説明

絶縁電線

【課題】従来の絶縁被覆と同等の厚さで、高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】非晶質の熱可塑性樹脂(A)と、非晶質の熱硬化性樹脂(B)とを含むポリマアロイからなる絶縁被膜が形成された絶縁電線であって、前記非晶質の熱硬化性樹脂(B)は、下記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂からなり、前記絶縁被膜は海島構造を有し、前記非晶質の熱硬化性樹脂(B)が前記海島構造の海成分を成し前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)が前記海島構造の島成分を成すことを特徴とする。
【化1】


[化学式1において、Rは3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類であり、nは繰り返し数であって、正の整数である。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導体上に絶縁被膜塗料を塗布、焼き付けして形成した絶縁電線に関し、特に、回転電機などの電気機器のコイルに好適に使用できる絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、回転電機や変圧器などの電気機器のコイルに用いられている絶縁電線(エナメル被覆絶縁電線)は、コイルの用途・形状に合致した断面形状(例えば、丸型や平角)に成形された導体の外層に単層または複数層の絶縁被膜が形成された構成をしている。特に、自動車用の回転電機は、近年、高効率で小型なものが求められており、ステータコアに対して高密度に巻き付けてコイルを形成することが可能な絶縁電線が必要とされている。
【0003】
このような絶縁電線として、例えば、特許文献1では、導体上に該導体との密着力が30 g/mm以上でガラス転移温度(Tg)が250℃以上であるポリアミドイミド等の樹脂組成物の絶縁層を形成し、その上にTgが250℃以上であるポリアミドイミド等の樹脂組成物とTgが140℃以上であるポリエーテルイミドまたはポリエーテルスルホン等の樹脂組成物の混合物で、絶縁皮膜の破断伸びが40%以上である絶縁層を形成した絶縁電線が開示されている。特許文献2に記載の絶縁電線は、絶縁皮膜の可撓性に優れ、厳しい捲線加工や圧延加工を行っても絶縁皮膜に割れが生じない優れた加工性を有し、かつポリアミドイミドと同等の耐熱性を有するとされている。
【0004】
また、コイルを形成する際に比較的短尺の絶縁電線の端末同士を溶接などによってつなぎ合わせて作製する場合には、溶接しても問題の生じない絶縁電線が必要とされている。
【0005】
このような絶縁電線として、例えば、特許文献2では、導体上に(1)実質的にポリアミドイミドおよび/またはポリイミドからなる第1絶縁層が形成され、その上に(2)ポリアミドイミドAにガラス転移温度が140℃以上の熱可塑性樹脂B(ポリエーテルイミドやポリエーテルスルホン等)を、重量比A/Bで表してA/B=70/30〜30/70の割合で配合してなる第2絶縁層が被覆・積層され、前記第1絶縁層の膜厚T1と前記第2絶縁層の膜厚T2との比がT1/T2=5/95〜40/60の範囲内で、かつ残留溶剤量が絶縁皮膜総量の0.05重量%以下である絶縁電線が開示されている。特許文献2に記載の絶縁電線は、厳しい圧延加工や巻線加工などを行っても被膜に損傷などが生じない優れた耐加工性と、ポリアミドイミドと同等の高い耐熱性とを有し、しかも絶縁電線の端末を接合する工程において、接合部付近の絶縁被膜が接合の熱などによって発泡したり、あるいはその変色長さが長くなったりしない優れた接合性を有するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−235818号公報
【特許文献2】特開2001−155551号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、電気機器に対する小型化・高性能化・省エネ化などの要求から、回転電機におけるインバータ制御が急速に普及してきている。そして、その要求を満たすため、インバータ制御において高電圧・大電流化(大電力化)がどんどん進展している。その場合、インバータ制御によって発生する高いインバータサージ電圧が、回転電機中のコイルの絶縁システムに悪影響を及ぼすことが懸念される。インバータサージ電圧による絶縁被膜の劣化を防ぐためには、絶縁被膜中での部分放電の発生を抑制すること、すなわち絶縁被膜における部分放電開始電圧が高くなるようにすることが必要である。
【0008】
一方、電気機器の更なる高効率化に伴い、絶縁電線の占積率の向上が更に要求されており、絶縁被膜の厚さを厚くしないで(最大でも45μmの厚さで)、部分放電開始電圧の更なる向上(例えば、1000Vp以上の部分放電開始電圧)が要求されている。特許文献1、2に記載されているような従来の絶縁電線では、捲線加工や圧延加工に対する耐性(機械的特性)は有していると考えられるものの、絶縁被膜の厚さを保持しながら従来よりもさらに高い部分放電開始電圧を得るために十分であるとは言えない。
【0009】
従って、本発明の目的は、上記の課題を解決し、従来の絶縁被覆と同等の厚さで、高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するために、非晶質の熱可塑性樹脂(A)と、非晶質の熱硬化性樹脂(B)とを含むポリマアロイからなる絶縁被膜が形成された絶縁電線であって、前記非晶質の熱硬化性樹脂(B)は、下記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂からなり、前記絶縁被膜は海島構造を有し、前記非晶質の熱硬化性樹脂(B)が前記海島構造の海成分を成し前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)が前記海島構造の島成分を成すことを特徴とする絶縁電線を提供することにある。
【化1】

[化学式1において、Rは3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類であり、nは繰り返し数であって、正の整数である。]
【0011】
また、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁電線において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂は、3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類からなるジアミン成分と酸成分とを共沸溶剤により合成反応させたイミド基含有ジカルボン酸と、芳香族ジイソシアネート類からなるジイソシアネート成分と、を反応させて得られるポリアミドイミド樹脂からなる。
(2)前記ポリマアロイは、前記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂100重量部に対して、前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)が10〜150重量部で配合されている。
(3)前記島成分は、その平均直径が1μm未満である。
(4)前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)は、ポリエーテルイミド樹脂からなる。
(5)前記絶縁被膜は、その膜厚が1μm以上45μm以下である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来の絶縁被膜と同等の厚さで、高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、前記目的を達成するため、絶縁被膜の微構造(特にミクロ相分離構造)を鋭意検討した結果、絶縁被膜の微構造が特定の海島構造になった場合に良好な特性が得られることを見出したことに基づき、本発明を完成した。以下、本発明に係る実施形態を説明する。なお、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で組合せや改良が適宜可能である。
【0014】
本発明に係る絶縁電線において、絶縁被膜を構成するポリマアロイの微構造(ミクロ相分離構造)は、海島構造であることが好ましい。また、該海島構造は、島成分(分散相成分)が非晶質の熱可塑性樹脂(A)で海成分(連続相成分)が非晶質の熱硬化性樹脂(B)である構成が好ましい。逆の構成の場合(海成分が非晶質の熱可塑性樹脂(A)で島成分が非晶質の熱硬化性樹脂(B)である場合)、絶縁被膜が全体として熱可塑性的挙動(ガラス転移温度Tgが低く、耐熱性に劣る)を示すことから好ましくない。また、ポリマアロイのミクロ相分離構造が共連続構造(例えば、ラメラ構造やジャイロイド構造)を形成する場合も、絶縁被膜が全体として熱可塑性的挙動を示すことから好ましくない。
【0015】
本発明における非晶質の熱硬化性樹脂(B)は、下記化学式2で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂からなることが好ましい。
【化2】

[化学式2において、Rは3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類であり、nは繰り返し数であって、正の整数である。]
非晶質の熱硬化性樹脂(B)として上記化学式2で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂を適用するとともに、この上記化学式2で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂が海島構造の海成分で非晶質の熱可塑性樹脂(A)が島成分であることにより、絶縁被膜が低い比誘電率(例えば、3.0未満の比誘電率)を有することになるため、導体の周囲に形成された絶縁被膜の厚さ(膜厚)が45μm以下である場合においても、部分放電開始電圧の高い(例えば、1000Vp以上の部分放電開始電圧を有する)絶縁電線を提供することができる。
【0016】
また、上記化学式2で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂として、3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類からなるジアミン成分と酸成分とを共沸溶剤により合成反応させたイミド基含有ジカルボン酸と、芳香族ジイソシアネート類からなるジイソシアネート成分と、を反応させて得られるポリアミドイミド樹脂を用いることが好ましい。このようなポリアミドイミド樹脂とすることで、ポリアミドイミド樹脂の耐熱性を低下させることなくポリアミドイミド樹脂の分子量を増加させることができるため、耐熱性の維持と比誘電率の低減の両方を効果的に実現することができる。
【0017】
ジアミン成分としては、3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類が好ましく、例えば、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、9,9−ビス(4−アミノフェニル)フルオレン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、或いはこれらの異性体等を挙げることができる。これらは、少なくとも1つから選択することができる。
【0018】
なお、上記列挙したジアミン成分の一部を、ホスゲン等を使用することでジイソシアネート成分に代えて使用することもできる。このような一部をジイソシアネート成分に代えたジアミン成分を使用する場合は、該ジアミン成分を、イミド基含有ジカルボン酸との反応で使用するジイソシアネート成分と混合し、合成することでポリアミドイミド樹脂を得ることも可能である。
【0019】
ジイソシアネート成分としては、芳香族ジイソシアネート類が好ましく、例えば、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、2,2−ビス[4−(4−イソシアネートフェノキシ)フェニル]プロパン(BIPP)、トリレンジイソシアネート(TDI)、ナフタレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ビフェニルジイソシアネート、ジフェニルスルホンジイソシアネート、ジフェニルエーテルジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート及び異性体、多量体が挙げられる。これらは、少なくとも1つから選択することができる。なお、必要に応じて、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、キシシレンジイソシアネートなどの脂肪族ジイソシアネート類、或いは上記例示した芳香族ジイソシアネート類を水添した脂環式ジイソシアネート類及び異性体を併用しても良い。ジイソシアネート成分の配合比率については特に限定はないが、1段目の合成で得られたイミド基含有ジカルボン酸とジイソシアネート成分とが等量となるような配合比率とすることが好ましい。
【0020】
酸成分としては、例えば、トリメット酸無水物や、ベンゾフェノントリカルボン酸無水物等の芳香族トリカルボン酸無水物類を使用することができ、トリメット酸無水物が好適である。
【0021】
また、ポリアミドイミド樹脂の合成時において、ポリアミドイミド樹脂の安定性を阻害しない範囲でアミン類やイミダゾール類、イミダゾリン類などの反応触媒を使用しても良い。また、ポリアミドイミド樹脂の合成反応を停止させることを目的として、アルコールなどの封止剤を用いても良い。
【0022】
また、ジアミン成分と酸成分とを反応させる際に用いられる共沸溶剤としては、例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素が例示でき、キシレンが特に好適である。また、ジアミン成分と酸成分との反応における反応温度は、160℃〜200℃、好ましくは170℃〜190℃である。なお、イミド基含有ジカルボン酸とジイソシアネート成分との反応における反応温度は、110℃〜130℃である。
【0023】
本発明において、海島構造の島成分である非晶質の熱可塑性樹脂(A)は、その平均直径が1μm未満であることが好ましい。島成分の平均直径が1μm未満であることによって、絶縁被膜の機械的特性と耐熱性が大幅に向上し、さらに絶縁被膜形成後の外観が良好となる。一方、島成分の平均直径が1μm以上である場合、微小クラック発生による機械的特性の低下や島成分が大きいことによる熱可塑的挙動の表面化といった現象が生じ、さらに絶縁被膜形成後に外観不良となる場合があることから好ましくない。
【0024】
本発明におけるポリマアロイは、上記化学式2で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂からなる非晶質の熱硬化性樹脂(B)100重量部に対して、非晶質の熱可塑性樹脂(A)が10重量部以上150重量部以下で配合されていることが好ましい。非晶質の熱可塑性樹脂(A)の配合量が少な過ぎると高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を得ることが困難となる。特に、非晶質の熱硬化性樹脂(B)100重量部に対して、非晶質の熱可塑性樹脂(A)の配合量が30重量部以上130重量部以下であることがより好ましく、非晶質の熱可塑性樹脂(A)の配合量が50重量部以上120重量部以下であることが更に好ましい。非晶質の熱可塑性樹脂(A)の配合量が50重量部以上120重量部以下である場合、絶縁被膜の誘電率と耐熱性とのバランスがもっとも良くなる。
【0025】
一方、非晶質の熱硬化性樹脂(B)100重量部に対して、非晶質の熱可塑性樹脂(A)が151重量部以上300重量部程度で配合されているポリマアロイの場合、熱硬化性樹脂(B)と熱可塑性樹脂(A)とが共連続相分離構造を形成することから、全体として熱可塑性的挙動を示す(例えば、ガラス転移温度Tgが低くなり、耐熱性に劣る)ようになる。さらに、非晶質の熱硬化性樹脂(B)100重量部に対して、非晶質の熱可塑性樹脂(A)が300重量部以上で配合されているポリマアロイの場合、熱硬化性樹脂(B)が島成分となり熱可塑性樹脂(A)が海成分となる海島構造が形成される。この場合も、全体として熱可塑性的挙動を示すため好ましくない。
【0026】
ポリマアロイの製造方法は、本発明で規定した要件を満たす絶縁被膜が結果として得られれば、特段の制限はなく通常の方法を利用できる。例えば、それぞれの樹脂を溶剤に溶解した別個の溶液を混合する方法や、それぞれの樹脂を同じ溶剤に同時に溶解して混合する方法や、一方の樹脂を溶剤に溶解した後に他方の樹脂を添加して溶解・混合する方法や、一方の樹脂を溶剤に溶解した後にその溶液中で他方の樹脂を合成・混合する方法などが挙げられる。なお、本発明では、絶縁被膜が海島構造を形成し易くするために、ポリマアロイの製造段階で樹脂と溶剤との相溶性を向上させるべく非晶質の熱硬化性樹脂(B)と非晶質の熱可塑性樹脂(A)を用い、溶剤として極性溶剤を用いることが特に好ましい。
【0027】
絶縁電線の製造方法も、本発明で規定した要件を満たす絶縁電線が結果として得られれば、特段の制限はなくエナメル線を製造する通常の方法を利用できる。例えば、上記のように製造したポリマアロイの溶液(絶縁被膜塗料)を導体上に塗布し焼き付けて絶縁被膜を形成することによって製造できる。なお、本発明に係る絶縁電線は、必要に応じて該絶縁被膜の最外層に自己潤滑性被膜を更に設けてもよいし、導体と該絶縁被膜との間に密着性を向上させるための被膜を更に設けてもよい。自己潤滑性被膜や密着性向上被膜は、例えば、ベース樹脂としてポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、H種ポリエステル等の樹脂から1種または複数種を選択して形成することができる。
【0028】
ポリマアロイの海成分である非晶質の熱硬化性樹脂の分子量は、10,000〜200,000であることが好ましく、15,000〜100,000であることがより好ましい。熱硬化性樹脂の分子量が10,000より小さいと、絶縁被膜の機械的強度が低下するとともに、分子の末端が多い樹脂となることから誘電率が高くなる問題がある。一方、熱硬化性樹脂の分子量が200,000より大きいと、溶剤への溶解性の低下や、熱可塑性樹脂との相溶性の低下や、海島構造の海部分となりにくいといった問題を引き起こす。
【0029】
ポリマアロイの島成分である非晶質の熱可塑性樹脂(A)は、誘電率が低い熱可塑性樹脂であることが好ましく、具体的には、誘電率3.3未満の熱可塑性樹脂が好ましい。誘電率が3.3以上の熱可塑性樹脂を島成分として用いると、絶縁被膜全体の低誘電率化を図ることが困難になる。該非晶質の熱可塑性樹脂の分子量は、15,000〜200,000であることが好ましく、20,000〜100,000であることがより好ましい。熱可塑性樹脂の分子量が15,000より小さいと、被膜の機械的強度が低下するとともに、海島構造の島部分となりにくいといった問題を引き起こす。一方、熱可塑性樹脂の分子量が200,000より大きいと、溶剤への溶解性の低下や、熱硬化性樹脂との相溶性の低下を引き起こす。
【0030】
本発明における非晶質の熱可塑性樹脂(A)としては、溶剤への溶解性・耐熱性・誘電率の観点からポリエーテルイミド樹脂が好ましく用いられる。使用されるポリエーテルイミド樹脂は、イミド基を2個以上有するポリエーテルであれば特に制限されない。ポリエーテルイミド樹脂の製造方法に特段の制限はなく、既知の方法を利用できる。具体的な1例としては、4.4’[イソプロピリデンビス(P-フェニレンオキシ)]ジフタル酸二水和物とメタフェニレンジアミンとの縮合によって得られるポリエーテルイミド樹脂を好適に用いることができる。本発明における非晶質の熱可塑性樹脂(A)として、例えば、市販のポリエーテルイミド樹脂(例えば、SABICイノベーティブプラスチックス社製、ウルテム(登録商標))を使用することができる。また、ポリエーテルイミド樹脂は、単独の組成物であっても2種以上を混合した組成物であってもよい。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
[本発明に係るポリアミドイミド樹脂aの合成方法]
撹拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えた反応装置に、ジアミン成分である2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン451.1gと、酸成分であるトリメリット酸無水物453.9gとを配合した後、溶媒であるN−メチル−2−ピロリドン2542.1gと、共沸溶剤であるキシレン254.2gとを添加して、攪拌回転数180rpm、窒素流量1L/min、系内温度180℃で4時間反応させた(1段階目の合成反応工程)。なお、該工程における脱水閉環反応中に生成された水およびキシレンは一旦、受け器に溜まり、適宜系外へ留去した。
1段階目の合成反応工程で得られたイミド基含有ジカルボン酸を90℃まで冷却させた後、このイミド基含有ジカルボン酸と、ジイソシアネート成分である4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート319.7gとを配合し、攪拌回転数150rpm、窒素流量0.1L/min、系内温度120℃で、1時間反応させた。その後、封止剤であるベンジルアルコール89.3g、N,N−ジメチルホルムアミド635.4gを配合し反応を停止させた(2段階目の合成反応工程)。このような合成反応によって、E型粘度計で測定した粘度が2000mPa・sのポリアミドイミド樹脂a(非晶質の熱硬化性樹脂(B))が得られた。
【0033】
(実施例1)
上記の合成で得られたポリアミドイミド樹脂aと、ポリエーテルイミド(SABICイノベーティブプラスチックス社製、ウルテム1040A)をN-メチル-2-ピロリドンによって溶解した25質量%ポリエーテルイミド溶液とをそれぞれの樹脂分の質量比率が100/100となるように配合し、フラスコ内で混合・攪拌した。次に、この混合溶液にN-メチル-2-ピロリドンを加え、不揮発分の質量濃度が略一定(27±2%)で均一な褐色透明の溶液になるまで更に希釈して絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は860 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.043 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(実施例1)を製造した。
【0034】
なお、絶縁被膜塗料の性状について、絶縁被膜塗料の外観は目視により観察し、絶縁被膜塗料の粘度は円錐平板型回転粘度計(東機産業株式会社製、TV-20)を用いて室温で測定した。また、絶縁被膜の厚さは走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製、S-3500N)を用いて製造した絶縁電線の断面観察から計測した。
【0035】
(実施例2)
ポリアミドイミド樹脂分とポリエーテルイミド樹脂分との質量比率が100/10となるように配合した以外は上記実施例1と同様の方法によって、絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は2520 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.043 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(実施例2)を製造した。
【0036】
(実施例3)
ポリアミドイミド樹脂分とポリエーテルイミド樹脂分との質量比率が100/150となるように配合した以外は上記実施例1と同様の方法によって、絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は720 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.042 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(実施例3)を製造した。
【0037】
(実施例4)
ポリアミドイミド樹脂分とポリエーテルイミド樹脂分との質量比率が100/5となるように配合した以外は上記実施例1と同様の方法によって、絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は2550 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.044 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(実施例4)を製造した。
【0038】
(比較例1)
ポリアミドイミド樹脂分とポリエーテルイミド樹脂分との質量比率が100/160となるように配合した以外は上記実施例1と同様の方法によって、絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は700 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.044 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(比較例1)を製造した。
【0039】
(比較例2)
ポリアミドイミド樹脂分とポリエーテルイミド樹脂分との質量比率が100/0となるように配合した(すなわち、ポリアミドイミド樹脂分のみを用いた)以外は上記実施例1と同様の方法によって、絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は2740 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.045 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(比較例2)を製造した。
【0040】
(比較例3)
ポリアミドイミド樹脂分とポリエーテルイミド樹脂分との質量比率が0/100となるように配合した(すなわち、ポリエーテルイミド樹脂分のみを用いた)以外は上記実施例1と同様の方法によって、絶縁被膜塗料を作製した。該絶縁被膜塗料の粘度は600 mPa・sであった。その後、導体外径0.8 mmの銅線の外周にエナメル被覆の一般的な方法で該絶縁被膜塗料を塗布・焼き付けして、厚さ0.045 mmの絶縁被膜を有する絶縁電線(比較例3)を製造した。
【0041】
上記のように作製した絶縁電線(実施例1〜4および比較例1〜3)に対して、次のような試験を行った。走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製、S-3500N)を用いて各絶縁被膜の表面を観察し、絶縁被膜のミクロ相分離構造を判定した。また、海島構造における島成分の平均直径は、撮影した画像から島成分を任意に50点抽出し、それらの直径を計測して平均値を算出した。
【0042】
絶縁電線の可撓性試験は自己径巻き付け法によって評価した。なお、自己径巻き付け法とは、導体径と同じ径を有する丸棒(巻き付け棒)に絶縁電線を巻き付け、光学顕微鏡を用いて絶縁被膜での亀裂の有無を調査する方法である。本明細書では、絶縁電線を5巻き/コイルとして5コイル分巻き付け、50倍の光学顕微鏡を用いて観察した。亀裂が観察されない場合を「合格」とした。
【0043】
絶縁被膜の耐摩耗性試験は、一方向摩耗試験として次のような手順で行った。絶縁電線を120 mmの長さで切り出し、片側末端の絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離して評価試料とした。耐摩耗性評価には、テーバー型の摩耗試験機(東洋精機株式会社製)を用いた。評価試料の剥離した末端部に電極を取り付け、絶縁被膜の表面に垂直方向から荷重を掛けながら斜面を滑らせた際に、電気が導通したときの荷重を測定し評価した。
【0044】
また、絶縁被膜の比誘電率測定は次のように行った。上述と同様に、25μm(厚さ)×2 mm×100 mmの短冊状の評価用フィルムを作製した。空洞共振器摂動法(空洞共振器摂動法誘電率測定装置:株式会社関東電子応用開発製、Sパラメータ・ベクトル・ネットワーク・アナライザ: アジレント・テクノロジー株式会社製8720ES)により評価用フィルムの比誘電率(周波数:10GHz)を測定した。
【0045】
部分放電開始電圧の測定は次のような手順で行った。絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、14.7 N(1.5 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に9回の撚り部を有するツイストペアの試料を作製した。試料端部10 mmの絶縁被覆を剥離した後、部分放電自動試験システムを用いて部分放電開始電圧を測定した。測定条件は、25℃で相対湿度50%の雰囲気とし、50 Hzの電圧を10〜30 V/sで昇圧しながらツイストペア試料に荷電した。ツイストペア試料に50 pCの放電が50回発生した電圧を部分放電開始電圧とした。
【0046】
絶縁被膜のTg(ガラス転移温度)の評価方法は次のように行った。各絶縁被膜塗料を用いて25μm(厚さ)×5 mm×200 mmの短冊状の評価用フィルムを作製した。動的粘弾性測定装置(アイティー計測制御株式会社製、DVA-200)を用いて室温から400℃までを10℃/minで昇温しながら評価用フィルムの100Hz振動時の貯蔵弾性率を測定し、この100Hz振動時の貯蔵弾性率が低下する変曲点の温度をTgとした。
【0047】
各種測定評価結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示したように、本発明に係る絶縁電線(実施例1〜4)は、導体上に形成された絶縁被膜の厚さを厚くせずとも(最大でも45μmの厚さで)、1000Vp以上の部分放電開始電圧を有することが判る。つまり、本発明によれば、従来の絶縁被覆と同等の厚さで、高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。また、本発明に係る絶縁電線(実施例1〜4)は、部分放電開始電圧の他、機械的特性(可とう性試験結果、及び耐摩耗性試験結果)が高いレベルでバランスしていることが判る。このことから、本発明に係る絶縁電線は、捲線加工や圧延加工に対する十分な耐性(機械的特性)も有していると考えられる。これに対し、本発明の規定から外れる絶縁電線(比較例1〜3)は、いずれも絶縁被膜の厚さが45μm程度で、1000Vp以上の部分放電開始電圧を得られないことが判る。つまり、本発明の規定から外れる絶縁電線(比較例1〜3)は、従来の絶縁被覆と同等の厚さで、高い部分放電開始電圧を得られなかった。
【0050】
以上説明したように、本発明に係る絶縁電線は、非晶質の熱可塑性樹脂(A)と、非晶質の熱硬化性樹脂(B)とを含むポリマアロイからなる絶縁被膜が形成された絶縁電線であって、非晶質の熱硬化性樹脂(B)は、上記化学式2で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂からなり、絶縁被膜が海島構造を有し、非晶質の熱硬化性樹脂(B)が海島構造の海成分を成し非晶質の熱可塑性樹脂(A)が海島構造の島成分を成したものである。この特徴により、従来の絶縁被膜と同等の厚さで、高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を得られることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質の熱可塑性樹脂(A)と、非晶質の熱硬化性樹脂(B)とを含むポリマアロイからなる絶縁被膜が形成された絶縁電線であって、
前記非晶質の熱硬化性樹脂(B)は、下記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂からなり、
前記絶縁被膜は海島構造を有し、前記非晶質の熱硬化性樹脂(B)が前記海島構造の海成分を成し前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)が前記海島構造の島成分を成すことを特徴とする絶縁電線。
【化1】

[化学式1において、Rは3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類であり、nは繰り返し数であって、正の整数である。]
【請求項2】
前記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂は、3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族基を有する芳香族ジアミン類からなるジアミン成分と酸成分とを共沸溶剤により合成反応させたイミド基含有ジカルボン酸と、芳香族ジイソシアネート類からなるジイソシアネート成分と、を反応させて得られるポリアミドイミド樹脂からなる請求項1記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記ポリマアロイは、前記化学式1で示される繰り返し単位を有するポリアミドイミド樹脂100重量部に対して、前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)が10〜150重量部で配合されている請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記島成分は、その平均直径が1μm未満である請求項1乃至3のいずれかに記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記非晶質の熱可塑性樹脂(A)は、ポリエーテルイミド樹脂からなる請求項1乃至4のいずれかに記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記絶縁被膜は、その膜厚が1μm以上45μm以下である請求項1乃至5のいずれかに記載の絶縁電線。

【公開番号】特開2011−154819(P2011−154819A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−14541(P2010−14541)
【出願日】平成22年1月26日(2010.1.26)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【Fターム(参考)】