説明

細胞培養用基板

【課題】本発明は細胞シート、細胞パターン等を所望の対象材料に高速で転写することを可能にする手段を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域とを備える細胞培養用基板であって、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜で形成されていることを特徴とする細胞培養用基板を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着培養させた細胞を細胞シート、臓器、タンパク質シートなどに対して生きたまま転写することができる、細胞の加工や再生医療などに用いるための、細胞培養用基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、いろいろな動物や植物の細胞培養が行われており、また、新たな細胞の培養法が開発されている。細胞培養の技術は、細胞の生化学的現象や性質の解明、有用な物質の生産などの目的で利用されている。さらに、培養細胞を用いて、人工的に合成された薬剤の生理活性や毒性を調べる試みがなされている。さらに、近年、生体外で細胞を培養する工程を経て患者に培養細胞や培養組織を移植する再生医療の研究が盛んに行われている。
【0003】
一部の細胞(特に多くの動物細胞)は、何かに接着して生育する接着依存性を有しており、生体外の浮遊状態では長期間生存することができない。このような接着依存性を有した細胞の培養には、細胞が接着するための担体が必要であり、一般的には、コラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質を均一に塗布したプラスチック製の培養皿が用いられている。これらの細胞接着性タンパク質は、培養細胞に作用し、細胞の接着を容易にし、細胞の形態に影響を与えることが知られている。
【0004】
一方、培養細胞を基材上の微小な部分にのみ接着させ、配列させる技術が報告されている。このような技術により、培養細胞を人工臓器やバイオセンサ、バイオリアクターなどに応用することが可能になる。培養細胞を配列させる方法としては、細胞に対して接着の容易さが異なるような表面がパターンをなしているような基材を用い、この表面で細胞を培養し、細胞が接着するように加工した表面だけに細胞を接着させることによって細胞を配列させる方法がとられている。
【0005】
例えば、特許文献1には、回路状に神経細胞を増殖させるなどの目的で、静電荷パターンを形成させた電荷保持媒体を細胞培養に応用している。また、特許文献2では、細胞非接着性あるいは細胞接着性の光感受性親水性高分子をフォトリソグラフィ法によりパターニングした表面上への培養細胞の配列を試みている。
【0006】
さらに、特許文献3では、細胞の接着率や形態に影響を与えるコラーゲンなどの物質がパターニングされた細胞培養用基材と、この基材をフォトリソグラフィ法によって作製する方法について開示している。このような基材の上で細胞を培養することによって、コラーゲンなどがパターニングされた表面により多くの細胞を接着させ、細胞のパターニングを実現している。
【0007】
しかしながら、このような細胞培養部位のパターニングは、用途によっては高精細であることが要求される場合がある。上述したような感光性材料を用いたフォトリソグラフィ法等によるパターニングを行う場合は、高精細なパターンを得ることはできるが、細胞接着性材料が感光性を有する必要があり、例えば生体高分子等にこのような感光性を付与するための化学的修飾を行うことが困難な場合が多く、細胞接着性材料の選択性の幅を極めて狭くするといった問題があった。また、フォトレジストを用いたフォトリソグラフィ法では、現像液等を用いる必要性があり、これらが細胞培養に際して悪影響を及ぼす場合があった。
【0008】
さらに、高精細な細胞接着性材料のパターンの形成方法として、マイクロ・コンタクトプリンティング法が、ハーバード大学のジョージ M,ホワイトサイズ(George M. Whitesides)により提唱されている(例えば、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7等)。しかしながら、この方法を用いて工業的に細胞接着性材料のパターンを有する細胞培養基材を製造することは難しいといった問題があった。
【0009】
最近、細胞をパターンで培養した後に、その細胞を生きたまま組織や臓器などに転写する技術ならびにその技術を用いた組織体が報告された(特許文献8、特許文献9)。しかしながら、この技術では、細胞を転写するのに時間がかかるため、細胞の活性を落とさないための操作が煩雑であるなどの問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平2−245181号公報
【特許文献2】特開平3−7576号公報
【特許文献3】特開平5−176753号公報
【特許文献4】米国特許第5,512,131号明細書
【特許文献5】米国特許第5,900,160号明細書
【特許文献6】特開平9−240125号公報
【特許文献7】特開平10−12545号公報
【特許文献8】特開2005−342112号公報
【特許文献9】国際公開WO2005/038011パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、細胞シート、まばらな接着細胞、細胞コロニー、細胞ネットワーク、細胞パターン等を、細胞シート、組織、臓器、器官、タンパク質シート等に高速で転写することを可能にする手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下の発明を包含する。
(1)基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜で形成されていることを特徴とする細胞培養用基板。
(2)基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜で形成されており、
細胞接着阻害性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されていることを特徴とする細胞培養用基板。
(3)分解処理が酸化または紫外線照射による分解処理である(1)または(2)記載の細胞培養用基板。
【0013】
(4)基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されており、
細胞接着性領域における前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低いことを特徴とする細胞培養用基板。
(5)基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されており、
細胞接着性領域における前記有機化合物の密度が、細胞接着阻害性領域における前記有機化合物の密度と比較して低いことを特徴とする細胞培養用基板。
(6)細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることを特徴とする(2)〜(5)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
【0014】
(7)細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることを特徴とする(2)〜(6)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
(8)炭素酸素結合を有する有機化合物がアルキレングリコール系材料である(1)〜(7)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
(9)(1)〜(8)のいずれかに記載の細胞培養用基板と、該細胞培養用基板の細胞接着性領域に接着された細胞とを含む細胞接着基板。
【0015】
(10)(9)記載の細胞接着基板上の細胞を対象材料に転写する工程を含む、組織体の作成方法。
(11)前記工程が複数回行われることを特徴とする(10)記載の方法。
(12)(10)または(11)記載の方法により作成された組織体。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、細胞シート、まばらな接着細胞、細胞コロニー、細胞ネットワーク、細胞パターン等を、細胞シート、組織、臓器、器官、タンパク質シート等に高速で転写することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は細胞接着基板の作成手順を示す。
【図2】図2は細胞接着基板から対象材料への細胞の転写および培養の手順を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の細胞培養用基板は、基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域とを備えることを特徴とする。
【0019】
基材表面には、細胞接着性領域だけでなく、細胞接着阻害性領域も形成されていることが好ましい。そして、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置されていることが好ましい。
【0020】
本発明において「細胞接着性」とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。細胞接着性領域とは、細胞接着性が良好な領域を意味し、細胞接着阻害性領域とは、細胞の接着性が悪い領域を意味する。従って、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化された基板上に細胞を播くと、細胞接着性領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害性領域には細胞が接着しないため、細胞培養用基板表面には細胞がパターン状に配列されることになる。
【0021】
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性が良好とは、ある種の細胞に対する細胞接着性が良好であることを意味する。従って、細胞培養用基板上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着性領域が2水準以上存在する場合もある。
【0022】
本発明の細胞培養用基板は、細胞接着性領域の構造に特徴を有する。本発明において、細胞接着性領域の構造は2つの形態に大別することができる。
【0023】
第一の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜で形成されている形態である。この形態では、基材の表面全体に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる領域に対して酸化処理および/または分解処理を施すことにより当該領域に細胞接着性を付与して細胞接着性領域に改変する。前記処理を施さない部分は細胞接着阻害性領域である。細胞接着阻害性の親水性膜の表面の全体に対して酸化処理および/または分解処理を施せば、表面に細胞接着性領域のみを有する細胞培養用基板となる。
【0024】
第二の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜で形成されている形態である。この形態は、炭素酸素結合を有する有機化合物を高密度で含む親水性膜が細胞接着阻害性を有するのに対して、前記化合物を低密度で含む親水性膜は細胞接着性を有することを利用したものである。基材表面に前記化合物が結合しやすい第一領域と結合しにくい第二領域とを設け、該基材表面に前記化合物の膜を形成すると、第一領域は細胞接着阻害性領域となり、第二領域は細胞接着性領域となる。
【0025】
以下の説明は、特に断りのない限り上記2つの形態のいずれにも適用される。
(基材)
本発明の細胞培養用基板に用いられる基材としては、その表面に炭素酸素結合を有する有機化合物の皮膜を形成することが可能な材料で形成されたものであれば特に限定されるものではない。具体的には、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
【0026】
(細胞接着阻害性領域)
細胞接着阻害性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜により形成される。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化および/または分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。
【0027】
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であってもよい。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
【0028】
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的または化学的に架橋し、基材と物理的または化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
【0029】
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコールおよびその誘導体、ポリアクリル酸およびその誘導体、ポリメタクリル酸およびその誘導体、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類、等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、およびヘパリンが挙げられるがこれらには限定されない。
【0030】
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、メタクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、アクリルアミドオリゴマーおよびその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物およびその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、アクリルアミドおよびその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピルトリメトキシシラン、およびトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオールが挙げられるがこれらには限定されない。
【0031】
親水性膜は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理および/または分解処理後は弱い細胞接着性を示すものであることが望ましい。
【0032】
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、基板表面の親水性薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
【0033】
基材表面への親水性膜の形成方法としては、基材へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、基材へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、基材へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、基材への密着性を高めるために多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、基板表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
【0034】
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、並びに、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の基材へ密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の薄膜を形成する場合には最表面の親水性薄膜層と基板との間に存在する層を意味し、基材表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性薄膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであっても良い。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、基板上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した基板表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞接着阻害性を有する基板を作ることができる。
【0035】
(親水性膜の酸化処理および/または分解処理による細胞接着性領域の形成)
本発明の第一の形態では、細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜により形成される。こうして形成された細胞接着性領域は細胞を接着する能力が比較的弱いために、当該領域上に接着した細胞は、タンパク質シート、細胞シート、組織、臓器などの細胞と相互作用が比較的強い材料に対して高速に転写することが可能である。
【0036】
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
【0037】
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
【0038】
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
【0039】
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理および/または分解処理」という用語を使用する。
【0040】
酸化処理および/または分解処理の方法としては、親水性膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。親水性膜全面を酸化処理および/または分解処理してもよいし、部分的に酸化処理および/または分解処理してもよい。部分的に酸化処理および/または分解処理する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりするとよい。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。
【0041】
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプなどのVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いると良い。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度などの諸条件に応じて適宜決定することができる。
【0042】
(親水性膜の低密度化による細胞接着性領域の形成)
本発明の第二の形態では、細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜により形成される。こうして形成された細胞接着性領域もまた細胞を接着する能力が比較的弱いために、当該領域上に接着した細胞は、タンパク質シート、細胞シート、組織、臓器などの細胞と相互作用が比較的強い材料に対して高速に転写することが可能である。
【0043】
本発明のこの形態では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。2つの領域は前記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。一方、細胞接着阻害性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できない程度に高い。
【0044】
親水性有機化合物の密度を制御する方法としては、親水性有機化合物の薄膜と基材表面との間に結合層を設け、当該結合層の親水性有機化合物との結合力を調整する方法が挙げられる。ここで「結合層」とは上記で定義した通りであり、上記で説明した好ましい材料から構成され得る。結合層の結合力は、結合層におけるリンカーを有する材料の密度が高いほど強くなり、同密度が低いほど弱くなる。結合層におけるリンカーを有する材料の密度は、上述の通り、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。
【0045】
本発明のこの実施形態では、細胞接着性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。細胞接着性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を基材表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理および/または分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理および/または分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理および/または分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。諸条件などについても、親水性膜の酸化処理および/または分解処理による細胞接着性領域の形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着性領域が形成できる。
【0046】
本発明のこの実施形態では、細胞接着阻害性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を基材表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理および/または分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害性領域が形成できる。
【0047】
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域との比較)
以下の説明は上記の2つの形態のどちらにも適用される。
細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、 %)」は下記に定義する通りである。
【0048】
また、細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0049】
(親水性薄膜の評価方法)
本発明の親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法などを用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
【0050】
(親水性薄膜の炭素量の算出方法、および酸素と結合している炭素の割合の算出方法)
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。以下に具体的な測定方法を2つ記載する。なお、本発明は、これらの測定方法に限定されるものではない。
【0051】
(測定方法1)
X線光電子分光装置:サーモエレクトロン社製のVG_Theta Probe。
X線源:単色化アルミニウムKα線(15kV-6.67mA=100W)。
測定面積:400μmφ
試料と検出器の位置関係:試料法線から53°の位置に光電子取り込みレンズが存在。
炭素量:基材や親水性薄膜を構成する元素を想定し、測定する光電子のセットを決める。測定したトータルの光電子を100%とした時の各光電子由来の元素濃度(atomic concentration)を算出する。C1sピークの元素濃度(atomic concentration %)を炭素量とする。
C1sピークのフィッティング方法:C−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合、C−C結合でフィッティングする。
酸素と結合している炭素の割合の算出式:{〔C−O結合の炭素の割合〕+〔C(=O)−O結合の炭素の割合〕+〔C=O結合の炭素の割合〕}÷{〔C−O結合の炭素の割合〕+〔C(=O)−O結合の炭素の割合〕+〔C=O結合の炭素の割合〕+〔C−C結合の炭素の割合〕+〔(必要の場合)その他の結合の炭素の割合〕}×100(%)。
なお、必要の場合は、その他の結合も加えてフィッティングする。このデータを基にC1sピークの各結合状態の炭素の濃度(atomic concentration %)を算出する。
【0052】
(測定方法2)
X線光電子分光装置:KRATOS Analytical社製のESCA-3400 (Amicus)。
X線源:非単色化マグネシウムKα線(10kV-20mA=200W)。
測定面積:6mmφ
試料と検出器の位置関係:試料法線上に光電子取り込みレンズが存在。
炭素量:基材や親水性薄膜を構成する元素を想定し、測定する光電子のセットを決める。測定したトータルの光電子を100%とした時の各光電子由来の元素濃度(atomic concentration)を算出する。C1sピークの元素濃度(atomic concentration %)を炭素量とする。
C1sピークのフィッティング方法:C−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合、C−C結合でフィッティングする。
酸素と結合している炭素の割合の算出式:{〔C−O結合の炭素の割合〕+〔C(=O)−O結合の炭素の割合〕+〔C=O結合の炭素の割合〕}÷{〔C−O結合の炭素の割合〕+〔C(=O)−O結合の炭素の割合〕+〔C=O結合の炭素の割合〕+〔C−C結合の炭素の割合〕+〔(必要の場合)その他の結合の炭素の割合〕}×100(%)。
【0053】
なお、必要の場合は、その他の結合も加えてフィッティングする。このデータを基にC1sピークの各結合状態の炭素の濃度(atomic concentration %)を算出する。
【0054】
(パターンの形状)
本発明の細胞培養用基板では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置されていることが好ましい。パターンの形状は、二次元のパターンであれば特に制限されず、細胞の種類、形成させる組織等によって選択することができる。例えば、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状、格子状、円形、四角形のパターン、円形および四角形等の図形の内部がすべて細胞接着性領域または細胞接着阻害性領域となっているパターンなどを形成することができる。血管内皮細胞または神経細胞を培養して組織を形成する場合は、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状または格子状の形状で細胞が接着するようなパターンを形成することが好ましい。これを被転写材料に転写して培養すると、血管内皮細胞の場合は、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状または格子状に配列されることにより組織化が促進され、血管の形成が促される。ライン状、ツリー状(樹状)、網目状または格子状のパターンを形成する場合、パターンにおける線幅は、通常20〜200μm、好ましくは30〜100μmである。特に、血管内皮細胞をライン状に配置して培養することにより毛細血管を形成する場合は、ライン状の細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域のスペースが交互に配置された細胞接着性変化パターンを形成し、血管内皮細胞をライン状に接着させることが好ましい。このような態様においては、細胞が1〜10個、好ましくは1〜6個収まる程度のライン幅で細胞が接着されるようなパターンを形成するのが好ましい。具体的には、細胞接着性領域のライン幅は、通常20〜200μm、好ましくは30〜80μmであり、ラインとラインの間にあたる細胞接着阻害性領域のスペース幅は通常80〜1000μm、好ましくは100〜800μmである。ライン幅を上記の数値範囲とすることにより、血管内皮細胞が効率的に管組織化することができる。このような細胞接着性変化パターンを形成することにより、ライン状に接着され転写された血管内皮細胞は、組織化してライン状の毛細血管を効率的に形成する。複数のラインが交わることなく並ぶような細胞パターンを形成したい場合は、細胞が接着したラインとラインの間のスペース幅を上記のように一定の値以上とすることにより、細胞が組織化する際にラインとライン間で細胞から擬足が伸びてラインにゆがみが生じるのを防ぐことができる。
【0055】
(細胞)
細胞培養用基板に播種する細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞などの浮遊細胞でもよいし接着性細胞でもよいが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞、骨細胞などが挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであっても良い。また、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。
【0056】
(細胞接着基板)
本発明は、細胞培養用基板と、該細胞培養用基板の細胞接着性領域に接着された細胞とを含む細胞接着基板を提供する。当該細胞接着基板はそれ自体製品として流通され得る。
【0057】
細胞接着基板の作成方法を、図1を参照して説明する。図1では、基材上に細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板を使用した場合を一例として説明するが、これは説明のためのものであり、基材表面の全体が細胞接着性領域である細胞培養用基板を使用する場合もまた本発明の範囲内である。
【0058】
図1(a)に示すように、細胞培養用基板の表面に細胞を均一に播き、図1(b)に示すように、一定時間細胞を培養し、細胞接着阻害性領域にある余分な細胞を除去するために洗浄すると、図1(c)に示すように、細胞接着性領域には細胞が接着しているが細胞接着阻害性領域には細胞が接着していない細胞パターンが形成された細胞接着基板が得られる。
【0059】
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理などを行っておくことが好ましい。
【0060】
細胞培養用基板への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む培養試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養などの通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に培養試料と培養液を収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器などの支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件などは、通常の単層培養法などに準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲンおよびゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に行われる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシートおよびプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
【0061】
予備培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、培養試料中の支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EDTA−トリプシン処理などの手段が適用できる。
【0062】
上記のように予備培養した細胞を、図1(a)に示すように、培養液中の細胞培養用基板上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞を細胞培養用基板上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましく、また、基板1cm当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。細胞が凝集すると細胞の組織化が阻害され、対象材料に転写して培養しても機能が低下するからである。具体的には、400mmあたり2×10個程度で播種する。
【0063】
細胞を播種した細胞培養用基板を培養液中で培養することにより、細胞を細胞接着性領域に接着させることが好ましい。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編 組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。最終的に得られる細胞組織体の臨床応用を考えると動物由来成分を含まない培地を使用することが好ましい。
【0064】
図1(b)に示すように、細胞を培養する工程は、細胞培養用基板の細胞接着性領域に細胞を接着することを目的とする。培養する時間は、培養時の細胞操作の有無などに左右されるが、通常6〜96時間、好ましくは12〜72時間である。適度な時間で培養することによって、洗い流したときに細胞培養用基板の細胞接着阻害性領域の細胞が流されるとともに、細胞接着性領域の細胞は適切な接着力で細胞培養用基板上に残るため、残った細胞を対象材料に容易に転写することが可能になる。
【0065】
培養する温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、細胞培養用基板を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、細胞接着性領域に細胞が接着した本発明の細胞接着基板を作成することができる。
【0066】
(細胞接着基板の使用方法)
上記の手順で作成された細胞接着基板を用いた対象材料への細胞の転写および転写後の細胞の培養方法について説明する。図2では、転写の対象材料として、表面に細胞培養層が設けられた基材を用い、細胞として血管内皮細胞を用いた場合について図示するが、これは例示のためであり、本発明はこの態様には限定されない。
【0067】
図2(a)に示すように、細胞培養用基板の細胞接着性領域に細胞が接着している細胞接着基板を対象材料の細胞培養層に密着させる。次いで、図2(b)に示すように、細胞を培養することで対象材料の細胞培養層に細胞を接着させる。さらに、細胞の細胞接着性領域への接着力は、細胞培養層への接着力に比べて小さいことから、図2(c)に示すように、細胞培養用基板を対象材料から剥離すると、対象材料に細胞が転写される。この転写された細胞をさらに培養すると、図2(d)に示すように細胞が機能化され、血管内皮細胞であれば環状構造が再現される。
【0068】
細胞が転写される対象材料としては、細胞を接着可能かつ培養可能なものであれば特に制限されないが、細胞培養用基板の細胞接着性領域よりも細胞に対する接着性が強い表面を有するものが好ましい。例えば、細胞の組織化を安定的に行う為には対象材料の表面が柔らかく、また細胞被接着性が高すぎないものが望ましいことが次の参考文献に示されている。Mechanochemical switching between growth and differentiation during fibroblast growth factor-stimulated angiogenesis in vitro: Role of extracellular matrix. Donald E. Ingber 他、J. of cell biol. (1989) p.317。特に好ましくは、以下に詳述するとおり、細胞シート、組織、器官、臓器、タンパク質シート、生体由来ゲル、タンパク質コーティング等を対象材料とすることができる。
【0069】
好適な対象材料としては、コラーゲンシート、フィブリンシート、エラスチンシート、羊膜などを用いることができる。また、基材上に、後述の細胞培養層を設ける場合は、基材の材料は、細胞培養層上の細胞の培養を阻害しない材料であればよく、例えば、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリイミド、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ(乳酸−グリコール酸)共重合体、ポリカプロラクトン、ポリ(グリセロール−セバケート)などを用いることができる。細胞培養用基板に用いられる基材について例示したものを使用することもできる。
【0070】
細胞培養層は、その表面に細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質や細胞接着因子を含むことが好ましい。具体的には、各種タイプのコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、カドヘリン、ゼラチン、ペプチドおよびインテグリン等の細胞外基質を挙げることができ、これらは1種のみを用いても、2種以上併用してもよい。細胞接着性が高いという点で、各種コラーゲンを用いることがより好ましく、各種コラーゲンの中でも、タイプIコラーゲンやタイプIVコラーゲンを用いることが特に好ましい。骨芽細胞などの細胞外基質産生細胞を培養して細胞外基質を生成させることにより細胞培養層を形成することもできる。
【0071】
対象材料の形状は、特に限定されるわけではなく、細胞を転写できる表面を備えていればよい。例えば、ペトリ皿やマルチデッシュなどの培養皿を用いることができる。また、ガラスや上述のプラスチックからなる培養プレートを用いることもできる。
【0072】
細胞接着基板から対象材料への細胞の転写は、細胞接着基板の細胞接着面と対象材料の表面、例えば細胞培養層とを接触させることにより実施できる。このように細胞接着基板と対象材料とを接触させた状態で、培養することにより細胞を転写することができる。培養は、用いる基板や細胞によって適当な条件を選択することができるが、通常、CO濃度5%、37℃で、15分〜96時間、好ましくは30分〜36時間行う。
【0073】
その後、培養液中で細胞培養を行うが、細胞接着基板と対象材料とを接触させた状態で細胞培養を行ってもよいし、細胞接着基板を取り除いて対象材料のみで細胞培養を行ってもよい。細胞接着基板と対象材料とを接触させた状態で一定時間細胞培養を行った後、細胞接着基板を取り除いてさらに細胞培養を行うのが好ましい。培養条件としては、特に制限はなく、培養する細胞種によって選択することができる。培養液としては、上記と同様のものを使用することができる。
【0074】
本発明の細胞接着基板は、パターン状に接着している細胞を対象材料にパターン化された状態で容易に転写することができるとともに、転写した後は洗浄して再び細胞を播種する細胞培養用基板とすることができるため、再度細胞パターンを形成し、これを転写して培養することができる。従って、細胞パターンを安価かつ効率的に作成することができる。また、対象材料には、特別のパターンを形成させる必要がないので、細胞培養のために通常用いられるものを使用でき、材料選択の幅も広がるとともに、現像液などの細胞にとって有害な物質の影響を受けることもない。
【0075】
対象材料には、生体材料も含まれる。生体材料とは生体由来の材料を意味し、例えば生体由来の組織、器官等が含まれる。具体的には、肺、心臓、肝臓、腎臓、脳、胃、小腸、大腸等の臓器、骨、軟骨、皮膚、筋肉、眼球、舌、腹膜等の組織などが挙げられる。また、細胞シートやスフェロイドなどの細胞集合体もまた対象材料として使用することができる。細胞集合体を構成する細胞としては、細胞外基質を産生する細胞、例えば、間質系細胞、上皮細胞、実質細胞などが挙げられる。具体的には、骨芽細胞、線維芽細胞、肝実質細胞、フィーダー細胞等の集合体を好ましく使用できる。
【0076】
細胞培養用基板上の細胞をこれらの生体材料に直接転写することにより、組織または器官上で直接細胞をパターン状に培養することができる。細胞が転写される生体材料と該生体材料に転写されて培養される細胞との組合せとしては、例えば、肝臓と血管内皮細胞、真皮と血管内皮細胞、骨芽細胞層と血管内皮細胞、線維芽細胞層と肝実質細胞、内皮細胞層と肝実質細胞、フィーダー細胞層と角膜上皮細胞が挙げられる。
【0077】
このような態様においては、器官等の生体材料に直接細胞を転写して培養できることから、細胞培養用の担体から細胞を酵素処理等により剥がして回収する必要がなく、細胞の損傷を防ぐことができる。
【0078】
臓器移植においては、移植後、当該臓器の表面に毛細血管が形成されるが、この毛細血管を移植する臓器の表面に予め形成させてから移植することにより、移植を効果的に行う技術が知られている。しかし、移植前に毛細血管を形成しこれを臓器表面に付着させる従来技術の方法では、毛細血管の作成に時間がかかり迅速な移植が不可能である。さらに、培養用基材等で予め形成した血管を基材から剥がして臓器表面に移す際に組織が損傷する。本発明の方法では、細胞接着基板にパターン状に配置された細胞を臓器表面に転写した後、毛細血管が完全に形成されるのを待たずに移植を行うことができるので、迅速な移植が可能になる。臓器表面に線状または網目状に転写された血管内皮細胞は組織化されやすいので、体内における毛細血管の形成が促進される。さらに、本発明では、細胞を移す際に、細胞培養用基板から細胞を剥がすための処理が不要であるため、組織の損傷が問題となることもない。さらに、本発明では、転写が迅速に行われるため組織または器官への悪影響が少ない。
【0079】
転写した細胞の培養においては、必要に応じて、細胞刺激因子を添加することにより、細胞活性を高めたり、細胞が本来有する機能を発現させ組織化を促進することができる。細胞刺激因子としては、細胞の組織化を促進する活性を有する物質であればいずれも使用でき、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、神経成長因子(NGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、インスリン様増殖因子(IGF)等が挙げられる。
【0080】
細胞接着基板上の細胞を対象材料に転写する工程は複数回行い、多層構造の組織体を作成することが可能である。
【0081】
本発明はまた、上述の手順により、細胞接着基板上の細胞を対象材料に転写する工程を含む方法により作成された組織体に関する。転写工程が複数回行われる場合、作成される組織体は多層構造を有する。転写の対象材料が生体組織または器官である場合は、これらの組織または器官上に形成された組織体もまた本発明の範囲に包含される。
【0082】
本発明はまた、被検体由来の細胞を本発明の細胞培養用基板にパターン状に接着した後、これを被検体の生体組織、例えば上記のような臓器、皮膚および骨等の表面にパターン化された状態で転写し、該細胞を増殖させることにより被検体の組織を再生する方法に関する。被検体としては、特に限定されないが、例えば哺乳動物が挙げられ、好ましくはヒトが挙げられる。例えば、本発明の方法により真皮繊維芽細胞や上皮細胞を生体における皮膚損傷部分に直接転写して細胞を増殖させることにより、被検体において皮膚組織を再生することができる。また、被検体において皮膚が損傷した部分に、血管内皮細胞をパターン状に転写して増殖させることにより毛細血管を形成させて、皮膚の再生を促すことも可能である。さらに、神経細胞をパターン状に配列して培養することにより、神経回路や神経細胞コンピューターを作成することも可能になる。
【実施例】
【0083】
(実施例1)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、エポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)13.5gを混合し、この混合液を攪拌しながら触媒量のトリエチルアミンを加え、さらに室温で数分間攪拌した。あらかじめUV洗浄した10cm角のガラス基板を、上記のエポキシシラン溶液に浸漬し、12時間室温で放置した。その後、下地処理されたガラス基板をエタノールで洗浄し、次いで水洗し、乾燥した。成膜後の基板表面の水の接触角の平均値は50.2°であった。
【0084】
(二段階目の反応)
テトラエチレングリコール50gを攪拌しながら、触媒量の濃硫酸をゆっくり添加し、さらに室温で数分間攪拌した。上記のエポキシ処理された基板を上記のテトラエチレングリコールに浸漬し、80℃で20分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、次いで乾燥した。これにより親水性薄膜が形成されたガラス基板を作ることが出来た。
【0085】
(酸化処理)
酸化チタン系光触媒を塗布した石英板を作製した。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。照度は20mW/cmであった。親水性薄膜が形成されたガラス基板と上記光触媒付き石英板を、親水性薄膜と石英板の光触媒層が対向するように配置し、石英板の裏面側から光が照射されるよう露光機内に設置した。25秒間露光し、酸化処理を行った。その後、培養に使いやすいように、24mm×15mmの大きさに切断した。
【0086】
(表面分析)
サーモエレクトロン社製のVG_Theta Probeを用いて、酸化処理前の親水性薄膜、酸化処理後の親水性薄膜を測定した。C1sピークをC−C結合の炭素、C−O結合の炭素、C(=O)−O結合、C=O結合の炭素でフィッティングした酸化処理後の親水性薄膜の炭素量は、酸化処理前の親水性薄膜の炭素量の92.2%であった。酸化処理前の親水性薄膜における酸素と結合している炭素の割合は60.8%、酸化処理後の親水性薄膜における酸素と結合している炭素の割合は59.2%であった。
【0087】
(細胞培養)
上記のように切断した基板をオートクレーブで高圧水蒸気滅菌した。この基板を培養容器に配置し、基板一枚あたり2.6×10個のウシ血管内皮細胞(bEC)を播種した。5%血清を含むMEM培地を用いて、37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で46時間培養した。位相差顕微鏡で観察したところ、bECはコンフルエントの状態で接着していた。
【0088】
(細胞転写)
氷上に培養容器を配置し、培養容器内に成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)を200μl添加し、4℃に冷やしたセルスクレイパーで細胞接着基板と同程度の大きさにマトリゲルを広げた。その後、培養容器を室温で約5分放置し、マトリゲルをゲル化させた。ゲル化させたマトリゲルの上に細胞接着基板を細胞接着面がマトリゲルと対向するように静かに配置した。bECがマトリゲルに接触している状態で数分保持した。その後、0.3%血清を含むMEM培地を培養容器に加え、37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で保持した。2時間後、細胞培養用基板のみを簡単に剥がすことができた。bECがほぼ100%マトリゲルに転写されたことを位相差顕微鏡観察で確認した。
【0089】
(比較例1)
(細胞培養用基板の作製)
実施例1で用いたガラスをUV洗浄し、24mm×15mmの大きさに切断した。
(細胞培養)
上記のように切断した基板をオートクレーブで高圧水蒸気滅菌した。この基板を培養容器に配置し、実施例1と同条件で46時間培養した。位相差顕微鏡で観察したところ、bECはコンフルエントの状態で接着していた。
【0090】
(細胞転写)
実施例1と同様に、bECがマトリゲルに接触している状態で数分保持し、次いで0.3%血清を含むMEM培地を培養容器に加え、37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で保持した。2時間後、細胞培養用基板を剥がす操作をしたところ、bECは転写されなかった。別の試料をさらに2.5時間、合計4.5時間培養した後に細胞培養用基板を剥がす操作をしたところ、細胞転写率は20%であった。
【0091】
(表面分析)
サーモエレクトロン社製のVG_Theta Probeを用いて、UV洗浄し高圧水蒸気滅菌した後のガラス基板を測定した。C1sピークをC−C結合の炭素、C−O結合の炭素、C(=O)−O結合、C=O結合の炭素でフィッティングした。酸素と結合している炭素の割合は32.0%であった。
【0092】
(実施例2)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン19.5g、エポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)6.8gを混合し、この混合液を攪拌しながら触媒量のトリエチルアミンを加え、さらに室温で数分間攪拌した。あらかじめUV洗浄した10cm角のガラス基板を、上記のエポキシシラン溶液に浸漬し、14時間室温で放置した。次いで、このエポキシ化ガラス基板をエタノールで洗浄し、次いで水洗し、乾燥した。成膜後の基板表面の水接触角の平均値は、51.4°であった。
【0093】
(二段階目の反応)
テトラエチレングリコール(TEG)25gを攪拌しながら、触媒量の濃硫酸をゆっくり添加し、さらに室温で数分間攪拌した。上記のエポキシ化基板をTEGに浸漬し、80℃で15分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、次いで乾燥した。これにより親水性薄膜が形成されたガラス基板を作ることが出来た。
【0094】
(酸化処理)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、幅60μmの開口部が300μmピッチで形成されたラインパターンに2.5cm間隔で左記ラインパターンに直交する幅60μmのライン状の開口部が形成され、且つ、周囲に幅約1.5cmの開口部を有する5インチサイズのものを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。照度は20mW/cmであった。親水性薄膜が形成されたガラス基板と上記触媒付きフォトマスクを、親水性薄膜とフォトマスクの触媒層が対向するように配置し、フォトマスクの裏面側から光が照射されるよう露光機内に設置した。75秒間露光し、酸化処理を行った。その後、培養に使いやすいように、24mm×15mmの大きさに切断した。
【0095】
(表面分析)
サーモエレクトロン社製のVG_Theta Probeを用いて、ベースのガラス基板、酸化処理前の親水性薄膜、酸化処理後の親水性薄膜の領域(上記フォトマスク周囲の幅約1.5cmの開口部の領域)を測定した。C1sピークをC−C結合の炭素、C−O結合の炭素、C(=O)−O結合、C=O結合の炭素でフィッティングした。酸化処理された領域の親水性薄膜の炭素量は、酸化処理されていない領域の親水性薄膜の炭素量の89.9%であった。また、酸素に結合した炭素の割合は親水性薄膜の酸化処理されていない領域では71.9%、親水性薄膜の酸化処理された領域では47.6%であった。なお基材として用いたガラスを測定したところ、酸素に結合した炭素の割合は、30.2%であった。
【0096】
(細胞培養)
上記のように切断した基板をオートクレーブで高圧水蒸気滅菌した。この基板を培養容器に配置し、基板一枚あたり1.5×10個のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC、クラボウ)を播種した。正常ヒト血管内皮細胞増殖用低血清培地であるHuMedia−EG2(クラボウ)を用い、最終細胞濃度が1.2×10個/mlになるようにした。37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で46時間培養した。位相差顕微鏡で観察したところ、HUVECは酸化処理された部分にのみコンフルエントな状態で接着していた。
【0097】
(細胞転写)
氷上に培養容器を配置し、培養容器内に成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)を200μl添加し、4℃に冷やしたセルスクレイパーで細胞接着基板と同程度の大きさにマトリゲルを広げた。その後、培養容器を室温で約5分放置し、マトリゲルをゲル化させた。ゲル化させたマトリゲルの上に細胞接着基板を細胞接着面がマトリゲルと対向するように静かに配置した。細胞パターンがマトリゲルに接触している状態で数分保持した。その後、HuMedia−EG2を培養容器に加えた。37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で保持した。30分後、HUVECが形態変化しチューブ状になっていることを位相差顕微鏡観察で確認した。細胞培養用基板のみを簡単に剥がすことができた。HUVECは、ほぼ100%マトリゲルに転写され、そのチューブ状の形態もほとんど乱れなかったことを位相差顕微鏡観察で確認した。
【0098】
(実施例3)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、TSL8350(GE東芝シリコーン製)13.5gを混合し、攪拌しながらトリエチルアミンを450μl添加した。そのまま室温で数分間攪拌した後、全量をガラス皿へ移した。ここにUV洗浄済みの10cm角のガラス基板を浸漬し、室温で16時間放置した。その後、ガラス基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。成膜後の基板表面の水接触角の平均値は48.9°であった。
【0099】
(二段階目の反応)
50gのTEGを攪拌しながら250μlの濃硫酸を一滴ずつ添加した。そのまま数分間攪拌してから、全量をガラス皿に移した。ここに上記の基板を浸漬し、80℃で15分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス表面に均一な親水性薄膜が形成された。
【0100】
(酸化処理)
実施例2で用いた光触媒付きフォトマスクを用いた。フォトマスクの光触媒層と基板表面の親水性薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が20mW/cmの水銀ランプで50秒間露光し、基板表面の親水性薄膜を部分的に酸化分解した。この基板を24mm×15mmの大きさに切断し、細胞接着基板として使用した。
【0101】
(表面分析)
KRATOS Analytical社製のESCA-3400 (Amicus)を用いて、光触媒リソグラフィによって酸化分解された領域とされなかった領域の元素分析を行った。酸化処理された領域の親水性薄膜の炭素量は、酸化処理されていない領域の親水性薄膜の炭素量の63.8%であった。また、酸素に結合した炭素の割合は、親水性薄膜の酸化処理されていない領域では71.9%および親水性薄膜の酸化処理された領域では62.6%であった。
【0102】
(細胞培養)
オートクレーブ滅菌した基板を培養容器内に配置し、5%ウシ血清入りMEM培地を適量添加した。ここに、基板一枚あたり2.0×10個のウシ血管内皮細胞(bEC)を播種した。これをインキュベーター(37℃、5%CO)中で40時間培養し、位相差顕微鏡で観察したところ、bECは相対的に炭素濃度の低い領域にのみ接着し、細胞パターンを形成していた。
【0103】
(細胞転写)
氷冷した成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)200μlを培養容器上に広げ、室温で約1分間放置した後、上記の基板を細胞接着面を下にしてマトリゲルの上に静かに置いた。この状態で約5分間放置し、完全にゲル化させた後、MEM培地を加えて基板を浸漬させた。培養容器をインキュベーター(37℃、5%CO)の中に移し、基板とマトリゲルに挟まれた状態でbECの培養を行った。2時間後に位相差顕微鏡でbECを観察したところ、細胞パターンの幅が数十%程度減少していた。このとき基板を剥がしてみると、bECはすべてゲル側に移っていた。インキュベーターに戻しさらに1時間培養すると、bECはゲル内でチューブ上の構造体へと分化していた。
【0104】
(実施例4)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、TSL8350(GE東芝シリコーン製)0.48g、トリエチルアミン0.97gを混合し、室温で10分間攪拌した。このシラン溶液にUV洗浄済みの10cm角のガラス基板を洗浄面が上向きとなるように浸漬した。室温で16時間放置した後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。成膜後の基板表面の水接触角の平均値は47.2°であった。
【0105】
(酸化処理)
実施例2で用いた光触媒付きフォトマスクを用いた。フォトマスクの光触媒層と基板表面の有機薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が20mW/cmの水銀ランプで25秒間露光し、基板表面の有機薄膜を部分的に酸化分解した。酸化処理後における、マスクの周囲の1.5cm幅の開口部に相対していた領域の基板表面の水接触角の値は39.7°であった。
【0106】
(二段階目の反応)
50gのテトラエチレングリコールを攪拌しながら25μlの濃硫酸を一滴ずつ添加した。そのまま数分間攪拌した後、全量をガラス皿に移した。ここに上記の基板を浸漬し、80℃で15分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、炭素濃度が相対的に異なる2種類の領域からなる親水性薄膜がガラス基板表面に形成された。この基板を25mm×15mmの大きさに切断し、細胞接着基板として使用した。
【0107】
(表面分析)
KRATOS Analytical社製のESCA-3400 (Amicus)を用いて、酸化分解されなかった領域に形成された親水性薄膜と酸化分解された領域に形成された親水性薄膜の元素分析を行った。酸化処理された領域、すなわち親水性材料密度が低い領域の親水性薄膜の炭素量は、酸化処理されていない領域、すなわち親水性材料密度が高い領域の親水性薄膜の炭素量の91.2%であった。また、酸素に結合した炭素の割合は、酸化処理されていない親水性薄膜の領域、すなわち親水性材料密度が高い領域では75.1%、酸化処理された領域、すなわち親水性材料密度が低い領域では70.1%であった。
【0108】
(細胞培養)
オートクレーブ滅菌した基板を培養容器内に配置し、5%ウシ血清入りMEM培地を適量添加した。ここに、基板一枚あたり2.0×10個のウシ血管内皮細胞(bEC)を播種した。これをインキュベーター(37℃、5%CO)中で40時間培養した後、位相差顕微鏡で観察したところ、bECは相対的に炭素濃度の低い領域にのみ接着し、細胞パターンを形成していた。
【0109】
(細胞転写)
氷冷した成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)200μlを培養容器上に広げ、室温で約1分間放置した後、上記の基板を細胞接着面を下にしてマトリゲルの上に静かに置いた。この状態で約5分間放置し、完全にゲル化させた後、MEM培地を加えて基板を浸漬させた。培養容器をインキュベーター(37℃、5%CO)の中に移し、基板とマトリゲルに挟まれた状態でbECの培養を行った。1時間後に位相差顕微鏡でbECを観察したところ、細胞パターンの幅が数十%程度減少していた。このとき基板を剥がしてみると、bECはすべてゲル側に移っていた。インキュベーターに戻しさらに1時間培養すると、bECはゲル内でチューブ上の構造体へ分化していた。
【0110】
(実施例5)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、エポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)0.48g、トリエチルアミン0.97gを混合し、室温で10分間攪拌した。このシラン溶液にUV洗浄済みの10cm角のガラス基板を洗浄面が上向きとなるように浸漬した。室温で16時間放置した後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。成膜後の基板表面の水接触角の平均値は49.8°であった。
【0111】
(二段階目の反応)
50gの平均分子量400のポリエチレングリコール(PEG400)を攪拌しながら25μlの濃硫酸を一滴ずつ添加した。そのまま数分間攪拌してから、全量をガラス皿に移した。ここに上記の基板を浸漬し、80℃で20分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス表面に均一な親水性薄膜が形成された。
【0112】
(酸化処理)
実施例2で用いた光触媒付きフォトマスクを用いた。フォトマスクの光触媒層と基板表面の親水性薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が20mW/cmの水銀ランプで50秒間露光し、基板表面の親水性薄膜を部分的に酸化分解した。この基板を25mm×15mmの大きさに切断し、細胞接着基板として使用した。
【0113】
(表面分析)
サーモエレクトロン社製のVG_Theta Probeを用いて、光触媒リソグラフィによって酸化分解された領域とされなかった領域の元素分析を行った。酸化処理された領域の親水性薄膜の炭素量は、酸化処理されていない領域の親水性薄膜の炭素量の84.8%であった。また、酸素に結合した炭素の割合は、酸化処理されていない親水性薄膜の領域では72.5%、酸化処理された領域では77.1%であった。
【0114】
(細胞培養)
オートクレーブ滅菌した基板を培養容器内に配置し、5%ウシ血清入りMEM培地を適量添加した。ここに、基板一枚あたり2.0×10個のウシ血管内皮細胞(bEC)を播種した。これをインキュベーター(37℃、5%CO)中で24時間培養し、位相差顕微鏡で観察ところ、bECは相対的に炭素濃度の低い領域にのみ接着し、細胞パターンを形成していた。
【0115】
(実施例6)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、TSL8350(GE東芝シリコーン製)13.5gを混合し、攪拌しながらトリエチルアミンを450μl添加した。そのまま室温で数分間攪拌してから、全量をガラス皿へ移した。ここにUV洗浄済みの10cm角のガラス基板を浸漬し、室温で16時間放置した。その後、ガラス基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これによりガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。成膜後の基板表面の水接触角の平均値は52.0°であった。
【0116】
(二段階目の反応)
50gのTEGを攪拌しながら250μlの濃硫酸を一滴ずつ添加した。そのまま数分間攪拌を続けた後、全量をガラス皿に移した。ここに上記のシラン処理された基板を浸漬し、80℃で15分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、乾燥させた。これにより、ガラス表面に均一な親水性薄膜が形成された。
【0117】
(酸化処理)
実施例2で用いた光触媒付きフォトマスクを用いた。フォトマスクの光触媒層と基板表面の親水性薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が20mW/cmの水銀ランプで100秒間露光し、基板表面の親水性薄膜を部分的に酸化分解した。この基板を24mm×15mmの大きさに切断した。
【0118】
(表面分析)
サーモエレクトロン社製のVG_Theta Probeを用いて、光触媒リソグラフィによって酸化分解された領域とされなかった領域の元素分析を行った。酸化処理された領域の親水性薄膜の炭素量は、酸化処理されていない領域の親水性薄膜の炭素量の61.8%であった。また、酸素に結合した炭素の割合は、酸化処理されていない親水性薄膜の領域では71.9%、酸化処理された領域では44.5%であった。
【0119】
(BSA−FITCのパターン吸着)
PBSバッファーを用いて20μg/ml BSA−FITCを2ml調製し、35mmディッシュに移した。ここに上記の基板を親水性薄膜が上向きとなるように浸漬し、インキュベーター(37℃、5%CO)中で一晩放置した。基板をPBSで2回洗浄した後、蛍光顕微鏡で基板表面を観察したところ、明瞭な蛍光パターンが観察された。これは、酸化処理された領域にのみBSA−FITCが吸着したためである。
【0120】
(実施例7)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、メタクリロイルシランTSL8370(GE東芝シリコーン製)13.5gを混合し、攪拌しながらトリエチルアミンを450μl添加した。そのまま室温で数分間攪拌してから、全量をガラス皿へ移した。ここにUV洗浄済みの5cm角のガラス基板を浸漬し、室温で16時間放置した。その後、ガラス基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これによりガラス基板表面にメタクリロイル基を含む薄膜が形成された。
【0121】
(二段階目の反応)
ポリエチレングリコールジアクリレート(PEGdA、アルドリッチ製)10gに重合開始剤2,2’−ジメトキシ−2−フェニル−アセトフェノン(DMPA、アルドリッチ製)0.1gを室温で溶かした。これを上記メタクリロイル化基板に1500rpmで5秒間スピンコートした。その後、速やかに窒素雰囲気下で3秒間紫外線を基板全面に照射した。次いで160℃で10分間ポストベークした。このPEGdA化基板を一晩水に浸漬した後に水洗し、次いで乾燥させた。平均乾燥膜厚は、0.33μmであった。
【0122】
(酸化処理)
実施例2で用いたフォトマスクと同じパターンを有する光触媒化されていない一般的なフォトマスクを用いた。マスクをPEGdA化基板のPEGdA面に静かに載せ、マスクの裏面側からキセノンエキシマーランプ(172nm、10mW/cm)を光源とする真空紫外線を1分間照射した。これにより、PEGdA膜表面のフォトマスクの開口部に相当する領域を酸化処理した。基板を2.5cm角に切断し細胞培養に用いた。
【0123】
(細胞培養)
70%エタノールで滅菌処理した基板を培養容器内に配置し、5%ウシ血清入りMEM培地を適量添加した。ここに、8.3×10個/cmのウシ血管内皮細胞(bEC)を播種した。これをインキュベーター(37℃、5%CO)中で43時間培養した後、位相差顕微鏡で観察したところ、bECはPEGdA膜の酸化処理された領域にのみ接着し、細胞パターンを形成していた。
【0124】
(細胞転写)
氷冷した成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)400μlをセルスクレイパーを用いて培養容器上に広げ、室温で約3分間放置した後、上記の基板を細胞接着面を下にしてマトリゲルの上に静かに置いた。この状態で約5分間放置した後、MEM培地を加えて基板を浸漬させた。培養容器をインキュベーター(37℃、5%CO)の中に移し、基板とマトリゲルに挟まれた状態でbECの培養を行った。5時間後に位相差顕微鏡でbECを観察したところ、細胞パターンは管腔状に形態変化していた。このとき基板を剥がしてみると、bECはすべてゲル側に移っていた。
【0125】
(実施例8)
(細胞培養用基板の作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、メタクリロイルシランTSL8370(GE東芝シリコーン製)0.96gを混合し、攪拌しながらトリエチルアミンを450μl添加した。そのまま室温で数分間攪拌してから、全量をガラス皿へ移した。ここにUV洗浄済みの5cm角のガラス基板を浸漬し、室温で16時間放置した。その後、ガラス基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これによりガラス基板表面にメタクリロイル基を含む薄膜が形成された。
【0126】
(二段階目の反応)
PEGdA(アルドリッチ製)8gと1−ビニル2−ピロリドン(VP、東京化成製)2gの混合物に重合開始剤DMPA(アルドリッチ製)0.1gを室温で溶かした。これを上記メタクリロイル化基板に1500rpmで5秒間スピンコートした。その後、速やかに窒素雰囲気下で3秒間紫外線を基板全面に照射した。次いで160℃で10分間ポストベークした。このPEGdA−VP化基板を一晩水に浸漬した後に水洗し、次いで乾燥させた。平均乾燥膜厚は、0.28μmであった。
【0127】
(酸化処理)
実施例2で用いたフォトマスクと同じパターンを有する光触媒化されていない一般的なフォトマスクを用いた。マスクをPEGdA−VP化基板のPEGdA−VP面に静かに載せ、マスクの裏面側からキセノンエキシマーランプ(172nm、10mW/cm)を光源とする真空紫外線を1分間照射した。これにより、PEGdA−VP膜表面のフォトマスクの開口部に相当する領域を酸化処理した。基板を2.5cm角に切断し細胞培養に用いた。
【0128】
(細胞培養)
70%エタノールで滅菌処理した基板を培養容器内に配置し、5%ウシ血清入りMEM培地を適量添加した。ここに、8.3×10個/cmのウシ血管内皮細胞(bEC)を播種した。これをインキュベーター(37℃、5%CO)中で43時間培養した後、位相差顕微鏡で観察したところ、bECはPEGdA−VP膜の酸化処理された領域にのみ接着し、細胞パターンを形成していた。
【0129】
(細胞転写)
氷冷した成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)400μlをセルスクレイパーを用いて培養容器上に広げ、室温で約3分間放置した後、上記の基板を細胞接着面を下にしてマトリゲルの上に静かに置いた。この状態で約5分間放置した後、MEM培地を加えて基板を浸漬させた。培養容器をインキュベーター(37℃、5%CO)の中に移し、基板とマトリゲルに挟まれた状態でbECの培養を行った。5時間後に位相差顕微鏡でbECを観察したところ、細胞パターンは管腔状に形態変化していた。このとき基板を剥がしてみると、bECはすべてゲル側に移っていた。
【0130】
(実施例9)
(細胞培養用ディッシュの作製)
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、エポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)0.48gを混合し、攪拌しながらトリエチルアミンを225μl添加した。そのまま室温で数分間攪拌してから、全量をガラス皿へ移した。ここにUV洗浄済みの10cm角、厚さ0.1mmのガラス基板を浸漬し、室温で16時間放置した。その後、ガラス基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これによりガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。成膜後の基板表面の水接触角の平均値は、49.8°であった。
【0131】
(二段階目の反応)
テトラエチレングリコール25gを攪拌しながら、触媒量の濃硫酸をゆっくり添加し、さらに室温で数分間攪拌した。上記のエポキシ処理された基板を上記のテトラエチレングリコールに浸漬し、80℃で60分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、次いで乾燥した。これにより親水性薄膜が形成されたガラス基板を作ることが出来た。
【0132】
(酸化処理)
実施例2で用いた光触媒付きフォトマスクを用いた。フォトマスクの光触媒層と基板表面の親水性薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が18.6mW/cmの水銀ランプで188秒間露光し、基板表面の親水性薄膜を部分的に酸化分解した。この基板を21mm×21mmの大きさに切断した。
【0133】
(パターン培養用ディッシュ)
底の中央部に直径14mmの穴があいた直径35mmのプラスチックディッシュ(コーニング製)を用いた。上記の厚さ0.1mmの細胞培養用基板をディッシュの底の穴を塞ぐように、接着剤KE45T(信越シリコーン製)を用いて貼りつけた。35℃で4時間乾燥させ、さらに室温で二日間乾燥させた。70%エタノールで滅菌し、リン酸緩衝液で洗浄した。
【0134】
(細胞培養)
2×10個のbECを2.5mlの5%ウシ血清入りMEM培地に懸濁し上記パターン培養用ディッシュに播種した。これをインキュベーター(37℃、5%CO)中で68時間培養した。位相差顕微鏡で観察したところ、bECは基板の酸化処理された部分にのみ接着していた。
【0135】
(細胞転写)
氷冷した成長因子低減マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン)200μlを直径23mmの組織培養用プラスチックシート(和光純薬製)上に直径15mm程度に広げ、室温で約10分間放置した。ディッシュ内の培地を吸引除去し、マトリゲルが載ったプラスチックシートをマトリゲルがディッシュ底面上のパターン培養された細胞と相対するように静かに置いた。ディッシュの蓋をし、約5分間室温で放置した後、0.3%ウシ血清入りMEM培地を2.5ml加え、インキュベーター(37℃、5%CO)内で3時間培養を行った。位相差顕微鏡で観察したところ、細胞パターンは管腔状に形態変化していた。このときプラスチックシートを剥がしてみると、bECはすべてプラスチックシート上のマトリゲルに移っていた。
【0136】
(実施例10)
(線維芽細胞の培養)
6cmディッシュを使い、マウス胚の線維芽細胞BALB/3T3クローンA31を10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地を用いて培養した。100%コンフルエントになってから、さらに24時間培養を続けた。
【0137】
(ウシ血管内皮細胞の蛍光染色)
ウシ血管内皮細胞(bEC)を蛍光色素PKH26(アルドリッチ製)を使って染色した。染色方法はメーカーのプロトコルシートに則って行った。
【0138】
(蛍光染色したbECのパターン培養)
実施例9で作製した厚さ0.1mmの細胞培養用基板を用いて、蛍光染色したbECを5%ウシ胎児血清を含むMEM培地を用いてインキュベータ(37℃、5%CO)内で48時間パターン培養した。位相差顕微鏡観察により細胞パターンが良好であることを確認した。また、蛍光顕微鏡観察により、bECが良く染まっていることを確認した。
【0139】
(細胞転写)
上記線維芽細胞を培養しているディッシュから培地を吸引除去し、上記蛍光染色bECをパターン培養した基板を、線維芽細胞シートとパターン培養されたbECが相対するように配置し、ディッシュの蓋をし、インキュベータ内で10分間保持した。その後、ディッシュ内に、基板を動かさないよう注意して静かに0.3%ウシ血清含有MEM培地を加え、さらにインキュベータ内で6時間培養した。蛍光顕微鏡観察により、bECパターンの幅が50%程度細くなっていることを確認した。また、細胞培養用基板を注意深く剥離したところ、細胞培養用基板にはbECは残っておらず、bECパターンは線維芽細胞シート上に転写されたことを顕微鏡観察により確認した。
【0140】
(実施例11)
(親水性薄膜が形成された基板)
実施例2で作製した基板を用いた。
(酸化処理)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、幅60μmの開口部が140μm間隔でライン状に配置されたパターンが形成され、且つ、周囲に幅約1.5cmの開口部を有する5インチフォトマスクを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。照度は20mW/cmであった。親水性薄膜が形成されたガラス基板と上記触媒付きフォトマスクを、親水性薄膜とフォトマスクの触媒層が対向するように配置し、フォトマスクの裏面側から光が照射されるよう露光機内に設置した。75秒間露光し、酸化処理を行った。その後、培養に使いやすいように、24mm×15mmの大きさに切断した。
【0141】
(細胞培養および細胞転写)
HUVECを用い実施例2と同様に実験を行った。細胞パターン密度が高くても、実施例2と同様に30分でHUVECがマトリゲルに転写されることを確認した。
【0142】
(実施例12)
(親水性薄膜が形成された基板)
実施例1で作製した基板を用いた。
(酸化処理)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、100μm角の開口部が100μm間隔で配置されたパターンが形成され、且つ、周囲に幅約1.5cmの開口部を有する5インチフォトマスクを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。照度は20mW/cmであった。親水性薄膜が形成されたガラス基板と上記触媒付きフォトマスクを、親水性薄膜とフォトマスクの触媒層が対向するように配置し、フォトマスクの裏面側から光が照射されるよう露光機内に設置した。25秒間露光し、酸化処理を行った。その後、培養に使いやすいように、24mm×15mmの大きさに切断した。
【0143】
(細胞培養および細胞転写)
bECを用い実施例1と同様に実験を行った。100μm角の桝目状の細胞パターンでも実施例1と同様に2時間でbECがマトリゲルに転写されることを確認した。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜で形成されていることを特徴とする細胞培養用基板。
【請求項2】
基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした膜で形成されており、
細胞接着阻害性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されていることを特徴とする細胞培養用基板。
【請求項3】
分解処理が酸化または紫外線照射による分解処理である請求項1または2記載の細胞培養用基板。
【請求項4】
基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されており、
前記有機化合物は、その密度が高いほど細胞が接着しにくくなる傾向を有する、高い密度では細胞接着阻害性領域を形成可能な有機化合物であり、
細胞接着性領域における前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低いことを特徴とする細胞培養用基板。
【請求項5】
基材と、基材表面に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、
細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されており、
細胞接着性領域における前記有機化合物の密度が、細胞接着阻害性領域における前記有機化合物の密度と比較して低いことを特徴とする細胞培養用基板。
【請求項6】
細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることを特徴とする請求項2〜5のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項7】
細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることを特徴とする請求項2〜6のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の細胞培養用基板と、該細胞培養用基板の細胞接着性領域に接着された細胞とを含む細胞接着基板。
【請求項9】
請求項8記載の細胞接着基板上の細胞を対象材料に転写する工程を含む、組織体の作成方法。
【請求項10】
前記工程が複数回行われることを特徴とする請求項9記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−175983(P2012−175983A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−137683(P2012−137683)
【出願日】平成24年6月19日(2012.6.19)
【分割の表示】特願2006−148552(P2006−148552)の分割
【原出願日】平成18年5月29日(2006.5.29)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】