
また、上記刺激応答性領域の周囲に上記細胞非接着領域が配置されていることにより、上記細胞シートを培地中に浮遊可能なものとすることができる。
さらに、上記刺激応答性領域が上記細胞接着領域との間で接着境界を有することにより、上記細胞シートが浮遊可能なものとなった場合であっても上記細胞接着領域において固定されたものとすることができる。
このため、図3(a)に例示するように、上記細胞培養用基材10上に細胞を播種・培養することにより、上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で結合された細胞シート21を形成し、細胞付基板20とした後に、上記刺激応答性領域に刺激を与えることにより(図3(b))、上記細胞シート21のうち上記刺激応答性領域に接着していた部分のみが剥離する。その後、剥離・浮遊した細胞は足場のない状態で収縮する性質から、図3(c)そして、さらには(d)に例示するように、上記細胞シート21は、上記接着境界の方向に収縮し、刺激応答性領域との接着側表面(裏面)を培地側に向くように裏返る。
したがって、本発明の細胞培養用基材を用いることにより、上記細胞シートの一部を容易に裏返し、裏面が培地側に向いた状態で保持することができることから、細胞の裏面を容易に観察可能とすることができる。その結果、例えば、細胞の裏面側でしか発現していないタンパク質等の評価を容易に行うことができるのである。
なお、図3中の符号については、図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0024】
また、通常、支持体に接着した細胞の剥離には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)等の酵素を用いて、細胞間接着分子を構成するタンパク質等を分解する方法が用いられる。このような方法では、細胞−支持体表面の結合だけでなく、細胞−細胞間の結合も弱めてしまう。このため、上記細胞シートにダメージを与えてしまうといった問題があった。
しかしながら、本発明においては、上記刺激応答性領域を用いるものであるため、このような酵素の使用を不要なものとすることができるため、上記細胞シートにダメージを与えることなく、上記刺激応答性領域から剥離することができる。さらに、上記細胞−細胞間の結合を弱めることがないため、上記刺激応答性領域から剥離した際に、上記細胞シートから細胞が分離することや、上記細胞シートが切断されることを抑制することができる。このため、細胞の裏面を安定的に培地側に向いた状態とすることができるのである。
このように、本発明の細胞培養用基材を用いることにより、細胞シートの一部が細胞に大きなダメージが加わることなく裏返るため、裏面が培地側に向いた状態で安定的に保持することが可能となるのである。また、その結果、今までにない新規な評価を行うことが可能となるのである。
【0025】
本発明の細胞培養用基材は、刺激応答性領域、細胞接着性領域および細胞非接着性領域を少なくとも有するものである。
以下、本発明の細胞培養用基材の各構成について詳細に説明する。
【0026】
1.刺激応答性領域
本発明における刺激応答性領域は、刺激応答性材料を含む刺激応答性層の表面のうち、露出した範囲であり、刺激により細胞の接着度合いを変化させることにより培養する細胞の接着および剥離を行なうことができるものである。
【0027】
(1)刺激応答性領域
本発明における刺激応答性領域は、刺激により細胞の接着度合いを変化させることにより培養する細胞の接着および剥離を行なうことができるものである。
【0028】
本発明における刺激応答性領域は、特定の刺激により細胞の接着度合いが高い細胞接着性を発現している状態から、細胞の接着度合いが低い細胞非接着性を発現している状態に変化し得るものである。
【0029】
ここで、上記刺激応答性領域が細胞接着性を発現しているとは、上記刺激応答性領域上で、細胞が接着、伸展しやすく、細胞接着伸展率が高い状態であることをいうものである。本発明において、このような細胞接着伸展率が高い状態としては、具体的には、細胞接着伸展率が60%以上である状態とすることができる。
本発明においては、なかでも、80%以上であることが好ましい。効率的に細胞を培養し、細胞シートを形成させることができるからである。
【0030】
なお、本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm2以上30000cells/cm2未満の範囲内でウシ血管内皮細胞を播種し、37℃インキュベーター内(CO2濃度5%)に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))を表すものである。
また、上記細胞の播種は、10%FBS(血清)入りDMEM培地に懸濁させて培養基材上に播種し、その後、上記細胞ができるだけ均一に分布するよう、上記細胞が播種された培養基材をゆっくりと振とうすることにより行うものである。
さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。また、細胞接着伸展率の測定個所としては、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いて測定を行うものである。
【0031】
また、上記刺激応答性領域が細胞非接着性を発現している場合とは、上記刺激応答性領域上で細胞が接着、伸展しにくく、細胞接着伸展率が低い状態であることをいうものである。本発明において、このような細胞接着伸展率が低い状態としては、具体的には、上記細胞接着伸展率が5%以下である状態とすることができる。本発明においては、なかでも2%以下であることが好ましい。
したがって、上記刺激応答性領域に細胞を播種すると、細胞接着性を発現している際には細胞が上記刺激応答性領域に接着するが、細胞非接着性を発現している際には細胞が上記刺激応答性領域に接着することを阻害されるため、上記刺激応答性領域に接着していた細胞を剥離することができる。
【0032】
本発明に用いられる刺激応答性領域の形状としては、上記細胞接着領域との間で連続した細胞シートを安定的に形成することができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、既に説明した図1に示すような半円形状、図4および図5に例示するような略楕円形状等の円形状のもの、図6に例示するような多角形状、ライン状等であってもよい。また、複数の形状を組み合わせたものであってもよい。
なお、図4〜図6中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
また、図4および5においては、略楕円形状の刺激応答性領域11および細胞接着領域12の境界である接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。また、図6においては、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12が四角形状であり、両者により形成される接着境界Xが直線状であり、上記刺激応答性領域12の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0033】
本発明に用いられる刺激応答性領域の幅、すなわち、上記接着境界からの距離としては、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば特に限定されるものではないが、具体的には、60μm以上であることが好ましく、なかでも500μm以上であることが好ましい。上記幅が上述の範囲内であることにより、上記刺激応答性領域上の細胞シートを安定的に裏返すことができるからである。
なお、上記幅は、上記細胞シートが裏返り得る最大幅をいうものであり、具体的には、図7に例示するように、上記接着境界Xが上記細胞接着領域12に向かって凸状の場合、すなわち、上記接着境界Xおよび非接着境界Yの交点を結ぶ直線(図中の破線a)が上記刺激応答性領域11に含まれる場合において、上記直線aから垂直方向に上記非接着境界Yまでの距離のうち最長となる距離tをいうものである。また、例えば、図8に示すように上記接着境界Xが上記刺激応答性領域11に向かって凸状、すなわち、上記直線aが細胞接着領域12に含まれる場合において、上記接着境界X上の点における接線(図中の一点破線b)から垂直方向に上記非接着境界Yまでの距離のうち最長となる距離t、または、既に説明した図6に示すように、上記接着境界Xが直線状である場合における上記接着境界Xから垂直方向に上記非接着境界Yまでの距離のうち最長となる距離をいうものである。
また、図7および図8中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
ここで、図7においては、略楕円形状の刺激応答性領域11および細胞接着領域12の接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれている例である。また、図8においては、略楕円形状の刺激応答性領域11および細胞接着領域12との境界である接着境界Xが、上記刺激応答性領域11に向かって凸状、すなわち、上記細胞接着領域12に対して凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれている例である。
【0034】
本発明に用いられる刺激応答性領域の数としては、本発明の細胞培養用基材内に少なくとも1つ含まれるものであれば特に限定されるものではない。本発明においては、既に説明した図1に示すように、細胞培養用基材内に1つであっても良く、図9に例示するように、複数有するものであっても良い。
なお、図9中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
図9においては、略楕円形状の刺激応答性領域11を複数含み、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12との境界である接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれている例である。
【0035】
本発明に用いられる刺激応答性領域の種類としては、1種類のみであっても良く、異なる刺激に応答する複数の刺激応答性領域を含むものであっても良い。
【0036】
本発明に用いられる刺激応答性領域は、その外周の少なくとも一部に、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有するものである。
ここで、上記非接着境界は、上記刺激応答性領域に刺激を与えた際に、上記非接着境界に沿って、上記細胞シートを培地中に浮遊させることができるものであれば特に限定されるものではない。このような非接着境界は、通常、平面視上、上記刺激応答性領域と上記細胞非接着領域とが接した状態を示すものであるが、例えば、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域の間に、上記刺激応答性領域に刺激を与えた際に、上記非接着境界に沿って、上記細胞シートを培地中に浮遊させることができる程度の幅で形成された細胞接着領域等の他の領域が存在する箇所も含むものである。
本発明においては、なかでも、平面視上、上記細胞非接着領域と接する箇所であること、すなわち、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域の間に他の領域を含まない箇所であることが好ましい。上記細胞シートを安定的に形成することができるからである。
【0037】
本発明に用いられる刺激応答性領域の上記細胞非接着領域との位置関係としては、上記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に上記非接着境界を有するものであれば特に限定されるものではなく、既に説明した図1に示すように、平面視上、上記刺激応答性領域の外周においてのみ上記非接着境界を有する関係や、図10に例示するように、上記刺激応答性領域の外周において上記非接着境界を有する関係と上記非接着境界が上記刺激応答性領域内に含まれる関係とを組み合わせたものとすることができる。
また、本発明においては、上記刺激応答性領域の周囲に上記細胞非接着領域が配置されるものであれば良く、既に説明した図1に示すように、上記刺激応答性領域11が上記細胞非接着領域13により周囲が囲まれるものであっても良く、図11に例示するように、上記刺激応答性領域11の周囲の一部に上記細胞非接着領域13が配置されるものであっても良い。
なお、図10および図11中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
また、図10においては、略楕円形状の刺激応答性領域11を含み、上記刺激応答性領域11中に円形状の細胞非接着領域13を有し、上記接着境界Xが上記細胞接着領域11に向かって凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。図11においては、略半円形状の刺激応答性領域11を含み、上記接着境界Xが上記刺激応答性領域に向かって凸状、すなわち、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13および細胞接着領域12により囲まれる例である。
【0038】
本発明における刺激応答性領域および細胞非接着領域の境界である非接着境界の形状としては、上記刺激応答性領域に刺激を与えて細胞非接着性を発現させた際に、上記非接着境界に沿って、上記刺激応答性領域に接着していた細胞シートを剥離させることができるものであれば特に限定されるものではないが、上記非接着境界の形状が、上記細胞接着領域に対して凸状であることが好ましい。上記細胞シートを安定的に裏返すことができるからである。
また、本発明においては、なかでも、上記非接着境界の形状が円弧状であることが好ましい。上記非接着境界に沿って上記細胞シートを安定的に剥離させることができるからである。また、例えば、既に説明した図6に示すように、上記非接着境界に多角形の頂点が存在する場合、上記頂点において細胞が固着し、上記刺激応答性領域に刺激を与えたとしても細胞が安定的に剥離することができない可能性があるからである。
なお、上記非接着境界の形状が上記細胞接着領域に対して凸状であるとは、例えば、既に説明した図8に示すように、上記接着境界Xおよび非接着境界Yの交点を結ぶ直線aが細胞接着領域12に含まれることをいう。
【0039】
本発明における非接着境界の上記刺激応答性領域の外周における形成箇所としては、上記刺激応答性領域の外周に少なくとも一部に形成されるものであれば特に限定されるものではないが、上記刺激応答性領域の全外周に形成されることが好ましい。上記細胞シートを上記刺激応答性領域の形状に沿って安定的に剥離可能なものとすることができるからである。
なお、上記刺激応答性領域の全外周とは、上記刺激応答性領域の外周のうち、上記接着境界が形成されていない箇所全てをいうものである。
【0040】
本発明に用いられる刺激応答性領域の上記細胞非接着領域に対する高さとしては、上記細胞シートを安定的に形成可能であれば特に限定されるものではないが、上記刺激応答性領域および細胞非接着領域が同一の高さ、すなわち同一平面上に形成されるものであっても良く、異なるものであっても良い。
【0041】
本発明における刺激応答性領域は、上記細胞接着領域との境界部分である接着境界を有するものである。
ここで、上記接着境界とは、上記刺激応答性領域および細胞接着領域の境界であり、上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に細胞同士が結合してなる、連続した細胞シートを形成でき、上記刺激応答性領域に刺激を与えた後に、上記細胞シートが分断することのないものであれば特に限定されるものではない。
したがって、通常、上記接着境界は、上記刺激応答性領域と上記細胞接着領域とが平面視上接している箇所を示すものであるが、本発明においては、これに限定されるものではない。例えば、図12に例示するように、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12の間に、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12上で培養される細胞同士が接着することができる幅で配置された細胞非接着領域13a等の他の領域が存在するものであっても良い。
本発明においては、なかでも、平面視上、上記刺激応答性領域および細胞接着領域が接する箇所であること、すなわち、上記刺激応答性領域および細胞接着領域の間に細胞非接着領域等の他の領域を含まない箇所であることが好ましい。本発明の細胞培養用基材を用いて細胞シートを形成した際に、上記接着境界で細胞シートが切断する等の不具合を低減させ、安定的に細胞シートを形成することができるためである。
なお、図12中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。また、図12中の細胞シート21は、説明の容易のため、上記細胞接着領域および刺激応答性領域上形成された細胞シートの一部を示すものである。
また、図12においては、四角形状の刺激応答性領域11および四角形状の細胞接着領域12を含み、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12の境界である接着境界Xが直線状であり、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0042】
本発明における接着境界の位置としては、上記刺激応答性領域に細胞非接着性を発現させた際に、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば特に限定されるものではない。
例えば、既に説明した図1に示すように、平面視上、上記刺激応答性領域の外周に配置されるものや、図13に例示するように、平面視上、上記刺激応答性領域内に配置されるものとすることができる。
なお、図13中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。また、図13においては、円形状の刺激応答性領域11を含み、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12との境界である接着境界Xが、上記細胞接着領域12に向かって凸状の円弧状である箇所を含み、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0043】
本発明に用いられる接着境界の数としては、少なくとも1つであれば特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜設定することができる。
例えば、図14(a)および(b)に例示するように3つとすることもできる。
なお、図14中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。また、図14(a)においては、半円形状の刺激応答性領域11を含み、細胞接着領域12および直線状の接着境界Xを複数有し、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例であり、図14(b)においては、一つの細胞接着領域12と、上記刺激応答性領域11および細胞接着領域12が複数の細胞非接着領域13を含み、直線状の接着境界Xを複数有し、上記刺激応答性領域11の周囲が上記細胞非接着領域13により囲まれる例である。
【0044】
また、本発明において上記各細胞接着領域との間で形成される接着境界の数としては、1つの刺激応答性領域との間に少なくとも1つの接着境界を形成でき、上記細胞シートを安定的に裏返すことができるものであれば特に限定されるものではない。
したがって、1つの細胞接着領域に1つの上記接着境界を形成するものであっても良く、1つの細胞接着領域に複数の上記接着境界を形成するものであっても良い。
具体的には、既に説明した図1や13(a)に例示するように、1つの細胞接着領域との間に1つの接着境界を形成するものであっても良く、図13(b)に例示するように、1つの細胞接着領域との間に複数の接着境界を形成するものであっても良い。
【0045】
本発明における接着境界の長さとしては、裏返った細胞シートを安定的に保持できる距離であれば特に限定されるものではなく、20μm以上が好ましい。
【0046】
本発明に用いられる接着境界の形状としては、細胞シートを安定的に裏返すことができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、既に説明した図1および図6に示すような直線状であっても良く、図4および図5に示すような曲線状であっても良い。
本発明においては、なかでも、上記細胞接着領域に向かって凸状であることが好ましく、特に、円弧状であることが好ましく、なかでも特に、上記刺激応答性領域の幅tおよび上記細胞接着領域の凸部の幅sが、s≧1/3tを満たすことが好ましく、s≧1/2tであることが特に好ましい。上記刺激応答性領域に刺激を与えた際に、上記細胞シートを安定的に裏返すことができ、図15に例示するように、上記細胞シート21が折り重なることを抑制することができるからである。したがって、上記細胞シートの裏面を正確に評価することができるからである。
なお、上記細胞接着領域の凸部の幅sは、図16に例示するように、上記刺激応答性領域11の幅を最大にする上記接着境界X上の点cから、上記点cにおける接線(図中の一点破線b)から垂直方向に、上記接着境界および非接着境界の交点を結ぶ直線aまでの距離をいうものである。
なお、図15および図16中の符号については、図1および図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0047】
本発明に用いられる刺激応答性領域の上記細胞接着領域に対する高さとしては、上記細胞シートを安定的に形成可能であれば特に限定されるものではないが、上記刺激応答性領域および細胞接着領域が同一の高さ、すなわち同一平面上に形成されるものであっても良く、異なるものであっても良い。
【0048】
(2)刺激応答性層
本発明に用いられる刺激応答性層は、上記刺激応答性材料を含み、平面視上、露出した表面である刺激応答性領域を有するものである。
【0049】
(a)刺激応答性材料
本発明に用いられる刺激応答性材料としては、刺激の有無により細胞の接着度合いが変化し、培養する細胞の接着および剥離を行なうことができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、温度、光、pH、電位および磁力によりそれぞれ細胞の接着度合いが変化する温度応答性材料、光応答性材料、pH応答性材料、電位応答性材料、および磁力応答性材料等を挙げることができる。
本発明においては、なかでも、温度応答性材料であることが好ましい。刺激の付与が容易だからである。
【0050】
本発明に用いられる刺激応答性材料の細胞の接着度合いの変化としては、少なくとも、細胞接着性を有する状態から細胞非接着性を有する状態に変化することができるものであれば特に限定されるものではなく、可逆的に変化するものであっても良く、非可逆的に変化するものであっても良く、用途によって選択されるものである。
【0051】
本発明に用いられる刺激応答性材料の上記刺激応答性層中の含有量としては、刺激により上記刺激応答性層の表面である刺激応答性領域に所望の接着性の変化を得られるものであれば特に限定されるものではなく、上記材料の種類等によって異なるものである。
【0052】
本発明に用いられる温度応答性材料は、温度変化により、細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではない。
本発明においては、上記温度応答性材料の細胞接着性を発揮する温度領域が、10℃〜45℃の範囲内であることが好ましく、なかでも、33℃〜40℃の範囲内であることが好ましい。上記温度領域が上述の範囲内であることにより、細胞を安定的に培養することができるからである。
【0053】
本発明における温度応答性材料の細胞非接着性を発揮する温度領域が、1℃〜36℃の範囲内であることが好ましく、なかでも、4℃〜32℃の範囲内であることが好ましい。上記温度領域が上述の範囲内であることにより、細胞へのダメージの少ないものとすることができるからである。
【0054】
このような本発明に用いられる温度応答性材料としては、具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、及び、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド等を挙げることができ、なかでもPIPAAm、ポリ−N−n―プロピルメタクリルアミド、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミドを好ましく用いることができ、特に、PIPAAmを好ましく用いることができる。細胞接着性を有する温度領域および細胞非接着性を有する温度領域が上述の温度領域であり、ダメージの少ないものとすることができるからである。
また、本発明においては、上記温度応答性材料が1種類のみからなるものであっても良く、2種類以上含むものであっても良い。また、温度領域の調整するため、上記温度応答性材料同士および/またはその他のポリマーと共重合したものを用いるものであっても良い。
【0055】
本発明に用いられる光応答性材料としては、光照射の有無により細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−210936号公報に開示されるような、光触媒や、アゾベンゼン、ジアリールエテン、スピロピラン、スピロオキサジン、フルギドおよびロイコ色素等の光応答成分を含むものを用いることができる。
【0056】
本発明に用いられる電位応答性材料としては、電位の印加により、細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2008−295382号公報に開示されるような、電極と、RGD配列を含むペプチド等の細胞接着性部分を有し、上記電極表面にチオレートを介して結合するアルカンチオール、システイン、アルカンジスルフィド等のスペーサ物質とを有するものを挙げることができる。
【0057】
本発明に用いられる磁力応答性材料としては、磁力の付与・除去により細胞の接着度合いが変化するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−312386号公報に開示されるような、フェライト等の磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソームを挙げることができる。
【0058】
(b)刺激応答性層
本発明に用いられる刺激応答性層は、少なくとも上記刺激応答性材料を含むものである。
本発明においては、上記刺激応答性を阻害しない範囲内において、必要に応じて、レベリング剤、可塑剤、界面活性剤、消泡剤、増感剤等の添加剤や、ポリビニルアルコール、不飽和ポリエステル、アクリル樹脂、ポリエチレン、ジアリルフタレート、エチレンプロピレンジエンモノマー、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン、メラミン樹脂、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリイミド、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ナイロン、ポリエステル、ポリブタジエン、ポリベンズイミダゾール、ポリアクリルニトリル、エピクロルヒドリン、ポリサルファイド、ポリイソプレンや、ポリエチレングリコール、MPCポリマー(商品名)等の両性イオン高分子等のバインダー樹脂を含むものであっても良い。
【0059】
本発明に用いられる刺激応答性層の膜厚としては、刺激応答性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、具体的には、0.5nm〜 300nmの範囲内であることが好ましく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0060】
本発明に用いられる刺激応答性層の形成方法としては、所望のパターンに形成可能であれば特に限定されるものではない。
具体的には、上記刺激応答性材料を含む刺激応答性材料組成物をスピンコート等の公知の塗布方法を用いて塗布し、フォトリソグラフィー法によりパターニングする方法や、グラビア印刷やフレキソ印刷、スクリーン印刷、インクジェット法などの公知のパターン塗布法を用いて上記刺激応答性材料組成物をパターン状に塗布する方法を挙げることができる。
また、上記刺激応答性層が、刺激応答性材料として光触媒等の無機物のみからなるものである場合には、スパッタリング法、CVD法、真空蒸着法等の真空製膜法を用いる方法を挙げることができる。均一な膜厚の層とすることができるからである。
【0061】
2.細胞接着領域
本発明に用いられる細胞接着領域は、上記細胞接着材料を含む細胞接着層の表面のうち、露出した範囲であり、細胞接着性を有し細胞を接着することができるものである。
【0062】
(1)細胞接着領域
本発明における細胞接着領域は、上記刺激応答性領域との間で接着境界を形成するものである。
【0063】
このような細胞接着領域の細胞の接着度合いとしては、所望の細胞接着性を示すものであれば特に限定されるものではなく、上記刺激応答性領域が細胞接着性を発現している場合の細胞の接着度合いと同様とすることができる。
【0064】
本発明における細胞接着領域の数、形状、一つあたりの面積としては、刺激応答性領域との間で細胞接着領域が少なくとも1つの接着境界を有し、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば良い。
【0065】
本発明に用いられる細胞接着領域の種類としては、1種類のみであっても良く、異なる細胞接着材料を含む細胞接着領域を含むものであっても良い。
【0066】
本発明に用いられる細胞接着領域の上記細胞非接着領域との関係としては、上記細胞非接着領域と接していても良く、接していない状態であっても良い。目的とする細胞シートのパターンに応じて適宜設定されるものである。
【0067】
本発明に用いられる細胞接着領域の上記細胞非接着領域に対する高さとしては、安定的に細胞シートを裏返すことができるものであれば特に限定されるものではなく、既に説明した図2に示すように、上記細胞非接着領域より低いものであっても良く、図17に例示するように、上記細胞非接着領域より高いものであっても良い。
なお、図17中の符号については、図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0068】
(2)細胞接着層
本発明に用いられる細胞接着層としては、上記細胞接着材料を含むものであれば特に限定されるものではなく、例えば生物化学的特性により細胞接着性を有するものであってもよく、また物理化学的特性により細胞接着性を有するもの等であってもよい。
このような細胞接着材料としては、一般的な細胞培養基板等に用いられる細胞接着材料を用いることができ、例えば物理化学的特性により細胞と接着する材料としては、例えば親水化ポリスチレン、ポリリジン等の塩基性高分子、アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン等の塩基性化合物およびそれらを含む縮合物等が挙げられる。
また、生物化学的に細胞と接着性を有する材料としては、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、ビトロネクチン、RGD(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸)配列含有ペプチド、YIGSR(チロシン−イソロイシン−グリシン−セリン−アルギニン)配列含有ペプチド、コラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、およびこれらの混合物、例えばマトリゲル等が挙げられる。
また、各種ガラス、プラズマ処理を施したポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。
【0069】
本発明に用いられる細胞接着層が含有可能な添加剤やバインダー樹脂、ならびに膜厚および形成方法としては、上記「1.刺激応答性領域」の項に記載の内容と同様とすることができる。
【0070】
本発明に用いられる細胞接着材料の上記細胞接着層中の含有量としては、所望の細胞接着性を発揮できるものであれば特に限定されるものではなく、上記材料の種類等によって異なるものである。
【0071】
3.細胞非接着領域
本発明に用いられる細胞非接着領域は、上記細胞非接着材料を含む細胞非接着層の表面のうち、露出した範囲であり、細胞非接着性を有するものである。
【0072】
(1)細胞非接着領域
本発明に用いられる細胞非接着領域は、少なくとも上記刺激応答性領域の周囲に配置されるものである。
【0073】
このような細胞非接着領域の細胞の接着度合いとしては、所望の細胞非接着性を示すものであれば特に限定されるものではなく、上記刺激応答性領域が細胞非接着性を発現している場合の細胞の接着度合いと同様とすることができる。
【0074】
本発明における細胞非接着領域の数、形状、一つあたりの面積としては、刺激応答性領域との間で細胞接着領域が少なくとも1つの接着境界を有し、裏返った細胞シートを安定的に形成できるものであれば良い。
【0075】
本発明に用いられる細胞非接着領域の種類としては、1種類のみであっても良く、異なる細胞非接着材料を含む複数の細胞非接着領域を含むものであっても良い。
【0076】
本発明に用いられる細胞非接着領域の上記非接着境界からの幅としては、上記刺激応答性領域の形状に細胞を接着させ培養することができるものであれば良く、例えば、5μm以上であることが好ましく、なかでも、10μm以上であることが好ましい。上記幅が上述の範囲であることにより、上記細胞非接着領域上に細胞が増殖することを安定的に抑制することができるからである。
【0077】
(2)細胞非接着層
本発明に用いられる細胞非接着層は、細胞非接着材料を含むものである。
このような細胞非接着材料としては、細胞と非接着性を有するものであれば良く、例えば水和能の高い材料を用いることができる。水和能の高い材料を細胞非接着材料として用いた場合には、細胞非接着材料の周りに水分子が集まった水和層が形成される。通常、このような水和能の高い物質は水分子との親和性の方が細胞との親和性より高いことから、細胞は上記水和能の高い材料と接着することができず、細胞との接着性が低いものとなるのである。ここで、上記水和能とは、水分子と水和する性質をいい、水和能が高いとは、水分子と水和しやすいことをいうこととする。
本発明において水和能が高く細胞非接着材料として用いられる材料としては、例えばポリエチレングリコールや、ベタイン構造等を有する両性イオン材料、リン脂質含有材料等が挙げられる。
【0078】
また、上記細胞非接着材料として、撥水性または撥油性を有する材料や、超親水性を有する材料も用いることができる。具体的には、ポリエチレングルコールジアクリレート、ポリエチレングルコールメタクリレート等を用いたエチレングリコール系材料、リン脂質ポリマー、長鎖アルキル系材料、フッ素系材料、シリコンなどの撥水性材料、ポリビニルアルコール(PVA)などの親水性材料等が挙げられる。
【0079】
本発明に用いられる細胞非接着層が含有可能な添加剤やバインダー樹脂、ならびに膜厚および形成方法としては、上記「1.刺激応答性領域」の項に記載の内容と同様とすることができる。
【0080】
本発明に用いられる細胞非接着材料の上記細胞非接着材料層中の含有量としては、所望の細胞非接着性を発揮できるものであれば特に限定されるものではなく、上記材料の種類等によって異なるものである。
【0081】
4.細胞培養用基材
本発明の細胞培養用基材は、少なくとも、上記刺激応答性領域、細胞接着領域、および細胞非接着領域を含むものである。
本発明においては、既に説明した図2に示すように、上記刺激応答性領域、細胞接着領域、および細胞非接着領域を構成する刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層を支持する基材を含むものであっても良い。
【0082】
このような基材としては、上記刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層等を支持することができるものであれば特に限定されるものではない。
本発明において上記基材の材料としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等が挙げられる。ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクタン、もしくはその共重合体のような生分解性ポリマーであってもよい。また、ガラスを用いることもできる。
本発明においては、なかでも、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネートを好ましく用いることができ、特に、ポリエチレンテレフタレートを好ましく用いることができる。透明性、寸法安定性、機械的性質、電気的性質、耐薬品性等の性質に優れているからである。
【0083】
本発明における基材の厚さとしては、上記刺激応答性層等を安定的に支持することができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、10μm以上、好ましくは50μm以上である。
【0084】
また、図18(a)および(b)に例示するように、上記刺激応答性層1が、上記細胞接着層2および細胞非接着層3を支持する基材として用いられるように、上記刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層のいずれかを、他の層を支持する基材とするものであっても良い。
なお、図18中の符号については、図2のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0085】
さらに、必要に応じて、露出表面を有さない他の層や、他の領域となる露出表面を有する他の層を含むものであっても良い。
【0086】
本発明の細胞培養用基材の製造方法としては、上記刺激応答性領域等を安定的に形成できる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、上記基材上に、上記刺激応答性層、細胞接着層および細胞非接着層をこの順で形成する方法を挙げることができる。
【0087】
本発明の細胞培養用基材の用途としては、細胞の裏面を評価するために種々の細胞からなる細胞シートが形成された細胞付基板に用いることができる。
【0088】
B.細胞付基板
次に、本発明の細胞付基板について説明する。
本発明の細胞付基板は、上述の細胞培養用基材と、上記細胞培養用基材の上記細胞接着領域および上記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シートと、を有することを特徴とするものである。
【0089】
このような細胞付基板を図を参照して説明する。既に説明した図3(b)に例示するように、本発明の細胞付基板20は、上記細胞培養用基材10と、上記細胞培養用基材10の上記細胞接着領域および上記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シート21とを有するものである。
【0090】
本発明によれば、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートが接着していることにより、一部が裏返った上記細胞シートを容易に形成でき、上記細胞シートの接着側表面(裏面)を容易に観察することができる。したがって、細胞の裏面でしか発現していないタンパク質等の評価を容易に行うことができる。
【0091】
本発明の細胞付基板は、上述の細胞培養用基材および細胞シートを少なくとも含むものである。
以下、本発明の細胞付基板の各構成について説明する。
なお、上記細胞培養用基材については、上記「A.細胞培養用基材」の項に記載の内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0092】
1.細胞シート
本発明に用いられる細胞シートは、上記細胞からなるものであり、細胞間結合で上記細胞同士が少なくとも単層で結合され、シート状のものである。
このような細胞シートを構成する細胞としては、血球系等の非接着性細胞、細胞間結合の弱い細胞以外なら、生体に存在するあらゆる組織とそれに由来する細胞を用いることができる。
具体的には、生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞等を用いることができる。
また上記細胞は、1種類のみであっても良く、2種類以上用いるものであっても良い。
【0093】
2.細胞付基板
本発明の細胞付基板は、上記細胞培養用基材および細胞シートを少なくとも有するものであるが、必要に応じて、他の部材を有するものであっても良い。
【0094】
本発明の細胞付基板の製造方法としては、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートが接着しているものとすることができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、他の培養基材上で培養し、そこから剥離した細胞シートを上記細胞培養用基材上に接着させる方法等を挙げることができるが、なかでも、上記細胞培養用基材上に上記細胞シートを形成可能な細胞を播種・培養する方法であることが好ましい。上記細胞シートを上記刺激応答性領域および細胞接着領域上に精度良く接着したものとすることができるからである。
【0095】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0096】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて具体的に説明する。
【0097】
[実施例1]
(1)温度応答性フィルムの作製
N−イソプロピルアクリルアミドを、最終濃度20重量%になるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解させた。市販の易接着性ポリエチレンテレフタレートフィルム(三光産業社より入手、透明50−Fセパ1090)(以下において「易接着PET」と略することがある)を調達し、これを10cm角に切断した。ここに上記溶液を、易接着PETの易接着面に展開し、ミヤバーでコーティングした。電子線照射装置(岩崎電気社製)を用いて該サンプル上に電子線照射を行い、該溶液をグラフト重合した。このときの電子線照射線量は300kGyであった。
【0098】
(2)細胞培養用基材の作製
60mmφポリスチレンディッシュの全面に、上記温度応答性フィルムを切り抜いて貼り付けた。続いて、接着面にグリースを塗った35mmφシリコンリングを上記温度応答性フィルム上に貼り付け、EOG滅菌をした。
次いで、上記シリコンリング内側の温度応答性領域の半分にマトリゲル(BD Biosciences製 Growth Factor Reduced BD MatrigelTM Matrix)を塗り、インキュベーター内で3時間放置した。
このようにして、図19に示すように、刺激応答性領域11として上記温度応答性フィルム表面、細胞非接着領域13としてシリコンリング表面および細胞接着領域12としてマトリゲル表面を有する細胞培養用基材を作製した。
また、上記非接着境界は、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状に形成された。また、この場合の、上記非接着境界の曲率は、5.7m−1であった。
【0099】
[実施例2]
マトリゲルを、図20に示すように、上記温度応答性領域11上に、上記細胞接着領域12の凸部の幅sと、上記刺激応答性領域11の幅tとがs=1/3tとなるように塗った以外は、実施例1と同様にして細胞培養用基材を作製した。
なお、上記非接着境界は、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状に形成された。また、この場合の、上記非接着境界の曲率は、5.7m−1であった。
【0100】
[実施例3]
マトリゲルを、図21に示すように、上記温度応答性領域11上に、上記細胞接着領域12の凸部の幅sと、上記刺激応答性領域11の幅tとがS=1/2tとなるように塗った以外は、実施例1と同様にして細胞培養用基材を作製した。
なお、上記非接着境界は、上記細胞接着領域に対して凸状の円弧状に形成された。また、この場合の、上記非接着境界の曲率は、5.7m−1であった。
【0101】
[評価]
(1)細胞培養
上記細胞培養用基材上に、ウシ血管内皮細胞(P20)を1×105cells/cm2の密度で播種し、6日間培養し、上記細胞接着領域および刺激応答性領域に接着した細胞シートを形成した。
【0102】
(2)裏面観察
上記細胞シートを形成後、20℃インキュベーター内で1時間放置(刺激付与)し、上記細胞シートを観察した。顕微鏡観察結果を図19〜図21に示す。
その結果、円形の細胞シートのうち、温度応答性領域にあった細胞シートが基材底面から剥離し、自発的に裏返って細胞シート裏面が表に現れた。
また、実施例1〜3を比較すると、実施例1では上記細胞シートが接着境界付近(顕微鏡観察視野内)で折り重なった箇所が観察された。実施例2と実施例3では、安定した細胞シート裏面観察が可能であったが、実施例3の方が接着境界から長い幅で細胞シート裏面が観察できる点で、より裏面観察に適した構成であった。
【符号の説明】
【0103】
1 … 刺激応答性層
2 … 細胞接着層
3 … 細胞非接着層
4 … 基材
10 … 細胞培養用基材
11 … 刺激応答性領域
12 … 細胞接着領域
13 … 細胞非接着領域
20 … 細胞付基板
21 … 細胞シート
【特許請求の範囲】
【請求項1】
刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、
細胞接着性を有する細胞接着領域と、
細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、
を有し、
前記刺激応答性領域および前記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、
前記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に、前記刺激応答性領域および前記細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有することを特徴とする細胞培養用基材。
【請求項2】
前記刺激応答性領域の全外周に、前記非接着境界を有することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記非接着境界の形状が、前記細胞接着領域に対して凸状の円弧状であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
前記接着境界の形状が、前記細胞接着領域に向かって凸状の円弧状であり、
前記接着境界の形状の曲率が、前記非接着境界の形状の曲率よりも大きいことを特徴とする請求項3に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記刺激応答性領域が、温度変化により細胞の接着度合いが変化する温度応答性材料を含むことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
前記温度応答性材料が、ポリイソプロピルアクリルアミドであることを特徴とする請求項4に記載の細胞培養用基材。
【請求項7】
請求項1から請求項5までのいずれかの請求項に記載の細胞培養用基材と、
前記細胞培養用基材の前記細胞接着領域および前記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シートと、
を有することを特徴とする細胞付基板。
【請求項1】
刺激により細胞の接着度合いが変化する刺激応答性領域と、
細胞接着性を有する細胞接着領域と、
細胞非接着性を有する細胞非接着領域と、
を有し、
前記刺激応答性領域および前記細胞接着領域の境界部分である接着境界を有し、
前記刺激応答性領域の外周の少なくとも一部に、前記刺激応答性領域および前記細胞非接着領域の境界部分である非接着境界を有することを特徴とする細胞培養用基材。
【請求項2】
前記刺激応答性領域の全外周に、前記非接着境界を有することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記非接着境界の形状が、前記細胞接着領域に対して凸状の円弧状であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
前記接着境界の形状が、前記細胞接着領域に向かって凸状の円弧状であり、
前記接着境界の形状の曲率が、前記非接着境界の形状の曲率よりも大きいことを特徴とする請求項3に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記刺激応答性領域が、温度変化により細胞の接着度合いが変化する温度応答性材料を含むことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
前記温度応答性材料が、ポリイソプロピルアクリルアミドであることを特徴とする請求項4に記載の細胞培養用基材。
【請求項7】
請求項1から請求項5までのいずれかの請求項に記載の細胞培養用基材と、
前記細胞培養用基材の前記細胞接着領域および前記刺激応答性領域上に接着した細胞からなる細胞シートと、
を有することを特徴とする細胞付基板。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2012−105608(P2012−105608A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−258292(P2010−258292)
【出願日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】
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