説明

組織障害改善剤

【課題】本発明は、脳卒中や心筋梗塞などの組織障害の改善に実際に有効であり、安全に投与できる組織障害改善剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の組織障害改善剤は、インターロイキン3および顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子を有効成分とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織障害を改善するための薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、脳卒中は、がんと心臓病に続いて日本における死因の第三位となっており、あるデータによれば患者数は約150万人といわれ、毎年約25万人ずつ増えている。脳卒中としては、かつては脳出血やくも膜下出血が多かったが、高齢者の増加や高脂血症などの生活習慣病の増加により、近年は脳梗塞が増えてきている。将来、特に脳梗塞の増加が見込まれ、脳卒中患者はさらに増加すると考えられている。
【0003】
脳卒中の問題点としては、それ自体が致死的な疾患であること以外に、死に至らない場合であっても脳組織が損傷し、重篤な障害が残ることがある。脳卒中以外にも、例えば外的要因などにより脳や脊髄などの中枢神経が損傷すると、同様に後遺症が残り得る。そのため、中枢神経の障害後における神経細胞の保護や修復促進に有効な薬剤などの開発は、格別強く望まれているところである。
【0004】
また、中枢神経においては神経細胞同士が神経突起により機能的に連結されているために、ある箇所が損傷すると、その数週間も経過後、機能的に連関する遠隔部位においても変性が生じる。かかる変性を二次変性といい、一次的な変性と共に大きな問題である。しかし、二次変性を抑制するための有効な薬剤も未だ知られていない。
【0005】
中枢神経障害の他、心筋梗塞や外傷性臓器障害などの組織障害においては、マクロファージなど大量の白血球が骨髄から移動し、激しく増殖する。例えば、本発明者らは、マクロファージが共通して発現するIba1と、脳の幹細胞が発現するNG2コンドロイチン硫酸プロテオグリカンという二種類のタンパク質を発現する細胞が脳の虚血部位において増加することを見出し、かかる細胞をBINCs(Brain Iba1+/NG2+ Cells)と名付けた(非特許文献1)。BINCsは、脳のみならず他の様々な組織障害で出現し且つ骨髄由来であることから、現在ではBone marrow-derived Iba1+/NG2+ Cellsの略称として用いられている。
【0006】
これらの細胞群は、一般的に、炎症を促進し組織を破壊するものとして認識されてきた。よって、臓器障害に対しては、ステロイドをはじめとする抗炎症剤を用い、白血球の侵入やその働きを抑制することが行なわれてきた。その一方で、障害組織の再生修復を促進するために、様々な成長因子やサイトカインを遺伝子工学的技術により強制的に発現させたり或いは投与することも研究されている。
【0007】
例えば、非特許文献2には、T細胞から分泌されるサイトカインであるインターロイキン3(以下、「IL−3」という場合がある)を、脳血管閉塞の2時間前またはそのわずか3分後に脳内へ単独で直接注入することにより、脳梗塞が改善することが記載されている。
【0008】
また、非特許文献3に記載の実験では、脳血流の遮断から1時間後に、顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子(以下、「GM−CSF」という場合がある)を投与している。非特許文献3によれば、神経細胞はGM−CSFに対する受容体を発現しており、GM−CSFは神経細胞における抗アポトーシス因子であるBcl−xLタンパク質の発現を誘導し、脳梗塞による障害を軽減するとされている。
【0009】
上記サイトカイン以外にも、非特許文献4〜7のとおり、様々なタンパク質性成長因子に神経細胞保護作用のあることが報告されている。例えば、インスリン様成長因子−I(IGF−I)、肝細胞増殖因子(HGF)、骨形成因子7(BMP7)などである。これら成長因子は、梗塞を起こした脳内に投与されたり或いは遺伝子工学的手法により発現されることにより、脳障害を軽減すると報告されている。
【0010】
また、上記IL−3やGM−CSFは、単核貪食細胞の活性化や、造血前駆細胞であるCD34陽性細胞の増殖のために用いられることが特許文献1〜2に記載されている。これら単核貪食細胞とCD34陽性細胞は、それぞれ中枢神経軸策の再生の促進と、損傷組織の復元、修復、再生のために用いられている。また、特許文献3には、酸で修飾されたアラビノガラクタンタンパク質の組成物であって、IL−3やGM−CSFなどの産生を刺激するものが開示されている。当該組成物は、放射線や細胞障害性薬の曝露からの回復などに有用であるとされている。
【0011】
しかし、これら特許文献1〜3には、GM−CSFやIL−3を生体に投与することは一切記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特表2001−515505号公報
【特許文献2】特表2007−536936号公報
【特許文献3】特表2004−502703号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Hiroaki MATSUMOTO,他8名,ジャーナル・オブ・セレブラル・ブラッド・フロウ・アンド・メタボリズム(Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism),28,第149〜163頁(2008年)
【非特許文献2】Tong-Chun WEN,他9名,ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディシン(Journal of Experimental Medicine),188,第635〜649頁(1998年)
【非特許文献3】Wolf-Ru diger Schabitz,他12名,ジャーナル・オブ・セレブラル・ブラッド・フロウ・アンド・メタボリズム(Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism),28,第29〜43頁(2008年)
【非特許文献4】HAYASHI,他9名,ジーン・セラピー(Gene Therapy),8,第1167〜1173頁(2001年)
【非特許文献5】Ming-Zhu Zhaol,他16名,ジャーナル・オブ・セレブラル・ブラッド・フロウ・アンド・メタボリズム(Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism),26,第1176〜1188頁(2006年)
【非特許文献6】Wei Zhu,他7名,ストローク(Stroke),39,第1254〜1261頁(2008年)
【非特許文献7】Jenny Chou,他5名,ジャーナル・オブ・ザ・ニューロロジカル・サイエンシーズ(Journal of the Neurological Sciences),240,第21〜29頁(2006年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、従来、中枢神経細胞死を抑制するための手段として、IL−3やGM−CSFなどのサイトカインを投与するアイデアはあった。
【0015】
しかしこれらアイデアが記載されている先行技術文献においては、おそらく学術的な興味のみから、サイトカインは梗塞等による組織障害の発生直後や、場合によっては障害発生前に投与されている。このような投与は、実際の臨床現場では到底不可能である。
【0016】
また、IGF−I、HGF、BMP7などの成長因子は、顕著な脳保護作用を示すことが報告されている。実際、それぞれの成長因子を直接脳内に投与したり、或いは遺伝子工学的に神経組織病巣内で強制的に発現させることにより、脳脊髄障害を有する実験動物では、障害の改善が見られている。
【0017】
しかし実際の臨床において、頭蓋骨に穴を開けて成長因子を投与したり、安全性が確立されていないウィルスベクターなどを用いることは、同様に不可能であるといわざるを得ない。
【0018】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、脳卒中や心筋梗塞などの組織障害の改善に実際に有効であり、安全に投与できる組織障害改善剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、IL−3およびGM−CSFの両方を有効成分とする薬剤であれば、それぞれを単独で投与する場合に比べて組織障害に対する改善効果が高い上に、脳内などへ直接投与しなくても皮下投与などで十分に効果が得られることを見出して、本発明を完成した。
【0020】
本発明の組織障害改善剤は、インターロイキン3(IL−3)および顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)を有効成分とすることを特徴とする。
【0021】
本発明に係る組織障害改善剤の剤形としては注射剤が好適であり、さらに皮下注射するためのものが好ましい。本発明の有効成分であるIL−3とGM−CSFはタンパク質であることから、注射投与が好適である。また、本発明の組織障害改善剤は病巣内へ直接投与してもよいが、特に脳卒中の病巣内へ直接投与する場合には脳を傷付けるおそれがある。よって、そのような場合には皮下注射などが好ましく、また、本発明の組織障害改善剤は、血液脳関門にもかかわらず、皮下注射によっても脳損傷を改善できることが実験的に証明されている。
【0022】
本発明の組織障害改善剤としては、IL−3とGM−CSFの両方を含むものがより好適である。かかる組織障害改善剤によれば、IL−3とGM−CSFをそれぞれ別に投与しなくても、同時に投与できるため利便性が高い。
【0023】
本発明の組織障害改善剤は、患者に対して、体重1kg当たり5μg以上、30μg以下のIL−3およびGM−CSFをそれぞれ1日1回投与することが好ましい。実験結果より、かかる投与量であれば十分に組織障害を改善することができ得る。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る組織障害改善剤によれば、脳や脊髄における中枢神経障害、並びに肝臓損傷や心筋梗塞などの臓器障害の発症後においても、損傷などを改善し、症状を緩和することができる。特に、本発明の組織障害改善剤は、いったん死ぬと回復し難いといわれている脳細胞の障害を抑制し、運動機能や体重を回復できることが実証されている。よって本発明は、上記組織障害を顕著に改善できるものとして非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、針で損傷した肝臓におけるIba1とNG2コンドロイチン硫酸プロテオグリカンの発現を示す免疫染色写真である。図1(1)は抗Ibal抗体で免疫染色した写真、図1(2)は抗NG2コンドロイチン硫酸プロテオグリカン抗体で免疫染色した写真、図1(3)は上記写真を重ね合わせたものである。
【図2】図2は、脳損傷部位のAC、MGおよびBINCsにおける各神経細胞保護因子の受容体の発現状況を示すグラフである。図2中、「AC」と「MG」は、それぞれ神経細胞保護作用を示す細胞であるアストロサイトとマイクログリアを示す。
【図3】図3は、培養した脳細胞に傷を付け、その後の回復状況を観察した写真である。図3Aは何も添加しない対照であり、図3BはIL−3およびGM−CSFを添加した例であり、図3CはBINCsを添加した例であり、図3DはIL−3およびGM−CSFに加えてBINCsを添加した例である。
【図4】図4は、脳の損傷部位に集積したBINCsに対し、生理食塩水、または本発明に係る組織障害改善剤の有効成分であるIL−3とGM−CSFを添加した場合における幹細胞成長因子(HGF)とインスリン様成長因子I(IGF−I)の発現状況を比較するためのグラフである。
【図5】図5は、脳損傷したラットに対して生理食塩水を投与した群(対照)、本発明に係る組織障害改善剤を皮下注射した群、および脳損傷しない群(正常対照)において、運動機能を比較するためのグラフである。
【図6】図6は、脳損傷したラットに対して生理食塩水を投与した群(対照,(1))と、本発明に係る組織障害改善剤を皮下注射した群((2))の、脳スライスの写真である。
【図7】図7は、脳損傷したラットに対して生理食塩水を投与した群(対照)および本発明に係る組織障害改善剤を皮下注射した群において、脳の喪失体積を比較するためのグラフである。
【図8】図8は、脳損傷したラットに対して生理食塩水を投与した群(対照)と、本発明に係る組織障害改善剤を皮下注射した群において、脳損傷以降のラットの体重の変化を比較するためのグラフである。
【図9】図9は、脳損傷したラットに対して生理食塩水を投与した群(対照)、本発明に係る組織障害改善剤を皮下注射した群、IL−3を単独投与した群、およびGM−CSFを単独投与した群において、生存率の変化を比較するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の組織障害改善剤は、インターロイキン3(IL−3)および顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)を有効成分とする。
【0027】
IL−3は、活性化Tヘルパー細胞から産生されるリンホカインであり、造血幹細胞およびそれに由来するマクロファージなどの増殖と分化を誘導する。
【0028】
GM−CSFは、IL−3と同様に、主に活性化Tヘルパー細胞から分泌されるリンホカインであり、顆粒球とマクロファージ系前駆細胞に作用し、その分化と成熟を促進する。
【0029】
本発明者の知見によれば、組織障害部位で増殖するBINCsにはIL−3とGM−CSFの両方の受容体が発現していることから、本発明に係る有効成分であるIL−3とGM−CSFは、協同してBINCsに何らかの作用を相乗的に及ぼし、組織障害を顕著に改善すると考えられる。また、IL−3は多能性幹細胞の分化誘導活性を有するのに対して、GM−CSFはより高次の分化段階にある細胞に作用する。よって、IL−3とGM−CSFは、協同して組織障害の修復改善に有用な細胞の増殖や分化を促進している可能性もある。実際、脳細胞はいったん損傷すると回復は極めて難しいといわれているが、脳損傷後に本発明の組織障害改善剤を投与したところ、損傷部位が低減されて運動機能や体重が回復したことが実験的に確認されている。
【0030】
本発明に係るIL−3とGM−CSFは、投与対象由来のものを用いることが好ましい。即ち、ヒトを投与対象とする場合には、ヒト由来のIL−3とGM−CSFを用いるものとする。
【0031】
IL−3とGM−CSFは、通常の遺伝子組換法により製造することが可能である。例えば、ヒトのIL−3とGM−CSFの遺伝子は、第5染色体上に互いに近接して存在するので、これら遺伝子を同時に或いは別々にPCR法により増幅し、得られた遺伝子をプラスミドベクターやウィルスベクターで大腸菌などに導入して生産させ、分離精製すればよい。或いは、血液や尿などIL−3やGM−CSFが含まれている材料から分離精製してもよいし、市販のものがあれば購入して使用してもよい。また、小麦胚芽無細胞タンパク質合成技術を用い、IL−3とGM−CSFを調製してもよい。
【0032】
本発明剤の有効成分であるIL−3とGM−CSFはタンパク質であることから、本発明の組織障害改善剤の剤形としては、注射剤や経粘膜剤が好適である。
【0033】
注射剤や経粘膜剤の溶媒は、製薬上許容されるものであれば特に制限されないが、例えば、生理食塩水、純水、超純水、蒸留水、滅菌水などを用いることができる。なお、特に注射剤の調製において純水等を用いる場合には、塩を添加することにより、その浸透圧を血液と同一または略同一にすることが好ましい。
【0034】
経粘膜剤としては、経鼻剤や吸入剤などの液状剤、舌下剤や口中貼付剤などの錠剤などがあるが、利便性の点から経鼻剤が好適である。
【0035】
本発明に係る液状の組織障害改善剤におけるIL−3とGM−CSFの濃度は適宜調整すればよいが、例えば、それぞれ0.005mg/mL以上、5mg/mL以下程度とすることが好ましく、0.1mg/mL以上、1mg/mL以下程度がより好ましい。
【0036】
本発明の組織障害改善剤におけるIL−3とGM−CSFの量も適宜調整すればよいが、本発明では両者を相乗的に障害部位へ作用させて高い改善効果を得るので、好適にはIL−3を1質量部とした場合のGM−CSFの割合を0.7質量部以上、1.3質量部以下程度とし、0.8質量部以上、1.2質量部以下程度がより好ましく、0.9質量部以上、1.1質量部以下がさらに好ましい。
【0037】
本発明に係る組織障害改善剤の製剤形態は、IL−3とGM−CSFの両方を含むものと、それぞれの有効成分を含む製剤を合わせてキットとしたものとがあるが、IL−3とGM−CSFの両方を含むものがより好ましい。製造時の利便性等に加え、これら有効成分の相乗効果が安定して速やかに発揮されるからである。
【0038】
本発明においては、安定性の点から、IL−3とGM−CSFは凍結乾燥粉末として保存しておき、用時に溶媒へ溶解して液状剤とすることが好ましい。
【0039】
なお、通常、タンパク質製剤を皮下投与等しても、有効成分であるタンパク質は血管脳関門により脳へ到達できないので、脳障害に対するタンパク質製剤は脳へ直接投与すべきであると考えられている。しかし本発明に係る組織障害改善剤は、皮下注射によっても脳障害を改善することができる。これは、脳障害部位においては血管脳関門が破綻しているために、有効成分であるIL−3とGM−CSFが血液を介して脳障害部位へ送達されることによると考えられる。
【0040】
本発明に係る組織障害改善剤の治療対象は、脳卒中、外傷性脳損傷、外傷性脊髄損傷などの中枢神経障害;心筋梗塞、肝臓障害などの臓器障害などの組織障害である。本発明の組織障害改善剤によれば、これら組織障害を抑制して患者を回復させ、長期予後を顕著に改善することができる。
【0041】
従来、脳血流の遮断前またはその直後に、IL−3またはGM−CSFを脳内へ直接単独投与した例はある。しかし、実際の臨床では、例えば脳梗塞が起こる前やその直後に薬剤を投与することはあり得ず、薬剤の投与は早くても発症から数時間経過後になる。本発明者の実験的知見によれば、本発明に係る組織障害改善剤は、脳損傷から約50時間後および約70時間後に投与しても十分にその効果を発揮することができた。よって、本発明の組織障害改善剤は、実際の臨床でも十分に適用可能である。また、脳障害の発生から50時間後ないし70時間後という長時間経過後では、障害部位における神経細胞は完全に死滅しているはずである。それにもかかわらず、本発明に係る組織障害改善剤は脳の壊死体積を低減していることから、特に二次変性が抑制されていると考えられる。さらに、本発明に係る組織障害改善剤は、BINCsを介して組織障害を改善すると考えられる。組織障害部位におけるBINCsの集積と増殖はおよそ72時間以降に顕著になるため、組織障害部位におけるBINCsの集積や増殖に合せて本発明に係る組織障害改善剤を投与することが好ましい。但し脳障害の場合では、障害発生からあまりに時間が経ち過ぎると血液脳関門が回復する可能性があり、皮下注射や静脈注射などでは有効成分を脳障害部位に作用できないおそれがあるので、障害発生から10日以内に薬剤を投与することが好ましい。
【0042】
本発明に係る組織障害改善剤の投与方法は適宜選択すればよいが、例えば、皮下注射、皮内注射、静脈注射、腹腔内注射による投与や、鼻粘膜などの粘膜を介した投与の他、病巣部への直接注射による投与も可能である。但し、特に脳障害の場合には、病巣部へ直接注射すると正常部位を傷付けるおそれがあるため、他の部位から注射することが好ましい。その中でも、本発明に係る組織障害改善剤の効果は、皮下注射投与で確認されている。
【0043】
本発明に係る組織障害改善剤の有効成分はIL−3とGM−CSFであり、これらは、その両方を含む製剤により同時に投与してもよいし、或いはそれぞれを含む製剤を連続的に、または時間をおいて逐次的に投与してもよい。
【0044】
本発明に係る組織障害改善剤の投与量は、患者の年齢、性別、重篤度などに応じて適宜調整すればよいが、通常、1日の投与量として、患者の体重1kg当たり10ng以上、10mg以下程度が好ましく、100ng以上、100μg以下がより好ましく、5μg以上、30μg以下がさらに好ましい。また、かかる投与量であれば、1日1回の投与でも十分に効果が発揮されると考えられる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
実施例1 本発明に係る組織障害改善剤の製造
大腸菌を用いて作製した遺伝子組み換えラットから単離精製されたIL−3(ペプロテック社(英国)製,「Recombinant Rat IL-3(Cat # 400-03)」,1mg)と、同じく大腸菌を用いて作製した遺伝子組み換えラットから単離精製されたGM−CSF(ペプロテック社(英国)製,「Recombinant Rat GM-CSF(Cat # 400-23)」,1mg)を、注射用蒸留水(5mL)に溶解し、本発明に係る組織障害改善剤とした。なお、当該製剤におけるIL−3とGM−CSFの濃度は、それぞれ0.2mg/mLとなる。
【0047】
試験例1 肝障害部位へのBINCsの集積の証明
本発明者らは、脳損傷部位におけるBINCsの集積につき既に発表している。さらに、脳以外の臓器における創傷部位でもBINCsの集積が見られるか、実験を行った。
【0048】
約60日齢の雄性Wistarラット3匹をペントバルビタールで深麻酔した。グルコン酸グロルヘキシジンを含む滅菌済み綿により腹部皮膚を消毒した後、メスで右季肋部腹壁を切開した。肝臓を露出させ、肝右葉に対し、1mL容のツベルクリン用シリンジに装着した27ゲージの注射針を正面より5mmの深さで3箇所刺入した。その後、速やかに腹壁を縫合した。3日後にラットをホルマリンで固定し、肝臓を取り出し、その凍結切片を作製した。得られた切片を、緑色に発色する抗Iba1抗体と、赤色に発色する抗NG2コンドロイチン硫酸プロテオグリカン抗体とにより免疫染色した。結果を図1に示す。
【0049】
図1中、(1)は抗Iba1抗体で免疫染色した写真、(2)は抗NG2コンドロイチン硫酸プロテオグリカン抗体で免疫染色した写真、(3)は上記写真を重ね合わせたものであり、緑と赤が重なり合って黄色ないしオレンジ色となっている部分が両タンパク質を発現しているBINCsである。図1のとおり、損傷した肝臓にもBINCsが集積することが明らかとなった。よって、脳以外の組織においても、BINCsを活性化することにより損傷が改善されると考えられる。
【0050】
試験例2 脳損傷部由来BINCsにおける受容体の発現試験
約50日齢の雄性Wistarラット3匹を一群として、合計4群、計12匹のラットをエーテルにより深麻酔した。グルコン酸クロルヘキシジンを含む滅菌済み綿により頭蓋部皮膚を消毒した後、メスで正中切開した。大泉門(Bregma)を起点とし、後方に2mm、右外側に2mmの位置にドリルで直径約0.8mmの穴を開けた。さらに、その右外側1.5mmの位置に同様に穴を開けた。1mL容のツベルクリン注射用シリンジに装着した27ゲージの注射針を、頭蓋骨に開けた2箇所の穴から深さ4mm挿入し、約120°の範囲で前後に動かし、扇形に脳を損傷した。注射針を抜去した後、抗生物質を含む生理食塩水で頭蓋骨を洗浄した。切開した皮膚を瞬間接着剤で接着することにより、頭皮の傷を閉鎖した。麻酔から覚醒後、ラットの左半身は麻痺しており、体幹が左側にねじれる現象が観察された。
【0051】
損傷作成から7日経過後にエーテルによる深麻酔下で大脳を取りだし、右大脳半球をハサミで細切し、パスツールピペットを使用してEDTAの0.25%リン酸緩衝生理食塩水溶液中でさらに組織を粉砕した。その後1000回転、4℃の条件で5分間遠心し、沈殿物を取得した。沈殿物を3%の牛胎仔血清を含むダルベッコの修正イーグル培養液(以下、「3%FCS-DMEM」という)中に分散した。当該分散液を浮遊培養用ポリスチレンディッシュ上に流し込み、37℃の炭酸ガスインキュベータ中で30分間インキュベートした後に3%FCS-DMEMでディッシュを数回洗浄することにより非付着細胞を除去し、付着した細胞のみを得た。この付着細胞のおよそ98%がBINCsである。接着した細胞から全RNAを分離し、逆転写してcDNAを得、定量的リアルタイムRT−PCRにより、各種成長因子およびサイトカインに対する受容体の発現を検討した。また、ラット新生仔脳より調製した混合脳細胞培養より採取精製したマイクログリアとアストロサイトからも全RNAを分離した後、cDNAを調製し、リアルタイムRT−PCRによる比較検討を行った。すべて4例ずつの検体からcDNAを調製した。マイクログリアとアストロサイトは、共に顕著な神経細胞保護効果を有することが知られている。
【0052】
以上の方法で調製した3種のcDNAをもとに、幹細胞増殖因子(SCF)、IL−3、GM−CSF、マクロファージコロニー刺激因子(M−CSF)、G−CSF、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、上皮増殖因子(EGF)の各受容体mRNAの発現を調べた。その結果を図2に示す。GM−CSF受容体は、BINCsとマイクログリアにおいて、アストロサイトに対してそれぞれ危険率P<0.01およびP<0.05で有意に強発現した。M−CSF受容体は、BINCsとマイクログリアにおいて、アストロサイトに対してそれぞれ危険率P<0.05で有意に強発現した。G−CSF、bFGFおよびEGFの各受容体は、アストロサイトにおいて、他の二種の細胞に対して有意に強発現していた。この結果から、三種の細胞のうちBINCsは、IL−3とGM−CSFの両方の受容体を他の細胞腫に比べ有意に強発現する傾向を有することが判明した。よって、BINCsへIL−3とGM−CSFの両方を作用させることにより、BINCsの細胞保護作用を顕著に向上させ得ることが予想できる。
【0053】
試験例3 損傷脳細胞の改善試験
妊娠17日のWistar系ラットをエーテルで深麻酔した後、子宮を摘出して胎仔を取りだした。胎仔の全脳を摘出し、160μmの方形の穴が開いたナイロンメッシュを用いて作成した約5cm×3cmの袋に入れ、セルスクレーパーを用いて脳をつぶすように圧力を加え、ナイロンメッシュを通過させることで細胞を分散した。分散した細胞は、ポリLリジンをコートしたガラスカバースリップ上に50万個/cm2の密度で播種し、3日間培養した。その後、ピペットチップの先端を用いて、培養細胞上に十字型に傷をつけた。4例の培養細胞中、1例には何も添加せず、1例には本発明に係る組織障害改善剤の有効成分であるIL−3とGM−CSFをそれぞれ10ng/mLの濃度で添加し、1例には2.5万個/cm2の密度でBINCsを添加し、1例にはIL−3とGM−CSFをそれぞれ10ng/mLの濃度で添加し且つ2.5万個/cm2の密度でBINCsを添加した。次いで、4日間培養した。
【0054】
4日後、各培養細胞をホルマリンで固定し、位相差顕微鏡で拡大して撮影した。何も添加しない対照を図3Aに、IL−3およびGM−CSFを添加した例を図3Bに、BINCsを添加した例を図3Cに、IL−3およびGM−CSFに加えてBINCsを添加した例を図3Dに示す。なお、図3中の破線内は、ピペットチップにより十字型に傷を付けた箇所を示す。
【0055】
図3A〜Bのとおり、IL−3およびGM−CSFのみを加えたのみでは、何も加えない場合と同様、損傷部位における神経細胞はほとんど回復していない。図3Cのとおり、BINCsのみを加えた場合には、神経細胞の回復が多少見られるものの、空隙が見られるなどその回復は十分ではない。それに対してIL−3およびGM−CSFに加えてBINCsを添加した場合では、図3Dのとおり、損傷部位における神経細胞の回復が他の場合に比べて明らかに顕著である。以上の結果により、組織損傷部位においてはBINCsが集積することが明らかにされているところ、かかるBINCsに対してさらにIL−3とGM−CSFの両方を添加すれば、組織損傷が顕著に改善されることが実証された。
【0056】
試験例4 BINCsの活性化試験
約50日齢の雄性Wistarラット6匹を任意に3匹ずつ2群に分け、上記試験例2と同様にして、脳を損傷し、損傷部位に集積したBINCsを得た。得られたBINCsの培養液に、対照群には生理食塩水を、実験群には本発明に係る組織障害改善剤の有効成分であるIL−3とGM−CSFをそれぞれ10ng/mLの濃度になるよう添加した。
【0057】
添加からBINCsを48時間培養した。次いで、全RNAを分離し、逆転写によりcDNAを得、定量的リアルタイムRT−PCRにより、幹細胞成長因子(HGF)とインスリン様成長因子I(IGF−I)をコードするmRNAの発現を調べた。その結果を図4に示す。本発明に係る組織障害改善剤の添加により、BINCsは神経細胞の保護効果を示す因子の発現を約2倍に増加させることが判明した。
【0058】
試験例5 損傷脳の改善試験
約50日齢の雄性Wistarラット9匹を、任意に3匹ずつ、対照群、組織障害改善剤投与群および正常対照群に分けた。対照群と組織障害改善剤投与群のラットは、上記試験例2と同様にして脳を損傷した。麻酔から覚醒後、ラットの左半身は麻痺しており、体幹が左側にねじれる現象が観察された。
【0059】
脳損傷から48時間後、上記実施例1で得た本発明に係る組織障害改善剤を、体重1kg当たりのIL−3とGM−CSFの投与量がそれぞれ10μgとなるように、1日1回皮下注射した。ラットの当初体重は概ね230g前後であったが、脳損傷により体重が減少し、48時間後には平均して200g程度となっていた。そのため、ラット1匹当たり1日に注射剤2μgを注射することで、IL−3とGM−CSFをそれぞれ10μg/kg/day投与することになる。かかる投与量は、造血系細胞に作用するサイトカインである顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)のヒトへの投与量と同程度である。皮下注射は、7日間にわたり計7回行った。また、対照群には、同量の生理食塩水を同様に皮下注射した。
【0060】
その後、体重変動を記録しながら経過観察を継続した。脳損傷後の二次変性が概ね終結する2ヶ月後、運動機能を評価するため垂直に設置した金網を登攀させ、80cmの距離の登攀に要する時間を測定した。脳損傷処置を施していない正常対照群についても、同様の試験を行った。
【0061】
次いで、対照群と組織障害改善剤投与群のラットから損傷脳を取り出し、ホルマリン固定後に2mm厚のスライスを作成し、右大脳半球における喪失体積の比率(%)を測定した。図5に運動機能を比較するためのグラフを、図6に脳スライスの写真を、図7に脳の喪失体積を比較するためのグラフを、図8に脳損傷以降のラットの体重の変化を比較するためのグラフを示す。
【0062】
図5のとおり、本発明に係る組織障害改善剤は脳損傷ラットの運動機能を無処置の正常対照と同等程度まで回復させた。その回復程度は、対照群に対してp<0.05の危険率で有意であり、顕著なものであった。また、図6のとおり、本発明に係る組織障害改善剤を皮下注射されたラットの脳喪失体積は、対照ラットに比して明らかに抑制されており、図7のとおり、脳喪失体積は、本発明に係る組織障害改善剤により有意に低減されている。さらに図8のとおり、本発明に係る組織障害改善剤の投与を開始してから、ラットの体重は増え続け、対照群に比して体重は有意に回復した。
【0063】
以上により、本発明に係る組織障害改善剤は、脳損傷を顕著に改善し、脳機能を回復できることが実証された。
【0064】
試験例6 脳損傷ラットの体重回復試験
約50日齢の雄性Wistarラット34匹を、任意に6匹または11匹ずつ、対照群、組織障害改善剤投与群、IL−3単独投与群、およびGM−CSF単独投与群に分け、上記試験例2と同様に脳を損傷した。脳損傷から48時間の時点で、20mg/mLの5フルオロウラシル(5FU)を、体重1kg当たり100mgの投与量で腹腔内に注射した。体重200gのラットであれば、1mLを注射することになる。1回目の5FU注射から2時間経過した時点で、同量の5FUを再度腹腔内注射した。この処置によって、損傷組織中で激しく増殖するBINCsの多くが死滅するために、対照群では損傷から16日後までに11匹中6匹(約55%)のラットが死亡した。
【0065】
組織障害改善剤投与群、IL−3単独投与群およびGM−CSF単独投与群では、5FUの注射から24時間後(脳損傷から72時間後)、上記試験例5と同様の用量で、それぞれの群に対して本発明に係る組織障害改善剤、IL−3のみまたはGM−CSFのみを皮下注射し、さらに1日1回、6日間連続して計7回皮下注射した。
【0066】
その結果、IL−3単独投与群では6匹中2匹(約33%)、GM−CSF単独投与群では6匹中3匹(50%)が死亡したのに対して、組織障害改善剤投与群では11匹中1匹(約9%)が死亡したのみであった。
【0067】
本実験におけるラットの生存率の変化を図9に示す。図9のとおり、生理食塩水投与群では、観察期間中において断続的に固体死が見られた。また、GM−CSF単独投与群では特に早期死亡が多く見られたのに対し、IL−3単独投与群では脳損傷から7日目以降での死亡が特徴であった。
【0068】
それに対して、組織障害改善剤投与群では早期の死亡例が一例あったのみである。また、組織障害改善剤を投与した場合、IL−3単独投与に対してp<0.05の危険率で、GM−CSF単独投与に対してはp<0.001の危険率で、有意に優れた救命効果のあることが分かった。
【0069】
従って、本発明に係る組織障害改善剤は、生理食塩水を投与した対照のみならず、IL−3の単独投与およびGM−CSFの単独投与に対しても有意に優れた組織障害改善効果を示すことが実証された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インターロイキン3および顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子を有効成分とする組織障害改善剤。
【請求項2】
注射剤である請求項1に記載の組織障害改善剤。
【請求項3】
皮下注射するためのものである請求項2に記載の組織障害改善剤。
【請求項4】
インターロイキン3および顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子の両方を含む請求項1〜3のいずれかに記載の組織障害改善剤。
【請求項5】
体重1kg当たり5μg以上、30μg以下のインターロイキン3および顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子をそれぞれ1日1回投与するためのものである請求項1〜4のいずれかに記載の組織障害改善剤。

【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−6356(P2011−6356A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−151501(P2009−151501)
【出願日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】