説明

絶縁電線及びそれを用いた変圧器

【課題】耐熱性向上の要求を満たすとともに、優れた耐薬品性をも兼ね備えた絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体と前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層に、300℃における溶融粘度が500〜3000N・sec/mにある高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)と、300℃における溶融粘度が50N・sec/m以上、かつ前記高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)の300℃における溶融粘度よりも低粘度側にある低粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−2)とをブレンドしたポリフェニレンスルフィド樹脂(A)を85質量%以上含んでなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を用いたことを特徴とする絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁層を少なくとも1層有し、好ましくは3層以上の絶縁層からなる絶縁電線とそれを用いた変圧器に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器の構造は、IEC規格(International Electrotechnical Communication Standard)Pub.60950などによって規定されている。即ち、これらの規格では、巻線において一次巻線と二次巻線の間には少なくとも3層の絶縁層(導体を被覆するエナメル皮膜は絶縁層と認定しない)が形成されていること又は絶縁層の厚みは0.4mm以上であること、一次巻線と二次巻線の沿面距離は、印加電圧によっても異なるが、5mm以上であること、また一次側と二次側に3000Vを印加した時に1分以上耐えること、などが規定されている。
このような規格のもとで、従来、主流の座を占めている変圧器としては、図2の断面図に例示するような構造が採用されてきた。この変圧器は、フェライトコア1上のボビン2の周面両側端に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3が配置された状態でエナメル被覆された一次巻線4が巻回されたのち、この一次巻線4の上に、絶縁テープ5を少なくとも3層巻回し、更にこの絶縁テープの上に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3を配置したのち、同じくエナメル被覆された二次巻線6が巻回された構造である。
【0003】
しかし、近年、図2に示した断面構造の変圧器(トランス)に代わり、図1で示したように、絶縁バリヤ3や絶縁テープ層5を含まない構造の変圧器が用いられるようになった。この変圧器は図2の構造の変圧器に比べて、全体を小型化することができ、また、絶縁テープの巻回し作業を省略できるなどの利点を備えている。
図1で示した変圧器を製造する場合、用いる1次巻線4及び2次巻線6では、いずれか一方もしくは両方の導体4a(6a)の外周に少なくとも3層の絶縁層4b(6b),4c(6c),4d(6d)が形成されていることが前記したIEC規格との関係で必要になる。
【0004】
このような巻線として導体の外周に絶縁テープを巻回して1層目の絶縁層を形成し、更にその上に、絶縁テープを巻回して2層目の絶縁層、3層目の絶縁層を順次形成して互いに層間剥離する3層構造の絶縁層を形成するものが知られている。また、絶縁テープの代わりにフッ素樹脂を、導体の外周上に順次押出被覆して、全体として3層の絶縁層を形成したものも公知である(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
しかしながら、前記の絶縁テープ巻の場合は、巻回する作業が不可避である為、生産性は著しく低く、その為電線コストは非常に高いものになっている。
また、前記のフッ素樹脂押出の場合では、絶縁層はフッ素系樹脂で形成されているので、耐熱性は良好であるという利点を備えているが、樹脂のコストが高く、さらに高剪断速度で引っ張ると外観状態が悪化するという性質があるために製造スピードを上げることも困難で、絶縁テープ巻と同様に電線コストが高いものになってしまうという問題点がある。
【0006】
こうした問題点を解決するため、導体の外周上に、1層目、2層目の絶縁層として結晶化を制御し分子量低下を抑制した変性ポリエステル樹脂を押出し、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した多層絶縁電線が実用化されている(例えば、特許文献2および3参照。)。さらに近年の電気・電子機器の小型化に伴い、発熱による機器への影響が懸念され、より高い耐熱性を実現させた多層絶縁電線として、ポリエーテルスルホン(以下「PES」という)樹脂を押出被覆したものが提案されている(例えば、特許文献4参照。)。
【0007】
しかしながら、このような多層絶縁電線は、ますます厳しくなる今後の変圧器の性能向上に対する要求に十分に対応できるものとはいえない。上記で提案したPES樹脂を用いた多層絶縁電線は、IEC60950規格を満足する耐熱F種(155℃)以上という高耐熱性を実現したが、耐薬品性に乏しいという懸念点がある。
【0008】
これまでに耐熱F種以上の耐熱性を保持しながら、優れた耐薬品性を兼ね備えた絶縁電線は知られていない。耐熱F種以上の耐熱性を満足するためには、ポリフェニレンスルフィド(以下「PPS」ともいう)樹脂、PES樹脂、ポリエーテルイミド(以下「PEI」という)樹脂などのスーパーエンジニアプラスチックを用いるか、もしくは無機フィラーを充填するなどの手法が考えられる。しかしながらPES樹脂、PEI樹脂などの非晶性樹脂は、耐熱性は十分に満足しうるが耐薬品性に非常に弱いという欠点がある。また、結晶性樹脂であるPPS樹脂は耐薬品性に優れるが、伸び特性に乏しく電線材料として単体での使用には適していない。一方、特許文献5記載のPPSを用いることで電線に十分に可とう性を発現させることは可能であるが、このPPSにはゴム成分が添加されており、耐熱性はB種(130℃)に低下してしまう。また、無機フィラーを充填した場合、著しく可とう性が低下してしまい、巻線工程で被覆樹脂が割れるといった電線として重大な欠陥が生じる恐れがあった。
そのため耐熱F種以上の高耐熱性と優れた耐薬品性を兼ね備えた多層絶縁電線が求められている。
【特許文献1】実開平3−56112号公報
【特許文献2】米国特許第5,606,152号明細書
【特許文献3】特開平6−223634号公報
【特許文献4】特開平11−176244号公報
【特許文献5】特願2003−502842号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のような問題を解決するために、本発明は、耐熱F種の高耐熱性の要求を満足するとともに、優れた耐薬品性も兼ね備えた絶縁電線を提供することを課題とする。さらに本発明は、このような耐熱性と耐薬品性に優れた絶縁電線を巻回してなる、電気特性に優れ、信頼性の高い変圧器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、絶縁層として、特定の溶融粘度を有する高粘度PPS樹脂と低粘度PPS樹脂の、複数種の溶融粘度の異なるPPS樹脂を混合して用いた絶縁電線が、耐熱性も伸び特性も兼ね備えることができることを見出すことができた。本発明の上記課題は、以下に示した絶縁電線及びこれを用いた変圧器によって達成された。
【0011】
すなわち本発明は、以下の絶縁電線及び変圧器を提供するものである。
(1)導体と前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層に、300℃における溶融粘度が500〜3000N・sec/mにある高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)と、300℃における溶融粘度が50N・sec/m以上、かつ前記高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)の300℃における溶融粘度よりも低粘度側にある低粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−2)とをブレンドしたポリフェニレンスルフィド樹脂(A)を85質量%以上含んでなるPPS樹脂組成物を用いたことを特徴とする絶縁電線。
(2)前記PPS樹脂組成物が、熱可塑性エラストマー(B)を含み、前記PPS樹脂(A)を連続層とし、前記熱可塑性エラストマー(B)を分散層とする樹脂分散体であることを特徴とする(1)項記載の絶縁電線。
(3)前記PPS樹脂組成物が、前記PPS樹脂(A)100質量部に対して、前記熱可塑性エラストマー(B)を15質量部以下含有することを特徴とする(2)項記載の絶縁電線。
(4)前記熱可塑性エラストマー(B)がエポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂(B−1)であることを特徴とする(2)または(3)項記載の絶縁電線。
(5)前記熱可塑性エラストマー(B)が側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体(B−2)であることを特徴とする(2)または(3)項記載の絶縁電線。
(6)前記PPS樹脂樹脂(A)が前記高粘度PPS樹脂(A−1)と、低粘度PPS樹脂(A−2)を(A−1):(A−2)で90:10〜50:50の質量比でブレンドされたものであることを特徴とする(1)〜(5)のいずれか1項に記載の絶縁電線。
(7)導体と前記導体を被覆する少なくとも2層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、導体に最も近い最内層にポリエステルを用いることを特徴とした(1)〜(6)のいずれか1項に記載の絶縁電線。
(8)(1)〜(7)のいずれか1項に記載の絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。
【発明の効果】
【0012】
本発明の多層絶縁電線は、IEC60950規格の耐熱F種の耐熱性も十分満足するほか、耐薬品性に優れることから、巻線加工後薬品を含浸させる工程においても十分な耐力を持ち合わせており、さらなる幅広い選択が可能となるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の絶縁電線は、導体と前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層に高粘度PPS樹脂(A−1)と、低粘度PPS樹脂(A−2)とをブレンドしたPPS樹脂(A)を85質量%以上含んでなるPPS樹脂組成物を用いたものである。
【0014】
本発明に用いる高粘度PPS樹脂(A−1)の300℃における溶融粘度としては、500N・sec/m以上である。これより小さな分子量ではPPSブレンドポリマーにしても十分な伸び特性は得られない。また、極端に分子量が高いと成形するのに困難が生じるため、溶融粘度は500〜3000N・sec/mにあるものであり、8000〜2000N・sec/mにあることが好ましく、800〜1500N・sec/mにあることがさらに好ましく、約1000N・sec/mであることが最も好ましい。
【0015】
本発明に用いる低粘度PPS樹脂(A−2)の300℃における溶融粘度としては、50N・sec/m以上、かつブレンドに用いる高粘度PPSよりも低粘度側にあるものである。50N・sec/m以下の分子量では十分な伸び特性は得られない。低粘度PPS樹脂(A−2)の300℃における溶融粘度は、50〜500N・sec/mにあることが好ましく、100〜400N・sec/mにあることがさらに好ましく、約200N・sec/mであることが最も好ましい。
これら粘度測定の条件として、キャピラリ型粘度計を用いて、使用温度300℃、使用ダイスL/D=40/1で測定を行った。測定が可能な装置の一例として、東洋精機社製キャピログラフ1C(商品名)が挙げられる。
【0016】
PPS樹脂(A)におけるブレンドの割合は、高粘度PPS樹脂(A−1)が90〜50質量部に対して、低粘度PPS樹脂(A−2)が10〜50質量部が好ましい。高粘度PPS樹脂(A−1)の割合が多すぎる場合、流動性が低く加工性が非常に乏しくなることがある。また高粘度PPS樹脂(A−1)の割合が少なすぎる場合、伸び特性が大きく低下してしまう場合がある。ブレンドの割合は高粘度PPS樹脂(A−1)が80〜60質量部に対して、低粘度PPS樹脂(A−2)が20〜40質量部が好ましい。
PPSのタイプとして、架橋型、セミリニア型、リニア型のいずれでもかまわないが、本発明に用いるPPS樹脂として、例えば高分子量PPS樹脂にDIC FZ2100(大日本インキ化学工業社製、商品名)を、低分子量PPS樹脂にDSP C−106(大日本インキ化学工業社製、商品名)が代表例として挙げられる。
【0017】
本発明に用いられるPPS樹脂組成物には、上記のPPS樹脂(A)を85質量%以上、好ましくは90〜95質量%以上含まれるものである。
PPS樹脂組成物に含むことのできるPPS樹脂(A)以外の成分としては、本発明の目的を損なわない範囲のものであれば特に限定されるものでないが、ゴム成分を含有しないことが、耐熱性低下の懸念がないことから好ましい。
【0018】
本発明において、PPS樹脂組成物は、熱可塑性エラストマー(B)を含み、PPS樹脂(A)を連続層とし、熱可塑性エラストマー(B)を分散層とする樹脂分散体であることが好ましい。熱可塑性エラストマー(B)を添加することで、さらなる可とう性の向上が見込まれる。本発明における熱可塑性エラストマー(B)の含有量は、PPS樹脂(A)100質量部に対し、15質量部以下であることが好ましく、4〜13質量部であることがさらに好ましい。15質量部以下の添加により耐熱性を損なわずにさらに可とう性の向上も見込まれる。
【0019】
本発明の一つの好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマー(B)が、ポリエステル系樹脂と反応性を有する官能基として、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選ばれる少なくとも1つの基を含有する樹脂(B−1)であるものである。そのうちでも特にエポキシ基を含有することが好ましい。樹脂(B−1)は、同一分子内で該官能基含有単量体成分を0.05〜30質量部有することが好ましく、0.1〜20質量部有することがより好ましい。該官能基を含有する単量体成分量が少なすぎると本発明の効果を発揮しにくく、また多すぎると前記ポリエステル系樹脂(A)との過反応によるゲル化物が発生しやすく、好ましくない。
このような樹脂(B−1)としては、オレフィン成分とエポキシ基含有化合物成分からなる共重合体であることが好ましい。また、アクリル成分又はビニル成分の中、少なくとも1種類以上の成分とオレフィン成分及びエポキシ基含有化合物成分からなる共重合体であってもよい。
【0020】
上記の(B−1)の代表的な例としては、エチレン/グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル3元共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/酢酸ビニル3元共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル/酢酸ビニル4元共重合体などが挙げられる。中でもエチレン/グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル3元共重合体が好ましい。市販の樹脂では、例えば、ボンドファースト(住友化学工業社製、商品名)、ロタダー(アトフィナ社製、商品名)が挙げられる。
【0021】
また、(B−1)は、ブロック共重合体、グラフト共重合体、ランダム共重合体、交互共重合体のいずれであっても良い。樹脂(B−1)は、例えばエチレン/プロピレン/ジエンのランダム共重合体、エチレン/ジエン/エチレンのブロック共重合体、プロピレン/ジエン/プロピレンのブロック共重合体、スチレン/ジエン/エチレンのブロック共重合体、スチレン/ジエン/プロピレンのブロック共重合体、スチレン/ジエン/スチレンのブロック共重合体に対し、ジエン成分を一部エポキシ化したもの又はグリシジルメタクリル酸のようなエポキシ含有化合物をグラフト変性したものであってもよい。また、これらの共重合体は、熱安定性を上げるため、水素添加されたものも好ましい。
【0022】
また本発明の別の好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマー(B)は、ポリエチレンの側鎖にカルボン酸もしくはカルボン酸の金属塩を結合させたエチレン系共重合体(B−3)である。このエチレン系共重合体は、前記したポリエステル系樹脂の結晶化を抑制する働きをする。
【0023】
結合させるカルボン酸としては、例えば、アクリル酸,メタクリル酸,クロトン酸のような不飽和モノカルボン酸や、マレイン酸,フマル酸,フタル酸のような不飽和ジカルボン酸をあげることができ、またこれらの金属塩としては、Zn、Na、K、Mgなどとの塩をあげることができる。このようなエチレン系共重合体としては、例えば、エチレン−メタアクリル酸共重合体のカルボン酸の一部を金属塩にした、一般にアイオノマーと呼ばれる樹脂(例えば、ハイミラン;商品名、三井ポリケミカル社製),エチレン−アクリル酸共重合体(例えば、EAA;商品名、ダウケミカル社製),側鎖にカルボン酸を有するエチレン系グラフト重合体(例えば、アドマー;商品名、三井石油化学工業社製)をあげることができる。
【0024】
また、該PPS樹脂を用いる層よりも導体に近い層に、ポリエステル樹脂を選択することで、極めて良好な半田付け性を付与することができる。耐熱F種という高耐熱性を満足しながら、半田付け性も兼ね備えることができる。
【0025】
本発明に用いられるポリエステル樹脂としては、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応で得られたものが好ましく用いられる。例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、ポリブチレンテレフタレート(PBT)樹脂、ポリエチレンナフレート(PEN)樹脂などを代表例としてあげることができる
本発明において好ましく用いることができる市販の樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)系樹脂は、バイロペット(東洋紡社製、商品名)、ベルペット(鐘紡社製、商品名)、帝人PET(帝人社製、商品名)。ポリエチレンナフタレート(PEN)系樹脂は帝人PEN(帝人社製、商品名)、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)系樹脂はエクター(東レ社製、商品名)等が挙げられる。また、液晶ポリエステルであるロッドラン(ユニチカ社製、商品名)も好適である。本発明におけるポリエステル樹脂には、求められる特性を損なわない範囲で、ポリエステル樹脂同士のブレンドや、上記熱可塑性エラストマー、通常使用される添加剤、無機充填剤、加工助剤、着色剤なども添加することができる。
【0026】
本発明に用いられる導体としては、金属(例えば、銅、アルミニウムなど)裸線(単線)、または金属裸線にエナメル被覆層や薄肉絶縁層を設けた絶縁電線、あるいは金属裸線の複数本またはエナメル絶縁電線もしくは薄肉絶縁電線の複数本を撚り合わせた多心撚り線を用いることができる。これらの撚り線の撚り線数は、高周波用途により随意選択できる。また、線心(素線)の数が多い場合(例えば19−、37−素線)、撚り線ではなくてもよい。撚り線ではない場合、例えば複数の素線を略平行に単に束ねるだけでもよいし、または束ねたものを非常に大きなピッチで撚っていてもよい。いずれの場合も断面が略円形となるようにすることが好ましい。
【0027】
本発明の絶縁電線において絶縁層を3層とする場合には、常法により導体の外周に所望の厚みの1層目の絶縁層を押出被覆し、次いで、この1層目の絶縁層の外周に所望の厚みの2層目の絶縁層を押出被覆するという方法で、順次絶縁層を押出被覆することで製造される。このようにして形成される押出絶縁層の全体の厚みは3層では60〜180μmの範囲内にあるようにすることが好ましい。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた多層絶縁電線の電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になるなどの場合があることによる。さらに好ましい範囲は70〜150μmである。また、上記の3層の各層の厚みは20〜60μmにすることが好ましい。
【0028】
本発明の絶縁電線は、従来公知の絶縁電線を用いてなる変圧器に、特に変更を加えることなく用いることができる。特に、3層の絶縁層を有する本発明の絶縁電線は、上記の図1に示す構造の変圧器の1次巻線4及び2次巻線6として好適に用いることができる。
【実施例】
【0029】
次に本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
実施例1〜10及び比較例1、2
絶縁層を形成する樹脂組成物は表1に示す配合の材料を混錬用二軸押出機にて溶融・混合し更に水冷してペレタイザーでペレット状にカットして作成した。
導体として線径1.0mmの軟銅線を用意した。表1に示した各層の押出被覆用樹脂の配合(組成の数値は質量部を示す)及び厚さで、単層の場合は1層を、多層の場合は導体上に順次押出し被覆して絶縁電線を製造した。
得られた絶縁電線につき、下記の仕様で各種の特性を試験した。また、肉眼により外観を観察した。
【0031】
A.可とう性
電線自身の周囲に線と線が接触するように緊密に10回巻きつけ、顕微鏡にて観察を行い皮膜にクラックやクレージングなどの異常が見られなければ合格(表1において○で示す。また、クラックやクレージングほどの異常ではないが、電線表面にしわ等の変化が見られたものを△で示す。)とし、異常が見つかったものを不合格(表1において×で示す。)とした。
B.電気的耐熱性
IEC規格60950の2.9.4.4項の付属書U(電線)に準拠した下記の試験方法で評価した。
直径10mmのマンドレルに多層絶縁電線を、荷重118MPa(12kg/mm)をかけながら10ターン巻付け、F種:240℃30分加熱し、その後3000Vにて1分間電圧を印加し短絡しなければ、F種合格(表1において○で示す。)と判定した。(判定はn=5にて評価。1つでもNGになれば不合格(表1において×で示す。)となる)。
C.耐薬品性
巻線加工として20D巻き付けを行った電線をキシレン、スチレン、エタノール、及びイソプロピルアルコール溶剤に30秒間浸漬し、乾燥後試料表面の観察を行いクラックやクレージング発生の有無の判定を行った。表1において、クラックやクレージングの発生が無いものを○、クレージングが発生したものを×とした。
【0032】
【表1】

【0033】
表1中、「−」は添加しないことを表す。また、合否の◎は特に好ましい、○は好ましい、×は不適切を表す。
また、表に示す各樹脂は以下の通りである。
PPS(分子量ピーク35000):DIC FZ2100(大日本インキ化学工業社製、商品名)ポリフェニレンスルフィド樹脂
PPS(分子量ピーク20000):DSP C−106(大日本インキ化学工業社製、商品名)ポリフェニレンスルフィド樹脂
エチレン/グルシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル共重合体:ボンドファースト(住友化学社製、商品名)
エチレン系共重合体:ハイミラン1855(三井デュポン社製、商品名)
ポリエステル:ロッドラン(ユニチカ社製、商品名)液晶ポリエステル樹脂15質量部と帝人PET TR8550(帝人社製、商品名)ポリエチレンテレフタレート樹脂85質量部のブレンド
PES:スミカエクセル4100(住友化学社製、商品名)ポリエーテルスルホン樹脂
また、導体から順に第1層、第2層、第3層が被覆されたものであり、3層構造である場合には第3層が最外層である。
【0034】
表1で示した結果から以下のことが明らかになった。
比較例1では電気的耐熱性は満足するが、最外層に薬品性に弱いPES樹脂を用いており耐薬品性が満足しなかった。比較例2ではエポキシ基含有樹脂の添加量が多く電気的耐熱性に乏しかった。一方、実施例1〜9では、電気的耐熱性、耐薬品性、および電線外観のいずれも合格基準を満たした。実施例10では、低粘度PPS樹脂のブレンド比率を大きくなり伸び率が低下したために、結果として電線の可とう性が乏しくなったが、耐熱性などその他特性は合格基準を満たした。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】3層絶縁電線を巻線とする構造の変圧器の例を示す断面図である。
【図2】従来構造の変圧器の1例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1 フェライトコア
2 ボビン
3 絶縁バリヤ
4 一次巻線
4a 導体
4b,4c,4d 絶縁層
5 絶縁テープ
6 二次巻線
6a 導体
6b,6c,6d 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層に、300℃における溶融粘度が500〜3000N・sec/mにある高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)と、300℃における溶融粘度が50N・sec/m以上、かつ前記高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)の300℃における溶融粘度よりも低粘度側にある低粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−2)とをブレンドしたポリフェニレンスルフィド樹脂(A)を85質量%以上含んでなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を用いたことを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、熱可塑性エラストマー(B)を含み、前記ポリフェニレンスルフィド樹脂(A)を連続層とし、前記熱可塑性エラストマー(B)を分散層とする樹脂分散体であることを特徴とする請求項1記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物が、前記ポリフェニレンスルフィド樹脂(A)100質量部に対して、前記熱可塑性エラストマー(B)を15質量部以下含有することを特徴とする請求項2記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記熱可塑性エラストマー(B)がエポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂(B−1)であることを特徴とする請求項2または3記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記熱可塑性エラストマー(B)が側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体(B−2)であることを特徴とする請求項2または3記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂樹脂(A)が前記高粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−1)と、低粘度ポリフェニレンスルフィド樹脂(A−2)を(A−1):(A−2)で90:10〜50:50の質量比でブレンドされたものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項7】
導体と前記導体を被覆する少なくとも2層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、導体に最も近い最内層にポリエステルを用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の絶縁電線を用いてなることを特徴とする変圧器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−257924(P2008−257924A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96876(P2007−96876)
【出願日】平成19年4月2日(2007.4.2)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】