組織の再生を亢進するための方法
本発明は、組織成長の調節物質を用いて組織の成長を調節する組成物および方法を提供する。これらの調節物質は、PGもしくはWntシグナル伝達経路を調節するか、または相乗効果もしくは高度に選択的な効果のためにPGおよびWntシグナル伝達経路両方の調節物質を利用することにより、特定の適用に望まれるように、組織の成長の促進または阻害のいずれかを行う物質である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
政府の支援
本発明はNational Institutes of Health - NIH助成金CA103846-02により少なくとも一部支援されている。米国政府は本発明に対して特定の権利を持つ。
【0002】
関連出願の相互参照
本発明は、その全体が参照により本明細書に組み入れられる、すべてLeonard I. Zon, Trista E. NorthおよびWolfram Goesslingによる、2007年10月20日出願のMethod to Modulate Hematopoietic Stem Cell Growthという表題の米国特許仮出願第60/853,351号、および2007年10月20日出願のMethod to Enhance Tissue Regenerationという表題の第60/853,202号の恩典、ならびに2007年4月26日出願のMethod to Modulate Hematopoietic Stem Cell Growthという表題の国際公開公報第2007/112084 A2の恩典も主張する。
【0003】
発明の分野
本態様は、インビトロ、インビボ、およびエクスビボにおいて組織の発生または再生を亢進または阻害する調節物質を提供する。より具体的には、例えば、プロスタグランジンまたはwntシグナル伝達経路と相互作用する調節物質を用いて、肝臓、造血幹細胞、皮膚、血管、および他の再生可能な臓器などの臓器において、再生に対する組織の応答を増強することができる。
【背景技術】
【0004】
背景
再生医学は事故、欠損、または疾病による臓器の損失に苦しむ人の未来を変える可能性のある治療法の開発のために、大きな可能性を持っている。発生のシグナル伝達経路を理解することで、組織の再生のみならず、癌の阻害の展望も開ける可能性がある。
【0005】
例えば、肝臓組織の発生においては、様々なシグナル伝達経路の作用によって、未分化の内胚葉が肝臓、小腸、膵臓、および副器官に形作られる。発生の初期段階における内胚葉性の前駆体の可塑性、ならびに内胚葉細胞の運命およびその後の組織の成長の調節機序は、あまり分かっていない。肝臓は成体においても修復および再生の能力を持ち続けるため、肝臓発生の調節経路をさらに明らかにすると、組織のホメオスタシスおよび再生の機序が明らかになる可能性がある。病勢の進行には、増殖および分化という基本的細胞プログラムの反応が関与しているので、組織の器官形成の理解が進めば、例えば、発癌を阻害する、または逆に組織再生を亢進するような薬学的介入のための標的が提供される可能性がある。
【発明の概要】
【0006】
概要
本態様の組成物および方法は、組織成長の調節物質を提供し、これは、特定の効能によって望まれるように、組織の発生および成長を亢進するかまたは組織の発生を阻害する物質である。これらの調節物質は、組織の成長または再生に重要なシグナル伝達経路を刺激または抑制することによって作用する。
【0007】
例えば、wntシグナル伝達を操作して、組織の再生、特に肝臓の再生、血液の再増殖、血管の成長、および創傷治癒を亢進することができる。wntシグナル伝達経路の活性物質を用いて、発生および再生の両方においてこれらの過程を亢進することができ、そのような調節物質は、合成または可溶性のwntリガンド、βカテニン破壊の阻害物質、または転写活性化補助因子である可能性がある。
【0008】
プロスタグランジンシグナル伝達はwntのシグナル伝達と相互作用するため、wnt活性を変化させて発生および組織の再生を調節するために使用することができる。本発明の調節物質は、プロスタグランジンシグナル伝達またはその下流のエフェクターを変化させる化合物であってもよく、臓器の成長および再生過程においてwntシグナル伝達を変化させるために使用してもよい。例えば、サイクリックAMP、PI3キナーゼ、およびタンパク質キナーゼAのようなプロスタグランジン受容体活性化の下流のエフェクターを直接操作して、wntシグナル伝達経路に対して効果を及ぼすことができる。
【0009】
プロスタグランジン経路の調節物質は、wnt活性を調節するための機序としても使用でき、そのため増殖および再生シグナルの「微調整」が可能である。例えばwntシグナル伝達の活性化は、組織の成長を亢進でき、所望の結果が得られたら、インドメタシンを用いてこの効果を減速させるまたは停止させることができる。
【0010】
さらに、プロスタグランジンおよびwnt経路の調節物質を相乗的に用いて、総wnt活性を上昇/亢進させる一方で、化合物/方法を高用量で用いるかまたは反復投与するかのいずれかで、毒性を避けて直接wnt経路を活性化することができる。本発明は、魚類の胚および成体の両方、ならびに哺乳類の成体においてこれらの各原則を確認した。
【0011】
wntまたはプロスタグランジンシグナル伝達経路の調節物質は、アセトアミノフェン中毒のような毒性の傷害後、腫瘍もしくは罹病した肝臓組織の外科的切除後、または臓器提供のための肝臓の健康な部分の切除後に、肝臓の再生を亢進するために使用することができる。これらの調節物質は全身への投与、または門脈への注入のような肝臓への直接の投与を行うことができる。さらにプロスタグランジン調節物質を用いて、肝細胞移植の調整における、または劇症肝不全の患者のためのバイオ人工肝臓補助装置における、培養下の肝幹細胞および肝細胞の増殖をエクスビボおよびインビトロで亢進することができる。
【0012】
さらに、直接またはプロスタグランジン経路の操作を介してのいずれかによるwntシグナル伝達の調節を他の組織で用いて、特に造血幹細胞の増殖およびホメオスタシスにおいて、創傷の治癒および修復において、血管の成長および再生において、ならびに心臓および神経系のような他の臓器の修復および再生において、臓器の修復および再生を亢進することができる。
【0013】
概して、本態様の化合物は、患者の全身に、問題の臓器へ標的を定めて、または細胞または臓器組織にエクスビボで、投与することができる。
【0014】
プロスタグランジン経路の操作は、プロスタグランジン経路の様々な成分の活性化物質または阻害物質の標的を定めた投与のような薬学的な方法によって、実施することができる。または関心対象の臓器を標的として、ウイルスまたは他の装置を通して遺伝子を投与して、プロスタグランジン経路の調節を変化させることができる。
【0015】
1つの態様は、少なくとも1つの調節物質および薬学的に許容される担体を投与する段階を含む、対象において組織細胞の増殖を促進する方法を提供する。
【0016】
例えば、組織の発生および成体組織のホメオスタシスを亢進することが見出された調節物質には、ジメチル-プロスタグランジンE2(dmPGE2)およびPGE2経路を刺激する作用物質が含まれる。
【0017】
別の態様では、組織の発生の調節物質は、Wnt経路を変化させることによって成長を亢進する。wnt経路を直接変化させることによって、肝臓の再生、造血幹細胞の回復、創傷治癒、または他の臓器の組織修復のような組織の成長を亢進する調節物質には、例えば、BIOもしくはLiCl、または任意のレベルでwnt経路を変化させるもしくはwntシグナル伝達カスケードを変化させる他の化合物が含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】wnt/βカテニンシグナル伝達の上昇は肝臓のサイズに影響を与える。図1Aは野生型(正常)およびAPC+/-変異ゼブラフィッシュで発生中の肝臓のサイズを比較している。図1Aは、FACS解析で決定した、APC+/-/LFABP:GFP交雑種におけるGFP陽性肝細胞の数を比較している。図1Cは、対照のフィッシュと比較した、APC+/-変異体の組織切片における肝細胞数の上昇を示す。図1Dは受精後96時間(hpf)のβカテニンの免疫組織学的解析を表し、野生型と比較して、APC+/-変異体において細胞質および核の両方の染色が増加していることを示す。図1Eは対応する肝臓切片におけるBrdUの取り込みがAPC+/-胚で有意にアップレギュレートされていることを示す。*=統計的有意差。
【図2】wnt活性の上昇は肝臓の再生を加速する。図2Aは、部分肝切除を行った成体ゼブラフィッシュにおける切除端を示す。図2Bは、肝下葉の再生の形態学的な分析結果をグラフで表し、野生型フィッシュと比較してwntの活性化が再生に有利に働き、wntの阻害が肝臓の再成長を減退させることを示す。
【図3】Wntを介する肝再生の加速は、進化的に保存されている。APCMin/+マウスにおけるAPCのヘテロ接合性は、2/3部分肝切除後の肝再生において有利な成長を仲介する。*=統計的有意差。
【図4】wntシグナル伝達経路の模式図であり、プロスタグランジンシグナル伝達との相互作用の可能性のある部位を示している。
【図5】発生中のゼブラフィッシュにおけるwnt活性に対するプロスタグランジン調節の効果。図5Aは、TOP:dGFPフィッシュにおけるwnt活性を決定する実験デザインを表す。図5B、はPGE2投与後に脳においてwnt活性が上昇し、インドメタシン曝露後にwnt活性が減退したことを示す。図5Cおよび5Dはそれぞれ、発生中の肝臓および腸における同様の効果を示す。
【図6】内胚葉および肝臓の発生に対する、プロスタグランジン調節、cAMP活性、およびwnt活性の影響。図6Aは、野生型およびAPC+/-ゼブラフィッシュにおける、cAMP活性化物質であるフォルスコリンおよびインドメタシンの内胚葉前駆細胞群に対する効果を示し、プロスタグランジンシグナル伝達の下流の媒介物質がプロスタグランジン自身と比較して同様の効果を持ち得ることを示す。図6Bは、肝臓の形態に対するPGE2およびインドメタシンの効果を示す。
【図7】プロスタグランジンシグナル伝達経路の調節物質は、標的遺伝子発現に対するwnt活性の効果を変化させる。図7Aは、ゼブラフィッシュモデルを用いて、プロスタグランジン経路の調節物質を試験する1つの手法を示す。図7Bは、定量的PCRで測定されるように、野生型、wnt8、およびdkkフィッシュにおけるwntの標的遺伝子および内胚葉遺伝子の発現に対する、プロスタグランジン調節物質の効果を示す。
【図8】プロスタグランジンシグナル伝達は肝臓の再生を調節する。図8Aおよび8Bは、再生時に肝臓のサイズを測定するか、またはこの過程に関与する遺伝子の発現を解析するかのいずれかにより、ゼブラフィッシュモデルにおいてプロスタグランジン経路の調節物質を試験するための手法を表す。図8Cは、プロスタグランジン合成を阻害すると、肝臓の再生時にwntの標的遺伝子の発現が低下することを示す。
【図9】プロスタグランジンの調節およびwnt活性は肝臓の再生に影響を与える。図9Aおよび9Bは、プロスタグランジンおよびwnt活性の両方、ならびにこれらの経路および下流の標的に影響を与える成分による処理が、ゼブラフィッシュにおける肝臓の再生にどのように影響を与え得るかを示す。
【図10】肝腫瘍の成長に対するプロスタグランジンの阻害効果。図10Aおよび図10Bは、ゼブラフィッシュの発癌においてプロスタグランジン経路の調節物質を試験する手法を示す。図10Bは、プロスタグランジン合成の阻害が、APC+/-ゼブラフィッシュにおける肝腫瘍の形成を予防するかどうかを試験するモデルを表す。図10Cは、このモデルにおいて、プロスタグランジン合成を阻害することによって腫瘍の発生率が低下することを示す。
【図11】マウス骨髄移植に対するwntおよびプロスタグランジンシグナル伝達経路の同時調節の効果。この図は、BIOによるwnt活性化が、どのように骨髄移植後の早期の脾臓コロニー形成を亢進するかを示す。インドメタシンはこの効果を阻害する。
【図12】ゼブラフィッシュの創傷治癒に対するプロスタグランジンの調節およびwnt活性化の効果。部分肝切除後の皮膚の創傷は、PGE2により、APC+/-フィッシュと同様に、より速く、より広範に治癒する。創傷治癒はインドメタシンの投与後に強く阻害される。
【発明を実施するための形態】
【0019】
詳細な説明
特に本明細書に定義しない限り、本発明に関連して使用する科学的および技術的用語は、当業者によって一般的に理解される意味を持つ。さらに、文脈によって特に必要性がない限り、単数の用語は複数を含み、複数の用語は単数を含む。
【0020】
本発明は、本明細書に記載する特定の方法、プロトコール、および試薬等に限定されることなく、変わり得ることを理解する必要がある。本明細書で使用する用語は、特定の態様を記載する目的でのみ使用され、本発明の範囲を限定する意図はない。本発明の範囲は請求項によってのみ定義される。
【0021】
実施例または他に示す場合以外は、本明細書に使用する成分の量または反応条件を表す全ての数字は、全ての場合に「約」という用語で修飾されると理解する必要がある。百分率に関連して使用した場合には、「約」という用語は±1%を意味する場合がある。
【0022】
特定した全てのすべての特許および他の刊行物は、例えば、そのような刊行物に記載され本発明と関連して使用できる方法を記載および開示する目的のために、参照により本明細書に明示的に組み入れられる。これらの刊行物は、本出願の出願日以前のその開示のためにのみ提供する。この点で、先行発明または他の任意の理由によって、本発明者らがそのような開示に先行する権利がないと認めると解釈してはならない。日付に関する全ての声明、またはこれらの文書の内容に関する説明は、出願者らが入手した情報に基づいており、これらの文書の日付または内容の正確さを認めるものではない。
【0023】
発生のシグナル伝達経路は、成体組織の再生および発現の阻害の展望を開くための鍵となっている。本発明は胚および成体の造血幹細胞の増殖の調整に対する洞察を提供する。本発明は肝切除後の成長を含む、胚および成体の肝臓の成長の調節に対する洞察も提供する。
【0024】
本発明の態様は、PGE2とwnt/βカテニンシグナル経路との間の遺伝的相互作用の操作を提供し、これは幹細胞の発生における分化指定および再生を調節している。簡潔には、プロスタグランジン(PG)E2は、インビボにおける造血幹細胞(HSC)の形成および機能に必要だが、これらの細胞におけるその作用機序は完全に理解されているわけではない。North et al., 447(7147)Nature 1007-11(2007)。wnt/βカテニン経路の中心的な調節物質であるAPCの変異を持つ患者の臨床的な観察(Cruz-Correa et al., 122(3)Gastroenterology 641-45(2002))、およびインビトロのデータ(Castellone et al., 310 Science 1504-10(2005))は、プロスタグランジンおよびwnt/βカテニンシグナル伝達経路が相互作用をすることを示唆している。Wntシグナル伝達は、成体のHSCのホメオスタシス機能の正の調節をしているが(Reya et al., 423 Nature 409-14(2003))、HSCの形成におけるその役割は調べられていない。PGE2とwntシグナル伝達経路の間の直接的な相互作用をインビボで示すために、TOP:dGFP wntレポーターゼブラフィッシュ胚を、PGE2の安定化した誘導体であるdmPGE2(10μM)と、シクロオキシゲナーゼ(cox)の非選択的阻害剤であるインドメタシン(10μM)とに曝露した。GFPのインサイチューハイブリダイゼーションによって、dmPGE2曝露後に胚全体(観察99/スコア111)、特に成体型HSCが形成される大動脈・性腺・中腎領域(AGM)において(12±3.4対3±1.8細胞)、wnt活性が著しく上昇することが明らかになった。インドメタシンで処理するとAGMにおけるwnt活性が消え、全体的にGFP発現が著しく低下した(72/87)。これらの結果は、GFPのqPCR解析によって確認され、これはdmPGE2曝露後に胚全体の抽出物におけるwnt活性が2倍に誘導されることを明らかにし、かつwntシグナル伝達活性にPGE2が直接影響することを示した。
【0025】
胚発生時のHSC形成におけるPGE2/wnt相互作用の機能的な結果は、HSCマーカーであるrunx1およびc-mybの発現を調べることによって解析した。10体節期において標準的wntリガンドwnt8を熱ショック誘導すると、受精の36時間後にHSC形成が亢進された(hpf; 47/54)。wnt8の誘導後にインドメタシンに曝露すると(10μM、16〜36hpf)、HSC形成は低下するか、野生型のレベルより低くなった(43/46)。これらの結果は、HSC発生に対するwntの活性化の効果には、PGE2活性が必要であることを示す。
【0026】
wnt活性の誘導性の負の調節物質をdmPGE2処理と組み合わせて用いて、PGとwntの経路の間の相互作用を機能的に局在化した。Dkk1は、膜結合およびwntシグナル伝達カスケードの開始レベルにおいて、wnt経路と拮抗する。hs:dkk1トランスジェニック胚におけるDkkの誘導は、HSC発生を阻害した(34/49)。外因性のdmPGE2へ曝露させると、HSC形成に対するdkk1を介する効果が救済された(28/51、10μM、16〜36hpf)。アクシンはβカテニン破壊複合体の中心的な成分であり、細胞質コンパートメントにおけるwntシグナル伝達カスケードの負の調節物質である。10体節期に誘導されると、アクシンはHSCの形成を強く阻害した(47/52)。さらにこの効果はdmPGE2処理では打ち消されなかった。同様に、ドミナントネガティブ形態のβカテニン転写活性化補助因子TCFはHSCの形成を消失させ(60/62)、dmPGE2への曝露ではレスキューが見られなかった。これらの結果は、PGとwnt経路がβカテニン破壊複合体のレベルで相互作用し、胚における成体型HSC形成を調節していることを示す。
【0027】
wnt経路は、HSCニッチからおよびHSC自身の内部からのシグナル伝達を通して、HSCの増殖を積極的に亢進することができる。HSC内部と同様に、PGE2は血管ニッチのレベルでHSC形成を調節している。North et al., 2007。wntシグナル伝達経路で調節される転写プログラムを同定するために、HSC発生に関与する遺伝子をqPCRで解析した。幹細胞マーカーrunx1およびcmybの発現は、wnt8の誘導後に有意に亢進され、インサイチューハイブリダイゼーション発現データと対応していた。逆に、dkk1誘導に応答してrunx1およびcmybが有意に低下した。通常の血管マーカーflk1および大動脈特異的血管マーカーephB2は、それぞれ同様にwnt8に応答して上昇し、dkk1誘導後に低下した。血管ニッチおよびその中で発生するHSC対するこれらの効果は、適当なプロスタグランジン経路の調節物質、すなわちそれぞれwnt8にインドメタシン、およびdkk1にdmPGE2を添加することで変化した。これらのデータは、PGE2とwntの相互作用が、少なくとも部分的に、造血ニッチの発生能のレベルの調節を通して、HSC形成に影響を与えていることを示唆する。さらに、AGMにおけるインサイチューハイブリダイゼーションおよびqPCRによるwnt標的遺伝子サイクリンD1の解析は、HSC自身の中でもwnt/PGE2相互作用が活性化し、その増殖および自己再生に影響を与えている可能性を示した。
【0028】
wntの活性化がHSCの自己再生および再増殖を調節していると仮定されてきた。さらにwntの活性化は発癌にも関与していると考えられているが、wntシグナル伝達の直接の亢進という概念には問題がある。プロスタグランジンによるwnt活性の調節が、成体でHSCホメオスタシスを効果的に調節できるかどうかは、ゼブラフィッシュにおいて照射後の造血の回復を観察することで決定された。以前に、PGE2処理が再生を有意に増加させ、幹細胞および前駆細胞の数に対する効果が照射の10日後に容易に検出されることが示された:PGE2が欠如すると、幹細胞および前駆細胞の増殖が抑えられる。TOP:dGFPレポーターフィッシュにおいてFACSで解析を行ったところ、腎髄質におけるWnt活性は、照射後に2倍に増加する。さらに、照射後24時間〜36時間にwnt8を誘導すると、照射の10日後までに幹細胞および前駆細胞群が2.5倍に増加した。この効果は、インドメタシンによってcoxを阻害すると有意に低下した。構成的にwntが活性化されているマウスモデルを用いて、この相互作用が脊椎動物種において保存されていることが示された。APCMin/+マウスでは、破壊複合体においてAPC機能が失われているため、βカテニンレベルが上昇している。対照の同腹仔と比較して、これらのマウスはベースラインでは正常な血球分類を示す。5-FUによる化学的な傷害後には、対照と比べてAPCMin/+マウスでは骨髄の回復が亢進していた。インドメタシン(48時間ごとに1 mg/kg)は、APCMin/+マウスにおける増殖の亢進を著しく低下させた。これらのデータは、PGとwntが相互作用して脊椎動物における造血のホメオスタシスを調節していることを確認する。
【0029】
プロスタグランジンレベルがHSCにおいてwnt活性を調節しているかどうかを評価するために、精製したHSCを用いてマウス移植アッセイを行った。FACSで単離したcKit+Scal+Lineage-(KSL)骨髄細胞を、致死的に照射されたレシピエントに移植した。wnt活性およびPGレベルの両方に影響を与えるため、GSK阻害物質BIO(0.05 mg/kg)、インドメタシン(1 mg/kgおよび2.5 mg/kg)、または両者の組み合わせで、レシピエントマウスを処理した。CFU-S12はBIO処理に応答して有意な2倍の上昇を示したが(p=0.03)、インドメタシンを同時に投与すると、CFU-Sの数はベースラインレベルに戻った。これらの結果は、HSCにおいてPGE2とwntが直接相互作用することを確認する。
【0030】
PGE2とwnt/βカテニンのシグナル伝達の相互作用が、他の組織において、幹細胞および前駆細胞群の保存された調節物質であるかどうかを決定するために、ゼブラフィッシュの発生において、内胚葉および肝前駆細胞を調べた。ゼブラフィッシュの胚をインドメタシンに曝露すると、内胚葉前駆細胞のマーカーであるfoxA3の発現が低下した(67/71)。特に、発生中の肝芽は著しく低下し、72 h.p.f.で肝臓が小さくなることが肝型脂肪酸結合タンパク(lfabp)の発現によって検出された(51/56)。dmPGE2を添加すると、foxA3細胞群が増加し、これに伴って肝臓原基(75/83)および肝臓サイズ(88/92)が増加し、これにより内胚葉の発生におけるPGE2シグナル伝達の新規の役割が明らかになった。この所見は、foxA3陽性細胞においてPGE2シグナル伝達の様々な成分が検出されることによって支持される。
【0031】
wntシグナル伝達は、内胚葉および肝臓の形成に必要であることが示された。wntシグナル伝達経路の構成性の活性化モデルとしてAPC変異ゼブラフィッシュを用いて、48hpfでのfoxA3+内胚葉前駆細胞におけるwnt/PG相互作用の効果を解析した。APC+/-胚は、野生型の同腹仔と比較して、foxA3発現が亢進されており、肝芽の増加(88/93)および肝臓サイズの増加(68/75)が見られた。インドメタシンによりAPC+/-胚において、未処理の野生型対照と同等レベルまでfoxA3陽性前駆細胞(33/39)および肝臓サイズ(61/67)が低下したが、dmPGE2は内胚葉前駆細胞(47/54)および肝臓サイズ(75/81)の両方を過度に亢進した。熱ショック誘導性のトランスジェニック株を用いると、HSCと同様に、内胚葉発生時のPGとwnt経路の相互作用は、破壊複合体レベルで起きることが確認された。qPCRでは、内胚葉(foxA3)および肝前駆細胞(hhex)の両方のマーカーが調節されることが示され、内胚葉発生時にはPGとwntの相互作用が異なる前駆細胞群に関与していることが示唆された。インスリンの発現はPG経路の調節の影響は受けないが、これはPG/wnt調節が異なる内胚葉系列の全般的な調節物質ではないことを示している。サイクリンD1およびcmycの両方が、発生時にwntおよびプロスタグランジンによって同時に調節されており、これはPGE2の幹細胞に対する効果が細胞周期および増殖の亢進を通して得られる可能性を示している。
【0032】
成体の肝臓のホメオスタシスにおいてもPG/wntが継続的に重要であることは、ゼブラフィッシュの肝切除モデルを用いて明らかに示された。1/3の部分肝切除後、ゼブラフィッシュの肝臓は5日から7日以内に再生する。APC+/-フィッシュにおいて、この過程は加速される。切除後6時間から18時間にインドメタシンで処理すると、野生型およびAPC変異フィッシュの両方において、再生指数が有意に低下した。βカテニンの免疫組織化学では、切除後にAPC+/-フィッシュで核染色が増強していることが示された。しかしインドメタシンは、βカテニンの全般的レベルを低下させ、野生型およびAPC+/-フィッシュの両方で核βカテニンを消失させた。
【0033】
PGE2がβカテニンレベルに影響を与える機序を明らかにし、この相互作用が哺乳類の肝臓の再生において保存された役割を持つことを示すため、野生型およびAPCMin/+マウスにおいて部分肝切除が行われた。ここでは、APCの変異により特に門脈周囲領域において、全体および核のβカテニンレベルが上昇した。インドメタシン(2.5 mg/kg bid sq)への曝露によって、両方の遺伝型でβカテニンレベルが有意に低下した。細胞培養実験では、PGE2が、アデニリルシクラーゼおよびプロテインキナーゼA(PKA)の活性化を介したGSK3bのリン酸化および不活化によって、βカテニンレベルを上昇させる可能性が示唆された;P-GSK3b(セリン9における)のIHCは、野生型およびAPC+/-マウスの両方で、インドメタシン曝露後に量の低下が明らかにした。これらの所見は、ウェスタンブロットで確認された。βカテニンはその標的であるサイクリンD1を通して細胞増殖を増加する可能性がある。サイクリンD1のレベルおよびBrdUの取り込みで測定したそれに伴う細胞増殖は、APCMin/+マウスで上昇し、インドメタシン曝露後に著しく低下した。
【0034】
ゼブラフィッシュにおけるPGの下流のシグナル伝達過程の機能的な相互作用は、フォルスコリンを用いてcamp産生を増加し、かつH89でPKAを阻害することによって調べた。HSCおよび内胚葉前駆細胞の両方で、フォルスコリンへの曝露はdmPGE2と同様の亢進効果があった。フォルスコリンは野生型およびwnt8トランスジェニックフィッシュの両方において、インドメタシンの阻害効果を救済することができた。H89によりPKAを阻害すると、dmPGE2により誘導されたHSC形成の増加が減少した。さらに、dmPGE2によるdkk効果の救済は、H89によって消失した。これらのデータは、PGE2がcampおよびPKAの活性化と、その後のGSK3bの不活化とによって、様々な幹細胞および前駆細胞群でβカテニンレベルを亢進させることを示唆する。
【0035】
本発明の別の態様は、肝臓の発生および成長の過程におけるwnt/βカテニンシグナル伝達の役割を提供する。簡単に述べると、wntシグナル伝達の重要な調節物質である腺腫様多発結腸ポリープ遺伝子の異型接合胚(APC+/-)は、拡張した肝臓を発生した。逆に、APC-/-胚では肝臓の分化指定がなかった。wntシグナル伝達の上昇および細胞内βカテニンの増加は、両方のAPCの肝表現型を仲介した。wnt/βカテニンシグナル伝達の誘導可能な活性化物質および抑制物質を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを用いて、胚発生時のwntの必要性は二相性であることが示された:原腸形成後に、肝細胞の運命の分化指定に、wntシグナル伝達の抑制が必要であった;逆に、正常な肝臓の成長には、wntのシグナル伝達の活性化が必要であった。ゼブラフィッシュとマウスの両方で肝切除を行い、肝再生におけるwntシグナル伝達の必要性を評価した。興味深いことに、APCヘテロ接合体は肝再生が加速しており、wntシグナル伝達を阻害すると再生が著しく低下した。本発明は内胚葉の臓器の分化指定、肝細胞の成長、および肝再生に、wnt/βカテニンシグナル伝達が進化で保存された役割を持つことを示しており、これは再生医学に意味を持つ。
【0036】
本発明の別の態様は、肝臓の成長を強力に変化させる物質としてプロスタグランジンの役割を提供する。ゼブラフィッシュの胚を、cox1特異的、cox2特異的、または二重特異性を持つ阻害剤(例えば、インドメタシン)とインキュベートすると、対照と比較して、受精後72時間までに肝臓のサイズが著しく低下する。反対に、ジメチル-プロスタグランジンE2(dmPGE2)に曝露すると、肝臓の発生が亢進された。cox1またはcox2のいずれかをモルホリノでノックダウンすると、同様に成長が阻害されたが、そのような成長は外来dmPGE2への曝露によって完全に救済された。成体ゼブラフィッシュを部分肝切除し、インドメタシンに曝露すると、対照と比較して、肝臓の再成長が有意に低下した。coxの阻害は、創傷治癒も阻害した。反対に、切除後にdmPGE2に曝露すると、処理しなかったフィッシュと比較して顕著な肝臓血管分布の増加を伴った肝再生の亢進が見られた。dmPGE2で処理したフィッシュでは、より速い創傷治癒も観察された。ゼブラフィッシュにおける同様の実験では、dmPGE2が受傷後の腎髄質の再増殖を亢進し得ることが示された。したがって、プロスタグランジン経路の調節は、心臓、骨、および受傷組織のような様々なタイプの組織において、修復/再成長に影響を与える可能性がある。
【0037】
未分化の内胚葉はシグナル伝達経路の作用によってパターン形成され、肝臓、小腸、膵臓、および副器官を形成する。Cui et al., 180 Dev. Biol. 22-34(1996);Zaret, 3 Nat. Rev. Genet. 499-512(2002)。主要な転写仲介物質であるβカテニンを介したWntシグナル伝達は、組織のパターン形成、細胞の運命の決定、ならびに臓器の発生および分化を含む、胚の多くの状況における増殖の制御に重要な役割を果たす。Clevers, 127 Cell 365-69(2006)。Wntシグナル伝達がないと、Axin、APC、およびグリコーゲンシンターゼキナーゼ(GSK)3βの破壊複合体の作用によって、βカテニンはリン酸化され、分解の標的となる。表面受容体にWntリガンドが結合すると、βカテニンは細胞質に蓄積し、核に移行することができ、そこで遺伝子発現を調節する。
【0038】
Wnt/βカテニンシグナル伝達経路のいくつかの成分の遺伝的変異は、胃腸腫瘍において高頻度に検出される。非常に顕著なことに、APC遺伝子の変異を持つ患者は、非常に若い年齢で直腸癌を発症する。Kinzler et al., 251 Sci. 1366-70(1991)。APC変異を持つ小児は、肝臓の胎生期癌である肝芽腫を発生する可能性が1000倍高い。Hirschman et al., 147 J. Pediatr. 263-66(2005)。βカテニンならびにAXIN-1および-2の変異は、肝細胞癌(HCC)に見つかる(Taniguchi et al., 21 Oncogene 4863-71(2002))。未分化型および分化型肝腫瘍の両方におけるWnt経路の成分の欠損の頻度に基づいて考えると、βカテニンシグナル伝達は肝臓発生のいくつかの局面を調節している可能性が高い。
【0039】
肝臓は、胚発生時には前部内胚葉前駆細胞に由来する。内胚葉前駆細胞が正中線に収束した後、内胚葉ロッド(rod)の増殖および分化指定が開始される。ゼブラフィッシュの胚では、肝臓になる運命の内胚葉前駆細胞は、受精の22時間から24時間後(hpf)に肥厚化する前部内胚葉として同定できる。Field et al., 253 Dev. Bio. 279-90(2003)。内胚葉がさらに発生すると、肝臓原基は卵黄嚢の上で正中線から左に伸びる隆起した芽として見られる。28hpfと30hpfの間に、肝臓になるように分化指定された細胞の中で肝特異的遺伝子の転写が開始する。肝臓は48hpfまでに完全に発生し、肝型脂肪酸結合タンパク(LFABP)のような成熟した肝特異的遺伝子を発現する。Her et al., 538 FEBS Lett 125-33(2003)。ゼブラフィッシュの肝臓が前方および左方に広がるにつれ肝臓の成長は継続する。肝臓の分化指定、出芽、および成長が脊椎動物胚の中で開始および制御される機序は、脊椎動物種を越えて高度に保存されていると考えられる。
【0040】
内胚葉の発生におけるWntシグナル伝達の必要性は、最初に線虫(C. elegans)において記載され、進化的に保存されている。Lin et al., 83 Cell 599-609(1995)。脊椎動物の内胚葉発生におけるWnt/βカテニンシグナル伝達の役割の解析は、βカテニンのホモ接合性欠失を持つマウスが初期胚で致死性であることによって減速した。Haegel et al., 121 Devel. 3529-37(1995)。APCMinホモ接合変異マウスも胚性致死性だが、ヘテロ接合体は生存可能で、成体として腫瘍を発生する。Su et al.,(1992)。アフリカツメガエル(Xenopus)では、wntは原腸形成時に内胚葉パターン形成のために必要である。Heasman et al.,(2000)。βカテニンの誘導性の不活化を通して、Wnt/βカテニンシグナル伝達が小腸の発生および小腸構造の形成のために必要であることが示された。Ireland et al.,(2004)。さらに、Wnt依存性の腸陰窩の解剖学的構造の調節は、成体で維持されている。Pinto et al.,(2003)。肝臓の発生におけるWntシグナル伝達に関する最近の研究では、相反するように見える所見が得られている。アフリカツメガエルにおける新たなデータでは、肝臓の分化指定が起こるためには、初期内胚葉前駆細胞におけるwntの抑制が必要であることが示唆される。反対に、ゼブラフィッシュのwnt2b変異体prometheusは、肝臓の成長の調節において中胚葉由来のWntシグナルが必要なことを明らかにしている。Ober et al.,(2006)。ホモ接合のprometheus変異体は生存可能で、最終的に肝臓を発生する。これは、wnt2bが欠失しても肝臓前駆細胞は正しく分化指定され得るが、中胚葉のwnt2シグナル伝達が欠けると、肝臓の成長の最初の波が損なわれることを示唆する。他のwnt因子が肝臓の分化指定および発生におけるwnt2bの欠失を補償するのかどうか、wntが肝細胞増殖の後の段階で必要でないかのどうかは不明である。
【0041】
APCの変異を持つゼブラフィッシュは、TILLING法(ゲノムにおける誘導した局所損傷のターゲティング)によって以前に同定された。Hurlstone et al., 425 Nature 633-37(2003)。APC+/-変異体は96hpfまでに死亡するが、APC+/-フィッシュは生存可能で、自然発生の胃腸腫瘍の発症に対する感受性が高まっている。Haramis et al.,(2006)。APC+/-変異ゼブラフィッシュに発症する肝腫瘍は、肝芽腫に類似しており、APCの変異が、肝前駆細胞のwntに調節される分化の欠損を誘導することを暗示している。
【0042】
APC変異体とwnt/βカテニンシグナル伝達の誘導性活性化物質および抑制物質を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを用いて、本発明は、胚発生時と、成体の組織のホメオスタシスを仲介する際とにおける、wnt/βカテニンシグナル伝達の時間的必要性の特徴づけを提供する。APCの欠損は、肝臓発生に対して異なる効果を持ち、これは肝臓発生時にwntシグナル伝達の一時的必要性の変化によって仲介される。Wntの活性化は内胚葉前駆細胞の運命の決定に影響を与え、膵臓組織の形成を犠牲にして肝臓および小腸の発生が増加する。部分的肝切除のゼブラフィッシュモデルの作製を通して、本発明はインビボの肝再生時にwntが必要であることを示す。さらに本発明は、再生過程の亢進におけるwntシグナル伝達の上昇の役割が、ゼブラフィッシュおよびマウスで保存されていることを示す。これらのデータは、Wnt/βカテニンシグナルが、肝臓発生のいくつかの局面において必要であり、高度に調節されており、これが臓器のホメオスタシスにおいて中心的な役割を維持することを示す。したがって本発明は、Wntシグナル伝達の一過性のアップレギュレーションのための方法を提供するが、これは哺乳類およびヒトにおいて肝臓の再生を亢進する魅力的な機序となる可能性がある。
【0043】
肝臓器官形成に対するAPCの欠損の異なる効果は、APC+/-ゼブラフィッシュをLFABP:GFP蛍光レポーター株と交配して、蛍光顕微鏡によって肝臓の発生を評価することにより明らかにされた。72hpfまでに、APC+/-胚は野生型の同腹仔と比較して肝臓のサイズが劇的に上昇していた(265/297)。対照的に、ホモ接合のAPC-/-変異胚では、発生のどの段階でもLFABP発現は検出されなかった(134/134)。肝臓発生において観察される表現型の変化が単にLFABPの発現のばらつきによるものではないことを確認するため、ステロールキャリアタンパク質およびトランスフェリンに対するインサイチューハイブリダイゼーションを行い、同様の結果を得た。
【0044】
APC+/-:LFABP:GFP近交系間交配種の子孫におけるGFP+細胞のフローサイトメトリー解析では、APC+/-胚で肝細胞数が3倍に上昇していることが明らかになり、APC+/-変異体にはGFP+肝細胞が存在しないことが確認された。対応する組織切片の肝細胞核の数は、肝臓発生に対するAPC欠損の異なる効果を裏付けた;ACP-/-胚では組織学的解析によると肝細胞が完全に欠失していたが、APC+/-胚は野生型と比較して有意な増加を示した。野生型とAPC+/-標本の間には、細胞の全般的形態に変化は観察されなかった。
【0045】
APCは核においてβカテニンの利用可能性を同時制御しているので、72hpf時点で野生型およびAPC+/-胚の肝細胞におけるβカテニンの細胞内含有量と局在性を、免疫組織化学(IHC)によって調べた。野生型の肝臓は主に、膜に結合したβカテニンを示した。APC+/-胚の肝臓では、βカテニン染色は著しく増加しており、細胞質では4倍、核染色では5倍増加していた。Wnt/βカテニンシグナル伝達は、様々な組織で細胞周期、細胞増殖、およびアポトーシスに対する効果を仲介することが知られている。Alonso & Fuchs, 17 Genes Devel. 1189-1200(2003); Pinto et al., 17 Genes Devel. 1709-13(2003); Reya et al., 243 Nature 409-14(2003)。APC+/-胚における総肝細胞数の増加が増殖活性の上昇によるものかどうかを決定するために、72hpfにおけるBrdUの取り込みを調べた。野生型と比較して、APC+/-胚では、肝臓あたりのBrdU陽性細胞の割合が有意に増加していた。PCNA染色でも同様の結果が観察された。
【0046】
肝臓発生の欠如のために胚の肝細胞におけるβカテニン分布の評価はできないが、隣接する内胚葉組織は胃腸管の全長にわたって強いβカテニン染色を示し、ほぼ全ての細胞でBrdUの取り込みが見られた。小腸および発生時の脳におけるAPC欠損に起因する異常なwntシグナル伝達は、分化の阻害および最終的にはアポトーシスにつながる。Chenn & Walsh, 297 Sci. 365-69(2002); Sansom et al., 18 Genes Devel. 1385-90(2004)。豊富なwntシグナル伝達が存在するにもかかわらず、なぜAPC+/-胚が肝細胞を発生できないかをさらに評価するために、APC+/-胚の組織切片においてTUNEL染色を評価した。肝臓の分化が起きない部分を含め、内胚葉の全長にわたって、高レベルのTUNEL陽性アポトーシス細胞が見られた。アポトーシスのマーカーであるカスパーゼ活性は、APC-/-胚では野生型の2倍高かった。これらのデータは、APC+/-変異体における肝臓の欠如が、内胚葉前駆細胞の死によるためであることを示唆する。
【0047】
βカテニンレベルの上昇は、APC変異体における肝臓の異なる表現型の原因となる。興味深い所見は、APCの漸進的な損失が、肝臓のサイズに直線的な効果を持たないということである。βカテニンがAPC-/-胚における拡張した肝臓とAPC+/-変異体における肝臓の分化指定の欠如とを両方引き起こしていることを示すために、モルホリノアンチセンスオリゴヌクレオチド(MO)法によってβカテニンレベルを低下させた。ゼブラフィッシュβカテニンの開始部位に対するMO(Lyman Gingerich et al., 286 Devel. Bio. 427-39(2005))を、1細胞期にAPC+/-近交系間交配種の子孫に注入した。低濃度のMO(40μM)を用いると、注入を受けた胚は良好に原腸形成まで進むことができ、対照のMO注入胚と比較して、肉眼的形態に影響は見られなかった。
【0048】
βカテニンの標的化ノックダウンにより、肝臓の表現型の分布に劇的な変化が見られた。大部分の胚(74%)は正常な肝臓を示したが、引き続いて遺伝子型を分析すると、この細胞群は野生型とAPC+/-胚の両方を含むことが分かった。一部のAPC+/-胚(15%)はなお拡張した肝臓を示し、これは低いMO投与によって引き起こされたβカテニンの機能的ノックダウンが不十分であったことを反映すると考えられる。MOを注入され72hpfまで生存したAPC+/-胚のうち、43%がLFABP発現の証拠を示した;しかしながらこれらの胚はそれでも重度の発生欠損を示し、120hpf以上は生存できなかった。これらのデータは、βカテニンレベルのみが両方の肝臓の表現型を引き起こすために充分であることを示唆し、wnt/βカテニン経路がこれらの効果の仲介をしていることを示す。この結論は、標準的なwnt2b、wnt3、およびwnt8のノックダウンが肝臓のサイズの低下を引き起こしたことによって支持される。
【0049】
Wnt/βカテニンシグナル伝達は、内胚葉前駆細胞群に影響を与える。wntシグナル伝達の活性化物質または阻害物質を発現する誘導性のトランスジェニックゼブラフィッシュを利用して、wntシグナル伝達が内胚葉の分化および肝臓のサイズに影響を与えるのは胚発生のどの段階であるかを決定した。hs:wnt-GFPフィッシュは、熱ショック誘導性プロモーターの制御下でwntリガンドのwnt8を発現するが、hs:dkk-GFPおよびhs:dnTCF-GFPはそれぞれ、frizzled受容体または核転写物もしくは核転写複合体のレベルのいずれかで、wnt/βカテニンシグナル伝達の阻害を可能にする。発生の尾芽期(10hpf)の前にwnt8を全般的に誘導すると、原腸形成および全般的な胚パターン形成が重度に破壊され、24hpfまでに成長停止または死に至った。1体節期および5体節期の間には、wnt活性化は72hpfまで生存した胚において有意な心臓性浮腫、体長の低下、および肝臓形成の欠如を引き起こし、これはAPC-/-変異体を連想させるものであった。10〜18体節期にwnt8を熱ショック誘導すると、熱ショックを与えた野生型対照と比較して著しく拡張した肝臓が観察された。臓器のサイズの全般的増加に加えて、10体節期に熱ショックを与えた肝臓の50%は内胚葉ロッドから完全に分離せず、正中線における肝臓特異的遺伝子発現の上昇、および肝臓細胞の後方延長が引き起こされた;この表現型は、共焦点顕微鏡観察および組織学的切片法によって確認された。24hpfと36hpfの間の時点での一過性のwnt活性化は、72hpfにおける肝臓のサイズに中程度の効果をもたらした。同様に、dkkまたはdnTCFの誘導による肝臓発生に対するwnt阻害の効果は、10〜18体節期に最も顕著であり、胚成熟のより遅い段階ではより穏当であった。5体節期前のwnt/βカテニンシグナル伝達の全般的阻害は、早期の胚で致死性であった。
【0050】
LFABPのような肝特異的な転写物の発現は〜44hpfで開始され、内胚葉管の肝臓になる運命の領域への分離は22hpfまでに確立すると考えられている。熱ショックアッセイで得られた結果により、肝臓発生に対するwntを介する効果が、成熟した臓器の形成前に、または内胚葉前駆細胞の運命が決定する時期のわずかに前に、開始することを示唆された。内胚葉前駆細胞群に対するwnt活性化の効果を探るために、wnt8の熱ショック誘導の後に、汎内胚葉マーカーであるfoxA3の発現が解析された。10体節期における熱活性化後の48hpfで、肝芽のサイズの有意な上昇が観察された;膵臓原基のサイズの低下も見られ、一方より後のwnt8誘導(24hpf以降)の効果はこれほど顕著ではなかった。wnt8活性化は、内胚葉前駆細胞に対して用量依存的な効果も示した:18体節期に5分、20分、および60分熱ショックを与えると、対照と比較して、肝臓は漸進的に拡大したが、膵臓組織がその犠牲になった。
【0051】
APC変異体におけるβカテニンの活性化は、内胚葉の運命の変化をもたらした。熱ショック実験は、wntを介した肝細胞数の増加が、内胚葉前駆細胞のレベルで起きることを示唆した。内胚葉前駆細胞に対する漸進的なAPC損失の効果を評価するために、APC+/-近交系間交配種の子孫における発現を48hpfで調べた。野生型と比較して、APC+/-胚は肝芽が増加、膵芽が減少していた。この表現型は、インビボにおいてAPC;gut:GFP近交系間交配種の共焦点顕微鏡観察、および48hpfにおけるFACS解析により確認された。APC+/-胚は、48hpfで内胚葉組織化の明確なパターンを示さず、FACS解析ではgut:GFP+の子孫の数が低下していたが、これは明確な臓器も内胚葉前駆細胞の増殖も起きないことを意味する。
【0052】
内胚葉前駆細胞の全ての細胞群が、APCの損失またはwnt活性化の影響を受けると考えられるので、この発生初期の変化の結果を、成熟した内胚葉臓器で調べた。それぞれ内分泌性および外分泌性膵臓の分化の指標であるインスリンおよびトリプシンの発現は、APC+/-胚では72hpfで低下していた。APC-/-変異体では、トリプシンの発現はほぼ検出されなかった;インスリンの発現は低下していたものの、まだ観察された。小腸型脂肪酸結合タンパク(IFABP)の発現で示されるように、分化した小腸に対するAPCの損失の効果は、肝臓と類似していた:APC+/-胚は、野生型と比較してIFABP染色が増加していたが、APC-/-胚はIFABPを発現していなかった。10体節期においてwnt8を誘導すると、各々の内胚葉臓器に同様の効果があったが、特に膵臓でより乱れたパターンが形成された。これらのデータにより、発生期のwnt/βカテニンシグナル伝達は、臓器の分化指定の前に内胚葉発生を調節しており、この効果が膵臓組織を犠牲にした肝臓への内胚葉前駆細胞の分化における変化を仲介することが示される。さらに、尾芽期および初期体節期における過剰なwnt/βカテニン活性化は、内胚葉分化指定および増殖の欠損を引き起こし、その結果、内胚葉細胞死が増加し、成熟した内胚葉臓器が発生できなくなる。
【0053】
Wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝細胞の増殖を亢進する。wnt/βカテニンシグナル伝達が、分化した肝細胞の増殖の効果も仲介するかどうかを決定するために、48hpfにおいてwnt8の発現を誘導した。これにより、72hpfにおいて、LFABP:GFPフィッシュの共焦点顕微鏡観察による肝臓のサイズと、FACSによるGFP+細胞との両方に2倍の増加が引き起こされた。分化指定された肝前駆細胞が増殖するにつれ、肝臓のサイズは劇的に増大する:72hpfと120hpfの間に、肝細胞の数は、野生型の胚では2倍から3倍に増加する。FACS解析によると、wnt8-誘導胚では120hpfにおいてもGFP+肝細胞の数はまだ増加しているが、この差はLFABP発現の肉眼的観察ではあまり明白ではない。48hpfにおいてwntシグナル伝達の阻害を熱ショックで誘導したところ、wntは最適な肝臓の成長に必要であることが示された;dkkおよびdnTCFの両方の胚は、72hpfにおけるインサイチューハイブリダイゼーションで対照と比較したところ、肝臓のサイズが低下していた。これらのデータは、wntシグナル伝達が、分化した肝細胞の増殖においても継続して重要であることを示す。
【0054】
Wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝臓の再生時に活性化され、必要とされる。脊椎動物の肝臓は動的な臓器であり、一生を通して、限定的な損傷は修復できる。成体の肝臓のホメオスタシスの維持におけるwnt/βカテニンシグナル伝達の役割を評価するために、ゼブラフィッシュにおける肝再生のモデルを開発した。成体ゼブラフィッシュは、三葉の肝臓を有する;下葉の除去による1/3部分肝切除後には、野生型ゼブラフィッシュの>95%は直ちに回復し、7日以内に肝臓は完全に再生する。wnt/βカテニンレポーターフィッシュ(TOP:dGFP)では、切除の24時間後(hpr)には肝切除端でGFP蛍光が観察され、これは肝再生の初期段階でwntシグナル伝達経路が活性化されることを示す。これは、擬似手術をした対照と比較して、再生する肝臓において核のβカテニンが増加していることと相関した。
【0055】
過剰なwnt活性化が再生に有利であるかどうかを決定するために、6hpr〜18hprに熱ショックによりwnt8の発現を誘導した。この処理により、3hprにおいて野生型と比較して顕著な肝臓の成長の加速が引き起こされた。同様に、APC+/-変異体は対照と比較して再生能力が亢進されていた。dnTCFトランスジェニックを用いると、肝再生および創傷治癒の両方が重度に損傷されていることが明らかになり、wnt/βカテニンシグナル伝達がゼブラフィッシュの肝再生に必要であることが示された。組織学的な解析では、再生の全ての段階でこれらの所見が確認された。wntシグナル伝達が増加し、再生が亢進されているゼブラフィッシュでは、核および細胞質のβカテニンレベル、ならびにPCNA染色が上昇していた。これらの実験は、生物の一生にわたって、肝臓のホメオスタシスおよび成長にはwnt/βカテニンシグナル伝達が継続して重要であることを明らかにする。
【0056】
重要なことに、βカテニンシグナル伝達の上昇は、哺乳類の肝再生を亢進できる。wnt/βカテニンシグナル伝達の増加が、哺乳類における部分肝切除後に、保存された再生の利点を提供するという予測を検証するために、APCMin/+および野生型のマウスで肝切除を行った。標準的な2/3の部分肝切除後、肝重量:体重の比を評価すると、対照と比較してAPCMin/+マウスでは再生能力が増加していることが明らかになり、これは肝再生の初期段階で最も顕著であった。APCMin/+マウスでは、βカテニンレベルはベースラインで上昇しており、主に門脈路付近に局在し、肝再生の初期段階で有意に上昇する。APCMin/+マウスのデータは、wnt活性化が肝再生の反応速度を増加することを示し、さらにwnt/βカテニンシグナル伝達を薬理学的に操作すると、受傷後の肝再生が加速するであろうことを示唆する。
【0057】
肝臓の発生を制御する分子機構を示すことで、肝腫瘍形成の生物学的基礎を明らかにし、かつ治療的操作のための標的を提供する。wnt/βカテニンの欠損は、未分化型および分化型の両方の肝腫瘍に広く見られるので、本発明は肝臓の分化指定および成長の両方の調節におけるwntシグナル伝達の役割を提供する。wntシグナル伝達の活性化物質および抑制物質を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュ、ならびにβカテニン活性の調節異常の変異ゼブラフィッシュの解析を通して、本発明は肝臓の発生および成体組織のホメオスタシスのいくつかの局面に必要とされるwnt/βカテニンの調節を提供する。
【0058】
APCが漸進的に失われても、胚発生時の肝臓のサイズには直線的な影響は見られなかった。APCの損失は、細胞質および核のβカテニンの蓄積を増加させた。これはAPC+/-胚においては肝細胞数の増加を引き起こしたが、APC-/-変異体におけるβカテニン調節の完全な欠如は、アポトーシスを増加させ、分化した内胚葉臓器の発生が行われなくなった。本明細書で報告したように、熱ショック誘導性のトランスジェニックフィッシュの使用により、内胚葉前駆細胞におけるwntシグナル伝達の機能的な必要性が、胚発生の間で変動することが示される。驚くべきことに、初期の体節形成(〜1体節期から5体節期)における過剰のwnt/βカテニンシグナル伝達は適切な肝臓発生を阻害できたが、10体節期におけるwnt8の活性化は肝臓の拡大を引き起こした。wnt/βカテニンシグナル伝達の上昇(10体節期から24hpf)により仲介される前駆細胞の増殖の亢進は、前駆細胞のプールを迅速および指数関数的に増大させ、wnt8およびAPC+/-胚で観察される肝臓のサイズと細胞数の大きな差を引き起こす。分化した肝臓の形成後、wntシグナル伝達の上昇(48hpf)は再び肝細胞の増殖および全体的な臓器の成長を亢進する。総合するとこれらのデータは、肝臓の適切な分化指定および発生のために、wntシグナル伝達の調節が、いくつかの段階依存的に必要とされることが示される。
【0059】
本所見は、内胚葉前駆細胞および分化指定された肝細胞に対するwnt/βカテニンシグナル伝達の二相性の波のモデルを支持する。さらに、これは内胚葉発生、特に肝臓に対するwnt/βカテニンシグナル伝達の効果の報告の食い違いを調和させる。初期の体節形成では、高レベルのwntシグナル伝達は肝臓の分化指定および発生に有害である。APC-/-変異胚は、適切な内胚葉前駆細胞のためにβカテニンシグナル伝達がいくらか抑制される必要があることを示す。内胚葉の運命が割り当てられた後には、本明細書で示すように、前駆細胞の増殖および臓器の成長を開始するためにwntが必要である。APC+/-胚におけるβカテニンシグナル伝達レベルが上昇すると、この段階で成長に有利となり、これは増殖する肝芽細胞の数の増加、およびその後の肝細胞数の増加に反映される。
【0060】
本明細書に記載する興味深い所見は、wnt/βカテニンシグナル伝達が分化指定されていない内胚葉前駆細胞の発生の運命を変化させることができるというものであった。wnt/βカテニンの誘導がその後の内胚葉臓器の分化に与える影響は、熱ショック誘導性のwnt8胚で顕著であった。Wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝臓分化指定の縦軸ゾーンを変化させ、前駆細胞の分布を肝特異的細胞の運命に移行させた。最も顕著なことに、過剰のwntシグナル伝達は膵臓の発生に特に不利なようである。肝臓に調節されるシグナルに応答できる内胚葉細胞のゾーンが拡張し、通常ならば膵臓の発生に利用される領域が切り詰められている可能性がある。または、両能性の肝膵前駆細胞が存在するならば、肝細胞の運命に分化する偏った圧力が、事実上膵臓を形成するために使用できる前駆細胞の数を減らすことになるだろう。胚の外植解析では、腹側前腸内胚葉が、線維芽細胞増殖因子のような肝誘導シグナルがないときに、膵臓遺伝子プログラムを活性化することが示されたが、これは両能性の細胞が存在することを示唆する。Deutsch et al., 128 Devel. 871-81(2001)。これらの多能性前駆細胞群の性質は、治療用に操作できる可能性がある。肝細胞および胆管細胞の両方に分化する能力のある肝前駆細胞が記載されているが(Strick-Marchand et al., 101 P.N.A.S. USA 8360-65(2004))、膵臓への分化に関する前駆細胞の可塑性の検討は完了していない。
【0061】
本発明は、肝臓の再生研究を可能にするゼブラフィッシュにおける新規の技術として、部分肝切除の開発を導入する。ゼブラフィッシュの肝臓は、7日以内に元のサイズに再生し、これはマウスの肝臓の再生の反応速度に匹敵する。ゼブラフィッシュのサイズと被包性でない臓器の切除に伴う複雑性とにより、肝重量/体重比に基づく肝再生の正確な定量分析ができないが、本明細書に詳述するひとかたまりの切除解析の開発、および再生時のいくつかの段階における完全な組織学的特徴づけは、正確かつ詳細な解析を可能にする。例えば、wntレポーターフィッシュを用いることで、本研究は、wntシグナル伝達が切除端において最初の24時間以内に活性化することをインビボで示す。
【0062】
さらに本発明は、wnt/βカテニンシグナル伝達の活性化が、肝再生の速度を亢進できることの最初の例を提供する。wnt8トランスジェニックおよびAPC+/-フィッシュの解析では、核βカテニンのレベルが上昇すると、細胞増殖が亢進され、肝再生が加速することが明らかになった。さらに、再生の利点は、APCMin/+マウスの肝切除後に進化的に保存されている(マウスの肝切除は、Green & Puder, 16 J. Investigational Surgery 99-102(2003)に記載されるように行った)。したがって、本発明は、肝切除またはアセトアミノフェンのような毒素により誘導される急性肝不全からの回復時に、患者において肝再生を亢進するための方法として、wnt/βカテニン経路の操作を提供する。
【0063】
本明細書に示すように、wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝臓発生時にいくつかの内胚葉および肝細胞群に影響を与えるが、このプログラムは肝再生の調節のために再活性化する。Wnt/βカテニンシグナル伝達は、様々な形の肝腫瘍に関与していることが充分に記載されている:肝芽腫はしばしばAPCの変異を示し、胆管癌およびHCCはβカテニン、AXIN、およびGSK-3βの変化を示す。これは、肝臓発生時のいくつかの段階で、wnt/βカテニンシグナル伝達が肝細胞の運命を調節できるのと同様に、wnt/βカテニンシグナル伝達はいくつかの種類の肝細胞群において、発癌に貢献し得ることを示唆する。これらの細胞群に対するwnt/βカテニンシグナル伝達の発生における効果を理解すると、発癌の機序、および各々の種類の細胞でどのように発癌が阻害できるかを、明らかにできる。ゼブラフィッシュのモデルは、wntシグナル伝達を調節するための新規の治療薬の同定のための、独特の機会を提供する。胚発生時の細胞増殖のwntを介した調節を変化させる物質の化学遺伝学的スクリーニングは、現在進行中である;成体ゼブラフィッシュの肝再生時、およびAPC+/-フィッシュにおける発癌の調節、ならびに化学的に誘導された肝癌のゼブラフィッシュモデルにおける保存された機能について、本方法で同定する化合物をさらに評価してもよい。ゼブラフィッシュの肝臓発生、肝細胞の増殖、および発癌におけるwnt/βカテニンシグナル伝達の機能の完全な解析、ならびに大規模な化学スクリーニングは、癌をより効果的に診断および治療する能力を亢進する。
【0064】
本発明の別の態様は、プロスタグランジンシグナル伝達経路を介して、哺乳類の組織の成長または再生を調節する組成物および方法を提供する。例えばプロスタグランジンE2は脊椎動物の組織の再生を亢進する。ゼブラフィッシュにおける化学スクリーニングでは、胚発生時の肝臓の成長の強力な調節物質として、プロスタグランジンシグナル伝達経路を同定した。cox1特異的、cox2特異的、または二重特異性を持つ阻害剤と胚をインキュベートすると、野生型対照と比較して、72hpfまでに肝臓のサイズが著しく減少したが、ジメチルプロスタグランジンE2(dmPGE2)に曝露すると、肝臓の発生が亢進された。cox1またはcox2のいずれかをモルホリノでノックダウンすると、同様に成長が阻害されたが、外来dmPGE2への曝露によって完全に救済された。胚発生を制御する多くの分子経路が、成体では組織のホメオスタシスに介在するので、肝再生時のプロスタグランジンシグナル伝達の効果を調べた。生きたゼブラフィッシュの肝臓の1/3を一貫して切除するための新規の方法を考案した;麻酔薬のトリカインの投与後に、心臓のすぐ後方の腹部に小切開を作製し、顕微手術用鋏を用いて三葉性の肝臓の下葉を除去した。フィッシュは蘇生し、フィッシュ用の水中で治癒した。
【0065】
再生時の機能的なプロスタグランジンシグナル伝達の必要性を検証するために、部分肝切除の6時間から18時間に、フィッシュを二重特異性を持つcox阻害剤であるインドメタシンに曝露した。インドメタシンは、対照と比較して1日目および3日目に肝臓の再成長を有意に低下させ、切除後5日目までに完全に再生が見られなかった。さらに、インドメタシンに曝露すると、切除端にすぐ接する領域および臓器の非損傷部分全体にわたって、肝臓の構造が変化した。cox阻害剤は切除部位における創傷治癒も阻害した。
【0066】
切除後にdmPGE2に曝露すると、未処理のフィッシュと比較して、肝臓の再成長が亢進され、肝臓血管分布が顕著に増加した。この亢進は、切除後1日目からすでに見られ、臓器の完全な再生がより迅速に起きた。さらに、結合組織のより迅速な創傷治癒も観察された。プロスタグランジンE2レベルの調節は、心臓、骨、および創傷の修復など、様々なタイプの組織を修復/再成長する機能を果たしている可能性がある。
【0067】
さらに、プロスタグランジン経路は、wntシグナル伝達と相互作用をする:プロスタグランジン経路の活性化物質であるdmPGE2は、発生中の脳、肝臓、および消化管においてwntシグナル伝達を亢進することが見出され、一方インドメタシンはwntシグナル伝達をほぼ消失させた。さらに、cox阻害は肝臓発生および肝再生に対するwnt活性化の成長促進効果を減弱することができた。結果は、プロスタグランジン経路が、wnt経路の中心的な仲介物質であるβカテニンの転写活性に直接影響を与えることを示唆する。同様に、国際公開公報第07/112084号に記載されるように、wntシグナル伝達は造血幹細胞の形成および回復も調節することができる。肝臓と同様に、wntを介したHSC数の増加は、プロスタグランジンシグナル伝達の阻害によって阻止できる。これは、wntとプロスタグランジン経路の相互作用が、いくつかの組織の成長および修復において保存されていることを示唆する。wntシグナル伝達経路は、治療的操作の魅力的な標的となる可能性がある:この経路の活性化は組織の成長および受傷後の再生を亢進するが、反対に、阻害は癌治療において重要になる可能性がある。しかし、今日までに発見されたwnt阻害剤は、おそらく毒性または副作用のために、まだ臨床使用のために完全に開発されていない。wntシグナル伝達を調節するためにプロスタグランジンまたはプロスタグランジン阻害剤を使用することは、バランスのとれた代替の手法を提供する:wnt活性化は受傷後の急性修復段階に利益をもたらすが、プロスタグランジンの阻害はwntシグナル伝達の望まない効果を防ぐ働きがある可能性がある。
【0068】
プロスタグランジン経路に影響を与えて組織成長を阻害する本発明の組織成長の調節物質には、インドメタシン、NS398、SC560、セレコキシブ、スリンダク、フェンブフェン、アスピリン、ナプロキセン、イブプロフェン、AH6809(EP1/2 antag)、およびAH23848(EP4 antag)が含まれる。
【0069】
プロスタグランジン経路に影響を与えて組織成長を亢進する組織成長の調節物質には、dmPGE2、PGE2、PGI2、リノール酸、13(s)-HODE、LY171883、ONO-259、Cay10397、エイコサトリエン酸、エポキシエイコサトリエン酸、およびアラキドン酸が含まれる。
【0070】
wnt経路に影響を与えて成長を阻害する組織成長の調節物質には、ケンパウロン(Kenpaullone)(HDAC効果、GSK3bではない)、バルプロ酸(HDAC効果、GSK3bではない)、および可溶性dkkが含まれる。
【0071】
反対に、wnt経路に影響を与えて成長を亢進する組織成長の調節物質には、BIO、LiCl、および可溶性wntリガンドが含まれる。
【0072】
さらに、最初のプロスタグランジンシグナル伝達の下流に作用してcAMP/PI3K/AKTセカンドメッセンジャー調節物質に影響を与え、組織成長を阻害する組織成長の調節物質には、H89、PD98059、KT5720、U0126、LY294002、およびワートマニンが含まれる。
【0073】
最初のプロスタグランジンシグナル伝達の下流に作用してcAMP/PI3K/AKTセカンドメッセンジャー調節物質に影響を与え、組織成長を亢進する組織成長の調節物質には、フォルスコリン、8-ブロモ-cAMP、およびSp-5,6,-DCI-cBiMPSが含まれる。
【0074】
最初のプロスタグランジンシグナル伝達の下流に作用する可能性のある他の組織成長の調節物質には、Ca2+セカンドメッセンジャー調節物質が含まれる。組織の成長を阻害するものには、BayK 8644およびチオリダジンが含まれる。成長の亢進物質と考えられるものには、Bapta-AM、フェンジリン、ニカルジピン、ニフェジピン、ピモジド、ストロファンチジン、ラナトシドが含まれる。
【0075】
NO/アンジオテンシンシグナル伝達調節物質経路は、本明細書記載のプロスタグランジンおよびwntシグナル伝達と相互作用することができる。組織成長を阻害するものには、L-NAME、エナラプリル、カプトプリル、AcSDKP、ロサルタン、テルミサルタン、ヒスタミン、アンブロキソール、クリシン、シクロヘキサミド、メチレンブルー、エピネフリン、デキサメタゾン、プロアジフェン、ベンジルイソチオシアネート、およびエフェドリンが含まれる。
【0076】
プロスタグランジンおよびwntシグナル伝達と相互作用をして、組織成長を亢進するNO/アンジオテンシン調節物質には、L-Arg、ニトロプルシドナトリウム、バナジン酸ナトリウム、およびブラジキニンが含まれる。
【0077】
早期の実験的証拠は、肝臓の成長が、ノルエチンドロン、3-エストラジオール、βカロテン、およびBMS189453のような組織成長の調節物質によって阻害される可能性があることを示唆している。反対に、肝臓の成長は、フルランドレノリド、オールトランスレチノイン酸、ビタミンD、およびレチノールによって亢進された。
【0078】
シクロオキシゲナーゼ(COX)の産物であるプロスタグランジンE2(PGE2)は、4つのGタンパク質共役受容体(EP1〜EP4)に結合することにより機能を発揮する。したがって、本発明の組織成長の調節物質には、PGE2受容体作動物質およびPGE2受容体拮抗物質が含まれる。
【0079】
EP4選択的作動物質には、ONO-AE1-734(メチル-7-[(1R, 2R, 3R)-3-ヒドロキシ-2-[(E)-(3S)-3-ヒドロキシ-4-(m-メトキシメチルフェニル)-1-ブテニル]-5-オキソシクロペンチル]-5-チアヘプタノエート)、ONO-AE1-437、ONO-AE1-329、ONO-4819(それぞれOno Pharma. Co., Osaka, Japanより)、APS-999 Na(Toray Indus., Inc., Tokyo, Japan)、8-アザピペリジノンシリーズのEP4作動物質のアナログであるAGN205203(Allergan, Inc., Irvine, CA)、L-902,688(Merck Frosst Canada, Ltd.)、1,6-二置換ピペリジン-2-オン、3,4-二置換1,3-オキサジナン-2-オン、3,4-二置換1,3-チアジナン-2-オン、および4,5-二置換モルホリン-3-オン誘導体が含まれる。米国特許第7,053,085号参照(Merck & Co. Inc, Rahway, NJ)。
【0080】
逆にEP4選択的拮抗物質には、ONO-AE3-208(4-{4-シアノ-2-[2-(4-フルオロナフタレン-1-イル)プロピオニルアミノ]フェニル}酪酸)(Ono Pharma. Co., Osaka, Japan)、CJ-023,423(N-[({2-[4-(2-エチル-4,6-ジメチル-1H-イミダゾ[4,5-c]ピリジン-1-イル)フェニル]エチル}アミノ)カルボニル]-4-メチルベンゼンスルフォンアミド)(Pfizer)、BGC20-1531(BTC Int'l, Ltd.)、AH23848、((4Z)-7-[(rel-1S,2S,5R)-5-((1,1'-ビフェニル-4-イル)メトキシ)-2-(4-モルホリニル)-3-オキソシクロペンチル]-4-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩水和物)、AH22921([1α(Z),2βa,5α]-(±)-7-[5-[[(1,1'-ビフェニル)-4-イル]メトキシ]-2-(4-モルホリニル)-3-オキソシクロペンチル]-5-ヘプテン酸)(GlaxoSmithKline)、L-161,982(N-[[4'-[[3-ブチル-1,5-ジヒドロ-5-オキソ-1-[2-(トリフルオロメチル)フェニル]-4H-1,2,4-トリアゾール-4-イル]メチル][1,1'-ビフェニル]-2-イル]スルホニル]-3-メチル-2-チオフェンカルボキシアミド)(Merck Frosst Ltd.、カナダ)が含まれる。
【0081】
EP2選択的拮抗物質には、ONO-AE1-259、ONO-8815Ly、ONO-8815(L-リジン(Z)-7-[(1R,2R,3R,5R)-5-クロロ-3-ヒドロキシ-2[(E)-(S)-4-(1-エチルシクロブチル)-4-ヒドロキシ-1-ブテニル]シクロペンチル]-5-ヘプテノエート)(Ono Pharma. Co., Osaka, Japan)、AH13205(トランス-2-[4-(1-ヒドロキシヘキシル)フェニル]-5-オキソシクロペンタン-ヘプタン酸)(GlaxoSmithKline)が含まれる。
【0082】
いくつかのプロスタグランジン誘導体は、以下の表に示すように、肝臓の成長を増加するような相対的な有効性を持つ:
プロスタグランジン誘導体
(↑は肝臓の成長を増加させる相対的な有効性を意味する)
↑ PGE2
↑ PGI2
↑↑↑ 16-フェニルテトラノルPGE2
↑↑ 16,16-ジメチルPGE2
↑↑ 19(R)-ヒドロキシPGE2
↑↑ 16,16-ジメチルPGE2 p-(p-アセトアミドベンザミド)フェニルエステル
↑↑ 9-デオキシ-9-メチレン-16,16-ジメチルPGE2
↑↑ PGE2メチルエステル
↑↑ ブタプロスト
↑ 15(S)-15-メチルPGE2
↑ 15(R)-15-メチルPGE2
↑ 20-ヒドロキシPGE2
↑ 11-デオキシ-16,16-ジメチルPGE2
↑ 9-デオキシ-9-メチレンPGE2
9-ケトフルプロステノール
↑ PGE2セリノールアミド
↑ スルプロストン
17-フェニルトリノルPGE2
8-イソ-15-ケトPGE2
8-イソPGE2イソプロピルエステル
毒性 5-トランスPGE2
【0083】
wnt経路に関与し、本発明の範囲内に含まれて調節物質として作用する可能性のある他の分子の例が報告されている。例えば、Barker & Clever, 5 Nature Rev. Drug Discovery 997-1014(2007);Janssens et al., 24 Investigational New Drugs 263-80(2006)を参照されたい。しかし、癌患者においてwntシグナル伝達を直接抑制しようという試みでは、相当な有害副作用が報告されてきたことに注意する必要がある。Barker & Clever, 2007。したがって、本発明が示唆するように、プロスタグランジン経路を介してwntシグナル伝達を間接的に調節するほうが、治療薬の開発には有効である可能性がある。
【0084】
本発明の範囲内である組織成長の調節物質は、ゼブラフィッシュの遺伝系のような様々な方法で同定できる。ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は、脊椎動物の発生および疾患の研究には、優れた遺伝系である。例えば、Hsia & Zon, 33(9)Exp. Hematol. 1007-14(2005); de Jong & Zon; 39 Ann. Rev. Genet. 481-501(2005); Paffett-Lugassy & Zon, 105 Meth. Mol. Med. 171-98(2005); Haffner & Nusslein-Volhard, 40 Int'l J. Devel. Biol. 221-27(1996)を参照されたい。体外で発生している胚は透明で、臓器は容易に可視化できる。ゼブラフィッシュと哺乳類は、発生時に同一の遺伝子プログラムを多く持っている。ゼブラフィッシュが交尾すると、多数(週当たり100〜200)の透明な胚が生まれる。胚の多くは比較的小さな空間に置かれ、世代時間は短い(約3ヶ月)。大規模なスクリーニングにより、胚発生のほぼ全ての局面に影響のある特定の欠損を持つ2000以上の遺伝的変異体が作製された。Driever et al., 123 Devel. 37-46(1996); Eisen, 87 Cell 969-77(1996)。血液変異体の多くは、造血の重要な事象を説明するために有用であった。Dooley & Zon, 10 Curr. Op. Genet. Devel. 252-56(2000)。化学ライブラリーから得られた化合物を含むマイクロタイタープレートに、多数の胚を配列させることができるので、ゼブラフィッシュは、生物全体を用いた低分子スクリーニングを行うために使用されてきた。例えば、Petersonと同僚は、発生上の欠損に関して1,100の化合物を試験した。Peterson et al., 97 P.N.A.S. USA 12965-69(2000)。このスクリーニングでは、化合物の約2%が致死的で、1%は特定の表現型を誘導した。例えば、ある化合物は耳石と呼ばれる内耳構造の形成を抑制したが、他の欠損は誘導しなかった。
【0085】
変異表現型の化学的な抑制物質をスクリーニングすることも可能である。Peterson et al., 22 Nat. Biotech. 595-99(2004); Stern et al., 1 Nat. Chem. Biol. 366-70(2005)。そのようなスクリーニングの1つでは、化合物は、先天性の大動脈狭窄のモデルである、gridlock変異体を救済することが分かった。Peterson et al., 2004。この救済の機序には、血管新生の欠損を矯正したVEGF誘導が関与していた。これらのデータは、ゼブラフィッシュを用いて、高い有効性と特異性のある化合物を同定することが可能であることを示す。
【0086】
さらにゼブラフィッシュに関して、マイクロサテライトマーカー、遺伝子、および発現配列標識(EST)を含む、高密度の遺伝子地図が作製されている。Knapuk et al., 18 Nat. Genet. 338-43(1998); Shimoda et al., 58 Genomic 219-32(1999); Kelly et al., 10 Genome Res. 558-67(2000); Woods et al., 20 Genome Res. 1903-14(2000)。ゼブラフィッシュのESTプロジェクトの延長として、全長cDNAプロジェクトも開始された。緻密なRHマップが作製され、Sanger Centerにおけるゲノムシーケンシングプロジェクトに対するデータと統合された。NIHに支持される重要なウェブの情報源は、コミュニティの焦点となっているゼブラフィッシュ情報ネットワーク(ZFIN)である。Zebrafish International Resource Center(ZIRC)と呼ばれるストックセンター兼サポートラボも、この分野に大きく役立っている。Sanger Centerはゼブラフィッシュのゲノムのシーケンシングを行っている。
【0087】
本明細書に記載する方法を用いて、野生型およびトランスジェニックのゼブラフィッシュを多くの化合物に曝露して、プロスタグランジンおよび/またはwnt/βカテニンシグナル伝達経路の調節物質としての化合物の効果を評価することができる。例えば、レポータータンパク質の発現配列を含む外来コンストラクトを持つトランスジェニックフィッシュに、試験化合物を投与することができる。化合物に曝露したフィッシュにおけるレポータータンパク質の発現と、曝露していないものを比較することで、化合物がプロスタグランジンシグナル伝達経路の調節に与える影響を決定することができる。同様に、試験化合物に曝露したフィッシュにおけるレポータータンパク質の発現と、陰性対照とを比較することで、wnt/βカテニンシグナル伝達経路の調節に対する化合物の効果を評価することができる。試験化合物は、レポーター遺伝子の阻害物質または活性化物質のいずれかの作用を持つことができる。重要なことに、個々の経路の調節物質を組み合わせて、レポーターフィッシュに接触させ、レポータータンパク質の発現を適当な陽性および陰性対照と比較することができる。このようにして、本明細書に記載するように、プロスタグランジン経路の調節物質によって影響を受ける可能性のある、wnt/βカテニンシグナル伝達経路に関連する状態を治療するための薬剤として有用な調節物質を同定する。
【0088】
本発明の調節物質には、wntシグナル伝達経路を直接調節する物質;プロスタグランジン経路を調節してwntシグナル伝達経路の調節を行う物質;またはプロスタグランジンの下流の効果を調節してwntを調節する物質が含まれる。さらに、これらの調節物質を組み合わせて、シグナルの「微調整」を行うことができる。例えば、望ましい亢進が得られるまでwntシグナル伝達の活性化物質を使用して、その後にプロスタグランジン阻害剤を用いてwnt活性化物質の効果を制限することができる。または、例えば、低用量のwnt活性化物質を、低用量のプロスタグランジン活性化物質と組み合わせて、毒性を避けることができる。このように、wntとプロスタグランジンシグナル伝達経路の調節物質の相互作用は、望ましい反応を引き出しながら、毒性または過度の成長を制限するために、任意の方向または任意の組み合わせで使用することができる。調節物質は同時にまたは逐次的に使用できる。
【0089】
患者は、本発明からいくつかのやり方で利益を得ることができる:例えば、肝切除術を受ける患者は、肝機能の回復がより早くなり、合併症および入院を減らせる可能性がある。おそらく、肝移植を受ける患者は、臓器の生存率が高くなるだろう。臓器および組織の再生の他の局面に適応される場合、例えば、創傷治癒過程、心筋梗塞後、および骨折後の回復の亢進に良好な効果がある可能性がある。さらに、例えば、外傷、薬剤毒性、中毒(例えば、テングダケ(Amanita)の摂取)、工業毒、手術、肝臓提供、癌、皮膚移植、熱傷等に苦しむ対象は、その治療計画に本発明の調節物質を加えることができる。本成長調節物質は、造血幹細胞、肝臓、皮膚、または血管を含む、再生、修復、または再増殖をする能力のある任意の組織で有用な可能性がある。
【0090】
調節物質をエクスビボで直接投与すると、インビボで顕著な組織の発生または再生が可能になる可能性があり、より少量の組織でも移植に充分になる可能性がある。そのような組織の採取元は限定されない。または皮膚のような組織供給源のサンプルを採取し、ただちにPGE2のような調節物質の存在下で保存し、調節物質の存在下でまずインキュベートしてから(移植前に)、対象に導入することができる。
【0091】
さらに、1つまたは複数の調節物質を用いて、組織供給源の機能を亢進することができる。例えば、wnt/PGE2経路の調節は、移植片がその生理学的役割を担う能力を促進し、その結果、対象が不十分な組織(例えば肝組織)を持つ期間を短縮し、合併症のリスクを低下させる可能性がある。さらに、組織の除去後に調節物質を生きているドナーに投与し、治癒を加速することができる。
【0092】
組織成長の調節物質は、インビボで使用して組織成長を亢進、およびエクスビボで使用して組織成長を増加することができる。これは1つまたは複数の化合物を対象または切除した組織に投与することによって行う。例えば、子宮の再建において、生体適合性の足場を用いて、組織成長の調節物質で切除した組織を処理して(例えば、Atala et al.に付与された米国特許第7,04,057号「Tissue engineered uterus」を参照されたい)、移植前に自家組織成長を亢進することができる。
【0093】
供給源細胞の採取、加工、および保存のための様々なキットおよび採取装置が当技術分野において公知である。本発明の調節物質は、採取、加工、および/または保存において、細胞に導入できる。したがって、特定の採取、処理、または保存のプロトコールに限定されることなく、本発明の態様は、組織サンプルに例えばwnt活性化物質、PGE2もしくはdmPGE2、またはそのアナログ、cAMP活性化物質等などの調節物質を添加することを提供する。これは採取時、または保存の準備時、または解凍後かつ移植前に実施できる。
【0094】
本発明の方法は、以下の利点を提供する:(1)生着不全リスクが受け入れられないほど高いかまたは一次生着の機能不全ために、他の方法では候補と考えられない患者において、移植の実行を可能にする;(2)受け入れられる最小採取量を生成するために必要なドナー組織のサイズを低下する;(3)移植に利用できる組織サンプルを増大させることで移植の一次および二次不全の発生率を低下させる;および(4)移植した組織の成長を亢進することで、一次生着に必要な時間を減少する。
【0095】
本発明の調節物質、例えば、組織の成長を阻害する調節物質も、造血系または他の癌の患者を含む、過剰増殖性疾患の患者を治療するために使用できる可能性がある。特に調節物質は、肝疾患を治療する治療法に有用である可能性がある。
【0096】
本発明の調節物質には、そのような調節物質の誘導体も含まれる。本明細書で使用する誘導体には、化学基(例えば、酸のエステルまたはアミド、アルコールまたはチオールのベンジル基のような保護基、およびアミンのtert-ブトキシカルボニル基)の付加など、当業化学者に日常的と考えられる化学修飾を受けた化合物が含まれる。誘導体には、放射標識した調節物質、調節物質の複合体(例えば、セイヨウワサビのペルオキシダーゼなどの酵素、生物発光物質、化学発光物質、または蛍光物質を伴うビオチンまたはアビジン)も含まれる。さらに、インビボでの半減期を延長するために、調節物質またはその一部に、部分を付加することができる。本明細書で使用する誘導体には、化学修飾された形態の特定の化合物またはそのクラスを含み、かつその化合物またはクラスの薬学的および/または薬理学的活性特性を維持する化合物などのアナログも含まれ、本明細書に含まれる。本明細書で使用する誘導体には、薬剤の数々の望ましい性質(例えば、溶解性、バイオアベイラビリティ、製造など)を増強することが公知の、調節物質のプロドラッグも含まれる。
【0097】
本発明の化合物または薬剤は、薬学的に許容される製剤に含まれ得る。そのような薬学的に許容される製剤には、薬学的に許容される担体および/または賦形剤が含まれる可能性がある。本明細書では、「薬学的に許容される担体」は任意の溶媒、分散媒、コーティング、抗菌剤および抗真菌剤、等張剤および吸収遅延剤、ならびに生理学的に適合する同様のものを含む。例えば、担体は脳脊髄液に注射するために適したものであり得る。賦形剤には、薬学的に許容される安定化剤が含まれる。本発明は、高分子複合体、ナノカプセル、ミクロスフェア、またはビーズの形の合成または天然のポリマー、ならびに水中油型乳剤、ミセル、混合ミセル、合成膜小胞、および再密封した赤血球を含む脂質ベースの製剤を含む、任意の薬学的に許容される製剤に関する。
【0098】
患者に薬剤または化合物を送達するときには、経口(例えば、カプセル、懸濁液、または錠剤において)または非経口投与を含む、任意の適切な経路で投与できる。非経口投与には、例えば、筋肉内、門脈への直接投与を含む静脈内、関節内、動脈内、髄腔内、皮下、または腹腔内投与が含まれ得る。薬剤は、経口、経皮的、局所、吸入で(例えば、気管支内、鼻腔内、経口吸入、もしくは点鼻液)、または直腸内に投与することもできる。投与は、指示されるように局所または全身であってよい。薬剤は、当業者に周知のウイルスベクターを用いて送達することもできる。
【0099】
本発明により局所および全身投与の両方が意図される。局所投与の望ましい特徴には、活性化合物の効果的な局所濃度を達成しつつ、活性物質の全身投与の有害な副作用を避けることが含まれる。好ましい態様では、拮抗物質は局所的に投与される。局所的送達技術は、例えば、51 J. Biomed. Mat. Res. 96-106(2000); 100(2)J. Control Release 211-19(2004); 103(3)J. Control Release 541-63(2005); 15(3)Vet. Clin. North Am. Equine Pract. 603-22(1999); 1(1)Semin. Interv. Cardiol. 17-23(1996)に記載されている。
【0100】
薬学的に許容される製剤を、水性媒体に懸濁して、通常の皮下針または輸液ポンプを用いて導入することができる。
【0101】
個人に投与される薬剤の量は、全身の健康状態、年齢、性別、体重、および薬剤への耐容性のような個人の特性、ならびに拒絶の程度、重症度、および種類に依存する。熟練者はこれらおよび他の要因に応じて、適切な用量を決定することができる。
【0102】
非限定的な実施例により、さらにいくつかの態様を記載する。
【0103】
実施例
実施例1 ゼブラフィッシュモデルに関連する技術
ゼブラフィッシュの飼育:
ゼブラフィッシュをIACUCプロトコールにしたがって維持した。LFABP:GFP(G.M. Her & J.L. Wu, Nat'l Cheng Kung Univ., Taiwanから贈与)、gut:GFP、hs:wnt8-GFP、hs:dnTCF-GFP、およびhs:dkk-GFPトランスジェニック株を使用した。Dorsky et al., 2002: Her et al., 538 FEBS Lett 125-133(2003); Lewis et al., 131 Devel. 1299-1308(2004); Ober et al., 120 Mech. Devel. 5-18(2003); Stoick-Cooper et al., 134 Devel. 479-89(2007); Weidingder et al., 15 Curr. 489-500(2005)。APC変異体の遺伝子型決定は、記載のように実施した。Hurlstone et al., 2003。
【0104】
wntシグナル伝達の熱ショックによる活性化/抑制:
胚の熱ショック実験は、他に記載がない限り、38℃で20分間行った。遺伝子型を熱誘導後3時間におけるGFP蛍光の存在によって決定し、非蛍光(野生型)同腹仔を対照として使用した。
【0105】
モルホリノノックダウン:
ゼブラフィッシュのβカテニン、wnt2b、wnt3、wnt5、wnt8、およびwnt11(Buckles et al., 121 Mech. Devel. 437-47(2004); Lekven et al., 1 Cell Devel. 103-14(2001); Lele et al., 30 Genesis 190-94(2001); Lyman Gingerich et al., 2004; Ober et al., 442 Nature 688-91(2006))に対するMO(Gene Tools, LLC, Philomath, OR)またはミスマッチの対照を、40μMの濃度で1細胞期のゼブラフィッシュ胚に注入した。
【0106】
インサイチューハイブリダイゼーション:
パラホルムアルデヒド(PFA)固定した胚は、インターネットの例えばZFIN: The Zebrafish Model Organism Database(Univ. Oregon, Eugene, ORがホスト)にあるような標準的なゼブラフィッシュのプロトコールを用いて、インサイチューハイブリダイゼーションのための処理をした。以下のRNAプローブを用いて、内胚葉および肝臓の発生における変化を検出した:GFP、LFABP、ステロールキャリアタンパク質、トランスフェリン、foxA3、インスリン、トリプシン、およびIFABP。野生型の対照と比較した発現の変化は、各遺伝子型当たり変化した数/スコアした数として報告する;各分析では最低3つの独立した実験を行った。
【0107】
免疫組織化学:
胚、成体、および一塊とした腹部切片をPFAで固定し、パラフィン包埋し、組織学的分析用の40μmの連続階段切片を作製した。標準的な技術を用いて、一つおきにヘマトキシリン/エオシン染色を行った。βカテニンに対する抗体(1:100)(BD 610154, BD Transduction Laboratories(商標)、San Jose、CA)、TUNEL(Chemicon/Millipore, Billerica, MA)、BrdU(1:2000)(クローンBU-33、B2531、Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)、およびPCNA(1:80)(クローンPC10、NA03、Calbiochem/EMD Chemicals, Inc., San Diego, CA)をDABにより可視化し、ヘマトキシリンまたはメチレングリーンによって対比染色した。
【0108】
カスパーゼアッセイ:
単一の胚を溶解緩衝液中で手作業により解離させ、遠心分離した。製造元のプロトコール(Promega Corp., Madison, WI)に従って、上清(100ml)をCaspase-Glo(登録商標)3/7 Assay Systemに使用した。細胞の沈殿から単離したDNAは、APC遺伝子型の確認に使用した。
【0109】
共焦点顕微鏡観察:
ガラス底の培養皿中で、GFPトランスジェニックゼブラフィッシュの胚を0.4mg/ml Tricaine-Sを含む1%低融点アガロースに包埋し、Zeiss LSM Meta共焦点顕微鏡(Carl Zeiss MicroImaging, Inc., Thornwood, NY)で可視化した。
【0110】
フローサイトメトリー解析:
個々の胚を0.9% PBS中で手作業により解離させ、GFP蛍光および前方散乱を観察した。APCの遺伝子型決定は、FACS解析後の余剰の細胞に対するPCRにより行った。
【0111】
肝切除:
トリカイン麻酔の投与後、解剖顕微鏡の明視野下で成体ゼブラフィッシュの肝臓の1/3肝切除を行った。顕微解剖鋏を用いて、腹部の左外側部分で心臓の後方に切開を作製した。その後、鉗子を用いて下葉を全長にわたり切除した。
【0112】
実施例2 ゼブラフィッシュ腫瘍モデル
ゼブラフィッシュは発癌の研究のために貴重な脊椎動物モデルだが、成体フィッシュは透明ではないので、非侵襲的イメージングは困難である。しかし、高解像度の超音波顕微鏡を用いると、腫瘍はインビボで容易に検出できる。この技術は、組織潅流の計算、細胞の吸引、腫瘍進行の解析、および治療への応答を容易にする。超音波生体顕微鏡検査は、ゼブラフィッシュモデルにおいて、腫瘍の発生の縦断的研究および治療効果のリアルタイムの評価を可能にする。本明細書で使用した可視化技術は、Goessling et al., 4(7)Nature Methods 551-53(2007)によって記載されている。
【0113】
図10に示すように、3および4週齢のゼブラフィッシュをDMBAに曝露した。腫瘍の発生は5ヶ月にわたってモニターした。腫瘍は超音波生体顕微鏡検査によって同定した。その後、癌を持つフィッシュを1ヶ月にわたり3日ごとに一晩かけて12時間の間インドメタシンで処理し、記載されるように腫瘍を可視化した。Goessling et al., 2007。代表的なフィッシュでは、3回の処理後に腫瘍のサイズは増加し、構造が変化した。6回の処理後には、腫瘍の固い部分のサイズが低下し、腹部の後方面に液化部分が出現し、これは腫瘍の壊死を示唆していた。10回の処理後には、腫瘍は実質的に退縮し、最初の超音波と比較するとサイズが減少していた。薬剤処理を1ヶ月行うと、フィッシュは健康に見えたが、屠殺して組織学により癌の存在を確認した。これらの所見は、肝腫瘍の成長に対するプロスタグランジン阻害の効果、およびフィッシュの化学療法の成功を示す。
【0114】
図10Bおよび図10Cに詳述した別の実験では、フィッシュを腫瘍の予防のために毎週処理した。ここでは発癌物質による処理により、野生型フィッシュでは肝腫瘍が発生し、これはAPC+/-変異フィッシュの腫瘍の2倍多かった。インドメタシンで毎週処理すると、野生型と特にAPC+/-フィッシュの両方で腫瘍の形成が減少した。
【技術分野】
【0001】
政府の支援
本発明はNational Institutes of Health - NIH助成金CA103846-02により少なくとも一部支援されている。米国政府は本発明に対して特定の権利を持つ。
【0002】
関連出願の相互参照
本発明は、その全体が参照により本明細書に組み入れられる、すべてLeonard I. Zon, Trista E. NorthおよびWolfram Goesslingによる、2007年10月20日出願のMethod to Modulate Hematopoietic Stem Cell Growthという表題の米国特許仮出願第60/853,351号、および2007年10月20日出願のMethod to Enhance Tissue Regenerationという表題の第60/853,202号の恩典、ならびに2007年4月26日出願のMethod to Modulate Hematopoietic Stem Cell Growthという表題の国際公開公報第2007/112084 A2の恩典も主張する。
【0003】
発明の分野
本態様は、インビトロ、インビボ、およびエクスビボにおいて組織の発生または再生を亢進または阻害する調節物質を提供する。より具体的には、例えば、プロスタグランジンまたはwntシグナル伝達経路と相互作用する調節物質を用いて、肝臓、造血幹細胞、皮膚、血管、および他の再生可能な臓器などの臓器において、再生に対する組織の応答を増強することができる。
【背景技術】
【0004】
背景
再生医学は事故、欠損、または疾病による臓器の損失に苦しむ人の未来を変える可能性のある治療法の開発のために、大きな可能性を持っている。発生のシグナル伝達経路を理解することで、組織の再生のみならず、癌の阻害の展望も開ける可能性がある。
【0005】
例えば、肝臓組織の発生においては、様々なシグナル伝達経路の作用によって、未分化の内胚葉が肝臓、小腸、膵臓、および副器官に形作られる。発生の初期段階における内胚葉性の前駆体の可塑性、ならびに内胚葉細胞の運命およびその後の組織の成長の調節機序は、あまり分かっていない。肝臓は成体においても修復および再生の能力を持ち続けるため、肝臓発生の調節経路をさらに明らかにすると、組織のホメオスタシスおよび再生の機序が明らかになる可能性がある。病勢の進行には、増殖および分化という基本的細胞プログラムの反応が関与しているので、組織の器官形成の理解が進めば、例えば、発癌を阻害する、または逆に組織再生を亢進するような薬学的介入のための標的が提供される可能性がある。
【発明の概要】
【0006】
概要
本態様の組成物および方法は、組織成長の調節物質を提供し、これは、特定の効能によって望まれるように、組織の発生および成長を亢進するかまたは組織の発生を阻害する物質である。これらの調節物質は、組織の成長または再生に重要なシグナル伝達経路を刺激または抑制することによって作用する。
【0007】
例えば、wntシグナル伝達を操作して、組織の再生、特に肝臓の再生、血液の再増殖、血管の成長、および創傷治癒を亢進することができる。wntシグナル伝達経路の活性物質を用いて、発生および再生の両方においてこれらの過程を亢進することができ、そのような調節物質は、合成または可溶性のwntリガンド、βカテニン破壊の阻害物質、または転写活性化補助因子である可能性がある。
【0008】
プロスタグランジンシグナル伝達はwntのシグナル伝達と相互作用するため、wnt活性を変化させて発生および組織の再生を調節するために使用することができる。本発明の調節物質は、プロスタグランジンシグナル伝達またはその下流のエフェクターを変化させる化合物であってもよく、臓器の成長および再生過程においてwntシグナル伝達を変化させるために使用してもよい。例えば、サイクリックAMP、PI3キナーゼ、およびタンパク質キナーゼAのようなプロスタグランジン受容体活性化の下流のエフェクターを直接操作して、wntシグナル伝達経路に対して効果を及ぼすことができる。
【0009】
プロスタグランジン経路の調節物質は、wnt活性を調節するための機序としても使用でき、そのため増殖および再生シグナルの「微調整」が可能である。例えばwntシグナル伝達の活性化は、組織の成長を亢進でき、所望の結果が得られたら、インドメタシンを用いてこの効果を減速させるまたは停止させることができる。
【0010】
さらに、プロスタグランジンおよびwnt経路の調節物質を相乗的に用いて、総wnt活性を上昇/亢進させる一方で、化合物/方法を高用量で用いるかまたは反復投与するかのいずれかで、毒性を避けて直接wnt経路を活性化することができる。本発明は、魚類の胚および成体の両方、ならびに哺乳類の成体においてこれらの各原則を確認した。
【0011】
wntまたはプロスタグランジンシグナル伝達経路の調節物質は、アセトアミノフェン中毒のような毒性の傷害後、腫瘍もしくは罹病した肝臓組織の外科的切除後、または臓器提供のための肝臓の健康な部分の切除後に、肝臓の再生を亢進するために使用することができる。これらの調節物質は全身への投与、または門脈への注入のような肝臓への直接の投与を行うことができる。さらにプロスタグランジン調節物質を用いて、肝細胞移植の調整における、または劇症肝不全の患者のためのバイオ人工肝臓補助装置における、培養下の肝幹細胞および肝細胞の増殖をエクスビボおよびインビトロで亢進することができる。
【0012】
さらに、直接またはプロスタグランジン経路の操作を介してのいずれかによるwntシグナル伝達の調節を他の組織で用いて、特に造血幹細胞の増殖およびホメオスタシスにおいて、創傷の治癒および修復において、血管の成長および再生において、ならびに心臓および神経系のような他の臓器の修復および再生において、臓器の修復および再生を亢進することができる。
【0013】
概して、本態様の化合物は、患者の全身に、問題の臓器へ標的を定めて、または細胞または臓器組織にエクスビボで、投与することができる。
【0014】
プロスタグランジン経路の操作は、プロスタグランジン経路の様々な成分の活性化物質または阻害物質の標的を定めた投与のような薬学的な方法によって、実施することができる。または関心対象の臓器を標的として、ウイルスまたは他の装置を通して遺伝子を投与して、プロスタグランジン経路の調節を変化させることができる。
【0015】
1つの態様は、少なくとも1つの調節物質および薬学的に許容される担体を投与する段階を含む、対象において組織細胞の増殖を促進する方法を提供する。
【0016】
例えば、組織の発生および成体組織のホメオスタシスを亢進することが見出された調節物質には、ジメチル-プロスタグランジンE2(dmPGE2)およびPGE2経路を刺激する作用物質が含まれる。
【0017】
別の態様では、組織の発生の調節物質は、Wnt経路を変化させることによって成長を亢進する。wnt経路を直接変化させることによって、肝臓の再生、造血幹細胞の回復、創傷治癒、または他の臓器の組織修復のような組織の成長を亢進する調節物質には、例えば、BIOもしくはLiCl、または任意のレベルでwnt経路を変化させるもしくはwntシグナル伝達カスケードを変化させる他の化合物が含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】wnt/βカテニンシグナル伝達の上昇は肝臓のサイズに影響を与える。図1Aは野生型(正常)およびAPC+/-変異ゼブラフィッシュで発生中の肝臓のサイズを比較している。図1Aは、FACS解析で決定した、APC+/-/LFABP:GFP交雑種におけるGFP陽性肝細胞の数を比較している。図1Cは、対照のフィッシュと比較した、APC+/-変異体の組織切片における肝細胞数の上昇を示す。図1Dは受精後96時間(hpf)のβカテニンの免疫組織学的解析を表し、野生型と比較して、APC+/-変異体において細胞質および核の両方の染色が増加していることを示す。図1Eは対応する肝臓切片におけるBrdUの取り込みがAPC+/-胚で有意にアップレギュレートされていることを示す。*=統計的有意差。
【図2】wnt活性の上昇は肝臓の再生を加速する。図2Aは、部分肝切除を行った成体ゼブラフィッシュにおける切除端を示す。図2Bは、肝下葉の再生の形態学的な分析結果をグラフで表し、野生型フィッシュと比較してwntの活性化が再生に有利に働き、wntの阻害が肝臓の再成長を減退させることを示す。
【図3】Wntを介する肝再生の加速は、進化的に保存されている。APCMin/+マウスにおけるAPCのヘテロ接合性は、2/3部分肝切除後の肝再生において有利な成長を仲介する。*=統計的有意差。
【図4】wntシグナル伝達経路の模式図であり、プロスタグランジンシグナル伝達との相互作用の可能性のある部位を示している。
【図5】発生中のゼブラフィッシュにおけるwnt活性に対するプロスタグランジン調節の効果。図5Aは、TOP:dGFPフィッシュにおけるwnt活性を決定する実験デザインを表す。図5B、はPGE2投与後に脳においてwnt活性が上昇し、インドメタシン曝露後にwnt活性が減退したことを示す。図5Cおよび5Dはそれぞれ、発生中の肝臓および腸における同様の効果を示す。
【図6】内胚葉および肝臓の発生に対する、プロスタグランジン調節、cAMP活性、およびwnt活性の影響。図6Aは、野生型およびAPC+/-ゼブラフィッシュにおける、cAMP活性化物質であるフォルスコリンおよびインドメタシンの内胚葉前駆細胞群に対する効果を示し、プロスタグランジンシグナル伝達の下流の媒介物質がプロスタグランジン自身と比較して同様の効果を持ち得ることを示す。図6Bは、肝臓の形態に対するPGE2およびインドメタシンの効果を示す。
【図7】プロスタグランジンシグナル伝達経路の調節物質は、標的遺伝子発現に対するwnt活性の効果を変化させる。図7Aは、ゼブラフィッシュモデルを用いて、プロスタグランジン経路の調節物質を試験する1つの手法を示す。図7Bは、定量的PCRで測定されるように、野生型、wnt8、およびdkkフィッシュにおけるwntの標的遺伝子および内胚葉遺伝子の発現に対する、プロスタグランジン調節物質の効果を示す。
【図8】プロスタグランジンシグナル伝達は肝臓の再生を調節する。図8Aおよび8Bは、再生時に肝臓のサイズを測定するか、またはこの過程に関与する遺伝子の発現を解析するかのいずれかにより、ゼブラフィッシュモデルにおいてプロスタグランジン経路の調節物質を試験するための手法を表す。図8Cは、プロスタグランジン合成を阻害すると、肝臓の再生時にwntの標的遺伝子の発現が低下することを示す。
【図9】プロスタグランジンの調節およびwnt活性は肝臓の再生に影響を与える。図9Aおよび9Bは、プロスタグランジンおよびwnt活性の両方、ならびにこれらの経路および下流の標的に影響を与える成分による処理が、ゼブラフィッシュにおける肝臓の再生にどのように影響を与え得るかを示す。
【図10】肝腫瘍の成長に対するプロスタグランジンの阻害効果。図10Aおよび図10Bは、ゼブラフィッシュの発癌においてプロスタグランジン経路の調節物質を試験する手法を示す。図10Bは、プロスタグランジン合成の阻害が、APC+/-ゼブラフィッシュにおける肝腫瘍の形成を予防するかどうかを試験するモデルを表す。図10Cは、このモデルにおいて、プロスタグランジン合成を阻害することによって腫瘍の発生率が低下することを示す。
【図11】マウス骨髄移植に対するwntおよびプロスタグランジンシグナル伝達経路の同時調節の効果。この図は、BIOによるwnt活性化が、どのように骨髄移植後の早期の脾臓コロニー形成を亢進するかを示す。インドメタシンはこの効果を阻害する。
【図12】ゼブラフィッシュの創傷治癒に対するプロスタグランジンの調節およびwnt活性化の効果。部分肝切除後の皮膚の創傷は、PGE2により、APC+/-フィッシュと同様に、より速く、より広範に治癒する。創傷治癒はインドメタシンの投与後に強く阻害される。
【発明を実施するための形態】
【0019】
詳細な説明
特に本明細書に定義しない限り、本発明に関連して使用する科学的および技術的用語は、当業者によって一般的に理解される意味を持つ。さらに、文脈によって特に必要性がない限り、単数の用語は複数を含み、複数の用語は単数を含む。
【0020】
本発明は、本明細書に記載する特定の方法、プロトコール、および試薬等に限定されることなく、変わり得ることを理解する必要がある。本明細書で使用する用語は、特定の態様を記載する目的でのみ使用され、本発明の範囲を限定する意図はない。本発明の範囲は請求項によってのみ定義される。
【0021】
実施例または他に示す場合以外は、本明細書に使用する成分の量または反応条件を表す全ての数字は、全ての場合に「約」という用語で修飾されると理解する必要がある。百分率に関連して使用した場合には、「約」という用語は±1%を意味する場合がある。
【0022】
特定した全てのすべての特許および他の刊行物は、例えば、そのような刊行物に記載され本発明と関連して使用できる方法を記載および開示する目的のために、参照により本明細書に明示的に組み入れられる。これらの刊行物は、本出願の出願日以前のその開示のためにのみ提供する。この点で、先行発明または他の任意の理由によって、本発明者らがそのような開示に先行する権利がないと認めると解釈してはならない。日付に関する全ての声明、またはこれらの文書の内容に関する説明は、出願者らが入手した情報に基づいており、これらの文書の日付または内容の正確さを認めるものではない。
【0023】
発生のシグナル伝達経路は、成体組織の再生および発現の阻害の展望を開くための鍵となっている。本発明は胚および成体の造血幹細胞の増殖の調整に対する洞察を提供する。本発明は肝切除後の成長を含む、胚および成体の肝臓の成長の調節に対する洞察も提供する。
【0024】
本発明の態様は、PGE2とwnt/βカテニンシグナル経路との間の遺伝的相互作用の操作を提供し、これは幹細胞の発生における分化指定および再生を調節している。簡潔には、プロスタグランジン(PG)E2は、インビボにおける造血幹細胞(HSC)の形成および機能に必要だが、これらの細胞におけるその作用機序は完全に理解されているわけではない。North et al., 447(7147)Nature 1007-11(2007)。wnt/βカテニン経路の中心的な調節物質であるAPCの変異を持つ患者の臨床的な観察(Cruz-Correa et al., 122(3)Gastroenterology 641-45(2002))、およびインビトロのデータ(Castellone et al., 310 Science 1504-10(2005))は、プロスタグランジンおよびwnt/βカテニンシグナル伝達経路が相互作用をすることを示唆している。Wntシグナル伝達は、成体のHSCのホメオスタシス機能の正の調節をしているが(Reya et al., 423 Nature 409-14(2003))、HSCの形成におけるその役割は調べられていない。PGE2とwntシグナル伝達経路の間の直接的な相互作用をインビボで示すために、TOP:dGFP wntレポーターゼブラフィッシュ胚を、PGE2の安定化した誘導体であるdmPGE2(10μM)と、シクロオキシゲナーゼ(cox)の非選択的阻害剤であるインドメタシン(10μM)とに曝露した。GFPのインサイチューハイブリダイゼーションによって、dmPGE2曝露後に胚全体(観察99/スコア111)、特に成体型HSCが形成される大動脈・性腺・中腎領域(AGM)において(12±3.4対3±1.8細胞)、wnt活性が著しく上昇することが明らかになった。インドメタシンで処理するとAGMにおけるwnt活性が消え、全体的にGFP発現が著しく低下した(72/87)。これらの結果は、GFPのqPCR解析によって確認され、これはdmPGE2曝露後に胚全体の抽出物におけるwnt活性が2倍に誘導されることを明らかにし、かつwntシグナル伝達活性にPGE2が直接影響することを示した。
【0025】
胚発生時のHSC形成におけるPGE2/wnt相互作用の機能的な結果は、HSCマーカーであるrunx1およびc-mybの発現を調べることによって解析した。10体節期において標準的wntリガンドwnt8を熱ショック誘導すると、受精の36時間後にHSC形成が亢進された(hpf; 47/54)。wnt8の誘導後にインドメタシンに曝露すると(10μM、16〜36hpf)、HSC形成は低下するか、野生型のレベルより低くなった(43/46)。これらの結果は、HSC発生に対するwntの活性化の効果には、PGE2活性が必要であることを示す。
【0026】
wnt活性の誘導性の負の調節物質をdmPGE2処理と組み合わせて用いて、PGとwntの経路の間の相互作用を機能的に局在化した。Dkk1は、膜結合およびwntシグナル伝達カスケードの開始レベルにおいて、wnt経路と拮抗する。hs:dkk1トランスジェニック胚におけるDkkの誘導は、HSC発生を阻害した(34/49)。外因性のdmPGE2へ曝露させると、HSC形成に対するdkk1を介する効果が救済された(28/51、10μM、16〜36hpf)。アクシンはβカテニン破壊複合体の中心的な成分であり、細胞質コンパートメントにおけるwntシグナル伝達カスケードの負の調節物質である。10体節期に誘導されると、アクシンはHSCの形成を強く阻害した(47/52)。さらにこの効果はdmPGE2処理では打ち消されなかった。同様に、ドミナントネガティブ形態のβカテニン転写活性化補助因子TCFはHSCの形成を消失させ(60/62)、dmPGE2への曝露ではレスキューが見られなかった。これらの結果は、PGとwnt経路がβカテニン破壊複合体のレベルで相互作用し、胚における成体型HSC形成を調節していることを示す。
【0027】
wnt経路は、HSCニッチからおよびHSC自身の内部からのシグナル伝達を通して、HSCの増殖を積極的に亢進することができる。HSC内部と同様に、PGE2は血管ニッチのレベルでHSC形成を調節している。North et al., 2007。wntシグナル伝達経路で調節される転写プログラムを同定するために、HSC発生に関与する遺伝子をqPCRで解析した。幹細胞マーカーrunx1およびcmybの発現は、wnt8の誘導後に有意に亢進され、インサイチューハイブリダイゼーション発現データと対応していた。逆に、dkk1誘導に応答してrunx1およびcmybが有意に低下した。通常の血管マーカーflk1および大動脈特異的血管マーカーephB2は、それぞれ同様にwnt8に応答して上昇し、dkk1誘導後に低下した。血管ニッチおよびその中で発生するHSC対するこれらの効果は、適当なプロスタグランジン経路の調節物質、すなわちそれぞれwnt8にインドメタシン、およびdkk1にdmPGE2を添加することで変化した。これらのデータは、PGE2とwntの相互作用が、少なくとも部分的に、造血ニッチの発生能のレベルの調節を通して、HSC形成に影響を与えていることを示唆する。さらに、AGMにおけるインサイチューハイブリダイゼーションおよびqPCRによるwnt標的遺伝子サイクリンD1の解析は、HSC自身の中でもwnt/PGE2相互作用が活性化し、その増殖および自己再生に影響を与えている可能性を示した。
【0028】
wntの活性化がHSCの自己再生および再増殖を調節していると仮定されてきた。さらにwntの活性化は発癌にも関与していると考えられているが、wntシグナル伝達の直接の亢進という概念には問題がある。プロスタグランジンによるwnt活性の調節が、成体でHSCホメオスタシスを効果的に調節できるかどうかは、ゼブラフィッシュにおいて照射後の造血の回復を観察することで決定された。以前に、PGE2処理が再生を有意に増加させ、幹細胞および前駆細胞の数に対する効果が照射の10日後に容易に検出されることが示された:PGE2が欠如すると、幹細胞および前駆細胞の増殖が抑えられる。TOP:dGFPレポーターフィッシュにおいてFACSで解析を行ったところ、腎髄質におけるWnt活性は、照射後に2倍に増加する。さらに、照射後24時間〜36時間にwnt8を誘導すると、照射の10日後までに幹細胞および前駆細胞群が2.5倍に増加した。この効果は、インドメタシンによってcoxを阻害すると有意に低下した。構成的にwntが活性化されているマウスモデルを用いて、この相互作用が脊椎動物種において保存されていることが示された。APCMin/+マウスでは、破壊複合体においてAPC機能が失われているため、βカテニンレベルが上昇している。対照の同腹仔と比較して、これらのマウスはベースラインでは正常な血球分類を示す。5-FUによる化学的な傷害後には、対照と比べてAPCMin/+マウスでは骨髄の回復が亢進していた。インドメタシン(48時間ごとに1 mg/kg)は、APCMin/+マウスにおける増殖の亢進を著しく低下させた。これらのデータは、PGとwntが相互作用して脊椎動物における造血のホメオスタシスを調節していることを確認する。
【0029】
プロスタグランジンレベルがHSCにおいてwnt活性を調節しているかどうかを評価するために、精製したHSCを用いてマウス移植アッセイを行った。FACSで単離したcKit+Scal+Lineage-(KSL)骨髄細胞を、致死的に照射されたレシピエントに移植した。wnt活性およびPGレベルの両方に影響を与えるため、GSK阻害物質BIO(0.05 mg/kg)、インドメタシン(1 mg/kgおよび2.5 mg/kg)、または両者の組み合わせで、レシピエントマウスを処理した。CFU-S12はBIO処理に応答して有意な2倍の上昇を示したが(p=0.03)、インドメタシンを同時に投与すると、CFU-Sの数はベースラインレベルに戻った。これらの結果は、HSCにおいてPGE2とwntが直接相互作用することを確認する。
【0030】
PGE2とwnt/βカテニンのシグナル伝達の相互作用が、他の組織において、幹細胞および前駆細胞群の保存された調節物質であるかどうかを決定するために、ゼブラフィッシュの発生において、内胚葉および肝前駆細胞を調べた。ゼブラフィッシュの胚をインドメタシンに曝露すると、内胚葉前駆細胞のマーカーであるfoxA3の発現が低下した(67/71)。特に、発生中の肝芽は著しく低下し、72 h.p.f.で肝臓が小さくなることが肝型脂肪酸結合タンパク(lfabp)の発現によって検出された(51/56)。dmPGE2を添加すると、foxA3細胞群が増加し、これに伴って肝臓原基(75/83)および肝臓サイズ(88/92)が増加し、これにより内胚葉の発生におけるPGE2シグナル伝達の新規の役割が明らかになった。この所見は、foxA3陽性細胞においてPGE2シグナル伝達の様々な成分が検出されることによって支持される。
【0031】
wntシグナル伝達は、内胚葉および肝臓の形成に必要であることが示された。wntシグナル伝達経路の構成性の活性化モデルとしてAPC変異ゼブラフィッシュを用いて、48hpfでのfoxA3+内胚葉前駆細胞におけるwnt/PG相互作用の効果を解析した。APC+/-胚は、野生型の同腹仔と比較して、foxA3発現が亢進されており、肝芽の増加(88/93)および肝臓サイズの増加(68/75)が見られた。インドメタシンによりAPC+/-胚において、未処理の野生型対照と同等レベルまでfoxA3陽性前駆細胞(33/39)および肝臓サイズ(61/67)が低下したが、dmPGE2は内胚葉前駆細胞(47/54)および肝臓サイズ(75/81)の両方を過度に亢進した。熱ショック誘導性のトランスジェニック株を用いると、HSCと同様に、内胚葉発生時のPGとwnt経路の相互作用は、破壊複合体レベルで起きることが確認された。qPCRでは、内胚葉(foxA3)および肝前駆細胞(hhex)の両方のマーカーが調節されることが示され、内胚葉発生時にはPGとwntの相互作用が異なる前駆細胞群に関与していることが示唆された。インスリンの発現はPG経路の調節の影響は受けないが、これはPG/wnt調節が異なる内胚葉系列の全般的な調節物質ではないことを示している。サイクリンD1およびcmycの両方が、発生時にwntおよびプロスタグランジンによって同時に調節されており、これはPGE2の幹細胞に対する効果が細胞周期および増殖の亢進を通して得られる可能性を示している。
【0032】
成体の肝臓のホメオスタシスにおいてもPG/wntが継続的に重要であることは、ゼブラフィッシュの肝切除モデルを用いて明らかに示された。1/3の部分肝切除後、ゼブラフィッシュの肝臓は5日から7日以内に再生する。APC+/-フィッシュにおいて、この過程は加速される。切除後6時間から18時間にインドメタシンで処理すると、野生型およびAPC変異フィッシュの両方において、再生指数が有意に低下した。βカテニンの免疫組織化学では、切除後にAPC+/-フィッシュで核染色が増強していることが示された。しかしインドメタシンは、βカテニンの全般的レベルを低下させ、野生型およびAPC+/-フィッシュの両方で核βカテニンを消失させた。
【0033】
PGE2がβカテニンレベルに影響を与える機序を明らかにし、この相互作用が哺乳類の肝臓の再生において保存された役割を持つことを示すため、野生型およびAPCMin/+マウスにおいて部分肝切除が行われた。ここでは、APCの変異により特に門脈周囲領域において、全体および核のβカテニンレベルが上昇した。インドメタシン(2.5 mg/kg bid sq)への曝露によって、両方の遺伝型でβカテニンレベルが有意に低下した。細胞培養実験では、PGE2が、アデニリルシクラーゼおよびプロテインキナーゼA(PKA)の活性化を介したGSK3bのリン酸化および不活化によって、βカテニンレベルを上昇させる可能性が示唆された;P-GSK3b(セリン9における)のIHCは、野生型およびAPC+/-マウスの両方で、インドメタシン曝露後に量の低下が明らかにした。これらの所見は、ウェスタンブロットで確認された。βカテニンはその標的であるサイクリンD1を通して細胞増殖を増加する可能性がある。サイクリンD1のレベルおよびBrdUの取り込みで測定したそれに伴う細胞増殖は、APCMin/+マウスで上昇し、インドメタシン曝露後に著しく低下した。
【0034】
ゼブラフィッシュにおけるPGの下流のシグナル伝達過程の機能的な相互作用は、フォルスコリンを用いてcamp産生を増加し、かつH89でPKAを阻害することによって調べた。HSCおよび内胚葉前駆細胞の両方で、フォルスコリンへの曝露はdmPGE2と同様の亢進効果があった。フォルスコリンは野生型およびwnt8トランスジェニックフィッシュの両方において、インドメタシンの阻害効果を救済することができた。H89によりPKAを阻害すると、dmPGE2により誘導されたHSC形成の増加が減少した。さらに、dmPGE2によるdkk効果の救済は、H89によって消失した。これらのデータは、PGE2がcampおよびPKAの活性化と、その後のGSK3bの不活化とによって、様々な幹細胞および前駆細胞群でβカテニンレベルを亢進させることを示唆する。
【0035】
本発明の別の態様は、肝臓の発生および成長の過程におけるwnt/βカテニンシグナル伝達の役割を提供する。簡単に述べると、wntシグナル伝達の重要な調節物質である腺腫様多発結腸ポリープ遺伝子の異型接合胚(APC+/-)は、拡張した肝臓を発生した。逆に、APC-/-胚では肝臓の分化指定がなかった。wntシグナル伝達の上昇および細胞内βカテニンの増加は、両方のAPCの肝表現型を仲介した。wnt/βカテニンシグナル伝達の誘導可能な活性化物質および抑制物質を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを用いて、胚発生時のwntの必要性は二相性であることが示された:原腸形成後に、肝細胞の運命の分化指定に、wntシグナル伝達の抑制が必要であった;逆に、正常な肝臓の成長には、wntのシグナル伝達の活性化が必要であった。ゼブラフィッシュとマウスの両方で肝切除を行い、肝再生におけるwntシグナル伝達の必要性を評価した。興味深いことに、APCヘテロ接合体は肝再生が加速しており、wntシグナル伝達を阻害すると再生が著しく低下した。本発明は内胚葉の臓器の分化指定、肝細胞の成長、および肝再生に、wnt/βカテニンシグナル伝達が進化で保存された役割を持つことを示しており、これは再生医学に意味を持つ。
【0036】
本発明の別の態様は、肝臓の成長を強力に変化させる物質としてプロスタグランジンの役割を提供する。ゼブラフィッシュの胚を、cox1特異的、cox2特異的、または二重特異性を持つ阻害剤(例えば、インドメタシン)とインキュベートすると、対照と比較して、受精後72時間までに肝臓のサイズが著しく低下する。反対に、ジメチル-プロスタグランジンE2(dmPGE2)に曝露すると、肝臓の発生が亢進された。cox1またはcox2のいずれかをモルホリノでノックダウンすると、同様に成長が阻害されたが、そのような成長は外来dmPGE2への曝露によって完全に救済された。成体ゼブラフィッシュを部分肝切除し、インドメタシンに曝露すると、対照と比較して、肝臓の再成長が有意に低下した。coxの阻害は、創傷治癒も阻害した。反対に、切除後にdmPGE2に曝露すると、処理しなかったフィッシュと比較して顕著な肝臓血管分布の増加を伴った肝再生の亢進が見られた。dmPGE2で処理したフィッシュでは、より速い創傷治癒も観察された。ゼブラフィッシュにおける同様の実験では、dmPGE2が受傷後の腎髄質の再増殖を亢進し得ることが示された。したがって、プロスタグランジン経路の調節は、心臓、骨、および受傷組織のような様々なタイプの組織において、修復/再成長に影響を与える可能性がある。
【0037】
未分化の内胚葉はシグナル伝達経路の作用によってパターン形成され、肝臓、小腸、膵臓、および副器官を形成する。Cui et al., 180 Dev. Biol. 22-34(1996);Zaret, 3 Nat. Rev. Genet. 499-512(2002)。主要な転写仲介物質であるβカテニンを介したWntシグナル伝達は、組織のパターン形成、細胞の運命の決定、ならびに臓器の発生および分化を含む、胚の多くの状況における増殖の制御に重要な役割を果たす。Clevers, 127 Cell 365-69(2006)。Wntシグナル伝達がないと、Axin、APC、およびグリコーゲンシンターゼキナーゼ(GSK)3βの破壊複合体の作用によって、βカテニンはリン酸化され、分解の標的となる。表面受容体にWntリガンドが結合すると、βカテニンは細胞質に蓄積し、核に移行することができ、そこで遺伝子発現を調節する。
【0038】
Wnt/βカテニンシグナル伝達経路のいくつかの成分の遺伝的変異は、胃腸腫瘍において高頻度に検出される。非常に顕著なことに、APC遺伝子の変異を持つ患者は、非常に若い年齢で直腸癌を発症する。Kinzler et al., 251 Sci. 1366-70(1991)。APC変異を持つ小児は、肝臓の胎生期癌である肝芽腫を発生する可能性が1000倍高い。Hirschman et al., 147 J. Pediatr. 263-66(2005)。βカテニンならびにAXIN-1および-2の変異は、肝細胞癌(HCC)に見つかる(Taniguchi et al., 21 Oncogene 4863-71(2002))。未分化型および分化型肝腫瘍の両方におけるWnt経路の成分の欠損の頻度に基づいて考えると、βカテニンシグナル伝達は肝臓発生のいくつかの局面を調節している可能性が高い。
【0039】
肝臓は、胚発生時には前部内胚葉前駆細胞に由来する。内胚葉前駆細胞が正中線に収束した後、内胚葉ロッド(rod)の増殖および分化指定が開始される。ゼブラフィッシュの胚では、肝臓になる運命の内胚葉前駆細胞は、受精の22時間から24時間後(hpf)に肥厚化する前部内胚葉として同定できる。Field et al., 253 Dev. Bio. 279-90(2003)。内胚葉がさらに発生すると、肝臓原基は卵黄嚢の上で正中線から左に伸びる隆起した芽として見られる。28hpfと30hpfの間に、肝臓になるように分化指定された細胞の中で肝特異的遺伝子の転写が開始する。肝臓は48hpfまでに完全に発生し、肝型脂肪酸結合タンパク(LFABP)のような成熟した肝特異的遺伝子を発現する。Her et al., 538 FEBS Lett 125-33(2003)。ゼブラフィッシュの肝臓が前方および左方に広がるにつれ肝臓の成長は継続する。肝臓の分化指定、出芽、および成長が脊椎動物胚の中で開始および制御される機序は、脊椎動物種を越えて高度に保存されていると考えられる。
【0040】
内胚葉の発生におけるWntシグナル伝達の必要性は、最初に線虫(C. elegans)において記載され、進化的に保存されている。Lin et al., 83 Cell 599-609(1995)。脊椎動物の内胚葉発生におけるWnt/βカテニンシグナル伝達の役割の解析は、βカテニンのホモ接合性欠失を持つマウスが初期胚で致死性であることによって減速した。Haegel et al., 121 Devel. 3529-37(1995)。APCMinホモ接合変異マウスも胚性致死性だが、ヘテロ接合体は生存可能で、成体として腫瘍を発生する。Su et al.,(1992)。アフリカツメガエル(Xenopus)では、wntは原腸形成時に内胚葉パターン形成のために必要である。Heasman et al.,(2000)。βカテニンの誘導性の不活化を通して、Wnt/βカテニンシグナル伝達が小腸の発生および小腸構造の形成のために必要であることが示された。Ireland et al.,(2004)。さらに、Wnt依存性の腸陰窩の解剖学的構造の調節は、成体で維持されている。Pinto et al.,(2003)。肝臓の発生におけるWntシグナル伝達に関する最近の研究では、相反するように見える所見が得られている。アフリカツメガエルにおける新たなデータでは、肝臓の分化指定が起こるためには、初期内胚葉前駆細胞におけるwntの抑制が必要であることが示唆される。反対に、ゼブラフィッシュのwnt2b変異体prometheusは、肝臓の成長の調節において中胚葉由来のWntシグナルが必要なことを明らかにしている。Ober et al.,(2006)。ホモ接合のprometheus変異体は生存可能で、最終的に肝臓を発生する。これは、wnt2bが欠失しても肝臓前駆細胞は正しく分化指定され得るが、中胚葉のwnt2シグナル伝達が欠けると、肝臓の成長の最初の波が損なわれることを示唆する。他のwnt因子が肝臓の分化指定および発生におけるwnt2bの欠失を補償するのかどうか、wntが肝細胞増殖の後の段階で必要でないかのどうかは不明である。
【0041】
APCの変異を持つゼブラフィッシュは、TILLING法(ゲノムにおける誘導した局所損傷のターゲティング)によって以前に同定された。Hurlstone et al., 425 Nature 633-37(2003)。APC+/-変異体は96hpfまでに死亡するが、APC+/-フィッシュは生存可能で、自然発生の胃腸腫瘍の発症に対する感受性が高まっている。Haramis et al.,(2006)。APC+/-変異ゼブラフィッシュに発症する肝腫瘍は、肝芽腫に類似しており、APCの変異が、肝前駆細胞のwntに調節される分化の欠損を誘導することを暗示している。
【0042】
APC変異体とwnt/βカテニンシグナル伝達の誘導性活性化物質および抑制物質を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを用いて、本発明は、胚発生時と、成体の組織のホメオスタシスを仲介する際とにおける、wnt/βカテニンシグナル伝達の時間的必要性の特徴づけを提供する。APCの欠損は、肝臓発生に対して異なる効果を持ち、これは肝臓発生時にwntシグナル伝達の一時的必要性の変化によって仲介される。Wntの活性化は内胚葉前駆細胞の運命の決定に影響を与え、膵臓組織の形成を犠牲にして肝臓および小腸の発生が増加する。部分的肝切除のゼブラフィッシュモデルの作製を通して、本発明はインビボの肝再生時にwntが必要であることを示す。さらに本発明は、再生過程の亢進におけるwntシグナル伝達の上昇の役割が、ゼブラフィッシュおよびマウスで保存されていることを示す。これらのデータは、Wnt/βカテニンシグナルが、肝臓発生のいくつかの局面において必要であり、高度に調節されており、これが臓器のホメオスタシスにおいて中心的な役割を維持することを示す。したがって本発明は、Wntシグナル伝達の一過性のアップレギュレーションのための方法を提供するが、これは哺乳類およびヒトにおいて肝臓の再生を亢進する魅力的な機序となる可能性がある。
【0043】
肝臓器官形成に対するAPCの欠損の異なる効果は、APC+/-ゼブラフィッシュをLFABP:GFP蛍光レポーター株と交配して、蛍光顕微鏡によって肝臓の発生を評価することにより明らかにされた。72hpfまでに、APC+/-胚は野生型の同腹仔と比較して肝臓のサイズが劇的に上昇していた(265/297)。対照的に、ホモ接合のAPC-/-変異胚では、発生のどの段階でもLFABP発現は検出されなかった(134/134)。肝臓発生において観察される表現型の変化が単にLFABPの発現のばらつきによるものではないことを確認するため、ステロールキャリアタンパク質およびトランスフェリンに対するインサイチューハイブリダイゼーションを行い、同様の結果を得た。
【0044】
APC+/-:LFABP:GFP近交系間交配種の子孫におけるGFP+細胞のフローサイトメトリー解析では、APC+/-胚で肝細胞数が3倍に上昇していることが明らかになり、APC+/-変異体にはGFP+肝細胞が存在しないことが確認された。対応する組織切片の肝細胞核の数は、肝臓発生に対するAPC欠損の異なる効果を裏付けた;ACP-/-胚では組織学的解析によると肝細胞が完全に欠失していたが、APC+/-胚は野生型と比較して有意な増加を示した。野生型とAPC+/-標本の間には、細胞の全般的形態に変化は観察されなかった。
【0045】
APCは核においてβカテニンの利用可能性を同時制御しているので、72hpf時点で野生型およびAPC+/-胚の肝細胞におけるβカテニンの細胞内含有量と局在性を、免疫組織化学(IHC)によって調べた。野生型の肝臓は主に、膜に結合したβカテニンを示した。APC+/-胚の肝臓では、βカテニン染色は著しく増加しており、細胞質では4倍、核染色では5倍増加していた。Wnt/βカテニンシグナル伝達は、様々な組織で細胞周期、細胞増殖、およびアポトーシスに対する効果を仲介することが知られている。Alonso & Fuchs, 17 Genes Devel. 1189-1200(2003); Pinto et al., 17 Genes Devel. 1709-13(2003); Reya et al., 243 Nature 409-14(2003)。APC+/-胚における総肝細胞数の増加が増殖活性の上昇によるものかどうかを決定するために、72hpfにおけるBrdUの取り込みを調べた。野生型と比較して、APC+/-胚では、肝臓あたりのBrdU陽性細胞の割合が有意に増加していた。PCNA染色でも同様の結果が観察された。
【0046】
肝臓発生の欠如のために胚の肝細胞におけるβカテニン分布の評価はできないが、隣接する内胚葉組織は胃腸管の全長にわたって強いβカテニン染色を示し、ほぼ全ての細胞でBrdUの取り込みが見られた。小腸および発生時の脳におけるAPC欠損に起因する異常なwntシグナル伝達は、分化の阻害および最終的にはアポトーシスにつながる。Chenn & Walsh, 297 Sci. 365-69(2002); Sansom et al., 18 Genes Devel. 1385-90(2004)。豊富なwntシグナル伝達が存在するにもかかわらず、なぜAPC+/-胚が肝細胞を発生できないかをさらに評価するために、APC+/-胚の組織切片においてTUNEL染色を評価した。肝臓の分化が起きない部分を含め、内胚葉の全長にわたって、高レベルのTUNEL陽性アポトーシス細胞が見られた。アポトーシスのマーカーであるカスパーゼ活性は、APC-/-胚では野生型の2倍高かった。これらのデータは、APC+/-変異体における肝臓の欠如が、内胚葉前駆細胞の死によるためであることを示唆する。
【0047】
βカテニンレベルの上昇は、APC変異体における肝臓の異なる表現型の原因となる。興味深い所見は、APCの漸進的な損失が、肝臓のサイズに直線的な効果を持たないということである。βカテニンがAPC-/-胚における拡張した肝臓とAPC+/-変異体における肝臓の分化指定の欠如とを両方引き起こしていることを示すために、モルホリノアンチセンスオリゴヌクレオチド(MO)法によってβカテニンレベルを低下させた。ゼブラフィッシュβカテニンの開始部位に対するMO(Lyman Gingerich et al., 286 Devel. Bio. 427-39(2005))を、1細胞期にAPC+/-近交系間交配種の子孫に注入した。低濃度のMO(40μM)を用いると、注入を受けた胚は良好に原腸形成まで進むことができ、対照のMO注入胚と比較して、肉眼的形態に影響は見られなかった。
【0048】
βカテニンの標的化ノックダウンにより、肝臓の表現型の分布に劇的な変化が見られた。大部分の胚(74%)は正常な肝臓を示したが、引き続いて遺伝子型を分析すると、この細胞群は野生型とAPC+/-胚の両方を含むことが分かった。一部のAPC+/-胚(15%)はなお拡張した肝臓を示し、これは低いMO投与によって引き起こされたβカテニンの機能的ノックダウンが不十分であったことを反映すると考えられる。MOを注入され72hpfまで生存したAPC+/-胚のうち、43%がLFABP発現の証拠を示した;しかしながらこれらの胚はそれでも重度の発生欠損を示し、120hpf以上は生存できなかった。これらのデータは、βカテニンレベルのみが両方の肝臓の表現型を引き起こすために充分であることを示唆し、wnt/βカテニン経路がこれらの効果の仲介をしていることを示す。この結論は、標準的なwnt2b、wnt3、およびwnt8のノックダウンが肝臓のサイズの低下を引き起こしたことによって支持される。
【0049】
Wnt/βカテニンシグナル伝達は、内胚葉前駆細胞群に影響を与える。wntシグナル伝達の活性化物質または阻害物質を発現する誘導性のトランスジェニックゼブラフィッシュを利用して、wntシグナル伝達が内胚葉の分化および肝臓のサイズに影響を与えるのは胚発生のどの段階であるかを決定した。hs:wnt-GFPフィッシュは、熱ショック誘導性プロモーターの制御下でwntリガンドのwnt8を発現するが、hs:dkk-GFPおよびhs:dnTCF-GFPはそれぞれ、frizzled受容体または核転写物もしくは核転写複合体のレベルのいずれかで、wnt/βカテニンシグナル伝達の阻害を可能にする。発生の尾芽期(10hpf)の前にwnt8を全般的に誘導すると、原腸形成および全般的な胚パターン形成が重度に破壊され、24hpfまでに成長停止または死に至った。1体節期および5体節期の間には、wnt活性化は72hpfまで生存した胚において有意な心臓性浮腫、体長の低下、および肝臓形成の欠如を引き起こし、これはAPC-/-変異体を連想させるものであった。10〜18体節期にwnt8を熱ショック誘導すると、熱ショックを与えた野生型対照と比較して著しく拡張した肝臓が観察された。臓器のサイズの全般的増加に加えて、10体節期に熱ショックを与えた肝臓の50%は内胚葉ロッドから完全に分離せず、正中線における肝臓特異的遺伝子発現の上昇、および肝臓細胞の後方延長が引き起こされた;この表現型は、共焦点顕微鏡観察および組織学的切片法によって確認された。24hpfと36hpfの間の時点での一過性のwnt活性化は、72hpfにおける肝臓のサイズに中程度の効果をもたらした。同様に、dkkまたはdnTCFの誘導による肝臓発生に対するwnt阻害の効果は、10〜18体節期に最も顕著であり、胚成熟のより遅い段階ではより穏当であった。5体節期前のwnt/βカテニンシグナル伝達の全般的阻害は、早期の胚で致死性であった。
【0050】
LFABPのような肝特異的な転写物の発現は〜44hpfで開始され、内胚葉管の肝臓になる運命の領域への分離は22hpfまでに確立すると考えられている。熱ショックアッセイで得られた結果により、肝臓発生に対するwntを介する効果が、成熟した臓器の形成前に、または内胚葉前駆細胞の運命が決定する時期のわずかに前に、開始することを示唆された。内胚葉前駆細胞群に対するwnt活性化の効果を探るために、wnt8の熱ショック誘導の後に、汎内胚葉マーカーであるfoxA3の発現が解析された。10体節期における熱活性化後の48hpfで、肝芽のサイズの有意な上昇が観察された;膵臓原基のサイズの低下も見られ、一方より後のwnt8誘導(24hpf以降)の効果はこれほど顕著ではなかった。wnt8活性化は、内胚葉前駆細胞に対して用量依存的な効果も示した:18体節期に5分、20分、および60分熱ショックを与えると、対照と比較して、肝臓は漸進的に拡大したが、膵臓組織がその犠牲になった。
【0051】
APC変異体におけるβカテニンの活性化は、内胚葉の運命の変化をもたらした。熱ショック実験は、wntを介した肝細胞数の増加が、内胚葉前駆細胞のレベルで起きることを示唆した。内胚葉前駆細胞に対する漸進的なAPC損失の効果を評価するために、APC+/-近交系間交配種の子孫における発現を48hpfで調べた。野生型と比較して、APC+/-胚は肝芽が増加、膵芽が減少していた。この表現型は、インビボにおいてAPC;gut:GFP近交系間交配種の共焦点顕微鏡観察、および48hpfにおけるFACS解析により確認された。APC+/-胚は、48hpfで内胚葉組織化の明確なパターンを示さず、FACS解析ではgut:GFP+の子孫の数が低下していたが、これは明確な臓器も内胚葉前駆細胞の増殖も起きないことを意味する。
【0052】
内胚葉前駆細胞の全ての細胞群が、APCの損失またはwnt活性化の影響を受けると考えられるので、この発生初期の変化の結果を、成熟した内胚葉臓器で調べた。それぞれ内分泌性および外分泌性膵臓の分化の指標であるインスリンおよびトリプシンの発現は、APC+/-胚では72hpfで低下していた。APC-/-変異体では、トリプシンの発現はほぼ検出されなかった;インスリンの発現は低下していたものの、まだ観察された。小腸型脂肪酸結合タンパク(IFABP)の発現で示されるように、分化した小腸に対するAPCの損失の効果は、肝臓と類似していた:APC+/-胚は、野生型と比較してIFABP染色が増加していたが、APC-/-胚はIFABPを発現していなかった。10体節期においてwnt8を誘導すると、各々の内胚葉臓器に同様の効果があったが、特に膵臓でより乱れたパターンが形成された。これらのデータにより、発生期のwnt/βカテニンシグナル伝達は、臓器の分化指定の前に内胚葉発生を調節しており、この効果が膵臓組織を犠牲にした肝臓への内胚葉前駆細胞の分化における変化を仲介することが示される。さらに、尾芽期および初期体節期における過剰なwnt/βカテニン活性化は、内胚葉分化指定および増殖の欠損を引き起こし、その結果、内胚葉細胞死が増加し、成熟した内胚葉臓器が発生できなくなる。
【0053】
Wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝細胞の増殖を亢進する。wnt/βカテニンシグナル伝達が、分化した肝細胞の増殖の効果も仲介するかどうかを決定するために、48hpfにおいてwnt8の発現を誘導した。これにより、72hpfにおいて、LFABP:GFPフィッシュの共焦点顕微鏡観察による肝臓のサイズと、FACSによるGFP+細胞との両方に2倍の増加が引き起こされた。分化指定された肝前駆細胞が増殖するにつれ、肝臓のサイズは劇的に増大する:72hpfと120hpfの間に、肝細胞の数は、野生型の胚では2倍から3倍に増加する。FACS解析によると、wnt8-誘導胚では120hpfにおいてもGFP+肝細胞の数はまだ増加しているが、この差はLFABP発現の肉眼的観察ではあまり明白ではない。48hpfにおいてwntシグナル伝達の阻害を熱ショックで誘導したところ、wntは最適な肝臓の成長に必要であることが示された;dkkおよびdnTCFの両方の胚は、72hpfにおけるインサイチューハイブリダイゼーションで対照と比較したところ、肝臓のサイズが低下していた。これらのデータは、wntシグナル伝達が、分化した肝細胞の増殖においても継続して重要であることを示す。
【0054】
Wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝臓の再生時に活性化され、必要とされる。脊椎動物の肝臓は動的な臓器であり、一生を通して、限定的な損傷は修復できる。成体の肝臓のホメオスタシスの維持におけるwnt/βカテニンシグナル伝達の役割を評価するために、ゼブラフィッシュにおける肝再生のモデルを開発した。成体ゼブラフィッシュは、三葉の肝臓を有する;下葉の除去による1/3部分肝切除後には、野生型ゼブラフィッシュの>95%は直ちに回復し、7日以内に肝臓は完全に再生する。wnt/βカテニンレポーターフィッシュ(TOP:dGFP)では、切除の24時間後(hpr)には肝切除端でGFP蛍光が観察され、これは肝再生の初期段階でwntシグナル伝達経路が活性化されることを示す。これは、擬似手術をした対照と比較して、再生する肝臓において核のβカテニンが増加していることと相関した。
【0055】
過剰なwnt活性化が再生に有利であるかどうかを決定するために、6hpr〜18hprに熱ショックによりwnt8の発現を誘導した。この処理により、3hprにおいて野生型と比較して顕著な肝臓の成長の加速が引き起こされた。同様に、APC+/-変異体は対照と比較して再生能力が亢進されていた。dnTCFトランスジェニックを用いると、肝再生および創傷治癒の両方が重度に損傷されていることが明らかになり、wnt/βカテニンシグナル伝達がゼブラフィッシュの肝再生に必要であることが示された。組織学的な解析では、再生の全ての段階でこれらの所見が確認された。wntシグナル伝達が増加し、再生が亢進されているゼブラフィッシュでは、核および細胞質のβカテニンレベル、ならびにPCNA染色が上昇していた。これらの実験は、生物の一生にわたって、肝臓のホメオスタシスおよび成長にはwnt/βカテニンシグナル伝達が継続して重要であることを明らかにする。
【0056】
重要なことに、βカテニンシグナル伝達の上昇は、哺乳類の肝再生を亢進できる。wnt/βカテニンシグナル伝達の増加が、哺乳類における部分肝切除後に、保存された再生の利点を提供するという予測を検証するために、APCMin/+および野生型のマウスで肝切除を行った。標準的な2/3の部分肝切除後、肝重量:体重の比を評価すると、対照と比較してAPCMin/+マウスでは再生能力が増加していることが明らかになり、これは肝再生の初期段階で最も顕著であった。APCMin/+マウスでは、βカテニンレベルはベースラインで上昇しており、主に門脈路付近に局在し、肝再生の初期段階で有意に上昇する。APCMin/+マウスのデータは、wnt活性化が肝再生の反応速度を増加することを示し、さらにwnt/βカテニンシグナル伝達を薬理学的に操作すると、受傷後の肝再生が加速するであろうことを示唆する。
【0057】
肝臓の発生を制御する分子機構を示すことで、肝腫瘍形成の生物学的基礎を明らかにし、かつ治療的操作のための標的を提供する。wnt/βカテニンの欠損は、未分化型および分化型の両方の肝腫瘍に広く見られるので、本発明は肝臓の分化指定および成長の両方の調節におけるwntシグナル伝達の役割を提供する。wntシグナル伝達の活性化物質および抑制物質を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュ、ならびにβカテニン活性の調節異常の変異ゼブラフィッシュの解析を通して、本発明は肝臓の発生および成体組織のホメオスタシスのいくつかの局面に必要とされるwnt/βカテニンの調節を提供する。
【0058】
APCが漸進的に失われても、胚発生時の肝臓のサイズには直線的な影響は見られなかった。APCの損失は、細胞質および核のβカテニンの蓄積を増加させた。これはAPC+/-胚においては肝細胞数の増加を引き起こしたが、APC-/-変異体におけるβカテニン調節の完全な欠如は、アポトーシスを増加させ、分化した内胚葉臓器の発生が行われなくなった。本明細書で報告したように、熱ショック誘導性のトランスジェニックフィッシュの使用により、内胚葉前駆細胞におけるwntシグナル伝達の機能的な必要性が、胚発生の間で変動することが示される。驚くべきことに、初期の体節形成(〜1体節期から5体節期)における過剰のwnt/βカテニンシグナル伝達は適切な肝臓発生を阻害できたが、10体節期におけるwnt8の活性化は肝臓の拡大を引き起こした。wnt/βカテニンシグナル伝達の上昇(10体節期から24hpf)により仲介される前駆細胞の増殖の亢進は、前駆細胞のプールを迅速および指数関数的に増大させ、wnt8およびAPC+/-胚で観察される肝臓のサイズと細胞数の大きな差を引き起こす。分化した肝臓の形成後、wntシグナル伝達の上昇(48hpf)は再び肝細胞の増殖および全体的な臓器の成長を亢進する。総合するとこれらのデータは、肝臓の適切な分化指定および発生のために、wntシグナル伝達の調節が、いくつかの段階依存的に必要とされることが示される。
【0059】
本所見は、内胚葉前駆細胞および分化指定された肝細胞に対するwnt/βカテニンシグナル伝達の二相性の波のモデルを支持する。さらに、これは内胚葉発生、特に肝臓に対するwnt/βカテニンシグナル伝達の効果の報告の食い違いを調和させる。初期の体節形成では、高レベルのwntシグナル伝達は肝臓の分化指定および発生に有害である。APC-/-変異胚は、適切な内胚葉前駆細胞のためにβカテニンシグナル伝達がいくらか抑制される必要があることを示す。内胚葉の運命が割り当てられた後には、本明細書で示すように、前駆細胞の増殖および臓器の成長を開始するためにwntが必要である。APC+/-胚におけるβカテニンシグナル伝達レベルが上昇すると、この段階で成長に有利となり、これは増殖する肝芽細胞の数の増加、およびその後の肝細胞数の増加に反映される。
【0060】
本明細書に記載する興味深い所見は、wnt/βカテニンシグナル伝達が分化指定されていない内胚葉前駆細胞の発生の運命を変化させることができるというものであった。wnt/βカテニンの誘導がその後の内胚葉臓器の分化に与える影響は、熱ショック誘導性のwnt8胚で顕著であった。Wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝臓分化指定の縦軸ゾーンを変化させ、前駆細胞の分布を肝特異的細胞の運命に移行させた。最も顕著なことに、過剰のwntシグナル伝達は膵臓の発生に特に不利なようである。肝臓に調節されるシグナルに応答できる内胚葉細胞のゾーンが拡張し、通常ならば膵臓の発生に利用される領域が切り詰められている可能性がある。または、両能性の肝膵前駆細胞が存在するならば、肝細胞の運命に分化する偏った圧力が、事実上膵臓を形成するために使用できる前駆細胞の数を減らすことになるだろう。胚の外植解析では、腹側前腸内胚葉が、線維芽細胞増殖因子のような肝誘導シグナルがないときに、膵臓遺伝子プログラムを活性化することが示されたが、これは両能性の細胞が存在することを示唆する。Deutsch et al., 128 Devel. 871-81(2001)。これらの多能性前駆細胞群の性質は、治療用に操作できる可能性がある。肝細胞および胆管細胞の両方に分化する能力のある肝前駆細胞が記載されているが(Strick-Marchand et al., 101 P.N.A.S. USA 8360-65(2004))、膵臓への分化に関する前駆細胞の可塑性の検討は完了していない。
【0061】
本発明は、肝臓の再生研究を可能にするゼブラフィッシュにおける新規の技術として、部分肝切除の開発を導入する。ゼブラフィッシュの肝臓は、7日以内に元のサイズに再生し、これはマウスの肝臓の再生の反応速度に匹敵する。ゼブラフィッシュのサイズと被包性でない臓器の切除に伴う複雑性とにより、肝重量/体重比に基づく肝再生の正確な定量分析ができないが、本明細書に詳述するひとかたまりの切除解析の開発、および再生時のいくつかの段階における完全な組織学的特徴づけは、正確かつ詳細な解析を可能にする。例えば、wntレポーターフィッシュを用いることで、本研究は、wntシグナル伝達が切除端において最初の24時間以内に活性化することをインビボで示す。
【0062】
さらに本発明は、wnt/βカテニンシグナル伝達の活性化が、肝再生の速度を亢進できることの最初の例を提供する。wnt8トランスジェニックおよびAPC+/-フィッシュの解析では、核βカテニンのレベルが上昇すると、細胞増殖が亢進され、肝再生が加速することが明らかになった。さらに、再生の利点は、APCMin/+マウスの肝切除後に進化的に保存されている(マウスの肝切除は、Green & Puder, 16 J. Investigational Surgery 99-102(2003)に記載されるように行った)。したがって、本発明は、肝切除またはアセトアミノフェンのような毒素により誘導される急性肝不全からの回復時に、患者において肝再生を亢進するための方法として、wnt/βカテニン経路の操作を提供する。
【0063】
本明細書に示すように、wnt/βカテニンシグナル伝達は、肝臓発生時にいくつかの内胚葉および肝細胞群に影響を与えるが、このプログラムは肝再生の調節のために再活性化する。Wnt/βカテニンシグナル伝達は、様々な形の肝腫瘍に関与していることが充分に記載されている:肝芽腫はしばしばAPCの変異を示し、胆管癌およびHCCはβカテニン、AXIN、およびGSK-3βの変化を示す。これは、肝臓発生時のいくつかの段階で、wnt/βカテニンシグナル伝達が肝細胞の運命を調節できるのと同様に、wnt/βカテニンシグナル伝達はいくつかの種類の肝細胞群において、発癌に貢献し得ることを示唆する。これらの細胞群に対するwnt/βカテニンシグナル伝達の発生における効果を理解すると、発癌の機序、および各々の種類の細胞でどのように発癌が阻害できるかを、明らかにできる。ゼブラフィッシュのモデルは、wntシグナル伝達を調節するための新規の治療薬の同定のための、独特の機会を提供する。胚発生時の細胞増殖のwntを介した調節を変化させる物質の化学遺伝学的スクリーニングは、現在進行中である;成体ゼブラフィッシュの肝再生時、およびAPC+/-フィッシュにおける発癌の調節、ならびに化学的に誘導された肝癌のゼブラフィッシュモデルにおける保存された機能について、本方法で同定する化合物をさらに評価してもよい。ゼブラフィッシュの肝臓発生、肝細胞の増殖、および発癌におけるwnt/βカテニンシグナル伝達の機能の完全な解析、ならびに大規模な化学スクリーニングは、癌をより効果的に診断および治療する能力を亢進する。
【0064】
本発明の別の態様は、プロスタグランジンシグナル伝達経路を介して、哺乳類の組織の成長または再生を調節する組成物および方法を提供する。例えばプロスタグランジンE2は脊椎動物の組織の再生を亢進する。ゼブラフィッシュにおける化学スクリーニングでは、胚発生時の肝臓の成長の強力な調節物質として、プロスタグランジンシグナル伝達経路を同定した。cox1特異的、cox2特異的、または二重特異性を持つ阻害剤と胚をインキュベートすると、野生型対照と比較して、72hpfまでに肝臓のサイズが著しく減少したが、ジメチルプロスタグランジンE2(dmPGE2)に曝露すると、肝臓の発生が亢進された。cox1またはcox2のいずれかをモルホリノでノックダウンすると、同様に成長が阻害されたが、外来dmPGE2への曝露によって完全に救済された。胚発生を制御する多くの分子経路が、成体では組織のホメオスタシスに介在するので、肝再生時のプロスタグランジンシグナル伝達の効果を調べた。生きたゼブラフィッシュの肝臓の1/3を一貫して切除するための新規の方法を考案した;麻酔薬のトリカインの投与後に、心臓のすぐ後方の腹部に小切開を作製し、顕微手術用鋏を用いて三葉性の肝臓の下葉を除去した。フィッシュは蘇生し、フィッシュ用の水中で治癒した。
【0065】
再生時の機能的なプロスタグランジンシグナル伝達の必要性を検証するために、部分肝切除の6時間から18時間に、フィッシュを二重特異性を持つcox阻害剤であるインドメタシンに曝露した。インドメタシンは、対照と比較して1日目および3日目に肝臓の再成長を有意に低下させ、切除後5日目までに完全に再生が見られなかった。さらに、インドメタシンに曝露すると、切除端にすぐ接する領域および臓器の非損傷部分全体にわたって、肝臓の構造が変化した。cox阻害剤は切除部位における創傷治癒も阻害した。
【0066】
切除後にdmPGE2に曝露すると、未処理のフィッシュと比較して、肝臓の再成長が亢進され、肝臓血管分布が顕著に増加した。この亢進は、切除後1日目からすでに見られ、臓器の完全な再生がより迅速に起きた。さらに、結合組織のより迅速な創傷治癒も観察された。プロスタグランジンE2レベルの調節は、心臓、骨、および創傷の修復など、様々なタイプの組織を修復/再成長する機能を果たしている可能性がある。
【0067】
さらに、プロスタグランジン経路は、wntシグナル伝達と相互作用をする:プロスタグランジン経路の活性化物質であるdmPGE2は、発生中の脳、肝臓、および消化管においてwntシグナル伝達を亢進することが見出され、一方インドメタシンはwntシグナル伝達をほぼ消失させた。さらに、cox阻害は肝臓発生および肝再生に対するwnt活性化の成長促進効果を減弱することができた。結果は、プロスタグランジン経路が、wnt経路の中心的な仲介物質であるβカテニンの転写活性に直接影響を与えることを示唆する。同様に、国際公開公報第07/112084号に記載されるように、wntシグナル伝達は造血幹細胞の形成および回復も調節することができる。肝臓と同様に、wntを介したHSC数の増加は、プロスタグランジンシグナル伝達の阻害によって阻止できる。これは、wntとプロスタグランジン経路の相互作用が、いくつかの組織の成長および修復において保存されていることを示唆する。wntシグナル伝達経路は、治療的操作の魅力的な標的となる可能性がある:この経路の活性化は組織の成長および受傷後の再生を亢進するが、反対に、阻害は癌治療において重要になる可能性がある。しかし、今日までに発見されたwnt阻害剤は、おそらく毒性または副作用のために、まだ臨床使用のために完全に開発されていない。wntシグナル伝達を調節するためにプロスタグランジンまたはプロスタグランジン阻害剤を使用することは、バランスのとれた代替の手法を提供する:wnt活性化は受傷後の急性修復段階に利益をもたらすが、プロスタグランジンの阻害はwntシグナル伝達の望まない効果を防ぐ働きがある可能性がある。
【0068】
プロスタグランジン経路に影響を与えて組織成長を阻害する本発明の組織成長の調節物質には、インドメタシン、NS398、SC560、セレコキシブ、スリンダク、フェンブフェン、アスピリン、ナプロキセン、イブプロフェン、AH6809(EP1/2 antag)、およびAH23848(EP4 antag)が含まれる。
【0069】
プロスタグランジン経路に影響を与えて組織成長を亢進する組織成長の調節物質には、dmPGE2、PGE2、PGI2、リノール酸、13(s)-HODE、LY171883、ONO-259、Cay10397、エイコサトリエン酸、エポキシエイコサトリエン酸、およびアラキドン酸が含まれる。
【0070】
wnt経路に影響を与えて成長を阻害する組織成長の調節物質には、ケンパウロン(Kenpaullone)(HDAC効果、GSK3bではない)、バルプロ酸(HDAC効果、GSK3bではない)、および可溶性dkkが含まれる。
【0071】
反対に、wnt経路に影響を与えて成長を亢進する組織成長の調節物質には、BIO、LiCl、および可溶性wntリガンドが含まれる。
【0072】
さらに、最初のプロスタグランジンシグナル伝達の下流に作用してcAMP/PI3K/AKTセカンドメッセンジャー調節物質に影響を与え、組織成長を阻害する組織成長の調節物質には、H89、PD98059、KT5720、U0126、LY294002、およびワートマニンが含まれる。
【0073】
最初のプロスタグランジンシグナル伝達の下流に作用してcAMP/PI3K/AKTセカンドメッセンジャー調節物質に影響を与え、組織成長を亢進する組織成長の調節物質には、フォルスコリン、8-ブロモ-cAMP、およびSp-5,6,-DCI-cBiMPSが含まれる。
【0074】
最初のプロスタグランジンシグナル伝達の下流に作用する可能性のある他の組織成長の調節物質には、Ca2+セカンドメッセンジャー調節物質が含まれる。組織の成長を阻害するものには、BayK 8644およびチオリダジンが含まれる。成長の亢進物質と考えられるものには、Bapta-AM、フェンジリン、ニカルジピン、ニフェジピン、ピモジド、ストロファンチジン、ラナトシドが含まれる。
【0075】
NO/アンジオテンシンシグナル伝達調節物質経路は、本明細書記載のプロスタグランジンおよびwntシグナル伝達と相互作用することができる。組織成長を阻害するものには、L-NAME、エナラプリル、カプトプリル、AcSDKP、ロサルタン、テルミサルタン、ヒスタミン、アンブロキソール、クリシン、シクロヘキサミド、メチレンブルー、エピネフリン、デキサメタゾン、プロアジフェン、ベンジルイソチオシアネート、およびエフェドリンが含まれる。
【0076】
プロスタグランジンおよびwntシグナル伝達と相互作用をして、組織成長を亢進するNO/アンジオテンシン調節物質には、L-Arg、ニトロプルシドナトリウム、バナジン酸ナトリウム、およびブラジキニンが含まれる。
【0077】
早期の実験的証拠は、肝臓の成長が、ノルエチンドロン、3-エストラジオール、βカロテン、およびBMS189453のような組織成長の調節物質によって阻害される可能性があることを示唆している。反対に、肝臓の成長は、フルランドレノリド、オールトランスレチノイン酸、ビタミンD、およびレチノールによって亢進された。
【0078】
シクロオキシゲナーゼ(COX)の産物であるプロスタグランジンE2(PGE2)は、4つのGタンパク質共役受容体(EP1〜EP4)に結合することにより機能を発揮する。したがって、本発明の組織成長の調節物質には、PGE2受容体作動物質およびPGE2受容体拮抗物質が含まれる。
【0079】
EP4選択的作動物質には、ONO-AE1-734(メチル-7-[(1R, 2R, 3R)-3-ヒドロキシ-2-[(E)-(3S)-3-ヒドロキシ-4-(m-メトキシメチルフェニル)-1-ブテニル]-5-オキソシクロペンチル]-5-チアヘプタノエート)、ONO-AE1-437、ONO-AE1-329、ONO-4819(それぞれOno Pharma. Co., Osaka, Japanより)、APS-999 Na(Toray Indus., Inc., Tokyo, Japan)、8-アザピペリジノンシリーズのEP4作動物質のアナログであるAGN205203(Allergan, Inc., Irvine, CA)、L-902,688(Merck Frosst Canada, Ltd.)、1,6-二置換ピペリジン-2-オン、3,4-二置換1,3-オキサジナン-2-オン、3,4-二置換1,3-チアジナン-2-オン、および4,5-二置換モルホリン-3-オン誘導体が含まれる。米国特許第7,053,085号参照(Merck & Co. Inc, Rahway, NJ)。
【0080】
逆にEP4選択的拮抗物質には、ONO-AE3-208(4-{4-シアノ-2-[2-(4-フルオロナフタレン-1-イル)プロピオニルアミノ]フェニル}酪酸)(Ono Pharma. Co., Osaka, Japan)、CJ-023,423(N-[({2-[4-(2-エチル-4,6-ジメチル-1H-イミダゾ[4,5-c]ピリジン-1-イル)フェニル]エチル}アミノ)カルボニル]-4-メチルベンゼンスルフォンアミド)(Pfizer)、BGC20-1531(BTC Int'l, Ltd.)、AH23848、((4Z)-7-[(rel-1S,2S,5R)-5-((1,1'-ビフェニル-4-イル)メトキシ)-2-(4-モルホリニル)-3-オキソシクロペンチル]-4-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩水和物)、AH22921([1α(Z),2βa,5α]-(±)-7-[5-[[(1,1'-ビフェニル)-4-イル]メトキシ]-2-(4-モルホリニル)-3-オキソシクロペンチル]-5-ヘプテン酸)(GlaxoSmithKline)、L-161,982(N-[[4'-[[3-ブチル-1,5-ジヒドロ-5-オキソ-1-[2-(トリフルオロメチル)フェニル]-4H-1,2,4-トリアゾール-4-イル]メチル][1,1'-ビフェニル]-2-イル]スルホニル]-3-メチル-2-チオフェンカルボキシアミド)(Merck Frosst Ltd.、カナダ)が含まれる。
【0081】
EP2選択的拮抗物質には、ONO-AE1-259、ONO-8815Ly、ONO-8815(L-リジン(Z)-7-[(1R,2R,3R,5R)-5-クロロ-3-ヒドロキシ-2[(E)-(S)-4-(1-エチルシクロブチル)-4-ヒドロキシ-1-ブテニル]シクロペンチル]-5-ヘプテノエート)(Ono Pharma. Co., Osaka, Japan)、AH13205(トランス-2-[4-(1-ヒドロキシヘキシル)フェニル]-5-オキソシクロペンタン-ヘプタン酸)(GlaxoSmithKline)が含まれる。
【0082】
いくつかのプロスタグランジン誘導体は、以下の表に示すように、肝臓の成長を増加するような相対的な有効性を持つ:
プロスタグランジン誘導体
(↑は肝臓の成長を増加させる相対的な有効性を意味する)
↑ PGE2
↑ PGI2
↑↑↑ 16-フェニルテトラノルPGE2
↑↑ 16,16-ジメチルPGE2
↑↑ 19(R)-ヒドロキシPGE2
↑↑ 16,16-ジメチルPGE2 p-(p-アセトアミドベンザミド)フェニルエステル
↑↑ 9-デオキシ-9-メチレン-16,16-ジメチルPGE2
↑↑ PGE2メチルエステル
↑↑ ブタプロスト
↑ 15(S)-15-メチルPGE2
↑ 15(R)-15-メチルPGE2
↑ 20-ヒドロキシPGE2
↑ 11-デオキシ-16,16-ジメチルPGE2
↑ 9-デオキシ-9-メチレンPGE2
9-ケトフルプロステノール
↑ PGE2セリノールアミド
↑ スルプロストン
17-フェニルトリノルPGE2
8-イソ-15-ケトPGE2
8-イソPGE2イソプロピルエステル
毒性 5-トランスPGE2
【0083】
wnt経路に関与し、本発明の範囲内に含まれて調節物質として作用する可能性のある他の分子の例が報告されている。例えば、Barker & Clever, 5 Nature Rev. Drug Discovery 997-1014(2007);Janssens et al., 24 Investigational New Drugs 263-80(2006)を参照されたい。しかし、癌患者においてwntシグナル伝達を直接抑制しようという試みでは、相当な有害副作用が報告されてきたことに注意する必要がある。Barker & Clever, 2007。したがって、本発明が示唆するように、プロスタグランジン経路を介してwntシグナル伝達を間接的に調節するほうが、治療薬の開発には有効である可能性がある。
【0084】
本発明の範囲内である組織成長の調節物質は、ゼブラフィッシュの遺伝系のような様々な方法で同定できる。ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は、脊椎動物の発生および疾患の研究には、優れた遺伝系である。例えば、Hsia & Zon, 33(9)Exp. Hematol. 1007-14(2005); de Jong & Zon; 39 Ann. Rev. Genet. 481-501(2005); Paffett-Lugassy & Zon, 105 Meth. Mol. Med. 171-98(2005); Haffner & Nusslein-Volhard, 40 Int'l J. Devel. Biol. 221-27(1996)を参照されたい。体外で発生している胚は透明で、臓器は容易に可視化できる。ゼブラフィッシュと哺乳類は、発生時に同一の遺伝子プログラムを多く持っている。ゼブラフィッシュが交尾すると、多数(週当たり100〜200)の透明な胚が生まれる。胚の多くは比較的小さな空間に置かれ、世代時間は短い(約3ヶ月)。大規模なスクリーニングにより、胚発生のほぼ全ての局面に影響のある特定の欠損を持つ2000以上の遺伝的変異体が作製された。Driever et al., 123 Devel. 37-46(1996); Eisen, 87 Cell 969-77(1996)。血液変異体の多くは、造血の重要な事象を説明するために有用であった。Dooley & Zon, 10 Curr. Op. Genet. Devel. 252-56(2000)。化学ライブラリーから得られた化合物を含むマイクロタイタープレートに、多数の胚を配列させることができるので、ゼブラフィッシュは、生物全体を用いた低分子スクリーニングを行うために使用されてきた。例えば、Petersonと同僚は、発生上の欠損に関して1,100の化合物を試験した。Peterson et al., 97 P.N.A.S. USA 12965-69(2000)。このスクリーニングでは、化合物の約2%が致死的で、1%は特定の表現型を誘導した。例えば、ある化合物は耳石と呼ばれる内耳構造の形成を抑制したが、他の欠損は誘導しなかった。
【0085】
変異表現型の化学的な抑制物質をスクリーニングすることも可能である。Peterson et al., 22 Nat. Biotech. 595-99(2004); Stern et al., 1 Nat. Chem. Biol. 366-70(2005)。そのようなスクリーニングの1つでは、化合物は、先天性の大動脈狭窄のモデルである、gridlock変異体を救済することが分かった。Peterson et al., 2004。この救済の機序には、血管新生の欠損を矯正したVEGF誘導が関与していた。これらのデータは、ゼブラフィッシュを用いて、高い有効性と特異性のある化合物を同定することが可能であることを示す。
【0086】
さらにゼブラフィッシュに関して、マイクロサテライトマーカー、遺伝子、および発現配列標識(EST)を含む、高密度の遺伝子地図が作製されている。Knapuk et al., 18 Nat. Genet. 338-43(1998); Shimoda et al., 58 Genomic 219-32(1999); Kelly et al., 10 Genome Res. 558-67(2000); Woods et al., 20 Genome Res. 1903-14(2000)。ゼブラフィッシュのESTプロジェクトの延長として、全長cDNAプロジェクトも開始された。緻密なRHマップが作製され、Sanger Centerにおけるゲノムシーケンシングプロジェクトに対するデータと統合された。NIHに支持される重要なウェブの情報源は、コミュニティの焦点となっているゼブラフィッシュ情報ネットワーク(ZFIN)である。Zebrafish International Resource Center(ZIRC)と呼ばれるストックセンター兼サポートラボも、この分野に大きく役立っている。Sanger Centerはゼブラフィッシュのゲノムのシーケンシングを行っている。
【0087】
本明細書に記載する方法を用いて、野生型およびトランスジェニックのゼブラフィッシュを多くの化合物に曝露して、プロスタグランジンおよび/またはwnt/βカテニンシグナル伝達経路の調節物質としての化合物の効果を評価することができる。例えば、レポータータンパク質の発現配列を含む外来コンストラクトを持つトランスジェニックフィッシュに、試験化合物を投与することができる。化合物に曝露したフィッシュにおけるレポータータンパク質の発現と、曝露していないものを比較することで、化合物がプロスタグランジンシグナル伝達経路の調節に与える影響を決定することができる。同様に、試験化合物に曝露したフィッシュにおけるレポータータンパク質の発現と、陰性対照とを比較することで、wnt/βカテニンシグナル伝達経路の調節に対する化合物の効果を評価することができる。試験化合物は、レポーター遺伝子の阻害物質または活性化物質のいずれかの作用を持つことができる。重要なことに、個々の経路の調節物質を組み合わせて、レポーターフィッシュに接触させ、レポータータンパク質の発現を適当な陽性および陰性対照と比較することができる。このようにして、本明細書に記載するように、プロスタグランジン経路の調節物質によって影響を受ける可能性のある、wnt/βカテニンシグナル伝達経路に関連する状態を治療するための薬剤として有用な調節物質を同定する。
【0088】
本発明の調節物質には、wntシグナル伝達経路を直接調節する物質;プロスタグランジン経路を調節してwntシグナル伝達経路の調節を行う物質;またはプロスタグランジンの下流の効果を調節してwntを調節する物質が含まれる。さらに、これらの調節物質を組み合わせて、シグナルの「微調整」を行うことができる。例えば、望ましい亢進が得られるまでwntシグナル伝達の活性化物質を使用して、その後にプロスタグランジン阻害剤を用いてwnt活性化物質の効果を制限することができる。または、例えば、低用量のwnt活性化物質を、低用量のプロスタグランジン活性化物質と組み合わせて、毒性を避けることができる。このように、wntとプロスタグランジンシグナル伝達経路の調節物質の相互作用は、望ましい反応を引き出しながら、毒性または過度の成長を制限するために、任意の方向または任意の組み合わせで使用することができる。調節物質は同時にまたは逐次的に使用できる。
【0089】
患者は、本発明からいくつかのやり方で利益を得ることができる:例えば、肝切除術を受ける患者は、肝機能の回復がより早くなり、合併症および入院を減らせる可能性がある。おそらく、肝移植を受ける患者は、臓器の生存率が高くなるだろう。臓器および組織の再生の他の局面に適応される場合、例えば、創傷治癒過程、心筋梗塞後、および骨折後の回復の亢進に良好な効果がある可能性がある。さらに、例えば、外傷、薬剤毒性、中毒(例えば、テングダケ(Amanita)の摂取)、工業毒、手術、肝臓提供、癌、皮膚移植、熱傷等に苦しむ対象は、その治療計画に本発明の調節物質を加えることができる。本成長調節物質は、造血幹細胞、肝臓、皮膚、または血管を含む、再生、修復、または再増殖をする能力のある任意の組織で有用な可能性がある。
【0090】
調節物質をエクスビボで直接投与すると、インビボで顕著な組織の発生または再生が可能になる可能性があり、より少量の組織でも移植に充分になる可能性がある。そのような組織の採取元は限定されない。または皮膚のような組織供給源のサンプルを採取し、ただちにPGE2のような調節物質の存在下で保存し、調節物質の存在下でまずインキュベートしてから(移植前に)、対象に導入することができる。
【0091】
さらに、1つまたは複数の調節物質を用いて、組織供給源の機能を亢進することができる。例えば、wnt/PGE2経路の調節は、移植片がその生理学的役割を担う能力を促進し、その結果、対象が不十分な組織(例えば肝組織)を持つ期間を短縮し、合併症のリスクを低下させる可能性がある。さらに、組織の除去後に調節物質を生きているドナーに投与し、治癒を加速することができる。
【0092】
組織成長の調節物質は、インビボで使用して組織成長を亢進、およびエクスビボで使用して組織成長を増加することができる。これは1つまたは複数の化合物を対象または切除した組織に投与することによって行う。例えば、子宮の再建において、生体適合性の足場を用いて、組織成長の調節物質で切除した組織を処理して(例えば、Atala et al.に付与された米国特許第7,04,057号「Tissue engineered uterus」を参照されたい)、移植前に自家組織成長を亢進することができる。
【0093】
供給源細胞の採取、加工、および保存のための様々なキットおよび採取装置が当技術分野において公知である。本発明の調節物質は、採取、加工、および/または保存において、細胞に導入できる。したがって、特定の採取、処理、または保存のプロトコールに限定されることなく、本発明の態様は、組織サンプルに例えばwnt活性化物質、PGE2もしくはdmPGE2、またはそのアナログ、cAMP活性化物質等などの調節物質を添加することを提供する。これは採取時、または保存の準備時、または解凍後かつ移植前に実施できる。
【0094】
本発明の方法は、以下の利点を提供する:(1)生着不全リスクが受け入れられないほど高いかまたは一次生着の機能不全ために、他の方法では候補と考えられない患者において、移植の実行を可能にする;(2)受け入れられる最小採取量を生成するために必要なドナー組織のサイズを低下する;(3)移植に利用できる組織サンプルを増大させることで移植の一次および二次不全の発生率を低下させる;および(4)移植した組織の成長を亢進することで、一次生着に必要な時間を減少する。
【0095】
本発明の調節物質、例えば、組織の成長を阻害する調節物質も、造血系または他の癌の患者を含む、過剰増殖性疾患の患者を治療するために使用できる可能性がある。特に調節物質は、肝疾患を治療する治療法に有用である可能性がある。
【0096】
本発明の調節物質には、そのような調節物質の誘導体も含まれる。本明細書で使用する誘導体には、化学基(例えば、酸のエステルまたはアミド、アルコールまたはチオールのベンジル基のような保護基、およびアミンのtert-ブトキシカルボニル基)の付加など、当業化学者に日常的と考えられる化学修飾を受けた化合物が含まれる。誘導体には、放射標識した調節物質、調節物質の複合体(例えば、セイヨウワサビのペルオキシダーゼなどの酵素、生物発光物質、化学発光物質、または蛍光物質を伴うビオチンまたはアビジン)も含まれる。さらに、インビボでの半減期を延長するために、調節物質またはその一部に、部分を付加することができる。本明細書で使用する誘導体には、化学修飾された形態の特定の化合物またはそのクラスを含み、かつその化合物またはクラスの薬学的および/または薬理学的活性特性を維持する化合物などのアナログも含まれ、本明細書に含まれる。本明細書で使用する誘導体には、薬剤の数々の望ましい性質(例えば、溶解性、バイオアベイラビリティ、製造など)を増強することが公知の、調節物質のプロドラッグも含まれる。
【0097】
本発明の化合物または薬剤は、薬学的に許容される製剤に含まれ得る。そのような薬学的に許容される製剤には、薬学的に許容される担体および/または賦形剤が含まれる可能性がある。本明細書では、「薬学的に許容される担体」は任意の溶媒、分散媒、コーティング、抗菌剤および抗真菌剤、等張剤および吸収遅延剤、ならびに生理学的に適合する同様のものを含む。例えば、担体は脳脊髄液に注射するために適したものであり得る。賦形剤には、薬学的に許容される安定化剤が含まれる。本発明は、高分子複合体、ナノカプセル、ミクロスフェア、またはビーズの形の合成または天然のポリマー、ならびに水中油型乳剤、ミセル、混合ミセル、合成膜小胞、および再密封した赤血球を含む脂質ベースの製剤を含む、任意の薬学的に許容される製剤に関する。
【0098】
患者に薬剤または化合物を送達するときには、経口(例えば、カプセル、懸濁液、または錠剤において)または非経口投与を含む、任意の適切な経路で投与できる。非経口投与には、例えば、筋肉内、門脈への直接投与を含む静脈内、関節内、動脈内、髄腔内、皮下、または腹腔内投与が含まれ得る。薬剤は、経口、経皮的、局所、吸入で(例えば、気管支内、鼻腔内、経口吸入、もしくは点鼻液)、または直腸内に投与することもできる。投与は、指示されるように局所または全身であってよい。薬剤は、当業者に周知のウイルスベクターを用いて送達することもできる。
【0099】
本発明により局所および全身投与の両方が意図される。局所投与の望ましい特徴には、活性化合物の効果的な局所濃度を達成しつつ、活性物質の全身投与の有害な副作用を避けることが含まれる。好ましい態様では、拮抗物質は局所的に投与される。局所的送達技術は、例えば、51 J. Biomed. Mat. Res. 96-106(2000); 100(2)J. Control Release 211-19(2004); 103(3)J. Control Release 541-63(2005); 15(3)Vet. Clin. North Am. Equine Pract. 603-22(1999); 1(1)Semin. Interv. Cardiol. 17-23(1996)に記載されている。
【0100】
薬学的に許容される製剤を、水性媒体に懸濁して、通常の皮下針または輸液ポンプを用いて導入することができる。
【0101】
個人に投与される薬剤の量は、全身の健康状態、年齢、性別、体重、および薬剤への耐容性のような個人の特性、ならびに拒絶の程度、重症度、および種類に依存する。熟練者はこれらおよび他の要因に応じて、適切な用量を決定することができる。
【0102】
非限定的な実施例により、さらにいくつかの態様を記載する。
【0103】
実施例
実施例1 ゼブラフィッシュモデルに関連する技術
ゼブラフィッシュの飼育:
ゼブラフィッシュをIACUCプロトコールにしたがって維持した。LFABP:GFP(G.M. Her & J.L. Wu, Nat'l Cheng Kung Univ., Taiwanから贈与)、gut:GFP、hs:wnt8-GFP、hs:dnTCF-GFP、およびhs:dkk-GFPトランスジェニック株を使用した。Dorsky et al., 2002: Her et al., 538 FEBS Lett 125-133(2003); Lewis et al., 131 Devel. 1299-1308(2004); Ober et al., 120 Mech. Devel. 5-18(2003); Stoick-Cooper et al., 134 Devel. 479-89(2007); Weidingder et al., 15 Curr. 489-500(2005)。APC変異体の遺伝子型決定は、記載のように実施した。Hurlstone et al., 2003。
【0104】
wntシグナル伝達の熱ショックによる活性化/抑制:
胚の熱ショック実験は、他に記載がない限り、38℃で20分間行った。遺伝子型を熱誘導後3時間におけるGFP蛍光の存在によって決定し、非蛍光(野生型)同腹仔を対照として使用した。
【0105】
モルホリノノックダウン:
ゼブラフィッシュのβカテニン、wnt2b、wnt3、wnt5、wnt8、およびwnt11(Buckles et al., 121 Mech. Devel. 437-47(2004); Lekven et al., 1 Cell Devel. 103-14(2001); Lele et al., 30 Genesis 190-94(2001); Lyman Gingerich et al., 2004; Ober et al., 442 Nature 688-91(2006))に対するMO(Gene Tools, LLC, Philomath, OR)またはミスマッチの対照を、40μMの濃度で1細胞期のゼブラフィッシュ胚に注入した。
【0106】
インサイチューハイブリダイゼーション:
パラホルムアルデヒド(PFA)固定した胚は、インターネットの例えばZFIN: The Zebrafish Model Organism Database(Univ. Oregon, Eugene, ORがホスト)にあるような標準的なゼブラフィッシュのプロトコールを用いて、インサイチューハイブリダイゼーションのための処理をした。以下のRNAプローブを用いて、内胚葉および肝臓の発生における変化を検出した:GFP、LFABP、ステロールキャリアタンパク質、トランスフェリン、foxA3、インスリン、トリプシン、およびIFABP。野生型の対照と比較した発現の変化は、各遺伝子型当たり変化した数/スコアした数として報告する;各分析では最低3つの独立した実験を行った。
【0107】
免疫組織化学:
胚、成体、および一塊とした腹部切片をPFAで固定し、パラフィン包埋し、組織学的分析用の40μmの連続階段切片を作製した。標準的な技術を用いて、一つおきにヘマトキシリン/エオシン染色を行った。βカテニンに対する抗体(1:100)(BD 610154, BD Transduction Laboratories(商標)、San Jose、CA)、TUNEL(Chemicon/Millipore, Billerica, MA)、BrdU(1:2000)(クローンBU-33、B2531、Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)、およびPCNA(1:80)(クローンPC10、NA03、Calbiochem/EMD Chemicals, Inc., San Diego, CA)をDABにより可視化し、ヘマトキシリンまたはメチレングリーンによって対比染色した。
【0108】
カスパーゼアッセイ:
単一の胚を溶解緩衝液中で手作業により解離させ、遠心分離した。製造元のプロトコール(Promega Corp., Madison, WI)に従って、上清(100ml)をCaspase-Glo(登録商標)3/7 Assay Systemに使用した。細胞の沈殿から単離したDNAは、APC遺伝子型の確認に使用した。
【0109】
共焦点顕微鏡観察:
ガラス底の培養皿中で、GFPトランスジェニックゼブラフィッシュの胚を0.4mg/ml Tricaine-Sを含む1%低融点アガロースに包埋し、Zeiss LSM Meta共焦点顕微鏡(Carl Zeiss MicroImaging, Inc., Thornwood, NY)で可視化した。
【0110】
フローサイトメトリー解析:
個々の胚を0.9% PBS中で手作業により解離させ、GFP蛍光および前方散乱を観察した。APCの遺伝子型決定は、FACS解析後の余剰の細胞に対するPCRにより行った。
【0111】
肝切除:
トリカイン麻酔の投与後、解剖顕微鏡の明視野下で成体ゼブラフィッシュの肝臓の1/3肝切除を行った。顕微解剖鋏を用いて、腹部の左外側部分で心臓の後方に切開を作製した。その後、鉗子を用いて下葉を全長にわたり切除した。
【0112】
実施例2 ゼブラフィッシュ腫瘍モデル
ゼブラフィッシュは発癌の研究のために貴重な脊椎動物モデルだが、成体フィッシュは透明ではないので、非侵襲的イメージングは困難である。しかし、高解像度の超音波顕微鏡を用いると、腫瘍はインビボで容易に検出できる。この技術は、組織潅流の計算、細胞の吸引、腫瘍進行の解析、および治療への応答を容易にする。超音波生体顕微鏡検査は、ゼブラフィッシュモデルにおいて、腫瘍の発生の縦断的研究および治療効果のリアルタイムの評価を可能にする。本明細書で使用した可視化技術は、Goessling et al., 4(7)Nature Methods 551-53(2007)によって記載されている。
【0113】
図10に示すように、3および4週齢のゼブラフィッシュをDMBAに曝露した。腫瘍の発生は5ヶ月にわたってモニターした。腫瘍は超音波生体顕微鏡検査によって同定した。その後、癌を持つフィッシュを1ヶ月にわたり3日ごとに一晩かけて12時間の間インドメタシンで処理し、記載されるように腫瘍を可視化した。Goessling et al., 2007。代表的なフィッシュでは、3回の処理後に腫瘍のサイズは増加し、構造が変化した。6回の処理後には、腫瘍の固い部分のサイズが低下し、腹部の後方面に液化部分が出現し、これは腫瘍の壊死を示唆していた。10回の処理後には、腫瘍は実質的に退縮し、最初の超音波と比較するとサイズが減少していた。薬剤処理を1ヶ月行うと、フィッシュは健康に見えたが、屠殺して組織学により癌の存在を確認した。これらの所見は、肝腫瘍の成長に対するプロスタグランジン阻害の効果、およびフィッシュの化学療法の成功を示す。
【0114】
図10Bおよび図10Cに詳述した別の実験では、フィッシュを腫瘍の予防のために毎週処理した。ここでは発癌物質による処理により、野生型フィッシュでは肝腫瘍が発生し、これはAPC+/-変異フィッシュの腫瘍の2倍多かった。インドメタシンで毎週処理すると、野生型と特にAPC+/-フィッシュの両方で腫瘍の形成が減少した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロスタグランジンシグナル伝達経路またはその下流の仲介物質をアップレギュレートすることによってwntシグナル伝達活性を亢進する少なくとも1つの組織成長/再生の調節物質を組織に接触させる段階を含む、組織の成長または再生を促進する方法。
【請求項2】
プロスタグランジンシグナル伝達経路またはその下流の仲介物質をアップレギュレートすることによってwntシグナル伝達活性を亢進する少なくとも1つの組織成長/再生の調節物質を投与する段階を含む、対象において組織の成長または再生を促進する方法。
【請求項3】
プロスタグランジンシグナル伝達経路またはその下流の仲介物質をアップレギュレートすることによってwntシグナル伝達活性を亢進する少なくとも1つの組織成長/再生の調節物質を含む、薬学的組成物。
【請求項1】
プロスタグランジンシグナル伝達経路またはその下流の仲介物質をアップレギュレートすることによってwntシグナル伝達活性を亢進する少なくとも1つの組織成長/再生の調節物質を組織に接触させる段階を含む、組織の成長または再生を促進する方法。
【請求項2】
プロスタグランジンシグナル伝達経路またはその下流の仲介物質をアップレギュレートすることによってwntシグナル伝達活性を亢進する少なくとも1つの組織成長/再生の調節物質を投与する段階を含む、対象において組織の成長または再生を促進する方法。
【請求項3】
プロスタグランジンシグナル伝達経路またはその下流の仲介物質をアップレギュレートすることによってwntシグナル伝達活性を亢進する少なくとも1つの組織成長/再生の調節物質を含む、薬学的組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公表番号】特表2010−507592(P2010−507592A)
【公表日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−533591(P2009−533591)
【出願日】平成19年10月22日(2007.10.22)
【国際出願番号】PCT/US2007/082093
【国際公開番号】WO2008/070310
【国際公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(596115687)チルドレンズ メディカル センター コーポレーション (25)
【出願人】(592017633)ザ ジェネラル ホスピタル コーポレイション (177)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年10月22日(2007.10.22)
【国際出願番号】PCT/US2007/082093
【国際公開番号】WO2008/070310
【国際公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(596115687)チルドレンズ メディカル センター コーポレーション (25)
【出願人】(592017633)ザ ジェネラル ホスピタル コーポレイション (177)
【Fターム(参考)】
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