説明

耐塗膜膨れ腐食性に優れた自動車シャシ部材

【課題】Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を素材としてアーク溶接により構成した継手部に電着塗装を施した部材において、その継手部で起こる塗膜下膨れ腐食を抑制できる部材の製造方法を提供する。
【解決手段】溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板をアーク溶接で接合した部材の表面に、Zn、Ni、Co、Fe、Mn、Mgから選ばれた少なくとも1種以上のカチオンを0.01〜0.5モル/lと、硝酸イオンを0.01〜1.0モル/l含有する処理液によりリン酸塩処理皮膜を形成する工程と、続いてバルブメタルの塩とバルブメタルのフッ化物を含有する処理液により化成処理皮膜を形成する工程により、リン酸塩処理皮膜と電着塗装塗膜の密着性を更に向上させ、塗膜下膨れ腐食の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛系めっき鋼板を素材とし、アーク溶接法で組み立てるフレームや自動車シャシに用いられる足回り部材であって、組み立て後に電着塗装を施して使用される部材に関し、特にアーク溶接部の耐塗膜膨れ腐食性に優れる自動車シャシ部材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車シャシ等の足回り部材は、主に熱延鋼板を素材としてプレス成形により目的の形状に加工した部品を製作し、それらをアーク溶接により接合することによって組み立てられる。そして、その後、塗膜密着性を付与するためにリン酸塩処理を施し、更にカチオン電着塗装を施して使用に供される。
【0003】
熱延鋼板を素材としてアーク溶接を用いて接合した部材では、電着塗装を施した後でも、アーク溶接による熱影響部の耐食性が低下しやすい。これは、アーク溶接時の溶接入熱によって熱影響部の表面に酸化スケールが生成し、その上に電着塗装の皮膜が形成されるため、足回り部材として使用中に走行時の振動による疲労によって酸化スケールが電着塗装皮膜とともに剥離、脱離してしまうためと考えられる。
【0004】
近年、足回り部材の軽量化や長寿命化が望まれるようになり、そのため足回り部材の素材に高強度化や防錆性能向上が求められるようになった。防錆性能向上のためには、亜鉛めっき鋼板に代えて、より高耐食性のめっき鋼板であるZn−Al−Mg系合金めっき鋼板を用いれば、上記の熱影響部の耐食性は大幅に改善される。また、それによって、電着塗装皮膜の厚さも低減することもできる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−241495号
【特許文献2】特開2005−290551号
【特許文献3】特開2007−182600号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を素材として、アーク溶接により構成した継手部に電着塗装を施すと、その継手部ではめっき層と塗膜との界面(断面で観察すると塗膜の下にあたる)で優先的に腐食が進行し、塗膜が膨れを起こしてしまう、いわゆる「塗膜下膨れ腐食」を起こすことが知られている。この現象は、塗膜密着性を得るために前処理として行われるリン酸塩処理の際に、処理液中に含まれるNi成分がZn−Al−Mg系合金めっき層の表面に置換析出し、このNi析出層とめっき層中のZn2Mgの間で電位差腐食を起こすためと考えられている。
【0007】
発明者らは、リン酸塩処理皮膜を改質することにより、この塗膜下膨れ腐食性を改善する技術を、特許文献1で提案している。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、電着塗装の前処理として、リン酸塩処理に加え、新たに封止処理をこれと組合せる二重化成処理を行うことによって、リン酸塩処理皮膜と電着塗装塗膜の密着性を更に向上させ、塗膜下膨れ腐食の課題を解決するものである。
【0009】
特許文献2、特許文献3には、Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を含む亜鉛系めっき鋼板を素材とし、これにリン酸塩処理の前処理に続き、もう1工程の化成処理皮膜を形成することによって、塗膜の密着性を向上させる技術が開示されている。しかし、いずれもアーク溶接により構成した継手部材ではなく、熱影響部の塗膜下膨れ腐食を課題としたものでもない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従来の自動車シャシ等の足回り部材で問題になっていた、アーク溶接部の耐食性低下を回避することができ、Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を素材として長寿命な足回り部材を構成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】促進腐食試験条件(CCT−JASO法)
【図2】促進腐食試験後の、最大塗膜膨れ幅の評価方法を示す模式図
【図3】促進腐食試験(180サイクル)後の最大塗膜膨れ幅
【図4】促進腐食試験(180サイクル)後の塗膜下の腐食先端部の断面観察結果
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明が対象としている自動車シャシ等の足回り部材とは、Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を素材として成形加工した部品をアーク溶接により接合した部材であって、切断端面、打抜き面、穴開け部など板厚方向の断面が露出している部分を除く表面に溶融Zn−Al−Mg系合金めっき層を有するものをいう。
【0013】
Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板は、通常、溶融めっき法によって工業的に製造された溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板である。 その溶融Zn−Al−Mg系合金めっきの組成は、質量%で、Al:3.0〜22.0%、Mg:0.05〜10.0%、Ti:0〜0.10%、B:0〜0.05%、Si:0〜2.0%、Fe:0〜2.0%、残部Znおよび不可避的不純物からなるものであることがより好適である。
【0014】
前記溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板のめっき原板は、例えば、質量%で、C:0.005〜0.25%、Si:0.01〜1.50%、Mn:0.05〜3.00%、Al:0.005〜0.100%、Ti:0.010〜0.200%、B:0.0001〜0.0100%であり、必要に応じてさらにNb、Cr、Mo、Pの1種以上を合計1.00%以下の範囲で含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるものであることがより好適である。
【0015】
上記Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を用いて自動車シャシ部材を製造する際にはアーク溶接を用いる。これは、アーク溶接法は、溶接速度が大きく生産性が高いことから部材の製造にあたって好んで用いられるものである。しかし、本発明では、溶接電流、アーク電圧、溶接速度といったアーク溶接条件は特に限定されない。アーク溶接法ではシールドガスとして一般にAr、CO2またはAr+CO2の混合ガスが使用されるが、本発明ではシールドガスの種類、組成は特に限定されない。また、溶接ワイヤーも特に限定されず、軟鋼用のYGW12、Znめっき用のYGW14、590〜780MPa級高張力鋼用のYGW21等を用いればよい。
【0016】
リン酸塩皮膜は、めっき層表面の被覆率を50面積%以上とすることにより、十分な塗膜密着性が得られる。ただし、リン酸塩処理液は、リン酸イオン濃度を0.03〜0.5モル/lの範囲に調整することが好ましい。0.03モル/l未満では短時間処理でリン酸塩結晶を十分に析出せず、逆に0.5mol/lを越えるとリン酸塩処理液の安定性が低下する。また、リン酸塩処理は、液温40〜80℃で実施されることが好ましい。液温40℃未満では短時間処理でのリン酸塩結晶の析出が不十分となり、80℃を越えるとリン酸塩処理液の安定性が低下し、連続操業での濃度管理が難しくなる。
溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板をリン酸塩処理するので、めっき層から溶出したAlがリン酸塩反応を阻害することが懸念されるが、リン酸塩処理液にフッ化物を添加することにより溶出Alの悪影響を抑制できる。その際、フリーのフッ素イオン濃度を30ppm以上に維持することが好ましい。
【0017】
電着塗装は、一般的にはpHを5.5〜9.0の範囲内に調整した電着浴を浴温15〜35℃、負荷電圧100〜400Vの条件で行うことができる。また、焼付温度は約120〜200℃の範囲内が適しており、焼付時間は5〜60分程度とするのが好ましい。
【0018】
化成皮膜は、隣接リン酸塩結晶の間で露出しているめっき層の表面に形成される。化成皮膜の膜厚が0.001μm以上で環境遮断能、自己修復作用を発揮するようになるが、厚く成長しすぎると電着塗膜との密着性におよぼすリン酸塩処理の効果が損なわれるので、リン酸塩結晶の平均高さの10%以下に化成皮膜の膜厚を制御することが好ましい。また、化成皮膜はその自己修復作用により、皮膜欠陥部を起点とする腐食の発生を大幅に減少させるといわれている。本発明においても、化成皮膜が自己修復作用を発揮することで、Ni析出層とめっき層中のZn2Mgの間での電位差腐食を起因とするめっき層と塗膜との界面での優先的な腐食の進行が抑制されたと推定される。
【実施例1】
【0019】
<供試材>
めっき原板として C:0.13%、Si:0.10%、Mn:1.62%、Ti:0.02%、Nb:0.04%を含有する板厚2.3mmを用い、連続溶融Zn−Al−Mg合金めっき設備により、片面あたり付着量が50g/m2のZn−Al−Mg合金めっき鋼板を製造した。これから、サイズ100mm×100mmの試験片を切り出し、この試験片2枚を50mmずつ重ねて、下記のアーク溶接条件にて、重ね隅肉溶接により溶接継手を構成した。
【0020】
[アーク溶接条件]
溶接電流 180A、アーク電圧 22V
溶接速度 0.6m/分
板間ギャップ 1.0mm
溶接ワイヤー YGW14(大同 DS1Z)
成分 C:0.06%、Si:0.57%、Mn:1.87%
溶接ガス Ar+20vol%CO2ガス
【0021】
重ね隅肉溶接継手に、脱脂、表面調整、前処理(リン酸塩処理、化成処理)、そしてカチオン電着塗装をそれぞれ下記に示す順序と条件で施した。
[脱脂] 日本パーカライジング製 ファインクリーナー E2011 濃度18g/l、温度45℃、スプレー処理
[表面調整] 日本パーカライジング製 プレパレンX 濃度1.5g/l 温度25℃ 30秒間の浸漬処理
[前処理]
試験片に、表1に示す組合せの前処理を施した。試験片No.1,3,4は、表2に示した種類のリン酸塩処理のみである。試験片No.2は、試験片No.1と同一のリン酸塩処理の後で化成処理を施した。リン酸塩処理の条件は、処理温度40℃、処理時間2min、処理方法は浸漬処理である。各リン酸塩処理液の組成は、表2のとおりである。
【0022】
化成処理液の成分は表3に示したものを用いた。f−Fとは、フリーのフッ素イオン濃度を示している。また、pH4.7、処理温度25℃、処理時間40s、処理方法は浸漬処理にて実施した。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
[カチオン電着塗装]
デュポン神東製 サクセード#80V(黒)膜厚15μm、焼付温度:140℃、焼付時間:20min
【0027】
電着塗装した供試材に、次の条件による促進腐食試験を行った。その条件を図1に示す。所要時間が1サイクルあたり8時間の処理を180サイクル繰り返した。なお、隅肉溶接継手の周囲(エッジ部)は、塗料によりシールを施した。
【0028】
No.1〜4の各試験片について、カチオン電着塗装前の時点ですみ肉溶接継手の溶接部熱影響部の近傍の表面に形成されたリン酸塩処理皮膜、化成処理皮膜を調査した。
測定方法は、表4のとおりである。リン酸塩処理皮膜の付着量は、室温の二クロム酸アンモニウム水溶液(二クロム酸アンモニウム:20g/l、濃アンモニウム:480g/l)に15分間浸漬し、リン酸塩結晶を溶解させた後、試験片の重量変化を測定することで付着量を求めた。また、走査型電子顕微鏡(SEM 日本電子製、JSM−840)を用いて、サンプルの表面を1000倍で5視野観察し、リン酸塩結晶の生成部と未生成部を区別した後、その平均値からリン酸塩処理の被覆率を算出した。
化成処理皮膜のZr付着量をICP発光分析装置(SHIMADZU製、ICPS−8100)を用いた化学分析により測定し、さらに形成された化成処理皮膜を蛍光X線、ESCA等で元素分析することで化成処理皮膜中の原子濃度を測定した。
【0029】
【表4】

【0030】
促進腐食試験後の供試材について、溶接熱影響部付近の最大塗膜膨れ幅を測定した。図2は、最大塗膜膨れ幅の説明である。図3にその結果を示す。また、図4に、塗膜下の腐食先端部の断面観察の結果を示す。
これまで一般的に行われてきたリン酸塩処理のみを行って電着塗膜を形成した試験片No.1、3,4では、最大塗膜下膨れ幅が7mm前後に及んでいた。これに対し、リン酸塩処理のあと、本発明の化成処理を施した試験片No.2の最大塗膜膨れ幅は試験片No.1の約1/3に抑えられており、化成処理の効果が認められた。
断面を観察すると、試験片No.1はめっき層と電着塗膜の界面に優先腐食が進み、界面の一部には腐食生成物により塗膜下で膨れが生じている。一方、本発明のリン酸塩処理と封止処理を組合せた二重化成処理を行った試験片No.2は、めっき層と電着塗膜の界面に優先的な腐食の進行が見られず、塗膜下腐食の先端部までめっき層全体が腐食しており、膨れ腐食は起こっていない。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板をアーク溶接で接合する工程と、
接合した部材の表面に、Zn、Ni、Co、Fe、Mn、Mgから選ばれた少なくとも1種以上のカチオンを0.01〜0.5モル/lと、硝酸イオンを0.01〜1.0モル/l含有する処理液によりリン酸塩処理皮膜を形成する工程と、
続いて、バルブメタルの塩とバルブメタルのフッ化物を含有する処理液により化成処理皮膜を形成する工程と、
を含むことを特徴とする耐塗膜膨れ腐食性に優れた自動車シャシ部材の製造方法。
【請求項2】
バルブメタルがTi、Zr、V、Mo、Wから選ばれた1種または2種以上であることを特徴とする請求項1に記載の耐塗膜膨れ腐食性に優れた自動車シャシ部材の製造方法。





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−214845(P2012−214845A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−80990(P2011−80990)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】