説明

胚幹細胞の培養処方および方法

本発明は、血清代替物処方および胚幹細胞の維持および誘導に適した培地に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト胚幹細胞のような胚幹細胞の維持および誘導に用いられる異種成分不含(xeno-free)処方に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト胚幹細胞 (hESC)は、人体のあらゆる細胞型に分化する可能性を有する多能性細胞である。ヒトESCは、培養において無限に増殖することができ、したがって、欠陥のあるまたは不完全なヒト組織の置換のための細胞および組織を供給することができるので治療上極めて重要である。将来は、ヒトESCが増殖されて特異的な細胞型に分化するように管理され、これを治療目的で人体に移植することができるようになることが特に期待されている。
【0003】
胚幹細胞は、その自然な細胞の運命に従い、自発的に分化する傾向があるので、培養で維持することが困難である。ほとんどの培養条件は、何らかの望ましくない分化のレベルを生じる。幹細胞は、増殖因子、細胞外マトリックス分子および成分、環境ストレッサーおよび直接的細胞間相互作用など多数の内因性および外因性要因の結果として分化する。長期増殖能、長期培養後の多能性発育潜在能および核型安定性は、幹細胞培養物の有用性に関する重要な特徴である。
【0004】
hESCの未分化段階は、細胞の形態学的特徴を判定することによって観察することができる。未分化hESCは、極めて小さくかつコンパクトな細胞を有する特徴的な形態を有する。幾つかの分化細胞は通常、hESCのコロニーの縁に現れるが、最適培養法は最小限の量の分化細胞により増殖が支持される。転写因子Oct4およびNanog並びに細胞表面マーカーTRA-1-60、TRA-1-81、SSEA-3/4などのhESCの未分化段階の状態を追跡するのに用いられる幾つかの生化学的マーカーがある。これらのマーカーは、hESCが任意の細胞直系に分化し始めると、失われる。
【0005】
hESCを創出し培養する基本的手法は、報告されている。しかしながら、hESCの培養に現在用いられている手法の多くには、制限や欠点がある。胚幹細胞は、典型的には動物血清(特に、ウシ胎児血清)または他の動物由来の産物を含む培地で誘導され増殖されて、このような培養中での所望な増殖を可能にしている。hESC培地に動物由来の産物が含まれていると、幾つかの問題がある。第一に、動物由来の産物は、レシピエントに免疫応答を引き起こす毒性タンパク質または免疫原を含み、したがって移植時に拒絶反応を生じる可能性がある(Martin et al., Nat Med. 2005 Feb; 11(2):228-32)。第二に、動物産物の使用は、ウイルス、マイコプラズマおよびプリオンなどの細胞療法および他の臨床応用において重大な健康上の危険を引き起こす可能性がある動物病原体による汚染の危険性が増加する(Healy et al., Adv Drug Deliv Rev. 2005 Dec 12; 57(13):1981-8)。実際に、政府機関は、このような病原体を含む可能性がある動物由来の産物を含む細胞培地の使用を次第に規制し、阻止し、禁止さえしてきている。
【0006】
血清または動物抽出物の欠点を克服するため、多数の無血清培地が開発されてきた。Price et al.は、米国特許公表第2002/0076747号明細書に、hESC培養で用いられることが多い血清代替物Knockout商標SR培地(Invitrogen, カールスバード, カリフォルニア)を開示している。しかしながら、この処方はウシ血清アルブミンのような動物由来の産物を含んでいるので、異種生物由来成分を全く含まないものではない。幾つかの異種成分不含血清代替物および培地が、現在利用可能である(X-Vivo 10、X-Vivo 20、SSS、Lipumin、Serex、Plasmanate、SR3)。これらの血清代替物は、特に単細胞型の培養物を支持する目的で処方されることが多い。さらに、Thomson et al.は米国特許公表第2006/0084168号明細書に、培養において胚幹細胞の増殖を支持するといわれている無血清および異種成分不含細胞培地を開示している。
【0007】
残念ながら、Rajala et al.はHum. Reprod., 2007, 22(5):1231-1238では、上記処方はいずれも、新規な培地への適応期中の数継代のみにおいて大きな分化なしにhESCの培養が可能であったが、その後の継代では速やかな分化を起こすことが明らかとされた。
【0008】
幾つかの支持細胞不含培養法が、hESCについて開発されてきた。これらの支持細胞不含法の多くは、動物由来成分を利用している。さらに、これらの方法は不適切な再生を欠点として有しており、現在のところ通常の核型を有する未分化hESCを長期間維持することは不可能である。酵素的継代による支持細胞不含培養でも、hESCが異常になりやすい。
【0009】
現在知られているhESC用の培地に関連したこれらの問題点のため、多分化能と正常な細胞核型を維持しながら、実質的分化なしに長期間hESCの強い成長を再現可能に支持しかつ臨床上の安全性および有効性を支配すると予想される規制指針に適合する、確立した異種成分不含培地が強く求められている。
【発明の概要】
【0010】
本発明は、レチノールを含んでなる異種成分不含血清代替物処方に関する。この血清代替物は、フェチュイン、 α-フェトプロテインおよびそれらの組合せからなる群から選択されるキャリヤータンパク質をさらに含んでいてもよい。一態様によれば、血清代替物は、アルブミン、好ましくはヒト血清アルブミンをさらに含んでなる。
【0011】
一態様によれば、血清代替物は、少なくとも1つの脂質または脂質誘導体を含んでなる。好ましくは、上記脂質は、VLDL、LDL、HDLおよびコレステロールのようなリポタンパク質、ホスファチジルコリン、リゾホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミンおよびスフィンゴシン-1-ホスフェートのようなリン脂質、およびリノール酸、複合リノール酸、γ-リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、オレイン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸およびそれらの誘導体(例えば、プロスタグランジン)のような脂肪酸からなる群から選択される。
【0012】
もう一つの態様によれば、血清代替物は、少なくとも1つのアミノ酸、ビタミン、トランスフェリンまたはトランスフェリン代替物、酸化防止剤、インスリンまたはインスリン代替物、および微量元素をさらに含んでなる。
【0013】
本発明はまた、基本培地と、本発明による血清代替物とを含んでなる異種成分不含細胞培地にも関する。好ましくは、上記基本培地は、KO-DMEM、DMEM、MEM、BME、RPMI 1640、F-10、F-12、aMEM、G-MEM、イスコフ改変ダルベッコ培地、HyQ ADCF-Mab、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される。一態様によれば、細胞培地は、繊維芽細胞増殖因子、非必須アミノ酸、β-メルカプトエタノール、L-グルタミンおよび抗生物質が補足される。
【0014】
本発明は、幹細胞、好ましくは胚幹細胞、さらに好ましくはヒト胚幹細胞の培養のための上記血清代替物および細胞培地の使用にも関する。一態様によれば、上記培養は支持細胞層上で行われる。
【0015】
本発明は、幹細胞、好ましくは胚幹細胞、さらに好ましくはヒト胚幹細胞の培養方法にも関する。この方法は、上記細胞と、本発明による異種成分不含培地とを接触させ、上記細胞を細胞培養に適当な条件下で培養することを含んでなる。一態様によれば、幹細胞は支持細胞層上で培養される。
【0016】
さらに、本発明は、新規な胚幹細胞系の開始(initiating)方法に関する。この方法は、胚起源の単離した細胞を提供し、上記細胞と、本発明による異種成分不含培地とを接触させ、上記細胞を細胞培養に適当な条件下で培養することを含んでなる。一態様によれば、上記培養は、支持細胞層上で行われる。もう一つの態様によれば、本発明による異種成分不含培地に、ヒト胎盤ラミニンのようなラミニンヒト血漿フィブロネクチンのようなフィブロネクチンを補足する。好ましくは、上記細胞はヒト胚幹細胞である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
以下、本発明を添付図面に関する好ましい態様によってさらに詳細に説明する。
【図1】本発明による培地でのhESC系の長期間培養中の光学顕微鏡画像。図1AはHS346細胞、12代の画像であり、図1 BはHS401細胞、10代の画像である。
【図2】細胞の未分化増殖を維持することができない様々な異種成分不含培地または血清代替物中で培養したhESCの光学および蛍光顕微鏡画像。20% Lipumin(図2A)、20% Plasmanate(図2C)、40% Plasmanate(図2E)、20% SerEx(図2G)、20% SR3(図2I)、20% SSS(図2K)、X-Vivo 10(図2M)、X-Vivo 20(図2O)中での1回継代後、およびTeSR1(図2Q)または対照hES培地(図2S)中で7回継代後の典型的なhESCコロニーを示す。対応するhESCコロニーにおけるNanogおよびSSEA-1の発現は、それぞれ図2B、2D、2F、2H、2J、2L、2N、2P、2Rおよび2Tに示す。
【図3】本発明による培地またはHEScGRO培地での適応期中のhESC。図3Aは、HEScGRO培地への適応期20:80を表す。図3Bは、HEScGRO培地への適応期50:50を表す。図3Cは、HEScGRO培地への適応期80:20を表す。図3Dは、1回継代時のHEScGRO培地への適応期後のhESCを表す。図3Eは、本発明による培地への適応期20:80を表す。図3Fは、本発明による培地への適応期50:50を表す。図3Gは、本発明による培地への適応期80:20を表す。図3Hは、1回継代時の本発明による培地への適応期後のhESCを表す。
【図4】本発明による培地で長期間培養した後のhESC系の免疫組織化学染色。図4Aは、HS346細胞、10代のDapiによる染色を示す。図4Bは、HS346細胞、10代のNanog染色を示す。図4Cは、HS346細胞、10代のSSEA3染色を示す。図4Dは、HS401細胞、7代のDapiによる染色を示す。図4Eは、HS401細胞、7代のNanog染色を示す。図4FはHS401細胞、7代のSSEA3染色を示す。
【図5】本発明による培地を用いて誘導および培養後のそれぞれ新規なhESC系06/015(6代)および07/046(51代)の光学顕微鏡画像。
【図6】本発明による培地を用いて誘導および培養後の新規なhESC系06/015(6代)および07/046(44代)の免疫組織化学染色。図6Aは、06/015細胞、6代のNanog染色を表し、図6Bは、06/015細胞、6代のTRA-1-60染色を表し、図6Cは、07/046細胞、44代のNanog染色を表し、図6Dは、07/046細胞、44代のTRA-1-60染色を表す。
【図7】容量オスモル濃度を増加した標準hES培地中でのhESC培養物の光学顕微鏡画像。
【発明の具体的説明】
【0018】
本発明は、血清代替物処方および上記血清代替物を含んでなる培地に関する。さらに、本発明は、幹細胞培養および維持に関する。具体的には、本発明は、幹細胞、好ましくはヒト胚幹細胞(hESC)用の培地を提供する。特に、上記培地は、実質的に未分化状態のhESCのような胚幹細胞の維持および増殖を支持する。有利には、上記培地は、胚幹細胞、好ましくはhESCの維持および増殖を多数のイン・ビトロでの継代において支持する。さらに、本発明による培地で培養される胚幹細胞は、実質的に未分化であり、その多能性を保持し、そのゲノム完全性を維持する。治療用途においては、本発明による培地は、支持細胞、条件培地、血清またはヒト以外の動物供給源から精製した他の培地成分のような成分を含まない。さらに好ましくは、培地は、組換えまたは化学的方法を用いて合成される成分を含んでなる。
【0019】
本発明は、幹細胞、好ましくは胚幹細胞、例えば霊長類(例えば、ヒト)の胚幹細胞のイン・ビトロでの維持および増殖に用いる任意の適当な基本培地に補足するのに用いうる、確立した異種成分不含血清代替組成物を提供する。上記血清代替物は、無血清および無血清以外の基本培地、またはそれらの任意の組合せを補足するのに用いることができる。
【0020】
本発明による血清代替物は、細胞の多分化能および核型の両方を少なくとも約20代維持しながら、幹細胞を実質的に未分化状態に維持しかつ増殖するのに適している。他の態様においては、幹細胞の維持は、少なくとも約30、好ましくは少なくとも約50回の継代の間支持される。
【0021】
異種成分不含(xeno-free)という用語は、本明細書では試薬の起源が異種供給源に由来せず、すなわちヒト幹細胞を培養しようとするときにはヒト以外の動物起源の材料を含まないことを意味する。ヒト幹細胞の培養に適当な異種成分不含供給源としては、化学合成または合成調製物、または細菌、酵母、真菌、植物およびヒト由来の目的とする試薬の単離、調製または精製を挙げることができる。
【0022】
血清代替物という用語は、本明細書では最終的細胞培地において動物血清の代わりに用いることができる組成物を意味する。通常の血清代替物は、典型的にはビタミン、アルブミン、脂質、アミノ酸、トランスフェリン、酸化防止剤、インスリンおよび微量元素を含んでなる。最終的細胞培地は、さらに基本培地に直接添加されまたはさらに血清代替物に含まれる増殖因子、非必須アミノ酸、β-メルカプトエタノール、L-グルタミンおよび/または抗生物質を含んでなることができる。
【0023】
驚くべきことには、レチノール(すなわちビタミンA)が、幹細胞の未分化状態へ維持するのに重要な役割を果たしていることを見出した。ヒト胚幹細胞の未分化増殖に対する様々なビタミンの効果を、レチノール(20 μM)、ニコチンアミド(5 mMおよび10 mM)またはニコチンアミドを含むがレチノールを含まない市販のビタミン Mix(1 %)(MEMビタミンSolution (100x), 目録番号11120-037, Gibco/lnvitrogen)をヒト胚幹細胞(表1)に供給することによって試験した。レチノールは、未分化コロニーの数をかなり増加した。ニコチンアミドは胚幹細胞に反対の効果を有し、その分化を促進した。ビタミン Mixは、胚幹細胞の未分化増殖には全く影響しなかった。Schuldiner et al. in Brain Res., 2001, 913(2):201-205により、レチノールの誘導体であるレチノイン酸での望ましくない結果、すなわち幹細胞の分化が以前に報告されており、上記文献の内容は、引用することにより本明細書の一部とされる。
【0024】
【表1】

【0025】
したがって、本発明による血清代替物は、少なくともレチノールを含んでなる異種成分不含処方である。典型的には、レチノールは、約0.1 μM〜約50 μM、好ましくは約10 μM〜約40 μM、さらに好ましくは約20 μMの濃度で用いられる。
【0026】
血清代替物は、アスコルビン酸、ビオチン、コリンクロリド、D-Caパントテン酸塩、葉酸、i-イノシトール、ナイアシンアミド、ピリドキサール、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、ビタミンB12、ビタミンD2のような他のビタミンを含むこともできる。典型的には、幾つかのビタミンは基本培地に含まれており、追加のビタミン補給を最終培地に添加することができる。血清代替物および本発明による最終培地におけるビタミンの好適濃度は、当業者であれば当該技術分野で周知の定型的方法を用いて容易に決定することができる。典型的には、チアミンは本発明による細胞培地中で約9 mg/lの濃度で用いられ、アスコルビン酸は約50 μg/mlの濃度で用いられる。
【0027】
驚くべきことには、フェチュインおよびα-フェトプロテインを用いて幹細胞の増殖を促進することができることも見出した。表2は、胚幹細胞コロニーの増殖速度および大きさに対するフェチュインおよびα-フェトプロテインの効果を示している。示されている総ての処方は、10 mg/mlの濃度のヒト血清アルブミンを含んでいた。フェチュインは0.1 mg/mlの濃度で、またα-フェトプロテインは0.05 mg/mlの濃度でコロニーの大きさおよび増殖速度を最大に増加させることが示された。フェチュインとα-フェトプロテインとが両方とも処方に含まれているときには、成長促進効果はそれらを個別に含む処方よりさらに若干良好であった。
【0028】
【表2】

【0029】
したがって、本発明による血清代替物は、フェチュイン、α-フェトプロテインおよび/またはそれらの任意の組合せをさらに含むことができる。フェチュインおよびα-フェトプロテインは、胎児血漿に高血漿濃度で含まれる市販の胎児キャリヤータンパク質である。フェチュインおよびα-フェトプロテインは血清代替物中のアルブミンの代わりに用いることができるが、それらの価格が高いため、それらをアルブミンと組み合わせて用いることができる。好ましい態様によれば、血清代替物は約0.5 mg/mlのフェチュインと約0.25 mg/mlのα-フェトプロテインとを含んでなる。このような態様においては、基本培地には20%の血清代替物が追加される。一般に、典型的な最終的細胞培地は約0.01 mg/ml〜約1 mg/mlのフェチュインおよび/または α-フェトプロテインを含んでなる。
【0030】
本発明での使用に適するアルブミン代替物としては、アルブミンの代わりに用いることができかつアルブミンと本質的に同様の効果を有する任意の化合物が挙げられる。本発明による血清代替物および最終培地におけるアルブミンまたはアルブミン代替物の好適濃度は、当業者であれば当該技術分野で周知の定型的方法を用いて容易に決定することができる。典型的には、アルブミンまたはアルブミン代替物は、最終培地で約1 mg/ml〜約20 mg/ml、好ましくは約5 mg/ml〜約15 mg/mlの範囲で用いられる。一態様によれば、アルブミンは、本発明による細胞培地に約10 mg/ml含まれる。
【0031】
本発明による血清代替物は、少なくとも1つの脂質または脂質誘導体をさらに含んでなる。本発明における使用に適する脂質および脂質誘導体としては、超低比重リポタンパク質(VLDL)、低比重リポタンパク質(LDL)、高比重リポタンパク質(HDL)およびコレステロールのようなリポタンパク質、ホスファチジルコリン、リゾホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミンおよびスフィンゴシン-1 -ホスフェートのようなリン脂質、リノール酸、複合リノール酸、γ-リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、オレイン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸およびプロスタグランジンなどのそれらの誘導体のような脂肪酸が挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
本発明の様々な態様によれば、血清代替物は、例えば、少なくとも2種類、少なくとも3種類または少なくとも4種類の上記脂質または脂質誘導体を含んでなることがある。1つの具体的態様によれば、血清代替物はリノール酸、アラキドン酸、およびオレイン酸を含んでなる。もう一つの態様によれば、血清代替物はさらにスフィンゴシン-1- ホスフェートを含んでなる。
【0033】
当業者であれば、当該技術分野で知られている標準的方法を用いて本発明で用いられる脂質および脂質誘導体の適当な濃度を容易に決定することができる。幾つかの態様によれば、スフィンゴシン-1-ホスフェートは、本発明による最終的細胞培地において1-20 μMのスフィンゴシン-1 -ホスフェートの典型的範囲を生じる濃度で用いられる。
【0034】
一態様によれば、血清代替物は、レチノール、フェチュイン、α-フェトプロテイン、少なくとも1つの脂質または脂質誘導体、および好ましくは内毒素を含まず、アルブミン、アルブミン代替物、アミノ酸、ビタミン、トランスフェリン、トランスフェリン代替物、酸化防止剤、インスリンまたはインスリン代替物、微量元素、および増殖因子からなる群から選択される少なくとも1つの成分を含んでなる。このような成分は、血清代替組成物中に細胞の多能性および核型の両方を維持しながら、幹細胞の増殖を実質的に未分化状態で支持するのに十分な濃度で含まれる。
【0035】
本発明で用いるのに適当なアミノ酸としては、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-ヒドロキシプロリン、L-セリン、L-トレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリン、およびそれらのD型および誘導体のようなアミノ酸が挙げられるが、これらに限定されない。アミノ酸の適当な濃度は、当業者であれば当該技術分野で周知の定型的方法を用いて容易に決定することができる。典型的な濃度範囲を、表3に示す。本発明による血清代替物は、L-アラニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-グルタミン酸、グリシン、L-プロリン、L-セリン、およびそれらのD型および誘導体のような追加の非必須アミノ酸を挙げることができる。このような追加の非必須アミノ酸は血清代替物に含めることまたは本発明による最終的細胞培地に直接添加することもできる。非必須アミノ酸は、Invitrogenによって提供されるMEM非必須アミノ酸(NEAA)のような市販混合物として提供されることがある。典型的には、本発明による最終培地中の上記混合物の濃度は、約1 %である。
【0036】
L-グルタミンは、好ましくは本発明による細胞培地にGlutamax (Invitrogen, 2 mM)のような安定化したL-グルタミンのジペプチドとして加えられる。所望な場合には、L-グルタミンを本発明による血清代替物に含ませることができる。
【0037】
トランスフェリンは細胞への鉄送達に関与しており、生物学的流体の遊離鉄濃度を制御し、鉄の介在によるフリーラジカル毒性を防止する。本発明で用いられる適当なトランスフェリン代替物としては、トランスフェリンの代わりに用いることができかつトランスフェリンと本質的に同様な効果を有する任意の化合物が挙げられる。このような代替物としては、鉄塩およびキレート(例えば、クエン酸第二鉄キレートまたは硫酸第一鉄)が挙げられるが、これらに限定されない。本発明による血清代替物および最終培地におけるトランスフェリンまたはトランスフェリン代替物の適当な濃度は、当業者であれば当該技術分野で周知の定型的方法を用いて容易に決定することができる。典型的には、本発明による最終培地におけるトランスフェリンまたはトランスフェリン代替物の適当な範囲は、約1 μg/ml〜約1000 μg/ml、好ましくは約5 μg/ml〜約100 μg/mlであり、さらに好ましくは約5 μg/ml - 約10 μg/mlである。一態様によれば、トランスフェリンは、本発明による細胞培地に約8 μg/ml含まれる。
【0038】
本発明で用いるのに適当な酸化防止剤としては、グルタチオンおよびアスコルビン酸が挙げられるが、これらに限定されない。本発明による血清代替物および最終培地における酸化防止剤の適当な濃度は、当業者であれば当該技術分野で周知の定型的方法を用いて容易に決定することができる。一態様によれば、グルタチオンは本発明による細胞培地に1.5 μg/ml含まれ、アスコルビン酸は50 μg/ml含まれる。
【0039】
本発明での使用に適当なインスリン代替物としては、インスリンの代わりに用いることができかつインスリンと本質的に同様な効果を有する任意の化合物が挙げられる。本発明による血清代替物および最終培地におけるインスリンまたはインスリン代替物の適当な濃度は、当業者であれば当該技術分野で周知の定型的方法を用いて容易に決定することができる。典型的には、最終培地におけるインスリンの適当な範囲は、約1 μg/ml〜約1000 μg/ml、好ましくは約1 μg/ml〜約100 μg/mlであり、さらに好ましくは約50 μg/ml〜約15 μg/mlである。一態様によれば、インスリンは約10 μg/ml含まれる。
【0040】
本発明での使用に適当な微量元素としては、Mn2+、Si4+、Mo6+、V5+、Ni2+、Sn2+、Al3+、Ag+、Ba2+、Br-、Cd2+、Co2+、Cr3+、F-、Ge4+、I-、Rb+、Zr4+およびSe4+、およびそれらの塩が挙げられるが、これらに限定されない。微量元素またはそれらの塩の適当な濃度は、当業者であれば当該技術分野で知られている定型的方法を用いて容易に決定することができる。CellGro Mediatech Inc.によって提供されるTrace Elements BおよびCのような市販の微量元素を用いることもできる。所望ならば、微量元素Cu2+および/またはZn2+を、例えば、CellGro Mediatech Inc.によって提供される市販のTrace Element A組成物の形態で挙げることができる。
【0041】
さらに、本発明者らは、塩化リチウムが、胚幹細胞にとってその分化を生じるのに有害である可能性があることを示した。したがって、一つの特定態様によれば、血清代替物は塩化リチウム欠いている。
【0042】
本発明での使用に適当な増殖因子としては、塩基性FGF(bFGFまたはFGF-2)のような繊維芽細胞増殖因子(FGF)が挙げられる。本発明による最終培地におけるFGFの適当な範囲は、約1 ng/ml〜約1000 ng/ml、好ましくは約2 ng/ml〜約100 ng/mlであり、さらに好ましくは約4 ng/ml〜約20 ng/mlである。一態様によれば、FGFは約8 ng/ml含まれる。FGFは好ましく用いられるが、繊維芽細胞増殖因子受容体を活性化するようにデザインされたある種の合成小ペプチドのような他の材料(例えば、組換えDNA変異体または突然変異体によって産生される)をFGFの代わりに用いることができる。増殖因子は本発明による血清代替物に含まれることがあり、またはそれらを本発明による最終細胞培地に別個に添加することができる。
【0043】
抗生物質を用いて、本発明による血清代替物または培地の汚染を回避することもできる。適当な抗生物質またはそれらの組合せ、並びに適当な濃度は、当業者には明らかである。しかしながら、培地を臨床応用の細胞の培養に用いようとするときには、抗生物質の使用を回避したいことがある。
【0044】
さらに、β-メルカプトエタノールが本発明による血清代替物に含まれることがあり、またはこれを本発明による最終培地に別個に添加することができる。典型的には、β-メルカプトエタノールの最終濃度は、培地において約0.1 mMである。
【0045】
本発明の明らかな態様では、上記の血清代替物の成分のいずれでも基本培地に直接添加して、本発明による血清代替物で提供される代わりに最終細胞培地を提供することができる。
【0046】
本発明は、幹細胞、好ましくは胚幹細胞のイン・ビトロでの維持および増殖のための確立された異種成分不含(xeno-free)培地も提供する。上記培地は、基本培地と本明細書で上記した血清代替組成物を含んでなる。本発明で用いるのに適当な基本培地としては、ノックアウト・ダルベッコの改良イーグル培地(KO-DMEM)、ダルベッコの改良イーグル培地(DMEM)、最少必須培地(MEM)、イーグル基本培地(BME)、RPMI 1640、F-10、F-12、a最少必須培地(aMEM)、グラスゴーの最少必須培地(G-MEM)、イスコフ改変ダルベッコ培地およびHyQ ADCF-MAb(HyClone)、およびそれらの任意の組合せが挙げられるが、これらに限定されない。好ましい態様によれば、基本培地はKO-DMEMである。「基本培地」という用語は、ES細胞の増殖を支持することができかつ一般に標準的無機塩、ビタミン、グルコース、緩衝系および必須アミノ酸を供給する任意の培地を表す。好ましくは、基本培地は、約1g/l〜約3.7 g/lの炭酸水素ナトリウムを補足することができる。好ましくは、基本培地は約2.2 g/lの炭酸水素ナトリウムを補足される。
【0047】
培養物のオスモル濃度は、幹細胞培養物の成功および活力に影響を与える。ミリオスモルで測定したオスモル濃度は、溶液に溶解した粒子の数の尺度であり、これは溶液が生成する浸透圧の尺度である。通常のヒト血清のオスモル濃度は、約290ミリオスモルである。哺乳類細胞のイン・ビトロ培養の培地はオスモル濃度で変化するが、幾つかの培地のオスモル濃度は330ミリオスモル程度である。好ましくは、本発明の培地のオスモル濃度は、約280〜約330ミリオスモルである。しかしながら、培地のオスモル濃度は、約260ミリオスモルから約340ミリオスモル程度とすることができる。本発明の一態様によれば、hESCは約320〜330ミリオスモルのオスモル濃度で成長する。
【0048】
一態様によれば、脂質、アルブミン、アミノ酸、ビタミン、トランスフェリン、酸化防止剤、インスリンおよび微量元素は血清代替物に含まれ、一方、増殖因子、非必須アミノ酸、β-メルカプトエタノール、L-グルタミンおよび抗生物質は細胞培地に直接添加される。好ましい培地の最終組成を、表3に例示する。
【0049】
【表3】


【0050】
本発明による血清代替物または培地は、液状または乾燥形態で提供することができる。さらに、それらは、任意の適当な濃縮処方物として提供することができる。一例として、基本培地に10%、15%または20%(容積/容積)の血清代替物を補足して、成分の最終濃度を上記の通りとすることができる。所望により、血清代替物または培地の成分は、適合可能な副処方に分割することができる。
【0051】
胚幹細胞、好ましくはhESCについての本発明による培地は、内胚葉、中胚葉および外胚葉組織の誘導体に分化する潜在能を維持しかつ幹細胞の核型を少なくとも約20、好ましくは少なくとも約30、さらに好ましくは少なくとも約50代維持しながら、胚幹細胞の増殖を実質的に未分化状態に支持する。
【0052】
本発明による培地は、特に多数の応用に有用である。幹細胞は、本発明による培地で増殖することができ、および幾つかの応用では治療用途のために分化させることができる。本発明による培地で培養した幹細胞は、細胞の増殖または分化の一方または両方の過程に影響を与える分子の同定、細胞の増殖、分化および/または再生に影響を与える候補薬剤のスクリーニング、遺伝学的に修飾されかつタンパク質または他の分子を産生するのに用いられる細胞の確認など細胞増殖および分化の研究に用いることができる。
【0053】
したがって、本発明は、異種成分不含培養において幹細胞を培養しかつ維持する方法を提供する。上記の方法は、幹細胞と、本発明による培地とを接触させ、上記細胞を幹細胞培養に適当な条件下で培養することを含んでなる。このような条件は、当業者には明らかである。
【0054】
本発明による組成物および方法は、幹細胞、好ましくは胚幹細胞、さらに好ましくは霊長類の胚幹細胞の培養に有用である。好ましくは、この方法を用いて培養される霊長類胚幹細胞は、(i) 未分化状態での無限増殖が可能であり、(ii)長期培養の後であっても全部で3つの胚生殖細胞層(内胚葉、中胚葉および外胚葉)の誘導体への分化が可能であり、(iii) 長期培養中正常な核型を維持する点において真の胚幹細胞系であるhESCである。したがって、胚幹細胞は多能性であるとされる。
【0055】
本発明による培地で培養することができる幹細胞は、任意の動物、好ましくは哺乳類、さらに好ましくは霊長類由来のものであることができる。本発明の限定培地を用いて実質的に未分化状態で培養することができる好ましい細胞型としては、ヒト、サルおよび類人猿由来の幹細胞が挙げられる。ヒト幹細胞に関しては、hESCが好ましい。hESCは、胚、好ましくは胞胚または桑実胚のような着床前胚から誘導することができる。マウス、ラット、ウマ、ヒツジ、パンダ、ヤギおよびキリンのような霊長類以外の哺乳類に由来する幹細胞を、本発明の培地で培養することもできる。培地は、好ましくは胚幹細胞の培養に用いられるが、これは、造血幹細胞(HSC)などこれに限定されない成体幹細胞の培養に用いることができる。当該技術分野は、胚および成体幹細胞の情報が豊富である。本発明に準じて培養されるヒト胚幹細胞などの幹細胞は、免疫外科学などこれに限定されない任意の適当な手法を用いて任意の適当な供給源から得ることができる。例えば、ヒト胚幹細胞を単離して増殖させる手法は、米国特許第6,090,622号明細書に記載されている。アカゲザルおよび他のヒト以外の霊長類の胚幹細胞を得る手法は、米国特許第5,843,78 号明細書および国際特許公表WO 96/22362号明細書に記載されている。さらに、アカゲザルの胚幹細胞の単離方法は、Thomson et al.によって記載されている(1995, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848)。
【0056】
本発明は、新たな胚幹細胞系を誘導しまたは開始する方法も提供する。この方法は、胚起源の単離細胞を提供し、上記細胞と、本発明の態様による異種成分不含培地とを接触させ、上記細胞を細胞培養に適当な条件下で培養することを含んでなる。一態様によれば、培地は、ヒト胎盤ラミニンのようなラミニンおよびヒト血漿フィブロネクチンのようなフィブロネクチンを補足されている。好ましくは、ラミニンおよびフィブロネクチンは、5 μg/mlの濃度で用いられる。
【0057】
本発明による組成物は、所望により支持細胞層上で幹細胞系を培養しおよび/または開始するのに用いられることがある。適当な支持細胞としては、ヒト包皮繊維芽細胞、例えばCRL-2429 (ATCC, マナナス, 米国)のような繊維芽細胞が挙げられるが、これに限定されない。
【0058】
ある態様においては、本発明による組成物および方法は、支持細胞なしでの幹細胞の培養に用いられる。
【実施例】
【0059】
実施例1. 本発明による異種成分不含(xeno-free)培地で培養したヒトESCは、形態学的に未分化のままである。
3種類のhESC系HS237、HS346およびHS401 (Hovatta et al., Hum Reprod. 2003 Jul;18(7):1404-9, Inzunza et al., Stem Cells. 2005 Apr;23(4):544-9)を、最初に20%(容積/容積)ノックアウト血清代替物(ko-SR, Invitrogen)、2 mM Glutamax (Invitrogen)、0.1 mM β-メルカプトエタノール(Invitrogen)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸(Cambrex Bio Science)、50 Uペニシリン/ml-50 μgストレプトマイシン/ml(Cambrex Bio Science)および8 ng/mlの組換えヒト塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF, R&D Systems, ミネアポリス, ミネソタ, 米国)を補足した80%(容積/容積)ノックアウトDMEM (Gibco Invitrogen, カールスバード, カリフォルニア, 米国)を含む標準的hES培地(米国特許第2002/0076747号明細書に開示)中で誘導し、培養した。市販のヒト包皮繊維芽細胞細胞(CRL-2429, ATCC, マナナス, 米国)を、支持細胞として用いた。
【0060】
ヒトESCを、4週間で100%までの増加比率の本発明による培地(上記培地対標準hES培地の比20:80、50:50、80:20)を用いて試験培養条件に徐々に適合させた。本発明の一態様による培地は、さらに2 mM Glutamax、0.1 mM MEM非必須アミノ酸および0.1 mM β-メルカプトエタノールを補足したKODMEM中にbFGF(8 ng/ml; R&D Systems)、ヒト血清アルブミン(10 mg/ml; SigmaまたはVitrolife)、インスリン(10 μg/ml; Invitrogen)、トランスフェリン(8 μg/ml; Sigma)、グルタチオン(1.5 μg/ml, Sigma)、チアミン塩酸塩(9 μg/ml, Sigma)、アスコルビン酸(50 μg/ml, Sigma)、アミノ酸(表3に示したもの)、微量元素BおよびC (1 :1000, Cellgro, ヘルンドン, バージニア, 米国)、リノール酸(1 μg/ml, Sigma)、アラキドン酸(1 μg/ml, Cayman Chemicals)、オレイン酸(1 μg/ml, Cayman Chemicals)、レチノール(20 μM, Sigma)、スフィンゴシン-1 ホスフェート(10 μM, Sigma)を含んでいた。総ての培地成分は、合成、組換えまたはヒト起源のものであった。オスモル濃度を、5M NaClで320-330ミリオスモル/kgに調整した。細胞を6〜8日毎に機械的に継代し、新規な有糸分裂的に不活性化した支持細胞とした。
【0061】
本発明による培地で増殖したhESCが未分化状態に維持されるかどうかを決定するため、細胞の形態を各継代後に検討した。ヒト胚幹細胞系HS237は、本発明による培地に少なくとも23代、HS346は少なくとも15代およびHS401は少なくとも17代維持した。hESC系の形態は、本発明による培地での長期培養後には未分化のままであった(図1)。
【0062】
実施例2. 本発明による培地と、HesGroおよび他の市販の異種成分不含血清代替物との比較
様々な培養条件とこれらの培養条件のヒトESCの長期維持の適合性を試験するため、hESCを様々な異種成分不含試験条件下で培養する評価分析を行った。用いた試験条件、細胞系および継代数を、表4に示す。ヒトESCを、4週間で100%試験培地までの増加比率試験培地(試験培地対hES培地の比20:80、50:50、80:20)を用いて様々な試験培地に徐々に適合させた。分化は、最初は形態によって判定し、次いで免疫蛍光分析によって確認した。市販の培地(Lipumin、SerEx、SSS、SR3、TeSR1、Plasmanate、X-vivo 10、X-vivo 20、およびヒト血清)で増殖したhESCコロニーは、分化hESC (SSEA-1, 1:200, Santa Cruz Biotechnology, Inc., サンタクルス, カリフォルニア, 米国)に共通のマーカー発現を増加し、未分化hESC(Nanog, 1:200, Santa Cruz Biotechnology)に共通のマーカーにはネガティブであった(図2)。hES培地で培養したヒトESC系HS237を、免疫蛍光分析の対照として用いた(図2)。
【0063】
本発明による培地は、hESCのために開発した市販の商標登録した異種成分不含HEScGRO培地(Chemicon)とも比較した。HEScGRO培地は、hESCの未分化状態を維持することができなかった。分化は、HEScGRO培地で培養したhESCでは適応期中に既に始まった(図3)。これらの結果は、HEScGRO培地がhESCの未分化増殖を維持できないことを明らかに示していた。試験を行った異種成分不含培地の本発明による培地だけが、ヒト支持細胞上でのhESCの未分化増殖を維持することができた。
【0064】
本発明による培地で増殖したhESCが長期間未分化のままであることを確かめるため、幹細胞マーカーNanog (1:200, Santa Cruz Biotechnology)、SSEA3 (1:200, Santa Cruz Biotechnology)の発現を検討した(図4)。
【0065】
【表4】


【0066】
実施例3. 幾つかのhESC系の長期培養中の多分化能 (RT-PCR)および核型の特徴
本発明による培地で培養したhESCがイン・ビトロでその多分化能を維持していることを確かめるため、HS237、HS346およびHS401の細胞胚様体形成および分化分析を行った。その後、胚様体(EB)はプレート上で少なくとも20日間分化を継続した。EBは、hESCコロニーを機械的に切開し、得られた細片を支持細胞なしの培養皿に移すことによって形成した。EBをbFGFを含まない本発明による培地で少なくとも 20日間培養した後、RNAを単離した。標準hES培地で培養したhESCを対照として用い、試料を同様にして調製した。
【0067】
総RNAを、RNeasyミニキット(Qiagen, バレンシア, カリフォルニア, 米国)を用いてEBから単離した。RNAは、製造業者の指示に準じて抽出した。相補性DNA(cDNA)は、Sensischpt Reverse Transcription Kit (Qiagen)を用いて製造業者の指示に準じて総RNA 50 ngから合成した。EBにおける外胚葉(神経フィラメント68KD)、内胚葉(α-フェトプロテイン)および中胚葉(α-心筋型アクチン)発生に特徴的なマーカーの発現は、RT-PCRプライマー(Proligo, Sigma)を用いて測定した。グリセルアルデヒド-3-ホスフェートデヒドロゲナーゼ(GAPDH)を、ハウスキーピング対照として用いた。ネガティブコントロールは、cDNA鋳型の代わりに滅菌水を含んでいた。PCR反応は、下記のようにEppendorf Mastercyclerで行った。すなわち、95℃3分間の変性および95℃30秒間の40サイクルの変性、57℃30秒間のアニーリングおよび72℃1分間の伸長に続き、72℃5分間の最後の伸張。PCR産物は、0.4 μg/ml臭化エチジウム(Sigma)およびDNA標準(MassRulerTM DNA Ladder Mix, Fermentas)を含む1.5%アガロースゲル上での電気泳動によって分析した。総てのhESC系において、EBは3種類の異なる系列由来の細胞を含んでいた(表5)。したがって、本発明による培地は、hESCの多分化能を維持するのに十分であった。
【0068】
【表5】

【0069】
大きなトランスロケーションや他の染色体変化は、hESCの核型には見られなかった。したがって、本発明による培地で培養したhESCは、そのゲノム完全性を維持している。
【0070】
実施例4. 本発明による培地を用いる新規なhESC系の誘導
本発明による培地を用いて、幹細胞研究に寄付された過剰な粗悪品質のヒト胚から新規なhESC系を誘導することができた。新規な胚幹細胞系の誘導に用いる胚のドナーからは、事前にインフォームドコンセントを得た。さらに、 レゲア、タンペレ大学、再生医療機構(Regea, Institute for Regenerative Medicine, University of Tampere、フィンランド)は、hESC系を誘導し培養するためのピカンマ病院区域の倫理委員会(Ethical Committee of Pirkanmaa Hospital District)の承認を得ている。
【0071】
実施例1に記載のこの培地は、新規なhESC系の誘導を高度に支持した。さらに、この培地では、例えば胚から細胞の機械的単離を用いて、免疫外科の方法を全く用いることのない誘導手続きを行うことができた。さらに、この培地では、GMP規格でかつ動物由来成分の痕跡を全く含まない臨床応用のためのhESCの産生に適する動物由来の培地なしで培養したヒト繊維芽細胞を用いる誘導手続きが可能となった。誘導手法においては、この培地は、5 μg/mlのヒト胎盤ラミニンおよびヒト血漿フィブロネクチンを補足して、誘導過程中に細胞の接着を増加させることができる。
【0072】
新規なhESC系が本発明による培地で増殖し、未分化状態を維持しているかどうかを決定するため、それぞれの継代後に細胞の形態を検討した(図5)。上記培地を用いて誘導した新規なhESC系を未分化hESCに特異的な幾つかのマーカーを用いる免疫細胞化学染色によって特性決定し(図6)、系の多分化能を上記のようなイン・ビトロでの胚様体形成により測定した。さらに、誘導された新規なhESC系が、16代の06/015細胞および20および44代の07/046細胞について正常核型を維持していることを決定した。
【0073】
本発明の処方の組成物を、表2に記載のようにさらに最適にした。フェチュインおよびα-フェトプロテインを用いて、幹細胞の増殖を促進することができることを見出した。フェチュインは0.1 mg/mlの濃度で、またα-フェトプロテイン0.05 mg/mlの濃度でコロニーの大きさおよび増殖速度を最大限増加することが示された。フェチュインとα-フェトプロテインが両方とも処方に含まれるときには、増殖促進効果はそれらを個別に含む処方よりさらに若干良好となった。
【0074】
実施例5. hESCに対するオスモル濃度の効果の特性決定
hESCを培養する培地のオスモル濃度350ミリオスモル/kg未満とするべきであることをさらに明らかにするため、hESCを標準hES培地で培養して観察した。培地のオスモル濃度を、5M NaClで350ミリオスモル/kgまで高めた。hESCの増殖は速やかに減少し、過度の分化が観察された。hESCを、オスモル濃度が350ミリオスモル/kgのhES培地に4代維持した。HESCは、3継代後には増殖が減少し、過度の分化を示した(図7)。一方、326ミリオスモル/kgのオスモル濃度で培養したhESCは、未分化のままであった。
【0075】
科学技術の進歩と共に、発明のコンセプトは様々な方法で実施することができることは、当業者には明らかであろう。本発明およびその態様は上記実施例に限定されず、特許請求の範囲の範囲内で変化することができる。
総ての引用文献の内容は、引用することにより本明細書の一部とされる。
【図1A】

【図1B】

【図2A】

【図2B】

【図2C】

【図2D】

【図2E】

【図2F】

【図2G】

【図2H】

【図2I】

【図2J】

【図2K】

【図2L】

【図2M】

【図2N】

【図2O】

【図2P】

【図2Q】

【図2R】

【図2S】

【図2T】

【図3A】

【図3B】

【図3C】

【図3D】

【図3E】

【図3F】

【図3G】

【図3H】

【図4A】

【図4B】

【図4C】

【図4D】

【図4E】

【図4F】

【図5A】

【図5B】

【図6A】

【図6B】

【図6C】

【図6D】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
レチノールを含んでなる、異種成分不含(xeno-free)血清代替物。
【請求項2】
フェチュイン、α-フェトプロテインおよびそれらの組合せからなる群から選択されるキャリヤータンパク質をさらに含んでなる、請求項1に記載の血清代替物。
【請求項3】
血清アルブミンをさらに含んでなる、請求項2に記載の血清代替物。
【請求項4】
リポタンパク質、リン脂質および脂肪酸からなる群から選択される脂質をさらに含んでなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の血清代替物。
【請求項5】
前記リポタンパク質が、VLDL、LDL、HDLおよびコレステロールからなる群から選択されるものである、請求項4に記載の血清代替物。
【請求項6】
前記リン脂質が、ホスファチジルコリン、リゾホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミンおよびスフィンゴシン-1-ホスフェートからなる群から選択されるものである、請求項4に記載の血清代替物。
【請求項7】
前記脂肪酸が、リノール酸、複合リノール酸、γ-リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、オレイン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸およびそれらの誘導体からなる群から選択されるものである、請求項4に記載の血清代替物。
【請求項8】
前記誘導体がプロスタグランジンである、請求項7に記載の血清代替物。
【請求項9】
少なくとも1つのアミノ酸、トランスフェリンまたはトランスフェリン代替物、酸化防止剤、インスリンまたはインスリン代替物、および微量元素をさらに含んでなる、請求項1〜8のいずれか一項に記載の血清代替物。
【請求項10】
前記アミノ酸が、グリシン、L-ヒスチジン、L-プロリン、L-ヒドロキシプロリン、L-セリン、L-トレオニン、L-バリン、L-イソロイシン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-トリプトファン、L-トリプシンおよびD-イソフォーム、およびそれらの誘導体からなる群から選択される、請求項9に記載の血清代替物。
【請求項11】
前記酸化防止剤が、グルタチオンおよびアスコルビン酸からなる群から選択されるものである、請求項9に記載の血清代替物。
【請求項12】
前記微量元素が、Mn2+、Si4+、Mo6+、V5+、Ni2+、Sn2+、Al3+、Ag+、Ba2+、Br-、Cd2+、Co2+、Cr3+、F-、Ge4+、I-、Rb+、Zr4+およびSe4+、およびそれらの塩からなる群から選択されるものである、請求項9に記載の血清代替物。
【請求項13】
基本培地と、請求項1〜12のいずれか一項に記載の血清代替物とを含んでなる、異種成分不含(xeno-free)細胞培地。
【請求項14】
前記基本培地が、KO-DMEM、DMEM、MEM、BME、RPMI 1640、F-10、F-12、aMEM、G-MEM、イスコフ改変ダルベッコ培地、HyQ ADCF-Mab、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択されるものである、請求項13に記載の細胞培地。
【請求項15】
繊維芽細胞増殖因子、非必須アミノ酸、β-メルカプトエタノール、L-グルタミンおよび抗生物質をさらに含んでなる、請求項14に記載の細胞培地。
【請求項16】
幹細胞の培養方法であって、
a) 前記細胞と、請求項13〜15のいずれか一項に記載の異種成分不含(xeno-free)培地とを接触させ、
b) 前記細胞を細胞培養に適当な条件下で培養すること
を含んでなる、方法。
【請求項17】
前記細胞が胚幹細胞である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記細胞がヒト胚幹細胞である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記幹細胞を支持細胞層上で培養する、請求項16〜18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
a) 胚起源の単離細胞を用意し、
b) 前記細胞と、請求項13〜15のいずれか一項に記載の異種成分不含(xeno-free)培地とを接触させ、
c) 前記細胞を細胞培養に適当な条件下で培養すること
を含んでなる、新規な胚幹細胞系の開始方法。
【請求項21】
前記培養を支持細胞層上で行う、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記培地にラミニンおよびフィブロネクチンを補足する、請求項20に記載の方法。

【図7】
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【公表番号】特表2010−528642(P2010−528642A)
【公表日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−510839(P2010−510839)
【出願日】平成20年6月4日(2008.6.4)
【国際出願番号】PCT/FI2008/050331
【国際公開番号】WO2008/148938
【国際公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【出願人】(509334608)
【氏名又は名称原語表記】KRISTIINA RAJALA
【出願人】(509334619)
【氏名又は名称原語表記】MARJO−RIITTA SUURONEN
【出願人】(509334620)
【氏名又は名称原語表記】OUTI HOVATTA
【出願人】(509334631)
【氏名又は名称原語表記】HELI SKOTTMAN
【Fターム(参考)】