説明

絶縁電線

【課題】優れたコイル挿入性を有すると共に、皮膜の濁りや外観不良のない絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体2の外周に少なくとも滑剤を含む潤滑層4が形成されている絶縁電線において、潤滑層4は、その表面をフーリエ変換赤外分光分析により分析したときに得られる炭素−水素間の伸縮振動に対する吸光度A1と、ベンゼン環の骨格振動に対する吸光度A2とで表される吸光度比A1/A2が0.06以上0.12以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイル挿入性に優れた絶縁電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モーターや変圧器などは、例えば、ステータスロットに、絶縁電線を巻回して形成されたコイルを複数挿入した後、挿入した複数のコイルの端末部分同士を溶接などによって接合することによって形成される。
【0003】
コイルを形成する際、絶縁電線が高速に巻回されるため、このコイル形成時に発生する絶縁電線の表面の傷を低減することを目的として、巻線性の優れたもの、すなわち、絶縁電線の表面の潤滑性を向上させたものが求められている。
【0004】
絶縁電線の潤滑性を改善する方法としては、例えば、ベース樹脂に酸化ポリエチレンなどの滑剤(潤滑剤)を添加した樹脂塗料を絶縁層上に塗布、焼付けして潤滑層(絶縁被覆層)を形成する方法(例えば、特許文献1参照)が提案されている。
【0005】
また、ベース樹脂に安定化されたイソシアネート化合物及び滑剤を配合した樹脂塗料を導体上に塗布、焼付けして潤滑層を形成する方法(例えば、特許文献2参照)、あるいはベース樹脂にチタン酸エステルを配合した樹脂塗料を塗布、焼付けして潤滑層を形成する方法(例えば、特許文献3参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−213908号公報
【特許文献2】特開平9−45143号公報
【特許文献3】特開平7−134912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方、近年、省エネルギーの観点から、モーターや変圧器は高効率化が要求されており、これに対応して、ステータスロットの断面積に対する絶縁電線の導体の断面積の比率(占積率)を高くするために、ステータスロット内にほとんど隙間がない状態となるようにコイルが挿入される。そのため、コイルを挿入する際に発生する絶縁電線の表面の傷を低減することを目的として、絶縁電線には優れたコイル挿入性、すなわちステータスロット内にコイルを挿入するときの挿入力(コイル挿入力)の低減も求められている。
【0008】
しかしながら、従来の絶縁電線では、コイル挿入性が不十分であり、このコイル挿入性を改善するために絶縁塗料に添加する滑剤の量を多くするなどの方法を用いると、これに起因して皮膜(潤滑層)が白濁するなどの皮膜の濁りや、皮膜の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生する外観不良を招いてしまう問題があった。
【0009】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、優れたコイル挿入性を有すると共に、皮膜の濁りや外観不良のない絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、導体の外周に少なくとも滑剤を含む潤滑層が形成されている絶縁電線において、前記潤滑層は、その表面をフーリエ変換赤外分光分析により分析したときに得られる炭素−水素間の伸縮振動に対する吸光度A1と、ベンゼン環の骨格振動に対する吸光度A2とで表される吸光度比A1/A2が0.06以上0.12以下である絶縁電線である。
【0011】
前記潤滑層は、その表面の滑性有効面積が7%以上70%以下であるとよい。
【0012】
前記潤滑層は、ベース樹脂に少なくとも前記滑剤とチタンカップリング剤と架橋剤が添加されてなるとよい。
【0013】
前記架橋剤は、末端のイソシアネート基がマスキング剤で安定化されていないポリイソシアネート化合物からなるとよい。
【0014】
前記チタンカップリング剤と前記架橋剤との質量比が1:10〜1:200であるとよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、優れたコイル挿入性を有すると共に、皮膜の濁りや外観不良のない絶縁電線を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る絶縁電線の横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0018】
図1は、本実施形態に係る絶縁電線の横断面図である。
【0019】
図1に示すように、絶縁電線(エナメル線)1は、導体2の外周に絶縁層3、潤滑層(自己潤滑層)4を順次形成したものである。
【0020】
絶縁層3は、例えば、導体2の外周にポリエステルイミド塗料を塗布、焼付けして形成された下層絶縁層と、その下層絶縁層の外周にポリアミドイミド塗料を塗布、焼付けして形成された上層絶縁層とからなる。
【0021】
潤滑層4は、絶縁層3(上層絶縁層)の外周に、ベース樹脂に少なくとも滑剤、チタンカップリング剤、架橋剤を添加した樹脂塗料(自己潤滑塗料)を塗布、焼付けして形成される。
【0022】
樹脂塗料に用いるベース樹脂としては、ポリアミドイミド樹脂が最適である。ポリアミドイミド樹脂の製法については特に制限は無く、極性溶媒中でトリカルボン酸無水物とジイソシアネート類を直接反応させたものか、あるいは極性溶媒中でトリカルボン酸無水物にジアミン類を先に反応させてイミド結合を形成し、後からジイソシアネート類を反応させてアミド結合を導入したものを用いるとよい。
【0023】
滑剤は、ベース樹脂に潤滑性(自己潤滑性)を付与するものであり、ポリオレフィンワックスや脂肪酸エステル系ワックス等から選ばれた1種類または2種類以上を混合したものを用いるとよい。ポリオレフィンワックスとしては、低分子量ポリオレフィン(ポリエチレン系、ポリプロピレン系)、酸化型ポリエチレン等が適用でき、平均分子量1000〜10000のものが好ましい。これは、平均分子量が1000より小さい場合には潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、10000より大きい場合には、皮膜の濁りが発生するおそれや、絶縁電線1の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0024】
滑剤の添加量は、後述する吸光度比A1/A2や、滑性有効面積の範囲を逸脱するものでなければ特に制限はないが、ベース樹脂100質量部当り1〜10質量部が望ましい。これは、滑剤の添加量が1質量部より小さい場合には潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、10質量部より大きい場合には、皮膜の濁りが発生するおそれや、絶縁電線1の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0025】
チタンカップリング剤は、滑剤と同様の作用を示すため、ベース樹脂に潤滑性を付与すべく添加される。
【0026】
チタンカップリング剤としては、チタン原子に結合する親水基および親油基を有するチタンカップリング剤を用いるとよく、例えば、イソプロピルトリオクタノイルチタネート、イソプロピルトリイソステアロイルチタネート、イソプロピルトリオレオイルチタネート、イソプロピルトリパルミトイルチタネート、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート、イソプロピルトリ(ジオクチルピロホスフェート)チタネート、イソプロピルジメタクリルイソステアロイルチタネート、イソプロピルイソステアロイルジアクリルチタネート、イソプロピルトリ(ジオクチルホスフェート)チタネート、ビス(ジオクチルピロホスフェート)オキシアセテートチタネート、ビス(ジオクチルピロホスフェート)エチレンチタネート、ジイソステアロイルエチレンチタネート、テトライソプロピルビス(ジオクチルホスファイト)チタネート、テトラオクチルビス(ジトリデシルホスファイト)チタネート、テトラ(2,2−ジアリルオキシメチル−1−ブチル)ビス(ジ−トリデシルホスファイト)チタネートなどが挙げられる。
【0027】
チタンカップリング剤の添加量は、後述する吸光度比A1/A2、滑性有効面積の範囲、およびチタンカップリング剤と架橋剤の質量比を逸脱するものでなければ特に制限はないが、ベース樹脂100質量部当り0.1〜10質量部が望ましい。これは、チタンカップリング剤の添加量が0.1質量部より小さい場合には潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、10質量部より大きい場合には、皮膜の濁りが発生するおそれや、絶縁電線1の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0028】
架橋剤は、焼付硬化反応時に皮膜(潤滑層4)の硬度を低下させて滑剤のブリードを促進するものであり、ポリイソシアネート化合物を用いるとよい。
【0029】
ポリイソシアネート化合物としては、イソシアネート基がマスキング剤で安定化されていることの可否を問わず、末端に2箇所以上のイソシアネート基を有するポリイソシアネート化合物を用いればよいが、好ましくは、イソシアネート基がマスキング剤で安定化されていないものを用いるとよい。
【0030】
これは、ポリイソシアネート化合物のイソシアネート基がマスキング剤で安定化されている場合、熱などの外的要因によりマスキング剤が外れなければ架橋効果が得られず、製造工程での焼付温度の管理が難しい。これに対して、イソシアネート基がマスキング剤で安定化されていないポリイソシアネート化合物を使用した場合は、安定化されたポリイソシアネート化合物よりも架橋が進み易く、また、製造工程での焼付け温度の管理がし易いためである。つまり、イソシアネート基が安定化されていないポリイソシアネート化合物を用いることで、従来よりも容易に架橋効果を得ることができるため、生産効率の向上という効果も期待できるためである。
【0031】
安定化されていないポリイソシアネート化合物は、例えば、末端に2箇所以上の水酸基を有するアルコールとジフェニルメタンジイソシアネートを反応させてポリイソシアネート化合物を作製し、イソシアネート基をマスキング剤で安定化させない状態でベース樹脂に添加するとよい。
【0032】
末端に2箇所以上の水酸基を有するアルコールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ジグリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトールなどが挙げられるが、これらに限るものではない。
【0033】
安定化されていないポリイソシアネート化合物を用いる場合、経時変化により樹脂塗料の増粘化が予想されるが、予め樹脂塗料にマスキング剤を添加しておくことで問題は解消され、かつ、安定化されたポリイソシアネート化合物と同様の効果が得られる。
【0034】
予め樹脂塗料に添加しておくマスキング剤としては、メタノール、エタノール、フェノール、クレゾール、キシレノール、MEKオキシムなどが挙げられるが、これらに限るものではない。
【0035】
安定化されたポリイソシアネート化合物としては、具体的には、住友バイエルウレタン社製のディスモジュールAPステーブル、ディスモジュールCTステーブル、日本ポリウレタン社製のミリオネートMS−50、コロネート2503等が挙げられる。
【0036】
ポリイソシアネート化合物の添加量は、後述する吸光度比A1/A2、滑性有効面積の範囲、およびチタンカップリング剤と架橋剤(ポリイソシアネート化合物)の質量比を逸脱するものでなければ特に制限はないが、ベース樹脂100質量部当り1〜200質量部が望ましい。これは、ポリイソシアネート化合物の添加量が1質量部より小さい場合には、潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、200質量部より大きい場合には、皮膜の濁りが発生するおそれや、絶縁電線1の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0037】
また、チタンカップリング剤と架橋剤(ポリイソシアネート化合物)との質量比は1:10〜1:200であることが好ましい。これは、チタンカップリング剤と架橋剤の質量比が1:10より大きい場合には潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、1:200より小さい場合には、皮膜の濁りが発生するおそれや、絶縁電線1の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0038】
さて、本実施形態に係る絶縁電線1は、その最外層である潤滑層4の表面をフーリエ変換赤外分光分析により分析したときに得られる炭素−水素間の伸縮振動に対する吸光度A1と、ベンゼン環の骨格振動に対する吸光度A2とで表される吸光度比A1/A2が0.06以上0.12以下である。
【0039】
より具体的には、フーリエ変換赤外分光分析計(FT−IR;Fourier Transform Infrared Spectrometer)の顕微全反射法(ATR法;Attenuated Total Reflection method)で多変量解析によるノイズ除去により潤滑層4の最表面を観察した場合に、メチレン基の炭素と水素間の伸縮振動である振動数2925cm-1(波長3.4μm)の吸光度A1を、ベンゼン環の骨格振動である振動数1510cm-1(波長6.6μm)の吸光度A2で除した吸光度比A1/A2が、0.06以上0.12以下である。
【0040】
炭素と水素間の伸縮振動は滑剤(例えば、ポリオレフィンワックス)に由来し、ベンゼン環の骨格振動はベース樹脂(ポリアミドイミド樹脂)に由来することから、吸光度比A1/A2は、潤滑層4の表面におけるベース樹脂に対する滑性成分(滑剤)の割合を表すこととなる。
【0041】
吸光度比A1/A2を0.06以上0.12以下とする理由は、吸光度比A1/A2が0.06より小さい場合には、滑剤が潤滑層4の表面に十分にブリードしていない状態か、滑剤が樹脂塗料焼付時の熱によって分解し易くなってしまう場合があるため潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、吸光度比A1/A2が0.12より大きい場合には、滑剤が潤滑層4の表面に過度に存在する場合があるため、潤滑層4の表面に濁りが発生するおそれや、発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して絶縁電線1の外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0042】
また、吸光度比A1/A2を潤滑層4の表面の所定の範囲(例えば、絶縁電線1の表面積400μm×400μm)にわたって測定したとき、測定された面積に対する吸光度比A1/A2が0.06以上0.12以下である面積の割合を滑性有効面積と呼ぶ。
【0043】
この滑性有効面積は、測定された面積に対して7%以上70%以下であることが好ましい。これは、滑性有効面積が7%より小さい場合には潤滑性が不十分となり、コイル挿入性が劣ってしまい、70%より大きい場合には、皮膜の濁りが発生するおそれや、絶縁電線1の表面に発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して外観が著しく損なわれるおそれがあるためである。
【0044】
本実施形態の作用を説明する。
【0045】
本実施形態に係る絶縁電線1では、潤滑層4を、その表面をフーリエ変換赤外分光分析により分析したときに得られる炭素−水素間の伸縮振動に対する吸光度A1と、ベンゼン環の骨格振動に対する吸光度A2とで表される吸光度比A1/A2が0.06以上0.12以下としている。
【0046】
吸光度比A1/A2を0.06以上とすることにより、潤滑層4表面に滑剤が十分にブリードされていると共に、滑剤が焼付時の熱によって分解してしまうことを抑制できるため、表面に十分な潤滑性を有する潤滑層4を形成でき、コイル挿入性を良好とすることができる。
【0047】
また、吸光度比A1/A2を0.12以下とすることにより、滑剤が潤滑層4表面に過度に存在することがなくなり、外観の良好な絶縁電線1を実現できる。
【0048】
したがって、吸光度比A1/A2を0.06以上0.12以下とすることにより、優れたコイル挿入性を有すると共に、皮膜の濁りや外観不良のない絶縁電線1を実現できる。
【0049】
さらに、本実施形態では、潤滑層4の表面の滑性有効面積を7%以上70%以下としている。
【0050】
絶縁電線1の表面、すなわち潤滑層4の表面における滑性有効面積が70%より大きい場合、潤滑層4の表面の一部に滑剤が過度に存在するなどして、絶縁電線1の外観が損なわれるおそれがあり、逆に、滑性有効面積が7%より小さい場合は、コイル挿入性が不十分となるおそれがあるが、滑性有効面積を7%以上70%以下とすることにより、潤滑性が不十分となってコイル挿入性が劣化してしまったり、潤滑層4の表面に濁りが発生したり、発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生して絶縁電線1の外観が損なわれることがなくなる。
【0051】
また、本実施形態では、潤滑層4に用いる樹脂塗料として、ベース樹脂であるポリアミドイミド樹脂に少なくとも滑剤とチタンカップリング剤と架橋剤とを添加したものを用い、チタンカップリング剤と架橋剤との質量比を1:10〜1:200としている。
【0052】
上述のように、架橋剤であるポリイソシアネート化合物は、焼付硬化反応時に皮膜(潤滑層4)の硬度を低下させるため滑剤のブリードを促進し、チタンカップリング剤は滑剤同様の作用を示すためベース樹脂に潤滑性を付与する。
【0053】
一見、皮膜(潤滑層4)の硬度を低下させたところに無機系カップリング剤であるチタンカップリング剤を添加することは、皮膜(潤滑層4)の硬度の上昇が予想され得る。しかし、チタンカップリング剤はその添加比率によりポリイソシアネート化合物の特性を阻害せず、またチタンカップリング剤の親水性部分がベース樹脂と反応し結合することにより、ベース樹脂にチタンカップリング剤の親油性が付与され、より滑剤をブリードし易くしているものと推測される。
【0054】
すなわち、チタンカップリング剤と架橋剤(ポリイソシアネート化合物)との質量比を1:10〜1:200とすることで、チタンカップリング剤、ポリイソシアネート化合物の併用による相乗作用で、滑剤をよりブリードし易くできるため、潤滑層4の表面の潤滑性を著しく向上させることができ、絶縁電線1のコイル挿入性を改善できる。
【0055】
さらに、本実施形態では、架橋剤として、末端のイソシアネート基がマスキング剤で安定化されていないポリイソシアネート化合物を用いている。これにより、従来用いていた安定化したポリイソシアネート化合物と比較して架橋が進み易く、容易に架橋効果を得ることが可能となるため生産効率を向上でき、また、製造工程での焼付け温度の管理がし易くなる。
【0056】
上記実施形態では、樹脂塗料のベース樹脂にポリアミドイミド樹脂を用いたが、これに限られず、例えば、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエステルイミド樹脂を用いても同様な効果が得られる。
【0057】
また、上記実施形態では、絶縁層3を下層絶縁層と上層絶縁層の2層としたが、絶縁層3をポリエステルイミド樹脂からなる1層とし、その絶縁層3の外周に潤滑層4を形成するようにしてもよい。
【実施例】
【0058】
次に本発明の効果を実施例および比較例を用いて説明する。
【0059】
実施例および比較例の絶縁電線は以下のように製造した。
【0060】
導体径0.8mmの銅からなる導体2の外周に、大日精化社製ポリエステルイミド塗料EH−402−40を皮膜厚さ25μmとなるように塗布焼付して下層絶縁層を形成し、さらにその上層に日立化成社製ポリアミドイミド塗料HI−406−30を皮膜厚さ5μmとなるように塗布焼付して上層絶縁層を形成し、トータルの皮膜厚さが30μmとなるように絶縁層3を形成したベース線を製造した。このベース線の上層に表1に示す樹脂塗料(ベース樹脂に滑剤、チタンカップリンク剤、架橋剤を添加した自己潤滑塗料)をそれぞれ皮膜厚さ3μmとなるように塗布、焼付けして潤滑層を形成し、実施例1〜4、比較例1、2の絶縁電線を得た。
【0061】
【表1】

【0062】
得られた各絶縁電線について、コイル挿入性を測定した。コイル挿入性は、フライヤー巻落とし式巻線機DTW−T2N(ヒーボエンジニアリング社製)を用いて占積率70%となるように作製したコイルを、コイル挿入機TZ−E(東洋ゲージ社製)でコアに挿入するときの挿入力をロードセルにて評価し、コアに挿入するときの挿入力が5.0kN未満のものを合格とした。
【0063】
また、各絶縁電線の潤滑層4の最表面について、フーリエ変換赤外分光分析計(FT−IR)の顕微全反射法(ATR法)で多変量解析によるノイズ除去により吸光度比A1/A2を測定した。フーリエ変換赤外分光分析計は、BIORAD社製のFTS−40Aを用いて積算回数64回、分解能4cm-1で絶縁電線の表面積20μm×20μmとして測定した。赤外線波長と測定深さの関係から、4000cm-1で0.2μm、700cm-1で0.9μmが測定深さとなる。
【0064】
また、フーリエ変換赤外分光分析計の顕微全反射法で多変量解析によるノイズ除去により潤滑層4の最表面の滑性有効面積を測定する場合には、パーキンエルマー社製のSpectrum100とSpotlight400を用いて積算回数1回、分解能8cm-1で絶縁電線の表面積400μm×400μmで測定した。
【0065】
また、得られた各絶縁電線の外観について、電子顕微鏡を用いて絶縁電線の表面の状態を観察し、潤滑層の表面に濁りが発生したり、発泡、粒、凹凸、へこみなどが発生しているかを評価した。なお、濁りの発生や、発泡、粒、凹凸、へこみなどの発生がないものを「良」、濁りの発生や、発泡、粒、凹凸、へこみなどの発生があるものを「不良」とした。
【0066】
(実施例1)
ポリアミドイミド塗料HI−406−30(日立化成社製)100質量部に滑剤として三井化学社製「ハイワックス110P」をポリアミドイミド塗料中のポリアミドイミド樹脂分に対して3質量部、チタンカップリング剤として味の素ファインテクノ株式会社製「プレンアクトKR 41B」をポリアミドイミド樹脂分に対して1質量部、およびポリイソシアネート化合物として極性溶媒中でトリメチロールプロパンとジフェニルメタンジイソシアネートをモル比1:3で反応させた安定化されていない化合物をポリアミドイミド樹脂分に対して50質量部添加して実施例1の樹脂塗料を得た。この樹脂塗料におけるチタンカップリング剤と架橋剤(ポリイソシアネート化合物)の質量比は、1:50となる。この樹脂塗料を上述したベース線上に塗布焼付して潤滑層4を形成し、実施例1の絶縁電線1を得た。
【0067】
(実施例2)
チタンカップリング剤を0.1質量部とし、ポリイソシアネート化合物を1.0質量部とした以外は実施例1と同様に実施例2の絶縁電線1を得た。実施例2の樹脂塗料におけるチタンカップリング剤と架橋剤の質量比は、1:10となる。
【0068】
(実施例3)
チタンカップリング剤を1.0質量部とし、ポリイソシアネート化合物を200.0質量部とした以外は実施例1と同様に実施例3の絶縁電線1を得た。実施例3の樹脂塗料におけるチタンカップリング剤と架橋剤の質量比は、1:200となる。
【0069】
(実施例4)
チタンカップリング剤を10.0質量部とし、ポリイソシアネート化合物を200.0質量部とした以外は実施例1と同様に実施例4の絶縁電線1を得た。実施例4の樹脂塗料におけるチタンカップリング剤と架橋剤の質量比は、1:20となる。
【0070】
(比較例1)
チタンカップリング剤を1.0質量部とし、ポリイソシアネート化合物を5.0質量部とした以外は実施例1と同様に比較例1の絶縁電線を得た。比較例1の樹脂塗料におけるチタンカップリング剤と架橋剤の質量比は、1:5となる。
【0071】
(比較例2)
チタンカップリング剤を1.0質量部とし、ポリイソシアネート化合物を300.0質量部とした以外は実施例1と同様に比較例2の絶縁電線を得た。比較例2の樹脂塗料におけるチタンカップリング剤と架橋剤の質量比は、1:300となる。
【0072】
実施例1〜4、比較例1,2の評価結果を表1に併せて示す。
【0073】
表1に示すように、本発明で得られた実施例1〜4の絶縁電線1は、良好なコイル挿入性、外観を示している。これに対し、チタンカップリング剤と架橋剤(ポリイソシアネート化合物)の質量比を1:5とした比較例1の絶縁電線は、コイル挿入性が劣り、チタンカップリング剤と架橋剤(ポリイソシアネート化合物)の質量比を1:300とした比較例2の絶縁電線は、外観が悪化している。
【0074】
このように、実施例1〜4により得られる絶縁電線は、優れたコイル挿入性と、良好な外観を兼ね備えている。
【符号の説明】
【0075】
1 絶縁電線
2 導体
3 絶縁層
4 潤滑層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体の外周に少なくとも滑剤を含む潤滑層が形成されている絶縁電線において、
前記潤滑層は、その表面をフーリエ変換赤外分光分析により分析したときに得られる炭素−水素間の伸縮振動に対する吸光度A1と、ベンゼン環の骨格振動に対する吸光度A2とで表される吸光度比A1/A2が0.06以上0.12以下であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記潤滑層は、その表面の滑性有効面積が7%以上70%以下である請求項1記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記潤滑層は、ベース樹脂に少なくとも前記滑剤とチタンカップリング剤と架橋剤が添加されてなる請求項1または2記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記架橋剤は、末端のイソシアネート基がマスキング剤で安定化されていないポリイソシアネート化合物からなる請求項3記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記チタンカップリング剤と前記架橋剤との質量比が1:10〜1:200である請求項3または4記載の絶縁電線。

【図1】
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【公開番号】特開2010−225579(P2010−225579A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28667(P2010−28667)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】