説明

耐応力腐食割れ性に優れた溶接可能な鍛造用アルミニウム合金およびそれを用いた鍛造品

【課題】 耐応力腐食割れ性に優れ、溶接可能であって、特に溶接後の状態でも耐応力腐食割れ性に優れた、Al−Zn−Mg系の高強度鍛造用アルミニウム材料を提供する。
【解決手段】 Zn3.9%を越え5.0%以下、Mg0.1〜1.0%を含有し、かつZn+Mgの合計量が6.0%以下であり、さらにCu0.02〜0.20%を含有し、しかもMn0.20〜0.70%、Cr0.10〜0.30%、Zr0.05〜0.30%、V0.01〜0.10%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、かつMn、Cr、Zr、Vの合計量が0.25%以上であり、さらにTi0.01〜0.20%、B0.001〜0.05%、C0.01〜0.5%のうちから選ばれた1種または2種以上を含み、残部が実質的にAlよりなる鍛造用アルミニウム合金。Zn+Mgの合計量は、5.5%以下とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一般溶接構造部品、航空機、鉄道車両、自動車等、あらゆる分野の高強度が要求される構造部材用として好適に使用される鍛造用高強度アルミニウム合金、およびその合金を用いた鍛造品に関するものであり、特に耐応力腐食割れ性に優れると同時に、溶接が可能な鍛造用アルミニウム合金、および鍛造品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、高強度を必要とする各種構造材あるいは各種部品等に使用される鍛造用アルミニウム合金としては、7050合金、7075合金、7175合金、7475合金、7N01合金等のAl−Zn−Mg−Cu系合金もしくはAl−Zn−Mg系の合金が多用されている。
【0003】
ところで各種構造材や部品などについては、近年はよりその形状が複雑化する傾向が強く、また製造コストの低減の要請も強いため、鍛造用としては型鍛造材より自由鍛造材が多く用いられるようになっており、また鍛造後に溶接を行なうケースも増えてきている。しかしながら、前述のような従来の鍛造用合金のうち、7050合金、7075合金、7175合金、7475合金は、いずれも溶接性が著しく劣り、そのため鍛造後に溶接する用途には適用することが困難であり、そこで溶接を必要とする場合には、強度を若干犠牲にして7N01合金を用いることがある。
【0004】
具体的には、JIS H4140 アルミニウムおよびアルミニウム鍛造合金(自由鍛造材)に規定される数値を示せば、A7050FH−T7452材では、最大厚みが50〜80mmの場合、L方向で引張強さ495N/mm2以上、耐力420N/mm2以上、伸び9%以上とされているのに対し、A7N01FH−T6材では、最大厚み150mm以下、L方向で引張強さ335N/mm2以上、耐力275N/mm2以上、伸び10%以上とされていて、A7050FH−T7452材と比べて、引張強さ、耐力がともに約30%低下する。
【0005】
一方、前述のような用途について、溶接が可能なAl−Mg系合金(例えば5083合金)を用いる場合もあるが、Al−Mg系合金はAl−Zn−Mg−Cu系合金またはAl−Zn−Mg系合金と比べて強度がかなり低いため、構造材や部品として所望の強さを得るためには厚肉化が必要となり、そのため重量増加を招いてしまう。
【0006】
具体的には、JIS H4140によれば、A5083FH−O材については、最大厚み200mm以下の場合、L方向で引張強さ275N/mm2以上、耐力120N/mm2以上、伸び16%以上とされており、A7050FH−T7452材と比べて、引張強さは約40%の低下、耐力は約70%の低下となり、またA7N01FH−T6材に対しても引張強さは約20%低下、耐力は約60%の低下となってしまう。
【0007】
そこで、種々の複雑な形状を有する構造材や部品向けの材料として、高強度を有し、しかも溶接、特に自由鍛造が可能な材料の開発が強く求められている。
【0008】
一方、一般に高強度材と称されているAl−Zn−Mg−Cu系合金やAl−Zn−Mg系合金の場合、高強度になるほど応力腐食割れが生じやすくなること、すなわち応力腐食割れ感受性が増大するという問題がある。このような応力腐食割れの問題に対しては、従来から微量元素の添加、組織の形状や方向の制御、熱処理などを組み合わせる対策が従来から講じられている(例えば非特許文献1参照)。
【0009】
具体的には、先ず微量元素の効果としては、Mn、Cr、Ti、Zr、V等を添加することにより、結晶粒が微細となって応力腐食割れ感受性が緩和させることが知られており、既にこれらの元素を含有した合金が実用化されている。また組織の形状や方向の制御としては、再結晶組織を避けて、長手方向に一様な繊維状組織(ファイバー組織)とすることにより応力腐食割れ感受性を緩和させることが公知であり、高強度材でも押出形材の場合は、このような組織制御により耐応力腐食割れ性が良好となることが知られている(例えば特許文献1参照)。さらに熱処理としては、主に時効条件を過時効状態(調質T73、T74等)にすることによって若干強度を下げ、応力腐食割れ感受性を緩和させる方法が一般的に多く用いられている(例えば非特許文献2参照)。また結晶粒径を制御することにより応力腐食割れ感受性を防ぐ方法も知られている(例えば特許文献2、特許文献3参照)
【特許文献1】特開平11−6044号公報
【特許文献2】特開平9−287046号公報
【特許文献3】特開平11−1737号公報
【非特許文献1】「アルミニウムの組織と性質」1991年、296頁〜322頁、軽金属学会
【非特許文献2】「Aluminium,4」1968年、403頁〜411頁、W.Gruhl and H.Cordier
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のようなAl−Zn−Mg−Cu系合金やAl−Zn−Mg系合金などの高強度材に対する応力腐食割れ感受性の緩和策のうち、微量添加元素による効果は、鍛造材のままの状態で用いる場合は有効であり、また、熱処理による対策も鍛造後に行なうことにより効果が得られ、耐応力腐食割れ性の良好な鍛造材を得ることが可能である。
【0011】
しかしながら、鍛造材に対して溶接を行なった場合には、溶接時の入熱によって、微量元素により得られていた微細な結晶粒が粒成長して粗大化し、また繊維状組織は部分的に分断されて再結晶組織となってしまい、耐応力腐食割れ性向上の効果が失われてしまうおそれがある。さらに、溶接部近傍はT4調質の領域が形成されるため、過時効の状態がキャンセルされてしまい、その結果、部分的に耐応力腐食割れ性に優れた部位と劣る部位が混合した製品となってしまう危険性がある。ここで、溶接施工後に熱処理を施すことも可能ではあるが、製品形状やサイズによっては熱処理を行えない場合も多く、したがってこれも完全な対策とはなり得ない。
【0012】
そこで、鍛造後に溶接が行われて再結晶組織が生成されても、応力腐食割れ感受性が変わらない高強度の合金材料を開発することが望まれており、そのような合金材料が実現すれば、種々の製品への適用が可能となるとともに、複雑形状の構造部材、部品を製造することが可能となり、その用途を広げることができる。
【0013】
なおここで、高強度のAl−Zn−Mg−Cu系合金またはAl−Zn−Mg系合金(7050合金、7075合金、7175合金、7475合金等)は、従来一般には、前述のように溶接性に適さない合金とされており、そこで鍛造用アルミニウム合金としては、少なくともA7N01FH−T6レベルの高強度を有していて、しかも溶接可能でかつ耐応力腐食割れ性にも優れていることが強く求められている。
【0014】
この発明は以上の事情を背景としてなされたもので、自由鍛造に適した鍛造用合金として少なくともA7NO1FH−T6レベルの高強度を有していて、しかも鍛造後の溶接が可能であり、さらに耐応力腐食割れ性に優れていて、鍛造後の溶接により再結晶組織が生成されても、充分な耐応力腐食割れ性を維持することが可能な鍛造用Al−Zn−Mg系合金を提供することを課題とするものである。また同時にその鍛造用合金を用いた鍛造品を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明等は前述の課題を解決するために種々検討を重ねた結果、Al−Zn−Mg系合金をベースとして、そのZn、Mg、Cu等の添加量を適切に制御することにより、強度を損うことなく、L方向、LT方向、ST方向のいずれの方向(各方向の定義については後に改めて示す)において再結晶組織が生成されても応力腐食割れが生じにくい高強度アルミニウム合金が得られることを見出した。そしてまたこのように適切な成分調整を行なった合金を用いた鍛造材では、鍛造後の溶接も可能であって、溶接後の強度も約1ヶ月の自然時効により母材の80%まで回復し、なおかつ、母材と同等の耐応力腐食割れ性も有することを見出し、この発明をなすに至った。
【0016】
具体的には請求項1の発明の鍛造用アルミニウム合金は、Zn3.9%を越え5.0%以下、Mg0.1〜1.0%を含有し、しかもZnおよびMgの合計量が6.0%以下であり、さらにCu0.02〜0.20%を含有し、またMn0.20〜0.70%、Cr0.10〜0.30%、Zr0.05〜0.30%、V0.01〜0.10%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、かつMn、Cr、Zr、Vの合計量が0.25%以上であり、さらにTi0.01〜0.20%、B0.001〜0.05%、C0.01〜0.5%のうちから選ばれた1種または2種以上を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなることを特徴とするものである。
【0017】
また請求項2の発明の鍛造用アルミニウム合金は、請求項1に記載の鍛造用アルミニウム合金において、さらにZnおよびMgの合計量が5.5%以下とされていることを特徴とするものである。
【0018】
さらに請求項3の発明のアルミニウム合金鍛造品は、請求項1もしくは請求項2に記載の鍛造用アルミニウム合金を用いて製造したアルミニウム合金鍛造品であって、該アルミニウム合金鍛造品を溶接した後1ヶ月間の自然時効により鍛造品溶接材の引張強さが鍛造品母材の80%以上まで回復することを特徴とするものである。
【0019】
また請求項4の発明のアルミニウム合金鍛造品は、請求項1もしくは請求項2に記載の鍛造用アルミニウム合金を用いて製造したアルミニウム合金鍛造品であって、該アルミニウム合金鍛造品を溶接した鍛造品溶接材が、鍛造品母材と実質的に同等の耐応力腐食割れ性を有することを特徴とするものである。
【0020】
さらに請求項5の発明のアルミニウム合金鍛造品は、請求項1もしくは請求項2に記載の鍛造用アルミニウム合金を用いて製造したアルミニウム合金鍛造品であって、該アルミニウム合金鍛造品を溶接した後1ヶ月間の自然時効を行なった鍛造品溶接材の伸びが16.5%以上であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0021】
この発明によれば、Al−Zn−Mg系合金の成分組成を適切に調整することにより、耐応力腐食割れ性に優れ、また溶接が可能であって、溶接により再結晶組織が生じても、充分な耐応力腐食割れ性を維持できるとともに、溶接後も高強度を維持することが可能な鍛造用アルミニウム合金を提供することができる。したがってこの発明の鍛造用アルミニウム合金は、溶接を施して使用される鍛造材向けの合金として、一般構造溶接部材や、航空機、鉄道車両、自動車など、高強度が要求されるあらゆる部材、部品に広く適用することができ、多様化する製品ニーズに対応することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
まずこの発明の鍛造用アルミニウム合金における成分元素の添加理由について説明する。
【0023】
Zn:
Znは材料に強度を付与するための必須元素である。すなわちZnは析出効果により、またMgと結合して合金相を生成し、鍛造材の強度を保つ元素である。ここで、Znの含有量が3.9%以下では充分な強度が得られず、一方Zn量が5.0%を越えた場合、強度は向上するが、耐応力腐食割れ性が低下する。したがって、この発明におけるZnの添加量範囲は、3.9%を越え5.0%以下とした。なお構造部材、部品として高強度を保ちつつ良好な耐応力腐食割れ性を得るためのZn量の望ましい範囲は、3.9%を越え4.5%以下である。
【0024】
Mg:
MgもZnと同様に強度を付与する元素であり、析出効果により、またZnと結合して合金相を生成して鍛造材の強度を保つために寄与する。ここで、Mg含有量が0.1%未満では充分な強度が得られず、一方1.0%を越えれば、強度は向上するが、耐応力腐食割れ性が著しく低下する。したがってこの発明におけるMgの添加量範囲は、0.1〜1.0%とした。なお構造部材、部品として高強度を保ちつつ良好な耐応力腐食割れ性を得るためのMg量の望ましい範囲は、0.5〜1.0%である。
【0025】
Zn+Mg:
ZnおよびMgはいずれも前述のように強度に寄与すると同時に耐応力腐食割れ性に影響を与えるから、この発明ではZnおよびMgの合計量をも規制することとした。ZnおよびMgの合計量が6.0%を越えれば、強度は向上するものの、耐応力腐食割れ性が著しく低下する。したがって、この発明においては、Zn+Mgの合計添加量を、6.0%以下と規定した。なお構造部材、部品として高強度を保ちつつ良好な耐応力腐食割れ性を得るためのZn+Mgの望ましい範囲は、4.5%以上、5.5%以下であり、さらに望ましい範囲は、4.5%以上、5.0%以下である。
【0026】
Cu:
Cuは、アルミニウムマトリックスに固溶して、固溶体中の溶質の過飽和度を上げるなどして、強度を付与する元素である。Cuの含有量が0.02%未満では、充分な強度向上効果が得られず、一方0.2%を越えれば、強度は向上するが耐応力腐食割れ性が著しく低下し、さらには溶接割れを発生させる危険性も生じる。したがって構造部材、部品として高強度を保ちつつ良好な耐応力腐食割れ性を得、かつ溶接性も良好とするためには、Cu量は0.05〜0.20%の範囲内とする必要がある。
【0027】
Mn、Cr、Zr、V:
Mn、Cr、Zr、Vは、再結晶粒の微細化に有効であり、ひいては耐応力腐食割れ性の向上に寄与する元素である。すなわちこれらの元素はアルミニウムと結合して、Al−Mn、Al−Cr、Al−Zr、Al−Vの化合物を作り、これらの化合物が再結晶粒微細化に寄与し、耐応力腐食割れ性を向上させる。それぞれの含有量が下限(Mn0.20%、Cr0.10%、Zr0.05%、V0.01%)未満ではこれらの効果が充分に得られず、一方上限(Mn0.70%,Cr0.30%、Zr0.30%,V0.10%)を越えれば、巨大な金属間化合物を生成し、強度低下を招く原因となるから、それぞれの含有量の上限、下限を定めた。ここで、再結晶粒を微細化して耐応力腐食割れ性を向上させるためには、これらの元素のうち、1種または2種以上を添加すれば良い。なお、Cr、Zr、Vの各添加量の上限がMnの添加量上限と比べて低いのは、Cr、Zr、Vの添加量を多くすれば、焼き入れ感受性が敏感になり、強度低下を招くからである。またここで、Mn、Cr、Zr、Vの合計量も重要であり、これらの元素の合計量が0.25%未満では再結晶粒微細化、耐応力腐食割れ性の向上効果が充分に得られないから、これらのMn+Cr+Zr+Vの合計添加量を0.25%以上とする。さらに望ましくは、これらの合計量は0.40%以上とする。
【0028】
Ti、B、C:
Tiは通常のアルミニウム合金において鋳造組織の微細化のために添加される元素であるが、この発明の場合、Tiの添加は鋳造組織の微細化のみならず、再結晶粒の微細化、ひいては溶接後の耐応力腐食割れ性のためにも有効である。またBはTiとともに鋳塊組織微細化のために添加することが多い元素であるが、この発明の場合、Tiとともに添加することによって、鋳塊組織の微細化のみならず、再結晶粒の微細化にも寄与する。さらにCも、Tiとともに添加することにより再結晶粒微細化の効果が得られる。ここで、Tiが0.01%未満、Bが0.001%未満、Cが0.01%未満では、再結晶粒微細化の効果が充分に得られず、一方Tiが0.20%、Bが0.05%、Cが0.5%を越えれば、その効果は飽和するばかりでなく、粗大化合物の生成のおそれがあり、そこでTiは0.01〜0.20%、Bは0.001〜0.05%、Cは0.01〜0.5%の範囲内とした。なおこれらのTi、B、Cはいずれか1種または2種以上を添加すれば良いが、BはTiとともに添加することによってその効果を最大限に発揮でき、またCもTiとともに添加することによってその効果を最大限に発揮することができるから、B,Cは、それぞれTiとともに添加することがのぞましい。
【0029】
以上のような各元素の残部は、基本的にはAlおよび不可避的不純物とすれば良い。なお一般のアルミニウム合金には、不可避的不純物としてFe、Siが含まれるのが通常である。これらのFe、Siは、通常使用される地金に含まれる不純物量程度であれば特に問題がなく、この発明においても特に積極的に添加するものではない。通常使用される工業純度の99.7%アルミニウム地金においては、Feは0.15%以下、Si0.10%以下程度含有されることが多く、この発明においては、Fe0.20%以下、Si0.15%以下程度までは特に支障はない。
【0030】
この発明においては、以上のような成分組成の鍛造用アルミニウム合金、およびそれを用いた鍛造品を規定している。ここで、アルミニウム合金の鍛造方法としては、一般に冷間鍛造および熱間鍛造があるが、この発明では特に限定されるものではない。前者の冷間鍛造は、室温で鍛造されるため、材料の変形抵抗が高く、そのため鍛造時の加圧力も高くする必要があり、したがって小サイズに限定されるのが通常である。一方熱間鍛造は、再結晶温度以上、固相線温度未満の温度範囲(約300〜500℃)で行われ、大小様々なサイズの製品に対応することができる。
【0031】
鍛造品は、一般に自由鍛造品と型鍛造品に分類される。自由鍛造品は油圧プレスあるいはハンマを用いて金敷の上で鍛造されるものであり、基本形状は角柱、円柱、円板、棒、リング等であり、後述するような型鍛造が不可能な大物鍛造品を製造する場合に用いるのが通常である。一方型鍛造品は、金型を用いて複雑な形状の製品を製造する方法であり、ブロッカタイプ鍛造品、普通級鍛造品、精密級鍛造品に細分類される。いずれの工法も最終形状に近い形まで鍛造するため、複数回の鍛造や寸法精度の高い金型が必要となり、生産数量が少ない場合はコスト高になる反面、メタルフローを分断せずに加工でき、そのため機械的特性の低減も少ないという利点がある。
【0032】
次に鍛造品の機械的特性について説明する。一般に鍛造品の機械的特性は、鍛錬成形比(鍛造比または鍛錬比とも言われる)とメタルフローによって影響される。鍛造における材料の鍛錬成形比は三方向の主ひずみ中、常に最大ひずみの方向の変形比で表され、通常、JISG0701「鋼材鍛錬作業の鍛錬成形比の表し方」に規定された方法で示されることが多い。また、鍛錬成形比の増加にしたがって機械的特性も改善されため、高特性を得たい場合には、高い鍛錬比での成形が望まれる。ここで、一般に鍛造などにより、塑性変形を受けた材料は、メタルフローによって機械的な性質の異方性を生ずる。機械的強さと伸びは、メタルフローと平行な方向(L方向)で最も優れ、メタルフローに直角で、鍛造のプレス方向に平行な方向(ST方向)では劣る。さらにL方向とST方向に直角な方向(LT方向)では中間の性質を示す。
【0033】
この発明において、鍛造品の製造工程は特に限定されるものではないが、半連続水冷鋳造等の一般的な鋳造法により得られた鋳塊に、所定の温度にて均質化処理を施し、所定のサイズに加工した後、冷間鍛造を適用する場合は室温にて油圧プレスやハンマにて鍛造を行ない、一方熱間鍛造を適用する場合には、鋳塊を300〜500℃程度に加熱して、鍛造を行う。この場合製品のサイズや形状によっては、加熱、鍛造を数回繰り返すこともある。その後、熱処理合金の場合は溶体化処理、焼入れ、時効処理を施し、出荷前検査等を行なうことにより、一連の工程が完了する。非熱処理合金の場合は鍛造後に出荷前検査等を行なうことにより、一連の工程が完了する。
【0034】
この発明においては、前述のような一般的な鍛造方法を用いて得られる素材の合金成分組成を適切に制御することにより、L、LT、ST方向いずれにおいて再結晶組織を有していても、応力腐食割れ発生がなく、かつ構造部材に必要な強度の確保を実現することができた。
【実施例】
【0035】
次にこの発明の実施例として、自由鍛造により作製したブロック状の鍛造材を用いて、各種特性の調査を行った。以下に、鍛造材の材料製造工程および調査結果を示す。
【0036】
先ず鍛造材の材料製造工程について説明する。
【0037】
表1および表2の合金No.1〜No.26に示す成分組成の各合金を用いて、半連続水冷鋳造により外径345mm×長さ3000mmの鋳塊を得た後、460℃で26時間の均質化処理を行ない、超音波探傷検査を実施し、内部欠陥の有無を確認した。さらに外径を320mmφに切削加工し、表面の酸化皮膜等を除去して、長さ400mmに切断し、鍛造用のスラブを作製した。さらに、このスラブを誘導過熱により420℃に加熱し、断面寸法が高さ100mm×幅200mm×長さ1700mmのブロック状に鍛造加工した。なお、鍛錬比は6とした。その後、460℃×4時間の溶体化処理を行なった後、80℃の温水にて焼入れ、105℃×8Hr+155℃×16Hrの2段時効によるT6処理を実施した。
【0038】
得られたブロック状の鍛造加工材(母材)について、次のように機械的特性を調べた。すなわち、ブロック状鍛造加工材から、JIS Z2201に基づく試験片を、各メタルフロー(L、LT、ST)方向(図1参照)に平行に断面の中心部から2本ずつ採取して、JIS Z2241に基づき引張試験を実施し、引張強さ、耐力、伸びをそれぞれ求めた。
【0039】
また、前記ブロック状鍛造加工材(母材)の結晶粒形状および結晶粒径を、次のようにして調べた。すなわち、ブロックの中心部から、L−LT,LT−ST,L−ST断面の組織が観察できるように20mm角の試験片を採取し、バーカー法によるエッチングを施した後、光学顕微鏡にて結晶粒の形状を確認するとともに、100倍の組織写真を5視野撮影し、その写真からJIS H0501に規定する切断法にて結晶粒径を求め、5視野の平均値を平均結晶粒径とした。
【0040】
さらに、前記ブロック状鍛造加工材(母材)の耐応力腐食割れ性次のようにして評価した。すなわち、JIS H8711に基づいて、定荷重方式(Cリング試験片)による耐応力腐食割れ性試験を実施した。試験片は、前述のブロック状鍛造加工材材から採取し(n=3個)、最大負荷がかかる方向をST方向とした(図3参照)。試験方法としては、燐酸クロム酸試験液に所定時間浸漬を行う連続浸漬法を採用して、割れの有無を目視評価した。耐応力腐食割れ試験液としては、1l(リットル)のイオン交換により得た純水に、酸化クロム(無水クロム酸)36g,二酸化カリウム(重クロム酸カリウム)30g、塩化ナトリウム3gを混合した溶液を用い、この試験液に前記試験片を浸漬し、15分毎に60分まで割れの有無を確認し、以降30分毎に割れの有無を観察し、最長420分試験を行なった。そして、最低1つの試験片に割れが発生した時点で試験を終了させた。なお、各試験片に負荷する応力としては、それぞれの実耐力値の75%と比較材A7N01FD−T6の実耐力値の75%(225N/mm2)の2種類を採用した。
【0041】
次に、前述のようにして得られた鍛造加工材にを用いて溶接を行ない、その溶接材について、溶接割れ試験を、図3に示すようなフィッシュボーン形溶接割れ試験片にて行なった。すなわち、前述の鍛造加工材から、肉厚3mmの所定の大きさ(66.8mm×105mm)のフィッシュボーン形溶接割れ試験片を各5枚ずつ作製した。そしてティグ溶接法により、溶加材を用いないノーフィラーでの溶接と、溶加材A5356BY(φ2.4mm)を用いた溶接との2種類の溶接法により、表3に示す条件で、試験片の切り込みの浅い方から深い方に向かって溶接を行なった。溶接割れ性は、発生した割れの長さをノギスにて測定して評価した。評価基準は、5枚の溶接割れ長さの平均値が0〜75mm未満を○、75〜100mm未満を△、100mm(全割れ)を×とした。
【0042】
また溶接材についての機械的特性を次のようにして調べた。すなわち、強度測定方法については、前述のブロック状鍛造加工材から板材を切り出し、I開先の1パスのティグ溶接(突合せ)にて溶接材を作製した(図4参照)。溶加材としては、A5356BY(φ2.4mm)を用いた。溶接実施後、1ヶ月間室温(25℃)にて自然時効を行い、JIS Z2201に基づく引張試験片13B号にてJIS Z2241に基づく引張試験を実施した。なお、試験片は溶接ビードをつけたままの状態でそれぞれn=3本試験を行なった。
【0043】
次に溶接材についての耐応力腐食割れ性を、JISH8711に基づく4点曲げ試験により評価した(図5参照)。ここで、一般に結晶組織が未再結晶組織の場合には応力腐食割れが発生しにくいことが知られているが、溶接を施した鍛造を材は、材料組織が再結晶組織部も有するため、応力腐食割れが発生する可能性があることから、母材とは別に溶接材についても耐応力腐食割れ試験を行なった。
【0044】
溶接材に対する耐応力腐食割れ試験における負荷応力としては、それぞれ実耐力値の75%の応力および比較材A7N01FH−T6の実耐力値の75%(191N/mm2)の2種類を負荷した。試験は燐酸クロム酸試験液に所定時間浸漬を行ない、割れの有無を評価した。耐応力腐食割れ試験液としては、1l(リットル)のイオン交換により得た純水に、酸化クロム(無水クロム酸)36g,二酸化カリウム(重クロム酸カリウム)30g、塩化ナトリウム3gを混合した溶液を用いた。この試験液に前記試験片を浸漬し、15分毎に割れの有無を確認した。
【0045】
さらに溶接材についての耐応力腐食割れ性試験としては、上記のものとはべつに、同じくJISH8711に基づく交互浸漬法による定ひずみ単軸引張試験をも併せて行なった。試験液は3.5%±0.1mas%の塩化ナトリウム溶液(PH6.4〜7.2)を用い、試験環境は温度25℃±3℃、相対湿度40〜70%とし、交互浸漬のサイクルは、10分間試験液に浸漬して50分間大気中保持するサイクルとし、30日間の試験期間とした。試験片はASTM B557に準拠した(図6参照)。荷重負荷は、ボルトによる張力としてA7N01FH−T6の実耐力値の75%(191N/mm2)を適用し、フレーム式による定ひずみ法とした(図7参照)。割れの確認は試験開始後3日、1週間経過後、それ以降は1週間ごとに行ない、3mm以上の亀裂を割れと判定した。
【0046】
表1、表2に示す材料についての、母材(鍛造加工材)の状態での機械的特性、結晶粒形状および結晶粒径、および耐応力腐食割れ性試験結果と、溶接材とした状態でのフィッシュボーン溶接割れ試験、機械的特性、および耐応力腐食割れ試験結果を、表4〜表7に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【0052】
【表6】

【0053】
【表7】

【0054】
これらの結果から明らかなように、本発明材の応力腐食割れ性は、母材(鍛造加工材)のままの状態で、いずれも420分後の観察においても応力腐食割れを発生することはなかった。また溶接材の状態でも、促進試験では2時間経過後も応力腐食割れは発生せず、定ひずみ単軸引張試験においても30日経過後も割れの発生は見られなかった。したがって本発明材は、特に耐応力腐食割れ性について、従来材と比較して遥かに改善されたことが明らかである。なお機械的特性についても、母材の状態で、高強度材として従来材と遜色なく、さらに鍛造材を溶接した後1ヶ月間の自然時効により鍛造品溶接材の引張強さが鍛造品母材の80%以上に回復し、また伸びが16.5%以上となることが明らかである。
【0055】
一方、成分組成がこの発明で規定する範囲を外れた比較例では、いずれか一つ以上の性能が劣ることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】鍛造品のメタルフローを説明するための略解的な斜視図である。
【図2】実施例で適用した低荷重方式による耐応力腐食割れ試験におけるCリング型応力腐食割れ試験片の採取状況を示す略解的な斜視図である。
【図3】実施例で適用した溶接割れ試験で用いたフィッシュボーン形溶接割れ試験片を示す平面図である。
【図4】実施例で作成した溶接材を示す平面図および正面図である。
【図5】実施例で適用した溶接材の応力腐食割れ試験の試験片および試験方法(4点曲げ試験法)を示す略解的な正面図である。
【図6】実施例で適用したASTM B557に準拠した応力腐食割れ試験の試験片を示す平面図である。
【図7】図6に示す試験片(溶接材)に対する応力腐食割れ試験方法(定ひずみ単軸引張試験法)を示す略解的な平面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zn3.9%(mass%、以下同じ)を越え5.0%以下、Mg0.1〜1.0%を含有し、しかもZnおよびMgの合計量が6.0%以下であり、さらにCu0.02〜0.20%を含有し、またMn0.20〜0.70%、Cr0.10〜0.30%、Zr0.05〜0.30%、V0.01〜0.10%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、かつMn、Cr、Zr、Vの合計量が0.25%以上であり、さらにTi0.01〜0.20%、B0.001〜0.05%、C0.01〜0.5%のうちから選ばれた1種または2種以上を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなることを特徴とする、耐応力腐食割れ性に優れた溶接可能な鍛造用アルミニウム合金。
【請求項2】
請求項1に記載の鍛造用アルミニウム合金において、さらにZnおよびMgの合計量が5.5%以下とされていることを特徴とする、耐応力腐食割れ性に優れた溶接可能な鍛造用アルミニウム合金。
【請求項3】
請求項1もしくは請求項2に記載の鍛造用アルミニウム合金を用いて製造したアルミニウム合金鍛造品であって、該アルミニウム合金鍛造品を溶接した後1ヶ月間の自然時効により鍛造品溶接材の引張強さが鍛造品母材の80%以上まで回復することを特徴とするアルミニウム合金鍛造品。
【請求項4】
請求項1もしくは請求項2に記載の鍛造用アルミニウム合金を用いて製造したアルミニウム合金鍛造品であって、該アルミニウム合金鍛造品を溶接した鍛造品溶接材が、鍛造品母材と実質的に同等の耐応力腐食割れ性を有することを特徴とするアルミニウム合金鍛造品。
【請求項5】
請求項1もしくは請求項2に記載の鍛造用アルミニウム合金を用いて製造したアルミニウム合金鍛造品であって、該アルミニウム合金鍛造品を溶接した後1ヶ月間の自然時効を行なった鍛造品溶接材の伸びが16.5%以上であることを特徴とするアルミニウム合金鍛造品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−150653(P2008−150653A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−338171(P2006−338171)
【出願日】平成18年12月15日(2006.12.15)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)