説明

耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材

【課題】 長期にわたって保護性を有する安定さび(含有)層で覆われてメインテナンスフリーとなり、該安定さび(含有)層を早期に形成して腐食環境の厳しい海岸地帯に曝露されても鋼材表面の流れさび発生を抑制できる耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材を提供する。
【解決手段】 鋼材の表面に、次の要件の[1] [2] 、または[1] [3] [4] を満たすFeさび、あるいはさらに、Zn系の化合物(=Zn化合物)を含有するブチラール樹脂被膜を形成する。 [1] α-FeOOH、X線的非晶質さびの1種を、または2種を合計で、50質量%以上含むこと、[2] ミクロ孔(:円相当径1nm以下の空隙)の全容積が20mL/g以上であること、[3] メソ孔(:円相当径1nm超100nm 以下の空隙)の全容積が400mm3/g以下であること、[4] BET比表面積が50m2/g以上であること

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材に関する。
【0002】
【従来の技術】一般に鋼にP,Cu,Cr,Ni等の元素を添加することにより、大気中における耐食性を向上させることができる。これらの低合金鋼は、耐候性鋼と呼ばれ、屋外において数年で「腐食に対して保護性のあるさび(以下、安定さびと称する)」を形成し、該安定さびの形成後には塗装などの耐食処理作業が不要になるいわゆるメインテナンスフリー鋼である。
【0003】しかしながら、安定さびが形成されるまでに数年かかるため、それまでの期間中に赤さびや黄さび等の浮きさびや流れさびを生じてしまい、外観的にも好ましくなく周囲の環境汚染にもなるという問題をを残している。この問題の解決手段として、例えば、特公昭53−22530 号公報では、Fe3O4 +Fe2O3 :5〜50%、リン酸:0.01〜5%、Pb,Ni,Cu,P,Zn,Crの単体もしくは化合物の1種以上:0.01〜10%を含有するブチラール樹脂を耐候性鋼の表面に適用する技術が提案されている。この技術によれば、工業地帯の曝露環境において、初期の流れさび量は1/10程度に低減され、10〜18ヶ月程度で鋼材表面に安定さびが形成される。しかしながら、この技術では、より腐食環境の厳しい飛来塩分量の多い海岸地域では、流れさび量低減の効果は不十分であり、また、安定さび層も形成されない。
【0004】また、特許第2666673 号公報では、鋼材表面に直接、もしくはさび層を介して、硫酸クロムまたは硫酸銅の少なくともいずれかを1〜65重量%含有する樹脂塗料を被覆する技術が提案されている。この技術によれば、腐食環境の厳しい海岸地帯での1年間の曝露試験において流れさびの発生を防止可能であるが、安定さび率(さび全量を100 としたときのさび中の安定さびの相対量)が50程度と必ずしも十分でない。また、塗料中に硫酸クロムを添加した場合には、降雨や結露によって水分吸収した樹脂からCr3+が系外に溶出し、周囲の環境を汚染するという問題もある。
【0005】また、特許第2827669 号公報には、鋼表面全域が、大気腐食環境中で安定なα−FeOOH で構成されるさび層で均一に覆われていることを特徴とするさび安定化処理鋼材が開示されている。そのさび安定化処理方法は、鋼表面にアルカリ水溶液塗布にてOH- を供給してpH7以上とした鋼材を屋外曝露または乾湿繰り返し環境下に置くことによりさび層をα−FeOOH に変換するというものである。
【0006】これによれば、安定さび形成期間を大幅に縮めうるが、腐食環境が厳しくなるとα−FeOOH さび層を形成させるための塗布−乾燥の繰り返し回数を多くすることが必要となり、時間と手間がかかるばかりでなく、鋼表面全域を覆っているさび層がOH- の供給ムラにより部分的にα−FeOOH に変換しない場合や他形態のFe化合物との混合状態となる場合、耐食性が不十分となって流れさびが発生し、また、日向・日陰などの腐食環境の違いからさび生成状態に違いができて外観不均一となるなどの問題があった。
【0007】また、特開平6−322549号公報には、自由な彩色が可能でかつ長期の耐候性を有する鋼材として、下層にα−FeOOH 皮膜、上層に有機樹脂皮膜が被覆された表面処理鋼材が開示され、下層のα−FeOOH 皮膜形成方法の例として、(a)サンドブラスト⇒Cr,Cu処理⇒アルカリ処理⇒水洗⇒乾燥、および(b)工業地帯での屋外曝露20年⇒ワイヤブラシケレン⇒水洗⇒温風乾燥、が開示されている。
【0008】しかし、この鋼材では、地鉄とα−FeOOH 皮膜との密着性、およびα−FeOOH皮膜と有機樹脂皮膜との密着性の少なくともいずれかが不安定であり、施工時または施工後の曝露中に部分的な剥離や塗膜浮き上がりが発生する場合があった。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】上記従来技術の問題点に鑑み、本発明は、長期にわたって保護性を有する安定さび層またはさび含有層で覆われてメインテナンスフリーになるとともに、かかる安定さび層またはさび含有層を早期に形成して腐食環境の厳しい海岸地帯に曝露されても鋼材表面の流れさび発生を抑制できる耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意考究・実験を重ねた結果、α−FeOOH +非晶質さびを50質量%以上含み、かつ特定の形態を有するFeさび、あるいはさらに特定の化合物、を特定の樹脂に配合して得られた表面処理剤を鋼材表面に適用することにより、腐食環境の厳しい海岸地帯においても流れさびの発生を防止しながら、長期にわたって保護性を有する安定さび層またはさび含有層を早期に形成する表面処理鋼材が得られることを見いだし、以下に示す本発明を成すに至った。
【0011】(1)鋼材の表面が、下記要件[1] および[2] を満たすFeさびを含有するブチラール樹脂からなる第1の被膜で覆われてなることを特徴とする耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
記[1] α-FeOOH、X線的非晶質さびの1種を、または2種以上を合計で、50質量%以上含むこと[2] ミクロ孔(:円相当径2nm以下の空隙)の全容積が20mL/g以上であること(2)前記要件[2] に代えて下記要件[3] および[4] としたことを特徴とする(1)記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
【0012】記[3] メソ孔(:円相当径2nm超100nm 以下の空隙)の全容積が400mm3/g以下であること[4] BET比表面積が50m2/g以上であること(3)前記ブチラール樹脂がさらにZn系化合物を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
【0013】(4)前記ブチラール樹脂がさらに下記I群、II群の少なくとも何れかに属する1種または2種以上の化合物を含有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
記I群:Mo系化合物,W系化合物,V系化合物II群:P系化合物,Ni系化合物,Co系化合物,Al系化合物(5)第1の被膜の表面が、Mo,W,V系の化合物から選ばれた1種または2種以上を含有するブチラール樹脂からなる第2の被膜で覆われてなることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
【0014】(6)第2の被膜をなすブチラール樹脂がさらに下記A群〜D群の少なくとも何れかに属する1種または2種以上の化合物を含有することを特徴とする(5)記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
記A群:Ni系化合物,Cu系化合物B群:P系化合物C群:硫酸塩D群:Zn系化合物
【0015】
【発明の実施の形態】本発明では、鋼材の表面に、次の要件の[1] と[2] とを満たすFeさび、または[1] と[3] と[4] とを満たすFeさび、あるいはさらに、Zn系の化合物(=Zn化合物)を含有するブチラール樹脂からなる第1の被膜を形成する。
[1] α-FeOOH、X線的非晶質さびの1種を、または2種を合計で、50質量%以上含むこと[2] ミクロ孔(:円相当径2nm以下の空隙)の全容積が20mL/g以上であること[3] メソ孔(:円相当径2nm超100nm 以下の空隙)の全容積が400mm3/g以下であること[4] BET比表面積が50m2/g以上であること一般に、化成処理や塗装の対象とする鋼材表面は、下地処理により油、汚れ、スケール等を除去して清浄な状態に保つことが重要であり、本発明においてもその例に漏れない。本発明では、下地処理方法は特に限定されず、例えば、一般的なショットブラスト処理、サンドブラスト処理、グラインダ処理などのいずれも好ましく用いうる。
【0016】第1の被膜形成に用いるベース樹脂はブチラール樹脂が良い。ブチラール樹脂は親水性に優れ、吸水率が数十%と高いため、塗膜下の鋼面に腐食反応に必要な水を短期間で透過・供給することができ、安定さびの早期形成を図る本発明の目的にかなう樹脂だからである。これに対して、鋼面に適用するベース樹脂として一般的に用いられているエポキシ系樹脂やアクリル系樹脂、ウレタン樹脂は、吸水率が数%程度と低いため、水が短期間で鋼面に届かず安定さびの早期形成が困難である。
【0017】また、湿度が極めて高い腐食環境の厳しい状況で用いる場合には、ブチラール樹脂をイソシアネート系の硬化剤で架橋・反応させたものや、フェノール系樹脂と混合して水酸基濃度を低下させたものをベース樹脂として適用することにより、系全体の吸水率を適当な値に低減させてもよい。前記ブチラール樹脂に含有させるFeさびは、α-FeOOH、X線的非晶質さび(以下、単に「非晶質さび」ともいう。)の1種を、または2種を合計で、50質量%以上含むものに限られる(要件[1] )。α-FeOOHは化学的に安定で実際の曝露試験でも形態変化を起こしにくい性質をもつ。また、非晶質さびはα-FeOOHよりも曝露環境により形態変化を起こしやすいが、緻密なものであれば非晶質さび状態で安定化するか、または非晶質さびからα-FeOOHへと形態変化(相変態)する性質をもつ。これらの性質を有利に顕現させて、第1の被膜中の非晶質さびまたはα- FeOOH をさび成分として安定化させるために、本発明に係るFeさびは、α-FeOOH、非晶質さびの1種または2種を(2種の場合はこれらの合計で)50質量%以上含むFeさびとする必要がある。
【0018】ここで、Feさび中のα-FeOOHの量は、X線回折内部標準法で同定されるd=0.418 nmのピークから定量するものとし、また、非晶質さびの含有量は、同X線回折内部標準法によるα-FeOOH(d=0.418 nm)、β-FeOOH(d=0.746nm )、γ-FeOOH(d=0.626nm )、Fe3O4 (d=0.2967nm)の各定量値をFeさび全量から差し引いて算出するものとする。
【0019】ところで、微細なFeさびが存在する環境では、新たに生成するFeさびも微細となるため、第1の被膜中のFeさびは微細であることが好ましいのであるが、それよりもさらに重要なのは緻密であることである。緻密ということは、さび粒子が微細なだけでなく、さび自体が隙間を作り難い性質をもつことである。さび粒子による隙間が十分に大きいと、腐食因子が容易に透過して腐食速度が大きくなり、活性なさびが形成されてしまう。
【0020】この活性なさびの形成を防止するために、本発明で用いるFeさびは、ミクロ孔(:円相当直径2nm以下の空隙)の全容積が20mL/g以上(要件[2] )のもの、あるいは、メソ孔(:円相当直径2nm超100nm 以下の空隙)の全容積が400mm3/g以下(要件[3] )でかつBET比表面積(:ガス吸着法(BET法)による比表面積)が50m2/g以上(要件[4] )のものである必要がある。ミクロ孔の全容積が20mL/gに満たないさび、あるいは、メソ孔の全容積が400mm3/gを超えるさびでは、これを樹脂に添加して鋼材表面に適用した場合、緻密さが十分でなく、暴露中に活性なさびが形成され、保護性さびが得られ難い。また、メソ孔の全容積が400mm3/g以下であってもBET比表面積が50m2/gに満たないさびでは、同様に、保護性さびが得られ難い。
【0021】なお、ミクロ孔の全容積は、好ましくは20mL/g以上、さらに好ましくは50mL/g以上である。また、メソ孔の全容積は、好ましくは400 mm3/g 以下、さらに好ましくは300 mm3/g 以下である。また、BET比表面積は、好ましくは50m2/g以上、さらに好ましくは100 m2/g以上である。本発明において、ミクロ孔、メソ孔の全容積は、定容量式ガス吸着法で測定するものであり、いずれも、予備処理として、測定対象物を真空中で120 ℃×6時間熱処理した後、吸着ガスをN2ガス、吸着温度を77KとしてBET多点法で測定した吸着データを用いる。ミクロ孔についてはV- tプロット法により評価する。このV- tプロット法とは、図1に示すようにt(:吸着層の平均厚さ;細孔を円筒形と仮定して算出), V(:窒素吸着量)を夫々X, Y軸にプロットし、t≧1nmの範囲でtと窒素吸着量V(mL/g)との最尤直線関係を求め、この直線のY切片(t=0nmにおけるV値)をミクロ孔の全容積とする解析法である。また、メソ孔についてはDH法により評価する。このDH法とは、Dollimore-Heal法の略で、細孔を円筒形と仮定して吸着ガスの相対圧と吸着量の増分から細孔直径の体積頻度分布を求める解析法である。
【0022】α−FeOOH とX線的非晶質さびとを合計で50質量%以上含有するFeさびは、適宜の製法で調整した2価の鉄塩水溶液、例えば、塩化鉄(II)、硫酸鉄(II)、硝酸鉄(II)、酢酸鉄(II)、フマル酸鉄(II)、燐酸鉄(II)等を、過酸化水素で酸化処理してなる反応液を濾過し、乾燥した後、ボールミルで粉砕することにより製造できるのであるが、このとき酸化処理温度が95℃を超えると、α−Fe2O3(ヘマタイト)およびFe3O4(マグネタイト)が生成しその合計量が50質量%を超えやすく、X線的非晶質さびとα−FeOOH とを合計で50質量%以上含有するさびが得難くなる。好ましくは、この酸化処理温度を70〜95℃とするのがよい。
【0023】また、メソ孔の容積を400mm3/g以下とするには、この酸化処理前の液温を5〜60℃とすることが好ましく、ミクロ孔の容積を20mL/g以上とするには、酸化処理前の液温をさらに低温側の5〜40℃とすることが好ましい。また、BET 比表面積については、酸化処理前の液温を低く設定するとよく、60℃以下の範囲とすることにより50m2/g以上とすることができる。
【0024】前記ブチラール樹脂に添加する化合物としては、長期使用により形成される安定さびとの色合わせのために、Fe2O3 およびFe3O4 などのFe化合物や着色顔料、さらには処理剤の安定化のために添加する紫外線防止剤や沈殿防止剤などの添加剤を添加することができるが、これら不純物の含有量が多くなると耐候性能が劣化するので、耐候性の観点から、これら不純物の総量は、Feさび添加重量100 に対する重量比で50以下が好ましい。より好ましくは30以下である。
【0025】本発明では、前記ブチラール樹脂に、α−FeOOH または非晶質さびの安定化に寄与する成分を添加することが好ましく、この添加成分としては、Zn化合物が最も好ましい。また、本発明では、前記ブチラール樹脂に、さらに、Zn化合物によるさび安定化効果の増大に寄与するMo,W,V,P,Ni,Co,Al系の化合物の1種または2種以上を添加することが好ましい。
【0026】Zn化合物の添加は、第1の被膜と地鉄との界面のpHを中性付近で安定化させる効果を有し、これによりα−FeOOH または非晶質さびの変化を抑制し、さび安定化に寄与する。一方、Mo,W,Vは、Feさびにカチオン選択性を付与しうることが知られており、これら元素の化合物の添加は、さび安定化に有害な塩素イオンに対するバリア性を高めるのに有効である。また、P,Ni,Co,Alの化合物の添加は、非晶質さびやα−FeOOH の形態を安定化する効果やさびを緻密化する効果があると考えられる。さびの安定化機構や緻密化の機構は不明であるが、P,Ni,Co,Alは、非晶質さびやα−FeOOH のさび中に一部取り込まれてさび成分の構造をより安定化していることなどが考えられる。
【0027】前記Zn化合物としては、ZnO, Zn(OH)2, ZnCO3 ,Zn粉末等のいずれも好ましく用いうる。Zn化合物の添加量は、樹脂の重量100 に対する重量比で1〜50が好ましい。これが1未満では、さび安定化効果が不十分で、屋外曝露試験でγ−FeOOH やFe3O4 などのさびが生成するとともに流れさびが発生する場合があり、一方、50を超えると、曝露試験中にZnを主成分とする白さびが流れ出して外観不良となる場合がある。なお、より好ましくは30以下である。
【0028】また、前記Mo,W,V,P,Ni,Co,Al系の化合物としては、リンモリブデン酸,ケイモリブデン酸,モリブデン酸アルミニウム,モリブデン酸亜鉛,モリブデン酸,リンタングストモリブデン酸,リンタングステン酸,ケイタングステン酸,リンバナジドモリブデン酸,硫酸バナジル,バナジン酸ナトリウム,リン酸亜鉛,リン酸,リン酸ニッケル,硫酸ニッケル,炭酸ニッケル,酸化ニッケル,硫酸コバルト,酸化コバルト,酸化アルミニウム,硫酸アルミニウム等のいずれも好ましく用いうる。これら化合物の添加量は、樹脂の重量100 に対する重量比で1〜50が好ましい。これが1未満では、さび安定化効果が不十分で、腐食環境の厳しい海岸地帯での曝露試験中に流れさびが発生する場合があり、一方、50超では、効果が飽和するため経済的に不利である。
【0029】本発明では、さらに、非常に腐食環境が厳しい場所での使用にとくに適したものとして、第1の被膜の表面を、Mo,V,W系の化合物の1種または2種以上を含有する樹脂被膜(第2の被膜)で覆ったものが好ましい。これにより、第1の被膜を塩素イオンなどの腐食因子から遮蔽する効果と、第1の被膜にさび安定化成分をより効率よく供給する効果とが得られる。これらの効果を阻害しない範囲であれば、第2の被膜にさらに、Mo,V,W系以外の無機化合物や添加剤を添加してもよく、また、酸化鉄やカーボンブラック,チタンホワイトなどの着色顔料を添加して鋼材の外観色調を周囲の景観に応じて自由に調整してもよい。なお、添加剤としては、紫外線吸収剤や沈殿防止剤が好ましく用いうる。
【0030】第2の被膜をなす樹脂としては、第1の被膜の場合と同様、ブチラール樹脂が良い。その理由は、第1の被膜で述べた通りである。また、第2の被膜でも第1の被膜と同様に、ブチラール樹脂をイソシアネート系の硬化剤で反応・架橋させたものや、フェノール系樹脂と混合して水酸基濃度を低下させたものを用いて系全体の吸水率を調整してかまわない。
【0031】第2の被膜をなすブチラール樹脂には、Mo,V,W系の化合物の1種または2種以上が含有される。かかる化合物を含有する樹脂被膜が降雨や結露により濡れると樹脂被膜中でMo6+,MoO42-やV6+, VO3- やWO42- などのイオンが生成する。これらのイオンは酸化剤として鋼材の溶解により生じたFe2+をFe3+に変え、α−FeOOH の生成を助長する。また、Mo,V,W系イオンはさびにカチオン選択性を付与しうることが知られており、本発明では、鋼面に生成したさびと第1の被膜中に含有させたFeさびとにカチオン選択性を付与して、さび安定化に有害な塩素イオンに対するバリア性をいっそう高めると考えられる。Mo,V,W系の化合物としては、リンモリブデン酸,モリブデン酸,モリブデン酸ナトリウム,酸化バナジウム(V) ,バナジウム酸カリウム,ピロバナジウム酸カリウム,メタバナジウム酸カリウム,バナジウム酸ナトリウム,メタバナジウム酸ナトリウム,リンタングステン酸,タングステン酸カリウム,タングステン酸ナトリウム,タングステン酸銅,タングステン酸カルシウム,タングステン酸ニッケルなどのいずれも好ましく用いうる。
【0032】また、本発明では、第2の被膜をなすブチラール樹脂にさらに、Ni,Cu,P,SO4 , Zn系の化合物のうちから選ばれた1種または2種以上を適宜添加してもよく、添加した場合、以下のような作用効果が期待できる。Ni,Cu系の化合物は、生成するさびを緻密化しさび層のバリア性を高める作用を有するので、表面処理鋼材の耐候性・耐食性を高めるのに有効である。特に、Ni系化合物は、飛来塩分粒子量の多い海岸地帯で緻密なさびを形成するのに有効である。
【0033】P系化合物は、樹脂の吸水によって電離したリン酸イオンとZn2+,Cu2+,Fe2+などの金属イオンとが、複雑で化学的に安定なリン酸被膜を形成するため、生成した安定さび層を保護するのに有効であると考えられる。SO4 系(硫酸系)化合物は、樹脂の吸水によって電離した硫酸イオンが、鋼材と被覆層(第1の被膜)との接着界面における鉄の腐食反応を加速するため、安定さび層の形成をさらに促進するのに有効である。
【0034】Zn系化合物は、Mo,V,W系イオンがさび層に付与するカチオン選択性を強化する作用があり、その添加によって塩素イオンに対する耐性が向上するため、飛来塩分粒子が多く腐食環境が厳しい海岸地帯でも、より優れた耐候性・耐食性を示すようになる。本発明において、第1の被膜、第2の被膜の形成には樹脂と無機化合物を溶質とする溶液を処理液として使用するが、溶質の配合量は特に限定されない。しかしながら、無機化合物の総量が、樹脂固形分100 に対する重量比で1に満たないとさび安定化効果が小さく、一方、150 を超えると無機化合物同士が直接接触する部分が多くなり、被膜の最表面から鋼表面に至る貫通孔が形成されて流れさびの防止が難しくなるので、無機化合物の総量は、樹脂固形分重量100 に対する重量比で1〜150 とすることが望ましい。
【0035】第1、第2の被膜は、前記処理液を処理対象面に塗布することにより形成されるが、塗布方法としては、刷毛塗り、スプレー、コーターなどのいずれも好ましく用いうる。第1の被膜(さび含有層)の平均膜厚(乾燥膜厚で表す。以下同じ)は、1.0μm未満では部分的に覆い残しが生じる可能性が高くなり、場所によって耐候性に格差が生じることが懸念されるため、1.0 μm以上が望ましい。なお、表面凹凸による不均一を勘案すれば、さらに好ましいのは5μm以上である。一方、第1の被膜の平均膜厚は、厚ければ厚いほど流れさび防止効果が大きいのであるが、コストとの兼ね合いから、50μm以下、より好ましくは20μm以下とするのがよい。
【0036】第2の被膜を設ける場合、その平均膜厚は、色彩効果を得る観点から3μm以上が好ましい。一方、樹脂被膜は、さび含有層への水等腐食因子の浸透防止の観点からは一般に厚いほど好ましいが、本発明では、早期に安定さびまたは保護性層を形成する目的から、適度に薄いものが好ましく、その平均膜厚の適正値は使用する樹脂の種類により異なるが、ブチラール樹脂を使用した場合には、50μm以下、より好ましくは20μm以下とするのがよい。
【0037】本発明が適用される鋼材の種類については、特に限定されない。すなわち、通常の耐候性鋼はもとより普通鋼にも本発明を適用することにより、第1の被膜あるいはさらに第2の被膜が、鋼表面で生じたさびまたは第1の被膜に添加したFeさび成分に作用して保護性を有する安定さび層または保護性を有するさび含有層を早期に形成するため、流れさびの防止や外観の均一性を確保できる。しかしながら、飛来塩分粒子量が非常に多い厳しい腐食環境では、上記保護性を有する安定さび層が形成されにくくなる。この場合は、耐候性鋼やNi添加鋼を用いると、母鋼材自体の保護性さび形成能力が被膜のそれと合わさって、保護性さびの早期形成を達成しうるので好ましい。
【0038】
【実施例】表1に示す化学組成になる各種鋼材から150 mm×70mm×6mmの試験片を採取し、試験片表面をショットブラストで清浄化し、残存油分をアルコールで除去後、試験片表面に表2に示す各種条件で第1の被膜を形成し、あるいはさらに表3に示す各種条件で第2の被膜を形成したサンプルについて、海岸地帯(飛来塩分粒子量0.5mg/dm2/day )にて、地面との傾斜角度30度の状態を保持した大気曝露試験を1年間行った。
【0039】
【表1】


【0040】
【表2】


【0041】
【表3】


【0042】曝露試験期間中、曝露サンプルの表面(日光が当たり乾燥しやすい面)と裏面(日光が当たらず乾燥しにくい面)について、1ヶ月おきに以下の調査を行った。
■流れさびの有無:サンプルを設置したコンクリート板の流れさびによる汚れ状態を目視観察して判定■表裏面のさび進行状況の差:目視観察して判定■さび形成期間:回収したサンプルを塩化メチレン溶液に浸漬し、超音波洗浄を行って被膜を除去した後、鋼表面に形成されたさびの面積率を目視で算定し、さび被覆面積率が80%以上となるまでの曝露期間で評価■生成したさびの形態:■と同じ方法で被膜を除去した後、鋼表面に形成されたさびの形態をX線回折装置やラマン分光分析装置を用いて同定上記■〜■の結果を表3に示す。なお、■、■、■は曝露1年後の結果のみ示した。
【0043】表3の結果より、本発明要件を充足する実施例では、流れさび発生が少なく、被膜下で腐食が早期にかつ均一に進行し、表裏面の外観の差が小さい。また、生成したさびの形態は、長期曝露により得られる保護さび層と同様のα−FeOOH 主体または非晶質さび主体のさびである。これに対し、本発明要件のどれか1つでも欠く比較例では、流れさび防止能、外観均一性、保護性さびの早期形成能の1または2以上の面で実施例に遠く及ばない。
【0044】
【発明の効果】かくして本発明によれば、大気腐食環境中で極めて長期にわたり十分な耐候性を持続しうる表面処理鋼材が実現し、この表面処理鋼材を建築構造物に適用することで、メインテナンス省略あるいはメインテナンス回数削減が図れるばかりか、この表面処理鋼材は塗膜密着性に優れるため、施工中の塗装作業で発生しがちなタッチアップによる塗膜剥離が少なくなり、その良好な耐候性を表面全域で均一に確保できるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】V- tプロット法の概要を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 鋼材の表面が、下記要件[1] および[2] を満たすFeさびを含有するブチラール樹脂からなる第1の被膜で覆われてなることを特徴とする耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。記[1] α-FeOOH、X線的非晶質さびの1種を、または2種以上を合計で、50質量%以上含むこと[2] ミクロ孔(:円相当径2nm以下の空隙)の全容積が20mL/g以上であること
【請求項2】 前記要件[2] に代えて下記要件[3] および[4] としたことを特徴とする請求項1記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
記[3] メソ孔(:円相当径2nm超100nm 以下の空隙)の全容積が400mm3/g以下であること[4] BET比表面積が50m2/g以上であること
【請求項3】 前記ブチラール樹脂がさらにZn系化合物を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
【請求項4】 前記ブチラール樹脂がさらに下記I群、II群の少なくとも何れかに属する1種または2種以上の化合物を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
記I群:Mo系化合物,W系化合物,V系化合物II群:P系化合物,Ni系化合物,Co系化合物,Al系化合物
【請求項5】 第1の被膜の表面が、Mo,W,V系の化合物から選ばれた1種または2種以上を含有するブチラール樹脂からなる第2の被膜で覆われてなることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
【請求項6】 第2の被膜をなすブチラール樹脂がさらに下記A群〜D群の少なくとも何れかに属する1種または2種以上の化合物を含有することを特徴とする請求項5記載の耐候性および外観均一性に優れる表面処理鋼材。
記A群:Ni系化合物,Cu系化合物B群:P系化合物C群:硫酸塩

【図1】
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