細胞培養用基材
【課題】 光を短時間照射することにより基材を溶解して、興味対象の細胞を選択的に取得できる細胞培養用基材を提供することを課題とする。
【解決手段】 加熱によってゾル化するゲル中に金粒微子を分散させてなり、前記金微粒子が保護剤により保護されている細胞培養用基材によって、上記の課題を解決する。
【解決手段】 加熱によってゾル化するゲル中に金粒微子を分散させてなり、前記金微粒子が保護剤により保護されている細胞培養用基材によって、上記の課題を解決する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用基材に関する。より詳細には、加熱によってゾル化するゲル中に金微粒子を分散させてなり、該金微粒子が保護剤により保護されている細胞培養用基材に関する。また、本発明は、その基材を用いて興味対象の細胞を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療や癌治療の分野においては、疾患や不慮の事故などにより失われた細胞の機能を回復させる目的で、幹細胞や免疫細胞などの特定の機能を有する機能性細胞を対象に投与する細胞療法が試みられている。
【0003】
このような機能性細胞は、生存、増殖および機能の発揮のために足場を必要とする付着細胞であるものが多い。従来、このような付着細胞を培養するために、足場としてコラーゲン、ポリリジン、フィブロネクチンなどの基材を内部表面にコートした培養容器が用いられてきた。このような培養容器を用いることによって、足場に依存する機能性細胞のような付着細胞を効率的に培養できる。
【0004】
しかし、上記の機能性細胞の培養においては、培養している全ての細胞が特定の機能を有するとは限らない。したがって、特定の機能を実際に有する細胞のみを所望する場合は、培養している細胞から該機能を有するものを選択的に回収する必要がある。
従来、細胞の回収は、トリプシンやコラゲナーゼのような酵素などを用いて培養容器から細胞を剥離することにより行われていた。
しかしながら、このような回収方法では、培養容器内の細胞全体を剥離して回収することは可能であったが、特定の細胞を選択的に回収することは困難であった。
【0005】
上記の問題を解決する方法として、例えばポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)を細胞培養用基材に用いて、該基材上の特定の領域の温度を変化させることにより、該領域内に存在する細胞を選択的に回収する方法がある(特許文献1参照)。この方法では、該基材をPNIPAMの下限臨界点よりも低い温度まで冷却することにより該基材を溶解して、細胞を基材から剥離できる。その際に、該基材の冷却は、培養容器の底部裏側から棒状の冷却体を押し当てることにより行われる。
しかしながら、このような方法では、ある程度の大きさまで増殖した細胞コロニーを回収することはできるが、ごく狭い範囲内に存在する特定の1つまたは複数の細胞を回収することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−349643号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kloxin, A.M.ら, Science., vol. 324, 59-63 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、光分解性ハイドロゲルが開発された(非特許文献1参照)。このハイドロゲルに、レーザスキャン顕微鏡(LSM)を用いて波長400 nm未満の紫外光を照射すると、照射された部分のゲルの架橋密度が減少する。上記の文献の筆者らは、該ゲルを用いて細胞を培養し、該細胞の1つが存在する範囲に紫外光を照射することにより、該細胞の微小環境を変化させることに成功している。
【0009】
LSMを用いれば特定の範囲にレーザを照射できるので、光分解性の細胞培養用基材を用いれば、興味対象の細胞を1つからでも回収できる可能性がある。
しかしながら、上記の光分解性ハイドロゲルは、紫外光を約10分間も照射しなければ、ゲルの物性を変化させることができなかった。紫外光は細胞にとって非常に有害であるので、長時間の紫外光の照射は、細胞に重大な損傷を与え得る。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記のような事情に鑑みて、細胞に悪影響を与えない波長およびエネルギーを有する光を短時間照射することにより基材を溶解して、細胞を該基材から分離できる細胞培養用基材を提供することを目的とする。
そして、本発明者は、金微粒子が光の照射を受けることにより発熱することに着目し、この金微粒子をゼラチンゲル中に分散させて得られたゲルに可視光を照射して、金微粒子から発生した熱により可視光の照射部分をゾル化、すなわち溶解できることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、加熱によってゾル化するゲル中に金粒微子を分散させてなり、該金微粒子の表面が保護剤により保護されている、細胞培養用基材を提供する。
【0012】
また、本発明は、
上記の細胞培養用基材を用いて培養されている細胞から、興味対象の細胞を見出す工程と、
該細胞培養用基材に光を照射して、照射範囲内の基材をゾル化する工程と、
該範囲内の基材から分離した細胞を回収する工程と
を含む、興味対象の細胞を取得する方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の細胞培養用基材によれば、光を短時間照射することにより該基材中の金微粒子が発熱し、それにより照射範囲内の基材を溶解できる。また、この細胞培養用基材を用いる本発明の興味対象の細胞を取得する方法によれば、興味対象の細胞を生存状態で選択的に取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】アセチル化コラーゲンペプチド(AcCP)の合成スキームを示す。
【図2】合成したAcCPの1H NMRスペクトルを示す。
【図3】アセチル化コラーゲンペプチド修飾デンドリマー(AcCP G4den)の合成スキームを示す。
【図4】合成したAcCP G4denの1H NMRスペクトルを示す。
【図5】金微粒子内包AcCP G4denの作製スキームを示す。
【図6】金微粒子内包AcCP G4den水溶液の吸収スペクトルを示す。
【図7】AcCP G4denの円二色性スペクトルを示す。
【図8】透化型電子顕微鏡により得られた金微粒子内包AcCP G4denの画像を示す。
【図9】金微粒子内包AcCP G4den水溶液の上昇温度を照射時間に対してプロットしたグラフを示す。
【図10】金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゼラチンゲル中の金微粒子の吸収スペクトルを示す。
【図11】レーザの照射前後における金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゲルの写真を示す。
【図12】溶解したゲルの面積を照射時間に対してプロットしたグラフを示す。
【図13】レーザの照射前後における金微粒子内包ポリエチレングリコール修飾デンドリマー(PEG G4den)を分散させた細胞培養用基材の写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の細胞培養用基材を構成するゲルとしては、加熱によってゾル化するゲルを用い得る。そのようなゲルの原料としては、細胞に影響を及ぼさない温度で溶媒中に溶解するものであれば特に限定されず、例えばゼラチン、コラーゲン、デンプン、ペクチン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースまたはアルギン酸などの天然由来材料、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリN-イソプロピルアクリルアミドなどの人工材料などが挙げられる。それらの中でもゼラチンが好ましい。
なお、ゾル化とは、当該技術において公知の用語と同じ意味を有し、ゲルを加熱することにより、液体を分散媒とするコロイド、すなわちゾルへ変換することを意味する。また、本明細書においては、ゾル化することを「溶解する」ともいう。
【0016】
ゼラチンは、生体から得られるコラーゲンから製造されたものであれば特に限定されず、例えばコラーゲンを塩酸などにより酸処理して得られる酸処理ゼラチン、コラーゲンを石灰などによりアルカリ処理して得られるアルカリ処理ゼラチン、またはコラーゲンを酵素処理して得られる酵素処理ゼラチンが挙げられる。
また、本発明の細胞培養用基材では、ゼラチンの由来は特に限定されず、例えばウシ、ブタなどの哺乳動物の骨、軟骨、皮など、またはサケなどの魚類の皮などから得られたものを用い得る。
本発明の細胞培養用基材にゼラチンゲルを用いる場合、該ゲルにおけるゼラチンの濃度は、通常1〜20重量%、好ましくは5〜15重量%である。
【0017】
本発明の細胞培養用基材のゾル化点は、通常、細胞培養時の温度よりも高く、且つ細胞に影響を及ぼさない程度であればよいが、好ましくは37℃より高く、45℃より低い温度であり、より好ましくは39〜42℃である。
【0018】
本発明の細胞培養用基材においては、ゾル化点を引き上げるために、当該技術において公知の方法によって、ゲルの原料を架橋してもよい。そのような方法としては、例えば架橋剤を用いる方法、放射線を用いる方法などが挙げられる。
架橋剤を用いる方法では、該架橋剤は、細胞の生存、増殖、接着性および機能の発揮に影響を及ぼさないものであれば特に限定されない。そのような架橋剤は当該技術において公知であり、例えばゼラチンを架橋する場合は、塩化カルシウムなどのカルシウム塩、塩化アルミニウムなどのアルミニウム塩、ジメチロール尿素などのN-メチロール化合物、2, 3-ジヒドロキシジオキサンなどのジオキサン誘導体、1, 3-ビスビニルスルホニル-2-プロパノールなどのビニル化合物、あるいはグルタルアルデヒドやエチレンジアミン、コハク酸などの多官能性化合物や、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルフォリニウムクロライドn-ハイドレート(DMT-MM)などの縮合剤などを用い得る。なお、本発明の細胞培養用基材においては、これらの架橋剤を単独または2種以上組み合わせて用い得る。
放射線を用いる方法では、ゼラチンに電子線、ガンマ線などの放射線を照射することによって、ゼラチンの架橋を行うことができる。また、紫外線照射による架橋も可能である。
【0019】
本発明の細胞培養用基材は、上記のゲル中に金微粒子を分散させてなる。該基材中の金微粒子は、光の照射を受けることによりゲル中で熱を発生するものであれば、特に限定されない。そのような金微粒子としては、例えばSigma-Aldrich社から販売される金微粒子溶液(5 nm Colloidal Gold、10 nm Colloidal Gold、20 nm Colloidal Gold)などを用い得る。
本発明の細胞培養用基材における金微粒子の濃度は、通常100〜1000μM、好ましくは200〜500μMである。
また、金微粒子の平均体積径は特に限定されないが、通常2〜200 nm、好ましくは2〜100 nmである。
【0020】
上記の金微粒子は、それ自体では凝集して沈殿するので、ゲル中に分散させることはできない。したがって、ゲル中で金微粒子が凝集することなく、分散状態を安定に維持させるために、本発明の細胞培養用基材中の金微粒子は、保護剤によって保護されている。
そのような保護剤は、金微粒子の表面を修飾するか、または金微粒子を複合化することにより、ゲル中での金微粒子の凝集を抑制するものであれば特に限定されない。本発明の細胞培養用基材に用い得る保護剤としては、例えばコラーゲンペプチド、ポリエチレングリコール(PEG)、デキストラン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンなどが挙げられる。
また、本発明の細胞培養用基材にゼラチンゲルを用いる場合、保護剤としては、ゼラチンに親和性を有する物質が好ましい。そのような物質としては、ゼラチン分子と相互作用を形成できるものであれば特に限定されず、例えばコラーゲンペプチドを好適に用い得る。
【0021】
本明細書において、「表面を修飾する」とは、金微粒子の表面に上記の保護剤を物理学的、化学的または生物学的に結合することを意味する。また「複合化する」とは、金微粒子の表面を上記の保護剤で被覆することを意味する。
なお、これらの方法は当該技術において公知であり、例えばWuelfing, W.P.ら, J. Am. Chem. Soc., vol. 120, 12696-12697 (1998)、Mo, X.ら, Angew. Chem. Int. Ed., vol. 45, 2267-2270 (2006) などに記載されている。
【0022】
ゼラチンに親和性を有する物質としてコラーゲンペプチドを用いる場合、コラーゲンペプチドは、通常1000〜20000、好ましくは2000〜5000の分子量を有する加水分解産物である。コラーゲンペプチドとしては、天然のコラーゲンを加水分解酵素処理して得られるもの、または合成コラーゲンペプチドのいずれを用いることもできる。
【0023】
また、本発明においては、保護剤により保護されている金微粒子には、上記の保護剤で表面を修飾したカプセルに内包されることによって保護される金微粒子も含まれる。この場合、そのようなカプセルとして、デンドリマーを好適に用い得る。デンドリマーとは、一般に、樹状構造を有する三次元的に高度に分岐した球状高分子化合物である。デンドリマーは、その内部に空間を有するので金微粒子を内包し得る。そのようなデンドリマーとしては、例えばポリアミドアミン(PAMAM)、ポリプロピレンイミン(PPI)などのデンドリマーが挙げられる。PAMAMのデンドリマーとしては、Starburst(登録商標)の商品名で市販されているものを用い得る。
【0024】
コラーゲンペプチドでのデンドリマーの修飾は、例えばKojima, C.ら, J. Am. Chem. Soc., vol. 131, 6052-6053 (2009) に記載される方法により行うことができる。具体的には、保護剤としてのコラーゲンペプチドの一方の末端をデンドリマーの末端基と反応性を有する基で誘導体化し、デンドリマーと反応させてコラーゲンペプチドをデンドリマーの末端に結合させることにより行うことができる。デンドリマーの末端がアミノ基である場合、この末端基とアミド結合を形成できる基、例えばコラーゲンペプチドのカルボキシル基を利用して結合させることができる。また、デンドリマーの末端がヒドロキシ基である場合、この末端基とエステル結合を形成できる基、例えばコラーゲンペプチドのカルボキシル基を利用して結合させることができる。
【0025】
上記のデンドリマー中に金微粒子を内包させる方法は、当該技術において公知であり、例えばHaba, Y.ら, Langmuir, vol. 23, 5243-5246 (2007) に記載されている。
【0026】
上記の保護剤によって保護されている金微粒子は、当該技術において公知の方法、例えば透析法、限外ろ過法、ゲルろ過クロマトグラフィー法などにより精製されてもよい。
【0027】
本発明の細胞培養用基材は、次のようにして得ることができる。まず、保護剤により保護されている金微粒子の分散液と、ゲルを熱で溶解した溶液(ゾル)とを混合する。
なお、該分散液に用いられる分散媒は、細胞に対して毒性のないものであれば特に限定されない。また、該ゾルは、上記のゲルの原料を水、生理食塩水、リン酸緩衝液などの緩衝液または細胞培養用培地などの細胞に対して毒性のない溶媒に加え、加熱により溶解して得ることができる。
【0028】
上記の分散液の金微粒子の濃度およびゾルの濃度、並びにそれらの混合割合は、特に限定されず、例えばゼラチンを用いる場合は、本発明の細胞培養用基材における金微粒子およびゼラチンの濃度が上記のとおりになるように混合できる程度であればよい。
なお、この混合は、ゾルがゲル化しない温度、例えばゼラチンを用いる場合は35〜45℃で行われることが好ましい。
【0029】
次いで、得られた混合液を適当な細胞培養用容器内に入れる。そのような容器の形状は特に限定されず、例えばディッシュ、プレートなどの形態にある市販の容器を用い得る。
そして、上記の混合液を入れた細胞培養用容器を冷却することにより混合液をゲル化させて、本発明の細胞培養用基材を得ることができる。
なお、上記の手順は全て、クリーンルームのような無菌空間内で行われることが好ましい。
【0030】
本発明の細胞培養用基材において、金微粒子がゲル中に分散しているか否かは、該基材について波長400〜800 nmの範囲における吸収スペクトルを得ることにより確認できる。該基材中の金微粒子の吸収スペクトルが、上記の分散液中の金微粒子の吸収スペクトルと同様に、金微粒子に特有の表面プラズモン共鳴吸収(SPR)が確認できるものである場合、金微粒子がゲル中において凝集することなく、安定に分散していることがわかる。
【0031】
本発明の細胞培養用基材を用いて培養される細胞は、哺乳動物由来の付着細胞であれば特に限定されないが、好ましくは特定の機能を有すると考えられる細胞である。そのような培養される細胞としては、生体から得た細胞であってもよく、当該技術において公知の樹立細胞株であってもよく、例えば樹状細胞などの免疫細胞、胚性幹細胞(ES細胞)および人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの幹細胞、各種臓器など生体から得た初代培養細胞、種々の癌細胞などが挙げられる。
【0032】
さらに、本発明の細胞培養用基材は、当該技術において公知の方法により形質転換された細胞の培養にも好適に用い得る。形質転換された細胞としては、例えば細胞内で特定のタンパク質を発現させ得る発現ベクター、siRNA、shRNAなどを導入された細胞などが挙げられる。
【0033】
本発明の細胞培養用基材を用いて細胞を培養する場合、その培養方法は、基材として本発明の細胞培養用基材を用いること以外は当該技術において公知の方法と異なるところはなく、細胞の種類に応じて必要な培地、添加物、器具、設備などを用いて細胞を培養すればよい。
【0034】
上記のとおり、本発明の細胞培養用基材には、保護剤で保護された金微粒子が分散しているので、該基材に光を照射すると、金微粒子の発熱により照射された範囲内の基材がゾル化する。したがって、その範囲内の基材上に存在していた細胞は足場を失うことになり、基材から分離される。
本発明の興味対象の細胞を取得する方法(以下、本発明の方法ともいう)では、そのような特徴を有する本発明の細胞培養用基材を用いることにより、該基材上に培養している細胞から、興味対象の細胞を生存状態で選択的に取得できる。
【0035】
本発明の方法は、次のようにして行うことができる。まず、本発明の細胞培養用基材を用いて培養されている細胞から、興味対象の細胞を見出す。
【0036】
上記の興味対象の細胞は、基材上で培養している細胞の中から選択的に取得しようとする特定の細胞である。このような細胞は、例えば興味対象の機能を有する細胞、興味対象の分子を発現している細胞などであり、より具体的には、幹細胞、免疫細胞または形質転換された細胞などである。
【0037】
興味対象の細胞は、例えば顕微鏡などで観察して見出すことができる。興味対象の細胞は、例えば特定の形態を呈しているか、または緑色蛍光タンパク質などの特定の分子を発現している細胞として見出してもよい。あるいは、細胞を当該技術において公知の色素、酵素、抗体などで直接的または間接的に標識して、標識されている細胞を興味対象の細胞として見出してもよい。
【0038】
次いで、本発明の方法では、上記の細胞培養用基材に光を照射して、照射範囲内の基材をゾル化する。ゾル化された部位では細胞は足場を失うので、該細胞が基材から分離される。
【0039】
本発明の方法に用い得る光は、細胞に照射した場合に重大な損傷を与えない波長およびエネルギーを有するものであればよく、通常400〜1200 nm、好ましくは450〜900 nmの波長を有し、0.1〜1000 mW、好ましくは0.4〜100 mWで射出される光線である。そのような光線は、レーザ光線が好ましい。
光の照射時間は、照射範囲内の基材をゾル化できる時間であれば特に限定されないが、通常10〜300秒、好ましくは10〜60秒である。
このような光を射出する装置は、細胞培養用基材上の特定の範囲内に光を照射できるものであれば特に限定されないが、好ましくはレーザスキャン顕微鏡である。
【0040】
本発明の方法において、光を照射する範囲は、興味対象の細胞自体または該細胞を含む範囲であり得る。あるいは、光を照射する範囲は、興味対象の細胞を含まない範囲、すなわち興味対象の細胞以外の細胞自体または該細胞を含む範囲であってもよい。また、光を照射する範囲は、本発明の細胞培養基材上に1つであってもよく、複数であってもよい。
【0041】
そして、本発明の方法では、上記の光を照射した箇所を含む範囲内の基材から分離した細胞を回収する。
光を細胞培養用基材上の興味対象の細胞自体または該細胞を含む範囲に照射した場合、興味対象の細胞が該基材から分離する。この分離した細胞を培地ごと回収することにより、興味対象の細胞を取得できる。
また、光を細胞培養用基材上の興味対象の細胞を含まない範囲に照射した場合、興味対象の細胞以外の細胞が該基材から分離する。この分離した細胞を培地ごと回収することにより、興味対象の細胞を、容器内に残った基材上に付着した状態で取得できる。
また、フォトリゾグラフィーで用いられるマスクにより、光の照射範囲を制御することもできる。
【0042】
本発明の方法は、本発明の細胞培養用基材の入った容器から培地を除いた状態で行うこともできる。この場合、光を細胞培養用基材に照射した後、ゾル化した部位または該容器内全体に培地もしくは適当な緩衝液を加えて、該基材から分離した細胞を加えた液体ごと回収することにより、興味対象の細胞を取得できる。
【0043】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
実施例1:金微粒子を分散させたゼラチンゲルからなる細胞培養用基材の製造
(1)金微粒子を内包するアセチル化コラーゲンペプチド修飾デンドリマーの作製
(1-1)アセチル化コラーゲンペプチド(AcCP)の合成
コラーゲンペプチド(3.20 g、平均分子量:2000、和光純薬工業)を蒸留水(10 ml)に溶解させた。この溶液に氷冷下で4N NaOH水溶液(1ml)を加えてアルカリ性にした後、4N NaOH水溶液(3ml)および無水酢酸(1.512 ml)を同時に加えた。そして、4N NaOH水溶液を適量加えてアルカリ性にして、12時間撹拌した。これに4N H2SO4水溶液を適量加えてpH5〜9に合わせ、透析膜(分画分子量:2000、Spectrum Laboratories, Inc.製)を用いて透析(外挿:蒸留水)を1日行い、凍結乾燥によりAcCPを得た。生成物の同定は、1H NMR測定(溶媒:D2O)により行った。収量は1.8146 g、収率は55.5%であった。なお、AcCPの合成スキームを図1に示す。
【0045】
AcCPの1H NMRスペクトルの結果(溶媒:D2O、400MHz)を図2に示す。図2において、1.8 ppmにアセチル基に由来するピークが確認できたことから、AcCPを合成できたと考えられる。
【0046】
(1-2)アセチル化コラーゲンペプチド修飾デンドリマー(AcCP G4den)の合成
第4世代ポリアミドアミン(PAMAM G4)デンドリマーのメタノール溶液(10重量%;Sigma-Aldrich Corporation製)(1.3 ml(0.13 g、9.15μmol))をロータリーエバポレーターに入れ、溶媒を減圧留去した後、凍結乾燥を行った。
得られたPAMAM G4デンドリマー(0.123 g(8.64μmol))を蒸留水1mlに溶解させた後、AcCP(1.716 g(840.2μmol))および蒸留水2mlを加え、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルフォリニウムクロライド n-ハイドレート(DMT-MM)(0.339 g(924.2μmol)、和光純薬工業)をさらに加えた。これに4N NaOHを適量加えてアルカリ性にした後、40℃で3日間撹拌した。そして、透析膜(分画分子量:10000、Spectrum Laboratories, Inc.製)を用いて透析(外挿:蒸留水)を1日行った後、Sephadex G-50カラム(溶離液:0.1M Na2SO4水溶液)により精製し、さらに透析膜(分画分子量:10000、Spectrum Laboratories, Inc.製)を用いて透析(外挿:蒸留水)を1日行い、凍結乾燥によりAcCP G4denを得た。これを1H NMRによって同定した。収量は0.489 g、収率は46.5%であった。なお、AcCP G4denの合成スキームを図3に示す。
【0047】
AcCP G4denの1H NMRスペクトルの結果(溶媒:D2O、400MHz)を図4に示す。図4において、PAMAMデンドリマーの繰り返し構造に由来する2.8および3.5 ppmのピークが確認できたことから、AcCP G4denを合成できたと考えられる。
【0048】
(1-3)AcCPおよびAcCP G4denのフルオレスカミンによる第1級アミンの定量
標準物質としてL-チロシンおよびPAMAM G4デンドリマーを用いて検量線を引き、サンプル中に含まれる第1級アミノ基の定量を行った。まず、25、50、100および150μMのL-チロシン、並びに第1級アミノ基の濃度で25、50、100および150μMのPAMAM G4水溶液を調製し、それぞれ400μlを、4mlの0.5M ホウ酸緩衝水溶液(pH8.5)に加えた。そして、これらにフルオレスカミン(東京化成工業株式会社)のアセトン溶液(0.3 mg/ml)を200μlずつ加え、ボルテックスミキサーで撹拌し、AcCPおよびAcCP G4denの濃度が4mg/mlになるように調整した。そして、FP-6200 Spectrofluorometer(JASCO社製)を用いて、励起波長390 nm、蛍光波長480 nmにおける蛍光強度を測定した。
【0049】
フルオレスカミンを用いた蛍光測定による1級アミンの定量により、AcCPおよびAcCP G4denのそれぞれの合成スキームにおける反応率を算出した。その結果、各合成スキームにおける反応率は、AcCPでは96.4%、AcCP G4denでは80.5%であった。
【0050】
(1-4)金微粒子内包AcCP G4denの作製
AcCP G4den(2.3 mg(25 nmol))に超純水(11.9 ml)を加えて、デンドリマー濃度2.1μMのAcCP G4den水溶液を調製した。また、テトラクロロ金(III)酸四水和物(1g、ナカライテスク株式会社)を超純水(10 ml)に溶解して、234 mMのHAu(III)Cl4水溶液を調製した。これを希釈して2mM HAu(III)Cl4水溶液を調製した。
AcCP G4den水溶液(4.7 ml)に、HAu(III)Cl4水溶液(275μl(デンドリマーに対して55当量))を加えて2〜3分間撹拌した。そして、これにNaBH4を含む0.3M NaOH水溶液(18.3μl(150 mM)、デンドリマーに対して275当量))をさらに加えて、撹拌することにより金イオンを還元して、金微粒子を内包するAcCP G4denを得た。なお、この作製スキームを図5に示す。
【0051】
(2)金微粒子内包AcCP G4denの特徴決定
(2-1)吸収スペクトルの測定
上記の金微粒子内包AcCP G4denについて、UV/vis Spectrophotometer(JASCO V-630;JASCO社製)を用いて、上記の還元反応から1時間および10日間経過後の25℃での400〜800 nmの吸収スペクトルを測定した。
【0052】
上記の金微粒子内包AcCP G4denの溶液は赤褐色であった。これは金微粒子特有の表面プラズモン共鳴吸収(SPR)に由来していると考えられる。金微粒子内包AcCP G4den水溶液の吸収スペクトルの測定結果を図6に示す。図6より、低波長側の吸光度が上昇していることがわかる。これはSPRに由来するものと考えられるため、金微粒子が生成されたと考えられる。また、10日経過後もスペクトルの変化が観察されないことから、この間も金微粒子は溶液中で凝集することなく安定に分散することわかる。
【0053】
(2-2)円二色性(CD)スペクトルの測定
AcCP G4den(1mg)を蒸留水(10 ml)に溶解させた。この溶液の楕円率を、JASCO-J-820 Spectropolarimeter(JASCO社製)を用いて測定した。測定温度は4℃を保った。
【0054】
AcCP G4denのCDスペクトルの測定結果を図7に示す。図7より、225 nm付近における正の極大値および200 nm付近における負の極小値が観察された。225 nm付近で正のピークが見られる場合、デンドリマーに修飾されたCPが3重ヘリックス構造を形成していることが知られている。
したがって、デンドリマー末端のCPは、3重ヘリックス構造を形成していると考えられる。
【0055】
(2-3)透過型電子顕微鏡(TEM)による観察
市販のグリッド上に金微粒子内包AcCP G4den水溶液を滴下し、TEM観察用サンプルを作製した。このサンプルをTEM(JEM-2000FX、加速電圧200 kV;JEOL社製)を用いて観察した。
【0056】
TEMで得られた画像を図8に示す。図8において確認される黒点は、金微粒子であると考えられる。これらの粒径を測定したところ、平均値は2nmであった。PAMAM G4デンドリマーの直径が一般に4.5 nm程度であることから、金微粒子がPAMAM G4デンドリマー内包されていると考えられる。このことから、金微粒子を安定に分散し、また粒径を制御できたと考えられる。
【0057】
(2-4)金微粒子内包AcCP G4denへのレーザ照射
金濃度がそれぞれ100、250、500および1000μMである金微粒子内包AcCP G4den水溶液を調製した。これらの金微粒子内包AcCP G4den水溶液を3mlずつセルに入れ、撹拌しながら、該溶液にレーザ(波長532 nm、強度0.9 W、径3mm)を5分間照射した。この間に、熱電対(SK-1250MC;SATO KEIRYOKI社製)を用いて各溶液の温度を1分ごとに測定した。室温は20℃に設定した。
【0058】
上記の溶液の上昇温度を照射時間に対してプロットしたグラフを、図9に示す。金濃度が高くなるにつれて温度が増加すること、照射時間が長くなるにつれて温度が増加することがわかる。
【0059】
(3)金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゼラチンゲルの作製
固体のゼラチン(0.1 g、豚皮由来、タイプA、Sigma-Aldrich社製)を、蒸留水(1ml)に溶解させた。これをボルテックスミキサーで撹拌した後、60〜70℃で1時間加熱してゼラチンゾル(ゼラチン濃度:10重量%)を得た。このゼラチンゾル(180μl)と、金微粒子内包AcCP G4den水溶液(120 μl、金濃度:250μM)とを混合した後、これを4℃で一晩冷却することにより、金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゼラチンゲル(以下、「金微粒子分散ゲル」ともいう)を得た。
【0060】
(4)金微粒子分散ゲルの特徴決定
(4-1)吸収スペクトルの測定
上記で得られた金微粒子分散ゲル(ゼラチン濃度:10重量%)中の金微粒子の吸収スペクトルを、UV/vis Spectrophotometer(JASCO V-630;JASCO社製)を用いて測定した。結果を図10に示す。
金微粒子内包AcCP G4denをゼラチンゲルに分散させることによって、金微粒子のスペクトルはわずかに変化した。しかし、SPR効果が観察されるので、金微粒子はゼラチンゲル中においても安定に分散して存在していると考えられる。
【0061】
(4-2)金微粒子分散ゲルへのレーザ照射
上記(1-4)と同様にして、金濃度1250μMの金微粒子内包AcCP G4den水溶液を調製した。これとゼラチン濃度が10重量%のゼラチンゾルとを混合し、さらに蒸留水を適宜加えて、得られた混合液を培養用マルチウェルプレート(Nunc社製)に入れた。そして、該プレートを4℃で一晩冷却することにより、金濃度100、250および500μMの金微粒子分散ゲル(ゼラチン濃度はいずれも6重量%)を作製した。このプレートを28℃に設定したサーモミキサー上に置き、作製した各ゲルに上記(2-4)で用いたレーザを真上から照射して、ゲルがゾル化するか否かを検討した。ゲルのゾル化が確認できた場合はさらに2分間レーザ照射を行い、照射時間に対する溶解面積を測定した。
【0062】
各照射時間におけるゲルの写真を図11に示す。図11より、金微粒子分散ゲルにレーザを30秒間照射することにより、照射箇所をゾル化して溶解できることが確認された。
この溶解したゲルの面積を照射時間に対してプロットしたグラフを、図12に示す。図12より、レーザの照射時間にしたがってゲルの溶解面積が増大すること、および金濃度が高くなるにしたがってゲルをより短時間で溶解できることがわかった。
また、図12において、金濃度が250および500μMのゲルでは、直線の傾きが2段階になっている。これは、ゲルがまずレーザの照射面積(7mm2)まで急激に溶解し、その後、溶解面積が熱伝搬によって緩やかに広がるためであると考えられる。
これらの結果より、ゲルの金濃度およびレーザの照射時間を調節することによって、ゲルの溶解面積を制御できると考えられる。
【0063】
実施例2:金微粒子を分散させたゼラチンゲルからなる細胞培養用基材を用いる細胞培養および細胞の剥離
(1)金微粒子を内包するPEG修飾デンドリマーの作製
(1-1)PEG修飾デンドリマー(PEG G4den)の合成
PEG G4denは、Kojima, C.ら, Bioconjugate Chem., vol. 11, 910-917 (2000) に記載の合成法に従って合成した。
【0064】
(1-2)金微粒子内包PEG G4denの作製
上記のPEG G4denを超純水に溶解してデンドリマー濃度を26μMに調整した水溶液(4ml)と、20mMのHAu(III)Cl4水溶液(280μl)とを混合して、2〜3分間撹拌した。そして、これにNaBH4を含む0.3M NaOH水溶液(200μl(150 mM))をさらに加えて、撹拌することにより金イオンを還元した。分画分子量10 kの限外濾過膜によって精製、濃縮し、金微粒子を内包するPEG G4denの水溶液(Au 2.5 mM)を得た。
【0065】
(2)金微粒子内包PEG G4denを分散させたゼラチンゲルの作製
固体のゼラチン(1.2 g、豚皮由来、タイプA、Sigma-Aldrich社製)を、蒸留水(8ml)に加えた。これをボルテックスミキサーで撹拌した後、60〜70℃で1時間加熱してゼラチンゾル(ゼラチン濃度:15重量%)を得た。48ウェルの細胞培養プレートに、このゼラチンゾル(80μl)と上記の金微粒子内包PEG G4den水溶液(40 μl)と水(40 μl)を混合し、さらに架橋剤として90mg/mlのDMT-MM(和光純薬工業)の水溶液(40 μl)を添加した後、得られた混合液を4℃で2時間冷却することにより、金微粒子内包PEG G4denを分散させたゼラチンゲル(金濃度:500μM、ゼラチン濃度:6重量%、DMT-MM濃度:1.8%)を得た。
【0066】
(3)細胞培養用基材を用いた細胞培養および細胞の剥離
上記(2)で得たゲルを細胞培養用基材とし、培地としてOpti-Memを用いて、37℃、5%CO2雰囲気下で、ヒト乳癌細胞株MCF-7細胞を3時間培養した。培地を交換した後、レーザ照射前の写真を撮影した。そして、レーザ(波長532 nm、強度0.9 W、径1mm)をMCF-7細胞が存在する細胞培養用基材上に5分間照射した後、すみやかに培地を除去して、写真を撮影した。レーザ照射の前後の細胞培養用基材の写真を、図13に示す。
【0067】
図13の左パネルより、本発明の細胞培養用基材を用いて細胞を正常に培養できることが分かった。また、図13の右パネルより、光照射によって細胞を該細胞培養用基材から剥離できることがわかった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用基材に関する。より詳細には、加熱によってゾル化するゲル中に金微粒子を分散させてなり、該金微粒子が保護剤により保護されている細胞培養用基材に関する。また、本発明は、その基材を用いて興味対象の細胞を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療や癌治療の分野においては、疾患や不慮の事故などにより失われた細胞の機能を回復させる目的で、幹細胞や免疫細胞などの特定の機能を有する機能性細胞を対象に投与する細胞療法が試みられている。
【0003】
このような機能性細胞は、生存、増殖および機能の発揮のために足場を必要とする付着細胞であるものが多い。従来、このような付着細胞を培養するために、足場としてコラーゲン、ポリリジン、フィブロネクチンなどの基材を内部表面にコートした培養容器が用いられてきた。このような培養容器を用いることによって、足場に依存する機能性細胞のような付着細胞を効率的に培養できる。
【0004】
しかし、上記の機能性細胞の培養においては、培養している全ての細胞が特定の機能を有するとは限らない。したがって、特定の機能を実際に有する細胞のみを所望する場合は、培養している細胞から該機能を有するものを選択的に回収する必要がある。
従来、細胞の回収は、トリプシンやコラゲナーゼのような酵素などを用いて培養容器から細胞を剥離することにより行われていた。
しかしながら、このような回収方法では、培養容器内の細胞全体を剥離して回収することは可能であったが、特定の細胞を選択的に回収することは困難であった。
【0005】
上記の問題を解決する方法として、例えばポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)を細胞培養用基材に用いて、該基材上の特定の領域の温度を変化させることにより、該領域内に存在する細胞を選択的に回収する方法がある(特許文献1参照)。この方法では、該基材をPNIPAMの下限臨界点よりも低い温度まで冷却することにより該基材を溶解して、細胞を基材から剥離できる。その際に、該基材の冷却は、培養容器の底部裏側から棒状の冷却体を押し当てることにより行われる。
しかしながら、このような方法では、ある程度の大きさまで増殖した細胞コロニーを回収することはできるが、ごく狭い範囲内に存在する特定の1つまたは複数の細胞を回収することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−349643号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kloxin, A.M.ら, Science., vol. 324, 59-63 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、光分解性ハイドロゲルが開発された(非特許文献1参照)。このハイドロゲルに、レーザスキャン顕微鏡(LSM)を用いて波長400 nm未満の紫外光を照射すると、照射された部分のゲルの架橋密度が減少する。上記の文献の筆者らは、該ゲルを用いて細胞を培養し、該細胞の1つが存在する範囲に紫外光を照射することにより、該細胞の微小環境を変化させることに成功している。
【0009】
LSMを用いれば特定の範囲にレーザを照射できるので、光分解性の細胞培養用基材を用いれば、興味対象の細胞を1つからでも回収できる可能性がある。
しかしながら、上記の光分解性ハイドロゲルは、紫外光を約10分間も照射しなければ、ゲルの物性を変化させることができなかった。紫外光は細胞にとって非常に有害であるので、長時間の紫外光の照射は、細胞に重大な損傷を与え得る。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記のような事情に鑑みて、細胞に悪影響を与えない波長およびエネルギーを有する光を短時間照射することにより基材を溶解して、細胞を該基材から分離できる細胞培養用基材を提供することを目的とする。
そして、本発明者は、金微粒子が光の照射を受けることにより発熱することに着目し、この金微粒子をゼラチンゲル中に分散させて得られたゲルに可視光を照射して、金微粒子から発生した熱により可視光の照射部分をゾル化、すなわち溶解できることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、加熱によってゾル化するゲル中に金粒微子を分散させてなり、該金微粒子の表面が保護剤により保護されている、細胞培養用基材を提供する。
【0012】
また、本発明は、
上記の細胞培養用基材を用いて培養されている細胞から、興味対象の細胞を見出す工程と、
該細胞培養用基材に光を照射して、照射範囲内の基材をゾル化する工程と、
該範囲内の基材から分離した細胞を回収する工程と
を含む、興味対象の細胞を取得する方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の細胞培養用基材によれば、光を短時間照射することにより該基材中の金微粒子が発熱し、それにより照射範囲内の基材を溶解できる。また、この細胞培養用基材を用いる本発明の興味対象の細胞を取得する方法によれば、興味対象の細胞を生存状態で選択的に取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】アセチル化コラーゲンペプチド(AcCP)の合成スキームを示す。
【図2】合成したAcCPの1H NMRスペクトルを示す。
【図3】アセチル化コラーゲンペプチド修飾デンドリマー(AcCP G4den)の合成スキームを示す。
【図4】合成したAcCP G4denの1H NMRスペクトルを示す。
【図5】金微粒子内包AcCP G4denの作製スキームを示す。
【図6】金微粒子内包AcCP G4den水溶液の吸収スペクトルを示す。
【図7】AcCP G4denの円二色性スペクトルを示す。
【図8】透化型電子顕微鏡により得られた金微粒子内包AcCP G4denの画像を示す。
【図9】金微粒子内包AcCP G4den水溶液の上昇温度を照射時間に対してプロットしたグラフを示す。
【図10】金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゼラチンゲル中の金微粒子の吸収スペクトルを示す。
【図11】レーザの照射前後における金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゲルの写真を示す。
【図12】溶解したゲルの面積を照射時間に対してプロットしたグラフを示す。
【図13】レーザの照射前後における金微粒子内包ポリエチレングリコール修飾デンドリマー(PEG G4den)を分散させた細胞培養用基材の写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の細胞培養用基材を構成するゲルとしては、加熱によってゾル化するゲルを用い得る。そのようなゲルの原料としては、細胞に影響を及ぼさない温度で溶媒中に溶解するものであれば特に限定されず、例えばゼラチン、コラーゲン、デンプン、ペクチン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースまたはアルギン酸などの天然由来材料、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリN-イソプロピルアクリルアミドなどの人工材料などが挙げられる。それらの中でもゼラチンが好ましい。
なお、ゾル化とは、当該技術において公知の用語と同じ意味を有し、ゲルを加熱することにより、液体を分散媒とするコロイド、すなわちゾルへ変換することを意味する。また、本明細書においては、ゾル化することを「溶解する」ともいう。
【0016】
ゼラチンは、生体から得られるコラーゲンから製造されたものであれば特に限定されず、例えばコラーゲンを塩酸などにより酸処理して得られる酸処理ゼラチン、コラーゲンを石灰などによりアルカリ処理して得られるアルカリ処理ゼラチン、またはコラーゲンを酵素処理して得られる酵素処理ゼラチンが挙げられる。
また、本発明の細胞培養用基材では、ゼラチンの由来は特に限定されず、例えばウシ、ブタなどの哺乳動物の骨、軟骨、皮など、またはサケなどの魚類の皮などから得られたものを用い得る。
本発明の細胞培養用基材にゼラチンゲルを用いる場合、該ゲルにおけるゼラチンの濃度は、通常1〜20重量%、好ましくは5〜15重量%である。
【0017】
本発明の細胞培養用基材のゾル化点は、通常、細胞培養時の温度よりも高く、且つ細胞に影響を及ぼさない程度であればよいが、好ましくは37℃より高く、45℃より低い温度であり、より好ましくは39〜42℃である。
【0018】
本発明の細胞培養用基材においては、ゾル化点を引き上げるために、当該技術において公知の方法によって、ゲルの原料を架橋してもよい。そのような方法としては、例えば架橋剤を用いる方法、放射線を用いる方法などが挙げられる。
架橋剤を用いる方法では、該架橋剤は、細胞の生存、増殖、接着性および機能の発揮に影響を及ぼさないものであれば特に限定されない。そのような架橋剤は当該技術において公知であり、例えばゼラチンを架橋する場合は、塩化カルシウムなどのカルシウム塩、塩化アルミニウムなどのアルミニウム塩、ジメチロール尿素などのN-メチロール化合物、2, 3-ジヒドロキシジオキサンなどのジオキサン誘導体、1, 3-ビスビニルスルホニル-2-プロパノールなどのビニル化合物、あるいはグルタルアルデヒドやエチレンジアミン、コハク酸などの多官能性化合物や、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルフォリニウムクロライドn-ハイドレート(DMT-MM)などの縮合剤などを用い得る。なお、本発明の細胞培養用基材においては、これらの架橋剤を単独または2種以上組み合わせて用い得る。
放射線を用いる方法では、ゼラチンに電子線、ガンマ線などの放射線を照射することによって、ゼラチンの架橋を行うことができる。また、紫外線照射による架橋も可能である。
【0019】
本発明の細胞培養用基材は、上記のゲル中に金微粒子を分散させてなる。該基材中の金微粒子は、光の照射を受けることによりゲル中で熱を発生するものであれば、特に限定されない。そのような金微粒子としては、例えばSigma-Aldrich社から販売される金微粒子溶液(5 nm Colloidal Gold、10 nm Colloidal Gold、20 nm Colloidal Gold)などを用い得る。
本発明の細胞培養用基材における金微粒子の濃度は、通常100〜1000μM、好ましくは200〜500μMである。
また、金微粒子の平均体積径は特に限定されないが、通常2〜200 nm、好ましくは2〜100 nmである。
【0020】
上記の金微粒子は、それ自体では凝集して沈殿するので、ゲル中に分散させることはできない。したがって、ゲル中で金微粒子が凝集することなく、分散状態を安定に維持させるために、本発明の細胞培養用基材中の金微粒子は、保護剤によって保護されている。
そのような保護剤は、金微粒子の表面を修飾するか、または金微粒子を複合化することにより、ゲル中での金微粒子の凝集を抑制するものであれば特に限定されない。本発明の細胞培養用基材に用い得る保護剤としては、例えばコラーゲンペプチド、ポリエチレングリコール(PEG)、デキストラン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンなどが挙げられる。
また、本発明の細胞培養用基材にゼラチンゲルを用いる場合、保護剤としては、ゼラチンに親和性を有する物質が好ましい。そのような物質としては、ゼラチン分子と相互作用を形成できるものであれば特に限定されず、例えばコラーゲンペプチドを好適に用い得る。
【0021】
本明細書において、「表面を修飾する」とは、金微粒子の表面に上記の保護剤を物理学的、化学的または生物学的に結合することを意味する。また「複合化する」とは、金微粒子の表面を上記の保護剤で被覆することを意味する。
なお、これらの方法は当該技術において公知であり、例えばWuelfing, W.P.ら, J. Am. Chem. Soc., vol. 120, 12696-12697 (1998)、Mo, X.ら, Angew. Chem. Int. Ed., vol. 45, 2267-2270 (2006) などに記載されている。
【0022】
ゼラチンに親和性を有する物質としてコラーゲンペプチドを用いる場合、コラーゲンペプチドは、通常1000〜20000、好ましくは2000〜5000の分子量を有する加水分解産物である。コラーゲンペプチドとしては、天然のコラーゲンを加水分解酵素処理して得られるもの、または合成コラーゲンペプチドのいずれを用いることもできる。
【0023】
また、本発明においては、保護剤により保護されている金微粒子には、上記の保護剤で表面を修飾したカプセルに内包されることによって保護される金微粒子も含まれる。この場合、そのようなカプセルとして、デンドリマーを好適に用い得る。デンドリマーとは、一般に、樹状構造を有する三次元的に高度に分岐した球状高分子化合物である。デンドリマーは、その内部に空間を有するので金微粒子を内包し得る。そのようなデンドリマーとしては、例えばポリアミドアミン(PAMAM)、ポリプロピレンイミン(PPI)などのデンドリマーが挙げられる。PAMAMのデンドリマーとしては、Starburst(登録商標)の商品名で市販されているものを用い得る。
【0024】
コラーゲンペプチドでのデンドリマーの修飾は、例えばKojima, C.ら, J. Am. Chem. Soc., vol. 131, 6052-6053 (2009) に記載される方法により行うことができる。具体的には、保護剤としてのコラーゲンペプチドの一方の末端をデンドリマーの末端基と反応性を有する基で誘導体化し、デンドリマーと反応させてコラーゲンペプチドをデンドリマーの末端に結合させることにより行うことができる。デンドリマーの末端がアミノ基である場合、この末端基とアミド結合を形成できる基、例えばコラーゲンペプチドのカルボキシル基を利用して結合させることができる。また、デンドリマーの末端がヒドロキシ基である場合、この末端基とエステル結合を形成できる基、例えばコラーゲンペプチドのカルボキシル基を利用して結合させることができる。
【0025】
上記のデンドリマー中に金微粒子を内包させる方法は、当該技術において公知であり、例えばHaba, Y.ら, Langmuir, vol. 23, 5243-5246 (2007) に記載されている。
【0026】
上記の保護剤によって保護されている金微粒子は、当該技術において公知の方法、例えば透析法、限外ろ過法、ゲルろ過クロマトグラフィー法などにより精製されてもよい。
【0027】
本発明の細胞培養用基材は、次のようにして得ることができる。まず、保護剤により保護されている金微粒子の分散液と、ゲルを熱で溶解した溶液(ゾル)とを混合する。
なお、該分散液に用いられる分散媒は、細胞に対して毒性のないものであれば特に限定されない。また、該ゾルは、上記のゲルの原料を水、生理食塩水、リン酸緩衝液などの緩衝液または細胞培養用培地などの細胞に対して毒性のない溶媒に加え、加熱により溶解して得ることができる。
【0028】
上記の分散液の金微粒子の濃度およびゾルの濃度、並びにそれらの混合割合は、特に限定されず、例えばゼラチンを用いる場合は、本発明の細胞培養用基材における金微粒子およびゼラチンの濃度が上記のとおりになるように混合できる程度であればよい。
なお、この混合は、ゾルがゲル化しない温度、例えばゼラチンを用いる場合は35〜45℃で行われることが好ましい。
【0029】
次いで、得られた混合液を適当な細胞培養用容器内に入れる。そのような容器の形状は特に限定されず、例えばディッシュ、プレートなどの形態にある市販の容器を用い得る。
そして、上記の混合液を入れた細胞培養用容器を冷却することにより混合液をゲル化させて、本発明の細胞培養用基材を得ることができる。
なお、上記の手順は全て、クリーンルームのような無菌空間内で行われることが好ましい。
【0030】
本発明の細胞培養用基材において、金微粒子がゲル中に分散しているか否かは、該基材について波長400〜800 nmの範囲における吸収スペクトルを得ることにより確認できる。該基材中の金微粒子の吸収スペクトルが、上記の分散液中の金微粒子の吸収スペクトルと同様に、金微粒子に特有の表面プラズモン共鳴吸収(SPR)が確認できるものである場合、金微粒子がゲル中において凝集することなく、安定に分散していることがわかる。
【0031】
本発明の細胞培養用基材を用いて培養される細胞は、哺乳動物由来の付着細胞であれば特に限定されないが、好ましくは特定の機能を有すると考えられる細胞である。そのような培養される細胞としては、生体から得た細胞であってもよく、当該技術において公知の樹立細胞株であってもよく、例えば樹状細胞などの免疫細胞、胚性幹細胞(ES細胞)および人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの幹細胞、各種臓器など生体から得た初代培養細胞、種々の癌細胞などが挙げられる。
【0032】
さらに、本発明の細胞培養用基材は、当該技術において公知の方法により形質転換された細胞の培養にも好適に用い得る。形質転換された細胞としては、例えば細胞内で特定のタンパク質を発現させ得る発現ベクター、siRNA、shRNAなどを導入された細胞などが挙げられる。
【0033】
本発明の細胞培養用基材を用いて細胞を培養する場合、その培養方法は、基材として本発明の細胞培養用基材を用いること以外は当該技術において公知の方法と異なるところはなく、細胞の種類に応じて必要な培地、添加物、器具、設備などを用いて細胞を培養すればよい。
【0034】
上記のとおり、本発明の細胞培養用基材には、保護剤で保護された金微粒子が分散しているので、該基材に光を照射すると、金微粒子の発熱により照射された範囲内の基材がゾル化する。したがって、その範囲内の基材上に存在していた細胞は足場を失うことになり、基材から分離される。
本発明の興味対象の細胞を取得する方法(以下、本発明の方法ともいう)では、そのような特徴を有する本発明の細胞培養用基材を用いることにより、該基材上に培養している細胞から、興味対象の細胞を生存状態で選択的に取得できる。
【0035】
本発明の方法は、次のようにして行うことができる。まず、本発明の細胞培養用基材を用いて培養されている細胞から、興味対象の細胞を見出す。
【0036】
上記の興味対象の細胞は、基材上で培養している細胞の中から選択的に取得しようとする特定の細胞である。このような細胞は、例えば興味対象の機能を有する細胞、興味対象の分子を発現している細胞などであり、より具体的には、幹細胞、免疫細胞または形質転換された細胞などである。
【0037】
興味対象の細胞は、例えば顕微鏡などで観察して見出すことができる。興味対象の細胞は、例えば特定の形態を呈しているか、または緑色蛍光タンパク質などの特定の分子を発現している細胞として見出してもよい。あるいは、細胞を当該技術において公知の色素、酵素、抗体などで直接的または間接的に標識して、標識されている細胞を興味対象の細胞として見出してもよい。
【0038】
次いで、本発明の方法では、上記の細胞培養用基材に光を照射して、照射範囲内の基材をゾル化する。ゾル化された部位では細胞は足場を失うので、該細胞が基材から分離される。
【0039】
本発明の方法に用い得る光は、細胞に照射した場合に重大な損傷を与えない波長およびエネルギーを有するものであればよく、通常400〜1200 nm、好ましくは450〜900 nmの波長を有し、0.1〜1000 mW、好ましくは0.4〜100 mWで射出される光線である。そのような光線は、レーザ光線が好ましい。
光の照射時間は、照射範囲内の基材をゾル化できる時間であれば特に限定されないが、通常10〜300秒、好ましくは10〜60秒である。
このような光を射出する装置は、細胞培養用基材上の特定の範囲内に光を照射できるものであれば特に限定されないが、好ましくはレーザスキャン顕微鏡である。
【0040】
本発明の方法において、光を照射する範囲は、興味対象の細胞自体または該細胞を含む範囲であり得る。あるいは、光を照射する範囲は、興味対象の細胞を含まない範囲、すなわち興味対象の細胞以外の細胞自体または該細胞を含む範囲であってもよい。また、光を照射する範囲は、本発明の細胞培養基材上に1つであってもよく、複数であってもよい。
【0041】
そして、本発明の方法では、上記の光を照射した箇所を含む範囲内の基材から分離した細胞を回収する。
光を細胞培養用基材上の興味対象の細胞自体または該細胞を含む範囲に照射した場合、興味対象の細胞が該基材から分離する。この分離した細胞を培地ごと回収することにより、興味対象の細胞を取得できる。
また、光を細胞培養用基材上の興味対象の細胞を含まない範囲に照射した場合、興味対象の細胞以外の細胞が該基材から分離する。この分離した細胞を培地ごと回収することにより、興味対象の細胞を、容器内に残った基材上に付着した状態で取得できる。
また、フォトリゾグラフィーで用いられるマスクにより、光の照射範囲を制御することもできる。
【0042】
本発明の方法は、本発明の細胞培養用基材の入った容器から培地を除いた状態で行うこともできる。この場合、光を細胞培養用基材に照射した後、ゾル化した部位または該容器内全体に培地もしくは適当な緩衝液を加えて、該基材から分離した細胞を加えた液体ごと回収することにより、興味対象の細胞を取得できる。
【0043】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
実施例1:金微粒子を分散させたゼラチンゲルからなる細胞培養用基材の製造
(1)金微粒子を内包するアセチル化コラーゲンペプチド修飾デンドリマーの作製
(1-1)アセチル化コラーゲンペプチド(AcCP)の合成
コラーゲンペプチド(3.20 g、平均分子量:2000、和光純薬工業)を蒸留水(10 ml)に溶解させた。この溶液に氷冷下で4N NaOH水溶液(1ml)を加えてアルカリ性にした後、4N NaOH水溶液(3ml)および無水酢酸(1.512 ml)を同時に加えた。そして、4N NaOH水溶液を適量加えてアルカリ性にして、12時間撹拌した。これに4N H2SO4水溶液を適量加えてpH5〜9に合わせ、透析膜(分画分子量:2000、Spectrum Laboratories, Inc.製)を用いて透析(外挿:蒸留水)を1日行い、凍結乾燥によりAcCPを得た。生成物の同定は、1H NMR測定(溶媒:D2O)により行った。収量は1.8146 g、収率は55.5%であった。なお、AcCPの合成スキームを図1に示す。
【0045】
AcCPの1H NMRスペクトルの結果(溶媒:D2O、400MHz)を図2に示す。図2において、1.8 ppmにアセチル基に由来するピークが確認できたことから、AcCPを合成できたと考えられる。
【0046】
(1-2)アセチル化コラーゲンペプチド修飾デンドリマー(AcCP G4den)の合成
第4世代ポリアミドアミン(PAMAM G4)デンドリマーのメタノール溶液(10重量%;Sigma-Aldrich Corporation製)(1.3 ml(0.13 g、9.15μmol))をロータリーエバポレーターに入れ、溶媒を減圧留去した後、凍結乾燥を行った。
得られたPAMAM G4デンドリマー(0.123 g(8.64μmol))を蒸留水1mlに溶解させた後、AcCP(1.716 g(840.2μmol))および蒸留水2mlを加え、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルフォリニウムクロライド n-ハイドレート(DMT-MM)(0.339 g(924.2μmol)、和光純薬工業)をさらに加えた。これに4N NaOHを適量加えてアルカリ性にした後、40℃で3日間撹拌した。そして、透析膜(分画分子量:10000、Spectrum Laboratories, Inc.製)を用いて透析(外挿:蒸留水)を1日行った後、Sephadex G-50カラム(溶離液:0.1M Na2SO4水溶液)により精製し、さらに透析膜(分画分子量:10000、Spectrum Laboratories, Inc.製)を用いて透析(外挿:蒸留水)を1日行い、凍結乾燥によりAcCP G4denを得た。これを1H NMRによって同定した。収量は0.489 g、収率は46.5%であった。なお、AcCP G4denの合成スキームを図3に示す。
【0047】
AcCP G4denの1H NMRスペクトルの結果(溶媒:D2O、400MHz)を図4に示す。図4において、PAMAMデンドリマーの繰り返し構造に由来する2.8および3.5 ppmのピークが確認できたことから、AcCP G4denを合成できたと考えられる。
【0048】
(1-3)AcCPおよびAcCP G4denのフルオレスカミンによる第1級アミンの定量
標準物質としてL-チロシンおよびPAMAM G4デンドリマーを用いて検量線を引き、サンプル中に含まれる第1級アミノ基の定量を行った。まず、25、50、100および150μMのL-チロシン、並びに第1級アミノ基の濃度で25、50、100および150μMのPAMAM G4水溶液を調製し、それぞれ400μlを、4mlの0.5M ホウ酸緩衝水溶液(pH8.5)に加えた。そして、これらにフルオレスカミン(東京化成工業株式会社)のアセトン溶液(0.3 mg/ml)を200μlずつ加え、ボルテックスミキサーで撹拌し、AcCPおよびAcCP G4denの濃度が4mg/mlになるように調整した。そして、FP-6200 Spectrofluorometer(JASCO社製)を用いて、励起波長390 nm、蛍光波長480 nmにおける蛍光強度を測定した。
【0049】
フルオレスカミンを用いた蛍光測定による1級アミンの定量により、AcCPおよびAcCP G4denのそれぞれの合成スキームにおける反応率を算出した。その結果、各合成スキームにおける反応率は、AcCPでは96.4%、AcCP G4denでは80.5%であった。
【0050】
(1-4)金微粒子内包AcCP G4denの作製
AcCP G4den(2.3 mg(25 nmol))に超純水(11.9 ml)を加えて、デンドリマー濃度2.1μMのAcCP G4den水溶液を調製した。また、テトラクロロ金(III)酸四水和物(1g、ナカライテスク株式会社)を超純水(10 ml)に溶解して、234 mMのHAu(III)Cl4水溶液を調製した。これを希釈して2mM HAu(III)Cl4水溶液を調製した。
AcCP G4den水溶液(4.7 ml)に、HAu(III)Cl4水溶液(275μl(デンドリマーに対して55当量))を加えて2〜3分間撹拌した。そして、これにNaBH4を含む0.3M NaOH水溶液(18.3μl(150 mM)、デンドリマーに対して275当量))をさらに加えて、撹拌することにより金イオンを還元して、金微粒子を内包するAcCP G4denを得た。なお、この作製スキームを図5に示す。
【0051】
(2)金微粒子内包AcCP G4denの特徴決定
(2-1)吸収スペクトルの測定
上記の金微粒子内包AcCP G4denについて、UV/vis Spectrophotometer(JASCO V-630;JASCO社製)を用いて、上記の還元反応から1時間および10日間経過後の25℃での400〜800 nmの吸収スペクトルを測定した。
【0052】
上記の金微粒子内包AcCP G4denの溶液は赤褐色であった。これは金微粒子特有の表面プラズモン共鳴吸収(SPR)に由来していると考えられる。金微粒子内包AcCP G4den水溶液の吸収スペクトルの測定結果を図6に示す。図6より、低波長側の吸光度が上昇していることがわかる。これはSPRに由来するものと考えられるため、金微粒子が生成されたと考えられる。また、10日経過後もスペクトルの変化が観察されないことから、この間も金微粒子は溶液中で凝集することなく安定に分散することわかる。
【0053】
(2-2)円二色性(CD)スペクトルの測定
AcCP G4den(1mg)を蒸留水(10 ml)に溶解させた。この溶液の楕円率を、JASCO-J-820 Spectropolarimeter(JASCO社製)を用いて測定した。測定温度は4℃を保った。
【0054】
AcCP G4denのCDスペクトルの測定結果を図7に示す。図7より、225 nm付近における正の極大値および200 nm付近における負の極小値が観察された。225 nm付近で正のピークが見られる場合、デンドリマーに修飾されたCPが3重ヘリックス構造を形成していることが知られている。
したがって、デンドリマー末端のCPは、3重ヘリックス構造を形成していると考えられる。
【0055】
(2-3)透過型電子顕微鏡(TEM)による観察
市販のグリッド上に金微粒子内包AcCP G4den水溶液を滴下し、TEM観察用サンプルを作製した。このサンプルをTEM(JEM-2000FX、加速電圧200 kV;JEOL社製)を用いて観察した。
【0056】
TEMで得られた画像を図8に示す。図8において確認される黒点は、金微粒子であると考えられる。これらの粒径を測定したところ、平均値は2nmであった。PAMAM G4デンドリマーの直径が一般に4.5 nm程度であることから、金微粒子がPAMAM G4デンドリマー内包されていると考えられる。このことから、金微粒子を安定に分散し、また粒径を制御できたと考えられる。
【0057】
(2-4)金微粒子内包AcCP G4denへのレーザ照射
金濃度がそれぞれ100、250、500および1000μMである金微粒子内包AcCP G4den水溶液を調製した。これらの金微粒子内包AcCP G4den水溶液を3mlずつセルに入れ、撹拌しながら、該溶液にレーザ(波長532 nm、強度0.9 W、径3mm)を5分間照射した。この間に、熱電対(SK-1250MC;SATO KEIRYOKI社製)を用いて各溶液の温度を1分ごとに測定した。室温は20℃に設定した。
【0058】
上記の溶液の上昇温度を照射時間に対してプロットしたグラフを、図9に示す。金濃度が高くなるにつれて温度が増加すること、照射時間が長くなるにつれて温度が増加することがわかる。
【0059】
(3)金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゼラチンゲルの作製
固体のゼラチン(0.1 g、豚皮由来、タイプA、Sigma-Aldrich社製)を、蒸留水(1ml)に溶解させた。これをボルテックスミキサーで撹拌した後、60〜70℃で1時間加熱してゼラチンゾル(ゼラチン濃度:10重量%)を得た。このゼラチンゾル(180μl)と、金微粒子内包AcCP G4den水溶液(120 μl、金濃度:250μM)とを混合した後、これを4℃で一晩冷却することにより、金微粒子内包AcCP G4denを分散させたゼラチンゲル(以下、「金微粒子分散ゲル」ともいう)を得た。
【0060】
(4)金微粒子分散ゲルの特徴決定
(4-1)吸収スペクトルの測定
上記で得られた金微粒子分散ゲル(ゼラチン濃度:10重量%)中の金微粒子の吸収スペクトルを、UV/vis Spectrophotometer(JASCO V-630;JASCO社製)を用いて測定した。結果を図10に示す。
金微粒子内包AcCP G4denをゼラチンゲルに分散させることによって、金微粒子のスペクトルはわずかに変化した。しかし、SPR効果が観察されるので、金微粒子はゼラチンゲル中においても安定に分散して存在していると考えられる。
【0061】
(4-2)金微粒子分散ゲルへのレーザ照射
上記(1-4)と同様にして、金濃度1250μMの金微粒子内包AcCP G4den水溶液を調製した。これとゼラチン濃度が10重量%のゼラチンゾルとを混合し、さらに蒸留水を適宜加えて、得られた混合液を培養用マルチウェルプレート(Nunc社製)に入れた。そして、該プレートを4℃で一晩冷却することにより、金濃度100、250および500μMの金微粒子分散ゲル(ゼラチン濃度はいずれも6重量%)を作製した。このプレートを28℃に設定したサーモミキサー上に置き、作製した各ゲルに上記(2-4)で用いたレーザを真上から照射して、ゲルがゾル化するか否かを検討した。ゲルのゾル化が確認できた場合はさらに2分間レーザ照射を行い、照射時間に対する溶解面積を測定した。
【0062】
各照射時間におけるゲルの写真を図11に示す。図11より、金微粒子分散ゲルにレーザを30秒間照射することにより、照射箇所をゾル化して溶解できることが確認された。
この溶解したゲルの面積を照射時間に対してプロットしたグラフを、図12に示す。図12より、レーザの照射時間にしたがってゲルの溶解面積が増大すること、および金濃度が高くなるにしたがってゲルをより短時間で溶解できることがわかった。
また、図12において、金濃度が250および500μMのゲルでは、直線の傾きが2段階になっている。これは、ゲルがまずレーザの照射面積(7mm2)まで急激に溶解し、その後、溶解面積が熱伝搬によって緩やかに広がるためであると考えられる。
これらの結果より、ゲルの金濃度およびレーザの照射時間を調節することによって、ゲルの溶解面積を制御できると考えられる。
【0063】
実施例2:金微粒子を分散させたゼラチンゲルからなる細胞培養用基材を用いる細胞培養および細胞の剥離
(1)金微粒子を内包するPEG修飾デンドリマーの作製
(1-1)PEG修飾デンドリマー(PEG G4den)の合成
PEG G4denは、Kojima, C.ら, Bioconjugate Chem., vol. 11, 910-917 (2000) に記載の合成法に従って合成した。
【0064】
(1-2)金微粒子内包PEG G4denの作製
上記のPEG G4denを超純水に溶解してデンドリマー濃度を26μMに調整した水溶液(4ml)と、20mMのHAu(III)Cl4水溶液(280μl)とを混合して、2〜3分間撹拌した。そして、これにNaBH4を含む0.3M NaOH水溶液(200μl(150 mM))をさらに加えて、撹拌することにより金イオンを還元した。分画分子量10 kの限外濾過膜によって精製、濃縮し、金微粒子を内包するPEG G4denの水溶液(Au 2.5 mM)を得た。
【0065】
(2)金微粒子内包PEG G4denを分散させたゼラチンゲルの作製
固体のゼラチン(1.2 g、豚皮由来、タイプA、Sigma-Aldrich社製)を、蒸留水(8ml)に加えた。これをボルテックスミキサーで撹拌した後、60〜70℃で1時間加熱してゼラチンゾル(ゼラチン濃度:15重量%)を得た。48ウェルの細胞培養プレートに、このゼラチンゾル(80μl)と上記の金微粒子内包PEG G4den水溶液(40 μl)と水(40 μl)を混合し、さらに架橋剤として90mg/mlのDMT-MM(和光純薬工業)の水溶液(40 μl)を添加した後、得られた混合液を4℃で2時間冷却することにより、金微粒子内包PEG G4denを分散させたゼラチンゲル(金濃度:500μM、ゼラチン濃度:6重量%、DMT-MM濃度:1.8%)を得た。
【0066】
(3)細胞培養用基材を用いた細胞培養および細胞の剥離
上記(2)で得たゲルを細胞培養用基材とし、培地としてOpti-Memを用いて、37℃、5%CO2雰囲気下で、ヒト乳癌細胞株MCF-7細胞を3時間培養した。培地を交換した後、レーザ照射前の写真を撮影した。そして、レーザ(波長532 nm、強度0.9 W、径1mm)をMCF-7細胞が存在する細胞培養用基材上に5分間照射した後、すみやかに培地を除去して、写真を撮影した。レーザ照射の前後の細胞培養用基材の写真を、図13に示す。
【0067】
図13の左パネルより、本発明の細胞培養用基材を用いて細胞を正常に培養できることが分かった。また、図13の右パネルより、光照射によって細胞を該細胞培養用基材から剥離できることがわかった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱によってゾル化するゲル中に金粒微子を分散させてなり、前記金微粒子が保護剤により保護されている細胞培養用基材。
【請求項2】
前記ゲルが、ゼラチンゲルである、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記保護剤が、ゼラチンに親和性を有する物質である、請求項2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
前記ゼラチンに親和性を有する物質が、コラーゲンペプチドまたはポリエチレングリコールである、請求項3に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記金微粒子が、保護剤で表面を修飾されたデンドリマーに内包されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞培養用基材を用いて培養されている細胞から、興味対象の細胞を見出す工程と、
前記細胞培養用基材に光を照射して、照射範囲内の基材をゾル化する工程と、
前記範囲内の基材から分離した細胞を回収する工程と
を含む、興味対象の細胞を取得する方法。
【請求項1】
加熱によってゾル化するゲル中に金粒微子を分散させてなり、前記金微粒子が保護剤により保護されている細胞培養用基材。
【請求項2】
前記ゲルが、ゼラチンゲルである、請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記保護剤が、ゼラチンに親和性を有する物質である、請求項2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
前記ゼラチンに親和性を有する物質が、コラーゲンペプチドまたはポリエチレングリコールである、請求項3に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記金微粒子が、保護剤で表面を修飾されたデンドリマーに内包されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞培養用基材を用いて培養されている細胞から、興味対象の細胞を見出す工程と、
前記細胞培養用基材に光を照射して、照射範囲内の基材をゾル化する工程と、
前記範囲内の基材から分離した細胞を回収する工程と
を含む、興味対象の細胞を取得する方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−39947(P2012−39947A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184269(P2010−184269)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
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