説明

肥大船

【課題】満載時でも喫水が浅くなった状態においても、波浪中抵抗増加の低減効果が有効に発揮できるCbが0.78程度以上の肥大船を提供する。
【解決手段】最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、すべての水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(=0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦55°に設定する。FPから船首前端までの水平距離Fと全長LOAとの比を0≦F/LOA≦0.02に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンカーやバルクキャリアー等の肥大船に関し、特に肥大船が実海域を航行する場合の波浪中抵抗増加量を低減することができる船首部の形状に関する。
【背景技術】
【0002】
実海域を航行する船舶は、水から抵抗を受ける。抵抗は、波浪のない平水中を航行する場合に受ける抵抗と、波浪中を航行することで平水中を航行する場合に比べて増加する抵抗、所謂、波浪中抵抗増加とに分けられる。波浪中抵抗増加は、船首部において船体に入ってくる波(入射波と呼ぶ)の反射、及び波浪中発生する船体運動に起因する抵抗量の増加である。
【0003】
タンカーやバルクキャリアー等のたくさんの荷物を運ぶ肥大船は、船首がかなり肥っており、スプーンの凸部の様な形状をしているのが一般的である。このような肥大船が波浪中を航行した時、特に向かい波中を航行する時には、肥った船首で入射波が前方に反射され、波崩れを起こす。この現象によって、船体は後ろ向きの反力を受け、平水中に比べ波浪中では抵抗が大きくなる。また、波浪が船首に入射した際に波浪の山谷に対して船首が上下に運動するが、その上下運動による波崩れも波浪中での抵抗増加が大きくなる要因である。これらの波崩れ現象を小さく抑えることができれば波浪中抵抗増加を下げることができ、実海域を航行する船舶が受ける抵抗力を低減させることができる。
【0004】
このような波浪中抵抗増加を低減するものとして、特開平8−142974号公報(特許文献1)では、尖端縁をもつ楔状付加物を備えた大型肥大船が示されている。この発明は船首部に付加物を備えるため、船体と付加物の取り合い部分が不連続になる。その不連続部分で滑らかな流体(水)の流れが阻害され、抵抗力を発生させる原因となるという問題点がある。付加物を備えずに波浪中抵抗増加を低減する船首形状としては、最大喫水線よりも上部の船首部分を側面からみて、その下部から上部に向け傾斜状に張り出し前方に突出して形成した船首形状が知られている(特開平9−290796号公報参照:特許文献2)。しかし、最大喫水線よりも下部には平水中抵抗を低減するために船首バルブが形成されているので、最大喫水線上の突出させた船首と水面下の船首バルブとを繋ぐ曲面の曲がりが大きな曲面となり、すなわち最大喫水線付近での船首の形状が大きな曲がりを持つようになり船首の設計や工作がしにくいという問題があった。
【0005】
この設計・工作上の問題を解決したものが特開2000−335478号公報(特許文献3)に記載の肥大船であり、最大喫水線上の船首と水面下の船首バルブとを滑らかな曲面で繋ぐことによって解決を図っている。波浪中抵抗増加を減少させるために設けられる船首部の形状を、FPより前方で、最大喫水線上の船首において、すべての水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦50°に設定することとしており、最大喫水線よりも上方の範囲に限定されている。
【0006】
【特許文献1】特開平8−142974号公報
【特許文献2】特開平9−290796号公報
【特許文献3】特開2000−335478号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献3に記載の肥大船にあっては、波浪中抵抗増加を減少させるために設けられた船首前端での船体側面の水線面における船体中心線からの角度γを設定する範囲は、最大喫水線より上方の範囲に限定されているため、波浪中抵抗増加を低減させる効果は、最大喫水線より上方に波浪が盛り上がってきた場合のみ有効である。波浪の波面は上下するので、下がっている時、波面は最大喫水線より下方にくるが、そのときには効果を有効に発揮できないという問題点があった。また、タンカーやバルクキャリアー等では貨物積載量の少ない状態で航行する場合が航海の半分程度あるが、その場合喫水が浅くなり、入射する波面が最大喫水線まで届かなくなる。このような喫水の浅い状態では、波浪中抵抗増加を低減する効果が全く消滅してしまうという問題点もあった。
【0008】
そこで、本発明は、満載時でも喫水が浅くなった状態においても、波浪中抵抗増加の低減効果が有効に発揮できる、波浪中の推進性能の優れた肥大船を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
肥大船では、肥った船首で入射波が前方に反射し、波崩れを起こすので、波浪中での抵抗が増加する。船首での前方への波反射、波崩れ現象を緩和するためには、すなわち、波の反射する方向を制御して、波浪による反力を低減し抵抗増加を低減するためには、船首部分をできる限り前方に尖らせ、波を崩さずに横に掻き分ければ良い。本発明者は、浅い喫水の状態においても波浪中の抵抗増加を低減するために、最大喫水線と最小喫水線との間に尖り部分を設定するのが有効であることを知見した。
【0010】
すなわち請求項1の発明は、最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、すべての水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船により、上述した課題を解決する。
【0011】
この発明によれば、喫水が浅くなった場合でも波を横に掻き分ける作用が有効に働き、従来技術では実現できなかった浅い喫水の状態においても波浪中の抵抗を減少することができる。また満載時でも上下する波が下がったときに波を横に掻き分ける作用が働き、波浪中の抵抗を減少することができる。
【0012】
船首部分をできるだけ前方に尖らせるためには、本発明中で定義されている水線面角度γが小さければ小さいほど良いと考えられる。実際には、肥大船の場合、船首近くまで貨物タンクがあるため船首近傍はかなり肥っている。γを極めて小さくすることは船首部の横幅を極めて減少させることになり、船腹と船首との接続部に極端な段差が生じるため、この段差部分で波浪中の抵抗が増加する懸念がある。また、全長の制限もあるため前方にかなり延ばしてγを小さくすることには制約がある。したがって、γは15°より大きいことが好ましい。γが55°を超えると、船首での波の反射する方向の大部分が前方となり、船体は後ろ向きの反力を受け抵抗増加が大きくなる。そのため、設計上、実用上及び波浪中の抵抗増加の一層の低減を考慮すると、γは15°≦γ≦55°の範囲が望ましく、γは15°≦γ≦50°の範囲がより望ましい。
【0013】
また本発明は、最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°とする水線面を、前記船首範囲の70%以上に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船としても構成することができる。
【0014】
実船の設計にあたっては、最大喫水線近傍の船首形状を後方へ後退させたときに、後退させた部分がどうしても肥る(γが大きくなる)傾向となることを考慮する必要がある。このため、最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、γを0°<γ≦約55°とする水線面を前記船首範囲の70%以上に設定することもある。
【0015】
さらに本発明は、最小喫水線より上方の船首において、デッキ近傍を除くすべての水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船としても構成することができる。
【0016】
波浪中の抵抗増加を低減する効果を大きくするためには、最小喫水線よりも上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首部だけでなく、最大喫水線よりも上方の船首部に尖り部分を設定することが有効である。ここでデッキ近傍に尖り部分を設定すると、デッキ面積が狭くなり、これにより作業性が悪くなるおそれがある。デッキ近傍には波が届かないこともあることを考慮すると、デッキ近傍を尖らせない船首形状も採用し得る。
【0017】
さらに本発明は、最小喫水線より上方の船首において、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°とする水線面を、前記船首範囲の80%以上に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船としても構成することができる。
【0018】
実船の設計にあたっては、デッキ面積の確保と船首形状の連続性を考慮する必要がある。このため、最小喫水線より上方の船首において、γを0°<γ≦約55°とする水線面を前記船首範囲の80%以上に設定することもある。
【0019】
さらに本発明は、最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、少なくとも一部の水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°に設定し、且つ、最小喫水線より上方の船首において、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°とする水線面を、前記船首範囲の50%以上に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船としても構成することができる。
【0020】
最大喫水線近傍の船首形状を、FPから船首先端までの水平距離FがF/LOA≦約0.02の範囲で後方へ後退させたときに、後退させた部分がどうしても肥る(γが大きくなる)傾向となり、γが55°を超える場合も発生する。このため、最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、少なくとも一部の水線面におけるγを、0°<γ≦約55°に設定し、且つ、最小喫水線より上方の船首において、γを0°<γ≦約55°とする水線面を前記船首範囲の50%以上に設定することもある。
【0021】
また、船首先端部の側面形状を限りなく直線に近い状態にすれば、すなわち、船首に最も近い貨物タンクの位置や大きさを変えないでFPだけを可能な限り前方に移動させれば、最小喫水線から船首部上端の範囲の全ての水船面において、船首の尖り角γを小さくすることが可能となる。FPから船首先端までの水平距離Fが限りなく0に近いか、0となる場合が、船の全長を変更しないで、船首の尖り角を最も鋭くすることができる。したがって、上記水平距離Fと全長LOAの比は、約0≦F/LOA≦約0.02の範囲が望ましく、約0≦F/LOA≦約0.015の範囲がより望ましい。ここで上記水平距離Fと全長LOAの比は、F/LOA=約0に設定してもよい。
【0022】
詳しくは後述するが、従来の肥大船型では、平水中の造波抵抗を低減するために船首先端の下方部分に突出した船首バルブが取り付けられている。本発明のようにFPを先端あるいは先端付近まで突出させることは、船首バルブを含めた船首近傍の形状を壊すことになり、平水中の抵抗性能の劣化、特に造波抵抗の低減効果が減少すると従来は考えられていた。本発明者は、前進する船体によって造られる波形を解析するCFDツール(TUMMAC IV;東京大学にて開発された)を用いて種々の検討を行い、FPを先端あるいは先端付近まで突出させても平水中の造波抵抗を増加させない本発明の形状を開発した。また本発明の形状が、平水中の造波抵抗を増加させないことを模型試験で確認した。
【0023】
最大喫水線より上方の船首部と最小喫水線部の船首部を滑らかな曲面で繋ぐことにより、推進時の抵抗を小さくできる。船首バルブを有する従来の肥大船型では、最小喫水線の線上にある船首バルブ部から最大喫水線より上方の船首部にかけて、γとFを上述の範囲になるように滑らかな曲面で繋ぐようにすれば、平水中の推進抵抗を損なうことなく波浪中の抵抗増加量を小さくすることができる。
【0024】
また本発明の好ましい一態様は、前記船首の先端が、船体全体の制限寸法に合わせて、前記船首の傾斜状下面(2a)の前方向延長線(5)と船首上面(2c)の前方向延長線(6)の交差位置(P)よりも後退することを特徴とする。
【0025】
この発明によれば、船首の先端を、船体全体の制限寸法に合わせて、船首の傾斜状下面の前方向延長線と船首上面の前方向延長線の交差位置よりも後退させたので、例えば港湾入港時に全長制限があっても対応することができる。
【発明の効果】
【0026】
以上説明したように、本発明によれば、船首部に波の山が来たときだけでなく、波の谷が来たときでも波面を横方向に分け反射できるので、船首での前方への波反射、波崩れ現象を緩和し、波浪中抵抗増加を低減できる。また、船舶の積載量が少なく喫水が最大喫水線よりも浅い場合でも、水面付近の船首前端の尖り角が鋭角であるため、波浪中抵抗増加の低減効果が十分に発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
まず、図1に基づいて、本発明で使用している用語の定義・説明を行う。図中FPは、Fore Perpendicularの略で、最大喫水線:LWLと交わる船首先端位置(垂直線)である。LPPは、FP位置から舵軸中心位置:AP(Aft Perpendicular)までの水平距離で計った船舶の長さで、LOAは船舶の全長である。また、LBは船が航行可能な最小喫水線を表す。本発明における肥大船とは、タンカーやバルクキャリアーなどのたくさんの荷物を運ぶ肥った船舶で、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の船舶を指す。ここで、dは船舶の最大喫水線下の深さで、Bは船舶の全幅、∇はdに対応する型排水容積である。
【0028】
図2は、γの定義について示す。図中(A)は船舶の船首2付近を側面からみた形状を示し、図中(B)はA−A断面(あるいはA′−A′断面)での水線面形状を示す。水線面における、船体中心線上の船体前端の点Eと、船体前縁から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線B−Bと水線面形状4との交点Dを結んだ直線aの、船体中心線から計った角度をγ(尖り角)と定義する。図中(A)に示すように、全水線面内の船体中心線に対する垂直線B−Bをつなげてできる2次元曲面の側面形状は、船体前縁に沿った形状になる。
【0029】
この実施形態では、最小喫水線LBより上方で且つ最大喫水線LWLよりも下方の船首において、すべての水線面におけるγは、0°<γ≦55°に設定される。設計上、実用上及び波浪中の抵抗増加の一層の低減を考慮すると、15°≦γ≦55°の範囲が望ましく、15°≦γ≦50°の範囲がより望ましい。
【0030】
実船の設計にあたっては、最大喫水線近傍の船首形状を後方へ後退させたときに、後退させた部分がどうしても肥る(γが大きくなる)傾向となることを考慮する必要がある。このため、最小喫水線LBより上方で且つ最大喫水線LWLよりも下方の船首において、γを0°<γ≦約55°とする水線面を前記船首範囲の70%以上に設定することもある。
【0031】
またこの実施形態では、船首上端部2bから航行可能な最小喫水線LBまでの、デッキ近傍を除くすべての尖り角γは、0°<γ≦55°に設定される。
【0032】
実船の設計にあたっては、デッキ面積の確保を考慮する必要がある。このため、最小喫水線LBより上方の船首において、γを0°<γ≦約55°とする水線面を前記船首範囲の80%以上に設定することもある。
【0033】
図3は、本発明の一実施形態における肥大船を示すものである。図中(A)は船首部付近の側面図であり、図中(B)はg−g線での船体前縁の片舷の水線面形状を示す。図3中の破線の曲線iは本発明の設計過程における仮の船首形状を示している。図中FP′は設計過程における仮のFore Perpendicularを示す。これに対する本発明の肥大船の形状を曲線jで示す。本発明は、曲線iで示す開発過程における仮の船首形状を、船首前端(3bあるいは2b)を超えることなく限りなく前方に伸ばした形状とし、FPから船首前端までの水平距離Fと全長LOAとの比は、約0≦F/LOA≦約0.02の範囲に設定される。このようにFPを前方に持ってゆくことで、図中(A)の最小喫水線より上方の船首の水線面形状jは、図中(B)に示すように設計過程における仮の水線面形状iに比べて、船首前方に向けて鋭角になる度合いが高まる。これにより、最小喫水線LBより上方の広い範囲で、尖り角γをさらに鋭角にすることが可能になるので、波浪中抵抗増加の減少度合いが大きくなる。したがって、水平距離Fは小さいほど効果が大きく、約0≦F/LOA≦約0.02の範囲が望ましい。
【0034】
船首先端部の側面形状が直線になるように、FPから船首前端までの水平距離Fと全長LOAとの比を、F/LOA=約0に設定してもよい。
【0035】
最大喫水線LWL近傍の船首形状を、FPから船首先端までの水平距離FがF/LOA≦約0.02の範囲で後方へ後退させたときに、後退させた部分がどうしても肥る(γが大きくなる)傾向となり、γが55°を超える場合も発生する。このため、最小喫水線LBより上方で且つ最大喫水線LWLよりも下方の船首において、少なくとも一部の水線面におけるγを、0°<γ≦約55°に設定し、且つ、最小喫水線LBより上方の船首において、γを0°<γ≦約55°とする水線面を前記船首範囲の50%以上に設定することもある。
【0036】
図3(A)中、3は船首バルブである。最大喫水線より上方の船首部と船首バルブ3を滑らかな曲面で繋ぐようにすることにより、船首バルブによる推進抵抗を低減する効果を損なうことなく、波浪中抵抗増加量の低減効果を発揮できる。
【0037】
図3(A)に示すように、最大喫水線LWLより上方の船首の傾斜状下面2aの前方向延長線5と、船首上面2cから水平前方への延長線6との交点Pが、全長LOAの制限範囲を超過する範囲に及ぶ場合は、超過した形状部分(図中斜線部4)をカットし、カット部分の水線面の尖り角γも所定の範囲となるようにする。
【0038】
デッキ近傍(すなわち船首上面2cから所定距離下方までの範囲)の尖り角γを0°<γ≦55°に設定すると、デッキ面積が狭くなり、これにより作業性が悪くなるおそれがある。デッキ近傍には波が届かないこともあることを考慮すると、デッキ近傍の尖り角γは55°を超えることもある。
【0039】
上述のようにすることで、従来技術の問題点であった、波浪中抵抗増加を減少させる効果が最大喫水線より上方の船首部に限定されていることと、喫水が浅くなった場合に効果が消滅することの問題点を解決することができた。
【0040】
ところで、船首先端の下方部分に突出して取り付けられている船首バルブは、中高速船においてその利用が始まった。平水中を航行する際、船体は波を発生する。波を造ることにより発生する抵抗成分は造波抵抗と呼ばれている。船首バルブは、それ自身が造る波が主船体前半部で作られる波と干渉し、船全体として造る波の波高を小さくすることでエネルギ損失を小さく抑え、造波抵抗を低減する効果がある。中高速船では、造波抵抗が大きいためその効果が顕著に現れ一般的に用いられるようになり、その延長として低速肥大船においても船首バルブが適用され始めた。その後、長い年月を経て最適化が進み、低速肥大船における平水中の抵抗を小さくするのに最も有効な船首バルブ形状が造りだされてきたし、またそのように考えられてきた。
【0041】
本発明のように、FPを先端あるいは先端付近まで突出させることは、上述の船首バルブを含めた船首近傍の形状を壊すことになり、平水中の抵抗性能の劣化、特に造波抵抗の増大が懸念される。
【0042】
本発明者は、前進する船体によって造られる波形を解析するCFDツール(TUMMAC IV;東京大学にて開発された)を用いて種々の検討を行い、FPを前方に持ってきても平水中の造波抵抗を増加させない形状を開発した。
【0043】
本発明の効果を算定するために、図4(C)に示す側面形状の船首形状を有するタンカー船型を作成した。その要目は、全長LOA=277.3m,全幅B=50m,喫水d=14.4mである。図3に示す船型のFPから船首前端までの水平距離Fを0とし、FPは船首前端と一致している。図2中(B)で示す水線面形状の尖り角γを可能な限り小さくした船型(以下"C船型"と記述する)である。そのγを設定した範囲は、図4(C)の最小喫水線から船首上端の範囲である。本発明の効果を確認するために、一般的な船首形状を持つ船型(図4中(A)、以下"A船型"と記述する)と従来型「特開2000−335478号公報」で記載されている船型(図4(B)、以下"B船型"と記述する)との波浪中抵抗増加を比較する。B船型は、F/LOAが約0.02で、船首部の水線面の前端部の尖り角γを、最大喫水線から船首上端の範囲で設定した船型である。上記各船型の航行中平均喫水における水線面における尖り角γは、A船型が約70°、B船型が約40°、C船型が約35°になっている。尖り角γがC船型の方がB船型より小さいのは、FPが船首前端と一致しているからである。
【0044】
図5は、突出した船首バルブを持ち、且つ船首の最大喫水線よりも上方の範囲を尖らせた従来型の船首(B船型)と、本発明の船首(C船型)とのTUMMAC IVによる波高分布の計算結果の比較を示す。本発明の船首の造る波のパターンと従来型の船首の造る波パターンには大きな差は無く、船首先端の波高を示す係数は本発明の船首の方が若干小さくなっているが、全体的には、本発明の船首と従来型の船首との差は殆どないと判断される。
【0045】
また、水槽試験による造波抵抗計測を実施して検証も行った。図6は試験結果を示す。従来型の船(B船型)との優劣は全くない。この試験結果により、本発明の船首(C船型)が突出した船首バルブを持つ従来型の船首(B船型)と大きく異なるものの、造波抵抗の劣化が全く見られない形状であることを検証した。
【0046】
また、波浪中抵抗増加量の低減効果も、水槽試験によって検証されている。図7に満載状態の抵抗増加量の比較を、図8に一般的な船首形状(A船型)からの低減量をパーセンテージで示す。同様に、図9及び図10にバラスト状態の結果を示す。図8及び図10の中に示した数値は、本船が実航海で遭遇する頻度の高い波長範囲における抵抗増加量低減率の平均値を示している。これらコンピュータによる解析技術と水槽試験を駆使して初めて、平水中の抵抗性能を劣化させることなく、波浪中抵抗増加量の大幅な低減を可能にする本発明の考案が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】船舶の側面図である。
【図2】図中(A)は船首の側面図を示し、図中(B)は船首の水線面形状を示す。
【図3】図中(A)は本発明の一実施形態における船首の側面図を示し、図中(B)は本発明の一実施形態における船首の水線面形状を示す。
【図4】船首形状の側面図の比較を示す(図中(A)は一般的な船首形状を示し、図中(B)は従来型の船首形状を示し、図中(C)は本発明の船首形状を示す)。
【図5】TUMMACによる波形解析を示すグラフ(図中(A)は従来型の船首を示し、図中(B)は本発明の船首を示す)。
【図6】造波抵抗試験の結果を示すグラフ。
【図7】抵抗増加計測の試験結果を示すグラフ(満載状態)。
【図8】一般的な船首形状をベースとした波浪中抵抗増加の低減効果を示すグラフ(満載状態)。
【図9】抵抗増加計測の試験結果を示すグラフ(バラスト状態)。
【図10】従来型の船首形状をベースとした波浪中抵抗増加の低減効果を示すグラフ(バラスト状態)。
【符号の説明】
【0048】
1…船体
2…船首部
2a…船首の傾斜状下面
2b…船首部上端
2c…船首上面
3…船首バルブ部
3b…船舶が航行可能な最小喫水線と船首部側面形状の交点
5…船首の傾斜状下面2aの前方向延長線
6…船首上面2bの前方向延長線
D…船体前端から計った水平距離C(=0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)との交点
E…船体中心線上の点
F…FPから船首前端までの水平距離
OA…全長
PP…垂線間長
P…延長線5と6の交差位置
a…点Eと点Dを結んだ直線
γ…直線aの船体中心線から計った角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、すべての水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船。
PP:FP位置から舵軸中心位置(AP)までの水平距離で計った船舶の長さ
d:船舶の最大喫水線下の深さ
B:船舶の全幅
∇:dに対応する型排水容積
OA:船舶の全長
FP:Fore Perpendicularの略で、最大喫水線と交わる船首先端位置(垂直線)
【請求項2】
最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°とする水線面を、前記船首範囲の70%以上に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船。
PP:FP位置から舵軸中心位置(AP)までの水平距離で計った船舶の長さ
d:船舶の最大喫水線下の深さ
B:船舶の全幅
∇:dに対応する型排水容積
OA:船舶の全長
FP:Fore Perpendicularの略で、最大喫水線と交わる船首先端位置(垂直線)
【請求項3】
最小喫水線より上方の船首において、デッキ近傍を除くすべての水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船。
PP:FP位置から舵軸中心位置(AP)までの水平距離で計った船舶の長さ
d:船舶の最大喫水線下の深さ
B:船舶の全幅
∇:dに対応する型排水容積
OA:船舶の全長
FP:Fore Perpendicularの略で、最大喫水線と交わる船首先端位置(垂直線)
【請求項4】
最小喫水線より上方の船首において、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°とする水線面を、前記船首範囲の80%以上に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船。
PP:FP位置から舵軸中心位置(AP)までの水平距離で計った船舶の長さ
d:船舶の最大喫水線下の深さ
B:船舶の全幅
∇:dに対応する型排水容積
OA:船舶の全長
FP:Fore Perpendicularの略で、最大喫水線と交わる船首先端位置(垂直線)
【請求項5】
最小喫水線より上方で且つ最大喫水線よりも下方の船首において、少なくとも一部の水線面における、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°に設定し、
且つ、最小喫水線より上方の船首において、船体中心線上の船体前端の点(E)と、船体前端から計った水平距離C(0.02×LOA)後方位置の船体中心線に対する垂直線(B−B)と水線面形状(4)の交点(D)を結んだ直線(a)の、船体中心線から計った角度γを、0°<γ≦約55°にする水線面を、前記船首範囲の50%以上に設定することを特徴とする、Cb=∇/(LPP×B×d)が0.78程度以上の肥大船。
PP:FP位置から舵軸中心位置(AP)までの水平距離で計った船舶の長さ
d:船舶の最大喫水線下の深さ
B:船舶の全幅
∇:dに対応する型排水容積
OA:船舶の全長
FP:Fore Perpendicularの略で、最大喫水線と交わる船首先端位置(垂直線)
【請求項6】
FPから船首前端までの水平距離Fと全長LOAとの比を、約0≦F/LOA≦約0.02の範囲に設定することを特徴とする請求項1ないし5いずれかに記載の肥大船。
【請求項7】
最大喫水線より上方の船首部と最小喫水線部の船首部とを滑らかな曲面で繋ぐことを特徴とする請求項6に記載の肥大船。
【請求項8】
FPから船首前端までの水平距離Fと全長LOAとの比を、F/LOA=約0に設定することを特徴とする請求項6に記載の肥大船。
【請求項9】
最大喫水線より上方の前記船首の先端が、船体全体の制限寸法に合わせて、前記船首の傾斜状下面(2a)の前方向延長線(5)と船首上面(2c)の前方向延長線(6)の交差位置(P)よりも後退することを特徴とする請求項1ないし8いずれかに記載の肥大船。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−118950(P2007−118950A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−32327(P2007−32327)
【出願日】平成19年2月13日(2007.2.13)
【分割の表示】特願2002−54475(P2002−54475)の分割
【原出願日】平成14年2月28日(2002.2.28)
【出願人】(502116922)ユニバーサル造船株式会社 (172)