説明

組換えウイルス、これを保持する大腸菌およびその製造法

【課題】標的ウイルスゲノムの性状を保持した組換えウイルスの製造法を提供する。
【解決手段】標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域に、外来遺伝子を挿入することを特徴とする、組換えウイルスの製造法であり、ワクチン開発や遺伝子治療ベクター開発等に有用な組換えウイルスの製造法、単純ヘルペスウイルス2型のゲノムの全長を保持した組換えウイルス、およびこれを保持した大腸菌の製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワクチン開発や遺伝子治療ベクター開発等に有用な組換えウイルスの製造法、単純ヘルペスウイルス2型のゲノムの全長を保持した組換えウイルス、およびこれを保持した大腸菌に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子治療ベクターや多価ワクチンといった組換えウイルスを作製するには、ウイルスゲノムのいずれかの領域に外来遺伝子を挿入する必要がある。そして、得られる組換えウイルスは、本来の遺伝子治療ベクターやワクチンのウイルスゲノムの遺伝子を欠損したり、性状を変化させては問題がある。
【0003】
組換えウイルスの作製技術の従来の手法としては、マーカー(TK、LacZ)遺伝子を利用した培養細胞内での相同組換え法(非特許文献1)や、コスミドを利用した培養細胞内での相同組換え法(非特許文献2)等が知られているが、これら従来の手法はいずれも挿入しようとする外来遺伝子側に関する技術であり、挿入される側であるウイルスゲノムについては何ら着目されていない。
【0004】
ところで、単純ヘルペスウイルス(HSV:herpes simplex virus)感染症は、HSV−1またはHSV−2感染によって引き起こされる。HSV−1は主に口腔、上気道粘膜を中心とした上半身に感染し、口内炎や口唇ヘルペスを発症させる。一方、HSV−2は主に性器を中心とし下半身に感染し、性器ヘルペスを発症させる。HSVのワクチンは開発されていない。また、HSVは遺伝子治療ベクターとしても有用であり、いくつかは臨床試験段階である。
【0005】
ウイルスのワクチンや遺伝子治療ベクターの開発には、組換えウイルス作製の技術が必須である。ワクチン開発には病原性因子の不活化が、遺伝子治療ベクターの開発には、病原性因子の不活性に加え、外来遺伝子の搭載が必要となる。
【0006】
近年、大型のDNA cloning systemであるbac system(bacterial artificial chromosome system)を利用し、大腸菌内で相同組換えを行う手法が報告され、従来よりも組換えウイルスの作製が迅速かつ簡便に行えるようになりつつある。
【0007】
bac systemにおいて中核をなす材料は、ウイルスゲノムを保持する大腸菌である。この大腸菌を得ることができれば、大腸菌の遺伝学を用いて、様々なウイルスゲノムの改変が可能となる。また、bac systemにおいては、バクミドをウイルスゲノムに挿入することが、ゲノムの大腸菌保持には必須であり、バクミド挿入によってウイルスゲノムの遺伝子を欠損したり、野生体のウイルス性状を変化させては問題がある。しかしながら、HSVに関するbac systemを利用したウイルスゲノムを保持する大腸菌の作製に関する従来の報告例においては、バクミド(bacmid)の挿入によってPackagin signalが欠損していたり(非特許文献3〜5)、あるいはTK(非必須なHSV遺伝子)にbacmidが挿入されている(非特許文献6)場合が多い。このような欠損や挿入が存在していると、多目的なベクターの作製に適さない場合があり、また、ウイルス自体の基礎研究に用いる上で障害となっていた。また、bacmidは7kbpと比較的大きいので、組換えウイルスの病原性やその組換えウイルスが保持しうる外来遺伝子の長さを限定してしまうので、除去するシステムが必要である。
【0008】
HSV−1については、UL3およびUL4遺伝子の遺伝子間領域にバクミドを挿入することにより、野生体の性状を保持した完全長の感染性HSV−1ウイルスゲノムを保持した大腸菌の作製に成功し、先に報告した(特許文献1)。
【0009】
しかしながら、HSV−2に関しては、ゲノムの全長を実質的に保持した組換えウイルスを維持しうる大腸菌は得られていなかった。
【特許文献1】特開2003−189882号公報
【非特許文献1】Post L. E. et al. Cell24:555-565, 1981
【非特許文献2】CunninghamC. et al. Virol. 197:116-124, 1993
【非特許文献3】Saeki Y. et al. Hum. Gen. Ther. 9:2787-2794, 1998
【非特許文献4】Tom A. S. et al. J. Virol. 72:7137-7143, 1998
【非特許文献5】Suter M. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96:12697-12702, 1999
【非特許文献6】Horsburgh B. C. et al. GeneTher. 6:922-930, 1999
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、ウイルスゲノムの遺伝子を欠損したり、性状を変化させることなく、ウイルスゲノムに外来遺伝子を挿入する方法を提供することにある。
また、本発明は、HSV−2のゲノムの全長を保持した組換えHSV−2を提供し、そのウイルスゲノムを保持した大腸菌を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで本発明者は、標的ウイルスゲノムの有する遺伝子を欠損させず、かつ性状に影響を与えることなく、外来遺伝子を挿入して組換えウイルスを作製すべく種々検討したところ、外来遺伝子の挿入領域として、標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる遺伝子のpolyAシグナル間の領域を選択すれば、容易に目的とする組換えウイルスが作製できることを見出した。そして、HSV−2においては、UL50とUL51の遺伝子のpolyAシグナル間領域にバクミドを挿入すれば、HSV−2のゲノムの全長を実質的に保持した組換えHSV−2が得られることを見出し、そのウイルスゲノムを大腸菌に保持させることにより、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域(HSV−1のUL3−UL4間を除く)に、外来遺伝子を挿入することを特徴とする、組換えウイルスの製造法を提供するものである。
また、本発明は、標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域(HSV−1のUL3−UL4間を除く)にバクミドを挿入し、得られた組換えウイルスゲノムを大腸菌に導入させることを特徴とする、野生型ウイルスゲノムの全長を実質的に保持した組換えウイルスゲノム導入大腸菌の製造法を提供するものである。
また、本発明は、野生型HSV−2のゲノムの全長を実質的に保持し、そのゲノムのUL50−UL51遺伝子間領域にバクミドが挿入された組換えHSV−2を提供するものである。
さらに、本発明は、野生型HSV−2のゲノムの全長を実質的に保持し、そのゲノムのUL50−UL51遺伝子間領域にバクミドが挿入された組換えHSV−2ゲノムを保持した大腸菌を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明方法によれば、ワクチン開発や遺伝子治療ベクター開発のツールとして有用な組換えウイルスが容易に作製できる。また、外来遺伝子として、バクミドを用いれば、当該組換えウイルスゲノムを保持した大腸菌が得られる。得られた大腸菌は、ウイルス改変を著しく簡便にするため、これを利用してワクチン開発や遺伝子治療ベクターの開発が可能となる。
また、本発明の組換えHSV−2は、野生型HSV−2のゲノムの全長を実質的に保持するため、遺伝子発現やワクチン開発のためのベクターおよび基礎的研究に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
まず、標的ウイルスゲノムの特定部位に外来遺伝子を挿入する方法について説明する。
本発明方法においては、標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域に、外来遺伝子を挿入する。標的ウイルスとしては、DNA型であれば特に制限されないが、例えば、ヘルペスウイルス、アデノウイルス、ポックスウイルス、パポーバウイルスが挙げられる。
【0015】
標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域とは、2種の遺伝子が隣接して存在し、かつそれらの2種の遺伝子が逆方向からコードされる領域の中のpolyAシグナルとpolyAシグナルの間の領域である(図1参照)。これらの領域は、標的ウイルスのゲノムについてのデータベースに基づいて選択することができる。例えばHSV−2においては、UL3−UL4領域、UL7−UL8領域、UL10−UL11領域、UL15−UL18領域、UL21−UL22領域、UL26−UL27領域、UL35−UL36領域、UL40−UL41領域、UL45−UL46領域、UL50−UL51領域、UL55−UL56領域、Us1−Us2領域およびUs9−Us10領域の13ヶ所存在する。
標的ウイルスゲノム中の同一方向にコードされる2種の遺伝子の間の領域に外来遺伝子を挿入すると、プロモーターを破壊するおそれがある。この点、本発明方法で用いるpolyAシグナル間領域であれば、標的ウイルスゲノムの遺伝子の欠損や性状の変化がない。
【0016】
外来遺伝子としては、バクミド、レポーター遺伝子、免疫原生のあるタンパク質をコードする遺伝子、遺伝子治療に用いられる遺伝子等が挙げられ、組換えウイルスゲノムを大腸菌に保持させることを目的とする場合には、バクミドが好ましい。バクミドとしては、例えば2つのloxPの間にバクミドが挟まれたベクターを用いてもよく、2つのloxPの間にバクミドおよび検出可能なレポーター遺伝子が挟まれたベクターを用いてもよい。ここで検出可能なレポーター遺伝子としては、GFP(緑色蛍光タンパク)、CAT(クロラムフェンコールアセチルトランスフェラーゼ)、DsRed、GUS(βグルクロニダーゼ)、lacZ、カエデ、ルシフェラーゼ等が用いられる。このうちGFPが特に好ましい。
【0017】
外来遺伝子のpolyAシグナル間領域への挿入は、制限酵素部位を利用した通常のクローニング手段によって行うことができる。例えば、標的ウイルスゲノム中の目的挿入部位である前記polyAシグナル間領域を含む断片をプラスミドにクローニングする。得られたプラスミドの2つのpolyAシグナル間に、2つのloxPの間に外来遺伝子(必要に応じてレポーター遺伝子も導入する)が挟まれたものを挿入することにより、目的のpolyAシグナル間領域に外来遺伝子が挿入されたプラスミドが得られる。
【0018】
次に標的ウイルスDNAと、上記外来遺伝子挿入プラスミドとを、標的ウイルスが感染する細胞にトランスフェクトし、相同組換えを行えば目的の組換えウイルスを得ることができる。当該感染細胞から、例えばレポーター遺伝子が発現している細胞を選択することにより、目的の組換えウイルスを選択することができる。
【0019】
得られた組換えウイルスが、バクミドを有している場合には、当該組換えウイルスゲノムを大腸菌等の細菌に導入させることにより、組換えウイルスを保持した細菌を得ることができる。
【0020】
得られた組換えウイルスをVero細胞、rabbit skin cells等のウイルスが感染する細胞に感染させて、その細胞から環状ウイルスDNAを採取し、その環状ウイルスDNAを大腸菌に導入すればよい。
【0021】
次に、本発明の組換えHSV−2の製法について説明する。本発明の組換えHSV−2は、前記polyAシグナル間領域としてUL50−UL51間領域を採用し、外来遺伝子としてバクミドを採用したものである。HSV−2においては、UL3−UL4間領域バクミドを挿入しようとしたが、挿入できなかった。従って、HSV−2にバクミドを挿入する場合には、UL50−UL51間領域が好適である。まず、UL50−UL51間領域を含む断片を含有するプラスミドを構築する。このプラスミドのUL50−UL51間領域にバクミドを挿入する。具体的には、2つのloxP配列に挟まれたバクミドを含むプラスミド、または2つのloxP配列に挟まれたバクミドおよびレポーター遺伝子(例えばGFP)を含むプラスミドを用いて、2つのloxP配列に挟まれたバクミド、または2つのloxP配列に挟まれたバクミドおよびレポーター遺伝子を、前記プラスミドのUL50−UL51間領域に挿入する。
次に野生型HSV−2DNAと得られた組換えプラスミドとを、HSV−2が感染する細胞にトランスフェクトし、相同組換えを行えば、野生型HSV−2のゲノムの全長を実質的に保持し、そのゲノムのUL50−UL51遺伝子間領域にバクミドが挿入された組換えHSV−2が得られる。ここで、実質的にとは、機能を損ねない範囲でゲノムの全長を保持していることをいう。
【0022】
得られた組換えHSV−2ゲノムを大腸菌に導入させれば、この組換えHSV−2ゲノムを保持した大腸菌が得られる。
【0023】
また、得られた組換えHSV−2は、loxP部位を有するため、Creリコンビナーゼによりバクミドまたはバクミドとレポーター遺伝子を除去することができる。
【0024】
得られた組換えHSV−2、または、得られた組み換えHSV−2ゲノムを大腸菌に保持させ、そのウイルスゲノムから再構築させた組み換えHSV−2は、野生型HSV−2と同程度の増殖能と病原性を有し、ウイルスベクター、ワクチンのプラットフォームとして用いることが可能である。
【実施例】
【0025】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0026】
本実施例においては、遺伝子クローニングおよびその解析は、マニアティス(Maniates)らのモレキュラー・クローニング・ラボラトリー・マニュアル(Molecular Cloning-A Laboratory Manual)、およびコールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー(Cold Spring Harbor Laboratory)(1982)に基づいて行った。実験方法は、Ausubel. FらのCurrent Protocols in Molecular Biology(1987)中に詳細に記載されているような標準の実験室的方法に従った。
【0027】
実施例1
(遺伝子間領域に蛍光タンパク質カセットを挿入した組み換えウイルスの製造法)
【0028】
(1)トランスファープラスミドの構築
p26.5-Venusは、HSV-1(F)のUL26.5プロモーター領域(nt 51388 to nt 51673)、Venus蛍光タンパク質遺伝子、HSV-1 UL21およびUL22の双方向poly Aシグナルを含む270bp断片をpBluescript II KS+ (Stratagene)にクローニングした。p26.5-VenusのSacI-KpnI断片をpRB442 (J. Virol. 65: 938-944, 1991)のBamHIサイトにクローニングし、トランスファープラスミドp26.5-Venus in UL3-4を作製した。UL50, UL51を含むHSV-1(F)のBglII-EcoRI断片(nt 106750 to nt 110095)をpBluescript II KS+にクローニングしたプラスミドのUL50および UL51のpoly Aシグナル間領域にPacIサイトを導入したプラスミド、pUL50-51pacを作製した。pUL50-51pacのPacIサイトにp26.5-VenusのSacI-KpnI断片をクローニングし、トランスファープラスミドp26.5-Venus in UL50-51を作製した。Us1, Us2を含むHSV-1(F)のEcoRI-BamHI断片(nt 131535 to nt 136289)をpBluescript II KS+にクローニングしたプラスミドのUs1およびUs2のpoly Aシグナル間領域にPacIサイトを導入したプラスミド、pUs1-2pacを作製した。pUs1-2pacのPacIサイトにp26.5-VenusのSacI-KpnI断片をクローニングし、トランスファープラスミドp26.5-Venus in Us1-2を作製した。
UL3, UL4遺伝子を含むHSV-2 186ウイルスゲノムのBamHI断片(nt 6772 to nt 14950)をpBluescript II KS+にクローニングしたプラスミドのUL3およびUL4のpoly Aシグナル間領域にPacIサイトを導入したプラスミド、p2UL3-4pacを作製した。p2UL3-4pacのPacIサイトにp26.5-VenusのSacI-KpnI断片をクローニングし、トランスファープラスミドp26.5-Venus in 2UL3-4を作製した。UL50, UL51遺伝子を含むHSV-2 186株のゲノムDNA NotI-ClaI断片(n.n. 106473 to n.n. 110443)をpBluescript II KS+ (Stratagene)のNotI-ClaIサイトにクローニングした(pBS-2NC)。pBS-2NCにおけるUL50およびUL51遺伝子のpoly Aシグナル間領域にあるNdeIサイトに、p26.5-VenusのSacI-KpnI断片をクローニングし、トランスファープラスミドp26.5-Venus in 2UL50-51を作製した。
【0029】
(2)組み換えウイルスの作製
p26.5-Venus in UL3-4、p26.5-Venus in UL50-51またはp26.5-Venus in Us1-2とHSV-1(F)株のウイルスDNAをウサギ皮膚細胞(RSC)にトランスフェクトした。その後、相同組み換えによって産生された、Venus発現カセットが各遺伝子間領域に挿入された組み換えウイルスYK336 (UL3-UL4遺伝子間)、YK338 (UL50-UL51遺伝子間) 、YK339 (Us1-Us2遺伝子間)(図2)を、蛍光顕微鏡下において、蛍光を発するプラークを採取することによって選択した。また、100%のプラークが蛍光を発するまで、蛍光顕微鏡下においてプラーク純化を行った。YK336, YK338, YK339が目的の組み換えウイルスであることはサザン法にて確認した。
【0030】
p26.5-Venus in 2UL3-4またはp26.5-Venus in 2UL50-51とHSV-2 186株のウイルスDNAをウサギ皮膚細胞(RSC)にトランスフェクトした。その後、相同組み換えによって産生された、Venus発現カセットが各遺伝子間領域に挿入された組み換えウイルスYK381(UL3-UL4遺伝子間)、YK382 (UL50-UL51遺伝子間) (図3)を、蛍光顕微鏡下において、蛍光を発するプラークを採取することによって選択した。また、100%のプラークが蛍光を発するまで、蛍光顕微鏡下においてプラーク純化を行った。YK381, YK382が目的の組み換えウイルスであることはサザン法にて確認した。
【0031】
(3)組み換えウイルスの性状解析
YK336, YK338, YK339および野生型HSV-1(F)をVero細胞にMOI 0.01またはMOI 5で感染させウイルスの細胞内外のウイルス量を計測することにより、増殖能を比較した(図4)。YK336, YK338, YK339は培養細胞において、野生体と同程度の増殖能を有していることが明らかになった。
YK381, YK382および野生型HSV-2 186をVero細胞にMOI 0.01またはMOI 3で感染させウイルスの細胞内外のウイルス量を計測することにより、増殖能を比較した(図5)。YK381, YK382は培養細胞において、野生体と同程度の増殖能を有していることが明らかになった。
YK336, YK338, YK339と野生型HSV-1(F)について、様々な量のウイルスをマウスの脳内に接種し、LD50を算出した。その結果、各ウイルスのLD50の値に有意な差は見られなかった(表1)。
YK381,YK382と野生型HSV-2 (186)について、様々な量のウイルスをマウスの脳内に接種し、LD50を算出した。その結果、両ウイルスのLD50の値に有意な差は見られなかった(表2)。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
以上の結果より、HSVゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpoly Aシグナル間領域に外来遺伝子を挿入しても、培養細胞での増殖およびマウスモデルでの病原性に影響を及ぼさないことが明らかになった。
【0035】
実施例2
(1)pBS246GFPBACの構築
pEGFP-C1 (Clontech)をBglII, BamHIで消化した。その後、末端を平滑化し、ライゲーションを行った。そのAseI-AflIII断片を平滑末端化し、pBS246 (Invitrogen)のSmaIサイトにクローニングした。さらに、pBelloBAC11 (Research Genetics)のSalI断片を平滑末端化し、EcoRVにクローニングした。(図6)
【0036】
(2)pBS-2NC-EGFP/BACの構築
HSV-2 186株のゲノムDNA NotI-ClaI断片(n.n. 106473 to n.n. 110443)をpBliuescript II KS+ (Stratagene)のNotI-ClaIサイトにクローニングした(pBS-2NC)。得られたプラスミドのNdeIサイトを平滑化し、pBS246GFPBACのNotI断片を平滑末端化したものをクローニングして、pBS-2NC-EGFP/BACを構築した。(図6)
【0037】
(3)YK351の構築
pBS-2NC-EGFP/BACとHSV-2 186株のウイルスDNAをウサギ皮膚細胞(RSC)にトランスフェクトした。その後、相同組み換えによって産生された、EGFP発現カセットとbacmidがUL50とUL51の遺伝子間領域に挿入された組み換えウイルスYK351を、蛍光顕微鏡下において、蛍光を発するプラークを採取することによって選択した。また、100%のプラークが蛍光を発するまで、蛍光顕微鏡下においてプラーク純化を行った。YK351が目的の組み換えウイルスであることはサザン法にて確認した。YK351はUL50とUL51の遺伝子間領域にloxP配列で挟まれたbacmidおよびEGFP発現カセットが挿入され、如何なる既知のHSV-2 ORFも欠損しない全長のHSV-2遺伝子を有している(図7)。
【0038】
実施例3(YEbac356の構築)
YK351をVero細胞に感染させ、その感染細胞からHirt法により環状ウイルスDNAを抽出した。抽出した環状ウイルスDNAを大腸菌DH10B (Invitrogen)にエレクトロポレーション法によって導入し、クロラムフェニコール添加培地にて選択し、YK351ゲノムを保持する大腸菌YEbac356を得た。(図7)
【0039】
実施例4(pYEbac356から再構築された組み換えウイルス(YK356)の性状解析)
大腸菌YEbac356からアルカリSDS法によって感染性のHSV DNA (pYEbac356)を抽出し、これをリン酸カルシウム法でRSCにトランスフェクションした。その結果、感染性の組み換えHSV-2 (YK356)の産生が確認された。
pYEbac356から再構築された組み換えウイルス(YK356)と野生型HSV-2 186 DNAについて、アガロース電気泳動上の制限酵素(NotI)切断パターンを図8に示す。図8においてaはbacmid挿入によって見られるバンドであり、bはbacmid挿入によって消失するバンドである。図8に示すように、YK356の制限酵素切断パターンは、bacmid挿入領域を除いて、野生型HSV-2(186)のパターンとほぼ一致した。
得られたYK356および野生型HSV-2 186をVero細胞にMOI 0.01またはMOI 3で感染させウイルスの細胞内および細胞外のウイルス量を計測することにより、増殖能を比較した(図9)。YK356は培養細胞において、野生体と同程度の増殖能を有していることが明らかになった。
【0040】
YK356と野生型HSV-2 186について、ICRマウスの脳内に10PFUの各ウイルス接種し、2週間の生存を観察した。その結果、YK356と野生型HSV-2 186のマウス生存曲線は一致していた(図10)。また、様々な量のウイルスをマウスの脳内に接種し、LD50を算出した。その結果、両ウイルスのLD50の値に有意な差は見られなかった(表3)。
【0041】
【表3】

【0042】
Creリコンビナーゼを発現する組み換えアデノウイルスAxCANCreとYK356をVero細胞に重感染させ、bacmidの除去を試みた(J. Virol. 77: 1382-1391, 2003)。得られた組み換えウイルスYK361は、ウイルスゲノムからbacmidが除去されていることをサザン法で確認された(図11)。サザン法では、HSV-2 186, YK356, YK361のウイルスDNAをNotIで処理後、実験に供した。プローブは、UL50, UL51遺伝子にまたがる500bpの領域をPCRで増幅したものを用いた。PCRには以下のprimerを用いた。acgcctgtgcgtttgttgta(配列番号1)およびatggtcaacctcgagaggct(配列番号2)。
【0043】
実施例5(YEbac356内におけるHSV-2ゲノムへの変異導入)
既知の方法(J. Virol. 81: 10575-10587, 2007)を利用して、HSV-2のUL11領域にカナマイシン耐性遺伝子を挿入することによって、当該ウイルス遺伝子を不活化させることを試みた。また、Us3のLys-220をmethionineに置換する変異導入も試みた。既知の方法(J. Virol. 81: 10575-10587, 2007)によって、大腸菌内において、HSV-2ゲノムに変異を導入後、大腸菌よりウイルスゲノムを抽出し、RSCにトランスフェクションすることによって変異ウイルスを得た(YK801: UL11変異、YK811: Us3変異)。変異導入には以下のprimerを用いた。
UL11変異:caccgacggcggggaggtcgtctcgctgaccgcccactaatttgacgtcgtggacatcga aggatgacgacgataagtaggg(配列番号3)およびtaccctcttcttcggactcgatgtccacgacgtcaaattagtgggcggtcagcgagacgacaaccaattaaccaattctgattag(配列番号4)。
Us3変異:tgatagcagccacccgaactaccctcatcgggtaatcgtcatggcggggtggtacgccagaggatgacgacgataagtaggg(配列番号5)およびgccgcgcctcgtggctcgtgctggcgtaccaccccgccttgacgattacccgatgagggtcaaccaattaaccaattctgattag(配列番号6)。
UL11の変異導入は、YK801, YK356のウイルスゲノムをBamHIで処理後、サザン法に供して確認した。プローブは、UL11およびUL12遺伝子にまたがる約500bpの領域をPCRで増幅したものを用いた。Primerは、gtggtgtttattttcccccc(配列番号7)およびtcgagccggggatctaccgg(配列番号8)。Us3の変異導入はYK811のウイルスゲノムの当該領域の塩基配列を決定することによって確認した。図12および13に示すように、目的の変異導入(配列番号9、10)が確認された。
【0044】
HSV-2の完全長のウイルスゲノムを保持する大腸菌YEbac356の構築に成功した。YEbac356が保持するウイルスゲノム(pYEbac356)から再構築された組み換えウイルスは培養細胞における増殖能およびマウス動物モデルにおける病原性が野生体ウイルスと同様であった。また、Cre-loxP系を用いて容易にbacmidをウイルスゲノムより除去することが可能であった。さらに、YEbac356内で目的の変異を容易に導入することが可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】挿入部位であるpolyAシグナル間領域を示す図である。
【図2】YK336、YK338、YK339の構築工程を示す図である。
【図3】YK381およびYK382の構築工程を示す図である。
【図4】HSV−1、YK336、YK338およびYK339の増殖能を示す図である。
【図5】HSV−2、YK381およびYK382の増殖能を示す図である。
【図6】pBS−2NC−GFP/BACの構築工程を示す図である。
【図7】YK351およびYEbac356の構築工程を示す図である。
【図8】YK356(図中でBACと表示)の制限酵素切断パターンを示す図である。図中、HSV−2(186)は野生型である。
【図9】YK356(図中でBACと表示)および野生型HSV−2 186(図中で186と表示)の増殖能を示す図である。図中[ ]内はMOI(感染の多重性)を示す。上限は細胞内ウイルス量、下段は細胞外ウイルス量を示す。
【図10】マウスに対する感染実験結果(生存曲線)を示す。BACはYK356、186に野生型である。
【図11】YK361の構築工程を示す図である。
【図12】YK801とYK356のサザンブロッティング結果を示す図である。
【図13】野生型(wt)とUs3変異導入(US3−KM)の点変異結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域(HSV−1のUL3−UL4間を除く)に、外来遺伝子を挿入することを特徴とする、組換えウイルスの製造法。
【請求項2】
外来遺伝子が、バクミド、レポーター遺伝子、免疫原生のあるタンパク質をコードする遺伝子および遺伝子治療に用いられる遺伝子から選ばれる遺伝子である請求項1記載の組換えウイルスの製造法。
【請求項3】
標的ウイルスゲノム中の相互に逆方向からコードされる2種の遺伝子のpolyAシグナル間の領域(HSV−1のUL3−UL4を除く)にバクミドを挿入し、得られた組換えウイルスゲノムを大腸菌に導入させることを特徴とする、野生型ウイルスゲノムの全長を実質的に保持した組換えウイルスゲノム導入大腸菌の製造法。
【請求項4】
ウイルスが、ヘルペスウイルス、アデノウイルス、ポックスウイルスおよびパポーバウイルスから選ばれるウイルスである請求項1〜3のいずれか1項記載の製造法。
【請求項5】
野生型単純ヘルペスウイルス2型のゲノムの全長を実質的に保持し、そのゲノムのUL50−UL51遺伝子間領域にバクミドが挿入された組換え単純ヘルペスウイルス2型。
【請求項6】
野生型単純ヘルペスウイルス2型のゲノムの全長を実質的に保持し、そのゲノムのUL50−UL51遺伝子間領域にバクミドが挿入された組換え単純ヘルペスウイルス2型ゲノムを保持した大腸菌。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−284857(P2009−284857A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−142662(P2008−142662)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】