説明

細菌及びそれを用いた微生物製剤

【課題】ノニオン性界面活性剤を含む排水を効率よく安価に処理しうる細菌、及びこのような細菌を用いて得られる微生物製剤を提供する。
【解決手段】ノニオン性界面活性剤に対して分解能力を有するフィロバクテリウム(Phyllobacterium)属又はアシドボラクス(Acidovorax)属に属することを特徴とする細菌。また、これらの細菌を含有することを特徴とするノニオン界面活性剤の分解処理に用いる微生物製剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノニオン性界面活性剤の分解能力を有する細菌、及びそれを用いた微生物製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの塗装には、従来、樹脂、硬化剤を有機溶剤に溶解し、それに顔料等を分散・混合した溶剤型塗料が広く使用されてきた。しかし、近年の環境や健康に対する意識の高まりから、塗料中の揮発性有機化合物(VOC)の低減が求められている。このため、工業塗装の現場では、溶剤型塗料に代えて、溶剤として水を用いVOCをほとんど含まない水性塗料が用いられるようになってきている。
【0003】
工業塗装は、通常、塗装ブースで行われる。この際、塗装面に付着しなかった塗料は、塗装ブースに付着することを防止する循環水とともに循環ピットに移動する。例えば、自動車塗装では一台あたり1〜2kgの塗料が循環ピットに移動することになる。循環水中の顔料成分は、循環ピットで凝集分離され、残りの循環水は、一部を再利用し、残りは後段の排水処理施設(例えば、活性汚泥槽)で処理した後、放流される。
【0004】
溶剤型塗料は、溶剤として有機溶剤を用いるため、溶剤が循環水に溶け込むという問題は起きなかった。しかし、水性塗料は、溶剤が水溶性のため、循環水中に溶け込み、様々な問題を引き起こしている。例えば、水性塗料の種類によっては、水に溶解しない樹脂を安定に存在させる目的でノニオン性界面活性剤が使用されている。ノニオン性界面活性剤が、徐々に循環水中に蓄積することにより、循環ピットでの異常発泡を引き起こし、後段の排水処理を妨げるという問題が生じている。
【0005】
また、ノニオン性界面活性剤などの難分解性有機物は、活性汚泥法では分解しきれず、排水基準を遵守するために活性炭の使用量が増加しているという問題点もある。この結果、ノニオン性界面活性剤を含む水性塗料排水の処理コストは、溶剤型塗料と比べて約2倍であるとされ、自動車業界などから効率的で安価な排水処理技術が強く求められている。この排水処理コストの増加は、水性塗料への移行を妨げる要因ともなっている。
【0006】
水性塗料排水に含まれるノニオン性界面活性剤に由来する問題に対しては、従来、消泡剤の添加が試みられている。例えば、特許文献1では、脂肪族エーテル化合物からなる湿式塗装ブース循環水の消泡剤を開示する。しかし、消泡剤は大量に添加しないと、所望の効果が得られず、コストの削減につながらないケースも多い。また、ノニオン性界面活性剤は分解されないので、後段の排水処理における活性炭使用量の削減にはつながらない。
【0007】
消泡剤の添加の他には、オゾン等を利用する化学的酸化処理法や微生物製剤の添加による処理が考えられる。しかし、化学的酸化処理法は、コスト面から考えると現実的な方法ではない。また、微生物製剤に含まれる微生物は、ノニオン性界面活性剤を効率的に分解できる微生物を含んでいないため、発泡の抑制やノニオン性界面活性剤の分解に対して有効であるとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−7613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的は、ノニオン性界面活性剤を含む排水を効率よく安価に処理しうる細菌、及び微生物製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ノニオン性界面活性剤の分解能力を有する細菌について鋭意研究及び探索を行った。その結果、フィロバクテリウム(Phyllobacterium)属に属する細菌、及びアシドボラクス(Acidovorax)属に属する細菌が優れたノニオン性界面活性剤の分解能力を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明によれば、ノニオン性界面活性剤に対して分解能力を有するフィロバクテリウム(Phyllobacterium)属又はアシドボラクス(Acidovorax)属に属することを特徴とする細菌が提供される。本発明においては、前記フィロバクテリウム属に属する細菌がフィロバクテリウム・ミシナセアラム X−03−002(Phyllobacterium mysinacearum X−03−002;受領番号:NITE AP−1066)であり、前記アシドボラクス属に属する細菌がアシドボラクス・デラフィルディイ X−03−005(Acidovorax delafieldii X−03−005;受領番号:NITE AP−1067)であることが好ましい。
【0012】
また、本発明によれば、上記の細菌を含有することを特徴とする微生物製剤が提供される。本発明の微生物製剤は、ノニオン性界面活性剤の分解処理に好適に用いられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の細菌及び微生物製剤によれば、ノニオン性界面活性剤を含む排水を効率よく安価に処理することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明を実施するための形態を説明する。なお、本発明において「細菌」とは、原核生物のことをいう。また、「ノニオン性界面活性剤」とは、界面活性剤のうち親水基が非イオン性のものをいう。ノニオン性界面活性剤は、水中で電離しないため、水や汚染物質による影響を受けにくく、性質が安定しているため工業用途では多用されている。洗浄剤としての用途のほか、顔料を安定に分散させるため、水性塗料にも使用される。一般的なノニオン性界面活性剤の例としては、アルキルグルコピラノシド、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタンアルキレート、ポリエチレングリコールアルキレート、脂肪酸アルカノールアミド、アルキルポリグリコシド、アルキルポリエーテルアミン等を挙げることができる。また、工業的に用いられるノニオン性界面活性剤の例としては、アデカリアソープER−30(ADEKA社製)、アデカノールUH−541VF(ADEKA社製)、アデカトールLB−53B(ADEKA社製)、ナイミーンL207(日油社製)、Tween20、Tween80、TritonX−100等を挙げることができる。ただし、本発明の処理対象となるノニオン性界面活性剤はこれらに限定されない。
【0015】
フィロバクテリウム(Phyllobacterium)属に属する細菌は、分類学上、アルファプロテオバクテリアに属する。一方、アシドボラクス(Acidovorax)属に属する細菌は、分類学上、ベータプロテオバクテリアに属する。
【0016】
上記細菌がノニオン性界面活性剤を分解するメカニズムは明らかではないが、これらの細菌はノニオン性界面活性剤の存在下でも生存することができる。このため、ノニオン性界面活性剤を含む排水処理用の微生物製剤として使用する場合に、逐次補充する必要がなく、排水処理のランニングコストを低減できるという利点がある。
【0017】
上記フィロバクテリウム(Phyllobacterium)属に属する細菌の具体例としては、本発明者らが単離したフィロバクテリウム・ミシナセアラム X−03−002(Phyllobacterium mysinacearum X−03−002)菌株を挙げることができる。このフィロバクテリウム・ミシナセアラム X−03−002(Phyllobacterium mysinacearum X−03−002)は、本発明者らにより、受領番号「NITE AP−1066」、受領日:2011年2月22日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託された。
【0018】
上記アシドボラクス(Acidovorax)属に属する細菌の具体例としては、本発明者らが単離したアシドボラクス・デラフィルディイ X−03−005(Acidovorax delafieldii X−03−005)菌株を挙げることができる。このアシドボラクス・デラフィルディイ X−03−005(Acidovorax delafieldii X−03−005)は、本発明者らにより、受領番号「NITE AP−1067」、受領日:2011年2月22日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託された。
【0019】
上記本発明の細菌を、ノニオン性界面活性剤を含む排水などの処理対象に添加することにより、排水を安価かつ簡便に浄化処理することができる。すなわち、本発明のフィロバクテリウム(Phyllobacterium)属又はアシドボラクス(Acidovorax)属に属する細菌は、排水中のノニオン性界面活性剤を分解可能であるため、排水の発泡を抑えることができる。例えば、本発明の細菌を水性塗料排水の循環ピットに添加すれば、循環ピットの異常発泡を抑えることができる。このため、循環水の管理が容易になるという利点がある。
【0020】
また、上述の通り、本発明の細菌はノニオン性界面活性剤の存在下でも生存することができるため、消泡剤を使用する必要がない。また、菌株の濃度(菌体量)を適切に調整することにより、処理槽中に安定に存在させることができる。このため、追加投与が不要になるという利点がある。さらに、本発明の細菌を用いれば、難分解性物質であるノニオン性界面活性剤を効率的に分解・除去できるので、例えば循環水等の水質を改善して長期間再利用することが可能となる。このため、排水処理に用いる活性炭の量を大幅に低減し、排水処理コストを大幅に削減できるという利点がある。
【0021】
ノニオン性界面活性剤を含む排水の具体例としては、水性塗料を用いた工業塗装の際に発生する水性塗料排水を挙げることができる。水性塗料を用いた工業塗装の例としては、自動車塗装が代表的であるが、これに限定されない。また、本発明の細菌を、ノニオン性界面活性剤を含む排水用の微生物製剤(消泡剤)として好適に使用することができる。なお、本発明の細菌を微生物製剤化するには、従来公知の方法を用いることができる。
【実施例】
【0022】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例は本発明の単なる例示であって、本発明の限定を意図するものではない。
【0023】
(実施例1)
ノニオン性界面活性剤を含有する自動車用上塗り水性塗料(日本ペイント社製)を水道水で1質量%に希釈し、3種類の凝集剤(ポリアミン系凝集剤、メラミン樹脂系凝集剤、及びエマルジョン型カチオン凝集剤)を添加して塗料樹脂を除去した。なお、3種類の凝集剤の添加量は、水性塗料に対する割合で、それぞれ2.5質量%、20質量%、及び0.5質量%とした。次いで、水道水を追加して、ノニオン性界面活性剤の濃度が15mg/Lである模擬排水を得た。なお、ノニオン性界面活性剤の濃度は、JIS K 0102 30.2.1に規定される方法に従って測定した。得られた模擬排水に、リンと窒素を含む栄養剤を添加して培養液を調製した。調製した培養液に、フィロバクテリウム・ミシナセアラム X−03−002(Phyllobacterium mysinacearum X−03−002)菌株(以下、単に「X−03−002株」とも記す)を107CFU/mLの菌株濃度となるように添加し、30℃で120時間振とう培養を行った。振とう培養の開始前(0時間)と、振とう培養を開始してから120時間後における培養液中のノニオン性界面活性剤の濃度を測定した。測定結果を表1に示す。
【0024】
(実施例2、比較例1〜3)
表1に示す菌株を培養液に添加したこと以外(但し、比較例1では菌株を添加していない)は、前述の実施例1と同様にして振とう培養を行い、振とう培養の開始前(0時間)と、振とう培養を開始してから120時間後における培養液中のノニオン性界面活性剤の濃度を測定した。測定結果を表1に示す。なお、表1中の「X−03−005株」は、アシドボラクス・デラフィルディイ X−03−005(Acidovorax delafieldii X−03−005)菌株を意味し、「E.coli」はEscherichia coli K−12株を意味し、「B.subtilis」は、Bacillus subtilis NRIC1015株を意味する。
【0025】

【0026】
表1に示す通り、実施例1及び2で用いた菌株は、比較例2及び3で用いた菌株に比して、顕著に高いノニオン性界面活性剤の分解能力を有することが明らかである。
【0027】
(実施例3)
唯一の炭素源として、一般的なノニオン性界面活性剤であるn−オクチル−β−D−グルコピラノシドを用いて液体培地を準備した。なお、液体培地中における溶解性の全有機炭素(TOC)が180mg/Lとなるように、n−オクチル−β−D−グルコピラノシドの添加量を調整した。この液体培地に、X−03−002株を107CFU/mLの菌株濃度となるように添加し、30℃で7日間振とう培養を行った。振とう培養の開始前(0日目)の溶解性TOC値と、振とう培養7日目の溶解性TOC値からTOC除去率(%)を算出した。結果を表2に示す。
【0028】
(実施例4〜15、比較例4〜10)
表2に示す炭素源(ノニオン性界面活性剤)及び菌株を用いたこと以外は、前述の実施例3と同様にして振とう培養を行い、TOC除去率(%)を算出した。結果を表2に示す。
【0029】

【0030】
表2に示す通り、実施例3〜15で用いた菌株は、比較例4〜10で用いた菌株(Escherichia coli K−12株)に比して、幅広い種類のノニオン性界面活性剤の分解能力を有していることが明らかである。また、実施例3〜15で用いた菌株は、ノニオン性界面活性剤を唯一の炭素源として生存可能であることも明らかである。
【0031】
(実施例16)
唯一の炭素源として、工業利用されているノニオン性界面活性剤であるアデカリアソープER−30(ADEKA社製)を用いて液体培地を準備した。なお、液体培地中における溶解性の全有機炭素(TOC)が180mg/Lとなるように、アデカリアソープER−30の添加量を調整した。この液体培地に、X−03−002株を107CFU/mLの菌株濃度となるように添加し、30℃で7日間振とう培養を行った。振とう培養の開始前(0日目)の溶解性TOC値と、振とう培養7日目の溶解性TOC値からTOC除去率(%)を算出した。結果を表3に示す。
【0032】
(実施例17〜21、比較例11〜13)
表3に示す炭素源(ノニオン性界面活性剤、いずれもADEKA社製)及び菌株を用いたこと以外は、前述の実施例16と同様にして振とう培養を行い、TOC除去率(%)を算出した。結果を表3に示す。
【0033】

【0034】
表3に示す通り、実施例16〜21で用いた菌株は、比較例11〜13で用いた菌株(Escherichia coli K−12株)に比して、幅広い種類のノニオン性界面活性剤の分解能力を有していることが明らかである。また、実施例16〜21で用いた菌株は、ノニオン性界面活性剤を唯一の炭素源として生存可能であることも明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の細菌及び微生物製剤は、ノニオン性界面活性剤を含む排水の異常発泡の抑制に適している。また、本発明の細菌及び微生物製剤は、ノニオン性界面活性剤を分解可能であるため、排水処理コストを削減することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノニオン性界面活性剤に対して分解能力を有するフィロバクテリウム(Phyllobacterium)属又はアシドボラクス(Acidovorax)属に属することを特徴とする細菌。
【請求項2】
前記フィロバクテリウム属に属する細菌がフィロバクテリウム・ミシナセアラム X−03−002(Phyllobacterium mysinacearum X−03−002;受領番号:NITE AP−1066)であり、
前記アシドボラクス属に属する細菌がアシドボラクス・デラフィルディイ X−03−005(Acidovorax delafieldii X−03−005;受領番号:NITE AP−1067)である請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の細菌を含有することを特徴とする微生物製剤。
【請求項4】
ノニオン性界面活性剤の分解処理に用いられる請求項3に記載の微生物製剤。