説明

組織の不可逆的エレクトロポレーションに使用される、所定の導電率を有するゲル

細胞および組織の可逆的エレクトロポレーションおよび不可逆的エレクトロポレーションを導くために使用される、導電率が調整されたゲル組成物を開示する。前記ゲル組成物は、細胞および組織に温熱療法を行う目的でも同様の様式で使用される。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、概してゲルおよびゲルを用いて実施される手法に関し、より具体的には、組織の不可逆的エレクトロポレーションおよび温熱療法の実施に使用される、導電率が特異的に調整されたゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
エレクトロポレーションまたは電気透過化処理(electropermeabilization)とは、細胞を短時間(マイクロ秒〜ミリ秒)かつ高電圧の電場パルスに曝露することによってイオンおよび高分子に対する細胞膜の透過性が高まる現象である(E. Neumann, M. Schaeffer-Ridder, Y. Wang, P.H. Hofschneider, Gene transfer into mouse lymphoma cells by electroporation in high electric fields, EMBO J 1 (1982) 841-845(非特許文献1))。実験では、電気パルスの印加により、パルスの振幅、長さ、波形、反復回数、およびパルス間隔など種々のパルスパラメータに応じて、細胞膜に対する複数の異なる作用が生じうることが示されている。これらパラメータに応じて、電気パルスの印加は何も作用を生じないか、可逆的エレクトロポレーションとして知られる一時的な透過化作用を生じるか、または不可逆的エレクトロポレーションとして知られる永久的な透過化をもたらす可能性がある。可逆的および不可逆的なエレクトロポレーションのいずれも生物工学および医学において重要な用途を持つ。
【0003】
現在、可逆的エレクトロポレーションは、微生物および培養中の細胞に対してトランスフェクションおよび高分子の導入を行うかまたは各細胞から高分子を除去するため、広く使用されている。不可逆的エレクトロポレーションは微生物由来の液体培地を滅菌するために使用されている。可逆的エレクトロポレーションは過去10年の間に、インビボ遺伝子治療のため(電気遺伝子治療(electrogenetherapy))(M.J. Jaroszeski, R. Heller, R. Gilbert, Electrochemotherapy, electrogenetherapy, and transdermal drug delivery: electrically mediated delivery of mollecules to cells, Humana Press, Totowa, New Jersey, 2000(非特許文献2); D.A. Dean, Nonviral gene transfer to skeletal, smooth, and cardiac muscle in living animals, Am J Physiol Cell Physiol 289 (2005) C233-245(非特許文献3); L.M. Mir, P.H. Moller, F. Andre, J. Gehl, in Advances in Genetics, Academic Press, 2005, pp. 83-114(非特許文献4))、および望ましくない細胞内への抗癌薬の浸透を高めるため(電気化学療法)(A. Gothelf, L.M. Mir, J. Gehl, Electrochemotherapy: results of cancer treatment using enhanced delivery of bleomycin by electroporation, Cancer Treat. Rev. 29 (2003) 371-387(非特許文献5))、生きている組織に使われはじめた。最近では、不可逆的エレクトロポレーションも、アジュバント薬の使用を伴わずに望ましくない組織を除去するための低侵襲手術手法として組織での使用が見出されている(R.V. Davalos, L.M. Mir, B. Rubinsky, Tissue Ablation with Irreversible Electroporation, Ann. Biomed. Eng. 33 (2005) 223(非特許文献6); L. Miller, J. Leor, B. Rubinsky, Cancer cells ablation with irreversible electroporation, Technology in Cancer Research and Treatment 4 (2005) 699-706(非特許文献7); J. Edd, L. Horowitz, R.V. Davalos, L.M. Mir, B. Rubinsky, In-Vivo Results of a New Focal Tissue Ablation Technique: Irreversible Electroporation, IEEE Trans. Biomed. Eng. 53 (2006) 1409-1415(非特許文献8))。
【0004】
エレクトロポレーションは、細胞膜の各点における局所膜間電位に依存する動的な現象である。与えられたパルス幅および波形に対して、エレクトロポレーション現象が発現するための特異的な膜間電位閾値が存在する(0.5 V〜1 V)ことが、一般に認められている。このことから、エレクトロポレーションに関する電場強度閾値(Eth)の定義が導かれる。すなわち、E≧Ethの領域内にある細胞だけがエレクトロポレーションされる。第二の閾値(Eth_irr)に達するかまたはこれを超えると、エレクトロポレーションにより細胞の生存度が損なわれうる、すなわち不可逆的エレクトロポレーションが生じる。
【0005】
組織内に生じる電場を正確に制御することはエレクトロポレーション療法にとって重要である(J. Gehl, T.H. Sorensen, K. Nielsen, P. Raskmark, S.L. Nielsen, T. Skovsgaard, L.M. Mir, In vivo electroporation of skeletal muscle: threshold, efficacy and relation to electric field distribution, Biochimica et Biophysica Acta 1428 (1999) 233-240(非特許文献9); D. Miklavcic, D. Semrov, H. Mekid, L.M. Mir, A validated model of in vivo electric field distribution in tissues for electrochemotherapy and for DNA electrotransfer for gene therapy, Biochimica et Biophysica Acta 1523 (2000) 73-83(非特許文献10); D. Miklavcic, K. Beravs, D. Semrov, M. Cemazar, F. Demsar, G. Sersa, The Importance of Electric Field Distribution for Effective in vivo Electroporation of Tissues, Biophys. J. 74 (1998) 2152-2158(非特許文献11))。例えば、可逆的エレクトロポレーションでは、関心対象の領域において均一な電場(Eth≦E<Eth_irr)を発生させ、かつ、処置対象でない領域においてはゼロ電場を発生させることが望ましい。現在、エレクトロポレーション中の電場分布の最適化は、最適な電極構成を設計することによって行われている(G.A. Hofmann, in M.J. Jaroszeski, R. Heller, R.A. Gilbert (Editors), Electrochemotherapy, electrogenetherapy and transdermal drug delivery: electrically mediated delivery of molecules to cells, Humana Press, Totowa, New Jersey, 2000, pp. 37-61(非特許文献12))。しかし、特に形状が不規則な組織をエレクトロポレーションする場合または特定の組織領域の保護が必要なときなど、最適な電場を得るために電極構成だけでは十分でない場合がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】E. Neumann, M. Schaeffer-Ridder, Y. Wang, P.H. Hofschneider, Gene transfer into mouse lymphoma cells by electroporation in high electric fields, EMBO J 1 (1982) 841-845
【非特許文献2】M.J. Jaroszeski, R. Heller, R. Gilbert, Electrochemotherapy, electrogenetherapy, and transdermal drug delivery: electrically mediated delivery of mollecules to cells, Humana Press, Totowa, New Jersey, 2000
【非特許文献3】D.A. Dean, Nonviral gene transfer to skeletal, smooth, and cardiac muscle in living animals, Am J Physiol Cell Physiol 289 (2005) C233-245
【非特許文献4】L.M. Mir, P.H. Moller, F. Andre, J. Gehl, in Advances in Genetics, Academic Press, 2005, pp. 83-114
【非特許文献5】A. Gothelf, L.M. Mir, J. Gehl, Electrochemotherapy: results of cancer treatment using enhanced delivery of bleomycin by electroporation, Cancer Treat. Rev. 29 (2003) 371-387
【非特許文献6】R.V. Davalos, L.M. Mir, B. Rubinsky, Tissue Ablation with Irreversible Electroporation, Ann. Biomed. Eng. 33 (2005) 223
【非特許文献7】L. Miller, J. Leor, B. Rubinsky, Cancer cells ablation with irreversible electroporation, Technology in Cancer Research and Treatment 4 (2005) 699-706
【非特許文献8】J. Edd, L. Horowitz, R.V. Davalos, L.M. Mir, B. Rubinsky, In-Vivo Results of a New Focal Tissue Ablation Technique: Irreversible Electroporation, IEEE Trans. Biomed. Eng. 53 (2006) 1409-1415
【非特許文献9】J. Gehl, T.H. Sorensen, K. Nielsen, P. Raskmark, S.L. Nielsen, T. Skovsgaard, L.M. Mir, In vivo electroporation of skeletal muscle: threshold, efficacy and relation to electric field distribution, Biochimica et Biophysica Acta 1428 (1999) 233-240
【非特許文献10】D. Miklavcic, D. Semrov, H. Mekid, L.M. Mir, A validated model of in vivo electric field distribution in tissues for electrochemotherapy and for DNA electrotransfer for gene therapy, Biochimica et Biophysica Acta 1523 (2000) 73-83
【非特許文献11】D. Miklavcic, K. Beravs, D. Semrov, M. Cemazar, F. Demsar, G. Sersa, The Importance of Electric Field Distribution for Effective in vivo Electroporation of Tissues, Biophys. J. 74 (1998) 2152-2158
【非特許文献12】G.A. Hofmann, in M.J. Jaroszeski, R. Heller, R.A. Gilbert (Editors), Electrochemotherapy, electrogenetherapy and transdermal drug delivery: electrically mediated delivery of molecules to cells, Humana Press, Totowa, New Jersey, 2000, pp. 37-61
【発明の概要】
【0007】
周囲組織に対して所定の導電率を持つゲルを患者に挿入する段階を含む、組織のエレクトロポレーションを行う方法を開示する。組織中の細胞が不可逆的エレクトロポレーションに供されるような量の電流が組織に印加される。ゲルが絶縁体として作用し、標的組織において不可逆的エレクトロポレーションを受ける特定の領域だけを流れるように電流を導くよう、ゲルの導電率を周囲組織の導電率より十分低く調整してもよい。ゲルの導電率を、周囲組織の導電率と実質的に同じであり、電流が印加されたときに均一な電場が印加されて標的組織の特定領域が不可逆的エレクトロポレーションを受けるように調整してもよい。ゲルは水の液相およびコラーゲンなどのポリマーの固相からなってもよく、かつ、治療活性のある薬物をさらに含んでいてもよい。ゲルの導電率は所定の濃度のイオンを組み入れることによって調整してもよく、イオンは塩化ナトリウム由来であってもよい。
【0008】
エレクトロポレーション、すなわち短い電場パルスによる細胞膜の透過化は、インビボ遺伝子治療、薬物療法、および低侵襲組織切除を目的として組織に使用される。エレクトロポレーションを成功させるにはパルス印加中に生じる電場分布を正確に制御する必要がある。
【0009】
制御されたインビボエレクトロポレーションに必要である正確な電場を発生させるため、電解性および非電解性の添加剤、例えばゲルが使用される。本発明は、固体電極に基づく現行のエレクトロポレーション法の制限のいくつかを克服する、このアプローチに基づく一連の技法を含む。
【0010】
本明細書では、有限要素コンピュータシミュレーションを使用して、形状の不規則な臓器および内腔の処置など種々の用途を示す。この概念の実施可能性は、不可逆的エレクトロポレーションを施したラット肝臓によりインビボで実験的に示された。
【0011】
本発明は、処置組織の電気特性を調節するため、または組織エレクトロポレーション中に電場を最適化する手段として組織もしくは電極の幾何学形状を修正するために、添加剤を使用する。添加剤には、さまざまな導電率の流体の使用が含まれ、さらにより具体的にはさまざまなイオン含量のゲルの使用が含まれる。ゲルは、固体としての挙動が可能でありかつシリンジで容易に注入することが可能であるため、特に興味深い。
【0012】
この概念の用途は多数あり、そのうちいくつかを以下に列挙する。本発明は、この概念のさらなる可能な用途を、幅広く提供する。
【0013】
本発明のひとつの局面は、可逆的エレクトロポレーションまたは不可逆的エレクトロポレーションを含みうるエレクトロポレーションに関連して有用であるよう、導電率の点において調整されたゲルを含む。
【0014】
本発明の別の局面は、可逆的エレクトロポレーション、不可逆的エレクトロポレーション、および温熱療法などのいずれかを実施するのに使用される構成要素からなるキットであって、導電率が調整されたゲルと、方法を実施するための説明書と、ゲル内に含まれていてもよい添加剤とを含んでいてもよいキットである。
【0015】
本発明のまた別の局面は、組織の細胞がエレクトロポレーションを受けるような量の電流をゲルと接触している組織に印加する組織エレクトロポレーション処置のための、周囲組織に対して所定の導電率を有するゲル組成物の製造におけるゲルの使用である。
【0016】
別の局面は、電流が印加されたときにゲルを流れる電流が実質的になくかつエレクトロポレーションを受ける組織の特定標的領域に電流が導かれるように周囲組織の導電率より十分に低い導電率を有するゲルの使用である。
【0017】
本発明のさらに別の局面は、周囲組織の導電率と実質的に同じ導電率を有し、かつ、電流が印加されたときに均一な電場が印加されて標的組織の特定領域の細胞がエレクトロポレーションを受けるゲルの使用である。
【0018】
本発明の別の局面は、正常な細胞透過性を壊すのに十分な温度変化を組織の細胞が受けるような量の電流をゲルと接触している組織に印加する組織エレクトロポレーション処置のための、周囲組織に対して所定の導電率を有するゲル組成物の製造における、ゲルの使用である。
【0019】
本発明のこれらおよび他の目的、利点、および特徴は、以下にさらに詳しく説明する具体的な態様の詳細を読むことによって当業者に明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0020】
本発明は、以下の詳細な説明を添付の図面とともに読むことによって最もよく理解される。強調される点として、慣例に従い、図面の種々の特徴は縮尺通りではない。むしろ、種々の特徴の寸法は、明白性のため任意に拡大または縮小されている。添付の図面には以下の図が含まれる。
【図1】下の組織を保護する一方で他の組織が不可逆的エレクトロポレーションを受けることを可能にするために組織の下で絶縁体として使用される非導電性のゲルを示した概念断面図であり、上部の組織は2つの電極の間に位置している。
【図2】図2には図2Aおよび図2Bが含まれる。図2Aは下の組織を保護するための絶縁体として使用されるゲルを示しており、図2Bは血管などの脈管内のゲルを示している。
【図3】図3には図3Aおよび図3Bが含まれる。図3Aは2種類の組織、ゲル、および2つの電極を示しており、図3Bは発生する電場の概念図である。
【図4】図4には、2つの電極間で行われているエレクトロポレーションのシミュレーションの概念図をそれぞれ示した図4A、図4B、図4C、および図4Dが含まれる。図4Aおよび図4Bに示す概念モデルはゲルがある場合のシミュレーションより得られた電場強度を示し、図4Cは導電率を一致させた(matched)ゲルを用いない場合の電場強度のシミュレーションを示し、図4Dは電極により提供される電圧を高めた場合の図4Cの結果を示している。
【図5】図5には図5A、図5B、図5C、および図5Dが含まれる。図5Aはエレクトロポレーションシステムの概念斜視図を示し、図5Bは、特定の電場分布を提供する6つの電極により発生した電場の概念図を示している。図5Dではより均一な電場を提供するために導電率を一致させた添加剤で血液が置換されている状態を、図5Cおよび図5Dで比較している。
【図6】図6には図6Aおよび図6Bが含まれる。図6Aは皮膚と筋肉との間にゲルが置かれている概念断面図を示し、図6Bは発生する電場の概念図を示している。
【図7】図7には図7Aおよび図7Bが含まれる。図7Aは血管周囲の外部電極を、図7Bは血管などの脈管内における構成要素の概念的な位置決めを示している。
【図8】肝臓の一部に相対的に位置決めされた電極の概念斜視図である。
【図9】図9には、発生する電場の概念図を示す図9Aおよび図9Bが含まれる。図9Aはゲルがない場合の電場を、図9Bはゲルがある場合の電場を示している。
【図10】エレクトロポレーションを施したラット肝葉の図である。
【図11】図11には図11Aおよび図11Bが含まれる。図11Aは肝臓の先端を示す顕微鏡写真で、赤血球が矢印で示されている。図11Bは中心静脈を示す別の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
発明の詳細な説明
本発明のゲル、キット、および方法を説明する前に、本発明は、説明される特定の態様に限定されるわけではなくしたがって当然ながら変動しうることが、理解されるべきである。本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるのであるから、本明細書で使用する用語は特定の態様を説明することのみを目的とし限定的な意図はないこともまた理解されるべきである。
【0022】
ある範囲の値が示される場合、特記されない限り下限の単位の10分の1まで、その範囲の上限と下限との間にある各中間値も具体的に開示されるものと理解される。言明された範囲内の言明値または中間値と、その言明された範囲内の任意の別の言明値または中間値との間のより小さな範囲それぞれも、本発明に含まれる。これら小範囲の上限および下限は、独立に、その範囲に含まれても含まれなくてもよく、上限および下限のいずれかもしくは両方が小範囲に含まれるかまたはいずれも含まれない各範囲も本発明に含まれ、言明された範囲内に特定の除外限界値がある場合はその対象となる。言明された範囲が一方または両方の限界値を含む場合、これらの含まれる限界値のいずれか一方または両方を除外した範囲もまた本発明に含まれる。
【0023】
特に断りがない限り、本明細書で使用されるすべての技術用語および科学用語は、本発明が属する分野の当業者に一般的に理解されているのと同じ意味を持つ。本発明の実施または検証においては本明細書に記載のものと類似または同等の任意の方法および物質が使用可能であるが、可能性がありかつ好ましいいくつかの方法および物質を以下に記載する。本明細書中で言及するすべての刊行物は、それと組み合わせて刊行物が引用されている方法および/または物質を開示および記載するため、参照により本明細書に組み入れられる。本開示は、矛盾が存在する範囲において、組み入れられる刊行物のいかなる開示にも優先することが理解される。
【0024】
本明細書および添付の特許請求の範囲で使用される単数形「1つの(a)」、「1つの(an)」および「その(the)」は、特に断りがない限り複数形も含むことを留意されたい。したがって例えば、「1つのゲル(a gel)」という言及には複数のゲルが含まれ、「そのイオン(the ion)」という言及には1つまたは複数の異種類のイオンおよび当業者に公知のその同等物が含まれる。他の表現も同様である。
【0025】
本明細書で言及する刊行物は、本出願の提出日より先に開示されたという理由でのみ提供される。本明細書におけるいかなる記載も、先行発明によるそのような発表に先行する権利を本発明が有さないことの承認として解釈されるべきでない。さらに、提供される発表日は実際の発表日と異なる可能性があり、独自に確認を要する場合がある。
【0026】
定義
本明細書において「ゲル(gel)」という用語は、コロイド溶液から作製される、見かけ上は固体のゼリー状物質を指すために使用される。重量では、大多数のゲルは液体であるが、固体のような挙動を示す。例としては、ゼラチン、および手術との関連で使用される市販のゲル材料などが挙げられる。ただし本発明との関連においては、ゲルの導電率を上昇または低下させるために塩化ナトリウムの濃度など異なるイオン濃度を使用して、ゲルの導電率が調整される。典型的なゲルは、液相として水、および固相として薬学等級のコラーゲンなどのポリマーを含む。ゲルは、容易に溶解しないコロイド状態の物質で構成された、いくらか弾性の半固体物質であると考えられる。本発明との関連において、ゲルを、電流の流れおよび/または熱伝導に対する遮断を提供するよう調整することができる。ナノサイズ粒子(直径1ミクロン未満、0.1ミクロン未満、または直径0.01ミクロン未満)を含む金属粒子を少量含めることによって、ならびに、液相に溶解されてゲルのコロイド溶液の一部となった溶解金属およびイオンを含めることによって、ゲルを変化させることができる。
【0027】
組織の電気特性または電極-組織境界面の調整(1.1)
エレクトロポレーションにおいて異なる組織層を横切って電流が流されると、より高い抵抗率を有する組織はより強い電場に供される。したがって、一部の組織層は他の組織層よりエレクトロポレーションが起きやすくなる。このことは必ずしも不都合ではないが、ジュール効果があるため、一部の組織を可逆的にエレクトロポレーションするには他の組織を焼くとは言わないものの不可逆的にエレクトロポレーションする必要があることを示唆しうる。さらに、抵抗率の高い層における電圧低下は大きく、多くの場合は制御不能である。したがってこれらの場合は、関心対象の領域で十分な電場が発生するのに必要な外部電圧を評価することが困難になる。
【0028】
さらに、電極-組織境界面のインピーダンスも同じ意味で不都合である。電極表面では、電子輸送(電極金属)をイオン輸送(組織)に変換する電子交換反応が生じる。このような変換もまた、イオンの利用可能性およびその移動度など種々の要因に依存しうる、抵抗とその結果生じる電圧低下とを示唆している。
【0029】
この両方の現象が組み合わさった事例の1つは、皮膚を折り畳んで、その折り畳みの向かい合う側面上の平行板を用いてエレクトロポレーションを行う、スキンフォールドエレクトロポレーション(skin-fold electroporation)技法である(U. Pliquett, R. Elez, A. Piiper, E. Neumann, Electroporation of subcutaneous mouse tumors by trapezium high voltage pulses, Bioelectrochemistry 62 (2004) 83-93)。多くの場合、皮膚の生存している組織層が処置の対象となるが、一方、最上層である角質層は抵抗率が高いため処置の障害となる。さらに、この場合の電極-組織境界面はどちらかといえば乾燥しているため、イオンの利用可能性および移動度が低く、かつ、関連する境界面の抵抗がかなり高い。事実このことは、エレクトロポレーションに関してのみならず、体外除細動など電極を伴う種々の生体電気用途に関しても問題となる。これらの他の事例では電解性のゲルおよびペーストが何十年も使用されている(L.A. Geddes, Electrodes and the measurement of bioelectric events, Wiley-Interscience, New York, 1972)。したがって、エレクトロポレーションの分野においても電極と組織との間の「接触」を改善するために研究者らがゲルを採用していたのは驚くべきことではない(J. Gehl, T.H. Sorensen, K. Nielsen, P. Raskmark, S.L. Nielsen, T. Skovsgaard, L.M. Mir, In vivo electroporation of skeletal muscle: threshold, efficacy and relation to electric field distribution, Biochimica et Biophysica Acta 1428 (1999) 233-240; D. Miklavcic, K. Beravs, D. Semrov, M. Cemazar, F. Demsar, G. Sersa, The Importance of Electric Field Distribution for Effective in Vivo Electroporation of Tissues, Biophys. J. 74 (1998) 2152-2158)。これらの構成物は、水およびイオンを供給することによって電極-組織境界面のインピーダンスおよび皮膚最上層の導電率を両方とも改善し、一部の事例では角質層の抵抗を減らすのを助けるため研磨剤を含むことすらある。
【0030】
したがって導電性のゲルはエレクトロポレーションの分野において公知である。しかし本発明では、「接触」インピーダンスの改善に加えて、エレクトロポレーションにおいて電解性および非電解性の添加剤およびゲルの価値ある用途がさらに多数あることを示す。
【0031】
組織領域の絶縁(1.2)
エレクトロポレーション中は、印加される電場による影響を組織の特定領域が受けないよう確実を期すことが重要であることが多い。このことを実現するための可能な方法の1つは、非導電性の、すなわち自由イオン非含有のゲルによって、処置領域を保護対象領域から隔離することである。ただし、以下のことを考慮に入れなければならない:(1)いったんゲルが組織と接触すると生体イオンが内部へと拡散を始め、その結果、しばらくするとゲルの導電率が上昇しその絶縁体としての挙動が損なわれると考えられる;ならびに、(2)ゲルは連続層として完全に沈積していなければならず、さもなければどのような裂け目または穴も導電経路をもたらすと考えられる。したがって非導電性ゲルの使用は、絶縁フィルムとしてではなくむしろ「注入可能なスペーサー」とみなすほうがよい。すなわち、エレクトロポレーション対象領域を保護対象領域から物理的に分離するために非導電性ゲルを使用する。
【0032】
図1にそのような戦略の1つの可能な適用を示す:上層1は、電極3および4による不可逆的エレクトロポレーションによって処置される領域2を含む。領域2は皮膚黒色腫を表し、下部の領域5は筋肉などの保護対象となる任意の皮下組織を表す。この事例において、ゲル6は、針電極(E1およびE2)を適用する前にシリンジを介して皮下に注入される。この事例と似た構造のシミュレーション結果をセクション3.1.2に示す。
【0033】
不規則な形状の組織における電場の均一化(1.3)
スキンフォールド法の場合のように、その間に均一な組織の平板(slab)が置かれているとき、平行な2枚の板電極はほぼ均一な電場分布を発生させる。しかしセクション3.1.2に示すように(図4C)、処置対象の組織部分が不規則な形状をしているとき、板電極は均一な電場を発生させない。組織の電気特性を調節するために添加剤を使用するという趣旨において、この問題に対する1つの解決法とは、エレクトロポレーション対象の組織の導電率と等しいかまたは同程度である導電率を有するゲル(「導電率一致ゲル」)で板電極間の空間を満たすことである。これを行うことにより、板間の物質は電気的な観点において均一となり、発生する電場分布もまた均一となる。非常に大きな改善を得るためにゲルと組織との間で導電率を完全に一致させる必要はないことを、コンピュータシミュレーションは示している。
【0034】
上記に関連する仮説的事例のシミュレーション結果をセクション3.1.2に示す。この実施例は、外部板電極により可逆的にエレクトロポレーションする必要がある、不規則な形状の硬い腫瘍を表しうるものである。
【0035】
上記概念のインビボ実験による検証をセクション3.2に示す。ラット肝葉の端部を2枚の板電極間で不可逆的にエレクトロポレーションした。電場を均一化するため、「導電率一致ゲル」を用いて電極と肝臓表面との間の空間を満たした。
【0036】
組織表面の幾何学的な不規則性のほか、大血管も電場分布に大きな影響を与える可能性がある。大血管は導電率が高いため、重大な電場不均一性をもたらしうることが予想されうる。事実、本発明者らは、針電極によりエレクトロポレーションを行った際(本明細書では報告していない)に処置の不均一性を観察しており、本発明者らはこれをそのような現象に起因するものと考えている。1つの可能な解決法は、処置対象の実質組織の導電率と同程度の導電率をもつ流体で血管を灌流することである。近傍に血管を含む領域の可逆的エレクトロポレーションを行った仮説的事例のシミュレーション結果をセクション3.1.3に示す。この事例では、結果として生じる電場分布不均一のため、薄く細長い組織のみエレクトロポレーションを受けていない。しかし、電気化学療法による腫瘍切除の場合、特に生存腫瘍細胞が血管に近いであろうことを考慮に入れると、これは劇的な結果をもたらす可能性がある。セクション3.1.3における別のシミュレーション結果は、導電率を組織に一致させた流体で血液を置換することの効果が良い影響を有することを示している。
【0037】
注入可能な電極の実現(1.4)
高導電率のゲルは良好な導体であり、したがって電極としても機能できる。このことは、他の可能性のある興味深い特徴の中でも、軟らかく、注入可能で、成形可能で、かつ生分解性である電極を実現できることを示唆している。そのような注入可能な電極の可能な用途を本明細書において2つ説明する。
【0038】
組織領域の遮蔽(1.4.1)
2つの電極間に電圧が印加されると抵抗が最も小さい経路を通って電流が流れ、ほとんどの場合その経路は最短経路と一致する。したがって、特定の組織領域がエレクトロポレーションされないことを保証するための可能な1つの方法は、その領域を電極の後ろ、すなわち電極対で挟まれる領域の外に置くことである。一部の場合においては、実際に組織の位置をずらすかまたは分離用のスペーサーを使うことが可能である(セクション1.2)。他の事例において、図2Aに示す戦略を用いてもよい。すなわち、保護対象の組織領域(図2Aの下層)が両電極間の領域の外になるように埋め込み電極を構築する。
【0039】
図2Aに示す例は、筋肉および他のより深部の構造5を保護する必要があるる、皮膚1のエレクトロポレーションの事例を示している。この過程はシリンジによってゲル6を皮下に注入することから始まる。次に、軸上に電気絶縁体8を有する同じ注射針7または皮膚とゲル6とに通したワイヤを、ゲル領域(注入された電極)とパルス発生器端子との間の電気接続用に使用する。この方法により、概ね、ゲル6と上部電極9との間の皮膚2だけがエレクトロポレーションされる。提唱されるこの方法の1つの興味深い特徴は、注入可能な電極10を処置対象の領域2の形態に適合させてもよいことである。
【0040】
特定の組織領域5を保護するための注入可能な電極10の使用を図2Aに示す。ゲル6および電極10は上層の下に注入される。電圧パルスが印加されると、ゲル6と上部電極9との間の領域だけがエレクトロポレーションされる。
【0041】
血管11など中空構造のエレクトロポレーションを図2Bに示す。ゲル電極12をパルス発生器に接続するためにも使用されるカテーテル13を介して、ゲル電極12を注入する。反対側の電極14は身体表面に置いてもよい。
【0042】
セクション3.1.4は、注入された電極が特定の組織領域を保護するためにどのように用いられうるかを示す事例のシミュレーション結果を含む。ただし、この事例では、外側の層を損傷することなく内部組織を可逆的にエレクトロポレーションすることが目的である。
【0043】
中空構造をエレクトロポレーションする方法(1.4.2)
血管組織のエレクトロポレーションは、血液により提供される導電率を利用する管腔内カテーテルによって可能である(N.B. Dev, T.J. Preminger, G.A. Hofmann, S.B. Dev, Sustained local delivery of heparin to the rabbit arterial wall with an electroporation catheter, Catheterization and Cardiovascular Diagnosis 45 (1998) 337-345)。しかし、胃腸管または尿路など他の場合においては、管腔内電極と臓器壁との間に天然の電気接続媒体がない。これらの場合については、処置対象の壁と直接接続するよう設計された可撓性の電極が提唱されている(D.M. Soden, J.O. Larkin, C.G. Collins, M. Tangney, S. Aarons, J. Piggott, A. Morrissey, C. Dunne, G.C. O'Sullivan, Successful application of targeted electrochemotherapy using novel flexible electrodes and low dose bleomycin to solid tumours, Cancer Letters 232 (2006) 300-310)。本明細書において本発明者らは、導電性のゲルまたはペーストなどの本研究で研究した添加剤がはるかに簡便でなおかつ有効な解決法となりうることを提唱する。例えば、図2Bに示すように、電源14にさらに接続されたワイヤと接触状態になったときにエレクトロポレーション用電極として機能しうる導電性のゲル15を、カテーテル13を使用して脈管11に注入してもよい。この戦略の1つの利点とは、ゲル15の調製物が治療用薬剤も含むことができ、エレクトロポレーション用の管腔内カテーテルの場合のようにこれをバルーンまたは他の手段により処置対象の領域内に閉じ込める必要がないことである(N.B. Dev, T.J. Preminger, G.A. Hofmann, S.B. Dev, Sustained local delivery of heparin to the rabbit arterial wall with an electroporation catheter, Catheterization and Cardiovascular Diagnosis 45 (1998) 337-345)。
【0044】
図2Bの例において、一方の電極12は注入されたゲルであり、他方の電極14は身体表面上の大きな電極である。特に脈管壁の導電率が周囲の実質組織より低い場合、この方法によりゲル15の周囲に最も強い電場が発生すると考えられ、これはほとんどの場合起こりうる。したがって、ゲル周囲の輪状領域だけがエレクトロポレーションされる。そのような構造をセクション3.1.5でシミュレートする。
【0045】
ただし、この場合において、ゲル領域と外部電極との間のインピーダンスは十分正確にはわからないと考えられるため、必要なエレクトロポレーション電圧を演繹的に計算することは些末ではないことに留意されたい。この不都合を克服するため、本発明ではエレクトロポレーション前に内部電極と外部電極との間のインピーダンスを測定する。この測定結果から、エレクトロポレーションの際の系の抵抗の近似値(R)が得られる。すなわち以下

であり、上式において、JWALLはゲルと脈管壁との境界面における電流密度を示し、Iは全電流を示し、Vはパルス発生器により印加される電圧であり、Sはゲルと脈管との間の接触面積(2π×半径×長さ)である。次に、オームの法則により導電率(σ)と電場(E)と電流密度との関係が次式

のように規定されているので、ゲル-脈管境界面で特定の電場(EINTERFACE)を得るのに必要な電圧を与える式を得ることができる。

【0046】
脈管壁厚が脈管の直径よりはるかに小さければ、脈管壁を横切る電場は非常に均一になると考えられる。
【0047】
イオン性ゲル
ゲルはコロイド分散であり、ここで、分散媒は液体であり、連続媒質は固体であり一般にはポリマー鎖のネットワークである。水が液体媒質である特定の場合において、ゲルはヒドロゲルとも呼ばれる。ほとんどのゲルの興味深い特性はチキソトロピーであり、すなわちこれらは、力学的に乱されるとより流動的になる。したがって、安定した状態においてゲルは軟らかい固体または粘度の高い流体としての挙動を示すことができる一方、剪断力の作用のおかげで小ゲージの針を通して容易に注入することもできる。ヒドロゲルは、乳房インプラント、創傷被覆材、薬物送達系、電極、およびコンタクトレンズなど、種々の医学用途に広範に使用されている。このタイプのヒドロゲルを、生体適合性、生分解性、温度感受性、および化学物質感受性などの特徴が実現される本発明との関連において使用することができる。
【0048】
所望の導電率を有する液体またはゲルを生成するための直接的な1つの方法は、自由イオンの含有量を制御することである。おそらく、低イオン性(hypoionic)溶液は、これらが短時間適用されかつ等張性となるよう非イオン種でバランスが取られているのであれば、生体組織に対して有意な影響を及ぼさないだろう。一方、導電率の高いゲルはほぼ確実に高張性を示唆する。したがって、浸透圧不均衡によるいくらかの組織損傷(細胞の脱水により引き起こされる細胞傷害性)が予測されうる。事実、高張のゲルは切除方法として提唱されている(J. Rehman, J. Landman, D. Lee, R. Venkatesh, D.G. Bostwick, C. Sundaram, R.V. Clayman, Needle-Based Ablation of Renal Parenchyma Using Microwave, Cryoablation, Impedance- and Temperature-Based Monopolar and Bipolar Radiofrequency, and Liquid and Gel Chemoablation: Laboratory Studies and Review of the Literature, Journal of Endourology 18 (2004) 83-104)。にもかかわらず、非常に高張のゲル(23.4% NaCl)が試されたが、観察される損傷は小さいままであった。非常に幸運なことに、本明細書に提示する理論的な結果によれば、15% NaCl(σ ≒ 240 mS/cm)を上回る濃度を用いる必要はないと考えられる。したがって、高張ゲルの存在が必要になるのは短時間だけであろうことを考慮に入れると、材料の生体適合性に関する問題は軽減または解消される。
【0049】
流体の導電率を制御するためにイオンを使用することの興味深い代替として、ナノテクノロジーで得られるものを含む微視的粒子の使用がありうる。例えば、導電率特性と、磁場を介して操作される磁気特性とを組み合わせた粒子である。
【0050】
方法(2)
有限要素法により計算される電場分布(2.1)
本発明では、エレクトロポレーションを制御するための電解性および非電解性のゲルの種々の適用を探究および説明するため数学的解析を使用する。この目的のため、本発明者らは、導電率が一定かつ電流および電場が静的であるという仮定のもと、有限要素法(FEM)を用いて電場分布を計算する。この方法論は本分野において以前の研究者らに使用されており(D. Sel, S. Mazeres, J. Teissie, D. Miklavcic, Finite-element modeling of needle electrodes in tissue from the perspective of frequent model computation, IEEE Trans. Biomed. Eng. 50 (2003) 1221; S.B. Dev, D. Dhar, W. Krassowska, Electric field of a six-needle array electrode used in drug and DNA delivery in vivo: analytical versus numerical solution, IEEE Trans. Biomed. Eng. 50 (2003) 1296; K. Sugibayashi, M. Yoshida, K. Mori, T. Watanabe, T. Hasegawa, Electric field analysis on the improved skin concentration of benzoate by electroporation, International Journal of Pharmaceutics 219 (2001) 107-112)、その妥当性も証明されている(J. Edd, L. Horowitz, R.V. Davalos, L.M. Mir, B. Rubinsky, In-Vivo Results of a New Focal Tissue Ablation Technique: Irreversible Electroporation, IEEE Trans. Biomed. Eng. 53 (2006) 1409-1415; D. Miklavcic, D. Semrov, H. Mekid, L.M. Mir, A validated model of in vivo electric field distribution in tissues for electrochemotherapy and for DNA electrotransfer for gene therapy, Biochimica et Biophysica Acta 1523 (2000) 73-83)。
【0051】
FEMの重要な概念とは、任意の幾何学形状を、研究対象の現象に関連する微分方程式を解くことが可能となるような小さく単純な要素へと分解することである。適切な境界条件が与えられると、次に解の集合が得られ、完全な幾何学形状に対する近似解が提供される。本発明では、各要素について解かれる方程式はポアソン方程式である:

上式において、σは導電率であり、Vは電圧であり、Jeは外部で発生する電流密度を示すベクトルであり、Qjは要素内で発生する電流(本明細書で提示するすべての場合においてゼロ)を示す。
【0052】
ここで使用した具体的なFEMツールはCOMSOL Multiphysics 3.2(www.comsol.com)であり、シミュレーション用に選択したモードは「3D conductive media DC」である。境界条件は、外面がすべて絶縁されていることとした。FEMツールにより四面体要素の非構造メッシュが自動的に生成された。
【0053】
解析した事例の幾何学形状およびシミュレーションに関連するその他の詳細は次のセクションで述べる。特に断りがない限り、Eth = 500 V/cm(可逆的エレクトロポレーション閾値)、Eth_irr = 1000 V/cm(不可逆的エレクトロポレーション閾値)、組織の導電率(σ)は1 mS/cmと仮定してシミュレーションを行った。得られたグラフにおいて、黒色はE<500 V/cm(作用なし)、灰色は500 V/cm≦E<1000 V/cm(可逆的エレクトロポレーション)、白色はE≧1000 V/cm(不可逆的エレクトロポレーション)を示す。
【0054】
実施例
以下の実施例は、本発明をどのように作製および使用するかについて完全な開示および説明を当業者に提供するために提示するものであり、本発明者らが自らの発明であると考える範囲を限定する意図はなく、以下の実験が実施されたすべてまたは唯一の実験であることを表す意図もない。用いた数字(例えば量、温度など)に関して正確性を確保するよう努力が払われているが、いくらかの実験誤差および偏りが計上されるべきである。特に指示がない限り、割合は重量あたりの割合であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏温度であり、圧力は大気圧または大気圧付近である。
【0055】
概念のインビボ立証(2.2)
エレクトロポレーションにゲルを使用することの実現可能性を実証するため、本発明者らは、数学的解析に加えて、ラット肝葉の端部を2枚の板電極で不可逆的にエレクトロポレーションする実験を実施した。
【0056】
本発明者らは、以前の実験的研究(J. Edd, L. Horowitz, R.V. Davalos, L.M. Mir, B. Rubinsky, In-Vivo Results of a New Focal Tissue Ablation Technique: Irreversible Electroporation, IEEE Trans. Biomed. Eng. 53 (2006) 1409-1415)から、ラット肝臓において不可逆的にエレクトロポレーションされた領域は、肉眼的(充血による暗色化)にも顕微鏡的にも観察可能な赤血球の捕捉を30分以内に示すことを認識している。したがって、この現象を用いて、可逆的なエレクトロポレーションを受けた領域と不可逆的なエレクトロポレーションを受けた領域との境界面を推定でき、これによりエレクトロポレーションの際の電場の分布を推定することができる。
【0057】
実験手順(2.2.1)
California大学(Berkeley)のOffice of Laboratory Animal Careを通じて、Charles River Labsより雄性Sprague-Dawleyラット1匹(350 g)を入手した。ラットは、Institute of Laboratory Animal Resourcesが作成および策定しU.S. National Institutes of Health(NIH)が発表したPrincipals of Laboratory Animal CareおよびGuide for the Care and Use of Laboratory Animalsに準拠し、適切な訓練を受けた専門家による人道的な配慮を受けた。
【0058】
実験は、ラット体重1 kgあたりペントバルビタールナトリウムが総量100 mg となるよう、Nembutal溶液(50 mg/ml ペントバルビタールナトリウム, Abbott Labs, イリノイ州North Chicago)を腹腔内注射して動物を麻酔することから開始した。30分後、正中切開により肝臓を露出させた。
【0059】
ラット肝臓の露出後、5 mm間隔で離した2つの平らな円形電極の間に肝葉を置いた。幾何学的な不規則性をエミュレートするため、肝葉端部を2つの電極間に部分的に挿入した。肝臓に対する電極の配置は、同時にこの事例のFEMシミュレーションのモデルでもある、図8に示したものと類似していた。次に、空隙を導電率一致ゲルで満たし、市販のパルス発生器(ECM 830, Harvard Apparatus, マサチューセッツ州Holliston)によりエレクトロポレーションパルスシーケンス(750 V、持続時間100 μs、周期100 msを8パルス)を印加した。
【0060】
エレクトロポレーションシーケンスから2時間半後、動物を安楽死させ、肝臓標本を組織学的分析用に調製した。
【0061】
組織学(2.2.2)
顕微鏡観察用に肝臓を現状のまま固定するため、本発明者らは、高く持ち上げた静脈内滴注による静水圧80 mmHgの生理食塩水で脈管構造を10分間洗い流した。このことは、流体を左心室に注入し、右心房に作った切開部から流出させることによって実現した。生理食塩水灌流の直後に、5%ホルムアルデヒドの固定剤を同じ方法で10分間灌流させた。次に、処置した肝葉を取り出し、同じホルムアルデヒド溶液中で保存した。次に、エレクトロポレーションの影響を調べるため、処置領域の中心を通る断面についてヘマトキシリン-エオシン染色を行った。
【0062】
ゲルの調製(2.2.3)
本発明者らは、標準的な生理溶液(0.9% NaCl)より濃度が20倍低い0.045% NaCl溶液から生理食塩水ゲルを調製した。このような電解質含有量は約0.7 mS/cmの導電率をもたらすと考えられる。報告されている肝臓の導電率はこれより少し高い(約1 mS/cm)可能性があるが、シミュレーションが示すように、この違いが重大な影響をもたらすことはないと考えられる。ゲル作製の段階は次のとおりである:(1) 0.045% NaCl溶液100 mlに生の寒天0.8 gを添加する;(2) 沸点において生理食塩水中で寒天を溶かす;(3) 凝固するまで溶液を冷却する;(4) ゲルが形成されるまで撹拌する。
【0063】
結果および考察(3)
典型的な用途のシミュレーション(3.1)
本セクションの目的は、導入部で提起した概念を典型的な例により説明することである。
【0064】
組織の絶縁(3.1.1)
本セクションで本発明者らは図1で述べた事例(セクション1.2)をシミュレートする。すなわち、組織の上層を、保護する必要がある下部組織から物理的に分離するため、上層の下に非導電性のゲルを注入する。この特定の事例は不可逆的エレクトロポレーションにより除去される必要がある皮膚黒色腫を表す。
【0065】
シミュレーションに使用したモデルは5つの構成要素からなる:(1) 下部組織(組織2)のモデルとなる導電率 = 1 mS/cmの正四角柱(20 mm×20 mm×5 mm);(2) 該角柱の上の、絶縁ゲル用の導電率 0.1 mS/cmの半楕円領域(half ellipsoid volume)(10 mm×10 mm×0.5 mm);(3) 上部組織(組織1)のモデルとなる、両構成要素の上の導電率 = 1 mS/cmの被膜(厚さ = 1 mm);ならびに、(4) および (5) 上部被膜を貫通する電極を表す、高導電率(1000 S/cm)の2つの円柱(直径 = 0.1 mm、長さ = 5 mm)。電極間の分離距離は2 mmであり、印加される差分電圧は1000 Vである。メッシュの要素数は102,614である。
【0066】
ゲル中の不純物および埋植後の組織からのイオン拡散によってゲルが完全な絶縁体ではなくなるという事実を考慮に入れるため、本発明者らが絶縁用ゲルの導電率として、理想的な0 mS/cmではなく0.1 mS/cmを選択したことに注意されたい。
【0067】
シミュレーションの結果(図3)は、上部組織2は電極3および4を囲む領域全体にわたって不可逆的にエレクトロポレーションされたが、下層に対する損傷はごくわずかであり、かつ2つの単一スポットが可逆的エレクトロポレーションを受けたのみであることを示す。シミュレーションしたゲル6は完全な非導電性ではなく、実際のところ、その導電率は組織の導電率より1桁低いだけであることは、興味深いことである。
【0068】
図3は、スペーサーとして使用した非導電性ゲル6による組織領域保護のシミュレーション結果を示している(組織1の導電率 = 組織5の導電率 = 1 mS/cm、ゲルの導電率 = 0.1 mS/cm;ゲル領域の直径 = 10 mm、ゲル領域の高さ = 0.5 mm;組織1の厚さ = 1 mm;電極の直径 = 0.1 mm、電極の分離間隔 = 2 mm)。図3Aは両電極軸を含む垂直面を示している。図3Bは左側の図に灰色の線で示した高さ(関心対象の領域における組織1の厚さの約1/4)における水平面のシミュレーション像を示している。黒色はE<500 V/cm(作用なし)、灰色は500 V/cm≦E<1000 V/cm(可逆的エレクトロポレーション)、白色はE≧1000 V/cm(不可逆的エレクトロポレーション)を示す。
【0069】
不規則な形状の組織における電場の均一化(3.1.2)
本セクションに提示する実施例はセクション1.3で述べた用途に関連する。すなわち、導電率を一致させた添加剤による不規則な形状の組織における電場の均一化である。
【0070】
図4に、半球形の腫瘍16(直径 = 1 cm)を550 Vでエレクトロポレーションするシミュレーションを示す。図4Aはシミュレーションで用いたモデルを示す。図4Bはゲル19が存在する場合のシミュレーションから得られた電場強度を示す(電極の中心を通る垂直面)。図4Cは導電率一致ゲルを用いない場合のシミュレーションされた電場強度を示す(電極17および18の中心を通る垂直面)。図4Dは、図4Cと同じであるがここでは電極間の電圧が1100 Vである。
【0071】
図4Aに示す構造は、不規則な形状の硬い腫瘍を板電極を通事知恵エレクトロポレーションする事例に対応しうる。このモデルは、組織(導電率 = 1 mS/cm)を表す正四角柱(50 mm×50 mm×20 mm)の上にある半球(直径 = 10 mm)、およびこの半球の2つの向かい合う側面にある2枚の板電極(20 mm×10 mm×1 mm;導電率 =1000 S/cm)からなる。組織部分の最上部には、半球形のくぼみ(直径 = 2 mm)という、形状のさらなる不規則性を含んでいる。メッシュの要素数は21,888である。電極間に印加される電圧は550 Vである。
【0072】
ゲルがない場合のエレクトロポレーションのシミュレーション結果を図4Cに示す。電場分布はきわめて不均一である。さらに、非常に高い電圧を用いた事例でも(図4D)、エレクトロポレーションされていない領域がある。無論、これは癌治療では許容不可能なものであり、もしかするとその理由から、この種の腫瘍については板電極より針アレイ電極のほうが好まれる。一方、導電率一致ゲルの追加をシミュレートすると(図4B)、その結果は、組織の導電率とゲルの導電率との整合性が完全ではない(整合性誤差 = 30%)この事例においてさえ、電場はさらにもっと均一である。
【0073】
血管を含む組織における電場の均一化(3.1.3)
本セクションに提示するシミュレーションもセクション1.3に関連する。この事例は、近傍に血管を含む領域の可逆的エレクトロポレーションを表す(図5A)。アレイ間の領域に非常に均一な電場を発生させると考えられる、針電極の平行なアレイ2つを用いてエレクトロポレーションを実施する。
【0074】
図5は、下部の境界に血管(直径 = 3 mm)を含む正方形領域の可逆的エレクトロポレーションのシミュレーションを示す。図5Aはシミュレーションに用いたモデルを示しており、各電極(E+およびE-)は3本の針(直径 = 1 mm、分離間隔 = 5 mm、挿入深度 = 5mm)のアレイで構成されている;両アレイ間の分離間隔は10 mmである;血管の導電率 = 10 mS/cm、組織の導電率 = 1 mS/cmであり;印加電圧 = 1000 Vである。図5Bに、血管と実質組織との上部境界面における、シミュレートされた電場強度の水平断面を示し;白色の矢印は血管の上の全くエレクトロポレーションされない領域を示している。図5Cに、アレイ中心を通るシミュレーション結果の垂直断面を示し;同じく、白色の矢印は血管の上の全くエレクトロポレーションされない領域を示している。図5Dに、血管の導電率を10 mS/cmから1.5 mS/cmに変更した場合の同じ結果を示す。
【0075】
シミュレーションに使用したモデルは以下からなる:(1) 導電率が1 mS/cmである組織を表す長方角柱(50 mm×50 mm×20 mm);(2) 5 mmの深さで角柱の1つの側面から他の側面へと走行する血管を表す円柱(導電率 =10 mS/cm;直径 = 3 mm;長さ = 50 mm);および、(3) 互いに10 mm間隔で平行に置かれた2つの電極アレイ。両アレイの各々は3本の円柱形の棒(導電率 = 1000 S/cm;直径 = 1 mm、長さ = 15 mm、分離間隔 = 5 mm)からなる。メッシュの要素数は68,571である。両アレイ間に印加される電圧は1000 Vである。
【0076】
シミュレーション結果が示すところによれば、結果として生じた電場分布不均一性のため、エレクトロポレーションされない薄く細長い組織があった(図5Bおよび図5C)。一方、導電率を一致させた添加剤で血液を置換(血管の導電率を10 mS/cmから1.5 mS/cmに変更)する場合、シミュレートされた電場分布(図5D)はさらにより均一であり、電極間の領域を完全にエレクトロポレーションするという目的が達成される。
【0077】
皮下電極(3.1.4)
本セクションに提示する実施例はセクション1.4.1で述べた用途に関連する。すなわち、特定の組織領域を保護するために注入可能な電極を使用する。
【0078】
図6に、軸上に絶縁体を有する金属針(E+およびE-)に接続された半楕円形の注入ゲル領域を介して700 Vで筋肉(厚さ = 5 mm)をエレクトロポレーションするシミュレーションを示す。(a)シミュレーションに用いたモデル;ゲルの導電率 = 200 mS/cm、筋肉の導電率 = 1 mS/cm、皮膚の導電率 = 0.1 mS/cm。図6Bにシミュレーションから得られた電場強度を示す。メッシュの要素数は196,534である。
【0079】
図6Aに示す事例において、目的は、外側の層(厚さ 1 mmの被膜;導電率 = 0.1 mS/cm)を損傷することなく内部組織(長方角柱(20 mm×20 mm×5 mm);導電率 = 1 mS/cm)を可逆的にエレクトロポレーションすることである。これは、図2Aに提示したものと相補的な事例と見なしてもよい。このように選択的なエレクトロポレーションを行うため、本発明では、軸上に絶縁体を有する針を介してエレクトロポレーション対象領域の両側に導電性のゲルを注入することを使用してもよい。この方法により、両方の領域が平行な板電極として挙動する(ここでゲル領域は導電率200 mS/cmの半楕円領域(10 mm×10 mm×0.5 mm)としてモデル化される)。事実、シミュレーション結果(図6B)によれば、そのような挙動が得られる。ただし、ゲル領域端部で電場の増強が起こり、これが上部組織(皮膚)にいくらかの損傷を引き起こすことに注意されたい。
【0080】
中空構造のエレクトロポレーション(3.1.5)
この実施例は図2Bで提示した事例のシミュレーションを示す。空の脈管の中央領域を高導電率のゲルで満たす。次に、このゲルと大きな外部電極との間にエレクトロポレーション電圧を印加する(図7A)。電圧を適切に選択すると、エレクトロポレーションの選択性の点で重大な結果を達成できる。このことはシミュレーション結果により示されている(図7B)。同図は、ゲルと接触している脈管壁だけがエレクトロポレーションされることを示している。
【0081】
このモデル(図7A)は以下からなる:腔部と外部電極との間の組織を表す大きな円柱(直径 = 100 mm、長さ = 80 mm)(導電率 = 1000 S/cm);抵抗率無限の円柱形の腔部(直径 = 9 mm);腔部と組織との間の、導電率 = 0.25 mS/cmの薄い壁(厚さ = 0.5 mm);および、内部ゲル電極を表し導電率が200 mS/cmである、幾何学形状の中央部の円柱(直径 = 9 mm、長さ = 20 mm)(図7Aでは見えない)。内部電極(ゲルの内側)と外部電極との間の印加電圧は200 Vである。メッシュの要素数は56,364である。
【0082】
図7に、注入された円柱ゲル領域および外部の金属電極により空の血管(外径= 10 mm、内径 = 9 mm)を200 Vでエレクトロポレーションしたシミュレーション結果を示す。図7Aはシミュレーションで用いたモデルを示している;ゲル円柱は血管内の幾何学形状の中央にある;ゲルの導電率 = 200 mS/cm、組織の導電率 = 1 mS/cm、血管壁の導電率 = 0.25 mS/cmである。図7Bにシミュレーションから得られた電場強度を示し;幾何学形状の中央の2つの横断面図を示している。識別が困難ではあるものの、ゲル円柱の位置にある血管壁だけが可逆的にエレクトロポレーションされているのが観察できる。
【0083】
概念のインビボ立証(3.2)
概念モデルのインビボ立証(図8)に類似した構造のシミュレーション結果が示すところによれば、ゲルを適用しない場合、肝葉のごく先端は全くエレクトロポレーションされなかった(図9A)。一方、ゲルを適用した場合、導電率一致ゲル(整合性誤差 = 20%)の効果とは、先端も含めて肝葉全体の完全な不可逆的エレクトロポレーションをもたらすことである(図9B)。ホルムアルデヒド固定前のエレクトロポレーション領域の肉眼観察(図10)も、シミュレーション結果と一致していた。シミュレーションで予測された凹型形状の不可逆的エレクトロポレーション領域さえ識別できることに注意されたい。顕微鏡観察(図11A)では、肝葉の先端全体で赤血球の捕捉が起こった一方で内部領域ではそれが存在しなかった(図11B)ことが確認された。
【0084】
図8に、肝葉先端のエレクトロポレーションをシミュレートするために用いたモデルの図を示す(ゲルは示していない)。5 mm間隔で離した円盤電極E+およびE-(直径 = 10 mm、導電率 = 1000 S/cm)の間で肝葉先端をエレクトロポレーションする。印加電圧は750 V、肝臓組織の導電率は1 mS/cmである。メッシュの要素数は61,346である。
【0085】
図9に肝葉のエレクトロポレーションのシミュレーション結果を示す(x-y面、z = 0)。図9Aにゲルを用いないシミュレーション結果を示す;不規則なエレクトロポレーションパターンが得られ、先端のかなりの部分は不可逆的エレクトロポレーションを受けていない。図9Bに導電率 = 0.8 mS/cmの充填ゲルが存在する場合のシミュレーション結果を示す;電極間の先端領域が不可逆的にエレクトロポレーションされている。
【0086】
図10にエレクトロポレーションされたラット肝葉の図を示す。これはエレクトロポレーション領域を中央で切開したものである。処置された組織と処置されていない組織との境界に白色の点を配置する。
【0087】
図11にエレクトロポレーションされた肝葉の顕微鏡写真を示す。図11Aに肝葉の先端を示す;赤血球の有意な捕捉(矢印で示す)は不可逆的エレクトロポレーションがもたらされたことを示している。図11Bに内部域の中心静脈領域を示す;変質は全く観察されない。バーは100 μmを表す。写真はいずれも同じ倍率である。
【0088】
導電性のゲルに基づく腔部および脈管の温熱療法
異なる用途の中でも、人為的に誘発した高体温は化学療法および放射線療法の局所強化過程として特に有用である。
【0089】
現在、制御された様式で体内の脈管および腔部から熱を発生させるために用いることができる臨床的に利用可能な器具がいくつか存在している。しかし、これらの機器はすべてある種の面倒なカテーテルを用いており、そのため用途が特定の状況に限られている。
【0090】
本発明ではそのような目的のために導電性のゲルを使用する。その方法は腔部のエレクトロポレーションについて提唱したものと同等である。すなわち、腔部を導電性のゲルで満たし、そのゲルに接続した電極と身体表面上の外部電極との間に電流を印加することである。しかしこの場合は、両電極間に印加される電気刺激は、細胞膜のエレクトロポレーションを行うことではなく、ジュール効果により組織および/またはゲルを加熱することを意図したものである。したがって、前記刺激は、振幅がより小さいが持続時間がより長い、AC信号である。実際のところ、処置の持続期間中ずっと連続的に信号を注入してもよく、何らかの種類の温度読み取り値(例えばカテーテル先端の温度センサ)に応じて、制御されたモードにおいて振幅を調節してもよい。
【0091】
以上に説明したエレクトロポレーションと同様に、化学療法薬などの治療剤をゲル組成物の一部としてもよい。
【0092】
ゲル組成物は異なる目的に応じて区別されてもよい。
【0093】
(1)導電性が高い(例えば電解質の含有量が高い)組成物の場合、ジュール効果による熱損失はゲル内にほとんど生じない。ほとんどのエネルギーはゲル周囲の輪状領域で散逸するが、それは電流密度および抵抗率がより大きいからである。
【0094】
(2)導電性が中程度の組成物の場合、ゲル内でかなりのエネルギーが散逸し、周囲組織は、組織内部の直接的なジュール散逸によってではなく加熱されたゲルとの直接接触によって加熱される。この現象は、ゲルの熱伝導率を高める金属ナノ粒子などの添加剤を使用することによって増強することができる。
【0095】
温熱療法またはエレクトロポレーションのいずれについても、薬物のイオン導入を誘発するために処置前、処置後、または処置中(すなわち重ねて)に電極間にDC電圧を印加してもよい。このことは、ゲル周囲の細胞および組織へのこれら薬物の浸透を高めるために行ってもよい。
【0096】
上記は本発明の原理を示したにすぎない。当業者であれば、本明細書に明示的に説明しまたは示してはいないものの本発明の原理を具現化しかつ本発明の趣旨および範囲に含まれる、種々の組合せを考案できると考えられ、このことは理解されるべきである。さらに、本明細書に列挙するすべての実施例および条件的文言は、本発明の原理および本発明者らが本技術を促進するために提供する概念を読者が理解することを助けることをもっぱら意図したものであり、具体的に列挙されたそのような実施例および条件に限定されるわけではないものとして解釈されるべきである。さらに、本発明の原理、局面、および態様、ならびに本発明の具体的な実施例を列挙した、本明細書におけるすべての言明は、それらの構造的および機能的な同等物の両方を包含することを意図している。さらに、そのような同等物は、現在公知の同等物および今後開発される同等物の両方、すなわち、構造にかかわらず同じ機能を実施する、開発されたあらゆる要素を含むことが意図される。したがって、本発明の範囲は、本明細書に示しかつ説明した例示的な態様に限定されるとは意図されない。むしろ、本発明の範囲および趣旨は、添付の特許請求の範囲により具体化される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組織の細胞がエレクトロポレーションを受けるような量の電流をゲルと接触している組織に印加する組織エレクトロポレーション処置のための、周囲組織に対して所定の導電率を有するゲル組成物の製造における、ゲルの使用。
【請求項2】
電流を印加した場合にゲルを流れる電流が実質的になくかつエレクトロポレーションを受ける組織の特定の標的領域に電流が導かれるように、該ゲルの導電率が周囲組織の導電率より十分に低い、請求項1記載の使用。
【請求項3】
ゲルの導電率が周囲組織の導電率と実質的に同じであり、かつ、電流を印加した場合に均一な電場が印加されて標的組織の特定の領域の細胞がエレクトロポレーションを受ける、請求項1記載の使用。
【請求項4】
ゲルが治療活性薬物を含む、請求項1記載の使用。
【請求項5】
ゲルが、水および固相ポリマー鎖からなるヒドロゲルである、請求項1記載の使用。
【請求項6】
所定の濃度のイオンをゲル中に組み入れることによって該ゲルの導電率が調整される、請求項1記載の使用。
【請求項7】
イオンがゲル中のNaClに由来する、請求項6記載の使用。
【請求項8】
エレクトロポレーションが可逆的である、請求項1〜7のいずれか一項記載の使用。
【請求項9】
エレクトロポレーションが不可逆的である、請求項1〜7のいずれか一項記載の使用。
【請求項10】
正常な細胞透過性を壊すのに十分な温度変化を組織の細胞が受けるような量の電流をゲルと接触している組織に印加する組織エレクトロポレーション処置のための、周囲組織に対して所定の導電率を有するゲル組成物の製造における、ゲルの使用。
【請求項11】
温度変化が、細胞死をもたらすように細胞透過性を変化させるのに十分である、請求項10記載の使用。
【請求項12】
正常な細胞透過性を壊すのに十分な温度変化を起こすようなレベルでエレクトロポレーション処置が行われる、請求項1記載の使用。
【請求項13】
エレクトロポレーションを受ける領域の周囲の組織に対して所定の導電率を持つゲル;
該ゲルを注入するためのシリンジ;
患者に挿入されたときに電極間に電流をもたらすための第一および第二の電極;ならびに
エレクトロポレーションを行うための説明書
を含む、エレクトロポレーションを行うためのキット。
【請求項14】
ゲルが治療活性薬物を含む、請求項13記載のキット。
【請求項15】
ゲルが、水および固相ポリマー鎖からなるヒドロゲルである、請求項13記載のキット。
【請求項16】
所定の濃度のイオンをゲル中に組み入れることによって該ゲルの導電率を調整するための添加剤をさらに含む、請求項13記載のキット。
【請求項17】
添加剤がNaClを含む、請求項16記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公表番号】特表2010−506657(P2010−506657A)
【公表日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−533353(P2009−533353)
【出願日】平成19年10月16日(2007.10.16)
【国際出願番号】PCT/US2007/022110
【国際公開番号】WO2008/048620
【国際公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(592130699)ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア (364)
【氏名又は名称原語表記】The Regents of The University of California
【Fターム(参考)】