説明

結晶性乱層構造窒化硼素

【課題】新規な窒化硼素である結晶性乱層構造窒化硼素(以下、「結晶性t−BN」という)を提供すること。
【解決手段】結晶性乱層構造窒化硼素のCuKα線によるX線回折パターンは、2θが20°〜30°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[002]回折ピークに相当する(001)回折ピークと、2θが40°〜50°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[100]及び[101]回折ピークに相当する回折ピークが一部重複して結合した(10)回折ピークと、2θが50°〜60°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[004]回折ピークに相当する(002)回折ピークと、を有し、2θが50°付近に六方晶系窒化硼素の[102]回折ピークに相当するシャープな回折ピークを有さない。結晶性乱層構造窒化硼素は、水に対して不活性である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性乱層構造窒化硼素に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化硼素(BN)は硼素と窒素からなる化合物であるが、炭素とほぼ同じ結晶構造を有する多形が存在する。すなわち、窒化硼素には無定形窒化硼素(以下、a−BNという)、六角形の網目層が二層周期で積層した構造を持つ六方晶系窒化硼素(以下、h−BNという)、六角形の網目が三層周期で積層した構造を持つ菱面体晶系窒化硼素(以下、r−BNという)、六角形の網目層がランダムに積層した構造を持つ乱層構造窒化硼素(以下、t−BNという)、高圧下の安定相であるジンクブレンド型窒化硼素(以下、c−BNという)及びウルツアイト型窒化硼素(以下、w−BNという)が知られている。
【0003】
上記の窒化硼素の多形の内、背景技術において材料として実用性が認められているのはh−BNとc−BNのみである。h−BNは黒鉛より耐酸化性に優れている安定相であり、合成された結晶性h−BN粉末の粒子は通常六角板状の自形を有しており、黒鉛と同様に良好な耐熱性、機械加工性(切削加工性)及び固体潤滑性を有しているが、黒鉛と異なり白色で優れた絶縁性を有する。他方a−BNは不安定で吸湿性があるため、a−BNの状態では使用できない。典型的なh−BNとa−BNのCuKα線による粉末X線回折図を図1と図2に示す。
【0004】
図1から分かるように、h−BNの粉末X線回折図では[002][100][101][102]及び[004]の回折線が顕著である。これに対して図2のa−BNの粉末X線回折図ではh−BNの粉末X線回折図の[100]回折線と[101]回折線の位置にある[100]と[101]回折線が合体したブロードな(半価幅の大きい)回折線と、h−BNの粉末X線回折図の[002]回折線の位置にあるブロードな回折線とがあるのみで、他の回折線は見当らないか、存在したとしてもブロードで存在が不明瞭な弱い回折線しか存在しない。a−BNの構造では硼素と窒素からなる六角網目層が発達しておらず、発達していない微小な六角網目層の積層構造にも規則性がないものである。
【0005】
h−BNの結晶では硼素と窒素からなる発達した六角網目層が・・aa'aa'aa'aa'a・・のパターンで積層した結晶構造を有しており、六角網目層が3層周期で積層したものがr−BNである。
【0006】
六角網目層は発達しているが六角網目層の積層構造に規則性のないものをt−BNという。広義に解釈するとa−BNも乱層構造の窒化硼素であると考えられるので、たとえば非特許文献1では粉末X線回折図がブロードな回折線しか示さない窒化硼素をt−BNと記載しているが、このような窒化硼素はt−BNと区別してa−BNであるとするのが妥当である。
【0007】
【非特許文献1】資源・素材学会誌Vol.105(1989)No.2,P201〜204
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、新規な窒化硼素である結晶性乱層構造窒化硼素(以下、「結晶性t−BN」という)を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1視点によれば、CuKα線によるX線回折パターンが、2θが20°〜30°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[002]回折ピークに相当する(001)回折ピークと、2θが40°〜50°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[100]及び[101]回折ピークに相当する回折ピークが一部重複して結合した(10)回折ピークと、2θが50°〜60°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[004]回折ピークに相当する(002)回折ピークと、を有し、2θが50°付近に六方晶系窒化硼素の[102]回折ピークに相当するシャープな回折ピークを有さない結晶性t−BNを提供する。結晶性t−BNは水に対して不活性である。
【0010】
上記第1視点の好ましい形態によれば、(10)回折ピークは、六方晶系窒化硼素の[100]回折ピークに相当する回折ピークの高角度側に、六方晶系窒化硼素の[101]回折ピークに相当する裾を引いて広がった形の回折ピークを有する。
【0011】
上記第1視点の好ましい形態によれば、結晶性t−BNは一次粒子の大きさがサブミクロンである。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、以下の効果のうち少なくとも1つを有する。
【0013】
本発明の結晶性t−BNは、水に対して不活性である。また、本発明の結晶性t−BNは、結晶粒子径(一次粒子径と同じ)が細かく、一次粒子の粒径が揃っていて、焼結性が良好である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明者らは、先に出願した特願平9−21052号に生産性に優れた結晶性t−BN微粉末の製造方法を提案した。本発明は、特願平9−21052号に記載した結晶性t−BN微粉末の有する特徴である、湿気に対して不活性であり、結晶粒子径(一次粒子径と同じ)が細かく、一次粒子の粒径が揃っていて、焼結性が良好な結晶性t−BN微粉末を提案するものである。
【0015】
本発明の結晶性t−BNの粉末X線回折図の一例を図3に示す。図3から分かるように、この粉末X線回折図ではh−BNの粉末X線回折図の[002]及び[004]回折線に対応する回折線がシャープな回折線となっているが、[100]回折線に対応する回折線が高角度側に裾を引いて広がった形をしていて[101]に対応する回折線が弱く目立たず、[102]に対応する回折線は存在しないか、存在しても非常に弱い。この[102]に対応する回折線は六角網目層が規則的に積層していることによって始めて現れる回折線である。
【0016】
結晶性t−BN微粉末を製造する好ましい方法は、前述の特願平9−21052号に記載された結晶性t−BN微粉末の製造方法、すなわち有効量の溶融硼酸アルカリを共存させて窒素等の非酸化性雰囲気中でa−BN粉末を加熱し、a−BNをt−BNに結晶化させる方法である。複合セラミックス焼結体は多くの場合多孔質の焼結体であるが、結晶性t−BN微粉末はサブミクロンの微細な一次粒子からなっているのでh−BN粉末より焼結しやすく、成形するとa−BNを混合した粉末より緻密な成形体になり、焼結すれば緻密な複合焼結体となる。この複合焼結体は気孔率が相当あっても強度が比較的大きい。微細な結晶性t−BN微粒子が焼結時にh−BNに転移しないで焼結体中に残存している場合には微細な結晶性t−BN微粒子の存在によって微細な気孔が形成され、焼結体中の気孔はサブミクロンサイズの微細な平均気孔径を有するものとなる。
【0017】
特願平9−21052号に記載されている結晶性t−BN微粉末の合成方法は、たとえば次の通りである。出発原料に尿素と硼酸及び少量の硼酸アルカリからなる硼素より窒素成分が過剰な混合物を出発原料に用い、硼酸ナトリウムの共存下で加熱して950℃以下で反応させ、a−BNを主体とし硼酸やナトリウムイオンを含むカルメ焼き状の中間生成物を得る。次いでこの中間生成物を1mm以下に粉砕して窒素雰囲気中で約1300℃に加熱し、結晶化させると結晶性t−BNが生成する。この結晶化した反応物を水、特に温純水で洗浄(必要に応じてアルカリ成分の中和洗浄のために酸を用いる)して精製すると、純度が高く、円板状又は球状の形状を有する微細な一次粒子からなる結晶性t−BN微粉末が得られる。結晶性t−BN微粉末の微細な一次粒子は集合してミクロンサイズの二次粒子となっているが、アトリションミルなどで湿式粉砕すれば、微細な一次粒子にまで容易に微粉砕することができる。結晶性t−BN微粉末の一次粒子は、微細な円板状又は球状であることによって微粉砕された混合粉末を成形するときに六角板状のh−BN粒子のように配向しないので、複合焼結体としても熱膨張率の成形時の方向による差異が殆どない焼結体が得られるという利点がある。また、前述の製造方法によって高純度の結晶性t−BNを製造できる。
【0018】
結晶性t−BN微粉末を複合セラミックス焼結体の原料に用いる利点は、前述の方法によって従来市販されているh−BN粉末と比べて安価に製造でき、結晶性t−BN微粉末の一次粒子が微細であることによってセラミックス混合粉末の成形体が焼結しやすく、多孔質な複合焼結体の場合も強度が大きく、窒化硼素が結晶性t−BNの状態で焼結体中に残留している場合には微細で揃った大きさの気孔を有する複合セラミックス焼結体が得られる点である。また、原料にa−BN粉末を使用方法と比較すると、結晶性t−BN微粉末はa−BN粉末と比べて湿気などの水分に対して安定であるので焼結体の原料として使いやすく、a−BN粉末を混合したセラミックス混合粉末と比べて密度の大きい成形体が得られ、密度の大きい複合セラミックス焼結体が得られる点である。背景技術に係るh−BN粉末を含む複合セラミックス焼結体の場合と同じく、本発明の製造方法による窒化硼素含有複合セラミックス焼結体は、h−BN及び/又はt−BNを焼結体の内部に含有していることによってヤング率が小さく熱伝導率が大きいので耐熱衝撃性に優れており、固体潤滑性があり、溶融金属に対して優れた耐食性を有し、電気絶縁性に優れている等の好ましい特徴がある。
【0019】
結晶性t−BN微粉末の微粉砕や他のセラミックス粉末との混合、あるいは粉砕を兼ねる混合は分散性のよいアルコールなどを媒体とする湿式のボールミルやアトリションミルによって行なうのが好ましい。複合セラミックス焼結体の原料とするセラミックス混合粉末に混合する窒化硼素粉末は微細である方が成形体の焼結性がよく、前述の製造方法によって得られる結晶性t−BN微粉末の一次粒子は平均粒径が0.4μm以下と微細であるのでこの結晶性t−BN微粉末を混合したセラミックス混合粉末の成形体は焼結性に優れていて好ましい。複合セラミックス焼結体の製造方法としては、無加圧焼結又は加圧焼結のいずれを採用してもよいが、無加圧焼結を採用すれば、製造できる複合焼結体の形状に自由度があり、各種の形状と寸法の複合セラミックス焼結体を安価に製造できる点で好ましい。
【実施例1】
【0020】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明するが、以下の実施例は本発明の一実施例であって本発明を限定するものではない。
【0021】
[結晶性t−BNの合成]結晶性t−BN微粉末を次のようにして合成した。無水硼酸(B)3.5kg、尿素((NHCO)5.3kg、硼砂(Na・10H2O)0.63kgからなる混合物を出発原料とし、この混合物を直径530mmの蓋付きステンレス鋼製容器に入れ、この反応容器を炉内に入れて250〜500℃、500〜600℃、600〜700℃、700〜800℃、800〜900℃の各段階にそれぞれ10分かけて昇温し、最後は900±1℃に10分間保持して反応させた(合計1時間)。この間100℃を超えたところで水蒸気が噴出し始め、200℃で成分が溶融し始め、ぶくぶくと泡が出てガスの放出を伴って反応が進んだ。350〜400℃まで主に水蒸気を放出し、900℃に10分間保持したところガス(水蒸気及び炭酸ガス)の放出が減少した。
【0022】
この後放冷して反応容器の蓋を開けたところ、反応容器中の混合物はBが反応を完了してカルメ焼き状の反応物となっていた。このカルメ焼き状の反応物を反応容器中で解砕し、真空吸引して反応容器中から取り出し、粉砕して1mm目の篩を通した。この粉砕した反応物をアルミナ製の蓋付き匣鉢に入れて蓋を閉じ、窒素雰囲気とした電気炉中で1300℃まで10時間かけて昇温し、この温度に2時間保持し、その後放冷した。匣鉢から取り出した粉末を80〜85℃に温めたイオン交換水で洗浄してアルカリ成分と硼酸成分を除き、次いで希塩酸で中和し、さらに温めたイオン交換水で洗浄して乾燥し、純度の高い結晶性t−BN微粉末を得た。この一連の工程による結晶性t−BN微粉末の収量は出発原料10kgに対して約2.8kgであり、出発原料中の仕込み硼素量に基く製造歩留は70%以上であった。t−BNの純度は水洗の程度により90−97%以上に亘る。
【0023】
得られた結晶性t−BN微粉末をエタノールを媒体として直径1.2mmのジルコニアビーズを用いるアトリションミル(芦沢鉄工所社製パールミル)によって2時間微粉砕した。微粉砕後の結晶性t−BN微粉末について粒度分布を調べた(堀場製粒度分布アナライザLA−700使用)結果、約95%が1μm以下の微粒子となっており、平均粒径は約0.30μmであった。また、窒素吸着法で測定した粉末の比表面積は12m/gであった。 この結晶性t−BN微粉末のCuKα線による粉末X線回折図を図3に、13300倍に拡大した結晶性t−BN微粉末の顕微鏡写真を図4に、同結晶性t−BN微粉末をアトリションミルで微粉砕後の粒度分布グラフを図5にそれぞれ示す。また、図4の拡大電子 顕微鏡写真から分かるように、この結晶性t−BN微粉末の一次粒子の平均結晶粒径は約0.27μmであり、結晶性t−BN微粉末の一次粒子は円板状又は球状の粒子からなっている。
【0024】
結晶性t−BN微粉の純度は、洗浄の程度により自由にコントロールでき、90%以上〜97%以上さらに98%、99%以上の高純度のものまで得られる。残留分としては、上記の方法で得られる結晶性t−BN微粉はBを主体とする。従って、所定量の残留Bを含有する結晶性t−BN微粉を用いれば、残留Bが焼結助剤の役割も果たすので、焼結性の一層の増進に資する。
【0025】
本発明の結晶性乱層構造窒化硼素は、上記実施形態に基づいて説明されているが、上記実施形態に限定されることなく、本発明の範囲内において、かつ本発明の基本的技術思想に基づいて、上記実施形態に対し種々の変形、変更及び改良を含むことができることはいうまでもない。また、本発明の請求の範囲の枠内において、種々の開示要素の多様な組み合わせ・置換ないし選択が可能である。
【0026】
本発明のさらなる課題、目的及び展開形態は、請求の範囲を含む本発明の全開示事項からも明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】背景技術に係る典型的なh−BN粉末の粉末X線回折図。
【図2】背景技術に係るa−BN粉末の粉末X線回折図。
【図3】本発明の結晶性t−BN微粉末の一例の粉末X線回折図。
【図4】図3の結晶性t−BN微粉末の13300倍の電子顕微鏡写真。
【図5】アトリションミルによる粉砕後の本発明の結晶性t−BN微粉末の粒度分布を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CuKα線によるX線回折パターンが、
2θが20°〜30°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[002]回折ピークに相当する(001)回折ピークと、
2θが40°〜50°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[100]及び[101]回折ピークに相当する回折ピークが一部重複して結合した(10)回折ピークと、
2θが50°〜60°の範囲に位置する六方晶系窒化硼素の[004]回折ピークに相当する(002)回折ピークと、を有し、
2θが50°付近に六方晶系窒化硼素の[102]回折ピークに相当するシャープな回折ピークを有さない結晶性乱層構造窒化硼素であって、
水に対して不活性であることを特徴とする結晶性乱層構造窒化硼素。
【請求項2】
前記(10)回折ピークは、六方晶系窒化硼素の[100]回折ピークに相当する回折ピークの高角度側に、六方晶系窒化硼素の[101]回折ピークに相当する裾を引いて広がった形の回折ピークを有することを特徴とする請求項1に記載の結晶性乱層構造窒化硼素。
【請求項3】
一次粒子の大きさがサブミクロンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の結晶性乱層構造窒化硼素。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−174448(P2008−174448A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−100283(P2008−100283)
【出願日】平成20年4月8日(2008.4.8)
【分割の表示】特願平10−152020の分割
【原出願日】平成10年5月15日(1998.5.15)
【出願人】(594060048)
【出願人】(594066110)株式会社冨士エンタープライズ (5)
【出願人】(598071840)