説明

細胞組織の構築方法および装置

【課題】一細胞の操作と細胞−細胞間の瞬間的接着により、組織の構築を迅速、かつ的確に行うことができる細胞組織の構築方法および装置を提供する。
【解決手段】細胞組織の構築方法において、ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る工程と、前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う工程と、光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う工程と、光ピンセットにより、色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が接合するように配置し、前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う工程とを施す。よって、ビオチン化細胞とアビジン化細胞とが順次配置された細胞組織を構築することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞組織の構築方法に係り、特に光ピンセットを用いた細胞−細胞間の瞬間接着による細胞組織の構築方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
組織工学や再生医療研究領域において、厳密な細胞配列を持つ細胞組織を作製することは非常に重要な課題の一つである。近年、この課題に関する研究として注目されているのは、インクジェットプリンタのノズルから細胞を射出することにより、多種類の細胞を複雑なパターンで配列させ、実際の体の中の臓器を模倣したような組織を作るというものである(下記非特許文献1,2,3参照)。このような方法であれば、確かに複数の細胞を高速で配列させることが出来るが、隣同士の細胞はすぐに接着できるわけではないので、細胞間接着が形成されるまで待たなければならない。また、細胞だけを射出することは困難であり、液体やゲルに細胞が包まれた状態で射出されるので、細胞同士を正確に配列できるわけではなく、インクジェットノズルによる細胞の射出自体にも限界が存在する。
【0003】
一方、光を物体に斜めから入射することで吸引力を生じさせ、物体をトラップする技術はすでに1992年に開発された。それ以来、この技術は生細胞にも応用されるようになり、非接触操作による微生物の運動に関する研究や細胞融合の分野で用いられるようになった。そして、このレーザートラッピング技術はこれからの発展が期待されるところである。
【0004】
また、本発明者らは、既に、アビジン−ビオチン結合による高密度な細胞組織の構築について発表している(非特許文献4参照)。
【0005】
図6はかかる従来のアビジン−ビオチン結合を利用した細胞接着の工程模式図、図7はそのアビジン−ビオチン結合を利用した細胞接着フローチャートである。
【0006】
まず、図6(a)に示すように、担体101上にアビジン102を吸着させる(図7のステップS1)。一方、図6(b)に示すように、ビオチン103を細胞(ハイブリッド型人工肝臓のモデル細胞として知られるヒト肝ガン細胞株:Hep G2)104に結合させて(図7のステップS2)、図6(c)に示すように、アビジン102を吸着させた担体101にビオチン化した細胞104を播種する(図7のステップS3)。次に、図6(d)に示すように、10分後に非接着細胞を洗い流し、担体101上に細胞104を接着させる(図7のステップS4)ようにした。
【0007】
すなわち、図7に示すように、(1)まず、担体上にアビジンを吸着させる(ステップS1)。(2)ビオチンを細胞に結合させる(ステップS2)。(3)アビジンを吸着させた担体にビオチン化した細胞を播種する(ステップS3)。(4)次に、10分後に非接着細胞を洗い流し、担体上に細胞を接着させる(ステップS4)。
【非特許文献1】Vladimir Mironov et.al.,“Organ printing:computer−aided jet−based 3D tissue engineering”,TRENDS in Biotechnology,Vol.21,No.4,pp.157−161,April,2003 157−161
【非特許文献2】E.A.Roth et.al.,“Inkjet printing for high−throughput cell patterning”,Biomaterials,25(2004),pp.3707−3715
【非特許文献3】Tao Xu et.al.,“Inkjet printing of viable mammalian cells”,Biomaterials,26(2005),pp.93−99
【非特許文献4】「生産研究」,第57巻,第2号,発行所 東京大学生産技術研究所,2005.3月1日発行,pp.13−15
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記した従来のアビジン−ビオチン結合を利用した細胞接着は、図8に示すように、担体201上で細胞202を作製するようにしており、その場合には、細胞202が、まず担体201に接着し、その後に(細胞増殖を伴って)細胞同士が接着するために、単純なシート状の組織を作製するのにも、数日間待つ必要がある。
【0009】
さらに、体内に移植するなど、再生医療的応用の際には、担体201と細胞202を剥がす手間がかかる。生分解性の担体を用いたとしても、担体の消化には時間がかかるといった問題があった。
【0010】
また、細胞組織を自在に形成するためには、「一細胞の操作」と「細胞−細胞間の瞬間的接着」を行う必要があるが、十分な成果を挙げられていないのが現状である。
【0011】
本発明は、上記状況に鑑みて、一細胞の操作と細胞−細胞間の瞬間的接着により、組織の構築を迅速、かつ的確に行うことができる細胞組織の構築方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕細胞組織の構築方法において、ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る工程と、前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う工程と、光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う工程と、光ピンセットにより、色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が接合するように配置し、前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う工程とを施すことを特徴とする。
【0013】
〔2〕上記〔1〕記載の細胞組織の構築方法において、前記ビオチン化細胞は、ディッシュにコンフルエントになった細胞を燐酸緩衝液で洗浄し、次に細胞ビオチン化試薬を加えてインキュベートし、そのシート状の細胞を剥がした細胞膜タンパク質のアミノ基がビオチン化された浮遊細胞であることを特徴とする。
【0014】
〔3〕上記〔1〕記載の細胞組織の構築方法において、前記アビジン化細胞は、ビオチン化して浮遊させた細胞懸濁液に燐酸緩衝液に溶かしたアビジンを添加して作製することを特徴とする。
【0015】
〔4〕上記〔1〕記載の細胞組織の構築方法において、前記(b)工程における染色は、緑の蛍光色素と赤の蛍光色素によることを特徴とする。
【0016】
〔5〕上記〔1〕記載の細胞組織の構築方法において、前記(c)工程における染色は、ニュートラルレッドによることを特徴とする。
【0017】
〔6〕細胞組織の構築装置において、ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る手段と、前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う染色手段と、光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う染色手段と、前記色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞とを接合するように配置する光ピンセット手段と、この光ピンセット手段により前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う手段を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、一細胞の操作と細胞−細胞間の瞬間的接着により、組織の構築を迅速、かつ的確に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の細胞組織の構築方法は、ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る工程と、前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う工程と、光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う工程と、光ピンセットにより、色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が接合するように配置し、前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う工程とを施す。
【実施例】
【0020】
以下、本発明の実施態様について詳細に説明する。
【0021】
〔A〕まず、細胞のビオチン化とアビジン化の工程について説明する。
【0022】
(1)ビオチン化された浮遊細胞を得る工程(図1参照)
細胞としてはヒト肝ガン細胞株であるHep G2細胞を用いた。まず、図1(a)に示すように、細胞をビオチン化するために、ディッシュ1にHep G2細胞2を播種し、増殖させてコンフルエントする。次に、図1(b)に示すように、その細胞2を燐酸緩衝液(PBS)で2回洗浄する。次に、図1(c)に示すように、市販の細胞ビオチン化試薬(sulfo−NHS−biotin,PIERCE)3を加え、図1(d)に示すように、37℃で30分インキュベートする。この細胞2をトリプシンでディッシュ1から剥がすことで、図1(e)に示すように、細胞膜タンパク質のアミノ基がビオチン化された浮遊細胞4を得ることができた。
【0023】
(2)アビジン化された浮遊細胞を得る工程(図2参照)
まず、図2(a)に示すように、ビオチン化して浮遊させた細胞懸濁液11を用意する。
【0024】
次に、図2(b)に示すように、その細胞懸濁液11に燐酸緩衝液(PBS)12に溶かしたアビジン13を添加して、図2(c)に示すようなアビジン化された浮遊細胞14を作製する。余剰のアビジンは細胞を遠心して上清を取り除く操作を2回行うことで取り除く。
【0025】
〔B〕次に、アビジン化細胞とビオチン化細胞の蛍光標識を行うための染色の工程について説明する。
【0026】
アビジン化細胞をPKH67(緑の蛍光色素、SIGMA社製)で、ビオチン化細胞をPKH26(赤の蛍光色素、SIGMA社製)で、それぞれの試薬ごとの染色方法に従って染色を行う。
【0027】
〔C〕光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が区別できるように染色を行う工程;ニュートラルレッド(SIGMA社製)によるビオチン化細胞の染色を行う工程について説明する。
【0028】
光ピンセット使用時は、同時に蛍光観察ができないため、アビジン化細胞集団とビオチン化細胞集団を区別することができない。そこで、ビオチン化細胞集団のみ、ニュートラルレッド(SIGMA社製)による染色を行う。これにより、ビオチン化細胞を可視光領域でアビジン化細胞と区別することができる。
【0029】
〔D〕次に、ビオチン化細胞とアビジン化細胞の光ピンセットによる操作について説明する。
【0030】
光ピンセットとしては、レーザーシステム(シグマ光機製)と、顕微鏡(オリンパス製)を使用した。
【0031】
そこで、図3に示すように、光ピンセット22で、ディッシュ21に播種された、ビオチン化細胞23(ニュートラルレッドによる染色)とアビジン化細胞24とを操作して配列させてビオチン化細胞23とアビジン化細胞24との強力結合(AB反応)による細胞−細胞間の瞬間接着を行わせた。
【0032】
このように、染色されてそれぞれ区別されたビオチン化細胞23とアビジン化細胞24とを一細胞ずつ操作して、ビオチン化細胞23とアビジン化細胞24とを配列して細胞−細胞間の瞬間的接着を可能とする技術として、図4に示すように、生体分子アビジンとビオチンの強力な結合反応(AB反応)を用いることにより、細胞組織31を構築することができた。
【0033】
なお、光ピンセットで配列させた細胞組織の観察には、共焦点顕微鏡(オリンパス)25を使用した。
【0034】
そして、試験の結果、細胞をアビジン化、もしくはビオチン化し、蛍光色素とニュートラルレッドで染色することで、位相差顕微鏡、共焦点顕微鏡のどちらでも、二種類の細胞を区別することができた。このような細胞をグラスボトムディッシュ内に適当な密度で浮遊させ、光ピンセットを用いて、アビジン化細胞とビオチン化細胞を交互にならべることを試みた。アビジン1分子はビオチン4分子と結合することができる。細胞を配列させた後に共焦点顕微鏡で細胞組織を観察したところ、図5に示すように、緑色の細胞と赤色の細胞が交互に並んでいることが観察できた。
【0035】
このような結果から、ビオチン化細胞とアビジン化細胞の前処理と細胞の厳密な配列を可能とする光ピンセット操作と細胞−細胞間の瞬間接着技術であるAB反応技術を用いることで、複雑な細胞配列を持つ細胞組織を作製できた。
【0036】
AB反応による接着によって、細胞毒性が生じるという懸念があるが、これまでの実験から、細胞の増殖やタンパク質の分泌、遺伝子発現の誘導、細胞膜受容体によるシグナル伝達などにおいて、ほとんど機能阻害が見られない。
【0037】
また、本発明の細胞組織の構築装置は、上記したように、ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る手段と、前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う染色手段と、光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う染色手段と、前記色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞とを接合するように配置する光ピンセット手段と、この光ピンセット手段により前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う手段を備える。
【0038】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の細胞組織の構築方法および装置は、組織工学・再生医療の分野へ利用可能である。例えば、肝臓に存在する肝細胞や類洞内皮細胞、星細胞などを、うまく配合させることで、実際の肝臓に近い配列と機能を持つ人工肝臓組織を作製できる。作製された人工的な肝臓組織は、薬剤スクリーニングに非常に有用であると考えれれ、出来上がった組織を移植できれば、医療的な貢献も可能である。その他の臓器などに関しても、作製が可能と考えられる。また、ES細胞から分化させた細胞集団を適切に組み合わせることで、発生途中の臓器に似た組織を作ることも可能と考えている。発生において、このような組織は自律的に増殖・自己組織化を経て成熟した臓器が完成するが、このような自律的増殖・自己組織化を引き起こすことが出来るような、最低限の細胞組織を作るためには、細胞の配列を厳密に制御できる本発明が必要不可欠である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施例を示すビオチン化された浮遊細胞を得る工程図である。
【図2】本発明の実施例を示すアビジン化された浮遊細胞を得る工程図である。
【図3】本発明の実施例を示すビオチン化細胞とアビジン化細胞の光ピンセットによる操作状況を示す図である。
【図4】本発明の実施例を示すビオチン化細胞とアビジン化細胞の生体分子アビジンとビオチンの強力な結合反応(AB反応)により細胞組織が構築された状態を示す図である。
【図5】本発明によって細胞を配列させた後に共焦点顕微鏡で細胞組織を観察した図である。
【図6】従来のアビジン−ビオチン結合を利用した細胞接着の工程模式図である。
【図7】従来のアビジン−ビオチン結合を利用した細胞接着フローチャートである。
【図8】従来のアビジン−ビオチン結合を利用した細胞接着の説明図である。
【符号の説明】
【0041】
1,21 ディッシュ
2 細胞(Hep G2)
3 市販の細胞ビオチン化試薬
4 ビオチン化された浮遊細胞
11 ビオチン化して浮遊させた細胞懸濁液
12 燐酸緩衝液(PBS)
13 アビジン
14 アビジン化された浮遊細胞
22 光ピンセット
23 ビオチン化細胞(ニュートラルレッドによる染色)
24 アビジン化細胞
25 共焦点顕微鏡
31 細胞組織

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る工程と、
(b)前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う工程と、
(c)光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う工程と、
(d)光ピンセットにより、色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が接合するように配置し、前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う工程とを施すことを特徴とする細胞組織の構築方法。
【請求項2】
請求項1記載の細胞組織の構築方法において、前記ビオチン化細胞は、ディッシュにコンフルエントになった細胞を燐酸緩衝液で洗浄し、次に細胞ビオチン化試薬を加えてインキュベートし、そのシート状の細胞を剥がした細胞膜タンパク質のアミノ基がビオチン化された浮遊細胞であることを特徴とする細胞組織の構築方法。
【請求項3】
請求項1記載の細胞組織の構築方法において、前記アビジン化細胞は、ビオチン化して浮遊させた細胞懸濁液に燐酸緩衝液に溶かしたアビジンを添加して作製することを特徴とする細胞組織の構築方法。
【請求項4】
請求項1記載の細胞組織の構築方法において、前記(b)工程における染色は、緑の蛍光色素と赤の蛍光色素によることを特徴とする細胞組織の構築方法。
【請求項5】
請求項1記載の細胞組織の構築方法において、前記(c)工程における染色は、ニュートラルレッドによることを特徴とする細胞組織の構築方法。
【請求項6】
(a)ビオチン化細胞とアビジン化細胞とを得る手段と、
(b)前記細胞の蛍光標識を行うための染色を行う染色手段と、
(c)光ピンセット操作時に前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞が可視光領域で区別できるように染色を行う染色手段と、
(d)前記色分けされた前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞とを接合するように配置する光ピンセット手段と、
(e)該光ピンセット手段により前記ビオチン化細胞と前記アビジン化細胞との強力結合による細胞−細胞間の瞬間接着を行う手段を備えることを特徴とする細胞組織の構築装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図5】
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