説明

総発光量測定基準容器および測定方法

【課題】 試料の生物・化学発光の総発光量測定に際し、試料を入れる測定容器の形状によりその測定値が影響されないような、総発光量測定基準容器とその測定方法を提供し、その発光量測定を標準化する。
【解決手段】 上記総発光量測定基準容器は、溶液注入部が1箇所以上ある扁平な直方体型とし、平行に相対した面の少なくとも一つの面には中央部に窓を設け、この面において該窓以外の部分は透過乃至反射しない様にマスクして、該窓に対応する内部容積を求められるようにし、該容器の集光効率を幾何学的に計算できるようにし、単位容積当たりの発光量が計算できるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発光量の計測にあたり、いかなる形状の測定容器を用いても容器中の総発光量計測を可能にする総発光量測定基準容器および測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生命現象の研究領域、臨床検査、清浄度検査、ダイオキシンや環境ホルモンの簡易測定など多岐にわたる分野で、生物・化学発光(以降発光と記載)が頻繁に利用されている。これらの分野では、溶液の発光強度を測定できる既存の発光測定装置に試験管、遠心チューブ、マイクロプレートなど様々な形状の測定容器をセットして試料の発光量を測定しているが、総発光量が同じ試料であっても、同じ値にならない問題があった。これは既存の発光測定装置に使用されていた光電子増倍管などの光検出器に入射する光の割合である集光効率が、測定容器によって異なることが原因であった。そのために、複数の施設で測定した貴重な測定結果を比較できない問題があり、比較可能な総発光量の測定が望まれていた。
【0003】
過去に報告されている総発光量測定の容器と測定方法としては、Seligerらの非特許文献1の方法がある
【非特許文献1】Seliger et.ai.,Archives of Biochemistry and Biophysics,88,136−141(1960)
彼らは、外径1インチで底面がフラットなシリンダー型の容器を用い、シリンダー型の容器内の液量を変化させて光量を測定し、液量ゼロの点に外挿した値と点光源近似を用いた薄膜に対する計算の比較によって、総発光量を求めようとしていた。しかし、この方法では、液量が少なくなるにつれて表面張力によって中央部よりも周囲の液量が多くなることが考慮されていなかった。その後、Lieらは、同様の容器を用いる場合でも容器内の溶液と検出器までの空気層の屈折率の違いによる補正が必要になると指摘してはいたが、彼らもSeligerらと同様に点光源近似を続け、点光源近似を用いたことによる不確かさが考慮されていなかった。それ以降は、発光測定において基準となる容器は提案されていない。
【0004】
特許文献1には、発光標準物質の総発光量を総光子数として計測する方法と光子数計測装置が示されている。
【特許文献1】特許第3585439号
そこでは、波長に対して絶対感度差が少ない検出器であるCCDを用いること、および微小な液滴を使うことで幾何学的な補正を単純化し、より精度の高い総光子数測定を実現している。しかし、溶液量が多くなると総発光量に換算できない問題が残っていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、総発光量の測定において、表面張力と屈折率の補正ができない形状の測定容器を用いる場合であっても、試料の総発光量測定を可能にするための総発光量測定基準容器および総発光量測定基準容器と測定容器との発光量の比較によって試料の総発光量を測定する方法を開発し、発光測定を標準化しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
試料の総発光量を求めるには測定容器から放射される光のうち光検出器に入射する光の割合である集光効率を測定する必要がある。そのために、まず総発光量測定基準容器を準備し、該総発光量測定基準容器は溶液注入部が1箇所以上ある扁平な直方体型とし、平行に相対した面の少なくとも一つの面には中央部に窓を設け、この面において該窓以外の部分は透過乃至反射しない様にマスクし、該窓に対応する内部容積が計算できるようにした。
【0007】
次に、該総発光量測定基準容器の窓から放射される光のうち光検出器に入射する光の割合を幾何学的に計算できる集光光学系を準備し、該総発光量測定基準容器の集光効率を求めた。該総発光量測定基準容器の窓から放射される光の集光効率を幾何学的な計算によって求めるには、該総発光量測定容器は扁平であることが必須である。
【0008】
最後に、該総発光量測定基準容器および測定容器に比較用発光溶液を注入し、それぞれの発光量を測定し、それらの結果から単位容積あたりの発光量を計算し、該総発光量測定基準容器に対する測定容器の相対的集光効率を求めた。該総発光量測定基準容器の集光効率は既に幾何学的に計算されているので、該測定容器の相対的集光効率と該総発光量測定基準容器の集光効率の積が該測定容器の集光効率である。
【0009】
測定容器の集光効率の決定により発光量は総発光量に換算でき、使用する測定容器によって発光量が違っていても、総発光量としては同じ結果が得られ、発光計測を標準化できた。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、測定容器の形状を限定することなく、あらゆる組成の発光溶液において単位容量あたりの総発光量を求めることが可能になる。このことは発光反応に適した容器が使用できることを意味し、その容器での総発光量測定を可能にする総発光量測定基準容器としての重要性は大きい。さらに、使用する総発光量計測装置が発光量を光子数の単位として出力する場合は、総発光量は総光子数となり、更に有用な結果が得られる。このことにより、人命に関る腫瘍マーカー、ダイオキシン、環境ホルモンなどの微量成分測定において、施設間のデータ比較が可能になり測定結果の標準化がはかれる。
【0011】
また、それらの物質をより高感度に測定できる発光試薬の開発には、現状の発光反応効率を絶対値として知ることが重要であり、その測定においても形状任意である測定容器の使用が可能となるので、試薬開発が著しく容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を具体的に説明する。
最良な形の総発光量測定基準容器6を図1に示した。総発光量測定基準容器はセル1とマスク板2から構成される。セル1は、厚さtmmの2枚の可視光を透過する薄板3、5と、厚さtmmの薄板のスペーサー4から成る。マスク板2は、直径dmmの円形状のくり抜かれた面積Sの窓を中央部に有し、反射が起こらないように全ての面が黒色に処理されていて、薄板3または5に重ねるか、薄板と平行至近に設置して使用する。またマスク板2と薄板とは一体化させて構成させても良い。また、マスク板2の窓は円形である必要はなく、窓の面積を正確に求められるのであれば窓の形状は問わない。マスク板2の窓の大きさは、発光測定にもちいる測定容器9の窓とほぼ同じであることが必要である。
【0013】
セル1は、発光する溶液が薄板の間に保持され、マスク板2の窓からの発光が確認でき、マスク板2の窓に対応する内部容積が容易に計算できる形状であることが満たされていれば良く、コの字型のスペーサー4を薄板3,5との間に接着せずに挟み込んでも良いし、薄板の間に直線状のスペーサー一対を挟み込む構造であっても良く、形状はこれに限定されるものではない。スペーサー4と薄板3,5を接着する場合は、接着剤の厚みを正確に測定しておく。薄板およびスペーサーの材質はガラスのほか、透明なプラスティックも使用できる。
【0014】
スペーサー4が相対する距離をDとすると、Dがマスク板2の窓の直径dに近づくに従ってスペーサーの端面A部からの乱反射の影響によりマスクの窓を透過する光量が増加する。この影響を無くすには図2に示したセル1とマスク板2とアイリス7とレンズ8の位置関係において(1)式の条件を満たすことが必要である。ここではtanθ=a/2rである。

【0015】
マスク板2を薄板3または5に密着させる場合においては、(D−d)/2はtの10倍以上あれば良いことが実験的に確かめられている。スペーサーの厚みtは薄いほど良いが、実用的には0.5〜1.0mmが扱いやすい。仮にtを1mm、dを4mmとすると、Dは24mm以上必要になる。以上の条件を満たす総発光量測定基準容器6では、注入した溶液の発光のうち、容積V=S×t分の等方的な発光が、発光溶液の屈折率nに対応する屈折をうけてセル内で反射ロスなく出てくるものとして取り扱うことができる。
【0016】
従って、図3に示すように、この総発光量測定基準容器6のマスク板2の窓から出た発光を、距離rの位置に置かれた直径aのアイリス7とレンズ8を用いて集光を行った場合、総発光量測定基準容器6の集光効率η(基準容器)は幾何学的に(2)式から求めることができる。

ここで、NAは、アイリス7の直径aとアイリスまでの距離rとにより規定される開口数NA=sinθ(ただしtanθ=a/2r)である。光の屈折により、内部の開口数NAiはNA=NA/nとなり、これが有効な開口数となり(2)式が得られる。
【0017】
次に、測定容器中の溶液の総発光量を求めるにあたり、必要となる測定容器の集光効率を総発光量測定基準容器6を用いて求める方法について記載する。
【0018】
測定系の全体図を図4に示す。測定系は、総発光量測定基準容器6、測定容器9および集光光学系14、微弱絶対光量計測装置13とで構成される総発光量測定装置15からなり、総発光量測定基準容器6または測定容器9に試料溶液を入れて発光させ、それぞれの発光を、集光光学系14で、微弱絶対光量計測装置13の入射ポート12へと導き測定する。
【0019】
測定容器の形状・材質は任意で、溶液の量、溶液に対する耐性などに応じて任意に選択できる。ただし、測定容器の窓10は、微弱絶対光量計測装置13の内部に設置された光検出器、例えばCCDに、集光光学系により結像できる大きさであり、かつアイリス7までの距離に比べて十分小さいものでなければならない。図4には、底が窓になっている測定容器9を示したが、窓位置は上面でも側面でも構わない。窓の位置に応じて、集光光学系のミラー11は、測定容器に応じて向きを変えるか取り外す。総発光量測定基準容器も向きを変えて使用する。
【0020】
光量が十分であれば、集光光学系14のレンズ8はなくても構わないが、アイリス7を通った光の全てが入射ポート12に入るようにアイリスの開口と位置を選択する必要がある。微弱絶対光量計測装置13は、光検出器そのもの、あるいは分光器や結像光学系などと組み合わせたものであり、絶対光量の較正を行うことによって、光検出器の出力信号から、入射ポートに入射した光の絶対光量を算出できる装置である。
【0021】
したがって、測定容器9中の溶液の全発光のうちどれだけの割合が入射ポートに集光されるかを表す集光効率ηで、微弱絶対光量計測装置13で測定された発光量Nを割り算することにより、溶液の総発光量Nを(3)式から求めることができる。

【0022】
測定容器9中の溶液の全発光のうちどれだけの割合が入射ポートに集光されるかを表す集光効率ηを決定するには、図4の測定系で、比較用発光溶液により、その測定容器9を用いた場合と、総発光量測定基準容器6を用いた場合の発光量を比較してやればよい。この比較実験にもちいる比較用発光溶液は、屈折率さえ同じであれば実測の対象となる試料溶液と同じである必要はなく、作業の便利上、発光寿命が長く、実験中単位時間の発光量が一定と見なせる発光溶液を用いる方が便利である。
【0023】
その比較実験と集光効率ηを求める方法を以下に示す。
1)図4の測定系に総発光量測定基準容器6を設置したときの集光効率η(基準容器)を(2)式で求め、マスク板2の窓に対応するセル1の内部容積Vを求める。
2)比較用発光溶液を調製する。
3)総発光量測定基準容器6に比較用発光溶液を注入し、図4の測定系に総発光量測定基準容器6を設置し、X秒の発光量Nを実測する。
4)図4の測定系に測定容器9を設置し、測定容器に実試料測定の際の液量Vと同量の比較用発光溶液を注入し、X秒の発光量Nを実測する。
5)3)4)から測定容器9の相対的集光効率η(ratio)を(4)式で求める。

6)測定容器9の集光効率ηは5式で決定される。
η=η(基準容器)×η(ratio) −−−−(5)
【実施例】
【0024】
以下に具体的な実施例を記載する。
【0025】
総発光量測定基準容器の集光効率η(基準容器)およびマスク窓に対応する内部容積の計算。
図1に示した総発光量測定基準容器6は、セル1はガラス製で、寸法d=4.5(mm),t=0.5(mm),t=0、9(mm),D=30(mm)のものを用いた。マスク板2は厚さ1mmのアルミ製で黒アルマイト処理したものを用いた。このマスク板の窓に対応するセル1の内部容積は8.0μLである。図4に示した集光光学系14は、ミラー11を省略した図3として表すことができ、本実施例においてアイリス7はr=73.5mm、a=20mmとなるように配置した。比較用発光溶液の屈折率は1.33だから、η(基準容器)は0.258(%)と計算される。
【0026】
比較用発光溶液。
比較用発光溶液は長時間にわたり発光量が安定していることが好ましいので、本実施例では、ホタルの発光基質であり発光の半減期が7.5時間と長いピッカジーンLT−7.5(市販品、東洋ビーネット社製)と北米産ホタルから抽出精製したルシフェラーゼ(市販品、SIGMA社製)を用いた。6×10Mのルシフェラーゼ3μLをピッカジーン1mLに混合した溶液は25℃において、30分から2時間は一定の発光値を示すことを確認できたので、これを比較用発光溶液とした。
【0027】
測定容器9の相対的集光効率η(ratio)の測定。
図4の微弱絶対光量計測装置13は、絶対光量である光子数として計測できるものが好ましいが、測定容器の集光効率を求めることが主であれば、発光量を数値化できるだけでよく、ここでは冷却CCDカメラを使用した。測定容器は、底部がフラットな内径4mm、高さ20mmの透明アクリル管状のもの(アクリルセル)、1個のウェルサイズが3.5×3.5×10.4mmの市販384マイクロプレートで透明なもの(透明プレートセル)、384マイクロプレートで白色及び黒色のもの(白プレートセル、黒プレートセル)を準備した。これらの測定容器に100μLの発光標準溶液を注入し、アクリルセルはセル底部から、3種類のプレートセルはセル上部から発光量を計測した。その結果から求めた相対的集光効率η(ratio)と集光効率ηを表1に示した。
【表1】

【0028】
集光効率ηは同じ測定容器でも液量を変えると異なった値となる。液量を変えて測定した結果を図5に示した。以上のように、総発光量測定基準容器を利用すると、様々な測定容器の各液量に対する集光効率が求められ、この集光効率から総発光量が容易に求められる。総発光量測定基準容器で実試料の総発光量を求めることも可能であるが、容量が少なすぎること、発光反応を開始させる溶液を注入しにくいことから、実用的ではない。
【産業上の利用の可能性】
【0029】
本発明の総発光量測定基準容器および総発光量測定装置の利用により、総発光量既知の発光標準溶液を調製することが可能になる。発光計測分野においては、この発光標準溶液を用いて既存の発光測定装置の相対的な値を一元化することができる。また、既存の発光測定装置は総発光量測定基準容器を使えるように改造・改良することで、総発光量の測定が可能になる。従って、本発明の意義は非常に大きい。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明による総発光量測定基準容器の斜視図及び断面図を示し、更に分解図をも示す図である。
【図2】図1におけるセルとマスク板とレンズの位置関係を説明する図である。
【図3】図1における総発光量測定基準容器の集光効率説明図である。
【図4】図1における総発光量測定基準容器6を用いて測定容器9の総発光量を測定する測定系の図である。
【図5】図4の測定系を用いて測定容器の種類と液量の違いにおける集光効率のグラフである。
【符号の説明】
【0031】
1 セル
2 マスク板
3 薄板
4 スペーサー
5 薄板
6 総発光量測定基準容器
7 アイリス
8 集光レンズ
9 測定容器
10 測定容器の窓
11 ミラー
12 入射ポート
13 微弱絶対光量計測装置
14 集光光学系
15 総発光量測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定容器中の試料が発する総発光量を測定するための総発光量測定基準容器であり、総発光量測定基準容器は溶液注入部が1箇所以上ある扁平な直方体型であり、平行に相対した面の少なくともひとつの面は中央部に窓があり、その面においては窓以外の部分は透過および反射しないようにマスクされていて、単位容積あたりの発光量を計算できる総発光量測定容器。
【請求項2】
厚さtの薄板2枚と厚さtの一対のスペーサーとで作られたセルおよび一方の薄板から距離tの位置に設置された直径dの窓があるマスク板から構成される請求項1記載の総発光量測定基準容器において、マスク板から距離rの位置に設置した内径aのアイリスとの間に

の条件式を満たす総発光量測定基準容器。
【請求項3】
請求項1記載の総発光量測定基準容器の窓から放射される光のうち光検出器に入射する光の割合を幾何学的に求められる総発光量測定装置と比較用発光溶液とを用いて、総発光量測定基準容器と測定容器からの発光量を実測し、総発光量測定基準容器の集光効率と測定容器の相対的集光効率とから総発光量を求め、発光測定を標準化する方法。
【請求項4】
請求項1記載の総発光量測定基準容器の集光効率が幾何学的に求められる集光光学系と微弱絶対光量計測装置から構成された総発光量測定基準容器および測定容器の発光量が計測できる総発光量測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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