説明

羊毛抄紙シート及びその製造方法

【課題】羊毛繊維同士の絡みを解消して羊毛繊維を均一に分散した状態で抄紙することで、羊毛繊維を均一に配合した羊毛抄紙シートを製造することができる。毛玉や毛落ちが無く、インテリアとしての装飾性に優れる。羊毛繊維の持つ吸着性能を応用し、生活環境における空気や水の浄化に貢献し得る環境適性に優れた羊毛抄紙シートを提供する。生分解性及び土壌肥沃性の双方を有し、植物生育土壌に適する。
【解決手段】本発明は羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液を抄紙することにより得られる羊毛抄紙シートの改良である。その特徴ある構成は、分散液100重量部に対して羊毛繊維が15〜90重量部、バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合で配合され、羊毛繊維が酸化処理によって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつその繊維長が2cm以下であるところにある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、装飾性を有するとともに、羊毛繊維の有する吸着機能を空気中の悪臭や水中の重金属、着色剤に対する浄化作用に応用することで、インテリアや土木、建築分野用に機能を発揮でき、自らがアミノ酸で構成されていることと自らの持つ生分解性を植物生育土壌シートに応用できる羊毛抄紙シート及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
空気や水を浄化するために浄化機能を有するシートを利用することが従来から行われている。この浄化機能を有するシートは、場所を問わずに使用でき、また使用後のシートの後処理を焼却等の方法によって容易に行えるため非常に便利である。この浄化機能を有するシートは主として活性炭を紙や布に含ませたものが使用され、大量生産は容易であるが、浄化作用の用途にしか応用できないため、汎用性に乏しい。更に活性炭を含んだシートは着色剤による着色を除去する効果は少ない。
また、植物を生育する土壌にシートを利用する方法も従来から開発されている。例えば、ポリプロピレンや澱粉、ポリビニルアルコールのような結合剤により一緒に結合された天然紡織繊維により構成された材料から形成されていることを特徴とする植物成長用コンテナが開示されている(例えば、特許文献1参照。)。また植物生育土壌に使用するシートは肥料を紙や布に打ち込んだものが使用され、やはり大量生産は容易であるが、植物生育作用の用途にしか応用できないため、汎用性に乏しい。しかもこのシートを使用することで土壌の水管理が逆に難しくなってしまうという問題があった。
【0003】
一方、羊毛繊維はアミノ酸で構成されているため生物への栄養剤としての機能を有し、その他にも、抗菌性、吸着性、保湿性、発熱性、難燃性、UVカット性等の多くの機能を有する天然物質である。特に、その分子構造から選択性のある吸着性能を有するので、空気や水を浄化するための応用が試みられている。また、生物への栄養剤としての機能を応用して植物生育肥料への応用もされている。
【0004】
先に開発された羊毛繊維を用いたシートとしては、多量の羊毛繊維を集めて単に圧縮してプレスしたもの、羊毛繊維を石鹸水で湿らせながら揉んでフェルト化させたもの、羊毛繊維に樹脂を使って板状に固めたものがある。しかし先に開発されたシートは薄手のものを製造できないため汎用性に欠ける、製造されたシートの強度にむらがあり、使用途中で破れることがあるため作業性に欠ける、長尺のシート製造が困難であるため生産性に欠けるといった多くの問題を有しているため、あまり実用化されていない。またフェルト化は、繊維長の短い羊毛繊維やクチクル成分に傷が付いてしまった羊毛繊維には適用することが困難であった。
更に羊毛繊維を熱溶融繊維と混合して不織布にする方法があるが、羊毛繊維の場合は元々の繊維長が短いため、土台となる生地を用いる必要があることや不織布を積層する必要があるため、製造コストが高くなる問題があった。
【0005】
上記問題点を解決する方策として、抄紙することによって羊毛繊維をシート化する方法が考案されている。この方法は、羊毛繊維を水に分散させて分散液を調製し、調製した分散液を網ですくうことによってシートを形成するものであり、分散液中で繊維が水に対して均一に分散している状態で、この分散液を網ですくうことによって分散液中の水が網の目から瞬時に抜かれるときに生じる繊維の絡みを利用してシートを形成している。羊毛繊維のみで形成されるシートには十分な引っ張り切断強度を有していない。そこで通常はシートの引っ張り切断強度を補強するため、分散液中にバインダを添加混合して抄紙している。バインダとしてはペレット状の樹脂や溶液状の樹脂、繊維状の樹脂(熱溶融繊維)が使用されていた。
【特許文献1】特開平9−149731号公報(請求項1、段落[0010]、[0011])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ペレット状の樹脂や溶液状の樹脂をバインダとして使用した場合、得られたシートの硬度は増すが、強度は十分に補強されていなかった。また熱溶融繊維は強度向上の効果が高く、ポリビニルアルコール系熱溶融繊維の使用が試みられているが、ポリビニルアルコール系熱溶融繊維はその表面から徐々に水に溶解していって粘着性を持つ特性を有するため、羊毛繊維を凝集させてしまうという欠点があった。
【0007】
また、羊毛繊維の表面は通常疎水性を有するため、羊毛繊維を水に分散させて分散液を調製するときには、羊毛繊維が水面に浮かぶことが多い。水面に浮かんだ羊毛繊維を無理に攪拌して分散液を調製しようとすると、羊毛繊維が部分的に絡んでしまい、毛玉が発生してしまう。毛玉は形成したシートの摩耗性を低下させ、シートをインテリアとして使用した際には見栄えに欠ける問題があった。そのため、分散液を調製する際には水に対する羊毛繊維の分散性を向上させるために、界面活性剤やポリアクリルアミドなどの分散剤、増粘剤を添加することも試みられている。しかし界面活性剤や分散剤、増粘剤等を添加しても均一分散効果は十分とはいえなかった。
更に、羊毛繊維の配合が少ない抄紙シートは、羊毛繊維の有する吸着性が十分に発揮されず、羊毛繊維を配合しない場合と浄化作用があまり変わらないため実用されないという現状にあった。
【0008】
本発明の第1の目的は、羊毛繊維同士の絡みを解消して羊毛繊維を均一に分散した状態で抄紙することで、羊毛繊維を均一に配合した羊毛抄紙シートを製造することができる、羊毛抄紙シート及びその製造方法を提供することにある。
本発明の第2の目的は、毛玉や毛落ちが無く、インテリアとしての装飾性に優れた羊毛抄紙シート及びその製造方法を提供することにある。
本発明の第3の目的は、羊毛繊維の持つ吸着性能を応用し、生活環境における空気や水の浄化に貢献し得る環境適性に優れた羊毛抄紙シート及びその製造方法を提供することにある。
本発明の第4の目的は、生分解性及び土壌肥沃性の双方を有し、植物生育土壌に適した羊毛抄紙シート及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に係る発明は、羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液を抄紙することにより得られる羊毛抄紙シートの改良である。その特徴ある構成は、分散液100重量部に対して羊毛繊維が15〜90重量部、バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合で配合され、羊毛繊維が酸化処理によって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつその繊維長が2cm以下であり、バインダ繊維が疎水性を示す繊維であるところにある。
請求項4に係る発明は、羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液を抄紙することにより得られる羊毛抄紙シートの製造方法の改良である。その特徴ある構成は、分散液100重量部に対して羊毛繊維が15〜90重量部、バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合で配合され、羊毛繊維が酸化処理によって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつその繊維長が2cm以下であり、バインダ繊維が疎水性を示す繊維であるところにある。
請求項1又は4に係る発明では、羊毛繊維とバインダ繊維とを所定の割合となるように配合し、羊毛繊維として酸化処理によって表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつ繊維長を2cm以下としたものを使用し、バインダ繊維として疎水性を示す繊維を使用することで、羊毛繊維同士の絡みが解消され、羊毛繊維が絡まずに均一に分散した状態で抄紙することができるため、羊毛繊維を均一に配合した羊毛抄紙シートを得ることができる。このような羊毛抄紙シートは毛玉や毛落ちが無くインテリアとしての装飾性に優れる。また羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維が有する酸やアルカリの吸着性能を応用し、生活環境における空気中の臭気を吸着することで空気を浄化することができる。また羊毛繊維を酸化処理することによってスルフィド結合の開裂とともにチオール基が生成されており、そのチオール基が重金属を選択的に吸着する。そのため、本発明の羊毛抄紙シートを重金属含有水の浄化や重金属回収による海水資源の有効活用化に利用することができる。また、羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維の優れた染料吸着性を応用し、本発明の羊毛抄紙シートを染色排水の染料捕集による脱色化に利用することもできる。更に、本発明の羊毛抄紙シートは、生分解性及び土壌肥沃性の双方を有しているので、本発明の羊毛抄紙シートを植物の種を蒔いた土壌の上部に入れ込むことで、羊毛繊維が生分解することによってアミノ酸が土壌中に分散して土壌を肥沃させ、更に羊毛繊維の保湿性も寄与するので、植物の生育を促進することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の羊毛抄紙シートでは、羊毛繊維とバインダ繊維とを所定の割合となるように配合し、羊毛繊維として酸化処理によって表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつ繊維長を2cm以下としたものを使用し、バインダ繊維として疎水性を示す繊維を使用することで、羊毛繊維同士の絡みが解消され、羊毛繊維が絡まずに均一に分散した状態で抄紙することができるため、羊毛繊維を均一に配合した羊毛抄紙シートを得ることができる。このような羊毛抄紙シートは毛玉や毛落ちが無くインテリアとしての装飾性に優れる。また羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維が有する酸やアルカリの吸着性能を応用し、生活環境における空気中の臭気を吸着することで空気を浄化することができる。また羊毛繊維を酸化処理することによってスルフィド結合の開裂とともにチオール基が生成されており、そのチオール基が重金属を選択的に吸着する。そのため、本発明の羊毛抄紙シートを重金属含有水の浄化や重金属回収による海水資源の有効活用化に利用することができる。また、羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維の優れた染料吸着性を応用し、本発明の羊毛抄紙シートを染色排水の染料捕集による脱色化に利用することもできる。更に、本発明の羊毛抄紙シートは、生分解性及び土壌肥沃性の双方を有しているので、本発明の羊毛抄紙シートを植物の種を蒔いた土壌の上部に入れ込むことで、羊毛繊維が生分解することによってアミノ酸が土壌中に分散して土壌を肥沃させ、更に羊毛繊維の保湿性も寄与するので、植物の生育を促進することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
次に本発明を実施するための最良の形態を説明する。
本発明の羊毛抄紙シートの製造方法では、羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液を抄紙することにより羊毛抄紙シートが得られる。その特徴ある構成は、分散液100重量部に対して羊毛繊維が15〜90重量部、バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合で配合され、羊毛繊維が酸化処理によって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつその繊維長が2cm以下であり、バインダ繊維が疎水性を示す繊維であるところにある。
【0012】
本発明の製造方法に用いる羊毛繊維としては、メリノウール、ラムウール、タスマニアウール、サウスダウンウール、シロップシャーウール、ハンプシャーウール、オックスフォードウール、ドーゼットホーンウール、チュビオットウール、ウェルシュウール、ラドナーウール、ハードウィックウール、カムバックウール、コリデールウール、ポルオスウール、コースウール、シェットランドウール、バーリウール、テンダーウール、ブレークインウール、ケンピウール、ブラックウール、ピーセス、ベリース、スキンウール等の種類が挙げられ、上記種類の未使用ウール、反毛、起毛屑、剪毛屑、糸や布からほぐしたもののいずれの状態のものを用いても良い。
【0013】
羊毛繊維はアミノ酸で構成されたたんぱく質を主成分としており、多くのジスルフィド結合を有している。羊毛繊維表層を覆っているクチクル成分は高い疎水性である。これはクチクル成分が主として疎水性を示すケラチン質から構成されているためである。そのため、羊毛繊維は水には容易に浸透しない。水に羊毛繊維を添加混合した後、時間をかけて分散させたり、羊毛繊維添加液の液温を上げたり、羊毛繊維添加液を激しく攪拌することで羊毛繊維に水を浸透させることはできるが、上記方法では液中で羊毛繊維が自然に凝集し絡み合うことになる。そのため、本発明の製造方法では、抄紙する前の羊毛繊維に対して酸化処理を施して羊毛繊維のクチクル成分を構成するケラチン中のジスルフィド結合を主に開裂させ、たんぱく質の構造を崩すことによって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部を除去する。疎水性を示すクチクル成分を除去することで羊毛繊維の疎水性は低下し親水性が向上する。特にクチクル成分の残渣が電子顕微鏡で確認できない程度にまで殆ど全てのクチクル成分を除去することが好ましい。
【0014】
クチクル成分の一部又は全部を除去する方法としては、酸化処理によって除去する方法だけでなく、還元処理によって除去する方法や加水分解酵素(プロテアーゼ)によって除去する方法等でも羊毛繊維からクチクル成分を除去することができるが、本発明の製造方法では、酸化処理によって除去する方法に限定する。酸化処理を施すことにより、最終的にチオール基とブンテ塩アニオンを生成するので、得られた羊毛抄紙シートに浄化機能が発揮され易くなるためである。酸化処理方法としては次亜塩素酸ナトリウムと硫酸の混合液を羊毛繊維にスプレー塗布するか又は羊毛繊維を混合液中に浸漬させるクロイ法、羊毛繊維をジクロロイソシアヌル酸ナトリウム溶液中に浸漬させ、徐々に発生する次亜塩素酸ナトリウムによってクロイ法と類似の機構で処理をするDCCA法、羊毛繊維をモノ過硫酸の溶液に浸漬させて行うダイランが代表的であり、その他、酸化剤に過マンガン酸カリウムを用いる方法や過酸化水素を用いる方法、酸素プラズマ放電による方法などが挙げられる。
【0015】
酸化処理による羊毛繊維の改質の度合いは、JIS L 1096A法に準拠した滴下法により測定したとき、60秒以下の吸水性を有する範囲が好適である。吸水性が上記範囲内であれば羊毛繊維は水に浸透し易くなり、更に酸化によって羊毛繊維がアニオン化され、そのイオン性と水との相互作用により羊毛繊維が絡み難くなる。例えば上記酸化処理の中のクロイ法を用いることで羊毛繊維表層のクチクル成分を効率よく除去することで、滴下法により測定したとき、60秒以下の吸水性を得ることができる。
【0016】
上記酸化処理を施すことで羊毛繊維は絡み難くなるが、それでも羊毛繊維の繊維長が長い場合は先端同士が絡み合って糸状になり易い。そのため本発明の製造方法では、繊維長を2cm以下にした羊毛繊維を使用する。繊維長を2cm以下にすることで絡みを完全に防止することができる。羊毛繊維の繊維長を2cm以下とするには、例えばはさみで切断する、裁断機(遠藤工業株式会社製;G45L1)を用いて切断する、条件に適合した繊維長のものを選んで集めるなどの方法で得ることができる。特に羊毛抄紙シートの臭気吸着効果を十分に発揮させ、かつ羊毛抄紙シートをインテリアとして利用したときに光のシャドウ効果を出すためには、羊毛繊維の繊維長を0.5〜2cmの範囲内にすることが好ましい。なお、羊毛繊維を切断して繊維長を2cm以下にする際には、この切断する工程を酸化処理の前に施しても良い。特に次亜塩素酸ナトリウム溶液による酸化処理など水溶液中での酸化処理の場合は内添法を用いることができ、酸化処理から抄紙まで連続でできるため、乾燥の工程を省くことができ都合がよい。また酸素プラズマ放電など、水中以外で酸化処理を施す場合は、羊毛繊維を切断する前の長い状態の方が処理し易い。
【0017】
なお、羊毛繊維は、あらかじめ或いは抄紙する際の内添法により機能性無機物を吸着させ、機能性を付与或いは向上させても良い。機能性無機物としては、光触媒酸化チタン粉末、備長炭粉末、ゼオライト粉末、トルマリン粉末、ゲルマニウム粉末、銀粉末、亜鉛粉末などが挙げられる。これらの機能性無機物は、水分散液或いは水溶液中で第4級アンモニウム塩などのカチオン化剤を用いてカチオン化することにより、酸化処理によってアニオン化された羊毛繊維に化学的に結合させることができる。
【0018】
バインダ繊維は抄紙における羊毛繊維の分散を向上させ、乾燥の際に融解し、羊毛繊維同士を繋ぎ止めて固定し、強度を向上させる効果を有する。本発明の製造方法に用いるバインダ繊維は、疎水性を示す繊維である。特に好ましくは、融点が130〜180℃の熱溶融性を示す疎水性及び生分解性の繊維である。疎水性熱溶融繊維は、従来より使用されているポリビニルアルコール系繊維とは異なり、羊毛繊維とともに水に分散させたときに表面溶解による粘着性を発生せず、羊毛繊維を凝集させるということがない。このバインダ繊維の融点を130〜180℃の範囲内に規定したのは、融点が130℃未満であると、得られた羊毛抄紙シートを利用する環境条件において、バインダ繊維が再融解して、粘着性が発生してしまうためである。また融点が180℃を越えると、抄紙したシートの乾燥温度をこの温度以上に設定しなければバインダ繊維が溶けないため、このような温度条件で乾燥した場合は羊毛等が熱黄変するためである。上記バインダ繊維としては、例えばユニチカファイバー株式会社製の製品名PL−80や製品名PL−10などの熱融解性ポリ乳酸繊維が挙げられる。
本発明の製造方法では、繊維長は2cm以下にしたバインダ繊維を使用する。バインダ繊維の繊維長を2cm以下と規定したのは、繊維長が2cmを越える場合は、バインダ繊維自体が絡み合って羊毛繊維の均一分散を妨げる不具合を生じるためである。
【0019】
羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液では、分散液100重量部に対して羊毛繊維が15〜90重量部、バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合となるように配合される。特に羊毛繊維が20〜70重量部、バインダ繊維が5〜30重量部の割合となるように配合することが好ましい。羊毛繊維の割合が15重量部未満では、羊毛繊維の有する吸着性等の機能を十分に発揮することができず、羊毛繊維を配合しない場合と浄化機能がさほど変わらないため、実用的ではない。また羊毛繊維の割合が90重量部を越えると、羊毛抄紙シートの引っ張り強度等が不足する不具合を生じる。バインダ繊維の割合が0.5重量部未満では羊毛抄紙シートに十分な引っ張り切断強度を補強することができず、またバインダ繊維の割合が50重量部を越えると曲げ破断や生分解の遅延、また羊毛繊維の特性がバインダ繊維の特性に相殺されて十分に発揮できないといった問題が生じる。
【0020】
また、本発明の製造方法では、羊毛繊維とバインダ繊維を含む分散液にパルプを更に配合させてもよい。パルプを配合することにより、得られる羊毛抄紙シートの強度や地合いを向上させ、屈曲性を付与させることができる。上記パルプとしては、木材チップパルプ、非木材チップパルプ、再生パルプが挙げられる。パルプを更に配合するときは、羊毛繊維10〜50重量部、バインダ繊維5〜20重量部及びパルプ30〜70重量部の割合となるように配合させることが好ましい。
【0021】
本発明の羊毛抄紙シートの製造方法として、羊毛繊維としてメリノウールの起毛屑を25重量部、バインダ繊維として熱溶融性ポリ乳酸繊維を5重量部及びパルプとして木材チップパルプを70重量部をそれぞれ配合した羊毛抄紙シートの製造方法を説明する。
先ず、メリノウールの起毛屑を次亜塩素酸ナトリウム溶液と硫酸との混合液に浸漬させた後、亜硫酸ナトリウムにて脱塩素化する。続いてpH7の緩衝溶液に約1日間漬けておく。その後乾燥し、裁断機を用いて起毛屑を繊維長が約1cmになるように切断する。このときの起毛屑は、JIS L 1096A法に準拠した滴下法により測定したとき、約11秒の吸水性を有する。次いで、木材パルプを蒸解、離解、叩解した懸濁液の中に、上記酸化処理をした起毛屑の水分散液をパルプ70重量部に対して、25重量部だけ入れて攪拌する。攪拌しながら、バインダ繊維をパルプ70重量部に対して5重量部だけ入れる。次に高速ミキサを用いて攪拌して分散液を調製した後、この分散液を抄紙機のバスに移し、メッシュシートを上げることで水を抜き、続いてプレスで圧縮する。更に、圧縮物を熱ロールによって乾燥することにより本発明の羊毛抄紙シートを得ることができる。
【0022】
上記製造方法では、羊毛繊維とバインダ繊維とを所定の割合となるように配合し、羊毛繊維として酸化処理によって表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつ繊維長を2cm以下としたものを使用し、バインダ繊維として疎水性を示す繊維を使用することで、羊毛繊維同士の絡みが解消され、羊毛繊維が絡まずに均一に分散した状態で抄紙することができるため、羊毛繊維を均一に配合した羊毛抄紙シートを得ることができる。このような羊毛抄紙シートは毛玉や毛落ちが無くインテリアとしての装飾性に優れる。また上記製造方法により得られた羊毛抄紙シートは、羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維が有する酸やアルカリの吸着性能を応用し、生活環境における空気中の臭気を吸着することで空気を浄化することができる。例えば、上記製造方法により得られた羊毛抄紙シートを用いて電気シェードを作製すると、非常に柔らかいシェード効果が得られるので装飾性に優れる。また、トイレの周りに設置することで、アンモニア臭を吸収し、心地よい居住空間を得ることができる。
【0023】
また上記製造方法により得られた羊毛抄紙シートでは、羊毛繊維を酸化処理することによってスルフィド結合の開裂とともにチオール基が生成されており、そのチオール基が重金属を選択的に吸着する。そのため、得られた羊毛抄紙シートを例えば塩化銀や塩化銅を溶解させた水中に入れることで、羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維が銀イオンや銅イオンを吸着するので、本発明の羊毛抄紙シートを重金属含有水の浄化や重金属回収による海水資源の有効活用化に利用することができる。また、羊毛抄紙シートを構成する羊毛繊維の優れた染料吸着性を応用し、本発明の羊毛抄紙シートを染色排水の染料捕集による脱色化に利用することもできる。
【0024】
更に、上記製造方法により得られた羊毛抄紙シートは、生分解性及び土壌肥沃性の双方を有しているので、本発明の羊毛抄紙シートを植物の種を蒔いた土壌の上部に入れ込むことで、羊毛繊維が生分解することによってアミノ酸が土壌中に分散して土壌を肥沃させ、更に羊毛繊維の保湿性も寄与するので、植物の生育を促進することができる。
【実施例】
【0025】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
<実施例1>
先ず、羊毛繊維として繊維長1cmに裁断されたメリノウールの起毛屑を、バインダ繊維としてポリ乳酸繊維(ユニチカファイバー株式会社製;PL−80)を、パルプとして木材チップパルプを、分散促進剤としてポリアクリルアミド系分散促進剤(明成化学社製;パムオール)をそれぞれ用意した。次いで、メリノウールの起毛屑2gを5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液6%と5%硫酸水溶液6%の混合溶液100ml中に1分間浸漬し、水洗、13%亜硫酸ナトリウム水溶液100ml中に1分間浸漬して、水洗することにより起毛屑に酸化処理を施した。次に、酸化処理した起毛屑とポリ乳酸繊維0.5g及び木材チップパルプ7.5gを4000mlの水にそれぞれ添加し、更にポリアクリルアミド系分散促進剤(明成化学社製;パムオール)を4ml加え、ミキサーで高速攪拌することにより分散液を調製した。この分散液を抄紙機の水槽に移し、素早く水を抜くことにより抄紙した。抄紙したシートは10kgのローラーで抑えて脱水し、更に180℃の熱ロールで乾燥することにより、羊毛繊維が20%配合した羊毛抄紙シートを得た。得られた羊毛抄紙シートの厚さは220μm、重量は91.1g/m2であった。
【0026】
<比較例1>
羊毛繊維の起毛屑及びバインダ繊維を使用しない以外は実施例1と同様にして抄紙シートを得た。得られた抄紙シートの厚さは125μm、重量は88.4g/m2であった。
<比較例2>
バインダ繊維を使用しない以外は実施例1と同様にして羊毛抄紙シートを得た。得られた羊毛抄紙シートの厚さは243μm、重量は102.2g/m2であった。
<比較例3>
バインダ繊維としてポリ乳酸繊維の代わりにポリビニルアルコール繊維を用いた以外は実施例1と同様にして羊毛抄紙シートを得た。得られた羊毛抄紙シートの厚さは240μm、重量は106.7g/m2であった。
<比較例4>
羊毛繊維の起毛屑に対して酸化処理を施さない以外は実施例1と同様にして羊毛抄紙シートを得た。羊毛繊維の起毛屑の吸水性は120秒を越えていた。
<比較例5>
羊毛繊維の起毛屑の繊維長を2cmに裁断することなく、2cm以上の繊維長のものが多数混在している状態のまま実施例1と同様にして抄紙を行ったが、羊毛抄紙シートは得られなかった。
【0027】
<比較試験1>
実施例1及び比較例1〜4で得られた抄紙シートについて、外観均一性、風合い、引っ張り強度、消臭性、紫外線遮蔽性、染料吸着性、金属吸着性、保湿性、保水性及び植物生育促進効果についてそれぞれ以下に示すようにして評価を行った。
外観均一性は得られた羊毛抄紙シートの外観を両面観察し、シート両面に存在する毛玉(毛の凝集)の多さを観察対象として評価した。毛玉が全くないものを「優」の評価とし、以下、「良」、「可」及び「不可」の順に4通りに分けて評価した。なお「不可」の評価はシート両面に存在する毛玉が非常に多いことを意味する。また、風合いは得られた羊毛抄紙シートを手で曲げたときの硬さを手触り感覚で、「硬い」、「少し硬い」、「柔らかい」の3通りに分けて評価した。また、引っ張り強度はJIS L 1096法に準拠したストリップ法により、得られた羊毛抄紙シートを縦方向に同一条件で引っ張り伸長させたときの破断強度を測定し、この破断強度を引っ張り強度の評価値とした。破断強度の単位はN(ニュートン)で表した。また、消臭性は得られた羊毛抄紙シートを10cm角の大きさに切断し、アンモニアガスを1ppm封入した200cc容器中にこの切断した羊毛抄紙シートを入れ、容器をこの状態で密封して2時間保持し、2時間保持後の容器中に存在するアンモニアガスをアンモニアガス検知管で測定することによりアンモニア濃度減少率を算出し、この減少率を消臭性の評価値とした。また、紫外線遮蔽性は得られた羊毛抄紙シートに対して波長320nmの紫外光を照射したときの遮蔽率を吸光分析器を用いて検出し、この遮蔽率を紫外線遮蔽性の評価値とした。
【0028】
染料吸着性は得られた羊毛抄紙シートに対してイエロー、レッド及びブルーの3色混合グレー色からなる酸性染料を1%、浴比を1:50にして、80℃で2時間の染色を行い、吸光分析器にて染色前の酸性染料初液に対する染色後の酸性染料残液の透過率の割合から染料吸着率を算出し、この染色吸着率を染料吸着性の評価値とした。また、金属吸着性は水100ml中に塩化銀10mmol、羊毛抄紙シートを5g入れ、50℃で1時間浸漬した後の塩化銀水溶液の銀イオン強度をX線分光分析器で測定し、検量線から銀イオン濃度の減少量を求め、減少量から算出した付着量を金属吸着性の評価値とした。また、保湿性は、先ず得られた羊毛抄紙シートを気温20℃、湿度65%の環境に3時間静置して羊毛抄紙シートの含水率を一定の条件に維持した。次いで、気温40℃、湿度80%の環境に3時間静置した後、羊毛抄紙シートの含水率を算出し、次に、同じ温度で湿度を40%まで下げて1時間静置した後、羊毛抄紙シートの含水率を算出した。上記算出した気温40℃、湿度80%の環境に静置した含水率に対する気温40℃、湿度40%の環境に静置した含水率の割合を保湿性の評価値とした。なお、含水率は指定環境下での羊毛抄紙シートの重量から絶乾状態での重量を引き、それを絶乾状態での重量で割った値とした。また、保水性は得られた羊毛抄紙シートをマングルを用いて一定の条件で湿らせた後、気温20℃、湿度65%の環境に30分間静置したときの含水率を求めた。この含水率を保水性の評価値とした。更に、植物生育促進効果は、得られた羊毛抄紙シートをプリムラビアリーの苗を植えた土壌の上部に入れ込んで、開花までの2ヶ月間の生育の程度を観察した。評価は羊毛抄紙シートを入れ込まない土壌に同時に同じ条件で植えたプリムラビアリーの苗の生育と比較することにより行った。得られた結果を表1及び表2にそれぞれ示す。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】
表1より明らかなように、外観均一性では、比較例1〜4のシートでは、シート両面に存在する毛玉が多く、装飾性に劣っていたが、実施例1のシートでは毛玉が全く存在せず、装飾性に優れ、インテリアとして使用できることを確認した。また、風合いはバインダ繊維を使用していない比較例2のシートと実施例1のシートが柔らかい手触り感覚であった。その他の比較例1,比較例3及び4のシートは少し硬いか硬い感覚であった。引っ張り強度は、バインダ繊維を使用していない比較例3が低い結果となった。また、羊毛繊維及びバインダ繊維を使用していないパルプのみからなる比較例1のシートやバインダ繊維としてポリビニルアルコール繊維を用いた比較例3のシートの強度が高い傾向が見られた。実施例1のシートや羊毛繊維に酸化処理を施さなかった比較例4のシートは、250N前後の強度を有する結果となり、実用的には十分耐えられる強度が得られていた。消臭性は、羊毛繊維が含まれていない比較例1のシートではあまり良い消臭効果が得られていない。これはシートを構成するパルプにアンモニアが吸着したのみであるためと推察される。一方、羊毛繊維が含まれている実施例1及び比較例2,3のシートは高い消臭効果が得られていた。紫外線遮蔽性は、羊毛繊維が含まれていない比較例1のシートは、羊毛繊維が含まれている実施例1のシートに比べて遮蔽割合が低い結果となっていた。
【0032】
表2より明らかなように、染料吸着性は、羊毛繊維が含まれていない比較例1のシートは、染料の吸着性が極めて低い結果となった。一方、羊毛繊維が含まれている実施例1及び比較例2,3のシートでは染料の吸着性が高く、羊毛繊維の有する吸着性能が反映された評価結果となった。金属吸着性は、実施例1のシートを重金属含有水に浸漬することにより、このシートが高い割合で金属を吸着することが確認された。保湿性及び保水性では、羊毛繊維が含まれていない比較例1のシートは、保湿性並びに保水性が低い結果となった。一方、羊毛繊維が含まれている実施例1及び比較例2,3のシートでは保湿性並びに保水性がともに高く、羊毛繊維の有する保湿性能が反映された評価結果となった。植物生育促進効果は、羊毛繊維が含まれていない比較例1のシートは、シートを使用しない土壌に植えた苗の生育と大差が無く、促進効果が得られない結果となった。一方、羊毛繊維が含まれている実施例1のシートを使用することで、シートを使用しない土壌に植えた苗の生育に比べて生育度合いが高い傾向が見られ、生育促進効果を有していることが判った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液を抄紙することにより得られる羊毛抄紙シートにおいて、
前記分散液100重量部に対して前記羊毛繊維が15〜90重量部、前記バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合で配合され、
前記羊毛繊維が酸化処理によって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつその繊維長が2cm以下であり、前記バインダ繊維が疎水性を示す繊維であることを特徴とする羊毛抄紙シート。
【請求項2】
前記バインダ繊維は融点が130〜180℃の熱溶融性を示す疎水性及び生分解性の繊維であり、かつその繊維長が2cm以下であることを特徴とする請求項1記載の羊毛抄紙シート。
【請求項3】
前記羊毛繊維はJIS L 1096A法に準拠した滴下法により測定したとき、60秒以下の吸水性を有することを特徴とする請求項1記載の羊毛抄紙シート。
【請求項4】
羊毛繊維とバインダ繊維とを水に分散させて調製した分散液を抄紙することにより得られる羊毛抄紙シートの製造方法において、
前記分散液100重量部に対して前記羊毛繊維が15〜90重量部、前記バインダ繊維が0.5〜50重量部の割合で配合され、
前記羊毛繊維が酸化処理によって羊毛繊維表層のクチクル成分の一部又は全部が除去され、かつその繊維長が2cm以下であり、前記バインダ繊維が疎水性を示す繊維であることを特徴とする羊毛抄紙シートの製造方法。
【請求項5】
前記バインダ繊維は融点が130〜180℃の熱溶融性を示す疎水性及び生分解性の繊維であり、かつその繊維長が2cm以下であることを特徴とする請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
前記羊毛繊維はJIS L 1096A法に準拠した滴下法により測定したとき、60秒以下の吸水性を有することを特徴とする請求項4記載の製造方法。